山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

2016金峰山(2)

【2016年5月5日(木)】金峰山
鷹見岩(2093m)で眺望を堪能中。
八ヶ岳を望遠で見ていこう。
左から編笠山(2524m)、三ツ頭(2580m)、権現岳(2715m)、旭岳(2672m)。
雪がもうほとんどない。
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主峰赤岳(左、2899m)と横岳(右、2829m)。
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なだらかな硫黄岳(左、2760m)と双耳峰の天狗岳(右、2646m)。
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眼下に目を転じると、民宿の有井館を確認できた。
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南西には斑山(1115m)。
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そのさらに奥には、甲斐駒が岳(右、2967m)とまだ真っ白な仙丈ヶ岳(左、3033m)。
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小仙丈沢カールの形もよく分かった。

南アルプス全景。
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左手前は金ヶ岳(右、1764m)と茅ヶ岳(左、1704m)。
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それらを望遠で。
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鳳凰三山の向こうは白峰三山。右から北岳(3193m)、間ノ岳(3190m)、農鳥岳(3026m)。
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その左に、荒川三山(右、3141m)と赤石岳(左、3121m)。
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さらに南には聖岳(3013m)。
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南の方角。奥の三つのピークは、右から曲岳(1643m)、升形山、黒富士(1633m)。
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チョキ(1884m)のはるか向こうに毛無山(1964m)。
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そして名峰富士。裾野までくっきり見える。
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ひと回りして再び金峰山(2599m)。
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五丈石はこの角度からだと随分傾いて見える。

そして、目の前にど迫力の大日岩。
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この岩の全容を見るなら、ここしかないだろう。

他の山にあったら名前が付いていたかもしれない岩峰群。
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最後に瑞牆山(2230m)の超アップ。鋸岩が鋭く屹立している。
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そうそう鷹見岩自体を押さえておかなくては。
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いやあ、大満足。カフェラテでも飲んでのんびりしたいところだが、本日の行程は長い。
まあ、下るとしよう。
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帰りは分岐まで10分かからなかった。
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撮影に10分近く費やしたので、所要時間は30分ほどだったが、往復するだけなら20分で済む。
「山と高原地図」も、ここは修正要検討箇所だ。

登山道を大日小屋に向かう。
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大日小屋への道は地形図の表記とは随分ずれており、実際は線より50mほど下を通っている。
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7分ほど歩くと大きな岩をすり抜ける。
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すると、右下に大日小屋の青い屋根が見えた。
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早速、下りてみる。
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その前に水場も確認。
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小屋はいわゆる丸太小屋である。
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中は意外に広い。土間ではなく板の間で、寝床にはゴザが敷いてあった。
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ここは無人小屋だが、有料。管理は富士見平小屋がしているようだ。
貼り紙に「岳人らしい良識をもってお使い下さる様」呼びかけている。
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裏にトイレがあるようなので、そちらも偵察。
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ほぼ板を切ってあるだけだ。
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ここに泊まることも以前は検討したことがあるが、夜はやはりちょっと怖いかもしれない。

小屋のすぐ上にある巨岩。これは大日岩ではない。
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テン場は少し上にあった。
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さて、次の目標はその大日岩だ。道標によれば、あと30分。
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また樹林帯の中に入っていく。
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その前に振り返ると、鷹見岩が見えた。
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あそこも結構切り立った場所だったんだなあ。
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道には、ひと抱えもある岩がゴロゴロしている。
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クサリ場まであってびっくり。
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すれ違ったカップルは慎重に下っていた。
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結構険しいではないか。
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大きな岩を回り込んで、ぐいぐい標高を上げる。
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小屋から大日岩まで標高差200mもある。
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20分ほど登ると、展望が開けた。
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鷹見岩がさっきよりしっかり見える。背後は甲斐駒。
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南アルプス。
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飯盛山と八ヶ岳。
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ここは大日岩の基部だったようだ。
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ここからまたクサリの登りがあるが、それほど問題はない。
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むしろ展望が素晴らしくて、ついつい何度も止まってしまう。
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鷹見岩も、さっき登った本当の頂上が見えてきた。
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やはり、ここは眺望がいいので絶好の休憩場所のようだ。
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大日岩は見上げると、こんな風になっている。
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ここを登るクライマーもいるのだろうか。
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なんか登れそうな気がする。
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青年もひと息。
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眺めているのは、この大パノラマ。
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間もなく、大日岩の鞍部にたどり着いた。
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写真には写っていないが、ここで山慣れした感じの高齢男性が休んでいたので、尋ねてみた。
「この岩は頂上まで登れるんですか」
「登れるよ」
「どこから登るんでしょう」
「そこ。印があるよ」
「ああ、そうですか。ありがとうございます」

指示に従い進んでみると、○印が出てきた。
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このあたりにザックをデポして登攀する。

右手には金峰山の頂上が近い。
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千代ノ吹上はまさにいま崩れんとする波頭のようだ。

頂上付近の景観も実に独特である。何度見ても飽きない。
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このあたりの山域にはあちこちに奇岩があって面白い。
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よ~し、まだまだ登れるな。
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登るに従い、眼下に鷹見岩の全容が見えてきた。
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こちらの方が100mほど高い。

これは同じ尾根の南側の岩塔。
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この穴をくぐっても八丁平の方へは行けないと、直前に覗いたブログに書いてあった。
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でも、探検として行ってみる。
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すると、正面に小さな「大日岩」と小川山が望めた。
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瑞牆山は神の作品としても上位にランクされるだろう。実に見事だ。
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八ヶ岳と飯盛山(2116m)も仲間に入れてあげましょう。
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鷹見岩と南アルプス。
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大日岩とのコラボをいくつか。
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でも、ちょっとこれ以上は登れないかな。風も強いし。
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でも、「登った山」には加えることにする。

(つづき)
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2016金峰山(1)

【2016年5月5日(木)】金峰山
ずっと気になっていた小川山(2418m)。
金峰山(2599m)の千代ノ吹上ルートとセットで登るコースを折りにふれて考えていたのだが、いいコースを思いついた。
瑞牆山荘から大日岩(2201m)経由で金峰山に登頂。廻り目平方面に下りて、金峰山荘に宿泊。翌日、小川山に登り、八丁平経由で瑞牆山荘に戻る。
これだと八丁平から小川山へのピストンや、大日岩から金峰山へのピストンをしなくて済むし、周回コースなので車で現地入りできる。
問題は、金峰山から廻り目平までは3年半前に往復したことがあるコースなので、完全にダブりになってしまうこと。
でも、あの時は冬だったので景色が全く違うはずだから、それほど気にならない。
むしろ懐かしいくらいだ。
下界の宿に泊まって風呂に入れるのもありがたい。
6日(金)に休みを取り、5~6日の日程で行くことにした。
そうすれば高速の大渋滞も避けられるし、宿も空いているはずだ。
予約をしたのは直前だったが、案の定空いていた。
というわけで、5月5~6日の1泊で、金峰山・小川山の縦走に出かけた。

5日は朝4時に起床。4:20に出発。素晴らしい天気だ。
今年はGWを通じて、基本的にずっと好天に恵まれた。
3日夜から4日午前にかけては雨の予報だったので、4日は出勤にして山は休んだのだが、4日も朝のうちに止んでしまったので行こうと思えば行けたのだった。
会社の窓から、晴れ上がった空をうらめしく見ていたのだが、さすがに平日の2日も6日も休んでいるので、この日くらい仕事をしないと帳尻が合わない。

談合坂のあたりからは正面に扇山(1138m)がよく見える。
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もう5月ともなれば、低山はすっかり緑に染まっている。

続いて滝子山(1620m)。
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うまく撮れなかったが、富士山もたっぷり純白の残雪を輝かせていた。
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随分前のことになってしまったので、よく覚えていないのだが、釈迦堂SAで30分ほど仮眠した気がする。

ひと月ちょっと前に走った道を瑞牆山荘に向かう。
当然ながら、もうすっかり雪は解けていた。

7時半前に山荘前に到着。
駐車場はやはり満車で、造林記念碑の後ろの路肩にかろうじて駐めることができた。
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軽くストレッチを済ませて、7:40に出発。
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富士見平山荘までは、3月20日に瑞牆山に登った時と同じルートをたどる。
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初夏のさわやかな朝。少し肌寒いほどだ。
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さすがに登山者が多いが、明日は平日なので、ほとんどの人が日帰りだろう。
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ひと月ちょっと前に歩いたばかりの道なので、そんなに写真を撮らなくてもいいから気が楽だ。
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と言いつつ、それなりにはシャッターを押してしまう。
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林道と交差するあたりになると露岩帯が現れる。
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ここで林道を横断。
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この先は階段状の急登だ。
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重装備の単独男性を見かけ、声をかけた。
「(奥秩父主脈)大縦走ですか?」
「いえ、金峰山と瑞牆山です。ですから、テントは富士見平までです」
「ああ、そうですか。気をつけて」
以前、GWに甲武信ヶ岳に登った時、3泊くらいで縦走している人を見かけたことがあるので、そんなのを想像してしまった。
でも、富士見平を拠点にして、金峰山と瑞牆山の百名山2座を登るという人はかなり多いようだ。

巨岩を横目に高度を上げていく。
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里宮神社の肩に付くと、正面に瑞牆山(2230m)が見える。
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カラマツの葉っぱが萌え出して、3月に来た時よりは見えにくくなっていた。

ここから少し斜度がゆるくなる。
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ちょっと、林道の終点に寄り道。
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やはり、富士見平小屋の車とおぼしき軽自動車が駐車してあった。

大きなケルンを通過して、登山口から35分ほどで富士見平に到着。
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その名の通り、今回はちゃんと富士山を見ることができた。
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あたりはやはり、色とりどりのテントで覆い尽くされていた。
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小屋の中には入らなかったが、ベンチに座って5分ほど休憩。
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なんだか、ここはいい所だ。

さて、ここから金峰山への道は、私にとって未知のルート。
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気を引き締めて歩き始める。
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振り返ると富士見平小屋。この角度で見るのは初めてだ。
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このあたりが、昭和58年に小屋番による登山者殺人事件が起こった現場だ。
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静かに手を合わせて通り過ぎた。
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飯盛山(2116m)を巻いていくのだが、それなりに傾斜がある。
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左手には岩壁がそそり立つ。
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その下には可憐なスミレの花。
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間もなく飯盛山の尾根に乗った。
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地形図の記された登山道は一度も尾根には乗らないのだが。

尾根道はかなりガレている。
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ちょっと風も出てきて寒いので、一度脱いだゴアをもう一度着込んだ。

幅広い道がしばらく続く。
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尾根を100mほど登ったところで、ようやく右へ巻き始める。
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本当は飯盛山もピークハントしてしまいたいのだが、ここから標高差で150m近くある。
最初はよくても後半ヤブにならないとも限らないので、今回はパスすることにした。

原生林の中をトラバースしていく。
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路面は木の根と丸みを帯びた岩の連続。
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傾斜はそれほどでもないのだが
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かなり歩きにくい。
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古い道標はすっかり樹木と一体化していた。
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富士見平小屋から30分ほどで、鷹見岩(2093m)への分岐に着いた。
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ここに若者2人がいて、行こうかどうか逡巡している様子だった。
「地図には往復40分と書いてありますよ」
と声をかけると、「え、そんなに」と驚いていた。諦めたようだ。

私は「登った山」を稼ぐ必要もあり、当然寄り道する。
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地形図では登山道から鞍部まで50mほど下らないといけないように書かれていたが、ほとんど下らないまま登りに転じた。ありがたい。
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鞍部のすぐ先でザックをデポする。
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踏み跡はしっかりしているが、ちょっとシャクナゲがうるさい。
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シャクナゲから飛び出ると、あっけなく鷹見岩の直下に出た。
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クサリでさくっと登頂。

往復40分ということなので登りに25分くらいかかるかと思っていたが、その半分で着いてしまった。
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ウソを言ったわけではないが、青年たちに悪いことをした。

それはともかく、ここからの景色は360度どっちを見ても息を呑むほどだった。
瑞牆山荘から金峰山に登る人はだまされたと思ってぜひ、ここに立ち寄ってほしい。
絶対感動するはずだ。
では、詳しく紹介しよう。
東に、これから登る金峰山方面。
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左の巨岩が大日岩、右奥が金峰山山頂である。

北東に明日登る小川山のなだらかなスカイライン。
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真北にまさに飯を盛ったような飯盛山と、左奥に瑞牆山。
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この角度から見る瑞牆山はまさに正面という感じで、迫力満点。ほれぼれしてしまう。
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その左には八ヶ岳が長大な裾野を延ばしている。左中央の高まりは女山(1734m)。
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女山をアップにしてみよう。北にそびえる男山(1851m)とペアの間柄だ。
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そしてズバリ八ヶ岳連峰。
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手前中央にある横尾山(1818m)も拡大してみよう。
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ここもいずれ登らなければならない。

(つづく)

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ツツジ山(4)

【2016年5月3日(火)】ツツジ山
小築山には、手前の鞍部からものの5分で登れてしまった。
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頂上はわりと広く、平たい。
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この山名板で標高は448mと判明。
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ここから直接麦原集落に下れるようだが、西行杉なるものを見たいので、尾根筋をそのまま進む。
植林の中の下り。
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足元にはクサイチゴの花。
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間もなくT字路に出るので、そこを右折。
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破線の道だが、路面はしっかりしている。
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タブノキの若葉が萌えだしていた。
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倒木を乗り越えた先に
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西行杉が現れた。
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西行が旅の途中、食事をした箸を地面に刺したら、大木に成長したという伝説がある。
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昔は4本あって、うち1本だけ残っているらしい。
でも、それほど大きくはない。
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大楠への道標が、道に落ちていたので、正しい方向に置き直しておいた。
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あとは人里に向かって下るのみである。
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シャガの群落を通過。
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栃久保地蔵への分岐があったが、距離が分からないので、パス。
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ようやく車道に下りてきた。
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舗装道路を越生に向かう。
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沿道にオオジシバリの花。
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こんな標柱があちこちに立っていた。
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あじさい道路との合流地点に、住吉神社が鎮座していた。
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ここに奉納される獅子舞が有名らしい。
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無事下山を感謝して参拝。
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社務所の裏でトイレも済ます。
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手水鉢は日露戦役紀年。
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鳥居をくぐって辞去する。
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ここは村社だった。
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赤坂川沿いののどかな車道歩き。
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ここはあじさいで有名なところらしい。
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でもツツジやモミジも植えているようだ。
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ツツジはもうシーズンを迎えている。
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しばらく歩くと、赤坂小便小僧なるものとの分岐。
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これもパス。あじさい山に行くことがあったら、寄ることにしよう。
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道標がやけに新しい。バス停まではあと1.8kmか。
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赤坂川はなかなかの渓谷美。
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巨岩もゴロゴロしている。
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河原に弁財天が祀られていた。
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あじさい山公園の案内図。シーズンはやはり6月か。
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公衆便所があったので、小用を済ませてから顔を洗う。
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今日は日帰り温泉には寄らずに、まっすぐ帰る予定だから、こういう施設があると助かる。

焼き物の工房がいくつも沿道にあった。
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うち一つは立派な古民家。
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紅葉の時期はまた、きれいに染まるのだろうなあ。
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うわ~これも、美しい!
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そういえば、ここは越生梅林。もう梅の実が成り始めていた。
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アドまちでも取り上げられていた山猫軒。
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おしゃれな薬膳カレーの店があったが、店の前がやけににぎやかだったので通過。
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お腹も空いてきていたし、本当は食べたかったのだが。

越生町のマンホールは当然、梅の花。
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これで、あじさい街道は終了。
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さっきの店は「オクムサマルシェ」というらしい。覚えておこう。
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15:27、麦原口バス停に到着。
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バスの時間を見ると、次はなんと32分。
何というジャストなタイミング!
場合によっては越生駅まで歩くつもりだったから、ほんとにラッキーだ。
次は16:44だから、カレーなど食べなくてよかった。

荷物を整理しているうちに、バスは到着。
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わりとお客さんは乗っていたが、優先席に座ることができた。
15分ほどバスに揺られて、15:51に越生駅に到着。
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16:02発の坂戸行きに乗車した。
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八高線経由でも帰れるのだが、やはり東武線経由が早い。

川越市駅には16:20に到着。
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さすがに小腹が空いたので、本日は山麓酒場としゃれこむ。
以前から、この立ち飲み屋に目をつけていたのだ。
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まずは生で喉を潤す。く~うみゃい。
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そして、おでんなど。
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スマートに20分くらいでお勘定を済ませ、すくっと席を立つ。
ごちそうさま。いい気分です。

最後はおなじみの西武線に乗る。
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午後6時前には帰宅。珍しく9座も稼いだ充実のGW近場山行だった。

【行程】2016年5月3日
正丸駅(9:40)~林道入口(9:57)~三田久保峠(10:16)~コカシアゲ(10:30)~小ツツジ山(11:00)~大都津路山(11:10)~刈場坂山(11:24休憩11:31)~檥峠(12:02昼食12:19)~飯盛峠(12:41)~馬場(13:14)~猿若峠(13:33)~大築山(13:46休憩14:01)~小築山(14:12)~西行杉(14:29)~住吉神社(14:43休憩14:50)~麦原口(15:27)
※所要時間:5時間47分(歩行時間5時間5分)コースタイム5時間40分
※登った山:9座(うち新規7座:コシアカゲ、小ツツジ山、大都津路山、アラザク、丸山、大築山、小築山)
※歩行距離:15.0km

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ツツジ山(3)

【2016年5月3日(火)】ツツジ山
正丸駅からツツジ山(831m)を経由して、飯盛峠に達した。
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ここから左に下って、大築山(466m)に向かう。
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ここにもバイクの走った跡がある。
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富士山に近い三国山でも登山道をバイクで走る人を見たことがあるが、絶対にやめてほしい。

もう一つの飯盛山(約795m)の北側を巻いて、がんがん下っていく。
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こんなマイナーコースでハイカーとすれ違ってびっくり。
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トレランのおじさんも駆け抜けて行った。
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10分ほど下ったところで、いったん車道に出る。
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ここもトレラン大会のコース。私の歩いているコースとどれだけかぶっているのか。
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すぐにまた登山道へ。
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いったん大平尾根に乗る。
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小さなピークを越えて、しばらく直進。
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次のピークに達したら左に曲がる。
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大平尾根から北に張り出した支尾根を一気に下る。
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かなりの急坂だ。
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ヤマツツジがちらほら。
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ここでも一人すれ違った。
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この道はかなりのマイナーだと思うが、さすがGWというべきなのか。

左に見えるのは、檥(ぶな)峠から北東に延びる稜線と思われる。
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いったん道は平坦になる。
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しかし、その先は難所。
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ここをクリアすると旧林道に出る。
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この先は、ずっとトラバース道。
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ここなら、まあバイクの通行も許容範囲かもしれない。
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平らなところに、こんなに植林があると、ちょっと不思議な雰囲気。
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ここは「馬場」と呼ばれる場所らしい。
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植林される前は草原で、山城の馬の練習場だったのかもしれない。
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これは4輪が走ったのだろうか。
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やはり、道を荒らすので、車は通行禁止だね。
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引き続き、なだらかな尾根を巻きながら進む。
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よく見れば、なかなかの美林だ。
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硯水という場所を通過。
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標識はあるが、その由来となったと思われる湧水は見当たらなかった。

それより、なんとバイクの集団がいるではないか。
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これから山に入るのだろうか。
行政はちゃんと通行止めにしていないのか。
それとも彼らの強行なのか。頼むから林道までにしてもらいたいものだ。

しかし、彼らにとっては、こういう道が猛烈に刺激的なのだろう。
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困ったことだ。

私は彼らをかすめて、さらに下る。
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こんな細い道には、さすがに来ないだろう。
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こっちに来たら、苦情を言わせてもらう。

間もなく大築山手前の鞍部に出た。ここから頂上まで標高差100mほど。
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なかなか道が複雑である。
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左へ下ると、椚平に出るらしい。
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当方は当然ながら直進。
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少し登るだけで、左手に椚平集落が見えてきた。
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振り返ると、円錐形の547mピーク。
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ここは巻いていたので登らなかった。

ひと登りで、椚平部落一望見晴台に出た。
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確かに一望できる。
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山村の眺めは、なぜか心癒される。
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中央は770mピーク、その左はさっき登った丸山(三本檥、833m)と思われる。
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いよいよラストスパート。
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傾斜が収まったら、そこはもう頂上。
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13:45ごろ、大築山に登頂した。
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左に二つの飯盛山、右に丸山が見える。
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これが二つの飯盛山のアップ。
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椚平集落も俯瞰することができた。
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ここで腰を下ろして、ひと休み。
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でも、スズメバチが攻めてきたので、早々に退散。
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少し東に進むと、北側の展望も開けた。
左はおそらく新柵山(490m)。
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右はひと月ほど前に登った弓立山(427m)。
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奥は雷電山(418m)。
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ここは城山と呼ばれるだけあって、中世の山城だった。
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北条氏の家臣、松山城主上田朝直が慈光寺を攻略するにあたって築城したものと考えられている。
山頂近くには土塁や空堀、曲輪の跡が残されていた。
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山城の雰囲気を味わいながら下山。

鞍部まで下りてきた。
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モロドの郭なるものが、この先3分とあるが、逆方向なのでパス。
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寄り道せず小築山に向かう。
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(つづく)
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ツツジ山(2)

【2016年5月3日(火)】ツツジ山
正丸駅からツツジ山への稜線を歩いている。
大ツツジ山(現地表示は「小都津路山」)から20mほど下る。
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その先はしばらく平らな道。
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茶色いスギの枯れ葉のじゅうたんも少しずつ、緑に変わりつつあった。
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刈場坂山(879m)への登りに転じる。
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このあたりは、赤いチャートが露出していた。
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標高差は大ツツジから50m弱。
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足元にはニガイチゴの花が朝露に濡れていた。
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途中、若干展望が開け、武甲山(1304m)が霞んで見えた。
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丸太のベンチがあったが、ここは休まず通過。
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はい、もうひと踏ん張り。
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正丸駅から45分ほどで、刈場坂山に到着した。
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山名板には「ツツジ山」とある。
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しかし、「ツツジ山」とは、さっき通過した「大ツツジ山」のことか、大小のツツジ山の総称のことなので、これは誤表記。
2014年版の「山と高原地図」には、「横見山(二子山)」と書かれている。
一方、吉備人出版の「奥武蔵登山詳細図」では「刈場坂山(刈場坂峠ノ頭)」となっており、「横見山」は刈場坂峠の西の小さなピーク(860m)を指している。
総合的に判断して、ここは「登山詳細図」に軍配を上げることにした。
つまり、ここは「刈場坂山」である。
地図によって表記が異なり、現地の表示も異なるという、非常にややこしい事態になっている。現地の方々の善処を望む次第である。

