山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

碓氷峠(1)

【2015年11月22日(日)】碓氷峠
つくば道に続いて2日連続の旧道歩きとなった。
こちらはずっと構想を温めていた企画だった。
当初は、横川から旧中仙道を碓氷峠まで登り、林道を延々歩いて霧積温泉に宿泊。
翌日は十六曲峠から鼻曲山(1655m)を極めて軽井沢に下るという1泊2日のコースを考えていたのだが、霧積温泉の一軒宿「金湯館」の予約が3連休のため取れない。
しかも23日(月)が雨の予報とあっては、日帰りするしかない。
ということで、横川から軽井沢まで信越本線が分断された区間を徒歩でつなぐのみの山行となった。

高崎線で高崎に向かう。
予報は曇りだったが、やけに厚く垂れこめた雲で、7時になってもまだ薄暗い。
今にも泣き出しそうな空だ。
あまり気分が盛り上がらないまま、8時ちょうどに高崎駅に到着。
向かいの4番線に止まっていた信越本線普通横川行きに乗り込む。
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待ち合わせ1分ですぐに発車した。
車内は部活の高校生などもいて、そこそこ混んでいる。

8:36横川駅着。
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ここは標高386.5mだそうだ。

信越本線はここでぶった切られている。
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軽井沢から先、篠ノ井までの旧信越本線は第三セクターのしなの鉄道に移管されている。
篠ノ井から新潟までは信越本線として存在していたのだが、今年3月の北陸新幹線延伸に伴い、長野~妙高高原間がしなの鉄道に、妙高高原~直江津間がえちごトキめき鉄道に移管され、信越本線は3つに分断されてしまった。
これを一つの路線として呼んでいいのか、はなはだ疑問な状態である。

ちょうど催してきたので、ホームのトイレでお勤め。
峠の釜めしの売店はさすがにまだ開いていなかった。
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改札を出ると、目の前に釜めしの「おぎのや」。
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こちらが正真正銘の本店。レトロな雰囲気だ。
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横川駅も開業当初の面影を残している。
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駅前には、碓氷峠を登る列車を引っ張った電気機関車EF63-3号の動輪が展示されていた。
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この機関車を連結するため、横川駅では必ずそれなりの停車時間があり、そのタイミングでみなこぞって、峠の釜めしを買ったものだ。
私もその一人だった。

線路に並行して走る道が旧中仙道。
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左折して、まずは旧横川村のたたずまいを味わう。
コンクリートの橋にも、旧街道の香りがする。
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この川の上流に子育地蔵があるそうだが、300mも寄り道するのは億劫なのでスルー。
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この寂れた感じがたまらない。
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路傍には庚申塔などが林立する。
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「御嶽山座王大権現」の石碑は文久四年(1864年)の建立。
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ここ「旅人癒処」の料金「半時百文」とあるが、何をする処なのだろう。
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「横川診療所」。もちろん現役ではないだろう。
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こちらは横川茶屋本陣。
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茶屋本陣とは、大名や公家の休息所として使用された屋敷のこと。
横川村には碓氷関所があったので、2軒の茶屋本陣があった。
ここは代々横川村の名主を務め、幕末には坂本宿の助郷惣代も兼ねた武井家の屋敷の一部で、今もご子孫がお住まいの様子だ。
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さらに西へ。
左手に「フレッシュマート茂木」。八百屋さんかな?
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右手には諏訪神社。
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土蔵も残っている。
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旧街道らしい構えの家屋も並ぶ。
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間もなく、碓氷関所の東門があった位置に至る。
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その東門は、かつて関所の番屋があった一段高い場所に移築復元されている。
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そこまで行くと、スケッチブックを持ったおじさんに呼び止められた。
「お時間があったら、ご説明しますが」
多少お勉強もしたかったし、お願いすることにする。

以下はそのボランティアガイドさんの受け売り。
まず、復元された門だが、一部当時の部材が用いられているという。
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門柱2本(全長3.25m)と門扉である。
関所は明治2年に明治政府より破却を命じられたが、少し焼いたふりをしただけで、主要部分は処分せず隠しておいたという。
そのことが、昭和34年の復元の際に思い出され、それをそのまま活用したとのこと。
復元門は当時東大教授だった藤島亥治郎博士が設計した。
東門だが西門の向きになっている。

関所は「入鉄砲に出女」を厳しく取り締まったところだが、参勤交代で江戸に入る大名もここで鉄砲を預けなければならなかったらしい。
地元の村人は男なら顔パスで通過できたが、女は「通行証」がなければ通過できなかった。
その他いろいろと20分くらい話を聞いたが、詳細は割愛。

おじぎ石を確認し、隣にある資料館をさっと見学して、当方も無事関所を通過。
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この先は、旧信越本線のガードをくぐる。
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くぐった先に、碓氷馬車鉄道跡の表示があった。
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これは初めて聞いた。
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近くに案内板があったが、基本情報が全く入っていない情緒的な表現で全然役に立たない。
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仕方ないのでウィキペディアによると、碓氷馬車鉄道は横川と軽井沢を結ぶ暫定路線として明治21年(1888年)9月5日に営業開始。5年後の明治26年4月1日に官営鉄道の横川~軽井沢間開業に伴い廃止された。
鉄道は現在の旧国道18号線に敷設され、約19kmの区間を2時間半で結んだという。

通行量の多い旧国道18号線を少しだけ歩く。
右手に中華そばの「関所食堂」。そそられる店だ。
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食べログを見ると、結構な人気店の様子。
炒飯が評判で550円。昔ながらのラーメンが450円と、かなり庶民的だ。

これは隣の木造家屋。
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昔は何かの商売をしていたのかもしれない。

橋を渡る。向こうに上信越自動車道の橋梁が見える。
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霧積川だ。ああ、霧積温泉に行きたかったなあ。
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この橋のやや上流に旧中仙道の川久保橋があったという。
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橋桁の低い土橋だったので、増水するごとに流され、度々川止めになったとか。
大井川や天竜川の川止めを嫌って、中山道を選ぶ人も多かったはずだが、こちらでも小さな川止めはあったのだ。
しかし、渡河を強行する大名行列もあったらしい。

ここから国道を離れて、薬師坂を登る。
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この石碑の向かいに碓氷郡新道碑が建つ。
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民家の庭の中のような場所にあり、ちょうどご婦人が、草刈りをしていたので、「見学させていただいていいですか」と聞いたら、「ああ、すいません。汚いからちょうど草を刈ってたとこなの。どうぞどうぞ」と、とても感じがいい。
碑面には漢文で、このように書かれている。
「群馬縣令従五位楫取素彦誌 上毛國碓氷郡郷原村至横川新道 明治十年三月起工八月霖雨暴漲権停工事至十二年十一月重修以十三年十二月訖功填深鑿其長一千五百七十七間用官金壱萬九千百六十九圓用工夫八萬二千五百十四人担道一線車軌始通行旅便之僚属其其等監工事既成群馬縣令楫取素彦讌飲落之且建石紀工事起正以傳于来世明治十四年秋九月 正五位日下部東作書」
この新道とは旧国道18号のこと。延長1577間というから、2867m。明治10年8月に着工し、同13年12月に完成した。要した費用は1万9169円。群馬県令楫取素彦の仕事であった。

この先に川久保薬師のお堂があった。
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元和九年(1623年)に碓氷関所が設けられて通行の取り締まりが厳しくなり、かつ碓氷峠が間近に控えているため、旅人たちは難渋を極めた。
そこで無事通過の祈願と感謝の気持ちを込めて、この坂に薬師如来が祀られた。
近くに湧き水があったので、トコロテンを商う店ができ、旅人の憩いの場となった。
そう案内板にある。
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写真だけ撮って、階段を下りようとすると、前の道を歩いていたおじさんがじっとこっちを見ている。
「よそ者め」みたいな眼付なので無視しようとしたが、思わず「おはようございます」と言ってしまったら、「仏さん見たかい? そこに電気があるんだ。せっかくだから拝んでいきなさい」と親切なお言葉。
電気を付けてくれて、立ち去って行った。
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人は見かけ、いや目つきには寄らないものだ。

心太坂とも呼ばれた薬師坂を少し登ると、その清水が湧き出ていた。
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それほど喉が渇いていたわけでないので、味見はせずに通り過ぎた。
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このカーブを曲がると、再び国道に出た。
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(つづく)
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葛葉川沢登り(下)

【2015年11月14日(土)】葛葉川
遡行は無事終了し、三ノ塔尾根を下っている。
この道は4年前の秋に歩いたことがあるのだが、ほとんど記憶にない。
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というか記憶に残りようがないほど、延々と単調な植林が続くのである。
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風がかなり冷たく、体が冷えるのでゴアの手袋を装着した。

モノトーンの世界の中に突然、真っ赤なマムシグサ。不気味だ。
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しばらく下ってきたところで、2人は何か気にしている。
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このまま登山道を林道まで下ると、かなり遠回りになるので、斜面をショートカットできないか探しているようだ。
お腹が空いたので、その間におにぎりを1個。
Tさんが作業道をみつけて、林道に通じていないか見当をつけているようだが、Sさんは懐疑的で、ショートカットは結局断念。
パーティーが分かれるのは危険なので、お互い笛を吹きながら合流。

登山道を素直に下った。
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途中、秦野方面の視界が開ける瞬間があった。
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休憩しながら、前夜、高校の先輩からいただいた「治一郎」のバームクーヘンをぱくつく。
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その後、林道に出る直前に、Tさんが踏み跡を発見。
プチショートカットで林道に出ることができた。

この間、私は全く2人に判断を任せきりであった。
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この林道は林道だけあって、間伐材などが路肩に山積みにされていた。
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雨に誘われ、沢カニさんが道路を横切っていた。
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大平橋を過ぎ、再び登山道に入る。
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まだ下るのかと、うんざり。
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実は遡行で標高差700mも登っていたのだ。
アスレチック気分だったので、きつくはなかったが、ぐいぐい標高を稼いでいる実感はあった。

道はときどき作業道と合流して、また林の中に入る。
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葛葉の泉近くの林道に下りてきたのは、13時すぎ。
ここで、おにぎりをもう1個。いずれも立ち食いだった。

車に戻って、さっそくお着替え。
Tさんがちょうど素っ裸になったところに車が通り、彼はヘルメットで股間を隠していた。
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みんなで濡れたものを荷台に放り込む。
3人分でたちまち、車の窓は曇ってしまった。

さて、露天風呂を目指して、今夜の宿、清川リッチランドキャンプ場に向かう。
そのうち雨がどんどん本降りになってきた。
キャンプ場には3時前に到着。
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朝のうちにチェックインしている「山歩き班」がバンガローのカギを持ったまま出かけてしまい、まだ帰ってきていないので、我々は荷物を移動させることができない。

ちょうどいいから、先に風呂に入ってしまうことにした。
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先に湯に浸かったTさんが「う~」とか「お~」とか奇声を上げている。
「わざとらしいやっちゃな」と思いつつ、湯に入ると、いやあ声が出ること出ること。
たまりませんわ。
雨が強く降っているだけに、屋根があるのもありがたかった。
ここは温泉ではないので、これだけの湯を沸かすのは結構燃料を使っているだろう。
キャンプ場使用料(1人700円)に含まれているはずだ。
洗い場も野外だったが、この日はほんとに寒くないので助かった。

湯から上がると、ちょうど「山歩き班」が到着したところ。
彼らは当初の予定を変更、宮ケ瀬ダムサイトまでの縦走は止めて、仏果山から直接下山したのだそう。
とにかく、バンガローにシュラフなど寝具を運び入れた。
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調理場は広く、もちろん屋根があるので、雨でも問題ない。
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皆さんの入浴や買い出し、宴会から参加のメンバーのお迎えなどを待って、バーベキューに突入。
その前に、Nくんがアレンジしてくれたわれらが山岳部のTシャツのお披露目もあった。
身元が割れてしまうので、公開できないのが残念。
暗くなって、午後5時すぎに乾杯。
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メニューは魚介がサザエにホタテ、太刀魚。
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続いて、串焼き、アヒージョ、タンドリーチキン、豚汁、アップルパイなどなど。
調理は半数を占める女性陣が活躍してくれた。
どれもおいしくて、お腹いっぱいである。
お酒もビールに日本酒、ワインにウイスキー、焼酎となんでもござれ。
明日の雨の予報だったので、たぶん山登りは中止。
12時まで心行くまで飲み続け、語り合った。

本格的な片づけは翌朝にして、すぐに就寝。
夜も気温は高めで、冬用のシュラフだと暑いくらいだった。
枕を忘れて難儀したが、まあよく眠れた方でしょう。
6時すぎに起きて、コーヒーを飲みながら、炭火で暖をとる。
早く起きてくるのは、普段から山歩きをしている人ばかり。
傾向がはっきりと分かれて面白かった。

朝食はホットドックや昨夜の豚汁をスープにしたうどん。それにオレンジやトマト。
これまた美味しく温まった。
雨も小降りになったとは言え、もちろん誰も山に入る気はない。
片づけが終わり、朝帰りチームの送りを終えてHさんが戻ってきたところで、観光に出発。
総勢10人で宮ケ瀬湖のダムサイトに向かう。
インクラインに乗るのが目的だ。

しかし、ダムサイトに着くと、いきなり晴れてきた。
丹沢の山々も雲間から見えてきた。
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絶好の登山日和になったが、時すでに遅し。
まあ、仲間たちとゆるく観光するのも悪くない。

しかし、インクライン、私はこれで3度目だ。
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でも、みんな喜んでいるので、私もうれしかった。
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ダムの下に下りると、ちょうど愛ちゃん号が出発するところ。
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さすがにこれには乗らなかった。

みんなでダムの撮影会。
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朝から5合も飲んですっかり出来上がっているNくんは、しきりに「あの階段を登りたい」と言っていて、おかしかった。

さて、今度はエレベーターで再びダムサイトへ。
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すっかり晴れ上がり、日差しが暑いほどだ。
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ダムサイトを歩く仲間たち。
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すっかり満足して、温泉に向かう。
七沢温泉「七沢荘」。
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ここも2度目だが、怪しい雰囲気は変わっていなかった。
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浴室内は撮影禁止である。
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ここでお昼を食べて帰るつもりだったが、午後2時で食堂は閉店。
やむなく沿道のファミレスへ。
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ここでカキ三昧御膳をいただき、解散。
にぎやかな例会を終えたのであった。
いろんな準備をしてくれ、働いてくれた仲間たちに感謝。
次の例会が楽しみだ。

【行程】2015年11月15日(土)
葛葉の泉(8:43)~大平橋(10:00休憩10:06)~ツルツルの滝(10:55)~三ノ塔尾根(11:19)~林道(12:30)~葛葉の泉(13:14)
※所要時間:4時間31分(歩行時間4時間)
※登った山:なし
※歩行距離:7.3km
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葛葉川沢登り(上)

【2015年11月14日(土)】葛葉川
高校の同窓会の山岳部例会が丹沢を舞台に、11月14~15日の2日間にわたって行われた。
「縦走部長」兼「骨折部長」を務める(仕事は何もない)私も当然参加した。
参加者はのべ19人。幹事団がキャンプ場予約から夕食・宴会の手配、車の差配など入念な準備を行い、本番に臨んだのだが、天気予報はあいにく2日間とも雨。
しかし、メインはキャンプ場でのバーベキューなので、構わず決行となった。

日中は「沢班」「山歩き班」「トレラン班」の3班に分かれて行動。
山歩き班のコースが、以前歩いたことのある仏果山(747m)だったこともあり、私は「沢班」を選んだ。
メンバーは、1月に日光で骨折した時に一緒だったSさんとTさんである。
その節は大変ご迷惑をおかけしましたい。
沢を普通に歩けるのは、この日のメンバーの中では、この2人だけなのだ。

実は、骨折部位が相変わらず腫れたままなので、沢靴が履けないと思い込んでいた。普通の登山靴が履けないからだ。
というわけで、地下足袋にわらじで行くことも検討していたのだが、念のため沢靴を履いてみたら、なんと履けるではないか。
登山靴のようにくるぶしを圧迫することがないので、全く痛くない。
余計な出費をしなくて助かった。

当日は、7:20に本厚木駅集合の約束。
栃木在住のSさんは始発で駆けつける。しかも彼は翌日都心でTOEICの試験、その翌日から関西に出張なので、背広・革靴持参の大荷物。
大阪在住のTさんは「浜焼き職人」として切望された人材なので、この日のためにわざわざ出張を作って、木曜から東京入りしており、前夜は厚木の蚕棚に宿泊。日曜日は夕方一旦大阪に帰って、翌日今度は北海道に出張というハードスケジュール。
二人ともかなりのヘンタイである。

私は前夜、高校の別の先輩と飲んでしまったが、12時には帰宅。
翌朝は5:45に家を出て、圏央道経由で厚木へ。
雨の予報ではあったが、まだ降っていない。
仏果山に登る予定の「山歩き班」「トレラン班」もこれなら何とか山行できそうだ。
当方は、本厚木駅には7時に着いてしまった。
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圏央道の威力である。

北口近辺に車を止め、とりあえずトイレを借りる。
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朝のお勤め。いいタイミングだった。

車に戻ると、間もなくTさん登場。
7時半前にSさんも到着したので、出発。
Sさんのスマホナビで、入渓地点の葛葉の泉に向かう。
国道246号を経由し、1時間ちょっとで到着。
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広い駐車場があったので、そこに車を止め、入渓準備。
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雨具の上下を着て、ヘルメットをかぶり、沢靴を履き、ハーネスを装着する。

2人より早めに整ったので、ちょっと付近を探索。
まず、葛葉の泉を確認。
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傍らには、平成2年に建立された菩提水神社があった。
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ここは近在の人が大量に水を汲みにくる名水のようだ。
とは言え、水筒にはお湯が入っているので、入れ替えはしなかった。

