山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

御坊・紀勢本線(4)

【2015年7月29日(水)】御坊・紀勢本線
紀勢本線、乗り鉄中。たった今、紀伊国は過ぎて伊勢国に入ったところ。
次は大内山駅。
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蛇行する大内山川を何度も渡る。
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白亜の橋梁は紀勢自動車道。
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伊勢柏崎駅。
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ここは32年前の自転車ツーリングの際、泊まった駅。
前日、会った日本一周の青年に、「紀伊の海に出たら別の国のように暖かい」と言われていたが、夜間走行のため道を間違い、山に向かってしまった。
それで、この駅に泊まったわけだが(当時は泊まりの駅員がいた)、朝方どうしても寒くて寝袋で寝ていられなくなり、ストーブの焚いてある事務室に入れてもらった記憶がある。
温度計を見たらなんと-4℃だった。
いくら若くても、当時の安いスリーシーズン用シュラフではとても太刀打ちできない気温だ。
当時の木造駅舎は跡形もなく、あの時の面影は全くなくなっていた。
少し期待していただけに残念だった。

大内山川。
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阿曽駅。
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大内山川は滝原駅の手前でいきなり狭まり、渓谷になる。
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滝原駅。
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三瀬谷ダムのすぐ下流の宮川を渡る。
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三瀬谷駅。
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懐かしい配色の車両が停車していた。
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車窓風景。
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川添駅。
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栃原駅。
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次の佐奈駅は失敗。
相可(おうか)駅。
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多気駅に14:18着。
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ここは参宮線との分岐駅。広い構内がかつて多くの列車が行きかった拠点であったことをうかがわせる。
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それにしても暑い。
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乗り換え時間16分の間に外に出て、駅前の店でアイスを購入。
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多気町のマンホール。
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駅前商店街。
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下りの快速みえ。
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私が乗って来た列車が静かに息を整えている。
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快速はさすがに乗客が多い。
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14:34発の快速みえ16号に乗り込む。
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わずか8分で松阪に到着。
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ここで超赤字線の名松線に乗り換えだが、待ち時間が29分もある。
とりあえず外に出る。
松阪駅駅舎。
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駅前には、駅鈴のモニュメント。
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マンホールも駅鈴。
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この駅鈴は、松阪の人、本居宣長が石見国浜田藩主・松平康定から賜った駅鈴にちなむ。

少し散策しようかとも思ったが、暑くて断念。
駅前の観光案内所で大量の観光パンフレットをゲットし、駅に戻る。
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名松線は手持ちの切符(和歌山~東京:紀勢本線経由)の区間外なので乗車券を購入。ちょうど500円。
もう列車(1両編成)が入線していたので、中に入って涼む。
発車まで、パンフレットを見て過ごした。

名松線は松阪と名張を結ぶ計画で、昭和4年(1929年)に開業したが、名張までは全通しておらず、伊勢奥津まで43.5kmしか通じていない。
しかも2009年10月の台風被害により家城~伊勢奥津間はバス代行運行中。
近い将来廃止される恐れがあると予想して、わざわざ乗り鉄したのだが、あとで調べたら、今年度中に復旧の見通しだそうだ。
さすが、JR東海。儲かっている会社は違う。
リニアには反対だけど。

15:11発車。乗客はかなり少ない。
ただ、全駅乗車を目指していると思しきテツのおじさんがいた。
上り下りで乗り降りを繰り返しており、行動が妙なのである。
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並走していた近鉄線とお別れ。
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ちょうど、近鉄電車が走り抜けて行った。
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続いて、JR紀勢本線とも分かれる。
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上ノ庄駅。
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あたりは緑一色の水田地帯。
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権現前駅。
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伊勢八太(いせはた)駅。
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一志駅。
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井関(いせぎ)駅。
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雲出川。
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伊勢大井駅。
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伊勢川口駅。
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関ノ宮駅。
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ここで高校生の集団が乗ってきた。
この手の列車の乗客はほぼ高校生しかいないので、やつらは傍若無人だ。
彼らの目的地は実は松阪方面なのだが、暑い中、列車が折り返して来るまで、ホームの待合所で待つのがいやなので、乗ってきたのだ。
これは運転士公認らしい。
それはまあいいとして、靴のまま座席に足をかける輩がいる。
余程注意しようかと思ったが、やめておいた。

15:48、終点の家城駅着。
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暫定的な終点なので、線路はまだ先に続いている。
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2番線は使っていないらしく、待合所もほったらかし感あり。
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改札を出て、駅舎と代行バスを撮影。
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窓口は閉まっていたので、清算は車内ですることにして、乗って来た列車に戻る。
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当然やつらはまだ騒いでいる。
15:55発車。
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次の駅で乗ってくるまじめな高校生もいたが、うるさい高校生が増えただけだった。
JRにすれば、彼らも大切なお客様なのだろう。
帰りは純粋に車窓を楽しみ、時々うとうと。
松阪に16:34着。
ちょっと駅弁を物色。でも買わなかった。
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7分の待ち合わせで、快速みえ20号に乗車。
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幸い、座れたので、しばしパソコン作業。

18:05名古屋着。
急いで18:12発ののぞみに乗る手もあったが、座りたいので指定席に変更しようと、窓口に並ぶ。
すると「一度変更した切符なので、ここではもう変更できない。払い戻して新しく買ってもらうことになるが、それには一回改札を出てもらわなくてはならない」とのこと。
それは面倒なので、自由席にかけることにした。
名古屋からでは、のぞみは望みがないので、ひかりにする。

弁当と缶チューハイを買って、18:27発のひかり530号に乗り込む。
これは豊橋にしか余計に止まらないので、のぞみとほとんど所要時間は変わらないのに、余裕で空いていた。

品川に20時すぎ着。自宅には22時前に着いた。
念願の紀州鉄道と紀勢本線に乗ることができて、満足。3日間の乗り鉄の旅だった。

【行程】2015年7月29日(水)
鉄道:西御坊(6:53)~御坊(7:01)(紀州鉄道)
鉄道:御坊(7:08)~紀伊田辺(7:51)(紀勢本線)
鉄道:紀伊田辺(7:55)~新宮(10:40)(紀勢本線)
鉄道:新宮(10:52)~多気(14:18)(紀勢本線)
鉄道:多気(14:34)~松阪(14:42)(紀勢本線・快速みえ16号)
鉄道:松阪(15:11)~家城(15:48)(名松線)
鉄道:家城(15:55)~松阪(16:34)(名松線)
鉄道:松阪(16:41)~名古屋(18:05)(紀勢本線、関西本線・快速みえ20号)
新幹線:名古屋(18:27)~品川(20:03)(東海道新幹線・ひかり530号)
鉄道:品川~高田馬場(山手線)
鉄道:高田馬場~新所沢(西武新宿線)
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御坊・紀勢本線(3)

【2015年7月29日(水)】御坊・紀勢本線
新宮駅での乗り換え時間は12分。
そこそこ忙しい。まず、これまで乗って来た電車(右)とこれから乗るディーゼル車(左)のツーショットをおさえる。
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次に乗るのは多気行き(2両編成)。この先は非電化区間だ。
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新宮駅構内は昭和のムードが漂う。
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恒例の駅舎。
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お燈祭りのモニュメント。
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新宮鉄道100年記念碑。
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新宮~勝浦(現・紀伊勝浦)間は大正2年(1913年)に新宮鉄道として開業。
1934年に国有化され、紀勢中線とされた。

鳩ぽっぽの歌碑。
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あまりに有名なこの童謡を作詞した東くめは新宮藩の家老職を務めていた由比甚五郎の長女として、明治10年に生まれた。
16歳で東京音楽学校予科に入学。のちに「鳩ぽっぽ」のほか「お正月」などの唱歌も発表したとのこと。全然知らなかった。

駅前のシャッター街。
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なんと奈良交通のバス停があった。
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これが高速道路を使わない日本最長のバス路線「八木新宮線」(167km)の終点なのだ。
ちょっと感激。

それとここは世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の玄関口の一つでもある。
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いずれ、ゆっくり何泊かで歩いてみたい。

そうだ、ここでお昼を買っておかないと多気着が14:28なので、お腹が空いてしまう。
でも駅弁がなく、またパンを買わざるをえなかった。
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めずらしい焼きサンドイッチ。でも6切れとも全部、卵だった。

10:52発車。この列車はボックス席でよかった。
大河の熊野川を渡ると、三重県だがまだしばらくは紀伊の国だ。
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鵜殿駅。
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紀伊井田駅。
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阿田和駅。
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「いいちぎ」ではなく紀伊市木駅。
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神志山駅。
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ここで6分の停車時間があるので、駅舎撮影。
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三重県に入っているので、JR東海の管轄。
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1番ホーム。
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跨線橋から。
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11:21発車。
有井駅。
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新宮からずっと沿岸線を走っているが、海岸はほとんど望めなかった。
熊野市駅。
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熊野市をすぎるとトンネルが連続する。
入り江の集落ごとに止まっていく。
大泊駅。
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波田須駅は見落としてしまった。
海岸に続く見事な棚田。
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新鹿(あたしか)湾の砂浜。
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新鹿駅。
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新鹿駅周辺の集落。
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長大な逢神坂トンネル(2534m)を抜ける。
二木島駅。
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周辺の集落。
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賀田駅。
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この駅で4分の停車時間。少し短いが果敢に出陣。

工事関係?の車両が邪魔だった。
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すぐにホームに戻る。
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11:55発車。
山のふもとに展開する賀田町の集落。
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引き続き、亥ヶ谷トンネル(2839m)。
ここ新鹿~三木里間12.3kmは1959年7月15日に開通。
「本線」と名のつく旧国鉄の路線では最後の開業区間だった。

三木里駅。
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三木里の集落。
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木造の尾鷲市立三木里小学校。
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隣にある旧北輪内中学校。1962年に閉校となり、賀田にある輪内中学校に統合された。
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名柄トンネル(2605m)を抜けると、九鬼駅だが、なぜか見落とし。
うっかり寝ていたのかもしれない。
いきなり尾鷲湾に出る。
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大曽根浦駅。
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弁財島。
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三田火力発電所。
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尾鷲市街に入ってきた。
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尾鷲駅。
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尾鷲トンネル、藤ノ木トンネルを抜け、小山浦の水田地帯。
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銚子川を渡る。
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相賀駅は失敗。次の船津駅。
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三野瀬駅。
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丸山島など。
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遠方は、小エスキ島、大エスキ島。
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トンネルをいくつか抜けて、江ノ浦に出た。
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赤羽川を渡ると、紀伊長島駅。
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ここでも停車時間が8分あったので、駅の外に出てみた。
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駅前には、昔ながらの駅前旅館があって、うれしい。
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昭和26年11月22日の昭和天皇行幸を記念したモニュメントもあった。
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ただ立ち寄っただけなのに、数万人の人が集まったという。

さて、列車に戻ろう。
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13:05発車。列車はすぐに海から離れて、どんどん山へと登っていく。
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何度もトンネルをくぐり抜け、荷坂トンネルを抜けたところが梅ヶ谷駅。
ここからやっと伊勢国。
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この先はしばらく国道42号と併走する。
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国道の荷坂峠を寒さに震えながら自転車で登ったっけなあ。

(つづく)
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御坊・紀勢本線(2)

【2015年7月29日(水)】
西御坊駅から紀州鉄道に乗って、8分で御坊駅に到着。これで紀州鉄道全線完乗達成。
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7分の待ち合わせ時間で、御坊駅の駅舎撮影、トイレ、朝食(パン)購入をクリア。
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7:08発の紀伊田辺行きJR普通列車に乗り込む
やはり通勤通学時間帯のため混んでいる。
座れることは座れたが、とても駅名標の写真を取れるような雰囲気ではないので、たった今買ったパンを大人しく食べて過ごす。

一応、駅名を順に記しておく。
御坊、道成寺、和佐、稲原、印南(いなみ)、切目、岩代、南部(みなべ)、芳養(はや)、紀伊田辺となる。
紀伊田辺に7:51着。
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あわただしく新宮行きに乗り換え。わずか4分の待ち合わせでは発車した。
この先は駅名標の写真を撮れた。
紀伊新庄駅。
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朝来(あっそ)駅。
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すっかり車窓は田園地帯。
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白浜駅。
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電車はロングシートで、これまた味気ない。
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でも、この程度の乗客なので、撮影活動には支障がない。

紀伊富田駅。
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ここで5分の停車時間があったので、改札を出て、駅舎を撮影。ややスペイン風。
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2番線ホーム。
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駅舎のホーム側には影絵のようなペイントがなされていた。
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8:19発車。
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次の椿駅までに1回、入り江が見える瞬間があった。
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椿駅。
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紀伊日置駅。
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日置川を渡る。
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周参見(すさみ)駅。
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この先は海を見ながら、25‰の勾配でぐいぐい高度を上げていく。
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見老津(みろづ)駅。
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この先もしばらく海岸の風景を楽しめる。
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見老津港。
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江須之川。
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江住駅。
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江住集落。
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芋の平見付近の海岸。
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和深駅。
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九九平見の集落。沖に横島。
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田子駅。
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田並駅。
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紀伊有田駅。
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さすが南国。もう稲穂が垂れている。
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串本の手前にある袋港。
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串本駅。
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上り9:25発の特急くろしお新大阪行きが停車中。
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ここは停車時間が3分しかなかったので、駅舎撮影はかなわず。
ホームからの撮影に留めた。
9:27発車。

この先の見ものは橋杭岩だが、うまく撮れるか。
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奥は紀伊大島。電線が邪魔だが、これが限界。
紀伊半島は大学2年から3年になる年(1983年)の早春、自転車で回った。
紀伊大島の東端・樫野崎の自販機の前で野宿した記憶がある。
このあたりの風景を見るのは、それ以来だから32年ぶりだ。

続いて見えてきたのは、九龍(くろう)島。
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紀伊姫駅。
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古座駅。
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古座川。
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しばらく海岸沿いを走る。
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紀伊田原駅。
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浦神港。鍋島が浮かぶ。
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浦神駅。
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浦神港は深い入り江になっている。
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潮が引いている時間帯のようだ。
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下里駅。
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話題の太地駅。
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森浦湾。
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沖に紀ノ松島が見える。
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あそこには32年前、遊覧船で行った。

湯川駅。
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紀伊勝浦駅。
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紀伊天満駅。
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那智駅。
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赤色海岸。
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狗子海岸。
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宇久井駅。
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紀伊佐野駅。
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三輪崎駅で列車交換のため11分の待ち合わせ。駅舎撮影に出る。
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駅前の風景。すぐ目の前が海だ。
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駅舎のホーム側。
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跨線橋の上から。
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あちこち撮影していると、車掌さんに声をかけられた。
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「いい写真撮れましたか?」
「いやあ、基本的には乗ってるだけですから」
「でも、車内からも撮っていらっしゃいましたよね」
「ええ、ただ窓が・・・」
「ああ、すいません。台風の直後でまだ清掃が行き届いていないんです」
この言葉を聞いて、この方はいい人だなあと思った。
今回の旅の一つの収穫だ。

さて、10:35発車。
王子ヶ浜を経て、5分で新宮駅に着いた。
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(つづく)
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御坊・紀勢本線(1)

【2015年7月29日(水)】御坊・紀勢本線
紀勢本線新宮方面への御坊駅始発は7:08。
これに間に合わせるには、紀州鉄道西御坊駅6:53発の列車に乗ればいい。
紀州鉄道各駅の駅舎の写真を撮って廃線跡もたどりたいので、宿を5時に出発することにして、4時半に起床。
ここのところ連日の4時台起き。
それでも、ちっともつらくないのは、それだけ年をとったということだろう。

宿を出ようとしたら玄関に鍵がかかっている。客は勝手に開けられない仕組みのようだ。
厨房やプライベートルームに「すいませ~ん」と声をかけたが、返事がない。
しかたなく裏口から出ることにした。
宿の人には、あすは5時から5時半の間に出ると言っておいたのになあ。

それはともかく、今日もいい天気。
まずは目の前にある紀伊御坊駅の復習。
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車両が何本か停泊している。
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駅近くの元酒店。
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踏切を渡る。
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御坊市のマンホール。
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中央に市の花木ハマボウ、周囲に市の花コギクと市の木クロガネモチ。

ほんの5分ほどで、学門駅。「学問」ではない。
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ホームの端っこに学門地蔵が祀られていた。表札の「学問」は間違い。
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駅前の元ラーメン店。鹿児島ラーメンだったようだ。
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きれいなシャッター街。
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ここは時間が来れば開くはず。
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こちらは、かなり厳しそう。
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しぶい店構えの朝日整骨所。
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再び、踏切を渡る。
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御坊市役所。人口2万5000人に満たない小都市にしては大きい。
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東京にオリンピックを呼んだ男、和田・フレッド・勇(1907~2001年)の顕彰碑。
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大水害水位標。昭和28年7月18日の大洪水時の最高水位を示す。
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市役所前駅。線路は廃線の雰囲気を漂わせている。
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ここもホームだけの駅。
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大浜通りを経て、元宮通りを南下する。
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ほとんどの店がはるか以前に営業を終えている。
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こちらはまだ現役のようだ。
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お詣りすると母乳の出がよくなると言われる椿地蔵。
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新薗橋で下川を渡る手前を右折。
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松原通りを西進する。
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間もなく紀州鉄道の終点、西御坊駅。
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始発電車がすでに出発の準備をしていた。
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西御坊駅は昭和6年の開業。
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駅舎内に自転車置き場がある。
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改札口。
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まだ電車には乗らず、路地を抜けて、駅の反対側に出る。
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この鉄道の経営体である「紀州鉄道株式会社」は実質、リゾート開発を軸とするホテル・不動産会社である。
経営難に陥っていた、御坊臨港鉄道を磐梯鉄道不動産(1969年に廃止された磐梯急行電鉄の旧経営陣が設立した会社)が1972年に約1億円で買収して、「紀州鉄道」を名乗った。
本社は東京・千代田区にあり、軽井沢や箱根など全国9か所に「紀州鉄道」の名を冠したホテルを経営している。
そういうユニークな会社なのだ。
西御坊より先0.7km(日出紡績前駅と日高川駅があった)が廃止されたのは1989年4月のこと。
紀州鉄道線自体(全2.7km)も廃止されても仕方ない経営状態なのだろうが、鉄道会社系のホテルという「信用」を維持するためにも、走らせ続けるのだろう。

廃線となった区間もほとんど線路は残っている。
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さすがに橋は外されたようだが。
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そうこうしているうちに始発電車が発車した。
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線路は立ち入り禁止になっているところと、黙認状態のところがある。
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当然、立ち入り禁止のところには入らなかった。
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踏切はアスファルトでつぶされていた。
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線路が残っている廃線跡はなんだかうれしい。
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駐車場状態になっているところも。
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このあたりは歩けてしまう。
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わりと住宅街の中である。
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それなりに哀愁が漂う。
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なんと警報機が残っていた。
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途中の日出紡績前駅の場所が分からないまま、かつての終着駅である日高川駅跡に着いてしまった。
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石積みのホームが残っていたが、ほとんど夏草に埋もれていた。
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市も紀州鉄道も、この廃線跡を整備する気はないようだ。
いや、再開発がないのなら、このままでいいのです。
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わずか700mだったが、久々に廃線の旅を楽しんだ。

戻りがてら、ちょっと町並みも歩いてみる。
御坊にも金山寺味噌。やまだ本店。
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小竹八幡神社。
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ここの蝉時雨は異常で、あんなすごいのは初めてだった。
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境内には、薗浦廻船衆が寄進した石灯籠や明治時代の石造りの時計台が残る。
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政治家・田淵豊吉が生まれた伊勢屋。
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ベンガラの格子が印象的な金山寺味噌の堀河屋野村。
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毎日牛乳は大阪に本社があるので、関東の人はあまりなじみがないが、関西出張時は時々見かけた。
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薗家。
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笹野家の蔵。
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路地に残るレンガ塀。
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下川を渡る。
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「オダレ(軒先の垂木の小口を隠すための横板)が映える民家」と、散策マップにあるが、手前の家のことだろうか。

旧町内で一番古い民家は改修中だった。
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その向かいに、堀河屋林業。
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御坊の名の由来となっている日高別院。
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まだ早朝とて、門は固く閉ざされていた。
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つりがねまんじゅうの菊水堂。
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時計をみると、電車の時間がかなり迫っている。
マジやばいので、またまた走った。
それでも写真を撮りたい欲求は抑えられない。
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天性寺。
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大谷呉服店。
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なんだなんだ。
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ギリギリで着いて、窓口で切符を買おうとしたら、奥に「硬券」が見える。
やった!と思ったが、おばちゃんが「もう出るから、そのまま乗って!」と追い立てられ、切符は買えず終い。残念。
文字通り、写真を撮る暇もなく飛び乗り、すぐに発車(6:53)。危なかった。

(つづく)
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和歌山電鐵・紀州湯浅(下)

【2015年7月28日(火)】和歌山電鐵・紀州湯浅
紀州湯浅の重要伝統的建造物群保存地区を歩いている。
まちなみ交流館でひと休みして、散策を続ける。
懐かしい三菱鉛筆の看板。
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中町通りを北上して、再び北町通りに出た。
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左折して西進。左手に小川酒店。
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そのさらに西に醤油醸造元の角長。
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慶応二年(1866年)建築の仕込み蔵である。

ちょっと中をのぞいてみた。
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鎌倉時代に禅僧が持ち帰った金山寺味噌から、ここ湯浅の地で味噌造りが始まった。
その過程で「たまり」の味がよいことが分かり、「たまり醤油」が生まれたらしい。

ここから浜通りを南下する。
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途中から中町筋に移り、さらに南下。
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日本最初の醤油店と言われる玉井醤にぶつかった。
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この先は現在地がよく分からないまま、当てずっぽうに駅に向かう。
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駅に戻ってきたのが16:15頃。
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まだ暗くなるには時間があるので、紀伊国屋文左衛門も碑がある山手の方へ足を伸ばす。
駅前の古びた果物屋さん。
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ガードをくぐると、これまた古びた長屋がある。
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向かいに満願寺。
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ここも熊野古道。
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道が複雑だが、道標があるので助かる。
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割烹旅館美よし荘。
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すぐ先が勝楽寺。
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その正面に紀伊国屋文左衛門の大きな石碑があった。
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この碑は文左衛門の功績を顕彰するため、生誕地と推定されるここ湯浅町別所に地に、地元有志が昭和34年に建立したものだという。

かたわらにあるこの木はあまり見たことがないが、何という木だろう。
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国道42号を渡って、久米崎王子跡まで足をのばす。
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ここは熊野詣での参詣道にあった王子社のうちの一つである。
久米崎王子社の名は藤原定家の日記・建仁元年〔1201年〕10月10日の記事に登場する。
ただ、後に荒廃し、1236年には跡形もなくなっていたという。
鎌倉幕府が湯浅氏に社殿の修復を命じたが、再び荒廃。江戸時代初頭に再興されたが、明治40年、近くの顕国神社に合祀され、跡地だけになってしまった。