ここでは老夫婦が腰を下ろして休んでいた。
私も一服することにする。
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お昼にはまだ早いので、行動食のチョコを1,2個ほおばる。

ここからは、東に奥武蔵グリーンラインに沿った稜線のピークのひとつ、丸山(833m)が望めた。
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7分ほどで出発。
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右折して、檥(ぶな)峠の方へ下っていく。
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このあたりも気持ちのいいハイキングコースだ。
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いったん奥武蔵グリーンライン(車道)に出る。
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すると、そこにはこんな貼り紙が。
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なんとトレラン大会が8日に開催とな。ぶちあたらなくて、よかった。

今日自分が歩いているコースはトレランのコースとかなりかぶっているようだ。
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危ない、危ない。

奥武蔵グリーンラインは以前にも書いたが、大学時代、自転車部の練習でよく走った懐かしい道だ。
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最初に走ったのも確か5月だった。今日も新緑がとてもきれいだ。
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通行量はGWにしては少な目の印象だったが、自転車やバイク、車が時々通り過ぎて行った。
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数百mほど車道を歩いてから、左のハイキングコースに入る。
DSC_8184_20160529063829ac9.jpg

すぐに小さなピーク(820m)に達した。
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ここは旧刈場坂峠のようだ。
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帰宅してから、「登山詳細図」を確認したら、このピークにはアラザクという地名が付いていた。
当然、「登った山」に加算。どうせ山名板などないだろうとスルーしなくてよかった。

しばらく平らな道を進む。
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すると、100mほど先に「820m」の手書き表示。
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ここが、地形図に言う820m標高点なのかもしれない。

植林の中を下り、再び車道に出る。
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そして、またすぐ、登山道へ。
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結構な登りではないか。
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でも、すぐに頂上(833m)。
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道標はあるが、残念ながら山名板はない。
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トレランコースを示す矢印と黄色いリボンが続くだけだ。
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でも、これまた「登山詳細図」を見ると、「丸山(三本檥)」という名称が付いている。
ありがたい。また1座稼げた。

山頂を右折して檥峠に向かって下る。
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峠のやや高い位置に、石田波郷の句碑があった。
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「万緑を顧るべし山毛欅(ぶな)峠」
昭和18年5月、文学報国会のハイキングで檥峠を訪れた波郷がここの展望に魂を奪われ詠んだ句だそうだ。

万緑したたるいい季節だが、今は展望はほとんどきかない。
昭和50年5月、むさし野俳句会の建立である。
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句碑の前に古びた道しるべがひっそりと立っていた。
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これが正面。「子」とは何だろう。
干支の方角だと「子」は北だが、これは南を向いている。
よく見ると、下部が剥離しているので「子ノ権現」かもしれない。

側面と背面にも地名が刻んである。
まず背面は、「此方 志こうし」
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都幾川の慈光寺のことだろう。

左側面は「?方 ちゝふ一●ん目」。●は「不」か「本」か。
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「不」なら「秩父一分目」。「一分目」とは聞きなれない表現だ。意味はよく分からない。
「本」なら「一本目」。秩父札所一番の意味になるだろうか。

右側面の「此方 たか山ふどう」は分かりやすい。高山不動だ。
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いつの建立かは分からないが、江戸時代までさかのぼるような気がする。

さて、ちょうど正午だ。
ここでお昼にしよう。本日はめずらしく助六寿司である。
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峠を行き交う車や自転車を眺めながら、15分ほどのんびり過ごした。

食べ終わると同時に活動開始。
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奥武蔵グリーンラインについて、おさらいする。
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そして、ここは檥峠。
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この字はむずかしい。ブナは普通「橅」か、波郷が詠んだ通り「山毛欅」が普通だ。

ここから椚平方面への林道が通じているが、関係者以外通行禁止。
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峠では無線遊びをしているおじさんもいた。
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ここから右に踏み跡を上がると、大仁田山(782m)というピークがあったのに、「登山詳細図」を持参していなかったばかりに素通りしてしまった。
もったいなかったが、近場なので、いつかつまみ食いできる機会もあるだろう。

その先のハイキングコースに入る。
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平らな歩きやすい道だ。
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すぐにグリーンラインから分かれている林道に合流。
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グリーンラインを200mほど歩き、再びハイキングコースに。
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ここはグリーンラインがヘアピンになっているところをショートカットする形だ。
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というわけで、結構急傾斜。
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最後は階段で、また車道に出る。
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グリーンラインは正式には「林道奥武蔵2号線」というようだ。
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またまた登山道に入り、飯盛山(816m)を目指す。
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完全に壊れて原形をとどめていない廃屋。
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ここはなだらかな登りだ。
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ほどなく、飯盛山に到着。
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ここは以前来たことがあるが、歩いた線をつなぐためにもう一度来る必要があったのだ。
近くにもう一つ飯盛山があるので、要注意とのこと。
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すぐに通過して、飯盛峠に下る。
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(つづく)
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ツツジ山(1)

【2016年5月3日(火)】ツツジ山
「高速で遠出はしない」「メジャーな山には登らない」のGW大原則に則り、この日は地元奥武蔵にした。
以前から気になっていた奥武蔵グリーンラインの空白区間、刈場坂峠から飯盛峠をつなぐのが主目的だ。
それに新規の山をなるべくたくさん加えるべく、正丸駅から入って、越生方面に下ることにした。

近場ということで、ついのんびりしてしまい、家を出たのが8:10。
小手指駅の西友に自転車を置いて、時計を見たら、8:16。
飯能方面の電車は、次が8:19、その次が8:29、その後は三峰口・長瀞直通の快速急行で8:36。
急いでも、飯能から先は結局、快速急行になってしまう。
快速急行はGWということもあり、相当な混雑が予想されるので、できれば最初からそれに乗るのは避けたい。
8:29発の電車が後の快速急行より早く飯能に着くかどうか分からなかったので、8:19に乗るべく、コンビニにも寄らずに走った。
お蔭さまで、飯能までは余裕で座れたのだが、15分後に飯能に到着した快速急行は猛烈な満員電車だった。
みんなザックを背負っていて場所をとることもあり、通勤ラッシュよりひどかった。
当然、全く座れない。
でも、小手指でコンビニをブッチした分は、飯能の改札内にコンビニがあったので、そこで用を済ますことができた。
これがなかったら、正丸駅前の売店頼みだったので助かった。

快速急行は1駅1駅、いったん下りないといけないようなすし詰め状態だったが、新鮮な発見もあった。
GWだからこそハイキングに出かけるという初心者も結構いるようで、「東京からこんなに近いのに、すごい自然がいっぱいね~」という声や、「ちりんちりんって音はドアが閉まる時に鳴るの?」と同行者に尋ねている声。
(チンチン電車ではありません。それは熊鈴ですよ~)

とにかく車窓を楽しむ余裕などないまま、9:27正丸駅で電車から吐き出された。
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駅前もこれから歩き出すハイカーでにぎわっている。
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売店の外に貼り出されたメニューを見ると、そばもうどんもカレーも値段が白く消されていた。
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もしかしてもう販売をやめているのか。危なかった。

軽くストレッチをして、9:40に出発。
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しばらくは車道歩き。
国道299号は、羊山公園の芝桜を見に行く行楽客の車で大渋滞。
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去年、車で奥武蔵ハイキングに来て、同じような目にあったので今回は電車にしたのだ。
正解だった。電車も大変だったけど。

ちょうど上下のレッドアロー号が通過して行った。
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間もなく、国道299号の旧道の分岐。
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本当は旧道を行きたいが、今日登るツツジ山へは新道から分岐しているので直進する。

でも、新道から旧道の風情を俯瞰することができたので、ありがたかった。
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渋い建物は八阪神社である。扁額の表記は「八坂」ではない。
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奥武蔵の里山は優しげだ。
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新道には閉店してしまった中華料理店。
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坂元集落にある宝形作りのお寺。
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これは既出だが、本邦帝王切開術発祥之地記念碑。
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さて、分岐。神平で林道北川正丸線に入る。
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林道は例によって植林の中。
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里はすっかり新緑が濃くなってきた。
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間もなく、林道は通行止めに。
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ここが、ツツジ山の登山口だ。
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早速、ウツギの花が迎えてくれた。
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道は植林の中をぐいぐい登っていく。
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でも、春だからか少し明るい感じがする。
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一部、簡単な石垣が組んであった。
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古い登山道だからということではなく、山仕事の作業道として普請されたのだろう。
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なかなかの美林である。花粉が恐怖だが。
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道はジグザグを繰り返して、高度を上げていく。
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そろそろ尾根に乗りそうかな。
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林道入口から20分弱(コースタイム30分)ちょっとで三田久保峠に到着。
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ここを左折して、ツツジ山を目指す。
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新緑が実にまぶしい。
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それにしても、GWなのに誰も歩いていない。狙い通りだ。
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しばらく歩くと、旧林道に合流した。
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この道はどうやらオフロードのライダーが愛好しているようだ。
タイヤの跡が残っている。
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右にも道が分かれているが
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ここは直進だろう。
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ぐいっと登って、628mピークに立ち寄る。
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林道が走っていたが、山名板は見当たらなかった。
吉備人出版「奥武蔵登山詳細図」によれば、ここはコカシアゲと呼ばれるピークだった。

ここから先はやっとまともな登山道になる。
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一応、道標は立っている。
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このコースは2011年版の「山と高原地図」では破線になっているが、2014年版では実線に昇格している。
これらの道標を整備したからだろうか。それにしては、ちょっと古いけど。

実線に昇格したわりには、道は必ずしもいいとは言えない。
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急坂であるのに加え、かなりガレている。
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こぶを一つ越えると、林道を横断する。
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ツツジ山だけに、ツツジが目についてきた。
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二つ目のこぶは標高600mちょっと。
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ここを下ると、分岐があった。峠ノクボである。
坂元に下りる左の道は廃道のような雰囲気だった。
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次の登りにかかったところで、チゴユリを発見。
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かがみこんで写真を撮っていたら、本日初のハイカーが下りてきた。
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トレランの女性だった。

ここからは150mほど一気に登る。
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ところどころで、スギの落葉の隙間からスミレが可憐な花を咲かせていた。
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こちらはアセビの若葉。
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相変わらずの急登。
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コカシアゲから30分ほどで、小ツツジ山に到着。
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ここは尾根上にちょっと出っ張ったこぶ状のピークで、「ここが」と強調した山名板があった。
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こちらも手づくり。
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一応、少しだけどミツバツツジが咲いていた。
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展望はないので、通過。
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少しだけ下って
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今度は60mほどの登り。
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この登りは岩が立ちはだかっており、なかなか手ごわい。
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次から次と出てくる。
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石灰岩だろうか。
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10分かからずに、標高831mの小都津路山。
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読みは「小ツツジ山」だから、さっきの770mピークと同じだ。
「山と高原地図」には「大ツツジ」と書いてあるので、実はここは「小ツツジ山」ではないのだろう。
だから、さっきのピークの山名板は「ここが」と強調していたのかもしれない。

ここも展望がないので、通過するしかない。
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(つづく)
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子持山(4)

【2016年5月2日(月)】子持山
浅間山(1091m)から駆け降りている。
いったん、林道に出る。
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そして再び植林の中へ。
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下界はもうすぐそこだ。
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子持神社の手前に大量の庚申塔群。
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これを通り過ぎると、神社の境内に入る。
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浅間山からコースタイム2時間50分のところ、なんと1時間かからずに子持神社に着いてしまった。
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走ったから早かったのもあるが、ここのコースタイムは1時間30分で十分ではないか。

境内西側の石垣の上に万葉歌碑。
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読み人知らずの相聞歌「子持山若楓の紅葉まで寝もと吾思(も)ふ汝はあどか思ふ」が万葉仮名で書かれている。
郷土の文人小渕幻亜らが幕末の1860年頃に建立したものだそうだ。

神社は想像していたのより大きかった。
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狛犬も立派。
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ちょうど八重桜が満開。
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子持神社の祭神は子持山姫(木花咲夜姫)。古くから子授け、安産、子育ての神様として篤く信仰されてきた。
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無事下山を感謝して参拝。
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本殿の手前に能舞台がある。
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右には古い石製の扁額。「正一位子持大明神」とある。
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そのとなりに御足形。
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子持神社は平安時代中頃に山中の岩屋に奉鎮され、室町時代末期に上野太守の上杉憲顕がこの地に社殿を建てて遷座したと伝わっている。
のちに神社が火災にあって、御祭神が本山に避難する際に社殿の敷石につけた足跡がこの御足形だそうだ。

わりと新しい道祖神。
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ゆっくり境内をひとまわりしたので、そろそろ駐車場に向かおう。
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鳥居も立派だった。
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神社の入口にあった道しるべ。
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ここから林道歩きとなる。
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最後に標高差で200mほど登らなければならないが、わりと元気だ。

唐沢川を渡るたびに道標がある。
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橋には1号から7号まで順番がふられている。
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2号橋。
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結構傾斜があるが、元気なので時々走る。
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田中陽希の気分だ。
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3号橋。
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猛烈な新緑。もうガスは晴れたが、空は曇っている。
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道の脇にも巨岩が続く。
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この穴は溶岩が冷えるときに生じた空洞だろうか。
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4号橋。
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唐沢川の清冽な流れを見ながら遡っていく。
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5号橋登山口の駐車場。来た時より、だいぶ車が少なくなった。
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その登山口。
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5号橋。
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6号橋の登山口。
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6号橋。
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この先は巨岩の連続。
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林道そのものがゴルジュ状になっている。
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林道歩きも、こうした造形を見ながらだったら、山行のエピローグとして楽しい。
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なかなか迫力のあるものばかりである。
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これなどは柱状節理のなりそこないだろうか。
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おお、正面に見えてきたのは獅子岩の頂上か。
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右側は屏風岩?
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最後の最後に姿を見せてくれた。
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7号橋の駐車場には15時すぎに到着。
結局5時間かからずに周回してしまった。
ひどい濃霧で最初はどうなることかと思ったが、山頂付近は晴れてくれたので助かった。
本当は、赤城や榛名、谷川連峰あたりの残雪も見たかったのだが、これは時の運。
仕方ない。

下りてきてみたら、再び山全体がガスに包まれてしまっていた。
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ラッキーな方だったのかもしれない。

さて、お風呂である。
道路地図帳にあった敷島温泉ヘルシーパルがちょうど高速のICの途中にあるので行ってみたら、「本日の日帰り入浴は終了」とのこと。
仕方ないので、スマホで検索し、北橘温泉ばんどうの湯に転戦しようとしたら、隣に温泉施設らしき小さな建物を見つけた。
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「あかぎ温泉ふれあいの家」。入浴できるようなので、ここにしてしまおう。
入浴料は300円。これは安い。
泉質は弱アルカリ性の単純泉。源泉は45.5℃。
浴室はそれほど広くなく、じいさんばかりだったので、撮影は断念した。
でも、汗を流して、すっきりした。

帰りは、すこし下の道も走ってみたかったが、なるべく早く帰ることにして、すぐに関越に乗る。
お腹が空いたので、上里SAで味噌ラーメンを食べた。
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太いちぢれ麺で、そこそこおいしかった。

この先多少の渋滞にひっかかったが、暗くなる前には帰宅できた気がする。

【行程】2016年5月2日
7号橋(10:21)~屏風岩(10:31)~展望岩(11:09)~獅子岩展望ピーク(11:27撮影11:30)~柳木ヶ峰(11:54)~子持山(12:10昼食12:33)~大タルミ(13:01)~牛十二(13:07)~浅間山(13:25)~炭釜(13:40)~仏岩(13:53)~794m三角点(14:03)~子持神社(14:18撮影14:30)~5号橋(14:53)~7号橋(15:05)
※所要時間:4時間44分(歩行時間:4時間20分)コースタイム:7時間50分
※登った山:5座(柳木ヶ峰、子持山、牛十二、浅間山、仏岩)
※歩行距離:9.4km
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子持山(3)

【2016年5月2日(月)】子持山
子持山(1296m)から下山し、浅間山(1091m)への稜線を歩いている。
大タルミから登り返した一つ目のピークが牛十二。
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名称の由来はよくわからないが、子持山の山頂にあった「十二山神」と関係がありそうだ。
山の神はまたの名を「十二様」と呼ばれたりするので、「十二山神」は言わばだぶりのようなものだが、なぜ「十二」なのかは諸説があるようだ。
1年に12人の子供を産む神だからだとか、1年12か月の安全を守護してくれる神だからだとか、様々言われているが、「牛」と組み合わせている地名があるところをみると、干支と関係があるのかもしれない。
でも、干支の場合、牛は「丑」と表記する。なかなか難しい。
ここがなぜ「牛」なのかも、よく分からない。

でも、何らかの信仰の対象にはなっていたようで、ちょっとかわいい「顔」をした石の祠がぽつんと祀られていた。
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一礼して通過する。
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でも、せっかく名前が付いているピークなので、「登った山」に加えてあげることにした。

唐突に一株だけクサボケが咲いていた。
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ミツバツツジを愛でながら、なだらかな道を軽快に進む。
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実に歩きやすい。
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ここのツツジはまだつぼみ。
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この「四」のペンキの意味はよく分からなかった。
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浅間山への登り。
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大タルミから30分かからずに着いてしまった。
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「山と高原地図」にコースタイム1時間5分とあるが、これは甘すぎるのではないか。
実は、子持山山頂から子持神社までのコースタイムは4時間35分になっている。
これに林道歩きにかかると思われる45分を合わせて、下山には5時間20分。
急いでも4時間半はかかるだろうから、車に戻るのは夕方の5時になってしまう。
でも、ここまで1時間45分のところを50分弱で来てしまった。
この調子なら3時すぎには下山できてしまいそうだ。
こんなことから、屏風岩や獅子岩をはしょるんじゃなかった。
が、あとの祭りである。

浅間山にも小さな石祠が3つ祀られていた。
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CIMG1943_201605270536478af.jpg

それから、「冨士浅間皇大神」の石碑も。
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展望はほとんどきかないので、あっさり通過。
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だらだらと下っていく。
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時々、岩場もあるが難なくクリア。
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これはワニ岩と命名しよう。
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歩きやすくてトレランのできそうな道だ。
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浅間山から10分ほどで5号橋への分岐。
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ここから下山してしまう案もあったのだが、時間に余裕ができたので、このまま尾根沿いに直進する。
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間もなく洞穴のような場所を通過。
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これが地図にある「炭焼」かなとも思ったが、確認のしようがない。
地図では、さっきの分岐のところが「炭焼」ということになっていたが。

この先に、大日なるものへの分岐が出現。
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地図に掲載がないので、どのくらい先にあるものなのか分からないが、試しに行ってみた。
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すぐにちょっとしたピークが出てきて、ここのことだろうかと思った途端、梵字を書いた円形の石碑が現れた。
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ああ、これのことかと納得。

戻ると、さっきの道標の先にまたまた石祠が見えた。
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ここにはいくつも並んでいた。
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首のない石仏は廃仏毀釈の結果だろうか。
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おっと、ここが炭焼だった。
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なぜ炭焼なのかは、これもまた説明板がないので分からない。

なので、撮影のみで通過する。
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この先、ちょっとした岩場を通る。
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ミツバツツジ(左)とヤマツツジ(右)の競演。
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ヤマツツジはまだつぼみのままだ。
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次のピークは仏岩。
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いわゆる山名板があり、標高920mの表記も見える。
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「登った山」に加えましょう。
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このあたりから先は道が単調であることもあり、走ることにした。
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すぐに二本木。
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地名の由来になったかもしれない2本の目立つ木は見あたらなかった。
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どんどん坂を駆け下り、794mの三角点を通過。
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傾斜が徐々に急になってきた。
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地図にないポイントが出現。ソゲ岩だそうだ。
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これのことだろうか。
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このあたりまで下りてくると、やっとヤマツツジも咲いていた。
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ミツバツツジとは、こんなに色が違う。
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引き続き急な下りだが、構わず走る。
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尾根の東は広葉樹、西は針葉樹。
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ここで尾根を外れる。
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植林の中も走り抜けた。
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(つづく)
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子持山(2)

【2016年5月2日(月)】子持山
子持山(1296m)の象徴、獅子岩の近くまで来ている。
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この地図では、ちょっと獅子岩までの距離が分かりにくい。
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とりあえず寄り道はしないことにした。
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直登もしない。
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巻き道を選んだ。
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この巨岩をトラバースする。
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巻き終わって振り返ると、中年のご夫婦が岩の上から下りてきた。
さっき声がした方々だろう。
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彼らは直登コースを選んだようだ。
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聞くと、ここを登って、獅子岩まで行けるそうだ。
難路ではあるが、行けるところまで行ってみることにした。
数分でちょっとしたピークに躍り出て、びっくり。
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なんとすっかり晴れている。
しかも、山頂が見えるではないか(右)。
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登山道はまず、あの右側のピークを経由するようだ。
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北東の方角。
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西に浮かぶのは小野子山(1208m)。
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子持山から南西にのびる稜線。
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そして、どうやらあれが獅子岩のようだ。
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たぶん行けるのだろうな、と思ったけど、時間がもったいないので、今回は止めておいた。
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東は完全な雲海になっている。
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写真をあちこち撮っている間に、さっきの二人は随分進んでしまった。
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こちらも登山道に戻って、後を追う。
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振り返ると獅子岩のてっぺんに標柱みたいなものが見える。
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登ったら「登った山」に認定できたかなあ。ちょっぴり後悔。

それにしても、この角度から見ると、確かに獅子舞の獅子のように見えなくもない。
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とにかく、最初のピーク(約1160m)を目指す。
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急いで一気に登頂。
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期待した山名板は見あたらず、やはり無名のピークだった。

仕方ないので、すぐに通過して、次の柳木ヶ峰(約1190m)に向かう。
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オオカメノキが白い花を咲かせていた。
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この木は四季を通じて目を楽しませてくれる。

正面に目指す子持山。
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鞍部は気持ちのいいプロムナード。
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そして登り返し。
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右手に見えるあの岩には名前があるのだろうか。
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それにしても、これまでの急登がうそのようななだらかな道だ。
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さっきのピークから10分ほどで柳木ヶ峰に到着。
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石祠に手を合わせる。
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帰りはここから浅間山(1088m)方面に下る予定だ。
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柳木ヶ峰の山名板がかかっていたが、できれば標高も入れてほしかった。
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ここも撮影のみで、すぐに出発。
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しばらく平坦な道だ。
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標高差100mの最後の登りは岩場が多い。
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ロープはなるべく使わずに。
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獅子岩を振り返る。
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こうして見ると、山全体が巨大な恐竜のようだ。