8:50出発。
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ここからいきなり入渓かと思ったら、違った。
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100mほど歩いて、砂防ダムを越えたところから沢に入る。
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Tさんはしっかり山の神に柏手を打って挨拶をしていた。
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さぞかし水が冷たいだろうと思っていたが、全然そんなことはなかった。
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葛葉川本谷は最初から、小さな滝が連続する。
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気温もそれほど低くないのか全く寒くない。
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意外にも実に快適な遡行となった。
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Tさんは、この渓に入るのは2度目ということもあり、サルのようにひょいひょい登っていく。
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私もえっちらおっちら何とかついていく。
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出発時にTさんから渡された遡行図には、F3とかF4とか、滝の番号が付いているのだが、あまりに滝が多すぎて、どれがどれだか分からない。
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滝壺の深さがももまであるようなところでも、Tさんは構わず入っていく。
私はなるべくへつって、膝下の深さで抑えるようにしていた。
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しかもTさんは、こんな季節なのにシャワーもいとわない。
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ここは果敢にSさんもシャワーを浴びたが、私はさすがに高巻きした。

それにしても、この渓は全く飽きさせない。
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次から次へと小滝が出現するので、だらだら歩いている区間がほとんどない。
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この滝はF3だろうか。
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Tさんは平然と水線を登っていくが、私は左に避けて登った。
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ここまでは、私もとくに苦もなく登ってきた。
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時々、水流のあるところに手をかけないといけない場合もあるが、それほど冷たくないので助かった。こちらは素手なのだ。
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3~4mほどの滝が続く。
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やっとしばしのゴーロ歩き。
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そして現れたのは、たぶんF5板立の滝。8m。
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ここはまずTさんが先に登攀。
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私とSさんはビレイしてもらう。
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足がかり、手がかりを見つけるのに苦労したが、Sさんの指示もあって、何とかクリアできた。
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私が上がったところで、Tさんは手前の岩に残置支点があるのを見つけ、ロープをかけ替え。
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余裕でビレイの態勢。
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Sさんは一回スリップしてヒヤリとしたが、あとは危なげなかった。
クライミング歴は彼が一番長いのだ。
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さて、前進。
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ここはナメが少ない。というかほとんどない。
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再び、数mの小滝をいくつか越えていく。
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間もなく、表丹沢林道の大平橋の下をくぐる。
ここまで1時間ちょっと。ちょうど10時なので、かなり順調だ。
一度、沢から離れ、「山歩き班」と交信するため林道に出た。
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彼らも登山は決行したようだ。我々もエスケープせず、遡行を続けることにする。
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幸い雨もほとんど降っていない。
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降っても、どうせ濡れているのだが。
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いったん遡行してきた沢を振り返ってみる。気分のいいものだ。
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幅の広い開けた場所もある。
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足元は落ち葉。これが滑る原因にもなるので油断禁物だ。
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突然現れた壁はF10富士形ノ滝。
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確かに富士山の形に似ていなくもない。
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2人は水線をたどったが、私は上半身が濡れるのはいやだし、技術もないので、またまた左のラインに逃げた。
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この先はそれほど難しいところはないそうだ。
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ほぼ涸れ沢になっている。
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スラブ状の滝が続くが特別なことはない。
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落ち葉の「吹き溜まり」にほっこり。
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最後の難所。ツルツルの滝。
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この先は沢を詰め上げることはせず、踏み跡に従って、草付きの斜面に取り付く。
ここで11時前。2時間でここまで来られたとは成績優秀だ。
斜面はなかなかの急傾斜で息が上がったが、20分ほどで三ノ塔尾根の登山道にたどり着いた。
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当初の予定では、ここから三ノ塔(1205m)に登り、稜線を歩いて二ノ塔から登山道を葛葉の泉まで下るつもりだったのだが、方針を変更。
植林の中なのにやけに風が強く、稜線はさぞかし寒かろうことが予想されたので、Tさんの提案により、このまま尾根を下って林道に出ることにした。
こちらは三ノ塔も二ノ塔も踏破済みなので、全くピークにはこだわらない。
異存なしである。

(つづく)
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つくば道(下)

【2015年11月21日(土)】つくば道
臼井地区の辻赤塚の交差点を過ぎると、つくば道はやっと本格的に登りとなる。
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柿がもったいないくらいに生っていた。
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こちらは「観光協力の家」でもある鮏川(さけかわ)邸。
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ここも「アート展」の会場になっていた。
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あのウニみたいのがアートなのだろうが、私にはその背後にある四角く刈り取った植木の方がアートに見えた。

鬼瓦に見える家紋その他。こちらもユニーク。
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かなり登りがきつくなってきた。
前々から、この道は車が多いなと思っていたが、この坂も車がどんどん登ってくる。
そんなに「つくば道」って知られた存在なのかと、びっくりぽんだったが、実はそうではなかった。
帰りに気づいたのだが、筑波山のケーブルカーやロープウエーに至るメインルートは大渋滞だったのである。
だから、「つくば道」に来る車はたぶん、ナビをたよりに「抜け道」として登ってきているのだ。
全く、やつらのせいでのんびりした旧街道歩きが台無しになってしまった。

でも、沿線はそれなりの雰囲気を醸し出している。
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途中、「ゐだ」というそば屋があったので、ここでお昼にしようと思ったのだが、駐車場は車でいっぱい。もしやと思って、おそるおそる扉を開けると、4人も並んで待っている。
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こりゃあかん。諦めて最後まで登り切ることにする。

お腹が減って、向かいの無人販売所に並ぶ野菜もみなおいしそうに見えた。
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やっと、六丁目の石鳥居まで登ってきた。
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宝暦九年(1759年)の建立で、以前は「天地開闢 筑波神社」の額が掲げられていたらしい。
かつて、これより上は石段だったようだが、昭和40年代に舗装されてしまったようだ。
そのせいで、この鳥居をくぐってまだ車が登ってくる。難儀なことだ。

一応、つくば道を歩くハイカーも何組かはいた。
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この方々は頂上まで行くのだろうか。もういい時間ではあるのだが。

またしてもアート。
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たぶん、これが一番標高の高いところにあるアートだろう。

標高差で40mほど登ると、西山通りと本通りの分岐、三叉路に出る。
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このあたりは、こんなに急な傾斜になっている。
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本通りはこの先、石段になるので、もう観光客の車は来ない。
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勾配もさらにきつくなる。

路傍に一茶の句碑。
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「水仙や垣にゆひ込むつくば山」

その傍らには、一文銭を抱えたガマガエルくん。
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沿道は見事な石垣になってきた。
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小さなみかんは、筑波名物の福来(ふくれ)みかん。
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さっきの無料販売所では1袋100円だった。
皮を干して、七味などに混ぜるらしい。食用には向かないみたいだ。

常緑樹。
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紅葉の廃屋。
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さあ、この先はいよいよ石段である。
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手前の民家(大越邸?)も石畳。
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「つくば道」には、いたるところに石の祠がある。
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2ピッチで旧筑波山郵便局。
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1939年(昭和14年)に完成した木造洋風建築で、鬼瓦に「〒」のマークがみえる。
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それにしても絶妙な場所にある。いつまで現役だったんだろう。
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最後の石段を登ると、再び車道に出た。
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登り切ったところに老舗旅館の「対宝館」がある。
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南にそびえる宝筐山に相対しているというのが由来らしい。
ここも天狗党の幹部らの宿泊所になっていたとのこと。

予想はしていたが、門前は相当な人出だ。
人気のありそうな店には行列ができている。
こちらは、なるべく空いている店を探す。
一番奥にある「レストセンター筑波館」が空いていた。
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選り好みしている時間ももったいないので、すぐに入る。
暑かったから、まずビール。
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続いて、けんちんそばをオーダー。850円くらいだったか。
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里芋がたくさん入っていて、かなりお腹が膨らんだ。

ごちそうさまをして、一応、筑波山神社に参拝。
1か月前にしたばかりだが、せっかくここまで来たんだから。
その前に、前回、見逃した湧き水を見学。
旅館「江戸屋」の前にある杉の水。筑波六井のひとつだそうだ。
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杉の木の根元から湧き出ているので、家光が「杉の水」を命名したとのこと。
「甘味蜜の如し」と讃えられているらしいが、ちょっと水口まで遠いので味見はしなかった。

スイカをかたどった「特産新都之碑」を横目に階段を登る。
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もともと筑波山麓はスイカの産地であったが、東京都小金井氏が発明した新品種「新都」を広めることで、さらに特産として発展することができたので、その感謝の意を込めて、昭和29年に建立したものだそうだ。
しかし、現在、茨城県のスイカの生産量は全国7位にとどまっている。

杉の大木の根元に店を構えたから、「杉本屋」だと分かった瞬間。
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参拝を済ませ、前回に続いて、宇宙の卵を拝む。
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これでミッションは終了。帰途につくことにする。
福来みかんに未練があるのだが、土産物屋で売っているのはどれも1袋350円。
さっき100円のを見ているだけに、とても買う気にならない。
でも、門前から少し離れると、200円の店があった。これなら買える。
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別の甘いみかんも試食させてもらったが、やはりこちらにする。
「種が大きくて、すこしすっぱいよ」と言われたが、バスの中で食べたら、その通りだった。
種は大きいというより、身が小さすぎるのだ。

バス停に着いたのは14:16。バスの時間は14:40。
まだ20分以上あるが、今日はまじめに並ぶことにした。
目の前の道路も大渋滞だし、バスで来た人も何人いるか分からない。
前回は好天の日曜日でも、ガラガラだったが、3連休となると庶民のお出かけ熱通常の土日とは比較にならないくらい高まるようだ。

私は3人目に並んでいたので余裕で座れたが、やはり立ちの人も何人かいたようだ。
後ろに座ったおばちゃんがずうずうしく、かつうるさかったが無心で我慢。
それにしても、車の渋滞がひどい。ふもとまでどころか国道との交差点まで続いていた。
もう3時近いというのに、これから登って夕陽でも見るつもりなのだろうか。
こういうことには気の短い私は、すぐ諦めて別のところに行くか、抜け道を探すだろうなあ。

というわけで、「つくば道」散策は終了。
距離は4kmちょっとだが、標高差は約10mの地点から250mまで登ったので240mもあった。
あの坂を資材運搬に使ったとは。牛や馬も使ったのだろうが、大変な作業であったろうと実感できた。
とても11月下旬とは思えない暑さ(20℃まで上がったとか)だったのに帽子を忘れたのが痛かった。

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つくば道(中)

【2015年11月21日(土)】つくば道
筑波山南麓にある北条地区の商店街では、こうした白壁の店蔵が目を引く。
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こちらは宮本家住宅で、登録有形文化財に登録されている。
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江戸末期、1847年(弘化四年)の建築で、木製のシャッターである揚戸や防火用の土戸があるという。
屋号は宮清で、昭和40年代前半まで醤油醸造・販売を行っていた。
現存する建物は8棟あり、敷地面積も700坪に達するというが、今回は素通り。

早くもお腹がすいてきたので、食堂を探す。
北条仲町のバス停を過ぎると、そこが「つくば道」の起点。
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高さ3mに達する巨大な道標がある。
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南面には「これより つくば道」。西面には「にし おふそね(大曽根)いちのや(一ノ矢)江戸」、東面には「東ひだり きよたき(清滝)つちうら(土浦)加し満(鹿嶋)」、北面には「正徳五乙未年五月十七日 中町横町講中 願主山口弥右衛門 寛政十戌午歳再建○○○○」とある。
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この碑は、筑波山信仰の地元の信者である中町と横町の講中が正徳五年(1715年)に建立し、寛政十年(1798年)に再建されたものだと読み取れる。
なぜ再建が必要だったのか。この間に大地震でもあったのかと、地震年表を見てみたが、関東には該当するような大きな地震はなかった。

ちなみに再建の願主は野澤惣兵衛であった。「同 山口卯兵衛」の文字も。
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この向かいの道端に、西の「市の神」に並んで、北条町道路元標がたたずんでいた。
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これを通りすぎて間もなく、「北条ふれあい館」の看板。
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ここで、この商店街に食堂がないかどうか聞いてみる。
「八坂神社の方にラーメン屋はあるけど、ほかにはないわねえ」
ラーメン屋は確かにあったが、そんな気分でもない。

腹をくくって、つくば道を登るとしよう。
いや、でも少しはお腹に何か入れたい。この貼り紙に反応してしまい、お店の中へ。
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「北条米スクリーム」。1個300円。北条地区のみで限定販売中だ。
これは食べてみるしかない。
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今日はやけに暑いし、ちょうどいい。

つくば道を歩きながらカップを開ける。
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しかし、しっかり凍っていて、めちゃめちゃ固い。
それを手で温めたり何だりしながら、必死で溶かして少しずつ食べる。
しかし味がしない。
う~ん、今いちだなあと思いながら食べてしまったのだが、買った時にもらったパンフレットを後で読んでみたら、「少し溶かして、柔らかくなったころが食べ頃です」と書いてある。
なんと、食べ方を間違っていた。残念。
お店のおばちゃんも一言、「溶かしてから食べてね」と言ってくれればよかったのに。
まあ、仕方ない。

この「つくば道」は昭和61年に、当時の建設省が「日本の道百選」に選定している。
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筑波山に向かってのびているだけに、正面に筑波山を望む、気持ちのいい道だ。

今は県道139号線ということになっている。
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沿道には庚申塔や馬頭尊などの石碑も多い。
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城山(129m)の東にある小さな峠を越えると、神郡(かんごおり)の集落に入る。
右手に普門寺という寺があるので、行ってみた。
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説明板によると、この寺は鎌倉時代末期に筑波山山麓一帯で布教活動を続けていた乗海大和尚によって開創された真言宗の寺院である。
常陸の豪族小田氏の祈願寺として興隆を極め、末寺508ヶ寺を有して10万石の格式を誇った時代もあったという。
平成21年3月設置のこの案内板には、本堂は寛政年間再建と書かれているが、実は同年12月に不審火により焼失してしまった。
現在の本堂は今年10月25日に落慶したばかりのできたてほやほやなのである。

参拝する前に、ちょっとした境内の高台に登ってみた。
正面に筑波山が堂々とそびえている。
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戻って参道を進む。
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黒門をくぐり、赤門の手前まで来ると、比較的新しい石碑がある。
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「田中原蔵隊陣営の跡」と題字にある。
元治元年(1864年)に水戸藩内外の尊王攘夷派「天狗党」が引き起こした天狗党の乱はよく知られているが、田中隊はその一部隊である。
3月27日に筑波山で挙兵し、日光東照宮に参拝ののち帰陣。
6月中旬、ここ普門寺に駐屯していた。
その後、幕府軍と激しく交戦し、田中も戦死した。
この碑は隊士たちの鎮魂の碑であるようだ。

赤門をくぐると本堂。まさに落慶したばかりの雰囲気を漂わす。
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本堂のすぐ前にある「三光乃滝」は由緒あるものかと思ったら、これも平成13年に造られた新しいものだった。
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でも、この石仏はそこそこ古そう。
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紅葉のグラデーションが美しかった。
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やはりお腹がすいたので、ここに腰掛け、行動食のパンを1個いただく。
このままでは筑波山神社の門前まで持ちそうになかったので。

寺を出たところで、のっぺらぼうのマンホールを発見!
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これは摩耗したものではなく、正真正銘ののっぺらぼう。
こんなの初めて見た。

赤い柵で囲まれた旧家は石井邸。
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新しいお宅は隣にあったので、今は使っているのかどうか。
石井家は江戸時代後期に割本名主を務めた家柄だそうだ。

なばや商店。漢字ではどう書くのか。
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どうやら、那波屋のようだ。佐竹藩の御用商人がつくった屋号だというので間違いなかろう。

そのさらに先に、何の美術館だかよく分からない田井ミュージアム。
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調べてみると、知的障害のある子供たちの表現の場となっているそうだ。

大谷石造りの米倉庫を転用して、2001年にオープンしたとのこと。
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実にユニークである。

蚕影(こかげ)神社への道標。
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神郡上町付近の風情。正面に筑波山のうち男体山を望む。
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里山建築研究所。
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かつての桜井家の店蔵を2004年より、筑波大学の安藤邦廣教授が研究所として活用しているという。

神郡集落の北端にある石蔵RIZ。
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1952年築で、これも大谷石。
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ここは、「Art Session TSUKUBA 2015典」の会場になっていた。
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この催しは、広域にわたる野外展示なので歩いて回るのはかなり大変そうだ。
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ここの北面は水田になっていて遮るものがないので、筑波山が裾野からばっちり見える。
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ちょっと右折して寄り道。
かつては今の道より、東につくば道は通じており、逆川を渡る石橋があったという。
その位置に、二十三夜石橋供養塔があった。
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これを確認して交差点に戻る。
ここには昭和天皇の即位を記念して1928年(昭和3年)に建立された道標がぽつんとあった。
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光ってよく分からないが、臼井・筑波、北条・土浦、立野・小幡、大貫・舘林の各方面が示されている。

逆川を渡ると、臼井集落に入る。
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田んぼの向こうに見える不思議な構造物は、あれもアートなのだろうか。
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この古い家に、こんな看板が。
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「花柳病」かあ。性病のことかな、と思って調べてみたら、やはりそうだった。
かつてはこういう「ぼかした」表現があったんだなあ。
でも、この言葉を聞かなくなったのは、どういう理由なのだろうか。
差別だということで次第に廃れてしまったのか、花柳界そのものが事実上なくなったことによるものか。
土浦の医院の宣伝がここにあるということは、かつてこの道がかなりにぎわったいたのだろう。

(つづく)

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つくば道(上)

【2015年11月21日(土)】つくば道
仕事の関係で、どこか旧街道を歩かねばならなくなった。
手近なところで、適当な物件がないかと考えていたら、思いついた。
先月筑波山に登った時に、「つくば道」という歴史ある道があることを知ったのだった。
約400年前に徳川家光が開いた道だ。
手始めにそこに行ってみることにした。

8時ちょうどの新所沢発の電車に乗り、新秋津から武蔵野線、南流山からつくばエクスプレスに乗り換え、9:46につくば駅に到着。
一応、行動食用に菓子パンを調達して、10時ちょうどの「つくバス」北部シャトルに乗り込む。
ハイキング姿の乗客も含め、結構な人出。
こんなに「つくば道」を歩く人がいるとは思えないが、みなどこへ行くのか。
一応、終点は「筑波山口」なので、そこから律儀に筑波山に登る方々なのかもしれない。
「筑波山神社入口」と間違えてなければいいのだが。
紛らわしいので、かなり勘違いしてしまう人が多いような気がする。