これを確認して、また湯浅駅に戻る。
途中、目についたもの、いくつか。
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(金山寺味噌のあみ清)

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(歴史ありげなアパート)

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(オシロイバナ)

17時前に、みたび駅に戻ってきた。
いい加減疲れてきたので、もうこのまま御坊に向かおうかと思ったが、あの「稲むらの火」の広がすぐ近くなのに、素通りするのはやはりもったいない。

軟弱にタクシーで「稲むらの火の館」まで行き、そこから歩くことにする。
すぐに着いてしまい、料金もワンメーターだった。
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今日は休館日。開館日だったとしても、もう閉館している時間だ。
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古い町並みを少し歩く。
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東濱口公園も休園日だった。
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荒廃しつつあるお寺。
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国史跡に指定されている廣村堤防。
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安政元年(1854年)の大津波の後、濱口悟陵らが築いた堤防で、高さ5m、長さは600mにおよぶ。翌安政二年着工、五年完成。
この工事で、津波により職を失った人に仕事を与えたこともできたという。

堤防のたもとに立つ感恩碑。
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広村の歴史を振り返り、濱口らの偉業を讃えたもので、昭和8年に建立された。

湯浅港。
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堤防の上を南に向かって歩く。
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防潮林補植・防浪堤補修記念碑。
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広川町立耐久中学校。
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その名は、嘉永五年(1852年)、濱口悟陵らによって創設された剣術・漢学の私塾「耐久舎」に由来する。

この中学校の校庭に、濱口翁の銅像がある。昭和42年の建立。
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翁の偉業は、ラフカディオ・ハーンの作品「生ける神」で全世界に紹介されたという。

戦前の小学国語読本に掲載された「稲むらの火」の全文が、碑になっていた。
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私もここで初めて全文を読み、改めて立派な人だったと知る。
私が同じ立場だったら、そんなことを思いつくだろうか。
翁は12歳で本家(ヤマサ醤油・濱口儀兵衛家)の養子となって、銚子に移ったが、30歳で帰郷。まもなくして、津波にあっている。
濱口がヤマサの当主だったことを知ったのは、数年前、銚子を散策した時のことだ。

しかし、肝心の耐久舎が見あたらない。
これか!と思ったのは、広基督教会だった。
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どうしても見つからないので、犬の散歩をしていた、おばさんに聞く。
なんと中学校の敷地内にあった。
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再び、波止場をぶらり。
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海側から眺めた防潮林。
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広川町役場。
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その敷地内に「稲むらの火」広場があった。
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帰りは歩くことにする。
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タクシーを呼ぶのも面倒だし、意外に近かったこともあるが、次の電車の時間をスマホで見ると、あと7分しかない。
これは無理だと、ゆっくり歩く。
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(キョウチクトウ)

広川を渡る。
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(ランタナ)

つぶれたレストラン。
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ゆっくり歩いていたつもりだったのに、1分前に駅近くまで着いてしまった。
あ、間に合うかもと思って走り始めた瞬間、18:02の電車が行ってしまった。

次の普通電車は18:40なので、それまでに飯を済ませることにする。
駅前のかどや食堂という店に入り、まずは生ビール。今日もよく歩いた。
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和歌山っぽいものを食べたくて、金山寺味噌のきゅうりを注文。
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それと関係ないが、安かったので串焼き(ほぼ焼き鳥だった)。
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これでほぼお腹がふくれたので、ご飯ものは頼まず。

頃合いを見計らって辞去。
18:40発の御坊行きに乗る。
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広川ビーチ駅。
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紀伊水道に沈む夕陽と鷹島。
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紀伊由良駅。
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紀伊内原駅。
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18:58御坊着。
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ここで紀州鉄道に乗り換え。その前に、紀伊田辺行きをパチリ。
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乗り換え時間は3分しかない。急いで、0番線ホームへ。
そこにはかわいいレールバスがいた。
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通勤客が10人近く乗っている。
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しかし、暑い。冷房がないのだ。窓が開いているだけ。
ただ、乗車時間はたった5分。
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19:06、紀伊御坊駅に到着。
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西御坊に向かう電車を見送る。
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ホームには雨よけが突き出ていた。
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夕暮れの駅舎を撮影してから、駅の真向かいにあるあやめ旅館にチェックイン。
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「早いお着きでしたね~」と女将さん。
この日の仕事が何時に終わるのか分からなかったので、到着時間を22時で予約していたのだ。
ここは素泊まりで4500円。食事はさっき済ませたので、今夜はもう風呂に入るだけ。
温泉でも何でもないが、とにかく今日の汗を流す。
今日は乗り鉄のつもりだったが、わりと屋外活動が多かった。

上がってから、浴衣姿のまま外に出て、駅の自販機でスポーツドリンクを購入。
たぶん10時くらいには寝てしまった。

【行程】2015年7月28日(火)
鉄道:和歌山(5:55)~貴志(6:25)(わかやま電鉄貴志川線)
鉄道:甘露寺前(7:07)~和歌山(7:42)(わかやま電鉄貴志川線)
タクシー:和歌山駅~ダイワロイネットホテル和歌山(朝日タクシー)
タクシー:ダイワロイネットホテル和歌山~和歌山ビッグホエール(トモヱタクシー)
タクシー:和歌山ビックホエール~和歌山駅(協和タクシー)
鉄道:和歌山(13:45)~箕島(14:15)(紀勢本線)
鉄道:箕島(14:45)~湯浅(14:57)(紀勢本線)
鉄道:湯浅(18:40)~御坊(18:58)(紀勢本線)
鉄道:御坊(19:01)~紀伊御坊(19:06)(紀州鉄道)


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和歌山電鐵・紀州湯浅(中)

【2015年7月28日(火)】和歌山電鐵・紀州湯浅
和歌山駅から13:45発の御坊行き普通列車に乗った。
一応、できる限り駅名標を追っていく。
和歌山の次、宮前駅は失敗。その次は紀三井寺駅。
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かろうじて黒江駅。
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海南駅。
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海岸の上にホームがあるように見えるが、波紋に見えるのは、私のポロシャツの柄が窓に映りこんでいるだけ。

冷水浦駅。
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車窓には海南港とコンビナートが見える。
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塩津港。
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加茂郷駅。
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下津駅。
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東燃ゼネラル石油の和歌山工場。
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初島駅。
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まっすぐ御坊に行くと早く着きすぎるので、何回か途中下車する。
その一つ目が箕島駅。
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14:15着。和歌山からちょうど30分だった。
ここは、みかんで有名な有田市の中心駅だが、私にとって箕島といえば、やはり甲子園で活躍した箕島高校。
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でも、そこを訪ねるわけではない。ここの滞在時間は次の電車が来るまでの30分なので、それほど遠くには行けない。
とりあえず、有田川を目指す。まずは駅舎。
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意外にこじんまりした駅だ。

駅前通りをまっすぐ進む。
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さっきから右上の黒いシミが気になりますが申し訳ありません。
カメラを落としてしまって、何らかの異常が発生したようです。

ちょっとした路地。
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安諦(あで)橋北詰から有田川を望む。
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暑いので、ここからもう引き返す。

帰りは、日陰を求めて箕島神社に立ち寄った。
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境内に田中神社なる小社があった。
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田中善吉さんという方を祀ってあるようである。
善吉は箕島の人。元文元年(1736年)、紀州藩の命を受け、薩摩藩で砂糖の製造技術を学び、帰国後、本邦初の白砂糖の精製に成功したという。

有田市のマンホール。水玉模様はみかんだろうか。
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さて、14:45発の御坊行きに乗る。
紀伊宮原駅。
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有田川を渡る。
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藤並駅。ここからはかつて有田鉄道が出ていた。廃止は2002年、乗っておきたかった。
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そして次は湯浅駅で下車(14:57)。
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ここは醤油発祥の地のようだ。
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駅構内。
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ここで途中下車することにしたのは、地図を見る限り、ちょっとした町のようだからという単純な理由だったのだが、駅に設置してあった観光マップを見て、ここが重要伝統的建造物群保存地区であることを知った。
しかも、あの「稲むらの火」で有名な広の町もお隣ではないか。
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これはラッキー。

湯浅は古代より熊野参詣において、上皇や貴族が滞在する宿所であり、平安時代末期から勢力を誇った土豪の湯浅氏の本拠地として栄えたとのこと。
16世紀末頃になると、熊野街道の町場の西側に市街地が開発され、江戸時代の寛文元年(1661年)には、さらに西に臨海市街地が広がっていった。

まずは定番の駅舎。
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駅前の「一二三食堂」。
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では伝建地区に向かう。
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さすがにみかんの産地。いきなりみかん問屋。
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紀伊国屋文左衛門、幼少の頃の像。
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ここの名物は、湯浅醤油と金山寺味噌だ。
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旧湯浅町役場。5月に引っ越したばかり。ここは近く取り壊されるのだろう。
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紀伊半島のあちこちにある熊野古道を行く。
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熊野古道の核心部が世界遺産になって知名度が上がっただけに、あちこちの熊野古道でその存在を主張し始めた感じ。

こちらは廃屋になった洋館。
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湯浅町のマンホールはイニシャルのY。
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この道標は天保九年(1838年)の建立。
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「南 右いせかうや(伊勢高野) 東きみいてら(紀三井寺)」とある。

逆側は「北すぐ熊野道」。
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はすむかいの立石茶屋(「立石」とは上記の道標のこと)は休業日。
江戸末期頃の町屋を改修した休憩所だ。
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おお、にぎやかなデザインのマンホールもあるではないか。
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熊野道方面に行くと、右手に深専寺。
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その門前に、「大地震津なみ心え之記碑」が立つ。
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全文は以下の通り。建立は安政三年11月。当時の住職善徴上人による。
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要約すると、安政元年(1854年)11月5日、強い地震があり、津波が押し寄せてきた。この地震の際、浜に逃げたり、船に乗ったりした人々は溺れ死ぬ人が少なくなかった。
今後万一、地震が起これば、津波が来るものと考え、絶対に浜辺や川筋に逃げず、この深専寺の門前を東へと向かい、天神山へ逃げるべし。そういう内容だ。
これより、約150年前の宝永四年(1707年)の地震の時も浜へ逃げて、津波にのまれた人々が多数いたが、当時そんなことを知る者は少なく、今回も多くの犠牲者が出たため、この碑を建てて、後世に伝えようとしたようだ。
隣村の広村に伝わる「稲むらの火」の物語は、この安政の大地震の時のものである。

さらに進むと、めずらしい砂糖専門店。
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確かに砂糖が各種並んでいたが、これだけで商売が成り立つのだろうか。
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ここを左折すると、右手に「湯浅おもちゃ博物館」。
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土日・祝日のみの営業なので、この日は開いていなかった。

鍛治町通りを北上。
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こちらは糸屋さん。
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明治7年建築の醤油醸造元・栖原家。
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長大な間口に6つの虫籠窓がずらりと並ぶ竹林家。
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鍛治町通りと北町通りの交差点にあった旧岡正酒店は現在、休憩所として活用されている。
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その向かいに、明治11年建築の麹製造販売・津浦家。
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楠山鮮魚店にはどこかの取材が入っていた。
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その隣は戸津井醤油醸造場。
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その向かいは橋本歯科。随分古そうだ。
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醤油の町・湯浅の手焼きせんべいは美味しそう。
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このお店は、行灯も集めているようだ。

少し歩いた右手に、きりえ美術館。
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さらに金山寺味噌の太田醸造場。
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向かいに北町ふれあいギャラリー。
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南へ入る路地に「甚風呂」への矢印があったので行ってみる。
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甚風呂は正式には「戎湯」といい、幕末から昭和60年まで営業していた公衆浴場である。
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通称の由来は、創業者が湏井甚蔵の名にちなむ。
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明治前期頃の建築だそうだ。
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中は冷房が効いていて涼しかった。
外に出ると、向かいにある湯浅まちなみ交流館の方に「休んでいって」と声をかけられた。
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少し喉が渇いていたので、お言葉に甘えて、中に入り、冷たい麦茶をいただいた。

(つづく)

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和歌山電鐵・紀州湯浅(上)

【2015年7月28日(火)】和歌山電鐵・紀州湯浅
本日は仕事が始まる前に、和歌山電鐵貴志川線を乗り鉄。
5:55和歌山発の始発電車に乗るため、4:40に起きた。
準備をして5:30にホテルを出発。
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(ホテルから眺めた北東方向の市街地)
さわやかではないが、それほど暑くもないので助かる。

新町橋で和歌川を渡る。
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さらに新通商店街を横切る。
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地図を見て、ホテルから和歌山駅までだいたい2km弱と読んでいた(実際は1.7kmだった)ので、まあ25分で間に合うだろうと思ったが、坊主丁の交差点で見えた駅が遠いこと。
これは、このままちんたら歩いていたのでは間に合わないと思い、小走りで急いだ。

なんとか5分前には和歌山駅に到着。
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たまの足跡を追って、ホームの階段を下る。
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窓口で一日乗車券を購入。
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終点の貴志までは片道370円なので往復で740円。
一日乗車券は720円なので20円お得。いちいち切符を買わなくていいのも助かる。

入線していたのは、「わかやま国体」のラッピング電車。
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ホームには、年間利用者数250万人の目標を示す表示が。
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4、5月2か月間の実績が42.8万人。目標より2.9%を上回るペースのようだ。
これも故たま駅長のおかげであろう。

2両編成の2両目に陣取る。
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始発の下りは私を含めて乗客は3人だけ。
他2人は1両目に座っているので、2両目は私が独占。

一駅一駅、立ち上がって駅名標の写真を撮影していった。
次の駅の田中口駅は失敗したので、その次の日前宮(にちぜんぐう)駅から。
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神前(こうざき)駅。
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線路には適度に草が生えていて、いい雰囲気。
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竈山(かまやま)駅。
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車窓は一面の水田。
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交通センター前駅。
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ここまでに全員降りて、しばらく私の専用電車に。
撮影は誰にも気兼ねなくすることができた。

岡崎前駅で列車交換。
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さすがに上り電車は通勤通学客が乗っている。
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吉礼(きれ)駅。
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次の伊太祁曽(いだきそ)駅で再び列車交換。今度はたま電車。あれに乗りたかった。
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山東(さんどう)駅。結構、この路線は難読駅名が多い。
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大池を渡る。対岸に見えるのは、料理旅館大池荘。
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大池遊園駅。
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西山口駅。
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このあたりから数人乗ってきた。

甘露寺前駅。
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6:25に終点の貴志駅に到着。
ホームには「おもちゃ神社」と「ねこ神社」が並んでいた。
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その後、「ねこ神社」はたまの御霊を祀って「たま神社」に改められたらしい。

向こうはどん詰まり。
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ここは言わずと知れた「たま駅長」の駅。
ただ、今年6月22日に亡くなったばかり。
駅舎はメモリアルムード満点だった。
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構内をいろいろと撮影して、改札を出ようとしたら、誰もいない。
無人駅だった。
切符を誰に見せたらいいんだときょろきょろしていたら、電車の運転士がつつっと寄ってきて、「乗車券を拝見できますか」と一言。
堂々と一日乗車券を提示して、外に出る。

駅舎は猫のデザイン。
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「たま」はもともと駅の売店「小山商店」の飼い猫だったが、「招き猫」の期待をこめて、2007年1月に駅長に就任させたところ、人気が爆発。
それに伴って、2010年8月、駅舎まで新築された。
「たまミュージアム」も併設されている。

この「たま」効果で、和歌山への観光客もかなり増えたらしく、社葬には和歌山県知事も参列したらしい。
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折り返し6:32の和歌山行きがあるが
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これで戻るのはあまりに味気ないので、一つ先(手前)の甘露寺前駅まで歩いて、7:07発の電車に乗ることにする。
そうすれば、甘露寺前駅もじっくり撮影することができる。
30分もあれば余裕で歩けるだろう。

駅前のたたずまい。なんの変哲もない、ローカル線の駅前だ。
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すぐ横の踏切を渡って、少し坂道を登る。
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間もなく、平池の東端にある三角点(52.5m)に突き当たる。
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平池はおそらく灌漑用のため池だ。あまりきれいではない。
このあたりに無数にあるため池の中ではかなり大きい方。
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周辺には平池古墳群が点在している。
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池畔に整備された遊歩道を北西へ進む。
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遊歩道の屈曲点には石仏が祀られていた。
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その右奥に、双子三昧塚古墳。
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ここで遊歩道から離れ、甘露寺前駅に向かう。
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途中、和歌山電鐵の電車が通過。ギリギリで写真の枠に収まった。
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甘露寺前駅到着。
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ここで数分待って、7:07発の電車に乗り込む
予想はしていたが、上りは通勤通学客で混みあっている。
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まだ2つ目の駅なのでさすがに座れたが、停車するたびにどんどん乗ってくる。
経営上とてもいいことだ。
私は廃線好きだが、やはり鉄道は走ってなんぼ。廃線になんかなってほしくない。

往路で写真はみな撮ってあるので、復路は落ち着いて乗っていられる。
でも、終点1つ手前の田中口駅だけは撮らないと。
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7:42和歌山着。
大勢の通学通勤客とともに、電車を下り、帰りはタクシーでホテルに戻る。
8:40フロント集合なので、それまでに朝食やら歯磨きやらを済ませないといけない。
朝食はバイキング。
名産の梅干はたくさん種類があったが、塩分3%のはちみつ梅を1つだけいただいた。

仕事の話は省略。
12時半には解放されたので、同僚とともにタクシーで和歌山駅に向かう。
運転手さんに「駅周辺においしい店ありませんかねえ?」と聞いてみたが、芳しい回答が得られない。
「○○なら何でもありますよ~。駅から7、8分離れてるけど。そこ行きますか?」
「いや、和歌山に来たらここ!みたいのがいいんですけど」
「う~ん、和歌山は何もないからねえ。最近はラーメンが有名だけど」
「ラーメンは昨日食べました。まあ、じゃあいいです」
と諦めている間に、たまたま和歌山ラーメンの元祖「井出商店」の前を通過した。
やはりかなり並んでいた。

とりあえず駅まで行き、駅チカのそば屋に入る。
同僚が「しらす丼」を食べたいと行ったからだが、私は昨日食べたばかりなので、和歌山とは関係ないが、思い切ってカレーかつ丼にした。
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いつもはカロリーを気にして食べないけど、今日は野外で働いたから、いいだろう。

お腹もふくらんだところで、今夜の宿泊地・御坊に向かう。
台風の影響で一部不通だった区間もこの日までに復旧しており、乗り残しを作らないで済む。
13:45発の御坊行き普通列車に乗り込んだ。
インターハイ関係者が結構乗っていた。

(つづく)
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南海電鉄・加太港(下)

【2015年7月27日(月)】南海乗り鉄・加太散策
和歌山市・加太で淡嶋神社を参拝した後、すぐ前の公衆便所で用を済ませて、鉢巻山(134m)に向かう。
舗装道路を登っていると、遊歩道の入り口で、外国人の女性に声をかけられた。
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「これはどういう意味ですか」と聞いているようだ。
「山道の入り口ですね」
と直訳の英語で答えた。納得した様子だったので、よかった。

和歌山市立少年自然の家に立ち寄る。
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ここで、鉢巻山への地図をもらい、職員に道を聞く。
事前の調査で、ここに行けば地図をもらえることがわかっていたのだ。

自然の家の敷地内に、加太砲台跡があった。
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説明書きによると、加太・深山地域には5か所の砲台があり、それらは明治25年から37年にかけて建設されたものだという。
ここには加濃砲が4門据えられていたらしい。

自然の家から出ると、目の前に「友達広場」が広がっている。
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頂上への道はしばらく舗装されている。
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ヤマモモやアカメガシワなどの常葉樹が生い茂っている。
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ほどなく、道は砂利になった。
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途中にある見晴らしの丘も砲台跡である。
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上に登ると、緑の芝生になっていた。
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ここからも沖ノ島と地ノ島が一望できた。
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そのさらに奥に見えるのは淡路島か。
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さらに進んで、家族の広場に出ると、ここも砲台跡。田倉崎砲台というそうだ。
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ただし、ここはフィールドアスレチックになっている。
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この活用はちょっと違和感がある。

上に登ると、ちょっとした展望台があった。
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ここから見下ろすと、砲台が据えられていた円形の基壇がよく分かる。
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これがいくつも並んでいた。
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目を転じると、加太港が一望。
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友ヶ島(沖ノ島)もちゃんと見える。天気は穏やかに見えるのだが。
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さらに、キノコの道を奥へと進む。
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頂上部分も要塞になっている。
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登ってみると、砲台跡は池になっていた。
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一番、高い部分はこのあたり。
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池にはフェンスで囲まれていて中に入れないし、頂上にも山名板はなかった。
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「小鳥の森」という名前がついているだけだ。
古い標識はもう何が書かれていたか全く分からなくなっている。
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ちょっと残念な山頂だったが仕方がない。

ここからまた自然の家まで戻って駅に行くのは大変な遠回り。
地形図では、鉢巻山の直下まで住宅街が迫っているのがわかるので、自然の家の職員に「住宅地に直接下る道があるかどうか、出発前に聞いてみた。
すると、「あるけど、標識も何もないので、わかりにくい」という。
「じゃあ、探してみて見つからなかったら戻ります」と安心させておいた。
でも、道はすぐ見つかり、そんなにヤブでもなかった。

住宅地は斜面を切り開いて造成されており、かなり舗装道路を下る。
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大きな道に出たら、それを北上。右手に緑色に濁った池が見える。
地形図には山田池と書かれている。
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退屈な道を20分ほど歩く。
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15:40頃、加太駅に到着。
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駅前の店でアイスがないか聞いたが、なかった。残念。

15:56発の和歌山市行きに乗り。16:27に到着。
スマホの検索で、すぐ乗り換えて和歌山港に行けると思っていたが、なんとちょうど1時間勘違いしていた。
たった1駅のために1時間待ちとは。
歩こうかとも思ったが、地図を見ると意外に距離がある。

とりあえず駅舎の写真を撮ろうと外に出たら、いよいよ雨が降り出してきた。
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これはさすがに歩くのは無理だ。

それでも駅前の「中央商栄会」という商店街を見学。
再開発直前なのか、シャッターが目立つ。
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木造のアーケードも珍しい。

さて、あとはどうやって時間をつぶすか。
またお腹が空いてきたので、どこかの店で何か食べることにした。
駅地下には5店舗くらい入るスペースがあったが、こちらもリニューアルでもするのか、ほとんどがもぬけの殻で、焼肉屋しかやっていない。
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焼肉という気分ではないが、ここしかないし、「絶対おいしい」と書いてある。
選択肢もないので、ここに入り、ハラミ定食(800円)を注文。
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テーブルの鉄板で焼いて食べた。確かにおいしかった。

満腹になって店を出て、駅に戻る。
南海和歌山港行きは7番線から17:30発。
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相互乗り入れを絶った線路で、和歌山市~和歌山港1駅だけのピストン運行をしている。
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車内はガラガラ。
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和歌山港駅には4分で到着。
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この先にまだ線路は水軒駅まで延びていたが、2002年5月に廃止されている。
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また和歌山港までの途中駅に保町駅、築地橋駅、築港町駅があったが、これも2005年11月に廃止された。

駅の外にでて、まずは駅舎撮影。
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続いてフェリーターミナルに行ってみる。
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実はここに1983年3月に来たことがある。
自転車ツーリング中、ここから徳島にフェリーで渡ったのだ。
でも、もう32年も前のことなので、風景の記憶が全くない。
夜だったせいもあるだろうが、建物も建て替えられているかもしれない。
11分の滞在で、17:45発の和歌山市行きに乗り込む。17:50和歌山市駅着。
これで本日の乗り鉄ミッションは終了。

市駅から歩いて、和歌山城の北にあるダイワロイネットホテルに向かう。
その間の見ものを経由していく。
まずは、勝海舟寓居地。
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南方熊楠生誕の地。
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寄合橋は昭和16年の竣工。
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和歌山城の外堀にあたる市堀川遊歩道はすでに開放時間を終えていた。
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和歌山市役所。
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正面に和歌山城。
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躍虎まつりの碑。昭和60年に始まった歴史の新しい祭りのようだ。
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石垣の美。
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一の橋と大手門。
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18時半頃、ホテルにチェックイン。
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まずはお風呂で汗を流す。
20時からの打ち合わせのため10分ほど離れた場所に移動。
あす朝の出発時間は8:45と決まったので、その前に朝いちで貴志川線を往復できる。よし!

