山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

小豆島(12)

【2017年2月18日(土)】小豆島
小豆島オリーブ園での昼食を終えて、土庄のレンタカー屋へ向かう。
無事故無違反で車を返却し、土庄港まで送ってもらった。

小豆島フェリー高速艇のターミナルには13時20分過ぎに到着。
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まずは、チケットを購入。料金は1170円。フェリーの倍近い。
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まだ時間があるので、近くを散策した。
「二十四の瞳」にちなんだ「平和の群像」があった。
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当時の文部大臣が碑文を寄せている。
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除幕は昭和31年11月のことだった。
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隣には、小豆島バス(経営悪化のため、2010年、小豆島オリーブバスに路線バス事業は移譲)の会長だった堀本文次翁の銅像。
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オリーブの歌の歌碑も。
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服部良一の作曲のようだが、全然知らなかった。YouTubeで確認してみたが、やはり聞いたことがなかった。
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企画は堀本氏だそうで、歌は昭和26年に世に出され、二葉あき子が歌っている。

こちらはオリーブの女神。
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波止場の近くには、俳人尾崎放哉上陸地の碑もあった。
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種田山頭火と並んで自由律俳句で有名な人で、「眼の前魚がとんで見せる 島の夕陽に来て居る」の句が刻まれていた。
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ターミナル前のロータリーの真ん中には、やはり「二十四の瞳」関連。
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コトやんやそんきなど、登場する12人の子供たちのあだ名を刻んだ石が「おなご先生」をとりこ囲んでいた。
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そろそろ時間なので、乗船するとしよう。
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船は高速艇スーパーマリン。
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高松までフェリーの倍の速さ、30分で結んでいる。
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帰りは、天気もそれほどよくないし、船内で大人しくしていた。
シートのカバーは「かどやの純正ごま油」だった。
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あっという間に、高松港に入港。
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2日ぶりだが、スマイルの高松駅が懐かしい。
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帰りも快速マリンライナー。
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発車まで20分も時間があるので、席だけ確保して、構内を探索した。
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こちらは松山行きの特急いしづち15号。
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岡山発のいしづちには去年乗った。
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観音寺行きの普通列車。
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「アンパンマン」の作者やなせたかしは、高知の出身。
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「うどん駅」の記念スタンプもできていた。
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四国でも新幹線を誘致しているとは。
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瀬戸大橋の完成で廃止になった宇高連絡線をしのぶ讃岐うどんの店。
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マリンライナー40号は14:40発車。
ビールは新幹線までお預けにして、ここでは大人しくしていた。
往路とは逆に陣取り、瀬戸大橋では右手の方角(東側)を眺めていた。
15:32岡山着。
予定より1本早い快速に乗ったので、指定席をとってある新幹線までまだ時間がある。
新幹線も1本早いのにすべく、窓口に行ったら、幸い空いていたので変更してもらった。

というわけで、15:49発ののぞみ36号東京行きに乗車。
さっそく、ビールでプチ打ち上げ。
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つまみは、ベイリゾートホテル小豆島でもらったタケサンフーズのあげせん「島の味」。
歌舞伎揚げによく似ているが、より素朴な味わいだった。

ビールはロング缶だったのに、あっという間に飲み干してしまい、ホテルで買った吟醸酒「森」を開けてしまう。
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愛用の木製カップで、ちびちびと飲んた。

あげせんをたくさん食べてしまったのに、18時頃になったら、もうお腹がすいてきた。
やはり、この旅で胃が大きくなってしまったようだ。
岡山駅で買った駅弁「下津井旅情」を開く。
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おかずの種類も多く、さすがにお腹いっぱいになった。
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19:13定刻通り東京駅に到着。
東西線、西武新宿線経由で、21時前に帰宅した。
そういえば、手延べそうめんもお土産に買ったのだった。
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35年ぶりの再訪だったが、岬の分教場以外記憶になく、ほぼ初めての小豆島と言ってよかった。
瀬戸内海の島をほかにもあちこち回りたくなったが、なかなかそんな機会もないだろう。

追記
2年ほど前から旅を詳細に記述するようになって以来、その執筆に膨大な時間を要し、プライベート生活に甚大な支障を来すようになった。
これでは本末転倒なので、今までのような方式は今回限りとし、次回以降はダイジェストの形で報告させていただく。
とくにご迷惑をおかけすることはないと思いますが、引き続き、お付き合いのほど、よろしくお願い致します。

(おわり)
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小豆島(11)

【2017年2月18日(土)】小豆島
醤(ひしお)の郷散策を終えて、天狗岩丁場に向かう途中、南風台に寄り道。
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ここも干潮になると、離れ小島の城ヶ島と陸地がつながるらしい。
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それを「希望の道」と呼んでいるとのこと。
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今はだいぶ潮が満ちているので離れている。
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右手奥には碁石山(434m)。
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それでは、石丁場へ。
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遺跡の遊歩道を登り始めると、早速見えてくるのが矢穴の跡がはっきりと残る種石。
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矢穴の大きさは時代とともに小さくなるという。

竹林の中には、石材がゴロゴロ転がっている。
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大坂夏の陣(1615年)で灰燼に帰した大坂城を再興するため、2代将軍秀忠は元和五年(1619年)、全国64家の大名に普請を命じた。
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築城工事は元和六年から3期に分けて行われ、寛永六年(1629年)まで10年の歳月を要した。
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新しく築かれた徳川大坂城の石垣は、総延長12km、高さ32m、使われた石材の総数は100万個を超えると言われる。
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良質な石材を確保するため、諸大名は小豆島をはじめとる瀬戸内海の島々に石切丁場を開き、船で石材を大坂城に運んだ。
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ここ天狗岩丁場は、福岡藩黒田家の初代当主、黒田長政とその嫡男忠之が採石した場所で、岩谷地区の八人石、豆腐石、亀崎、南谷、天狗岩磯の各丁場跡をあわせ、国の史跡に指定されている。
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ここ天狗岩丁場には、高さ17m、推定1700トンに達すると思われる天狗岩をはじめ、巨大な角取石が累々と折り重なり、それぞれに残る矢穴の跡が当時の石切技術を生々しく伝えている。
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また黒田家採石の証拠となる刻印も随所に見られる。
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黒田家は大坂城完成後も明治に至るまで番人(代々七兵衛を名乗った)を置いて、丁場の監視に当たらせたため、現在も666個の残石が存在し、岩谷地区全体では1600個に達するという。
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これは、猪などから田畑の作物を守るため築かれたシシ垣。
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残石の上に築かれている。江戸中期のものと思われるという。

天狗岩のところには、3D制作のため調査中の方がいた。
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町の教育委員会の方なのだろうか。
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大天狗岩の横にある「そげ石」。
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この石から切り離された石は、おそらく大坂城のどこかに使われているのだろう。

小天狗岩。
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升形の刻印が残る大きな種石。
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ナマズの顔のような残石。
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一文銭形の刻印。
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ただの□もある。
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矢穴はノミで根気よく削っていった。
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その穴に矢を打ち込んで、石を割る方式。
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切り出した石材は、海岸まで引いていき、船で大坂城まで運ばれた。
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刻印はあちこちで見かけるが、それぞれにどんな意味があるのかはよく分からない。
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使えそうな石材がたくさん残っているのは、切り出しすぎたせいだろうか。
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せっかく、上手に割ったのに。
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矢穴の跡が残る岩の上を踏んで下りていく。
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割れ目がサツマイモの断面みたいだ。
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矢穴と刻印。「使用不可」を意味する印などもあったのかもしれない。
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ここで産出しているのは、みな花崗岩だ。
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番人を置いていたとのことだが、こんな巨大な石を盗み出す人などいたのだろうか。
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ここにあるのは、どれも大坂には運ばれなかった石だ。
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こうして見てくると、途中で投げ出された石材がかなり多いことに気づく。
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円形の刻印。
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それにしても、江戸時代の石工の技術には目を見張るものがある。
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かなり前に、伊豆の石切丁場を見学したことがあるが、その規模を上回る印象だ。
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折り重なって、とはまさにこのこと。
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山を下りて行こう。
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ちょっと見にくいが土星のような刻印が分かるだろうか。
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こんな形なのだが。
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しかし、10cmほどの深さの矢穴でよく、こんなに大きな岩が割れるものだ。
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平たい残石。
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急ぎ足で1周してきた。
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これが大天狗岩だった。
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さっきの方々もまだまだ調査中。
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再びシシ垣を抜ける。
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これにて、石切丁場の見学を終了。
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そろそろ食事の時間だ。
小豆島の北岸を一周しながら、店を探そうかと思ったが、ちょっと時間が足りない。
車内にあったガイドマップで、めぼしい店を探してみた。
もう、素麺やうどん、海産物系はいいので、オリーブオイルを使ったパスタを食べることにした。
小豆島オリーブ園にオリーブ・パレスという店があるらしい。
そこに直行する。

12:15に到着。
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店は少し坂を登ったところにあった。
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いろんなオリーブ油が展示してある。
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それはともかく、食べなくちゃ。これをオーダーした。
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パスタをさらに美味しく食べるには、小豆島産オリーブ100%のエキストラバージンオイルをかけるといいらしい。
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12月下旬から販売で売り切れたら、その年の分はもう終了だそうだ。
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でも、このレストランだけは年中賞味できるとのこと。ありがたくパンにつけていただいた。
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パスタ到着。やけに野菜が少ない気がする。
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これにもオリーブ油をかけて、いただいた。
とびきり美味しいというわけでもなかった。パンの方が美味しかった。

店内からはこのような風景が楽しめた。
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ちょっと雨が降っていたが、車に戻りがてら、その辺にあるものを見学。
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なぜか、くじゃく?のオブジェ。
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ポルトノキとオリーブは違うものだそうである。
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オリーブ油を搾る機械。
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小豆島でオリーブ栽培が始まったのは、明治41年(1908年)だそうだ。
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昭和天皇お手撒きのオリーブ。
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陛下は皇太子時代に続き、昭和25年の巡幸の際にも小豆島を訪れている。
余程、気に入ったのだろう。

というわけで、小豆島の旅は終了。
13:45の高速艇に乗るべく、土庄に向かった。

(つづく)
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小豆島(10)

【2017年2月18日(土)】小豆島
この日は7時前に目が覚めた。先に出発の準備を整えて、7時半にレストランへ。
朝食もバイキングだ。まずはひしお丼と豆腐。
天空ホテルのひしお丼より比べ物にならないくらい、うまかった。
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続いて、お好み醤油で、卵かけご飯。これがまた最高。
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〆はフルーツとゼリー。またまた満腹だ。これは太ること間違いなしだ。
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でも、ここでケチってはもったいない。

飲まなかったけど、ここの地ビールは「空海」だった。
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小豆島のゆるキャラ「オリーブしまちゃん」。
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部屋に戻って、窓から天気を確認。やはり今日も曇りだ。
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寒霞渓も雲の中。昨日登っておいてよかった。
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8:45にホテルを出発。歩いて、醤の郷に向かう。
すぐ先に亀尾神社。
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鳥居はあるが拝殿も何もない。標柱がぽつん。
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まずはタケサンフーズ。
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ここは小豆島佃煮発祥の地だ。
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創始者はタケサンフーズの創業者でもある武部吉次氏。
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その記念館兼土産物屋が一徳庵。ここは帰りに寄ることにする。
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最初から買ってしまうと荷物が重くなるからね。

向かいに第十番札所の西照庵。
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今日も雨が降りませんよう。
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ご真言が書かれていた。「ウンタキ ウンジャワ ウンシッチ」
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お堂の側面。
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宝食品の櫓形看板がよく目立つ。
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宝食品の売店は京宝亭。
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ここは添乗員やバスの乗務員の休憩室。
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こちらが売店。ここも帰りに寄るつもり。建物は国の登録有形文化財だそうだ。
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水車があった。
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阿波野青畝句碑「白遍路 醤油の街を こぞりくる」
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分銅印のヤマサは、あの「ヤマサ醤油」ではない。
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「サカイ醤油」でした。ロゴはよく似ているが。
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巨大な醤油樽が並ぶ。
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一つ一つに、小豆島の名産の説明が書かれている。
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小豆島は播磨と奈良県・三輪とともに手延べそうめんの3大産地である。
小豆島・池田の人が伊勢参りの帰り、三輪でそうめん作りの技術を学んで、小豆島に広めたのが、小豆島のそうめん作りの始まりと言われている。
小豆島に独特なのは、麺を伸ばす際に、酸化しにくいごま油を使用していること。
カドヤあってのそうめんだったのである。

それに比べて、佃煮の歴史は比較的新しい。
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食糧難に苦しんでいた戦後の昭和20年9月、舟山醤油を母体として設立された大国屋商店の武部吉次が、サツマイモの芋蔓で「葉柄佃煮」50貫を炊いたのが始まりとされる。
同じ頃、丸金醤油も神戸の業者と提携して、佃煮の委託加工を始めた。
大国屋商店は現在、タケサンフーズとなり、丸金の佃煮部門も分離独立して宝食品となっている。
2008年現在で小豆島には17の佃煮業者があり、年間生産額200億円を超える全国有数の佃煮産地となっている。

そのまま行くと、マルキンの工場街。
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県道を右折して、ちょっと内陸の方へ歩を進める。正面の岩峰は碁石山(434m)。
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マルキン醤油の工場の黒い板壁が続く。
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不要になった醤油樽はあちこちにモニュメントとして置かれている。
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マルキンの醤油蔵には100個もの杉樽が並び、もろみが静かに発酵しているそうだ。
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繁栄の影に廃屋あり。
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ひっそりと、みかんの木。
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これらも、もともとは醤油蔵だったのだろうか。
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この界隈の家の表札は、みな醤油蔵のデザイン。
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右手には、純和風の旅館「島宿 真里」があった。
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かなり高そうだ。
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「苗羽」と書いて「のうま」と読む。これは難読地名だ。
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第八番札所常光寺の手前にある極楽橋。
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でも、常光寺の参拝は割愛させていただいた。
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右手には碁石山が近い。
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碁石山も札所なんだ!
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では、醤油を買いに戻りましょう。
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県道に出た角には、御菓子司平和堂。ここは立ち寄らず。
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県道を戻ると、まずは岡田食品工業。佃煮の会社だ。
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会社の前に、小豆島を描いた巨大なモザイク画があった。
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さあ、マルキン。
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昨日も見たが、相当にシブい。
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工場の全景。
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巨大な工場だ。
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マルキンは、キッコーマン、ヤマサ、ヒゲタに次ぐ日本有数の醤油メーカーである。
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その会社を、皇太子(摂政)時代の昭和天皇が大正11年(1923年)に訪問した。
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地方の産業を奨励するためである。

天皇が勧めたのか、その翌年には妃殿下の良子女王と母宮、妹宮も訪ねてきた。
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記念碑の写真を撮っていたら、通りがかりのおばあさんが「もう誰も見てくれないのに、ありがとうね」と声をかけてきた。
さすがに彼女の生まれる前のことだろうに、やはり地元の人にとっては誇りなのだろう。
記念碑が道路側を向いていたら、もっと多くの人に見てもらえたかもしれない。

マルキンの物産館では、しぼりたて生しょうゆと醤油さしのセットを購入した。
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次は宝食品の京宝亭。ここはジャストタイミングで団体さんと鉢合わせしてしまい、冷やかしのみで退出。

引き続き、タケサンフーズの一徳庵へ。
ここでは、またまた生搾醤油と和風オニオンオリーブドレッシングをゲット。
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このドレッシングは、ホテルの食事で生野菜にかけたら、ものすごく美味しかったので買ってしまった。

タケサンフーズの佃煮発祥の地の前に、大川橋の欄干らしきものが残っていた。
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昭和25年竣工というから比較的新しいが、川は暗渠になってしまったのだろうか。

このままホテルに戻って、置きっぱなしにしておいたレンタカーを回収。
次の標的、ヤマロク醤油に向かう。車で5分ほどだ。
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ここでは蔵の中を見学させてもらえた。
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案内して下さったのは五代目の山本康夫さん(1972年生まれ)。
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ここは昔ながらの製法にこだわって、樽での生産を続けている。
今は冬なので、発酵は止まっているが、樽の上から、もろみの様子も見せてもらった。
なかなか迫力がある。
ちょっと、憚られて写真は撮れなかった。

こちらは母屋。
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馬頭観音。
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最近は醤油樽を作れる職人もいなくなってきたので、こちらの当主は自ら樽作りを学んで、後世に伝える努力をしているそうだ。
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感激したので、ここでは丹波黒豆で作った菊醤と屋号をあしらったボトルカバーを購入。
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寒いのに醤油最中まで買って、車の中で食べた。

まだお昼には早いので、大坂城の石垣用の石材を産出した天狗岩丁場に移動する。
途中、南風台という展望台があったので、寄ってみた。
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(つづく)
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小豆島(9)

【2017年2月17日(金)】小豆島
星ヶ城山(817m)から下山してきた。
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せっかくなので第二十番札所の佛ヶ滝を参拝していこう。
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本堂を見上げる。
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水掛け不動明王に水をかけて交通安全を祈願。
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でも、あまりうまくかからないので、何度もかけた。
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本堂手前に石仏が並ぶ。
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開山時間は15時までだったので、シャッター越しにしか拝むことができなかった。
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ここも洞窟の中に本尊が安置されていた。
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八大龍王神。
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寛政元年(1789年)建立の禅活和尚の石碑。
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鐘楼堂。
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御加持(おかじ)石。
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子宝に恵まれたり、難病が治ったりと、御利益のある石で、これを授かるには真言を7回唱えながら大師様の回りを巡り、目を閉じて小石を拾えばいいらしい。

水子地蔵の奥に輪道やぐら。
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鐘楼堂に登ってみた。
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寒霞渓の眺めが素晴らしい。
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左は大師堂。
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こちらだ。
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水子地蔵。
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句碑「神懸のふもとに・・・」。誰のものかは不明。
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四国八十八ヶ所、小豆島八十八ヶ所の巡礼十数回に達する後藤ツネさん(明治35年生まれ)の徳を讃え、建立された福徳大師像。
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100回も巡拝した方がいらっしゃるようだ。
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それでは、さようなら。
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さてと、それではホテルに帰る前に、『二十四の瞳』の舞台、岬の分教場に行くとしよう。
車をそちら方面に走らせていると、醤の郷にさしかかった。
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明日しっかり歩く予定だが、ちょっと寄り道したくなった。
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マルキン記念館が「本日無料」だったので、見学していく。
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でも、閉館は16時。現在15:58だが、係の人は誰もいないので、堂々と入らせてもらった。
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駆け足で展示室を回る。
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田舎の醤油屋なのに、かなりの大物女優を広告に使っていたようだ。
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巨大な醤油樽。
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昔の醤油蔵の骨組みを残している。
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お土産に買って帰るには、かさばりすぎ。
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歌人吉井勇がマルキンを訪ねた際に詠んだ歌。
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「まるきんと いへる名はよし 濃むらさき 醤油の王者 これとたたへむ」

マルキン醤油は小豆島では最大手だ。
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小豆島は、野田(千葉)、銚子(千葉)、龍野(兵庫)、大野(金沢市)とともに、醤油の5大産地とされる。
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マルキンの工場は建物が黒ずんでいて、凄みがある。
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このロゴがまた素晴らしい。
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機械化も進んでいる。
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道路を挟んで、工場が立ち並んでいるのも格好いい。
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この日の見学はこの程度にして、岬へ向かう。
「二十四の瞳発祥の地」の看板に思わず車を停める。
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この横になった醤油樽は無料ボンネットバス乗り場だ。
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マルキンさんも「分教場へようこそ」と迎えてくれた。
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自身35年ぶりの再訪だ。
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当時は、こんな門柱はなかった気がする。
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この建物はさすがに以前のままだ。明治35年(1902年)竣工なので、もう115年も経つ。
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ここは明治43年から苗羽小学校田浦分校として使用され、昭和46年に廃校となった。
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私が以前訪ねたのは昭和57年だから、廃校になってからまだ11年しか経っていなかったわけだ。
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壺井栄の「二十四の瞳」が世に出たのは昭和27年。高峰秀子主演の映画が封切りになったのは昭和29年。
つまり、現役の学校を舞台に映画は作られたことになる。
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こちらは低学年の教室。
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廊下。教室は3つしかない。
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廃校になった時に書かれたと思われる児童たちのあいさつ。
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そのまま消えずに残っているのだろうか。
それとも上書きしているのか。

こちらは絵本作家の長谷川義史さんがテレビ取材の際にチョークで書いた絵。
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ガラスで保護されている。

廃校式の写真。私がちょうど小学2年の頃だ。
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こちらは映画に出演した子供たち。
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教室には、映画撮影時の写真が多数展示されていた。
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授業で実際に使われていたと思われる小豆島の立体地図。
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そして高学年の教室。
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『二十四の瞳』を読んできたばかりだったので、感慨深いものがあった。
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売店で醤油ソフトを買う。キャラメルっぽい味で、とてもおいしかった。
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小豆島のゆるキャラ、オリーブしまちゃん。
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ここまで来ると、家屋も1軒1軒、離島らしい雰囲気だ。
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本日の宿は、前方に見えるベイリゾートホテル小豆島。
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小豆島で一番高い建物なのではないだろうか。
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ここは前夜の宿でも入ったオリーブ温泉の湯元でもある。
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この日もちょうど17時にチェックイン。
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晴れていれば、こんな風景が広がっているらしい。
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実際はこう。星ヶ城山はすでに雲の中だ。
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お部屋は1005号室。和洋室だ。
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お腹すいたので、またすぐウエルカムお菓子をいただいてしまう。
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お部屋からのオーシャンビュー。内海湾の眺めだ。
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その右奥は醤油工場が立ち並ぶ醤の郷。
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湾に浮かぶのは弁天島。
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タオルには小豆島の形が染められていた。
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というわけで、お風呂へ。
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ここも素晴らしい展望風呂だ。
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こちらは露天風呂。
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露天風呂からは内海湾の反対側が見える。
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この日も平日なのでお客さんは少なく、お風呂はほぼ独占できた。

夕食は18時半から。今日はバイキングだ。
北海道&瀬戸内フェアをやっていたが、努めて地のものを選んだ。
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地の野菜にオリーブドレッシング、お造りにいわしのしゃぶしゃぶ。
左はオリーブオイルフォンデュ。

お次は、佃煮や小アジの南蛮漬け、エビはまだ生きていて、何度もはねた。
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ビールの後は、オリーブハイボール。
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主食は5色の手延べそうめん。これがうまかった。
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美味しかったサラダやしゃぶしゃぶはお代わりしてしまった。
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〆はプチケーキとひしおプリン。
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満腹。すぐ寝るのは体に悪いので、フィギュアの四大陸大会を見て、11時頃就寝した。

(つづく)
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小豆島(8)・星ヶ城山(4)