あちこち寄りながら、10時半ごろ、筑波交流センターに到着。
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つくば市には市内17か所に「地域交流センター」と呼ぶ生涯学習の施設があり、ここはそのうちの一つ。
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改めて、つくば市の合併史を確認してみた。
つくば市は平成の大合併より随分早く、1987年(昭和62年)に筑波郡谷田部町、大穂町、豊里町、新治郡桜村が合併して成立した。
この4町村の中では桜村の人口が41,682人で最も多く、日本でも最も人口の多い村だった。
ちなみに、桜村は1955年(昭和30年)に栄村、九重村、栗原村の3村が合併して発足した村で、栄の「さ」、九重の九の「く」、栗原の「ら」を取って名づけられたのだそうだ。
それはさておき、桜村は東京教育大学(今の筑波大学)の移転や筑波研究学園都市の建設で、一躍発展したのだった。
その後、つくば市は88年に筑波郡筑波町を、2002年に稲敷郡茎崎町を編入して現在の地域となり、人口は今や22万人を超えている(発足当初は11万人)。
現在は、土浦市(人口14万人)との合併も視野に入れているそうだが、議論が本格化してきたら市名でかなりもめそうだ。

それはともかく歩き始める。
通行量の激しい国道125号を渡って北条の信号を左折、旧君島街道に入る。
すると、右手に筑波高校。
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名称からして歴史ある高校かと思いきや、昭和25年に土浦二高北条分校として創設された新しい高校だった。

すぐにサイクリングロードの「つくばりんりんロード」と交差した。
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筑波鉄道の廃線跡である。
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筑波鉄道は現在の水戸線岩瀬駅と常磐線土浦駅を結ぶ約40kmの路線で、1918年(大正7年)に開業。
最盛期の1960年頃には、上野駅から筑波山の登山基地である筑波駅まで直通の列車が乗り入れていたそうだが、モータリゼーションの進展に伴い業績が悪化、1987年4月1日に廃止された。
「つくば市」誕生したのは、この年の11月30日である。

左手に筑波山を眺めながら、静かな散歩を楽しむ。
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この路線は筑波山麓をぐるりとめぐるので、刻々と変わる筑波山の表情をさぞかし楽しめたことだろう。

大きなプラットホームが出てきた。常陸北条駅の跡である。
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この駅には3本のホームがあったようだ。
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この駅は筑波鉄道では、土浦駅に次いで2番目に利用客が多い駅だったらしい。

しかし、駅名標や駅に関連した施設はすべて撤去されている。
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なるべく痕跡を残しておいてほしいが、廃止した鉄道会社としては、ありとあらゆるものを売り払って、少しでも借金を減らしたいのだろう。
文句は言えない。

これはホームにあった待合所の基礎だろうか。
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ホームに植えられていた木の根っこが早くもアスファルトを盛り上げていた。
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これは駅舎側の1番線ホームの跡。
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駅跡の表側に出てみると、駅舎があった場所には、何ごともなかったかのように真新しい民家が建っている。
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駅前には、まさに駅前通りといった感じの道が北にのびている。
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歩を進めると、味噌のいい香りがしてきた。
つくば味噌の山口信太郎商店である。
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明治後期の創業で、現在三代目。銘柄は「キッコーシン」だそうだ。
寄ってみたかったが、買ってしまったら、それを背負って歩かねばならず、窓越しに覗きこむだけで失礼した。

向かいには仲屋金物店。昭和の雰囲気たっぷり。
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この先で、古くから開かれた農業用水路の裏堀(北条用水路)を渡る。
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桜川から取水し、ここまで3km。美田を潤し、名産北条米を生んだという。
かつては泳げるほどきれいだったらしい。
江戸時代の古文書には、平安末期に領主の多気義幹が開削したと伝わる。
しかし、小田城の八田知家が、この用水を「戦の準備のため掘った」と頼朝に讒言したため、義幹は謀反の罪に問われ、滅亡したとのこと。
義幹は「多気太郎さま」と呼ばれて地元では親しまれており、非業の死を供養する五輪塔が少し離れた場所に立っているという。

この堀を渡るのが天王橋。
ここに馬頭尊など2つの石碑がある。
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後者には「献霊」とあり、昭和天皇の即位を祝った御大典を記念したものだ。

突き当たった高台に鎮座するのが八坂神社。
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江戸初期につくられた北条の氏神様である。

狭い境内に大きな五輪塔がある。
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説明書きによると、花崗岩製で高さは201㎝。
「空風輪がぎわだって大きく、火輪は軒の出が浅い。また水輪は角張っている。こうしたこまかい細工にこだわらぬ造形が、かえって堂々とした強さをかもしだしている」
との説明に、ちょっと苦笑してしまった。
要するに、定形の分からない人が作ってしまったのかもしれない。

この五輪塔はもともと吉祥院という別の場所にあったが、明治の廃仏毀釈のおりに、ここに移されたという。
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中に納められていた経筒によると、天文六年(1537年)の造立とあり、年号の分かる五輪塔としては茨城県で2番目に古いものらしい。

ほかにもいろんな石碑や宝篋印塔が境内には林立していた。
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お参りをして、通りを東に向かう。
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北条地区には戦国時代末頃から集落があったようだが、徳川家光が中禅寺(現在の筑波山神社)の再興のため資材運搬道路を整備したことが飛躍的に発展する契機になった。
1626年(寛永3年)のことで、北条仲町がその道路の起点となった。
その後、中禅寺の門前町として、また近在の農産物の集散地として栄えていった。
東西約500mに及ぶ商店街に今も残る土蔵や店蔵がその面影を今に伝えている。

当時の市場の名残が「市の神」の祠。
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ここに至る途中に中台の横井戸と呼ばれる井戸が2つあったが、1つは木の蓋がすっかり古くなっていて、開けたらぼろぼろと崩れてしまってびっくり。
一応もとには戻しておいたけど。

市の神から引き返す。
八坂神社前にバス停があり、その名も「北条駅入口」。
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廃線になってから30年近くたつというのに、こういう名称は意外に変えにくいものなのかもしれない。

登録有形文化財「旧矢中邸」というのは、てっきり向かいにあるこれのことかと思ったら、全然違った。
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この木造建築は旧北条郵便局で、大正時代の建築。昭和37年まで現役だった。
現在は「カフェポステン」として営業している。
旧矢中邸(矢中の杜)は通りからやや奥まった場所にあり、昭和15年に竣工した近代和風の建築だそうだ。
結局これは見逃してしまった。

(つづく)

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三軒茶屋~祐天寺

【2015年11月16日】三軒茶屋~祐天寺
この日、三軒茶屋の昭和女子大学に仕事があったので、この機会にまた散歩をしよう。
スマホの地図を見て、方針を検討。
学生時代2年間過ごした祐天寺まで下馬を経由して歩くことにした。
1時間くらいで行けるだろう。

昭和女子大学は1920年(大正9年)に日本女子高等学院として創立された。
創立者は詩人の人見東明。よく知らない人だ。
1980年には創立60周年を記念して、キャンパス内に人見記念講堂が開設されている。
卒業した著名人には、登山家の田部井淳子、歌人の馬場あき子、タレントの壇蜜などがいる。

仕事を終えて正門に向かっていると、左手に歌碑を見つけた。
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創立15周年当時の校長、松平俊子のご母堂である鍋島栄子刀自の歌だそうだ。
松平とか鍋島とか、明らかに旧大名家の出のようなので調べてみた。
すると、鍋島栄子はもともと公家の出のようである。
権大納言広橋胤保の五女として生まれ、1881年(明治14年)に当時イタリア公使であった鍋島直大と結婚。外交官夫人として活躍し、「鹿鳴館の華」と呼ばれたそうだ。
日本赤十字篤志会会長も務め、日清・日露戦争の際には負傷兵の看護にもあたったというから、ナイチンゲールのような方だったのだろう。

その歌というのは「庭の教え」と題される作品。
「ふみまよふ人 こそなけれ 何処にも 庭のおしへの 道しある世は」
そんな庭の教えとはどんなものか知りたいものである。

さて校門を出て左折。国道246号を避けるように、さらに左折して細い路地を住宅街に入っていく。
このあたりも太子堂であることを知ってびっくり。
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東急世田谷線に西太子堂駅というのがあるので、太子堂というのはてっきりあっちの方だと思い込んでいたが、改めて地図を見ると、246をはさんで南北に広がっていた。
その由来は、三丁目にある円泉寺に聖徳太子を祀った太子堂があることにちなむという。
かつては太子堂村といったが、1889年(明治22年)の町村制施行に伴い、近隣の池尻村、三宿村、若林村、下北沢村、代田村、経堂在家村などと合併して世田ヶ谷村になっている。

世田谷区はほとんどが住宅地になっていることもあり、大木の保存には気を配っているようで「保存樹木」という制度がある(他の区にもあるようだ)。
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この木はスズカケノキで昭和53年に指定されている。

10分も歩かないうちに、太子堂を離れ、下馬に入った。
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下馬は祐天寺から近いこともあり、よく聞く地名だったが、実は訪ねるのは初めてかもしれない。
地名の由来を調べてみると、荏原郡下馬引沢村の省略のようで、源頼朝が遠征に向かう途中、この地を通過した折り、土砂崩れにあったので、「以後ここを通る時は、馬を曳いて渡れ」と命じたのが由来とされる。「げば」が起源ということだ。

世田谷区立下馬図書館を過ぎて、児童公園の脇を歩いていく。
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すると右手、通りの真ん中に大きな樹木がそびえている。
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これも保存樹木であったが、それより目を引いたのが、あたりに林立する古い団地風のアパート。
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都営下馬アパートだそうだ。
駒沢練兵場の跡地に建設された大規模な都営団地で、現在も40数棟あるという。
古いもので1958年築というから、半世紀以上の歳月を積み重ねている。
さすがに建て替えの話もあるようだが、現在居住している人がいる以上、そう簡単ではないらしい。
お住まいなのはおそらく低所得の高齢者だろうから、むやみに追い出すわけにもいくまい。
都心にいきなり出現したミステリーゾーンのようで気持ちが高ぶった。

三宿通りを渡ると、おしゃれなアップルパイのお店があった。
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「ジャーマニー・スミス」は青山にも店がある有名店のようだ。
ジャーマニー・スミスって、古いメージャーリーグの選手の名前らしいが、関係あるのだろうか。

この先すぐに世田谷公園があったので、この中を通過していくことにした。
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平日の午後ということもあり、小さな子供を遊ばせているお母さんの姿が目立った。

紅葉にはまだ少し早い。
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なんと園内に線路を発見。
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「せたがや ミニSLチビクロ号」が走っているらしい。
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大人70円とは安い。

乗ってみたかったが、あいにこの日は運休日。
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平日の運行は水曜日だけみたいだ。
世田谷区の区制50周年を記念して、昭和57年に開業したとのこと。
もう30年以上になる。立派なもんだ。

これがSL乗り場の「せたがや公園駅」。
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注意書きを読むと、未就学児ひとりだけの乗車は認めていないが、大人ひとりだけは大丈夫のようだ。ふふふ。

園内を3分かけて1周する。全長280m。
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当初は本当の蒸気機関車だったが、今は電気式になっているらしい。

世田谷公園は池尻にある。
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池尻は、北沢川と烏山川が合流して目黒川となる付近で、沼沢地帯をなしていた。
その池の出口という意味で、池尻と呼ばれるようになったという。
今はそんな面影はどこにもない。
北沢川や烏山川もほとんど暗渠になっており、地形図で河道を追うのも難しい。

またまた保存樹木。
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そしてこのあたりが世田谷区と目黒区の境界。
青鳥特別支援学校を過ぎて、三宿病院の前に出ると、もう目黒区上目黒。
目黒の地名の由来は諸説あるようなので、割愛させていただく。

坂を下ると、めずらしい刃物のとぎ屋さんがあった。
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字が白くてよく見えないが、包丁は700円から1000円で研いでもらえるようだ。

バス通りに下りてきた。
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こういう昭和の匂いぷんぷんのお店が好きだ。

すぐに蛇崩(じゃくずれ)という交差点に出る。
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面白い地名なので、ここは通ることにしていた。
以下、目黒区のHPによる。
地名「蛇崩」の由来は、江戸時代に編さんされた「新編武蔵風土記稿」によると「昔、大水の際、崩れた崖から大蛇が出たことから、この地名が生まれた」と記している。
また一説には、「砂崩(さくずれ、土堤崩をいう古語)」が、「じゃくずれ」に転化し、付近を流れる蛇行屈曲した川の状態から、「蛇崩」の文字を当てたのではないか」とも言われている。
いずれにしても、蛇崩地域の北側を蛇行する蛇崩川が浸食した地形がもたらした地名といえよう。

これなど、下馬の由来にも符合する。
かつて、このあたりは土砂崩れの起きやすい傾斜地だったのだ。
「蛇崩」は1932年(昭和7年)に行政地名としては消滅しているので、交差点の名として残っているのは貴重である。

交差点のすぐ横に銭湯「寿湯」。
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営業時間前なのでシャッターが下りているが、まだ現役で頑張っているようだ。
いずれ銭湯に入るためだけに訪ねてみたい気もするが、貧乏性の私には無理か。

右折して五本木通りをさらに下る。
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下り切ったところが蛇崩橋。
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この下には暗渠化された蛇崩川が流れており、現在は緑道となっている。
蛇崩川は目黒川の支流。世田谷区弦巻から東流し、上馬、三軒茶屋、下馬を経て、中目黒駅付近で目黒川に注ぐ全長5.2kmの川である。
かつてこの付近は湧水に富み、流域は水田地として、豊穰な土地であったという。
そんな時代の風景を見てみたかった。

いつのまにか五本木に差しかかっている。
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1968年(昭和43年)の「住居表示に関する法律」による町名変更で、それまでの上目黒五丁目、三谷町の一部および中目黒三丁目の一部が、五本木一~三丁目となった。
1932年(昭和7年)の区制施行によって姿を消した五本木の名が復活した形だ。
旧守屋教育会館郷土資料室(目黒区五本木二丁目)裏手の庚申塔群の中に、「上目黒五本木組 庚申供養塔 文化七庚午年十一月吉日」と記されている碑面がある。旧上目黒村は、上知、宿山、石川、五本木という四つの「組」から成っていた。
これから類推すると、五本木という地名は中世にさかのぼれるそうだ。
そもそもの由来は、五本の大樹があり、それがこの地の特徴を成していたことから、地名となったのではないかといわれている。
前述の庚申塔群の前を走る細い道は、かつての「鎌倉街道」だったらしい。
明治のころは「昼間でさえ、身の毛がよだつほど薄暗く、元気のよい若者でも通ることを恐れた」ほど淋しい土地だったようだ。(以上、目黒区HPより)

川を渡ると再び登りになる。
東京はゆっくり歩くと坂の多い町だと分かる。
下り切ったところには、大抵かつて川だった暗渠がある。
ブラタモリではないが、そういうことを意識しながら歩くのは楽しい。
五本木一丁目商店街まで登ってきた。
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左手に見えるのは田切公園。
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ここに、地名に関する説明板があった。
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「田切」とは、川の両岸の傾斜地のことをいうらしい。
「たぎる」とは最近、「煮えたぎる」とか「燃えたぎる」といった用法でしか使われなくなったが、もともとは水が勢いよくほとばしる意味だったという。
急流が流れる様だ。
ここは蛇崩川の支流中の沢が削った斜面で、まさに田切地形だ。
明治22年の町村制施行で目黒村大字上目黒字田切になったが、昭和7年の区制施行の際に消滅している。
その名を偲んで、この公園の名を「田切公園」としたとあるので、目黒区は立派である。

さて、ここから祐天寺駅までは一直線。
東横線の線路をくぐって最初に見えるのは、みずほ銀行祐天寺支店。
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学生時代、ここは合併前なので富士銀行だった。
私が初めて口座を開いた銀行だ。

この角を左折する。右手にあるセブンイレブンはゲームセンターだった。
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あの時代このあたりのコンビニと言えば、駒沢通りにあった「パンプキン」だけだった気がする。
もちろん、24時間営業の店などまだなく、セブンイレブンもその名の通り、朝7時から夜11時までの営業だった。

この通りに、鉄道マニアのカレー屋さん「ナイアガラ」があったはずだが、ない!
ええっ、廃業した?
現役時代は一度も行ったことがなかったが、就職して東京勤務になってから一度だけ興味本位で行ったことがある。
カレーが模型の列車に乗ってレールの上を運ばれてきた記憶がある。
とくに愛着があった店ではないが、ランドマーク的存在だっただけにショックである。

もう一度、ガードをくぐり、かつて通った銭湯を見に行く。
またしても、ない。跡地は低層マンションになっていた。
もちろん、ほとんどの家庭に内風呂がある時代だし、学芸大学も都立大学も沿線からいなくなり、学生も減ったのだろう。
名前も忘れてしまったので調べてみたら「越の湯」だった。
廃業は2003年11月頃のことらしい。

残念な思いで、かつて住んでいた下宿に向かう。
すると、「ナイアガラ」があるではないか。移転しただけだった。
HPを見てみると、平成25年3月に創業の地でリニューアルオープンとのこと。
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こちらも本日運休。開いていたら、話のタネに食べていったかもしれない。

裏通りで見つけた廃屋。
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下宿近くにあった巨大な車輪。
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C57 117号機関車の主動輪だそう。
117号は主に九州で活躍した機関車で、1973年4月に宮崎県植樹祭に向かう昭和天皇のお召し列車を牽引したことで知られる。
「日本最後の国鉄蒸気機関車牽引のお召し列車」だそうである。
それがなぜこんなところにと思ったら、なんと所有者があの「ナイアガラ」だったのだ。それは今回訪ねて初めて知った。
ご主人やはり筋金入りのテツである。
私は学生時代、この動輪の横にいつも通学用のバイクを置いていた。
今さらながらすいません。

私の下宿は老夫婦が経営している大判焼きの店だった。
経営していると言っても、たぶん小遣い稼ぎ程度で、年金と家賃でゆうゆう暮らしていたはずだ。
今は息子夫婦が住んでいるのか、人手に渡ったのかよくわからないが、こんなこじゃれた家屋になっていた。
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この奥にあった下宿棟は取り壊され、更地になっていた。
裏の幼稚園や隣の花屋さんは昔のままなのに、かなり残念だ。
実は15年前に訪ねたことがあり、その時すでに建て替えられていたのだが。

当時私が暮らしていたのは、玄関・トイレ共同、風呂なし、4畳半日当たりなしの部屋で月26000円だった。
それでも高く感じて、3年目からは多摩川を渡った新丸子に引っ越した。
そこの家賃は確か17000円だったと思う。

