山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

要害山・聖武連山(下)

【2015年12月26日(土)】要害山
要害山(536m)を下り、山風呂集落に入る。二十三夜塔などの石碑群。
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向風(むかぜ)集落に向かうべく進路を北にとる。
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「山風呂」という地名も由来に興味がある。今度調べてみよう。
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要害山の左には不老山(839m)、そしてその奥に扇山(1138m)が見える。
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そして、さっき歩いた小倉集落。
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なんと、もう梅が咲いていた。今年はほんとに暖冬だ。
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向風集落に入ったが、それほど特徴がない。
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ただ、いくつか古い家を見つけることはできた。
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バス停の向かいに、上野原名物の酒まんじゅうの店。
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定休日は月曜日らしいが、土曜日なのにお休みしていた。

渋い土壁の蔵。
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こちらは村の鎮守か。
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このすぐ先で集落は終了。
ここで引き返しても、時間はあまりまくりなので、やはり駅まで歩くことになってしまう。
バスの時間まであと1時間20分。
しばらく平らなところを歩いて、気持ちが充実してきたのか、いったんは諦めていた聖武連山(542m)に登る気になってきた。
1時間20分あれば登っても間に合うかもしれない。
次のバスは16時半ごろだったと記憶している。
さらに1時間以上も間が空くが、間に合わなければ、これに乗ればいい。
というわけで前進。少し速足で登山口に向かう。

道路には珍しいトラスの鉄橋で沢を渡る。
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その脇に石の祠。
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道端に水場があったので、手ですくって少しいただく。
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ゆずり原橋で鶴川の支流、黒田沢川を渡り、トンネルをくぐる。
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すると、間もなく聖武連山への登山口。
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ちゃんと東ルート、西ルートの表示があった。
東ルートから登って、西ルートを下ることにする。

さて何分で登れるか。
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ここは「山と高原地図」に破線すら書いていないコースなので見当がつかないが、目標は25分。

最初は植林の中の急坂。
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いったん傾斜も落ち着いて、明るい冬枯れの道になるが
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その後はロープ付きのきつい直登がかなり続く。
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途中、木が伐採されたところで展望が開けた。
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富士山も再び顔を出した。雲もすっかりなくなった。
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道志山塊。
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檜洞丸(左、1601m)と犬越路をはさんで大室山(右、1588m)。
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再び、岩の多い急登を踏ん張ると
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ふいに頂上に飛び出した。
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なんと、所要時間はちょうど25分。
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頂上からの眺めはさっきとあまり変わらない。
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でも富士山はかなり背が高くなった。
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雲は富士山のまわりにしかない。
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丹沢の主脈。
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右奥に顔を覗かせているのは、最高峰蛭ヶ岳(1673m)。
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これは丹沢三峰から北東に下る稜線のあたりかと思われる。
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眼下に向風の集落。
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聖武連山はほぼ無名の山だが、山名板もきちんと整備されていた。
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さて時間がない。現在14:40。バスの時間まで36分しかない。
下りに20分として、残りを16分では無理か。
半分あきらめムードで下り始める。
今度は西ルート。
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稜線に沿ってわずかに下ると、左に折れて、ぐんぐん標高を下げていく。
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東ルートと違って、ジグザグに道をつけてくれているので歩きやすい。
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というか走れるくらいなので走った。

登山口近くまで下ると、廃屋を発見。
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ここは車では入れないところだ。
たぶんお住まいになっていたのはお年寄りだろうから、出かけるのは大変だっただろう。

間もなく登山口に到着。
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走った甲斐があって、11分で下り切ってしまった。あと25分ある。
山旅ロガーを確認すると、錦渡橋バス停から東ルート登山口まで35分かかっている。
ここからバス停まではさらに数百㍍長い。走れば何とかなるか。
それと地図をよくよく見ると、錦渡橋よりもその先にある新井バス停の方がここから近いことが分かった。
そこだとバスの時間は15:19なので、3分得する。
よし、走ろう。
時計を見ながら、何度が歩きの交え、ペース配分しつつ走る。

虎丸への登山口を通過。
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なんと8分の余裕をもって着いてしまった。
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2.4kmを20分で走った。時速7.2kmの計算になる。
とにかく間に合ってよかった。
ベンチに座って、カメラをザックに納め、靴の中にたまったゴミを払う。
バスはほぼ定刻通りに到着。ホッと一息だ。
今日はよく歩き、よく走った。ビールが楽しみだ。

10分ちょっとで上野原駅に到着。
お目当ての駅前大衆食堂「一福食堂」に入る。
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まずは生ビールの小。
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ここはカキのパスタなどが有名らしかったが、気づかずに麻婆ラーメンを注文。
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こちらもうまかった。昼食はおにぎり1個だけにしておいてよかった。

16時ちょうどにお暇して、16:06の高尾行き普通列車に乗る。
そこそこ混んでいたが、ボックス席に座れた。
17時半すぎに帰宅。
すぐ風呂に入り、疲れを癒した。
通院した翌日にしては、よく頑張った。

【行程】2015年12月26日(土)
尾続バス停(10:45)~尾続山(11:25)~実成山(11:45)~コヤシロ山(11:53休憩12:01)~風の神様(12:15)~要害山(12:35昼食12:58)~鏡渡橋(13:35)~聖武連山東コース登山口(14:10)~聖武連山(14:35)~聖武連山西コース登山口(14:51)~新井バス停(15:11)
※所要時間:4時間26分(歩行時間:3時間55分)
※登った山:6座(尾続山、実成山、コヤシロ山、風の神様、要害山、聖武連山)
※歩行距離:12.6km
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要害山・聖武連山(中)

【2015年12月26日(土)】要害山
風の神様(540m)を下る。
鞍部に達すると、交差点になっていた。
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左に下ると登下(とっけ)集落。右へ行くと大倉集落だ。
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大木の傍らに「秋葉大権現」と刻んだ石灯籠があった。
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寛政八年(1796年)の建立である。

しばらく登ると、要害山(536m)のその名の通り、階段状になった地形が現れた。
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山城の曲輪の跡である。
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頂上には、5人ほどの男女のグループがいた。みな30代くらいか。
「あ、人が来た」なんて言われてしまった。
失礼だなあと思っていたら、女子が1人何かを持って、どこかへ行ってしまった。
そっか、用足しに行くところだったから、思わずそんな言葉が出たのか。
それはそれは、タイミング悪く現れて失礼しました。

私は気づかないふりをして撮影に勤しむ。
今まで見たことのないタイプの山名板。
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ここは大倉砦という戦国時代末期に築かれた山城だった。
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説明板には、誰が築いたのかという情報もきちんと盛り込んでほしかった。
設置者の名前もなく、これでは欠陥商品だ。

さっき歩いてきた実成山(左、609m)。
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その向こうは権現山(1312m)の稜線。

笹尾根方面。
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大きなモミの木と秋葉大権現の覆い屋。
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ここまで写したところで、ベンチに腰掛け、お昼にする。
鮭のおにぎりと揚げナスのみそ汁。
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みそ汁が美味しかった。
おにぎりはもう1個あるのだが、駅前食堂で山麓酒場をする予定なので、控えめにしておいた。

帰り支度をし始めたグループが、大倉砦の案内板を見て、「あの山のことかなあ」とつぶやいているので、お節介とは思ったが、「それ、ここのことのようですよ」と教えてあげた。
「向こうに行くと、階段状の地形がよく分かります」
「そうですか。何も知らなくて」
彼らは軽く会釈をして下っていった。
いい奴らではないか。

誰もいなくなったところで撮影再開。
覆い屋の扉を開けて、無事下山を祈願。
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山頂のたたずまい。
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富士山の雲もだいぶ取れてきた。
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でも風はかなり強そうだ。
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手前の3つの山は、左から倉岳山(990m)、高桑山(982m)、大桑山だろう。

アンテナが見えるのは雨降山(1177m)。
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笹尾根は木々に隠れて、よく見えない。
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20分ちょっとで出発。南側にも曲輪の跡があった。
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ここからは河岸段丘の台地上にある上野原市街がよく見えた。
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中央の双耳峰はおそらく石砂山(578m)。

段丘崖もよく分かる。
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工業団地の向こうは黍殻山(左、1273m)と袖平山(右、1432m)。
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山風呂集落と八重山方面。
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左奥は陣馬山(855m)。
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落ち葉の下り道。
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まだお昼過ぎなのに、影が長い。
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再び展望が開けた。
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左に見えた顕著な山は石老山(702m)。
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大倉集落との分岐まで下りてきた。
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このまま下ってしまうと、バスの時間が合わなかったら、駅まで歩かないといけなくなる。
歩くのはいとわないが、前も歩いた道だけに面白みがない。

大倉集落には興味があるので、そちらを経由して下ることも考えたが、やはりこの先の小倉集落も見たいからまっすぐ下ることにした。
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集落に入る手前に山神社があった。
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トタン壁の粗末なお社である。
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中には祠が2つ祀ってあった。手入れはきちんとされているみたいだ。
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境内には、いくつかの石碑。
これは庚申塔。
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石灯籠は寛政十二年(1800年)の奉納。
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これも聞かざる、言わざるがあるから庚申塔だ。
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小倉集落に入る。
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正面に虎丸の鋭いピークが見える。
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ゆずがたわわに実っていた。
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これは何の実だろう。初めて見た。
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集落のはずれに観音堂と石碑群。
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石碑は二十三夜供養塔や出羽三山供養塔。
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出羽三山の方は天保六年(1835年)の建立だった。

それに、いくつかの石仏。
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振り返ると、要害山がストゥーパのように浮かんでいた。
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頂上のモミの木が出っ張っているので、乳房のようにも見える。
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舗装道路を下っていくと、農家の方に声をかけられた。
「お兄さん、ゆず持ってかない?」
遠慮するのも感じ悪いので、いただいていくことにした。
大玉を3つももらった。ありがとうございました。
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正面には向風(むかぜ)集落と能岳(左、543m)と八重山。
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眼下には、小倉集落の畑。のどかな風景だ。
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南東には丹沢の山並み。焼山(1060m)から袖平山へとせり上がっていく。
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これまた芸術的な風景。
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ここのところの暖かさのせいか、もう花が咲いていた。
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北に聖武連山(542m)。
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ついでに、これに登るつもりもあったのだが、下界まで下ってしまうと、なかなかその気になれない。

鏡渡橋まで下りてきた。
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バスの時間を見ると、次は15:16。
今は13時半。う~ん、まだ2時間近くもある。
まっすぐ駅まで歩くのもいやなので、向風集落まで寄り道して帰ることにする。
それにしても時間が余りそうだが。
実は、この先15分くらい歩いたところにある新井バス停まで行けば、もっと頻繁にバスが出ていたのだが。

すぐ先にはさっき要害山の山頂で会ったグループが歩いていた。
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私もとりあえずついていく。
彼らも駅まで歩くのかと思っていたが、おそらく新井までだったのだろう。
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振り返ると、尾続山(538m)の前衛。
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橋を渡って間もなく、間道を左折して、段丘の上にのる。
すると、きれいな円錐形の要害山。なかなか絵になる山だ。
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もう少し進むと、山麓に展開する小倉集落も確認できた。
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北に見える笹尾根は土俵岳(1005m)あたりだろうか。
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(つづく)
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要害山・聖武連山(上)

【2015年12月26日(土)】要害山
この日は関東一円、快晴の予報。
となるとやはり富士山を見たい。山梨の帯那山を予定していたが、前夜終電まで飲んでしまい、床についたのは午前2時。
そうなると早起きはできない。
でも、こんな事態も想定して候補に考えておいたのは、上野原の要害山周回コース。
コースタイムは3時間半ほどなので、遅く出発しても大丈夫だ。

上野原駅でのバス接続は10:25だから、8:53新所沢発の電車に乗ればいいことは前日のうちに調べておいた。
というわけで、8時起床を目指して爆睡。
翌朝なんとか8時過ぎに起きて、あわてて準備をし、8:35に家を出る。

朝飯は電車の中で、パンを2個。
東村山、国分寺、高尾で乗り換えて、10:05上野原着。
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中央線ではずっと新聞を読んでいた。

さて、バスの時間までまだ20分もある。
じっと待っていられない私は、歩き始めてしまった。
適当なバス停でバスが追いついてくるのを待つ予定だ。

見上げれば、休業中の旅館河内屋。廃墟ではなく、ちゃんと人は住んでいる。
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階段を登って県道に出て、しばらく行くと、左手に扇山(1138m)と権現山(1312m)が望めた。
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10分ほど歩いて、駅から2つ目の関山バス停でバスを待つことにした。
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バスは5分ほどで来た。小型のバスだった。

市街地を通り抜け、鏡渡橋で鶴川を渡る。
その少し先の尾続で下車。10:43頃だったか。
左には聖武連山(542m)、右奥には笹尾根の熊倉山(966m)が見える。
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熊倉山を少し大きくしてみた。
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軽くストレッチをして出発。といきたいところだが、登山口が分からない。
以前、上野原駅前のバス案内所で入手した「要害山~尾続山コース」の地図には、尾続集落から西に向かって入っていくように書かれているが、地形図には該当する道が書かれていないので、バス停から進んでいいのか戻るべきなのか迷うところなのだ。
とりあえず進んでみたが、あらぬ方向に行く道しかない。
戻って、この門のある家に向かってみる。
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道は門を避けていったん左折するものの、結局は敷地内につながっており、この道もNG。
もう少し戻ってみると、また民家に通じているような道があったが、たまたま野良仕事をしているおばあさんがいたので聞いてみた。
この道で正しかった。「おひとり? 気をつけてね」と声をかけてくれた。
「はい、ありがとうございます」

すぐ先に道標があった。
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改めてさっきの地図の裏面を見たら、手書きでこの入口の説明があった。
最初からこれをちゃんと見ておけばよかった。
5分ほどロスしてしまった。

それにしても、この道標の表記は解せない。
確かに、ぐるりと回って道は要害山につながってはいるが、ここはやはり直近の山である「尾続山」とすべきではないか。
この先もずっと道標は「要害山」だったので、うんざりしてしまった。

この分岐にあった神社は尾続神社。
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階段がたくさんあったので撮影だけにして、参拝は省略させていただいた。
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すぐ先で道は細くなる。
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間もなく、暗い植林の中に入る。
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路傍の石仏。
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竹林の中をつづら折りに登っていく。
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尾根にのると、いくぶん傾斜が落ち着いた。
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暑いくらいなので、ウインドシェルも脱いでしまった。

20分近く歩くと、展望の開けた場所に出た。上野原の市街地が見下ろせる。
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その奥は石老山(左、702m)と、たぶん仏果山(747m)。
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しばし景色を楽しみ、ひと登りでニセピークにたどり着く。
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ここで標高は500m。あとはしばらくほぼ平坦な道。
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尾続山山頂直下でやっと「要害山」以外の道標が出てきたが、これとて適切とは言えない。
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それに尾続山がかわいそうである。

登山口から40分ほどで、尾続山(538m)に到着。
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四等三角点があった。
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樹林のため眺望なし。休まず通過する。
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またまたしばらくなだらかな道。
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この周回コースも八重山トレイルレースのコースになっているようだ。
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だから、直近の山ではなく、目標地点の山を表示しているのだろう。
しかし、普段はハイカーが歩くのだから、その辺も配慮してほしい。

木々が伐採されている場所に出て、再び展望が開けた。
東には陣馬山(855m)。
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石老山も見えるが、すぐ手前の山は虎丸。
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そして待望の富士山。
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残念ながら、かなり雲がからんでいる。風も強そうだ。
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上野原方面の全景。
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右奥の高い山は丹沢の焼山(1060m)や黍殻山(1273m)。
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手前右が今歩いてきた尾続山。

このあたりは大山(1252m)の北東あたりの山並みだと思うが、自信はない。
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約600mのピークで道は左に大きく屈曲する。
珍しく大きな岩が現れた。
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間もなく、本日の最高峰、実成山(609m)に登頂。
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ここも展望がないので通過。
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20mほど下った鞍部に古い生活道との交差点があった。
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この道は登下(とっけ)集落と用竹集落を結んでいたのだろうが、完全に廃道と化していた。

ほどなくコヤシロ山(600m)に到着。
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このコースは小さなピークにも、細かく名前があるので、ピークハンターとしてはうれしい限り。
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ここは用竹や墓村集落に下る道との分岐にもなっている。
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で、肝心の富士山だが、噴煙を上げているかのように雲がたなびいている。
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これはこれでまた壮観だ。
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コースタイム1時間半のところ、1時間10分かからずに着いた。
ベンチもあることだし、ひと息入れることにしよう。
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行動食の豆をいくつか口に放り込んだ。

西には不老山(左、839m)と高指山(右、911m)が見えた。
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いずれあそこにも登らねばなるまい。
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この先は一部、ヤセ尾根になっているところがある。
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次のピークには名前が付いておらず、道標のみ。
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ここの下りでスリップして、尻もち。やはりチェーンを履いておけばよかった。
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沿道に小さな神社が2か所祀られていた。
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管理者は誰なのだろう。

風の神様(540m)への登りは20mほどしかないが、かなりの急坂。
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ずっとロープが張ってあった。

頂上では2人の高齢男性が、ちょうどお昼を食べていた。
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私は撮影に勤しむ。
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これが風の神様なのだろうか。
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木々を透かしてという形になるのだが、右のなだらかなピークがコヤシロ山。
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左から、不老山、高指山、雨降山(1177m)。
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富士山方面はばっちり開けている。
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この先もヤセ尾根が続く。
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おお、左手眼下に登下集落が見えた。
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面白い地名だし、絵に描いたような山村集落を想像していたのだが、意外に普通だった。

(つづく)
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石裂山(下)

【2015年12月23日(水)】石裂山
石裂山(879m)から奥の宮経由で下山中。
連続するクサリ場を過ぎると、休憩舎に出た。
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中の宮の跡である。
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古い石垣もあった。
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振り仰ぐと、行者返しなる岩場。
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修行の場の雰囲気がある。
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ここから先は険しくなさそうなので、チェーンアイゼンを外す。
路面が湿っているところはなかったので、錆が取れて却ってきれいになった。

ここからは沢に沿って下る。
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落石が多そうなところだ。
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その元凶のひとつ。
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涸れ沢を渡渉する。
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下るに従い、倒木が谷を覆っている。
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ひどい状態だ。
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ゴルジュ状の箇所を回り込むと、千本カツラが見えた。
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幹が根元から十数本も延びている。
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確かに「千本」を謳うにふさわしい。
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横から見ると、大木は2本あった。
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いつの間にか沢には水が。
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この先すぐ月山に登る道と合流。
竜ヶ滝の休憩舎まで下りてきた。
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この先は往路で歩いた道だ。
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後ろから、鈴の音が聞こえるので、振り返ったら、西剣ノ峰ですれ違った人だった。
出発する時、駐車場には1台も車がなかったので、私より後に登り始めたはず。
追いつかれた形になった。

林道に出ると、こんな状態。
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細いコンクリートの橋がいくつかかかっていた。
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3時間半ほどで登山口に戻ってきた。
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加蘇山神社に黙礼。
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無事下山できました。ありがとうございました。

さてと、お昼を食べないと。山では飲まず食わずだったので。
その前にいくつか「観光」しておく。
加蘇山神社の社務所から神社に続く旧道にかかっていた「神橋」。
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これも崩落寸前だった。

道自体はしっかり石垣で組んであるのだが。
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社務所の前に車を止める。
なんと売店が開いている。
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ここで商売が成り立つとは、と思ったら、扉が壊れたままだった。
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かつては観光協会が営業していたようだが、いつ止めたのだろう。
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この屋敷門のあるお宅は加蘇山神社の宮司さんの自宅だろうか。
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社務所の前を流れる荒井川には神前橋という名の橋がかかっている。
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ここの社務所の構えは神社そのものである。
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これが「石裂山荘」と呼ばれる建物だろうか。
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こちらは遥拝所。
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ここで参拝することもできるようだ。
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背後の山がご神体のように見える。
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奥には神楽殿のような建物。
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その隣に、歴代宮司の顕彰碑が並んでいた。
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右は昭和29年、左は昭和53年の建立だった。

今や懐かしい存在になりつつある公衆電話。
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「故障のため修理依頼中」とあるが、NTTは撤去してしまうのではないか。

広い境内の全景。
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ランチはここまで来る途中に見つけたそば道場みたいなところで食べようと思っていたが、境内にあったこの看板を見て気が変わった。
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「不定休」とあるから休みかもしれないし、そもそももう廃業しているかもしれないが、2.6kmなら無駄足になっても、大した時間的ロスにならないので、行ってみることにした。

その前に宮司荒井家の立派な墓地を確認。
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隣にある廃屋と荒井家とは関係は不明。
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この奥には寄栗という小さな集落がある。
薬師堂が目に留まったので、車を下りて参拝。
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横には延命地蔵尊も祀られていた。
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お目当てのそば屋さんは幸い営業していた。
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古民家に緑ののれん。
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中では薪ストーブが焚かれていたが、若干寒い。
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あのこたつに入ればよかった。

メニューはせいろと、温かいつゆのけんちん(800円)に猪肉(900円)など。
せっかく山奥に来たのだから、猪肉を頼んでみる。
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結構待たされた。

肉は2切れのみ。たぶん冷凍肉で、地のものではないだろう。
かなりクセがあった。そばの味が台無しだった。
そのそばも細く切りすぎていた。
女将さんの話では、空き家になっていたここを買い取って、11年前から営業しているとのこと。
平日のうち1日のみ休日というから、こんな場所でもそれなりに商売ができるようだ。
私の前にも2人、そばを待っている間にもう2人お客さんがあったし、年越しそばを予約に来ていた方もいた。

調度はこんな感じ。
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というわけで、ごちそうさまでした。
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まだ雨も落ちてこないし、時間もあるので、このあとは駅舎撮影に勤しむことにした。
予定している日帰り温泉は栃木市の「湯楽の里」なので、そこまでの駅に立ちよりながら進む。

そのつもりで車を走らせていたら、さっき見学した加蘇山神社の社務所の先に、廃屋が見えたので急停車。
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ここはこの路線の終点である上久我石裂バス停の転回所になっているが、もとは小学校のグランドだったのだろう。

建物も小さいが明らかに学校だ。
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調べてみると、昭和39年に統合により廃校となった鹿沼市立石裂小学校だった。
廃校になってからもう半世紀の歳月を経ている。
建物自体は明治35年(1902年)の建築とのこと。

廃校後、地区の集会所として再利用されたそうだが、もう何十年も使用されていない様子だ。
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中もかなり荒れている。
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地区にほとんど人口もなくなり、手入れをする人もいないのだろう。
あちこちの「廃墟」ブログに紹介されるだけの存在になってしまった。