岩場がどんどん出現する。
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左手に帰りに登る浅間山が見えてきた。
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柳木ヶ峰。
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山頂付近はまだ新緑には早い印象だ。
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いよいよ山頂も近いかな。
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と思ったら、巻き道。
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これが最後の難所か。
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こうした筋の入った岩が頂上付近に目立ったが、なぜこんな現象が起きるのだろう。
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まだロープ場があった。
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これで、どうやら頂上台地に乗ったようだ。
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そして、あそこが頂上。
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登頂は12時すぎ。
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所要時間は1時間50分ほどだった。
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ここは、なんと一等三角点。
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方位指示盤もあったが、普通の地図の形式だった。
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山頂の岩には十二山神が祀られている。
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頂上はやや人口が多めだったので、少し退避。
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やや離れたところで昼食にする。
本日も例によって、コンビニおにぎり。
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すじこと鮭が私の定番だ。

あっという間に平らげてしまい、もう一度、頂上付近を探索。
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十二山神の裏側に回ってみたが、何もなかった。
しかし、こんな眺望が得られた。
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南にうっすら見えるのは榛名山(1449m)か。
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というわけで、20分ちょっとの滞在で山頂を後にする。
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柳木ヶ峰まではピストン。
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あの岩場の下りが待っている。
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これから向かう浅間山は意外に遠い印象。
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う~ん、やはり大蛇のようだ。かっこいい。
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ここまで来れば、柳木ヶ峰はすぐそこ。
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山頂から12分で着いてしまった。
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ここからは往路とは別ルート。
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急な下りが続く。
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滑りやすいので気をつけないと。
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このロープには、さすがに頼らせてもらった。
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いや、大変だわ。
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途中、左手に洞窟のようなものを発見。
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踏み跡があるので、ちょっと寄り道してみた。
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でも、中にあると想像していた石仏などは何もなかった。
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その代わり、近くにスミレの群落。
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標高が下がると新緑の森になってきた。
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15分ほどで標高差200mほどを下り、鞍部のオオタルミにたどり着いた。
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このあたり、熊出没注意だそう。
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熊鈴を持ってくるのを忘れてしまった。やばい。

ここからはしばらく緩やかなアップダウンが続いた。
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(つづく)

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子持山(1)

【2016年5月2日(月)】子持山
GWは、車で遠出はしない。メジャーな山には行かない。
を大原則にしているが、この日はGWの中の狭間の平日なので、車で出かけることにした。
めざすは群馬県の子持山(1296m)。
以前は、西隣にある小野子山(1208m)とセットで登ろうと思っていたのだが、タクシーを使わないと、とてもそれは無理。
でも、新・分県登山ガイド「群馬県の山」を見ていたら、周回コースが紹介されていて、「ああ、こういう風に歩けばピストンしないで済むんだ」と気づいた。
しばらく、それきりになっていたのだが、そのことを思い出して、この日は子持山に決めた。考えてみれば、群馬県の山は今年初めてだ。

前夜深酒をしてしまったわりには早く目が覚めた。
前日の鎌倉歩きの記録付けなどをしているうちに、随分出発が遅くなってしまった。
8時すぎに久しぶりにマイカーで出発。
天気は晴れのち曇りの予報なのだが、完全な曇りだ。
しかも、まわりの山は霞んで、全く何も見えない。
赤城も榛名もふもとすら見えない。
これはひどい。せっかく群馬まで遠征するのに、全く気分が盛り上がらないではないか。

しかも早起きしてしまっただけに猛烈に眠い。
それでも赤城ICまで何とか我慢して、高速を下りる。
そこから登山口までは20分ほど。
途中、子持神社の大きな鳥居をくぐり、林道を進む。
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今回は登山口のかなり手前にある子持神社に下りてくるつもりなのだが、スタートが遅くなってしまったので、帰りに延々林道を歩くのを覚悟で、最奥の登山口まで車でいってしまうことにした。
5号橋の登山口には10数台の車が止まっていた。
あたりは濃霧に包まれているが、こんな天気でも、かなり人は入っているらしい。

最奥の7号橋に着いたのは10:10。
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目標より10分遅かった。

こちらにも車が5台ほど駐まっていた。
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外に出ると、なんとひんやりするではないか。
今日は暑くなるはずではなかったのか。
とにかく、まずはトイレ。ちょうど催してきたところで、おあつらえ向きに仮設があった。
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戻って身支度をしていると、隣の車の人が下山してきた。
しばし雑談。
「もう下りてきたんですか。早いですねえ」
「暑くなるって話だったので、早く出たんですよ」
「暑いどころか、なんか寒いですね。上もずっとガスですか」
「いや最初はこうじゃなかったんですよ。下ってくる途中にこんな感じになっちゃって。上の方は大丈夫じゃないかなあ。まあ、周りは白くて何も見えなかったんですけどね」
この話を聞いてピンときた。
この曇り方は普通じゃない。きっと雲海の下にいるのだ。
頂上まで行けば、もしかしたら雲の上かもしれない。
そう期待することにした。

やや肌寒いし、雨も若干心配なのでゴアを着て、10:20過ぎに出発。
カメラも一眼レフは止めて、コンパクトデジカメにした。
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7号橋を渡る。
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頂上までは2.3kmだ。
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すぐ先にある子持神社奥の院に参拝する。
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お社までは石段があるが、手前に柵があるので、手前で安全祈願。
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登山口でポストに登山届を提出する。
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まずは木道を登る。
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こういう道はついついスピードを出してしまい、あとで疲れる要因になるので気をつけないと。
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この先に屏風岩という巨岩があるのだが、その小型版はすでにあちこちに見える。
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モノトーンの世界にヤマブキの黄色が強烈なアクセントになっている。
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太鼓橋が見えてきた。
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これを渡ると正面が屏風岩。
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ガスで全容がつかめないほど大きい。
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岩のふもとに稲荷大神と小さな石祠。
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これは役行者の像だろうか。
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屏風岩の標柱は倒れたまま。
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それにしても、この岩は大迫力だ。
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この先は何度も渡渉を繰り返しながら、沢沿いを遡っていく。
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ほとんど沢登り状態のところもあった。
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どんどん標高を稼いでいく。
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屏風岩から5分ほどで円珠尼の歌碑なるものがあった。
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「子持山紅葉をわけて入る月は錦につつむ鏡とぞ知る」
かたわらに倒れている標柱によると、円珠尼とは元亀・天正年間(16世紀)の人。
沼田氏の支族川田光清の娘で和歌をよくし、たまたま子持山の歌が当時の正親町天皇の目にふれ、短冊を賜ったという。

ここから屏風岩の頂上に行けるようだが、このガスだし、止めておいた。
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なおも沢づたいに登って行く。
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今度は水飲み場が現れた。
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しかし、これはあまり飲む気にならない。
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気がつくと、このあたりはずっと植林である。
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やっと歩きやすい道になった。
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まわりには相変わらず、巨岩が散在している。
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地元の小学生が書いた、こうした鳥の絵があちこちにくくりつけてあった。
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これは割れちゃっている。
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相変わらずガスは濃いが、何となく明るくなってきた気がする。
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足元には青いスミレと白いスミレが咲いていた。
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と思ったら、斜面はスミレのお花畑。
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道はいよいよ沢を離れ、ジグザグを繰り返す。
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足場はそれほどよくない。
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うん、明るくなってきた。期待できるぞ。
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登山口から40分ほどで、6号橋からの登山道と合流。
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あちらの道は落ち葉に埋まっているように見えた。
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こちらも急登が始まる。
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左の道は獅子岩のふもとに行く道だろうか。
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だんだん岩壁が露出するようになってきた。
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尾根まで、もうひと登り。
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ゴヨウツツジのお出迎え。
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登山口から50分ほどでようやく尾根に乗った。
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ここは交差点になっており、直進すると5号橋登山口方面へ下ることになる。
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頂上は左の道だが、右折して「展望岩」なるところへ行ってみよう。
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岩には鳥居とともに「利根郡」などの地名らしきものが彫られていた。
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展望岩まではやや危険なヤセ尾根が続く。
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左手のガスが若干晴れた。
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そしてどうやら展望岩に着いたようだが、残念ながら展望はゼロ。
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う~ん、晴れそうで晴れない。
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でも、振り返ると今歩いてきた尾根だけは見えた。
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すぐに引き返す。
こちら文字は落書きのようだ。
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新緑なのに紅葉みたい。
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帰路も慎重に歩く。
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6分ほどで戻ってきた。
これからの尾根道も楽はさせてくれなかった。
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恐竜の背中のような岩が突き出していたが、これは獅子岩ではない。
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あちらにそそり立っているのが、そうだろうか。
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ちょうど、この岩の方から人の話し声がした。

(つづく)
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鎌倉(4)

【2016年5月1日(日)】鎌倉
名越切通しから法性寺へ向かう。
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こちらにも凝灰岩の崖がある。
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これこそが石切り場の跡だ。時代は分からないが。
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水が溜まっているところもあった。
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これはやぐらではなく、やはり採石した跡だろう。
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笠に「小」の記号は採石会社の屋号だろうか。かなり新しい加工の跡かもしれない。
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外観はこのようになっている。
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風化は進んでいても、直線的な雰囲気があるところは鎌倉時代の石切り場と言えるのかもしれない。
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奥に見えるのは、「お猿畠の大切岸」。
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やはり、一段下のこちらとは雰囲気が異なる。
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法性寺の墓地を通り抜けて、日朗上人(1245~1320年)の廟所に出た。
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日朗上人は日蓮の弟子で、七面山敬慎院の開祖でもある。

見学は後回しにして、まずは最も高い場所にある山王社に参拝。
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階段を登ると、さっき対岸から見えた五重の石塔がある。
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ここからは大切岸を一望することができる。
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どう考えても、あれは石切り場ではない。
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墓地との位置関係はこうなっている。
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振り向けば、逗子市街。
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階段を下りると、左に本堂(祖師堂)。日蓮の坐像が安置されているという。
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法性寺は日朗上人が布教活動の拠点とした比企ヶ谷妙本寺、池上本門寺の「奥の院」という位置づけになるらしく、正面には「長興 長栄 両院奥之院」との扁額が掲げられている。
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「長興」は妙本寺の、「長栄」は本門寺の山号である。

その左には日蓮が避難して籠居したという岩窟があった。
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ここが、白猿に連れられてきたと伝わる場所である。

本堂の手前の石灯籠には「入仏供養之切石」と刻まれていた。
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再び、日朗上人の廟所。
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「日朗菩薩墳墓霊場」と扁額にはある。
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格子の中を覗き込むと、五輪塔が1基あり「南無日朗菩薩・・」と刻まれていた。
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ここは猿が守り神。
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少し下ると、現代の五輪塔墓があった。
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こういう墓が今でもあるとは。やはり私の墓は五輪塔にしよう。
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坂を下ると、法性寺の甍が見えてきた。
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庫裏である。
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ここで法性寺の性格を整理しておこう。
日蓮は法華宗こそが人々を救うと説き、文応元年(1260年)、「立正安国論」を著して、時の執権北条時頼に上程した。
しかし、その論は当時の仏教諸宗派が無力であることを批判していたことから、松葉ヶ谷の草庵は焼き討ちされてしまった。
山伝いに難を逃れてきた日蓮が白猿に救われたという話は前回述べた通り。
法難を救った地として、日蓮の弟子、日朗と朗慶の手で元亨元年(1321年)頃に創建されたのが、この寺院である。

長い参道を下ると、山門に至る。
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まさに「猿畠山」だ。
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山門の横には「日蓮大聖人焼打御避難之霊跡」と大書された石標が立っていた。
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山門をくぐると間もなくJR横須賀線にぶちあたる。
線路に沿った車道を左折して逗子駅方面に歩くと、足元に馬頭観音。
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そして庚申塔群の前を通過する。
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名越切通しから下ってきたこの道はかつての「鎌倉みち」であり、江戸時代は東海道から浦賀奉行所に通じる「浦賀みち」でもあった。

庚申塔だけに「見ざる・言わざる・聞かざる」。
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この先を左折すると、間もなく岩殿寺の入口。
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この参道も長い。
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参道には、坂東三十三か所観音霊場を示す石碑が一番から順番に並ぶ。
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ここは第二番札所である。
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寺伝によれば、養老四年(720年)、徳道と行基の開創と伝わる。
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鎌倉幕府成立後は将軍家の信仰が篤く、『吾妻鏡』には頼朝、政子、頼家、実朝など歴代将軍家の参詣が記録されているのだとか。
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山号は「海雲山」。
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山門をくぐると、左手に泉鏡花の句碑。
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「普門品(ふもんぼん)ひねもす雨の桜かな」(普門品とは観音経のこと)
鏡花は明治35年と37年の夏、愛人すず女と逗子に滞在し、ここ岩殿観音にはよく足を運んだらしい。

右手には「利生堂」。
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まずは長い階段を登る。
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参道には、「観世音」の石碑や子育地蔵尊。
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長く歩いてきた身には結構こたえる。
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石段の曲がり角に、後白河法皇ほかの報恩供養碑。
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そして爪掘不動尊。爪の病にご利益があるらしい。
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登り切ると、やっと観音堂。
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寄棟造りで間口3間、奥行き5間。享保十三年(1728年)の再建である。
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堂内には秘仏の十一面観音菩薩立像が安置されているとのこと。
本日の無事を感謝し、丁寧に参拝した。

観音堂の手前右には熊野権現社。
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そして鏡花が寄進したという「鏡花の池」。
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観音堂の右側には五輪塔が集められていた。
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そして、真後ろに奥の院。
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もともとは岩窟だったらしいが、今はコンクリートで固められている。

ぐるりと回りこんで、左奥には猿田彦神社と稲荷明神社。
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さらに奥より観音堂を俯瞰する。
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ここからは逗子市街を眺望することができた。
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階段を下り、納経所に立ち寄る。
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慈母観音と慈父観音。
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これで本日の史跡めぐりは終了。逗子駅に向かう。
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広い道に出る辻には、「阪東二番観音霊場」と刻んだ道標が残っていた。
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途中、ソフトの看板を見て、思わず寄り道。
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「とちぎや」という豆腐のお店だった。
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でも、「逗子土産」が売っていた。おいしそうなドラ焼きだったが我慢。
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落ち着いたところで、駅へ。踏み切りを渡る。
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そこに湘南クッキーの自販機。これはめずらしい。
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逗子なぎさ通りを通って、午後4時前に逗子駅に到着。
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缶ビールを買って16:09発のエアポート成田に乗り込んだ。
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ここはぜいたくしてグリーン車。

わざわざ逗子まで歩いたのは訳がある。鎌倉から乗ると大混雑でまず座れないことが分かりきっているからだ。
案の定、鎌倉駅のホームはごったがえしており、乗り切れない人もいたようだった。
それを横目に悠然とビールをあおる。気持ちいい。

17:07、1時間弱で東京駅に到着。
勢いが付いてしまったので、八重洲口で飲み直してしまった。
「美少年」という大きな看板が目に入り、迷わず突入。
熊本応援と称して、「美少年」をがぶがぶ飲み、すっかり酔っ払って帰宅した。
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これも山麓酒場だろうか。

【行程】2016年5月1日
鎌倉駅(10:05)~八雲神社(10:16)~祇園山(10:27)~腹切りやぐら(10:57)~大御堂橋(11:19)~釈迦堂切通し(11:35)~衣張山(12:04撮影・昼食12:30)~大切岸(13:04)~名越切通し(13:25)~まんだら堂やぐら群(13:34撮影・休憩14:05)~法性寺(14:25)~岩殿観音(14:56撮影・休憩15:23)~とちぎや(15:30休憩15:42)~逗子駅(15:53)
※所要時間:5時間48分(歩行時間:4時間50分)
※登った山:4座(祇園山、衣張山、浅間山、名越山)
※歩行距離:10.5km
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鎌倉(3)

【2016年5月1日(日)】鎌倉
衣張山(121m)から下り、名越切通しに向かっている。
左手に鋭く切れ落ちた崖が見えてきた。
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お猿畠の大切岸である。早速、下りてみた。
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この断崖は、長さ800m以上も続いているという。
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手前には遊歩道が整備されている。
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凝灰岩の崖で高さは3~10m。
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従来は、鎌倉幕府が三浦半島を拠点とする豪族三浦氏に備えて、名越切通しとともに築いた防衛施設だと考えられてきた。
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しかし、逗子市教育委員会が平成14年度に発掘調査を行ったところ、大規模な石切り場の跡であることが判明した。
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鎌倉防衛の役割が完全に否定されたわけではないが、14~15世紀にかけて鎌倉では建物の基礎に大量の切石を使用しており、そのころの石材の供給地だったと考えられているという。
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しかし、どうも腑に落ちない。専門家の判断にケチをつけるわけではないが、本当にこの断崖全体が採石作業によって生じたものなのだろうか。
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今まで、いろんな石切り場の遺構を見てきたが、大抵一か所を集中的に掘って大きな空間ができていたり、切った跡は幾何学的にかなり複雑になっていたりする。
ここは単純に崖が続いているだけだし、なにより浸食が激しい。
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14~15世紀からまだ600~700年ほどしか経っていない。
にもかかわらず、海食を受けたように、こんなに風化してしまうものだろうか。
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一部、採石が行われたことは事実だろうが、大切岸そのものを石切り場の跡と言ってしまうのは言い過ぎのような気がする。
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海食台が隆起してできたものと素直に考えた方がいいのではないか。
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考古学だけではなく、地質学や岩石学などの専門家の意見も聞いてみたいものだ。

日蓮は文応元年(1260年)8月27日夜、鎌倉松葉ヶ谷に草庵を念仏者たちに焼き討ちされた。その時、3匹の白猿が現れて、日蓮をこの山上の岩窟に導き、食物を運んで危急を救ったという伝説がある。「お猿畠」の名はそれに由来する。

ここからはカッコいい洋館を望むことができた。
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対岸には法性寺の石塔も見えた。
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ハイキングコースに戻ると、古びた石廟が2基現れた。
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どちらも盗掘されていて詳細は不明だそうだが、いずれも中に骨蔵器が納められていたらしく、鎌倉末期から南北朝期にかけて造立されたものだと考えられている。

その近くには天下泰平を祈った猿畠山法性寺の題目石碑が並んでいた。
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ハイキングコースのうち、このあたりは「法華宗日蓮大上人焼き討ち避難路」と呼ばれているようだ。
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間もなく、92mの標高点のある場所に近づいた。このあたりは名越山というらしいので、この標高点に達したことをもって、「登った山」に認定。
最も高い地点はコースからやや離れていたので、ちょっとヤブに分け入った。
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期待はしていなかったが、やはり山名板などはなかった。

わずかに下ると、名越切通しの東平場と呼ばれる人工的に造成した地形が現れた。
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鎌倉と三浦を結ぶ名越坂は、鎌倉から山を越えて横浜、江戸へ向かう後の東海道ではなく、鎌倉から三浦半島を経て、東京湾を渡って房総半島に通じる古東海道の道筋の一つだったと考えられている。
いわゆる鎌倉七口のうち、名越切通しは最も早く整備されたらしい。
北条氏のライバルだった三浦氏に備えるため、切通しの途中には、平場、土塁、曲輪、空堀、置石などの防御施設が設けられており、名越切通しは単なる通路ではなく、鎌倉を守る重要な砦の役割も果たしていた。

その平場の一つである。
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そこにものものしい柵に囲われて無縁諸霊之碑が立っていた。
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この碑をこんなに厳重に守らなければならない理由は何だろうか。

間もなく、名越切通しに躍り出た。ここは「第3切通し」と呼ばれる掘割だ。
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道の真ん中に、馬が全速力で駆け抜けるのを邪魔するための置石が置かれている。
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まさに中世からの置き土産だ。
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わきには小さな五輪塔がたたずんでいた。
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私の進行方向とは逆だが、少しだけ北側(鎌倉方面)の方に下りてみた。
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古道の雰囲気を実によく残している。
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引き返すと、ちょうど峠のあたりにバイクの人が登ってきた。
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エンジンを止めて押してはいるが、いいのだろうか。

峠を挟んで向かい側は明るい広場になっている。西平場である。
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ここは一瞥したのみで、また峠道に戻る。
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結構、ハイカーも歩いていた。
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南側(逗子方面)に下る。
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沿道にトキワツユクサの群落。
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程なく、まんだら堂やぐら群の入口に出た。
ありがたいことに限定公開中だ。
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もちろん見学させていただく。
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「まずは展望広場へどうぞ」とボランティアらしきおじさんに案内されたので、言葉に従い行ってみた。
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おお素晴らしい。やぐら群をこうして俯瞰できる場所はそうそうない。
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ここのやぐら群は2m四方程度の小規模なものを中心に150以上のやぐらが確認されているという。
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よく見ると、中にはところ狭しと五輪塔が並んでいる。
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なんだか、かわいい。
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逆方向には逗子の高級マンション群が見えた。
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展望広場から下りて、今度は下からやぐらを見学する。
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五輪塔に梵字が刻んであるのが分かる。
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五体不満足な五輪塔も少なくない。
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それにしても、これだけ幾重にもやぐらが掘られていると、中世のマンションのようにも見える。
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何枚か五輪塔シリーズ。
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私は五輪塔が好きだ。死んだら、墓石は五輪塔にしてほしい。
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最近、墓石に「絆」とか「夢」とか彫り込んである墓を見かけるが、全く私の趣味ではない。
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埋葬施設は横穴式石室にしてほしいが、そんな金と場所はないので、そちらは諦めている。
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やぐらもいくつかは崩落してしまったものがあった。
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そうなると五輪塔も雨ざらしだ。
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ここも大切岸と同じ時期に造成されたと考えられるが、あちらのような浸食がまるでない。
やはり、大切岸は自然の浸食によるものだろう。

このやぐら群も逗子市教育委員会が発掘調査を行っている。
その結果、火葬の跡や石敷きの遺構が確認された。
火葬はやぐらの手前の平場で行われたようだ。
石敷き遺構の性格ははっきりしないが、その近くから斬首されたものと思われる頭骨が発見されたという。

やぐら群はさっき展望広場からみた角度の裏側にも回り込むことができる。
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こちらの方がやや痛みが激しい印象だ。