昔の通学路である通りを駅に向かう。
1軒1軒眺めていく。見覚えのある店もあり、初めて見る店もある。
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(こんなのはなかった)

変わってほしくないと思うのは、こちらの勝手なのだが、変わっていないとホッとする。
そのうちの一つがこれ。
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私の下宿を世話してくれた山下商事さん。
ご主人はあの時点でそれなりの年だったと思うが、もう80を超えているのではないか。店はこの日閉まっていたが、廃業している雰囲気ではなかった。
ちょっとお顔を拝見したかった気もするし、その後の祐天寺の話なども聞きたかった。向こうは私のことなど当然覚えていないだろうが、物件は覚えているだろうから。

駅は改修中だった。
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横浜銀行が入った駅舎だったが、それも様変わりするのだろう。
ちょうど1時間の散策。感慨深い街歩きであった。

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桐蔭学園周辺

【2015年11月12日(木)】桐蔭学園周辺
横浜の桐蔭学園に仕事が入ったので行ってきた。
最近、仕事で外に出ることがあまりなくなったので、貴重な機会だ。
ちょっとだけ周辺を散歩してから社に帰ることにした。

都心から桐蔭学園まではいろんなルートがあるようだが、小田急線柿生駅からだと路線バスが桐蔭学園前まで連れて行ってくれるようなので、まずは柿生駅を目指した。
新宿から快速急行藤沢行きに乗って、新百合ヶ丘で乗り換え。
1駅で柿生だ。9:29着。
柿生駅
北口のバスターミナル4番線から9:40発の「桐蔭学園」行きに乗る。
もうこんな時間なのに、制服姿の高校生を含めすでに20人近く並んでいた。

柿生(かきお)という地名は、その名の通り「柿」と関係あるらしいことは聞いたことがあったが、いい機会なので、ちょっと調べてみた。
すると、確かにそうだった。

柿生の地名は駅名としては残っているが、行政地名としては消滅している。
実は「柿生」は明治時代に生まれた新しい地名なのである。
江戸時代には、このあたりに上麻生、下麻生、早野、王禅寺、古沢、万福寺、片平、五力田、栗木、黒川の10か村があった。
これらが1889年(明治22年)の町村制施行の際、合併して「柿生村」が成立した。
「生」は「麻生」からとったものと推測されるが、では「柿」はどこから来たのか。
この地域が、日本で初めて発見された甘柿である「禅寺丸柿」の原産地であることにちなむという。

「禅寺丸柿」は鎌倉時代の1214年(健保2年)に、現在の川崎市麻生区にある王禅寺の山中に自生しているのが発見されたという。
それまで知られていた柿はいずれも渋柿だったので、日本最古の甘柿という位置づけになっている。
その後、この寺は1333(元弘3年)の新田義貞の鎌倉攻めの兵火で焼失。
室町幕府から再建の命を受けた等海上人が栽培を広めたとされている。
生産の最盛期は明治末から昭和初期で、1932年(昭和7年)には柿生村だけで938㌧もの収穫があった。
しかし、新参の富有柿との競争に敗れて、急速に衰退し、昭和40年代後半には市場から姿を消してしまった。
現在は、地元の「柿生禅寺丸柿保存会」が細々と栽培を続けているそうだ。
バスの中から1本、柿の木を見つけたのが、それだったのかもしれない。

ちなみに、柿生村は1939年(昭和14年)に川崎市に編入した際に消滅。
そのかわり、旧村だった10か村の名は現在も行政地名として生き残っている。
合併した際に新しく生まれた地名だけが用なしとなったわけだ。

9:55に桐蔭学園バス停に到着。
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地形図にあった碑の記号は日露戦争の戦没者慰霊碑だった。
文面には「日露戦没紀念碑」とある。
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目の前に神社の鳥居が見えるが、この碑はもともとこの神社の境内に建立されたものだろう。
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神社は帰りに参拝させてもらうことにして、とにかく仕事仕事。
桐蔭学園のキャンパスには初めて来たが、実に広大で迷ってしまった。
それでも何とかお目当ての中学部校舎にたどり着き、仕事は2時間ほどで終了。

帰りはグランドの脇を通って、バス停を目指す。
桐蔭学園と言えば、甲子園の常連校で全国有数の進学校というイメージがあるが、その沿革も含め、これもちょっと調べてみた。
するとおもしろいことが分かった。

創設は昭和39年。この地が選ばれた理由はHPを見る限りでは分からなかったが、校舎の設計にはあの丹下健三が携わっていた。
学園には幼稚園から小学、中学、高校、大学とすべてそろっており、中学・高校は高2まで男子部と女子部に分かれているが、高3で合流するという奇妙は方式をとっている。
中学・高校は1学年1000人を超えるマンモス校なので、学力の差が大きいらしい。

創立7年目で甲子園に初出場・初優勝という偉業を成し遂げ、以来、甲子園出場は春5回、夏6回という実績を持つ。サッカーやラグビーも全国優勝の経験がある強豪校だ。
学業の方でも90年代には東大合格者数が100人を超えることもあり、「神奈川御三家」とまで言われたが、近年はなぜか10人前後に低迷している。

卒業生で有名なのは、何と言っても時の人、巨人の高橋由伸新監督だろう。
ほかには、アナウンサーの小倉淳、俳優の織田裕二に水嶋ヒロ、タレントの西川史子、アーティストのデーモン閣下、漫画家のやくみつるなど個性豊かな人材を輩出している。

バス停から神社の階段を登った。
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その名も「鐵神社」。「くろがね」と読ませるらしい。
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「由緒 沿革」を記した説明板には、「新編武蔵風土記稿」によると、天文年間(1533~1555年)の創建と伝わる、と書かれている。
当初は青木明神もしくは杉山明神と呼ばれていたが、明治初年に上鐵、中鐵、下鐵の3か村が合併して鐵村が成立したのを機に、神社名も「鐵神社」に改めたという。
なお、現在の本殿は昭和45年、鳥居は昭和49年に建立されたものだ。

境内には摂社が二つある。
ひとつは山倉山大六天王尊。
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もうひとつは瘡守稲荷。
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これは皮膚病の神様で、明治38年に鐵村の臼井太郎吉が、耳を病む五女ワカの治癒を稲荷に祈願するとたちまち快癒したので、ここに瘡守稲荷を請願して塔を建てたのだという。

さて、「鐵村」なる地名だが。
てっきり消滅した地名と思っていたら、「鉄町子供の遊び場」なる表示を見つけたので、調べてみた。
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なんと現役であった。
桐蔭学園の住所そのものが、横浜市青葉区鉄町であった。

この周辺はかつて鐵村であったが、1889年に周辺12か村と合併し、都筑郡中里村大字鐵となった。
その後、1939年に横浜市に編入され、鉄町と改称された。

その字面から、古代・中世の製鉄と関係のありそうな地名に思えるが、その関連を示す証拠は確認されていないという。
鎌倉時代には「黒金」と表記されていたことから、語源は「畔曲(くろがね)」で、畦道が曲がっているところという意味ではないかという説もある。
「柿生」といい、「鐵」といい、こんな郊外の住宅地にも、それなりの由来があって面白い。

参拝した後、横浜桐蔭大学の校舎の西側に回り込む。
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このあたりにはまだ猫の額ほどの畑がまだ残っていた。
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左手の竹林の中に踏み跡があるので、それを下る。
「くそしるな」という看板が目を引く。
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これは「くそするな」という意味だろうが、このあたりの方言では「す」と「し」が混同しているのだろうか。
むしろ、「くそひるな」が訛ったものと考えた方が「ひ」と「し」の混同で理解しやすいようにも思う。

竹林の中には古い墓がいくつもあった。
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下り切って舗装道路に出ると、すぐ先に宗英寺の鎮守堂がある。
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石段の脇に、「石坂供養塔」の石柱を見つけた。
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境内はイチョウの落ち葉でいっぱい。もうすっかり秋も深まってきた。
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お堂の手前には力石が安置されていた。
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「萬助力石」という。
昭和51年に建立された説明板によると、文化・文政のころ、当地の住人で「力萬助」と呼ばれた村谷萬助が多摩川河畔より五里の道のりを一人で背負って来て、ここに奉納した石だという。

石には「奉納上鐵三十六貫余」と刻まれているので、重さは約130kgということになる。
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脇から下りるとその宗英寺。
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ここには庚申塔ではなく、めずらしい庚申幢(こうしんどう)があった。
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幢とは、筒形の幕に経文を書いて仏殿の飾りにした旗のようなもので、これはそれの石造版。初めて見た。
製作は江戸時代で、四角柱の3面に「見ざる」「言わざる」「聞かざる」が浮き彫りされているので、庚申信仰に関わるものだと考えられている。

寺の右の細い道を登っていくと、車道は終わり、道は竹林へと入っていく。
その前に「鉄火松跡」という石碑があった。
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これについても帰宅後調べてみた。
こんな話が伝わっているという。

このあたりは鐵村と早野村の境界に位置する。
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かつて両者に争いごとが起こり、裁判に持ち込まれた。
殿様の裁きは「真っ赤に焼けた鉄の棒を長く持っていた方が正しい」というものだった。
先手の鐵村はすぐに放り投げ、後手の早野村はすこし時間が後だったので鉄棒は少し冷えており、早野村の勝ちだった。
この裁判が、ここにあった老木の下で行われたので「鉄火松」と呼ばれるようになったらしい。
また一説には、このあたりで賭場が開かれていたからとも言われる。
博徒のことを「テッカ師」と呼んだことにちなむらしい。
その松が昭和18~19年頃に枯れてしまい、22年1月4日に伐採されたとのこと。
1本の松を偲んで碑まで建てられるとは、よほど親しまれていたのだろう。

ここから竹林の中に入る。
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まわりはみな住宅地だが、なぜか、標高70mほどのこの稜線だけ開発を免れている。
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ものの5分で通り抜けて、出たところがもみの木台。
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丘陵地を切り開いてつくった新興住宅地である。

目指すはふるさと札幌にも同じ地名がある「すすき野」。
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由来はかつて、付近にすすきが多く見られたからだという。
「すすきの」の地名は札幌が有名だが、あちこちにあるようだ。
相模原にもある。すすきはとくに珍しい植物ではないから。すすき野も全国に多かったのだろう。

町名表示板を確認して、「すすき野二丁目」バス停から、12:59発の東急バスに乗る。
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1時間ほどの散歩だった。

行き先は、往路とは違い、東急田園都市線あずみ野駅。
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駅前の食堂でステーキランチ(850円)を食べ、大手町の会社に戻った。

(おわり)
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稲含山(下)

【2015年11月3日(火)】稲含山
秋畑稲含神社に参拝した。
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この先も岩と紅葉が織りなす自然の美を楽しみながら下っていく。
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かしいだ石祠を通過。
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二の鳥居に至る。
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そのすぐ下に、かすかな沢が流れていた。
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神の水と言うらしい。
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しばらく断崖の下をトラバース。
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あとは植林の中の平和な道。
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一の鳥居で尾根コースと合流した。
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すぐ先で林道と交差するが、来た道となるべく違う道を行きたいので、遠回りを承知で林道を歩く。
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思った以上に遠回りだったが、10分で登山口にたどり着いた。
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ここまで2時間20分ほど。短かったが見どころの多い山行だった。

さっそく靴を履き替えて、車に乗り込む。
ちょうど、そのタイミングでさっきの黄緑のおじさんが下りてきた。
尾根コースを来たのだろう。
そのまま林道を下っていくので、「あれだけ講釈を垂れるだけあって下から登ってきたんだな、さすが」と思ったら、このすぐ下にある神社の前に車を止めていたのだった。

この神社は「稲含大明神」。
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ここは甘楽町なので、こちら側の住民はここで参拝を済ませ、もう上の神社は朽ちるに任せているのかもしれない。

林道をゆっくりと下る。
途中、景色のいいところでストップ。
西御荷鉾山(1286m)が美しい。
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梅ノ木入の集落。
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西御荷鉾山の右に、オドケ山(1191m)と高岩山(1157m)が登場。
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稲含山(1370m)はあんなに小さくなった。
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「そばの里」の標識を見て左折。林道から離れる。
すごい傾斜の道だ。

登り切ったところが「そばの里」。
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市民が土地を借りてそばを植えているようだ。
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案山子が畑を見張ってくれていた。
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標高の高い開けた場所だけに眺望もいい。
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驚いたことに、季節外れのサクラが咲いていた。
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ちぃじがき(小さな石垣)。
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那須の集落はどこから見ても美しい。
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というわけで、谷底まで下りてきた。
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この先は、塩沢峠に向けて県道46号を登る。
すると対岸からも、那須集落を見渡すことができた。
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旧秋畑小学校那須分校。
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そばの里。
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全景。
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稲含山も見納めだ。
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峠道の途中にあった廃屋。用途不明。
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県道177号との分岐には大山祇神社が祀られていた。
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御荷鉾スーパー林道と合流すると、神流マウンテンラン&ウォークのコース表示が出てきた。
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開催は11月8日。同窓生の仲間が6人出場する予定だ。
下見と称して、西御荷鉾山の登山口まで行ってみた。

塩沢峠(1070m)からの眺めは素晴らしかった。
両神山(1723m)の見事なギザギザ。
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奥秩父の山並み。
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アップにすると、よく分かる。
左から、芋ノ木ドッケ(1946m)、雲取山(2017m)、三ツ山(1949m)、和名倉山(2036m)。
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スーパー林道。
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その開通記念碑。中曽根康弘の揮毫だ。
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西御荷鉾山登山口のレース案内標識を確認。
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そこから見た両神山。
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さて、時間ももう2時半を回った。お風呂だ。お風呂だ。
今日は、前回改修中で入れなかった、みかぼ高原荘の「湯ったり愛ランドみかぼの湯」に入る予定だ。
あれあれ、あの建物である。右上は塚山(954m)。
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と思ったら全然違って、これは「かんなゴルフ倶楽部」の直営ホテルだった。
しかも、ここは平成15年に破産宣告を受け、営業は終了していた。
遠目には分からなかったが、あれは廃墟なのだ。

ちなみに塚山の左奥には城峯山(1038m)。
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右奥には武甲山(1304m)が見えていた。
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(中央左奥)

すぐ正面には父不見山(1066m)も立ちはだかっていた。
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とにかく、私は「みかぼ高原荘」へと急ぐ。
途中、シカが4頭も道路にたむろしていて、びっくり。
もちろん向こうもびっくりしたらしく、森の中へ逃げて行きつつ、こちらの様子をうかがっていた。
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標識に従って、みかぼ高原荘への道を左折する。
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すると、なんと道にチェーンがかかっていて通行止め。
じぇじぇじぇ。どうなってるの?
帰宅して調べてみたら、神流町町営のこの宿泊施設は今年の4月から休業していたが、8月からNPO法人神流川スポーツクラブの運営により再開されたとある。
この日は休みだったのだろうか。
いずれにしろ日帰り入浴は取りやめているとのことなので、今後もここでのお風呂はありえないことになってしまった。

では、どこに入るか。
道路地図を見ると、土坂峠を越えた先に、「かおる鉱泉」というのがある。
ここも営業しているのかどうか分からないがとにかく行ってみよう。

土坂峠のトンネルを抜ける。
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脇に上杉宮。
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上吉田の旧道を抜けた先に「かおる鉱泉」はあった。
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まずは確認。「日帰り入浴やってますか?」。
「はい、大丈夫ですよ」「いくらですか」「650円です」
よし! やっとお風呂にありつけた。

そんなに広くはないが、もちろん私ひとり独占である。
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弱アルカリ性低張性冷鉱泉とのことで、とてもいい湯であった。
通称「たまごみず」と呼ばれ、明治初期に庭の井戸から湧き出たのだとか。

上がってから、御酒順にここの名前の由来を聞いてみた。
「先代が薫司という名前でね。そこから取ったんです。私で二代目。よく奥さんの名前でしょって言われます」と笑っていた。

4時過ぎに鉱泉を出て、あとは帰るだけ。
もう寄り道はせずに、車を走らせる。
しかし、秩父市街を抜けるのに、随分時間がかかってしまった。
国道140号を渡ることができず、20分くらいかかったかもしれない。
この先、入間市まではほぼ順調だったが、今度は所沢市内でまたまた大渋滞。
ぽつんと1日だけある休みだけに、近場に出かける人や外食の人が多かったもかもしれない。
ただ、ラジオで江守徹主演の「リア王」のドラマをやっていたので、それを最後まで聞けたのは渋滞さまさまだった。
7時に帰宅。
山にいる時間より、車に乗っている時間の方が3倍くらいあったが、休みの日を無為に過ごすことにならずよかった。

【行程】2015年11月3日(火)
神の池公園(10:55)~一ノ鳥居(11:05)~茂垣峠(11:10)~秋畑分岐(11:36)~稲含神社(11:42参拝11:46)~稲含山(11:48撮影・昼食12:23)~秋畑分岐(12:28)~秋畑稲含神社(12:38撮影12:42)~二ノ鳥居(12:53)~一ノ鳥居(13:04)~神の池公園(13:14)
※所要時間:2時間19分(歩行時間:1時間44分)
※登った山:1座(稲含山)
※歩行距離:3.2km
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稲含山(中)

【2015年11月3日(火)】稲含山
谷コースと合流して、あとは10分ほどの登り。
フェンスがおそらく雪のせいで倒れていたが、そもそもこのフェンスは無粋な気がする。
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しかし、ずっと上まで続いていた。
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初めて会った石仏。
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補修した箇所もあるが、わりと新しいもののように見える。
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北斜面のトラバースは結構、道が細いので要注意。
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赤鳥居から30分ほどで、頂上直下の稲含神社に着いた。
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今さらながら安全登山&下山を祈願。
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南西に御座山(おぐらやま、2112m)を望む。
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真西に荒船山(1423m)。
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気温は比較的高く10℃だった。
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では、山頂に向かう。
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クサリのいらない最後の登り。
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はい、頂上に到着。
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三角点はあちこち欠けていた。
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頂上に誰かがまだいることは予想されたが、なんと10人近くもいるので、がっかり。
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しかも、おじさんが2人、知識を披歴し合っている。
ほかの登山者がどっちかに質問したのが発端のようだが、三角点を巡って、かなり言い合いに近いような状態になったので、質問した登山者が「まあまあ」となだめるような始末。
稲含神社の神主さん(腕章をしていた)が「三角点の文字は必ず南に向いているんです」と説明したのが直接の引き金となった。
それに対し、黄緑色のヤッケを着たおじさんが「そんなことはない。南を向いていないのもたくさんある」と言い出し、神主さんは「それは一度抜かれて、置き直したものだ」「いや、そう簡単に抜けるものじゃない」「いや簡単に抜けますよ」と不毛な争いに。
うるさいなあと思いつつも苦笑しながら聞いていた。
三角点が南を向いているのは原則として、そうだということで、そうでないのも少なくないことは、自分も経験している。
南を向いていないものがある理由は様々だろう。土が流れてしまって、埋め直した時にあまり注意しなかったということもあるかもしれないし、そもそもそんなに厳格に守るべきことではなかったのかもしれない。
ただ、南向きにすることでコケの繁殖を防ぎ、標石の文字を風化から守るという意味はあったらしい。