駅舎の旅は別項で。
スリルのある山歩きだったが、いろいろと考えさせられたもした旅であった。

【行程】2015年12月23日
加蘇山神社(8:10)~竜ヶ滝(8:37)~稜線(9:18)~月山(9:30撮影9:35)~石裂山(9:48撮影9:52)~西剣ノ峰(10:08)~東剣ノ峰(10:19準備10:25)~奥の宮(10:50参拝10:59)~竜ヶ滝休憩所(11:27)~加蘇山神社(11:43)
※所要時間:3時間33分(歩行時間:3時間15分)
※登った山:4座(月山、石裂山、西剣ノ峰、東剣ノ峰)
※歩行距離:5.3km
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石裂山(中)

【2015年12月23日(水)】石裂山
登山口から1時間20分ほどで月山の山頂(約895m)に着いた。
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祠はかろうじて立っているという状態。数年後には完全に崩壊してしまいそうだ。
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期待した展望も残念だった。右はおそらく地蔵岳(1483m)。
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この向こうに男体山(2486m)など日光連山が見えるはずなのだが。

こちらは鳴虫山(1104m)だろうか。
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急に寒くなってきた気がする。先を急ごう。
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石裂山(879m)まで400mだ。

まずは急な坂を下る。
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その後は、だらだら登り。
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安定した尾根道になる。
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右手には木々を透かして足尾連山。
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これは横根山(1373m)だろうか。このエリアははっきり判別できない。
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石裂山へはわりと近い。
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分岐を右に折れる。
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やせ尾根を100mほど歩く。
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木の根が縦横に繁殖している。
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月山から13分で石裂山に到着。
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ここは三等三角点。
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北に今通過してきた月山。
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地蔵岳方面。
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少し休んで、温かいものなど飲みたいところだが、疲れていないし、止まると体が冷えてしまいそうなので長居しないことにする。
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下りは落ち葉のせいで滑るので怖い。慎重に。
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ところどころで岩が露出している。
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下り切ったところが御沢峠。
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ここから山の南側にあるもう一つの加蘇山神社に下る道があるようだ。
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しかし、ほとんど廃道のようになっており、「危険 無理しないこと」という表示もあった。
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左側は急峻な谷になっている。
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次のピーク、西剣ノ峰までは距離にしてわずか100mだが、前方に長大なハシゴが見える。
あな恐ろしや。下りでなくてよかった。
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まず前衛。
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そして本チャン。
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かなりの急勾配だ。
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途中に踊り場があるのでホッとできる。
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見下ろすとこんな状態。
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登り切ると、単独男性が私の通過を待っているところだった。
今日は誰にも会わないと思っていたのに、ちょっとびっくり。

ここが西剣ノ峰。
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左折すると展望台があるというので行ってみた。
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これが石裂山。
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すれ違ったおじさんが、ハシゴを見下ろし、しばし呆然。
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そしてゆっくり下っていく。
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展望台への道。
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見えたのは高原山(1795m)だろうか。全く自信がない。
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これもどこだか分からない。
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登山道に戻り、東剣ノ峰に向かう。
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岩に木の根がからまったヤセ尾根だ。
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下り切ると、目の前に今度はほぼ垂直な階段。
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このハシゴが設置される前は、クサリで登らせていたのだろうか。
事故が起きても不思議ではない場所だ。

登る前に、西剣ノ峰を振り返る。
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とにかくハシゴに集中。下も上も見ず、手元のみを見る。
写真も撮らない。写真より命の方が大事だ。

というわけで一気に登り、東剣ノ峰に至る。
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西剣ノ峰を展望。
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特定不能の山々。
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ここで一服。と言ってもアクエリアスを飲むだけ。
ここで雪に備えて持ってきたチェーンアイゼンを滑り止めのため装着することにした。
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この先の下りは長く急峻な坂が続くだろうから、スリップ警戒だ。
でもチェーンを木の根に引っ掛けないよう気を付けなくては。
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東剣ノ峰を後にする。
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しばらく稜線の道。
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ここでもう一人の登山者と会う。
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やはりみんな時計回りだ。

間もなく左折し、奥の宮に向けて下る。
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稜線にさようなら。
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落ち葉の急坂にチェーンが威力を発揮。
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全然滑らないので、とても歩きやすい。装着したのは正解だった。

あれがヒゲスリ岩だろうか。
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下から見たところ。
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この先でクサリや桟橋が連続する。
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そして階段。
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ハシゴでなくてよかった。
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振り返る。
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さらにロープ場となる。
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斜面をトラバースすると、長いハシゴが見えてきた。
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何だ!と思ったら、奥の宮だった。
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ここは深い谷になっている。
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ハシゴは大した傾斜ではないので、それほど緊張しない。
まずは岩を削った階段。
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ハシゴを渡す前はクサリで登らせていたようだが、なくても大丈夫そうだ。
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口をぱっくり開けたこの岩陰が石裂岩。その名の通りだ。
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中には奥の宮が祀られている。
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しっかりお賽銭も入れて参拝。ご神体の鏡が見える。
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祠や燈籠も据えられていた。
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ここは江戸時代には修行の場だったのだろうが、縄文時代にも人が暮らしていたのではないか。発掘調査は行われていないのだろうか。
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この錆びた鉄の剣のようなものは、江戸時代の遺物だろう。
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左下に見える貨幣は寛永通宝ではなく5円玉だった。

参拝を済ませて登山道に戻る。
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昔使われていたクサリが打ち捨てられていた。
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この先はクサリ場の連続。
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新しくて頑丈そうなのはいいが、重すぎて持てない。
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幸い足場がしっかりあったので、手を添える程度でよかったからいいものの、もう少し軽いものの方がよかったのではないか。
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(つづく)
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石裂山(上)

【2015年12月23日(水)】石裂山
天皇誕生日。ぐずついた予報だったので出かけるのは諦めていたのだが、前日になってみると、関東地方の雨は夕方かららしい。
でも山の上は雨が降り出すのが早いかもしれないから、雨雲の到達がなるべく遅そうな北関東で適当なところを探した。
お昼くらいまでに下りてしまえて、周回コースで、車で行けて・・・などの条件に合致したのが鹿沼の石裂山(おざくさん、879m)だった。

自宅から登山口まで、ルート検索によると150kmで2時間40分ほど。
圏央道も東北道につながったし、いい機会だ。
標高も900mに満たないので、まだ雪は降っていないだろう。
足首の関係で、まだトレランシューズしか履けない身なので、雪はNGなのだ。

4:45に起床、5:20に出発。
高速も一般道も順調で、都賀西方PAでのトイレタイムをはさんで8時ちょうどに登山口の加蘇山(かそやま)神社に到着した。
その手前で、石裂山(左)と月山(右)が見えたので、車を止めて撮影。
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神社前の駐車場には1台も止まっていなかった。
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丁寧にストレッチをして、8:10に歩き始める。
まずは目の前にある加蘇山神社に安全祈願をしなければなるまい。
ここの周回コースは「一部にハイキング・コースとして紹介されていますが、本格的な登山コースです」との警告板がある。
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平成3年3月から翌年6月までの間に、死亡事故3件を含む5件の転落事故が起きたらしい。
そんなこともあって、後で見るような立派なハシゴや階段を整備したのだろう。

ガイドブックもここの案内板も、時計回りに歩くよう誘導しているが、安全上どうなのだろう。
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歩いてみて分かったのだが、時計回りをすると、ルート上にある剣ノ峰の2つの長大なハシゴは下りで通過することになる。これは登りにした方がいいのではないか。
左コースには中の宮、奥の宮があるので、かつての信仰登山は左から登ったのだろう。それを踏襲しているのかもしれない。
私も実は時計回りのつもりだったのだが、早く展望のあるところに行きたくて、予定を変更し、時計と逆回りにしたのだった。

この神社の社頭はなかなか渋い。
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境内には市の天然記念物になっている杉の大木(樹齢500~800年)が3本あり、そのうちの1本がこれ。
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石裂山大権現鳥居と刻まれている、この石の鳥居は寛延三年(1750年)の建立だ。
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神社の縁起によると、その名の由来は、剣ノ峰にある賀の岩と蘇の岩にちなむらしい。
賀の岩は五穀豊穣、蘇の岩は医薬長寿の祈願のためにそれぞれ祀られているとのこと。
でも、現地でそれらしきものを発見することはできなかったが。

神護景雲元年(767年)、日光を開いた勝道上人が開山したと伝えられる。
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ここは、NHKの大河ドラマ「義経」のロケ地としても使用されたそうだ。
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いつもより威儀を正して念入りに二礼二拍手一礼で安全を祈願。
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苔むした燈籠群が歴史の古さを物語っている。
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柵は大谷石。
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そのまま左手の登拝門に進む。
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三本杉のうち残り2本のスギがこれだ。

林道に合流する手前に、石仏がぽつんと1体たたずんでいる。
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それほど古いものではなさそうだ。
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その先にはやや大き目の摂社。
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石の祠もいくつか。
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驚いたのは、山の荒れ方だ。
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倒木もあるのだが、多くは伐採されたまま放置されているように見える。
これから回収するのだろうか。こんな山は初めて見た。

最近、重機で道ならししたばかりのような林道を登っていく。
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荒れた山の中で一服の清涼剤のような滝が、右手に現れた。
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清滝、と看板が出ていた。
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小さな橋を渡ると、沢は左に移った。
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えぐれた、きれいななめ滝だ。

沿道にはスギの巨木の伐採跡があった。
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これがいくつか並んでいたので、もしかしたら奥の宮への杉並木だったのではないか。
伐ってしまってよかったのだろうか。
だんだん暖かくなってきたので、ダウンを脱いで、ウインドシェルに着替える。
今日は気温が低めだが、風がないのでありがたい。

林道は10分ほどで終わり、登山道になる。
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何度か渡渉箇所もあった。
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登山道を7分ほど歩くと、竜ヶ滝休憩舎。
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右手の道を下りて、滝を見物。
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わりと小さな滝だった。

休憩舎の横をかすめて進む。
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すぐに奥の宮への道と月山への道との分岐。
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迷わず月山に向かう。いきなり渡渉だ。
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それにしても、これはどうにかならないものか。
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もしかしてダム代わりなのだろうか。
こうしておけば、大雨が降っても土石流が発生しないとか。
よく分からない。意味があるとしても、見苦しいことは間違いない。

こんな状態なので歩いていても決して気持ちよくはない。
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路面にも浮き石がゴロゴロ。
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とにかく、黙々と登っていくのみだ。
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行く手の岩陰に祠が祀られている。
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こういうものがあると、それなりに心が和む。
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和んだ途端、ハシゴが現れた。
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傾斜はそれほどきつくないので助かる。
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登り切ると岩壁のへつり。クサリも登場だ。
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石裂山の名の通り、岩が露出してきた。
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あせらず、ゆっくり登る。
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そんなに歩きにくいわけではない。
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ここからいよいよ沢を離れて、尾根に向かう。
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実は、ちょっとルートを間違えてしまった。
本当はこのクサリを登るはずだったのだが、岩を回り込んでしまった。
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でも、多分その方が楽だった。

クサリはどんどん出てくる。
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でもまだ使わなくても登れるくらいの傾斜だ。
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登り切ったところに石の祠。
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現代の修行者がお札を奉納している。
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いったんトラバースした後、植林の中に突入する。
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階段で一気に高度を稼ぐと、間もなく稜線に出た。
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「一部にハイキング・コースと紹介されているが」なんて警告の看板があることはすでに記したが、現場にこんな標識があるのだから仕方がない。
撤去してしまった方がいいのでは。まあ、ここまで来たら、誰も単なるハイキング・コースでないことは誰でも分かるだろうが。

この先の尾根歩きがかなり急坂だ。
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右手には女峰山(2483m)あたりがかろうじて見える。
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今朝、鹿沼の黒川を渡る時は、男体山(2484m)も日光白根山(2578m)も見えていたのに、もう雲に隠れてしまったのだろうか。

尾根に出てからの300mがやけに長い。
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クサリとロープがセットで出てきてしまった。
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でも、これを越えれば、もうすぐそこ。
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はい、たどり着きました。
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ここまで1時間20分。コースタイムより15分速かった。
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この「石裂山荘」って何だ?と思ったら、さっき車で通過してきた加蘇山神社の社務所のことだった。宿泊もできるのかしら。

(つづく)
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不老山(4)

【2015年12月18日(金)】不老山
三国峠への道は車道だけあって、展望がきく。丹沢方面が今日もっともよく見えた。
大室山(左、1588m)と丹沢核心部。
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核心部に注目すると、中央左が檜洞丸(1601m)、中央右が蛭ヶ岳(1673m)。
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右端が塔ノ岳(1491m)。左から2番目が丹沢山(1567m)。
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手前の高まりは世附権現山(1019m)。

さっき登った湯船山(1041m)。
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こちらは甲相国境尾根。右端が菰釣山(1348m)。
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小腹が空いたので、ザックからチョコ菓子を取り出して、歩きながら食べる。
あっという間に1袋平らげてしまった。

登り坂の車道を黙々と歩み、午後3時前に三国峠に到着。
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明神峠からのコースタイム1時間のところ、55分。さすがに疲れていてあまり短縮できなかった。
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さて、これからの作戦。
山中湖旭日丘のバス停で16:03発の御殿場アウトレット行きに乗りたい。
時間はあと1時間ちょっとしかない。
湖畔の国道413号に出るのにコースタイムで45分。
その先、旭日丘まではコースタイム表示はないものの、距離的に40分ほどか。
歩きではとても間に合わない。
1本遅らせて、16:38にするか。
いや待て。国道に出たところにある三国山ハイキングコース入口のバス停を15:48ごろに通過するバスがあるぞ。
これに乗れば、旭日丘に15:50に着く。乗り継ぎに13分もある。これで行こう。
しかし、これは大きな間違いだった。

そんなことは知る由もなく、車道を下っていく。
ほぼコースタイム通りのペースで歩けばいいのだが、やや速足だ。
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正面に鉄砲木ノ頭(1291m)を覆う広大なカヤトが明るい。
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そして左手に逆光の富士山が姿を現した。
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眼下には山中湖。車を止めて、脚立で写真を撮っている人がいる。
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ホテルマウント富士の向こうにたぶん節刀ヶ岳(1736m)。さらに奥には北岳(右、3193m)と間ノ岳(左、3190m)。
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少し引いてみました。
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宝永山(2693m)。
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振り返って三国山。
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なかなかの絶景ではないか。
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山中湖と南アルプス。
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左の湖岸は旭日丘あたり。
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大平山(1296m)。
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平野集落の入り江。
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パノラマ台まで下りてきた。
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アマチュアカメラマンがたくさんいて、「今日はだめだなあ」とぼやいていた。
何を狙っていたんだろう。

パノラマ台からの山中湖。
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石割山(左)から御正体山(右)への山並み。
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中央の凹みは山伏峠。
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鉄砲木ノ頭。
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しばらく下ると、国道への近道があった。
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国道まではずっと車道歩きのつもりだったので、あれれと思って地図を見直したら、この道が表示されていた。
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なんか最近きちんと地図を見れてないなあ。

再び車道に出ると間もなく国道。
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ここはれっきとしたハイキングコースだった。
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バス停の時刻表を見ると、15:47の表示はあるが、運行は11月30日までとなっている。
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なぬ。スマホで検索した富士急の時刻表には、季節運行の印などなかったぞ。
バス停の時刻表が古いのではないか。待っていれば来るのではないか。
そうとも思ったが、来なかったらあほらしい。
幸いまだ時間は3時半。旭日丘のバスの時間まで30分もある。
小走りで行けば間に合いそうだ。
ということで走ることにした。
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(バス停近くの廃屋?)

実はスマホにダウンロードした時刻表を一列見誤っていたのだった。
帰宅してもう一度確認してやっと気づいた。やれやれである。

旭日丘への道は正面に富士山が見える道なのだが、と同時に西日も正面に来てまぶしい。
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顔を上げて歩けないような角度の時もあった。

走りながら、やっぱり諦めようかと何度も思ったが、やはり30分も待つのはいやなので頑張る。
でも性格上わき目も振らずというわけにはいかず、何でもいいから写真を撮ってしまう。
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マンホールも放っておけない。
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しかも、急がねばならないのに誘惑に負けて、といとう湖畔に下りてしまった。
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湖面は実に穏やかであった。
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山伏峠方面。
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富士山は角度的に半分しか見えない。
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あわてて国道に戻り、何度か田中陽希のように走る。

正面に夕暮れの富士山。
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旭日丘バス停に16時前に到着。ギリギリ間に合った。
ハイキングコース入口からここまで3kmもあった。
それを30分で歩いたのだから大したものだ。

バス停からも富士山が見える。
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バスが来るまでにと急いで、ダウンを着こみ、カメラをザックにしまう。
あとは座り込んで、非常食のパンをかじる。
バスは定刻を5分過ぎても来ない。
時刻表はどれも間違っているんじゃないかと疑心暗鬼になったが、ここの時刻表とダウンロードした時刻表は一致しているので、信じて待つしかない。
10分遅れでようやく来てくれた。

最後尾の座席に陣取り、O君に連絡。
このバスは午後5時頃、御殿場駅に着きそうなので、17:10発の沼津行きに乗れる。
O君の地元裾野には17:27着となる。
御殿場まで来てもらうのは申し訳ないし、自分も新幹線で帰ることにすれば裾野の方が近いから、ということで会場は裾野にしたのだ。
「裾野に17:27に着きま~す」

車内からFBなどに投稿などして、残ったお湯でカフェラテを作って飲む。
もうぬるくて美味しくなかった。
推測通り5時頃、御殿場駅に到着。
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ここは富士山に登った時以来だから、もうほぼ10年ぶりだ。
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御殿場線は通勤通学のお客さんで混んでいたが、座ることはできた。
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停車する南御殿場や富士岡、岩波などの駅舎はみな撮影済みだ。
裾野に到着する直前に眠りに落ちてしまい、扉が閉まる直前にあわてて下りた。
危なかった。

駅にはO君が車で迎えに来てくれた。
彼の家のすぐそばにある焼き鳥屋で打ち上げ。
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お互い、今年の登山3大ニュースなどを語り合い、7時半ごろにお開き。

三島駅まではタクシーでさらに散財。
お土産を買って、20:23発のこだまに乗車する。
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自由席にちゃんと座れたが、近くの席で酔ったおじさんが大声で部下と話しており、よく眠れなかった。
帰宅したのは23時近く。風呂に入っていなかったので、眠いけど我慢して入浴した。
24時就寝。乗り鉄に23kmの山歩き、酒宴と盛りだくさんの長い1日だった。

【行程】不老山
駿河小山駅(8:15)~不老山登山口(8:42体操8:46)~484m標高点(9:13)~谷ヶ山(9:35)~大久保山(9:59)~生土山分岐(10:07)~林道分岐(10:54)~不老山南峰(10:56撮影10:58)~不老山北峰(11:03昼食11:18)~世附峠(11:45)~蘇峰台(11:56撮影11:59)~白クラノ頭(13:00)~湯船山(13:18休憩13:26)~明神峠(13:59)~三国山登山口(14:29)~三国峠(14:54)~パノラマ台(15:11)~三国山ハイキングコース入口(15:27検討15:31)~山中湖旭日丘(16:01)
※所要時間:7時間46分(歩行時間:7時間10分)コースタイム8時間55分
※登った山:7座(谷ヶ山、大久保山、不老山、蘇峰台、白クラノ頭、湯船山、明神山)
※歩行距離:23.1km

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不老山(3)

【2015年12月18日(金)】不老山
不老山(928m)から三国山に続く稜線を歩いている。
世附(よづく)峠から2つ目の746m標高点あたりで、箱根の山が左の矢倉岳(870m)からほぼすべて見えた。
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矢倉岳には2011年10月に登ったが、晴れていたにも関わらず富士山は見えなかった。

中央に明神ヶ岳(1169m)と手前に金時山(1213m)。
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見晴らしのいい道だ。
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でも、白クラノ頭(978m)への本格的な登りにかかると、道は植林の中に隠れてしまう。
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ここから標高差が250mほどもある。
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振り返ると時々、丹沢の核心部が見える。
これは熊笹ノ峰(左、1523m)と檜洞丸(右、1601m)。
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頂上に尊仏山荘をのせた塔ノ岳(1491m)。
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150mほど登ると一旦平らになってひと息つくことができた。
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少しだけ下って、登り返し。
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ロープ付きの階段が続く。お言葉に甘えて使わせてもらった。
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このあたりはブナの大木が目立つ。
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そしてようやく白クラノ頭。
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冬枯れにはなっているがとくに眺望はなし。
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これがご神木のような存在。
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古い道標は倒れたまま。肘をついて寝ているようだ。
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この先は500mほどなだらかな道が続く。
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歩きながら息を整える。
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湯船山(1041m)へは標高差80m。
その登りにかかったところで、単独の男性とすれ違った。
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平日のこのコースで人と会うとは思わなかった。

13:18、湯船山に到着。
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世附峠から1時間半ちょっと。コースタイムは1時間55分だから、かなり速かった。

しかし思うのだが、山の名前はやはりメインに据えて、もっと大きく表示すべきではないだろうか。
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人はみな、山の名前のある標識の前で写真を撮りたいものである。
これでは、位置は足元だし、小さくて読めない。
山に登ったことのない人がデザインしているのがよく分かる。
これでは、岩田某氏が小山町を批判するのも無理はない。

古い標識も倒れたまま放置。なんだかなあである。
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歩きながら友人のO君とFBでやりとりしているうちに、御殿場で飲もうという話になってしまった。
まあ、こちらが誘ったんだけど。
というわけで、富士急で帰る計画は変更。
日帰り温泉が御殿場市内にないかどうかスマホ検索しているうちに寒くなってきたので出発。
結局、お風呂は駅からはかなり離れているので、今日は断念することになりそうだ。

そんな事態になりつつ、三国峠へ向かう。
下り始めてすぐ、正面にはさみ富士。
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次のピークからは、木々の間から、いくつかの山を撮影することができた。
御正体山(1682m)。
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石割山(左、1413m)と日向峰(中央、1446m)。この稜線は歩き残している。
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ここのピークには、「○1313」などと読める道標?らしきものの残骸が残っていたが、何だかよく分からなかった。
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そして1分ほど下ると、この標識。
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素直に受け取ると、今のピークが明神山ということになる。
標高976mとあるが、ここは1010m以上ある。
それに976mとは、この先しばらく先の標高点の標高で、「山と高原地図」にはそこを明神岳としている。
地元の人の表示を信じたいのだが、このピークの標高としては明らかに間違っている。
だとすれば、地図の方を採らざるを得ない。