【2017年2月17日(金)】小豆島・寒霞渓
寒霞渓の表十二景遊歩道を下っている。
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正面に鋭い岩峰、層雲壇(第八景)が見えてきた。
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雲が重なり合って祭壇のように見えるのが、その名の由来だ。

ここに東屋があったので、しばし休憩。招仙亭というらしい。
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お菓子を1個食べて出発。
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寄り添っている沢の水量が増えてきた。
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古い溶岩がナメ滝のようになっている。
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その向かいに、安山岩の画貼石(第七景)。
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面が平らでスケッチブックのようなので名付けられた。
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その50m先に玉筍峰(第六景)。
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ちょうどロープウェイが通り過ぎて行った。
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次の鉄塔では、ちょうど上下線がすれ違い。
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ロープウェイにも乗ってみたかったが、遊歩道に見ものがたくさんあるので歩かないわけにはいかない。
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これは、おそらく寒霞渓の三大不思議の石碑だと思うのだが、上2文字が判読できないので、確たることは言えない。ガイドマップにもこの碑のことは載っていなかった。
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次は第五景、蟾蜍岩(せんじょがん)。
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ここから少し上に移動し、遊歩道から2歩踏み出して、木の間をのぞき込むと見える、と案内板に丁寧に書かれていた。
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お陰様で見ることができた。確かにヒキガエルに見えないこともない。
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こちらは犬岩(ライオン岩)で十二景ではない。
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これも安山岩だろうか。
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蟾蜍岩から40mで老杉洞。でも、案内板もなく、何も見えない。
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首をひねりながら進むと、石垣が出てきた。
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道があったので登ってみると、平らな場所に出た。
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大きな岩の陰に正岡子規の句碑があった。
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「頭上の岩をめぐるや秋の雲」
子規が明治24年(1891年)秋、寒霞渓を訪ねた際に詠んだ句だそうだ。

近くに、やっと老杉洞の案内板があった。
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最近は樹木が成長して見えにくくなっているらしいが、今回は冬枯れのおかげで見ることができた。
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老杉の右下に洞窟が確認できる。
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左は、名付けて桃尻岩。と言うには、ちょっとゴツすぎるか。
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ロープウェイはわりと頻繁に運行されている。
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うねうね道はなおも続く。
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沢を渡る。
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カーブがきついので車は無理だが、バイクなら上まで行けてしまいそう。
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第三景は錦屏風。
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屏風のような岩だ。秋には紅葉に染まって錦のようになるのだろう。
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屏風の上にはかわいいヒヨコ岩がちょこんと乗っている。
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右半分。
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こいつは、とくに名前はない。
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やっとロープウェイの山麓駅(こううん駅)まで下りてきた。
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最後の最後まで、つづら折りだった。
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登り口に、寒霞渓の景観保護に尽力した中桐絢海(1849~1905年)の顕彰碑。
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明治7年に紅雲亭を建設、同31年には神懸山保勝会を結成した方だ。

その紅雲亭(第二景)がこちら。
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その下を別当川が流れる。
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四望頂から1.8km下ってきたわけだ。
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徳富蘇峰が寒霞渓に遊んだ際に詠んだ漢詩を平成7年に石碑とした。
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七言絶句で、「鳥道盤々入碧空」で始まる。

さらに高橋和三郎翁の顕彰碑。
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神懸山保勝会の会長として瀬戸内海国立公園の指定に尽力された方だそうだ。

みんな並べるとこうなる。
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ここから第一景の通天窓が見えるそうだ。
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どれどれ、これのことかな。
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いや違う、あれだ。
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これで、十二景完結。赤、青、緑、すべて歩きました。
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こううん駅は標高295m。
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あれ、こっちは「紅雲亭駅」と書いてある。どっちが正しいんだ?
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改めて寒霞渓を仰ぎ見る。
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秋にもう一度来たいものだ。
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ここからさらに遊歩道は続いているが、当方は車道を行くつもり。
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別当川にかかる上絢海橋。
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ちょっと休憩して、駐車場に向かう。バスには乗りませんよ。
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寒霞渓を過ぎても、奇岩は終わらない。
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真新しい猪ノ谷トンネルを抜ける。
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でも、もう15年も経っていた。
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これは旧道。
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寒霞渓の頂上付近は、ついに雲に隠れてしまった。
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パンダのように見えませんか?
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猪ノ谷池。
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享保四年(1719年)に築かれたため池だそうだ。
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小豆島ブルーラインは日本の道100選に選ばれている。
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へんろ道を佛ヶ滝に向かう。
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再び寒霞渓方面を振り返る。
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15時半すぎ、歩き始めた佛ヶ滝に到着。
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歩行距離はちょうど10km。6時間近いハイキングだった。

【行程】2017年2月17日
仏ヶ滝(9:50)~猪谷分岐(9:53)~石門洞(10:11参拝・撮影10:18)~松茸岩(10:44撮影10:49)~寒霞渓駅(11:08休憩11:34)~三笠山(11:53)~星ヶ城神社(12:15)~星ヶ城山(12:37昼食13:02)~三笠山(13:30)~寒霞渓広場(13:43)~表十二景入口(14:15)~紅雲亭駅(15:00休憩15:08)~仏ヶ滝(15:26参拝15:38)
※所要時間:5時間48分(歩行時間4時間23分)
※登った山:4座(三笠山、嶮岨山、星ヶ城山、鷹取展望台)
※歩行距離:10km

(つづく)
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小豆島(7)・星ヶ城山(3)

【2017年2月17日(金)】小豆島・寒霞渓
星ヶ城山(817m)の頂上に12時半過ぎに到着した。
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頂上の仏塔には、よく見ると10体の石仏が納められていた。
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手前の小石が経石のようだ。
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幸い、頂上は風が弱かったので、ここでお昼にする。
いつものようにコンビニおにぎり。
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今回は、これに加えてエクレアとゆで卵もいただいた。
寒かったので、熱い(ってほどではなかったが)お茶がありがたかった。
お湯はホテルの部屋のポットから移してきたのだ。

食後、下山する前に、東の出隅なる遺構を見学してきた。
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山頂をめぐっていた石塁の跡だ。

ここから見た碁石山(434m)。
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この仏塔は、もはやこの山のシンボルになっているのかもしれない。
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でも、大きな地震が起きたら、崩れてしまいそう。
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烽火台の跡もあるとのことだが、この穴のことだろうか。
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山名板は三笠山にあったものと同じものがぶら下がっていた。
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ここはもっと立派な標柱が欲しかった。

それでは、また他日。
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立ち去り際、仏塔の陰に雪がわずかに残っているのに気づいた。
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やはり小豆島にも雪は降るんだなあ。

帰りは、西峰の巻き道を行く。
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ここにもわずかに雪が残っていた。
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星ヶ城神社前を通過して
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さくさく下る。
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30分弱で三笠山(671m)に戻ってきた。
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この密集しているのは何の木だろう。関東ではほとんど見かけない。
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途中から道をそれて、阿豆枳島神社の境内に裏から入る。
これはご神木だろうか。
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この向こうは神域につき立ち入り禁止だし。
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拝殿。随分変わった建物だ。昭和37年に建立されたものらしい。
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本殿は東峰・西峰にあるのは分かっているが、ここで拝めるのはこの神木(?)だけ。
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ちょっと不思議な空間だった。

もう舗装道路は飽きたので、三笠山の直登路を下る。
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昨日から痛んでいた膝が心配だったが、下りなのにそれほど痛みは感じなかった。
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夏には一面の緑で、とてもきれいだろう。
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三笠園地を横断して、表十二景の方に向かう。
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途中にある鷹取展望台(625m)は映画「八日目の蝉」のロケ地だそうだ。
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すぐに着いた。
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相変わらず霞んでいるが、寒霞渓はやはり見事な造形だと思う。
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かわら投げの標的(左手前)と碁石山。
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その左に展望所も。
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もっとも寒霞渓らしい景観。
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どの岩山も浸食されて、ナイフリッジのようになっている。
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ここも一応ピークで、名称も付いているので「登った山」の1つに加えさせてもらった。
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鷹取展望台の先にも、随所に展望スポットがある。
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そのたびに景観が変わるので面白い。
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ここはクライミング禁止なのだろうか。
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花崗岩で崩れやすいから、そもそも誰もしないのかもしれないが。
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これは烏帽子岩かな。
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四望頂の円形展望台が見える。
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その手前は断崖絶壁。って、ここもそうだけど。
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さっき寒霞渓の売店には、バス5台分の団体さんがいたが、誰もここまでは足を延ばさない。
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「岩の上に誰かいる!」と思ったら、木だった。
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あんなところに、よく生えるなあ。
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岩は火山角礫岩っぽい。
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遊歩道の傍らに「森遷顕彰碑」。
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名称弁を記した中桐倹吉とともに神懸山保勝会を設立した森遷を顕彰したものだ。

その間近に長西君義挙碑。
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後に「島の醤油王」と呼ばれた長西英三郎は、明治期に神懸山が外国人に売却されかかった際、保勝会に巨額の寄付を行い、買収の危機から寒霞渓を救った。
そのことが「義挙」とされているのだ。

四望頂に登る。かつては寒霞渓の頂上として賑わったところらしい。
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ほとんどが安山岩や火山角礫岩だそうだ。
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秋にはさぞがし華やかなことだろう。
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ロープウェイの鉄塔が見える。
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ピンクのゴンドラが下ってきた。
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寒霞渓は約1300万年前の火山活動でできた山が長い年月の浸食によってできたとされている。
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四望頂は表十二景のうち、第十二景に当たる。
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中田樵杖の句碑。
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こちらは松尾芭蕉の句碑、翁塚。「初しぐれ猿も小蓑をほしげ也」
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安政二年(1855年)、名古屋の俳人可大が来遊中、山麓の中桐大水、大橋小朔らが相はかり、この地に句碑を建立したと「神懸山誌」は伝えている。

こけしのような岩塔。
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どちらも体と頭が分かれている。
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さっきのこけし岩はなんとズレているではないか。
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いやいや、恐ろしい。
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そこまで行けそうだが、止めておいた。
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表十二景遊歩道に入ると、こんな標識が。
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あれはこけし岩ではなく、「烏帽子岩」(第十景)というちゃんとした名前があったのだ。
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ここからの眺めも絶景である。
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あそこにもぽつんと岩が残っている。
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岩の固さが違って、取り残されたのだろうか。

樹木が自ら描いた壁画。
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表遊歩道は、簡易舗装の道がうねうねとつづら折りで続いている。
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石垣もしっかり築かれている。
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第十一景がないなあと思っていたら、こんなところにあった。
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この女蘿壁(じょらへき)のことだが、昔はサルオガセ(女蘿)が鬚のように風になびいていたのだという。
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次の見どころは荷葉岳(かようがく、第九景)。
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でも、ここからは見えなくなっているので、四望頂で見てくれとのこと。
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これのことかしら。
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ここから見えるのはゴジラ岩だそうだ。ゴジラに見えるかなあ。
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遊歩道の脇の岩壁は緑の葉っぱで埋め尽くされている。
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大きな岩もコケだらけだった。
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(つづく)
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小豆島(6)・星ヶ城山(2)

【2017年2月17日(金)】小豆島・寒霞渓
寒霞渓の第一展望台にやってきた。
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ここからは四国の剣山(1955m)も見えるらしいが、ご覧の通りの天気。
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眼下の内海湾のみで我慢する。
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右奥は三都半島。
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こちらは碁石山(434m)。
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内海湾に浮かぶのは弁天島。半島の向こうは児島。
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通称「1億円トイレ」に立ち寄る。さすが1億円、暖房が効いていて暖かかった。
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「小豆島歩く道」の案内図。だいたい、こんな感じで歩くつもりだ。
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第二展望台では、「かわら投げ」ができる。「かわら」とあるが、瓦ではなく「かわらけ」(素焼きの小さな皿)のことだろう。
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でも、かわらの売店は閉まっていた。
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「観光地!」って感じの石碑に好感。
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目の前に見えるのは、層雲壇かな。
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展望台から見て、西側の方に奇岩怪石が目立つ。
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左はロープウェイが通っているので、かわらは投げないように。
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あれがかわら投げの的のようだ。
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あの穴を通すのは、かなり難しいかも。
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それでは、さようなら。
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寒霞渓のロープウェイ前は三笠園地として整備されている。
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小豆島ロータリークラブ創立10周年を記念したモニュメント。
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小豆島にもシカはいるらしい。テーマは「自然を愛しましょう」。

なぜか今度は鬼。「観光客に親切に」ということは、地元の人向けだ。
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巨大な「景仰の碑」。揮毫した松平頼寿伯爵は旧高松藩主松平頼聰の八男。母は井伊直弼の次女だそうだ。
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貴族院議長、大東文化学院の総長などを歴任した方だ。

これもまた巨大な石碑だ。さすが石の産地だけある。
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それでは、星ヶ城山(817m)に向かう。
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その名は、備前国飽浦城主佐々木信胤が築いた山城の名に由来するが、信胤はなぜ「星」の城にしたのだろう。

まずは三笠山(672m)へ。
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直登もできるようだが、阿豆枳島(あずきじま)神社の参道を行く。
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あずきじま神社があるということは、小豆島もかつては「あずきじま」と呼ばれていたのだろう。
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あちらは直登の道。
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「寒霞渓経塚」なるものがあったので、寄り道。
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弘法大師の島なのに「南無妙法蓮華経」だった。
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参道は舗装されている。
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阿豆枳島神社の前に着いたが、参拝は帰りにして通過。
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ここには拝殿があり、本殿は星ヶ城山の山頂にあるらしい。
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しばらく登ると、三笠園地が見下ろせた。
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登山道は一面の芝になっている。
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園地から10分ちょっとで三笠山に着いた。
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ここは四等三角点。
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山名板は手作りのものが吊り下げられていた。
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頂上は広く、古い大きなベンチが点々とある。
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星ヶ城山まであと1.7kmか。
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休まずその山頂を目指す。
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だらだらの登りがしばらく続く。
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間もなく傾斜が緩まり、階段がなくなった。
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南国らしい森だ。
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三笠山から20数分で星ヶ城神社に到着。
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佐々木信胤がこの山に星ヶ城を築いたのは興国元年(1340年)。
この神社は信胤を祭神として昭和24年に建立されたが、のちに阿豆枳島神社の摂社となった。
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祠の前に、大きなテーブル岩。
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まだ新しい神社のわりに、狛犬は古色を帯びていた。
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ここを通り過ぎて西峰の登り口に、周辺の立派な案内図があった。
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星ヶ城の外空壕跡。深さ3.5m、幅19mある。
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分かりにくいが空壕の断面。
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三笠山から頂上まで1.7kmとあったのに、すでに三笠山から2km歩いているのに頂上に着かない。
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地図ロイドで確認すると1.7kmの方が正しかった。

土壇跡の側面。空壕を掘削した残土を盛り上げ、東西27m、南北20mの平坦地(土壇)を築いている。
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城跡の遺構が続く。
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西峰に着くと、阿豆枳島神社の西峰本社が見えてきた。
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しっかりと石垣で囲まれている。
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古事記には「次に小豆島(あずきしま)を生みたまひき」と書かれている。
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ここは由緒ある古い島なのだ。
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しかし、それにしても風が強い。景色をゆっくり見ている余裕もない。
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(内海湾)

下山してニュースを見たら、この日、春一番が吹いたとのこと。
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(三都半島)

確かに南風だった。
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下界の風は、少しはなま暖かいのかもしれないが、山の上はただただ寒いだけ。
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頂上(東峰)も風が強かったら、ここに戻って石垣の陰でお昼を食べるしかない。

西峰の最高地点には「星ヶ城」ならぬ「星ヶ峰」の石碑があった。
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西峰は「登った山」に加算した。

いったん下る。
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これは何の遺構だろう。
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西峰の巻き道との分岐。帰りは巻き道を行こう。
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東西の峰の鞍部。
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この下の駐車場から登ってくるのが、山頂への最短ルートのようだ。
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人工井戸の跡。人工じゃない井戸ってあるのかな。
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近くに昭和30年建立の御塚権現地蔵。
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東峰の阿豆枳島神社に到着。
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西峰とともに小豆島の守り神として斎祀されてきたそうだ。
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頂上には、なぜか仏塔が。
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誰が何を模して作ったものなのだろう。
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星ヶ城山の頂上はなんと一等三角点。
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頂上は祭祀遺構となっており、多数の土師器(古墳時代)が出土したという。
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山城になる前から人々とつながりの深い山だったようだ。

これらの岩は現代になって敷き詰めたものだろう。
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ケルン状のものもたくさんあった。
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南の眺望がいい。お馴染みになった碁石山(434m)が望めた。
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(つづく)
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小豆島(5)・星ヶ城山(1)

【2017年2月17日(金)】小豆島・寒霞渓
これから、小豆島の最高峰、星ヶ城山(817m)に登る。
小豆島霊場八十八ヶ所第二十番札所佛ヶ滝を9:50に出発。
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見上げれば、早くも奇岩が目に飛び込んでくる。
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道すがら、巡礼記念塔が立っていた。
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猪ノ谷橋を渡る。
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猪谷池の交差点を右に曲がると、寒霞渓の裏八景遊歩道。
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札所第十八番の石洞門を目指し登っていく。
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エンジェルロードで降っていた雨は幸い止んでくれた。
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佛ヶ滝への近道入口を通過。
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しばらくは舗装道路のようだ。
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寒霞渓には35年前に自転車で登っている。
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この道ではなく、小豆島スカイラインの方だ。
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当時のことは、ほとんど覚えていないし、こんな道があったことも知らなかった。

沢には大きな岩がゴロゴロしている。
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これはひびなのかすっかり割れているのか。
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このあたりは、まだ常緑樹の森のようである。
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神懸遺跡・炭焼き窯の標識があったが、それはパス。
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石洞門が近づいてきた。
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右手に螺貝(ほらがい)岩が見えてきた。ここが第八景。
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確かに斜めに巻いているように見える。

八景一つ一つに写真付きの説明板があるので、ありがたい。
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ソフトクリームにも似ていると言われれば、その通りだ。
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この向こうにも変わった岩があったが、これには名前が付けられていないらしい。
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石門へあと二丁。
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今度は二見岩(第七景)。尖っている岩ではなく、その下の一対。
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伊勢・二見ヶ浦の夫婦岩に似ているのだそうだ。

あっという間に、あと一丁。
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第六景、大亀岩。巨大な亀が山を這い登っているように見える、かな。
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続いて第五景、幟岩。別名、天柱岩とも。
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寒霞渓には名所が20か所あり、表十二景と裏八景に分かれている。
日本三大渓谷美の一つに数えられているそうだ。
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あれが石門かな。
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猪谷から20分ほどで、石洞門に到着。
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境内には石灯籠がたくさん。
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「時雨るるやふるさとにゐて旅ごころ」三木朱城の句碑が立つ。
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第四景の大師洞。
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冬の平日だけに、実に静かだ。
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階段を登って、大師洞に参拝。
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小豆島の札所には洞窟に営まれたお堂が多い。
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対岸にも奇観が望める。
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境内を見下ろす。
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外に出て、磨崖仏に合掌。
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さて、第三景の山門をくぐる。
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山門越しに振り返ると、幟岩。
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10月に登った北海道・昆布岳のめがね岩よりスケールが大きい。
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ここは八十八ヶ所のへんろ道。
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これは、そう簡単に崩落しないだろう。
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岩石は火山角礫岩だそうだ。
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この先の道は、石畳の簡易舗装となる。
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階段もある。
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これが延々続く。
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湿気が多いのか、コケむしている所が多い。
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落ち葉が落ちているということは広葉樹も目立ち始めたということ。
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おや、展望所が100m前にあった記載になっているが、そんなものあったっけ。
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首をひねりながら、さらに斜度を増していく。
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展望台らしき場所に着いた。さっきの表示はここのことを誤って書かれていたのか。
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大きな岩がバランスよく乗った松茸岩(第二景)。
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昔は「たまいわ」と呼ばれたらしい。上に乗っている岩が「玉」に例えられたのだろう。
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ここからは内海湾と岬の分教場のある半島を眺めることができた。
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草壁の町並み。
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その左に碁石山(434m)。
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全景。
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旧内海町核心部。今夜泊まる予定のベイリゾートホテル小豆島も見える。
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名付けて、フランケンシュタイン岩。
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星ヶ城山方面。
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松茸岩を反対側から。
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その背後に鹿岩(第一景)。
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シカというよりラクダかな。
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では、松茸岩ともおさらば。大地震があっても落ちませんよう。
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遊歩道に戻る。
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花崗岩の石畳。
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今度は違う石。
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結局、土は踏まず終いかな。
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最後の急坂。
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こんなところにペットを捨てる人がいるなんて。
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11時過ぎに、寒霞渓のロープウェイ駅前の三笠園地に到着。
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植木屋さんは本日休業。
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西の方角は美しの原方面。
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山頂駅を見学しよう。
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県立小豆島高校野球部のユニホームが展示されていた。
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昨年のセンバツに21世紀枠で出場を果たしたのは記憶に新しい。

風が強くてちょっと寒かったが、オリーブソフト(300円)を買ってしまった。
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でも、普通のソフトとの差はよく分からなかった。

寒いので売店の中へ。「川鶴」なる地酒を発見した。
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土産物の冷やかしも含め15分ほど売店で温もってから出発。

神懸山名称弁なる石碑があった。
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撰者の中桐倹吉(星城、1842~1899年)は小豆島出身。儒学を学んで、維新後、淵崎村に履霜書院を創設し、子弟の教育に尽力した人物だ。
当地のことを、各地から訪れた文人らが「灌花渓」「寒霞渓」「鉤懸渓」などと呼んで競い合ったことを苦々しく思っていたらしく、名称弁の冒頭で「小豆島の上村の北幅員数里の勝、神懸山と相伝える」とつづり、古くから伝わる「神懸山」と呼ぶべきだと訴えている。
しかし、結局、明治11年、讃岐出身の儒学者藤沢南岳によって、「寒霞渓」の名が選定された。ただ、地形図は「神懸山」を正式名称とし、寒霞渓は別名扱いにしている。
この碑はもともとロープウェイ紅雲駅に近い絢海橋の橋詰にあったが、平成3年に現在地に移設された。

(つづく)
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小豆島(4)

【2017年2月17日(金)】小豆島
7:30になったので、地下1階のレストランに移動。
朝食のウリはひしお丼なのだが、醤に漬けた魚の量が少なすぎ。
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しらす干しも加え、最初からかつお出汁をかけて茶漬け風にしてしまった。
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それでも味は今いち。この宿の食事は夕食も含め、あまりお薦めできるものではなかった。
でも、半額セールで1泊2食7900円だったから、贅沢は言えない。