とにかく、彼らは一等三角点の一辺は18cmだとか、この下には盤石が埋まっているとか、原三角点というのがあって、それは雲取山とか日本で3か所しか確認されていないとか、聞いてもいないことを競うように説明していた。
あの人も「へ~そうなんですか」とまじめに聞いていたが、実は辟易していたのではないか。

落ち着いてお昼を食べる気分にならないので、とにかく撮影に専念。
南は白鬚岩(1512m)。
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南東に赤久縄山(1522m)。
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東には西御荷鉾山(1286m)。
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ひるがえって、北東に鹿岳(1015m)。
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その奥には幾重にも山並みが連なる。
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八ヶ岳はあいにくの雲の中。
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北八ツはよく見えた。右端が蓼科山(2530m)。
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浅間山(2568m)もちょっと残念。
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眼下に秋畑那須の集落。
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美しい山村の風景だ。
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そのはるか向こうに、高崎と前橋の市街地が望める
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茶色い高層ビルは地上33階建ての群馬県庁。
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赤城山(1828m)。背後には日光の山々。
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関東平野。
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北には榛名山(1449m)。
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妙義山(1104m)と浅間隠山(1757m)。
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と360度撮影しても、講釈は止まらない。
この方位盤についても、山の名前や標高が違うと怒っている。
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右上の日向山などは誤りで、正しい「白鬚岩」がマジックで書かれている。
確かにこれはひどい。

神主さんが、何人かの連れ?とともに「神社で祝詞をあげましょう」と言って下りていったのを機に、少し静かになったので、こちらも腰を落ち着ける。
いやあ、うるさい山頂だわ。すっかり当てが外れた。
こんな「人気」の山だとは思わなかった。
やはり楽に登れるので、地元の人が気軽に来られるのだろう。
本日のメニューは、五目稲荷とまいたけ五目のおにぎり2つと野菜スープ。
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あら、よく見たら、二つとも五目だった。
でも、酢飯ともち米で、普通の御飯を知らず知らずに避けていた。
お湯は沸かして持ってきたので、今日は注ぐだけ。
結構、お腹が膨らんだ。

よくよく見ると、五丈石こそ見えないが、あれは金峰山(2595m)ではないか。
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座って、じっくり眺めていたら気が付いた。

すると、左奥は小川山(2418m)ということになる。
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黄緑のおじさんが話しかけてきたので、長くならない程度に応じたが、この時、「稲含神社の神主のやつ、知ったかぶりしやがって」云々とののしっていた。
まあ、どっちもどっちだと思いますが。

それはともかく、これはいけない。
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いくら誤記が多いとは言え、ここをテーブル代わりにしてはダメだ。
次に来る登山者が必ず見るものなのだから。
私が覗きこんだら、「すいません、よけます」と慌てていたが、そもそもここはみんなのために空けておかなくてはいけない。

本当は前々日の男山(1851m)の時のようにゆっくりしたかったが、長居は無用ということで下山することにした。
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しかし、車はあれだけしかなかったのに、どこからあんなに人が湧いてきたのだろう。
林道の鳥居峠に車を置いて登ってきた方々なのだろうか。

さっきの神社を通過。
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太い柵の道を下る。
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斜面はすでに一面落ち葉に覆われている。
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分岐は直進。谷コースに入る。
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日蔭の道をどんどん下る。
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こちら側は結構な断崖になっている。
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その中に石積みが見える。石仏でも安置されているのだろうか。
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確認はせずに通過。
あれは石仏を彫り出そうとしたのか、ただの崩落の跡なのか。
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後者のように思うが、それにしても石仏の粗彫りのように見える。

黄色い落ち葉が目立ってくると、秋畑稲含神社に着いた。
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同じ秋含神社だが、こちらは甘楽町側の人々のお詣りするところ。
さっきのは下仁田町側のものだ。

神社は断崖の下に鎮座している。
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下仁田側と違って、かなり荒れている。
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ほぼ管理されていない状態だ。
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下仁田側の氏子さんもこちらのことには口も手も出さないのだろう。
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かなり汚れていたが、おそらく甘楽町設置の案内板があった。
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これによると、稲含神社の祭神は豊稲田姫だそうだ。
これは下仁田の稲含神社と異なる。下仁田側の祭神・豊宇気姫は「古事記」に記された神様だが、豊稲田姫は記紀どちらにも出てこない。
ただ、地元那須の中野保家に写本(1505年)が保存されている「稲含大明神御縁起」には記されており、神社は安閑天皇の御代(530年頃)に創建されたという。
これまた、下仁田の方と若干異なる。
「御縁起」は、豊稲田姫はインドから日本に稲作と養蚕を伝えた人物で、この地で蚕を飼ったという伝説を伝えているとのこと。
稲をインドから持ち帰る際、どこに隠しても見つかってしまうことから、口に含んで持ってきたのだとか。
なんだ神様のくせに盗んできたわけね。
でも、やっと「稲含」の由来が分かった。
それにしても、そうなると、同じ稲含神社でもやはり古来より別個に継承されてきたということになるのだろうか。
さっきの一の鳥居は甘楽町にあり、山頂直下にある稲含神社の鳥居ではなかったわけだ。
なかなか複雑である。

(つづく)
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稲含山(上)

【2015年11月3日(火)】稲含山
前日の勤務でなんだか疲れてしまい、帰りの電車では「明日はどこにも行きたくない」モード急上昇。
何も準備をしないまま、どこに行くかなんてさらさら考えないまま眠ってしまった。
でも、朝起きてみたら、すこし元気になっていたし、天気もすこぶるよい。
これで出かけなければ、必ず後悔すると思い直し、行き先の検討を始めた。
こんなにいい天気なんだから、奥武蔵などではなく、もっと眺望のいいところに行きたい。
でもスタートは完全に遅くなってしまったので、コースタイムは短いところの方がいい。
というわけで、西上州の稲含山(1370m)に決めた。
360度の展望が得られるらしいし、コースタイムは往復でたった2時間ほど。
以前、赤久縄山(1522m)あたりを歩いた時、北西に見えた目立った山だ。
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朝食も済ませて、8時すぎに出発。
この時間になると市街地もかなり混んでいるが、まあ渋滞というほどでもなく、30分かからずに圏央道の入間ICに着いた。
しかし、ここで事件発生。
ETCゲートのバーが上がらず、急ブレーキをかけるも間に合わず、バーに接触してしまった。
ええっ、カードがきちんと挿入されてなかったのかな、と思って入れ直したが、それでもバーは上がらない。
職員が出てきて、開口一番、「カードが期限切れのようですが、新しいの届いていませんでしたか」。
あ~~~~っ、そうだ届いていた。
こんなに早く期限切れになるとは思わず、のんびりしていた。
仕方なく、今回は通常料金を支払う羽目に。とほほである。
まあ、気を取り直して、安全運転。

わりと雲は多いが、素晴らしい青空だ。榛名山(1449m)もくっきり見える。
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昨日の雨で浅間山(2568m)は冠雪しているかと思ったが、まだだった。
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今度は妙義山(1104m)が正面に。
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富岡ICで下りて、近くのセブンイレブンで昼食を調達。
新しくなったという上信電鉄の上州富岡駅に寄り道。
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評判が高いだけあって、これまでの駅舎の概念を超えた斬新な駅だった。
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でも、私は昔の駅の方が好きである。
上州富岡駅

以前、ゆっくり散策したことがある城下町小幡の町を抜け、県道46号をさかのぼる。
塩沢峠への山道に入る手前から右の林道に入るのだが、そこに「ちぃじがきの里 秋畑那須」の駐車場があったので小休止。
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「ちぃじがき」とは小さな石で積んだ石垣のことらしい。
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ここから稲含山と那須の山村集落の風景が見えるので押さえておく。
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トイレも済ませて、細いうねうねとした林道を登っていく。

多少寄り道したこともあり、結構時間を食った。
登山口に着いたのはもう10:50になっていた。
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先客の車は5台ほど。
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もう11時に近いので、すでに下山してきた人もいた。
まあ、登りに1時間なので、ちょうどお昼を山頂で食べられる。悪くないタイミングだ。
先行している方々もみな下山してしまうだろう。そう高をくくっていたが実は全然違ったのだった。

軽くストレッチをして、すぐに出発。
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この登山口のことを「神の池公園」というが、神の池って何のことだろうと思っていたら、登山口のすぐわきに池があった。
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何だ、これのことだったのか。湧き水なのだろうけど、いろんなものが浮いていて、あまりきれいには見えない。

まずは一の鳥居に向かう。
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大きく巻いている林道をショートカットするように道はのびている。
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樹林帯の中だが、雰囲気は明るい。
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紅葉もいい頃合いだ。
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7分ほどで林道と交差。
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再び登山道に入る。
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すぐに一の鳥居。
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素朴な丸太の鳥居である。

稲含神社の由緒が書かれた石碑があった。
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祀られているのは、豊宇気毘売神。欽明天皇元年(539年)の鎮座と伝わる。

ここが尾根コースと谷コースの分岐になっている。
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谷コースは復路に使うことにして、尾根コースを登る。
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すぐに鉄塔の下を通過。
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ちょっとしたこぶを越えると茂垣峠に至る。
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「ガイドブック等には鳥居峠とありますが誤りです。訂正してください 稲含神社」と書かれた張り紙が。
興味がわいたので、「山と高原地図」を見てみたら、ここのことではなく、林道稲含高倉線の峠のこととして「鳥居峠(茂垣峠)」と書いてあり、この場所の記述はなかった。
白山書房「西上州の山ベスト100ルート」では「茂垣峠(鳥居峠)」とあった。
この峠と林道の峠の名前が混同されているということなのだろうか。

それはともかく、林道の枝線がここまで通じているようで、軽トラが2台あった。
そのうちの少なくとも1台は登山者の車のようで、老夫婦が身支度をしていた。
挨拶をすると、「下からですか」と聞かれた。
「いや、神の池からです」と答えると、「私たちはこれからです」と少し申し訳なさげな様子。ここまで車で来られるとは知らなかった。

手書きのかわいい案内板。
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頂上まで1km50分とあるが、1kmならそんなにかからないだろう。
ここにも稲含神社による注意書きがあった。
「稲含山は古来より雷の発生する山として有名です。ゴロゴロと雷鳴が聞こえたら、すぐに下山するか、安全な場所に避難して下さい」
今日はさすがに心配ないだろう。

杖の用意もあった。
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神社はいろいろと親切である。

峠を振り返っておく。
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登り始めるとすぐ赤鳥居が見える。
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最初は広葉樹だが、すぐ針葉樹の森に。
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つづら折りの道を登る。
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岩と紅葉が目を楽しませてくれる。
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この先は延々と階段が続く。
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「褶曲 ての字に曲がっています」と書いてあるが、よく分からない。
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アセビのトンネルを抜ける。
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本当にいい季節だ。
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赤鳥居から10数分登ったところに休憩スポット。
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ここで右手が開けた。
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中央左は手前から大桁山(836m)、妙義山(金洞山)、鼻曲山(1655m)。
中央右は妙義山(相馬岳)、浅間隠山(1757m)。

中央左列のアップ。
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中央右列のアップ。
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真北には榛名山。
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浅間山は若干雲がかかってしまった。
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形が特徴的な荒船山(1423m)。
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左は物見山(1375m)、右手前は物語山(1019m)。
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大山(857m)と下仁田市街。
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この先も階段が続くが、クサリはあまり必要ない気もする。
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お、頂上はあれかな。
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ここで初めて下山者とすれ違った。
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小さなコルを過ぎると、北斜面に入る。
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間もなく、谷コースとの合流地点。
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また、神社の貼り紙。今度はペットを連れての登山禁止のお触れ。
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ここでまた2人組とすれ違う。いいぞ~どんどん下れ~!
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これで、あと車3台分の人しか上にはいないはずだ。

(つづく)
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天狗山・男山(5)

【2015年11月1日(日)】天狗山・男山
男山(1851m)から下山して、川上村のメインストリートを東に向かって歩いてきた。
舗装道路を1時間くらい歩いて、やっと大深山集落に入った。
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まだ体力的にはいくらでも歩けるのだが、時間がもったいなくなってきた。
大深山橋もしくは分岐まで歩きたかったが、ここで打ち切りにする。
このバス停のところでタクシーを呼んだ。
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車は5分ほどで来た。
山の格好をして、変なところで乗るもんだから、「道間違えましたか」と聞かれてしまった。
しばし運転手さんと雑談。聞くところによると、土日に乗せるのは登山者ばかりだという。
マイカーではなく鉄道利用で来る人も少なくないようだ。
やはり金峰山(2595m)や甲武信岳(2475m)が人気なので、廻目平や毛木平へ運ぶことが多いらしい。
運転手さんは金峰山(きんぷさん)のことを「きんぽうさん」と話していた。
長野県側ではそう呼ぶことは知っていたが、初めて耳で確認できた。

「山と高原地図」には、信濃川上駅から馬越峠まで「タクシー4000円」と書いてあったが、その半分くらいは歩いた気がしたので、料金は2000円くらいで済むかと期待したが、2780円もかかってしまった。
峠から天狗山(1882m)とは反対方向にある御陵山(おみはかやま、1822m)への登山口を確認し、峠の石碑・石仏にお別れして、愛車で再び大深山へ下る。
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少し下ったところから見る天狗山の雄姿。
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途中、大深山遺跡への分岐があったので、時間もあるし、行ってみた。
ここは20年以上前の長野在勤時代に訪ねたことがある。
復元住居自体がすでに遺跡化しつつあるようなところだった記憶があるが、なんだか明るくなっていた。
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それは、遺跡のすぐ近くにマレットゴルフ場ができていたからだった。
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その名も「川上村遺跡マレットゴルフ場」。管轄は村教育委員会というのが面白い。
使用料が100円(村民)というのもすごい。
管理人はいないようだが、どうやって徴収しているのだろう。

ただ、ゴルフ場と言っても、ほとんど木は伐採してせず、林の中の地面に芝生を張り付けた感じだ。
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何組かのお年寄りがプレーしていた。

さて、遺跡の方だが、昭和41年の史跡指定というからかなり古い。
ただ、この「縄文中期時代」という表記はかなり違和感がある。
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当時はそのような言い方をしたのだろうか。少なくとも今は「縄文時代中期」という。

こちらは住居跡。
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一楼?さんの句碑。
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久々に遺跡を見学した。

県道から馬越峠への分岐にある大きな馬頭尊。
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原集落の方に戻って、いよいよお風呂。
本日は、ヘルシーパークかわかみという福祉施設の中にある「ヘルシーの湯こでまり」。
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どうやら温泉ではなかったが、いいお湯であった。
登山者より地元のお年寄りの方が多かった。

湯から上がると、小腹が空いたので、食堂でここのオリジナルらしい「じゃがもちフランク」なるものを食す。180円。
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それほど美味しいものではなかったが、お腹は一応落ち着いた。

さて、時間も3時を過ぎた。あとは帰るのみだ。
でも、ちょこちょこと寄り道したり、車を止めて撮影したり。
こちらは川上村役場。
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地元出身の宇宙飛行士・油井亀美也さんがソユーズ宇宙船の搭乗員に決まったことを喜ぶ横断幕が掲げられていた。
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あとは風景を眺めながら、ゆっくり走る。
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三国峠の先の中津川林道は、さっきのタクシーの運転手も言っていたが、通行可能なようだ。
ありがたい。なるべく高速の渋滞は避けて帰りたいのだ。
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この「天然水晶洞 湯沼鉱泉」は甲武信ヶ岳に登る前夜に泊まった宿だ。
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実に変わったところだった。

正面に見えてきたのは五郎山(2132m)。これにもいずれ登ろう。
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梓山地区にある登山者に知られた白木屋旅館。
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最近建て替えたのだろうか。随分新しい。

向かいには廃業した土佐屋食堂。
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その隣に「地平天成」の石碑。
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世の中が平穏で、天地が治まっていることを言う。年号の「平成」の語源である。

三国峠への登りにかかると、左手に天狗山のシルエットが見えた。
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天狗というより海坊主のようである。

さらに登ると、右手に十文字峠に通じる稜線にあるピーク悪石(あくいし、1850m)。
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気持ちのいいカラマツ林の中を進む。
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久々の三国峠(1730m)。
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ここは大学2年のGWに秩父側から自転車で来たことがある。
その後は10年ほど前に車で来た。今回で3回目だ。

ここはオフロードのライダーが多い峠で、川上村の標識には無数のステッカーが貼られていた。
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峠から信州方面の眺め。遠くに八ヶ岳。
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こちらは十文字峠を経て、甲武信岳に通じる道。
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峠は切通しになっていた。
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埼玉側にはトイレがあり、その脇が三国山(1834m)への登山口。
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峠の標識は埼玉側にあった。
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その向こうに両神山(1723m)。
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トイレの格子窓の隙間からみた秩父の山々。
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中央右奥の薄いピラミッドはたぶん武甲山(1304m)。

ダートは18km続くようだ。
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まだ4時なので、暗くなる前に下り切ることができるだろう。
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これは夜間通行止めのゲートだろうか。
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でもわざわざ毎日閉めにくるのも面倒だろうし、閉めてしまうと走っているうちに6時を過ぎてしまった車は出られなくなる。
たぶん、「夜間通行禁止」とはいえ封鎖はしていないのだろう。

