山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

播州「鉄の旅」(3)

【2015年5月31日(日)】播州「鉄の旅」
三木鉄道の廃線跡を訪ねている。
別所駅は県道沿いにあったのですぐに見つけられた。
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石野駅とほぼ同じ構造だ。

駅舎の傍らには、廃止を惜しむ大きな記念碑が設置されていた。
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(背面)
三木鉄道は大正5年(1916年)に播州鉄道として開業した、とある。
営業期間は91年と5か月だった。

廃線跡らしい、のどかな風景。
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まだ現役感を残すホーム。
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なんだか切なくなってくる。
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廃線は好きだけど、やっぱり鉄道は走ってなんぼだよなあ。
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駅前には名前の分からない神社が鎮座していた。
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次の高木駅はホームのみだが、撤去されずに残っていた。
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ホームの目地からたくましく生えて来た草花。
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平成17年の貼り紙がそのまま。
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なぜかホームの真ん中に、こたつが。
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こちらもたんぽぽが満開。
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そして終点、三木駅。
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駅舎は「三木鉄道ふれあい館」という資料館になっている。
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中の見学はあとにして、まずは周辺を散策。

線路跡などはきれいに整地され、公園化されている。
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三木鉄道の車両は岐阜県の樽見鉄道に売却され、まだ現役で活躍中とか。
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住宅地と接するフェンスには駅名標が並ぶ。
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では、ふれあい館を見学。
現役時代の写真が何枚も展示されていた。
往年の三木駅。
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国鉄から引き継いで開業した当時のレールバス。
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三木市内もいろいろと見どころがあるのだろうが、今回は省略。
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「鉄の旅」に専念する。
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ふれあい館の隣のお土産物屋におにぎりを買いに入ったが、4人ほどレジに並んでいたので時間の節約のため見切りをつけて出発。
途中のセブンイレブンでパンを2個買う。
車中で食べながら、加古川線へ戻る。

市場駅。新しく建て替えられ、コミュニテーホール「ぶらりきびた」を併設している。
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ホームの風景。
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東口も同じようなデザインの駅舎が建っている。
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次は小野町駅。
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駅舎にそば屋があり、これが随分人気の店のようだ。
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ちょうど昼飯時だったこともあり、駅前には何台もの車が並び、お店に入り切れない人であふれていた。

駅前の旧家。
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小野市のマンホールは特産のはさみと播州そろばん。
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そして北条鉄道との接続駅・粟生(あお)駅。
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なぜかエーゲ海のような雰囲気。

おしゃれなレストランもテナントとして入っている。
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駅舎に隣接して、「あお陶遊館アルテ」なる施設があった。ここは焼き物の町なのだろうか。
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粟生駅はまちの中心にあるわけでもないのに、神戸電鉄と北条鉄道が乗り入れる交通の要衝だ。
とにかくホームに入って、構内を見学。まずは神戸電鉄。
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続いてJR加古川線のホーム。
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ちょうど加古川行きが入線してきた。
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そして北条鉄道。今年は播州鉄道時代から数えて100周年。北条鉄道になってからは30年の節目の年のようだ。
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起点だけに0キロポスト。
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駅名板。
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何列かの引き込み線は撤去されていることがわかる。
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着いた時点で北条鉄道の発車時間まで20分ほどあったが、あれこれ撮影しているうちにいい時間になった。
いったん車に戻ってはみたが、やはり、駅舎撮影は後回しにして、ここから乗り鉄することにする。
列車は13:09発。
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戻ってくるのはほぼ1時間後だ。
それでは出発。
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座席は残念ながらロングシート。運転士は若い女性でびっくり。
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乗客は10人ほど。うちテツの少年がひとり。
あれこれ移動しては写真を撮っていた。私は車内では大人しく車窓を眺めていた。
あとで、車でひと駅ひと駅まわるのであわてる必要はない。
ローカル線に身をまかせるのは、なんと心地よいことか。
まわりには低いけど特徴的な山が結構あった。登れる山もあるのだろう。
終盤はうとうとした瞬間があったが、なんとか完落ちせず我慢した。

13:31北条町駅着。運賃の410円は運転士に直接手渡しだった。
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北条町駅では待ち合わせ時間が9分ほどだし、あとでまた来る予定なので、外には出ず、構内をあちこち見学。
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「ねっぴー」は地元に伝わる悲恋の物語「根日女伝説」のヒロインをモデルにしたご当地キャラ。
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「かぶと虫列車」ってどんなことをするんだろう。
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観光案内所でパンフレットをゲットし、また同じ電車で引き返す。
運転士も同じ方だった。
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13:40北条駅発。帰りは少し、車窓を撮影。
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木のトンネルを抜けていく。
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14:02粟生駅着。右は加古川線。
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いきなり、もよおしてきたのでトイレに駆け込む。
さっき出発する時、パンと牛乳のからを跨線橋の手刷りのところに緊急的にねじりこんでおいたので、それを回収し、ゴミ箱に。

北条鉄道について、ちょっとおさらいしておこう。
大正4年(1915年)、播州鉄道として開業(三木鉄道と同じ会社)。
播丹鉄道を経て、昭和18年(1943年)から国鉄北条線。
昭和60年(1985年)、第3セクターの北条鉄道に。
全長13.6kmを約22分で結ぶ。
長駅、播磨下里駅、法華口駅は国の登録有形文化財。

さて今度は駅舎めぐり。
1つ目の網引(あびき)駅に行く手前で、踏切を渡る。
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網引駅前には大きなイチョウの木。
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駅舎は質素なたたずまい。
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駅舎内も木を基調とした明るいデザイン。
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ホームのたたずまい。
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粟生方面。
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北条町方面。
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幸せを汲み上げる銀のポンプとやら。
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この駅の近くで終戦直前、列車転覆事故があったようだ。
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説明によると、昭和20年3月31日、近くの鶉野飛行場を飛び立った局地戦闘機「紫電改」にエンジントラブルが発生、車輪を線路に引っかけて墜落。そこに満員の列車が通りかかって脱線転覆。死者12名、負傷者104名を数える大惨事となったそうだ。

その時の蒸気機関車C12-189号の第一動輪が展示されている。
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まわりには水を張り始めた田んぼが広がる。
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加西市のマンホールは、市章と市の花サルビアだった。
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(つづく)

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播州「鉄の旅」(2)

【2015年5月31日(日)】播州「鉄の旅」
JR加古川線沿いにある城山(85m)に登っている。
急坂が続き、足場もよくない。
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今日は普通の革靴なので、滑るのが怖い。

終盤の急な階段。
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密林を抜けると、頂上。登山口からはわずか5分ほど。
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神社が祀られていた。
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山頂は北側が開けており、加古川の雄大な流れに感激した。
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眼下には麦畑。
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ちょうど加古川線を列車が走り抜けて行った。
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ここは鎌倉~南北朝時代、赤松則村(円心、1277~1350年)の西条城だったとされている。
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建武三年(1336年)に建立された法雲寺があったとされるが、江戸時代には廃寺になったとのこと。この五輪塔の残骸はその名残だろうか。
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再び密林のトンネルをくぐって下る。
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登山道を横切る車道を通って、配水池の方を探検してみる。
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南に日岡山が見えた。
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ああ、やはり配水池は工事中で、こちら側の登山道は通行止めだったのだ。
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車に戻り、厄神駅に向かう。ふもとから見た城山。
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踏切でまたまた加古川線の列車に遭遇。
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厄神駅。
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駅前の旧家。
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ここから三木鉄道の廃線跡をめぐる。
三木鉄道は厄神駅と三木駅を結ぶ延長6.6kmの路線。
国鉄から継承したが、平成20年3月に廃止された。
まだ、廃止されて間もないので、かなりきれいに遺構が残っている。
まずは厄神駅のホーム跡。
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厄神駅と国包(くにかね)駅の間に残る踏切跡。
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厄神駅側の路盤。ちょうど500mのキロポストがある。
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これは国包側。
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高さ2mほどの築堤が続く。
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しかし、古い地形図を持ってきていないので、各駅の位置確認がむずかしい。
国包駅はここだろう。駅舎も何も残っていない。
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ホームらしき高まりがあるのみ。
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近くの工場で何かを燃やしている煙がひどかった。

現役時代はこんな駅があったらいい。
国包駅
(ウィキペディアより)

駅前のバス停にも「国包駅」の名は残っていなかった。
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次の宗佐駅へ。
線路に沿って走る県道がかなり登っているので、鉄道は切通しで通っていることが推測された。
やはり、横断する道は切通しの鉄路の上を橋で通過しており、上から路盤を俯瞰できた。
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この道からは線路まで行けそうもないので、県道に戻り、わき道を下っていく。
下りきった場所に広い空地があった。ここが宗佐駅跡だろう。
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念のため、すぐわきで田んぼの作業をしていた方に聞いてみたら、なんと宗佐駅はさっき上からのぞいた道路のさらに向こうだという。
なんと、だとしたらマップルの記載ミスだ。
さっきの高砂線野口駅といい、廃線の駅の位置はかなりいい加減に書かれている。
どうした、昭文社!