8時すぎにチェックアウト。
なんと雨が降っている。小雨だが傘なしというわけにはいかない。
近くのセブンイレブンで、昼食と折り畳み傘を買い、エンジェルロードへ。
駐車場横には、小豆島石(花崗岩)に書かれた絵手紙ロードの作品があった。
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エンジェルロードは「大切な人と手をつないで渡ると願いが叶う」のだという。
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その名付け親は、土庄町の元町長だった三木祐二郎氏だそうだ。
この方は、甲子園の応援曲の定番「コンバットマーチ」の作曲者でもある。
この曲は、氏が早稲田大学応援部吹奏楽団4年のときに作曲し、1965年の早慶戦で初めて披露された。
三木氏は、エンジェルロードの目の前にある小豆島国際ホテルの代表取締役も務めたことがあるそうだ。

顔ハメはついやってしまう。
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では、エンジェルロードすなわち「天使の散歩道」へ。
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その前に「恋おみくじ」の結び場所がある。私には縁のないところだ。
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蛭子神社が鎮座するが、おみくじは駐車場横の売店で買うのかな。
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弁天島は「約束の丘展望台」とやらになっている。後で寄ろう。
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道はご覧の通り完全に通じている。
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「良縁祈願」やら韓国人やら。
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絵馬風のホタテ貝はなんと1枚700円。でも、良縁が見つかるなら安いものなのかも。
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傘もさしていることだし、砂州の上は写真も撮らずに大人しく歩いた。
中余島に達してから、撮影再開。
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東側の海岸は歩けるようなので、さらに進んでみた。
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緑色をしているのは、岩のりだろうか。
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中余島は立派な奇岩の島だ。
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穴が開いている。
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くぐり抜けて、西岸に出てみた。
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小豆島の方を振り返ると、通行禁止だった。
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あれが、昨夜泊まった「天空ホテル海廬」。
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さっきの穴の先に切通しのような場所があったので、そこから東岸を覗く。
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ここは下りられないので、また穴を通って東岸に戻る。
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中余島は2つに分かれており、これは南側の塊(南島)。
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北の塊(北島)の南端。ここにもホタテ貝が吊るされている。
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このあたりで引き返すことにする。
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(北島の東岸)

のりの繁茂が激しい。
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滑るので踏まないようにした。
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陸地とつながっている弁天島。
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これらの島は花崗岩でできているようだ。
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砂州を挟んで望む「天空ホテル」。
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西に昨日登った高見山(153m)。
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小豆島国際ホテル。
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北島の北端に石仏。
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ここは貝吊るし場になっていた。
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中国人も来ている。
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本日の干潮時間は9:05。
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現在、8:55なので、一番エンジェルロードが広くなっている時間帯だ。
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細い時間帯の方が、もうちょっとスリルがあったかもしれない。
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中余島は標高20m。
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ちょっと、能登の軍艦島にも似ている。
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弁天島は16m。
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弁天島の岩壁に龕のような穴を発見。
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でも、仏像もないし、自然の造形のようだ。
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晴れていれば、また一段と美しかったのだろう。
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家族みなさん無病息災で。
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では、約束の丘に登る。頂上に四等三角点があった。
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これは何の遺構だろうか。
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花崗岩の祠。
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西に土庄東港や大深山(227m)を望む。
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北東には、尖った高壺山(159m)の右奥に太麻山(427m)。
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私の嫌いな「恋人の聖地」。でも、いくつ行ってしまっただろうか。
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ここからのエンジェルロードの眺めは素晴らしい。
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相合傘のお二人さん、お幸せに。と思ったら、二人とも女子だった。
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まさに今この瞬間が干潮。
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これにて、エンジェルロード散策は終了。
売店を冷かしてから、寒霞渓に向かう。
国道436号を東進。池田港を過ぎて、草壁港の先を左折。
山の方へ真っすぐ登っていくと、左手に内海ダムが見えてくる。
ダム湖は寒霞渓湖というが、冬だからか水量が極端に少ない。
新旧の地形図を見比べてみて気づいたのだが、今の巨大なダムは、昔の小さな内海ダムの前にさらに高いものを築いてできたものだ。
夕張シューパロダムの完成によって、シューパロ湖に水没した大夕張ダムの小型版だ。

9:45、登山口に近い第二十番札所佛ヶ滝に到着。
ここから寒霞渓、星ヶ城山(817m)へ登山開始となる。

(つづく)
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小豆島(3)

【2017年2月16日(木)】小豆島
小豆島の霊場八十八ヶ所第六十番江洞窟に参拝中。
四国八十八ヶ所とは別に、小豆島独自の霊場が設定されているのを初めて知った。
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まさに洞窟の中に御堂が営まれている。
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外に出ると、弘法大師様。
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東には三都半島が遠望できた。
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南には四国本土の五剣山(375m)。
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それでは、おいとまするとしよう。
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車で移動していると護岸沿いに、こんなキャラクターがあちこちに設置されている。
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浮きを利用したものだが、カエルのつもりなのだろうか。

第六十一番札所浄土庵の前で車を停めた。
沖合に女木島(左)と男木島(右)
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兜島の向こうに屋島も見えた。
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本堂に参拝。札所めぐりの老夫婦も車でやってきた。
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本尊は阿弥陀如来。
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ここの弘法大師様はちょっと小さめ。
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本堂建立之碑。
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鐘楼。
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様々な石仏も安置されていた。
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六十二番大乗殿が飛ばされているのは、大乗殿が六十三番蓮華庵と同じ場所にあるからなのかもしれないが、だったら2つ書けばいいのに。不親切。
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小瀬集落から土庄港に向かう途中にあった石碑。
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かつてここはトンネルだったのだろう。今は道の拡幅に伴い切り通しになっている。

土庄港では、せっかくなので、カドヤのごま油工場にも寄ってみた。
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なかなか迫力がある。

このあとは、ゲタ(シタビラメ)干しが見られるという小江の港まで行ってみたが、何もなかった。
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2月はシーズンのはずなのだが、もう夕方なので取り込んでしまったのだろうか。
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ちょうど町営バスがやってきた。
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誰かが沖島への渡し船に乗るかもしれないので、渡船場に行って待ち伏せ。
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桟橋には小さな渡し船がもやっている。
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すると、案の定、小学生がやってきて乗り込んだ。
船頭さんが「おかえり」と声をかけていた。学校帰りなのだ。
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何人の子どもがこの船を通学に利用しているのだろう。
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船の名前は「うずしおⅡ」。大きく出たな。
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沖島にもたくさんの家が軒を連ねていた。
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村はずれには廃屋もあったが。
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ここが船頭さんの控室。
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この渡し船の航路は町道扱いのようだ。
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昨年7月から「通行料」は無料になっている。
それまでは往復100円とガイドマップには書かれていた。

海峡を通過する漁船を見送る。
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北には千振島の灯台が見えた。
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漁村らしい露地を確認して、もういい頃合いなのでホテルに向かう。
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今宵の宿は、土庄の高台にある「天空ホテル海廬」。
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17時ちょうどにチェックイン。部屋は205号室。
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なかなかしゃれた部屋ではないか。
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お腹が空いたので、ウェルカムお菓子を早速いただいてしまった。
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お部屋は絶好のオーシャンビュー。
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エンジェルロードが真下に見える。
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まだ砂州がつながっていないが、まもなく歩けそう。
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砂州の向こうは中余島。
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こちらは小豆島国際ホテル。
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対岸にもたくさん大きなホテルが見える。
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中余島の向こうは三都半島の白浜山(300m)。
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南には土庄東港の向こうに、見事な台地の屋島。
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その左に五剣山。
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ちょっと引いてみよう。
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再び、エンジェルロード。左から弁天島、中余島、大余島。
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奥は三都半島。小豆島の形を犬に見立てたら、前脚に当たる部分だ。
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10分ほどくつろいで、もう一度、見てみたら、とうとう砂州がつながっていた。
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花崗岩の島が夕陽に赤く染まった。
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早速、皆さん渡っている。
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ロマンチックなタイミングで大満足だろう。

当方は、エンジェルロード散策は明日にして、お風呂へ。
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ここの温泉は隣町で湧いたものを運んできているようだ。
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オリーブ温泉と名が付いているが、もちろんオリーブの葉っぱが浮いているわけでも、オリーブ油が混じっているわけでもない。
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源泉は31℃なので加温している。弱アルカリ性の高張性低温泉だ。
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露天風呂からも、エンジェルロードが見えた。
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ここはまさに天空の温泉だ。
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のんびり浸かっている間に、すっかり日も沈んでしまった。
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土庄東港にも灯りがともった。
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渡し船見学ですっかり体が冷え切っていたが、おかげでよく温まった。

上がると、ホテルの廊下にこんな貼り紙が。
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屋島はここから見るのが一番テーブルマウンテンらしく見えると自画自賛。
でも、確かにそうかもしれない。

18時半になったので、レストランに向かう。
廊下にもいろんな意匠が凝らされている。
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こちらは茶室風の空間。
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今夜のメニューは懐石コース。
まずは鍋物。
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お刺し身はたぶん鯛とはまち。
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ピンぼけになっちゃったけど、茶わん蒸し。具は少なめ。
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名物、手延べそうめん。
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このほかてんぷらが付いた。
もちろんビールも飲んだのだが、地のものが少なく、そうめんのつゆが薄いのがちょっと残念だった。

でも、ごちそうさまでした。
ラウンジ経由で部屋に戻る。
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のんびりテレビなど見ながらくつろぎ、11時には就寝したような気がする。

【2017年2月17日(金)】小豆島
ぐっすり眠って、6時に起床。
朝飯前にエンジェルロードを歩こうと思っていたのだが、まだ真っ暗。
これじゃあ意味がないので、やはりチェックアウト後に行くことにして、もうひと眠り。

7時すぎに再び、窓の外を見ると、再び干潮でエンジェルロードはしっかりつながっていた。
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昨日の夕方より干潮が進んでいて、緑の藻も見える。
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しかし、曇っていて、天気は今ひとつ。
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海は湖のように静かだった。
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今日は登山の予定だが、雨は降らないといいなあ。
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(つづく)
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小豆島(2)

【2017年2月16日(木)】小豆島
13:35、小豆島に上陸。
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35年ぶりの再訪だが、実際に風景を見てみても全く記憶が蘇らない。残念だ。

島内の移動はレンタカー。
予約した小豆島レンタカーの送迎の方との待ち合わせ場所であるセブンイレブンに向かう。
5分ほどで着くと、係の人が札を掲げて待っていてくれた。
この時間の客は私だけ。
ワゴン車で、少し離れた営業所まで連れて行ってくれた。
車中、土渕海峡や迷路のまち、エンジェルロードの干潮時間などを教えてくれた。
ついでに、どこの醤油がおいしいか聞いてみたら、マルキンとヤマロクとの答えだった。
この2軒は訪ねて、醤油を買うことにしよう。
さくっと手続きを済ませて、すぐに出発。
まずは土渕海峡に向かった。

土庄町役場の駐車場に車を停める。
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小豆島には平成の大合併の前に、土庄町、池田町、内海町の3町があったが、2006年3月に後者2町が合併して小豆島町が成立。
現在は土庄町と小豆島町が存在する。
島全体で約28000人が暮らしている。
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役場の隣に、古い石灯籠が保存されていた。
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役場の前にある永代橋の南東側にあった石灯籠で、文化九年(1812年)の建立。
かつて、このあたりは深い入り江になっており、多くの渡海船や漁船のたまり場であった。
そうした船の安全を願って、地元の花崗岩で建てたものだという。

土庄の繁華街、「迷路のまち」の案内地図があったが、これを見る限り、それほど複雑ではない。
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実際に歩いてみると違うのかもしれないが、今回は時間の都合もあり割愛した。

これがギネスにも載ったという世界一狭い、土渕海峡。に架かるモニュメント。
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ちょうど、この位置に当たる。
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土渕海峡は延長2500m、最大幅約400m。
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最も狭い永代橋の下は9.93mとのこと。
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しかし、こんなものは作らず、純粋にそのまま狭さを見せてほしかった。
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小豆島でかつて「小豆島発演歌ルネッサンス」というイベントが開催されたらしい。
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折角なら、ここに設置した理由も書いてあるとよかった。

土渕とは、海峡を挟んだ2つの集落、土庄と淵崎の合成地名である。
ちょうど案内板があったので、淵崎の方も歩いてみることにした。
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淵崎の小さな港「おんばた」から散策は始まる。
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信号を渡って、路地を進むと、すぐに井上邸の観音堂。
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元淵崎村長の井上文八郎が昭和4年に建立したもの。
井上氏は東洋紡績工場の誘致、小豆島霊場第53番札所本覚寺の再建、小豆島ロータリークラブの創立、昭和池の造成など地域の発展に貢献した人物だそうだ。
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その境内に、日本最古級のオリーブの木が移植・保存されている。
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文久年間に植えられたと伝えられる、おそらく日本で最古の老木とのことだ。
オリーブの木と意識して、それを見たのは初めてだ。

皇踏山(394m)への標識があったが、さすがに今日は登る時間がない。
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瓦を埋め込んだ築地塀の道を進む。
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離島らしい雰囲気だ。
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白壁の古い民家の向こうに見えるのが皇踏山(左)。
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空き地に小さな祠があるのを撮影していたら、バイクのおじさんが声をかけてきた。
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「ご旅行?」「ええ」「遠隔地から?」「はい」「東京の方?」「そうです」「私も明後日東京に行くんですよ。島もいいですが、東京もたまに行くといいですね」「そうですね~」
そんなことで話しかけてきたおじさんに何だか、とても好感を持った。

そのまま真っすぐ進むと鳥居が見えてきた。
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その右手に第57番札所の浄源坊。
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門前に、ウバメガシの大木があった。枝張りは直径10mに及ぶ。
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ウバメとは「姥芽」のこと。芽出しの色が茶褐色で「姥」に通じるから、その名が付いたという。
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路地をもう少し歩いてみた。
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黒い板と白い漆喰の壁が特徴的だ。
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瓦も桟瓦と丸瓦の両方がある。
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小さく1周して、おんばたの前にある塩屋屋敷のところに戻ってきた。
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往年の面影を色濃く残している。
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これにて散策は終了。

高いところから島を一望したいので、近くの高見山(153m)に向かう。
道すがら、見えてきたのは、小豆島(しょうどしま)ならぬ小豆島(あずきじま)。
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本当に小豆のようだ。
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対岸に香川県小豆総合事務所。
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奥に見えるのは高壺山(159m)。
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高見山の駐車場に車を停めて、歩き出す。
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ここはクマではなくイノシシの出没に注意。
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出会ったら、放っておきましょうとのこと。

間もなく、砂利道は終わって、遊歩道になる。
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階段が整備されていた。
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木々の隙間から土庄港が垣間見えた。
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階段、終盤戦。
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開けた場所に出たが、眺望はいまひとつ。
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頂上には石垣の上に何か建物がある。展望台なのか。
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南には、鹿島の浜と本土の屋島方面が望めた。
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とりあえず、頂上を通り越してみたが、謎の建物があるだけ。中世の山城をイメージしているのか。
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北の方角を覗いてみたら、伝法川沿いの町並みがかろうじて見えた。
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句碑が並んでいる。
これは、米倉明司・沙羅女夫妻の句碑。
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右が沙羅女「戻りては照りては瀬戸に春立ちぬ」
左が明司「行く雲の急がずなりて春来る」

もう一基。作者は照雪。「五剣山 屋島 眼間 島麗」
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石垣の中の建物は扉に鍵がかかっており入れない。
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縁側をぐるりと回ってみたが、必ずしも眺望はよくない。
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西に見えるのは大深山(左、227m)。
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こういう眺望案内板があったが、樹木が成長してしまったからか、ほとんど何も見えなかった。
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建物の敷地の中には小林一茶の句碑があった。
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寛政九年(1797年)に一茶が土庄を訪れた際に、笠井家の句会で詠まれた句だ。
「うぐひすや軒去らぬ事小一日」

登山道に戻ると、土庄港が見えた。
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中央にカドヤのごま油工場、その奥に室崎と葛島・沖島。その向こうは岡山県。

再び大深山。
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帰りは行きとは別の道を下る。
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関東と違って暖帯林だ。
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大きなクスノキ。
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30分ほどで駐車場に戻ってきた。脇にこんな石碑があった。
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あとは、土渕海峡を隔てて、小豆島の中でも小さい方、前島を車で1周することにする。
その途中で訪ねたのが、前島最南端の柳地区。
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花崗岩の鳥居前を通過。
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小豆島八十八ヶ所めぐりも「同行二人」。
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第60番札所江洞窟を参拝する。
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中に入ると、役小角の木像。
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洞窟の中は真っ暗だった。
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(つづく)
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小豆島(1)

【2017年2月16日(木)】小豆島
仕事も一段落したので、休暇を取って小豆島に行くことにした。
小豆島は大学2年になる春(1982年3月)に自転車で訪ねて以来なので35年ぶりになる。
当時の記憶はほとんどなく、寒霞渓と岬の分教場の写真が残っているだけだ。
今回の目的は最高峰の星ヶ城山(814m)に登ることと、醤(ひしお)の郷を歩くこと。

遠隔地なので2泊3日の行程にした。
この日は朝6時に所沢の自宅を出て、東京駅7:40発ののぞみ101号広島行きで出発した。
島でレンタカーを借りる予定なので、ビールはNG。
サンドイッチと牛乳で大人しい朝食にした。
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天気は上々で富士山もよく見えた。
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(富士市あたりから)

車中は、ずっと壺井栄『二十四の瞳』を読んでいた。
小豆島が舞台の作品で、高峰秀子主演の映画は見たことがあるのだが、原作はまだだった。
いい機会なので読んでみることにしたのだ。

岡山駅には定刻の11:05に到着。
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8分の待ち合わせで、快速マリンライナー25号高松行きに乗り換える。
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一番後ろの車両になんとか相席にならないで済む席を確保できた。
11:13に発車。
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瀬戸大橋を渡るのは、1往復を1回と数えると2年連続3回目ということになる。
相変わらず写真はうまく撮れないので1枚だけにしておいた。
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四国に上陸すると、右手に讃岐富士が見えてきた。
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ほんとにかわいい富士山だ。

12:07、1時間弱で高松駅に到着。「さぬきうどん駅」だそうだ。
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鉄仮面のようなマリンライナーの顔を横目に改札を出る。
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近代的な高松駅を後にして、高松港へ。
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正面に超高層のJRホテルクレメント高松。
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駅前広場には、海水を引き込んだ海水池があった。
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港へは連絡橋を渡っていく。
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こちらが高松港旅客ターミナル。
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10分ほど歩いて、フェリー乗り場に着いた。
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ここで土庄までの切符を購入。料金は690円だった。
私が乗船するフェリーは、第二しょうどしま丸。
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さすがにかなり大きい。
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それでは、四国本土とはおさらば。
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船に乗り込む。
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船内客室はちょっとセレブな感じ。
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12:35、出港の合図のドラや汽笛もないまま、すべるように出港した。
右手に見える平らな山は屋島である。
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船はどんどん高松から離れていく。
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デッキはわりと風が強い。
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左手に見えてきたのは女木島(鬼ヶ島)。
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望遠にすると、女木島の中心集落、東浦の町並みが見えた。
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撮影もいいが、まずは昼飯を食べなければ。
フェリーにレストランがあると想像していたのだが、売店しかない。
考えてみれば、就航時間が1時間しかないのだから当然か。
でも、うどんだけは販売していたので、ワカメととろろがトッピングのわかとろうどんを注文した。400円。
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たとえフェリーの売店でも、本場のさぬきなんだから、レベルは高いだろうと想像していたのに、全くの期待はずれだった。

気を取り直して、再びデッキへ。
出航して20分。カモメとともに小豆島からのフェリーがやってきた。
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同じタイプの船だ。
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旅行の学生たちは大はしゃぎ。
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ゆっくりとすれ違う。
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再び、右手を見ると、大島。
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屋島とはすっかり離れてしまった。
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伊江島のタッチューのようなシルエットは本土の五剣山(375m)。
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大島の中央の平坦地の向こうに鎧島(右)と兜島(左)が見えてきた。
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鎧島が奥にあるのだが、ほとんど大島と別の島には見えない。
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こちらは大島北部のピーク。手前右は矢竹島。
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高松港はすっかり霞んでしまった。
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左手は女木島から男木島へと選手交代。
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その右奥に見えるのは直島だろうか。
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女木島を振り返る。
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大島の向こうに見えてきたのは、小豆島の三都半島かな。
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矢岳島。
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小豆島の本体がうっすらと見えてきた。
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大島を過ぎると、左から兜島、稲毛島、鎧島がきれいに並んでいる。
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さらに進むと大島の向こうに、五剣山。
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手前の小さな島は弁天島。
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兜島沖に赤い灯台。
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男木島からも遠ざかっていく。
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その向こうの女木島。
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左前方に豊島(てしま)が姿を現した。
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その右に、小豊島。
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またフェリーとすれ違った。かなり頻繁に運行されている。
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振り返ると、屋島の形がまた随分変わっている。
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ちなみに、この船の定員は291人。
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いよいよ小豆島が近づいてきた。
右手は小豆島・前島の小瀬港と戸形崎。
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その左、山の上に重岩が見えた。
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小豆島の南西部にそびえる皇踏山(394m)。
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ホテルグリーンプラザ小豆島の背後の山には名前が付いていない。
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小豊島も背後に回った。
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その右に豊島。平坦な山は塩山で標高は340m。
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蜃気楼のように浮かぶのは小豆島の西に接する葛島。その右奥に小さな千振島も見える。
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千振島の右には沖島。ちょうどその前を豊島に行くフェリー「てしま」が通過する。
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小豆島の本体がもはや目の前。
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学生たちはずっとデッキにいたようだ。でも、はしゃぎ疲れたのか、みんな居眠り。
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土庄町大谷の集落。
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「てしま」を見送る。
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小豆島の西に着きだした室崎。
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葛島。
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いよいよ、土渕海峡へと入っていく。
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ホテルグリーンプラザ小豆島の真ん前を通過。
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すばらしい立地だ。
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小型高速艇が追いついてきた。
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さすがに速い。
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港ではカドヤのごま油の工場が迎えてくれた。
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あのよく知られたごま油が小豆島生まれであることを初めて知った。

13:35、土庄港に接岸。ちょうど1時間の船旅だった。
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平日なので、乗客はそれほど多くはなかった。
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(つづく)
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御林山・倉掛山(4)

【2017年2月12日(日)】御林山・倉掛山
午後2時に倉掛山(1078m)に登頂した。
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山頂への踏み跡は今の道だけで、まわりはみんなスズタケ。
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変なところから取り付かないでよかった。
スズタケのヤブで難儀するところだった。