林道は言うほどの悪路ではない。
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ただ、切り立った崖に開いた道だけに、運転には慎重を要す。
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奥秩父林道との立体交差。
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一応そちらは通行止め。
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奥秩父の山々もだいぶ薄暗くなってきた。
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沢沿いの平和な道を進むと、素掘りのトンネル。
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市道大滝幹線17号線2号トンネルだそうだ。ここは秩父市である。
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大山沢林道も通行止め。紅葉がきれい。
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激しく屈曲する中津川。
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中津川渓谷キャンプ場のあたりで、のろい車の後ろについてしまったが、まもなく県道210号に出たので助かった。
快調に飛ばし、奥秩父みどり湖まで来たが、ループ橋の大滝大橋で工事信号渋滞。
これの通過に10分ほど。
この先も秩父市街に入るまで、断続的な渋滞があり、結構時間を食った。

秩父市街の踏切渋滞が激しかったので、沿道の中華料理屋で夕食を食べていくことにした。
ラーメンセットが850円。台湾ラーメンと麻婆丼の組み合わせにした。
中国人の店員に麻婆丼のライスは半分にしてと頼んだのに、よく意味が分からなかったらしく、そのまま出てきてしまった。
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こんなに食べ切れないので、麺と御飯を少し残してしまった。

相変わらずの渋滞を我慢して抜けて、国道299号は順調だった。
帰宅は9時前。かなり時間がかかったが、今回は本当に天気に恵まれ、久々に中津川林道も走れたので、いい山旅になった。

【行程】2015年11月1日(日)
馬越峠(8:00)~天狗山(8:53撮影9:04)~天狗山下(9:18)~垣越山(9:44)~男山(10:33撮影・昼食11:19)~林道終点(11:36)~御所平(12:23)~大深山(13:28)
※所要時間:5時間28分(歩行時間:4時間28分)
※登った山:3座(うち新規2座:垣越山、男山)
※歩行距離:11.1km

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天狗山・男山(4)

【2015年11月1日(日)】天狗山・男山
男山(1851m)の頂上で360度の大パノラマを楽しんでいる。
眼下に信濃川上駅が見えた。
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そういえば、駅からも男山の山頂が見えたっけ。

北西方面。臨幸峠のある稜線の向こうに、北アルプスと浅間山(2568m)。
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散々、写し倒してから、南アルプスと富士山を望む場所に座り込んで、かなり早いが昼食にする。
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本日は野菜のみそ汁とおにぎり2個。
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風もそれほど強くなく、実に穏やか。
ウインドシェルを着る必要もなかった。
出発時に見かけた赤いおじさんとはさっき折り返してすれ違っているので、ここにはもう誰もいない。
ひとりの山頂というのは、本当に至福の時間だ。
この雄大な展望を心行くまで味わった。

ありがとう男山くん。
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天狗山くんもありがとう。
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さらばじゃ。
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ついでに愛機もありがとう。
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というわけで頂上直下の分岐まで下りてきた。
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この先は手挽坂と呼ばれる急坂。
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ちょっと下ったところで、半袖姿の単独男性が登ってきた。
その姿を見て、「今日は暖かいですね~」と声をかけると、「もう暑いくらいなので、脱いじゃいました」と答えて、登っていった。

ここは標高差で200mほど一気に下らなくてはならない。
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走るように下って、あっという間に林道終点に出た。
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1km下ってきたようだ。
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廃道と化した林道を軽快に下っていく。
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道はうねうねと曲がって、随分遠回りしているので、適当なところでショートカットしてみた。
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しかし降り立った道は、さっきまでの道と雰囲気が何となく違う。
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新しく切り開かれたばかりのような気がするのだ。
ちょっとおかしいなと思いつつ、50mほど歩くと、左手に別の道が見えるではないか。
ありゃりゃ、わざわざ変なところでショートカットしてしまったようだ。
どうせ、この道はさっきの本道から枝分かれした道だろうから、踵を返して、あちらの道に向かう。
その時、事件が起きた。
昨日から、腸の動きが活発で、歩きながら何度もガスをかましていたのだが、この時も調子にのって勢いよく出したら、なんかぬるっとした感覚が。
やばっ。身が出た。
当然、人通りなどないので、その場でズボンを下ろして確認する。
ああ、やっぱり。
最悪なことに、この日はティッシュを忘れてきていた。
仕方なく、いつも花粉症用鼻かみに使っているハンドタオルを使用。
パンツとお尻を拭いて、汚れていない面を表にして○門にあててパンツを上げ、何事もなかったように歩き出す。
おむつをしているみたいで、ちょっと気持ちいい。

本道に出た。枝分かれした道には、丸太で通せんぼがしてあった。
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もうショートカットはやめて、素直に道に従うことにする。
何が起こるか分からない。

振り向けば、男山の頂上が顔を出していた。
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もう少し下ると、山頂西側の岩峰も見えてきた。
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天狗山から眺めると丸い双耳峰なので、女性的だったのだが、こうしてみると、なかなか男らしい山だ。
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ススキの生い茂った道を抜け、どんどん下る。
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道はとくに崩壊したところなどなく、入口にゲートさえなければ、林道終点まで車で行けそうだ。
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ここまで下ってくると、紅葉も見ごろだ。
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しかし、再び問題が生じた。
さっきのおもらしが刺激になったのか、また催してきてしまった。
適地を探しながらしばらく歩く。
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しかし、見通しがよすぎて、安心してできる物陰がなかなかない。
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もう耐えられなくなったので、意を決して、道端でする。
そういえば今朝、信濃川上駅のトイレに入った時、備え付けのペーパーがなかった時に備えて、車の中のティッシュボックスから4~5枚抜き取って、ダウンのポッケに入れておいたのがあったんだった。
思い出してよかった。
ふ~。何度も下ネタですいません。

これで憂いは消えたはず。あとは黙々と下るのみ。
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再び男山の雄姿。角度によって、随分容姿が変わる。
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小さな切通しの峠を越えると、道はつづら折りになる。
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道がいいので、多少のトレランも交えた。
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コースタイム1時間半のところ、緊急停止タイムも含め1時間で下りてきた。
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このゲートは鍵もかかっていないし、車両通行止めの表示もない。
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その気があれば頂上の1km下まで車で行けるわけだ。

ここから舗装道路を歩く。
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どうせ車が置いてある馬越峠まで歩くつもりはないのだから、ここでタクシーを呼んでしまえばいいのだが、ちょっと川上村のメインストリートを歩いてみたいし、距離をかせいでタクシー代も節約したい。
馬越峠の登り口である大深山集落を目指して歩くことにした。

ふもとからも瑞牆山(2230m)が見えて、びっくり。
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千曲川越しに信濃川上駅前が見える。
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紅葉も見事。
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沿道には立派な墓が並ぶ。沖縄の亀甲墓のようなものも。
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斜面の上の方にあるのは、江戸時代の供養塔だろうか。
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川上村御所平水防倉庫を通過して、その名も男橋を渡る。昭和35年竣工。
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橋からの眺めも素晴らしい。
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橋を渡ると県道に出る。左折して三国峠方面に向かう。
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やはり廃業した店もちらほら散見される。
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最初の集落は御所平下宿。
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川上村は今でこそ高原野菜の一大産地だが、かつては十文字峠を越える秩父往還の宿場町だった。
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だから古い家も少なくない。
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街道に面している古い家は昭和20~30年代のものだろうか。
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中宿のたたずまい。
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坂下から森下あたり。
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里から見上げる男山。
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原集落に入ると、住吉神社があった。
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村の鎮守だろうか、かなり立派な杉並木の参道がある。
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かつての石畳も残っていた。
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二ノ鳥居をくぐって、本殿にたどりつくまで、いくつも関門がある。
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無事下山のお礼をした。
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境内の脇から県道に出ると、正面に男山が見えた。
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大深山方向に少し歩くと、赤顔山(1598m)と天狗山が(1882m)が顔を出してきた。
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西畑地区の廃業した商店や食堂。
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橋近くの食堂。こちらは現役。
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川上村立第一小学校から眺めた天狗山。
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そして赤顔山。
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西を振り返ると、八ヶ岳が遠望できた。
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読めない石碑。
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道端に神明宮があった。
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(つづく)
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天狗山・男山(3)

【2015年11月1日(日)】天狗山・男山
天狗山(1882m)を下り、男山(1851m)に向かって縦走中。
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下りにもロープ。
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途中、北麓・南相木村の立原高原に下る道があった。ここが最低鞍部。
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「山と高原地図」に破線で記載されている道だ。

分岐近くにはこんな看板があった。
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引率者のいない小学生が対象なら、こんな漢字や言い回しでは分からないのはないか。
「御遠慮下さい」って、読めますか?

天狗山のドームを振り返る。
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ここが、黒いおじさんが赤いおじさんとすれ違ったと言っていた、1.2km地点。
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随分、先行されてしまったものだ。

なだらかで気持ちのいい稜線歩きがしばし続く。
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さて、登り返しの始まり。
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傾斜はそれほどでもないが、そこそこきつい。
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おお、瑞牆山(2230m)の右に富士山が姿を現した。
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さっき黒いおじさんに、この先で富士山が見えるかと聞いたら、「いいアングルで見えますよ。鉄塔が邪魔だけど」と話していたが、これのことだ。

登り切ったピークに小さな山名板があった。
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「垣」と「山」は分かるが、真ん中の文字が判読できない。
ひとつ「登った山」を得した気分だが、改めて役場にでも名前を聞かなくては。
そんなことを考えながら歩いていたが、帰宅して「山と高原地図」を見てみたら、「垣越山」とちゃんと書いてあった。標高は1797m。
やはり地図は忘れてはいけない。

背後には依然、天狗山が威容を誇っている。
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この先は岩場続き。
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岩の上を歩いていくので、眺望もいい。
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富士山の前にある鉄塔もだいぶズレてくれた。
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カワカミバレーCCを見下ろす。
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悔しいけどカラマツの林が実に美しい。
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左から、小川山(2418m)、金峰山(2595m)、瑞牆山、富士山。
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左後方は奥秩父。中央が甲武信ヶ岳(2475m)。
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信州峠(1480m)の向こうに金ヶ岳(1764m)。中央左の突起は曲岳(1642m)。
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おあつらえ向きの岩の展望台であった。
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だいぶ男山が近づいてきた。
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でも、その前にもう一つピークがあった。
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岩の稜線を慎重に進む。
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おお、振り返ると、天狗山がまさに天狗のような姿でそびえている。
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右に傾いているように見えるのは気のせいか。
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千曲川の谷から奥秩父方面を一望する。
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正面に赤岳(2899m)と横岳(2829m)。
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天からロープがぶら下がっている。蜘蛛の糸のようで怖い。
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何度も振り返る。左手前はさっき越えた垣越山。
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御座山(おぐらやま、2112m)の印象はあまり変わらない。
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このピークにも名前があるとうれしいのだが。
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左手の金峰山に目をやると、五丈石のすぐ下に光っているものが見える。
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金峰山小屋だろう。

ピークを越えたが、山名板は残念ながらなかった。
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また次のピークが現れた、
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しかし、今度は北側を巻いていく。
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北斜面はコケの楽園と化している。
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巻き終わってコルに出ると、左手に八ヶ岳の裾野が広がった。
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手前の橋は、千曲川の支流西川にかかる川上大橋。

またまたロープ。
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ロープ場を登ると、飯盛山(1653m)の向こうに南アルプスが展開している。
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続いて、双耳峰である男山の手前のピークに取り付く。
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こちらは何のこともなく通過。
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いよいよ頂上への最後の登り、というところに道標があった。
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なになに、男山まで0.6km?

そんなバカなと思う暇もなく、誰かが訂正してあった。
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「6」を消して、「すぐです」と手書きしてあった。

どうしてこんなことになったのか。
さっきの標識は、「天狗山へ1.2km、男山へも1.2km」だった。
今回のは「天狗山へ1.8km、男山へ0.6km」だから、両者の距離は2.4kmということでは一致している。
しかし、地図ロイドでの計測では2.1kmしかない。
誤差にしては大きすぎるし、なぜこの頂上直下に平気で、「男山へ0.6km」を立てたのか理解に苦しむ。
設置者は川上村だろうか。一刻も早い修正を求めるものである。

それはともかく、ここが御所平への分岐になっていた。
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てっきり、男山の向こう側に下りるのだと思っていたが、こっち側だったのか。
地図を忘れてきているので、確かめようがない。
(「山と高原地図」には「下降点は山頂から50m戻る」とあった)
それよりもコースタイム。「山の高原地図」では男山から信濃川上駅まで2時間と書いてあった記憶がある。
それが1時間半なら、非常にうれしい。
ただ、これには御所平の登山口から駅までの時間は含まれていないはずだ。

それと「天狗山まで2時間半」とあるが、私は天狗山からここまで1時間半かかっていない。
「山と高原地図」のコースタイムも2時間だし、我ながらなかなか調子がいい。

最後の登りはあっという間だった。
10時半すぎに登頂。頂上はわりと広かった。
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恒例の360度パノラマ。
まずは東に天狗山。
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奥秩父。
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左から国師ヶ岳(2592m)、小川山、金峰山。
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ガマガエルのような瑞牆山。
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富士山もここからだとすっきり見える。
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信州峠に通じる黒沢川の谷。
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正面の三角の山は女山(1734m)。背後に横尾山(1818m)。
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男女の山が対になっているのは、筑波山(男体山と女体山)、男体山&女峰山などの例があるが、わりとめずらしい。

野辺山高原。これまた絶景である。
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八ヶ岳の広大な裾野。
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平坦地は見事に開墾されている。
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段々畑。
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八ヶ岳の北の方の裾野もみんなカラマツに覆われていることが分かる。
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北には浅間山(2568m)。
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佐久の山並み。
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おなじみの御座山。
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妙高山方面には雲がかかってきた。
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白馬連峰はすっかり雲に隠れてしまった。
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立山・剱は健在。
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西の稜線はご覧の通りの岩峰でとても道などなかった。
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帰りは、さっきの道でいいようだ。

(つづく)
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天狗山・男山(2)

【2015年11月1日(日)】天狗山・男山
天狗山(1882m)手前のピークを巻き、展望のいい尾根に出た。
右前方に北八ツの峰々。
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右から蓼科山(2530m)、北横岳(2480m)、縞枯山(2403m)、茶臼山(2384m)。

1683mピークの向こうに北アルプス。
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その間を八ヶ岳の長い裾野を引いている。

その左には、針ノ木岳(2821m)の向こうに剱岳(右、2999m)と立山(左、3015m)。
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正面にこれから登る天狗山。この角度から見ると、やけにずんぐりしている。
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岩もほとんど見えない。

やはり今朝は冷え込んだらしく、落ち葉に霜が降りていた。
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日なたはぽかぽかだが、日蔭はまだ気温が上がっていない。

思い出した。この岩だ。
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娘のお尻を押して、登った岩は。
記憶にあるより、それほど危険な場所でなかった。
それはそうだ。クサリを使わないといけないところだったら登らせられなかっただろう。
しかし、ここまでの道もかなり険しい。
よく4歳の女の子が登ったし、よく連れて行ったと思う。
今の私なら、ここは選ばなかっただろう。本当に無知は怖い。

この岩の上からの展望も素晴らしい。
眼下には南相木村の立原高原自然公園。
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相木川に沿って連なる南相木村の集落。
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御座山(おぐらやま、2112m)から東の稜線。
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振り返れば、今巻いてきたピーク。
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この岩を今度はロープで下る。
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ここも娘を下らせたんだなあ。

しばしトラバース。
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再び奥秩父方面。
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その最奥部は同定しにくいが、おそらく左から三宝山(2483m)、甲武信ヶ岳(2475m)
木賊山(2469m)、水師(2396m)、富士見(2373m)だろう。
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再びロープ場。
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ここをクリアすると、千曲川沿いの谷が一望できた。
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そして御陵山(おみはかやま、1822m)を見下ろす位置まで来た。
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大蛇倉山(1962m)と南相木ダム。
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ナイフリッジを行く。
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続いて、さらに急峻な岩場を登る。
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新しいロープがたくさん設置されていて、随分整備が進んだ気がする。
でも、ほとんどロープは使わなくて済んだ。

昭和40年代の看板だろうか。
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当時のセンスはなかなか興味深い。

御陵山への稜線も全容を現した。
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東に上信国境の山々。
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最後のロープ場をよじ登ると、ふいに頂上が見えた。
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まだ9時前だから、1時間かからずに登頂できた。
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まずはだぶり承知で360度の大パノラマを堪能しよう。
東から。
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北東は御座山。
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北に浅間山(2568m)。
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北西に遠く北アルプス。
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西には男山(1851m)と八ヶ岳。
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南西には南アルプス。
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ここまで見たところで、すこし近場を確認。
これから登る男山。
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双耳峰だが奥の方が頂上だ。
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名峰をアップで見ていく。
草津白根山(2171m)。左のなだらかな稜線は横手山(2307m)。
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浅間山。右が頂上。中央は前掛山(2524m)、左が黒斑山(2404m)。
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篭ノ登山(2228m)から湯ノ丸山(2101m)にかけて。
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妙高山(2454m)やら高妻山(2353m)やら。
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中央に白く尖っているのは白馬鑓ヶ岳(2903m)、その右の黒い尖塔は白馬岳(2932m)。
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中央左に鹿島槍(2889m)。
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立山・剱。
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北八ツ。
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八ヶ岳の中山(2496m)。右の小さな突起はニュウ(2352m)。
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右のごつごつが東天狗、その左に根石岳(2603m)。
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硫黄岳(右、2742m)と横岳(左、2829m)。
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横岳と赤岳(2899m)。
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赤岳と権現岳(2715m)。赤岳から東に延びる県界尾根と真教寺尾根がよく分かる。
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権現岳と三ツ頭(2580m)。
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八ヶ岳の広大な裾野。
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奥に中央アルプス。
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甲斐駒(左、2967m)と鋸岳(右、2685m)。
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北岳(3193m)と間ノ岳(3190m)。
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南から見た山頂の標識。かなり新しい。
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ケルンのわきにたたずむ石の祠。
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パシャパシャ写真を撮っていると、男山の方から単独の男性が登ってきた。
「御所平から登ってきたんですか」と聞くと、「いえ馬越峠から。もう男山まで行ってきました」とのこと。ピストンのようだ。
それは早い。峠に車を止めていたもう一人の方だろう。
「もう1人と会いませんでしたか」
「ええ、赤い人ね。ちょうど男山まで1.2kmの標識のところですれ違いました」
ちょっと雑談になった。小諸の方らしい。
この日、ふもとの立岩湖で釣りの大会があるとのことで、帰りに寄ろうと思っていると話していた。
シナノユキマスという魚が釣れるそうで、釣りキチ三平杯だとかどうとか。
釣りはほとんど分からないもので。