五輪塔も少ない。
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少し暑くなってきたので、木陰のベンチに座ってひと休み。
幸運にも、いいところを見学できた。
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行動食をかじって、やぐら群を後にする。
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さらに南に下ると、第2切通し。
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そして掘割の深い第3切通し。
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この隘路を抜けると、少し広くなっている。
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振り返ると、こんな感じ。
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頭上には自然地形が残る。
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このまま下ってもいいのだが、法性寺に寄るには遠回りになるので、大切岸近くまで引き返すことにする。
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ここは、さっきも歩いた東平場。
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無縁諸霊之塔では野良猫が日向ぼっこをしていた。
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(つづく)
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鎌倉(2)

【2016年5月1日(日)】鎌倉
釈迦堂口切通しに向かっている。
途中、ノラに遭遇した。
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釈迦堂口切通しのある谷戸は釈迦堂ヶ谷と呼ばれている。
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その名は、3代執権北条泰時が父義時の菩提を弔うため、この谷に釈迦堂を建てたことに由来する。
その正確な場所はいまだ判明せず、「幻の寺」と言われているらしい。
ただ本尊の清凉寺式釈迦如来立像は東京・目黒区の大圓寺に祀られているのだとか。

さて、その釈迦堂口切通し。現在通行止めになっていることは知っていたが、随分手前に「通行禁止」の看板が立ちはだかっていた。
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しかし表現がいずれも微妙だ。
右端の「通りぬけ出来ません」は、手前までは行ってもいいという意味にとれる。
「落石注意」は、落石に注意すればいいだけだ。
「この先釈迦堂切通しガケ崩れのため通行禁止」は、切通しそのものは通行できないけど、手前までは行けることになる。
「この先崖崩れの恐れ・・通行注意」は、注意して通行可。
いずれも、この先、切通しまでなら行っていいという意味になる。
左端の「工事関係者以外立入禁止」だけが、ここからNG。
とにかく、看板の右端に人が普通に入った形跡があるので、私も行ってみることにした。

ゆるやかな坂を登っていくと、切通しのすぐ手前に柵が設けられていた。
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「車両通行止め」という看板があるところをみると、以前は車も通れたようだ。
のちに車の通行を禁じ、さらに人の通行もだめになったのだろう。
しかし、このフェンスも派手に破られており、多くの人が中に入っていることが分かる。

私も自己責任で見学させてもらった。
さすがに見事な岩の洞門である。
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ここは、三浦氏一族の依る杉本城から名越を経て三浦半島に至る主要道(三浦路)であったという。
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洞門の中にはいくつかのやぐらが掘られていた。
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その中には五輪塔を安置しているものがある。
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洞門をくぐって反対側に回ると、上にもやぐらの跡が認められた。
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それにしても迫力満点。
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一応、完全通り抜けはせず、戻ることにする。
2回洞門をくぐることになるので、落石に遭うリスクは2倍になるのだが。

帰り道、ウキツリボク(別名チロリアンランプ)を見かけた。
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初めてみる花だ。ブラジル原産だそうだ。

東隣の犬懸ガ谷に移動する。
途中には、しゃれた焼き菓子のお店。
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犬懸ガ谷の入口には、「上杉朝宗及び氏憲邸阯」の碑(昭和10年建立)が立つ。
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のちに関東管領を世襲することになる上杉氏は山内、扇谷、犬懸、宅間の4家に分かれたが、このうち上杉憲藤がここ犬懸ガ谷に居館を構えたので、その家系は犬懸上杉氏と呼ばれるようになった。
朝宗は憲藤の子で応永元年(1395年)に関東管領になり、鎌倉公方だった足利氏満、満兼によく仕えた。
氏憲はその息子で、のちに出家して禅秀を名乗った。

向かいに「田楽辻子のみち」と書かれた道標がある。
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鎌倉時代からある小路で、このあたりに田楽師が多数住んでいたことが名の由来。
辻子とは通り抜けのできる小路のことで、十字路の辻とは違うらしい。

犬懸ガ谷は平成巡礼路とも呼ばれているようだ。
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江戸時代には、坂東三十三か所観音霊場第一番杉本寺から第二番岩殿寺に続く巡礼道が、衣張山の山中に通じていたのを平成になって整備したため、そう名付けたもののようだ。

その巡礼道を進んでいく。
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基本的には高級住宅街なのだが、こんな古い廃屋もあって趣を感じる。
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車道のどん詰まりからは衣張山ハイキングコースとなる。
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入口左に小さなやぐらを発見した。
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中には何もなかったが
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左端にさらに奥まで細い穴が掘られていた。
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こちらのハイキングコースも緑したたる気持ちのいい道だ。
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すぐにつづら折りの急坂になる。
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こちらは祇園山と違って標高が120mもあるので、それなりに登りでがある。
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途中、巨石の下にわりと新しい道祖神がたたずんでいた。
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仲むつましい。
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コースの入口から10分ほどで、頂上に到着。
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かわいい石仏と五輪塔が出迎えてくれた。
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ここからも鎌倉市街や相模湾を望むことができる。
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まわりの丘陵地帯も緑が美しい。
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でも、山名板がなかったのが残念。これで我慢する。
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衣張山とは、頼朝がある暑い夏、山頂に白い衣を覆って雪に見立てて涼んだことに由来するらしい。

木陰の簡素なベンチが空いたので、そこでお昼にする。ちょうど時間も正午を過ぎたところ。
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本日はめずらしくパンにした。
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ミニトマトとチーズもつけて、鎌倉らしくセレブっぽく。

他にも家族連れがやってきて、目の前でお弁当を広げていた。
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いい雰囲気だった。

30分近くのんびりしてから出発。
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ほぼ平らな道を南に行く。
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すると、すぐに開けたところに出た。
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120mの三角点がある浅間山である。
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若い山ガールに、ここが衣張山ですかと聞かれたので、もうすぐそこですと教えてあげた。
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(写真は残念ながら、ありません)

ここからは逗子方面の森がこんもりと見えた。
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ひっそりたたずむ五輪塔と新しい石仏。
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この先はしばらく下り基調だ。
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小さい子供も頑張っている。
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三浦半島の丘陵は実に穏やかである。
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10分足らずで下り切った。
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アライグマやタイワンリスなどの外来種が増えているらしい。
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アライグマは見たことがないが、タイワンリスは確かに鎌倉に来るたびに見かける。
かわいいのでついエサをあげたくなっちゃうのだろう。

これまたかわいいお地蔵さん。
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鎌倉に仏を彫る現代作家さんがいるのだろうか。

関東の富士見百景「鎌倉市からの富士」を示す標識があったが、この日は見えず。
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関東の富士見百景は10か所くらい行ったことがあるが、わりと打率は低い。
富士山が見えたのは3割に満たない気がする。

本当はこんな風に見えるらしい。
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鎌倉逗子ハイランドの高級住宅街の縁に沿って歩く。
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ちょうど、したくなっていたのでトイレで用足し。
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この先は、鎌倉市子ども自然ふれあいの森に入る。
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その途端、今回もタイワンリスに遭遇。
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すばしこくて、なかなか上手に写真が撮れなかった。

またしても石仏さん。
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こちらはお稲荷さん。
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げ、マムシ注意だそうだ。
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名越切通しへは、このまま進む。
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途中、開けたところから逗子市街を望む。
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谷戸の住宅街も。
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鎌倉にも増して緑が濃い。
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(つづく)
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鎌倉(1)

【2016年5月1日(日)】鎌倉
前日までの1泊破線山行でちょっと疲れ気味だったこともあり、この日は休養日。
鎌倉へ史跡歩きに出かけた。
とは言っても、純粋な街歩きではなく、当然「山」もからめる。
超低山だが、祇園山と衣張山も織り交ぜてみた。

出発は9:08東京発の快速アクティー熱海行き。
東海道線なので始発かと思っていたが、乗客を大勢乗せて入線。
そっか、昨年から宇都宮線と乗り入れていたんだった。
おかげで最初はつり革。川崎あたりでやっと座れた気がする。
大船で横須賀線の普通久里浜行きに乗り換え。
10:01に鎌倉に着いた。

予想以上の大混雑だ。ホームも階段も改札付近も観光客でごったがえしている。
なんとかすり抜けて、駅前に出た時はホッとした。最初からやれやれである。
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GWの鎌倉がすごいことは承知していたが、これほどとは。
でも、今日歩くところは、そんなに人が多くない場所のはず。
息を整えて歩き出す。

若宮大路を渡って右に少し歩き、郵便局の角を左折する。
すぐに小町大路に出る。
右手には日蓮宗の本覚寺。
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「東身延」とあるのは、二世の日朝がのちに身延山久遠寺の住持になり、そこにあった日蓮の遺骨をこの寺に分骨したから、そう称されるようになったらしい。
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本覚寺の門前で滑川を渡る。夷堂橋という。
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鎌倉十橋のひとつで、かつてこの地に夷堂があったことにちなむ。
夷堂は、文永十一年(1274年)、佐渡の配所から鎌倉に戻った日蓮がしばらく滞在したところとも言われている。

小町大路を海に向かって南下。
木造の古い酒屋さんの前を通過する。
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間もなく左に見えてきた八雲神社の境内へと入っていく。
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この神社は、永保年間(11世紀)に新羅三郎義光が京都祇園社の祭神牛頭天王を勧請したのが起源と伝えられる。
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奥州征伐に出陣した兄義家を追って参戦した折り、鎌倉の悪疫除災のため祀ったとされる。
厄除け祈願の神社として信仰されているのは、そのためだろうか。

境内に「新羅三郎手玉石」と呼ばれる大きな石があった。
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江戸時代に若者たちが力試しに使った力石であろう。

天水盤は東京オリンピック(1964年)の聖火台も鋳造した武州の鋳物師鈴木文吾氏の作品。
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本殿の左には、諏訪神社、稲荷神社、於岩稲荷社も祀られていた。
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本日の安全を祈願してから、本殿の右側より、祇園山ハイキングコースへと入っていく。
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当然、祇園山とは祇園社(八雲神社)にちなんで付けられた名称である。

神社までは観光客が大勢いたが、ここからは別天地だ。
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少し登っただけで、鎌倉市街が見下ろせる。
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春の野草の小径である。
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祇園山の頂上(標高約50m)には、八雲神社から7分ほどで着いた。
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ここからも鎌倉市街と相模湾を見渡すことができた。
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霞んで富士山が見えないのが、ちょっと残念。

方位盤に浮かぶ島のようなものは鎌倉の市域を示したもの。
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背後には、廃仏毀釈で頭を破却された石仏が2体並んでいた。
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展望を堪能したところで、ハイキングコースを北に向かう。
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目指すは腹切りやぐらである。
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どなたかの忘れ物。
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新緑がまぶしい。
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鎌倉は市街地からちょっと入るだけで、こんな森が残っているので、うらやましい。
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30分近く歩いたところで、左折。
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腹切りやぐらに寄ったら、戻って直進するつもりだったのだが、通行止めになっているようだ。

すこし下ったところが、腹切りやぐら。
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正面に鎌倉幕府の14代執権北条高時の法名(日輪寺殿崇鑑大禅定門)が記された角塔婆が立っている。

中を覗くと、高時の墓と伝わる石塔がたたずみ、その後ろには北条氏一門の菩提を弔う卒塔婆が多数立てかけられていた。
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やぐらとは、鎌倉時代から室町時代にかけて、鎌倉周辺に集中的につくられた武士や僧侶の納骨所もしくは供養施設のことである。山の崖を方形にくりぬき、中には五輪塔などが安置されたり、壁に浮き彫りにされていたりすることがある。
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元弘3年(1333年)5月22日、新田義貞に攻め込まれた高時が一族や家臣870人とともに、東勝寺で自決したことを『太平記』は伝えているが、その遺骨の一部がここに埋められたとの伝承があるという。
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合掌して、辞す。

そのすぐ下に東勝寺跡。更地となって保存され、まわりには柵がめぐらされている。
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東勝寺は3代執権泰時により、得宗(北条氏の嫡流)の氏寺として13世紀前半に創建された。
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鎌倉幕府滅亡時に焼失した後、禅宗寺院として再興され、室町時代には関東十刹に数えられるほど興隆したが、16世紀後半には途絶えたとされている。

再び人里に出る。
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鎌倉は繁華街でなくても、こうしたちょっとした店が無数に出ている。
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家庭の主婦や勤めのご主人がやっているのだろう。
生業ではなく、趣味を生かしたちょっとした小遣い稼ぎという感じだろうか。
みんながみんなそうではないだろうけど、鎌倉とはやはり豊かな町だなあと実感する。

再び滑川を渡る。
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東勝寺橋は鉄筋コンクリートが本格的に導入された関東大震災復興期の大正13年(1924年)に建造されたアーチ橋で、1999年に「かまくら景観百選」に選ばれている。
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橋を渡ってすぐ右側に「青砥藤綱旧跡」の碑(昭和13年建立)が立つ。
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碑文によると、藤綱は2代執権北条時宗、貞時2代に仕えた引付衆の一人。ある夜、誤って銭十文も滑川に落とした折り、五十文の松明を買って水中を照らし、やっと探し当てたという。
これを聞いた人々は、十文のために五十文を費やすのは「小利大損」ではないかと嘲った。
しかし、藤綱は「十文を川底に沈んだままにしておくのは天下の損失だが、五十文は商人の手に渡って天下の利になる」と説いたという。
鎌倉時代にこんな立派な人がいたのか。『太平記』にある有名な逸話だそうだ。

またしても、ちょっとしたお店。
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こちらはカフェのようである。

このあたりの地名はなんだか味わいがある。
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小町大路に出て右折すると、間もなく左側に「土佐坊昌俊邸跡」の碑(大正14年建立)がある。
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土佐坊は頼朝の命により、義経追討にあたった人物である。
夜襲をかけたが利なく死んでしまったらしい。

小町大路は鶴岡八幡宮の門前を横切る道路と合流し、金沢街道となって右に屈曲する。
しばらく行くと、左側に今度は「関取場跡」の碑(昭和6年建立)が見える。
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天文十七年(1548年)12月、北条氏康はここ六浦路(金沢街道)を通る商人などから関銭(通行税)を徴収して、荏柄天神の社殿再興の費用に充てたという。
その関所があった場所らしい。

そのすぐ先を右折すると、大御堂橋が滑川にかかっている。
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滑川には、コイがたくさん泳いでいて、びっくり。
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橋を渡ったところが、「文覚上人屋敷跡」(大正11年建立)。
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文覚は配流先の伊豆で、同様に流されていた頼朝と出会い、平家追討の蜂起を促したことで知られる。
もともとは遠藤盛遠という武士で、人妻の袈裟御前に横恋慕し、その夫の寝首を掻いて思いを遂げようとしたが、首を斬ったのは貞操を守ろうと夫の身代わりになった袈裟御前本人だった。
文覚はこれがきっかけで出家したと『源平盛衰記』は伝えている。

振り返ると、昔なつかしい郵便ポストが現役で頑張っていた。
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突き当りを左折し、滑川に沿って東に進む。
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このあたりは「浄明寺」という。
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間もなく、釈迦堂口切通しへの入り口に着いた。
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ここを右折して、小さな沢沿いに谷戸を遡って行く。
沢にかかる個人宅専用の橋には「私有橋」と書かれたカラーコーンが置いてあった。
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こんなところに侵入する人がいるとは思えないが、車のUターンに使われたりすると不快なのだろう。

(つづく)
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矢岳(4)

【2016年4月30日(土)】矢岳
やっと下界に下りてきて、真下に見えたのは若御子神社。結構大きい。
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まずは摂社にご挨拶。
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境内に着いて、やれやれと荷をおろす。
氏子の方だろうか、GWなのに丁寧に清掃をしていた。
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時間はちょうど正午。まずは無事下山のお礼をする。
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聞いてみると、若御子とは神武天皇のことらしい。
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それにしても、ホッとした。なんだかんだとこの2日間は緊張していたからなあ。
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参拝を終えて、境内をひとまわり。
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この神社は天平年間(8世紀)、聖武天皇の代に若御子山(730m)の山頂に創建されたのが始めとのこと。現在地に移ったのは、大正5年(1916年)のことらしい。
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途中で見てきた朽ちた社などは、みな若御子神社と関連するものだったようだ。

ところで、乗車予定の電車は12:36発なので、まだ少し時間がある。
もう、有名なしだれ桜は終わってしまったが、となりの清雲寺でも寄っていくか。
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門の前にトイレがあったので、まずは顔を洗おう。
ふ~さっぱりした。
そうだ、お風呂の方針をきちんと固めていなかった。
トイレ前のベンチに腰掛けて、再度検討を開始する。
そういえば、道の駅あらかわの裏に、きれいな温泉があった。
「はなのや」だ。HPを見ると、そうやら宿泊のみのようだ。
同じ日野温泉の「鳩の湯」に電話をかけたら、「もう旅館は閉めてしまった」とのこと。
どれもこれも、NGだ。
スマホとにらめっこしながら、電話かけたりしているうちに、12:20を過ぎてしまった。
これは清雲寺どころではない。
あと15分しかないが、間に合うだろうか。

とにかく急ぎ足で駅に向かう。
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そんな時でも、何かあると写真を撮るのを止められない、この性格は何とかならないだろうか。
田舎らしい三上商店。
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庚申塔。
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あれは国見の広場のピークかな。
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昨日昇った熊倉山(1427m)。
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駅の入り口は反対側のようだが、どこに線路を渡れる道があるのか分からない。
構内に近くなる前に渡ってしまおうと、畑のあぜ道を突っ切る。
線路に出ると、うまい具合にすぐ近くに踏切があって助かったのだが、電車がすでに入線しているのが見える。
普通なら、ここで断念なのだが、遠くからSLの汽笛が聞こえる。
そうか、あの電車はSLの通過待ちなのだ。
SLより早く駅に着けば、間に合う。
汽笛が聞こえてから、自分の目の前を通過していくまで数分かかることを、ここ数回の秩父めぐりの旅で経験的に知っていたのも役立った。
とはいえ、のんびりはしていられない。
踏切から駅まで500mほど、真剣に走った。
あのバカでかいザックを揺らして。

そして何とか駅に着いたことは着いた。
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そして、ホームに渡る前にSLは目の前を通過して行った。
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まずい、入れ違いに羽生行きは行ってしまうのか。
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あわてて、線路を渡ると、ホームにいた駅長さんが「乗りますか~?」と叫んでいる。
「は~い」と叫んで乗車。
まさに間一髪であった。
ザックを座席に下ろし、しばし放心状態。
これでちょっぴり緊張した破線山行は無事、成功に終わったのだが、まだ課題は残っている。風呂だ。

やはり2日間の汗にまみれたまま家には帰りたくない。
残る選択肢はやはり、クラブ湯しかないのだが、開店は午後3時。
まだ2時間以上ある。
その間に昼飯を食うにしても、時間が余りすぎだ。
一応営業しているかどうか電話をかけてみたら、やっている上に2時半からだという。
おお、それはありがたい。
それでも余裕綽々だが、クラブ湯に決定した。

秩父鉄道の御花畑駅から徒歩3分というので、まずは場所確認のため、クラブ湯に向かう。
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その間、短いながらも秩父の町歩きができる。
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観光っぽい町並みではなく、暮らしのにおいがするところなので、うれしい。
それでも、あらゆる路地に観光客の姿があり、驚いた。
GWの秩父は猛烈に混むことは知っていたが、これほどとは。
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このお菓子の中村屋さんは、帰りにもう一度店の前を通ったら、かなり人が入っていた。
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「すしかつ」は貸切だった。
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そして、お目当てのクラブ湯。
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なんと普通の民家ではないか。
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ちょうど、となりにそば屋があったので、もう歩くのは面倒だし、そこに飛び込む。
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「大むら本店」だそうだ。
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入ってみると、ここも結構な混みよう。
有名店なのか、それともGWだからなのか。

とにかく、喉を潤すべく、生ビール。
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く~たまりません。

つまみはろくなものがなかったので、栄養補給のため、かつ煮を頼んだ。
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これは、なかなかおいしかった。

だいたい平らげたところで、ざるそばを注文。
すると、「混んでいるので30分くらいかかる」という。
げげ、っと思ったが、こちらはここで時間をつぶすつもりなので、全然待てる。
かえってありがたいくらいだ。
でも、大テーブルの正面にいた熟年夫婦は「え、まだそんなにかかるの?」と怒って帰ってしまった。
となりに来た若者カップルは楽しそうにしているが、「時間がかかる」とは言われていない様子。
「私、いま頼んだら30分かかると言われましたが、お時間大丈夫ですか?」とおせっかいながら、声をかけてしまった。
すると「え、そうなんですか。でも、どこも混んでたし。せっかく入れたから」と覚悟を決めた様子。
「何時に来ると思う? じゃ○分までに来たら、私の勝ちね」とか言いながら、待ち時間を逆手にとって楽しんでいた。このカップルはずっとうまく行くんじゃないかと、ほほえましく思った。

ところが、私のそばは10分で来てしまった。
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思わず「わりと速いですよ。よかったですね」と微笑んで、つるっと口にしたのだが、これが驚くほどまずい。
手打ちでないことは明らかなのだが、これほどとは。
私が先にかつ煮など食べたのがいけなかったのか、もともとこんな味なのか、人を待たせているので手を抜いたのか。
「まずいですよ。やっぱり、止めた方がいいです」と、彼らにはさすがに言えず、ただお腹を満たすためだけに、黙々とそばを口に運んだ。

結局、私が食べ終わるまでに、若者のそばは来なかった。
ちょっとかわいそうだった。でも、お腹減きまくっただろうから、少しはおいしく食べられるだろう。
まだ、2時20分だったが、クラブ湯は開いていたので、中に入る。
もう先客がいて、脱衣所で本を読んでいた。
「2時半からって言われたんで」
こちらも、とにかく服を脱いで入浴の準備を開始。

あ、シャンプーを買うのを忘れた。
日帰り温泉施設を想定していたので、シャンプー・石鹸は持ってきていないのだ。
でも、行き先が銭湯になったのでコンビニで買ってから行こうと思っていたのだった。
すっかり忘れていた。
普通なら銭湯でも売っているはずだが、何も陳列されていない。
さっき、お金を払った番台のおばさんに確認しようとしたが、もうどこかに行ってしまって、姿が見えない。
なんと石鹸なしだ。ついてない。というか自分のミスなんだけど。

あきらめて浴室へ。ペンキ絵は定番の富士山だった。
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早風呂のお年寄り率はどこも高いが、ここも開店早々、私のほかに8人ほどが入っていた。
うち一人はずっと鼻歌を歌っていて、かなり気になった。