ここも展望はほとんどゼロ。
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すぐに引き返す。
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林道に戻って、風張峠を目指す。
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間もなく、木々が全面的に伐採されている場所があり、大展望が開けた。
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丹沢の山々。左端が大山(1252m)、右端が蛭ヶ岳(1673m)。
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檜洞丸(左、1601m)と大室山(右、1588m)。
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蛭ヶ岳と檜洞丸の間にある突起は笹尾根の丸山(1098m)。
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左の盛り上がりは生藤山(990m)あたり。
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浅間尾根、笹尾根、丹沢、すべてお見せしましょう、って感じだ。
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浅間尾根。
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横浜方面。ランドマークタワーが見える。
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東京都心。
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たった今登った倉掛山。
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もう少し歩くと、都心が全容を現した。
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望遠で見てみよう。
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鶴脚山(916m)と馬頭刈山(884m)の間からスカイツリーが覗く。
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こちらも望遠で。
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大岳山(左、1266m)から馬頭刈山にかけての馬頭刈尾根。
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大岳山アップ。
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倉掛山の左から御前山(1405m)がちらり。
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富士山は角度的に無理だった。残念。

道がすっかり乾いているので、チェーンはまた外した。
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1105m標高点付近通過。
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また雪が出てきたが、チェーンなしでもとくに問題なし。
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そのまま進むと車の音が聞こえてきた。
「ああ、奥多摩周遊道路に近づいたんだなあ、これで登りも終わり」だと安堵したが、あれ?
周遊道路は通行止めじゃなかったのか?
もしかして、都民の森の手前の道の車の音?
それにしては音が近いぞ、と思ったら、やはり目の前を車が走っている。
いつの間にかゲートが開いたようだ。
だったら9時に開けてほしかった。
まったく、都のHPは不正確だ。
小池知事、職員の指導よろしくお願いしますよ。

風張林道の終点に到着。
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林道を上ってきた車はここにゲートがあるのでUターンしている。

何となく、もう夕方の気配。
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ここは標高約1150m。都民の森まであと3km以上ある。頑張らないと。
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気温はマイナス1℃。それほど寒くはない。
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結構、車が走っている道をとぼとぼと歩く。
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みんな、タイヤはちゃんとスタッドレスなんだろうな。
ノーマルでスリップでもされて巻き込まれたら、洒落にならない。
怖がりながら歩いた。
途中ちょっと走ったりもしたが、あまり続かなかった。

左手に再び都心の眺め。
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雪置き場には、それほど雪はなかった。
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昔は奥多摩有料道路だったが、今は都道206号線だ。
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浅間尾根駐車場まで来たところで一服。
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このまま都民の森まで歩けそうだったが、せっかくカフェオレを買ってきたので、飲んでいくことにする。
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往路でチェーンを履いた東屋に腰を下ろす。
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ドライブの人も車を停めて、しきりに写真を撮ったり、双眼鏡を覗いたりしていた。
格好からして山帰りの人ではなかった。

10分ちょっと休んで出発。
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残りのお湯は、すでに空になっていたアクエリアスのボトルに移した。
これが温かいので、もてあそんで手を温めたり、顔にくっつけて、ほっぺや鼻を温めたりしながら下った。
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かなり気持ちよかった。

ちょっと行き過ぎてしまったが、「そうだ富士山はどうなってる?」と思い出して、戻って見たら、ちゃんとそこに鎮座していた。
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今日富士山が見えたのは、ほんとにここだけだった。

再び黙々と車道歩き。
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笹尾根の北斜面はすっかり日陰になった。
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15時過ぎに都民の森に到着。
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やはりゲートは開いていた。
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愚痴は言わずに靴を履き替えて、三頭山荘に向かう。

雪がないので、タイヤのチェーンの振動が気になった。
10分かからずに到着。
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二股ラジウムカルシウム温泉の表示が若干気になる。
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宿の敷地内に菊姫弁財天が祀られていた。
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菊姫とは武田勝頼の弟で高遠城主・仁科五郎盛信の娘。武田氏滅亡の折、天目山より信玄の六女松姫とともに小金沢山を越えて、武州恩方を目指した。しかし、風張峠の岩小屋で野宿した際に病を得、従者石黒金之丞に付き添われ、峠下の岡部家で養生するも、間もなく亡くなった。
その後、金之丞は望まれて岡部家を嗣ぎ、今に至るという。

三頭山荘の当主はもちろん岡部さんである。
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お風呂のある別館に行くと、おじさんが出てきて、「ちょっと待ってください」と引っ込んでしまった。
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おそらく電気をつけたりしているのだろう。
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間もなく戻ってきたので、入浴料1000円を払って、浴室へ。
やはりここは北海道の二股ラジウム温泉の原石を使った温泉のようだ。天然温泉ではなかった。
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露天風呂は冬期休止中だったが、内湯も展望はいい。
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お風呂を独り占めして、ゆっくりと満喫した。
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上がってからフロントで、「お世話様~」と大声を出したが、さっきのおじさんの返事がない。
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壁に貼ってあった「桧原村」のイラストマップ(100円)が欲しいのだが。
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仕方ないので、本館に行って、声を掛けてみた。
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すると、女将が出てきて、じゃまた別館へと。
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全然売れていないらしく、印刷所から届いたままの袋から3枚取り出し、「差し上げますよ」という。もう処分してしまいたい気分なのかもしれない。
ありがたく頂戴した。

そういえば入浴料金は1100円に改訂されているようだが、1000円しか取らなかったのはなぜだろう。
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それはともかく、ここは1989年に礼宮が立ち寄った宿らしく、写真や碑があった。
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「難得糊塗 礼宮文仁」とある。意味は様々な解釈があるようだが「能ある鷹は爪を隠す」に近いのだろうか。

女将さんに聞くと、ここは宿としての創業は50年ほど前だが、本館というか母屋はもう築400年も経つのだとか。江戸初期である。
となりの兜家より古く、この界隈では最も古いらしい。

さあ、よく温まったので引き上げるとしよう。
ここは水車のある庭も素敵だった。
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ではまた。
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さてあとは帰るだけだ。
路面の雪はだいぶ解けていて、もうほとんどチェーンがなくても大丈夫だったが、しばらくはそのまま下る。
西川橋バス停の手前の脇道に停めて、チェーンを外していたら、まん前の家の人が怪しげに窓から覗いていた。

はずしたら、やっと気分が軽くなった。
でも武蔵五日市まで、のろのろ軽自動車の後ろについてしまい、のんびり運転だった。
今日は車なので山麓酒場はできない。
この前みんなで飲んだ「居酒屋まるま」の前を、指をくわえて通過。
入間市までは順調に進んだが、所沢市内の国道463号がいつもの通り渋滞。
それでも18時には帰宅できた。
本日の下山ビールは部屋飲みとなったが、懸案だったコースをつぶせたので満足であった。

【行程】2017年2月12日
都民の森駐車場(9:14)~浅間尾根駐車場(9:41撮影・準備9:49)~御林山(10:02)~道奈良山(10:26)~数馬峠(10:33)~内台山(10:45)~数馬分岐(10:55)~藤倉分岐(11:10)~藤倉(11:40)~落合橋(12:00)~倉掛廃屋(12:43昼食13:06)~風張林道入口(13:20)~倉掛山(13:57撮影14:00)~風張峠駐車場(14:23)~浅間尾根駐車場(14:38休憩14:50)~都民の森駐車場(15:13)
※所要時間:5時間59分(歩行時間:5時間8分)コースタイム:5時間50分
※登った山:4座(御林山、道奈良山、内台山、倉掛山)
※歩行距離:15.8km
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御林山・倉掛山(3)

【2017年2月12日(日)】御林山・倉掛山
浅間尾根から藤倉バス停あたりまで下ってきた。
ここからは落合までは20分ほど車道歩き。
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愛宕橋で北秋川を渡る。
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左手に寒澤寺。
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寛永三年(1626年)の創立で明治期には学校として使用されたこともあったとか。
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しかし、昭和39年に学校給食が始まると、ここに炊事場を設けるため、寺は取り壊されてしまった。
現存の御堂は平成15年、地元の檀家らにより再建されたものだそうだ。

西東京バスは藤倉までだが、その奥は檜原村のデマンドバスが運行されている。
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これも立派なお宅だが廃屋のようだ。
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北秋川の上流部。
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清冽な流れだ。
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倉掛自治会館前を通過。
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その裏に石仏がひっそり。
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落合橋に到着。
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正面に登山道というより石碑が並ぶ生活道が見える。
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よく見ると、墓石のようだ。「知法童女」「幻霜童子」の文字も見える。
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日当たりがよくて暖かい。
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雪も全くなくて春のようだ。
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こうして振り返ると、谷間の村であることがよく分かる。
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ここは白岩沢の谷だ。
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今度は石仏。道には背を向けていた。
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落合橋から50mほど登ると民家が2軒ある。
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1軒は廃屋だ。
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まだ十分住めそうだが。
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立派な石垣もあった。
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ここは裏に車道が通じているので車で来ることができる。

V字形の空が格好いい。
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現役の家の前を抜けると道が二手に分かれている。
道標がなかったが、地形図の表記がなんとなく右っぽかったので、右を選択。
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2軒のお宅を見下ろす。
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右手に見えたのは734mピーク。
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振り返ると、浅間尾根の北斜面が見えた。
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この先にも地形図には家の記号があり、確かに現地にもあった。
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玄関前の道は木製の桟橋になっていた。
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裏に回ってみる。
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トタン屋根。
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この祠は家の守り神だったのだろうか。
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石仏も家主のない家をずっと見守っていた。
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この先は樹林帯に入る。かつての生活道路らしく、石垣で普請してある。
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興味深い形の木だったので記録に残しておいた。
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つづら折れの道が続く。
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生活道路としては、もう全く使われていないのだろう。かなり荒れている。
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道はあっていたようで、地図通りまもなく右へのトラバースとなった。
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屈曲点で左に転じるのも地図と同じだった。
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スズタケが生い茂っている。
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倒木も激しい。
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振り返ると、御前山(1405m)の湯久保尾根。
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いよいよ倉掛集落が近づいてきた。
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立派な石垣も現れた。
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さっきの廃屋から200mほど登ると再び車道に出た。
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これは結果的に枝道だったのだが、本道かどうか確認すべく上に行ってみたら、やはり行き止まり。

その行き止まりに民家がある。
現役の家だと思っていたが、雪に足跡がないので、廃屋のようだ。
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見学すべく敷地に入ると、奥の林が伐採されていて一気に展望が開けた。
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左から浅間尾根の松生山(934m)、浅間嶺(903m)、一本松(930m)、929mピーク。

一番奥の松生(まつばえ)山。
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今歩いてきた浅間尾根。数馬分岐がある908mピークあたりだろうか。
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都心の高層ビル群も見えた。
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このお宅にお住まいだったT・Hさん(表札が残っていた)の家族は毎晩、都心の夜景を見ながら眠ったことだろう。

あまりに景色がいいので、ここでお昼にすることにした。
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ちょうどコンクリートブロックがあり、イス代わりに使わせてもらった。
メニューは昨日と同じ、カップ麺の天ぷらそばと炒飯のおにぎり。
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おにぎりは低温のせいで、ぱさぱさになっていた。選択を誤った。
二日連続の天ぷらそばだが、最近ラーメンよりそばの方がおいしく感じるようになってきた。
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食べ終わったところで名残を惜しみつつ出発。
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20分ほどの休憩だった。
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本道に出ると、廃車が2台。
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そこは掬水山東安寺の跡だった。
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創立は1373年より古いらしい。

そういうこともあり、ここには石仏などが集められていた。
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寒念仏供養塔も。
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寒念仏とは、1年でもっとも寒さの厳しい小寒から節分までの30日間にわたり、鉦をたたき念仏を唱えながら諸所を巡回する一種の苦行のことだ。

ここからは倉掛集落の廃屋を見ながら登っていく。
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これは、交通遺児らを支援してきた「檜原ファイト村」の活動拠点として使用されてきた古民家だが、今も使われているのだろうか。
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奥の家は現役のようにも見えたが。
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今度の廃車はデリカ。
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たまには、まだまだ頑張っているところも。
檜原きのこセンターはバリバリ営業中。
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まいたけが美味しいのかな。
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おしゃれ工房はやっているのか。
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廃屋の向こうの御前山。
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奥多摩から見るより、こちら側の方が形がいい。
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集落の尽きたあたりで犬が吠えて追いかけていたが、遠慮がちでかわいい。
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「おいでおいで」としたら近づいてきたけど、手の届くところまでは来ず、勝手に家に帰ってしまった。
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犬がいるということは、まだ人も住んでいるということだ。
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数えてみると4軒ほどはお住まいの様子だった。

さあ、ここから風張林道のスタート。
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目の前に雪の積もった車道が見えたので、もう一度チェーンを装着。
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林道で徐々に高度を稼いでいく。
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途中、林道が大きくカーブするところはショートカットすることにした。
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ここから取り付く。
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つづら折りに登っていく。
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尾根道に深く掘れたかつての生活道路らしき道が通じていた。
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傾斜が急で、ちょっと難儀したが、間もなく林道に合流。
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さらに高度を稼ぐ。林道歩きは楽だ。
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右手に倉掛山(1078m)への取り付きを探しながら進むが、急な法面になっており、取り付けそうなところを見つけられないまま、ピークの位置を過ぎてしまった。
これは反対側から登ってピストンするしかないなあと思っていたら、登り口に小さな標識があった。
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もう字が消えかけているが、これに間違いない。
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もちろん、しっかり踏み跡はある。
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ヤブも刈ってくれている。ありがたいことだ。
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標高差30mほどで登頂。
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ここにはちゃんと山名板があって、うれしかった。
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(つづく)
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御林山・倉掛山(2)

【2017年2月12日(日)】御林山・倉掛山
浅間尾根の数馬峠を通過した。
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尾根筋をトラバースしていく。
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すると間もなく、林道に出た。
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除雪された形跡があり、車が普通に走っている感じだった。
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林道を横断して、再び登山道へ
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登り始めて2つ目のピーク(893m)が内台山。
登ってみたら、今度は石祠すらない。
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本当にここでいいのかと思い、地図ロイドで確認してみたが間違いない。

がっかりしつつ、登山道に戻ると、正面に929mピークが見えてきた。
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あの向こう側を下っていく予定だ。

908mピークの直下にベンチを発見。
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ここが数馬分岐だ。
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石仏がひっそりとハイカーを見守っている。「馬頭供養」と刻まれている。
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文政年間(18世紀前半)の建立のようだ。

写真を撮っていたら、バス停方向の道からおばさんたちのにぎやかな声が聞こえてきた。
鉢合わせしたくないので、逃げるように先を急ぐ。
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すぐにもう一体の石仏。今度は寛保年間(18世紀中頃)のものだ。
尾根筋の道も古い生活道路だったことが分かる。
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再び、右手が開け、笹尾根の東の山々、生藤山(990m)などが見えてきた。
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これらの中のどれかが、そうだ。
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日なたの道はすっかり雪が解けて、春の雰囲気。
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数馬分岐より先は5年前に歩いたことがあるのだが、「山と高原地図」に記載のあるサル石というのを見た記憶がはっきりしない。
ちょっとした小ピークが見えたので、ここのことかと登ってみたが何もない。
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展望もそれほど芳しくなかった。
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寄り道している間にまた話し声が聞こえてきた。
団体さんなのに歩くのが早い。
あわてて道なき尾根を下り、登山道に合流。また速足で進む。
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左手に御前山(1405m)の全容がどどんと見えた。
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その左奥に覗いていたのは、石尾根の六ツ石山(1479m)と思われる。
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その左は、水根山(左、1620m)と城山(右、1523m)だろうか。
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御前山の湯久保尾根。あそこは昨年秋に登った。
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しばらくすると大きな岩のところに「サル石」という看板があった。
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岩にサルの手形があるという。
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これを読んで初めて思い出した。
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そういえば、こんな感じのものがあったわ。

たぶん、手形とはこれのことだろう。
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さあ、団体さんに追いつかれないよう急がなくては。
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右手に笹尾根の丸山(1098m)。
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道端に炭焼き窯跡のようなものがあった。
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でも、最近まで使用されていた感じで、だとすると炭焼きではないのか。よく分からない。
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速足で歩いていると、前方に2人組に追いついてきた。
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ぴったり後についても、全然気づかない。
小さな峠を越えたところで、前を歩いている女性が振り返ったが、「あなた、後ろに来ているわよ」とも言わない。
でも、ちょうどそこが藤倉バス停への分岐なので、当方はここを右折。抜かす手間が省けた。
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道標にロープが張ってあったので、「あれれ通行止めかな」と思ったが、道に通せんぼはかかっていなかったので、そのまま進む。DSC_5960_20170219070037e57.jpg
進むしかないし。

北斜面なので、それなりに雪が積もっている。
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今日はチェーンなので滑るように下れた。
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最初は足跡がなかったのに、途中から登ってくる人の足跡が現れた。
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この人はたぶん、最後は道を忠実に歩かず、そのまま尾根を登り切ってしまったのだろう。
昨日の足跡と思われる。
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とにかく、下から登ってくる人があるということは、道に問題があるわけではなさそうだ。
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途中、考え事をしながら下っていたら、スリップして転倒。
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左手をついて、尻餅もついてしまった。
おかげで翌日は左肩と左の二の腕が筋肉痛になってしまった。

この先でベンチ出現。
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これも「登山詳細図」に出ていたものだが、随分くたびれていた。

ここは、ちょっと展望がよかった。
御前山の右にあるピークは湯久保山(1044m)。
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ふもとに中組の集落。
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日向平の山村。
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でも、休まずに下る。
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眼下に日向平の集落。
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いずれも廃屋のようだ。
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仏岩ノ頭(1019m)の山腹にあるこの民家も現役ではないだろう。
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だいぶ下ってきたら、御前山の形も少し変わってきた。
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山村の生活が成り立っていた頃の方が豊かだったような気がする。
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さらに下ると、ロープが張られていて、通行止めとある。
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ちょうど巨大な法面の崩落防止工事で登山道が寸断された格好だ。
とはいえ、登ってきている人がいるのだから、下りられるはずだが、その人の足跡が見当たらない。
どこか別にルートがあるのではないかと探してみたが、それらしきものも、足跡も見当たらない。
ここは地図ロイドのお世話になる。
どうやら、道は左にそれていっているようなので、少し高い位置からトラバースを始める。
しばらく行って下を見ると、法面の左側に階段らしきものが見える。
なんだ、法面の上端に設置されていた、さっきの柵に沿って歩けばよかったんだ。
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なぜ、あそこが通行止めだったんだろう。紛らわしい。
階段の方に下っていったら、足跡が現れた。
この人はこの先、どこを通って行ったのか。不思議だ。

今の人は、昔の人はどうしてあんなに不便なところに住んでいたのだろうと思うかもしれないが、それは全く違う。
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食料や町で売るべき収入源(炭や木材、きのこなど)が山ですべて調達できた時代は、山に住んでいた方が「便利」だったのだ。
山の糧が売れなくなり、しかも多くの食料を買って手に入れないといけない時代になると、町で働かないと生活が成り立たなくなる。年寄りは車がないと山の上り下りが大変だ。
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結局、離村するか、そこで生涯を全うできても、子どもたちはみな町に出ているから、自分が死んでしまえば、住んでいた家はどんどん廃屋になっていく。
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町でしか暮らせない世の中は、どこか間違っていると思う。
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それはともかく、この法面工事のために登山道をつぶすことになったので、ここに新たに階段を設けたのだろう。
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かなり長い階段だ。
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標高差で50mくらいはあったのではないか。
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でも、手すりがあるので、それにつかまりながらさくさく下る。
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見晴らしはよかった。
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道路まで下りてくると、通行止めの表示も何も書かれていないのに、入口にロープが厳重に張られていた。
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この登山道の管理はいったいどうなっているのか。
中途半端なことをすると遭難を引き起こすことになるかもしれないのに。

とにかく自分は無事に下れたので、いいとして、ここが今日の標高最低地点。470m。
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倉掛山は1078mなのであと600m登らなければらない。
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風張峠はさらに高いはずだ。体力的にちょっと不安だったが、山腹の倉掛集落から先は林道なので大丈夫だろう。
乾いた車道に出たので、チェーンを外す。
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でもしまうのが面倒なので手で持って、水気を振って落としながら歩いているうちに乾いてしまった。これ幸いと、そのまま後ろでにザックの天袋に放り込んだ。

(つづく)
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御林山・倉掛山(1)

【2017年2月12日(日)】御林山・倉掛山
予定していた宮地山・セーメーバンに行くには朝6時すぎの電車に乗らなければならなかったが、やはり前日の疲れが残っていて、起きられなかった。
それは想像されたというか、もう前日のうちから諦めていたので、目覚ましもかけていなかった。
それでも6時には目が覚めたので、代替案を検討し始めた。
正直なところ、そもそも出かける気力がわかないのだが、こんなにいい天気なのに、行かなければ絶対後悔することはわかっていたので、軽すぎず重すぎず、適度なところを探す。
結局、秋川の藤倉バス停を基点に浅間尾根と風張林道の倉掛山(1078m)を周回することにした。
武蔵五日市発7:39発のバスにはもう間に合わないが、9時ちょうどのバスなら大丈夫だ。
駅探で新所沢駅7時半くらいの電車に乗ればいいことが分かって、そのつもりになっていたが、念のためバスの時間をもう一度見てみると藤倉着が10:57になっている。
なんと本宿役場前での乗り換えが必要で、待ち時間が1時間以上あった。
これではお話にならない。
それなら車で行くしかないが、藤倉バス停周辺に車が停められる保証はない。
ちょっと変則だが、奥多摩周遊道路の浅間尾根駐車場を起点にすることにした。
まず下って、後半に登るというコース取りになるが仕方ない。
ルート検索で所要時間を確認すると自宅から1時間半程度なのだが、数馬より先の表示がなぜか点線になっている。
もしかして冬期通行止め?と思い、都のHPで確かめたら、冬期も朝9時からゲートが開いていることが判明。
おかしいなとは思いつつ、HP情報を信じて車で出かけることにした。

ほぼ昨日のままのザックを車に放り込み、7:15に出発。
ガソリンが空寸前なので、いつもは使わない直近のスタンドに入る。
この前みたいにガス欠で動けなくなるのは御免だ。
ちょっと割高だったが、やむをえない。
朝食と昼食はいつものコンビニで調達した。

圏央道に乗ると、真っ白な富士山がくっきり見える。
昨日は雲がからんでいたから、今日の方が状態はいい。
あきる野ICで下りて、檜原村の本宿までは順調に行ったのだが、その先で路面に雪が残っているところが出てきた。
いくつかはノーマルのままクリアしたが、里でこの状態ではいずれ登れなくなってしまう。
適当なところで路肩に停めて、チェーンを巻いた。
もう慣れたもので、両輪で5分かからなかった。
それはいいのだが、今度はお腹の問題が発生。
都民の森にトイレがあることは分かっているが、まだ8kmもあるので、とても持ちそうにない。
ちょうどよく浅間尾根登山口のバス停にトイレがあったので、そこに飛び込む。
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バスの時刻表を見ると、次のバスが5分後に着くタイミングだったので、ちょっと離れた場所に車を停めざるをえず、あわてたが大丈夫だった。
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便座はさすがに温かくなかったが、洋式だったので助かった。