帰りは名物「和歌山ラーメン」を食べようと、ホテルに近い「○京」に向かったが、なんと21時で閉店。間に合わなかった。
やむなく、わりと近くにある「幸太郎」へ。
そんなに和歌山ラーメンらしくないラーメンだった。
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日本料理の職人が作ったラーメンらしい。
店内は体育会系の風体のお客さんばかり。
おそらくインターハイ関係者なのだろう。

本日はなんと通算5食も食べてしまった。
ホテルに戻り、あすに備えて早めに就寝した。

【行程】2015年7月27日
鉄道:新所沢(4:55)~高田馬場(5:33)(西武新宿線)
鉄道:高田馬場(5:41)~品川(6:04)(山手線)
新幹線:品川(6:23)~新大阪(8:43)(東海道新幹線・のぞみ3号)
鉄道:新大阪(9:03)~和歌山(10:04)(阪和線・特急くろしお3号)
鉄道:和歌山(10:40)~和歌山市(10:47)(紀勢本線)
鉄道:和歌山市(10:52)~みさき公園(11:06)(南海本線)
鉄道:みさき公園(11:09)~多奈川(11:15)(南海多奈川線)
鉄道:多奈川(11:27)~みさき公園(11:33)(南海多奈川線)
鉄道:みさき公園(11:36)~和歌山市(11:49)(南海本線・特急サザン15号)
鉄道:和歌山市(11:56)~加太(12:20)(南海加太線)
鉄道:加太(15:56)~和歌山市(16:27)(南海加太線)
鉄道:和歌山市(17:30)~和歌山港(17:34)(南海和歌山港線)
鉄道:和歌山港(17:45)~和歌山市(17:50)(南海和歌山港線)


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南海電鉄・加太港(中)

【2015年7月27日(月)】南海乗り鉄・加太散策
和歌山市駅7分の待ち合わせで、11:56発の加太線加太行きに乗車。
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この電車は結構混んでいて、皆さんにご迷惑なので、ほとんど写真が撮れなかった。

おとなしく座っているうちに、24分で加太駅に到着。
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ここは当然、終着駅。
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電車にはこんなマークが。どんな美味しい魚が待っているのか。
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駅舎の中もいろいろと宣伝色豊か。
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加太港は、紀伊半島の鼻先というか、西端に位置する。
「レールウエイマップル関西」を見て今回の旅の予習をしていたら、近くに登れそうな低山があるのを発見。
山に登ったりして、この港町でしばらく滞在しようと思っていたのだが、調べているうちに、ここから友ヶ島に渡れることが分かり、俄然行きたくなってしまった。
しかも山もある。
それで13時発の船に乗るべく、12:20加太着の電車で駆けつけたのだ。

しかし、駅を下りてみてびっくり。
なんと「友ヶ島航路は本日天候不順のため全便欠航」と立て看板が出ているではないか。
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じぇじぇじぇ~
少し曇ってはきたが、それほど天気が悪いとは思えない。
海上は風が強いということだろうか。

まあ、仕方がない。港町散策と鉢巻山(134m)登山に方針を切り替え、駅で街歩きマップを入手して、とぼとぼと西に歩を進める。
その前に駅舎を撮影。
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駅前の商店はそれなりの雰囲気。
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この顔はめパネルは、なんかおかしい。口から人の顔が出てしまう。
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新町温泉はなぜか、街歩きマップに載っていなかった。掲載拒否だろうか。
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手作り感たっぷりの食堂。
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「昭和初期のお好焼きの原型ようしょく焼き」に、ちょっとそそられたが通過。

こちらも手書きの標識。地元の小学生作成のようだ。
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国の登録有形文化財「旧加太警察署」。
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明治末期から大正初期に建てられた洋館で、現在は中村さんのお宅になっている。
民宿になっていた時代もあるそうだ。

その先の分岐に古い道標。
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「右 和か山(和歌山)道 左 あわしま(淡嶋)道」と刻まれている。
しかし、右と左が逆なのはなぜだろうか。

常行寺。
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常行寺のビャクシン。幹回り4.7mあり、樹齢400年と推定されている。
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港町特有の細い路地を歩く。
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またまた道標。これも左右逆。
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加太春日神社。
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路地にある防火用水。
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称念寺は工事中。
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土と石の壁の道をさらに奥へ。
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光源寺には天保10年(1839年)に藩命により「紀伊続風土記」を編纂した仁井田好古の墓があるという。
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どこにあるのか分からなかったので、ちょうど外に出てきた住職さん(?)に聞いたら、真ん前まで案内してくれた。
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初めて知った人だったが、合掌。

町の薬局に、こんな貼り紙。
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「阪本の赤まむし膏」とは初めて聞いたが、切り傷やにきび、肌荒れなどに効く外用軟膏剤。大阪に本社がある阪本漢法製薬が大正初期に開発した歴史ある薬品のようだ。

加太港に注ぐ堤川を渡ると、目の前に阿弥陀寺。
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対岸にはレンガ造りの倉庫。
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よもぎ餅は加太名物らしく、菓子舗がいくつかあるようだ。
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前者は先田商店で、そこでは「よむぎ餅」と言うらしい。

小嶋商店の「よもぎ大福」はまだお昼過ぎなのに、もう売り切れ。
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かなりこだわりを持って作っているようで、本当に人気なのかもしれない。
食べてみたかった。

この店は魚介類も扱っていた。
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たばこが「ご進物」になった時代があっんだなあ。ていうか、もうたばこ屋自体がめずらしいが。
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それと、この町にはカラオケ喫茶も多いように感じた。
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カラオケは貴重な娯楽なのであろう。
それにしても、懐かしいものがたくさんあるわい。

友ヶ島への船が出る波止場に来た。
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本来なら、この時期、1日6便も運行されているのに。
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やはり、どう見ても欠航である。
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仕方なく、加太港を眺める。
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沖に見えるのは、友ヶ島。友ヶ島は東の地ノ島と西の沖ノ島の2つからなるが、そのうちの地ノ島。
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港の北、城ヶ崎方面。丘の上に見えるのは、休暇村紀州加太。
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またまた路地裏探検。
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役行者堂へは長い階段。
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途中に観音堂。
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坂の上からは港町の様子が俯瞰できる。
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階段を117段上ると、役行者堂。
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境内から、加太淡嶋温泉・大阪屋ひいなの湯の向こうに友ヶ島(沖ノ島)が望めた。
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となりの地ノ島とは、ほんのわずかしか離れていない。
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帰り道、わき道に入ると、目薬井戸があった。
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ここは井戸も多い。こちらは草井戸。
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マップにある代官井戸はあちこち探し回ったが結局見つけられなかった。

加太港散策のメインのひとつ淡嶋神社に着いた。
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参拝する前に、ちょっと海岸に出てみた。
沖ノ島と地ノ島。なんだか、よく似ている。
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神社のすぐ横にある加太観光センターは廃業していた。
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すっかりお腹が空いていたので、門前に並ぶ茶屋を覗き込む。
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真ん中の「満幸商店」がサザエなど海産物の3色丼を出しているので、のれんをくぐったら、大変な混雑。
店員さんから「いらっしゃい」とか「お一人ですか」とか「少々お待ち下さいね~」とか、そういう声が全くなく、「ちょっと今、新しい客にかまっている暇はないんだよ」という雰囲気ありありだったので、待つのもいやだし、ここは止めて、奥の空いている魚市商店に移動。

メニューは地のものが少なかったが、釜揚げしらす丼が600円だったので、それを注文。
暑くて、麦茶をがぶがぶ飲んでしまった。
丼は600円だけあって小ぶりだったが、これはこれで満足。
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お腹がふくれたところで、神社に参拝。
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境内にはいろんな人形が動物の置物が、種類別にまとめて置かれている。
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動物は十二支すべてそろっていたが、全部は見切れないので省略してしまった。
しかし「お菊人形」みたいなのもあって、ちょっと不気味だ。
なぜ、こんなにあるのか社務所の人に聞いてみたら、ここでは人形供養をするので、いろんなものが集まってくるとのことだった。

人形置き場にはこんな注意書きがあった。
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みかん箱1個分あたり500円の焼却委託料と供養料を取っているようだ。
供養した上で、焼却処分してくれるのだろう。
焼却までの一定期間は境内で最期の時を過ごさせてあげているのだろうか。
ああいう置物は縁起物が多かったり、土産にもらったけど置き場所に困ったり、と処分を求める需要は意外に多いのかもしれない。

(つづく)

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南海電鉄・加太港(上)

【2015年7月27日(月)】南海・加太
7月27~28日に和歌山出張が入った。
27日夜8時の打ち合わせまでに、和歌山に着けばいいのだが、それではもったいない。
なるべく早く和歌山入りして、周辺の盲腸線を乗り鉄することにした。

自宅を4時半すぎに出発。新所沢4:55発の始発電車に乗る。
高田馬場で山手線に乗り換え、品川駅ナカで朝食のパンを調達。
6:27発ののぞみ3号博多行きに乗車する。
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まずは朝食。
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出張なので指定席。右の窓側だが、この日は車窓はあまり気にせず、パソコン作業に集中。そのあとはしばらくうたたねしていた。

目が覚めると、ちょうど伊吹山を通過するとことだった。
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新大阪8:43着。在来線ホームに移動し、自由席の列に並んで、9:03発の特急くろしおを待つ。
台風11号による被害で、紀勢本線が一部区間不通になっていたため、指定券の取り扱いを休止していると旅行代理店に言われていたのだ。
でも、その翌日から指定券の販売を再開していたらしい。

くろしおは定刻で入線。
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翌日、和歌山でインターハイの開会式があるので、かなり混雑していることを予想したが、意外にもガラガラだったので、余裕で座れた。
この特急は新大阪ではなく京都が始発なのだ。
シートのクッションがかなり弱っていて、随分古い車両であることが伺えた。
空いていたのに、次の天王寺でほぼ満席に。
インターハイ関係者らしき人はほとんどおらず、海水浴っぽい若者が多かった。

阪和線は信太山より南は未乗車区間。
以前、大阪府立弥生文化博物館に何度か来たことがあるが、そのときに阪和線をよく利用した。
和歌山に行くのは、3度目だが、1度目は自転車で行ったし、2度目は南海を利用したので、阪和線は乗り残し区間があったのだ。

ずっと車窓を見て過ごす。
三国ヶ丘駅付近で仁徳天皇陵に注目していたが、切り通しのためほとんど見えず。
その南にある履中陵はこんもりした丘がよく見えた。

「こっちが海側だからこっちに座ろう」と乗ってきた孫連れのおばあちゃんがいたが、海は全く見えなかった。

和泉鳥取駅を過ぎると、和泉山脈越えにかかる。
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阪和自動車道と交差を繰り返しながら山間地を走る。
峠は雄ノ山トンネルだが、ここが県境ではなく、もっと手前だった。

紀ノ川を渡って間もなく、和歌山駅に到着。10:04。
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何本かの電車が停車していた。
紀州路快速。
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和歌山線粉河行き。
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駅構内には様々な観光PRの看板があった。
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あちこちで写真を撮っていると、カメラを提げた少年に声をかけられた。
「撮り鉄さんですか?」
「まあ、そうかな。ただの記録写真だけどね」
「カメラは何ですか?」
「カシオだよ。あまり聞かないでしょ。計算機のカシオ」
「はい」
「君は撮り鉄さんなんだね。頑張ってね」
みたいなやりとりがあった。
大人に話しかけてくるテツ少年なんてめずらしい。
つい応援したくなった。

乗車券は和歌山市駅まで買ってあるので、ここでは途中下車。
駅前に出て、駅舎を撮影する。
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う~ん、和歌山も暑い。
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和歌山市のマンホールは手鞠。
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西条八十作詞・中山晋平作曲の童謡「鞠と殿さま」にちなむのだろう。
「てんてんてんまり、てん手まり~」のあの手鞠唄だ。
5番まである歌詞は全然知らなかったが調べてみると、手がそれて垣根を越えていった手鞠は、ちょうどお国に帰る紀州の殿様の大名行列に紛れ込み、駕籠の上に乗っかってしまった。手鞠は殿様に抱かれて紀州に入り、みかんになったという話。
昭和4年に発表され、「波浮の港」「東京行進曲」で知られる佐藤千夜子が歌って大ヒットした。
それが、和歌山のイメージソング的な存在になっているようだ。
明るい唄だが、よくよく歌詞を読んでみると、なにか暗い意味が込められているような気がしないでもない。

まあ、それはともかく、暑いし、早々に駅に戻る。
小腹が空いたので、ベーカリーでパンを2つ購入。

続いて10:40発の和歌山市行きに乗るため改札を通過。
その時、この表示を見て、安堵。
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おお、紀勢本線復旧している。これで乗り残しをしないで済む。

和歌山市行きに乗る前に、和歌山電鉄の貴志川線を見学。
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タマ駅長が死んだばかりだったが、この会社はもうタマさまさまなので、タマ一色である。

さて私が乗るのは、この電車。和歌山~和歌山市間2駅のみの運行だ。
この区間も紀勢本線である。つまり紀勢本線の終点は和歌山市駅(起点は亀山駅)ということになる。
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ロングシートなので、ちょっと恥ずかしかったが、車中、さっき買ったパンをかじる。

7分で和歌山市に到着。
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和歌山駅はJRのターミナルだが、和歌山市駅は南海のターミナルだ。
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乗り換え時間5分で、南海本線普通難波行き(10:52発)に乗車。
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なつかしい紀ノ川橋梁を渡る。
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前回、出張に来たのはこの橋の取材だった。
2002年7月だったので、実に13年ぶりの再訪ということになる。
当時はまだ1998年に起きた和歌山カレー事件の余韻さめやらぬ頃だったっけ。

橋を渡ると、本線と加太線(左)が分岐する。
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和歌山大学前駅を過ぎて孝子トンネルで再び県境を越える。
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これで「きょうし」と読むとは初めて知った。というか、初めて聞く地名だ。
由来はよく分からない。
南海の孝子駅は南海本線でもっとも乗降客が少ない駅だそうだ。

実際、車内はガラガラ。
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11:06みさき公園駅に到着。
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3分の待ち合わせで、多奈川線に乗り換え。
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11:09発の多奈川行きに乗り込む。2両編成。乗客はほどんどいない。
この線の途中駅は、深日(ふけ)町と深日港でいずれも駅間距離が短いので、復路は駅舎撮影をしながら歩いて戻ろうかと思っていたが、友ヶ島に渡ることにしたので、時間不足で徒歩は却下。

車窓には風情のある木造の民家が次々に現れる。
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深日港駅通過。
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わずか6分、11:15に多奈川駅着。
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多奈川線は営業距離が2.6kmしかない。

盲腸線の終着駅らしい雰囲気に満足。
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和歌山市駅の乗り換えには改札がなかったので、この駅でJR切符を提示し、料金も精算。
和歌山市~多奈川は330円だった。

多奈川駅の駅舎。
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駅前には線路に並行して大きな道路が走っている。
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ここは大阪府岬町。マンホールはヨットのデザイン。
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多奈川駅は潜水艦などを製造していた川崎重工業泉州工場への足として1944年に開業した。
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深日港からは淡路島や徳島へのフェリーが発着し、大阪~淡路・徳島を結ぶ最短ルートとして賑わっていたが、1970年代以降、大阪港や神戸港から直接淡路や徳島を結ぶ航路が充実したため、乗降客は大幅に減少。ここからのフェリー航路は廃止されている。

12分の滞在で、乗ってきた電車にまた乗って、今度は加太線の終着駅加太を目指す。
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11:27発。
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再び深日港駅を通過。
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駅前には岬町役場。
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大川を渡る。
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みさき公園で特急サザン15号和歌山行き(11:36発)に乗り換え。
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自由席はロングシートで特急券は不要だ。
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ちなみに指定席はこんな感じ。
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和歌山市駅には11:49に戻ってきた。
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(つづく)
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パノラマ台(下)

【2015年7月26日(日)】パノラマ台
パノラマ台(1328m)から少し下ると、左手に本栖湖を望むスポットがあった。
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この稜線歩きはずっと樹林帯で、実はろくに湖も見えないから、貴重な場所だ。
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それにしても随分下る。標高差で150mくらいか。
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1178mピークは登り返しがなく、下ったまま着いてしまった。
二つのこぶの間を道が通過しており、いずれが1178mピークなのか分からない。
両方とも行ってみたが、どちらにも山名板などはなかった。
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道に戻ると、カップルが中之倉峠方面からやってきた。
私が道のないところから下りてきたのを見て「パノラマ台からですか?」と聞く。
「ええ」
「あれ? 巻き道でいいんだよね」と2人で話している。
「そうですよ。私は寄り道しただけですから、この巻き道でいいんです」
用足しをしていたと思われたかもしれない。
それにしても、こんな暑い日にこんな低山に登る日本人もいたとは。
でも顔は真っ赤だったから、彼らも相当暑さにまいっているのだろう。

展望がない代わりに、この道はけっこうキノコが豊富だった。
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ところどころに巨岩。
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この稜線のアップダウンは全然たいしたことはないのだが、左に傾斜したトラバース道を延々歩かされて、またまた右足が痛くなってきた。
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まともに歩けないくらいだ。
かかとをつかずに歩いたり、極端に内股にしたり、逆に開いたり。
こんなことを続けていては歩くフォームが崩れてしまいそうだ。

道が巻いていたので、気づかずに通過してしまったが、後で偶然知ったところによると、1146mピークは「大丸」という山名が付いていたことが判明。
ひとつ「登った山」を落としてしまったが、たぶん知っていても、この日は登る気になれなかっただろう。

まさにほうほうの呈で、中之倉峠に到着。
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とりあえず、1000円札の展望台まで進む。すぐ近くでよかった。
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展望台からは本栖湖がずどんと広がって、いい眺めなのだが、富士山がやはりほとんど隠れてしまった。
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1000円札の風景とは、ちょっと見、分からない。
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それとは別に、眺望を堪能した。
東を向いて、北岸を望む。
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南は長崎の向こうに竜ヶ岳(1485m)。
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撮影している間に、いきなり催してきたので、近くの林に分け入って、事なきを得る。
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人が多い時期なら大変だった。

再び展望台に戻り、座り込んで、今後の方針を検討。
現在12時半。仏峠の下までコースタイムで2時間半。
順調に行って到着は3時。そこから湖岸を延々2時間は歩かないといけないので、休みなしに歩いても5時になってしまう。

この暑さ、この足の状態で、あと4時間半歩くのは無理だ。
ここでエスケープすると、本日登った山(新規)はゼロになってしまうが、全く構わない。
前進は諦め、ここから下ることにした。
この下は富士山写真家の岡田紅陽が定宿にした浩庵荘があるところで、たぶんバスが2時ごろに来る。
それに乗れば、車道を歩かなくて済む。
いいことばかりだ。
歩き残した稜線と中ノ倉山(1247m)はいずれまた来よう。

と言い聞かせて、中之倉峠まで戻り、下りの道をとる。
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この道もキノコだらけだった。しかも、みな大きい。
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20分ほどで下界に下りてきた。
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まずはバスの時刻を確認。13:58だから、あと1時間近くある。
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その時間を利用して、湖畔まで下りてみることにした。
いい場所があったら、お昼にしよう。

下り口は浩庵荘のすぐ横にある。
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ここからも長崎と竜ヶ岳が見える。
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急勾配のコンクリートの道路を下ると、湖畔はキャンプ場になっている。
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キャンプ場を抜けると湖畔だ。
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湖畔にはテントと車がたくさん出ていて、多くの家族連れが湖水浴を楽しんでいる。
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水にさわってみたが、ぬるい。
でも裸になって入ったら、気持ちいいのだろう。
こちらは炎天下。暑いだけだ。
お昼を食べられるような、適当な日陰を求め、しばしさまよう。

湖岸には、さまざまな花が咲いていた。
タカネナデシコ。
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ネムノキ。
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ビロードモウズイカ。帰化植物だが、それほど攻撃的ではないらしい。
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しかし、この先、国道に通じる道は廃道になっているようなので、適地を見つけられないまま、来た道を戻る。
さっきの坂のきついこと。
この炎天下湖畔往復ですっかりへばってしまった。

バスの時間までまだ20分あるので、トイレの前のベンチに座り込み、ここで昼食にする。
そんなにトイレ感がないので、あまり抵抗はなかった。
残りのおにぎりを1個いただく。すでにあまり食欲がなかった。
5分くらい前にバス停へ移動。
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最後に展望台からの富士山と本栖湖の眺めを楽しむ。
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下部温泉発の大きな富士急バスが来た。
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駐車場側に回り込んでくれるのかと思ったら、車道を横断させられた。
客は誰も乗っておらず、めちゃめちゃ涼しい。
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ほっとしたというか、生き返ったとは、このこと。

10分も経たずに、本栖湖レストハウス前に到着。
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目の前にあった、本栖湖歴史館に立ち寄り、日帰り温泉の割引券をゲット。
竜ヶ岳のバッジがあったので購入した。
今日登った山ではないが、すでに登った山なので、罪悪感なし。400円。