三木市のマンホール発見。
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特産ののこぎりや大工道具をあしらっている。

近くにあった古い家屋。気に入ったのでパチリ。
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とにかく、おじさんの指示に従って戻ってみる。
確かに何もない更地があった。
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でも本当にここでいいのか。
たまたま、近くで草刈りをしているおばさんがいたので聞いてみたら、やはりここでいいみたいだ。
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昔は駅舎もあったというが、帰宅して調べてみたらホームのみだった。
宗佐駅
(ウィキペディアより)

「三木市の方はみんな駅舎が残ってるのよ。加古川はみんな壊しちゃった。あ、でも国包はまだあるわね」
何! では、さっき私が国包駅跡と判定した場所は間違いだったのか。
駅舎が残っているならもう一度行かねばなるまい。
この方向だが、本当にあるのか。
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だいたいの場所を聞いて再び戻る。

途中、道路によって分断された築堤の跡。石積みの橋台が残る。
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常観寺の前で、散歩中のおじいさんに、もう一度国包駅の場所を聞いてみる。
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その方の説明によると、さっき私が国包駅跡と判断した場所で間違いないようだ。
う~ん、駅舎が残っているというのは、おばさんの勘違いだったようだ。
自分の目を一応信用することにして、宗佐駅の次の下石野駅跡に向かう。

一応のあたりをつけて、田んぼの真ん中の踏切跡に来てみた。
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このあたりの廃線跡はきれいに舗装され、遊歩道になっている。
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またまた近くにお花畑の手入れをしているおばあさんがいたので、聞いてみると、下石野駅はかなり来過ぎているとのこと。
教えてもらった場所に行ってみると、なんとさっき私が宗佐駅跡だと勘違いした場所ではないか。
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ただ、この広場に駅舎があったのではなく、田んぼ側にホームのみあったようだ。
下石野駅
(ウィキペディアより)

確かにすぐ近くには、下石野のバス停があった。
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遺構を見る目は間違っていなかったが、地図読みが未熟だった。
ていうか、あの間違った地図しかなかったのだから仕方ない。

石野駅は、さっきのお花畑のおばさんが「あそこだよ」と指差して教えてくれたので、すぐに行けた。
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やっとまともな遺構が残っている場所にたどり着けた。
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チカンは女性の敵。
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改札の窓口は閉じられている。
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放送禁止図画。でも、なんだか懐かしい。
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深刻な落書きだが、単なるおふざけかも。
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哀愁の漂うホームの風景。
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三木方面は再び遊歩道。
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トイレはめちゃめちゃでした。
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駅名板ははずされていた。保存されたか、オークションに出されたか。
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次の西這田(にしほうだ)駅も目印がなく見つけにくい。
今度は県道を走らず、田んぼの中の細い道を廃線跡と並走しながら東進する。
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途中、野良仕事をしていたおばあさんにまた道を聞く。三木鉄道沿線はなぜか外に出ている人が多くて助かる。
「西這田駅はその川よりまだ向こうですか?」
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「川を渡ったら、ノウメンがあるから、その先の十字路だよ」
と教えてくれた。
能面?と一瞬思ったが、農免だなとひらめいた。

十字路は何度も出てくるが、それらしき遺構があるところがない。
田んぼの作業をしているおじさんにまた聞く。
「あの青いテントのあるところだよ」
ああ、あれか大きな道路との交差点だな。
しかし、そこは随分な傾斜地だ。こんな勾配があるところに本当に駅があったのだろうか。
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でも、古い写真を見る限り、ここでいいような気もする。
西這田駅
(ウィキペディアより)
いずれ古い地形図で確認してみたい。

(つづく)

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播州「鉄の旅」(1)

【2015年5月31日(日)】播州「鉄の旅」
前日の奈良出張から足をのばし、兵庫県明石市に来ている。
前夜は西明石駅前の西明石ホテルに宿泊した。
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この日は5時半に起床。
ホテルに併設されている料理店善坊で朝食。7時からということなので、7時ぴったりに出向く。
料理店らしく、しっかりとした和食だった。朝から、明石焼きもついていた。

トヨタレンタカー加古川駅北口店の予約は、開店時間の8時なのでゆっくり出ても間に合うが、ここでのんびりしている理由もない。
食べ終わったら、さっさと出発。
明石市の消火栓マンホールは明石大橋と、子午線(東経135度)の町であることを象徴する明石市立天文科学館のタワー。
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朝の西明石駅。
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7:22西明石発快速姫路行きに乗って、7:38加古川着。
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開店まで、あと20分ほどあるので、ここから枝分かれする加古川線を覗こうと思ったら、そちらのホームに行くには、ICカードが使えない改札を通らないといけなかったので、断念。
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そういうことなら、というわけで駅前を散策する。
まず南口。駅前の大きなショッピングセンターはヤマダ電機ならぬヤマトヤシキ。
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出入り口のすぐ近くに、古びた道しるべ。
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「西 姫路驛 四里五丁余」「南 西國街道播磨國 加古郡加古川驛」「東 明石驛 五里□□」とある。「北」面は記載がなかった。
「驛」とあるところをみると、鉄道が開通してから建立されたものだろうか。
それ以前ならふつう「宿」を使うであろう。

鉄道は明治21年(1888年)の開業ということである。
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加古川の流れをイメージして平成17年に新築された加古川駅。
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加古川市のマンホールはシンプルに市の花ツツジ。
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ペデストリアンデッキから眺めた加古川駅と駅前交番。
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ペディメントのある車寄せ風の入口はおそらく旧駅舎のイメージを残したものだろう。
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ここから駅舎を突っ切って、北口に出る。
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トヨタレンタカーの看板が視界に見えないので、スマホ検索で場所を確認。
加古川線の高架に沿って進む。
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8時5分前に店舗に着いたが、すでに先客がいた。
ちょっと待って手続し、8時すぎに出発。
すぐには北条鉄道に向かわず、まずは国鉄高砂線の廃線跡を訪ねる。

その前に、コレクションのひとつ市役所にご挨拶。
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人口26万人の町にしては、でかい。

高砂線は加古川駅と高砂駅を結ぶ延長8kmの路線で、1984年12月1日に廃止された。事前にネットで調べたところ駅の遺構は野口駅しか残っていないようなので、そこを目指す。
頼りは昭文社の「レールウェイマップル関西」。
別府川沿いを走っていると、古びた鉄橋を発見。
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これはまさに鉄道の遺構だと直感し、かたわらに車を止める。
現在は歩道になっているが、間違いなく廃線跡であった。
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その北側に、廃線跡を活用した遊歩道があり、これを市役所方面に歩いてみる。
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しかし野口駅があったと思しき場所には何もない。
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何も出てこないまま、さっき車の中から見た「松風こみち」の入口に出てしまった。
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説明を読んでみてびっくり。これは高砂線ではなく、別府鉄道の跡だった。
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別府鉄道はJR土山駅を起点として土山線と野口線があり、いずれも1986年2月1日に廃止されている。
思いがけなく別府鉄道の廃線跡を歩けたのはよかったが、では野口駅跡はいったいどこにあるのか。
マップルでは現在地よりもっと別府川に近い方なので、そちらの住宅街を歩くも、それらしきものが全く見当たらない。
諦めて車に戻り、もう一度マップルを確認する。
よくよく見ると、野口駅は別府川の向こう側のようだ。
な~んだと思い、車で川向うをあちこち走り回るも、やはり発見できず。
随分時間をロスしたが、こんな主目的以外のことで時間を食っているわけにはいかない。
潔く諦め、日岡駅に向かう。
(帰宅後、改めてネットを見てみたら、マップルの記載が完全に間違っていた)

加茂神社、泊神社を右手に見て、加古川沿いに出る。県道を北上。
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(JR加古川橋梁)

加古川線の加古川から1つ目の駅、日岡駅。
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ちょうど列車がやってきた。
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ここからすぐ近くにある日岡山公園に向かう。「登った山」を稼ぐためだ。
日岡山はなだらかな丘なので頂上がはっきりしているかどうか不安だったが、ナビに従い、頂上の印に一番近い道を車で登っていく。
どん詰まりに、OAAはりまハイツの駐車場があったので、そこに車を置かせてもらい、階段を登る。
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すると、30秒もかからずに頂上に着いてしまった。初の秒殺である。
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展望台があったので登ってみる。
ここにはもともと「聖徳閣」と呼ばれる展望施設があった。
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地元の企業「多木化学」の創業者・多木久米次郎が昭和11年(1936年)7月に建設したものだ。
多木化学は明治18年(1885年)の創業。日本で初めて人造肥料を開発した企業として知られる。
戦後、二代目の多木三良が加古川市に寄贈。昭和41年に聖徳閣の基礎を残して、現在のような文化教養施設に改修され、現在に至っている。

展望台からの眺めは確かに格別だ。
ただ、カメラのレンズにゴミが付いていたのか、見苦しいノイズがあって申し訳ない。
東方面。遠くに六甲の山々。
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右は雌岡(めっこ)山(249m)。
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神戸市北区の山々。シビレ山(465m)、丹生山(515m)、帝釈山(586m)あたりか。
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日岡山公園を見下ろす。
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はるか東南方向に淡路島。
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南西に加古川の中心街を望む。
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加古川の住宅街。
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西には加古川にかかる水道橋と右端は高御位山(300m)。
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北西に平荘湖と飯盛山(216m)。
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展望台には、おじさんは1人いたが、すぐに下りて行った。
こちらも、360度の展望を楽しんだので階段を下りる。

日岡山の頂上には、駐驛之所という大きな石碑が立っていた。
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明治天皇が明治36年(1903年)11月13日、この地で籠を留めた、つまり小休止した場所だとのこと。
山陽道からはかなり離れているので、景色を眺めにわざわざここに立ち寄ったのだろう。

その傍らには褶(比礼)墓の碑。
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碑文によると、播磨国で生まれた印南別嬢(稲日大郎媛=いなみのわきいらつめ)は景行天皇の皇后として何年かこの地で暮らしたが、没後、遺体を舟に乗せて加古川を渡る際、大きなつむじ風が吹いて転覆してしまった。
いくら探しても遺体は見つからず、やむなく身に付けていた匣(くしげ、はこ=化粧道具を入れる箱)と褶(ひれ、ひらみ=貴族が着用する肩かけ)だけが拾えたので、供養のため墓に納めた。
そこで、日岡山にある印南別嬢の墓を「褶墓」というと、播磨国風土記に記載があるらしい。

帰りは別の道で下ろうとしたら、目の前にその日岡御陵への道が出てきた。
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前方後円墳だそうである。

この陵墓は1996年4月24日に尋ねた記録が残っているが、景色には全く記憶にない。
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ほぼ20年ぶりの再訪だった。その時は日岡山の頂上には行っていない気がする。

山頂でもう1つ古墳を見つけた。日岡山20号墳。
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車に戻り、次の駅、神野駅へ。
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ここでトイレ休憩。

駅前から城山(85m)と中腹にある配水池が見えた。
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ここにも登ってみることにする。
城山への道はなんと工事中のため通行止め。
やむなく回り込んで、登山口を探す。
たまたまそれらしきものがすぐ見つかり、せまい路地の続く場所だったが、幸い車を置く場所もあったので、そこに止める。

登山口には、お地蔵様が祀られていた、
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さて、登山開始。
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案内板によると、ここは「じょうやま」「しろやま」ではなく「じょやま」と読むらしい。

(つづく)
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奈良出張

【2015年5月30日(土)】奈良・明石
2年ぶりの奈良出張である。
職場が変わってしまい、出張がめっきり減ってしまった。
出張先は奈良県田原本町。仕事は午後いっぱいかかる予定だ。