ちょうど1000mの鞍部には、「ごんぐ(欣求)のベンチ」なる標識があった。
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「一休みしませんか」とあるが、休まず進む。

しばらくなだらかな直線道路。
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このあたりが地図上の明神山なのだが、平らなので、どこが標高点なのか分からない。
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山名板はなかったが、こんな道標だけあった。
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鉄塔の下をかすめて、道は下る。
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明神峠の手前に山中諏訪神社奥宮がひっそりとたたずんでいた。
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ここまでの無事を感謝。

左手が開けて車道が姿を現した。
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峠の直上にはベンチがあって、ここからの眺めを楽しむことができるようになっている。
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午後2時前に明神峠(900m)に到着。
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湯船山から33分。コースタイム(40分)よりやや速かった。
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ここには稜線の北面に下りる林道が通じているが、一般車両は通行止めだ。
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大学1年の冬(1982年2月)に自転車でここを通過したことがある。
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その時もこのバス停があったが、当時の写真と見比べてみたら、同じもののようだ。

富士箱根トレイル全体の案内板があった。
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これは金時山から駿河小山駅、不老山、三国山を経由して須走五合目を結ぶ43kmのコースで、小山町が設定、整備しているもののようだ。
ここ明神峠には4~11月まで駿河小山駅から土日祝日のみバスが運行され、仮設トイレも設置されているらしい。来るのが遅すぎたかな。

この先は車道の方が展望もいいだろうから、車道を行く。
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つもりだったのだが、勾配が16%もあるし、意外に通行量が多いので、やはり登山道に逃げ込んだ。
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明神峠からは楽だと勝手に思い込んでいたのだが、ここから三国山登山口まで150mも登っている。
そんなに斜度はきつくないとは言え、もう6時間近く歩いてきた身にはかなり堪えた。
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正面に半分見える富士山が支えだ。
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愛鷹連峰もすっかり逆光になった。
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頑張って1047m標高点まで上がってくると、展望が一気に開けた。
毎度おなじみの箱根である。
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丁寧に見てみよう。右は矢倉岳。
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だんだん右へと見ていく。明神ヶ岳。
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金時山(左)と右奥は神山(1438m)。その手前に長尾山(1144m)。
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左の電波塔があるのは丸山(1156m)。右奥は三国山(1102m)。
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箱根の右奥には伊豆の天城連峰。
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そのさらに右には沼津アルプス(中央の列)。
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左に巻き戻して、曽我山と相模湾。
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遠く江ノ島や三浦半島も望めた。
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眼下に富士スピードウエイ。エンジン音がここまで響いてきた。
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ススキの向こうに愛鷹連峰。
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箱根の火山活動も落ち着いたようで、よかった。
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箱根と愛鷹の間には、黄瀬川の幅広い谷が続く。
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愛鷹のシルエットは何度見ても美しい。
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間もなく、車道に出た。
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ここは神奈川県と静岡県の県境になっており、三国山への登山口でもある。
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この後はずっと車道歩き。
しかも三国峠までさらに120mも登らないといけない。
本日の最高点が車道の三国峠とは、なんとも洒落にならない。

このあたり日蔭にはまだ雪が残っていた。
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(つづく)
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不老山(2)

【2015年12月18日(金)】不老山
大久保山(614m)から下りてきて登山道に戻ると、例の標識。しかし、そこに書かれてある内容に驚愕した。
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「この新ルート、小会(88才、80才)が作りしが(2005年5月)、○○(判読不能)により56本の道標すべて一本も残さず破壊されました(06年3月5日)。この非道!天人許さじ!」
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ひどいことをする人がいるものだ。
しかし、小会とはお年寄りお二人のことだったとは。
これが書かれてからそろそろ10年になるが、まだ健在でいらっしゃいますよう。不老山だし。

このすぐ先が生土山分岐である。生土山とは大久保山のことだろうか。
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生土集落からずっと林道を登ってくる道との合流点に当たる。
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ここまで駅から1時間50分。ほぼコースタイム通りだが、2か所寄り道していることを考えれば、成績は悪くない。

山頂まではあと2km。まだ結構ある。
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間もなく伐採されて開けた場所に出たが、鉄塔がもろ邪魔。
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三国山。
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大野山(723m)。
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林道と並行しながらさらに登ると、再び開けた。
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今度は電線が邪魔をしてくれている。
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こちらはこれから登る湯船山(1041m)。
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空がめちゃめちゃ青くて気持ちいい。
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愛鷹山塊も姿を現した。
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富士山の裾野を滑り落ちていきそうだ。

富士山とはこの位置関係。
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南斜面の方が雪が多いのはなぜだろう。
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望遠で見ると、登山道や山襞がよく分かる。
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宝永山(2693m)。
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再び三国山。
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富士山との位置関係。
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湯船山。
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標高680mの鉄塔の下をくぐり、また植林の中へ入る。
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標高710m地点で、炭焼道を右に分ける。
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行き先は不明だそうだ。

振り返ると相模湾が見えた。
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この先、丸太の階段が続く。
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標高870m地点で、新しい林道を横断。
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かわいい霜が降りていた。
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頂上直下で、金時公園からの登山道と合流する。
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ここから100mで不老山南峰に到着。
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ここに低いベンチがあったが、腰は下ろさず撮影。
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西側のみ開けている。
何度見ても飽きない富士山。
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中央左は山中湖の南東に位置する鉄砲木ノ頭(1291m)。
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中央の突起は日向峰(1446m)。その左が石割山(1412m)。
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大窪山の山腹にある別荘地。
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この角度から見るのは初めてなので、なかなか新鮮だった。

さて山頂(北峰)に向かう。
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5分で着いた。不老山、928m。
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11:03だから駅から2時間50分。これまたコースタイム通りだ。

眺望はほとんどないが、テーブル付きのベンチがあるので、少し早いがここでお昼にすることにした。ここまで一度も休んでいないし。
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本日のメニューはおにぎり2個とにゅうめん。
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にゅうめんはお湯で戻す。温まるのでいいのだが、あまり美味しくなかった。
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でも、いつもよりにゅうめんの分だけ多いのでお腹いっぱいになってしまった。
15分の休憩で出発。

南峰までは同じ道を戻る。
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富士山の雄姿を確認して、世附(よづく)峠へと下る。
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そこそこ傾斜がある。
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峠の直前で745mの三角点を通過。
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25分ほどで世附峠に下りてきた。
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ここには林道が通じている。
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例の手書き看板がここにもあった。
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これではとても読み切れないが、重要な情報が書かれていた。
ここから湯船山を経由して明神峠に至る稜線は1965年に静岡県スポーツ祭山岳競技が行われた場所だという。
それはいいのだが、小会さんは「小山町随一のコースなのに、当局は全く手を入れず放置し、径路は荒れ、道標も一本残らず朽ち果ててしまいました」「小山町が最近建てた、この金太郎の道標も、何故か、本コースを無視しています」と町当局を批判している。
そして、小会の正体が分かった。「湯船山を愛する会」。責任者は岩田某さんで、電話番号まで書いてある。

しかし、この道標は湯船山を無視しているとは思えないのだが。
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もしかしたら、こっちの標識のことを言っているのか。金太郎付きだし。
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小山町はその後「富士箱根トレイル」として、このコースを整備してようなので、小会さんの主張を一応受け入れたということなのかもしれない。

さてここから湯船山ハイキングコースとやらに入る。
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ちょっと登ると、左手が伐採されているので、眺めがすこぶるよい。
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振り返れば不老山。
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箱根の山々も見える。
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大涌谷からは白い蒸気が上がっている。
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箱根(左)と愛鷹山塊(右)
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愛鷹もよくよく見ると、ギザギザしている。
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奥に西伊豆が霞んでいる。
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このあたりが樹下の二人とか蘇峰台とか言われる場所のようだ。
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昭和11年(1936年)8月30日、徳富蘇峰が夫人と2台の駕籠に乗って、山中湖からここまでやって来たそうだ。
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そんなエピソードから、ここが「樹下の二人」と呼ばれるようになり、その名は「山と高原地図」にも載っている。
しかし、看板の制作者は「蘇峰台」と呼びたいようだ。

だがしかし、さすがに批判された町は面白くないのか、ここがサンショウバラの群生地であることにちなみ「サンショウバラの丘」と命名している。
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右手も開けた。丹沢の山々が見える。
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中央は大室山(1588m)、その右は畦ヶ丸(1293m)だろうか。

その右奥には丹沢の主稜線。中央右の一段低いのが丹沢山(1567m)。
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甲相国境の稜線。右奥に顔を出しているのは御正体山(1682m)。
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正面には富士山の横に湯船山。
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景色を堪能したところで、前進する。
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木漏れ日ハイキングである。
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右手はスギの植林。
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時々、不老山を振り返る。なかなか堂々たる山だと思う。
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古びたベンチ。あまり腰掛ける気にならない。
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前方に湯船山。
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背後には丹沢の大笄(中央左)と熊笹ノ峰(中央右、1523m)
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しばらくはなだらかな道を気持ちよく歩いた。
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「山と高原地図」にはこのあたりに峰坂峠とか悪沢峠とかの表記があるが、とくに標識がなく、気づかずに通り過ぎてしまった。

(つづく)
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不老山(1)

【2015年12月18日(金)】不老山
この週はいずれも高気圧に覆われ、天気も良さそうだ。
でも土曜日に仕事があり、日曜日も用事がある。
幸い土曜日の準備は木曜に終えてしまったので、金曜日に急遽代休を取ることにした。
どこに行こうか何も考えてなかったので、帰りの電車の中でスマホを駆使し、プランを練り上げた。
JR御殿場線の駿河小山駅から不老山(928m)に登り、西の稜線を縦走。三国峠から山中湖に下り、バスに乗って富士山駅へ。駅前で山麓酒場に寄り道して帰るという計画だ。
逆コースにした方が下り基調なので楽だし、午前中に富士山と近いところにいるというメリットがあったが、それだと縦走は富士山に背を向けて歩くことになるので、結局は駿河小山スタートに決めた。特急あさぎりに初めて乗れるのも魅力だったからだ。

前夜は少しだけ「グレートトラバース2」の東北編を見て、テンションを上げる。
翌朝4:45起床。5:15に自宅を出て、新所沢5:40発の急行に乗車。
西武新宿から小田急の新宿駅まで歩いて
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6:45発の特急あさぎり1号御殿場行きに乗り込む。
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自動券売機で特急券(全席指定)を買ったが、運よく右側の窓際だった。
右側だと車窓に丹沢が見えるのだ。

この特急は小田急線から直接御殿場線に乗り入れているので便利なのだが、特急料金が小田急とJRそれぞれの分を取られるので、その分割高だ。
とくにJRは乗車券で240円分しか乗らないのに、特急料金は指定席であることも手伝って840円もする(ちなみに小田急区間は690円)。
ちょっとしてやられた気分だ。
乗客は平日なので普通のサラリーマンぽい人が多く、本厚木で半分くらい下りてしまった。
私は乗った途端にパンで朝食を済ませ、あとはずっと車窓を見ていた。
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大山(1252m)もよく見えた。
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8:08、定刻通り駿河小山に到着。
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富士山に向かって走り去るあさぎり号を見送る。
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ホームの向こうで「金太郎さくら」が紅葉していた。
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北にはすでに第一の目的地、不老山が早くも姿を見せている。
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跨線橋からみた富士山。ここまで来るとさすがに大きい。
それにしても今日は雲ひとつない快晴だ。
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こちらは今日歩く駿相国境の稜線。
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駿河小山駅は以前一度来たことがある。
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そして小山町は金太郎誕生の地だ。
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まだ寒いのでダウンを着込んで、8:15に出発。
登山口まで30分ほど車道を歩かねばならない。
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さびれた駅前商店街を西に進む。
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富士見橋で鮎沢川を渡る。「富士見」橋というだけあって、富士山がよく見える。
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右の斜面にある宝永山(2693m)がアクセントになっている。
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小山交番前にある歩道橋から富士山を望む。
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路傍にたたずむ道祖神や南無阿弥陀仏の石碑。
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小山町のマスコットキャラクターは何でも金太郎だ。
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国道246号の旧道から右に折れる場所が分かりにくかったが、この標識があったので間違えることはなかった。
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左折すると、中西沢に沿って登り、246号のバイパスをくぐる。
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間もなく、不老山の登山口。
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この道は「富士箱根トレイル」と呼ばれているらしい。
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70mほど進むと、「これより不老山 聖域に入る」の標識。
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ストレッチをするのを忘れていたので、ここで膝の屈伸など。
しっかり登りになるのでダウンも脱いでおいた。

丁寧に手書きされた案内板&標識が掲げられている。
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「不老のお山は松の音さやか」「み山には貴い花花咲き匂い盗る人もなし清浄世界」
小会の目指す理想・念願とあるが、「小会」とは誰のことだろう。

ほんの少し沢に沿って登っていくが、大きな砂防ダムの手前で右に折れ、急登となる。
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「三百十段の滝(階段)の連続」とある。
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地形図ではずっと沢沿いを行くように書いてあるが、この道は明らかに尾根に向かって登っている。新しく道ができたのか、地形図の間違いか。

道は相当な急傾斜で手すりまで登場したが、これが結構ありがたかった。
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露で多少濡れていたが。

手書きの看板が随所に設置されている。不老山を愛する方のお仕事なのだろう。
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「山を歩く、一歩も油断するな」。嘉門次の言葉だそうだ。

わずか7分ほどのアルバイトで尾根に出た。
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勾配も落ち着いたのでほっとする。

すぐに鉄塔の下を通過。
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ここで標高390m。富士見橋は250mなので、140mほど登ったことになる。

冬枯れの明るい道を快調に登る。
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「不老なる山の息吹に触れもせでさびしからずや金を説く君」(平成野晶子)
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小会の方はなかなか茶目っ気もある。

小さな谷を横断して、尾根を左から右へ移る。
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このすぐ下は赤根沢の源頭だそうだ。
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左の尾根に乗ると、またしても手書き看板。
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「この先小生の道標は1本もありませんが、経路はよく整備されています」という。
これがあるといちいち時間をとられるので、ちょっぴりホッとした。

引き続きなだらかに登っていく。
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ところが、舌の根も乾かないうちにまた看板。
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しかも万葉集の歌など引用し、さらに強度が増している。
一旦止めたけど、また時期をずらして、上にも設置したということなのだろうか。
結局、小会さんには明神峠まで付き合わされることになる。

「自然愛語」の看板は杭から剥がれ落ちていた。
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484m標高点周辺は植林の中。
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ピークに山名板があるのを期待したが、これだけだった。
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道はここで左に大きく屈曲。

もう面倒なので、字がいっぱい書いてある看板は写真だけ撮って、後で読むことにする。
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おお、右手、木々の隙間から2012年4月に登った大野山(723m)が見えた。
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その右には、酒匂川を渡る東名高速も。
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しばらく行くと、「奈良尾山入口」の道標が出てきた。
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左に踏み跡があるのだが、ピークに向かっているような道ではない。
標高475mと小さく書いてあるものの、ここはすでに480mほどあり、地形図を見ても、近くに該当するようなピークは見当たらない。
もったいないけど、これは黙殺することにした。

間もなく小さな支尾根を越える。りんどう峠というらしい。
DSC_7705_2015122021500477e.jpg

この先、登山道から外れて右手に526mのピークがある。谷ヶ山である。
それに通じる踏み跡を思われる場所に「三角塔 入口」なる道標があった。
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「奈良尾山」と同じタイプである。それにしても「三角塔」って何だろう。
場所的には谷ヶ山で間違いないので、頂上の「三角点」のことだろうと勝手に解釈して、斜面に踏む入る。

地形図では平坦な頂上になっているので、そんなに登らないイメージだったが、かなりの急坂が続く。
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三角点の場所は分かりにくかったが、幸い見つけることができた。
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小さいが、山名板もちゃんとあって満足。

頂上付近はこんな雰囲気。
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来た道を戻らず、前進気味に歩いて登山道に戻る。
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「伐採作業中」の貼り紙を見た途端、谷の方からチェーンソーの音が聞こえてきた。
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そうだ、今日は平日だったんだと改めて気づく。

塩沢集落へ下りる道との分岐を通過。
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その先、尾根を左に巻く道で、富士山を覗き見ることができた。
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間もなく、今度は「大久保山 入口」の道標が出てきた。
これは614m標高点のことだ。
ここは「山と高原地図」にも山名が出ていないピークなのでスルーするつもりでいたが、名前があると知った以上行かねばなるまい。

しかし、標高が一番高いと思われる場所には何もない。
すこし進んでみると、神奈川県が打ち込んだ見出標があったので、これを頂上とみなすことにする。残念ながら山名板は見当たらなかった。
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木々の隙間から不老山の山頂が見えた。
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(つづく)
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大山北尾根(下)

【2015年12月10日(木)】大山北尾根
大山(1252m)の北尾根から県道に向かって下っている。
木々を透かして、国民宿舎丹沢ホームが見えた。
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階段などが出てきて、傾斜が急になったので、おにぎり2個目はしばしお預け。
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実に歩きにくい階段だ。
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でも、こっちの階段はまだマシかな。
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しかし、こんなに整備してくれているのに破線の表記だなんて。
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あとは緑の植林の中を延々と下る。
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道が安定したので、2個目突入。次はいくらのおにぎり。
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だいぶ下ってきて、丹沢ホームも近づいてきた。
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DSC_7526_201512172141376c0.jpg

すこしだけ登り返して667mのピークを越える。
DSC_7528_20151217214140cf3.jpg

ちょっと荒涼としたところだった。
DSC_7530_20151217214141951.jpg

県道まで、あとひと息。
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鉄塔から35分ほどで登山口に下りてきた。
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コースタイムは45分なので、わりと速かった。
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ここからは延々、舗装道路歩きとなる。まあ、覚悟の上だ。
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地蔵沢を渡る。
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右手には藤熊川が流れている。
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この川がつくる深い谷が丹沢と大山を隔てているわけだ。
DSC_7544_20151217214050a71.jpg

このエリアは人がたくさん入るところだけに、いろんな規制があるようだ。
DSC_7548_20151217214051168.jpg

そのフリック釣り場の事務所。
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平日なのに意外に車が多かった。
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県道が大きくヘアピンカーブしているところはショートカットした。
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沿道にあった諸戸山林事務所。
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諸戸山というのは地形図にも「山と高原地図」にも載っていないが、どこにあるんだろう。
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1021mの標高点だろうか。

この森は文化財建造物の修復用の木材として育成されているらしい。
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事務所の前を横切って、諸戸神社に参拝。無事下山のお礼。
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ここは大山への登山口になっていた。
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ここからのルートはいずれの地図にも載っていないが、踏み跡はまだあるのだろうか。
北尾根を歩いていて、合流地点は気づかなかったが。

このあたりは古くから林業が営まれていたようで、古い石垣が目に付いた。
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お約束の廃屋もちゃんとある。
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まもなく門戸口というところに建つ青山荘。
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名水喫茶「気まぐれ」としても営業している。
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立ち寄りたかったが時間節約を優先した。コーヒーもそんなに好きじゃないし。
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ここからヤビツ峠まで直行する登山道もあるのだが、富士見山荘跡に寄りたいので、このまま県道を行く。
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この新しい建物は何だろうと思ったら、青山荘の宿泊施設だった。
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結構もうかっているのかもしれない。

このすぐ先に護摩屋敷の水という湧水がある。
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これは富士見山荘の先代石田海蔵によって昭和30年に発見されたものらしい。
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昭和60年に全国名水100選に認定されたようだが、飲用には適さないらしく、煮沸して飲むよう注意書きがあった。飲用に適さないのに名水だなんて不思議だ。
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傍らにはこの名水を詠んだ歌碑があった。
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「十万年の みどり沢(?)底より 湧きやまぬ 護摩乃泉に いのちうるほす」
作者は判読できない。「○男」さんである。

水を汲むにはチップが必要のようだ。
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生水で飲むなということなので、口をゆすぐだけにしておいた。

この先の分岐が富士見山荘のあった場所。
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駐車場を示す看板のみまだ残っていたが、建物はもう跡形もなかった。
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「山と渓谷」だったか何かで、ここにあった富士見山荘が撤去された記事を最近読んだ記憶がある。
その時、「ああ2012年にヤビツから塔ノ岳に登った時、ここにも寄っておけばよかった」と悔やんだものだ。
かつては、こんな味わい深い建物があったらしい。
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(「丹沢の山小屋」より借用)

ここは「表尾根口」なのでかつては多くの登山者でにぎわったことだろう。
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富士見橋を渡って、ヤビツ峠に向かう。
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それにしても、ここからは全く富士山が見えないのに、なぜ「富士見」なんだろう。
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県道からは、周りの山々を眺めることができる。
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あれはたぶん春岳山(949m)だろう。
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これはもちろん大山。
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午後1時半すぎ、ヤビツ峠に戻ってきた。4時間15分ほどの山行だった。

すかさず車に乗って、三角山(600m)を目指す。
秦野方面に3kmほど戻ると、「登山口」がある。
擁壁に階段が付いているが、その先、踏み跡はない。
ただ、すぐ石の祠があった。
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頂上まで標高差は10mくらいか。
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歩きやすいところを見つけながら登っていくと、一番高い位置に三角点があった。
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山名板はなかったが、三角点の名称を書いたテープはあった。
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これで「登った山」1座追加である。

満足して、またヤビツ峠方面に戻る。
帰りは秦野経由ではなく違う道を通りたいし、お目当ての日帰り温泉も逆方向だ。
というわけでヤビツ峠を宮ヶ瀬湖方面に下る。
途中、札掛というところに寄り道。
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ここには、国民宿舎丹沢ホーム、丹沢札掛新家などの宿泊施設があり、それも見学しておきたかったのだ。

札掛橋で藤熊川を渡る。
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左折すると、まずは学習施設の県立札掛森の家がある。
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無料なので、中を見学させてもらった。
ここは自炊だが宿泊もできるらしい、1泊大人1人1040円だそうだ。安い。

引き続き、丹沢ホーム。
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焼き菓子がおいしいらしい。
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ここは長尾尾根の登山口になっている。
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新家はこれのことのようだが、もう廃業しているような雰囲気だった。
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すぐ下を流れるタライゴヤ沢。
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札掛地区、確認終了。温泉に向かう。
実は、ヤビツ峠から札掛を経由して、宮ヶ瀬湖に向かう道は学生時代(1982年2月)に自転車で走ったことがある。
当時はダートで長い長い道のりだった。途中で暗くなってしまった。
あの時は、山中湖畔から三国峠を越えて小山に下り、足柄峠を越えて、国道246を走り、今度はヤビツ峠を越えて橋本駅まで走ったのだった。
元気だったなあ。
当時はまだ宮ヶ瀬湖などはなく、中津渓谷が健在だった。