帰りの立ち寄り湯は蛇の湯温泉たから荘のつもりだが、実は一度行ったことがある。
一応、ほかにも入浴できる宿はないかと数馬地区の奥の兜造り集落に入ったら、三頭山荘が「日帰り入浴歓迎」の看板を掲げていたので、ここにすることに決定。
そのまま、奥多摩周遊道路へと入る。
この道路は除雪が行き届いていて、せっかくチェーンを巻いたのに、路面に凍結しているところはなかった。
チェーンが随分減ったはずだ。
途中、正面に三頭山(1531m)らしき山が見えたので、車を停めて撮影した。
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それはともかく、なんと都民の森の先が通行止めになっている。
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「積雪のため」とある。HPのうそつき~!と思ったが、是非もない。

都民の森の駐車場に停めるしかない。
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登山口の浅間尾根駐車場まではおそらく30分くらいかかるだろう。
往復1時間余計に歩かなければならないが、今日の行程なら大丈夫だろう。

都民の森駐車場はそれなりの台数の車が停まっていた。ほとんどが三頭山だろう。
わいわい騒ぎながら、三頭山に向かっていくグループもいた。
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私は静かにストレッチ。みなとは反対方向、周遊道路を歩き出す。
9:14出発。昨日とほぼ同じ時間の出発だ。
ここまで来れば、昨日の疲れなどもう忘れている。

歩道には雪が1~2cmほど積もっているが、車道はゼロ。
どうせ車は来ないので、堂々と道の真ん中を歩く。
景色のいい場所では、クサリをまたいで歩道から山岳風景を撮った。
三頭山(右)と大沢山(左、1482m)。
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笹尾根。眼下に数馬の三頭山荘が見える。
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丸山(1098m)の右奥に丹沢三峰。
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途中の数馬駐車場はヘアピンカーブの内側に設けられていたので、これを横切ってショートカット。

浅間尾根駐車場の手前に風張峠へ通じる登山道への入口があった。
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のっけから、猛烈な急登だ。崩落箇所もあるらしい。
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このすぐ先に、まさに一瞬だけ富士山がくっきり見えるポイントがあった。
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完璧なお姿だったが、この日、富士山がちゃんと見えたのは、ここだけだった。
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30分近くかかって、浅間尾根駐車場に到着。
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距離はちょうど2km。標高差は120mほどあった。

ここからの景色は木々に邪魔されて、いまイチ。
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東屋のベンチに登って、かろうじて丹沢の山々が見えた。
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左から、大山(1252m)、丹沢三峰、丹沢山(1561m)、ちょっとあけて最高峰が蛭ヶ岳(1673m)。

案内図には倉掛山の表示もあったが、現地ではどれなのか特定不能だった。
東屋でチェーンアイゼンを装着。
ついでにスパッツもはこうとしたが、新品でつけ方が分からず断念した。
チャックが外れないのだが、靴を履く前にふくらはぎに巻けということだろうか。
悩んでいる時間がもったいないので、着けずに出発した。
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積雪は5cmほど、感覚的に昨日の山梨より多い。
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ここから標高を下げ気味に、アップダウンを繰り返す。
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今、歩いてきた道を振り返り。
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快適な尾根道だ。
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左手に特徴的な山容の大岳山(1266m)が見えた。
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これはもしかして倉掛山?と思い、あまりの高さにびびったが、後で御前山(1405m)と気づいて、ホッとした。
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さすがに、昨日の達沢山と違って、人気コースの浅間尾根はトレースがある。
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植林の中を進む。花粉が怖いので、鼻にはしっかり塗り薬を塗ってきた。
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御林山(1078m)の頂上は登山道からははずれているが、分岐にはちゃんと道標があった。
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そのことは「奥多摩登山詳細図」で確認済みだった。

あっという間に頂上に着き、そこには立派な標柱や山名板があった。
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ここは三等三角点。
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でも展望はゼロなので、さっさと通過。
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すぐに、登山道に合流して、このあとは、標高920mくらいまでだらだらと下る。
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立派な杉の美林だ。
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左手に御前山(左)と大岳山(右)。
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駐車場から20分ほどで、仲の平バス停へ下る道との分岐を通過。
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古い標識には、かわいい屋根が取り付けてあった。
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右手が開けた。笹尾根の丸山(1098m)。
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その右の方。
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さらに右。平らすぎて、何山かはよく分からない。
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このあたりの森林は都の所有であることを知る。
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もう一度、笹尾根。
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こちらも林床にはササが生い茂っている。
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左手、御前山の手前に、山腹にある倉掛集落が見えた。
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「登山詳細図」で事前に確認して見つけておいた道奈良山(946m)へは道標なし。
でも、どのピークなのかは地形図と照らし合わせて現地ですぐ分かった。ここだ。
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道を外れてピークを目指す。
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頂上にはすぐに着いた。
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でも石祠があるだけで、山名板はなかった。残念。
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引き返さずにこのまま尾根を進む。
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最後は急坂になるが、右へ折れて登山道に出た。
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出たすぐ先がちょうど分岐で、直進の道はバス停に通じている。
当方は左に大きく旋回する。
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ここが数馬峠(藤原峠)。石仏が安置されていた。
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ちょっと読み取りにくいが、施主は甚五左衛門さんのようだ。
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年代は不明。
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一礼して、通過した。
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(つづく)
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達沢山・京戸山(5)

【2017年2月11日(土)】達沢山、京戸山
茶臼山(948m)から下山して、勝沼ぶどう郷駅方面に向かっている。
原交差点で国道20号を渡る。
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しばし信号待ち。
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日川にかかる新祝橋に向け、さらに高度を下げていく。
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上岩崎四つ角のバス停。時刻表を見ると、まだ進める。
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その四つ角を通過。
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上町の手前、祝橋のバス停を見ると、バスの時間は15:49。
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現在、15:47。普通ならここで待つのだが、どうせこの手のバスは経験上5分くらい遅れて来る。
それに賭けて、そのまま歩き出す。
歩いた線がつながる上町には、あと5分で着きそうなのだ。

でも、まもなく、後ろからバスのものらしきエンジン音が聞こえてきた。
振り返ると、まさに市営バスだった。
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早すぎる~。むなしく見送ることになった。
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でも線をつなげることができるので、よしとしよう。

新祝橋からの眺め。中央右は小楢山(1713m)。
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日川の流れ。
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ここから駅まで100m近く登らなければならない。
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それが果てしなく長かった。距離は2kmあり、30分もかかった。
バスに乗ればよかったと、ちょっと後悔した。
でも、とにかく山麓酒場だけはしなければ。
店の名前を忘れてしまったので、ネット検索をしたら、銀月食堂と判明。
駅には寄らずに直行する。

以前来たことがある勝沼氏館跡を通過。
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旧甲州街道を少しだけ歩く。
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勝沼宿の脇本陣跡。
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駅への曲がり角に上行寺。
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坂を登るにつれ、展望が開けてきた。
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北西の方角。左から金峰山(2599m)、鉄山(2531m)、朝日岳(2579m)。
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奥秩父連峰の末端部分。左端は大蔵経寺山(716m)。
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おそらく兜山(左、913m)と棚山(右、1171m)
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帯那山(左、1422m)と水ヶ森(右、1553m)。
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木賊山(2469m)の左奥に甲武信ヶ岳(2475m)。
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乾徳山(2031m)の奥に黒金山(2232m)。右は牛首(2086m)。
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菱平の馬方井戸跡。
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駅までぶどうやワインを運ぶ馬のための水飲み場だそうだ。

やっと鳥居平。まだ先は長い。
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ワイン工場、シャトー勝沼の前を通過。
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パン工房もあるようだ。
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前方に小倉山(955m)。
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左手には、ぶどうの丘。
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猫ちゃん。右目に障害があるのかな。
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駅前の食堂「ふみの家」は淋し気だが、のれんはかかっている。
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このすぐ先に銀月食堂はあった。幸い、営業していた。
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のれんをくぐると、お客さんはゼロ。
奥に展望スペースがあったので、そこに陣取った。
窓の外には、ぶどうの丘がすぐそこに見える。

まずはビールと思ったが、生ビールは600円だがグラスワインは400円。
せっかく勝沼に来たのだからと、ビールは止めて、白ワインにした。
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さすがにぐびぐびは飲まず、ちびちび。

つまみ類はメニューになかったので、これもせっかく山梨に来たのだから、ほうとう(1100円)にした。
ラーメン類はもっと安かったのだが、ここは奮発。
どんぶりにいっぱい出てきて、お腹いっぱいになった。
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17:25の立川行に乗るべく、17:10には退出。
駅の写真を撮って、しばらく待合室で休憩。
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のつもりだったが、ひまなのでぷらぷら。
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男子トイレもピンクなので、一瞬戸惑った。
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名産の「もも」色にしているのだろう。

5分前にホームに上がったら、特急あずさが通過して行った。
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5分遅れとのことで10分近く、寒風の中待たされた。
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もっと早く放送して欲しかった。
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2月ともなると、この時間でもまだ薄明るい。
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入線してきた電車はロングシート。
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空いている席に座ったら、隣が山帰りのおばさん3人組でかなりかしましい。
大きなザックだったので八ヶ岳帰りかもしれない。
でも、ワインが効いたのか、間もなく眠りに落ちた。
四方津駅で目が覚め、次の上野原駅で卒業式帰りの高校生や保護者たちが大量に乗ってきた。

私はその保護者に挟まれる形になった。
高尾で相当数の乗客が下りた。
それを見た両隣のおばさまが、「どうして、こんなところで下りるの?」と私を挟んで議論を始めた。
「何かあるのかしら」
「温泉じゃない?」
「ほら、○○とかっていう」(聞き取れず)
「でも、あそこはバスで行かないとならないわよ」
「高尾山温泉かも」
「あそこだって遠いでしょ。あ、京王に乗り換えればいいのか」
「もしかして焼肉みんみん?」
「みんなして?」
と、延々続く。

この電車は立川行きなので、それより先に行く人は立川で乗り換えるより、高尾で中央線の始発に乗り換えた方が確実に座れるから、乗り換えただけと思われるのだが、そのことは思いつかないようだ。
余程言ってあげようかと思ったが、さすがに思いとどまった。
私は同じホームで乗り換えができる八王子で下車。
3分後に来た、中央線の特別快速はガラガラだった。
もっと高尾山帰りの人がいるかと思ったが、さすがにこの時間まで引っ張る人はいないのだろう。

立川でさっきの電車の人らしき人が大勢乗り込んできたが、両隣にいたおばさまはいなかった。
さらに国分寺、東村山で乗り換え、20時前に帰宅。
下山後、駅までの7km車道歩きがかなり効いたようで、早々に沈没してしまった。
明日は、宮地山、セーメーバンに登るつもりでいたのだが、きっと起きられないだろう。

【行程】2017年2月11日
立沢バス停(9:10)~達沢山登山口(9:28)~林道終点(10:20)~稜線鞍部(10:54)~達沢山(11:04昼食11:26)~ナットウ箱山(11:50)~京戸山最高点(12:07)~京戸川林道(12:40)~二本木山(13:17)~大沢山(13:43)~茶臼山(14:11休憩14:26)~茶臼山登山口(14:45)~太神宮(15:22)~上町(15:54)~銀月食堂(16:22)
※所要時間:7時間12分(歩行時間:6時間27分)
※登った山:6座(達沢山、ナットウ箱山、京戸山、二本木山、大沢山、茶臼山)
※歩行距離:18.7km
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達沢山・京戸山(4)

【2017年2月11日(土)】達沢山・京戸山
大沢山(1042m)から茶臼山(948m)に向かっているが、ルートを誤った。
ものすごい急斜面に迷い込んでしまい、トラバースできるところを探すのが大変だ。
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崩落箇所もあるし、山肌にうっすら雪が積もっているので、地面の状態がはっきりとは分からない。
トラバースできそうな場所を探しながら下っていたが、なかなか見つからない。
改めて地図ロイドで確認すると、行くべき鞍部よりかなり低い場所まで下ってしまっている。

まずい。もう登り気味にトラバースを強行することにして、道なき道を行く。
スリップしても真っ逆さまということはないのだが、滑落すると面倒だ。
慎重に進む。時々枯れ枝をつかんでしまうので、体重を任せたりはしないようにした。
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そんなこんなでどうにかこうにか、鞍部に到着、安堵した。
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さっき横着せずに尾根に登っておけば、こんな苦労はしないで済んだのだ。
急斜面のトラバースがどんなに危険で面倒か、勉強させてもらった。
それでもタイムロスは10分程度だっただろうか。
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ここから標高差は50mほど。
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「山と高原地図」には「廃道。道形認められるが状態悪い」と書かれているが、さっきまでの踏み跡を考えれば、立派な登山道である。
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不思議なのは、何か所も尾根が切断され、峠道が通っているように見えること。
頂上直下まで来て、やっと気づいた。
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これは山城の空堀の跡だ。
頂上に城跡の説明板などは何もなかったが、間違いないだろう。

14:10すぎに茶臼山の山頂に到着。
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山名板はちょっと破損していた。
DSC_5763_2017021520482727e.jpg

「山の都」とは、ちょっと意味がよく分からない。
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三等三角点あり。
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「水分集」と読めるが、これは道標ではなさそう。
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「大龍王」の石碑があった。信仰の山でもあるようだ。
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丸太があったので、腰を下ろして休憩する。さっきの道誤りの難所でかなり消耗したし。
ここから釈迦堂バス停までコースタイムは1時間20分。
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バスの時間は15:20(と思い込んでいたが、実際は15:45だった)なので、もう間に合わないと勝手に判断。
のんびり熱いココアを飲みながら15分も休んでしまった。
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ぼちぼち出発しよう。
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これが一応、本丸の跡だ。
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これが空堀の跡。
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さっきのトラバースで雪の地面に何度も手を付いて軍手が濡れてしまったので、手が冷たい。何度も、息を吹きかけながら下った。
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途中に作業小屋らしきもがあった。
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緑の人工芝の上を歩けとのこと。
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しばらくなだらかに下った後
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標高830m地点で左に折れ
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急斜面を一気に200mほど下る。
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正面に見えているのは大久保山(664m)か。
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なかなか倒木が激しい。
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やっと下界が見えてきた。
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登山口に着いたのは14:45。
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ここからバス停まで40分なので急げば間に合う(実は急がなくても間に合う)のだが、最初から諦めているので、時計すら見なかった。
もうすっかり勝沼ぶどう郷の駅まで歩くつもりでいたのだ。

ここで正面に見えたのは蜂城山(738m)。
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京戸川に沿って車道を下る。
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路傍に石祠があったので、無事下山を感謝。
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石仏にも一礼。
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地形図を見ると、京戸川は立派な扇状地を形成している。
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カフェがあったが、さすがに営業はしていない。
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扇頂に達すると、一気に視界が開けた。正面に小楢山(1713m)。
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アップにしてみた。左は大沢ノ頭(1675m)。
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奥秩父核心部は雲の中だ。
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路傍の山の神を通過。
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茶臼山方面を振り返る。
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扇状地だけに石が多い。
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あたりは一面の果樹園だ。
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これは桃かな。
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掘り起こされた大きな石が積まれていた。
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一部は石垣に使われている。
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知らないうちに、だいぶ雲が多くなってきた。
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晴れていればさぞかし雄大な眺めだろう。南アルプスも雲に隠れていた。

蜂城山を振り返る。
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このまま下ると駅から離れるので、途中で右折。
釈迦堂博物館の裏を通過。
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正面には甲州高尾山(1106m)。
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左折して、また下り始めると、乾徳山(2031m)がガスの中から現れた。
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塩ノ山(553m)の背後は恵林寺山(942m)。
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中央道をまたぐ。
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藤井集落に入って、神社に立ち寄った。
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その名も「太神宮」。ちょっと珍しい。
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ここの参拝は省略させてもらった。
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勝沼方面を遠望。
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奥秩父の破風山(左、2318m)と雁坂嶺(右、2290m)。
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集落を横切って大きな通りに出た。
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街道沿いは観光ぶどう園だらけ。
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今はもちろんシーズンオフ。
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まるき葡萄酒の工場はヨーロッパ風。
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本当にいろんなぶどう園がある。
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間もなく、祝8区西組のバス停が出現。
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この道はバス通りだったのか、と時刻表を見てみると、次は15:46。
勝沼ぶどう郷駅に行くバスだ。
今は15:31。なんと、乗れるではないか。
帰宅して確認して知ったのだが、釈迦堂入口バス停は15:45だったので、余裕で間に合ったのだった。

でもまだ15分もあるので、このまま歩く。
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そして歩きながら考えた。
勝沼宿(上町)まで歩くと、以前甲州高尾山に登った時に歩いた道とつなぐことができる。
でも、たぶん15分ではそこまで行けまい。
つなげるのを優先するか、せっかくだからバスに乗るか。

氷川神社前バス停を通過。
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昔ながらの道祖神。丸石は山梨の特徴。
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先を急ぐので氷川神社参拝は省略させてもらった。
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次のバス停で確認すると、バスは駅を過ぎてぶどうの丘にも行くことになっている。
ということはバスに乗れば、お風呂にも行ける。帰りは駅まで歩かないとならないが。
出した結論は、上町まで歩けたらバスに乗ってお風呂に行く。
間に合わなかったら、駅まで歩くことにして、風呂は断念する。というもの。
果たして、どうなるか。
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(つづく)
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達沢山・京戸山(3)

【2017年2月11日(土)】達沢山・京戸山
京戸山(1439m)から下山中。
右手、木々の隙間から滝子山(1615m)の雄姿が見えた。
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その左に、白く目立つのは白谷丸かな。
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小金沢連嶺の南部を確認することができた。
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道にはトレースがないが、基本的に細い尾根道なので判断に困るようなところはない。
とくに細くなっているところは、両側にロープが張ってあった。
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獣の足跡も点々と続いている。
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はっきりとは見えないが、一応京戸山を振り返る。
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眼下に、斜面に展開する甲斐大和の町並み。
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チェーンアイゼンなら滑るように下れるのだが、6本爪アイゼンなので、そうはいかない。
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木の根などに引っ掛けないよう注意しながら下った。
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雪の下に落ち葉が深く積もっているところでは、歩くたびに落ち葉を掘り起こしてしまう。
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今度は北東の方角が開けて、小金沢連嶺の全容が一望。この日一番の展望だった。
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左から大菩薩嶺(2057m)、熊沢山(1957m)、小金沢山(2014m)、牛奥ノ雁ヶ腹摺山、黒岳(1988m)。

その右、大蔵高丸からハマイバ丸(1752m)にかけての稜線。
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黒岳(右)のアップ。
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左が大菩薩嶺。
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下りの途中の小ピーク。
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ここからは小金沢連嶺の南部が展開。
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突起は滝子山、その右に米沢山(1357m)、そして笹子雁ヶ腹摺山(1358m)。
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その南側。
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拡大して見ていこう。凹みは笹子峠。その向こうのとんがりは高川山(976m)。
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その右側。奥は北丹沢。左から焼山(1060m)、黍殻山(1273m)、袖平山(1432m)。
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そのさらに右。
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アップにすると、左は大室山(1588m)、右はたぶん鶴ヶ鳥屋山(1374m)。
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正面に1214mピークのシルエット。
最初はこれが二本木山(1078m)だと思っていたが、全然違った。
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間もなく、京戸山林道の峠が見えた。
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京戸山頂上から標高差270mの最後の下り。
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林道に下り立つと、そこにゲートがあったが、一般車もここまでは来られるのだろうか。
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開けた場所に枯れ木が1本。
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ここで初めて、甲府盆地が気持ちよく見えた。
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甲府市街。
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北西の方角。
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最高峰は金ヶ岳(1764m)。その左が茅ヶ岳(1704m)。
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左端が曲岳(1642m)、真ん中手前に水ヶ森(1553m)、左端はおそらく大野山。
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笛吹橋、春日居町あたりかな。
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背後は大蔵経寺山(716m)。
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西には櫛形山(2052m)。その背後の南アルプスは雲の中。
DSC_5708_20170215063610987.jpg

鳳凰三山もかなり雲がかかっている。
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こちらが、これから登る二本木山。
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復習になるが、滝子山から笹子雁ヶ腹摺山。
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笹子雁ヶ腹摺山はどっしりした山容だ。
DSC_5712_201702150635466e4.jpg

ここから林道歩きとなる。
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まだ雪が積もっているが、危険はなさそうなので、ちょっと進んだところでアイゼンははずした。
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除雪したような跡に見えるが、もともと地面がこういう形になっていた。
DSC_5715_2017021506355073c.jpg

このあたりは伐採が進んでいるので、山肌はむき出しだ。
DSC_5716_20170215063552bc2.jpg

その分、視界が開けていているので気持ちいい。
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金峰山(2599m)を遠望。
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山梨県の「火の用心」の看板。
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伐採すると、ところどころで白い岩がむき出しになる。
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伐採後は植林しなくちゃね。
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改めて京戸山を振り返る。
DSC_5725_20170215063503c34.jpg

こんなに日当たりがいいのに雪が残っていて不思議。
DSC_5722_2017021506345881a.jpg

途中、ヘアピンカーブをショートカットして下れそうなところがあった。
DSC_5724_20170215063501220.jpg

でも、転ぶと面倒なので、5分くらいのロスは気にせず、そのまま林道を歩いた。
DSC_5728_20170215063435f51.jpg

なんだ、こっちにもゲートがあるじゃないか。
DSC_5727_201702150634336bb.jpg

やっぱり一般車両は通行止めだ。
DSC_5729_201702150634368d2.jpg

やっと、土が出てきた。
DSC_5730_201702150634388cf.jpg

さっき見えたヘアピンカーブの橋のところまで下ってきた。
DSC_5731_2017021506343958f.jpg

大野山のあたり。
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日陰に入るとまた真っ白。
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二本木山への取り付きはすぐわかった。
DSC_5734_201702150634125a4.jpg

路肩に軽自動車が2台停まっていたが、登山者ではなく山作業だろう。
二本木山には丁寧にピンクリボンがぶら下がっており、雪の上に足跡もあったので、それに従って行ったら、道が右側に巻き始めた。
う~む。これはもしかして作業道なのか。
登山道からはずれたこんなマイナーな山にだけ、足跡があるのもおかしい。
きっと、これは山仕事の人の足跡なのだろう。
直登方向にも踏み跡らしきものがあるので、そちらに方向転換して登った。
DSC_5735_20170215063413240.jpg

標高差は50mほど。8分で頂上にたどり着いた。
DSC_5736_20170215063415cc1.jpg

小さな山名板がぶら下がっていて、満足。
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これを写真に収めて通過する。
DSC_5739_201702150633461c8.jpg