所沢の自宅を7時すぎに出発。
8:47品川発博多行きのぞみ157号に乗車。
車中では仕事の予習。
京都で近鉄に乗り換える。
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11:10発特急橿原神宮前行き。
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この路線は何度も乗ったので、何がどこにあるのかだいたい分かっている。
近鉄京都線車窓の旅である。
まずは京都駅を発車。
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間もなく、右手に東寺の五重塔。
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丹波橋を通過。
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木津川を渡る。
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神功皇后陵。
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垂仁天皇陵。
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西ノ京駅通過。
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大和郡山城。
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いやあ右側の席でよかった。

11:58大和八木着。
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この駅には何度降り立ったことだろう。実に懐かしい。

ここで神戸に実家がある同僚と待ち合わせ。
二人でタクシーに乗り、田原本の現場へ向かう。
で、午後1時からがーっと仕事。
午後5時に終了。最寄り駅の笠縫まで今度は徒歩で向かう。

地面からは乞食のように目を離さない。
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マンホールは唐古・鍵遺跡の楼閣と町の花スイセンをモチーフにしたもの。

天神社。
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10分ほどで笠縫駅に到着。
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17:20発普通橿原神宮前行きに乗り、17:24大和八木着。
ここで大阪線に乗り換える。
17:40発急行大阪上本町行きで、鶴橋には18:09に到着。
大阪環状線で大阪に出て、快速姫路行きに乗り込み、神戸で新快速網干行きにさらに乗り換える。
正確な時間は忘れてしまったが、19時半ごろ、宿泊予定地の西明石に着いた。

実は、翌31日は葛城山と金剛山を縦走する計画を立てていた。
しかし、日曜日の予報が曇り時々雨。
メッシュのトレランシューズしか履けない今の私では、雨にあたったら、足が濡れて靴擦れを起こしてしまい、さらなる事故につながりかねないので、山は断念。
関西で乗り鉄をしようと北近畿タンゴ鉄道を検討したのだが、小浜線との接続が悪く時間のロスが大きいので不採用。
さらに西に目を向けると、北条鉄道という初めて聞くローカル私鉄線を発見。
これに乗ることにした。
ただ、これに乗るだけでは時間が余ってしまうので、駅舎撮影もやってしまうべく、レンタカーを借りることにした。
北条鉄道は加古川から北上するJR加古川線の粟生駅から枝分かれする盲腸線なので、加古川の少し手前の明石に宿をとることにしたのだ。

明石と言えば、やはり明石焼き。
ネット検索して、駅前の店を見つけ、選り好みせず、その「明石焼き 乱」なる店に突入した。
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たこ飯セット(明石焼きはタコとアナゴのミックスで100円プラス、おでん3品、たこ飯)850円と生ビール450円を注文。
まずはビールとおでんが出て来た。
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痛風ではあるが、1杯だけは解禁している。

続いて、たこ飯と明石焼きが登場。
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明石焼きはだしの中に入っていた。
ふわふわでおいしい。粉ものというよりほとんど卵みたいだ。
半分はソースを付けて食べた。

十分満足して、すぐ近くの西明石ホテルにチェックイン。
きちんと明日のプランを立てようと、改めて「レールウェイマップル関西」を見ると、このあたり廃線跡がたくさんあるではないか。
明日は、これも含めて可能な限り回ることにしよう。
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岩戸山・十国峠(下)

【2015年5月23日(土)】岩戸山・十国峠
熱海日金山霊園を抜けて、稜線に出た。
富士山とケーブルの十国峠駅が重なって見える。
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それにしても、今年は随分早く富士山の雪解けが進んでいる。

こちらは愛鷹連峰。
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沼津アルプスも一望。
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伊豆半島方面への稜線。
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ここからは舗装道路を歩く。
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振り返ると、伊豆の峰々。
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真鶴半島も見えた。
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本日のゴール十国峠(771m)はもうすぐそこ。
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十国峠にもお願い地蔵がいらした。平成19年の建立とのこと。
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というわけで十国峠に到着。
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十国碑なるものがあった。
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この峠は、駿河、相模など十か国が見えることからその名があるが、天明三年(1783年)、当時の熱海里長が建立したものだという。
そのまま碑文を写しとってみよう。
「伊豆國加茂郡日金山頂所観望者十國五島 自子至卯相模國武蔵國安房國上総國下総國 自辰至申其國所隷之五箇島及遠江國 自酉至亥駿河國信濃國甲斐國 天明三年八月東都林居士諸島出雲光英源清候等應熱海里長渡邊房求之需建之」
とくに説明の必要はないでしょう。
字を白くなぞってくれているので読みやすいが、文化財の扱いとして、これがいいのかどうかは別問題だ。

岩戸山(右、734m)と真鶴半島。
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みんなが記念撮影を撮る場所。
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そこから眺める富士山と愛鷹連峰。
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沼津アルプス。
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箱根駒ヶ岳(1356m)。
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近づいてみると結構年季が入っている。
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もう創業50年以上経っているらしい。

静岡方面はすっかり霞んでいる。
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ケーブルカーはかなり短い。全長はわずか316m、標高差は101mである。
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まだ乗らないが、ちょっとホームを覗いてみた。
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ここは十国峠駅。
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展望台からの眺め。
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ここでおやつをいただく。みたらし団子。100円。
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さてそろそろ下山するか。道はどうやらなさそうなので、ケーブルカーに乗るしかない。
こんなに短いのに片道500円もする。
14:50発の便に乗車。
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真ん中で上りとすれ違う。
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運転士さん同士挨拶。
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3分で十国登り口駅に到着。
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熱海駅行のバスは15:30なので、しばらくぶらぶら。
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土産物を見たり。
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散策したり。
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その後は、テラスでのんびり休憩。
バスは定刻通りに来た。
しかし先客のおやじどもの団体が2人掛けに1人ずつ座って多くの座席を占領している。
その後、乗客も増えて、一部席を移動する人もいたが、なるべく1人で座っていたいという態度の方々がほとんど。ああいう年寄りにはなりたくないなあとつくづく思った。

バスの中から目をつけていた日帰り温泉が、たまたま2つとも見えたが、湯宿一番地は「準備中」、共同浴場の熱海駅前温泉は「臨時休業」の札が。
バスを下りてから、一番地の方に電話をしてみたら、お客さんが多すぎて止めている状態とのこと。
仕方ない。さらに先に「月の香」というホテルが見えたので行ってみたら、混んでいるのでお待ちいただくことになるとのこと。こちらも断念せざるをえなかった。
これが今朝スマホを落とした時に予感したよくないこととは、これのことだったのか。
火山活動が活発化している箱根の客が熱海に流れているのかもしれない。

熱海まで来て、大江戸温泉には行きたくない。
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入浴は諦めて、帰ることにする。
もう涼しくなったし、そんなに汗もかかなかった。
路地を通って、駅に戻る。
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仲見世の温泉まんじゅう屋さんには目もくれず。
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おなじみの駅前の風景。
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せめて足湯くらいはと思ったが、なんともう湯が抜かれていた。
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どうりでみんな背を向けていると思った。

16:58発のこだま662号まで、あと30分くらいあるので、ちょっと買い物。
明日、高校の同窓生と6人で山梨の乾徳山に登るので、みんなと食べるおやつを購入。
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パッケージが富士山の形をしたストロベリーチーズケーキ味のキットカットにした。

新幹線を待つ間、ホームでビールを飲み始める。痛風だが、もう解禁だ!
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17:47東京着。八重洲の地下街「東京タンメントナリ」でタンメン(750円)の夕食。
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この後、会社でひと仕事したら、帰宅は11時になってしまった。
明日のために早く寝なければ。

【行程】2015年5月23日(土)
結明神本社(11:13)~奥の宮(11:24)~岩戸山登山口(12:11)~岩戸山(12:53昼食13:20)~東光寺(13:53撮影14:03)~十国峠(14:26撮影・休憩14:50)=登り口駅(14:53散策・休憩15:30)=熱海駅(16:10)
※所要時間:3時間13分(歩行時間:2時間46分)
※登った山:2座(岩戸山、十国峠)
※歩行距離:6.9km
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岩戸山・十国峠(中)

【2015年5月23日(土)】岩戸山・十国峠
岩戸山(734m)の頂上は三叉路になっている。どちらに下りていいのかよく分からなかったが、一応尾根沿いっぽい方を選んだ。
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標高差で30mほど下ると、頂上からの別の道も左から合流してきた。
改めて地形図を見ると、あちらは随分遠回りだったようだ。最初の選択は正解だった。

この先はしばらく、幅の広いほぼ平らな道が続く。
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樹林の中なので、ほとんど展望がきかない。
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ときおり、ツツジが目を楽しませてくれる程度。
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と思ったら、突然右手が開け、再び富士山。
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しかし、ふたたび視界は閉ざされる。スズタケの生垣のような道が続く。
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途中、カップルとすれ違った。今日ハイカーに会ったのは初めてだ。

いやあ、随分続くなあ。
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おもしろいしみのある植物を見つけた。仮面のようだ。
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20分ほど歩いたところで、笹の広場と呼ばれる開けた場所に出た。
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ここは来宮駅方面に下る道との分岐である。
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東光寺への丁目石を兼ねた石仏がたたずんでいた。
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ここは三十五丁目のようだが、丁の字に「町」をあてている。

こちらは直進して東光寺に向かう。
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路傍にアザミが咲きかけていた。
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三十六丁目通過。
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門のように出迎えてくれた謎の植物。
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マムシグサを見かけたので笠をめくってみた。
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この部分が、夏には真っ赤な毒々しいぶどうのようになるのだ。

その先に、末代上人の供養のため建立された宝篋印塔があった。
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奈良時代の人、伊豆走湯山の住僧末代上人(富士上人)は富士山に数百回登って修行し、山頂に大日寺を建立、富士山の山岳信仰を定着させた人だそうだ。
この宝篋印塔は、伊豆山神社の別当坊「般若院」の第九代住職周道が末代上人一千年遠忌として建立したものだそうだ。

その傍らに林立している石仏たち。
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すぐ近くに三十七町目。
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そして三十八町目。
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三十九町目は湯河原温泉に下る道との分岐に立つ。
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その背後には、やや新しい道標。「右 熱海伊豆山、左 湯河原温泉」と記されている。
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湯河原方面から、トレランの女性2人が合流してきて、抜かしていった。