そんなことを思い出しながら、11月の山岳部例会で行き来した道を通り、別所の湯へ。
その手前に、「別所温泉元湯」という旅館があるのを発見。
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どうせ入るなら、こっちの方がいいやと電話をかけてみたら、「日帰り入浴のみは、やっていない」とのこと。食事付きのコースになってしまうようだ。
諦めて、別所の湯へ。
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ここは村営の施設のようだ。
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入浴料は700円。
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露天風呂でよく温まった。
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下山ソフトを食べながら、帰途につく。
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地図を駆使して圏央道厚木ICから高速に乗り、午後5時半すぎに帰宅。
7時半から飲み会だったことを思い出して、またまた出かけた。
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再び家に帰り着いたのは午前様であった。

【行程】2015年12月10日
ヤビツ峠(9:18)~表参道分岐(10:08)~大山(10:21撮影・休憩10:48)~西沢ノ頭(11:18)~新多摩線鉄塔(11:43)~地蔵沢橋(12:19)~青山荘(12:58)~ヤビツ峠(13:34)
※所要時間:4時間16分(歩行時間:3時間56分)コースタイム:4時間35分
※登った山:4座(うち新規3座:西沢ノ頭、ミズヒノ頭、三角山)
※歩行距離:10.9km


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大山北尾根(中)

【2015年12月10日(木)】大山北尾根
ヤビツ峠から1時間ちょっとで大山の山頂に着いた。
これは頂上本社の標識。標高1247mとあるが、根拠は不明。
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大山は最高地点が1252m、三角点の標高は1248mだが、そのいずれでもない。
本社の建っている標高ということか。

こちらは「かながわの景勝50選」の石碑。
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そして、これがもっとも標高の高いところにある山頂の標識。
DSC_7431_201512170632404a4.jpg

環境庁と神奈川県設置の案内板。
DSC_7412_20151217063353299.jpg

三等三角点。
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採石のため深くえぐられているのは高取山(522m)。
DSC_7413_20151217063354af9.jpg

右の高まりは鐘ヶ岳(561m)。
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さて前日のfacebookで情報を得た、トイレ裏の展望スポットに向かう。
おお、これはすごい。
富士山は相変わらず雲がかかっているが、これはこれで美しい。
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丹沢山塊が実に大きい。こちらとの間には深い谷が切れ込んでいる。
大山と丹沢は別ものなのだと再認識した。
そういえば、国定公園の名前も「丹沢大山」だ。大山は厳密には丹沢ではないのかもしれない。

塔ノ岳(左、1491m)から丹沢山(右、1567m)。右に傾斜した中央の稜線は長尾尾根。
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右が塔ノ岳。そこから左に下るのは大倉尾根。その手前は表尾根。
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奥は愛鷹連山。
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完璧に晴れていれば、このように見えるらしい。
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頂上の北側にある電波塔群。
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北尾根への入口を確認して、いったん山頂に戻る。
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昭和2年設置の古風な方向指示盤だ。

とくに疲れてもいなかったが、せっかくお湯を持ってきて、カフェオレのスティックまで買ってきたので、奥の院のそばで小休止。
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となりの女性2人組がタブレットでの撮影に苦戦していたので、撮ってあげた。
軽くタッチしてもシャッターが下りない。「強めに押してください」と言われたので、そうしたら10枚くらい連射してしまった。
私も山岳部のTシャツを入れて撮りたかったので、スマホで写してもらった。

山頂に猫が住み着いているらしく、おじさんが餌をあげていた。
週に2、3回来て、餌をあげているとのことで、猫はすっかりなついていた。
というわけで、ゆっくりコーヒーブレイク。
やはり冬は、温かい飲み物がいい。

奥の院の狛犬。
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となりに子扇なる俳人の句碑「梅雨払う神風下せ安房上総」
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千葉県方面を眺めたいということだろうか。

昭和29年ともなると、こういう名称の講も生まれたようだ。
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「東京平和親友講」。時代の空気を感じさせる。

肝心の神社は平日だからかシャッターが下りていて、参拝できなかった。
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さて、ゆっくり休んだので、相模湾と富士山にお別れして出発。
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トイレに寄って、北尾根に踏み込む。
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いきなり脚立でシカ除けの柵を越えなければならない。
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最初の下りは霜が解けて滑りやすくなっていたが、
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その先はとても雰囲気のいい道だった。
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破線になっているが、通行者が少ないだけで、危険な場所も分かりぬくい箇所もとくになかった。
(447)
展望も楽しみながら歩くことができる。
三ノ塔(1205m)など表尾根の通過点のようなイメージだが、こうして見ると立派な山容だ。
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東屋の向こうに見える富士山の構図がいい。
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はるか北には奥多摩の山々。左端は雲取山(2017m)。
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雲取山と飛龍山(左、2077m)。
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丹沢三峰。
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右手には仏果山(747m)も望める。
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そのうち、森林管理用のモノレールが出現
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しばらく並走した。
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しかし、のどかな道もこのあたりまで。
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西沢ノ頭(1074m)を目前にして、いきなりやせ尾根となる。
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そしてかなりの急登。標高差はわずか30~40mだが。
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岩もゴツゴツ。
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でもわずか5分ほどの登りで登頂。
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山名板があって、うれしかった。
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でも眺望はないので、そのまま通過。
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しばし下る。
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正面に次のピーク、ミズヒノ頭が見える。
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少し登って台地に出る。
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振り返ると、西沢ノ頭(右)や大山(中央)。
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台地の北の端がミズヒノ頭。標高は約1050m。
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ここも通過。

でも、次のピークの手前に崩落したところがあり
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そこからの丹沢の眺めがまた素晴らしかった。
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ちょっぴり詳しくみてみよう。
丹沢三峰は、左から円山木ノ頭(1360m)、無名ノ頭、本間ノ頭(1345m)。
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表尾根。烏尾山(左、1136m)と行者ヶ岳(右、1188m)。
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左から塔ノ岳、日高(1461m)、竜ヶ馬場(1594m)、丹沢山(1567m)。
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二ノ塔と三ノ塔。
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堪能して、次の名もなきピークへ。
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その頂上には人がいてびっくり。5人くらいの高齢者グループだった。
ザックを道に置いていたので、あわてて除けて、「いやあ人が来るとは思わなかったよ」と言い訳していた。
私もこんなルートで、しかも平日に人に会うとは思わなかった。

ここからも眺望が得られた。
三ノ塔の左に箱根の山々。
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南には大山。
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あのもこもこしたところを下ってきたわけだ。

ここからは急坂をさらに下る。
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また少し登り返したピーク(913m)に鉄塔がある。
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新多摩線16号鉄塔と「山と高原地図」にも書いてある。
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おじさんたちがいたピークを振り返る。
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再び三ノ塔。すっかり気に入ってしまった。
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この先の分岐は分かりにくいと「山と高原地図」は注意喚起しているが、道標がちゃんとあった。
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左折して県道に向かって下る。標高差は400m近く。

ずっと茶色い景色だ。
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北の山並み。中央のピラミッドは仙洞寺山(583m)だろうか。
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北東の奥は仏果山、手前の先頭は鍋嵐(817m)。変わった名前の山だ。
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下りがなだらかなので、歩きながら昼飯にする。
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休みたくなるような落ち着ける場所もないし、とにかく時間節約。1個目は炒飯おにぎり。
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そこそこおいしかった。

(つづく)

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大山北尾根(上)

【2015年12月10日(木)】大山北尾根
抱えていた仕事がひと区切りついたので、代休を取った。
前日に急に決めたことなので、行き先を考える暇がない。
同窓会の山岳部例会(11月中旬)で行く予定だった大山北尾根については、多少研究済みだったので、そこに行くことにした。

朝7時に車で自宅を出発。
天気予報ではお昼ぐらいから曇るということなので、先に大山(1252m)に登ってしまうことにして、圏央道・東名経由でまずはヤビツ峠に向かう。
出発時からもう雲が多かったが、東名に乗るあたりで青空が広がってきた。
大山もよく見える。
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なんだ、いい天気じゃないか。

ヤビツ峠の登り口のセブンイレブンで昼食を調達。
県道をぐいぐい登っていく。
途中、大山の参詣道だったことを示す石碑や石仏、蓑毛の寺院などもあって、いずれ麓から歩いてみたいなあという気分になった。

道路地図帳を見ると、ヤビツ峠に行く途中に、菜の花台という展望スポットらしきところがあり、そのすぐ横に三角山(600m)という名も見える。
早く大山に登ってしまいたいけど、景色も見えなくなると残念なので、先に眺望だけは楽しんでおくことにした。

途中、浅間神社の参道と石碑があり、これが菜の花台かなと思って止まったが違った。
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そのしばらく先に菜の花台が現れた。展望塔があったのですぐ分かった。
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急いで階段を上がる。真東以外はよく見える。
西、丹沢の前衛の山の向こうに富士山。かなり雲がかかっている。
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金時山(左、1213m)と矢倉岳(中央、870m)。その奥に愛鷹連山が見える。
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その左は箱根。中央のぼこぼこは駒ヶ岳(左、1356m)と神山(右、1438m)。左のぼこぼこは二子山(1091m)。
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手前右のなだらかなピークは明神ヶ岳(1169m)。

伊豆方面。
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秦野市街と渋沢丘陵。
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東丹沢の山々。
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北に二ノ塔。
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大山(右奥)と手前左は岳ノ台(899m)。
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湘南方面。
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おお、富士山すこし見えてきたかな。
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ひと通り撮影したところで車に戻る。
これは昔からあちこちに設置された丹沢大山国定公園の石碑。なんだか懐かしい。
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昔の写真を引っ張り出してみたら、同じところで撮影していた。1982年2月16日のことだ。
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三角山はすこし離れたところにあったので、登り口だけ見当をつけておいて、ヤビツ峠に向かう。

9:10過ぎに到着。自宅から96km、2時間ちょっとかかった。
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峠の売店は平日だけあって開いていなかったが、駐車場には10台近く車が止まっていた。
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路線バスも来たばかりのようで、その乗客が何人か登り始めたところだった。
さすがに大山は平日でも人が絶えることがない。

春岳山の水源涵養林の碑と道祖神を確認。
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念入りにストレッチをして、9:18に出発。
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これも32年前のヤビツ峠登山口。この案内板はもうなかった。
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ここから大山山頂までは昨年の秋に歩いたコースだ。
でもあの時はガスっていたので、今日は景色が楽しめそう。

2011年版の「山と高原地図」を見ると、「ヤビツ山荘」の記述がある。
たぶんその後撤去されたのだろう。
ここがその跡地だろうか。
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ネットで調べてみたら、茶色い平屋の建物だったようだ。
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(「丹沢の山小屋」より借用)
いつ取り壊されたのかまでは特定できなかった。

早く頂上に着きたいので、かなりのハイペースで進む。
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日も当たって暖かいので、ウインドシェルは脱いでしまった。
山岳部Tシャツ1枚では寒いかなと思ったけど十分だった。
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さすがに先行者をどんどん抜かして行く。
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足は上がるが、息もあがる。心臓もばくばくだ。
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眼下に渋沢丘陵が見下ろせる。
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道はいったん平坦になる。
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ものすごいエンジン音が聞こえてきたので何かと思ったら伐採作業だった。
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今日は平日だもんなあ。

一瞬、富士山が見えるポイントあり。
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途中、クサリ場が1か所。
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再び平坦になると、正面に大山らしきピークが見えてくる。
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道には岩が増えてきた。
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おお、遠くに大島が浮かんでいる。
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再び展望スポット。富士山がやっとしっかり見えた。
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丹沢三峰と山頂に雲がかかった丹沢山(1567m)。
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左のピークは塔ノ岳(1491m)。
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さらに進むと立派な木道が現れた。
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去年の秋にはなかったものだ。
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表参道と合流する手前で一気に展望が開ける。
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二ノ塔の向こうに富士山が浮かんでいる。
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きれいに並んだ丹沢三峰。あれは昨年の春に登ったなあ。
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丹沢山の雲はなかなかとれない。
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塔ノ岳の山頂に建つ尊仏山荘もよく見える。
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三ノ塔(1205m)は平坦な山頂だ。
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こうして見ると、富士山のすそ野って本当に長い。
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というわけで分岐に到着。ここまで50分。
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あんなにハイペースで登ったのに、コースタイム(55分)より5分しか早くなかった。
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風が出てきたので、もう一度ウインドシェルを着込む。
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ここからいきなり坂が急になる。
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シカが嫌うというグレーチング階段を通過。
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柵だと人間が不便なので、この方式でシカの山頂部への侵入を防いでいるようだ。

間もなく、銅の鳥居をくぐる。
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東京・銅器職講の奉納。明治34年建立とある。
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明治期、東京に多くの銅職人がいたことが分かる。
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ここは登山口から二十七丁目で御中道と呼ばれる場所。
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古い石灯籠(?)の残骸が転がっていた。
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この先の道は古い石の階段を木材で補修してある。
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石段も古い石柵を転用しているようだ。
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奉納した講の名前が彫っているものまである。
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そして頂上の鳥居にとうちゃこ。
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これは何を納めている倉庫(?)だろうか。
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東京大森の講が奉納したもののようだが、上に乗っていたはずの何かは戦時中の金属供出かなにかで撤去されたのだろう。
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こちらは朱色が目立つ鳶の講が奉納した灯籠群。
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いよいよ阿夫利神社本社に踏み入る。
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去年は何も見えなかったが、今回はどうか。
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おお見える見える。でもこんなかろうじての見え方だったんだ。
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茶屋には寄らずに山頂へ。
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箱根方面の眺め。
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雷ノ峰尾根を見下ろして、大きく息をついた。
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(つづく)
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源次郎岳(下)

【2015年12月6日(日)】源次郎岳
恩若峯(983m)の頂上でお昼を食べ、35分ほどで出発。
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下り道もちゃんと道標があったので迷うことはなかった。
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ただ道はかなり急で、状況もあまりよくない。
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少し下ると、道は右に鋭角に曲がり、トラバースしながら延々下って行く。
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すでにかなり荒れているが、これは明らかに、この山に登るために大がかりに整備された道だ。
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おそらく昭和30~40年代の第1次登山ブームの頃のことと思われるが、なぜこの山がこんなに好まれたのだろう。
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古い信仰を示すような石仏や石碑は一切ない。
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下山してみて分かったが、里から目立つような山でもない。
実に不思議である。

200mくらい下ったところで、今度は左に大きく屈曲する。
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すこし展望が開けて、山腹の紅葉や甲府盆地がよく見えた。
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ただし、道は依然として荒廃している。
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斜面からの落石も多いようだ。
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谷に行き着いくと分岐があった。
本道はおそらく右に曲がるのだが、左に小刻みに谷に下りていく道もあった。
道の幅は同じくらい。
どっちに行くべきかちょっと迷ったが、沢に近いと道が悪そうな気もして、トラバース道を選んだ。
ただ、こちらもヤブが時々うるさいし、落石がたくさん落ちていて、歩きにくい。
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ほんとにこっちで大丈夫なのかと心配になるほどだった。
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でも、眼下に文殊院の墓地が見えるので、どこかにはたどり着くだろう。
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かなり霞んできたが、甲府盆地と南アルプスも一望できる。
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そしてなんとか、左から舗装道路が下りてくるところに合流。
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さっきの分岐を沢沿いに下ると、この舗装道路に出たのかもしれない。
まあ、時間はそれほど違わなかっただろう。
あの巨大な砂防ダムにはばまれなければ。
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気がつくと、ズボンにたくさん木のくずのようなものが着いていたので、そこにあった醤油ケースに腰を下ろして、それらを除去する。
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このあたりからも甲府盆地や南アルプスを望むことができた。
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すっかり曇ってしまったが、なかなかいい眺めだ。

現在、13時半。次の電車は塩山駅14:13発なので、なんとかそれに乗れそうだ。
文殊院参拝は省略。
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果樹園の中を下っていく。
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もうブドウは終わって、柿の季節だ。
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菊島謙一翁はサクランボ栽培の先駆者とのこと。
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明治40年に福島県から技術を取り入れて栽培を始めたらしい。

広域農道を渡った場所も景色がよく、しばしの撮影タイム。
手前中央右は扇山(恵林寺山、942m)、その奥の突起は乾徳山(2016m)。
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乾徳山に注目。こんなに尖って見えるとは知らなかった。
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左端に金峰山(2595m)、中央奥は国師ヶ岳(2592m)。
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北に滑沢山(1292m)方面。
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小楢山(右、1713m)と大沢ノ頭(1675m)。
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塩山の地名の由来となった塩の山(552m)。
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棚山(右、1171m)と兜山(左、913m)の間に鳳凰三山がのぞく。
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甲州市街を走る中央本線。
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さらに下ると、浅間塚公園。
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浅間大神と山神大神の石碑が並んでいたが、古墳というわけではなさそうだ。
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ブドウのハウスの中をさらに下る。
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念仏供養塔を通過。
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中央本線を渡る。
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道祖神と六地蔵。
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雨敬橋で重川を渡ると市街地。
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ここで地元の中学生が挨拶してくれた。こちらも気持ちよく「こんにちは~」と返す。

振り返ると、今日歩いてきた尾根が横たわっている。
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寄り道でもないが、なんだかんだ立ち止まっているうちに、時間はどんどん過ぎ、国道を渡った時点であと9分。
本当は駅からさらに20分歩いて、塩山温泉に行くつもりもあったのだが、とても疲れていて往復40分もさらに歩く気にならない。
500円のお風呂に入るのに、タクシー代往復1400円使うのもばからしいので、今回はお風呂は断念。
14:13発の電車も間に合わないかもしれない。
乗り遅れたら、次の14:22発特急かいじにしようと思って、急がず歩く。
特急料金を使うくらいならタクシーを使ってもいいのではとは思うが、このへんは微妙な心理。

マンホールも忘れずに撮影して、塩山駅のエレベーターに乗ったのが14:10。
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まあこれならギリギリ間に合うだろうと、売店で缶チューハイとつまみだけ買って、ちょうど入線した立川行き普通列車に乗り込む。
1両目にボックスがまるまる空いている席があったので、そこに陣取った。

できればトイレで顔くらいは洗いたかったのだが、その時間はなかった。
とにかく、汚ない顔のまま、ひとりプチ打ち上げだ。
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缶チューハイがおもしろいように胃に注ぎ込まれていく。
さすがに喉が渇いていたようだ。
これなら、つまみなどいらないくらいだった。

あまり眠くならないので、ずっと車窓を眺めていた。
乗客は乗ったり降りたりしつつ、だんだん増えてきた感じだったが、上野原駅で大量に乗ってきて、いきなりぎゅうぎゅうに。
次の藤野駅では、その状態に気づいたホームの大勢の登山客が「あ~」と悲鳴を上げていた。
相模湖駅でもさらに詰め込まれ、超満員。こんなの初めてだ。
座っていられてよかった。

立ちの客はみな次の高尾駅で中央特快に乗り換えたが、私は残留して、立川で乗り換えることにする。
そこから国分寺まで立ちだったが、そのくらいはしょうがない。
このあとの乗り換えもスムースで、4時半すぎ、暗くなる前に帰宅することができた。
今回は「道標はほとんど無く判断力を要す」という道を延々歩き、長年の懸案をクリアすることができたので、肩の荷をひとつ下ろした気分。
でも、あまりお薦めはしない。危ないし、展望もないし、長すぎるのである。

【行程】2015年12月6日
福ちゃん荘(7:24)~上日川峠(7:38)~砥山(7:57)~中日川峠(8:31)~下日川峠(9:21)~源次郎岳(10:05撮影、休憩10:22)~源次郎平(10:57)~恩若峯(12:11昼食12:47)~果樹園(13:31休憩13:35)~塩山駅(14:10)
※所要時間:6時間46分(歩行時間:5時間57分)コースタイム:7時間5分
※登った山:4座(砥山、源次郎岳、源次郎平、恩若峯)
※歩行距離:15.9km
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源次郎岳(中)

【2015年12月6日(日)】源次郎岳
福ちゃん荘を出発して、2時間40分ほどで源次郎岳(1477m)に着いた。
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コースタイム3時間なので、わりと速かった。

源次郎岳は頂上部分だけが伐採され、展望が得られるようになっている。
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しかし、富士山や南アルプスは木の枝がからんで、すっきりとは見えない。
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福ちゃん荘の女将が「源次郎は富士山がきれいだからねえ」と言っていたが、これは前のピークのことを言っていたのかもしれない。

全容が撮影できるのは八ヶ岳と奥秩父方面だけだった。
例によって、じっくり見てみよう。まずは八ヶ岳から。もうすっかり雪化粧している。
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手前は小楢山(1713m)。

左から、赤岳(2899m)、横岳(2829m)、真っ白いのは硫黄岳(2760m)、右端の双耳峰は天狗岳(2646m)。
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これはその左。左から編笠山(2524m)、三ツ頭(2580m)、権現岳(2715m)、すこし離れて赤岳。
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八ヶ岳の右には奥秩父の山々。
左から金峰山(2595m)、鉄山(2531m)、朝日岳(2581m)。手前の稜線は奥千丈岳(2409m)。
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さらに右に展開すると、北奥千丈岳(2601m)や国師ヶ岳(2592m)が見える。
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その稜線の右には、黒金山(左、2232m)と牛首(2086m)。
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さらに右、真北方向には、左から三宝山(2483m)、甲武信ヶ岳(2475m)、木賊山(2469m)。
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そして破風山(2317m)と雁坂嶺(2289m)。
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最後に大菩薩嶺(2057m)。
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もう一度、左に急転回して八ヶ岳の左側。
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いろいろと重なり合って分かりにくいが、中央奥は茅ヶ岳(1704m)あたりかと思われる。

ひと通り撮影も終えたので、木の株に腰をおろして、一息入れる。
改めて見ると、何だか荒涼とした雰囲気だ。
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10分ほど休んだので、そろそろおいとま。
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下り口が一瞬分からなかったが、標識が一応あった。
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しかし、この先が地獄。
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坂が猛烈に急な上に落ち葉で滑る。
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踏み跡も拡散しており、どれが正しいルートなのか、よく分からない。
どこに下りても危険なので、とにかく下りやすいところへ、というつもりで進んだら、左に随分離れた場所に赤テープを発見。
「やべ、あっちだった」とルート変更。
とんでもない谷の方へ下ってしまうところだった。
DSC_7201_201512140632136ee.jpg