この先は一応、通行を可能にするため、低木が伐採されている。
DSC_5740_2017021506334856e.jpg

でも、ルートは要注意だ。
顕著な尾根な北西に続いているが、途中で西側の急坂を下らなければならない。
またピンクリボンがあったので、とりあえずこれに従って歩いたが、このあたりで左に下るのでは?という所まで来ても、リボンは直進方向に続いている。
DSC_5743_201702150633517c7.jpg
これはやはり登山者用ではない。

作業員のヘルメットが放置されているところで、念のため地図ロイドで現在地を確認。
DSC_5742_20170215063349717.jpg
すると、間違いなくここが屈曲点だったので、左で下りた。

歩いているうちに踏み跡らしきものも出てきた。
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この先は傾斜の緩やかな尾根道が続く。
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はっきりした踏み跡ではないが、下草も全くなく、時折小枝が張り出している程度。
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全く問題なく歩ける。
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大沢山(1042m)への登りは手前の鞍部から50mほど。
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それほどきつくない。
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二本木山から30分弱で大沢山山頂に到着した。
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ここも展望ゼロだったが、小さな山名板があって満足。
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さて、この先も要注意。
直進すると変なところに行ってしまう。
北西方向の尾根を進まないといけないが、もちろん道標などはない。
左へ戻るような方向に歩いてみると、それらしき尾根が現れて安心した。
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ただ、この先も難しい。
その尾根を徐々に左にズレて谷に入り、その谷がそのまま尾根に転換する道を行かなければならない。
その谷に下りるのが遅れて、尾根が右手に見える場所まで来てしまった。
地形図を見ると、この尾根に登らなくても、このまま下ってトラバースすれば、茶臼山への鞍部に到達するので、尾根には登らず、そのまま進んだ。
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これが大失敗だった。

(つづく)
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達沢山・京戸山(2)

【2017年2月11日(土)】達沢山・京戸山
達沢山(1358m)目指して、延々林道を登っている。
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日蔭には雪が残っているが、足跡は獣だけで、人間のはない。
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例の車はここで引き返したようだ。

おそらく今日この山に入っているのは私だけなのだろう。
実際、下山するまで誰にも会わなかった。
残っているのは私の足跡だけだ。
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熊出没注意。
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再びヘアピンカーブ。ここにも車両通行止の看板が。
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標高を上げてくると、稜線が見えるようになってきた。
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林道は依然として舗装してある。
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間もなく、道幅が極端に広くなっている場所に出た。林道終点のようだ。
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コースタイム1時間20分のところ、若干早く1時間10分で到着。
夏なら、ここまで車で来てしまえば楽だろう。1時間かからずに登頂できてしまう。

ここから登山道が始まる。
DSC_5605_201702142041059a9.jpg

いきなり渡渉だ。
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立沢の最上流部である。
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そこから一気に急登。
雪は1~2cmしか積もっていないが、踏ん張りがきかなくなってきたので、6本爪のアイゼンを装着する。
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樹林帯に入って、ちょっと寒いので、ついでにウインドシェルも着込んだ。
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渡渉地点から稜線鞍部までは標高差約200m。
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今シーズン初の6本爪アイゼンで慣れていないこともあり、結構きつい。
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道は何となく分かるが、赤テープも丁寧なので迷わなくて済む。
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この道標はあちこちにあった。
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中盤、由緒ありげな大木が現れた。
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注連縄が掛けられていたが、とくに説明板などはなかった。
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夏だと、こんなふうに空は見えないだろう。
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古い道標もわずかに残っていた。
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コースタイム40分のところ、アイゼン装着時間も含め34分で登り切った。
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登ってきた道。
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ここで初めて南北の展望が得られたが、木々に邪魔されて、あまりはっきりは見えない。
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一応、撮影だけはして、最後のアタックに取り掛かる。
DSC_5621_201702142039564a5.jpg

ここから標高差約60m。
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稜線なので雪はほとんど解けているだろうと予想していたが、しっかり3cmほど積もっているところもあった。
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相変わらず眺望は見えそうで見えない。
DSC_5624_201702142039283e1.jpg

結構きついぜ。
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11時すぎに達沢山登頂。
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ここはコースタイム通り、10分かかった。

頂上は、何かで「南に展望あり」と書いてあった記憶があるので、富士山が見えることを期待したが全然見えなかった。
南と言っても、ほんのわずかで三ツ峠山(1785m)が見える程度だった。
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そのほかはみな木々に遮られている。
一応、奥秩父方面。
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甲府盆地方面。
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南アルプス方面。
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これは御坂山(1596m)かな。
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まだ時間的には少し早かったが、ここでお昼にすることにした。
どうで、この先ろくな場所はないだろうと想像できたからだ。
ベンチにするのにちょうどいい細い丸太があったので、それに腰掛ける。
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本日のメニューは、カップ麺(江戸そば=天ぷらそば)と稲荷のおにぎり。
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ポットのお湯で十分柔らかくなった。
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20分ほどで出発。
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正面にナットウ箱山(1412m)のシルエット。
DSC_5634_20170214203838761.jpg

帰りは、富士山が撮影できるスポットがないか、注意深く見ながら下ったが、木の枝なしに写せるポイントはなかった。
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一応、富士山の裾野は分かる。
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かろうじて撮影できたのは釈迦ヶ岳(1641m)。
DSC_5636_20170214203841dda.jpg

奥秩父の方は、何とか金峰山(2599m)が確認できたので、他の山もだいたい分かった。
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左は北奥千丈岳(2601m)、右は縦の白い筋が見えるのが甲武信岳(2475m)。
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金峰山から朝日岳(2579m)にかけて。
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眼下には塩ノ山(555m)。
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たぶん御坂山塊の黒岳(1793m)。
DSC_5642_201702142038191c3.jpg

さっきの稜線鞍部まで戻ってきた。
DSC_5643_20170214203821255.jpg

ここから奥秩父の破風岳(2318m)を確認できた。
DSC_5644_20170214203749493.jpg

その左は木賊山(2469m)。
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金ヶ岳(1764m)と茅ヶ岳(1704m)。背後にうっすら八ヶ岳が見える。
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ナットウ箱山までは標高差100m以上の登り返し。
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しかも急坂だ。結構しんどい。
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達沢山を振り返る。
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突起は釈迦ヶ岳。
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かなり登ってから、もう一度達沢山。もう見下ろす位置だ。
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やっと平らなところに来た。
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鞍部から17分ほどで、ナットウ箱山に登頂。
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ここには立派な山名板があった。
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しかし、ナットウ箱とはどんな由来があるのだろう。「納豆」のことなのだろうか。
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ただ、眺望は全くないので、三角点の写真だけ撮って通過。
DSC_5654_20170214203659abb.jpg

ここからわずかに下って、だらだら登る。
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歩いているのはキツネかな。
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10分ほどで京戸山と思しきピークに着いた。
DSC_5660_201702142036362e7.jpg
しかし、山名板はない。
以前見たどなたかのブログではあったような気がしたのだが。

そのまま進むと、すぐ先の鞍部に分岐がある。
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達沢山と同じ方向に京戸山があるので、やはり今のピークが京戸山だ。
と思ったが、なんと「15分」とある。
DSC_5665_2017021420361686e.jpg
ということは、ナットウ箱山のことを言っているとしか思えない。
「山と高原地図」には別の山のように書かれているが、同じ山なのか。
道標の設置者は同じと思われるが、なぜこんな分かりにくい表記にしたのか。
道標の表示は命に関わるので、細心の注意を払って設置してほしい。

ここを左折すれば京戸山林道への道なのだが、京戸山確認のため、この先の1439m標高点まで念のため行ってみることにした。
4分で着いたが、やはりここにも山名板はなかった。ちょっとがっかり。
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でも眼下に甲斐大和の集落が木々の隙間から見えた。
DSC_5663_20170214203641db2.jpg

中央左に見える建物は甲州市立大和中学校だろう。
DSC_5664_20170214203614604.jpg

まあ、仕方ないので分岐に戻って、下山開始。
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こちらの尾根は北側なので、雪が深い。
DSC_5667_20170214203618779.jpg
吹き溜まりは20cm近くある。
スパッツは一応持って来ているのだが、12月に吾妻耶山に行った時、この程度の積雪なら靴の中に雪が入らないで済んだので、今回もこのまま強行。
幸い大丈夫だった。

(つづく)

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達沢山・京戸山(1)

【2017年2月11日(土)】達沢山・京戸山
御坂山塊の北にある達沢山(1358m)や京戸山(1439m)のあたりはずっと気になっていたのだが、交通の便があまりよくないという思い込みがあり、本気になって計画を立てたことがなかった。
しかし、だんだん歩いていないエリアが限られてくると、まじめに検討する必要に迫られてきた。
本当は京戸山から東へカヤノキビラノ頭やボッコノ頭を縦走して笹子に下りたいのだが、ちょっと距離が長い。
そちらは笹子峠を要とする周回コースに繰り入れるとして、今回は林道歩きが長くなるが、京戸山から釈迦堂に下ることにした。
甲州市の市民バスが釈迦堂入口を経由して勝沼ぶどう郷駅まで運行していることが判明したからだ。
地形図をよく見ると、林道が頂上直下を巻いている二本木山(1078m)も簡単に登れそうだ。
この山を林道からピストンしてもいいのだが、よくよく見ると、それに連なる大沢山(1042m)や茶臼山(948m)も、地形図を見る限り稜線伝いに歩けそうだ。
ネットで検索してみたら、歩いている人のレポートがあったので、これらもまとめて歩いてしまうことにした。
地形図にも「山と高原地図」にもルート表示はないが、冬枯れで下草もうるさくないだろう。

というわけで、達沢山登山口の立沢までバスで行き、そこから達沢山、ナットウ箱山(1412m)、京戸山を縦走して、いったん京戸山林道に下り、途中から林道を外れて二本木山、大沢山、茶臼山を縦走、釈迦堂入口バス停まで下るルートを設定した。
一部は登山道として認識されていないので、コースタイムは正確には分からないが、計6時間ほどだろうか。

前夜は23時まで飲んでしまい、帰宅は12時を過ぎていた。
準備は翌朝することにして、すぐ布団に入った。
5時半に起きるつもりだったが、目覚ましは、少しだけおまけして5:40にしておいた。
結局、瞬殺爆睡で5:35に目が覚め、急いでパッキングを済ませた。
6:15に家を出て、駅前のコンビニで朝食&昼食を調達。
6:40新所沢駅発の電車に乗り込んだ。
東村山、国分寺を経て、立川からは特急スーパーあずさ1号に乗り換える。
途中、スマホ検索で自由席が4~6号車と調べてあったので、一番近かった6号車のあたりに並ぶ。
もう前に6人くらい並んでいる。

たぶん1人くらい座れるだろうと、高をくくっていたら、自由席は満席。
車内放送を聞くと、指定席も売り切れ満席なんだとか。
やはり休日の1番列車は混むんだなあ。
仕方なく、6号車のデッキで立っていることにしたが、ここにはトイレがない。
途中でもよおすと困るので、次の停車駅、八王子で指定席の7号車のデッキに移動した。
これは多分正解だったと思う。
おそらく自由席のデッキは人でいっぱいになってしまったのではないか。
立川から石和温泉まで乗車時間はほぼ1時間。
座って寝ていくつもりだったので、立ちっぱなしは結構きついが仕方ない。
しかも、すきま風が吹き込んできて、ちょっと寒い。
ずっと足が温まらなかった。
本当は富士山の見える南側(進行方向左側)に陣取りたかったが、先客があったので北側になってしまった。
でも、相模湖から上野原あたりまでは、昨夜雪が降ったらしく、きれいな霧氷になっていた。
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これは上野原付近。
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百蔵山(右、1033m)と扇山(左、1138m)。水田は真っ白だ。
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大月まで来ると、平地にはほとんど雪はなくなってしまった。
これは大月の岩殿山(634m)。
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左は滝子山(1615m)。
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勝沼ぶどう郷駅を過ぎたあたりで、ようやくもよおしてきたので、しばしトイレに立てこもる。
車内で済ますことができてよかった。

石和温泉駅には定刻の8:22より数分遅れて到着した。
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下車してスーパーあずさ1号を見送る。
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駅の大窓から正面に雲をかぶった富士山が見えた。
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石和温泉駅は2015年3月に新しい駅舎に生まれ変わっている。
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立沢に停まる富士山駅行の富士急山梨バスは8:33発。
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若干余裕があるので、駅前をぶらつき、あれこれ撮影した。
駅前広場の足湯はまだ湯が張られていなかった。
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午前10時からだそうだ。
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駅のすぐ裏にあるのは大蔵経寺山(716m)。
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あれもいずれ登らなければならない。
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バスは3分ほど遅れて到着。
甲府駅始発だが、車内はガラガラだったので最前列の席に陣取った。
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バスの運転手は運転のとても丁寧な方だった。

笛吹川を鵜飼橋で渡る。
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正面に見えるのは、おそらく大栃山(1415m)。

鵜飼橋の左手には大菩薩嶺(中央右、2057m)が遠望できた。
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国道137号線を進み、道場を過ぎると、リニア実験線をくぐる。
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立沢には5分遅れの9:05に到着。
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スイカで清算しようとしたら、石和温泉までのJRの支払いで残高不足になっており、急きょ現金で払わないといけなくなってしまった。
1000札を両替したりして、もたつき、他の乗客に迷惑をかけてしまった。すいません。
ここで、はっと気づいたのだが、さっきの電車の特急料金を払わずに下りてしまった。
普通は、車掌さんが取り立てに来るのだが、自由席の乗客が多すぎて、石和温泉までの間に私のところまで到達できなかったのだろう。
申し訳ないような、得したような・・・

さて、それはともかく、バス停の横で念入りにストレッチ。
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目の前に砕石場を見ながら、アキレス腱を伸ばす。
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終わったら、「←達沢山」の表示に従い、立沢集落に下りていく。9:12出発。
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いきなり雪が積もっていてびっくり。
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ふもとでこんなだと、山の中は一体どのくらいの積雪なのか。不安がよぎる。

下りた場所に石碑が2基。
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ひとつは句碑のようだが、詳細は不明。

その向かいには、いきなり廃屋。
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廃屋の前の道を右の方に行くと、すぐに行き止まり。
達沢山へは左に下ってから右折しなければならないようだ。
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砕石場の手前にある達沢橋を渡る。
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休日だというのに、ダンプカーがわりと頻繁に通る。
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ちょっと、ホコリっぽい。
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砕石場はかなり複雑な構造になっていた。
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山は階段状に削られていて、ミニ武甲山のようだ。
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巨大な重機と巨大なタイヤ。
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工場前を抜けて、登りになるとすぐ暑くなってきたので、ダウンを脱いだ。
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ウインドシェルも必要ないくらいの暖かさだったので、長袖だけで歩き出す。
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日蔭に入ると若干寒かったが、許容範囲内だった。

この先は一応、一般車両通行止ということになっている。
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手前に駐車スペースは確保されているが、ゲートがないので、車は入っているようだ。
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谷間の林道なので、展望はほとんどない。
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でも天気は最高だ。
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砕石場との境界は厳重なバリケードが設けられている。
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正面に見えているのは達沢山ではない。
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道は落ち葉で埋まっているが、これでも舗装だ。
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砕石場では、この岩を採取していると思われるが、何岩なのだろう。
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かなり固そうだ。
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日陰には雪が残っている。
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タイヤの跡がついているが、どうやら今日の車ではないような気がする。

途中、左手に新しい鳥居が。
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一応、安全祈願。
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樹林帯に入った。
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ミチノクナシという木だそうだ。
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タイヤの跡は2台分あるように見えるが、たぶん1台の往復だろう。
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林道は時々、ヘアピンカーブがあるが、基本的にはずっと沢に沿って真っすぐ登っている。
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地図に表記はない。集落名から類推して、おそらく立沢だろう。
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(つづく)
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巣雲山(4)

【2017年2月4日(土)】巣雲山
巣雲山(581m)から宇佐美駅まで下りてきた。
駅前の宇佐美ヘルスセンターは休業中だったので、熱海まで行くことにする。
ちょうど14:57発の熱海行きが3分後だったので、あわててホームに駆け込む。
急いだのに、電車は5分くらい遅れてやってきた。
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遅れるくらいだから、超混雑かと思ったら、それほどでもなく、余裕で座れた。

熱海駅前の共同浴場に入ることにしようと思ったのだが、つい2か月ほど前に入ったばかりなので新鮮味に欠ける。
スマホで検索すると、ひとつ手前の来宮駅から徒歩5分のところに、水口第二共同浴場なる、かなりディープな温泉があるらしい。
面白そうなので、来宮駅で途中下車して行ってみることにした。
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下りると、かなりの人出。
熱海梅園で開かれている「梅まつり」が目当てのお客さんのようだ。
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それはともかく、グーグル地図が示す場所(谷口外科の隣)に行っても、それらしきものがない。
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まさか閉鎖して取り壊された?
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(谷口外科となりの古い民家)

ネットの位置情報は正確ではないこともよくあるので、近くの肉屋で聞いてみたら、もう廃業してしまったとのこと。
じぇじぇ。
後日、ネットでもう1回確認したら、2015年12月末で閉鎖されたとの情報が。
なぜ、電車の中で検索した時にこの文字が目に入らなかったのか。
このブログでありし日の水口第二共同浴場を見ると、なんと脱衣場と浴室が同じで湯舟も2人でいっぱいになるほどの小ささ。
風呂
これは相当にディープだ。
しかも、場所はさっきの肉屋の横の細い路地を入って行ったところだった。
肉屋さんにどこにあったのかを聞けば、跡くらいは見られたのに残念だ。

谷口外科の近くに、「湯の宿おお川」という旅館があったので、ここで入浴できないか聞いてみたら、「もう今日は予約でいっぱいなんです」とのこと。
だったら、玄関先に出してある「予約のない方はお断りする場合があります」はもう引っ込めておいた方がいい。
「場合があります」ではなく、「入浴できない」のだから。

せっかく来宮で下りたので、さらに5分ほど歩いたところにあるらしい上宿新宿共同浴場を目指すことにした。
でも、一応念のため、ネットに書いてある電話番号に電話をしてみたら、「現在使われておりません」。
ここも閉鎖されてしまったのか。(後日調べたところ、こちらは2009年に廃業していた)
これで4連敗。なんと温泉遭難をするとは思わなかった。

こうなったらもう熱海駅前に行くしかない。
細切れ乗車で電車賃がかさむが、やむを得ない。
来宮の温泉探しで坂を下りたり上ったりしたので、また汗をかいてしまった。
でも電車は7分後なので、ちょうどよかった。
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15:42発に乗り、2分後に熱海に到着。
この前入ったばかりだから、ここが閉鎖されていることはないだろうが、問題は混んでいるかどうか。
普通の観光客はあまり来ないとは思うが。

入浴料500円を払って、入ってみると、若い人が1人だけ。
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やった!
もう1番風呂目当てのお年寄りは帰ってしまったらしい。
14:30開店だから、1時間半近く経っているからね。
先客のお兄さんもすぐ上がってしまったので、ゆっくり独占できた。
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いや~さっぱりした。苦労しただけに格別だった。

16:30に上がり、16:46発の高崎行き電車に乗る。
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行楽帰りの乗客でかなり混んでいる。

でも、私は2駅のみ。真鶴で下りて、駅前の鶴鮨でうまい魚を食べて帰る予定だ。
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いろいろ今日は落とし穴があったので、もしかして「貸し切りで入れない?」なんてことがないか心配したが、お客さんは1組しかおらず、ラッキー。
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若女将が感じのいい人で、いろいろと説明してくれて、ありがたかった。
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まずは生ビールで喉を潤す。
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お奨めの地物にぎり(2800円)は後ほどいただくとして、つまみにサザエのつぼ焼きとエボ鯛の唐揚げを注文した。
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どちらもめちゃめちゃうまい。

ついお酒が進んでしまい、冷酒の「丹沢山」を頼んでしまった。
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これもいい飲み口だった。

にぎりとセットの小漬け(小アジの南蛮漬け)が出てきた。これも美味。
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お待ちかね地物にぎり。
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この順番に並んでいる。
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空白になっている上段左から2番目は、うれしいことに金目鯛。
ひとつひとつゆっくりと味わって食べる。
こんな美味しいお寿司は食べたことがない、というくらいうまかった。
いや~満足満足大満足。
やはり、築地で食べるマグロなんかより、地の魚の方が余程おいしい。
もちろんマグロも嫌いじゃないけど。

帰りは18:44発の宇都宮行きに乗車。
あとは東京までなので、贅沢してグリーン車に乗った。
時間も時間なので、それほど混んでいなかったが、2階席を選んだのが失敗。
あとで前の席や横の席に来た連中がうるさいこと。
車掌さんに頼んで、1階席に換えてもらった。
最後の〆はスイーツ。石舟庵の塩豆大福。これも美味しかった。
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あとは爆睡。

東京と高田馬場で乗り換えて、帰宅はちょうど22時。
気持ちよくて、すぐに沈没してしまった。
富士山と海と花と温泉と寿司とお酒。最高の山旅だった。

【行程】2017年2月4日
宇佐美駅(10:05)~どっこい処(11:16休憩11:31)~富士見展望ひろば(11:51昼食(12:21)~大丸山(12:26)~巣雲山(13:00撮影13:15)~登山口(13:48)~宇佐美駅(14:52)
※所要時間:4時間47分(歩行時間:3時間47分)コースタイム:3時間45分
※登った山:3座(富士見展望ひろば、大丸山、巣雲山)
※歩行距離:11.8km
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巣雲山(3)

【2017年2月4日(土)】巣雲山
巣雲山(581m)頂上の展望塔で眺望を堪能中。
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富士山は何度見ても素晴らしい。
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そして雲がまた素晴らしい。
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展望塔から見下ろした頂上の雰囲気。
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私の影。
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展望塔から下りると、単独の青年がやってきていた。
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挨拶して、宇佐美駅を目指す。
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今度は別ルート。ここは周回コースが取れるのだ。
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急坂を下ると、すぐ道はなだらかになる。
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頂上から7分ほどで、伊豆スカイラインに出た。
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そこからすぐ下山路なのだが
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そこに生仏の墓なる旧跡があった。
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平家の落人がこの地で捕えられ、生き埋めにされたそうだ。
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静かに手を合わせて写真を撮って、モニターを見たら、色の感じが変だ。
ここで、やっとホワイトバランスがおかしかったことに気付いた。
仏様のおかげだろう。
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ありがとうございました。

この先は樹林帯の暗い道をどんどん下っていく。
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石や枝が浮いていて、あまり道はよくない。
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でも登りがほとんど車道状態だったので、これはこれで悪くない。
ただ、これが登りだったら、景色も全然見えないので、結構きつかっただろう。