それはそうと石鹸である。
たまたま、シェービングクリームは持参していたので、それを使ってみたが、まったく泡立たない。
まあ、尾瀬か七面山で風呂に入ったと思えば、苦にはならない。
とにかく湯にゆっくり浸かって、汗を流した。

さっぱりしたところで、西武秩父駅に向かう。
秩父鉄道の踏切も観光客だらけだ。
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御花畑駅に停車中の秩父鉄道。
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町の酒屋さん。
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街角にあった山神宮。
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秩父の象徴、武甲山(1304m)。
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新たに登場した、うわさの「旅するレストラン電車」。
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西武秩父駅前はやはり、こんなににぎわっていた。
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15:25発の特急も、次の特急もみな満席なので、急行狙いでいく。
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15:38発の各駅停車飯能行きは、始発なのだが2両編成で短く、すでに大勢並んでいるので、これも見送り。
15:51発の急行池袋行きに並ぶ。
ホームを、人の並んでいない端っこの方まで行ったら、屋根がなく、直射日光でかなり日焼けしてしまった。

目の前を秩父鉄道の電車が通過していく。
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後ろに並んでいた子供が「あれに乗りたい」とつぶやいたら、お父さんが「今日はもう無理だから今度ね」と話していた。

入線してきた電車は、三峰口駅始発で、もうかなり乗客がいた。
でも先頭に並んでいたので、かろうじて座ることができ、助かった。
うとうとしたり、facebookで遊んだりしながら、飯能と所沢で乗り換えて、新所沢に18:07に到着。
それなりに少し自信がついた山旅であった。

【行程】2016年4月30日
酉谷避難小屋(5:58)~矢岳分岐(6:25)~牛首(6:37)~立橋山(7:16)~赤岩ノ頭(7:40)~矢岳(8:06休憩8:12)~1040mピーク(9:15休憩9:26)~962mピーク(9:47)~クタシノクビレ(10:01)~大反山(10:13)~若御子山(10:35)~国見の広場(11:11撮影11:15)~清雲寺(12:06休憩12:27)~武州中川駅(12:40)
※所要時間:6時間42分(歩行時間:5時間55分)コースタイム6時間50分
※登った山:立橋山、赤岩ノ頭、矢岳、大反山、若御子山、国見の広場
※歩行距離:10.8km
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矢岳(3)

【2016年4月30日(土)】矢岳
矢岳(1358m)から稜線を下り、標高830m地点にある鉄塔を通過した。
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足元に木で階段が作ってあるのを見て、びっくり。
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破線のコースではあるが、かつてはわりと歩かれていた道なのだろう。

いや、かつてではないのかもしれない。
本日4人目とすれ違った。
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ただ、この方はリュックを片肩にひっかけており、とても登山者とは思えない風貌だった。
どこまで行くのか。大丈夫だろうか。

大反山(854m)の手前の鞍部まで下ってきた。
そこに、こんな警告が。
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「ここまで来て、いまさらですが」と断りながら、「家族に伝えたか?」と。
いえいえ、今さらではありません。
今は携帯が発達しておりますので、今から電話やメールで行き先を伝えることは可能です。
登山先不明の行方不明者が続発しているらしい。
「登山先をメモで家に残すこと」。常識です。

それはいいのだが、またこの警告も。
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「この付近、道不明瞭です。装備品は大丈夫ですか。引き返す勇気も必要ですよ」
これはやはり、これから奥に向かって行こうとする人に発するべきで、「大反山→」ではなく「←矢岳」とすべきではないだろうか。

大反山の登り。非常にきつい。
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標高差は80mほどなのだが、ずっとこの調子だ。

でも10分ほどの我慢で頂上部に到達。
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少し歩くと、頂上台地の真ん中に山名板があった。
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三角点もしっかり。
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しかし、厚い植林に阻まれ、展望はゼロ。
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休まずに通過する。
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しばらく下って、標高800mあたりに壊れて傾いた祠があった。
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たぶん「山と高原地図」に記されている十二天峰である。
この根元が避けた巨木が信仰の対象だったのだろうか。
もはや修理する住民もいなくなってしまったようだ。

さらに下ると、若御子山(735m)に向けて、若干の登り返しがある。
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10時半すぎに頂上に着いたが、山名板は見あたらない。
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ただ、木々の隙間から武甲山(1304m)と秩父さくら湖を望むことができた。
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ここは地形図で見ると、東側に大規模な崩落地形がある。
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写真では分かりにくいが、現地でもそれを確認することができた。

これをのぞき込んで、いったん登山道に戻ろうと振り返ったら、なんと山名板を発見。
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危ない、危ない。危うく見逃すところだった。
下ってきた人からは死角なので、絶対気づかないだろう。

もっと、ちゃんとしたところに打ち付けてほしい。
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眼下に見えたのは浦山地区の大谷(おおがい)集落だろうか。
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ここの下りも激しく急峻だ。
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大きな岩が突き出している。
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ロープも延々と続く。全然、気が抜けない。
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50mほど下ると、今度は落石地帯。
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足元にはひと抱えもある石が散乱していて非常に歩きにくかった。
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この先は絶壁の横をトラバースしていく。
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そこからひと下りで、椿の花散る社に出た。
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地面は椿の花で真っ赤っか。
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それでもまだ花は残っている。
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無事下山を祈願。
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なんだか不思議な空間だった。
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この社に行くための道なのか、石段が組まれていた。
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すぐ先に、今度は完全につぶれてしまった、お社が。
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わずかに残っていた石碑には「先祖代々霊神塔」と刻まれていた。
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これを守ってきた集落もすでに限界に達しているのだろう。
悲しむべきことである。

さあ、どんどん里に近づいてきた気がする。
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遊歩道と交差する若御子峠(約585m)まで下ってきた。
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ここからいきなり道が広くなった。
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遊歩道の扱いになったのだろう。
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国見の広場(606m)を目指して、最後の登り。
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登り切った先に展望台が見える。
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11時過ぎ、本日最後のピークに到着。
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ここは旧荒川村が整備した公園のようで、荒川の上下流域が一望できる場所として「国見」の広場と名付けられたらしい。
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しかし、周りの樹木が成長してしまったからか、展望台に登っても下界が全然見えない。
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でも、2本の尖塔が目立つ二子山(1166m)が見えたのは僥倖。
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城峯山(1038m)に続く稜線も美しかった。
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興味深かったのが、このモニュメント。
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元禄の頃、荒川村に六兵衛という足の速い男がいた。
彼は江戸まで半日で往復したり、やかんのお湯が沸く前に武甲山の頂上の鐘をついたりできたそうだ(いずれもありえないが、そんな逸話が生まれるほど速かったのだろう)。
安戸や田野原の薬師堂に安置されている薬師像を彫ったのも六兵衛なんだとか。
晩年、剃髪して即道を名乗ったとのことで、彼を祭った即道神社がしだれ桜で有名な清雲寺の近くにあるという。

当初はここから浦山ダムに下りて、浦山口駅から電車に乗るつもりだったが、若御子神社に下る道もしっかりあることがわかったので、そちらに行くことにした。
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そうなると乗車駅は武州中川駅になる。

階段を下り始めて、すぐ左折。
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がんがん下る。
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階段が激しく九十九折になっている。
いい加減、5時間以上下り続けているので、さすがにしんどい。
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ここは元気付けに、非常食のあんパンを食べてしまおう。
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これで昼までつなげる。

そうだ。これからお風呂&昼食に利用しようと思っている民宿しらかわは事前に予約しておかないといけないんだった。
しかし、電話をかけたら、なんと「現在使用されておりません」。
じぇじぇ。廃業してしまったか。
2014年版の「山と高原地図」にも載っているんだけどなあ。

ならばと、少し歩くことになるが、この前見かけた「みやこ旅館」はどうだろうか。
「すいません。あいにくGWは日帰り入浴は受けていないんです」
まあ、そうだろうなあ。
残念だが仕方ない。秩父の銭湯クラブ湯にしよう。
そう腹をくくって再び歩き始めた。

それにしても、この下りは本当に容赦がない。さすが標高差300mである。
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でも、一瞬木々の隙間から見えた下界の風景は見事だった。
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我慢の下りがなおも続く。
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さすがに1回だけ休ませてもらった。
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へろへろになりかけたあたりで若御子断層洞及び断層群なる天然記念物に遭遇。
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説明によると、ここに存在する日野断層は落差1000m以上にも達し、境目の地層がずたずたに破砕されてしまったという。
その砕けた岩が地下水などで流されてできたのが、断層洞なのだそうだ。
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せっかくなので中に入ってみた。
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「断層鏡肌」と書かれたプレートがあったが、断層運動によって磨かれた鏡のようなつるつるの断層面を言うらしい。
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コケむしていて、よくわからなかったが。

もう一気に下ってしまいたいのだが、右手に鳥居が見えたので、捨て置けない。
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若御子神社の奥社だった。
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裏に回りこむと、近くの集落を見下ろせる場所があった。
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戻って、さらに下る。
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またわき道があったので、しぶしぶ寄り道。
今度は、断層掻跡。
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これも断層洞なのかな。
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これは何かの記念碑のようだが、寄付者と寄付金しか書かれていないので趣旨は不明。
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シカ柵を通り抜けると、やっと下界に出た。
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(つづく)
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矢岳(2)

【2016年4月30日(土)】矢岳
赤岩ノ頭(1448m)を越えて、川浦への道との分岐を通過した。
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尾根が広くなる。
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この先が、昨夜同宿したおじさんに注意喚起された場所だ。
「右の尾根に行ってしまいそうになるので気をつけて」と。
確かに行ってしまいそうになる場所ではあったが、踏み跡は左についていたし、地図をよく見ていれば間違えるような所ではなかった。
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右手に武甲山(1304m)を見送って
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左前方にだらだらと下っていく。
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等高線を見ているだけだと、ほとんど平坦な平和そうな尾根道なのだが、やはりそうはいかない。
小さなこぶが結構あるし
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岩場も少なくない。
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こんな細い隙間を通らなければならない箇所も。
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このこぶはかなり大きい。
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またしても万力岩。
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この岩はさすがに巻いたものの
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きつい登りが続く。
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ほとんどフィールドアスレチック状態である。
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3つ目の万力石を通過。
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でも、ようやく先が見えてきた気がする。
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赤岩ノ頭から30分弱で矢岳(1358m)に到着。
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ここにはさすがに山名板があって、うれしい。
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温度計も設置されていて、5℃を差していた。もう十分暖かい。
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しかし、眺望はほとんどないので、水を含んだくらいですぐに通過。
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おっと三角点チェックを忘れるところだった。
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その近くに、「浦山口」と書かれた道標が残っていたが、東に下りる道は見当たらなかった。
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西には、同宿のおじさんが登ってきたルートの踏み跡があるはずだが、それを確認するのは忘れてしまった。

ここからは長い下りになる。
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ただ、相変わらず小さなアップダウンは続く。
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でも、ツツジが時々慰めてくれるので、もう文句は言わない。
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驚いたことに、こんな道をこんな時間(まだ8時半前!)に人が登ってきた。
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聞くと、私が2日かけて歩いているコースを1日で歩くつもりで、早出してきたのだとか。
いやあ、こんなマイナーな場所を歩いている人にはやはり、いろいろといるもんだ。

なおもアップダウンは続く。
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でも、ほんとに新緑が鮮やか。
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さすがに、もう危険な箇所はなさそうだ。
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平坦な道でどんどん距離を稼ぐ。
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おお、また一人やってきた。
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意外に歩く人がいることに驚いた。

地形図に唯一示されている約1160mの小ピークを通過。
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新緑の秩父を満喫しながら歩く。
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もうずっと平和な道だろうと思っていたのに、またまたヤセ尾根出現。
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やはり最後まで気は抜けない。
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たぶん、ここが1144m標高点のあたり。
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この先でもまた単独男性とすれ違った。3人目だ。
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50mほどの急な斜面を下ると、またのどかな道になる。
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このあたりをデンゴー平と言うらしい。
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そして、いよいよまた登り返し。
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一応、たまには振り返っておく。
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1040mピークに向かう登りは、終盤一気に展望が開けた。
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右手の東斜面が完全に伐採されていたのである。
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北東に武甲山(1304m)。
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こちら側からだと、激しく削られた部分が全く見えない。
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眼下には浦山ダムによってできた秩父さくら湖。
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浦山方面の集落。
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真東には、小持山(中央左、1273m)と大持山(中央右、1294m)。
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この二つの山の全容を初めて見た。
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武甲山の左には奥武蔵の最高峰、丸山(右、960m)と外秩父の峰々。
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丸山のアップ。
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右だけ展望が開けた稜線を、1040mピークに向かって登っていく。
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あれだけ冷え込んだ朝がウソのように、日差しがまぶしい。
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南東にはバラモ尾根の向こうに有間山稜が望めた。
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大持、小持も含めた全景。
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ちょっと変則的だが、気持ちのよい尾根歩きである。
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少し進むと右後ろ下に、ネイチャーランド浦山の滝が見えてきた。
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振り返ると、七跳山(1651m)。
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その右に長沢背陵の稜線と左に赤岩ノ頭(1448m)。
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9:15に1040mピークに着いた。
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これまで1回もまともに休んでいないでの、ここで小休止。
倒木に腰を下ろした。
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コーヒーブレイク。と言ってもロイヤルミルクティーだけど。
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のんびり10分ほど休んだところで出発。
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しばらく進むと、背後に矢岳(右、1358m)が見えてきた。
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次のピークへ若干の登り。
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伐採された山肌と植林の深緑のコントラストがくっきりしている。
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大持、小持も堂々とした山容だ。
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振り返ると、これまで歩いてきた稜線がよく見える。
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矢岳と1040mピークのコラボ。
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七跳山から北東に延びる稜線は登山道の表示はないが、踏み跡はあるらしい。
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大平山(1603m)や大ドッケ、独標(1315m)などのピークもあるようなので、いずれ挑戦してみたい。

伐採エリア最後のピークにお別れ。
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再び、樹林帯に入る。
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わりと急な下りだ。
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ちょっと登り返すと、962mピーク。
ここを直進すると、フナイド尾根を下ってしまう。
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左折しなければいけないが、そこに大反山(854m)への案内。
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ここで引き返せと言われても、酉谷山(1718m)まで戻れと言うのか。
登り用に作ったものをそのまま貼り付けたのだろう。
本当に危ないのだから、こういうことを機械的にやらないでほしい。

里に近くなってきたのか、こんな手作りの道標もあった。
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この先は、180mほど一気に下る。
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100mほど下ったあたりで、鉄塔の下をくぐる。
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正面に見えている突起が大反山だろう。
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青空に映える新緑が実に美しかった。
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(つづく)
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矢岳(1)

【2016年4月30日(土)】矢岳
朝4時半過ぎに目が覚めると、すでに明るくなっていた。
まわりの皆さんはまだ寝ているが、活動を始めることにする。
まずはトイレを済ませて、今朝の富士山を確認。
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そして鷹ノ巣山(1737m)。
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今日も快晴だ。
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でも気温は零下3℃まで下がっており、水場にあったコッフェルの水は凍っていた。

15分後、モルゲンロートの富士山を。
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5時になったので、朝食の支度。
今朝はカップ麺。湯を沸かして注ぐだけ。
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皆さんも起き出してきて、雑談をしながらそれぞれ朝食。
前日電車が一緒だったおじさんが、矢岳(1358m)へ下る登山道への分岐が分かりにくいので、巻き道ではなく、尾根伝いに行った方がいいとアドバイスをしてくれた。
分岐は広場状になっているとのこと。
ただ、尾根沿いに行くと、ピークを一つ越えないといけないし、もう歩いたことがあるので、巻き道で行くと決めていた。
ただ、「広場状」との情報は現地で役に立った。

このおじさんはバリエーションルートをあちこち歩いている方だが、和名倉山(2036m)には登ったことがないらしく、「自信がないので、今度一緒に登りませんか」と他の同宿者に声をかけていた。
彼なら何の心配もないと思うが。

さて、歯磨きやパッキングなどをしているうちに、随分遅くなってしまった。
皆さんにご挨拶して、6時前に出発する。
南の空も随分明るくなった。
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早朝の大岳山(1267m)。
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小屋から直接、日原に下りる登山道にはロープが張られて通行止めになっていた。
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下の小川谷林道が崩落のため通れないからだろう。
このまま廃道になってしまうのだろうか。

まず初めの一歩。
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避難小屋さん、お世話になりました。
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路面にはさすがに霜が降りていた。
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アドバイスに反して巻き道を行く。すいません。
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こちらの方が歩いていない道なのだ。
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やっぱり、巻き道の方が平らなので楽ちんだ。
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まだ体が温まっていないので助かる。
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右手に朝日に照らされた酉谷山(1718m)が見えてきた。
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巻き道には陰にねっているので、まだ日が差さない。
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でも尾根を回り込むと、途端に日向になる。
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桟橋が登場。
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落ち葉に埋もれているので、踏み抜かないようにしなければ。
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切り立った場所もあり、十分注意して通過する。
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いよいよ、矢岳への分岐がある鞍部に近づいてきた。
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「この先登山道は消滅です」の表示。
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一応、踏み跡があるようだが、変なところに迷い込まないよう警告しているみたいだ。
ここが矢岳への分岐と言えるのかもしれないが、とりあえず鞍部まで進む。

すぐに鞍部に着いたので、そこで尾根に乗る。
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しかし、下っていく踏み跡は見当たらない。
考えてみれば、それもそうだ。
鞍部から直接下ると谷を行くことになってしまう。
矢岳への道は尾根通しの道なので、そこまでは少し登らないといけない。
ここでやっと「稜線沿いに行った方がいいよ」という助言の意味が分かった。
思い込みというのは、やはり恐ろしいものだ。

とにかく「広場状」の場所を目指して、少し戻るように稜線を歩き始める。
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振り返ると、2年半前に登った坊主山。
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日向谷ノ頭(1702m)に向かって少し登る。
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すると、「広場」と言えないこともない場所に出て、尾根が北に延びている。
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ここに間違いないだろう。赤テープも付いている。
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まずは牛首(峠)に向けて100mほど下るのだが、これがなかなかの難路。
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踏み跡もはっきりしないし、かなり荒れている。
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しかも急である。
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途中、両神山を覗ける場所があったが、気の抜けない下りだ。
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やっと最初の鞍部が見えてきた。
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牛首である。
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一応、ホッとして下ってきた道を振り返る。
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しかし、すぐに急な登り返しが待っている。
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こちらも、相当に容赦がない。
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ほぼ、よじ登るという感じである。
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岩場も次々に出てくる。
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DSC_7357_20160512064433e12.jpg

次のピークまで50mほどを登り切ると、左手の展望が開けた。
酉谷山と小黒である。
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1568mピークに着いた。
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ここからまた50mほどの急な下り。ロープが張ってある。
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この下りにも恐ろし気な場所が何か所もあった。
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下り切ると、しばしの間、平坦な道となる。
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これまで30分ほどのアップダウンで、すっかり靴の紐が緩んでしまったので、しっかりと締め直した。
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次のピーク立指山(約1525m)には難なく着いた。
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左の尾根に迷い込まないよう、厳重な通行止め。
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山名板もなく、展望も寂しいが、木々を透かして目指す矢岳を垣間見ることができた。
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ここで右に屈曲。
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100m近く、緩やかに下っていく。
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このあたりはまだ冬枯れの雰囲気が残っている。
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さっきまでの緊張とは打って変わって平和な道だ。
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とは言え、岩場もちらほら。
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しかし、等高線で示されないアップダウンがかなりあって、疲弊する。
DSC_7379_20160512064316234.jpg
10m以内の標高差なら等高線に現れない場合もあるのは承知しているが、明らかに20mを超えているような場所でも省略(もしくは認識できていない?)されている。
このルートは、これに随分消耗させられた。

正面に見えてきたのは赤岩ノ頭(1448m)。
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あそこまでは比較的楽に行けそうだ。
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右手に見えるのは長沢背稜の七跳山(1651m)。
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こんな場所では束の間リラックスできる。
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赤岩ノ頭への登り。
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楽勝かと思っていたら、ちょっとしたヤセ尾根も。
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頂上部分は鋭い感じ。
DSC_7388_20160512064223399.jpg
と思ったら、頂上ではなく、またしても等高線に現れない小ピーク。

でも、ここはツツジがまぶしいほどに咲き誇っていた。
DSC_7390_20160512064225f31.jpg
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今度こそ頂上か。
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いや、その先のここでした。
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幹同士がクロスすると、こういう状態になることもあると初めて知った。
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この先はまたしばらく、尾根の広いなだらかな下り。
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珍しく道標が現れた。
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地面に落ちている道標には「路なし」と書かれていた。
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ここは、烏帽子谷を経て、川浦に至る道との分岐だった。
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(つづく)
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熊倉山(4)

【2016年4月29日(金)】熊倉山
熊倉山(1427m)から南の稜線を歩き続けている。
檜岳(1451m)から1時間半近くかかってやっと、酉谷山(1718m)の頂上が見えてきた。
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2013年12月以来2年半ぶりの酉谷山。
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当時は雪山だったなあ。

頂上直下でバイカオウレンがお出迎え。
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若葉も落ち葉の中から芽を出していた。
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振り返ると、「山」の字の形に見える熊倉山(山頂は右)。
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もうどこからでも登れてしまう。道など関係なくなってきた。
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一応、道標のある場所が道なんだけど。
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さあ、もうすぐそこだ。
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頂上に躍り出ると、正面にどどーんと富士山が歓迎してくれた。
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時刻は、もう16時前。すっかり遅くなってしまった。
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南東に大岳山(1267m)。その手前はコスモス尾根の滝入ノ峰(1310m)。
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その右奥に、丹沢・仏果山(747m)を中心とする峰々。
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中央に御前山(1405m)。
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丹沢三峰(左、1360m)と蛭ヶ岳(右、1673m)。
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南に鷹ノ巣山(1737m)。
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こっちから見ると堂々たる山容だ。
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石尾根(奥)とタワ尾根(手前)。
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タワ尾根も新緑の季節を迎えていた。
DSC_7273_2016051105200584d.jpg