この先は丁寧に赤テープがあり迷うことはなかったが、とにかく急傾斜で滑る。
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ロープが所々にあって助かったが、これがなかったら、滑落してしまっていたかもしれない。
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標高差150mほどの急坂を極度の緊張感で下りきった。
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今年では、白馬・不帰の劍、八海山に次ぐ恐ろしさだった。
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ただ、頂上から恩若峯(983m)までのコースタイムは2時間20分。実に長い。
おそらく展望はほとんど望めないだろうから、飽きてしまいそうだ。
とにかく、急坂が終わって、ほっとしながらだらだらと下る。
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鞍部からは左に鬢櫛川に下る道が地形図には出ているのだが、現地ではその形跡すら分からない。
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かつては歩く人もいたのだろうか。

この先は、アップダウンを繰り返しながら、徐々に下っていく。
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源次郎岳を振り返る。
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次のピークも地形図上は分岐になっており、北洞沢に下る道があるように書かれている。
しかし、そちらはロープで通せんぼ。
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キリガ尾根経由で中原に下れるように道標には書かれているが、「一般道ではないよ」ということなのだろう。
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そのすぐ先のこぶにも右方向にロープが張ってあり
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そこに一部文字が欠けているが「ここは源次郎平」という標識があった。
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これはピークの名前ではないか。
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遠慮なく「登った山」に数えさせていただく。

この先も地形図とにらめっこして、現在地を常に把握しながら進んでいく。
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赤テープもちゃんとついているし、踏み跡も拡散していないから、それほど心配はない。
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1050m標高点まではすべてのこぶを越えていくアップダウンの繰り返しだったが、それ以降の4つのこぶはすべて巻きだった。
さすがに疲れてきていたので助かった。
なぜか、海の遊び道具が落ちていた。
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ちょっと小腹がすいたので、歩きながら非常食のあんぱんを食べてしまう。
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1050mピークの先の鞍部に「ヒッチ」という地名らしきものがあったが、どういう由来のものなのだろう。
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恩若峯は20mほどの登りだが、これが結構きつかった。
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頂上には12:10過ぎに到着。コースタイム2時間20分のところ、1時間50分だった。
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「山と高原地図」には、このルートについて「道標ほとんど無く判断力を要す」と脅し文句が書いてあったが、とくに迷うような場所はなかった。

頂上はまるく広いが厚い樹林帯の中で眺望はゼロ。
DSC_7237_201512140630276de.jpg

でもさすがに山名板はあったので不満はない。
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三角点に腰かけて、お昼にする。
風もなく寒くはないが、一応汗が冷えないようダウンを着込んだ。
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本日は山行2日目なのでカップ麺。
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選んだのは塩担々麺。これがかなり辛く、汁を飲み干すのに苦労した。
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(つづく)
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源次郎岳(上)

【2015年12月6日(日)】源次郎岳
大菩薩峠下にある福ちゃん荘に泊まっている。
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午前1時半ごろ目が覚めてトイレへ。
それからしばらくスマホをいじっていたが、1時間くらいで寝たようだ。
その後、2、3回意識が戻ったが、隣室の物音で6時すぎに目が覚め、こちらも起きることにした。
まだ電気がつかない。
薄暗い中、荷造りをしたり、布団をたたんだり、歯を磨いたり。

7時前に階下に下りたら、ちょうど女将さんが「朝食できましたよ」と呼びに来るところだった。
昨夜と同じ場所でいただく。
メニューは、納豆、のり、野菜サラダ、ハム、卵焼きになめこ汁。
DSC_0533_20151213090544e15.jpg
卵焼きにはケチャップでFの字が書いてあった。
「福ちゃん」のイニシャルのつもりだろう。

10分ほどで平らげ、下膳。
同時に会計も済ませる。1泊2食6900円。冬季の暖房費500円。
昨日飲食した缶ビールと味噌おでんが650円で計8050円。
この時、「福ちゃん荘」の由来を聞いてみた。
創業者である曽祖父の名「福太郎」から採ったとのこと。
「創業は昭和16年だから、もう80年です」
えっと、それはちょっと大げさかな。まだ74年だから。
上日川峠まで車が入らない頃は賑わったに違いない。
でも、今は茶屋としての収入が結構あるのではないか。

すでにザックも下に持ってきてあったので、そのままおいとま。
その前にトイレに行って、チャレンジしてみたが、まだのようだ。
20分くらい歩いたら、こなれていい感じになるかもしれない。
そうしたら、上日川峠の公衆便所ですることにしよう。

気温は-3℃。かなり冷え込んだ。
外のバケツの水は厚く凍っていた。
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入念にストレッチをして、7:25頃出発。
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天気は薄曇りだが、富士山はよく見えている。
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前回登ってきた時は登山道を通ったので、今回は車道を下ることにする。
DSC_7050_20151213090523160.jpg
その方がアップダウンもないし、足元に気をつけずに歩ける。

この時間からすでに登ってくる人はちらほらといる。
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車道を登ってくる人も少なくない。
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このあたりも林床はササ原だ。
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峠に近づいてくると、いい具合にもよおしてきた。
しかしトイレに行ってみると、老夫婦が待機している。
「冬は男女兼用の1個しかないみたいなんですよ」
現在、中で粘っている人がいる様子。
待つのも面倒だし、もう少し我慢できそうなので、先に進むことにする。
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今日はほとんど人の来ないコースだから、どこででもできるだろう。

ロッジ長兵衛の前を左折し、奥の駐車場に向かう。
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ライダーのテントが集中して張ってあった。
DSC_7066_20151213090502558.jpg

この辺は、ウラジロモミの学術参考林だそうだ。
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砥山(約1610m)への登山口に入った途端、ぎゅるぎゅるっと来た。
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やばい、ここじゃ近すぎる。とにかく登山道を進む。
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すぐ道を外れて、陰に行ったつもりが、駐車場から丸見え。
もう少し駆け登って、大木の陰で用を済ませた。
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学術参考林なのに、すいません。

祝福に一瞬、八ヶ岳が姿を見せてくれた。
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登山道は砥山のなだらかな双耳峰の間を通過している。
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右手に1604mの三角点があるようなので、右のピークに登ってみたが、山名板は何もない。
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地形図を見直すと、左のピークの方が高いことが分かったので、登り直す。
こちらにも何の表示もなかった。がっかり。
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でもこれで「登った山」には認定。

この後はなだらかなアップダウンを繰り返しながら南下していく。
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途中、東を走る林道と最接近したところで、大菩薩湖がよく見えた。
DSC_7084_20151213090416edd.jpg
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これは何のコースの標識だろうか。
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斜面には真っ白に霜が降りていた。
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一瞬、金峰山(2595m)の五丈石が覗けた。
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1637mピークは巻いて、舗装された林道に出た。
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ここからしばらく林道を歩いた後、再び中日川峠で登山道に入る。
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「山と高原地図」には「入口不明瞭」とあるが、よく見ながら歩いていれば見落とすことのない道だった。
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いくつかある道標はみな剥げてしまっていたが、ここのは判読可能な程度には残っていた。
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どれもみな古い道標だ。かつてはよく歩かれていた道なのかもしれない。
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しばし、平坦な道を歩いた後、
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標高差50mほど一気に登る。この日初めての本格的な登りだ。
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登り切ると、またまたずっとなだらか。
福ちゃん荘が1730m、上日川峠が1580m。この尾根はずっと1600m内外を歩き続けることになる。
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このあたり、「山と高原地図」には「迷」印とともに「倒木の迂回で踏跡分散」とあるが、そんなことは全然なかった。
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わりと変化に富んだ楽しい道である。
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疎林がなかなかに美しい。
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大きな石もちらほら見られた。
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1627m三角点も巻く。
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そしてNTT日川無線中継所に出た。
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ここからはまたしばし車道。
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そして、再び登山道に入るところが、また分かりにくいらしく「峠を通過する場合近道もあるが道不明瞭」とある。
しかし、ここも赤テープや黄色テープでしっかり目印があり、踏み跡もしっかりしていたので見逃すことはなかった。
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ただ、下日川峠と思われる廃(?)林道に出てから、行き先を指導する道標がなかった。地形を見て、左の道を選ぶ。
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しばらく歩くと、右手に「源次郎岳」と書かれた道標を発見。
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初めてまともな標識を見た。

この先も実になだらか。
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でも、源次郎岳手前のピークには30mほど登らなければならない。
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そのふもとに来ると、道が左の巻き道と直進の直登路に分かれている。
当方はこれが、ピーク手前の小ピークで一旦これを巻いた後、登りになるんだと判断し、巻き道を選択する。
しかし、道はどんどん巻いていき、右手の斜面もどんどん高くなるので、「あ、やっぱ違ったわ」と引き返す。
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これで3分ほどロスしたかもしれない。

このピークへの登りはなかなかきつい。
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頂上直前で、嵯峨塩温泉からの道を左から合わせる。
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あちらの方がみすぼらしい道に見えるが、地図上では実線だ。
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すぐ先がピーク。ここは名前がほしいところだ。
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ピークからの眺めは素晴らしい。富士山が真正面。
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相変わらずの薄曇りだが、ちゃんと見えているのでありがたい。
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その右手は御坂山塊。
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右端は毛無山(1964m)。
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ここから急な下りとなる。
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なだらかな「日川尾根」から、この支尾根に入った途端、様相は一変、険しくなった。
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それでも、木々の隙間から破風山(2317m)と雁坂嶺(2289m)を確認。
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歩いてきた「日川尾根」と大菩薩嶺(2057m)もかろうじて。
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70mを一気に下ると、地形図ではしばらく平坦な道のはずなのだが、いきなりの登り返し。おかしいなあ。
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鞍部に、「あと13分で頂上だよ ガンバレー!!」の貼り紙。
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ロープを使って登り切ると、その先が平坦だった。
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まもなく視界が開け、そこが源次郎岳(1477m)の山頂であった。
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(つづく)

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牛ノ寝通り(4)

【2015年12月5日(土)】牛ノ寝通り
大菩薩峠(1897m)に着いた。ほぼ1年ぶりで、自身5回目になる。
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北に見えるは、親不知ノ頭(左)と妙見ノ頭(右)。
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振り返ると、1度泊まったことがある介山荘。背後は熊沢山。
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東に、大菩薩峠からの奥多摩三山。
手前は牛ノ寝通り。
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大菩薩峠からの富士山。
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大菩薩湖とともに。
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遠くに石尾根。中央の突起は鷹ノ巣山(1737m)か。
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こちらは雲取山(2017m)。
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谷底にたたずむ小菅の町並み。
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大寺山の仏塔の向こうに岩茸石山(793m)。そして関東平野が遠望できた。
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萬霊塔建立の碑が立っているが、肝心の萬霊塔は風雪のためか倒れてバラバラになっていた。
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廃仏毀釈で頭部が破壊された石仏。
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こちらはやや新しい。
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5人組に記念写真を頼まれたので、撮ってあげた。
もう5回目の訪問なので長居はせず、下山する。
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4年半前に登ってきた道。軽自動車がかろうじて通れるほどの幅だ。

このあたりはササの斜面が特徴的だ。
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古い案内板は味わいがある。
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眺めのいいところにベンチが設置されていた。
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道はよく整備され、ほぼ林道のような状態。
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小さな谷に細い沢が流れていた。
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中里介山が「大菩薩峠」を執筆したという勝縁荘まで下ってきた。
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休業中のようだが、荒れた様子はない。

門前に益田勝俊翁の顕彰碑があった。
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介山と親交があり、ここに勝縁荘を建設、経営された方だそうだ。

橋を渡ると、そこから舗装道路。
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間もなく富士見山荘に至る。
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こちらも休業中だった。

ここは富士見平と呼ばれる眺望のよいところ。
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でも、以前来た時にあった展望テラスはつぶれてしまっていた。
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たぶん昨年の大雪のせいだろう。
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ブランコも横板が片方外れて落ちていた。
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よく見ると、下の方に小さな小屋がいくつも見える。
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バンガローのようだ。
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もう何十年も営業していないのだろう。中が随分荒れていた。
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栄枯盛衰である。
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ここからものの5分で、今宵の宿、福ちゃん荘に到着。時刻はちょうど15時。
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改めて見ると、店構えは山小屋というより茶屋だ。

ここは皇太子様・雅子様が大菩薩峠に登った時(20002年)に休憩された場所だそうだ。
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最初は「ご宿泊所」かと思い、びっくりしたが、それはあり得ないよね。さすがに。

ここは大菩薩峠に行く道と大菩薩嶺に直接登る道の分岐点にもなっている。
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そしてその二つを結ぶ稜線が、はっきりと望むことができる。
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ここは意外に標高が高く1720m。
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ここに車を止めておくこともできるようだ。
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「宿泊のKです」と女将さんに伝えると玄関から入るように言われた。
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中に入ると、ちょっとトイレの臭いがする。まあ、仕方ないか。
風呂は4時からだが、先に女性が入るので、上がったら連絡するとのことだった。
指定された部屋は2階の6畳間「しらかば」。
寒いので早速、部屋にあった反射式の石油ストーブをつける。
布団を温めておこうと、ストーブの前に移動させようとしたら、なんと湿っているではないか。シーツも。
これじゃ眠れないので、隣の部屋との仕切りのふすまのカギにシーツを引っ掛けて、洗濯ばさみで留め、しばらく干しておくことにした。
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宿帳を書いておいてくれと言われていたので開いてみたら、ほかのお客さんの名前から住所から電話番号からメールアドレスまでみんな書かれたカードがそのまま綴られている。
個人情報の漏えいに無頓着なお年寄りばかりなのだろうが、この書かせ方はさすがに止めた方がいいのではないか。
とりあえず名前と住所だけは書いてあげたが。

書き終えて、薪ストーブがついている1階食堂に下りる。
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宿帳を渡して、缶ビールと味噌おでんを注文。
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火にあたりながら、喉を潤す。
ストーブを挟んで向こう側にいる女将さんにいろいろと質問したかったが、パソコン仕事に熱心なので、遠慮してあまり聞けなかった。

皇太子様ご一行は、ここまで車で来たこと。
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車を止められるのは宿泊者と食事をした人だけで、テン泊の人はNGだということ。
富士見山荘の人は時々様子を見に来ているみたいだが、営業を再開するかどうかは不明だということ。そのくらいだった。

「大菩薩連嶺」という銘柄のワインが400円だったので、帰りに買って帰ろうと思っていたのに忘れてしまった。
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ビールも飲みほしたので部屋に戻り、山行メモをつける。
午後4時になったら、自然に部屋の電気が付いた。
しばらくして、他の宿泊者が到着した。
どうやら高齢の女性2人のようだ。驚いたことに隣の部屋である。
こんなにたくさん部屋があって、こんなに空いている(我々2組のみ)のに、隣同士にするとは。離してほしかったなあ。
部屋に入るなり、お二人はかしましかったが、まあ山小屋なので寝るのも早いだろうと諦める。
メモは5時前に書き終えたので、風呂道具を持って、下に下りたら、ちょうどお二人が風呂から出てきたところ。
入れ替わりに入ることになる。
風呂は玄関の向かいにある離れにあった。

富士山のシルエットが美しい。
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お風呂は沸かし湯で、湯船もかなり小さい。
足を不用意に突っ込んだら熱くてびっくり。計ったら45℃もあった。
水を埋めて適温にし、ゆっくりと浸かる。
あいにくシャンプーとボディソープを忘れてきたが、石鹸だけは備え付けてあったので、髪の毛もそれで洗った。
外に出るともう真っ暗だった。

夕食は6時から。
ストーブが焚いてあるとは言え、寒いので湯冷めしないようダウンを着て食堂へ。
メニューは、ほうとう、アユの塩焼き、蒟蒻の刺身、小松菜のごま和え、お新香にみかん。
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御飯が多くてお腹いっぱいになった。
ほうとうも野菜たっぶりで美味しかった。

隣のおばさんに話しかけられたので少々会話。
彼女たちは長野市内から来たのだそう。
向こうはもう雪が降って登れる山がないので南下してきたらしい。
今日は大菩薩峠まで登ったが、あすは大菩薩嶺(2057m)まで登る予定だそうだ。
そういう歩き方もあるんだ。

食後はストーブの近くに移り、みかんを食べながらくつろぐ。
たくさん有名人のサインが掲げられていたが、トシちゃんのが目についた。
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7時前に部屋に戻り、することがないので、布団に入る。
明日の朝食は7時とのことなので、6時に起きても早いくらい。
11時間も眠れるだろうか。
となりもすぐ静かになったので、私も寝ることにする。
おやすみなさい。

【行程】2015年12月5日
田元橋(8:22)~モロクボ平(9:23)~高指山(9:55)~大ダワ(10:20)~狩場山(10:42)~榧ノ尾山(11:39撮影・昼食12:03)~玉蝶山(12:49)~石丸峠(13:22撮影13:25)~熊沢山(13:49)~大菩薩峠(14:02撮影14:16)~福ちゃん荘(15:00)
※所要時間:6時間38分(歩行時間:6時間10分)※コースタイム:7時間)
※登った山:4座(高指山、狩場山、榧ノ尾山、玉蝶山)
※歩行距離:14.2km

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牛ノ寝通り(3)

【2015年12月5日(土)】牛ノ寝通り
歩き始めてから4時間半ほどで玉蝶山(1730m)にたどり着いた。
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玉のように美しい蝶が乱舞していた山なのだろうか。
でも相変わらず展望はない。

尾根伝いに下って登山道に戻る。
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背後にさっきのおじさん2人組の姿が見えた。
大きく迂回して抜かした形になっていたのだ。
やはり後ろに人がいると、知らないうちにペースは速めになる。
疲れているだけにしんどい。
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斜度も1750mからの100mがかなりきつい。
足も上がらず、息も切れるので何度も立ち止まった。
それでも、2人には追いつかれずに済んだ。

とうとう路面に雪が現れてきた。
11月下旬に積もった雪が日蔭にはまだ残っているのだ。
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大した雪ではないが、トレランシューズなので慎重に歩く。
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あたりは巨岩が目に付き始めた。
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途中、一気に東の展望が開けた。奥多摩三山がばっちり見える。
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手前に横たわるのは、今日歩いて来た牛ノ寝通りの稜線だ。

少しアップにすると、背後は御前山(1405m)で、手前右は大マテイ山(1409m)。その左は高指山(1274m)。
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奥多摩湖と大寺山山頂の仏塔が見える
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大岳山(1267m)と三頭山(1531m)。
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おなじみ飛龍山(2069m)と雲取山(2017m)。
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長峰への分岐に標識があった。
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長峰は牛ノ寝通りの南に並行する稜線だが、地形図に徒歩道の表記はない。
標識にも「道跡不明瞭通行注意」とある。
ただ歩けることは歩けるようだ。
最新版の「山と高原地図」を見ると、破線がシオジの森ふかしろ湖まで通じていた。

ここで道は大きく右に屈曲し、傾斜もやや収まる。
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左手に小金沢連嶺が延々と続いているのが見えてきた。
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雁ヶ腹摺山(1874m)もかなり目立つ。
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その右下、大峠の向こうに見えるのは、おそらく高川山(976m)と御正体山(1682m)であろう。
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左前方には小金沢山(2014m)。
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左後方には、道志山塊。中央の突起はおそらく大室山(1588m)ではないか。
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間もなく石丸峠に到着する。
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着いた~
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ここは小金沢連嶺の稜線である。
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正面には南アルプスがずど~ん。
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いつものように順番に見ていこう。
左から、聖岳(3013m)、赤石岳(3120m)、悪沢岳(3141m)。
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白峰三山。
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鳳凰三山と仙丈ヶ岳(3033m)、そして甲斐駒(2967m)。
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甲斐駒と鋸岳(2675m)。
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峠のすぐ南にある高まりは天狗棚山(1957m)。
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眼下には大菩薩湖と明日歩く上・中・下日川峠の稜線。
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東側には奥多摩三山がきれいに並ぶ。
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地形図では、ここから斜めに下りていく道は上日川峠に通じているように書いてあるので、大菩薩峠に向かうべく稜線上の踏み跡を行く。
でも、ここは正規の道ではないなとすぐ気が付いた。
昨年来た石丸峠とは雰囲気が違うし、道も細すぎる。
でも、私の後をトレラン風の人が付いてきてしまった。
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ただ、ササの中の踏み跡をたどって簡単に登山道に戻ることはできた。
「山と高原地図」は正確に書いてある。地形図は完全に誤りである。

トレランの人には先に行ってもらって、ゆっくり熊沢山を望む。
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その手前が本当の石丸峠。ササ原の美しいところだ。
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4人組が正規の道を行く。
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そして富士山が小金沢山の右肩から顔を出した。
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反対の北側、熊沢山の右肩には大菩薩峠の先にある妙見ノ頭が見える。
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峠の分岐のあたりは踏み跡だらけ。
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登山道ではなく防火帯を歩いている方々もいる。
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4人組は大菩薩峠ではなく上日川峠方面の方に下って行った。
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私も峠まで下りてきた。やはり風が強い。
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朽ち果てた古い道標。
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南は天狗棚山。
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小金沢山と富士山。
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富士山は風がかなり強そうだ。
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防火帯のグループは若い女性が中心。
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東に目を転ずると、雲取山。
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飛龍山。
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おっと、例の2人組も到着。さっそく南アルプスに注目している。
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前回は登山道を行ったので、今回は私も防火帯を登る。
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かなりの急勾配なので、何度も立ち止まって、振り返り写真を撮る。
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牛ノ寝通りと奥多摩三山が絶妙のバランスで配置されている。
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狼平の向こうに雁ヶ腹摺山や高川山。
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富士山もだいぶ全容を見せてきた。
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それらの全景。
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北西方面。手前左はたぶん今倉山(1542m)。
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その奥はすっかり形が変わってしまった飛龍山。
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狼平をアップで。
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その左奥に丹沢の檜洞丸(1601m)。
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富士山も全開だ。
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さっきの2人組も防火帯を登ってきた。
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石丸峠はササの中に無数の獣道がめぐらされているのが分かる。
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かなり登ったところで防火帯から離れ、登山道に戻る。
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この上が熊沢山のピークだが、すでに踏破済みだし、展望もないので今回は寄り道しない。
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登山道に「熊沢山」と書いた道標もあるし。
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ここは見晴らしがいいので、この道標をわざわざ立てたのだろう。
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この先は大菩薩峠まで樹林の中の下り。
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古い道標がまだ何とか生き残っている。
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熊沢山から10分ほどで発電機のエンジン音が聞こえてきた。
介山荘に到着である。
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ここは小屋の関係者は車で来られるのだ。

(つづく)
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牛ノ寝通り(2)