車は日陰に止めておいたが、やはりサウナ状態。
ドアを全開、エアコンも入れて、室内温度を下げる。
靴下も脱いで、サンダルに履き替え、とにかく風呂に直行。
第一候補だった、精進湖畔・山田屋ホテルの展望露天風呂「日之出の湯」は団体が入っているとのことで立ち寄り入浴は不可。

そんなこともあろうかと、さっき割引券をゲットした、西湖畔の「いずみの湯」へ向かう。
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着いてみてびっくり。大型バスが2台も止まっている。
外にいたスタッフに聞くと、この団体さんはもう上がった頃だという。
ならばと覚悟を決めて入る。

割引券で900円が800円。
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入ってみると、意外にガラガラ。露天風呂も1人になれる瞬間があった。
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カランも並ぶことなく自由に使えた。
しかし、この暑さでは湯に長く入っていられない。
カラスの行水で上がった。
そのタイミングで、脱衣所には少年たちの団体がなだれ込んできた。
危なかった。

売店で巨峰ソフトを食べて、車へ。
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まだ3時半前。時間が若いので、下の道をちんたら帰る。
しかし、6月14日同様、国道20号は藤野の手前でほとんど進まなくなってしまった。
しかたなく前回と同じように大迂回。
城山近辺のガストで夕食。ノンアルで喉を潤す。
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相模原ICから圏央道に乗り、帰宅したのは9時だった。

暑い時は本当に注意しなければならないことがよく分かった。
エスケープ判断は大正解だった。

【行程】2015年7月26日(日)
県営本栖湖駐車場(9:10)~本栖隧道(9:23)~烏帽子岳(10:15休憩10:30)~パノラマ台(10:53休憩11:16)~1178mピーク(11:43)~中之倉峠(12:22休憩12:45)~中之倉峠登山口(13:03)~本栖湖畔(13:16)~同登山口(13:35)
※所要時間:4時間25分(歩行時間:3時間24分)
※登った山:2座(うち新規なし)
※歩行距離:7.4km

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パノラマ台(上)

【2015年7月26日(日)】パノラマ台
宝永山(2693m)に登った翌日はどうするか。
前日、何も決めないまま出発したので、決めなければならない。
また富士山に戻って、登り直すのも億劫だ。
山と高原地図は「富士山」しか持って来ていないので、その範囲でどこかないか。
いろいろと眺め回した挙句、本栖湖の北岸稜線の未踏区間をつなぐことにした。
本栖隧道からパノラマ台(1328m)に登り(この区間は下りで踏査済み)、左折して中之倉峠へ。そこから破線の道を佛峠まで歩き、湖岸の車道を本栖隧道まで戻る。
コースタイムで7時間くらいだろうか。
これで、パノラマ台から佛峠までの未踏区間をつぶすことができる。

沼津のホテルを7時過ぎに出発。朝霧高原経由で行くことにして、東名に乗る。
今日も天気がいい。またまた猛暑になりそうだ。
富士山に見とれているうちに(?)、西富士道路の分岐を通り過ぎてしまった。
富士川を渡る手前あたりで、「あれ、おかしいぞ」と思ったときは、すでに時おそし。
次のインターで下りて、上り方面に乗り直さないといけない。
なんたる失態。私も随分、年をとったものだ。
しかし、そこから次の清水ICまで長いこと。26kmもある。
往復で52km。ガソリン代や高速代も無駄になったが、むしろ時間的なロスが大きい。

清水ICの少し手前に新東名に移るジャンクションがあったので少し近道しようと色気がでた。
でも、「名古屋方面」と大きく出ていたので、「もしかして東京方面に行けない?」とビビッて、通過。清水までの数kmを惜しんで、今度は静岡まで行かないといけなくなっては大変だ。東京方面への道がないことはないだろうが、安全策をとった。
清水ICで下りてすぐ乗り直す。
おかげさまで、駿河湾のすぐそばを走ることができた。と負け惜しみを言っておく。

あとでよく調べたら、富士川SAがスマートICになっており、ここから出れば、そんなに時間を無駄にすることもなかった。失敗した。
今度は間違えないように、西富士道路に入る。
富士宮出口と一緒になっており、これが分かりにくかったのかもしれない。

右手に富士山を見ながら、西富士道路でぐいぐい標高を上げていく。
今日の富士山は間近なのに、なんだか霞んでいる。
やはり湿気が多いのだろうか。午後には雲がわきそうだ。

どっちから登るかも問題だったが、午後から富士山が見えなくなる可能性もあるので、景色のいいところを先に登ってしまおうと考え、やはり本栖隧道からにする。
となると、すこし手前の本栖湖レストハウス周辺に車を止めなければならない。
ちょうどよく、すぐ近くに県営本栖湖駐車場があったので、そこに駐車。
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到着は9時。なんと沼津から2時間近くかかってしまった。

日陰に唯一残っていた駐車スペースに、愛車を滑り込ませる。
ストレッチをして、10分後に出発。
背後には富士山が大きい。
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駐車場の奥には竜ヶ岳(1485m)。
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本栖隧道の登山口まで車道をしばらく歩く。
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この道からは湖は見えないので、山側の日陰を歩く。
やはり朝から暑い。ここはまだ標高900m。下界とほぼ変わらない。

本栖隧道の手前が登山口。
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すぐに樹林帯に入る。
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日差しを直接受けないのはありがたいが、やはり蒸し暑い。
ハイドレーションで努めて水分を取りながら、ゆっくり登る。

すぐに精進湖方面への道との分岐。かなり古い案内板だ。
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少し登ると一瞬だけ本栖湖が見えた。
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路面は踏み固められており、ジグザグに道を付けてあるので、斜度も比較的ゆるく歩きやすい。
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ただ、汗はひっきりなしに出てくる。
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手作りの小さな土留め。
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誰もいない。
こんな猛暑の日に、こんな低山を歩く人はいないよなあと思っていたら、上から声がする。
すれ違ってみると外人だった。男2人。
やはり、こんな日にこんな低山を登る酔狂な日本人はめったにいない。

なんとなくピークが見えてきた。もうすぐだ。
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烏帽子岳(1257m)にはほぼコースタイム通り50分ほどかけて、10:15に到着。
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三角点だけで、山名板はない。

ここからの眺めも抜群である。言うまでもなく富士山。
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高いところまで来たら、霞みが取れた。
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山中湖方面。左は杓子岳(1598m)、その右に三国山。
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西湖方面。左から三ツ峠山(1785m)、足和田山(1355m)、杓子山。
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西湖と三ツ峠山をズームで。
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さらに左。左から王岳(1623m)、鬼ヶ岳(1738m)、十二ヶ岳(1683m)、三ツ峠山。
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景色はいいが、樹林が途切れて、直射日光を浴びないといけないので暑い。
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ところが、何かの施設の陰にまわって、日陰に腰掛けると、上から風が吹いてくる。
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この施設の換気扇だろうか。扇風機がわりにしばらく当たっていた。助かった。
ここで行動食のチョコを食べる。

15分ほど休んで出発。
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この先少し下り、標高差100mほど登る。
25分ほどでパノラマ台(1328m)に到着。
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東屋とベンチがあって助かった。
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休む前に、撮影タイム。
CNN選定「世界7大禁断の地」のひとつ、青木ヶ原の樹海。
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竜ヶ岳と本栖湖。
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雨ヶ岳(1772m)と本栖湖。雨ヶ岳の背後にある毛無山(1946m)方面は雲の中。
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三方分山(1422m)。
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その右肩からのぞくのは、左から破風山(2318m)、雁坂嶺(2289m)、雁坂峠、水晶山(2158m)、古礼山(2112m)、燕山(2004m)。
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その右。雁峠の前に立ちはだかるのは三窪高原・倉掛山(1777m)。その右に笠取山(1953m)、黒槐山(2024m)、唐松尾山(2109m)。
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そのさらに右。唐松尾山の右に将監峠、竜喰山(2012m)、大常木山(1962m)。
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王岳から鬼ヶ岳。
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王岳の左肩には大菩薩嶺(2057m)。その左奥に飛龍山(2077m)。
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精進湖民宿村。
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精進湖。
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精進湖畔。
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精進湖の赤池付近。
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富士山の手前は大室山(1468m)。有名な子抱き富士。
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ひと通り、写真を撮った後、東屋に逃げ込み、稲荷のおにぎりを1個。
すっかり濡れてしまったタオルは地面に置いて乾かした。

休んでいる間に富士山にも雲がからんできた。
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ここでも20分以上休んでしまった。腰を上げなくては。
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ここにトイレがあると「山と高原地図」には書いてあるが、見当たらなかった。
すぐに左折。ここから未踏区間に入る。
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前回ここに来たのは2011年1月、三方分山に登ったときだった。

(つづく)
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宝永山(下)

【2015年7月25日(土)】宝永山
馬の背分岐から5分ほど下ると大砂走に合流した。
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名にし負うザレ場だ。
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確かに膝に優しく大股で歩けるのでスピードも出る。
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ただ深く埋まるので、前足は高く上げないと、溶岩の小石にひっかかって前のめりになってしまうので要注意だ。
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しばらくすると、時々10m先もはっきり見えなくなるような濃霧になった。
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ときどき休んでいる人がいる。
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山頂から延々下ってくれば、休みたくもなるのだろう。
こちらは下り始めたばかりなので、元気だが。

これは下り専用の道だからいいが、登りだったら大変だ。
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ところどころに小屋か東屋の残骸。
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やっと濃霧の下に下りて来た。
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このまま下ると、御殿場口に着いてしまうので、途中で右折しなければならない。
その道は「山と高原地図」では破線になっているので、分岐がはっきりしていない可能性もある。
見逃して通過してしまうのを恐れて、何度かスマホの「地図ロイド」で位置を確認したが、ちゃんと分岐には標識があった。ここが旧二合八勺(新だと五合六勺くらい)。
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ここで大砂走とはおさらば。
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イメージでは樹林帯の中だったが、全然視界が利く。
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標柱が一定間隔で設置されているので、踏み跡が拡散したりしても迷わなくて済むが、さっきみたいな濃霧だったら慎重に行かないと道を見失ってしまいそうだ。
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正面に美しい寄生火山、双子山が仲良く並んでいる。
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踏み跡と標柱を頼りに進む。
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全面、溶岩の砂浜のよう。
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地面に生えているのは、イタドリとフジアザミ(開花前)くらい。
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これはなんという植物だろうか。
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イタドリ以外にめずらしく黄色い花が咲いていた。キオンか。
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赤いイタドリは富士山に独特のもので、メイゲツソウともいうらしい。
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南斜面は宝永山(2693m)の噴火の影響なのか、山梨県側より低いところまでしか樹林がない。
地面が柔らかいので、足への負担も軽く、軽快に下れる。

上双子山(1929m)は頂上まで標高差で40mほどしかない。
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でも急斜面でザレているだろうから、登るのはかなりしんどいだろう。
あの裏側(南東斜面)に登山道があるが、そちら側はふもとの標高が低いので、150mも登らないといけない。コースタイムは30分になっている。
下りは15分なので、ここも小さな砂走のようなものなのだろう。
今回はスタートがあまりに遅すぎたので、色気は出さない。
もう15時を過ぎている。まっすぐ下っても下山は17時になりそうだ。

頂上に見える突起はどうやらケルンのようだ。
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あそこから見る富士山も見ものかもしれない。いずれ再訪しよう。

傾斜はどんどんゆるやかになっていく。
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地面も締まってきて、どこを歩いてもいいような状態だ。

正面に見えていた上双子山がどんどん左手に移っていく。
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標高が下がり、イタドリ以外のお花もちらほら見かけるようになってきた。
これはホタルブクロ。
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ムラサキモメンヅル。
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芝居の大道具のような光沢の形の整った火山弾がぽつんと落ちていた。
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四辻に着く前に、登山者の姿を発見。
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宝永山から直接、御殿場口に向かう方々のようだ。
私もそのコースを検討したのだが、やはり大砂走を歩いてみたかった。
富士山駅伝で下りの選手がたすきを渡した後、勢い余って豪快に転ぶ姿が印象に残っていたからだ。

四辻まで下ってきたところで小休止。
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ここが二合目で標高約1810m。
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さすがに標高が下がって、少し暑さを感じるようになってきた。
ゆで卵を食べる。

背後に上双子山。左手に下双子山(1804m)。
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休んでいる最中にも、1人通過して行った。
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みな御殿場口に向かう。
この道を経由して水ヶ塚に向かう人は、かなり少ないのだろう。

10分ほどで出発。
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すぐに低木が生え出してきた。
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そして樹林帯に入る。
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石も大きくなり、木の根もあるので、少々歩きにくくなった。
かつての溶岩の流路だろうか。
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これを過ぎると、幕岩上の標識。
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ズミの花がまだ咲いていた。
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間もなく「幕岩5分」の表示。
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きっと景勝地なのだろうが、分岐の先はずいぶん下っているので、これはパス。戻るときに登りが面倒だ。

樹林帯の中をどんどん下っていく。
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四辻から20分で、須山下り1合5勺を通過。
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鬱蒼とした森の中を黙々と歩き続ける。
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足元もさらに歩きにくくなってきた。
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さらに20分ほど歩いたところで、須山口御胎内まで5分の表示。
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今回は、そんなに急な下りもなさそうなので寄り道してみる。
すると2分と歩かないうちに着いた。
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やはり溶岩流のあとの空洞で、胎内めぐりのようなものだ。
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でも天井が一部崩落していて、鳥居の上の空洞は立ち入り禁止になっていた。
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というわけで、下の空洞をくぐり抜けてみた。
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儀式を終えて、登山道に戻る。
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引き続き樹林帯の中を黙々と歩く。
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このあたりは結構いろんな道が入り組んでいるようだ。
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かなり長い。ゴールはまだか。
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標高差があまりないのだけが救い。
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宝永山への道と合流するところで、これから登り始める若者2人を発見。
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この時間から登り始める人がいるとは、さすが富士山。
彼らは1合目から徹夜で登って、明朝のご来光に間に合わせようというのだろうか。
私は暗い中歩くことは基本的にしない。景色が見えないからだ。

ここまで来れば、ゴールはすぐそこ。
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登山口には5時すぎに到着。
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車道を渡って駐車場へ。
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世界遺産登録の碑と富士山スカイラインの「日本の道100選」選定記念碑があった。
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売店を冷やかしてから、トイレへ。
ここに設置されていたポリ容器の水で軽く顔を洗う。

ここからすぐ登れる寄生火山があるようだ。
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腰切塚(1496m)か。今度「登った山」稼ぎのために、このあたりの寄生火山つぶしをしに来ようか。

頂上までは行かなかったが、3年ぶりに富士山の雰囲気を味わった。
富士山は頂上だけではないと実感。
なんて、なんだかお腹がすいてきたぞ。急ぎ、宿に向かった。

【行程】2015年7月25日(土)
富士宮新五合目(12:12)~新六合目(12:35休憩12:45)~宝永山第一火口(13:05)~宝永山火口壁屈曲部(13:29休憩13:40)~宝永山(14:06休憩14:23)~馬の背(14:31撮影14:35)~須山下山歩道分岐(15:05)~四辻(15:37休憩15:47)~須山口御胎内(16:30見学16:36)~水ヶ塚(17:11)
※所要時間:4時間59分(4時間12分)
※登った山:1座(宝永山)
※歩行距離:9.9km

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宝永山(中)

【2015年7月25日(土)】宝永山
六合目から10分ほどで、宝永火口が見えてきた。ものすごい迫力。
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宝永山(2693m)の頂上部分はちょうどガスの中。
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火口の底で休憩している登山者たち。
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鋭く屈曲する登山道。なかなかきつそうだ。
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富士山頂を見上げる。
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ここは第一火口分岐と呼ばれる地点。
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ここから火口の底まで標高差で50mほど下る。
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イタドリの株が荒涼とした風景にやさしさを与えている。
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とはいえ、どこか地球離れした風景。
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火口の南側の縁。
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火山はこの赤と黒の造形が特色である。高千穂峰も雌阿寒岳もそうだった。
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改めて見ると長い。火口の底から頂上まで標高差は250m以上ある。
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だから下るのがもったいない。
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底まで下りて来た。巨大な火山弾がゴロゴロしている。
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ここは標高2420m。
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火口底にある、ちょっとした高まり。
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ここで休憩していた団体が、ちょうど出発するところだった。
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後塵を拝すると面倒なので、ここは休憩せずに先に行く。
「1班」とか「3班」とか言っているので、相当な人数だ。30人くらいいるだろうか。

この先は火口壁の急坂を少しずつ登っていく。
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後ろから、団体さんが付いてくる。
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しかし、いくら歩いても進んでいるような気がしない。
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路面は火山噴出物のスコリアでザレており、足がずり下がるので、キックステップで進む。

北側の急角度の火口壁には植物も生えていない。
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ここは大雨が降っても、底には水がたまらないのだろうか。
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見上げると、上にもたくさんの登山者が歩いている。
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底から25分ほど登って、道が大きく屈曲するところに達したので、ここで小休止。
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その間に、団体さんも追いついてきて、彼らは少し先で並んで立ち休み。
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「もう十分歩いたので、休みましょう」とリーダーもしくはガイドさんと思しき人が大声で叫んでいる。
ちょっと日本語がおかしい。「十分歩いたので」に対応するのは「もう登るのをやめましょう」とか「もう下りましょう」である。
「休もう」と言いたいのなら、「もうかなり歩いたので」がふさわしいのではないか。
それとも静岡の方言だろうか。
「十分」の使い方が、ちょっと気になった。

休んでいる間に、どんどんガスが上がってきた。
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とうとう頂上付近も見えなくなってしまった。
やはり海側は雲が出やすい。

スタート時にすぐ前を歩いていた若いカップルも引き続き追いついてきて、やはりここで休憩。
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止まっているとはいえ、この団体を抜かしていくのは面倒なので、彼らの出発を待つことにした。
10分ほどで彼らは出発。
また「1班」「2班」「3班」との声が聞こえる。

カップルが「じゃあ、4班も行くか」と言って登って行った。
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なかなか茶目っ気がある。

というわけで「5班」も出発する。
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この先は少し登りが楽になった気がする。
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たいぶ登って来た。
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馬の背に向けて直進する道と分かれ、団体さんに続いて右折。宝永山へ向かう。
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あちらは馬の背の分岐。
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じきに傾斜はゆるやかになり。まもなく稜線に出た。
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ここから初めて御殿場口方面の展望が開けた。
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富士山の大斜面。
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他の惑星に下り立ったような気分だ。
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この寄生火山は手前が上双子山(1929m)、奥が下双子山(1804m)。
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間もまく、これらもみな、あらかたガスに隠れてしまった。

稜線に出てすぐ右、ちょっと下ったところに人だかり。
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あそこが宝永山の頂上のようだ。
他の団体もいたようで50人近くいる。

まさか宝永山がこんなに混んでいるとは思わなかった。
とにかくガスで真っ白なので、標柱の写真だけ撮って、すこし離れたところに退散。
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そこにイスを出して座り込み、昼食の続き。パンをもう一つ食べる。
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食べている最中に、団体さんが相次いで出発し、いきなり山頂に誰もいなくなった。
チャンスとばかりにもう一回行って平和な写真を撮った。
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さっきのカップルがいたので、「やっと静かになりましたね」と声をかける。

しかしもう真っ白で、全く何も見えない。
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こちらも出発することにする。
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右も左も前も後ろも真っ白だが、馬の背の分岐に近づくにつれ、すこしガスが薄くなってきた気がする。
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背後の宝永山。
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分岐で富士山の山頂が姿を見せるのを少し待ってみる。
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完全ではなかったが、輪郭くらいは確認できるようになった。
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宝永山のガスもとれた。
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この分岐には「山で歌を歌う会」みたいなグループがいて、5人くらいで聞いたこともない民謡のような歌を直立不動で大声で歌っていた。
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最初は信仰登山の一種かと思ったが、どうやら違うようだ。
本人たちは気持ちいいのかもしれないが、近くにいる人にとってははた迷惑。
正直言ってやめてほしい。

さて出発。
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あちらは登っていく道。
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こちらはまっすぐ大砂走に向けて下った。
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(つづく)
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宝永山(上)

【2015年7月25日(土)】宝永山
関東地方は7月19日に梅雨明けして、いきなり暑くなった。
この週末も下界は猛暑日の予報。
手軽に2500m越えができるところはないかと考えて、思いついたのが宝永山(2693m)。
富士宮口の五合目までバスで行けば、一気に2400m。
そこから標高差300mほどで頂上だ。
ピストンではなく、そのまま大砂走に下り、途中右折して、須山登山道を経由して、ふもとの水ヶ塚駐車場まで戻ってくるコースにした。
初日八合目くらいまで登って、小屋に泊まり、翌朝富士山に登頂して下るという選択肢もあったが、小屋がめちゃめちゃ混んでいることが予想されたので、それは止めておいた。
翌日曜日のことは未定のまま、ゆっくりと朝8時に出発。

圏央道から東名に出た方が富士宮口は近いというイメージがあったが、ルート検索をすると中央道・東富士五湖道路経由の方が早かった。
しかし、車のラジオで、すでに中央道は相模湖ICを先頭に10kmの渋滞、圏央道にも影響しているとの情報が流れたので、中央道相模湖ICまで下の道を行く。
国道16号、20号とも、わりとスムースに流れていたが、それでも高速に乗るまで2時間近くかかった。

所沢から富士山は見えなかったが、大垂水峠まで来ると、くっきり見えた。
今日も実にいい天気で、本当に暑くなりそうだ。
中央道の富士吉田線に入ると、ほぼ全裸になった富士山が真正面。
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否が応にもテンションが上がる。

御殿場口下の桜公園にあるセブンイレブンで食料と水分を調達。
五合目へのシャトルバスが出る水ヶ塚駐車場には11時すぎに到着した。
駐車場は夜と早朝が混むとの情報だったので、この時間は大丈夫だろう予想していたのだが、期待通りスムースには入れて助かった。
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この好天で、しかも夏休みに入って最初の土日ということもあり、もしかして駐車場に入るところから並ばないといけないような状態だったらどうしようと、少し不安もあったからだ。

標高1450mから見る富士山。宝永火口が大きく口を開けており、ど迫力である。
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宝永山のアップ。
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富士山剣ヶ峰付近。
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バスは30分ごとに出ており、次の便は11:30ということなので、ゆっくり準備。
運賃は往復1500円、片道1150円。往復割引がかなりお得だ。
ていうか、往復前提で、片道をかなり高めに設定しているという印象だ。
バス停の近くに、富士山登山協力金の受付があったので、1000円支払う。
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スタッフは声をあげて、協力を呼びかけるでもなく、それほどやる気がみられなかった。
混雑している時はもっと熱心なのかもしれない。
この時間帯は、三々五々乗客が近づいてくる程度だから。
富士山の環境保護のために1000円くらいの入山料は義務化してもいいと個人的には思う。
でも、義務化となると公平性を担保するため、24時間体制であらゆる登山口に徴収スタッフを配置しなければならない。それでは入山料はたぶん人件費で消えてしまうのだろう。
7000円徴収しないと効果がないという試算もあったような気がする。