長沢山(1738m)方面の長沢背陵。
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反対側、三ツドッケ方面の長沢背陵。
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いくつもの尾根を越えて中央奥のまるい山頂はたぶん本仁田山(1224m)。
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アップにしてみると、その背後に青梅などの市街地を望むことができた。
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眺望を堪能したところで、避難小屋に向かうことにしよう。
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前回と同じ道だが、雪道だったので雰囲気は全然違う。
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左手に秩父の山並みが美しい。
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ブナ林を抜けていく。
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小屋まではちょっと下るだけという記憶があったが、意外に長い。
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それでも10分かからずに小屋のすぐ上にある峠に到着。
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すぐに小屋が見えた。
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長沢背稜の巻き道と交差。
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16:10、無事酉谷山避難小屋に到着した。
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中に入ると、先客が3人。全員、中高年の単独男性で、ある意味気が楽だ。
そんなに混んでいないはずという予想も当たった。
うち1人は、朝の電車で一緒だった人だったので、話しかけてみた。
「今朝、同じ電車でしたよね。武州日野で下りた方ではないですか」
「あ、そうです。一緒でしたか」
「早いですね。林道をずっと来たんですか」
「いいえ、矢岳経由です」
「そうですか」
と一旦は納得したものの、後で地図を見ると、日野から矢岳を通ってくる道はない。
改めて確認してみると、矢岳に直接詰め上げるバリエーションルートで来たらしい。
確かに歩きなれているような装備と風貌だった。
翌日は雲取山でテン泊とのこと。
「ちょっと行程が短いんですけどね」
でも、GWの雲取はテン場も大混雑になるだろうから、早めに到着するに越したことはない。彼のような健脚なら、泊まらずに下ってしまえそうだけど。

とにかくお腹が空いたので、寝床をセットしたら、食事の用意。
今夜はフリーズドライの野菜カレーとアルファ米である。
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ご飯が蒸れる間に、フリーズドライの豚汁をすする。これがまたうまい。
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ご飯の量が多いのでそこそこお腹いっぱいになった。

1時間ほどで食事を終え、腹ごなしに撮影に出る。
もうかなり日が長くなってきたので、17時を過ぎても全然明るい。
まずは、やはり富士山。
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鷹ノ巣山。
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大岳山。
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小屋の全景。ログハウス風。
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ここは豊富な水量を誇る水場があるのがうれしい。
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前回は冬だったので、少し細かったが。

こうして見ると、やはり奥多摩も奥が深い。
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戻って、しばし雑談していると、もう一人、やってきた。
あわててみな、シュラフを寄せ合って、一人分のスペースを作る。
でも、その人は矢岳から来たおじさんと外で立ち話をしていて、なかなか中に入ってこない。
「まあまあ、どうぞ中へ」と促したら、いやまだ明るいので行けるところまで行くつもりだとのこと。
今朝、奥多摩駅を出てからずっと歩き続けているそうだが、まだ歩くとは。
タフにもほどがある。世の中いろんな人がいるものだ。

そうこうしているうちに、まだ明るいのに、18時にはみなシュラフに入ってしまった。
すぐに寝息を立てている人もいるが、私はさすがにまだ眠れない。
圏外なのでSNS遊びもできないから、「山と高原地図」の電子版であちこちの地図を見ながら、しばらく今後の構想を練っていた。
19時前になって、あたりも暗くなってきたので、当方も寝ることにする。
トイレのついでにもう一度撮影。
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夜景も木々を透かして見ることができた。
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気温はすでに2℃。
今夜は冷え込むという予報だったので、重かったが冬用のシュラフを持ってきてよかった。

しばらく全然眠れないまま、静かにしていたら、いきなり小屋の扉が開いた。
(あ、もう一人来た。スペース作らなくちゃ)と思う間もなく、その人は扉を閉めて、中には入ってこない。
(え、いっぱいだから、外にテント張るの?)といぶかしんだが、ヘッドライトの動きが全くない。
行ってしまったようだ。
この先どこでビバークするつもりなのだろう。
こんな暗い中を歩いてくるような人なので、さらに歩いても苦にならないのかもしれないが。
そんなことを考えつつ、いつのまにか寝てしまったようだ。
夜中は2時間おきに目が覚めて、1時すぎにはトイレにも行った。
耳栓を忘れたので、どうなることかと思ったが、いびきもそれほど気にならず、ちゃんと睡眠は取れたようだった。

【行程】2016年4月29日(木)
白久駅(8:56)~白久林道コース登山口(9:24)~城山コース登山口(9:57休憩10:06)~966m標高点(11:01)~1238m標高点(11:51)~熊倉山(12:27撮影・昼食12:57)~檜岳(14:03)~(14:13休憩14:23)~大血川分岐(14:52)~小黒(15:24)~酉谷山(15:52撮影15:57)~酉谷避難小屋(16:11)
※所要時間:7時間15分(歩行時間:6時間15分)コースタイム:6時間5分
※登った山:4座(うち新規3座:熊倉山、檜岳、小黒)
※歩行距離:10.8km

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熊倉山(3)

【2016年4月29日(金)】熊倉山
熊倉山(1427m)から破線の道を酉谷山(1718m)に向かっている。
標高がほとんど変わらないまま、小さなアップダウンの繰り返し。
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しばらくは植林ではないので、熊倉山までの登りよりも雰囲気が明るい。
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もちろん、ツツジのおかげもある。
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左手には下界の集落も透けて見えた。
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尾根はしばしば露岩帯となって続いている。
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そして、頻繁に満開のツツジが現れる。
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これは実にいい時期に来たものだ。
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頂上から30分ほど歩いたところで、素晴らしい展望台に出た。
中央のピークは芋ノ木ドッケ(1946m)。右は白岩山(1921m)である。
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手前は三峰神社から雲取山(2017m)への稜線。奥は和名倉山(2036m)。
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右奥に両神山(1723m)。
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突起は、妙法ヶ峰(1329m)。
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手前は霧藻ヶ峰(1523m)、奥はおそらく唐松尾山(2109m)。
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長沢背稜。
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眼下には大血川の深い谷が切れ込んでいる。
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新緑の谷の美しさよ。
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山肌はピンクに染まっている。
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これから歩く稜線の向こうに酉谷山。
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中央の突起は小黒(1650m)であろう。
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ほんとに夢心地であった。
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この先はいきなりの巨岩トラバース。
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そしてツツジの歓迎。
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木の根の洗礼、と続く。
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時々、展望が開けて、両神山などが楽しめる。
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全く飽きさせない道で、破線にしておくのがもったいない。
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アップダウンの間には、こうした平坦な道も多く、距離が稼げる。
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そうこうしているうちに熊倉山から1時間ちょっとで檜岳(1451m)に到着した。
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山名板を期待したのだが、何もなかったので、むなしく通過。
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ここから植林の道を100mも下らないといけない。もったいないが仕方ない。
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標高1350mの鞍部。
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これからまた100mの登り返しとなる。
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とりあえず目指すのは1452mピークなのだが、地図に記されていない山名があるといいなあ。
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少々疲れてきたので、登りの途中だが休憩する。
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一瞬の解放感を味わった。
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10分ほどで出発。
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振り返ると、檜岳。
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このあたりから二重山稜っぽい地形になる。
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尾根も広く、ガスがかかると迷いやすいかもしれない。
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でも、晴れていれば気持ちのいい道だ。
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やはり、植林じゃないところは雰囲気が明るくてよい。
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でも、1452m標高点あたりは茫洋としていて、ピークが分かりにくかった。
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多分このあたりだと思うのだが。
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結局、山名板は見当たらなかった。
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なだらかに30mほど下る。
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その途中、何でもないところでスリップして、尻もち。
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う~ん、油断してしまった。

そして再び登りに転じる。
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と言っても、実になだらか。
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途中に太い倒木もあるが、気にならない。
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この登りは次のピーク小黒(1650m)まで230mほど続く。
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間もなく、大血川に下る道との分岐を通過。
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この分岐は標高約1470mの地点にある。
道は地形図には載っていないが、「山と高原地図」では破線で示してあった。
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分岐にはこんな手書きの表記も。
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酉谷山への道はここで大きく左にカーブ。
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傾斜も徐々に増していく。
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まわりにはブナが増えてきた。
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この木は目立っているが樹種は分からない。
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前方に小黒らしきピークを確認。
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すると斜度はさらに、きつくなる。
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そして、いきなり道も荒れてきた。
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この道標があるということは道を間違ってはいないようだが、どんどん小黒を巻いてしまっている気がする。
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「山と高原地図」には、登山道が小黒のピークを通過するように書かれているが、現地では実は巻いていたなんてことは、よくある。
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しばらくトラバース気味に踏み跡をたどりつつ
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左の斜面に踏み跡がないかどうか目を配った。
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しかし全くその気配はなく、このままでは小黒を本当に巻いてしまいそうだ。
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ただ、それでも道は間違っていないらしい。
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でも、ピークハンターとしては小黒を登らないまま進むわけにはいかない。
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かすかな踏み跡を頼りに、ピークに向け直登に転じることにした。
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その踏み跡はすぐになくなり、とにかく上を目指すしかなくなった。
とくに危ない箇所はなかったが、急斜面を乗り越えてみると、そこには赤テープのある、ちゃんとした踏み跡が通じているではないか。
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この道をどこで外してしまったのか、全く見当もつかない。
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でも、これをたどると、たやすく小黒の頂上に着いた。
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ちょっと苦労しただけに、この山名板はうれしかった。
大血川分岐から30分ほどかかった。

酉谷山への道は、うっかり東の尾根を行きそうになったが、この小さな道標が修正してくれた。
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え~こっちに道なんかある?と思いつつ、ちょっと進んでみたら、木に隠れて小道が確かにあった。

これを50mほど一気に下ると、大血川峠。
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ここにたどり着いて、ふと思う。
さっきの巻き道が正規の道ならば、ここに通じているはずだが、そんな道は全く見当たらない。
やはり、赤テープのあった道が正規の道なのだろう。
だとしたら、巻き道にあったあの「熊倉山→」の道標は何だったのか。
それに、いつ赤テープの道を外して、巻き道に入り込んでしまったのか。
全く狐につままれたような気分である。
ここは酉谷山からの下りで道に迷いやすく、遭難事故が何件も発生している場所と聞くが、登りも難しい。要注意のエリアであることは間違いない。

とにもかくにも、ここから酉谷山までは、あと120m。もう、ひと踏ん張りだ。
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振り返ると、その名の通りのイメージの小黒。
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一気に登ってしまいたいところだが
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靴のひもが緩んだのを口実に、ひと休み。
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登山再開後は、木の根との格闘。さすがに急だ。
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それでも、コケに励まされ、しばらく我慢が続いた。
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(つづく)
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熊倉山(2)

【2016年4月29日(金)】熊倉山
熊倉山(1427m)の城山コース登山口から登り始めた。
間もなく、猛烈な急登。
久しぶりの避難小屋装備なので、背中が激しく重い。
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おそらく15キロ近くあるはず。
それなのに、こんな道とは思えないところを登れというのか。
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この急坂は傾斜がやや緩むまで標高差で350mも続く。
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全然足が上がらない。骨折してから、どれだけ軽い装備に慣れてきたかが実感できた。
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このくらいの重量は、骨折前なら普通に歩けていたはずなのだ。
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5月半ばに控えた大峰のテント縦走の練習も兼ねていたつもりだが、やっておいてよかった。
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当日が思いやられることには違いないのだが。
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急坂と格闘すること45分。地形図には載っている白久鉱泉からの道との合流地点に着いた。
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「山と高原地図」には、その道は掲載されておらず、現地でもそれらしい道は確認できなかった。
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すでに廃道になっているのだろう。

さらに登ると間もなく、996m標高点。
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休憩したかったが、とくにピークでも何でもなく、腰を下ろせるような場所でもないので、しぶしぶ通過。

この先でやっと傾斜がゆるくなる。
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そうは言っても、厳しい登りであることには違いない。
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だらだらのまま、さらに100mほど標高をかせぐ。
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だんだん、路面に石灰岩が露出するようになってきた。
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若葉がみずみずしい。一服の清涼剤だ。
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もう花びらを落としているツツジもあった。
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みんな裏側になっている。
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右手に両神山(1723m)を遠望。
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いったん木の根地帯に突入する。
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結構激しい。
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かと思ったら、急な下り。
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ロープが張ってあった。
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でも、すぐにヤセ尾根の登りに転じる。
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このあたりで標高は1100m。
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再び、傾斜が急になる。
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ここから標高差100m以上。踏ん張らないと。
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看板にある通り、かなり足場も悪い。
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巨岩は右にトラバース。
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さらにロープで乗り越えていく。
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そんな時、このピンクには本当に癒やされる。
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ただ延々、植林の中だ。
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11:45頃、またまた地形図にしか載っていない沢コース登山道との合流地点を通過。
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標高は1200mを超えた。
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少し展望がよければ、お昼にしようかと思っていた1238mピーク。
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期待はずれだったので、お昼はお預け。
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下りは、ちょっと怖いヤセ尾根。
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慎重に通過する。
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鞍部に左へ下る道を示す道標があったが、廃道になっていた。
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さあ、ここから頂上まで標高差残り200m。
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巨岩を左手に見て進む。
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50mほどでいったん傾斜がゆるむ。
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ところどころ木の根がうるさい。
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おお、やっと頂上らしきピークが見えてきた。
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ここで、この日初めて、登山者の姿を見る。
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あれだけ車が駐まっていたのだから、頂上にはもっとたくさんいるのだろう。

再び急登に転じた。
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そして2人目。
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道はジグザグとなる。
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左手に木々を透かして武甲山(1304m)。
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3人目。単独の男性ばかりだ。
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一瞬、下界が覗く。
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さっきの1238mピークも見下ろせた。
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さあ、いよいよ終盤戦。
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日野コースとの分岐の手前で、下ってきた熟年夫婦とすれ違う。
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「今日は開山式だったのよ。もう終わったけど。まだ神主さんはいるわ」
と教えてくれた。
そうか、だからあんなに車があったのかと、ここで初めて納得できた。

というわけなので、その後は続々と下りてきた。
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あの団体さんは日野コースを下って行った。
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ここまで来れば、もう頂上は目と鼻の先である。
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障害物競走のような場所も苦にならない。
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アート作品のような岩だ。
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12時半前に、なんとか登頂。
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同時に何人かが下っていき、ほとんど誰もいなくなった。
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こちらはまず撮影タイム。
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西側がわずかに開けている。
奥は甲武信岳(2475m)から三国峠(1730m)へと続く稜線。
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アップにすると、中央が甲武信岳。その左が木賊山(2469m)、右が三宝山(2483m)。
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大きな山体を横たえるのは和名倉山(2036m)。
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これはおそらく唐松尾山(2109m)。
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東側もちょっとだけ見えた。小持山(左、1273m)と大持山(右、1294m)。
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その左に武甲山。
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ここは三等三角点。
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頂上の奥には小さな石の祠がある。
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たった今、神事が行われた痕跡があった。
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ロープが張ってあるのは、土砂崩れのため通行禁止となっている白久林道コースの入口。
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ひと通り撮影も終えたので、適地を探して腰を下ろす。
ひゃ~疲れたわい。
本日もメニューはおにぎり2個。
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四万十川のり佃煮は初めてだったが、なかなかのヒット作だった。

15分ほどで腰を上げ、13時前に出発。
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頂上奥では熟年夫婦がお昼を食べていた。その横を通り過ぎる。
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この先は破線コース。ちょっと緊張する。
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しかし踏み跡はしっかりしていて、とくに道に迷う心配はなさそうだ。
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こんなアリ地獄のような場所もあるが、落ちなければ問題ない。
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アセビの若葉。
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そして、このコースはまさにツツジの天国だ。
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(つづく)
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熊倉山(1)

【2016年4月29日(金)】熊倉山
秩父から熊倉山(1427m)に登って、破線をそのまま南下し、酉谷避難小屋に宿泊、翌日もやはり破線コースの矢岳(1358m)を経由して秩父に下るという周回コースは、ここ数年来の懸案だった。
この構想が思い浮かんだのは、2013年12月の長沢背陵縦走で酉谷避難小屋に泊まった時、秩父から矢岳の稜線を登ってきたという人の話を聞いたからだ。
「そんな道があるのか」
破線のようだから、踏み跡が落ち葉や雪で見えなくなってしまう晩秋や冬は避けたい。
夏は暑そうだし、ヤブもうるさそうだ。
ということで早春か秋を狙っていた。
しかし、酉谷避難小屋は5人泊まるとぎゅうぎゅうなのに、前回は12月で8人もの登山者が押しかけて、遅れて着いた人は土間に寝ていた。
それを考えると、空いている時期にしないと、あぶれてしまう可能性もある。
そこで思い付いたのがGW。
GWはみんなもっとメジャーな山に出かけることが経験から分かっている
実はねらい目なのだ。
そんなわけで、この日の決行となった。
風が強いようだが、晴天の予報。そんなに条件は悪くない。

車で行ってもいいのだが、駐車場が「道の駅あらかわ」しか思い浮かばない。
そこに駐めるとアプローチが長くなってしまうので、やはり電車にした。
下山後の風呂は、秩父鉄道白久駅にほど近い民宿しらかわで入る予定だ(旧版「埼玉県の山」に載っていた)。
となると、矢岳ルートから登って、熊倉山ルートを下った方がすぐ風呂に入れるのだが、矢岳ルートの方が時間がかかるので、早く小屋に着ける熊倉山ルートを登ることにした。
民宿へは下ってから電車で移動すればいいや、という判断だ。
実はこの計算、かなり狂ってしまったのだが。

とにかく方針は決まって、新所沢6:40発の電車で出発。
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特急は使わずに、各駅停車を乗り継いで行く。いつもとは違うカラーリングの電車だった。
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西武秩父に8:09着。
仲見世は大規模改修中で、秩父鉄道御花畑駅への道はやや迂回を強いられた。
その間にいくつか顔はめパネルを通過。
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御花畑駅にも顔はめがあったが、忙しいのでいずれも構っている暇はなかった。
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この駅には、都内では相次いで取り扱い中止となっている自動新聞販売機がまだ現役だった。頑張れ~!
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切符を買って、ホームに。この駅の愛称は芝桜駅。
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芝桜はちょうど今どきが見頃だ。
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三峰口方面を見ると、西武線のホームと車両を望むことができた。
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数分後、秩父鉄道の電車が入線。GWだけに登山者が多い。
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重装備の方は、三峰神社から雲取山(2017m)、甲武信岳(2475m)方面への大縦走だろうか。

それにしても派手なラッピングの電車が来た。
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車内の天井も何やら描かれていた。
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8:40白久駅に到着。
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ここで下りた登山者は私を含め2人だけだった。

まずは電車をお見送り。
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さようなら~
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今日はかなり空気が澄んでいる。
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うん、いい感じだ。向こうに見えるのは秩父御嶽山(1080m)。
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トイレで朝のお勤めも済ませたので、駅から出ましょう。
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ローカル線のムード満点だ。
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駅前の商店。いつごろ閉めてしまったのか。
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反対側には元旅館という雰囲気の建物。
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ここは標高327m。熊倉山まで標高差ちょうど1100mだ。
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さあ、出発。時刻は8:56。
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この先の白久鉱泉郷にはかつて3軒の宿があったようだが、今営業しているのは谷津川館のみ。
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間もなく、前方に赤い鳥居が見えてきた。
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どの表記も「正一位玉姫稲利大神霊」となっているが、これで正しいのか。
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「稲荷」じゃなくていいのかな?

高台から秩父御岳山を望む。実にいい色だ。
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林道をさらに進むと、正面上に熊倉山が見えてきた。
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かなり険しそうだ。
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このあたりは県立武甲自然公園。秩父多摩甲斐国立公園とは重なっていないだろうか。
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右手を登っていくと秩父札所30番の法雲寺なのだが、寄り道はしない。
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そうか、もうそんな季節か。
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谷津川館もいずれ車で来た時に入浴させてもらうことにして、通過。
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めすらしく路傍の石仏。
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温泉タンク車。これは鉱泉を吸い上げているんだろうな。
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そうじゃないと意味がない。

谷津川の清流。
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黙々と林道を登っていく。
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左手に湧き水。
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右手には廃屋群。別荘にしては粗末すぎるが。
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今度は小さな祠。
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木漏れ日の中を進む。
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そして巨石を通過。
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駅から30分弱で熊倉山の白久林道コースの登山口に到着した。
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しかし、この道は土砂崩れのため通行禁止だった。
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この先の林道が屈曲する地点、直進方向の脇道の先に廃屋らしきものが見えたが、省略してしまった。
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しかし、そこが温泉跡であることを、後で地形図を見て気づいた。痛恨の失敗だった。
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それを慰めるかのような、青空に映える新芽。
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さくさく登る。
熊倉山登山口のある峠の直下にパトカーが駐めてあった。遭難事故でもあったのだろうか。
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このあたり標高600mほどだが、新緑がだんだん濃くなりつつある。
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駅からちょうど1時間。峠に着いてみてびっくり、車が6~7台も並んでいるではないか。
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GWとは言え、こんなに人気のある山だったのか。
みんな、避難小屋で泊まったりせず、日帰りで戻って来てくれますよう。
後で知ったことだが、この日は熊倉山の開山式が山頂で行われたらしく、関係者が登っていたらしい。
パトカーもその関連だったのだろう。

登山届の用紙をケースから取り出して、前回休んだ防火水槽の上に座り込む。
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記入しながら、行動食のお菓子を少々口に放り込んだ。
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書き終わったら、ポストに提出。
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実はこれがきっかけで、秩父警察署から後日連絡があった。
4月30日に奥多摩側の東日原から酉谷山(1718m)を目指していた62歳の単独女性が行方不明になっているというのは、その後のニュースで知っていたが、私はその日、逆側の矢岳方面に下ったので、その方とは会いようがなかった。
でも、同じ日だっただけにちょっと気になっていたのだが、秩父署が私の提出した登山届を見て、何か知っていないか問い合わせてきたのだ。
こういう照会は2度目だ。
結果的にお力にはなれなかったが、登山届にはこういう役割もあるのだと改めて思う。

さて、10時も過ぎたので出発しよう。
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登り始めてすぐ、右手に両神山(1723m)が見えて感激。
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奥は熊倉山の聖尾根。
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右は秩父御岳山。
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全体が見えました。
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ちょっとだけ登った後は束の間の平坦な道。
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並木の間から城峯山方面(1038m)も望むことができた。
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旧荒川村の集落。今日は本当に空気が澄んでいる。その分、風が強いが。
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さあ、いよいよ傾斜が出てきた。
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と思った途端、標高差350mに及ぶ容赦ない急登が始まった。
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ジグザグに道を付けてくれてはいるものの、かなりきつい。
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(つづく)
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七面山(12)

【2016年4月24日(日)】七面山
七面山(1989m)から、やっと下ってきた。
最初の下界の風景は神通坊の墓地だった。
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こちらは御崎稲荷大明神。
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里でも桜が咲いていた。
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神通坊の本堂。
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境内に、「是ヨリ四十八丁」の標識。
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計算は合う。裏参道で最初に見た丁目石は、奥之院から1丁下った三十八丁目だから、奥之院まで39丁。
表参道吉祥門に「奥之院まで8丁」とあったので、足して47丁。
吉祥門から敬慎院まで1丁とすれば、合計48丁になる。