【2015年12月5日(土)】牛ノ寝通り
田元橋からほぼ2時間で牛ノ寝通りの稜線、大ダワに着いた。
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ここは「山の高原地図」に棚倉小屋跡と出ている場所だが、春に来た時にはその痕跡を見つけることができなかった。
でも、それはやや北に引っ込んだところにあったからだった。
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たぶん、これが小屋跡であろう。発見できてよかった。

ここでマウンテンバイクの方とすれ違った。
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「青いマウンテンバイク」さんかなと思ったけど、車体は黒かった。

さっきのグループはたった今出発したところみたいで、姿は見えないけど、話し声は向こうの方から聞こえてきた。
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変な言い訳をしなくて済んでよかった。

5月2日以来7か月ぶりの大ダワ再訪である。
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ここからは背伸びをすると飛龍山(2069m)が望める。
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あそこには昨年の5月、まだ雪の残る時に登ったっけ。
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右には三ツ山(1949m)。
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丸太が休憩用のベンチ代わりのようだが、当方は休まず前進する。
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ここからはコースタイム3時間20分に及ぶ「牛ノ寝通り」縦走。
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そのうちのほぼ半分、榧ノ尾山(1429m)までは、ずっと1300m台。
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なだらかでのどかな道が続くことになる。

「山と高原地図」にあるショナメという鞍部には、標識なし。
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この先に登山道から外れて狩場山(1376m)があるので、ピークハントに向かう。
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道も踏み跡もないが、ヤブもなくて見通しもよく、ただ高みを目指せばいいだけ。
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ほら、もうあそこが頂上だ。
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期待していなかったが、きれいな山名板があって感激。
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大マテイ山(1409m)や寝姿山(1368m)にあるのと同じ山梨県産材使用の標識だ。

展望はやはり木々を透かして飛龍・雲取方面が望めるだけ。
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立ち止まらずに登山道へ戻る。もちろんピストンはせずに。
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すぐ先で右手に巡視路が分岐していた。
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しばらくはお散歩のような気分で歩く。
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この後、「山と高原地図」に「牛ノ寝」という地点があるようだが、標識などはなし。
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そうこうしているうちに、前方から人が現れてびっくり。
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この道はとくに登るべき山があるわけではないので、ピストンはほぼありえない。
ということは、上日川峠までバスで来て、大菩薩峠もしくは石丸峠を越えて、小菅の湯もしくは松姫峠まで縦走するというコースだろうか。
コースタイムを見てみると、石丸峠経由で小菅の湯まで5時間40分。
全くの日帰りコースではないか。
考えてみれば、私だって登りが長いのに、上日川峠までなら日帰りで行けるのだ、おかしくはない。何だかすごく長いイメージがあったが、そうでもなかったのだ。

当方もひたすら歩き続ける。
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木の枝がダンスをしている。
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右前方に木賊山(左、2469m)を発見。
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その右には破風山(左、2318m)。
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道はひたすら平坦である。
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この後、榧ノ尾山まで3人とすれ違う。
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みな単独だ。いずれも足早かつ不愛想な感じで、どうやって来たのか聞きたかったが、声をかけられず終いだった。

1350mの鞍部から緩やかな登りとなる。
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榧ノ尾山まで標高差は80mほど。
この登りでお腹が鳴り始めた。
「ちょうどいい。山頂でお昼にできる」と思って頑張った。

榧ノ尾山はピークでも何でもなく、単なる斜面の途中だった。
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でも、ここにもきれいな同じ山名板があった。

この部分だけ伐採はされているのだが、その下の木々が成長してしまったのか、すっきりとは周囲の山々が見えない。
でも、ともかくは撮影。飛龍山の稜線と同じように弧を描いた枝があった。
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雲取も枝の先。
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小金沢連嶺を望む。
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雁ヶ腹摺山(1874m)。
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かすかなピークに三角点を発見。
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そのあたりに陣取って、昼食にする。
風がやや強く、お尻マットだと飛ばされそうなので、簡易イスを久々に使用。
本日のメニューは相変わらず、コンビニのおにぎり2個。
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いくらが美味しかった。
飲み物はまた余り物の古いティーパックのお茶。全然美味しくなかった。

食べている間にも上から次々に登山者がやってきた。
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下から来た人も合わせて、私以外に5人になった。
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でも、ここでお昼にしたのは私以外に1人だけ。
下から来た2人はどこから登ってきたのだろう。
同じバスで川久保からだろうか。それとも小菅の湯からだろうか。
いずれにしても健脚のようだ。
でも、私が食べているわりと近くで小便をしていきやがった。
全く無神経なおじさんである。

25分ほどで出発。
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この後もしばらくはだらだら登り。
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標高1500mを超えると傾斜がだんだんきつくなってくる。
このあたりですれ違った男性にやっと声をかけることができた。
「上から来る方が多いんですが、どうやって来るんですか。上日川峠までバスですか」
「そうです」
(ああ、やっぱり)
「それで、小菅の湯でひと風呂浴びて、またバスって感じですか」
「そうです。それが楽しみで」
(やはり、そうだったか)
「なるほど。じゃ、気をつけて」
この時間にここですれ違うということは大菩薩嶺(2057m)も登ってきているのかもしれない。
来る人に時間の差が大きくあるのは、バスの時間や脚力の問題もあるのだろうが、ルートも違うのだろう。
いずれにしろ、小菅の湯より上日川峠から出発した方が下り基調になるし楽であることは間違いない。

1600mを超えると、さらに勾配も急になり岩が目立ってきた。
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右手に再び作業道。
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「山道」と書かれているが、どこに通じているのか地形図でも「山と高原地図」でも道の記載がないので分からない。

背後には大岳山(1267m)も見えてきて、奥多摩三山がそろい踏み。
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飛龍も通り過ぎた感じ。左には竜喰山(2012m)と大常木山(1962m)の稜線もくっきり。
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じきに植生はササになり、ジグザクに坂を登っていく。
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階段などもしつらえてあった。
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実はこの登りがかなり堪えた。前半とは比較にならないほどペースもガタ落ち。
時々立ち止まってしまうほどだった。
ほとんど休みなく歩いてきたことも原因だろうが、なだらかなアップダウンで坂の上がすぐ見えるものだから、つい早く登ってしまおうと知らず知らずのうちにペースが速くなっていたのかもしれない。

悩みに悩んだ末わかった権現山(1312m)。
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こちらは御前山(1405m)。
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いよいよ玉蝶山直下というところで、さっきお昼を食べている間に抜かれたションベンおじさんに追いついた。
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立ったまま弁当を食べていた。

私は彼らを避けるように道を外れる。
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地図上は、玉蝶山(1730m)は登山道上にあるように書かれているが、実際は巻いている。
このあたりから尾根に入ってしまった方がいい。

途中右手の展望が開けた。
黒槐山(左、2024m)と唐松尾山(右、2109m)。
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雲取山。
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そして、玉蝶山に登頂。またこの山名板だった。
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(つづく)

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牛ノ寝通り(1)

【2015年12月5日(土)】牛ノ寝通り
久しぶりに土日とも用事がなく、天候にも恵まれたので、1泊で出かけることができる。
懸案だった牛ノ寝通りから大菩薩峠(1897m)を経て、源次郎岳(1477m)から塩山に下る縦走に挑むことにした。
源次郎岳からの下りは「山と高原地図」に「ヤブうるさい」とか「判断力を要す」とか厄介なことが書いてあるので、冬枯れでかつ雪のない時期を狙っていた。
今がチャンスだ。

宿は大菩薩峠から上日川峠にかけて、介山荘、富士見山荘、福ちゃん荘、ロッジ長兵衛の4軒があるが、介山荘はすでに泊まったことがあるし、ロッジ長兵衛は若干接触があるがあまりいい印象がないので落選。
福ちゃん荘は大菩薩峠事件に関係あるという歴史とお風呂があるというメリットもあり、こちらを選択した。
富士見山荘は行ってみたら営業していなかった。

朝4時半に目覚ましをかけ、5時すぎに自宅を出発。
新所沢駅前のコンビニで食料を調達し、5:22発の電車に乗る。
予定の電車より1本早い。
国分寺駅の乗り換えで時間があったので、1㍑のアクエリアスボトルを2本の500ccボトルに入れ替え。パッキングもやり直した。

拝島駅での乗り継ぎ時間は3分なので、山支度の人はみな走っていた。
私も走る。
青梅駅では12分の待ち合わせ。寒いのでレトロな待合室でしばし待機。
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奥多摩行きの電車は立川からの電車を待って、3分遅れで発車した。
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隣り合わせた女性登山者2人組が、不倫がどうの離婚がどうのと朝っぱらから大きな声でしゃべっている。
○○大学だとか、○○ちゃんだとか、調べれば個人を特定できてしまいそうな詳細な話だった。

奥多摩駅にはほぼ定刻の7:18に到着。
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小菅の湯行きのバスにザックだけ置いて、駅に戻りトイレ。
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戻ったら満席で、しかも隣の席はさっきの女性だった。
でもさすがに今度は大人しくしていてくれた。
留浦(とづら)で下りたので、おそらく雲取山(2017m)なのだろう。

こちらはもうしばらく乗って田元橋で下車。時刻は8:18。
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ここの待合所は以前、鹿倉山(1288m)に登った時、下山してお昼を食べた場所だ。

バスの中でカメラや地図をザックから取り出し、ダウンをウインドシェルに着替えて歩く準備は整えてあったので、ストレッチだけ入念にして、3分で出発。
まず田元橋を渡る。
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小菅川の向こうに見えるのは小栃山(1315m)だ。
雲ひとつない、いい天気になった。

この先、登山口までの道は地形図と「山と高原地図」では食い違っているので、そういう場合は後者に従う。
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田元集落のメーンストリートを登りながら、登山口を探していたら、諦めかけた頃やっと出てきた。
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小菅村の中心部とその背後にウズモ山(1066m)が見える。
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すぐに道路にぶつかり、これを横断して、登山道は続いているように書かれているが、そんな道は見当たらない。
鹿除けようの柵をくぐって車道に出ると、その道をとりあえず登っていくしかなかった。
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間もなく舗装道路が途切れ、新しく切り開いたばかりのような手作り風の林道となる。
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この道も、いずれの地図にも表記されていないので、一応地図ロイドで確認したら、現在地はおかしくない。
道も尾根をつづら折りに登っているし、赤テープもあるのだから、間違ってはいないのだろう。
このまま進む。せめて林道になるあたりに1本道標が欲しいところだ。

2本ほど右にトラバースしていく枝道を見送ると、この林道も尽きて、ようやく登山道になる。ひと安心。
「山と高原地図」では実線で表記されているだけに、道はしっかりしている。
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このあたりはまだ紅葉が残っていた。
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でも地面はすっかり落ち葉に覆われている。
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こんなに掘れているところを見ると、かつてはかなり歩かれていたのだろう。
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登山道もつづら折りになっており、急傾斜のわりには苦にならなかった。
でも、そのせいでちょっとペースが速かったかも。少し息が切れた。

田元橋から標高差にして200mほど登ると、小菅の湯からの道が左から合流してくる。
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この先もぐいぐい登る。
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左手には奈良倉山(1349m)が視界に入ってきた。
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さらに150mほど登ると、台地状になっている平坦な場所に出る。
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アサダやミズナラ、コナラなど広葉樹の森だ。
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葉っぱもすっかり落ちて、実に明るい。
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この先のだらだら登りは息を整えるのにちょうどよかった。
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正面には木々を透かして高指山(1274m)を捉えた。
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そして、川久保からの道と合流した地点がモロクボ平。
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ここまでちょうど1時間。コースタイムより10分ほど速かった。

これは川久保からの道。
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右手には飛龍山(2069m)から雲取山にかけての稜線が見える。
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木々の隙間から雲取の山頂が見えた瞬間。
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まだしばらくなだらかな道が続く。
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落ち葉の吹き溜まりに入ると、ふくらはぎ近くまで積もっている。
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おお、左手には三頭山(1531m)も姿を現した。
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左奥には御前山(1405m)もいるではないか。見逃しませんぞ。
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思いがけず、右前方から人の話し声が聞こえてきた。
ん? 同じバスで来て、川久保から登った方々かな?
あっちからの方がやはり速かったのかな?
なんて考えながら歩いていると、高指山の巻きに入ったあたりで追いついてしまった。
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抜かす時に聞いてみると、小菅の湯から登ってきたという。
大マテイ山(1409m)を回って小菅の湯に下る周回コースで、マイカー利用のようだ。
松姫峠まで歩くのかとその時は思ったが、改めて地図を見ると、大マテイの先の鞍部から小菅の湯に直接下る道があった。そのルートだろう。
それだとお昼には下れてしまいそうだ。

人のことはともかく、さくさく進む。
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北斜面は暗いし寒い。

高指山を巻き終わると、やっと明るい場所に出た。
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正面は大マテイだ。

ここから鋭角に戻るように高指山のピークを目指す。
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一応、通せんぼの枝は置いてあるが、踏み跡はしっかりしている。

ピークまで少し距離があるが、なだらかなので歩きやすい。
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が、しかしいきなり来てしまった。あれが。
さっきのグループがこちらには来ないと断定して、道端でやらかした。
すいません。ちゃんと落ち葉で隠しました。

ピークにはその後すぐに着いた。
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残念なことに山名板は存在せず。

眺望も木々を透かして、という感じだった。
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すぐに踵を返して、登山道に戻る。
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そして再び大マテイの北斜面の巻きに入る。
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さっきのグループにはなかなか追いつかない。
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いやその方がいいのだ。また会うと、自分が後ろから来たことを言い訳しないといけなくなる。
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あ、キジ撃ちしてきたな、と思われると心外なので(それも正解なのだが)、「高指山に寄ってきました~」と聞かれもしないのに言わなければならないのだ。
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でも、どうせ分岐の大ダワで休んでいるんだろう。
そこで会わざるをえないだろうなあ、なんてくよくよ思いながら歩く。

道端には古い朽ち果てた橋やバイクまで落ちていた。
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ここまでバイクで来たのだろうか。
松姫峠からなら来られたかもしれない。
それにしても乗っていた人の方は大丈夫だったのか。

さすがに北斜面だけあって、長い霜柱が下りていた。
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この巻き道は結構長い。
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暗くて心細いほどだ。
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しかし途中でやっと飛龍や雲取がすっきり見える地点があり、気持ちもぱっと開けた。
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(つづく)
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兜山・棚山(4)

【2015年11月28日(土)】兜山・棚山
棚山(1171m)から下山し、矢坪集落を歩いている。
これは何の実だっけ。
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集落を抜けるとフルーツラインに出る。
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手前の白い建物は山梨厚生病院。
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背後は達沢山(1358m)。

集落の入口には道祖神とお地蔵さん。
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しばらくフルーツラインを歩く。ここも見晴らしがいい。
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東には小金沢連嶺が一望だ。
これはその主峰たる大菩薩嶺(2057m)。
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石垣で築いた段々畑。桃だろうか。
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白いのは袋かけ。
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ふどうの葉っぱも真っ赤に染まっている。
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こちらは山根の集落。
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フルーツ直売所では柿を干していた。初冬はオフな感じ。
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めずらしい名前の川を渡る。
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秋だ。
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夕狩沢古戦場のところで右折、今朝迷ってたどり着いた花火工場に向かう。
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兜山流しそうめんは、さすがに季節はずれなので休業中。
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再び廃車発見。
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この道は兜山(913m)への登山口に通じているが、それを示す古い道標。
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花火工場の手前左に沢沿いを登る道があるが、そこには何の標識もない。
ちょっと不安だが、これが登山道のはずなんので進んでみる。
すると、やっと道標があった。
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この道は徒歩で駐車場に行く近道なのだ。
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ここを通らないと、ゴルフ場経由で延々歩かないといけない。
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駐車場にこだわらず、最初からここに車を止めておけば、新岩場コースを登れたのになあ。

道は夕狩沢の支流、梅沢に沿っている。
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ここは新岩場コースではなく、岩場コースとの分岐。
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坂は結構登っている。最後にこれはかなりきつい。
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沢の色はさっきの永昌院の池の水を同じ。
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単なる汚染なのか、温泉か何かの成分なのか。

だんだん暗くなってきたような気がするが、まだ午後2時。
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ここが新岩場コースとの分岐。
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なんだ、ここにあったのか。

これを過ぎると駐車場はすぐそこ。
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これが登山道の入口とは、かなり分かりにくい。

駐車場では朝会ったおじさんがちょうど車で出るところだった。
私には気づかず行ってしまった。
高齢者夫婦の車はまだあった。
兜山だけならもうとっくに下りてきていてもいいはずなのに、どこまで行ったのか。

私もザックを車内に放り込んで、温泉に向かう。
その前に、こんなのを見つけたので、無事下山のお礼かたがた見学。
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国府山神宮だそうだ。
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ゴルフ場の縁の道から兜山に別れを告げる。いはやは苦労させられました。
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これはその東に対峙する矢坪(675m)。
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奥はたぶん神峰。
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再び甲府盆地。
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そしてすぐに待望の岩下温泉。
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しかし、受付には誰もいない。
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大声で呼んでも誰も出てこないので、本館に移動して、その旨伝えると、ご主人らしき人が旧館に来てくれて、案内をしてくれた。
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入浴料は500円。安い。
今から1700年前の発見というから、地元で人気なのかと思ったら、客は私ひとり。
ありがたく独占させてもらった。

源泉は28℃とのことなので、法的には「温泉」だが、沸かしている。
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(手前はぬるい源泉)

源泉だけの湯船も半地下にあって、そちらの方が広い。
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夏などはみなこちらに入るのかもしれない。

昭和22年の古い鉱泉試験成績書が掲げられていた。
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ふう、温まったし、すっきりした。

ここは、シーズン(それとも夜?)はカフェもやっているようだ。
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ゆっくり泊まりに来るのもいいかもしれない。

駐車場に戻る途中、大きな玉の道祖神と頭部が風化した石仏にご挨拶。
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さて今日はまだ早いし、高速の渋滞を避けて、青梅街道(国道411号)で帰ることにする。
16時に柳沢峠着。
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「山麓酒場」はできなかったが、「山頂酒場」のまねごとをすることにした。
ここで、ひと休みさせてもらう。
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ちょっとお土産物を見物していたら、店のご主人が食堂の電気を消してしまった。
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「もう終わりですか?」と聞くと、「まだいいですよ」との答えだったので、ノンアルの缶ビールと味噌おでん、とろろそばを注文。
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お腹いっぱいになった。そばは余計だったかも。
でも、30分ほど「山麓酒場」気分を味わった。

外に出ると、すっかり日も沈んでいた。
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峠付近は先日の雪がまだ残っている。
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奥多摩駅まで下りてきたところで探検。
「山麓酒場」の確認である。
例の本に載っていたのは、お稲荷こみちの「小料理みやぎ」と、柳小路の「美好」「ビアカフェ バテレ」「天益」。
まずは、お稲荷こみち。「みやぎ」営業中。
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となりは「むら㐂」。
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出口に「寿々家㐂」。ここも使えそう。
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柳小路。まずは「楓(ふう)」。中の雰囲気はうかがえず。
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赤ちょうちんが目立つ「きみちゃん」。
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かなりディープらしい「美好」。
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こちらは閉店していた。
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「天益」は見逃してしまった。

というわけで探索終了。どの店も結構賑わっていた。
登山帰りのおじさんやグループが多いのだろう。
冬は暗くなるのが早いから、逆に入りやすいのかもしれない。
私もいつか来なければ。

この先は自宅までまっしぐら。
でも所沢市内で渋滞。帰宅は夜8時になってしまった。

【行程】2015年11月28日(土)
兜山登山口(8:37)~山腹コース分岐(8:59)~兜山(9:21)~展望台(9:23撮影9:28)~神峰南尾根鞍部(9:52)~神峰(10:38)~棚山(10:55撮影・昼食11:24)~山の神コース分岐(12:01)~永昌院(12:59撮影13:04)~夕狩沢古戦場(13:32)~登山口(14:10)
※所要時間:5時間33分(歩行時間:4時間54分)
※登った山:3座(兜山、神峰、棚山)
※歩行距離:13.6km

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兜山・棚山(3)

【2015年11月28日(土)】兜山・棚山
棚山(1171m)の山頂で眺望を楽しんでいる。
南アルプス早川尾根の最高峰アサヨ峰(2799m)。
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ずっと視線を左に寄せると、赤石岳(左、3120m)と悪沢岳(右、3141m)。
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聖岳(右、3013m)とたぶん左は大河内岳(2803m)。
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この双耳峰は笊ヶ岳(2629m)だろう。
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南アルプスの南の方を遠望。
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これは七面山(1989m)だろうか。
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毛無山(1964m)。
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三方分山(左、1422m)と竜ヶ岳(右、1485m)かな。
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そしてオオトリは富士山。
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雪が付いていないように見えるところはただの陰なんだろうか。
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北岳(3193m)をアップで。
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農鳥岳(左、3026m)と間ノ岳(右、3190m)。
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眼下に甲府市街。
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今歩いてきた兜山(913m)。
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さて、まだ11時前だから少し早いけどお昼にしよう。
今日のメニューは、またまたおにぎり2個。
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今日はお湯を持ってきたので、古いティーパックのお茶を飲む。
古いだけあって、あまり美味しくない。
けど、まあいいや。

30分ほど山頂に滞在して出発。
誰か来るかなあと思っていたら、結局誰も来ず、独り占めだった。
ちょっと南に進むと小さなピークがあり、そこが重ね石コースと山の神コースの分岐になっている。
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重ね石コースは尾根通しの道なので、そちらの方に行きたかったが、所要時間が山の神コースより20分も長かったので、山の神コースを選んだ。
フルーツ公園方面にまっすぐ下る谷ルートである。
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これがまた時間が短いだけあって、かなりの急坂。
めちゃめちゃ滑る。
落ち葉のせいなのだが、あまりに滑るので、靴の裏を見てみたら、一部ツルツルになっていた。
今年は骨折して登山靴が履けず、このトレランシューズで歩くことが多かったので、さすがに減ってしまったようだ。

途中、真っ白に冠雪した金峰山(2595m)が見えた。
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ちょうど五丈石に枝がかかっていて残念。

分岐から5分ほど下ると、山の神が大木の根元に祀られていた。
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遅ればせながら、無事下山を祈願。
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こんな平和なところもあるのだが、坂は相変わらず急で、ロープ場すらあった。
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谷に入ると、道がかなり荒れてくる。
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これはさすがに下れない。道を間違えたかな、と思ったら、やっぱりそうだった。
1mしか行き過ぎてなかったので、すぐ軌道修正。
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さらに下ると、2人組の女性が登ってきた。1人はかなり年配だ。
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「まだありますか」と聞かれたので、「まだかなりありますねえ」と答えざるをえなかった。
でも考えてみたら、分岐から20分しかたっていなかったので、もしかしたら40分くらいで登れたかもしれない。
「それにしても、これから登りかあ」と思ったが、まだ11:45だから、普通にありえる時間だ。