11:25頃、バスに乗り込む。最終的には30人くらいか。
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空いている方と言っていいだろう。
バスはマイカー規制をしている富士山スカイライン(登山区間)を、何度もヘアピンカーブを繰り返しながら、高度を上げていく。

時折、南アルプスの山並みが見えた。
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ちょうど12時に五合目に到着。
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さすがに暑くない。ありがたい。

まずはここからの眺望を楽しむ。
愛鷹山塊と奥に伊豆の山々。
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そのアップ。手前は越前岳(1504m)、左奥は位牌岳(1458m)。
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天城山。左端が遠笠山(1197m)、その右に万二郎岳(1299m)と万三郎岳(1405m)
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南アルプス。まだあのあたりは全く歩いてないので、詳細は同定不能。
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富士山頂上方向を仰ぎ見る。
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トイレを済ませ、今回は帰りに寄ることのない売店をしばし冷やかし。
ありとあらゆる富士山グッズが並んでいる。
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ストレッチを済ませ、12:15出発。
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(ほぼ同時に出発した方々)

登山口に幕末の英国外交官オールコック(初代駐日英国公使)の富士登山記念碑があった。
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外国人として初めて富士山に登った人だ。1860年のことだという。

まずは無粋なこんな階段。
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それを登ったら登山道。
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まだ2400m程度だが、いきなりこの高さまで来たので、高山病に注意して、意識してゆっくり歩く。
ハイドレーションを使って、水分も意識してとることにする。呼吸も深めに。

こんなところでコオニユリのお出迎え。
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巨大な溶岩も歓迎してくれた。
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大きな公衆トイレが道沿いにあった。
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なかなか豪快な眺めの登山道だ。
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イタドリがあちこちに咲いている。
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六合目へと続く道。下は山小屋に荷物を運ぶための車道か。
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振り返ると、五合目の売店。
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路面は溶岩そのもの。
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眼下に五合目の駐車場。マイカー規制中なので、みな関係者の車だろう。
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これは私の車がある水ヶ塚の駐車場。
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さすが富士山。人通りは多い。
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後ろからもこんなに団体さんが来る。
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溶岩に生える植物は限られているようだ。
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前方に六合目の山小屋が見えてきた。
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だいぶ雲が出てきたが、溶岩の向こうに愛鷹山塊と天城山。
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水ヶ塚駐車場の向こうは、フジヤマリゾート。
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広大な富士の裾野。自衛隊の演習林もあの中か。
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六合目には20分ちょっとで着いた。
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まだ全然疲れていないが、体を慣らすため、ひとまず休憩。
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雲海荘の前のベンチに座って、パンを一つ食べる。
高山病予防のため、昼食は2回に分けて食べることにした。

それにしてもこの混雑。
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こちらはお隣の宝永山荘。
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あれは宝永山から水ヶ塚への下山路。
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ちょっと雲海荘の中を見学して、10分ほどで出発。
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人が立っているように見えるあそこが宝永山の山頂だろうか。
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しばらく、女性2人組の後ろを、等高線沿いにトラバースしていく。
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イワオウギ。
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オオウメガサソウのつぼみ(たぶん)。
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振り仰ぐと山小屋が登山道に沿って、あちこちに立っているのが見てとれた。
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(つづく)
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焼額山(4)

【2015年7月20日(月)】焼額山
奥志賀高原スキー場の下り。再びゲレンデと合流すると、長い下りはあと半分だ。
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傾斜がゆるくなると、ほっと後ろを振り返る余裕ができる。
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ヤナギランやウツボグサ、ノアザミが咲いている。
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ほとんど下り切ったところに、りんどうの丘という散策路がある。
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その入り口にベンチがあったので休憩をかねて座り込み、汚れきった雨具の下を脱ぐ。
ついでに首から提げた地図もしまって、身だしなみを整える。
ホテルで日帰り入浴ができるか聞くためだ。
あまりに汚い格好だと、お断りされかねない。
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しかし、その前にバスの時間を確認しておこうとバス停に行くと、あと14分で12:50発の蓮池行きが出る。
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次は13:20発の湯田中駅行き、その次は14:20の蓮池行きなので、ここでお風呂に入ろうと思ったら、1時間半のんびりできる。
でも、ホテルに戻って、お風呂NGだったら、その往復の時間で12:50のバスに乗り遅れる可能性もある。
ならばと、バスの乗り換え地点である蓮池で入浴できるところがないかスマホで検索。
ホテル志賀サンバレーがヒット。電話してみたら入浴OKだったが、蓮池ではなく丸池の近くだという。
蓮池と丸池の位置関係がごっちゃになっていたので、「蓮池行きのバスでは行けませんね」と確認したら、「いいえ大丈夫です」というので信じた。
自販機で久しぶりにファンタグレープを飲んで、ひと心地。

12:50定刻通り発車。乗客は他にも数人いた。
みちみち志賀高原の風景を楽しむ。
途中の発哺温泉で下車したくなったが、日帰り入浴できる保証がないので、やはり断念。
しかし蓮池に着いてみたら、サンバレーはさらに先だった。

乗り継ぎのバスまであと30分もある。つまり、奥志賀高原13:20発のバスということだ。
それを待って、2つ先のバス停でまた下りるのもばかばかしい。
どうせ途中下車するなら、もっといい温泉に入りたい。
そこで待ち時間を利用してまた検索。
上林温泉の塵表閣に電話してみたら、このへんの旅館はみなやっていないが、湯田中駅の裏に日帰り入浴施設「楓の湯」があるという。

湯田中だとちょっとつまらないけど、駅まで行ってしまうのなら、電車にも乗りやすい。
そうすることにした。
こんなことなら蓮池の前の発哺温泉で下車すべきだったと後悔。
というか、考えてみればサンバレーまで蓮池から10分くらいなのだから歩けばよかった。
なんか判断ミスの連続であった。

とにかく湯田中駅行きバスを待つ。
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湯田中駅でバスを降りてびっくり、ものすごい暑さだ。
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蓮池とこんなに違うとは。
蓮池が標高1500m、湯田中600mくらいなので、単純計算で5℃ほど違うわけだが。

とにかく、楓の湯に向かう。
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保存されている旧駅舎の隣にあった。
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300円とは安い。
休日の駅前にしては、そんなに込み合ってはいなかったが、小さいところなので、カランはいっぱいだった。

内湯は43℃とめちゃめちゃ熱く、入っていられない。
露天はまだましだったが、この猛暑だけに湯につかるのは一回で十分だった。
体を洗って、早々に退散。
汗がひくまで随分時間がかかった。
冷房の効いた休憩室でドリンクを飲み、意を決して外へ。
駅前で300円のバニラソフトを買い、すでに入線していた15:30発の特急スノーモンキーに乗り込む。
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帰りは意外に空いていた。

行きと違って天気がいいので車窓が楽しい。これは高社山(1351m)。
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志賀高原方面。
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北信五岳もよく見えた。左は斑尾山(1382m)。
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飯縄山(1917m)。
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16:16長野着。さて、これからが戦い。
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みどりの窓口で確認すると、この後の新幹線は指定席がすべて満席。
ならば、長野始発のあさま自由席をねらうしかない。

17:06発が直近なので、それに並ぶ。あと40分以上ある。
ホームには2本分の表示がないので、その後だろうと勝手に決め込んで、先頭にザックを置き、ビールを買ってホームで飲み始める。
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(背後は別の新幹線)

16:41のはくたかを見送って、表示が繰り上がるのを見ると、17:06ではなく、17:36のあさまが出た。
ええっ。近くの駅員に17:06のあさまはないのかと聞くと、「あさまは発車ホームがまちまちなので、えっと11番線ですね」とのこと。
「じゃあ、あそこでたくさん並んでいるのが、そうですか?」
「ええ、そのようですね」
がーん。トップだと思っていたら、とんだ出遅れを演じてしまった。

あわてて、階段を駆け上がり、11番ホームへ移動。
それでも2号車は7~8人しか並んでいなかったので、余裕で窓際に座れそうだ。
経験上、2号車が一番のねらい目なのだ。
しかも、わざとグループのいる列にした。
その方々は固まって座ってくれるから、窓際に陣取れる確率が高くなるのだ。

入線すると、奥までは行かず、一番手前の3人席(北側なので太陽がまぶしくなく、浅間とかの山が見られる)の窓際に入る。
ザックは往路と同様、席の後ろに置いた。
コンセントもあるので助かる。スマホの充電に活用させてもらった。
場所を確保できたところで、弁当を買いにいったん車外に出る。
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求めたのは「信州寺町弁当」。
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幕の内系、酢飯系が好きなのだ。
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長野発の時点では隣の席は空いていたが、次の上田でもう満席。
軽井沢でぎゅうぎゅう詰めになった。
これではトイレにも行けない。

大宮で下りる段になり、後ろのザックを持ち上げて取ろうとしたら、後ろに立っていた人が手伝ってくれた。
やさしい人だと思ったら、私の席ねらいだった。
中国人のようで、ジェスチャーで「下りるのか」と聞く。
「そうだ」と言って、彼のかばんを私の席においてあげた。
ギブ・アンド・テイクだ。

無事、大宮で下車できた。
乗り換えは、武蔵浦和、秋津と結構ぴったりの時間に電車が来て、19時半には帰宅できた。
もう日が暮れていたが、埼玉も猛暑の名残があった。

今回とくに2日目がつらかったが、重いザックを背負って3日間で40km以上歩いた。
足首は痛いが我慢すれば、骨折前並みに歩けるようにはなった気がする。
でも、次回はもっと軽量化しよう。

【行程】2015年7月20日(月)
岩菅山(5:41)~ノッキリ(6:01)~アライタ沢(6:57)~底清水(7:20休憩7:26)~聖平登山口(7:34)~雑魚川遊歩道引き返し点(7:53)~プリンス西館(8:30休憩8:45)~焼額山登山口(8:50)~ゴンドラ山頂駅(10:07休憩10:10)~リフト山頂駅(10:22昼食11:00)~稚児池(11:06遊歩道往復等11:25)~1960m三角点(11:42)~りんどうの丘(12:27休憩12:31)~奥志賀高原ホテルバス停(12:37)
※所要時間:6時間56分(歩行時間:5時間52分)
※登った山:1座(焼額山)
※歩行距離:15.1km
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焼額山(3)

【2015年7月20日(月)】焼額山
焼額山(2009m)のゴンドラ山頂駅から山頂に向かう。
ここまで登山道とは離れてゲレンデを歩いてきたが、近くに登山道の木道が見えたので、そこから山頂の稚児池に向かう。
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登りだけに、傾斜のある木道が続く。
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この地面に落ちている標識を見て、奥志賀ゴンドラは運行しているのかと、ちょっと意外な感覚。でも私は逆方向の竜王山(1900m)に行く予定なので、関係ない(はずだった)。
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分岐では、まず稚児池神社の方に向かう。
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いきなり視界が開け、稚児池が眼前に広がった。
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ここはまさに頂上が池塘になっているという、極めて珍しい山だ。
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頂上台地全体が池塘だらけの苗場山(2145m)でも、頂上自体は乾いている。
焼額山はスキー場の山だから、冬に頂上に来る人は少なくないものかもしれないが、その時は雪に埋もれていて、この池塘は見えない。

夏もいつからかゴンドラの営業をやめてしまったようで、3連休なのに人影はまばら。
実にもったいない。
1時間半のアルバイトでこの景観が見られるなら、安いものだと思うのだが。
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対岸に看板が見えたが、人がいたので、まずは稚児池神社に参拝。
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社はなく、ほんの小さな石の祠だった。
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池畔のベンチで早めのお昼にしようと思っていたのだが、どこにもベンチがない。どうしようか考えつつ稚児池を半周する。
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すると、北東斜面のゲレンデに出た。
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正面に鳥兜山(2038m)が見える。
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苗場山は雲の中。
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このリフト降り場に少しだけ日陰があったので、まだ10時半前だが、あそこで炊事をすることにする。
と言ってもお湯を沸かすだけだが。
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場所が少し傾いているが、やむを得ない。

メニューは豚キムチラーメン。本当は朝食べる予定だったのだが、水が足りないので昼に回したのだ。
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でも、やっぱり暑い時に熱いものを食べるのはしんどかった。
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首に巻いていたタオルが随分湿っていたので、板の上に広げておいて乾かした。
風もほとんどなかったが、すぐに乾いた。

食事を終えて、リフトを後にする。岩菅山(2295m)の背後に大きな入道雲が出てきた。
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さて稚児池に戻ろう。
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逆サイドから見る稚児池も実に美しい。
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夏の雲である。
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ワタスゲがかすかな風に揺れている。
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やはり、ここが山頂のようだ。
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説明板によると、当然ながら池の水の供給源は雪解け水と雨水だけ。
底は水を通さない火山灰層だが、火口なのかどうかは分からないという。

稚児池をほぼ一周したが、まだ竜王山への道を確認できていない。
看板のところに、登りで抜かした若者がいたので、竜王山への道が分かるか聞いてみたが、知らなかった。
池を一周する道のほかに、湿原をめぐる木道もあるので、そちらに行ってみた。
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でも、竜王山に行く雰囲気ではないので引き返す。
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別の分岐の先も歩いてみたが、単なる周遊路だった。
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さっき、ゲレンデから分かれる樹林帯の中の登山道を避けてきたが、その途中に分岐があったのかもしれないと考え、ゴンドラ山頂駅から登って来た木道をさらに戻ってみる。
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どんどん下って、ゲレンデに出てしまったが、それらしき分岐はなかった。
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ゲレンデには子供たちが大勢登ってくるところだったので、ゲレンデには出ず、ぬかるみの道をまた登り返す。
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ゴンドラ駅の直近で、樹林から一旦ゲレンデに出る場所を通ると、もう子供たちが着いていた。
そのうちの一人が「ここが頂上ですか」と聞いてきたので、「いやこの道を登ったところだよ」と教えると、「先生~ここじゃないって~」と走り去っていった。

私は速足で木道を稚児池に向かって登る。
全く行ったり来たり、私はいったい何をしているんだ。
稚児池に出る前に、「立ち入り禁止」の札が下がった踏み跡がある。
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「もしかして、ここかな」と思いつつ、湿原の木道の先に分岐があるか確認のため再び頂上へ。
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湿原の木道はまさに湿原を1周する木道で、分岐など全くなかった。
こうなると、もうあの立ち入り禁止の道が竜王山への道としか思えない。
「山と高原地図」電子版(2015年)には「竜王山周辺と焼額山の区間は一般コースではなく、コース上に案内板はないが、毎年笹刈りが行われている」とは書かれている。
でも、立ち入り禁止の札が出ている以上、もしかして今年はまだ笹が刈られていないのかもしれない。
ぬかるみもありそうだし、さすがにヤブこぎはいやだ。

というわけで竜王山は諦めて、奥志賀高原ホテル方面に下ることにする。
そちらは夏季でもバスが1日12本も出ているようなので、普通に戻れるだろう。
しかし、このブログを書くために、電子版の「山と高原地図」をもう見て、愕然。
なんと「竜王山方面入口に立入禁止の看板あり」と書いてあるではないか。
なぜ、この記述に気付かなかったのか。
やっぱりあれでよかったし、おそらくは普通に行けたのだ。
これには本当にまいった。

しかしそんなこととは知らず、さっき昼食を食べたリフトのところから下山開始。
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正面が奥志賀ゴンドラ。
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さっきの地面に落ちていた看板のことが思い出し、動いていることをちょっぴり期待した。
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でも、運行しているなら、もっとハイカーがいるはずなので、それはありえない。

動いていないのを見て、やはりなあとため息。
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ただ、こちらの駅周辺にも、地形図に表示のない湿原や池塘があった。
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ゲレンデを振り返ると、緑がまぶしい。
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山頂駅のすぐ近くに、こんもりした高まりがある。
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1960mの三角点があるようなので、ちょっとしたヤブだけど入ってみたら、発見できた。
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この先は、奥志賀高原スキー場にリフトに沿って真北に下る。
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下り道は車道になっているが、傾斜がきつく、爪先が痛い。

正面には奥深い雑魚川の谷が見える。奥は台倉山(1853m)。
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第3高速リフトの頂上駅あたりから、奥志賀高原のホテルなど施設群を見下ろせた。
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左前方のなだらかな山は高標山(1747m)。
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この先はゲレンデから離れて、作業用道路を下る。
砂利だったり舗装されていたり。
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こちらも傾斜がきついので、道の端の草の上を歩いたりして、爪先の痛みの緩和を図る。
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我慢の1時間である。
途中、竜王ニューポートに電話をかけた。下山したら日帰り温泉施設まで送迎してくれると言ってくれていたからだ。
直接やりとりした人とは話せなかったが、「竜王山へ行く道が分からず、今回は行けなくなりました。お騒がせしました」と伝言をお願いした。

(つづく)
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焼額山(2)

【2015年7月20日(月)】焼額山
雑魚川の橋流出地点から200mほど戻ると、右手にちょっとササを刈ってある気配がある。試しに行ってみた。
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すると、なんと幅約10mにわたってずっとササが刈られており、上の車道まで通じているような雰囲気だ。
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ラッキー。これなら、かなり時間を節約できる。

期待通り車道に出ることができた。
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これで時間のロスは15分ほどで済んだかもしれない。
ほとんど車の来ない平らな道なので、この後はfacebookの投稿などしながら歩く。

それにしてもいい天気になった。
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右手対岸にプリンスホテル西館が見えてきた。
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もう荷物はみな担いで登るつもりなので、別に営業していなくても構わない。

一ノ瀬寮のバス停で右折。
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西館が正面に見える。
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ここが焼額山入口。と言っても登山者向けではなくスキー客向けの表示だろう。
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西館には何台か車が止まっていたが、どう考えても営業している雰囲気ではない。
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やはり冬季限定の営業なのだろうか。

こちらはスキー場のレストラン(休業中)の玄関に腰かけて、休憩。
残りのパンを食べる。
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正面に岩菅山(2295m)がくっきりと見える。
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悔しいくらいに晴れている。
さっきすれ違った方々はみな最高の景色を楽しんでいるだろう。

15分ほど休んで出発。
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さて、いよいよ焼額山(2009m)に登る。まずはスキー場の中に入っていく。
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登山口がはっきりしないのだが、スマホで現在地を確認しながら、進むとちゃんと右手にあった。
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「山と高原地図」では「山頂直下までゲレンデの中を通る」と書いてあるが、しばらく樹林の中。
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最初からゲレンデの中というわけではなかったようだ。

白樺の美林である。
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一旦ゲレンデを横断。
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振り返ると、東館山(1994m)のスキー場が見えた。
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岩菅山も美しいスカイラインを描いている。
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そして再び樹林の中へ。
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ザックは昨日よりはかなり軽い感触だが、それでも登りはきつい。
小さな歩幅でゆっくり登る。

途中、単独男性に追いついた。
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こんなペースでも誰かを抜かせるんだと思ったら、いろんなものを観察しながら、ゆっくり歩いているわりと若い人だった。

しばらくして再びゲレンデに出る。
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一面のセイヨウタンポポ。
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見晴らしは抜群。
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笠ヶ岳(2076m)。
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坊寺山(1840m)。手前はたぶん丸池スキー場。
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志賀山(右、2036m)と裏志賀山(左、2037m)。
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横手山(2305m)。
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ダイヤモンドスキー場。
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斜度はたぶん、樹林帯の中よりあるのだろうが、景色を楽しみながらだと、全然疲れが違う。
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岩菅山(右)と裏岩菅山(左、2341m)。
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東館山・高天ヶ原マンモスと中央奥は寺小屋峰(2125m)。
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後ろの稜線は、金山沢の頭から岩菅山への道。
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岩菅山への急登を横から見る。
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一の瀬から高天ヶ原へのホテル街。なんかスイスのよう。
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みんな傾斜のゆるい三角屋根。こういう統一性が街を美しく見せる。
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何度も同じものを見せてしまう。
すこし登るたびに休みを兼ねて写真を撮っているので、お許しください。
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スキー場は自然を破壊して造られてはいるが、この眺めは悪くないと思ってしまう。
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さっきの若者だ。何か調査をしているんだろうか。
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中央左は旭山(1524m)、その右奥は三沢山(1505m)だろうか。
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旭山の手前に琵琶沼がかろうじて確認できた。保護色で最初はよく分からなかった。
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登るにつれて、視界が広くなってくる。
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再び、岩菅山の雄姿。
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熊の湯スキー場の向こうに見えてきたのは、万座山(1994m)や黒湯山(2007m)あたりだと思われる。
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リフトの頂上降り場付近まで登って来た。
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このあたりは黄色と白のタカネニガナが咲き乱れている。
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さらに進むと通せんぼがある。
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地形図に従い、ゲレンデから離れ、尾根道に入る。
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これが失敗。樹林の中で展望が効かないし、ぬかるみもある。

またゲレンデに出たので、そのままゲレンデを登ってくればよかった。
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昨日、漫歩した稜線。
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左手に一瞬、北アルプス方面が見えたが、稜線は雲の中だった。
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ザ・志賀高原。
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この先もまた樹林帯に誘導するロープがあったが、今度はそのままゲレンデを歩く。
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今日はかなり日焼けしそうだ。
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で、焼額山ゴンドラの山頂駅に到着。
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さっそく日陰に避難する。
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気温は日蔭だと16℃。涼し~。
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さすがに夏季休業中なので自販機はなかった。

(つづく)
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焼額山(1)

【2015年7月20日(日)】焼額山
岩菅山(2295m)山頂の避難小屋に泊まっている。
12時すぎと2時すぎに目が覚め、3時半にトイレに出た。
まだ暗いので、もうひと眠り。でも気がついたら、4時41分!
じぇじぇ、寝坊した。
ガスが出ていなければ、裏岩菅山(2341m)までピストンしようと、4時に起きるつもりだったのに。

でも、外の様子を見ると、まだガスが流れているのでピストンは断念した。
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残念ながら、このまま下山することにして、あわてずにパッキング。

幸か不幸か、便意を催してきたので、意を決して、あの強烈な便所で用を済ます。
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構えは立派だが、中は汚れまくっており、バイオでも何でもなく、自然の中に垂れ流し状態。
定期的に排出作業はしているのだろうけど。環境的には大丈夫なのだろうか。

外でストレッチをしている間に早くもブヨが寄ってきた。しつこい奴らだ。
小屋内は圏外だったが、頂上では電波が立ったので、ブヨにまみれながら、必要なメール等を送信して、5:40に出発。
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昨日難儀して登った道を慎重に下る。
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新潟側は真っ白だが、長野側は晴れ間が見える。
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きっと、もう少し待てば、ガスも晴れるような気がするが、待てない性格なのだ。