四十町目は見逃し(すでに消失?)、四十一丁目。ここは「丁」の字だ。
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橋を渡り、おどろおどろしい暖帯林を抜けると四十二丁目。
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そしてそこが日金山東光寺。
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地形図上は十国峠(771m)が日金山(ひがねさん)ということになっているが、信者にとっては、ここが日金山山頂ということなのだろう。
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以下、東光寺開山の由来である。伊豆山神社の由来を記した「走湯山縁起」による。
応神天皇二年、伊豆山(熱海)の浜辺に、光る不思議な鏡が現れた。鏡は波間を飛び交っていたが、やがて西ノ峰に飛んでいった。その様子は日輪のようで、峰は火を噴き上げているように見えたので、「日が峰」と呼ばれ、やがて「日金山」と呼ぶようになった。
同四年、松葉上人が、この光る鏡をあがめ、小さな祠を建てて祀ったのが開山と伝えられる。
鎌倉時代には源頼朝の篤い信仰に支えられ、本尊の延命地蔵菩薩像も頼朝の寄進という。
ここは死者の集まる霊山として、今も春秋の彼岸の時には多くの信者が先祖供養のために訪れているそうだ。

おねがい地蔵堂には、小さなお地蔵様が山のように供えられている。
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梵鐘は般若院の寄進。昭和48年なので比較的新しい。
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鐘楼から北西方向の展望が得られた。
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かつてあったお堂の基礎が残っている。
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境内には青い色の花が咲き乱れていた。
ミヤコワスレとミヤマオダマキだ。
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こちらが本堂。
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「爛漫と咲けよ大和の櫻花太平洋の島々にまで」
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一見、戦意高揚の歌とも思えるが、慰霊碑とあるので、島々で亡くなった人にも日本の桜を見せてあげたいという戦死者を弔う歌なのだろう。

本堂の前には多数の石像・石仏が安置されている。
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かわいい手水鉢。
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五輪塔と宝篋印塔。
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阿吽の像の位置には、おそろしげな方々が。
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参拝を終えて、ハイキングコースに戻る。
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その前に、三仙人の墓に寄り道しよう。
小さな五輪塔を縁石にした参道を登る。
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でも、どれがそうなのか分からないまま、広い霊園に出てしまった。熱海日金山霊園である。
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ここからも十国峠には行けそうなので、そのまま進む。
右奥に十国峠のケーブルカー駅と富士山が見える。
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こちらは箱根方面。
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東屋で小休止。
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まわりにはあまりかわいくない動物たちがいた。
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霊園の階段を登り切って、稜線に出た。風が強くて肌寒いほどだった。
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(つづく)
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岩戸山・十国峠(上)

【2015年5月23日(土)】岩戸山・十国峠
今日は帰りに大手町にある勤務先で残り仕事をしないといけないので、東京駅発で行ける山がいい。
しかも登山口が駅から近いとなおいい。
というわけで、伊豆に出かけた。熱海から十国峠を登る。

ゆっくり起きて8:20に自宅を出発。8:33新所沢発の電車で東京駅へ。
9:56発の新大阪行こだま645号に乗って、10:46熱海着。
もともと10:03発ひかり岡山行に乗るつもりだったが、早く着いたので前のこだまに乗ったのだが、後から出たひかりの方が3分早く着いていたことを熱海で知る。
まあ、それだけ新幹線に長く乗っていられたんだから、いいや。
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ここから岩戸山の登山口まではバスの便もあるのだが、ちょうどいい時間のがないので、時間節約のためタクシー(伊豆第一交通)に乗車。
伊豆山神社の奥の宮へと伝えたが、行ったことがないらしい。
七尾団地の近くですと言うと、「ああ、あの辺かな」と行って連れてってくれた。
どんどん坂を登り、七里団地のところを左折。今度は細い道をかなり下る。
着いたところは、奥の宮ではなく、別の神社だったが、別の名所も見られると考えれば、結果オーライ。料金は2150円。
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ここは結明神(むすぶみょうじん)本社というらしい。
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由来については上の説明を読んでいただきたいが、名前の通り縁結びの神で、ふもとの伊豆山神社の参道階段の脇に里宮があるとのこと。

鳥居の手前にある「伊豆山史蹟顕彰保存会創立三周年記念」の碑。
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岩戸山開発公園化、伊豆山史蹟名勝顕彰、吉野桜植樹等の建設参画者の芳名が記されている。昭和32年の建立である。

安全登山を祈願して出発。
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細い参道のような道がしばらく続く。
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もう5月下旬の伊豆は春を通り越して、夏の装いだ。

途中、カメラに「メモリがいっぱいです」の表示。
しまった、FDカードを入れてくるのを忘れた。
愕然としたが、考えてみればスマホがある。
いやあ助かった。幸い、充電器も持って来ていた。
スマホは望遠に難があるが仕方ない。
この後の写真はスマホカメラによるものです。

10分ほどで奥の宮の鳥居が見えて来た。
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お社は真っ赤っか。
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ここで熟年カップルが仲良さげに写真を撮っていた。

なになに、由緒を読んでみよう。
そもそも伊豆山神社は関八州総鎮護だそうだ。
かつては伊豆大権現とか走湯山(そうとうさん)大権現とか称したらしい。
仁徳天皇の時代というから5世紀頃に、松葉上人なる方が日金山(十国峠)に社を建てたが、その後この地に移された。
さらに承和三年(836年)に今の伊豆山神社が建造され、こちらは本宮社となった。
かつては東西五間の拝殿、鳥居3か所、付近に求聞持堂などがあったが、江戸時代後期の野火のため焼失してしまい、今は石鳥居が1基、新しく建てた拝殿が残るだけだ。

ここでも丁寧に参拝したが、その直後に今度はスマホを地面に落としてしまった。
今日はよくないことが起きるのではないか。そんな、いやな予感がよぎる。
結果として、小さいことだが、ひとつだけよくないことが起きた。
それは後ほど。

奥の宮の森を抜けると、別荘地に出る。
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今日は晴れの予報だったが、雲が多い。
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ただ相模湾の眺めがいい。初島も見える。
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ここから岩戸山(734m)へ直接いけるような歩道が何本か地形図には書いてあるが、廃道になっている恐れもあったので、かなり遠回りだが、安全策をとって車道を行く。
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道端に春の花が咲き誇っていた。ハコネウツギとコバノガマズミ。
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せっかく登った分をほとんど下ってしまう。
七尾団地まで下りて来てしまった。
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しかもここからがまた長い。道は延々と逆方向にトラバースしていく。
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そろそろ折り返すあたりかなと思って、小さな公園を横切って小カットしてみたら
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日経の伊豆山保養所への道だった。
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仕切り直し。右手に熱海の町並みや別荘地を見下ろす。
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これはヤマボウシ。でも花びらの形からして園芸種かも。
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やっと折り返した先に上七尾原のバス停。ちょうどバスが来たが、「乗りませんよ」の合図。
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随分遠回りさせられたが、登山口はちゃんとあった。
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車道の行き止まりの手前右にある階段を登る。
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いや~、ここまで奥の宮から50分近くも歩かされた。

登山道はきちんと踏まれているようだ。
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時折、伐採の跡がある。
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うわあ、巨大なみみず!
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だらだら登りがしばらく続く。
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道標はこまめに立っている。
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でも、肝心なところが分かりにくい。
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この標識通りに行くと、山頂方向は巻き道になってしまう。
岩戸観音の方がぐいっと登っているので、道標に逆らい、その道を行く。

こんな手書きの地図も立っているのだが、もしかしたら岩戸観音への道は廃道になっているのではないか。
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ともかく「岩戸観音」方向の道を歩き始めたら、すぐこんな簡易道標も現れた。
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全くまぎらわしいが、これで安心。
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沿道にニガナやツツジ。
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一瞬、右手の樹間から富士山がひょっこり顔を出した。すっきり見える感じではない。
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でも鉄塔まで来ると、もっとよく見えた。
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大観山(1012m)の稜線の向こうには箱根駒ヶ岳(1356m)。
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ここまで来れば頂上は、あとひと息。
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はい、岩戸山山頂に到着。登山開始から1時間40分。
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もう午後1時前。道理でお腹がすくはずだ。

でも、お昼の前に撮影を済ます。
ここからは熱海の町並みや相模湾、天城山(1406m)などがよく見える。
まずは初島が浮かぶ相模湾。
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熱海の町並み。熱海城も見える。
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伊豆の山々。
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天城山をアップで。
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三角点に蝶々。
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さてさて、食べましょう。
ここまで誰にも会わず。頂上にも先客がいなかったので、ベンチを独占。
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いつもながらのおにぎり2個(漬けまぐろ&鮭)。
30分以上のんびりして出発した。

(つづく)
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物見山・八風山(4)

【2015年5月17日(日)】物見山・八風山
神津牧場から登り返して来て、あらふね湖に出た。
ここは灌漑用にせき止めて作ったため池だ。
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だが、湖越しに物見岩(1315m)や荒船山(1423m)が見えて美しい。

見返り坂を下る。
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湖岸に下りて、湖畔を半周。
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対岸に山荘あらふねが見える。
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もうすっかり水芭蕉は育ち切ってしまった。
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ハクサンコザクラ?
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長野出身の俳人・青柳志解なる方の句碑。
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「縄文乃火の粉を襲ふ山の露」
山荘の広場で壮大な夜のたき火を行った際、火の粉が舞い上がるから、縄文人の豊穣に生きた姿をイメージした句だそうだ。

あらふね湖の堰堤を渡る。
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目の前に荒船山が迫る。
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山荘あらふねの前を通って、下のレストハウスに。
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ここは昭和レトロの雰囲気が強烈に漂う店であった
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中で食事をしているお客さんは皆無。みな外でソフトを食べていた。

この後は別荘街をゆるゆると下っていく。
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ここも廃屋があったり、新しい家があったり世代交代というか新陳代謝が進んでいるようだ。
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軽井沢にも近いが、あちらよりはずっと安いのだろう。

午後1時すぎ車をとめてあるところまで下りて来た。
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ここまで5時間ほどで、13kmちょっと歩いた。
標高差もあまりなく、車道歩きも長かったとはいえ、まずまずの成績だ。