こちらは黙々と下り続ける。
途中、まんまるい岩を見つけ、思わずパチリ。
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涸れ沢に沿った下りなので、足場がよくない。
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でも、傾斜はだいぶ緩やかになってきた。
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そして2つ目の山の神。
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手を合わせて、丸太の橋を渡る。
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山頂から40分弱で、重ね石コースと合流。ほぼコースタイム通りだ。
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再び涸れ沢を渡ると、かつては車が通っていたと思しき道となる。
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そして展望が開け、富士山が再び登場した。
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こちらは重ね石コースの稜線。
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さらに振り返ると、棚山の頂上部付近が望めた。
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しばらく明るい平和な道を歩く。
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正面に、滝子山(中央左、1590m)やお坊山(中央右)。
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そして舗装道路に出た。
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左手に「温泉」と書いてあるが、地形図に従い、この直線道路を下る。

見晴らしのいい道だ。
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棚山方面。
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兜山方面。
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この道はどうやら別荘地開発のために開かれたようだ。
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この門柱もおそらく、別荘地の入口を示すものだったのだろう。
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この先は舗装道路をはずれて右折し、ほぼ廃道になった林道を延々下る。
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下の入口にもゲートがあるようで、もう何年も車が通った痕跡がない。
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歩く人も稀に違いない。棚山を下ってきたら普通はほったらかし温泉に行くだろうし。
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でも、空は相変わらず真っ青。
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途中、ひっくり返った廃車を発見。
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こんな重いものを、わざわざひっくり返す理由が分からない。
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この警告も遅すぎる気がする。
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人里に近づくと、大きな石垣が出てきた。
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再び舗装道路に合流し、矢坪配水池の前を通過する。
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永昌院の横まで下りてくると、再び展望が開けた。
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せっかくなのでこのお寺を見学する。
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池に岩から直接水が流れ込んでいる。
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その水がやや濁っている。何か特別な成分が含まれているのだろうか。
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ここは永正元年(1506年)、武田信昌の開基だという。
明治42年(1909年)の火災で総門や鐘楼以外の建物は焼失したとのことなので、本堂はその後の再建である。
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この鐘楼は焼けていないから古いものだ。
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総門から富士山を望む。いい場所にある。
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山号は龍石山。
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下から寺に上がってくる道沿いの岩に、いくつもの石仏が安置されていた。
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これなどは自然の岩と見事に調和している。
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(つづく)

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兜山・棚山(2)

【2015年11月28日(土)】
兜山(913m)を登っている。
30分近くで、富士山が見えるスポットに出た。今日はやはり素晴らしい。
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この先は巨石に沿って登る。
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このあたりは紅葉もまだまだ残っている。
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岩がだんだん大きくなっていく。
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誰かが岩にはさまっているように見えるが、錯覚か。
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岩の回廊を過ぎると、葉が落ちて明るくなった林に出る。
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すでに初冬の雰囲気だ。
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ほどなく稜線に出た。
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右折して、兜山山頂へ。ここは山梨百名山の一つであった。登山口から45分で着いてしまった。
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南へ少し下ると展望台に出る。
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まず目に飛び込んで来たのは、黒岳(左、1793m)と釈迦ヶ岳(右、1641m)の二つの突起。
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釈迦ヶ岳の右下の黒い塊は大栃山(1415m)。
甲府盆地はやや白く煙っている。

右に目を移すと富士山が威風堂々とそびえる。
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手前の突起は左が節刀ヶ岳(1736m)、右が鬼ヶ岳(1738m)。

左に目いっぱい舵を切る。大鹿峠を挟んで左の双耳峰が滝子山(1590m)、右の双耳峰がお坊山(1452m)。
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その右はお坊山と笹子雁ヶ腹摺山(1358m)。
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そのさらに右。中央右奥に除くのは雲母山(1213m)。
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どんどん右へ移動。京戸山(1430m)。
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三ツ峠山(1785m)。
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御坂峠と右に黒岳。
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ここにはベンチがあったが、座らないまま撮影だけで立ち去る。
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もう一度、山頂を通過して、稜線を北西に進む。
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夕狩沢に下る分岐を通過。
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かわいい手書きの地図があった。
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稜線はちょっとした岩場が続く。

頂上から10分ちょっとで、兜山の最高地点(約990m)。
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ここは裏から見ると、こんな巨岩になっている。
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冬枯れの木々を透かして棚山(1171m)らしき山が見える。
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ここからの下りは急なので慎重に。
10分ほどで稜線の鞍部まで下りてきた。
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この先は「山と高原地図」にも破線すらなく、地形図にも徒歩道が記されていないルートだが、事前にヤマレコで調べたら、結構歩いている人がいるので採用することにした。
確かにちゃんと踏み跡はあるし、「棚山」と書いたささやかな道標もある。
せめて破線で表記してほしい。
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ただ、いきなりの急坂。
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右手に大菩薩嶺(2057m)を眺めながら踏ん張る。
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ここもトレランのルートになっていた。
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地形図を丹念に見て、小さなピークや屈曲点を確認しながら登っていく。
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20分ほどで約1020mのピークを通過。ここで左に90度曲がる。
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すると右手に再び棚山の山頂が見えてきた。
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少し木が伐採されているようだ。

さらにだらだらと登って、約1120mのピークへ。
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この尾根道はとくに分かりにくい所はなかった。
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分岐から45分で神峰(かんぽう、約1170m)に着いた。
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ここは太良ヶ峠への分岐になっている。
「山と高原地図」に示された迂回路だとコースタイム2時間15分がになっているので、1時間半も節約できたことになる。このコースタイム自体もかなり甘いのかもしれないが。

ここで右折し、棚山まではコースタイム1時間。
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地形図をみると、下りながら小さなこぶを二つ越え、最後は70mを一気に登る感じだ。
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「山と高原地図」では実線になっているので、さすがに歩きやすい。
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最後はかなりの急登。
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ロープが張ってあったので、これをかなり頼った。
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あともう少し。
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神峰から15分ちょっとで棚山山頂に着いてしまった。
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何だったんだ、あのコースタイムは。
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こんなに甘々の時間設定なら、駅から歩いてもよかったわい。

とにかく、北以外は展望が開けているので、しばしの撮影タイム。
まずは東。小金沢連嶺。
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ひとつずつ見ていく。まずは左端にあった大菩薩嶺。
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雷岩あたりのカヤトや右端には大菩薩峠の介山荘がかすかに見える。

左から熊沢山、石丸峠、小金沢山(2014m)、牛奥雁ヶ腹摺山。
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左の凹みは賽の河原、そのすぐ右に川胡桃沢ノ頭、最も高いところが黒岳(1987m)、右の凹みは湯ノ沢峠。
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大谷ヶ丸(左、1644m)と滝子山(1590m)。
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眼下にほったらかし温泉。
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塩山の名前の由来となった塩の山(553m)。
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くるりと西を振り返る。
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まずは白峰三山。右から北岳(3193m)、間ノ岳(3190m)、農鳥岳(3026m)。
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ここは手つかず。早く登りたい。

岩肌がくっきり見える甲斐駒(2967m)。右に鋸岳(2685m)のギザギザ。
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鳳凰三山。右から地蔵岳(2764m)、観音岳(2840m)、薬師岳(2780m)。
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右肩に除く白い山は仙丈ヶ岳(3033m)。

これがその全体像である。
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(つづく)
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兜山・棚山(1)

【2015月11月28日(土)】兜山・棚山
数日前にぐっと冷え込み、冷たい雨が降った。
2000m級の山にはかなり雪が積もっただろう。
そして、この週末はすこぶる天気がよさそうだ。
五合目あたりまでしっかり冠雪した富士山を眺めるべく、山梨でふさわしい山を物色。
兜山から棚山を縦走することにした。

本当は以前考えていた蓼科の八子ヶ峰(1833m)に行くことも考えたのだが止めた。
冬型の気圧配置なので、あそこまで行くとかなり北なので、雲がかかりそうな気がしたからだ。
兜山についても「山麓酒場」を楽しむため、電車で行くこともかなり真剣に検討したが、これも断念。駅からのアプローチが長い上、電車の時間の都合でスタートも遅れるので、帰りが遅くなりそうな気がしたからだ。

というわけで前夜はおとなしく帰宅して、当日は朝5時半すぎに出発した。
この時期、日の出は6:40くらいなのでまだ真っ暗だ。
いつも通り、所沢市内のコンビニで朝食と昼食を調達、ガソリンも満タンにして入間ICから圏央道に乗る。
小仏トンネルを抜けたあたりから明るくなってきた。
扇山(1138m)が見事なモルゲンロートに染まっている。
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すぐ上にはお月さまがぽっかり。

大月あたりからは真っ白な富士山も確認できた。
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否が応にもテンションが上がる。

甲府盆地に入ると、正面に白峰三山。
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さらに進むと、南アルプスが一望。左には赤石岳(3120m)や悪沢岳(3141m)もくっきり見える。
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甲斐駒(2967m)も忘れてはならない。
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一宮御坂ICで下り、春日居町方面に向かう。
中央本線の線路を渡ると、正面に見えてきたのが兜山(913m)だ。
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2時間かからず、ここまで来たのだが、ここからが地獄だった。
兜山の登山口にある駐車場へ行く道が、どうもよく分からないのである。
とにかく道路地図帳に従うことにした。
帰りに寄る予定の岩下温泉のすぐ脇の道を登っていくと、広域農道フルーツラインの下をくぐるはずなのだが、くぐらずにフルーツラインに出てしまった。
勘で右折して、しばし走ったが、どうも違う。
戻りがてら、沿道にあった八嶽山神社を撮影。
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来た道をさらに戻って、くぐる道を探す。
道路地図通りではないが、そういう道があるにはあった。
ぶどう畑の中の細い道をぐいぐい登って行く。
この道が駐車場に行く道にぶつかるはずなのだが、なんと行き止まり。
ありゃ~どうなってるの? と思いつつ、またまた来た道を引き返す。

仕方ないので、春日居ゴルフ倶楽部の西側を回り込む道から行こうと思い、フルーツラインを南下すると、ゴルフ場の入口に「兜山登山口」という標識を発見。
なんだ、ここから行けばいいんだ、そう言えば、山と渓谷社の新・分県登山ガイドにも確か、そんなふうに書いてあった。
納得して、小さな標識に従い、すぐに右折して、つづら折りの道を詰め上げると、またしても行き止まり。
正確には、すごく細い道が続いているのだが、「山と高原地図」の駐車場の地点に「春日居町駅からタクシー15分」と書いてあるので、明らかにあの道ではない。
タクシーがあんな道を進んでくれるわけがない。

首をひねりながら、やはりゴルフ場の西側を回ることにする。
フルーツラインをさらに南下し、国道140号バイパス(西関東道路)をくぐったところで右折。
またまたつづら折りの道をぐいぐい登る。
途中、梵字橋という石橋が説明版とともにあったので、とりあえず写真に収める。
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近くの山沢川にかかっていたものを道路拡張工事のため移築したとのこと。
梵字が刻まれているので、その名があるが、築造年代は不明だという。

それはいいのだが、またしても通行困難な道になってしまい、引き返す羽目に。
一体、どうしたら行けるんだ!
こんなことなら、電車で来てタクシーに乗った方が早かったぞ!
今度は八嶽山神社の方へ戻り、夕狩沢沿いの道を上がってみる。
この道が駐車場には通じていないのは分かっているのだが、これだけ地図がいい加減なんだから、もしかしたらつながっているかもしれないと思ったわけだ。
しかし、どんどん道は悪くなる一方。
そして、今度は花火工場に出てしまった。
う~む。万策尽きた感じだ。
ちょうど軽トラで工場に出勤してきたおじさんがいたので聞いてみた。
「道はこの沢の向こうだよ。ほらあの稜線。あそこがゴルフ場の縁で、道路が走っているんだ」と教えてくれた。
やはり行けるのだ。どこから行けるんですか?
「ゴルフ場の入口があったでしょ。あそこから入るんだよ」
(さっき行ったんだけど行けなかったんだよなあ)
でも、もう1回チャレンジするしかない。きっと右折するところを間違えたのだろう。
礼を言って、またまた引き返す。

ゴルフ場の入口で、タクシーが何台か下りてきたので、1台を引き止めて、もう1回道を聞いた。
「小さな標識だけど、兜山入口って書いてあるよ。そこを右に曲がればいい。途中ゲートがあるけど大丈夫」
「ありがとうございます」
さっきも、その小さな標識に従って行ったんだけどなあ。
でも、待てよ。さっきはすぐ右折してしまったが、あの運転手さんは「すぐそこで曲がれ」とは言っていない。
ということは、もう少し進んでから、右折するところがあるのだろう。
そう思って行ってみたら、ありましたよ。
ああ、これですか。これのことですか。
全くなんて分かりづらいんだ。

ようやく確信をもって車を走らせることができる。
そして、言われた通りゲートも出てきた。
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イノシシ除けの柵だが、結んであるひもをほどけば簡単に通ることができた。

あれが登るべき兜山だ。
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あとはゴルフ場の縁をたどりながら、10分弱で駐車場に到着。
時間は8:20。なんとフルーツラインに達してから20km近く余計に走り、1時間近くもロスしてしまった。
登る前に遭難するところだった。

駐車場には車は1台。登山者なのか作業の人なのかよく分からない。
立派なトイレがあるので、とにかく朝のお勤め。
座っている間に車のエンジン音が聞こえてきた。
まったく、○ソくらいゆっくりさせてくれよ~
その方も利用するかもしれないので、あわてて拭いて、外に出る。
「おはようございます」
「おはようございます。よくここに来れたねえ」
「いやあ、迷いまくりましたよ」
(やはり地元の人でも難しいんだ)
二言三言話して、おじさんはさっさと岩堂峠方面に歩いて行ってしまった。
ストレッチをしている間に、もう1台到着。
今度は高齢者夫婦である。
ご主人はしきりに掲げられている地図を確認している。
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結局、車は私のも含め4台になった。なかなかの盛況である。

なんと地図の下にこんな貼り紙があった。
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11月29日にここでトレランの大会が行われるとな。
それって明日じゃん。またしてもニアミスだった。当日じゃなくてよかった。
ほんとに最近はそこらじゅうでトレラン大会をやっているので、油断も隙もない。

準備も整い出発したいのだが、今度は私の行きたいコースの入口がよく分からない。
昨夜、「山と高原地図」の電子版でコースを検討し、新岩場コースを行くつもりなのだが、それらしき道が見当たらない。
このまま岩堂峠方面に行けば、すぐ分岐があるのかもと勝手に決めつけて歩き出す。
8:37スタート。
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右手に巨石。御幸石である。
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しばらくは林道歩きのようだ。新岩場コースではないけど、もういいや。
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ここは標高570mほどなので、頂上までは標高差350mほどの登りとなる。
すっかり予定より遅れてしまったが、天気がいいので、全くむしゃくしゃした気分にならないで済んだ。

10分も歩かないうちに分岐に出た。
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手元の「山と高原地図」では20分となっているし、そんなに距離は歩いていない。
今日はどうもおかしい。
地形図にもここから兜山に登る道は記されていないので確認のしようがない。
とにかく標識に従って進む。
実は、手元にある紙の「地図」は2011年版。電子版は2015年版。
もっと早くそれに気づいて、電子版で確認していれば、簡単に新岩場コースに行けたものを。
結局、山腹コースで行くことになってしまった。
ただ、新岩場コースが頂上まで1時間35分かかるのに対して、山腹コースは50分だから、時間の節約にはなったはずだ。

山腹コースはずっと植林の中である。
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80mほど一気に登った後、しばし西へトラバース。
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再び、岩堂峠への分岐に出ると、そこからは尾根の急登となる。
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この道がトレランのコースになっているようで、あちこちにそれらしき標識があった。
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山腹には巨石多い。
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岩場コースはどれほどだったのだろう。

(つづく)

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碓氷峠(5)

【2015年11月22日(日)】碓氷峠
碓氷峠の熊野神社を参拝している。
伊達政宗もここを越えたことがあるらしい。
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文和三年(1354年)の銘がある多重塔。
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これは健康神社。
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苔むした石祠が並ぶ。
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文化十二年(1815年)に伊勢崎の講が奉納した「太々御神楽」の扁額。
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正応五年(1292年)に松井田の武士団(一結衆12人)が「二世安楽」を祈願して奉納した釣鐘。
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群馬県では最古のものだという。

この神社は長野県と群馬県の境にあるため、賽銭箱も2つある。
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山神社、二荒神社、八咫烏社。
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ご神木のシナノキ。
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明治天皇の御小休処跡。
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最後に本殿方面を振り返る。
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いろいろと見どころのある神社だった。

売店で「このあたりに碓氷峠の看板があるところはありますか」と聞いたら、道を教えてくれた。しかし随分遠い感じがしたので、「その先の見晴台のあたりのことですか」と確認すると、「いや違う、あのね中仙道ってあるのね。わかる?中仙道。ここがそうなの。それが明治に新しい道ができて、碓氷峠はそっちにあるわけ」と宣う。
「中仙道ってわかる?」とは随分失礼である。
ここを訪ねて来る人で「中仙道」を知らない人がいるのだろうか。
「それは国道18号のことですね」ともう1回確認すると、「いや国道といってもいろいろあるから、バイパスじゃない方の・・・」
面倒くさい人だ。「要するに、このあたりにはないってことですね」「ああ、えっと『峠』って地名だから、そういう表示はあるよ」
この方にとっては、ここは「旧碓氷峠」であって、「碓氷峠」ではないらしい。
まったく時間を無駄にしてしまった。
境内に「碓氷峠 熊野神社」と書かれている標柱があったので、これで代用した。
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あの神職さんは、この表示のことをどう思っているのだろう。

階段を下ると、さっきは気づかなかったが、「上信国境」と書いた石柱があった。
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少し離れた場所に、「みくにふみの碑」があるのを発見。
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碑面は分かりにくいが、「四四八四四 七二八億十百 三九二二三 四九十四万万四 二三四万六一十」と刻まれている。
「よしやよし 何は置くとも み国書(ふみ) よくぞ読ままし 書読まむ人」の意味である。「いろは歌」といいこれといい、昔の人はよく考えるものだ。

元祖力餅の「しげの屋」を復習。
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飼い犬のまるちゃんは大人しかった。
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実は分水嶺は県境ではなく、もう少し群馬寄りの場所。
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これは前夜放送していたNHK「ブラタモリ」で検証していた。
行こうとしていた場所を取り上げていたので、つい最後まで見てしまった。

参集殿の前に立つ宗良親王の歌碑。
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ここまでバスが入っているとは知らなかった。
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この先、軽井沢駅までは歩いたことがあるので、ちょうどいい時間なら乗ってしまいたかったが、13:50の便がたった今行ってしまったところだった。

仕方ないので軽井沢まで歩くしかない。
宮司曽根家のお宅。
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ここは長野県軽井沢町峠町二十四番地だ。

昔は山小屋だったのだろうか、碓氷山荘。
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ここにはまた別の数字歌の歌碑があった。
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幕末の国学者・渡辺重石丸(いかりまろ)の作。
「四八八三十一十八 五二十百万三三千二 五十四六一十八 三千百万四八四」
世は闇と人は 言ふとも正道(まさみち)に 勤しむ人は 道も迷わじ
ちゃんと立派な歌になっているところがすごい。

山荘の正面は見晴台への入口だが、以前来たことがあるし、今日はガスで何も見えないことは分かっているので、パス。
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旧軽井沢に下る遊歩道もあるのだが、そこは前回歩いたので、今回はその時タクシーで下った車道を歩く。
明治天皇巡幸のため明治11年に開削された道でそうだ。
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左に折れて別荘地の中を通っていくこともできるが、軽井沢駅まで7.5kmもあるらしい。
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右の斜面に、碓氷貞光の霊社があった。
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貞光は源頼光に仕え、大江山の鬼退治などで活躍した碓氷峠出身の武将。坂田金時らとともに頼光の四天王として勇名をはせた。
この祠は江戸時代に建立されたものだとか。

道の端っこにたまっている落ち葉の上を時々走りながら、坂を下って行く。
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20分ほど下ると、遊歩道と合流した。
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二手橋のバス停。
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矢ヶ崎川を二手橋で渡る。
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この先に、避暑地としての軽井沢の先駆者、宣教師のA・C・ショーの礼拝堂がある。
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その向かいにある古い別荘。
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芭蕉の句碑も。「馬をさへ ながむる雪の あした哉」。
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「野ざらし紀行」の中の句で、軽井沢とは関係がないようである。

旧軽井沢に入ってきた。
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「旧」とは軽井沢宿があったあたりのことだ。

その証のような老舗の「御宿つるや」。江戸時代は茶屋だったらしい。
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旧軽そぞろ歩き。人口がいきなり増えた。
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天気は悪いが、さすが3連休。かなりの人出だ。

あまりこういう華やかなところは得意ではないが、古そうなものは一応写真に収めながら歩く。
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(軽井沢観光会館)

カラー版の軽井沢町マンホール。
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もうクリスマスツリー。
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旧軽井沢の交差点まで出てきた。
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軽井沢駅方面のバスは長蛇の列。
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歩いても20分くらいだろうから、こちらは当然歩く。

あとは駅までほぼまっすぐな道。
なつかしい「ハチヒゲおじさんの店」を発見。
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15:10、軽井沢駅に到着した。
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新幹線の時間を確認すると、15:28のあさまがあり、時間的にはちょうどいい。
でも、どうせ自由席も指定席も満席だろうから、あわてないことにした。
「山麓酒場」で少しのんびりしてから帰ろう。
最近買った、清野明著「山を下りたら山麓酒場」(交通新聞社)の影響で、なんだか飲みたい気分なのだ。
というわけで、とくに店は選り好みせず、駅から一番近いそば屋「本陣」ののれんをくぐった。
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わりと広い店内だが、さすがに客は少ない。時間も時間だし。
まず、お銚子を1合頼む。千曲錦だそうだ。
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結構量のあるお通しが付いてきた。

手酌でちびちびやりながら、あてに野沢菜の甘辛煮とじゃこてん揚げを注文。
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時間はたっぷりあるし、つまみも美味しくて、もう1本。
16:35発のあさまに乗ることにしたので、16:20過ぎにおあいそ。
2500円ほどだった。