コースタイム30分のところ、スリップもなく20分で鞍部のノッキリに到着。
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この先は未知の道だ。
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路面は昨日のようなササの切り株やぬかるみ、石が浮いた道などではなく、普通の土の道なので、すごく歩きやすかった。
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下りであることもあるし、水が500ccしかないので、ザックが軽い。
これなら、荷物を宅配便で送らなくても焼額山(2009m)に登れるかもしれない。

6:15頃、岩菅山登山道の中間点を通過。
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ということは、あと35分くらいでアライタ沢に着くということか。

この先、深山の中を下っていく。
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長い階段もある。
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6時半ごろ、早くも団体さんとすれ違う。
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「もう登ってきたんですか」と驚かれたが、「いや上に泊まりました」と答える。
「どうでしたか?」
「ガスってましたけど、青空が見えたので、きっと晴れるでしょう」
「晴れることを祈って登ります」
「気をつけて~」

このあとも、個人や団体を含め、20数人の方々とすれ違った。
とくに意味はないが、すべて写真に納めた。
ちなみに次の方々。
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ミヤママタタビ。
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この先1739m標高点まで、白樺林の中のぬかるみが続く。
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このあたりでお腹が空いてきたので、歩きながらパンを1個食べた。
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1739m標高点を過ぎると、標高差70mほどの急な下り。
木の階段が続く。
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アライタ沢に7時前に到着。
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コースタイム1時間20分のところ、1時間ちょっと。快調だ。

ここは水場ということになっているが、ここで水をくむのはちょっとむずかしい。
結構流れが激しいし、水辺に下りにくい。
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この先は左手に上条用水路が流れている。
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おかげでずっと平らな道だ。
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この用水路は幕末頃に開削されたらしく、以来現役の農業用水。取水口からの総延長は約23kmに達するという。
水番も置かれているそうだ。これがその印だろうか。
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水路と並行してたどる道は気持ちがいい。
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可憐なお花も咲いている。カニコウモリとチダケサシ。
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右手にはアライタ沢が勢いよく流れている。
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途中、用水の水をペットボトルに汲んで飲んでみる。なかなかおいしい。
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水深が浅くて、満タンにはできなかったので、本格的な給水はこの先の底清水ですることにする。

ここまで下ってくると、登ってくる人がかなり多くなる。やはり人気の山なのだ。
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底清水は岩の間から水が湧き出していて、実にユニーク。
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ここでハイドレーションに給水し、顔を洗う。

まもなく小三郎小屋跡の分岐。
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ここで用水路沿いの道とは離れて、一の瀬(聖平の上)に下る。
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5分ほどで車道(登山口)に出た。
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車が5~6台止まっていた。
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こちらは雑魚川沿いの道に入るため、右折。
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200mほどのところに入り口があった。
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この道はササを伐採した道だ。地形図から川沿いの湿地を想像していた私としてはがっかり(湿原沿いの道はもっと上流だった)。
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ササの背が高くほとんど展望がきかない。たまに焼額山が望める程度だ。
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一部木道が敷いてあるところもあったが、ほとんどはササの切り株の道。
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それでも1kmくらい我慢して歩いたところで、雑魚川にぶつかった。
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ここで一度、川を渡る地点なのだろうが、なんと橋がない。
台風か何かによる増水で流されてしまったのだろうか。
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川面まで1mほどの段差がある上に、水深が結構ある。浅いところでも30cmはありそうだ。
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これでは靴を脱いで渡らないといけないし、川底の石がぬるぬるしていたら、スリップして水没ということになりかねない。

強行突破も考えたが、やはり止めた。
退屈な道を1kmも戻るのはまったく面倒だが、無駄にする時間は30分程度。
たかが30分を惜しんで、怪我をしたり、財産を水浸しにしたりするのもばかばかしい。
敢然と戻る。
しかし、こんな状態であれば、この道の入口に「通行止め」の札を出すべきではないか。
どこが管理しているのか。全く困ったものだ。
帰宅後、調べてみたら、2013年9月の台風で流されたようだ。
志賀高原観光協会がfacebookで広報していた。
知っているなら「通り抜けできません」と現地にも表示を出してください。

(つづく)
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岩菅山(4)

【2015年7月19日(日)】岩菅山
金山沢の頭からノッキリへの稜線を歩いている。
途中の2085mピークは裏寺子屋山とちゃんと名前がついているが、それとは意識せず通過してしまった。確か山名板もなかったと思う。
しかし、本峰は「寺小屋峰」こちらは「裏寺子屋山」。「小」と「子」で違うのは誤植だろうか。
これがその裏寺子屋山。
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このあたりで2組ほどの登山者とすれ違う。ゴンドラで下る方々だろう。
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それにしても撤退しなくてよかった。
疲れてはいるのだが、この道はかなり楽しく歩ける。展望がいいのである。
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高山植物も励みになる。
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緑も深い。
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稜線そのものも美しい。
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2050m超ピークから岩菅山(2295m)を望む。
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このピークを少し下り、ぬかるみをクリアした2042mピークあたりで小休止。
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ザックを下ろし、パンをむさぼる。朝食が遅かったので、お昼も遅くなった。
もう午後3時だ。

出発しようとしていると、相次いで2組4人がゴンドラ方向に歩いていった。
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ここからゴンドラ山頂駅までコースタイムで1時間50分ほど。
営業時間は午後4時までだから、とうてい間に合わない。
まあ、歩いて下ってもプラス35分だから、大丈夫と言えば大丈夫だろうが、下山がかなり遅くなってしまうことには変わりない。

後半はまたぬかるみが増えてくる。
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岩菅山の登り口であるノッキリに出るには、もうひとこぶ越えないといけない。
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あそこまでだ。
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後ろも振り返りながらゆっくり登る。
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ふう。やっと着いた。と思ったら、再び岩菅山にガスがからみ始めた。
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よくよく見ると、登りはかなりのガレ場のようだ。岩肌も迫力がある。
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なんたって、岩スゲェ山だからなあ。

さあ、一直線に下って、ノッキリに到着。
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時間は15時半すぎ。なんとほぼコースタイム通りで歩けた。
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ただ疲労困憊であることには変わりない。
とにかく休む。しかし、虫がひどいので、防虫ネットをかぶる。
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こんどは蚊ではなくブヨである。こいつらは強烈だ。
ネットをしているものの、うるさくてうるさくて、とても落ち着いて休んでいられない。

しぶしぶ出発せざるを得なかった。
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ここまでの稜線では防虫ネットは帽子にかぶせておけたが、この先はもうはずせなかった。

あと600mか。標高差は220mほど。
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コースタイムは45分だが、1時間は覚悟した。

これまだ小手調べ。
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仰ぎ見れば、どんどん傾斜は急になる。
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おやおや、今頃になって、随分雲が湧いてきた。
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何度も立ち止まり、息をつく。止まるたびに歩きて来た道を振り返る。
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足元はこんな状態。今の私の足が嫌う路面だ。
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岩の白がササの緑に映える。
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ほとんど手を使わないと登れないような傾斜になってきた。
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ガレ場続きで、頂上まで7回も座り込んでしまった。
こんなことは初めてだ。
しかも、温まった岩に集団でとまっていたブヨが、こちらが近づくと一斉に襲ってくる。
とにかく苦しい登りであった。

頂上直下で一旦樹林の中に入る。
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サラサドウダン。
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おお、あれが頂上か。
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なんとかかんとか16:22に登頂。
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それでもコースタイム45分のところ47分で登り切った。
ただ、このタイム設定は甘いのではないか。どっかの標識には35分と書いてあったし。

頂上にはいろんな石祠や石碑があった。
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黒いノイズは虫である。

これは秩父宮の登山記念碑。
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あいにくのガスで頂上からの展望は全く得られなかった。
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ここで泊まるのだし、荷物を小屋に置いて、しばらくガスが晴れるのを待っていてもいいのだが、この虫だし、なんと雨まで降り出してきた。それも結構な本降りだ。
ささっと撮影を済ませて、あわてて小屋に逃げ込んだ。
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3連休なので何人かはいるかと思ったが、幸い誰もいなかった。
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ここは日帰りの山なので、そもそも泊まる人は少ないようだ。
置いてあった「平成27年岩菅山登山日誌」を開いてみると、今年は6月5日の記述が最初で、この日までに19件しかない。
直近で7月4日なので2週間前。まあ、全員が記入しているわけではないだろうが。
地元長野の人が半分だった。

この小屋はそれほど清潔ではない。
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とにかく虫を退治するため、蚊取り線香を2つ同時に焚く。
そのあと、濡れたものを干して、体をウエットティッシュで拭きスェットに着替え。
マットを膨らませて座布団代わりにして、まずは日記を書き始める。
テーブルの高さが悪く、すぐ疲れてしまう。
すこし眠ろうと横になったが、眠れない。
仕方ないので執筆を再開。明るいうちに何とか書き上げる。

考えてみれば、夏の避難小屋で1人になるのは初めてだ。
雨は降ったり止んだりで、4回くらい音が聞こえるほどの通り雨があった。
体が落ち着くと、寒くなってきたので、スェットの上にウインドシェルを着込む。

6時半から炊事開始。
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今夜はアルファ米とフリーズドライのチキンカレー。
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水はもう1㍑しかなくなったので、朝食はカップめんにしようと思っていたが取りやめ。
食べずに出発して、下りながらパンを食べ、アライタ沢で水を調達してから、お昼にカップめんを食べることにした。

荷物が重いので下ってから、焼額を登る前に宅急便で不要なものは送り返してしまいたい。
ふもとのプリンスホテルの西館は営業しているだろうか。

食後は何もすることがない。
19時半頃シュラフに入ったが、ひとりのせいか、なかなか寝られない。
21時過ぎまでうだうだして、「眠れないなあ」と思って時計を見たら、22時20分。
「あ、寝てたんだ」と思って安心。
その後も、なんだかんだで眠れたようだ。
とくに異音もせず、まったく恐ろしい目にはあわなかった。

【行程】2015年7月12日(日)
熊の湯(5:25)~前山(5:55撮影5:58)~渋池(6:04)~志賀山(7:09朝食7:29)~裏志賀山(7:52)~四十八池(8:17散策8:45)~大沼池(9:43休憩・撮影10:22)~忠兵衛門新道分岐(11:14休憩11:17)~(休憩10分)~赤石山(11:49撮影11:54)~(休憩10分)~金山沢の頭(13:46休憩13:56)~(休憩10分)~ノッキリ(15:34休憩15:38)~岩菅山(16:25)
※所要時間:11時間(歩行時間:9時間10分)
※登った山:7座(前山、志賀山、裏志賀山、赤石山、金山沢の頭、裏寺子屋山、岩菅山)
※歩行距離:15.5km


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岩菅山(3)

【2015年7月19日(日)】岩菅山
赤石山(2109m)への最後の登り。
開けた場所に出た途端、恐ろし気な巨岩が姿を現した。
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この岩は赤くないが、このザレた赤い石が山名の由来だろうか。
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眼下にくっきりと大沼池が見える。
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あの赤い鳥居も確認できた。
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鉢山(左、2041m)と裏志賀山(右、2037m)。
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鉢山の後ろから笠ヶ岳(2076m)のてっぺんが顔を出している。裏志賀山の左にのぞいている突起は剣ノ峰であろう。
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横手山(2307m)の雲ももう少しで切れそうだ。
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これから歩く寺小屋峰(2125m)への稜線。
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左が寺子屋峰、右が金山沢の頭。
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さっきの巨岩を超えると、休憩適地があり、2組4人が休んでいた。
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その巨岩の裏側と大沼池。
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手前のホテル群は高天ヶ原。その背後は西館山(1757m)。左奥に五輪山(1620m)、最奥は臂出山(1424m)。
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こちらは休憩せず、まずは山頂を目指す。
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あれがたぶん頂上部の岩場。
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はい、着きました。
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すぐ近くの樹林の下に小さな石の祠があり、ささやかな山名板も隠れていた。
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さっきの重装備3人組は、横手山方向に行ったのか、赤石山を軽く通過していったのか、赤石山に着いても追いつくことはできなかった。

ここで初めて岩菅山(2295m)が望める場所に来たが、山頂部はまだ厚い雲に隠れていた。
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野反湖方面の稜線。最奥に見える突起は二百名山の白砂山(2140m)だろうか。
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同じ二百名山の佐武流山(2192m)は雲の中だった。
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苗場山(2145m)もやはり見えない。
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左奥は榛名山(1449m)かな。
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これは中央左が浅間隠山(1757m)、その右は鼻曲山(1655m)に違いない。
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復習。横手山と大沼池。
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東には善光寺平。
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山頂は休憩できるような場所がないので進むしかない。

ちょっと下ったところが、野反湖方面への分岐。ここに立派な赤石山の標柱があった。
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この先、金山沢の頭までの稜線はコースタイム1時間20分。
まずは標高差100mの下り。
その後のアップダウンの標高差はそれほどでもないが、ササの切り株とぬかるみがひどい。
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ザックの重さもあって、ふらふらになりながら歩く。

山頂直下で、若いカップルとすれ違う。
あの道をよくぞ歩いてきたものだと、後になって思う。

こちらにも赤石山~寺子屋峰を30分割した三角標識があった。
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昭和40年代くらいのものだろうか。

振り返ると、赤石山の赤いザレ場が見える。
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おお、横手山のガスがとうとう切れた。
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道はかなり悪い。
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2,3回スリップして、そのうち一度は手をついた。あぶなく派手に転倒するところだった。

おお、岩菅山の雲もとれた。さすが二百名山。堂々たる山容だ。
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しかし元気が出るどころか、体力は消耗するばかり。
途中、またまたベンチもないところにへたり込んでしまった。
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10分くらい休んだろうか。
気力を振り絞って立ち上がる。
ここから金山沢の頭までは標高差200m近い登り。
思いついてストックを取り出す。
これに伴い、左肩に提げていた一眼レフを右手に持ち変える。
多少不便だが、これで少しはましになった。
ただ、この時の作業でザックの中身が移動したのか、何かが背中にあたって痛い。
また立ち止まって、荷物整理。そんなことでも体力を消費した。

このあとの登りは全くの苦行であった。
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それでも、ピークの手前で一気に視界が開けた。
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岩菅山の後ろに見えるのは裏岩菅山(2341m)だろう。裏のくせに本峰より背が50m近くも高い。
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白砂山(右)から佐武流山(左)への山並み。
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たぶん大高山(左、2079m)と小高山(右、1937m)。
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赤石山から小高山への稜線。
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これから歩く岩菅山への稜線。比較的、展望がよさそうだ。
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さて、ピークへもうひと踏ん張り。
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と思ったら、これはニセピークだった。
地形図を見れば確かに、頂上から50mほど下に小さなこぶがある。
う~ん、だまされた。あとは無心というか地獄というか。
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くたくたになって金山沢の頭に到着した。時間は13:50。
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2度ほど休んだとはいえ、コースタイム1時間20分のところ、1時間50分もかかった。

とにかく横になりたい。
幸いベンチが1つだけあったので、防虫ネットをかぶって横になる。
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10分くらいは寝たかったが、ネットが重力のため顔に接しているので、あまり意味をなさない。
どんどん蚊が顔にたかってくる。
気付いたら、腕を長袖のウエアの上から同じところを2か所刺され、ウエアに血がにじんでしまった。
体どころか気も休まらない。

ここで、進むべきか撤退すべきか、本気で考えた。
左へ行けば、リフトまで2km、岩菅山までは3.4km。
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もう下りてしまいたいところだが、あす登り直すとしたら、宿も探さないといけないし、こんなに重い荷物を担いでここまで来たのに、その苦労が無駄になる。
岩菅山までのコースタイムは、あと2時間15分。
ゆっくり歩いて3時間半かかったとしても5時半には小屋にたどりつける。
まだ十分明るいではないか。
よし行こう。
この先はなだらかな稜線なので、ストックはしまう。
これまでまたカメラが持ちやすくなった。

下り始めてすぐ、岩菅山が見えた。また頂上にガスがかかっている。
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わざわざガスの中に登っていくのもばかばかしいかなと、ふと思い、やはり下山しようかと立ち止まったが、やっぱり進む。
あすの朝には晴れているかもしれないのだ。

この稜線はゴンドラから岩菅山に登るコースなので、よく踏まれているし、岩もないのでとても歩きやすい。
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沿道のお花も気を紛らせてくれる。
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これなら岩菅山への登りが始まるノッキリまではコースタイム並みで歩けるかもしれない。

樹林帯とササ原が交互に出てくる。
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足元を見つめる余裕も少し出てきた。
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稜線漫歩である。
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左手も開け、明日登る焼額山(2009m)も見えてきた。
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あの原生林は奥志賀の谷だが、右奥に見える坊主形の山がよく分からない。
台倉山(1853m)だろうか。
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(つづく)

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岩菅山(2)

【2015年7月19日(日)】岩菅山
熊の湯を出発し、四十八池湿原にたどり着いた。
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東屋の先にトイレがあったが、閉まっていた。いつ開けるのだろう。故障中なのだろうか。
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横手山(2307m)への道を確認して、来た道を戻る。
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さっきの分岐ですれ違った熟年夫婦がやっと、こっちに向かって歩いてきていた。
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しばらく言い争いをしているような声も聞こえていた。
行き先について協議していたのだろうか。

四十八池を縦断し、ザックをデポしてあるベンチに戻る。
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この往復の間に雨も止んだので、傘はしまい、雨具の上も脱いでしまった。
カメラも一眼レフに再び選手交代。

裏志賀山(2037m)方面も少しガスが晴れてきた。
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鉢山(2041m)のガスも晴れて見えてきたが、今回はやはりパス。
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ここまで時間がかかり過ぎている。

大沼池へと向かおう。
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すごいぬかるみが出てきたと思ったら、さすがに工事中だった。
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丸太の階段を設置しているようだ。
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う~む、裏志賀山が完全に見えてきた。出るのがちょっと早すぎただろうか。
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時折、歩きやすい箇所もあることはある。
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おお、大沼池が見えた。曇りでもエメラルドグリーンに輝いている。
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雨の後は、草木の緑もみずみずしくて美しい。
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さて、大沼池に向かって本格的な下りとなる。四十八池からの標高差は約170m。
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時折、湖面が眺められた。
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後半は急勾配の階段で、土が流れてしまっているところも多く、かなり歩きにくかった。

湖畔近くまで下りてくると、大沼池に突き出た半島の先にある神社への分岐があった。
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せっかくなので寄ってみる。
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分岐には「大蛇神社」とあったが、祠の正式名称は「大沼池弁財天水神祠」というらしい。
建立は昭和32年で、沓野区水利組合、財団法人和合会によるものだ。

この先の木の根の下にもう一つ祠があり、湖面には赤い鳥居が浮かんでいた。
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遊歩道に戻る道すがら、大沼池の湖面がよく見えた。
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ここからほんの少しで、大沼レストハウスに到着。
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「山と高原地図」には「レイクハウス」と書いてあるが、どう見ても「レストハウス エメラルド大沼」である。

到着は9:45頃。出発してから、すでに4時間20分経過している。
コースタイムは3時間30分なのに、すでに1時間近い遅れ。
レストハウスの開店が9時半なので、それに合わせて来たと考えれば、問題はないんだが、やはりザックの重さが応えているのかもしれない。
まだ開店直後だったので、お店の人に「竹の子汁できますか」と聞いたら、「大丈夫ですよ」というのでお願いする。

最初は外のベンチに腰掛けてみたが、やはり虫が来るので中に入ることにした。
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夏なのに、ストーブがついていた。

バッジがあるかどうか聞くと、ここでは売切れで、「大沼池のは系列の横手山頂ヒュッテにある」という。
岩菅山(2295m)のバッジも横手山だそうだ。売り切れたままにしないで、系列なら、少しは移しておけばいいのに。横手山で、大沼池や岩菅山のバッジを売っても仕方ないでしょう。
まあ、いずれ横手山にも行くつもりなので、バッジはその時に求めることにしよう。

弁当の残りを食べながら、竹の子汁を待つ。
しかし、なかなか出てこない。
結局、弁当は食べ終わってしまい、後から来た客の方が先に竹の子汁が出た。
あれ?っと思って、「まだかかりますかね」と下手に聞くと、「もう、お出ししていいですか」なんて、とぼけたことを言う。
私がいつ、「まだ出すな」というサインを出したのか。
出すのを躊躇させる何かがあったのなら、そちらから「もうお出ししていいですか」と聞くべきだろう。
むかついたが、喧嘩するほどでもないので、すぐに出してもらう。

400円の竹の子汁は、根曲がり竹の竹の子で、まあまあおいしかった。
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塩分補給にもなったが、本当は弁当と一緒に食べたかった。

食後、大沼池畔を見学。
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大沼池の成り立ちは以下の通り。
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この池には大蛇と黒姫の伝説があるらしいが内容は省略する。

もう裏志賀山もすっかり姿を現した。赤いのはさっきの鳥居。
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ひと通り撮影した後、レストハウスの水道で水を補給。
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この水道は外にある靴洗い用の水道だったが、近くの沢から引いてきているのか、そこそこ冷たかった。
ハイドレーションの容器に入れたのは飲み水にする。テルモスには炊事用の水を入れた。
これでまたザックが3㌔近く重くなった。
これから標高差250mの急登。体も重いが、気も重い。
竹の子汁のせいで、40分も時間を食ってしまった。10:20過ぎに出発。

稜線まではコースタイム50分。
まずは緩やかなササの道。
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沢のわきを登っていく。
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めずらしくマイズルソウが咲いていた。
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道はすぐに、段差の大きい階段となる。
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これが延々と続き、本当にきつい。
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この標識が少しは励みになる。赤石山(2109m)までの行程の3分の1まで来た。
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途中、傾斜がゆるくなったところで、ヘルメットをかぶった重装備の3人組に追いつく。
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こんなヘロヘロになって登っているのに、あんな熟練者風の方々に追いつくなんて不思議だ。
でも、その後すぐ彼らは見えなくなってしまった。
さっきまで休憩していたのだろう。やはりペースの遅い方々ではなかった。

厳しい登りは容赦なく続く。
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ゴゼンタチバナもあまり励みにならない。
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稜線の忠右衛門新道分岐にたどり着いたのは11:14。
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それでも一応、ほぼコースタイム通りだった。

ここで赤石山までのほぼ3分の2。
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とにかく小休止だ、
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しかし、この稜線の登りがまだまだきつい。
とうとう途中でへばって、道に座り込んでしまった。
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ここで10分ほど休んで、梅のグミを食べ、塩分補給。

さて休んでばかりもいられない。気力を振り絞って登る。前半戦でこのざまとは。
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ただ、だんだん天気も回復して、周辺の景色も見えてきた。
これは頂上がまだガスに隠れている横手山。
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これは浅間隠山(1757m)方面。
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赤石山まで、もうあとひと踏ん張りである。