さて、これから妙義荒船林道を北にひたすら走って、八風山(1315m)の登山口に向かう。
風が涼しいので窓を全開にして、松田聖子をかけながら、ほとんど車のいない高原の道を快走する。なんだか幸せだ。
時折、面白いもののあるところや景色のいいところで車を止め、運転席から写真を撮る。
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浅間山は何度見てもうるわしい。
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分岐も通過。
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林道と登山道が接近する矢川峠あたりか。
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名前がついていないのが不思議なほどの巨岩。
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西にそれてきた林道が、ここで大きく東に旋回する。
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林道起点から八風山登山口までは、今日歩いた距離にほぼ等しい13kmもあった。
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道端の駐車スペースに車を置き、早速登り始める。
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林床は背の低いササだが、ほとんど直登。
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この傾斜だ。
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いい加減13kmも歩いて足が疲労していたが、ここもペースを緩めずに一気に登りきった。
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コースタイム20分のところ。13分。

ここは一等三角点だ。最近、一等三角点づいている。
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眺望は北側が開けている。
まずは浅間山(2568m)。
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浅間隠山(1757m)。
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奥に榛名山(1449m)。
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剣の峰(左、1430m)と角落山(右、1393m)。
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鼻曲山(1655m)。
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ピストンはいやなので、下りは別コースをとる。
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こちらは傾斜がゆるくて助かった。
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すぐに物見山(1376m)方面への分岐に出る。
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ここを物見山とは逆方向、左に折れて下っていく。
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しかし、どうも道が車から遠い方へ、遠い方へとそれていく気がする。
地図ロイドの地形図を見ると、歩道は小ピークを越えて下るように書かれているが、その場所はササが生い茂っていた。
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とにかく道なりに進む。
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車道に出ると、道に落ち葉が落ちたままになっていたりして、少々荒れている。
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おかしいなぁと思いながら車の方へ向かうと、林道のこちら側は通行止めになっていた。
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通行止め期間が消されているので、冬季通行止めではなく、ずっとのようだ。

結局、地形図上のもう一つの登り口を見つけることはできなかった。
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先にこちらから登ろうとしたら、登山口を見つけることはできなかっただろう。
さっき下りて来たところは道標がないので、登山口という確信は持てなかったはずだ。

もう少し、林道歩き。
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車のところまで戻って来たのは、午後3時すぎ。
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これで本日の山行は無事終了。お疲れ様でした。

別荘街を抜けて、軽井沢方面に出る。
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さて帰りのお風呂をどうするか。
途中、道端に車をとめて、狙っていた下仁田温泉清流荘に電話したら、日帰り入浴は2時半で終了したとのこと。
残念だが、電話してよかった。
ならば仕方ない。横川の峠の湯に行くことにしよう。

その前に、道路地図を見ると、南軽井沢の押立山(1108m)に道路が頂上まで通じているように見えるので、欲をかいて寄り道することにした。
しかし、行ってみてびっくり。立派な門があって扉が閉められていた。
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これでは登山者も入れない。ブログなどを見ると、侵入者はかなりいるようだが。
頂上は西武グループトップのヘリポートになっているらしい。

今回は諦めて帰途につく。
目の前の道路は碓氷軽井沢インターに通じる道なので混んでいる。
割り込むのに時間がかかった。

インターを尻目に左折して、県道を横川に向かう。
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途中、高岩山の雄姿。登山道が裏にあるらしいのでいずれ行ってみたい。
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妙義も裏からの写真を、車を止めて何枚か撮った。
これは大烏帽子(1072m)。
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道沿いにあった千駄木遺跡。
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縄文時代前期から中期にかけての遺跡で、この岩の陰で生活していたらしい。

下平集落と宝篋印塔群。
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谷急山(1162m)方面の岩峰。
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旧坂本宿を突っ切って、峠の湯へ。
しかしなんと「休業中」。それも火災のためとのこと。
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調べてみると、2013年7月31日未明に火災が発生し、全焼したとのこと。
原因は放火もしくは漏電の可能性があるらしい。

仕方なく風景だけ撮影。
裏妙義。
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引退した電気機関車。
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さて、どうするか。
前回混雑のため断念した、磯部温泉「恵みの湯」にしよう。

もう一度坂本宿を通る。1軒1軒屋号が表示されている。
いつか近いうちにゆっくり歩きたい。
国道18号をびゅんびゅん飛ばして、高崎方面へ。

恵みの湯の駐車場はほぼ満車だったが、お風呂には余裕があった。
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強アルカリ性の炭酸泉でつるつる。いい湯であった。

帰りは寄居~川越まで40km110分という渋滞情報。
花園で下りて一般道という選択肢もあったが、鶴ヶ島まで90分程度なら、平均時速20km前後で流れている計算になるので、そのままのっていることにした。
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渋滞は比較的早く抜けられて、20時には所沢に帰宅。
登山靴はNGだったが、さわやかな高原歩きで楽しかった。
全走行距離は302kmだった。

【行程】2015年5月17日(日)
初谷分岐(8:03)~熊倉峰(8:28)~内山峠(8:49撮影8:52)~初谷分岐(9:16)~レストハウス(9:41)~物見岩(9:55撮影10:01)~物見山(10:32撮影・休憩10:54)~香坂峠(11:17)~神津牧場(12:00撮影・昼食12:33)~物見岩下(13:05)~山荘あらふね(13:28)~初谷分岐(13:50)=八風山登山口(14:24)~八風山(14:37撮影14:42)~林道(14:56)~登山口(15:09)
※所要時間:7時間6分(歩行時間:5時間29分)
※登った山:4座(熊倉峰、物見岩、物見山、八風山)
※歩行距離:15.5km

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物見山・八風山(3)

【2015年5月17日(日)】物見山・八風山
物見山(1376m)山頂で20分ほど休んでから出発。
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この先は右手に牧場を見ながら下っていく。
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あの波頭のような山は八風山(1315m)に通じる稜線。
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そのずっと向こうは浅間隠山(1757m)。。
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しばらく下ると、牛が数十頭放牧されているのが見えてきた。
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この牛たちはとても人懐こく、こちらの姿を見ると寄ってきて、バラ線から顔を出して、何かをねだる。
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何をほしがっているのだろう。これまでのハイカーは何かをあげたのか。
私は、牧場が与えているもの以外は食べさせるべきではないと思い、「ごめんね、なにもあげられないよ~」とわびながら、牛の群れをやりすごした。
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それにしても実に絵になる光景だ。
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この茶色い牛たちはジャージー種である。
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ツルキンバイ。
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さらに下り続けると、車道に出た。物見山から20分ほど。
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当初の予定では、ここから林道を歩いて引き返し、ちょうどいい時間だったら、「山荘あらふね」でジンギスカンでも食べようと思っていた。
でも、ここまでが順調なので、それではちょっと時間があまりすぎる。

とりあえず、道路を横断して、さらに登山道を進み、香坂峠まで行って引き返すことにした。
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今回、八風山へは車での移動となるので、ここから八風山までのルートが空白になる。
将来もし歩くことがあったとしたら、神津牧場から香坂峠経由で行くことになるので、今日香坂峠まで歩いておいて、空白部分を残さないようにと考えたわけだ。

峠まで以外に下るので、引き返す時面倒だなあと思ったが、とにかく進む。
5分もかからず峠に着いて、看板を撮影。
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ふと考える。
八風山までこのまま往復すると3時間かかる。3時間のピストンはいやだし、帰りがかなり遅くなってしまう。それは却下。
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ここから神津牧場へ道が通じているが、いったん牧場まで下り、また物見岩直下の林道まで登り返せば、時間的にもちょうどいいし、運動にもなるし、無料アイスも食べられる。
牧場でちょうどお昼になるから、そこで売っているはずの牛肉の串焼きをおかずにお昼にすれば完璧だ。
そういう名案を思いつき、神津牧場に下ることにする。
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山と高原地図に「道標はあるが道は悪い」との記述があったがそれほどでもない。
ところどころ、小規模な崩落箇所とぬかるみがある程度だ。
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上の牧場から流れてくる小さな沢を何本も渡る。
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しばらく歩くと、馬頭観音が出て来た。
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建立は嘉永五年(1852年)とある。
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これを見て、すべてが氷解。
ここはかつての街道だったのだ。だから道幅も広いし、勾配もゆるい。
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香坂峠は、中仙道の脇往還のひとつ下仁田道が下仁田以西でいくつも枝分かれして佐久方面に通じていた峠道のひとつだったわけだ。

馬頭観音の基部の石には「右香坂、左志賀」と刻まれており、ここが香坂峠と志賀越えの分岐だったようだ。
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志賀越えはさっき、道はなくなっていたが「至る志賀」と書かれた道標があった場所だろう。その道は神津牧場の中に取り込まれてしまったので、街道としての機能を失ってしまったのだろう。

この道はたぶんある時期までは整備されていたのだろうが、最近は崩落が続いているようだ。
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でも、春ののどかな贈り物も見つけられる。
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この先の下りは、道筋が何回も変わったと痕跡と思われるえぐれた道跡が何本もあった。
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道がえぐれる度に、新しいルートを開拓したのだろう。
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下っている途中に、太鼓の音が響いてきた。
神津牧場、お祭りでにぎわっているようだ。
うんざりするほどの混雑でなければいいが。

かなり下って右手が開けた。
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続いて左も。
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やっと牧舎の近くまで下りて来た。
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時間はちょうど正午。
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さすがに混んでいるが、立錐の余地もないというほどでもない。

うわ大きなツツジが満開。
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太鼓の音はこれだった。
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荒船太鼓だそうだ。
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太鼓の後ろで、玉こんにゃくを無料配布していたので、まずこれをいただく。
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次はソフトだが、どこで並べばいいのか?
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いや、その前に牛串をゲットしよう。
10人くらい並んでいて、結構時間がかかっている様子。
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時間節約のため、当方は並びながら、おにぎり2個(すじこ+サケ)を立ち食い。
食べ終わった頃、順番が回ってきて、串焼きをゲット。1本400円。
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安くはないが、塩こしょうがほどよく効いて、とてもおいしかった。
さっきの人懐こい牛くんも、こうなるのか。ごちそうさまでした。

串焼きにかぶりつきながら会場内を見学。
階段を下りると、古いトラクターが展示されていた。
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1970年代に米フォード社で生産されたものとのこと。