新幹線はやはり混んでいた。でも大宮まで1時間くらいなので、デッキで立っていることにした。
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熊谷で空席ができたので、座らせてもらう。
靴下についた落ち葉のカスを払っているうちに大宮に着いてしまった。

大宮で乗り換えた埼京線は、与野本町で大きくオーバーランして、10数分立ち往生した上、「オーバーランしたので、このまま南与野に向かいます。与野本町でお降りの方は、次の南与野で下り電車が待っているので、それに乗り換えてください」との放送。
なぜ、正常の位置に戻そうとしなかったのか、よく分からないが、こんなのは初めての体験だった。

武蔵野線でも遅れが出て、新所沢に着いたのは19時前。
30分近く遅くなってしまった。

【行程】2015年11月22日(日)
横川駅(8:45)~碓氷関所跡(9:00説明9:21)~坂本宿(9:54)~旧中山道入口(10:40)~刎石山(11:28)~山中茶屋跡(12:25)~見晴亭(13:18軽食13:35)~熊野神社(13:38参拝13:53)~旧軽井沢(14:49)~軽井沢駅(15:10)
※所要時間:6時間25分(歩行時間:5時間45分)
※登った山:1座(刎石山)
※歩行距離:16.6km
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碓氷峠(4)

【2015年11月22日(日)】碓氷峠
山中茶屋跡を過ぎて、この標識にびっくり。
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「この先通り抜けできません Uターンもできません」
さっき変な擁壁を見つけて不審に思っていたが、やはりかつては車が入っていたのだ。
標識は意外に新しい。
「安政遠足保存会」の名も見えるので、「安政遠足」が復活した昭和50年よりは新しいということだろう。

進んでみると確かに車道の残骸があちこちに発見できる。
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これなどは決定的だ。
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何のための道だろうと、いぶかっていたら、廃墟と化している別荘が木々の向こうに見えた。
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別荘地開発のための道なのだろうか。

そして今度は廃バス。老夫婦が驚いて立ち尽くしている。
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いや、これは見事。廃墟好きには垂涎ものである。
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朽ち果てそうな看板を解読すると「見晴台 別荘分譲地」と読める。やはり別荘地だった。
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開発したのは「□陸開発株式会社」とある。
「北陸開発」かと思って調べてみたら違うようだ。
写真を撮る時にそこまで目が行かず、欠陥写真になってしまった。

バスの正面に回り込んでみると、「千曲自動車株式会社」と書いてある。
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「千曲自動車」は1982年に商号を「千曲バス」に変えているので、このバスはそれ以前から、つまり少なくとも33年はこの場所で眠っていることになる。

車内はもうズタズタ。妖怪人間ベムが住んでいそうだった。
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この隣には、別荘地の管理事務所と思しき建物があった。
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これらは高度成長期の遺跡であろう。
碓氷峠の向こう側の別荘地は栄えているというのに、この落差はいったい何だったのだろう。やはり旧軽井沢から遠すぎたのか。
バスも乗り入れるほど流行っていたんだろうに。

さっきの老夫婦のご主人が「何ですかねえ」と聞いてきたので、「別荘地だったようですね」と答えた。
「そっか、バブルがはじけたのか」とご主人がつぶやく。それに対して、奥さんが「そんなに最近じゃないわよ」と反論。
すると「だって大正時代ならボンネットバスだぞ」とぶっ飛んだ発言。
いきなりそんなに古くならなくても。
深くは関わらないようにして先に歩くことにする。

次に出くわしたのは、一つ家跡。
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「ここには老婆がいて旅人を苦しめたと言われている」
どんな風に苦しめたのか。興味があるが、具体的なことは何も書かれていない。
しつこく、金を無心したり、食べ物を要求したりしたのだろうか。

これは、つい数十年前まで車が通った道である。
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間もなく、中仙道と明治天皇巡幸道の分岐。陣馬が原に出た。
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碓氷峠は、古くは新田勢と足利勢、戦国時代には武田勢と上杉勢の合戦の場となった。
このあたりはカヤ野原なので古戦場だったと推測されている。

そしてここは子持山(1107m)の山頂直下でもある。
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巡幸道を少し進んでからヤブに入り、ピークハントしたかったが、今回は天気も悪いし、あっさり断念。

子持山を詠んだ東歌が案内板に書かれていた。
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当方は左の道を選び、そのまま中仙道を進む。
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しばらくは平坦な道が続く。
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峠道で汗をかいた旅人が、この沢水で姿、形を直したので化粧水と呼ばれている。
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もう水は涸れていた。

笹沢を渡る。
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その手前に「人馬施行所跡」。
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「笹沢のほとりに、文政十一年 江戸呉服の与兵衛が、安中藩から間口十七間、奥行二十間を借りて 人馬が休む家をつくった」とあるが、そんな広い平坦地はどこにも見当たらなかった。
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ここから道は急になる。
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最後の難所、長坂道だ。
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一気に登って、霧積温泉からの林道と合流。
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ここは神宮寺の仁王門の跡。
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明治時代に破却されたが、仁王様は熊野神社の神楽殿に保存されている。

古い石祠群。
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思婦石。群馬郡室田の国学者、関橋守の作で、安政四年(1857年)の建立である。
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「ありし代にかえりみしてふ碓氷山今も恋しき吾妻路のそら」
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ここは鼻曲山(1655m)への登山口。いずれ再訪することになるだろう。
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舗装道路をしばらく歩くと、熊野神社門前に出た。
手前にあるのが休業中の茶屋「あづまや」。
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午後1時20分。横川駅から4時間半ちょっとでたどり着いた。
ここまで一度も休んでいないので、休憩タイムとする。
となりの見晴亭に入って、力餅を注文。
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いろんな味付けの力餅があったが、大根おろしで食べる「からみ」にした。1皿500円。
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「峠の力餅」は、「名物にうまいものなし」と言われた時代の代表格だったが、そんなことは全くない。餅が柔らかくて、とっても美味しかった。

熊野神社の宮司・碓氷貞光は文武両道に秀でた豪傑でのちに源頼光の四天王のひとりとして天下に勇名をとどろかせた。
その力持ちにちなんで生まれたのが「力餅」なんだそうだ。

この店に、現代の「安政遠足」のポスターが貼ってあって、道中あちこちに建っていた「安政遠足」標識の謎が解けたのであった。
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ここには展望テラスがあるが、今日はガスで真っ白。
本来ならこんな風に八ヶ岳が見えるらしい。
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お茶もたっぷりいただき、温まって外に出た。

まずは正面の赤門屋敷跡を見学。
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赤門屋敷とは熊野神社前にあった休息所のこと。
加賀藩の江戸上屋敷にあった赤門にならって造られたものらしい。
碓氷新道の開通に伴って、廃墟化し、今は更地になって駐車場として利用されている。

となりには熊野神社宮司・曽根忠英氏の胸像。
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裏に回ってみるのを忘れたので、いつの時代の方なのかは不明。

赤門屋敷になぞらえて朱を塗った?石祠。
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見晴亭のとなりにある茶屋の「しげの屋」はちょうど県境に建っていた。
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う~ん、入るならこっちだったかな。こっちの方が話題性がありそうだ。
それにしても、税金を2つの県に払わないといけないだろうから、このお店の経営者は面倒だろうなあ。
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さて、熊野神社を参拝。ここもちょうど県境の上に建っている。
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向かって左側が長野県、右側が群馬県。
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長野県側は熊野皇大神社、群馬県側は熊野神社という。
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(室町時代中期作の狛犬。長野県では最も古いとか)

山口誓子の句碑。「剛直の冬の妙義を引寄せる」
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ここで読んだ句なのだろうか。

立派な門をくぐる。
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その手前に、石の風車。
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明暦三年(1657年)、軽井沢の問屋・佐藤市右衛門と代官・佐藤平八郎の2人が二世安楽祈願のため、神社の石畳を築いた。
その記念に二世の市右衛門が元禄元年(1688年)、佐藤家の紋章・源氏車を刻んで奉納した。
以来、「石の風車」として旅人に親しまれ、「碓氷峠のあの風車たれを待つやらくるくると」と追分節にも歌われたという。
くるくる回るものではないけれど。

神楽殿。
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県境に建つ拝所。
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熊野皇大神社の拝殿。売店になっている。
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日本武尊詠嘆の地。
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日本武尊が上総沖で亡くなった妃の弟橘媛を偲んで、「吾嬬者耶(あづまはや)」と詠んだところだ。

となりに杉浦翠子の歌碑。
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「のぼる陽は浅間の雲をはらひつつ天地霊ありあかつきの光」
翠子(1885~1960年)は川越の生まれ。北原白秋や斎藤茂吉に師事した歌人である。
次兄の福沢桃介は福沢諭吉の娘婿となった大実業家。木曽の桃介橋は国の重要文化財になっている。
碑は昭和42年の建立である。

(つづく)
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碓氷峠(3)

【2015年11月22日(日)】碓氷峠
旧国道18号の霧積温泉への分岐点に、ドライブイン玉屋がある。
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ここは創業250年の老舗。旧中仙道の四軒茶屋にあった茶屋が起源とこのと。
信越本線の熊の平駅で力餅を売っていた時期もあったらしい。
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時代の荒波に揉まれながらも、まだ現役で頑張っていることに敬意を表したい。

ここから国道を300mほど歩くと、旧中仙道の入口。
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中部北陸自然歩道として整備されている。
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明治10年代の碓氷新道(旧国道18号)開通に伴い廃道になったが、現在はハイキングコースとして親しまれている。

入口には東屋「碓氷小屋」があった。
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ここでおじさん2人が上着を脱いでいた。
「碓氷峠までですか」と聞かれたので、「ええ。お二人も?」と返すと、「行ければ、ですが」と笑っていた。
現在10:40。コースタイムは3時間45分なので、14時着が目標だ。

入口にあるこの石段は当時のものか。
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ここからは山道になる。
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いきなり「安政遠足」の標識。
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恥ずかしながら、「安政遠足」のことを知らなかった。「遠足」は「とおあし」と読む。
安政二年(1855年)、安中藩主板倉勝明は家中の藩士に、安中城から碓氷峠の熊野神社まで駆け足で往復するよう命じた。藩士の鍛錬が目的だったようである。
往復約60kmあるが、さすがに昔の侍は健脚だったようで、全員24時間かからずに帰城できたらしい。
熊野神社で初穂料を納め、力餅を馳走になったという。
この「遠足」のことは、戦後、熊野神社の神主組頭曽根家に残されていた「安中御城内御諸士御遠足着帳」によって判明したが、家中の評判が悪かったのか、継続された形跡がない。
この遠足を現代によみがえらせようと、昭和50年に「第1回安政遠足(侍マラソン大会)」が開催され、今年で第41回を数えている。この標識はマラソン大会のためのものである。

刎石山(はねいしやま、約810m)までは急坂が続く。
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5分ほどで堂峯番所跡。
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碓氷関所の役割を補助した施設で、かつては道の両側に家屋が2軒あった。

当時の石垣もわずかに残っていた。
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安政遠足のゴール、つまり碓氷峠まであと8km。結構ある。
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道はかなりえぐれている。江戸時代の人通りのせいなのだろうか。
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路面に浮石が目立ってきた。刎石山の名前の由来となった安山岩である。
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この山は柱状節理が発達しており、首を刎ねたように石が剥がれるので、その名が着いたと、碓氷関所跡のガイドさんが話していた。

先行していたご夫婦のハイカーに追いつく。
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追い抜いたあたりで柱状節理の露頭が現れた。
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手前には緻密に積み上げた大きなケルンがあった。これは近代人の仕業であろう。

全く加工していない割れ石を石仏に見立てていた。
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このあたりはまだ紅葉を見ることができる。
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碓氷峠の最初にして最大の難所、刎石坂に差し掛かる。
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文政三年(1820年)銘の南無阿弥陀仏の碑や大日尊、馬頭観世音が当時の面影を伝えている。
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前者は「金井三郎左衛門高恒並念仏同行中」とあり、建立者は坂本宿金井本陣の当主だろうか。
坂本宿のはずれにあった芭蕉句碑ももとはここにあったそうである。

さらに登ると石垣の道。近世の仕事であろう。
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石垣が尽きると、こんな看板があったが、「上り地蔵下り地蔵」なるものを付近で確認することができなかった。
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改めて安中市発行のガイドマップ「旧道日和」を見てみると、「覗(のぞき)」のすぐ下の脇道(旧ルート)に常夜灯とともに立っていると書かれていた。旧ルートがあるとは知らなかった。

その「覗」とは、坂本宿がよく見える展望台なのだが、濃いガスで何も見えなかった。
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ここにヤマナシの老木があり、一茶は「坂本や袂の下の夕ひばり」と詠んだそうだ。

この先に風穴がある。溶岩の裂け目だ。
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この手の穴は大抵冷たい風が吹いてくるのだが、外気が寒いからか、生暖かい湿った風が吹いてきた。

霧がますます濃くなってきた。
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急坂を登り切ったところが、刎石茶屋(四軒茶屋)跡。
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ここにかつて4軒の茶屋があったという。国道にあった玉屋があった場所だ。
力餅やわらび餅が名物だったとか。
江戸時代にはここも多くの旅人で賑わったことだろう。
しかし今の状況から当時の様子を想像することは至難の業だ。

でも、石垣はまだしっかりと残っていた。
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この先はしばらく平坦な道が続く。楽ちんだ。
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間もなく、古代の関所跡。
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昌泰二年(899年)、初めて碓氷峠に関所が設けられた場所らしい。

そこに休憩用の東屋があったが、休まず進む。
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このあたりが刎石山の頂上で、地形図で見ると、小さなこぶが4つ並ぶのだが、どれが真のピークなのかは分からない。
たぶん、山名板はどこにもないだろう。
一応、ピークを稼いだことにするため、道を外れて、そのうちの一つに登る。
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すると、何かの標石があったので、これで「登った山」に認定することにする。
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まだ一部紅葉も残っているが、ずっと落ち葉の道が続く。
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戦国時代の堀切を通過。
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豊臣秀吉の小田原攻めで、北陸・信州軍を防戦しようとした松井田城主大導寺駿河守が築いたものらしい。

南向馬頭観世音。「寛政三年十二月十九日 坂本宿 施主七之助」。
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少し先に北向馬頭観世音。文化十五年銘があり、施主は信州善光寺の内山庄左衛門ほか。
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時折こんな美しい紅葉に出会える。
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慶長以前の旧道に一里塚があるとの案内板があるが、確認できなかった。
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霧で幻想的な雰囲気。
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そして第二の難所、座頭ころがしに差しかかる。
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小石がゴロゴロして滑りやすいところだそうだ。
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座頭ころがしを過ぎて、道が再び平坦になったところで、歩きながら昼食をとる。
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ゆっくり落ち着いて食べたいところだが、適当な場所がないし、止まると寒いのだ。
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間もなく、栗ヶ原というところに出た。
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明治天皇の巡幸道路と中仙道の分岐点で、明治8年、群馬県では最初の「見回り屯所」が置かれたという。これが「交番」の始まりだそうだ。

この先もだらだら登り。
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この標識はあちこちにあった。
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そして植林の直線道路。
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まごめ坂の登り口に線刻の馬頭観音があった。
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こちらは裏面。「奉書寫普門品三十三巻」と刻まれている。
このあたりを「入道くぼ」というらしい。

なぜか戦後に造ったような石垣が現れてびっくり。
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まさか峠側からここまで車道が通じた時期があったのだろうか。

確かに道は広くなった。
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と思っていたら、山中茶屋跡に着いた。
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このプレハブはもちろん茶屋とは関係ない。

案内板によると、寛文二年(1662年)にはここに13軒の茶屋にお寺まであったという。
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明治になって小学校もでき、明治8年の明治天皇巡幸の際には、25人の児童がいたというから驚く。

今や完全に自然に戻ってしまった。
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墓の石塔や畑跡が残っているというが、わずかな石垣しか確認することができなかった。
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(つづく)

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碓氷峠(2)

【2015年11月22日(日)】碓氷峠
薬師坂を登って、旧原村に出た。
集落の入口に白鬚神社がある。
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ちょっと寄り道してみた。
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門前にはたくさんの庚申塔が林立している。
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日本武尊東征の帰途、ここ川久保坂(薬師坂のことか)を通りかかった時、山の神が白鹿に化けて進路を妨げた。
尊は蛭を投げて突破しようとしたが、たちまち濃霧が沸き起こり、進退窮まった。
そこに白鬚の老人が現れ、白鹿を撃退したので、尊は無事峠を越えることができた。
老人の霊験は猿田彦命の加護と信じた尊は、この地に石祠を建てて、命を祀った。
時に景行天皇四十年(240年)のことである。
以上が縁起である。
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遠巻きにお詣りして辞去。
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境内には石仏やら道祖神やら。
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旧街道には必ず廃墟になった古い家がある。これが見たくて歩いているようなものだ。
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こちらは現役。
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上信越道の陸橋をくぐる。
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その手前に水神宮。水神さまだ。
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いよいよ坂本宿に入る。ここは下木戸の跡。
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坂本宿は長さ約712mの中に本陣、脇本陣の他、旅籠や商家160軒がひしめいていたという。西端と東端では標高が25mほど違う。
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ここは、近世中仙道開削時に、碓氷峠越えの手前の宿場として、何もなかった場所に整備されたらしい。戦国期の中仙道はもう少し北側のルートだったようだ。

今もほとんどの家に屋号を示す木札が掲げられている。
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当時の町割りの間口をそのまま反映した現在の民家。
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ここは武井九夏(1815~1904年)なる文人の生家「近藤屋」。
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書画、歌俳に親しんだ人らしい。

戦没者忠魂碑と坂本町記念碑。
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坂本町は明治22年(1889年)の町村制施行の際に成立。
昭和29年(1954年)、松井田町、臼井町などとともに合併して、松井田町となった(今は安中市)。
この碑は坂本町の歴史を伝えるため、昭和42年に建立されたものだ。

こちらは昔風に立て直した「米屋」。
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後閑商店には屋号の木札が見当たらなかった。
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江木食パンは、高崎市内にある江木食品工業が生産しているパンのこと。
昭和22年の創業で、社名は工場が高崎市江木町にあることにちなむ。

引き続き、屋号をいくつか。
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ここは金井本陣跡。
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坂本宿には本陣が2つあり、そのうちの「下の本陣」。
あの皇女和宮が文久元年(1861年)11月9日に宿泊されたそうである。
当時の行列は3万人に及んだのだとか。
一つの宿場では泊まり切れなかっただろう。

これは当時の面影を残す佐藤本陣跡。
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坂本宿は碓氷峠越えを控えているだけに、参勤交代の大名は必ずここに泊まったという。
寛政二年(1792年)八月八日には、江戸に向かう加賀藩主前田治脩(はるなが)と、国元に帰る信州松代藩主真田幸弘が鉢合わせ。
こういうことがあるので本陣が2軒必要だったらしい。
ちなみに、前田治脩は兼六園をつくった人である。

また、ここには明治8年(1875年)に坂本小学校の仮校舎が置かれたので「坂本小学校発祥の地」の碑が立っている。
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今の坂本小学校は2013年3月末をもって閉校してしまった。
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脇本陣の「永井家」。
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ここに屋号一覧の看板があった。
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○○やの「や」がひらがななのと「屋」があるのは、記録の通りに記述しただけなのだろうけど、当時はどちらでもよかったのかもしれない。

脇本陣酒屋は坂本公民館になっている。
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今年度のバス運行はもう終了していた。
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JRバスが通っているようだが、春、夏、秋の行楽シーズンしか営業していないようだ。
以前、軽井沢からバスで横川まで来たことがあるが、あれはたまたまオンシーズンだったのだろうか。

かつての面影をよく残す「かぎや」。
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かなや美容室。昔なつかしいパーマ用のお釜、ヘアスチーマーが透けて見える。
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小林一茶が定宿にしたという「たかさごや」。今は普通の民家。
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屋号が見えないが、戦前のものっぽい木造建築。
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丸仁屋跡に建てられた道標。京へ102里、江戸へ34里。ちょうど江戸から4分の1来たところだ。
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木造民家を利用したカフェ。
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コンビニがあったので飲み物を調達。
「碓氷峠」とか「中仙道」といったお酒の見本があったので、小瓶はあるかと聞いたら品切れとのことだった。残念。

おお、「峠の湯」は12月1日に再開のようだ。
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2013年7月31日に火災にあい、ずっと営業休止していたのだ。
これで、西上州の登山の際にお風呂に行きやすくなる。

霧積温泉の連絡所もあった。
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坂本宿の上木戸に隣接する鳴門屋食堂。明らかに廃業している。
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おや、いきなりお猿さんの登場。
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車を気にしつつ、堂々と国道を横断して行った。
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私のことなど鼻にもかけなかった。

上木戸の外にも古い食堂や商店がある。
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(山形屋)

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(越中屋)
バイパスや高速が開通する前は、ここもまだ峠越えのドライバーがよく利用したのだろう。

その向かいには芭蕉の句碑がひっそりとたたずんでいる。
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「ひとつ脱てうしろに負ひぬ衣かへ」
内容は木曽路下りのものだが、坂本宿の俳人たちが寛政年間(1790年頃)、春秋白雄に選句をお願いしたものだという。
石材は地元の刎石で、山中の刎石坂にあったが、明治期に中仙道が廃道となったため、現在地に移転したとのこと。

その横に神社の鳥居があった。
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立派な石橋を渡る。
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鳥居の手前に道祖神が二つ。
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ここにも御嶽山座王大権現の碑があった。
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狛犬はなんだかユーモラス。
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案内板によると、ここは八幡宮で、日本武尊の勧請と伝わる。
江戸時代の宿駅制度の確立に伴い、近郷の諏訪神社、白山神社、八坂神社などを合祀して成立したものらしい。

階段を登ると、境内はことのほか広かった。
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この赤が実に鮮やかである。
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回りには石祠が無数に並んでいる。
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登山の安全を祈願して辞す。

石橋のすぐ脇から細い路地が通じている。
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こちらが本当の旧中仙道なのか。

それにしても、「峠路雀荘」の看板にそそられる。
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お客さんは坂本町の住民だったのか、トラックの運転手か。
いや、ドライバーはそんなに長く休憩するわけにはいかないし、やはり地元の人なのだろう。
かつては雀荘の経営が成立する集落だったのだ。
「峠路雀荘」の街道側は「峠路食堂」だった。それは撮影漏れ。

このまま路地を進む。
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すると、200mほどで国道に合流。
右手には、廃墟となったガソリンスタンドがある。
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ここもバイパスと高速道路の犠牲者だ。

霧積温泉へ行く道との分岐点の手前で、旧信越本線をまたぐ。
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信越線は「アプトの道」として遊歩道になっている。

(つづく)

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