(つづく)

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岩菅山(1)

【2015年7月19日(日)】岩菅山
熊の湯の一望閣に泊まっている。
3:20頃、一度、目が覚めたが、起きたのは4時半。
窓を開けると、残念ながら空は青くない。
ゆっくり準備をして、リハビリを済ませ、5:20頃部屋を出る。
昨日のフロントの人が起きていて、見送ってくれた。
「水は大丈夫でしたか?」と聞くので、「はい」と答えたら、「氷水じゃなくてよかったですか」と確認してくる。
おい、それを言うなら昨日言えよ、それを欲しかったんだよ、今からじゃあ、すべてパッキングも済ませてあるし、面倒じゃないか。
呆れつつ、「ええ、大丈夫です」と言って出発。
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これは昨日入った露天じゃない露天風呂。
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階段を登ると、国道に出る。
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正面に前山リフト。
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これには昔、長男が小さい時に乗ったことがあるような気がする。
家族でドライブをしている時だったが、この旅行は記録に残っていない。
風景もあまり記憶にない。

硯川のホテル街に沿って、国道を少しだけ登る。
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「一平荘」は休業中。

すぐに登山口。ここで標高1680m。
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さっそく、ニッコウキスゲのお出迎え。
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最初は、4駆なら登れる道。スキー場関係者が使用するのだろう。
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振り返ると、熊の湯スキー場。
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そしてホテル街。
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ここは、昨年、市川海老蔵が来て、植林をしていった道だそうだ。
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例のフロントのおじさんが言っていた。

一気に標高差100mほどを登って、左に回り込む。
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高原に出ると早くも池塘が出現。
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一面の湿原になっている。
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正面に前山(1796m)の頂上が見えてきた。
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本日1座目に登頂。こんな早朝なのに、もう日付が改められている。
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眼下には熊の湯の温泉街。
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横手山(2307m)は雲の中。
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北東に志賀山(左、2036m)と裏志賀山(右、2037m)。
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ここから四十八池まで1時間とあるが、私は上記2つの山に寄り道するので、もう少し時間がかかる。
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ここから5分の渋池までの道は、車も通れる。
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ほんとにすぐ渋池に着いた。
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標高は1800m。水質は酸性で、腐植栄養型湖沼だそうだ。
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白いのはワタスゲ、赤いのは食虫植物のモウセンゴケ。
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浮島が美しい。
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この先もしばらく車が通れるようだ。
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砂利がしっかり敷き詰められている。
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かと思えば、ぬかるみも出現。
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渋池から15分ほどで、志賀山への道と四十八池への道の分岐に到着。
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私は左、志賀山への道をとる。
すぐに木道となったが、ササが覆いかぶさっているのが見えたので、雨具の下を履く。
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木道もかなり荒れている。
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こんな木道ばかりだといいのだが、そうはいかない。
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道はいきなり、濡れた岩場の急登となる。
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ザックがいつもより重いので相当きつい。
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標高差は170m程度だが、かなり消耗する。
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もうあたりはガスで何も見えない。
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右手にお釜池があるはずだが、これはヤブに隠れて見えない。
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登り始めてから35分もかかって、やっと頂上らしきところに出た。
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方位盤まであるが、ここは頂上ではなく、五葉松という場所だった。
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頂上へは矢印が出ている。
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ここにはベンチがあったが、すぐ先にあるはずの頂上にもあるだろうと思って通過。
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しかし、頂上には三角点しかなかった。
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しかも、タイミングが悪いことに小雨が降ってきた。
あわてて雨具の上を着て、ザックにカバーをする。
一眼レフも小型デジカメに選手交代だ。

まだお腹が鳴るほどではないが、そろそろ朝食を食べておかないと、この先は四十八池まで、飯を食えそうな場所はなさそうだ。
しゃりバテになる前に、ここで少し食べておくことにした。
三角点に腰を下ろして、弁当を開く。
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重かっただけあって、随分と豪勢。
おにぎりも大きいので、ここでは半分程度にしておいた。

ガスで何も見えない急坂を慎重に下る。
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裏志賀山に行く道の右手に大小2つの池があるのだが、いずれも涸れていたようだ。
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後者は黒姫池というらしい。

裏志賀山へは分岐から左に入り、しばらく歩く。
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山頂には祠はあったが、山名板はなかった。
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頂上湿地。
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撮影だけして来た道を戻る。
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風景のよさそうなところにベンチがあるが、真っ白で何も見えない。
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四十八池までは急な下り。雨で濡れて滑るので細心の注意を払う。
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オオカメノキの葉っぱ。均整のとれたいい形をしているので好きだ。
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志賀山から45分かかって、やっとふもとまで下りて来た。
これは裏志賀山にあった志賀山神社の鳥居。
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このすぐ先、大沼池との分岐で熟年夫婦とすれ違う。
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二人はここでずっと地図を見ていた。

こちらは湿原入口のベンチにザックを下ろす。
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正面の鉢山(2041m)はガスですっかり隠れているので、ピークハントはせず、四十八池だけ散策することにした。
でも、そう決めた途端、空が明るくなってきて、ガスも流れてきたので、やっぱり空身で登ってくるかと思い立ったが、そう思った途端、今度は雨が落ちてきた。
結局寄り道はやめた。ザックはここに置き、デジカメだけ持って、傘を差して散策。
時間もすでに8時半近くになっており、想定より1時間以上も遅れていた。

しばし四十八池の風景をお楽しみいただきたい。
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四十八池というくらいなので、池塘が無数にある。
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木道はそれらを貫いていく。
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ヒオウギアヤメ。
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コバイケイソウ。
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カラマツソウ。
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突き当たりの東屋で単独のおじさんが休んでいた。
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(つづく)
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志賀高原(下)

【2015年7月18日(土)】志賀高原
ワタスゲ平を過ぎると、雨も完全に止んだ。
雨具を脱ぎ、ザックの中から一眼レフを出す。
デジカメのバッテリーが3日はもたないだろうと思って、持ってきた一眼レフだが、これが骨折以来半年ぶりの復活。
最初ちょっととまどったが、すぐに勘を取り戻した。

その最初の1枚。
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ニッコウキスゲの咲き乱れるゲレンデを登っていく。
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振り返るとすぐ下に蓮池スキー場。奥には西館山(左、1757m)と東館山(右、1994m)。
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西館山をアップで。
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山腹には発哺(ほっぽ)温泉。
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北には五輪山(1620m)。
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ミヤマヤマブキショウマ。
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こちらもゲレンデの中を登って行く。
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ニッコウキスゲにアブラムシが無数にたかっていて気持ち悪かった。
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キスゲフクレアブラムシというらしい。大きいのが成虫、小さいのは幼虫だとか。
樹液を吸っているので、これだけやられるとすぐに枯れてしまいそうだ。

でも夏のゲレンデも悪くない。
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ゲレンデをはずれて峠を越えると、下の小池。
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このあと、しばし木道歩き。
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車道に合流したところが信州大学教育学部付属志賀自然教育園。
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ここで、さっき先行していた2人のおばさんに声をかけられる。
「早いですね。どちらまで行かれるんですか」
「熊の湯です」
「え、私たちも熊の湯です。ついて行こうかな」
(おいおい)
「田ノ原湿原まではどのくらいかかりますかね」
「(地図を見ながら)30分くらいで行けると思いますよ」
「そうですか、途中で時間がなくなったらバスに乗ろうと思っているんです。お引き留めしてすいません」
「いえいえ、お気をつけて」
(よかった)

自然教育園から長池方面に進む。
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長池湖畔の道。
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長池はとても緑の濃い、静かな池だった。
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再び車道に出る手前で左折すると、上の小池。
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さらに歩くと、日影湿原。
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ここはワタスゲが満開だった。
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ゴゼンタチバナも。
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にわかに登りが急になる。
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原生林の中に、こんな象の鼻のような造形も見られた。
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峠を一つ越えると、三角池。
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木道にこんな巨大な落石があった。
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三角池と分かれて、国道を横断。ほんの少し登ると、峠にベンチがあった。
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まもなく田ノ原湿原が見えてきた。
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もともと湖の底だったそうだ。
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木道をのんびりと歩く。
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奥には笠ヶ岳(2076m)が見える。
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シラカバの林が美しい。
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小さな池塘。
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ここも冬にはスキー場になるようだ。木戸池スキー場だ。
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少し坂を登って、湿原を見下ろす。
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このあたりもニッコウキスゲが真っ盛り。
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ここにはアブラムシがほとんどおらず、安心。

また小さな峠を越えると、木戸池。
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対岸に見えるのは、木戸池温泉ホテル。

半周して車道に出る。
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はるか前方にさっきの2人連れが歩いているのが見えた。
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左手に並行して遊歩道もあるが、あちらにもう池はないので、このまま車道を行く。
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こっちの方が見晴らしがいい。
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車道と歩道の間はちょっとした谷になっており、沢が流れている。
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しばらく行くと右折して、国道に並行した裏道を行く。
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右奥には石の湯方面の幸の湯が見える。
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この道は国道の旧道かと思っていたら、全然そういう雰囲気ではなかった。

右手に笠岳(2076m)へ行く道。
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これを過ぎると川沿いを歩く。
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だいぶ足がくたびれてきたころ、ようやく熊の湯に到着。
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ちょっと散策するつもりが、4時間半もかけて11kmも歩いてしまった。
熊の湯は立派なホテルだった。

私の泊まる一望閣は一段高いところにあった。
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その奥には志賀リバーサイドホテル。
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向かいに志賀プリンスホテル。
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18時ちょうどにチェックイン。
このホテル、外観は悪くないが、やはりだいぶ古いのか、客室は鉄の扉である。
昔のマンションの廊下みたいで、カップルで来るにはちょっと不向きかもしれない。
私は朝食付き1泊7500円+入湯税150円のプラン。
朝食については、事前にお願いして、弁当にして出してもらうことになっている。

まずは風呂へ急ぐ。
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ちょうど他のお客さんは夕食の時間だったので、最初から最後まで独り占めだった。
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いい湯であった。

部屋に戻って、ひとりビールを開ける。
館内の自販機で買った発泡酒250円。
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岩菅山頂上でのビールのつまみにしようと思っていたナッツをつまみに。
つまみが残ったので、缶チューハイ(250円)をお代わりしてしまった。
ただ、部屋と自販機の場所が建物の両端だったので、遠くて買いに行くのが面倒だった。

すっかり酔っぱらってしまい、長野駅で買ったコンビニ弁当で十分足りた。
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部屋は乾かす衣類だらけ。
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8時すぎに部屋の電話が鳴ったので、フロントへ明日の朝食(弁当)を取りに行く。
早池峰山の峰南荘とは雲泥の差で、ずっしり重い。
これは、おかずもしっかり入っているはずだ。
この時に会計も済ます。

フロントの人が「ホタルは見ましたか」というので、場所を教えてもらい行ってみることにした。
でも、どこなんだか結局よく分からず、引き返してきて、外に出たついでに離れにある露天風呂に入ってしまう。
しかし、ここは露天とは名ばかりで、完全に屋内だった。
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他のお客さんと入れ違いで入り、出る時には他のお客さんがまた入ってきた。
絶妙のタイミングだった。

戻って、フロントの人に「冷たい水」をもらえないかとお願いする。
明日の飲料水だ。
すると、その人は「部屋の水道の水をしばらく出しっぱなしにすると冷たくなりますよ」と言う。
氷水を出す気はないんだなと判断し、お言葉に従う。
本当はさっき喫茶コーナーを探検した時、水差しに氷水が入っているのを発見。
それをもらおうとしたのだが、すでに店は閉まっていたのだ。

部屋に戻って水道を開けたが、ぜんぜん冷たくならなかった。
もうそれは諦めて寝ることにする。
9時半には沈没してしまった。

【行程】2015年7月11日(土)
旭山下バス停(13:34)~水無池(13:47)~琵琶沼(15:59)~旭山(14:31撮影14:37)~一沼(14:52)~サンバレー(15:00)~丸沼(15:13)~蓮沼(15:33周回15:48)~下の小池(16:02)~上の小池(16:23)~三角池(16:43)~田ノ原湿原(16:55)~木戸池(17:13)~笠岳バス停(17:36)~熊の湯(17:49)
※所要時間:4時間15分(歩行時間4時間10分)
※登った山:1座(旭山)
※歩行距離:11.2km

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志賀高原(中)

【2015年7月18日(土)】志賀高原
旭山(1524m)は秩父宮ご夫妻が昭和4年に新婚旅行を兼ねて三笠宮とともに登った山だそうだ。
翌日、岩菅山(2295m)に登ったことで一躍、志賀高原が有名になったらしい。
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ここは展望もなかなか素晴らしい。
琵琶沼と志賀山温泉。
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温泉のアップ。
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頂上から南東方面を望む。
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志賀山(右、2036m)と裏志賀山(左、2037m)。
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東館山(左、1994m)と寺小屋峰(右、2125m)。山腹に発哺(ほっぽ)温泉。
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改めて、頂上散策。
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この丸太はベンチのつもりなのだろうか。やけに低いが。
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南西方面には善光寺平の北部が望めた。
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東屋でひと息ついてから出発。
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旭山駐車場方面には行かず、一沼方向へ進む。
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もうナナカマドが赤く色づいていた。
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この池は見てびっくり。
ヒツジグサの白い花が絵に描いたように咲いている。
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ヒツジグサの花を見たのは、生まれて初めてのような気がする。
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実に美しいものだ、と感嘆。
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木道を通って、国道方面に向かう。
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こちらに来てしまうと、琵琶沼の湖畔へそう簡単には行けないようだったので、さっき見ておいてよかった。
この先はしばし車道歩き。

サンバレーの大きな駐車場からは、北に焼額山(右、2003m)や竜王山(左、1900m)が望めた。
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こちらは今登って来た旭山。
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正面にはビワ沼ホテルと丸池スキー場。
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このホテルの自販機で、ミネラルウオーターのペットボトルを購入。
実は水分を何も持たずに歩き始めていたのだ。

サンバレーには、おしゃれなホテルやレストランが並ぶ。
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丸池はこの谷にあるのかと思ったら、上の段にあり、もう少し車道歩き。
丸池には堰があって、水が勢いよく琵琶沼方向に流れていた。
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ただ基本的には静かな池である。
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ボート乗り場は廃業していた。
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湖畔にあった小さな祠。
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そこから見た丸池。
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いったん車道に戻ると、左手に琵琶沼が見下ろせた。
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背景には五輪山(1620m)。

道端にはクサフジやホタルブクロ。
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左手に、志賀高原歴史記念館。
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これはもとの志賀高原ホテルで、日本最初のスキー用本格的ホテルだそうだ。
昭和12年1月1日開業で、4階建ての山小屋風外観。赤い屋根と大きな切妻を組み合わせたファサードや石積の柱に支えられたエントランスポーチが印象的だ。
見学したかったが、今回は池めぐりに専念する。

この先右手に丸池ホテル。
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廃業しているのかと思ったら、これは旧館のようで、ちゃんときれいな新館があった。
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ここからは丸池が見下ろせる。
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左手にシャレードイン志賀。ヨーロッパのお城のよう。元気に営業中。
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その奥に、ホテルニュー志賀。夏季休業中かな。
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さらに進むと、志賀ハイランドホテル。こちらも夏季休業中のようだ。
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左手には志賀ロイヤルホテル。休業中かと思ったら裏口だった。
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その上に、ホテル白樺荘。
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蓮池に到着。これは蓮池のバスターミナル。
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迎えてくれたのは、三角屋根の蓮池ホテル。
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廃業している。あるブログによれば、2012年10月21日をもって閉館。
2007年には蓮池に面したヒノキ造りの露天風呂がオープンしたばかりだったようだが。
スキー人口がピーク時の3分の1に減っているそうで、どこも経営が厳しいのだろう。

ホテルの裏に回ると蓮池。確かに、その名の通り、ハスのようなヒツジグサだらけだ。
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湖畔には、志賀レークホテル。
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その向かいは、その名もホテル五郎兵衛。でも結構人気のようだ。
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木道を通って蓮池を一周する。
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キショウブ。
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華やかに見えるが、これは西アジアからヨーロッパ原産の外来種。
このあたりでも野生化しているのか。

白いヤマアジサイ。
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ヒツジグサ。
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成長しきったミズバショウ。
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ニッコウキスゲ。
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対岸からホテル群を望む。背後には志賀山。
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志賀高原ゲートウェイステーションはもとの志賀高原ロープウエイ蓮池駅(山頂駅は発甫温泉)。
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全長1500m、高低差100m
ロープウェーは1960年に開業したが、設備の老朽化や利用者の最盛期の7分の1に減少したことにより、2011年5月25日で廃止された。
もっと早く来ておくべきだった。

一周して見納めの蓮池。
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この先は再び遊歩道になる。
その入り口を探すべく車道を登り始めた。
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だが、なかなか見つからない。右手に蓮池スキー場。
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左手に、廃業したホテル。
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どうもおかしいので、地図を見直したら、さっき通過したワタスゲ平から入ることがわかり、引き返す。
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なんと、道は蓮池の方から道路をくぐって通じているのだった。
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これがワタスゲ平。あまり咲いていない。冬にはスキー場の下になってしまう場所だ。
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前方に2人のハイカーが登っているのが見えた。
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(つづく)

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志賀高原(上)

【2015年7月18日(土)】志賀高原
7月の3連休はどの日もずっと天候不順の予報だったが、近づくに従い、後半2日は回復基調になってきた。
最初は、御池から燧裏林道を通って温泉小屋、翌日は至仏山に登って鳩待山荘、3日目は笠ヶ岳経由で湯の小屋温泉に下るという2泊3日の尾瀬大横断のプランを立ててみたが、天候以前に、この時期、尾瀬の宿はどこも満室で問題外だった。
しからばと、最近目をつけていた野反湖周辺。白砂山を含め1泊2日のプランを考えたが、これも野反湖キャンプ場がいっぱいなので断念。
3連休とは言え、キャンプ場がいっぱいとはどんだけ人気なんだ。

結局、あちこち迷走した揚げ句、志賀高原に落ち着いた。
初日は移動日で熊の湯まで。翌日は志賀山、大沼池、赤石山を経由して岩菅山山頂の避難小屋に宿泊、最終日は下山して、焼額山に登り返し、竜王山を経て竜王ロープウエーで下るという、志賀高原大周回コース。
本当はバスで渋峠まで行き、横手ヒュッテに泊まりたかったが、熊の湯の一望閣が安くとれたので、そこからスタートすることにした。

帰りは竜王ロープウエーの山麓駅から日帰り温泉やバス停への距離が遠くて悩んだが、山麓駅すぐ下にあるホテルニューポートに立ち寄り湯ができるかどうか問い合わせてみたところ、「ホテルではやっていないが、近くのよませ温泉・遠見の湯まで送迎します」という。
経営が一緒なのだろうか。破格のサービスである。
ありがたくお言葉に甘えることにした。

初日は熊の湯に行くだけなので、11時頃、ゆっくり家を出るつもりだったが、蓮池でバスの乗り継ぎ時間が1本ずらせば45分くらいある。
そのくらいあったら、近くを散策できるかなあと考えているうちに、そうかもっと早く出れば、たっぷり付近の池めぐりができるではないか、と気づいた。
雨が降り続いていたら、そのまま宿に入ってしまえばいいだけだ。
どうせ、早く目が覚めてしまうのだし、出発を3時間早めることにした。

今回は3日間の山旅のうえに、避難小屋泊も含まれているのでザックが重い。
最近は持ち歩いていないシュラフにマット、3日分の着替え、ガスストーブ、食料、そして小屋に水場はないので、2日分の水。
これだけかつぐのは骨折以来初めてなので、少々不安がつのる。

9:13新所沢発の電車で出発。
所沢、秋津、武蔵浦和と乗り継ぎ、大宮に10:08着。
わりと並んでいる人の少ない2号車(自由席)をねらって並んだが、さすがに3連休の初日だけあって、すでに満席。デッキもいっぱいだ。
私は最後列座席と壁の間にザックを置いて、自分もその間に入り込み、細長いテーブルに腰掛けた。
機転をきかせてなんとか居場所は確保できたものの、これでは登山用のイスを持ってきても使いようがなかった。
軽量のため置いてきたのは、ある意味正解だった。
熊谷や高崎で停車するたびに、さらにお客さんが乗ってきて、ぎゅうぎゅう詰めになってきた。
でも軽井沢でかなり下りたので、そのタイミングでようやく座ることができた。
やはり3連休となると、出かける人の数がけた違いだ。

長野には11:45着。
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さっそく駅構内のコンビニで弁当を2つ購入。
これから長野電鉄の中で食べる昼食用と、今夜、宿で食べる晩飯用だ。
お昼は「幕の内弁当」、夜は「鶏の照り焼き弁当」。締めて800円ちょっと。
宿はなぜか、単独客向け2食付きのプランは売り切れになっていたのだ。

JRの駅構内を抜けて、長電の駅に向かう。
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懐かしい長野五輪のエンブレム。
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長電長野駅に通じる地下道を見落とし、大通りを渡って、地上の入り口から長電の駅に下りる。
おかげでJRと長電両方の長野駅の写真が撮れた。まだ小雨が降っている。
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長電の長野駅は地下駅だ。

乗るのは、12:10発特急スノーモンキー湯田中行き。
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なんと成田エクスプレスのお下がりだった。
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こちらの方はガラガラで先頭車両にほぼ独占状態で座っていたが、発車間際にはほとんど満席になってしまった。
私も発車までの10分ほどですっかり弁当を平らげてしまった。
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12:10発車。
志賀高原方面は雲の中。千曲川を渡る。
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北信五岳も頂上が見えるのは斑尾山(1382m)だけ。
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小布施駅で半分くらいが下りた。やはり人気の観光地だ。
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湯田中へ40‰の急坂を電車はあえぎながら登る。
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湯田中12:54着。
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ホームの足元を見ると、ここには2種類の特急が走っているようだ。
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この絵からすると、特急ゆけむりは小田急ロマンスカーのお下がりだ。

外に出ると、雨はほとんど止んでいる。
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これなら歩けると判断し、バスのチケットは一番下にある水無池の最寄りバス停、旭山下までを購入。720円。
乗客は10数人ほど。外国人が何人かいた。
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本来このバスは白根火山行きだが、草津白根山(2171m)の火山活動がレベル2で交通規制がかかっており、渋峠(2172 m)までの折り返し運転になっている。
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上林温泉を通過して、13:32、旭山下バス停に到着。
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さっそく歩き始める。霧雨をわずかに感じる程度なので、雨具はとりあえず着ないでおく。
水無池の入り口に着いたところで、遊歩道に濡れた草花が覆いかぶさっているのを見て、あわてて雨具上下を着用。
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思い切って進んでいく。