おじさんはさくっと馬越峠方面に下って行った。
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私もそろそろ出発する。
少し下ると、左手にゴルフ場が見えてきた。
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カワカミバレーカントリークラブだ。

原の集落と信州峠方面。
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北斜面に切られた新しい林道。まだ木の伐採をするのだろうか。
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日蔭の松には霜が降りたまま。
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立原高原。
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お、あれは五丈石。金峰山(2595m)も小川山(2418m)の陰から見えてきた。
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瑞牆山(2230m)のシルエットもかっこいい。
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頂上から150mほど一気に下る。
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今シーズン初めて見た霜柱。
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これだけ木を切っているのに、ゴルフ場が美しく見えてしまう。
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下りが一段落したところで、この標識。なんだかあか抜けている。
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大深山遺跡と書いた道標が倒れていた。
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かつては直接行く道があったのかもしれないが、たぶんもう廃道だろう。

振り返ると。下ってきた天狗山の絶壁が見えた。
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(つづく)
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天狗山・男山(1)

【2015年11月1日(日)】天狗山・男山
天狗山(1770m)と男山(1751m)に登ることにしたのは、それほど深い理由があるわけではない。
この週末は、土曜日にO君と日向山(1660m)に日帰りで登るだけのつもりだったのだが、金曜日になって改めて天気予報を見ると、日曜日も日本列島は高気圧に覆われ、広く晴れる見込みであることが分かった。
それならもったいないので、日曜日も歩くことにした。
日向山からそんなに遠くはなく、しかも山域の異なるところということで、八ヶ岳方面にした。
天狗と男山はつい最近、ちょっと調べてあったので、ささっとそこに決めてしまった。
宿は野辺山で取ることにして、ネットで予約した。温泉ではないが、どうせ日向山から下りた後に日帰り温泉に入るのだから関係ない。
最も安いのが、「野辺山リゾートイン黒岩荘」で素泊まり6500円だった。

その宿で、朝5時半に目が覚めた。
まだ夜明け前だが、天気を見ようと、カーテンを開けてみて、びっくり。
なんと正面に八ヶ岳が見えるではないか。
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しかも、赤岳(2899m)の山頂には山小屋の灯りらしきものが光っている。
カメラを車内に置きっぱなしにしてきたのは失敗だった。

出発の準備を整えつつ、日の出を待つ。
そして6時過ぎ、見事なモルゲンロートを見ることができた。
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里から、こんな絶景を見ることができるのだから、野辺山はすごい。

リハビリも終えて、6時半すぎにチェックアウト。
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この日はこの冬一番の冷え込みだったらしく、愛車はこの有り様。
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昨夜、国道に表示されていた気温は4℃だったから、今朝はマイナス2℃か3℃くらいまで下がったのではないか。
とにかくエンジンをかけて、中からも温めながら、氷を削り落としていく。
これが意外に固く、車全体の氷を落とすのに10分以上かかった。
上半身が筋肉痛になりそうだ。

ようやく出発できたのは7時前。
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まずは日本最高所にある駅、野辺山駅に立ち寄る。
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1345.67mだそうだ。
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すぐ横には「喜峰ヶ丘公園」。「希望」と掛けているのだろう。
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駅前通りは真正面に八ヶ岳。これまたかっこいい。
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南牧村のマンホールも八ヶ岳だった。
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昨日も寄ったセブンイレブンで昼食を調達。
今日もガスストーブがあるので、豚汁を買った。あとはおにぎり2つ。
この店はこんな田舎の休日の早朝なのに、かなり混んでいて、随分待たされた。

川上村の登山口に向かう。
途中から、男山(左)と天狗山(右)が一望できる場所があった。
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今日はこれを縦走するわけだ。

おっと、今朝ホテルでちゃんとしたのに、また催してきた。
信濃川上駅へ急ぐ。
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ふう、何とか間に合った。

駅前にあったレトロな店は取り壊され、更地になっていた。
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ありし日のゆくみや商店。
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駅前商店はもはや、ハッピードリンクショップに成り下がった、この成田屋だけになってしまった。
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おお、あそこに岩峰を覗かせているのは男山ではないか。
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「千くまあがた川上郷は川原も山たかはらも月見ぐさの国」
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佐々木信綱の歌碑を確認して出発。

県道を西上していると、左手にりりしい岩壁が見えてきた。
これは見逃せないと、車を大深山橋のたもとに止めて撮影。
天狗山(右)。
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天狗山と男山の間にある赤顔(あかづら)山(1598m)。
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千曲川の東には八ヶ岳が立ちはだかる。
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中央が赤岳、右が横岳(2829m)、左が権現岳(2715m)だ。

赤岳と横岳をアップにしてみた。
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こちらは三ツ頭(左、2580m)と権現岳(中央右)、旭岳(右、2672m)。
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橋には川上犬のレリーフ。
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秩父山塊のヤマイヌを地元の猟師が飼いならした貴重な犬だそうだ。

マンホールにも川上犬がデザインされていた。
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県道から馬越峠に向かうみちみち、もう一度車を止めて天狗山を撮影。
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何度見ても見事な岩山だ。
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実は、20年近く前、家族で天狗山に登ったことがある。
息子は8歳、娘は4歳だった。
あんな山を登らせるとは、無知とは恐ろしいものである。
娘のお尻を押して岩場を登った記憶だけあるが、頂上の風景とかの記憶はない。
帰宅して調べてみたら、1996年11月4日。ちょうど今頃の季節だった。

8時前に馬越峠に到着。
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あちこち寄り道したり、写真を撮ったりしているうちに1時間もかかってしまった。
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峠には道路の開通記念碑と石仏。そしてほんの小さな慰霊碑。
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ここは南相木村との境なので、そちら側も覗いてみる。
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すると、こずえの間から白く冠雪した白馬三山が見えた。今日は期待できそうだ。
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峠の駐車スペースにはすでに2台車が止まっており、1人がちょうど出発するところだった。
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当方は念入りにストレッチをして、彼より10分ほど遅れて出発。
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いきなりの急登だ。
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もうすっかり葉が落ちている。早くも冬枯れの季節がやってきたようだ。
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ひと登りで尾根に出る。
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木立を透かして、背後には御陵山(おみはかやま、1823m)が見える。
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右手には御座山(おぐらやま、2112m)。
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しばらく、ゆるやかに登る。
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左手に瑞牆山(2230m)が見えてきた。
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左のもったりした山は小川山(2418m)
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今度は右手の開けた場所に出た。
正面に御座山。
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その左奥に浅間山(2568m)。
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その左に篭ノ登山(2227m)、湯ノ丸山(2101m)、烏帽子岳(2066m)が並ぶ。
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さらに左に目を移すと、妙高山(2454m)、火打山(2462m)、焼山(2400m)、高妻山(2353m)が一望。
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さらには白馬三山。
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そして唐松岳(2696m)、五竜岳(2814m)、鹿島槍(2889m)、爺ヶ岳(2670m)。
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見逃すところだったが、浅間山の右裾には、草津白根山(2171m)がたたずんでいた。
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左手を見やれば、鳳凰三山の奥に北岳(3193m)と間ノ岳(3190m)まで見える。
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その左はちゃんと特定できないが、南アルプスの南部の山々。
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その手前は横尾山(1818m)。
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もう笑ってしまうほどの眺望だ。

十分堪能したところで、矢印に沿って進む。
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いったん、尾根の北側に回り込む。暗いシャクナゲの道だ。
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再び、尾根に出ると、眼前に天狗山がどど~んと姿を現した。
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その右上の空に月が浮かぶ。
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周辺の山々のひだもくっきり見える。
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眼下には川上村の高原野菜畑。当然もう収穫は終わっている。
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大深山の集落。
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瑞牆山も随分と目立つようになってきた。
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その右には金ヶ岳(1764m)。
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左はハタクボ頭(1960m)の向こうに国師ヶ岳(2592m)。
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まったくキリがない。

(つづく)
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日向山(4)

【2015年10月31日(土)】日向山
日向山(1660m)の山頂で30分ほど休んで出発。
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しばし背丈の低いササが生い茂る頂上台地の上を進む。
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山頂から200mほど離れた場所にある三角点に立ち寄った。
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この三角点の標高は1659.6m。頂上は1660mなのでほぼ同じ高さだ。
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このあたりが真の山頂かな。
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ササの上はカラマツ林。
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もうお昼を過ぎたが、まだまだ下からどんどん登ってくる。
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すぐ先に雨量計があった。
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ここが9合目、あっという間に1合分進んでしまった。
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かなり早く矢立石に着きそうだ。

しばらくだらだら下った後、ようやく傾斜が出てきた。
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人気の山だけあって、かなり登山道がえぐれている。
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前方には、楽しそうにおしゃべりしながら歩いている女子3人組。
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ザックは都会風だが、足元はしっかりした靴を履いていた。

それにしても、驚くほど次から次へと登ってくる。
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結局、われわれが矢立石に着いた頃、つまり1時半ごろから登る人もいて、びっくり。
往復2時間半だから、それでも明るいうちに下りて来られるわけだが。

4合目と3合目の間にぽつんと石仏。沿道では唯一だった。
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3合目を通過。
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終盤になって、かなり傾斜がなだらかになってきた。
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林相もカラマツが終わって、広葉樹。
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これが矢立石かな、って思ったが、何の標識もなかったので違うのだろう。
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登山口近くに、炭焼き窯を発見。かなり保存状態はいい。
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ちょうど1時間で、矢立石登山口に到着した。
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やはり、うわさ通り駐車場は満車。
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路駐も激しい。
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ここから尾白川渓谷の駐車場まで、さらに40分下る。
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今度はかなりの急坂だ。
下り始めて気づいたが、「あれ、矢立石って、あった?」
おそらく、さっきのところから少し林道を下ったところにあったのかもしれない。
空身の女性2人が林道を登ってきたのを見た時に、ピンとくるべきだった。
さすがに戻る気にはならないので、そのまま下降する。

いったん林道に出て、100mほど歩く。
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またすぐに登山道へ。
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こちらにも立派な炭焼き窯が残っていた。
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いくつかの巨石をかすめて、高度を下げていく。
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35分ほどで、尾白川登山口まで下りてきた。
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この先は、今朝通った道を5分ほど歩く。
右手には、往路では気づかなかった巨大な砂防ダムのような岩壁が見えた。
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で、とうちゃこ。車はやはり朝より増えている。
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売店が開いていたので、ちょっとひやかし。
のつもりだったが、日向山のバッジがあったので買ってしまった。650円もした。

それぞれの車で、すぐ近くにある尾白の湯に向かう。
その時に気付いたのだが、第2駐車場に大型バスが4~5台止まっていた。
いわゆる団体さんは日向山の方には来ていなかったが、渓谷の方に行ったのだろうか。
翌日、O君からメッセージが来て、びっくり。
なんと、この日、尾白川渓谷で転落事故があり、千葉県の女性(69)が亡くなったそうだ。NHKのローカルニュースで放送されたらしい。
事故が起きたのは午後2時過ぎというから、ちょうど我々が駐車場に着いた頃。
それにしても、200人の団体があの渓谷道を歩いていたというから、さらに驚いた。
あんなすれ違いもできないような狭い登山道に、百人単位のハイカーを送り込むとは、常識はずれも甚だしい。そんなツアーを組んだ旅行会社の責任も重大だ。

そんなこととはつゆ知らず、我々は白州・尾白の森名水公園の中にある「尾白の湯」へ。
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ここは日本最高級の「超高濃度」温泉だそうだ。
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とくに、赤い色をした湯は、温泉と認められる有効成分基準値の約30倍の濃度があり、神戸の有馬温泉に近いのだそうだ。
とくに、バリウムイオンとストロンチウムイオンがとくに濃い極めてユニークな温泉とのこと。
湯温は39.5℃なので、O君と10分以上のんびりと湯につかっていた。
となりの透明な温泉は、上記温泉と白州尾白川天然水を1:9の割合で混合したもので、こちらにも10分近く入っていた。

露天風呂からは正面に八ヶ岳が見える絶好のロケーションなのだが、電柱がどんぴしゃで邪魔。まあ、湯につかると柵で何も見えなくなるのだが。
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湯上りは当然ソフト。
ここには「信玄ソフト」なるものがあり、信玄餅が添えられているようだ。
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せっかくなので、それを注文。
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生ソフトなので、おいしかった。

汗も引いたところで、O君とは2週間後の再会を約して、さようなら。
私は今宵の宿のある野辺山に向かう。
その途中で、いくつか撮影をしていく。幸いまだ明るい。

名水公園から見た八ヶ岳。
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名水公園の池に逆さ甲斐駒。
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こちらは本日、登頂した日向山。
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国道20号に向かう道すがら見えた、金ヶ岳(中央、1764m)と茅ヶ岳(右、1704m)。
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旧白州町のマンホールには甲斐駒があしらわれていた。
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国道20号をしばし韮崎方面に下る。
しばらく走って、旧甲州街道の台ヶ原宿を通る旧道に入る。
旧道好きなので、きょろきょろしながら通り過ぎようと思ったのだが、見ものが多すぎて、とうとう車を止めてしまった。

よく街道の宣伝看板で見る「七賢」の酒蔵があった。
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その隣には、明治天皇の行在所跡。
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向かいには、お菓子の金精軒。
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街道歩きのハイカーが何人もいたが、確かにここはゆっくり歩いてみたい宿場町だ。
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調子に乗って、さらに「古道」と書いてある細い道に侵入したら、間もなく車両は通行止めだった。
なので、成果はこれだけ。
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さて、お腹も空いてきた。ラーメン屋を探しつつ、国道141号を野辺山に向かう。
しかし、そば屋やほうとう屋ばかりでラーメン屋がない。
清里を過ぎると、とうとう何もなくなってしまった。
あたりも薄暗くなってきた。
まあ、最悪、セブンイレブンで弁当を買ってって、ホテルで食べてもいいやと思ったが、長野県に入ってから国道沿いに、何とも言えない微妙な店を見つけた。
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ものすごくまずいか、ものすごくうまいかのどちらかという雰囲気。
とにかく「うまい」方にかけて、車を止めると、まだお客さんがいるのに「準備中」の看板が下がっている。
ギギっと扉を開けて、カウンターの奥にいる女将さんに「もう終わりですか」と一応確認してみる。
「おとうさ~ん、お客さん。まだ大丈夫?」
「今何時?」
「まだ5時前よ」
「△□×◎・・」(よく聞き取れず)
「まだ大丈夫ですって、どうぞ」
ということになり、青ネギラーメンを注文。750円。店内はもうストーブがついている。
奥のお客さんは、常連さんなのか飲んでいるようで、追加のつまみを注文していた。
このお客さん対応のため、早めに閉店にしたのだろうか。

とにかく、出てきたラーメンを見てびっくり。
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麺が見えない。でも、青ネギは好きなので、うれしい。
麺やつゆは普通だったが、ネギが美味しかった。

セブンイレブンで翌朝のパンを調達して、ホテルへ。
昨夜予約したばかりの「野辺山リゾートイン黒岩荘」。6時前にチェックイン。
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あてがわれたのは、2階の「赤岳」。洋室でツインだった。
今日はわざわざパソコンを持ってきたので、眠くなるまで、ブログを書いて過ごした。
日向山は滝あり砂あり眺望ありの変化に富んだ素晴らしい山だった。

部屋が寒く、ファンヒーターがありがたかった。
宿は線路の近くなので、時折小海線を走る列車の音が聞こえる。いいものだ。
11時近くまで頑張って、沈没。目覚ましはかけずに就寝した。

【行程】2015年10月31日(土)
尾白川渓谷駐車場(7:36)~吊り橋(7:47)~千ヶ淵(7:52)~三ノ滝(8:22)~旭滝(8:33)~百合ヶ淵(8:59)~神蛇滝(9:08)~不動大橋(9:44)~不動滝(9:51)~大橋詰(10:00休憩10:11)~(10:20救助見学10:26)~林道(10:42)~錦滝(10:53)~雁ヶ原基部(11:32)~日向山山頂(11:54撮影・昼食12:24)~4合目(12:58)~矢立石登山口(13:27)~尾白川渓谷駐車場(14:07)
※所要時間:6時間31分(歩行時間:5時間50分)
※登った山:1座(日向山)
※歩行距離:9.5km


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日向山(3)

【2015年10月31日(土)】日向山
不動滝から急登を登り切って、林道に出た。
廃道になっているが、歩きやすい道だ。
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しかも下り基調。
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ほどなく、うわさの崩落箇所に着いた。ガードレールが谷に向かって垂れ下がっている。
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しかし、堆積した土砂の上にしっかりと踏み跡がついている。
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これなら普通の登山道と全く変わりない。

ここから鉄砲水が出たのだろうか。
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落石の多い道をしばし進む。
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巨大な落石予備軍。
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しかし、紅葉にはつい見とれてしまう。
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間もなく錦滝手前のゲートに到着。
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この「通行禁止」は登山者に向けてのものなのだろうが、事実上意味をなしていない。

こちらは車両向けのようなので、以前はここまで車が入れたのだろう。
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ここでハイカーに呼び止められた。
渓谷道を歩いて来たようだが、駒ヶ岳神社に戻るには、このまま林道を進むのと、引き返すのと、どちらが早いか、とのことだ。
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O君は尾根道を通れば、引き返した方が早いと答えていた。
でも、帰宅して「山と高原地図」を見ていたら、引き返すと2時間10分、このまま周回コースをとると、1時間10分。1時間も違うことが分かった。
ちゃんと地図を持ってくればよかった。申し訳ありません。

錦滝を見学。
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これまでの滝とは水量が全然違うが、これはこれで優美な滝であった。
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さて、日向山(1660m)頂上を目指す。
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またしても、いきなりの急登である。
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こんな際どいトラバースもある。
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そして天国への階段。
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上から見ると、こんなに急だ。
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胸突きがさらに続く。
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途中で、錦滝でも会ったおばちゃん3人組を抜かした。
と言っても彼女たちはかなり健脚で、休んでいてくれたから抜かせたようなもので、ペースは我々とほぼ変わらなかった。
林道コースを来たとのことなので、まだ体力は十分あったのだろうけど。