途中、行者の滝という滝があった。
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水量はたったこれだけ。冬だからということもあるだろうけど、これでは修行にならない。
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その滝の沢を渡る。
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植林帯になった。
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結構太い木もある。
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右手には、深くえぐれた沢。
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道標はわりとしっかりしている。
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また沢を渡る。
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ここにも小さな滝があった。
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炭焼き窯の跡には、こんなに太いスギの木が成長していた。
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頂上から30分ちょっとで舗装道路に出た。
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登ってきた人にとっては、ここが登山口。
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このあとはずっと車道歩きになる。
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間もなく別荘地に突入。
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これが管理事務所。ここは「巣雲台・宇佐美別荘地」というらしい。
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平らな場所はパットゴルフ場になっていたが、利用者はいるのだろうか。
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よく見ると、廃屋になってしまった別荘も少なくない。
別荘を2代、3代と伝えていくのは、実は難しいことなのかもしれない。
土曜日の午後だが、別荘に来る人の車とはほとんどすれ違わなかった。
子連れの奥さんを乗せたタクシーが1台だけ来たくらいだった。

別荘地を過ぎると、再びみかん畑。
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どの木もたわわに実っているが、まだ収穫しないのだろうか。
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鳥にやられている実もあったし、熟れ過ぎて落ちているのもあるのに。

海と再会。
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見晴らしの良さそうな家でうらやましい。
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観光船のようだが、定期船なのだろうか。
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みかん畑の作業小屋かな。
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県営農地保全整備事業の完成記念碑。建立年は表面には書かれていなかった。
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路傍の石仏。
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花岳院まで下ってきた。
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立派な鐘楼が見える。
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正面には見事な河津桜。
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ここは満開だ。
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メジロがいっぱいいたが、何を食べていたのだろう。
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伊豆は冬でも彩りが豊かだ。
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こちらは円応寺。
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市街地まで下りてきたので、宇佐美ヘルスセンターを目指す。
駅から200mほどというネット情報なのだが、地形図には駅の真ん前と少し離れたところに温泉マークがある。
遠い方の前を通ってみたが、それらしきものは全くなし。

駅前にかなり前に廃業してしまったものと思われる旅館辻橋。
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踏切を渡って、駅に向かうと、ヘルスセンターにぶつからないまま駅に着いてしまった。
どこにあるのか分からないので、駅前のお店の前にいたおばさんに聞いてみた。
すると、2か月ほど前にポンプの故障だかで、休業しているとのこと。
なんと。改めてHPを見ても、そんな情報は発信されていなかった。
不親切だなあ。

(つづく)
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巣雲山(2)

【2017年2月4日(土)】巣雲山
宇佐美駅から標高400m付近まで登ってきた。
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大丸山(503m)の案内図がある。
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あと10分頑張れば、富士山と対面できるようだ。

このあたりは2004年の台風で大きな被害があり、その後、再生事業が続けられているとのことだ。
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ここを左に行くと、巻き道で巣雲山への近道だが、当方は富士山を目指して直進。
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最後はかなりの急登だ。
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植栽地越しに宇佐美港を望む。
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大平山(右端、578m)と大島。大島の手前に小室山(321m)。
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右手に亀石峠へ通じる伊東大仁線が走っている。
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この山の中腹に宇佐美観音寺があるのだが、ちょうど陰になって見えない。
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おお、箱根の山が見えてきた。最高点が神山(1438m)。右手前が駒ヶ岳(1356m)。
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宇佐美みのりの村。別荘が山肌を埋めている。
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ナコウ山(353m)の向こうに初島が見えてきた。
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アップにしてみよう。あそこには5年前の4月に行ったことがある。
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斜面の樹木が伐採してある明るい道を選んだら、別方向に下っていく道だったので、道を外れて、ショートカットを強行した。でも、わりとすぐ登山道に復帰できた。

そんなこんなで、やっと富士見展望ひろばに着いた。
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南には天城山(1405m)が展開していた。
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ここが富士見展望ひろばの頂上。標高は約495m。「登った山」に加算させてもらった。
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海側の展望ベンチ。
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山側のベンチに先行していたご夫婦がいた。
お二人は休まずにここまで一気に来た様子。なかなか元気だ。

ちょうど出発してくれたので、私もここで昼食にする。
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出ました~! ここは真正面に富士山を望む絶好の展望レストランだ。
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ちょうど、ど真ん中に宝永火口が見える。
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北には12月に登ったばかりの玄岳(798m)。
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玄岳の右に箱根の山。
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箱根をアップで。
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富士山と愛鷹山塊。
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空が青いぜ。
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おや、富士山の左には南アルプスが。左に塩見岳(3052m)。
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白い稜線は左が赤石岳(3120m)、右が荒川三山(3141m)。
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ひと通り撮影したので、飯にしよう。ここは背中に日が当たって暖かい。
メニューは例によって、コンビニおにぎり。
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オレンジを持参したので、それをデザートに。
決して、畑のみかんをもいできたものではありません。

出発前にもう一度。
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富士にはツバキがよく似合う?
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30分ほどのんびりして出発。
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木魚のような溶岩。
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5分で大丸山の山頂に着いた。
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ここは全く展望がないので、三角点(四等)の写真だけ撮影して、すぐに通過。
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ここからやっと登山道らしい道になった。
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少し下る。
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間もなく、伊豆スカイラインに出た。
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ここが巣雲山の登山口ということになっており、駐車スペースもあった。
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ここから頂上までは30分ほどの稜線歩き。
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適度なアップダウンがある。
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時々、海坊主のような岩を見かけた。
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一瞬の太平洋。
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途中、2か所「見晴台」の標柱があったが、全く何も見えなかった。
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この標識は作り方があまりに雑。「行き止まり」は奥ではなく右に向けるべき。
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すこし明るくなった。
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「見晴台」でも何でもない場所で展望が開けた。右端にうっすら大山(1252m)が初見参。
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南西側から見ても、かなりピラミダルな山だ。
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湘南方面もかすかに見える。
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右手に車の音が聞きながらの稜線歩きだったが、左手からも聞こえてきた。
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おかしいなと思って地図を見ると、ちょうど巣雲山を取り囲むように伊豆スカイラインが走っており、頂上に近づいたという合図のようなものであった。
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間もなく一気に視界が開け、すぐ先に展望塔が見えた。
ここでなぜかカメラのホワイトバランスのボタンを触ってしまい、しばらく室内照明のモードになってしまった。
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色がおかしくて、とても悔しい。
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一番、景色のいいところだったのに。
しばらく我慢してお付き合いください。

頂上の展望塔。
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南に天城山。
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地面にモグラ山。
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北に富士山。
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玄岳(中央右)と箱根山(右)。
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立派な山名板もあった。
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かなり角が取れた三角点。
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展望塔の下にはベンチがあって、日蔭で休憩できるようになっている。
夏はいいが冬は寒そう。
トイレが併設されているのを期待したが、そうではなかった。
山頂だとし尿の処理が大変だもんなあ。

早速、上に登ってみた。
上にもベンチがあったので、ちょうどお昼に着いたら、ここで食べてもよかったかもしれない。
360度の大パノラマだ。復習になるが箱根山方面。手前は大熱海国際ゴルフクラブ。
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改めて玄岳と箱根山。
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左に愛鷹山塊を従えた富士山。
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この時期としては、ちょっと雪が少な目か。
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沼津アルプス。最高峰は鷲頭山(392m)。
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はっきり見えないが駿河湾。
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葛城山(452m)。
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南アルプス塩見岳。
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大山。
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相模湾と湘南。
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左端に小田原市街が少しだけ見える。
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初島。
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手石島。
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大室山(左、580m)と利島(右)
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矢筈山(右、810m)と540mピーク(左)。
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左から遠笠山(1197m)、万二郎岳(1299m)、ひとつ飛んで万三郎岳(1405m)。
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左の一番高いのが達磨山(982m)、右の突起は金冠山(816m)。
伊豆の中では最も眺望に恵まれた山かもしれない。

(つづく)

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巣雲山(1)

【2017年2月4日(土)】巣雲山
立春である。ひと足先に春を味わいたいと思うのが人情というものではないか。
というわけで伊豆である。
宇佐美を起点にすることだけは決めたのだが、伊豆半島脊梁山脈の巣雲山(581m)にするか、江戸城石丁場遺跡を訪ねながら歩くナコウ山(353m)にするか迷っていた。
でも、当日の真っ青な空を見て、即座に巣雲山に決定した。
絶好の富士見日和だからだ。

例によって新所沢駅前のコンビニで朝食と昼食を調達してから、6:59新所沢発の電車で出発。パンを食べた後はずっと文庫本を読んでいた。
東京駅に着いて、やっと催してきたのだが、入るトイレ入るトイレどこも満室の上に並んでいる。
やむなく新幹線の車両まで我慢することになった。
さすがに車内のトイレまで満室ということはなかった。
8:26発のこだま639号である。
駅自体もかなりの人出だったが、車内も結構混雑していた。

車窓からはばっちり富士山が見えて期待が高まる。
前回の伊豆は12月の玄岳(798m)だったが、富士山だけが見えなかったのだ。
熱海には定刻の9:14に到着。
乗り継ぎ時間は24分もあるが、もう買い物は済ませてあるので、そのまま伊東線のホームに向かう。
9:38発の伊豆急下田行き普通列車は、観光列車の「リゾート21」だった。
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しかも、地元をPRする「キンメ列車」だそうで、なんとこの日が運行初日だった。
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私が乗ったのは東伊豆町PRの車両で、稲取の金目鯛などが、大々的に宣伝されていた。
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雛のつるし飾りもたくさん飾られていた。

デッキにはこんな作品も。
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特別列車であることも関係しているのか、この電車もかなり混んでいる。
海側の展望シートやボックスはすでに埋まっていたが、山側を何とか確保することができた。
買い物などしていたら、座れないところだった。
発車を待っているうちに、どんどん乗客が乗り込んでくる。
どうしてこんなに混んでいるんだろうと考えたら、下田の河津桜だ!と思い付いた。
そうか、今がシーズンだもんなあ。

立っているお客さんもたくさん乗せて、電車は定刻通り発車。
みんな河津桜目当てだと思っていたのに、次の来宮でもそこそこ下りた。
パワースポットの来宮神社参拝がお目当てかと思ったら、近くの熱海梅園で「梅まつり」の真っ最中だった。
いずれにしろ目的は花のようだ。

宇佐美に9:55に到着。
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わりと遠かった。新所沢から3時間近くかかった。
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ここに下り立つのは初めてだ。
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まずはトイレ。「旅のアシンル」とタイトルが付いている。
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アシンルとはアイヌ語で便所のことを言うらしいが、なぜ伊豆でアイヌ語なのか。
まあ深くは考えず、ゆっくりストレッチ。

駅前の広場に「江戸城石丁場遺跡」の説明板があった。
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かつて伊豆のあちこちから石が切り出され、江戸城に運ばれて、石垣に利用されたのだ。
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ナコウ山を選べば、こうした石をたくさん見ながら歩くことになったが、今回はお預け。
これがそのナコウ山だ。
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巣雲山への登りは阿原田(あはらだ)コースで行くことにする。
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この駅でハイカーらしき人は私も含め、4~5人下りたが、そのうち年配の夫婦がこのコースを先に歩いて行った。
それを遠くに見ながら、後を追っていく感じになった。

伊東線の踏切を渡り、まっすぐ山に向かっていく。
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伊東市立宇佐美中学校の前に、当時の石材が展示されていた。矢穴の跡がよく分かる。
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わりと好きなタイプの古いアパート。
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伊東市のマンホールは温泉かと思ったら、松川たらい乗り競争だった。
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道順は、要所要所に案内板があるので、とくに心配はない。
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正面に見えているのは、角度的に巣雲山ではなさそう。
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大丸山だろうか。(その前山である富士見展望ひろばのピークだった)

もう菜の花もきれいに咲いていた。
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右手は金龍山参道とのこと。ひと山稼げそうだけど、今回は寄り道しないでおく。
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左手を仲川が流れている。
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もう梅の季節だ。
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このまま直進。
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これはサクラ?
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そうか、河津桜だ。
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伊豆では、もうこんなにきれいに咲いているんだ。
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おや、あそこにいるのはメジロだ。
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こちらは、たわわに実ったみかん。デカいが種類ははっきりとは分からない。
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路傍の石仏。でも仏様のようには見えない。明治期の建立のようだ。
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やはりサクラは青空に映えるねえ。
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ここで左折。
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まさにサクラの里だ。
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この常緑樹は何の木だろう。
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おお、海が見えてきた。こんもりしているのは離山(154m)。
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もう40分ほど歩いてきたが、まだまだ車道歩きが続く。
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南には小さな手石島と奥には大島が見えた。岬は汐吹崎。
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傾斜がだんだんきつくなってくる。
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みかん畑の向こうにナコウ山(左)と離山(右)。
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離山の手前の高層ビルはホテルではなくマンション。伊豆ビューグランドハイツだ。
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山の向こうにうっすら見えるのは房総半島。

ずっと車道が続くが、展望が開けているので退屈しない。
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ただ、ずっとみかん畑の中なので、刺激を受けて、ちょっと小腹が空いてきた。
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ハクサイ畑もあった。
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南の方角。中央左は大平山(578m)あたりかな。
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眼下はみかん畑。
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標高250mあたりまで登ってきたが、この辺だと五分咲きくらいか。
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「大丸山展望広場」なる表示が初めて出た。
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道はやっとダートになったが、まだまだ無理すれば車で登れる。
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「みかんの花咲く丘」というのは、いったいどっちなんだろう。
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ツバキも当然咲いている。
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とうとう車ではかなり厳しくなってきた。
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歩き始めてから1時間ちょっと経ったあたりで、「どっこい処」という休憩スポットがあった。標高は約370m。
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景色もいいし、ベンチもあるので、ここでひと息入れることにした。
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風が冷たいので、さっき脱いだウインドシェルを着込む。
ほんで、熱いカフェオレを飲みながら、チョコスティックをいただいた。

いや、ここは本当に眺めのいいところだ。正面に太平洋が広がっている。
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宇佐美の町並み。真ん中は宇佐美中学校の体育館。
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離山と宇佐美港。
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ナコウ山。
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汐吹崎と大島。右端は小室山(321m)。
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手石島と汐吹崎。手前の建物はたぶんホテルサンハトヤ。
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宇佐美の町並みと宇佐美港。
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15分ほど休んで出発。
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このあたりはハゲ山になっているが、改めて植林を行っているようだ。
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その中をえっちら登っていく。
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大平山の手前に別荘地「宇佐美みのりの村」。
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ナコウ山と離山を再び。
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(つづく)
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京塚山・金剛山(5)

【2017年1月29日(日)】京塚山・金剛山
杉峠を通過して、日連山(約385m)を目指している。
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このあたりも歩きやすい道だ。
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正面には石老山(702m)が見えてきた。
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小さな手づくり道標発見。
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しばらく登り基調で進む。
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峠から15分ほどで日連山に到着。
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「にちれん」だと思っていたら、「ひつれ」だった。
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このあたりの地名が「日連」で、相模湖にかかる橋の名前も「日連大橋」であることを後で知った。

手づくりの山名板に満足して通過。
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次の宝山(たからやま、374m)には、ここから5分で着いた。
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ここには古い山名板があった。
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さらに古くて、読めなくなった山名板も。
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三角点は四方を丸石で守られていた。
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展望は南に鉢岡山(460m)が見えただけ。
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これだけ撮って先を急ぐ。

目の上に立派なサルノコシカケを発見。
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さあ、あとは下るだけ。目の前にポッチ山(378m)が見える。
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どんどん東に下って、最後にロープ場が出現。
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なんと、すぐ先にそのロープをつたって下っている単独のおじさんがいた。
こんなところに人はいたとは。
彼が下り切るのを待って、私も下る。
下り終わって、ロープの写真を撮っていたら、その人は先に進まず、私の後ろに控えている。
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どうしたのかなと思ったら、その人も撮影したかったのだった。

挨拶だけして先に行く。
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ここを左折して、西へトラバース。
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全然さっきの人は付いてこない。
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念入りに写真を撮っているのだろうか。

右手に相模湖と城山(670m)が一瞬覗いた。
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しばらく等高線沿いに歩き、少しだけ階段を下る。
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青田集落方面には曲がらず、そのまままっすぐ藤野駅方面へ。
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さらにトラバース。
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沢にぶつかって、やっと下り始めた。
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いくつか小さな砂防ダムを見送って、やっと里に出た。
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あとは駅まで歩くだけだ。
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相模湖に架かる勝瀬橋が見える。
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古い木造の倉庫。
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日連神社に参拝。
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無事下山できたことに感謝する。
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申し訳ないが、小銭を切らしているので、ノー賽銭。
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境内にあった復興記念碑。
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大きなカツラの手前に、いわくありげな緑の池があった。
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樹齢は推定約300年だそうだ。
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忠魂碑。
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右手に、矢ノ音(左、633m)と孫山(右、543m)。
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野菜直売所は現役なのだろうか。
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神社の隣には、代々、村の組頭を務めたという富山家住宅。
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建築年代は天保11年(1840年)だそうだ。
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蔵と並んで建っていた。
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次は青蓮寺。
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変わった宝篋印塔。
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石仏も立派だった。
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普通の民家の玄関先で「菊芋」なるイモが売られていた。
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味噌で漬けた漬けものを試食させてもらった。結構コリコリしておいしかった。

「でいだらぼっち」なる施設の前を通ったとき、「カキ休暇を取って行きませんか~」と声をかけられた。
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言われてよく見ると能登半島産のカキの幟が出ていた。
気軽に声をかけられたので、ただでカキが食べられるのかと思ったが、まあ、そんな気前のいいことはないだろうと思いなおし、「1個いくらなんですか」と聞いてみた。
すると、「1個では出していなくて、8個で2000円なんです。でもお一人様ですから、食べられる数だけでお分けします」とのこと。
まあ1個じゃなんだから、2個お願いして500円か。
どうするかなあ。
聞くところによると、そもそもここは薪ストーブのお店だそうで、今日はイベントでカキやピザを焼いたりしているのだとか。
関心がないわけじゃないが、やはり風里で食べたいし、ここでは遠慮することにした。
せっかく誘ってくれたのにごめんなさい。

歩き出して、日連橋を渡ると、いきなりトイレに行きたくなってきた。
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それも、ちょっとゆるめの感触。さっきのところで食べて、トイレも借りればよかったか。
駅まで持つかな~と歩き続けていたが、ちょっとまずい感が高まってきた。
山の中ならいかようにでもできるが、ここはもう街の中。
民家で借りるわけにもいかないし、困ったぞ。

とにかく我慢しながら歩く。
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眼下に相模湖。朽ちた釣り用の桟橋がいくつも見える。
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孫山(右)方面を望む。
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日連山も振り返っておこう。
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この道はちょっとした高台にあり、眺めがいい。
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路傍には石碑や石仏がたくさん集められていた。
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そのうちの一つには享保一四年(1729年)銘のものもあった。
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いよいよ、やばくなってきた。
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でも、そこに天の助け。
なんと小さなスーパーがあるではないか。
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しかも、2階の正面玄関を入ると、店舗は1階で、すぐ目の前にトイレがあるではないか。
店員に「トイレお借りできますか」と聞く手間も省けて、大変ありがたい。
洋式だったので、ゆっくりと取り組むことができた。

ホッとして退出。
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日連大橋で相模川を渡る。
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これが相模湖の形。
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振り返ると、藤野小学校の背後に峯(左、423m)と金剛山(右、420m)。
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相模湖。釣り用のボートがいくつも係留されていた。
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渡り終えると、ここにも野外アートが。
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再び、峯と金剛山。
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橋から5分、15時10分すぎに藤野駅に到着した。
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早速、ひとり打ち上げのため駅前の「風里」ののれんをくぐる。
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カウンターで店員さんがまかないを食べていたので、大テーブルに座って、まずは生中(480円)をオーダー。
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ハンバーグ定食を食べたかったが、そんなにお腹に入らなそうだったので、つまみだけにして、タコの唐揚げ(400円)と手作り餃子(380円)を頼んだ。
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1週間ぶりのビールだ。ふ~~~っ、うまい!