まずはシナノオトギリのお出迎え。
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そしてウツボグサ。
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アザミ。
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ヤマオダマキ。
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ヨツバヒヨドリ。
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ヤナギラン。
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ここは標高1380mほどだが、高山植物が多い。

遊歩道は水無池の回りをめぐっているが、しばらく歩いてやっと池が見えた。
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この池は流れ出る川がないが、底の一部に水を通す箇所があって、豪雨の後でも満水になることがないので、「水無池」と呼ばれているのだという。
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正面にこれから登る旭山(1524m)が見える。
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橋を渡るといったん広い道に出る。
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そして、間もなく車道に出た。
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前方に琵琶沼が見えた。背後は丸池スキー場。
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奥には志賀山(2037m)も見える。
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この後、旭山に登るため、少し戻って左折。舗装された細い道を進むが、なかなか山を登り始めない。
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これは「山と高原地図」に言うところの湖岸の道かと疑い、いったん車道に戻り、ほかの入り口を探しつつ、少し逆方向に歩いてみる。
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しかし、それらしき道はないので、また引き返して、やはりこの細い舗装路行くことにしたが、旭山まで1.2kmという、この標識もよく分からない。
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そんなに距離があるのだろうか。
道は一向に登る気配なくトラバースを続けたまま、頂上らしき場所の直下を通過してしまった。
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「あれ、この道はやっぱり頂上へは行かないのかな?」
そういぶかって、ヤブを直登しようかとも思ったが、こんなところで転んだり、ヤブこぎでずぶぬれになったりするのもばかばかしいので、止めておく。

この旭山というのは、頂上のことではなく、あちら側のふもとにある「旭山公園」みたいなものなのかなあ。
などと、どんどん疑念を募らせ、「それならもうそれで仕方ないや」と半分諦めの境地で歩いていたら、頂上への分岐が出てきた。
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は~ん、そういうことか。散々巻いておいて、逆側から登らせるわけだ。
だから、距離があんなに長かったんだ。
それにしても「山と高原地図」の表記は完全な誤りである。
困ったものだ。

やっとしっかり登り始める。
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雨に濡れた緑が美しい。
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頂上近くには「白樺美林」なる林があった。
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旭山には琵琶沼から30分ほどで登頂できた。
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(つづく)
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摩周岳(4)

【2015年7月13日(月)】川湯温泉・摩周岳
摩周岳(857m)に登頂した。
頂上からは迫力のある眺めが楽しめる。
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これは火口壁。一面の原生林だ。
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火口の底まで原生林。
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外輪山の稜線と西別岳(799m)。
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きっちり西別岳。
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あれは赤いけどチシマフウロだろうか。
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ヨツバシオガマ。
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真の頂上。風が強くて、とてもあそこまで行けなかった。
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骨折してから、随分臆病になった気がする。

ちょうど、ここでデジカメのメモリー(4GB)がいっぱいになってしまった。
3日間で1200枚ほど撮ったので無理もないか。カメラ役はスマホに移行する。
さて、長居は無用。お腹も空いたので、下山開始。
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登りの時には気づかなかった。エゾノキリンソウ。
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シラカバ林の急坂を下る。
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コメツツジ。
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この下りで、若い女性2人パーティーとすれ違う。
彼女たちの無事を祈る。

二色のタカネニガナ。
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この標識を過ぎると、傾斜はなだらかになる。
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ベニテングダケ?
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ゴゼンタチバナの群落。
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チシマフウロ。
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西別岳への分岐まで戻ってきたあたりで、急に雨足が強くなってきた。
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さっきのおじさんたちがのんびりランチをして、テーブルを占領しているのではないかと不安だったが大丈夫だった。
傘を取り出して、テーブルの屋根代わりにする。
残りのお湯で、カップヌードルの半分カップをいただく。
あとは、豆パン。
人間のにおいをかぎつけて、蚊が大量に襲ってくる。
顔や手、足首にも虫除けスプレーをかけまくり、防御体制をとる。
手早く食事を終え、出発。

このあとは本降りの中の行軍となる。
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右足の足首に加え、左足のかかとも靴擦れのようで痛い。
しかし、景色は抜群だ。
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さっき休んだベンチでもう1回小休止。
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残りのお湯で、ロイヤルミルクティー。
きのうは猛暑だったのに、今日は気温が低い。

あとはひたすら我慢。
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コウリンタンポポ。ピンボケですいません。
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コウリンは「紅輪」。つまり赤いタンポポという意味。
もともとヨーロッパ原産で、日本には明治以降、観賞用に持ち込まれたらしい。
でも、北海道北部にも多く分布しており、こちらは戦後サハリンから侵入したと思われるとのこと。

お~し、あと1.8km。30分ちょっとで行けるか。
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再びオニシモツケ。
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最後の登り。
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おなじみの角度で摩周湖も見えてきた。
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このあたりで外人の親子とすれ違う。
もう時間は3時前。まさかこれから摩周岳に行くとは思えないが、早めに引き返してほしいと願わすにはいられなかった。

14:50やっと展望台に到着。
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まずは雨具の下を脱ぎ、荷物の整理。
落ち着いたところで、売店に入り、下山ソフトをいただく。
摩周湖ブルーなるメニューもあったが、ノーマルにバニラ(300円)にした。
外でエゾシマリスが餌付けされているのを見学。
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15時15分ごろ出発。
濡れた体を温めるべく、弟子屈町の中心部にある摩周温泉「ホテル摩周」に向かう。

ナビをセットしたので、迷わず15時半に到着。
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向かいにつぶれた「ホテルニュー子宝」があった。
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入浴料は400円。安い。
宿の女将さんに「工事をしたばかりなので、すこしぬるいですが」と言われたが、そんなに選択肢があるわけでもないので、了解。
入ったらそんなにぬるくなかった。
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1人先客があったが、しばらくして出て行ったので、一瞬独占状態に。
すっかり温まって、脱衣所で体を拭いていたら、お客さんが相次いで2組。
最初は、かなり太った若い人。
私が出入り口付近で着替えをしているのに、その人は入口の扉を開けたまま、連れの女性と風呂から上がる時間など相談している。
そんなの入る前に済ませておけよ~。
たぶん、私の大したことない裸体は彼女に丸見えだっただろう。
次は高齢者2人。うち一人は、2段あるロッカーのうち、私が使っているロッカーの下を開けて着替えを始めた。
奥にいくらでも空いているのに、なぜわざわざ私とかぶる場所を選ぶのか。
思わず、「ここ狭いので、奥へどうぞ」と声かけしてしまった。
公共の場でまわりに配慮ができない人が、老いも若きも本当に多い。

そんなこんなで16:15に出発。
釧路空港へナビを入れると、目的地までの距離75km、所要時間1時間15分と表示あり。
それなら17時半に着くので余裕だ。

飛行機の時間は19:15なので、レンタカー屋に18時に着けばいいと思っていたからだ。
雨の中、国道274号を快調に走る。
ほんとうに車が少ない。
途中、鶴居村で給油。220kmくらい走ったが、ガソリンが11㍑。
燃費は20kmなので、すこぶるよい。
まわりに何もない道を延々と走って、予定通り17:30にレンタカー屋に到着。
車を返して、釧路空港に。
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まずは荷物を預け、トイレへ。ここで靴の汚れをとる。泥ではなく藁だ。
引き続いて、夕食。
ビールにイカの沖漬け、醤油ラーメン。
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釧路ラーメンは札幌、旭川、函館に次ぐ北海道4大ラーメンの地だそうで、なんでもない空港の店だったが水準以上だった。

19:15定刻で離陸。
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すぐに雲海の上に出る。夕焼けがきれいだった。
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機内ではほんの少し寝て、ほぼ定刻に羽田着。
21:35の所沢駅行きのリムジンバスに乗り、後半爆睡。
所沢駅に着いた時には22:55。随分時間がかかった。
痛い足を引きずって、西武線に乗り、帰宅は23時半になっていた。
東京は気温29℃だが風が強くて、その分マシだったが、汗をかなりかいたので帰宅後、もう一度風呂に入らなければならなかった。

摩周岳はあまりいい天気とは言えなかったが、景色はしっかり見えたし、猛暑よりはましだっただろう。
雌阿寒も摩周も条件はばっちりだった。

【行程】2015年7月13日(月)
摩周第一展望台(9:00)~683mピーク(10:17)~641m標高点(10:31休憩10:44)~西沢岳分岐(11:09)~山頂(11:54撮影12:04)~西沢岳分岐(12:39昼食12:57)~641m標高点(13:20休憩13:25)~第一展望台(14:50)
※所要時間:5時間50分(歩行時間:5時間4分)
※登った山:1座(摩周岳)
※歩行距離:14.4km

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摩周岳(3)

【2015年7月13日(月)】川湯温泉・摩周岳
683mピークの先は見晴らしのいい草原が続く。
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正面には西別岳(799m)が姿を現した。
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標高は全然高くないが、雄大な山だ。

眼下のシラカバ林も実に美しい。
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気持ちのいい道が続く。晴れていたら、さぞかし暑かったことだろう。
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キツネの糞だろうか。コガネムシかタマムシの赤や青、緑の表皮が消化されずに残っている。
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摩周岳(857m)の角度もかなり変わってきた。
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一面のササ原。
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葉祥明の絵のようだ。
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摩周湖がV字形に見える。「ダイヤモンド摩周湖」と呼ばれているらしい。
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かまどの鍋のような摩周岳。
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バオバブの木のようなシラカバ。
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683mピークを振り返る。
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この角度はめったにお目にかかれない。
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W形摩周湖。
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休むところないかなあと思っていたら、何か見えてきた。
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641m標高点のあたりだ。

しばらく草原の中をアップダウンしていく。
このあたりは風衝草原と呼ばれているようだ。
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道は1.5mくらいの幅でササを刈ってあり、道標も新しく、最近整備された様子が伺える。
道の真ん中に幅30cmくらいの掘れた溝がある。
これが非常に歩きにくい。
以前はこの踏み跡をたよりに、ササ原をヤブこぎして進んだのだろう。
文句を言わず、刈ってくれていることに感謝をしなくては。
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エゾイブキトラノオ。
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登りには石段。実に親切だが、両脇を歩く。
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641m標高点に「摩周湖」の看板とベンチがあった。
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ここで4.2km。片道の7分の4来たことになる。
ここまで休むところがなかったのでありがたい。
カフェラテで暖をとる。ホテルで湯をもらってきていたのだ。
10数分休んで出発。

右手に西別岳を見ながら、草原の道を行く。
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すこし下って、今度は676mピークまで登る。
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ここが西別岳への道の分岐だと思っていたら、地形図の読み誤りだった。
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シラカバの林を通過。
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引き続き、木のトンネル。
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摩周岳の絶壁が迫ってきた。
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やはり、この道は歩きにくい。溝の幅が細すぎるのだ。
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そうこうしているうちに、休憩してから25分ほどで、本当の分岐。
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ベンチとテーブルがあったので、昼食は戻ってきてから、ここで食べることにする。
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分岐を左折して、火口の縁の道を進む。
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このあたりで、5人ほどの高齢者パーティーとすれ違った。
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雨具も着て完全防備だった。平日のこんな天気の日でも入山する人がいるんだなあ。
人のことは言えないが。

右手はシラカバの疎林。
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登山道もシラカバの中。
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めずらしい花びらが6枚あるゴゼンタチバナ。幸せが訪れるだろうか。
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コメツツジ。
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左手は火口なのだが、木々に隠れてまだよく見えない。
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しばらくほぼ平らだが、だんだん斜度が出てくる。
そして標高700m地点あたりからにわかに傾斜が急になり、右手が切れ落ちた道となる。
石が階段状に組んでいるところも多く、整備はされているが、ちょっと怖い。
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ウツボグサ。
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あと400m。
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左手に絶壁の上に立てる場所が出てきたので、覗いてみる。
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あそこまでは行けなかった。
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シロバナタカネニガナ。
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シラカバもすごい。
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火口の内側。絶壁の対岸は原生林になっている。
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ビシビシ登っていく。
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オオヤマフスマ。
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あれが頂上か。まだしばらくあるなあ。
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マルバダケブキ。
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振り返ると、西別岳(799m)。
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さあ、もうひと息。
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知床方面。
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チシマフウロ。
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11:54、コースタイム2時間半よりかなり遅れて、摩周岳頂上に到着。
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風が強いので雨具の上を着込む。
頂上は三方が断崖絶壁。
とてもその縁までは行けない。
ここはアプローチがほんとに平坦なハイキングコースだけに、頂上直下と頂上だけハードなのでびっくりする。
めったに見られない角度から見る摩周湖。
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もう一つのピーク。ここよりわずかに2m低い。
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あちらの方が高かったら、さらにあれを登らなければならなかった。低くて助かった。

(つづく)
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摩周岳(2)

【2015年7月13日(月)】川湯温泉・摩周岳
川湯温泉街を朝食前に散歩した。
ちょっと歩いただけで6軒の廃業ホテルを発見できた。
川湯温泉の年間観光客数を調べてみると、
1991年度が56万人なのに対し、2012年度は18万人。
なんと20年あまりで3分の1以下に激減している。これは異常だ。
お湯のよさには定評がある。屈斜路湖と摩周湖の間にあり、阿寒湖畔のように湖畔の温泉ではないが立地は決して悪くない。
阿寒国立公園をめぐる旅で、温泉に泊まるなら、阿寒湖温泉と川湯温泉が2大選択肢である。
にもかかわらず、この寂れぶりは度を越している。
何が問題なのか。
ネットで検索してみると、定員100人程度の中規模ホテルが多いので、宣伝力が弱く、旅行業者にも買い叩かれてしまうという分析もあった。
また、東日本大震災による旅行者の減少も痛かったらしい。
宿に個性がなく、料理も定番ばかりとの批判もあった。
どれもあたっているのかもしれない。
あとは下り坂を転げ落ちるばかりなのか。
確かに、あの温泉街を見たら、私のような物好きでない限り、二度と来たいとは思わないだろう。
中国人など外国人客に活路を見い出すしかないのかもしれない。

というわけで泊まっている川湯観光ホテルに戻ってきた。
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近くに野良猫の親子が暮らしていた。
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朝食の7時までにはまだ時間があるので、車で硫黄山に出かける。
ここも去年行ったばかりだが、北海道の観光地は何度でも行きたくなる。
やはり「ふるさと」だからなのだろうか。
まだ早朝なので、駐車場の係の人はおらず、無料で駐車できた。
当然のことながら、相変わらずもうもうと白煙が上がっている。
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いや、何度見てもすごいや。
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噴気孔は真っ黄色の硫黄の山になっている。
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あたりも荒涼とした風景だ。
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満足。川湯温泉駅に寄り道して、ホテルに戻る。

朝食も夕食に引き続きバイキング。メニューには肉系が少なかった気がする。
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でも、とろろ昆布がおいしかった。

8時30分ごろにチェックアウト。
近くのセイコーマートでパンを買い、車で摩周湖の第一展望台に向かう。
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雨は一時本降りだったが、幸い今は止んでいる。
こんな天気なのに、霧は出ておらず、摩周湖もしっかりと見えた。
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おお、カムイッシュ島の向こうには斜里岳(1547m)も。
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振り返ると、西には富士山のような山が見える(右)。雄阿寒岳(1371m)だ。
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永平寺73世・熊沢泰禅禅師が摩周湖を讃えた漢詩の碑(昭和35年頃建立)。
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休憩舎より少し北に、幕末期の南画家・春木南華による「(松浦武四郎の)久摺日誌を読んでの碑」があったらしいが見逃してしまった。

これはこれから歩く稜線。
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読売旅行の団体さんが写真撮影している昭和の風景を見送って、9時に出発。
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摩周岳(857m)まで7.2kmのピストンである。
登山届も提出。
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ここは標高546m。まずは510mくらいまでだらだらと下る。
最初から、いろんな花々が迎えてくれる。
そこら中、オニシモツケだらけだ。
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オオハナウド。
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ミヤマヤマブキショウマ。
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稜線からはササ原越しに摩周湖と摩周岳が見える。
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歩くに従い、この角度が刻々と変わっていく。

ウツボグサ。
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外輪山の外側はゆるやかなササの斜面。
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ぽつんぽつんとシラカバの立ち木があり、北海道らしい風景だ。
はるか向こうは根釧台地。今日は見えにくい。
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どうせ雨が降ることは分かっているので、雨具の上下を着込んでいたが、暑くなってきたので、やっぱり上だけ脱いでしまった。
この後は、小雨が降ったり止んだりしたが、頂上までは着ずに通した。

ヨツバヒヨドリと摩周湖。
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シラカバの並木を行く気分。
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湖岸への立ち入りを禁止する看板があった。ということは下りられるのだろうか。
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その昔、松浦武四郎は湖岸まで下りて、洞窟で一夜を明かしたらしい。

ミヤママタタビ。一瞬、桜かと思った。
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ミヤマイボタ。
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683mピークはまだまだ先。
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あまり美しくないが、フキも盛大に繁茂している。
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チシマアザミ。
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ゆるやかなアップダウンを繰り返しつつ、490mの最低地点に達した。
ここからは、だらだらした長い登りに転じる。標高差は約200m。
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石段がところどころにある。
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ウツボグサ。
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シラカバの林の中に入っていく。なぜ、みんな幹が細いのだろうか。
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風が強いので、太くなると倒れてしまうから、と考えてみたが、見当違いか。

歩いてきた稜線を振り返ってみる。
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どうしても第一展望台を見つけることができなかった。

チシマフウロ。
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熟して真ん中の緑が肥大化したシコタンキンポウゲ。
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オオヤマフスマ。
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ハンノキの実。
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木のトンネルに入った。
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ウラジロタデ。
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あともう少しで683mピークに着きそうだ。
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摩周岳も近づいてきた気がする。
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振り返ると、再び雄阿寒岳(1371m、左)。
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おお、やっとピークに着いた。ここまで3.1kmを1時間17分だから、必ずしも早くない。
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三角点があるのに、すっかり忘れて素通りしてしまった。

(つづく)

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摩周岳(1)

【2015年7月13日(月)】川湯温泉・摩周岳
昨夜から川湯観光ホテルに泊まっている。
早く目が覚めてしまったので、朝風呂へ。
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川湯温泉は硫黄臭の強い酸性の温泉だ。
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体は昨日洗ってあるので、今朝はざぶんと入るだけ。

上がったら、温泉街の散歩に出かけた。ちょうど5時。
なんと、もう雨がぽつぽつ落ちてきていたので、あわてて傘を取りに戻る。
予報では午後から雨だったのに。
今日の山行はどうなることやら。場合によっては中止かなあ。

まずは投宿した川湯観光ホテルの全景。
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街では源泉があちこちに沸き出している。
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ホテルの向かいに、いきなり廃屋。かつての従業員宿舎だろうか。
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空き地には、帰化植物のムシトリナデシコが咲き乱れていた。
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大通りに出ると、正面に大鵬相撲記念館。
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昭和の大横綱・大鵬は樺太の生まれだが、出身地は川湯温泉ということになっている。
当然、早朝のこととて開いていない。

大通りを屈斜路湖方面に歩く。
休業中もしくは廃業したホテルが目立つ。
このパストラルホテルは現在営業していない。
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そりゃ空室だらけでしょう。このくらい片づけておけばいいのに。
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商店街もさみしげ。
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でも、この2店は元気な様子。
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おみやげ長井は木彫りの店。
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ニポポの像が守り神だ。
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大鵬はやはり貴重な観光資源。
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大鵬せんべいは化粧まわしの形をしたせんべい。
弟子屈の長谷製菓の商品で、同社はこのほか「丹頂鶴の卵」「Hokkaidoマトリョーシカ ラングドシャ」などを作っている。

川湯園地。気温が21℃もあるとは思えないくらい肌寒い。
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ここには共同足湯がある。
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手を入れてみたら、そんなに熱くなく、適温だった。
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マイナスイオンは都心の16倍だそうだ。
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川湯温泉生成碑。いまひとつ意味が分からない。
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園地の向かいに公衆浴場があった。
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午前8時から午後8時までとあるが、まだ営業しているのだろうか。

その隣は、その名も「ふしぎや」。昨日通りかかった時、店頭のテーブルでカップルがお茶を飲んでいた。
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これも廃業したと思われる「グランドホテル アレックス川湯」。
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湯の川のほとりに石仏群。
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御園ホテルも休業中。まだ真新しい建物に見えるが。
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クッシー。懐かしい。
ネッシーは捏造と判明したが、こちらはしぶとく生き残っているのか。
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脇道に「大鵬通り」があった。この通りに実家があったのだろうか。
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廃虚の典型のような「ホテル華の湯」。きれいな箱形の建物だ。
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民芸品店が並ぶあたりは遠巻きに眺めただけ。
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戻って、エコミュージアム方面に向かう。
左手は川湯の森。
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これが川湯エコミュージアムセンター。国(環境省)の施設だけに、立派だ。
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ちょっと川湯の森の中に入ってみる。
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「挽歌」の文学碑があった。
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主人公「わたし」が川湯温泉を訪ねた時の描写が刻まれている。
「挽歌」は釧路出身の作家・原田康子のベストセラー。ずっと前に古本屋で買ったが、まだ読んでいない。そろそろ読んでみようか。

ハクサンシャクナゲが咲いていた。
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観光案内所「川湯ふるさと館」。
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「パレスホテル 湯元 えぞの華」も休業中。
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こちら「川湯プラザホテル 欣喜湯」は健在だった。
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その向かいに川湯神社が鎮座している。
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ご神木のミズナラは樹齢300年以上。
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平成22年6月30日、風もないのにこの木の大きな枝が落ちたという。
地元の人々はそれを活用して、ご神木を守る囲いを作ったとのこと。
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でも、その囲いもすでに壊れていた。

境内には大鵬の町らしく、土俵がある。
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そして、なんと手水鉢は温泉。さすがだ。
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参拝して、本日の山行の安全を祈願。
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裏通りを通って、ホテルに向かう。
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歓楽街ということなのだろうが、もちろん廃業した店が多い。
昔は、ホテルでの宴会では飽き足らない団体のおじさんたちが繰り出して、賑わっていたのかもしれない。
温泉街が元気な頃は、勤務を終えた従業員たちも通ったことだろう。

逆に現役の店にはどんなお客さんが来るのか、不思議に思えてくる。
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「湯富・イン」。格安風のホテルも続かなかったようだ。
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人気の高い九州の「湯布院」にあやかったつもりだろうか。
こうなるとプライドも何もない。というか、やはり「川湯」を売り出すことを考えるべきだろう。

高級路線風の「川湯一の坊 橘屋」も力尽きたと見える。
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でも、こういう「廃屋」の多い町並みは個人的にはすきだ。
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めずらしい木造の家。
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営業しているホテル3軒目。「川湯第一ホテル 忍冬(すいかずら)」。
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45分ほどかけて温泉街を一周。
改めてつぶれてしまったホテルが多いことに愕然とした。

(つづく)
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