あたりをうろついているうちに、ソフト配布所を発見。
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物見山頂上では券は1人1枚と書いてあったが、黄色い紙と赤い紙の2種類があって、どっちが有効なのか分からないので両方持ってきた。
売り子の手元にたまっている紙を見ると、2種類あるので、どちらでもよかったみたいだ。
ソフトも無料だからと言ってケチケチせず、たっぷり盛ってくれてうれしかった。
これもまた美味。
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さて食事&デザートも済んだので、出発。
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あまった無料券をどうしようかと思ったが、感じのよさそうな若い家族連れが歩いてきたので、声をかけて、譲ってあげた。
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3人いるのに1枚だけで申し訳ないが、「ありがとうございます」と感謝された。

見ず知らずの人に、ただ券をもらえるとは思っていなかっただろうからなあ。
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テントで会場案内をしている人に、物見岩(1315m)への道を聞いたら、駐車場の角ですと教えてくれた。
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会場のパンフレットと牛乳の無料券もくれた。
牛乳も飲みたかったが、これからまた戻る気はない。

150台収容という駐車場は満車。
「花まつり」の開催なんて、どうやって知るのだろう。
地元のテレビとかで宣伝されたのか。
登山口の位置が地形図とは若干違うので、地図ロイドで確認したが、とくに間違いではなかった。
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最初は緩斜面だが、後半は傾斜がきつくなる。
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ツツジが励みになる。
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途中、橋の崩落個所を通過。
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この道もなかなか古い道のようだ。
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足も慣れてきたこともあり、ここは早足で一気に登り切った。
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コースタイム1時間とあったが、30分しかかからなかった。

ここからはもうほとんど車道歩き。
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さっき物見岩から下ってきて横断した場所をクロスするように通過。
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あらふね湖への道路はかなり回り道をしている。
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この先で車のおじさんに呼び止められ、物見山の登山口はどこかと聞かれた。
「このまま登って、突き当りを左に曲がれば、すぐありますよ」
彼もソフト目当てだろうか。

ぐるりと回りこんで、あらふね湖にでた。
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(つづく)

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物見山・八風山(2)

【2015年5月17日(日)】物見山・八風山
初谷分岐からの登山道を抜けて、舗装道路に出た。
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ここが妙義荒船林道の起点のようだ。
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当方は、ここを左折。すると、正面に「山荘あらふね」のレストハウスが見える。
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「ジンギスカン」の幟が見えるので、お昼までにここに戻ってきて、持参のおにぎりと一緒に食べてもいいなと、候補のひとつにする。
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わあ、菜の花がきれいに咲いている。
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駐車場のすぐ上に物見岩(1315m)への登山口があり、ゆるやかに登っていく。
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途中、単独の中年男性とすれ違った。

間もなく、物見岩に達する前に見晴らしのいい場所に出た。
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南に荒船山(1423m)。
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これだけ天気がいいと富士山も見えそうだが、さすがに確認できなかった。

南西方向。手前は熊倉峰(1234m)。
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それをアップ。
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八ヶ岳連峰の全容。
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まだ雪を残している南八ツ岳。左の突起が赤岳(2899m)、その右に横(2825m)と硫黄岳(2760m)。
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こちらは蓼科山(2531m)。
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御座山(2112m)かな。
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おお、私の車も見えるではないか。
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振り返ると物見岩の頂上。
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ズミの花は今回初めて認識したが、とてもきれいだ。気に入った。
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さて、もうひと登り。
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物見岩は本当に巨大な岩だった。
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上に立って360度の大パノラマを楽しむ。
東の眼下に神津牧場。
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そのアップ。
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北にはアンテナのある物見山(1376m)とその右奥に浅間山(2568m)。
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その右に浅間隠山(1757m)。
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同定できなかったが特徴的な山群。
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その右側。下仁田方面。
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さらに右側、御荷鉾山(1287m)方面。
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南はさっき見たのとほぼ同じ。
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手前右は1255m峰。
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内山牧場のオートキャンプ場。
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この付近は別荘地だ。
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気持ちよく撮影していたら、3人組のハイカーが登ってきたので、場所を明け渡す。
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物見岩のある山のピークはもう少し先にあり、地形図には三角点の記号もあったが、これのことのようだ。
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しばらく下ると、アンテナが見えて来た。
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ここは展望台になっている。
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当然登ってみる。
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ここからだと物見山がすっきりと見える。
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東に見える西上州の山並み。
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あのあたりも時間をかけて、しらみつぶしに登りたい。

浅間隠山。
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人工のあらふね湖。
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凧の峰(1293m)。
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ちゃんとベンチも用意されていたが、休憩はせずに出発。
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この先ですぐ道路に出る。
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ここは横断して、また登山道に入る。
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気持ちのいい道が続く。
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すぐにまた道路に出た。
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すこし進むと路駐している車がある。あそこが物見山の登山口だ。
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入口に「神津牧場花まつり」に伴い、物見山頂上においてあるハガキを持参すれば、ソフトクリームが無料サービスとのお知らせ。
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おお、これはうれしい、とは思ったが、今日の予定コースに神津牧場は入っていない。
帰りに車で寄るのも遠回りだ。

とにかく山頂を目指す。
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ここは右側がもう牧場になっている。
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妙義の山々も見える。
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途中ゆっくり登っている家族連れを抜かす。
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配水地のまわりに大きな蚊の大群がいて、恐ろしかったが全く刺しに来なかった。
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彼らの狙いは牛だけなのか。

標高を上げるにつれ、浅間山も見えて来た。
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物見山のアンテナ。
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右奥に武尊山(2158m)も遠望できる。
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最後のひと登り。
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10時半すぎに物見山山頂に到着。
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三脚を立てて記念撮影をしようとしている老夫婦がいたので、「撮りましょうか」と声をかける。
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「いや、どうも、あの」と、はっきりしない返事なので、近くに腰を下ろして休んでいたら、「やっぱり、撮ってくれますか」と言ってきたので、縦横2枚撮ってあげた。
今度は「撮りますよ」と言われたが、「自撮りの方が面白いので」と言って断った。

正面に北東方向の山並みが見えるのだが、地図と見比べても、なかなか同定ができない。
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やはり登っていないところは難しい。

しかしここからの浅間の眺めはすばらしい。
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例年ならまだ雪が残っているのだろうが、もうすっかり消えている。

時間はまだ早いので、はちみつ梅とビーナッツチョコを2~3個口に放り込んで、しばし休憩。
遅れて来た単独男性にまた撮影を頼まれたので、この方も撮ってあげた。

山名板の裏にかかっていた神津牧場の無料券を念のためゲットしておく。
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もしかしたら寄るかもしれない。

(つづく)

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物見山・八風山(1)

【2015年5月17日(日)】物見山・八風山
前回の御正体山(1682m)登山で標高差800m近くを一気に登り、骨自体は1000m程度の標高差に耐えられそうな感触を得た。
しかし、ここもトレランシューズだった。
登山靴が履けないことには、北アルプスとかへの飛躍ができない。
これまで2~3回、短いコースで登山靴をトライしているが、感触は悪くなるばかり。
今後こそ、テーピングテープの手助けも借りて復活しようと、再テストの意味で標高1000m以上のところで、軽めのコースを考えた。
出た答えは、荒船山(1423m)の登山口である内山峠から北の稜線。
熊倉峰(1234m)、物見山(1375m)などをめぐる。復路に妙義荒船林道などを活用すれば、同じ道をピストンしないで済む。ついでにちょっと離れているが八風山(1315m)にも車で足をのばして、つまみ食い登山してしまおう。

ということで、4:45起床、5:40出発。
所沢周辺は少し雲が多かったが、群馬県に入る頃には天気がよくなってきた。
遠くからでも浅間山(2568m)が望めるので、今日は期待ができそうだ。
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下仁田インターで下りて、国道254号を西に進む。
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車もバイクも少なく、気持ちのいいドライブだ。
車窓で目を引くのは、やはり荒船山の艫岩。あの断崖は何度見ても迫力ある。
「荒船風穴」の標識が目立つ。
去年、富岡製糸場とともに世界遺産に登録された産業遺跡である。
2年前、荒船山登山の帰りに寄ったことがあるが、現地に行くにはものすごく細い道ですれ違いもままならない。駐車場も狭かったし、こんなに宣伝して大丈夫なのだろうか。
それとも受け入れ態勢が改善されているのか。

それはともかく、内山峠の駐車場は混雑が予想されたので、内山峠から熊倉峰をはさんで北側にある初谷分岐の駐車スペースに車を置く。
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7:50着。自宅からは134kmあった。

ここには昭和34年に建立された、めずらしい長野・群馬の県境石柱があるところだ。
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早速、登山靴を履いてみたが、履いた瞬間、NG。
傷口がこすれることもさることながら、足のむくみがまだ引いておらず、靴自体が異常にきつい。
前はこれで歩けたのになぜなのか。
とにかく、これでは登山どころではないので、あっさり諦め、念のため持ってきたトレランシューズに履き替える。
やはり、今年1年はトレランシューズで行ける山を選ぶしかなさそうだ。

軽くストレッチをして、8時すぎに出発。
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正面にもう熊倉峰の頂上が見えている(と思っていた)。
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ズミの花がほころんでいた。
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熊倉峰の登りは、いきなり直登で結構きつい。
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最初はペースがつかめず、足にも心臓にも負担がかかった。

しかし新緑が心地よい。
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ろくに地図も見ずに登り始めたので、目の前の山が熊倉峰だと思っていたが、違った。
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よく見ると、本峰は三つ目のピークだった。

下り始めると、正面に荒船山の艫岩が姿を現した
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少し肌寒かったので、ウインドシェルを着込んで出発したが、やはり暑くなったので一つ目のピークを下ったところで脱ぐ。
この日は暖かかったので、これ以後、ウインドシェル着ることはなかった。

ここはそれほど歩かれていないようで、道にはスズタケの新芽が道に覆いかぶさっていて、うるさい。
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前日の雨で路面が少し湿っており、ソックスにまで水が浸みて来た。
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メッシュのためにスカスカなトレランシューズの欠点が出た。
雨の日はとてもこの靴では歩けないことに気付く。

ただ、湿っていたのはそこだけで快調に歩を進めていく。
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コースタイムよりやや早く25分ほどで熊倉峰登頂。
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山名板を見ると、「1234m」とある。これは面白い並びだ。
山と高原地図を改めて見ると、「特異標高数字の山」と注釈が書いてあった。
どうも私はコースタイムばかり見て、あまり他の情報を読んでいないようだ。