これで七面山は表参道も裏参道も踏破した。
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ここ角瀬集落もかつての宿坊の街だったのだろう。
いくつか確認してみる。俵屋旅館。
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ひのや旅館。
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食事をしたら、ここで入浴すべく、先に話をつけておいた。

とにかく腹が減った。
昨夜と今朝が極端な精進料理だったので、肉が食べたい。
幸い、こんな小さな集落にも観光拠点ということだからか、食堂があったので飛び込んだ。
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まずはビールで喉を潤す。
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本当は、缶ビールは売り物ではなかったのだが、「瓶だと量が多すぎるので」と言ったら、「私物だけど」と言って出してくれた。つまみ付きで300円だった。

メニューを見て、一番高いトンカツ定食(1000円)を注文。
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かなりボリュームがあり、御飯は残してしまったが、肉は美味しかった。
バスの時間は14:33。まだお昼になったばかりなので、あわてずゆっくりいただいた。
あまり愛想のない女将さんだと思っていたが、会計の時に「富士山は見えましたか」と聞いてくれた。
「今日はだめでしたが、昨日はよく見えました」
満腹。ごちそうさまでした。

すぐに、ひのや旅館に移動する。
女将さんが出てくるまでの間、玄関にある売店で、どんなお土産ものがあるのか物色。
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お風呂は、鉱泉で加温しているが、七面山温泉を名乗っている。
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当然のように独占状態。
昨日は体を洗えなかったので、念入りに垢をこすった。
無色透明のさらさらした単純硫黄鉱泉で、いい湯だった。

湯から上がると、休憩室にお茶とお菓子が用意してあった。
まだバスの時間まで30分以上もある。
畳の部屋に座布団をしいて横になった。
うっかり寝てしまい、やべっと飛び起きたが、10分しか寝ておらず、なんてことはなかった。
でも、また寝入ってしまい、乗り遅れると何時間待たないとならなくなるか分からないので、その後は起きていた。
14:20頃おいとまし、バス停へ。
時間があるので、ちょっとだけその辺を散策。
まずは私の好きな廃屋を発見。
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こちらは、廃業した旅館こなや。
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七面山口郵便局。
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急流の早川。
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その向こう岸に散らばる家並みは薬袋(みない)の集落。
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ここで春木川が早川に合流する。
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早川の向こうの山は、いい形で目立っているが残念ながら名前がない。
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14:30ちょうどにバス停に到着。
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バスも定刻通りにやってきた。早川町乗合バスである。
乗客は私のほかに地元の方1人。
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早川の車窓を眺めながら、25分のバスの旅を楽しむ。
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下部温泉駅に着いたのは15時前。
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身延線の時刻表を見ると、次の甲府行きは15:19発の特急ワイドビューふじかわ7号だ。
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しばらく時間があるので、また周辺を散策。
まずは駅舎をコレクション。
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身延町のマンホールもチェック。
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これは、どなたの言葉なのだろうか。
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駅前の旅館組合案内所。昭和な感じが好ましい。
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駅のホームには毛無山(1964m)ハイキング下車駅の案内。
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こっち側から登るのは、かなり大変だ。

線路を渡ると下部ホテル。
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ここは身延線の電車からもよく見えるホテルだ。
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常葉川をいで湯橋で渡る。
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この橋は毛無山の格好の展望スポットである。
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さて、駅に戻りましょう。
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ふじかわ号到着。
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切符を買っていないので、車内で甲府からの特急券も併せて買おうとしたら、甲府駅で買ってくれとのこと。
甲府での乗り継ぎ時間は8分しかない。買う時間あるかなあ。

16:02甲府着。
乗り継ぐかいじ118号は甲府始発のようなので、指定券を買うのは止めて、自由席に乗り込む。
全然余裕で座れた。
本来ならビールでプチ打ち上げといくところだが、さっき食堂ですでに飲んでいるので、ここでは大人しくしておいた。
車窓を眺めたり、うとうとしたり。
立川、国分寺、東村山と乗り換えて、18:07新所沢着。
今回は実に新鮮な信仰登山の旅だった。
私は、なるべく行ったことのない山に行く主義だが、七面山は1年に1回くらい来てもいいなと思った。
問題は、あの質素すぎる精進料理だけど。

【行程】2016年4月24日
敬慎院(6:36)~遥拝所(6:39撮影6:41)~七面山(7:22撮影7:27)~希望峰(7:43撮影7:49)~七面山(8:04)~敬慎院(8:31パッキング8:35)~二の池(8:46撮影8:49)~奥の院(8:57撮影、着替え9:07)~明浄坊(9:35休憩9:49)~安住坊(10:30撮影・休憩10:39)~七丁目休憩所(11:14)~やませみ食堂(11:46)
※所要時間:5時間10分(歩行時間:4時間18分)コースタイム:5時間20分
※登った山:2座(七面山、希望峰)
※歩行距離:11.1km


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七面山(11)

【2016年4月24日(日)】七面山
七面山(1989m)の裏参道を下山中。
10:30ちょうどに十九丁目にある安住坊まで下りてきた。
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ここも営業はしていないようだ。
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だいぶ疲れてきたので、ここでも小休止。行動食のチョコをいくつかつまむ。
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10分ほどで出発。
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大トチノキに別れを告げる。
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しばらく、だらだらとした坂を下っていく。
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十八丁目(10:42)を通過。
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このあたりにもイワカガミが咲き乱れていた。
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普通のイワカガミと違って、花の色が白い。
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これはミツバツツジ。
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新芽も青々としていた。
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何だか、下の方から団体さんの声が聞こえた気がした。
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題目を唱えながら、登ってくるのだろうか。
そう思ったら、何だか自分もやりたくなり、その瞬間からずっと南無妙法蓮華経と声を出して唱えながら登山口まで下った。
人とすれ違う時はちょっと恥ずかしくて小声になったが。

十七丁目(10:46)。
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続いて十六丁目(10:49)。珍しくカゴにお賽銭があまり入っていない。
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右手、木々を透かして赤沢宿の街並みが見えた。
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十五丁目(10:52)。
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ここのバス停には塩水が常備されていた。
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夏になるとヒルが出るらしい。

このあたりは、かなり急な下り。
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十四丁目(10:56)。
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単独の男性とすれ違う。
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大声で題目を唱えていたのを聞かれてしまった。
まあ、信者だと思ってくれるはず。薄気味悪い思いはさせてないだろう。

十三丁目(10:59)。
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種類の分からない若葉。
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おお、まだヤマザクラが満開だ。
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十二丁目(11:01)。我ながら題目も名調子になってきた。
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「な」を延ばして、「む」と「みょう」をつなげるのがコツだ。

十一丁目(11:04)。
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十丁目(11:06)。あと4分の1。
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九丁目(11:08)。2分で1丁のペース。快調だ。
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八丁目(11:11)。題目を唱え始めて、30分近く経つが全然飽きない。
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と言うか、かえっていいリズムで下れる。

杉並木を通過。
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七丁目(11:13)。
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間もなく宿坊らしきものが見えてきた。
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団体さんが休んでいる。
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さっき聞こえたのは、この方々の声だったようだ。
このグループは登る途中ではなく、雰囲気からして下山中だった。

私も休みたかったが、団体さんに気後れして、とりあえず付近の撮影。
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ここは宿坊ではなく、ただの休憩所のようだった。

近くの山々が望めた。
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南アルプス核心部は雲の中。
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やむなく通過して、六丁目(11:18)。
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右手に新緑の身延山(1153m)を望む。
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五丁目(11:21)
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路面に砕石が増えてきた。
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四丁目(11:23)もこんな状態。
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このバス停にも塩水。
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三丁目(11:25)。
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この先で、高齢者を含む家族連れを抜かす。
腰をかけて休んでいたおじいさんに「軽々と下ってますね~」と感心された。
「いいえ、もう疲れました」と答えたが、普段登山していない人にこの長い下りは確かにきついと思う。

題目の石碑。表参道にも同じタイプのものがあった。
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二丁目(11:27)。
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石仏にもしっかり唱題。
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だいぶ傾斜が緩くなってきた。
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題目の石碑も新しい。
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そして、とうとう一丁目(11:30)。
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山の神。
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はい、下りてきたよ~
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正面はたぶん920m峰。
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入口はお寺なのに鳥居だった。
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七面大明神なんだから仕方ない。

(つづく)
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七面山(10)

【2016年4月24日(日)】七面山
二ノ池を過ぎると、すぐに御神木の大イチイへ通じる分岐に出た。
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「これより約400m」とある。
山道で400mというのはそれなりの距離だ。
延々下って、それからまた登り返さないとならないなら、ちょっときつい。
この道は奥之院までつながっているようなので、奥之院から近かったら行ってみよう。
そう考えて、ここではパスした。

間もなく、道に色とりどりの幟が現れた。
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奥之院の宣伝のようである。

門をくぐると出世稲荷大明神。
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とくに出世欲はないが、一応ご挨拶だけ。

正面に巨大な岩が鎮座している。影嚮(ようごう)石である。
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永仁五年(1297年)、日朗上人がこの石のところでひと休みしていたところ、七面大明神が現れたので、その名が付いたという。
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石のまわりを7回題目を唱えながら回るとご利益があるそうだが、時間がもったいないので省略。
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左手の階段を登ると、奥之院。
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日朗上人が影嚮石の前に祠を結んだのが、その始まりと伝わる。
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ここはしっかりと参拝。南無妙法蓮華経。
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御神木まで徒歩20分とあったので、やはり今回は断念することにした。
また機会もあろう。

お堂の右側から裏参道が続いている。
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いきなり急な坂だが、これでは車は通れない。
てっきり、裏参道はずっと車の通れる道なのかなと思っていたが、そうでもなさそうだ。
となるとやはり、本社と奥之院の間を走る車はヘリで運んだのだろう。
おそるべき久遠寺の経済力である。

こちらの参道は必ずしも状況はよくない。
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小さな沢は鉄板で渡る。
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いきなり出た丁目石は三十八丁目(9:10)。
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本社から奥之院までの8丁を足しても、表参道の50丁よりはやや少ない。
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前のめりになった三十七丁目(9:13)。
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しばしトラバース。快適だ。
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三十六丁目(9:15)も傾いている。
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すぐ先に、海畑集落に下る道との分岐。
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「山と高原地図」では破線になっているが、そちらもまあまあちゃんとした道のようだ。
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三十五丁目(9:19)。そろそろ直してあげた方がいいのではないか。
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裏参道というだけあって、手入れが行き届いていない気がする。

朝食が少なかったのか、小腹が空いたので、予備食のカレーパンを歩きながら食べてしまう。
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ここでつないでおけば、お昼は下界で食べることができる。
本当はカップ麺の準備もあったのだが。

三十四丁目(9:23)。
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ザルにはお賽銭がいっぱい。
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急な下りで靴のひもが緩んだので、ここで締め直す。
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これでよし。
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ここは、ちょうどヘアピンカーブだった。
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三十三丁目(9:28)。考えてみれば、こちらの丁目石は表参道と比べて、お金がかかっていない。奉納者がいないのだろうか。
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アセビの花が満開だった。
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今度は横に倒れかかった三十二丁目(9:31)。
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このあたりは平らで歩きやすい。
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赤いペンキが剥げた三十一丁目(9:34)。
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営業はしていないが、宿坊が現れた。
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明浄坊である。
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しっかりとシャッターが閉まっているが、名前からして表参道登山口の明浄院と関係あるのだろうか。
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誰もいない坊で、スイセンが健気に咲いていた。
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休憩所からは、雲をまとった毛無山(1964m)を望むことができた。
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のんびり15分ほど休ませてもらった。
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さて、出発。
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ここは三十丁目(9:35~9:50)だった。
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ヤセ尾根を通過。
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新緑の山肌を見下ろす。
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すっかり埋もれた二十九丁目(9:53)。
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お賽銭もすっかり錆びている。どのくらいのペースで回収しているのだろうか。
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ちょっと振り返ってみた。
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お賽銭のカゴがほぼ空になっている二十八丁目(9:56)。
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どんどん下ろう。
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お賽銭のカゴが傾いている二十七丁目(10:00)。
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時々、傾斜がゆるんでくれるのでありがたい。
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ほう、イワカガミを発見。今年初かな。
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結構な群落を形成していた。
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岩のゴツゴツした道を下る。
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花が黄色いヒカゲツツジ。
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これは葉っぱが5枚あるので、ゴヨウツツジ。
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新緑もまぶしい。
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落ち葉も賽銭になっている二十六丁目(10:05)。
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巨岩のほとりに小さな祠。
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白い蛇が祀られている。
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白紅姫龍王善神と書かれているが、これが白蛇のことなのか。

再び平らな道。
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そして古びたバス停。
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その先で古い道しるべを見つけたのだが、「右 けものみち」だろうか。
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昨年の落ち葉を踏みしめながら、高度を下げていく。
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あれれ、二十四丁目(10:13)だ。二十五丁目を見逃したようだ。
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それとも、道しるべの前にカゴがあったので、あれが二十五丁目だったのか。

気にせず、どんどん下る。
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あの石垣は炭焼き窯の跡だろうか。
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そして二十三丁目(10:16)。
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いま気づいたが、何だか晴れてきた。今日はぐずつく予報だったのに。
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カゴが二重になっている二十二丁目(10:20)。
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再び急坂に転じた。
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二十一丁目(10:23)。結構、下りも長い。
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新緑が励みになる。
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二十丁目(10:27)。
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お、またまた宿坊が見えてきた。
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ここには日朗上人お手植えと伝わるトチノキの巨木がある。
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ふもとには小さな祠が祀られていた。
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(つづく)
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七面山(9)

【2016年4月24日(日)】七面山
七面山(1989m)の山頂を目指している。
途中、下ってくる女性2人とすれ違った。
昨夜同室だった方だ。朝のお勤めをパスして、早立ちしたらしい。
断崖側にロープが張られた道を進む。
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100mほど登った後は、再びなだらかになる。
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コケ生した湿地状の場所を抜けると
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一気に頂上に踊り出た。随身門から40分ほどだった。
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頂上は広いが、眺望はほとんどない。
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ここは山梨百名山。自身71座目である。
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方位指示盤には標高1982mと書かれている。
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これは、ここの三角点の高さ。
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実は、となりのピークが最も高い1989mである。
ここに来た時点では、それに気づかず最高点を踏まずに通過してしまった。痛恨事である。
でも、山頂の標識があるところまで来たので、「登った山」には認定することにする。

ところで、この指示盤を見て、もう一つ気づいたことがある。
篠井山(1394m)と十枚山(1726m)が南方向に書かれている。
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あいにく、ここからは樹林に隠れて見えないのだが、さっき特定できずもやもやしていた山はこれらだろうか。
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ちょっと遠すぎる気もするので確証は持てないが、候補として挙げておく。

ここに奥之院があるはずだと勘違いしていたので、祠らしきものを探したのだが、何も見当たらない。
その代わり、別の手作り山名板を見つけた。
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これで引き返すと、下界に早く着きすぎてしまう。
実は、ここからさらに南へ八紘嶺(1918m)方向に進むと、希望峰(1980m)というピークがある。
往復2時間かかると思い込んでいて躊躇していたのだが、「山と高原地図」をよく見ると、片道わずか25分だ。
ほぼ空身なので、40分で往復できるだろう。
迷わず行くことに決めた。
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この先はあまり歩かれていないと思われるが、道は悪くない。
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樹林帯の雰囲気も悪くない。
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なだらかなアップダウンが続き、いいリズム。
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路面がカラマツの落ち葉でふかふかなので、膝にも負担がかからず、歩きやすい。
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思わず駆け出したくなるようなコースだ。
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正面に見えてきたのが希望峰だろうか。
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左手のくぼ地が気になる。
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涸れているが、どうやら三ノ池のようだ。
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サルオガセのお化け。薄暗くなっていたら、びっくりしただろう。
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足元には、可憐なバイカオウレンが咲いていた。
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さあ、ピークへの急登に突入。
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頂上直前で、単独男性に追いついた。
あれ? ちょっと様子がおかしいぞ。
ザックを背負っていない。完全な空身でここまでピストンしているのかなと思った矢先に、ぷ~んとあの臭いが。
なんと、あのおじさん、ここでキジ撃ちをしていたのだ。
もっと茂みの中に入ってやればいいのに。
こんなところに誰も来ないだろうと高をくくっていたのだろう。
道理で私の顔をちらりと見ただけで挨拶をしなかったわけだ。

七面山の山頂から15分で希望峰に着いた。
着いてみると、○んこのおじさんが属する5~6人のグループがたむろしていた。
どうやら、八紘嶺まで縦走するようだ。
おそらく梅ヶ島温泉まで下って、そこから先はバスで静岡駅を目指すのだろう。
私が来たのを潮に出発して行った。
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「山と高原地図」には「希望峰~八紘嶺間は展望はほとんどない」と書かれているだけに、縦走する人など滅多にいないだろうと思っていたが、いきなり出くわした格好。
高をくくっていたのは私かもしれない。

それはともかく、ここは西の展望が開けている。
なだらかな曲線を描くのは、青笹山(右、2209m)から三ノ沢山(左、2080m)にかけての稜線。あそこには一般登山道がない。
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晴れていれば、その向こうに光岳(2591m)や聖岳(3013m)あたりが見えたのだろうが、残念なことをした。
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三ノ沢山の肩の向こうに覗くのは、黒法師岳(左、2067m)と不動岳(2171m)だろうか。
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右手すれすれに七面山の1989m峰。
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眺望ばかりに気を取られて、山名板を確認するのを忘れていた。
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そして、その裏、東側も一部開けていた。
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やはり惜しくも富士山の全容をとらえることはできなかった。

眼下に稲又の集落を見下ろす。
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かなり山深いところにある。
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いつか八紘嶺まで縦走することがあるだろうか。
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ちょっと後ろ髪を引かれる思いで、引き返す。
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三ノ池を再び通過。
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私の嫌いなピストンだが、この道は何だか愉快で苦にならなかった。
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距離が短いこともあるんだろうけど。
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登りも軽快に速足で。
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コケがこの景観を作っているような気がした。
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帰りも15分ほどで戻ってきた。
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休まず通過する。
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大崩れのへりには、もう一度立ち寄る。
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ほんの1時間も経たないうちに、富士山はほとんど隠れてしまった。
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これはまた珍しい見え方だ。
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なんか裾野とズレているような錯覚を感じる。
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五宗山(1634m)。
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例のもやもやの山も隠れてしまい、もやもやしなくなった。
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例えば、あと数百年で、ここも崩れて消えてしまうのだろうか。
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この先はとっとこ速足。
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往路とはちょっと違った道を歩いてみる。
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しかし、それほど違いはなかった。同じカラマツ林の中だし。
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やっとケーブルのところまで戻ってきた。
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一ノ池は南北に長いことを実感。
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随身門からは階段を下れば、敬慎院はすぐなのだが、昨日歩かなかった四十八丁目から四十九丁目の道を歩かねばならない。
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よく見ると、鐘に縁起が鋳込まれていた。
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昨日に続き、吉祥門から境内へ。
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はい、戻ってきました。
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この紋章は七つの面(鏡)を意味しているのだろう。
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預けてあったザックを回収し、8時半すぎに改めて出発。
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この先は完全な車道。
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間もなく、左手に二ノ池が現れた。一ノ池と比べると随分小さい。
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華奢な鳥居をくぐる。
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石灯籠にも、丁目石のように、ちゃんと「二之池」と。
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池は涸れてしまいそうだが大丈夫なのか。
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湧き水が水を供給しているようではあるが。
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湧き水はこんこんと泡を発しながら湧き出ていた。
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池を見守る二之池宮に参拝。
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この登山者はここでお経を上げていた。
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傍らに小さなお社が三つ。
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湧き水に感謝して、二ノ池を後にした。

(つづく)
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七面山(8)

【2016年4月23日(土)】七面山
夕食に付いてきた御神酒でちょっとほろ酔い加減になった。
そんな状態で、お勤めが始まる。
まずは、御開帳。秘仏とのことだが、毎日信者に御開扉しているらしい。
「よく見えないかもしれませんが、我々が仏様を見るのではなく、仏様に我々の姿、心をみてもらうということですので」という説明に、なるほどと納得。
でも、黒っぽいお姿が何となく見えた。
もちろん堂内撮影禁止なので写真はない。
読経では、この日宿泊の方々の名前がたぶん全員読み上げられ、一人ひとりの心願成就を祈ってくれた。
ありがたいことだ。終わると、護符が配布された。これまた、ありがたい。
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この「行事」は30分ほどで終わり、続いて場所を移して、本格的なお勤めとなる。
正座はしなくてもいいようなので、あぐらをかいていたが、後ろの方ではイスに座っている人もいた。
僧職の方々10人近くが声を合わせて読経するのだが、その声の大きく、早口なこと。
ほとんど叫んでいるようで、インドネシアのケチャを思い出した。
時々、題目を唱える場面では、こちらも大声で唱和する。
これが、やってみると実に気持ちがいい。
楽しくなってしまって、翌日の下山時は大声で「南無妙法蓮華経」を1時間ぶっ続けで唱えながら歩いたくらいだ。

1時間ほどのお勤めが終わり、売店でイチイの木で作った数珠状の腕輪を買い求めた(1500円)。
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これはその後、登山のたびにはめて出かけており、お守り代わりにしている。

部屋に戻ってみてびっくり。
布団が敷いてあったのだが、敷布団も掛布団も5人分の幅がある。
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有名なロール布団だそうで、長いものは10人用のものがあるそうだ。
今回は5人用で4人が寝たので、隣の人との距離は普通に保ててよかったのだが、掛布団がつながっているのには、ちょっと困った。
隣の人が寝返りを打つたびに布団が動くし、掛布団が浮いてしまって冷たい空気が入ってくる。
しかも立派なせんべい布団なので、冬は相当寒いだろう。
これらも含めてみんな修行なのだろうか。
とにかく、私はUさん、Iさんとしばらく雑談。床に入ったのは、8時半だった。
9時消灯だが、しばらく眠れず、スマホの「山と高原地図」を眺めながら、眠くなるのを待った。
そのうち寝てしまったようだ。