しかし、ここはとてもハイキングコースとは言えない。
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落とし穴まである。
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あれは日向山(1660m)の西にある1622mピークだろうか。
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250mほど登って、トラバース道に出た。
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ここで分岐らしきものがあったので、犬を連れて休んでいたグループに「こっちですか」と聞いてみた。
「鞍掛山(2037m)ですか」と問い返されたので、「いえ、日向山です」と答えたら、「じゃあ、そっちです。ちょっと下ります」と教えてくれた。

すこし進むと、楽しみにしていた白砂が見えてきた。
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花崗岩が砕けてできたものだが、まるで雪渓のようである。
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こちらは枯れ葉の谷。
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紅葉とのコントラストが美しい。
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青空にも映えている。
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足場はそれほどずりずり下がったりはしないので助かる。
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それにしても、これが山とは思えない。
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どこかの砂丘を登っているようだ。
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振り返ると、地蔵岳(2764m)のオベリスクがくっきり。
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その右は赤抜沢ノ頭、そのさらに右が高嶺(2779m)。

間もなく頂上直下のコルに到着。どんな光景が広がっているのか。
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その前にもう一度振り返る。
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で、頂上方面はこのような景観。
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こちらは鞍掛山方面への道。
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O君はまっすぐ頂上に向かったが、私は左の岩場を経由することにする。
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左手には、今回遠慮しておいた雨乞山(2037m)が見える。
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雨乞岳の稜線は長い。いつか登りたいが飽きそうだ。巨大なイモムシのようだ。
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白く見えるのは水晶ナギである。
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その左奥に浮かぶ平坦なピークは、たぶん白岩岳(2267m)。
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その左は大岩山(2319m)方面の中ノ尾根。右下のとんがりは1787mピーク。
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さらに左に目を移すと、最も高く見えるピークはおそらく駒岩(2029m)。
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振り返ると、甲斐駒(2967m)のシルエット。
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その左は黒戸尾根と地蔵岳。
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さて眼前に白亜のモンスターが迫ってきた。
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コルを見下ろすと、さっき会ったおばちゃん3人組が撮影の準備中?
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間もなく前進。
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こちらはモンスターピークに到達。
最後の岩によじ登ると、大明神の石碑が安置されていた。
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頂上方面の石列も見事だ。
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もう一度、雨乞岳の全容。
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1787mより下の尾根は桧尾根と呼ばれる。
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北には八ヶ岳が広大な裾野を広げている。
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権現岳(2704m)とギボシの間に赤岳(2899m)が頂上を覗かせている。左のピークは阿弥陀岳(2805m)。
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蓼科山(2531m)が丸く見える。
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モンスターピークを離れ、頂上へ向かう。
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振り返ると、結構な人だかり。
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さあ、頂上は目前だ。
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すでに到着されている方々がかなりいる。
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こちらのモンスターたちは比較的整然と並んでいる。
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カエルの目?
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これなどは、どうも五郎丸の手に見えてしまう。
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というわけで、正午前に日向山に登頂。
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4時間20分ほどかかった。コースタイムは4時間10分なので寄り道を考えれば、まずまずか。

ここの目玉はやはり八ヶ岳だろう。
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こんなに大きな八ヶ岳の裾野は初めて見た。
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ちなみに山頂の東側は樹林帯。
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山頂は広いので、みな思い思いの場所でお弁当を広げている。
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眼下に見える工場は、熊本県果実連の白州工場。
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良質の水と首都圏への近さがメリットなのだろう。やるなあ熊本県。

その手前には有名なサントリー白州工場。
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さて、われわれもお昼にしよう。
私はめずらしくカップ麺。
9月に斑尾山で食べようとして、お昼前に下ってしまったので食べなかった残り物だ。
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熱湯を持ってきたので、湯はすぐ沸いた。
御飯ものはサケのおにぎり1個。O君からサラミをいただいた。

(つづく)
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日向山(2)

【2015年10月31日(土)】日向山
尾白川渓谷を不動滝に向かっている。
旭滝を見学したあと、矢印に従い、再び急登。
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尾根に乗ると、眼下に尾白川が鋭角に屈曲しているのが見下ろせた。
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その屈曲点に、激しくひびの入った巨岩がそびえていた。う~ん、かっこいい。
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今日のO君は軽快である。
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2月に買ったトレランシューズを履いてきたとのこと。
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普通の登山靴と比べて、とても軽くて楽なんだとか。
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最初は、私の足を心配して「ぼちぼち行こう」なんて言ってくれてたのに、あまりに軽くて、ついペースが速くなってしまうようだ。
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こちらは、相変わらず、写真撮りまくりなので、ついつい遅れがち。
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でも、今回はO君も「できたらヤマレコにレポート上げようかと思って」と、小まめに写真を撮っていた。
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またまた激しく下る。
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着いたのが百合ヶ淵。このあたりはサルの楽園らしい。
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深緑と藍色が混じったような色で、かなり深そうだ。
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この先は木の根に捕まらないと登れないような、胸突きの坂。
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無心で登った先に、神蛇滝の展望台。
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伝説は案内板に書いてある通りだが、「ハイカーの皆さんこの美しい眺めを心ゆくまで満喫して下さい」という文言に、クスッと笑ってしまった。

滝見物の前に、慰霊碑に合掌。
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昭和32年11月23日というから雪に降られたのだろうか。

滝は旧白州町が自慢するだけあって、本当に素晴らしい。
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この下にもう1段あるので、3段になっている。
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まず1段目。
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2段目。
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ちょうど紅葉も見ごろだった。
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心ゆくまで満喫したところで出発。
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案内板の横に、駒ヶ岳信仰を示す石碑があった。
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ここは尾根道との分岐。
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下山は尾根道で、と進めている。
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確かに、あの細い急坂でのすれ違いは避けたいものだ。

こちらは不動滝に向けて直進。
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しばらく平和な道が続く。
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標高が高くなって、紅葉もだんだん進んできたような気がする。
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壁面トラバース。
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眼下はV字の谷。
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ロープ場だが、あまり使わないで済んだ。
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登り切って振り返る。
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この道を整備したのは随分前のようだ。
丸太が欠落して、鉄の杭だけが残った場所があちこちにあった。
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日向山(1660m)の稜線が見えてきた。
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もうマムシグサも真っ赤だ。
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右手の展望が一瞬開けた。八ヶ岳の山麓かな。
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紅葉の山を歩くのは本当に楽しい。
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あちこちの稜線も見え始めた。不動滝は近いのかな。
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まだまだかな。
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あ、銀色の吊り橋が見えた。不動大橋だ。
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と思ったら、いきなり不動滝も姿を現した。
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すごい迫力。
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滝のすぐ近くまで行けるようである。
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立派な吊り橋を渡る。延長50m。昭和63年の竣工だ。
DSC_4607_20151102064621412.jpg
ここで標高は約1100m。300m以上登ってきた。距離は3.5kmほど。
駒ヶ岳神社からちょうど2時間かかった。
あちこちに寄り道したわりにはコースタイムより15分早かった。

眼下の渓流も花崗岩で真っ白。
DSC_4608_20151102064622194.jpg
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渡り切った正面に、ハイキングコースの概念図。
DSC_4615_20151102064554199.jpg

ただ、日向山に行く標識がないので、道ははっきり分からない。
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まずは不動滝に向かう。
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至近距離まで行くには、この岩をよじ登らなければならないようだ。
DSC_4619_2015110206455938f.jpg
ロープがあるだけで足場がほとんどない。
ちょっと不安だったが、岩に足裏をしっかり付けていれば全く滑らず、なんてことはなかった。

この岩に登り、その先の岩をすり抜けると、滝の真ん前に出た。
DSC_4622_20151102064600aa7.jpg
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水しぶきのかかるようなところまでは行かないでおいた。
岩の上にのった湿った枯れ葉が、かなり滑るのである。

長居はせずに退散。
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ロープの岩下りがまたまた不安だったが、これもなんてことはなかった。
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吊り橋のコンクリート土台の裏に回ると、赤テープがあったので、日向山に行く道は確認できた。
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ここまで全く休んでいなかったので、とく景色のないところだが、ひと休みする。
イスを取り出し、チョコバーをかじった。

10分ほどで出発。
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道はあまりよくないが、古い階段が残っているので迷うことはなさそう。
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延々と階段が続いているのが見える。
DSC_4636_20151102064505287.jpg
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ここから林道まで標高差180mほど一気に登らなければならない。
DSC_4637_201511020645067da.jpg
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しばらく行くと、中年の男性が携帯で大声で話している。
「不動滝まで来てさあ、紅葉見てたんだけどさあ」
みたいなことが聞こえてくる。
変わった人だなあと思いつつ、挨拶もできずに通り過ぎた。
少し登ったところで、ヘリの音が近づいてきた。
まさか、さっきの電話は遭難の連絡?と思ったが、それにしてはヘリの到着が早すぎる。

でもどんどんヘリは近づいてくるので、振り返ると、なんと女性らしき人が陰でうずくまっているではないか。
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さっきの男性は、県警に救助をお願いした後、関係先に連絡をしていたのだろう。
我々はそうとも気づかず、通過してしまったが、O君は「一言声をかけてくれればいいのに」と憮然とした表情。
同感ではあるが、タイミング的には、もう救助ヘリも来ているし、我々にできることはない。
ただただ、しばらくヘリの様子をうかがっていた。

女性がうずくまっているのは樹林帯の中なので、直接引き上げることは無理だろう。
救助隊員がいったん下りて、女性を開けた場所までかついで移動させてから改めて吊り上げということになるだろう。
そんなふうに想像しながら、ヘリを見ていると最大限近づけるところまで近づいて、2人の隊員が相次いで降下した。
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少し離れたところに降りたが、現場到着はヘリが着いてから5分とかからなかった。
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それを見届けて、我々は出発。
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たぶん、あの二人は渓谷道を歩いてきたのだと思うが、女性はあれだけで疲れ切ってしまったのだろうか。
滑落とか心臓発作とか、そういう緊急事態ではなさそうだったのがせめてもの救いだ。
韮崎あたりの病院に搬送されるのだろう。早く回復することを祈るばかりだ。

真っ赤な紅葉が目にまぶしかった。
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100mほど登ると尾根にのってひと息。
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山肌もすっきりと見えた。
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ただ、すぐに急坂となる。
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でも10分ほどのアルバイトで林道に出た。
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(つづく)
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日向山(1)

【2015年10月31日(土)】日向山
この週末は、牛ノ寝通りを歩いて大菩薩峠付近で宿泊し、翌日源次郎岳(1477m)から塩山に下りる縦走を考えていた。
しかし、木曜日になって高校の同級生O君からのお誘いがかかった。
その時点では、日曜日の天気予報が下り坂だったので、日帰りでO君とどこかに行く方針に変更。行き先は考えて追って連絡すると返信したら、以前、足の痛みで断念した雨乞山(2037m)はどうかと言う。
ちょうど、その頃、また足首に痛みを感じていて、雨乞山のような長丁場は自信がなかったので、手前の日向山(1660m)にしてもらった。

矢立石登山口からの周回コースだと3時間かからずに歩けてしまうが、人気の山らしく矢立石の駐車場はすぐに満車になってしまうらしい。
ブログの師匠おつ山さんから、尾白川渓谷の駐車場から登れば、往復1時間半ほどで矢立石までは行けるとの情報を得ていたので、そこから出発することにして、朝8時に尾白川渓谷駐車場で待ち合わることにした。

その後、O君はいろいろと調べてくれたらしく、尾白川渓谷経由で日向山に登れるという。
途中、林道の崩落箇所があるが、ヤマレコ情報では全く問題ないらしい。
それなら、いろんな滝も楽しめるし、何より矢立石登山口までのピストンがなくなるのがうれしい。
多少歩く距離は長くなるが、大賛成で渓谷経由に決めた。
その分、集合時間を30分早めて、7時半とした。

前々夜、朝4時近くまで飲んでしまったこともあり、前夜は眠くて眠くて、準備もそこそこに9時過ぎには寝てしまった。
朝4:10の目覚ましで飛び起き、準備を済ませて、4:50過ぎに出発。
まだ真っ暗だ。随分、日が短くなってしまった。
空には雲が多いが、予報は晴れなので大丈夫だろう。

途中、また眠くなり、初狩PAで15分ほど仮眠。
笹子トンネルを抜けると、正面に甲斐駒や南アルプスがくっきり見えたので、心の中で喝采。
DSC_0210_20151101222302489.jpg

八ヶ岳も美しいスカイラインを見せてくれた。
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須玉ICで中央道を下り、日野春トンネルを抜けて、国道20号に出る。
甲斐駒(左)や雨乞山(右)が朝日に照らされて、実に見事。
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駐車場の直前で道を間違えてしまったが、そのおかげで、尾白川から望む甲斐駒を撮影できた。
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右手前の山が本日の目標、日向山だ。
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駐車場には7:28着。何とか間に合った。
O君は7時過ぎに着いていたというので、随分待たせてしまった。
駐車場はすでに結構な数の車が止まっていた。
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みな甲斐駒なのだろうか。多分、尾白川渓谷歩きの人も少なくないだろう。

トイレを済ませて、軽くストレッチ。
皇太子殿下の甲斐駒登頂記念碑を確認して、7:36に出発。
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登山届は、O君が作ってきてくれた。
DSC_4416_20151101222247667.jpg

ここには甲斐駒に登った時に来ているので、ほぼ2年ぶりだ。
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しばらく車の通れる道を行く。
かなり紅葉も進んでいるが、まだピークという感じではない。
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売店尾白の前を通過して、吊り橋方面に進む。
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帰りは、ここに下りてくることになる。
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神社の鳥居の手前にある「尾白荘」は、どこかの山岳会の持ち物なのだろうか。
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道は、甲斐駒ヶ岳神社の境内を経由する。
DSC_4428_20151101222225ab0.jpg
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お賽銭を10円入れて、安全登山を祈願。
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このロゴがかっこいい。
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当然だが、前に来た時と同様、石碑が林立している。
DSC_4434_2015110122220146c.jpg

すぐ左奥が吊り橋。ここで標高は約770m。
DSC_4437_20151101222202c53.jpg

ここからの尾白川の眺めがまた素晴らしい。
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紅葉もいい色に染まっている。
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渡り終えたら、右折。
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すぐ先、左へ折れる甲斐駒への登山道を見送って、我らは直進。
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ハイキングコースではあるが、純然たる登山道。注意書きがうるさいほどだ。
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こうした古い鉄の桟橋や階段が随所にあった。
DSC_4446_20151101222110d9d.jpg

柵も弱々しいが、ないよりはまし。
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登ったと思ったら、すぐに下り。
このコースは渓谷沿いということもあり、アップダウンがかなり激しかった。
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ほどなく、千ヶ淵に着いた。
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ほかのハイカーの方々もちらほら。
DSC_4452_20151101222114f71.jpg
多くは不動滝までのピストンのようで、登山というよりは紅葉狩りなのだろう。

少し上から見ると、こんなにきれいなエメラルドグリーン。
DSC_4457_20151101222046401.jpg

この手前からずっと登山道だったけどね。
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不動滝から沢を離れて直登になるのだが、そこまであと90分もかかるのか。
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実は「山と高原地図」の「北岳甲斐駒」に渓谷経由で日向山に登るコースがあるのを見落としていて、「山と高原地図」は持って来なかった。
だから、時間の感覚がよく分からない。
コースタイムは、神社から不動滝まで2時間15分ということになっている。

この鉄橋、ところどころ壊れていて、ちょっと怖い。
DSC_4460_201511012220501ca.jpg
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それにしても、どんどん登っていく。
DSC_4462_201511012220218e4.jpg
沢沿いだから、そんなに坂はきつくないだろうと思っていたが、大間違いだった。

あそこに落下した橋が見える。
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当然、そちら方面は通行止め。
DSC_4464_20151101222022b0f.jpg
付け替えの道はさらなる急登だ。

尾根道への分岐は何か所もあった。
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せっかく登ったのに、また下る。
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右手にきれいな滝と淵が見える。
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ちょっと寄り道して、水辺まで下りてみる。
DSC_4477_201511012219323a1.jpg
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すると対岸に、古い道が見えた。
DSC_4473_20151101221959caf.jpg

木々の奥には朽ちた階段も確認できる。
DSC_4474_201511012220007b4.jpg

これは吊り橋の橋台かと思ったが、古い道はこちら側に渡ってこないから、そうでもないらしい。何だろう。
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ここも狭いながら、こんなに人だかりだった。
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登山道に戻って、くさりをたぐる。
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桟橋。
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左からの沢を渡る。
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右手に巨大な三角岩が見えたと思ったら、そこが三ノ滝。
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少し沢へ下りると、このように見える。
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背後の紅葉もきれいだ。
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手前のも。
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さて、この先も急登が続く。
DSC_4497_20151101221845136.jpg
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三ノ滝の上の段の滝がすぐ見えた。
DSC_4499_20151101221848b99.jpg
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水しぶきが光っている。
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さらにアップダウンの繰り返し。
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歩き始めて1時間ほどで、旭滝に着いた。
DSC_4510_20151101221825173.jpg
朝早く登ると滝しぶきが七色の虹になるのだという。
ここに「その昔」、女行者が住んでいたが、「戦後」いずこかに立ち去った、と書いてあるが、ふつう昭和初期くらいのことを「その昔」とは言わないだろう。
本当に女行者が「戦後」まで、ここに住んでいたのだろうか。

踏み跡に従って、右に行こうとしたら、近くにいた3人組のハイカーの1人が「そっちじゃない。こっち」と叫ぶ。
O君が「いや、滝を見るだけですので」と言うと、「そっちからじゃ滝は見えないよ」とさらに否定。おせっかいな方だ。
とにかく行ってみると、それはそれはきれいな淵があった。
DSC_4512_20151101221756f1c.jpg
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別に我々が行こうとした方向に進むと、道迷いにつながるような場所でもないのに、知ったかぶりをしたい人は全く感じが悪い。
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一旦戻って、滝の見える方へ向かう。
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この奥に旭滝があるようだが、それを見るにはさらに下らないといけない。
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さっきの3人組とすれ違い、O君が先行。
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私も下りて左奥を覗きこんでみたら、すごい水しぶき。
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カメラが濡れてしまうので、早々に退散した。
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(つづく)
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