食べていると、お客さんが一人入ってきた。なんとさっきロープ場で会ったおじさんだ。
彼はグラスビールを頼んでいた。
スマホで電車の時間を確認すると、次は15:45東京行き、その次は16:11高尾行き。
今は15:25なので、次ので行くことして、ささっと食べ、15:40前に退出。
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15:45に乗ったが
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相模湖駅でも高尾駅でも10分くらい停車時間があり、随分損した気分になった。
せっかく直通に乗ったのに。
国分寺、東村山で乗り換え、17時半には帰宅。
今回は15kmで13座。効率よかった。
病み上がりに7時間近く歩いたが、具合悪くもならず、いいリハビリになった。

【行程】2017年1月29日
藤野駅(8:28)~古峯山(9:04撮影9:06)~京塚山(9:20撮影9:27)~坊主山(9:36)~一本松山(9:46)~包丁岩(9:58撮影10:01)~金剛山登山口(10:16)~鶴島金剛(10:44撮影・休憩11:03)~金剛山(11:13撮影11:15)~天神峠(11:30)~高倉山(11:45)~秋山川橋(12:10)~金剛山登山口(12:30)~金剛山(12:55昼食13:13)~峯(13:20)~八坂山(13:24撮影13:26)~杉峠(13:39)~日連山(13:54)~宝山(14:00)~日連神社(14:25)~日連大橋(14:52トイレ15:01)~藤野駅(15:12)
※所要時間:6時間44分(歩行時間:5時間42分)
※登った山:13座(古峯山、京塚山、坊主山、一本松山、鶴島金剛、葛原・金剛山、高倉見晴し、高倉山、杉・金剛山、峯、八坂山、日連山、宝山)
※歩行距離:15.3km
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京塚山・金剛山(4)

【2017年1月29日(日)】京塚山・金剛山
12:30、金剛山(420m)の登山口に着いた。
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信仰の山らしく近くには祠や石仏があった。
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読み取りにくいが「金剛山入口」と刻まれている。
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藤野方面から年配の単独女性が歩いてきたが、私が登山口の写真を撮っている間に、追いつかれてしまい、後ろにぴったりついてきた。
わりと歩きなれている感じなので、抜かしてもらおうと、三丁目の丁目石でゆっくり写真を撮って先に行ってもらった。
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だいぶ調子は出てきたが、病み上がりなので、ゆっくり歩きたいのだ。
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でも、そのすぐ先で、今度はそのおばさんが上から下りてきたおばあちゃんと立ち話。
お知り合いのようだ。
二人とも、よくこの山を登る方なのだろう。
おばあちゃんは明らかに地元の方のようで何も背負わず、靴はクロックスだった。
おばさんは「何度も気をつけてね」と言い、「草履だし」と付け加えるのも忘れていなかった。
その間に私がまた先に行ったが、間がそこそこ空いたので、そんなに後ろを気にせずに登ることができた。
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(五丁目)

足も体も慣れてきたので、いいペースで登れる。
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(六丁目)

丁目石ごとに写真を撮っていても追いつかれないで済んだ。
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(八丁目)

九丁目。右には奉納者の名前だろうか、森久保甚左エ門の文字が見える。
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気持ちのいい登りだ。
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つづら折れになっているので、ありがたい。
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拾一丁目。
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拾二丁目。
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拾三丁目。
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平坦なところに出て、ひと息。
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拾四丁目。
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終盤戦で直登となったところは、登山道が迂回していた。
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古い参道はそのまま直登だろうということは想像が付いたが、安全策をとった。

まもなく旧参道に戻ると、ちょうどそこに丁目石があり、1つ抜かさずに済んだ。
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(拾五丁目)

ここからの眺めは素晴らしかった。
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拾六丁目。
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もう一度振り返る。藤野の町並みだ。
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藤野小学校と相模湖に架かる日連大橋。
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生藤山。
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陣馬山(855m)。
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秋山橋。
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さっきのおばさんは直登してくるようだ。
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でも、彼女も何度も立ち止まって景色を見ていた。
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壱七丁目は欠けている。
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最後は一気に登り、登山口から25分で登頂。
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(拾八丁目)

峯への分岐の標識。
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これは古い道標。赤沢バス停にも下れるようだ。
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頂上にある金剛山神社に略式参拝。
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明治30年4月11日に、杉の集落をほぼ焼き尽くす大火があってから、この日を例大祭の日と定め、栃木県の古峯神社に代表者が参拝して、地域の安全を祈願するようになった。
その際に祈祷を受けたお札をここに納札する習わしが続いているという。
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ここも金剛山だが、さっきの金剛山とは、どう区別しているのだろう。
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頂上には母親と息子らしき2人組が先客として来ていた。
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息子さんの方はビールを飲んでいた。

私ももう一つのベンチに腰掛け、お昼にする。
さっきのおばさんの分は場所を空けておいた。
ここは残念ながら全く眺望がない。
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でもまあいいや。

かなり汗をかいたが、ウインドシェルのままで十分ぽかぽかで、汗が冷えるどころか乾いてしまった。
昼食は、おにぎり1個と即席のみそ汁。
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お湯は山専ではないので少しぬるくなっていたが、まあ大丈夫。
おにぎりはもう1個あるが、藤野駅前の風里で何か食べる予定なので、少な目にしておいた。

おばさんが到着したが、ベンチに腰掛けず、丸太に腰掛けているので、「どうぞこちらにかけて下さい」と声をかけたが、遠慮していた。
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「さっき、午前中に山梨に入ってきたって、おばあちゃんと話してましたよね」と聞くと、「山梨に詳しい人に、要害山に連れて行ってもらったんだけど、物足りないのでここにも来ちゃった」のだという。
ご自身も、ふもとに住んでいるんだそうだ。
だから、あのおばあさんとも知り合いだったのか。
あのおばあさんは時々一緒に登ったりしていたが、ここ最近ぱったり来なくなったので、どうしたのかと心配していたら、今日ばったり会って安心したと話していた。

私はお昼を早めに平らげて、次の目的地目指して出発した。
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さっきの分岐は右折。
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大岩を越えて、金剛山を振り返る。
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京塚山の向こうに権現山(1312m)。
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すぐに峯(423m)への分岐に着いた。
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ここで単独男性とすれ違った。

この分岐に貼り紙があり、「片道5分の寄り道をしませんか」と呼びかけている。
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なんと峯のほかに「八坂山」という山があるらしい。
運がよければ、富士山や農鳥岳も見えるという。

5分でもう1座稼げるなんて、行かないわけがない。
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標識通り、1分で峯の山頂に到着。
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今日歩いてきた山々が一望。西が全面に切り払われていて、確かに素晴らしい長めだった。
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右が京塚山。その手前は芝田集落。中央の突起は御前山(484m)。その右奥が扇山(1138m)。左は金剛山(456m)。その奥に高柄山(733m)。

黒いのは今登った金剛山(420m)。
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午前中に登った金剛山(456m)。
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御前山と扇山。御前山の向こうは滝子山(1590m)。
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京塚山。
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手前から中央道、鷹取山(472m)、三頭山(1531m)。
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三頭山のアップ。
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中央は生藤山。右の最も高いピークは茅丸(1019m)。
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満喫したところで八坂山(420m)に転進。
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数分で到着。でも山名板がなかったので、この貼り紙代用させてもらった。
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丁寧な山座同定がなされていたが、今日は少し霞んでいるので、南の展望がとくにはっきりしなかった。
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お馴染み御前山あたり。
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残念ながら富士山も農鳥岳も今日は見えなかった。
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すぐ引き返す。
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峯にはご覧のような展望ベンチがあった。
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もう1枚だけ、峯で復習。
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というわけで、次は日連山(約385m)を目指す。
峯分岐に戻ると、さっきのおばさんがメールをしていた。

稜線は軽いアップダウン。
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すぐに杉峠に到着。
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ここで右折すると鉢岡山(460m)に行けるらしい。でも、さすがに今回はパス。
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こんなところでも熊の目撃情報ありだと。
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祠を過ぎて、登りに転じる。
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杉峠を振り返っておいた。
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(つづく)
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京塚山・金剛山(3)

【2017年1月29日(日)】京塚山・金剛山
11:13、今日のメインのひとつ金剛山(456m)に着いた。
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南が開けていて大室山(左、1588m)から道志山塊が望める。
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山頂にあった祠には賽銭がいくらか。
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北側も開けていて、ここからも上野原市街を俯瞰することができた。
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さっき、鶴島金剛(491m)でゆっくり休憩したので、ここは撮影だけで通過。
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すぐ先の道の脇にも祠があった。
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間もなく、418m標高点に着いた。
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「見晴し台」という標識があったが、これは一般名詞とみなし、「登った山」には加算しなかった。
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「前金剛見晴らし台」なんて名前が付いていたら、昇格させたけど。

ここからも南側に檜洞丸(左、1601m)から犬越路を経て大室山の稜線を望めた。
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見晴し台の先は急降下。
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天神峠に向けてどんどん下っていく。
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今日のコースの中では珍しく、ひたすら歩く感じ。
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でも、とても歩きやすい。
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終盤はコンクリートの階段。
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これもわりと長く続く。
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車道に出たところが天神峠。
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見晴し台から10分で着いた。
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車道を少し歩いて、対岸の登りに取り付く。
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そこに妙な注意書きが。
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「平成26年の大雪と激しい降雨の影響もあり、通行の安全を最優先として」、26年7月から通行禁止だそうだ。なんと、秋山川橋も通行禁止区間の中に入っている。
もう1年半も経っているが、相模原市は今まで復旧もせず放置したままなのか。
書き方からすると、それほど深刻な土砂崩れではなさそうな印象を受ける。
橋も落ちているわけではないだろう。
強行突破するか、それとも迂回するか。
地形図を見てみると、一応迂回路は設定できるが、かなり遠回りだ。
近くまで行けば、また通行止めの看板があるようだが、とにかくそこまで行ってみてから決めることにした。

鉄塔のある次のピークは巻き道もあったが、そちらはあまり使われていないようなので、ピークまで登ってみた。
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振り返ると、金剛山。
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間もなく、鉄塔ピークにたどり着いた。
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するとベンチがあって、「高倉見晴し」の看板が立っている。
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苦労してわざわざ登ってきたし、これは固有名詞なので「登った山」に算入することにした。
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標高は約365m。
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ここは休まずに通過。
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すぐ次のピーク、高倉山(379m)を目指す。
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鞍部から葛原(とづらはら)への道が通じている。
DSC_5163_2017020822002438c.jpg
通行止めを迂回するなら、高倉山からここまで戻って来なければならない。

途中、「山の目」なるモニュメントの入口があった。
DSC_5164_201702082200267ed.jpg
遠くから見えていたのを写真に撮るのを忘れたが、山の斜面に大きな「目」があるのだ。

近くからは、こんなふうに見えた。
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間もなく、高倉山に登頂。
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三等三角点があった。
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ここもそれほど面白くないので、そのまま通過。

さっきの警告に従うなら、葛原経由で秋川橋を渡って次の金剛山(420m)を目指すことになるのだが、やはり強行突破する方向で考えている。
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この先、ほぼ平らで実に気持ちいい。
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これを歩くなと言う方が無理と言うものだ。
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素晴らしい道である。
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しばらく行くと、また別の「見晴し台」に出た。
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ここに再びさっきと同じ警告。
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無視して進む。
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すると、どんどん下っていくが何の障害もない。
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正面に金剛山が見えてきた。
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整備された階段をぴょんぴょん下る。
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途中から左に屈曲して、トラバースに入った。
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今のところ、とくに危険箇所は見当たらない。
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谷の通過も安定している。
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ここはくぐるが障害のうちには入らない。
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細いところには、ちゃんとクサリまで用意されている。
ここは崩落によるものというより、もともとこういう道だったという印象だ。
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日陰の沢は凍っていた。
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今の箇所を振り返ってみる。
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細いトラバースは終了。
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手すりのある広いトラバースに転じた。
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さらに進むと、最近はあまり歩かれていないからか、木の枝が散乱しているような場所もあったが、これは通行禁止にする理由にはならない。
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ようやく橋の直前まで来て、手すりが傾いていたり、足場が悪かったりする場所が出てきたが、ここもその気になれば、あっという間に片付けてしまえるだろう。
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これを2年間も放置していたら、本当に荒れて歩けなくなってしまう。
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早急に復旧すべきだと思った。
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秋山川橋は何の問題もなかった。
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あちらは、また別の遊歩道。
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ここから見る秋川の清流がとてもきれい。
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上流の方角。
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この橋は1978年の竣工だった。
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橋を渡り終えると、急登が待っていた。
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途中まで来て、「あれ?」と思い地形図を見直すと、道は川沿いに下流に通じている。
しかし、橋のところにそんな道はあった記憶はない。
一瞬戻って川沿いの道を探そうかと思ったが、半分近く登ってきているし、この道は正規の道のようだし、このまま登ってしまうことにした。
標高差は70mほどあって、かなりきつかった。

車道に出ると、「通行止め」のバリケードが倒れていたので、立て直しておいた。
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でも早急の復旧を望むものである。

県道を藤野方面に下りながら、金剛山への登り口を探す。
途中、「大和屋」というこぎれいな中華屋さんがあったが、やっぱり入るのは止めた。
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お客さんがわりとたくさんいたので、汚い格好をしている私が入っては・・と尻込みしてしまったのだ。
まだ、そんなにお腹が空いていなかったというのもあった。

杉西バス停通過。
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左手に京塚山(359m)。
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相模原市のマンホールは市の木ケヤキをイメージしている。
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山口原バス停も通過。
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北面の山腹には大きく火の用心の看板が掲げられていた。
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杉の集落と中央奥に陣馬山(855m)。
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生藤山(990m)。
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車道を10分ほど歩いて、やっと金剛山バス停に着いた。
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(つづく)
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京塚山・金剛山(2)

【2017年1月29日(日)】京塚山・金剛山
3つの山を制して、一本松山(337m)に到着。
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すぐに通過する。
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感じのいい山頂だったが、ここにベンチがないのは不思議だった。
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下る途中に防火用水。
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終盤はコンクリートの階段だった。
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登山口近くの様子。
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数分で車道と合流した。
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しばらく車道歩き。
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一本松山を振り返る。
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高台にある忠魂碑への階段に忠魂の歌碑。
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間もなく、シュタイナー学園のバス停前を通過。
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ここはシュタイナー教育を実践している日本に7つある学校のうちの一つだ。
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この学校の設立に関わった早稲田大学名誉教授の子安美知子さんとは、随分昔にお会いしたことがある。
なんと俳優の斎藤工はここの出身だった。
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学校の向かいに馬上誉策氏の頌徳碑があり
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包丁岩なる看板があったので覗いてみた。
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これのことだろうか。確かに包丁の刃のような鋭い尾根だ。
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その向こうにもユニークな山岳景観が広がっていた。
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左はさっき一本松山からも見えた御前山(484m)。中央に扇山(1138m)。

左奥に見えるのは高柄山(733m)。
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上野原市街の向こうは権現山(1312m)。
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左奥の三頭山(1531m)と笹尾根。
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ベンチがあったので、1分ほど腰掛けて休憩した。
病み上がりなので休み休みを旨とする。

歩き出すと、今度のアートは斉藤史門作「庵(いおり)」。
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続いて、原智作「FLORA・FAUNA」。
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左手には杉集落方面の金剛山(420m)。右奥に石老山(702m)。
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右手に、「ばぁばぁの手作りお店」。今日はお休みかな。
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向原の集落に入ると、大黒屋というレトロな商店があった。
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もう自販機だけの営業になっている感じだ。
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向かいに「御衣黄(ぎょいこう)」という看板。
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この時点では、サクラの品種のこととは知らず、通り過ぎてしまった。
そう言えば、となりに桜の木があったかもしれない。

正念寺も葛原神社も参拝は省略して通過。
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加藤義次作「羅典薔薇」。
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すぐ先の分岐を右に入る。
中瀬康志作「球体」。野外環境アートでは、これが一番気に入った。
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坂を登って、高台らしいところに出た。
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右手には、上野原市街の向こうに丸山(1098m)。右の低山は能岳(543m)。
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間もなく金剛山(456m)の道標が出てきたので、これに従う。
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ここは「散策マップ」があちこちに掲げられている地区だけあって親切だ。

向原の集落と京塚山(359m)。
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左奥は陣馬山(855m)。その右手前が一本松山。
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アップにしてみましょう。
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金剛山への登り。
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階段もあって、かなりきつい。
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しかも長いので、ゆっくり登る。
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金剛山は「尾根を左」のはずだが、右にも眺めの良さそうなピークが見える。
地形図を見ると、道の表示はないが行けそうな感じだ。
標高は491mで、この稜線では金剛山より高い。
おそらく山名はあると期待して、ちょっと遠いが寄り道してみることにした。
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鞍部直前の手すりはガードレールの転用。
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尾根の鞍部に着くと、道は左に曲がっているが、右も通行止めになっているわけではない。
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踏み跡というより、しっかりした道があった。
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一つ目のピークに登り、こんなに早く着くわけながいと地形図を見直すと、あと2つピークがあった。
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気を取り直して、前進。
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最後の急坂は滑りやすかったが、ロープがしっかりと張ってあった。
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分岐から10分で491mピークに到着。
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「鶴島金剛」という山名が木に巻き付けてあって、うれしかった。
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こんなに苦労したのに何もないとがっかりだもの。石祠にお礼。
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実は本日の行程では、ここだけが山梨県。
さっきの鞍部が実は県境だったのだ。

とにかくここは上野原方面の景色がいいので、眺望を楽しむ。
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扇状地に展開する上野原市街。
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上野原駅も確認できた。
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ちょうど特急あずさが通過して行った。
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笹尾根の向こうに御前山(1405m)。
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西にはメイプルポイントゴルフクラブの向こうに扇山。
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南東には石砂山(578m)。
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頂上の巨石群のうちの一つに腰掛け、本格的な休憩とする。
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ここまで数回腰を下ろす機会はあったが、2時間半近く、ちゃんと休んでいない。
ロイヤルミルクティーとキットカットでエネルギーを補給した。

飲み終えたところで南側の眺望を確認。
真南に大室山(1588m)。
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檜洞丸(左、1601m)と大笄(右)。
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袖平山(1432m)。
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南西には菜畑山(1283m)。
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南の方角の全景。今日は先週に比べると随分霞んでいる。富士山も見えなかった。
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その右に高柄山。
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最後に上野原近くの相模川。
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20分ほど休んで出発。
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急坂なのでロープにつかまって、転ばないように。
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ここをクリアすれば安心。
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のんびり引き返す。
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さっき、ピークだと勘違いした場所。
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結構広い。
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分岐には11:10に戻ってきたので、ここの往復に35分かかった。
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京塚山も含めると、1時間20分寄り道した計算になる。
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今日は予定よりかなり時間がかかってしまいそうだ。

金剛山は分岐から、ひと登り。
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ここも藤野町十五名山だった。
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眼下に見えた建物は一瞬何かと思ったら、ふじの温泉病院&東尾垂の湯だった。
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あんな崖っぷちに建っていたとは。
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(つづく)
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京塚山・金剛山(1)

【2017年1月29日(日)】京塚山・金剛山
インフルエンザのため4日間、会社を休んだ。
金曜日にやっと出勤して1週間分の仕事を片付け、週末は出勤しなくて済んだが、病み上がりなので、土日は家で大人しくしようと思っていた。
土曜日はそうしたのだが、随分元気になったので、日曜日はリハビリを兼ねて、ちょっと出かけることにした。
前の週と同じ山域だが、藤野駅から2つの金剛山を周遊するコースである。
標高も500m以下でそれほど高くないし、近いから足馴らしにちょうどいい。

前夜は早く寝たので、当日は朝5時前に目が覚めてしまった。
というわけで、6:40に家を出発。
駅前のコンビニで朝食と昼食を調達し、6:59新所沢発の電車に乗った。
国分寺の乗り継ぎ時間が11分もあったので、ここで多少体重を減らす。
高尾で普通甲府行きに乗り換えて、定刻通り8:22に藤野に着いた。
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ここに来るのは、高校の同期「富士山登山隊」と来て以来だから、わずか2か月ぶりだ。
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帰りには、今回は一人だけど、また「風里」に寄ろう。

念入りにストレッチをして、8時半前に歩き始めた。
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旧藤野町のマンホールは町の花フジ。
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所沢を出た時は厚い雲が垂れ込めていたが、少しずつ青空が覗き始めている。
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病み上がりなので、今日は努めてゆっくり歩く方針だ。
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正面の山には、ラブレター風のオブジェが目を引く。
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国道20号を渡り、まずは相模川にかかる弁天橋まで下っていく。
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橋詰めには「芸術の道」ということで、作者が母国カナダの雁を意識したというカナダ雁。
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弁天橋から見た相模湖。
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これは西側。釣り舟の姿もちらほら見られた。
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橋を渡ると登りになる。舗装道路だが、一生懸命登らないよう気をつけた。
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登り切ると県道に突き当たる。
町のあちこちに野外環境アートがあるらしい。
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そこに付近の散策案内図「藤野・なぐら地区てくてくまっぷ」があったので見てみたら、なんと「山と高原地図」には載っていない山が2つもあるではないか。
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当初、最初に行こうとしていた一本松山(337m)へ行く前に2つともゲットできそうなので、先にそちらに行くことにした。
地図はスマホに記録させた。

県道を右へ100mほど行くと、右手にホルモン焼きの梅ヶ枝という店があり、その前を左に入る。
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すると、「←古峯山」の看板があった。
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すぐに遊歩道となる。
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ここでゴミを1個拾ったが、その先にも随分落ちている。
これはキリがないなあと思っていたら、すぐ横にゴミ捨て場があり、そこから風で飛んできたものと思われた。
さすがに、ここのゴミ拾いはパスさせてもらった。

しばらく行って右折。
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谷沿いに登っていく。
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すぐ温かくなってきたのでダウンをウインドシェルに着替えた。
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今日は3月並みの陽気になる予報だ。

枯れ葉の積もった急坂を登る。
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尾根に出ると、楽ちんな道。
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なだらかに登っていく。
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たぶん、あそこが古峯山(約305m)。
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右手には最初に登るつもりだった一本松山が見えた。
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遊歩道に入ってから15分ほどで古峯山に着いた。
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ベンチがあり、眺望も得られた。
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相模湖の左奥に城山(670m)、手前左は日連大橋。
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ここに石祠があったので、財布に残っていた小銭すべてを出して、安全祈願。
3円しか残っていなかったが、神様はちゃんと見守ってくれるだろうか。
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それを信じて出発。
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スズタケの道を進む。
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まもなく、京塚山(359m)方面と名倉峠方面との分岐。
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こんなささいな分岐にも休憩用のベンチがある。
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あとでここまで戻ってきて、名倉峠方面に行くが、まずは左の京塚山へピストン。
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右手に防火用水。
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尾根に乗ったら左に屈曲。
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頂上かなと一瞬思ったニセピーク。
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土管ピークと呼ぶことにした。
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右手に先週登った石砂山(578m)の双耳峰が見えた。
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クサリの手すりがある最後の急登。
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分岐から10分ほどで京塚山に着いた。
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大きなベンチがあり、石碑も二つ立っていた。
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ここは藤野町十五名山の一つだった。
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この日はこの後2座巡ったので、十五名山は11座制覇したことになった。

ここにも古峯山と同じ石祠があった。
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ちょっくら散策路なるものが。
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南に展望が広がっている。左の双耳峰は石砂山。その右は北丹沢。
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左が焼山(1060m)、右が黍殻山(1273m)。
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中央は先週登った峰山(570m)。その左奥が黍殻山、右奥が袖平山(1432m)。
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西には秋山川をはさんで金剛山(420m)。その奥に石老山(702m)が見える。
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ここに烏帽子岩があったことを示す記念碑。
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その隣には八木沢の記念碑。
烏帽子岩に人々が集まって八木沢(ヤンシャア)と呼ばれる祭りをしたことが書かれていた。
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いずれも石楯尾神社の宮司が昭和63年に建立したものだが、独特の文体で意味が取りにくかった。
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この丸い岩は烏帽子岩とは関係ないようだ。
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ほんの少しベンチに腰掛けてから、来た道を引き返す。
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復路の土管ピークは巻き道を選んだ。
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あちこちに伐採の跡もある。林業ではなく景観伐採か。
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分岐には20分ほどで戻ってきた。
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左に折れて、一本松山に向かう。
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だいぶ天気が回復してきた。
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この先、道は小さなピークを巻いているが、さびついた道標がピークを指している。
目を凝らしてみると、「坊主山」の字が何とか読み取れた。
「え、もう一つ稼げるの?」と期待して、道を外れて登ってみた。
すると頂上の木にテープを巻き付けて、「坊主山」の字が書かれていた。
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うれしい。なんと予定外に3座も稼いでしまった。
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反対側を下ると、さっきの巻き道に合流。
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こちら側のさびさび道標の方が判読しやすかった。
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こんなところ誰も来ないだろうと思っていたら、トレランの二人が走ってきた。
立ちションしてなくてよかった。

今度の分岐では「一本松 こかげ山」の文字もある。
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ちょっと、また色めき立ったが、欲張らず、「こかげ山」を探したりはしないようにした。
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素直に一本松山に向かい、すぐに登頂。三角点があった。
DSC_5051_201702071945070b3.jpg
時刻は9:46。真っすぐここに来ていたら、9時には着いていただろうから、45分ほど余計に歩いた計算になる。

西に特徴的なとんがり山が二つ。左の大きい方は御前山(484m)だ。
DSC_5053_201702071945090e6.jpg
あそこには3年前に登ったことがある。

(つづく)
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