頂上には目立つ樹木が枝を広げていた。
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ササ原を下っていく。
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300mほどで、道は直角に左折する。
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その先の下りで視界が開け、正面に荒船山の山頂部・経塚山とその右手前に御岳山(約1350m)。
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右端は兜岩山(1369m)。
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こちらは艫岩と経塚山。
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階段で一気に下っていく。
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やがてカラマツ林に入ると、道がふかふか。
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落ち葉でふかふかなのではなく、土そのものがやわらかく、足が黒土に埋まる。
トレランシューズはたぶん、この土をどんどん吸い込んでくれているだろう。
帰りに風呂に入ったら、足の指は真っ黒に違いない。
(実際その通りだった)

このふかふかの道は随分細いので、左傾斜が苦手な、今の私の足にはかなり苦痛。
それはいいが、どうも道が峠の方向とは別の方へどんどんずれていっているように思える。
地図ロイドで確認すると、やはり正規の道からかなり西に外れていた。
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戻ってみると、正規の方向に続く踏み跡があったので、それに従って歩くと、間もなく正規の道に出た。いったいどこで外れてしまったのか。
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内山峠が近づくと、わいわいと人の声がする。
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これはかなりの混雑だろうとは思っていたが、バスまで来ていてびっくり
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時間は9時前。ちょうど出発のピークといった雰囲気だ。
駐車場の混雑ぶりを撮影していると、3人組みの家族連れに声をかけられた。
おばあちゃん、おかあさん、小学生の男の子という構成。
「こっちは熊倉峰ってとこに行くんですか?」
「ええ」
「いいとこですか。今、行ってこられたんですよね」
「え、まあ、そうですね」
「有名な山ですか」
「いえ、あまり知られていないと思います」
「荒船山と景色はどちらがいいですか」
「それは断然荒船山です」
「そうですか。私たち初めてなもので。どのくらい時間かかりますか」
「(山と高原地図を見ながら計算して)え~と、往復4時間半くらいですね」
「あら、そのくらいならちょうどいいわね」
「でも、休憩時間抜きでですよ」
「え、そうなんですか。まあ、でも大丈夫ね。ありがとうございました」
「いいえ、お気をつけて」
そっか、荒船山は初めてか。というか、この人たち大丈夫だろうか。
登る山がどのくらい時間がかかるかも知らず、地図も持っていない。
現地で会った人に「こっちの山いいですよ」と言われたら、行き先を変えかねない。
まあ、荒船山は人がたくさんいるから、迷ったりすることはないだろうが、小さな子供もいるし、6~7時間はみないといけないだろうなあ。
いや、たぶん艫岩までで満足して、山頂の経塚山までは行かないかもしれない。
その方がいいだろう。

地図を見て検討するカップルのハイカー。
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ここ内山峠は長野県と群馬県の県境だ。
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さて、当方は初谷分岐に戻るべく林道を歩く。
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右手が開けると、下仁田方面の山々が望める。
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こちらは物語山(1019m)かな。
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物見山。
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南東方面の全景。
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途中、湧き水があった
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初谷分岐直前のつづら折れの工事中の箇所は一段だけショートカット。
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1時間ちょっとで戻ってきた。
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改めて西に目をやると、すっかり雪が消えた北八ツが見えるではないか。
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この先は長野県側に入り、途中から「山荘あらふね」までは登山道を行く。
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分岐に道標も何もなかったが、地形図の記述からしてここしかないと見定め、一応地図ロイドでも現在地確認して、廃道状態になったヤブっぽいところに突入する。
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ここは地形図では軽車道を示す1本の実線で示されており、現地の状況からもかつては車の通る道だったことがわかる。
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今は草木が茂っているが、一応ハイカーが通った踏み跡は識別できる。
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でも状態はあまりよくない。
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春の若葉。
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地形図通り、左に沢を見て進む。
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向かいに見える別荘と満開の桜が美しい。
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間もなく開けた場所に出る。
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かつては駐車場だったのだろうか。料金所みたいな廃屋もあった。
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(つづく)
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御正体山(下)

【2015年5月10日(日)】御正体山
御正体山(1682m)からの下り。中ノ岳(1411m)から30分弱でいきなり視界が開けた。
鉄塔の下に出たのである。正面に富士山がずどんと見える。
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本日随一の眺望だ。手前は石割山(1413m)
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鹿留山(1632m)。
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その右肩に三ツ峠山(1785m)がのぞく。
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はるか西には、本当にうっすらと南アルプスも確認できた。
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西丹沢の相甲国境の稜線。
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そのうちの奥に見えるのが大室山(1588m)。
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その右に見えるのは大界木山(1246m)あたりか。
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さらに手前は菰釣山(1379m)。
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うう、早くも富士山に雲がかかってきた。
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もう少し到着が遅れたら見られなかった。あぶないあぶない。

鉄塔の下ではさすがに、この景色にひかれて一息入れるランナーも多い。
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大会関係者のカメラマンがここでカメラを構えて、ランナーたちの写真を撮っていた。
われわれもここで昼食にする。相変わらずのコンビニおにぎりだ。

ランナーのひとりが「すいません、写真撮ってもらえませんか?」と声をかけてきた。
私はすかさず「お断りします」と答えた。
そういうことはランナー仲間同士でしなさい、しかも私はどっかり腰を下ろして座り込んでいるんだ、それをわざわざ立たせるつもりか、という気分だった。
彼は私の意外な反応にふざけているのではないかと思ったらしく、なおも「お願いします」と笑顔。
私はもう一度きっぱりと言った。
「嫌なんです」
彼はたぶん訳が分からなかったに違いない。
多少申し訳ない気もしたし、大人げないとも思ったが、ランナーにこれ以上サービスする気にはなれなかった。
記憶が薄れてしまったが、たぶんO君が撮ってあげたような気がする。
ごめんなさい。

時間はまだ12時。このまま計画通り山伏峠から下山すると、ちょっと早すぎる。
まだ歩いていない石割山までランナーのいない稜線を歩いて、国道を戻ってくることも提案したが、O君は「車道歩きはイヤ」とのことなので断念。やはり、このまま下山することにする。
40分ほど、たっぷり休んで出発。
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ミツバツツジの道を行く。
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次のこぶを下り始めて、奥ノ岳(1371m)を通過してしまったことに気付く。
O君に断って、山名板を探しに戻る。
ランナーのようにほとんど駆け足だ。
すると、文字がほとんど読めないが、前ノ岳(1471m)、中ノ岳と同じ標柱がちゃんとあった。
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これを見逃すとは、相当心が乱れているようだ。

再びO君の待つ場所に戻り、ほんの少し下ると、山伏峠方面と石割山方面との分岐。
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ここにも大会のスタッフがいた。
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おじさんの方が「お騒がせしてすいませんね。スムースに歩けましたか」などと、とぼけたことを言うので、プチ切れた。ぶち切れたのではなく、プチです。念のため。
「スムースになんて歩けるわけないじゃないですか。こっちには1000人分よけないといけないんですよ」
「すいません。普通に歩いてもらっていいんですよ。参加者には登山者優先だと呼びかけていますので」
「ランナーの方々はみんないい人ですよ。ちゃんとすいませんと言ってくれる。でも登山者優先なんてできるわけないじゃないですか。よけなければ、大渋滞になりますよ」
彼はまだ何か言っていたかもしれないが、よく覚えていない。
いけない、いけない、また血が上ってしまった。
おじさんは何も悪気があったわけではないのだ。
でも、「登山者優先」という掛け声は美しいように聞こえるが、大会では実現不可能なスローガンだ。これをトレラン大会関係者はきちんと認識してほしい。
いくら、ランナーが登山者の近くにきたらスピードをゆるめてくれても、こちらは参加者の人数分、結局は道を譲らなければならず、「普通」の歩行は全くできないのである。
トレランも「大会」も否定したくはない。となると、現状ではこちらが大会から避難するしかないのだ。

この分岐からの下りが、ものすごく急な下りだ。
しばらく雨が降っていないので、大勢の人が走ったせいもあり、細かい砂が浮いていて、非常に滑りやすくなっている。
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ロープがあるところもあるが、ランナーたちも苦労している。
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一か所だけ登りあり。
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鞍部に出ると、ハーフ(20km)参加の人はここから右に下って、山伏峠がゴール。ロングのランナーたちは直進し、菰釣山の方に向かっていく。
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我々はここから左に下るので、やっとランナーたちとおさらばができる。
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ようやく平常心を取り戻してきた。
トラバース気味に新緑の中を下っていく。
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降り立ったところは見るからに旧道っぽい道。
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これは旧山伏トンネルへの道じゃないかとピンときて、すこし戻ってみると。
坑口がほとんど埋もれて、頂部だけのぞいているのを発見。
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右手には石積みの擁壁も一部残っていた。
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いつまで使っていたものだろう。
現在のトンネルの銘板をみると、1982年3月の竣工とある。
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私がここを自転車で越えたのは1982年2月である。
ということは、このトンネルは完成目前だったわけで、私はこの今は埋もれてしまったトンネルをくぐったことになる。
帰宅して、当時の写真を確認したら確かに今のとは違う石積みアーチの旧隧道であった。
しかし新しいトンネルが掘られていた記憶など全くない。

とにかく本日の苦難と苦痛に満ちた山行はこれにて終了。
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道志の湯に向かう。
まてよ。考えてみれば、このレースのゴール(=スタート地点、道志中学校)は道志の湯のすぐ近く。
レースを終えたランナーたちでごった返していることが予想されたが、案の定そうだった。
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脱衣場は足の踏み場もない状態。試練の追い討ちである。
カランで体を洗うため、ふるちんで並んでいる男どもが10人くらいいた。
仕方ないので私もその一人となる。ふるふる。

ため息をつきつつ、汗を流し、O君と休憩室でプチ反省会。
いやあ、まいりました。でも彼は楽しかったみたい。ほんとにいい奴だ。
2週間後の乾徳山(2031m)での再開を約して、ばいばい。
当方は国道413号を相模原に向かう。

途中の車を止めて、この標識を撮影。
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高速道路とか主要幹線国道などで「○号最高地点」というのは、わりとよく見るが、400番台の3ケタ国道でしかも「神奈川県内」というシバリ付きの「最高地点」はめずらしい。
しかも標高はわずか451m。でも、そのこだわりは嫌いではない。