【2016年4月24日(日)】七面山
夜中何度か目が覚めたが、4時前に目が覚めた。
4時の起床時間と同時に、寺の方々がどやどやと部屋に入ってきて、布団を上げ始めた。
くるくると巻いて、ロール状にして片づけている。
その手際のよさと言ったら。
5時から朝のお勤めだが、5:15が日の出の時間だというので、御来光優先にした。
それまでは、パッキングをしたり、歯を磨いたり。
Uさんはまじめに最初からお勤め。
私とIさんが随身門に出かける。
しかし、外は完全な曇り空。これでは全く期待できない。
登ってみると、大勢の宿泊者が待っていたが、やはり御来光は見られなかった。
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でも、もともと御来光にこだわりのない私は、昨日雲海の下に隠れて見えなかった山々が見えたことの方に喜びを感じた。
正面に、身延山(手前、1153m)と奥に毛無山(1964m)。
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その左には、おそらく蛾ヶ岳(1279m)。
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毛無山の南の山並み。
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五宗山(1633m)。
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たぶん長者ヶ岳(中央、1336m)と天子ヶ岳(右、1330m)。
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富士山は見えなかったが、2日に分けて上下を見せてくれたところなど、神仏の意思を感じないではいられなかった。

宿舎に戻ると、まだお勤めの途中だったので、遅ればせながら参加。
今朝はさすがにイス席にさせてもらった。
昨夜にも増して、大きな声で題目を唱えると、気が引き締まった。
部屋に戻ると、朝食が用意されていた。
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他の方々の分も手分けして配膳して差し上げ、6時ちょうどに「いただきます」。
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今朝も極め付きの精進料理。
切り干し大根とこんぶの佃煮、きゅうりのキュウちゃんのみ。
お代わりはしないでおいた。

さて、荷物を預かってもらい、アタックザックのみで6時半に出発。
背中が軽いとさすがに軽快だ。
再び、随身門からの眺めを楽しむ。
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さっき見えなかった奥秩父の稜線が確認できた。
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中央が金峰山(2599m)、右は北奥千丈岳(2601m)だろう。

その右にさっきも見えた蛾ヶ岳。
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さらに右に目を移すと、御坂山塊。個々の山の特定は難しい。
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よりはっきりしてきた毛無山と身延山。
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アップにしてみると、毛無山(右)と1904mピーク(左)の間からタカデッキ(1921m)が覗いていた。
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案内板には雨ヶ岳と書かれていたが、陰に隠れて見えないのではないか。

おお~富士山も裾野を見せ始めたぞ。手前は五宗山。
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右手はるか向こうには愛鷹連峰が霞んでいる。
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全体像はこんな感じ。これだけ見えればまあ十分でしょう。
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随身門に別れを告げて、登山開始。
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富士山に向かって右の道を行く。
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右手に世界平和万霊供養塔。
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正面に見えてきたのは、荷揚げケーブルの作業小屋。
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この日は荷揚げ休止中だった、
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こちらは荷揚げした荷物を敬慎院に移動させるのに使用すると思われるモノレール。
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目指す頂上はあのあたり。コースタイムで1時間ほど。
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しばらくは車の通れるような道。車はヘリで運ぶのだろうか。
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カラマツの小径。
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つづら折りで、ゆるやかに登っていく。
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サルオガセが激しい。
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5分ほど登ると、いったん平らになる。
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そこは大崩れ(ナナイタガレ)と呼ばれる大規模な崩落地形の縁だった。
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柵がしてあったが、覗きに行ってみる。
「山と高原地図」には「大崩れ展望所」と書かれているし。
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ほほ~これはすごい。
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南アルプスは褶曲運動が活発なので、あちこちで大規模な崩落が発生している。
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敬慎院のある穏やかな盆地と、この荒々しい地形の対比も信仰の背景にあったのだろうか。
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今も少しずつ崩れているのだろう。
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気をつけなければ。
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さて登山道に戻る。
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この先は車では行けない道となる。
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徐々に傾斜も増してきた。
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左手に顕著なピラミッド峰が見えたのだが、何という山なのかどうも特定できない。
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八紘嶺(1918m)は死角になっているはずだし、その東にあるバラの段(1648m)は稜線の形が異なる。
その手前の1666m峰だろうか。

富士山方面は雲のちぎれ具合が芸術的。
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天子山地は再び雲に隠れそうだ。
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それにしても気になるなあ、あのピラミッド。
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しばらく安全な道。
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と思ったら危険地帯。
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大崩れに近寄ってはいけませんということらしい。
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しかし、あの針の山はすごい。
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まさに地獄である。
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え~、ピラミッドの右にさらに高い山が出てきて、なおさら分からなくなってしまった。
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右の双耳峰は八紘嶺と言ってしまいたいところだが、やはりどう考えても角度的に無理だ。
稜線のカーブも地形図から想像できるとのは随分異なる。
もやもやする~
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(つづく)
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七面山(7)

【2016年4月23日(土)】七面山
表参道四十一丁目を過ぎて、道がなだらかになってきた。頂上は近い。
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四十二丁目(15:23)。
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四十三丁目(15:27)。
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相変わらずガスは消えてくれない。
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四十四丁目(15:31)。
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壊れかけた木道出現。
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高いところに四十五丁目(15:35)。ここ数丁はきちんと4分刻み。
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やや、石灯籠が並んでいるぞ。
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一町目からまとめて順番に並べているようだ。
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霧に陽射しが差し込んで幻想的な光景。
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どうやら、和光門に着いたらしい。
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ここは四十六丁目(15:38)である。
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門をくぐってからも、しばらく石灯籠の道が続く。
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石灯籠の坂の途中に四十七丁目(15:41)。あと三丁だ。
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うお~何という光だ。まさに仏の世界に導かれていくような気持になる。
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四十八丁目(15:43)でいよいよ日が差してきた。
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坂を登り詰めると、鐘楼(左)が現れた。
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鐘は延宝三年(1675年)の鋳造とのこと。
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自由に撞いていいようなので、小さく1回だけさせてもらった。
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手を清めて、ようやく吉祥門から境内に入る。
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足を踏み入れてびっくり。途端に霧が晴れてしまったはないか。
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伽藍も山頂もすっきり見える。
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宗教的体験をしてしまったような気分である。
本当に驚いた。こんなことがあるのだろうか。

振り返ると、「従是奥院エ八丁」の道標。
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奥之院は七面山の山頂(1989m)にあるものだと思い込んでいたが、実は逆方向に下ったところにあることを翌日になって初めて知った。

完全に晴れたので、カメラを再び一眼レフに取り換える。
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この仏塔は、日蓮大聖人七百遠忌(1982年)の報恩事業の費用を賄うために、書写した題目を納めた報恩塔である。
報恩事業は、本殿屋根の葺き替え、避雷針の設置などで、題目を書写して浄財を集めたのだ。

奥に敬慎院の本堂。
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実に荘厳な建築だ。

手前には合計1000人が宿泊できるという宿舎が2棟。
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続いて願満稲荷。
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参拝しているのは、同室になった神奈川のUさん。
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彼は日蓮宗のお寺の御子息らしいが、後は継がなかったとのこと。
でも、さすがに信心深い方で、毎月七面山に登っているという。
この日も、すべてのお堂をくまなく参拝していた。
お勤めの時も膝を崩さず、背筋をすっと伸ばして合掌していた。
実にすがすがしかった。

こちらは池大神宮。
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七面山が開山される前から、ここにある一の池を守る神様として信仰されていたらしい。
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その隣に七面山を開いた日朗上人を祀った日朗堂。
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回廊をくぐると、大きな池が広がる。
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広角レンズでも入りきらない。
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日朗上人がこの池のほとりに立ったところ、七面大明神が龍の姿で現れたと伝えられている。
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本堂の背後の部分がここからは見える。
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これは随身門に向かう階段。
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富士山に向かって東面する本堂。
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七面造りと呼ばれている。ちょうど1週間前に230年ぶりの大改修が終わったばかりだそうだ。
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そうそう、ここがようやく五十丁目(15:55)。
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というわけでチェックイン。何とか4時前に着いた。
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近づくと、僧職の方々が「おつかれさまでした」と大きな声で迎えてくれる。
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ちょっと恥ずかしいが、ある意味ホテル並みの接遇である。
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宿帳を書くと、簡単なスケジュールの説明があり、部屋に案内される。
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10畳の部屋を二つぶちぬいてあり、相部屋である。
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しかも男女相部屋。同じグループでなくても同室になってしまう。
部屋をぶち抜いているのは、ストーブを1つで間に合わすためだろう。
火力が強く、最弱にしてあるのに、部屋はかなり暑かった。

スケジュールは17時から夕食(部屋食)。
18時から秘仏の御開扉があり、18時半から1時間ほどのお勤め。
消灯は21時。
まずはお風呂を勧められたので、もちろんお風呂へ。
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写真は翌朝、水を抜いた状態のところだが、湯船は3人入ると満員。

石鹸使用禁止だった。
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その可能性はあると思ったが仕方あるまい。
とにかく汗は流せたのですっきりした。
お風呂ではUさんと一緒になり、多少雑談した。

部屋に戻って、まずはお会計。
1泊2食付で5200円。
うち2000円は御開扉料とお札の料金ということになっていた。

支払いを終えて、道中抜かされた静岡のIさんと雑談。
随身門の先から、さっき富士山が見えたというので、夕食前に行ってみることにした。
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とっとこ階段を登る。
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途中振り返って、本堂を撮影。実に恰好いい。
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でも、その後の感激はそれ以上だった。
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額縁の中に雲海に浮かぶ富士山がはっきりと見えたのだ。
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思わず声を上げてしまった。
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後から着た宿泊者たちも同じように歓声を上げていた。
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せっかく遠征して登ってきたのに、ガスで何も見えなかったら悲しかったが、これで来た甲斐があったというものだ。

眼下に見えるはずの身延山(1153m)や鷹取山(1036m)が見えないが、全然問題ない。
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ここは御来光遥拝所にあたり、そのためにこの随身門が大正10年(1921年)に建てられたのだという。
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扁額は「摩尼珠嶺」。どういう意味だろうか。
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おっと、ここに四十九丁目の石灯籠があった。
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さっき、四十八丁目から直接吉祥門に入ってしまい、いきなり五十丁目になっていたが、本来はここを経由して敬慎院に行くべきだったのだ。
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鐘楼のあたりも、もうすっかりガスが晴れている。

大満足して部屋に引き返す。
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戻ると、もう夕食だった。
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それにしても聞きしに勝る質素さ。
おかずは、ジャガイモ、ニンジン、高野豆腐、コンブ、ゴボウそれぞれ1切れずつの煮物、ひじき、漬物のみ。
ご飯と味噌汁はおかわり自由とは言うものの、おかずがこれだけでは、それほど食べられない。
それでも、エネルギーを補給しないと翌日に差し障りがあるので、頑張って半分だけおかわりした。

驚いたのは、お酒が出たこと。飲んでいいんだ。
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しかもお寺なのに「御神酒」と書いてある。さすが修験道の聖地だけあって、神仏習合だ。
2合徳利だったので、男3人で飲み干してしまった。
Iさんによると、お寺にはたくさんのお酒が奉納されるので、それを「御神酒」として宿泊者に提供しているらしい。
だから、銘柄は毎回変わるのだそうだ。

ここで、本日の行程を記しておく。
【行程】2016年4月23日
甲府=身延=身延山バス停(8:23)~久遠寺駅(8:48体操等9:00)=奥之院駅(9:07撮影9:12)~感井坊(9:41)~十萬部寺(10:04)~赤沢宿上(10:52)~赤沢宿下(11:23)~白糸の滝(11:54)~雄滝(12:02)~羽衣(12:12周回12:24昼食12:33)~肝心坊(13:15撮影・休憩13:21)~中適坊(13:52)~晴雲坊(14:38休憩14:51)~三十八丁目(14:58カメラ切り替え15:07)~和光門(15:38)~敬慎院(15:56)
※所要時間:7時間33分(6時間40分)コースタイム:6時間40分
※登った山:なし
※歩行距離:14.5km
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七面山(6)

【2016年4月23日(土)】七面山
七面山(1989m)の表参道二十丁目を通過(13:40)。
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なんだかガスが出てきた気がする。
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ここに真新しいベンチがあったので、1分ほど腰をかけて休憩。
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二十一丁目(13:43)はバス停仕様。
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斜面にはスミレの花が咲いていた。
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直線的な階段を進む。
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登り切ると二十二丁目(13:46)。
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石垣だと思ったら土嚢だった。
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かなりガスが濃くなってきた。
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この辺はスミレが満開。
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お、また宿坊が見えたぞ。
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石垣はかなり古い。
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建物の痛みも激しい。
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まずは二十三丁目(13:51)に挨拶。
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中適坊である。
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享保八年(1723年)に蓮信法師の創立という。十三丁目の肝心坊より古い。
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ここも講中札が壁一面に貼り出されている。
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一つ一つ見ていくと面白いが、そんな時間もない。
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気温は12℃。かなり低い。
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ここはひっそりとしていた。
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すぐに二十四丁目(13:56)。
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この先で単独の外国人とすれ違う。さすがに彼らは半袖だ。
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二十五丁目(13:59)。
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やや道が険しくなってきた。
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二十六丁目(14:04)。
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丁目とは関係ない場所にバス停。
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バス停には必ず日蓮上人のお言葉が掲げられている。
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よく見えないが、おそらく題目を刻んであるのだろう。
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こちらも同様。
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随分幻想的な雰囲気になってきた。
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二十七丁目(14:11)。
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どうも、さっきから雨のようなものが落ちてくるが、雨が降っているのではなく、木の葉っぱについた露が落ちてきているだけみたいだ。
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二十八丁目(14:14)。
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こちらは頂部の形がさっきと違うが、やはり題目石碑。
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路面には時々こうして水抜きの溝が掘られている。
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二十九丁目(14:16)。いったい、何丁目まであるんだろう。
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壊れかけた雨除け。
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やっと三十丁目(14:20)。
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「何度でも初心に戻れる七面山」
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題目の石碑とともに三十一丁目(14:23)。
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なんだか、さすがに疲れてきたぞ。
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三十二丁目(14:27)。
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頻繁に水抜きの溝が出てくる。しかも新しい。誰が作っているのだろう。
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この先ですれ違った人に、敬慎院は何丁目か聞いてみた。
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すると、五十丁目とのこと。
おお、ということはもう3分の2近く来ていることになる。
少し元気が出た。

三十三丁目(14:31)では、参詣者のグループが休んでいた。
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あとで知ったことだが、彼らは愛知県のお寺の関係者だった。
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続いて三十四丁目(14:33)。
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前方を歩く人に追いついた。
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三十五丁目(14:35)
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また、宿坊が現れた。
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晴雲坊である。
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文化元年(1804年)、善心日修法師の創立だという。
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晴れていると富士山が見えるらしいが、だいぶ高く登ってきたということか。
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ここでは、6~7人の方が休んでいた。
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私もさっきおにぎりを1つ食べただけで、ちょっと小腹が空いてきたので、ひと休み。
残りの1個を食べることにする。
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お茶のお接待がありがたい。
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休みながら、講中札を眺めていると、札幌の聖心女子学院中学に入学したのを記念した余市の子を見つけた。
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お父さんが建設会社の社長さんで信者なのだろう。
何だか微笑ましく思った。

さて10分ほど休んで出発。
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そうそう、ここは三十六丁目だった(14:38~14:51)。
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法面のコケが美しい。
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三十七丁目(14:54)。
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引き続き三十八丁目(14:58)。
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ここで、とうとう雨が降り出したので、ザックカバーを装着、一眼レフのカメラをしまうことにした。
こういう時に、バス停は役に立つ。
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10分ほどで出発。すぐに、三十九丁目(15:09)。
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ここには古い町目石があった。
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平成21年に、まさにこの地で出土したもののようだ。

同種のものは、一丁目と八丁目にもあった。
十三丁目のものには「元文三年」の銘があり、ここのにはさらに「正月九日」とあった。
正面には、土の中に埋まって読めないが、「施主 江戸神田三川町三丁目 四丁目 畳屋五郎左衛門 三浦屋長右衛門」と書かれているらしい。
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古いベンチが続く。
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おお、なんか明るくなってきたような気がするぞ。
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「立入禁止」の看板の奥には、荷揚げ用のケーブル施設らしきものが見えた。
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さあ、四十丁目(15:13)。
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この先に、ちょっとしたお堂があった。
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中には石塔が祀られている。
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題目と「無縁」の文字だけ読めた。

傍らには古い石仏と線刻。
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強風が吹くと吹き飛ばされそうだが、ちゃんとしのいでいるんだなあ。
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四十一丁目(15:18)にはベンチが2つ。
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そういえば、すぐに雨は止んでしまった。
やはりさっきのは雨ではなく、露が激しく落ちてきていただけだったのだ。
カメラをしまったのは失敗だった。
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このあたりで、溝を切っている青年たちに出くわした。
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彼らは座って休憩中だったが、私が通りかかると立ち上がって「ご苦労様です」と頭を下げてくれた。
敬慎院の僧職の方のようだ。
私が通り過ぎると、また座り込んでしまった。

(つづく)
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七面山(5)

【2016年4月23日(土)】七面山
表参道の登山口で昼食を終え、12時半すぎにいよいよ登山開始。
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こんな時間に登り始める人はさすがにいないのか、食べている間誰にも会わなかった。
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登山口にも若山牧水の歌碑がある。
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「山襞のしげきこの山いづかたの襞に啼くらむ筒鳥聞ゆ」
確かにピィーイッピピというツツドリの声が聞こえていた。

参道は丸太を渡して階段状になっている。
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2分も歩かないうちに、もう一丁目(12:34)。
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ここには古い丁目石が残っていた。
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山形市・渋谷建設の妙光会が建てた、七面山に感謝する「川柳」の札。
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これが丁目ごとに立っていることを後に知る。

道幅はかなり広い。
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参道は杉並木の様相を呈している。
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身延山から七面山にかけて要所要所に「法華経二十八品めぐり」の幟と標柱があった。
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標柱には「妙法蓮華教分別功徳品第十七」とある。

間もなく二丁目(12:37)。
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ここに宿坊の神力坊があった。
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身延山12世日意上人の代(室町時代)に創立され、33世日亨上人の代(江戸時代)に、「神力坊」と名付けられたという。
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本堂には、日蓮上人の木像とともに七面山の女人禁制を解くきっかけを作ったお萬の方(徳川家康の側室)の木像も安置されているのだとか。
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無事登拝できたことの感謝の印なのか、下駄が大量に奉納されていた。
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向かいのお堂には、参詣者の守護神である伽藍坊大善神の木像が祀られているとのこと。
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歴史ある宿坊だけに、古びた石碑、石塔がいくつもあった。
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お茶の用意があったが、まだ歩き始めたばかりなので、ここは通過。
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春木川の豪快な流れを眺めながら歩を進める。
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地形図では等高線が混んでいるが、道はなだらかに付けてくれているのでありがたい。
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三丁目(12:42)。この大岡山・開運七面講の緑のベンチも多数あった。
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杉の巨木のほとりに四丁目(12:47)。
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すぐ先にあった白いベンチの寄贈者は笛吹市の小野石材店。
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五丁目(12:50)。
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ほぼ3~5分間隔で1丁を通過している。
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ここで腰をかけて、ゆるんだ靴のひもを締め直す。
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それほど危ない所ではないが、鉄パイプの柵が設けられていた。
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六丁目(12:54)には、屋根が掛けてある。
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寄贈者がいるのだろうが、実に親切である。
雨の日の参拝者も少なくないのだろう。

すぐに七丁目(12:56)。
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おお、今度はコンクリート製の擁壁が現れた。
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真っ赤なキノコ。名前はよく分からない。
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八丁目(12:59)。
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ここにも古い丁目石が残っていた。
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「元文三年」とあるので1735年の建立だ。
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この先に、バス停のような雨よけがあった。本当に親切だ。
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傍らの石碑に「為初代故吉田松樹第七回忌追善供養」とある。
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そのためにこれを建ててくれたのだろうか。ありがとうございます。

このあたりで、ものすごい速さで登っていく単独男性に抜かれた。
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この方とは敬慎院で同室になったのだが、コースタイム3時間45分のところ、2時間20分で登ってしまったのだという。
しかも、身延山のふもとからスタートしたというのだから驚く。
3年ほど前、体重が90㎏以上あって、どこかの山に登った時に全然歩けず、一念発起して体重を絞り、歩き続けているうちに早く歩けるようになったのだとか。
いや大したものだ。

そうこうしているうちに九丁目(13:03)。
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ここでほぼ30分経過。敬慎院はいったい何丁目なんだろう。

よく見ると、常夜灯形の丁目石にはいずれも奉献者の名前が刻まれている。
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これは下関市。遠方の信者もたくさんいるようだ。

落ちていた古い看板の残骸。「お山をきれいに」という趣旨だろうか。
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少し傾斜が緩くなって、ひと息。
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初めて下って来る人とすれ違った。
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新緑もきれいだ。晴れていればキラキラ輝いていただろう。
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やっと十丁目(13:06)。
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ここにはゲジゲジが大発生。ぶるっ。
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急いで通過。
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道は大きくつつら折りに。
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十一丁目(13:09)。
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まだ、それほど疲れていないが、やはりザックが重い。
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かなり風化が進んでおり、判読不能。
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こちらは同じ形式の石碑だが「南無妙法蓮華経」とある。
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紀年銘はよく分からない。

十二丁目(13:13)。しかし、こうして細かく節目があると、飽きないで済む。
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お、宿坊が見えてきた。
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十三丁目(13:15)の肝心坊だ。
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立派な休憩所である。
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講中札もズラリと並んでいる。
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ここは天明二年(1782年)六月、日行法師が開いたのだそうだ。
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おばさんたち3~4人が休んでいたが、「いつまでもゆっくりしていられないわ」と言いながら下山して行った。
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我方も小休止。お菓子を1個つまんだ。
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ちゃんと十三丁目の常夜灯もあった。
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さて出発。
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すこし薄暗くなってきた気がする。まさか雨にならないだろうなあ。
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すぐに十四丁目(13:24)。
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続いて十五丁目(13:26)。
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これは古い丁目石ではなく、植樹の記念碑。
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「従是南ノ植附 壱千本」とある。年代は不詳。

十六丁目(13:29)。
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ここにもバス停。
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十七丁目(13:31)。
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こちらの石碑も植樹関係。
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「従是東北植木壱千餘 金井講」とあった。

十八丁目(13:34)。ここのベンチは壊れかかっている。
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このタイプの古い雨よけもいくつかあった。
DSC_6362_20160502063735f5a.jpg

中にはちゃんとベンチがある。
DSC_6363_201605020637370de.jpg

十九丁目(13:37)。
DSC_6364_20160502063738cc0.jpg
ここで、ちょっと変わった雰囲気の男性とすれ違った。

(つづく)
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