最後にいい拾い物をして午後4時頃には帰宅。
長かったGWを終えた。
4月25日(土)~5月10日(日)までの16日間で出勤したのは5日のみ。あとの11日間はすべて山に登った。
天気に恵まれたこともあるが、まったくアホである。

【行程】2015年5月10日(日)
白井平上登山口(7:58)~登山道屈曲点(8:20道迷い8:39)~五合目(8:54休憩8:59)~白井平分岐(9:13)~御正体山(9:53休憩10:12)~前ノ山(10:38)~中ノ山(11:03)~送電鉄塔(11:27昼食12:10)~石割山分岐(12:24)~山伏峠(12:50)~山伏トンネル(12:59)
※所要時間:5時間1分(歩行時間:3時間54分)
※登った山:4座(うち新規3座:前ノ岳、中ノ岳、奥ノ岳)
※歩行距離:8.9km

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御正体山(中)

【2015年5月10日(日)】御正体山
御正体山(1682m)の8合目を通過。
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昨年の3月に来た時は雪が積もっていたので直登だったが、道はこんなふうにジグザグになっているところもある。
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いや、とにかくランナーだらけである。
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ここからはあと標高差100mの急登。
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O君と私はのんびり。
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おっと、女子のトップかな。
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ここまで来れば、もう頂上は間近だ。
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春らしいコバイケイソウの群落。
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その中を続々と駆け抜けて行くランナーたち。
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で、我々も御正体山の山頂に到着。
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道迷いを含めても2時間かからなかった。
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ここはレースの15.45km地点のようだ。
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スタート地点は道志中学校。ここから道志山塊の稜線に登り、ブドウ岩の頭(1224m)、菜畑山(1283m)、今倉山(1470m)、道坂峠を経由して御正体山。
7時スタートなのでトップグループは2時間程度で、標高差1000m、15km近くを走ってきたようだ。
この先は山伏峠を経て西丹沢の稜線に移り、菰釣山(1348m)を越えて、いったん国道に下り、鳥ノ胸山(1208m)の急登を登り返して、道志中学校まで周回するという42kmの道のりだ。
これを制限時間10時間で走らなければならない。
自分はできるだろうか。

とにかく一服。座り込んで、行動食などを食べる。
その間もひっきりなしにランナーが駆け抜けて行く。
彼らは全く休まない。
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ここは分かっていたことだが展望がない。20分ほどでこちらも出発。

コバイケイソウのゆるやかな下りを行く。
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あまりに多くのランナーが来るので、こちらの方が道なき道を行く。
植物は踏まないように。
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左手に小さな祠。
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おお、右手には樹間に富士山が見えた。
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まだ5月なのに、雪がやけに少ない。
そもそも積雪が少なかった上に、ここのところ暑い日が続いているかなあ。

最初はなだらかだった坂もじきに急になり、標高差180mを一気に下る。
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この下りで気分が変わってきた。

ランナーたちがものすごいスピードで下ってくるのである。
そのたびにびくびくしながら、道を空ける。
彼らは「ありがとうございます」「すいません」とちゃんと挨拶をして抜かして行ってくれる。
しかし、それがひっきりなしだと、こちらも歩いているのか、よけているのか分からなくなる。
さっき大会関係者に聞いたら、出場者は1100人だという。
おいおい、これを1000回繰り返さないといけないのかい?
ランナーたちは登山者をぬかすのはせいぜい十数人であろう。
だから、十数人に申し訳ないと思えばいい。
しかし、こちらは1000回立ち止まって、道を譲らなければいけない。
彼らはそういうことにまで想像力は働いているのだろうか。
とくに下りでは、そもそも、あのどたどたという足音がものすごく怖いのである。
もし、自分のすぐ後ろで、つまずいて転倒されたら、こちらも巻き添えを食いかねない。
トレランの大会というものは、登山者に著しい恐怖と不快感を与えるものであることを初めて知った。
さっきまで「頑張れ~」などと思っていた自分が、やけにお人よしであるように思えてきた。

トレランは大勢の人々が徒歩より地面に負荷をかけて走り抜けていくので、登山道を痛めるとの指摘がある。
実際にそうなのであろう。
しかし年間を通じて言えば、おそらく登山者の数の方が多い。
1人当たりの「損壊率」は登山者の方が少ないだろうが、全体としては登山者が歩くことで道を削っているのも確かである。ランナーばかりを悪者にはできない。

私は「ここは登山者優先だろう。よける必要などないのではないか」と意地悪な気持ちが頭をもたげ、よけるのをやめてみた。
すると、ランナーたちは「すいません」とも「譲ってもらえますか」とも言わず、黙って後ろをついてくる。
その後にもたくさんのランナーが並び、渋滞になっているのが気配でわかる。
いたたまれなくなって、とうとう道を譲る。
すると、皆さん「ありがとうございます」「すいません」と恐縮して抜かしていく。
ランナーの方々個人個人は、みないい人なのだ。
あとで大会関係者に聞いたが、彼らには「登山者優先ですよ」と指導しているらしく、みな総じてマナーがいい。
それだけに意地悪をした自分が情けなく、自己嫌悪に陥る。

散発的にランナーがいる場合は、足の速い登山者に道を譲るのとあまり変わらないので、そんなに問題はない。
やはり大会が問題なのだ。大会でのランナーと登山者との関係をどうすればいいのだろう。
環境省はこのほどガイドラインをまとめ、「登山者優先」と改めてうたったそうだ。
そんなことは当然だが、大会でそれを実現することは不可能である。
役人の方々は大会中、実際に歩いてみてほしい。

私は猛烈な不快感で言葉も少なくなる。
でも、O君は相変わらず、こまめによけてあげているし、女性ランナーが来ると「頑張って~」と声援まで送っている。
私が「頭にこないかい?」と聞くと、「え、だって奴ら頑張ってるじゃん」「すごく上手に下っていて感心するよ」と言う。
なんて心の広い奴なんだ。私にはとても真似ができない。

大会時には登山者とランナーを分離することが最善の解決策だろうが、完全分離は実際には難しいだろう。
事前にHPやマスコミなどを使って開催を呼び掛けても、知らずに来てしまう人は少なくないはず。
私だって今日は知らずに来た。
来てしまった人を追い返せるだろうか。追い返したら、それはそれで問題だし、入山規制するために登山口ごとにスタッフを配置しなければならない。
公道をマラソン大会のため規制するのとわけが違う。
平地なら迂回路はあるが、山には基本的にないのである。
ていうか、そこを歩くのを目的に来ているのだから。
私もトレランに興味はあったが、完全分離されていない限り、大会に出るのは止めた。
こんな思いを登山者にさせても走っていられるほど、私は図太くない。
もちろん、事前にリサーチしてトレラン大会のある日にその山には登らない。
そう固く誓ったのであった。

というわけで前ノ岳(1471m)を通過。
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ゆるやかに30mほど登り返す小さなピークだ。展望はなし。

相当気分が悪かったと見えて、前ノ岳から中ノ岳(1411m)まで25分ほどの間、写真を1枚も撮っていない。私にはかなりめずらしいことだ。
中ノ岳もゆるやかな50mほどの登り返しであった。
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でも、もうこんな光景はうんざりである。
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(つづく)

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御正体山(上)

【2015年5月10日(日)】御正体山
高校の同級生O君から連休中にメッセージが届いた。
「5月9、10日はどこいくの? 標高差オーバー1000mしない?」
とのお誘い。
ちょうど奥武蔵7座をやって、足首が固まってしまった直後だったので
「10日は空いてるけど、1000mは無理」と返信したら
「じゃあ700mでどうだい?」と値切って来た(笑)。
とりあえず、その線でお互い検討することになった。

O君も行きやすいところで、700mとなるとやはり山梨か。
10日は曇りの予報だったので、そもそも展望がない御正体山(1682m)はどうだろう。
私は登ったことがあるが、冬だけだし、南の稜線を歩けば、「登った山」も稼げる。
提案は了承を得たので、そのように決定。
山伏峠で待ち合わせ、1台車をデポして、もう1台で白井平の登山口まで行くことになった。

当日は8時に山伏峠の山中湖側に集合することにして、朝6時前に出発。
さすがに前夜、富山から帰って来たばかりなので眠い。
だが、圏央道が東名までつながって、相模原まで行けるようになったので、道志方面がすごく近くなった。ありがたいことだ。

予報に反して天気も上々。真っ青に晴れ上がった。
国道413号を快調に飛ばす。正面に堂々たる山体をさらしているのは大室山(1588m)。
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神奈川県から山梨県に入ってすぐの「東富士 七里太鼓の里」のトイレで小休止。
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「七里」というのは、道志村の東西の長さのこと。
28kmの長さがあることから、古来より「道志七里」と呼ばれてきたという。

その二里目にあたる「二里塚」で初めて富士山が頂上部だけ見える。
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残雪が青空に映えて、すがすがしい光景だ。

再び富士山が見えるのが四里塚。
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天気がいいのは素晴らしいのだが、どうやら本日、御正体山周辺でトレランの大会があるらしい。国道沿線に看板がいくつも立てかけてあった。
最初に思い浮かんだのは、「面倒なことになったな」ではなく、「お、同窓生のランナーたちの中に参加している人はいるのかな?」ということだった。
facebookで問い合わせてみたが反応はない。いないみたいだ。

それより駐車場が心配だ。当然、山伏峠は主催者の基地になるはずで、駐車規制がかかりそう。その旨、O君に連絡したら、彼も認識していたようで、トンネルの道志側に車をとめるという。
当方は白井平登山口への入口を確認して、山伏峠に向かう。
予定より早く、7:40頃に合流。
彼はとんでもないところに車をとめていたが、致し方ない。
私の車に移動して、白井平へ。

国道沿いにある白井平は標高800mほどだが、登山口は900m弱。
林道はもう少し続いていそうだが、どん詰まりまでは行かず、少し手前の別荘地に車をとめた。
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8時前に出発。まずは林道歩き。
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この道はトレランコースではないようだが、やはり「おことわり」の表示があった。
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歩き始めて5分ほどで登山道に突入。
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まずは沢に沿って、ゆるやかに標高を上げていく。
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日蔭で空気がひんやりしている。
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新緑もまたすがすがしい。
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例年この時期は、そんなに山に出かけられなかったので、今年はずいぶん得した気分だ。

炭焼き窯の跡。
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沢が二股に分かれる地点で、道がにわかに荒れはじめ、明瞭な踏み跡がなくなってしまう。
標高は1100mを超えたあたり。

地形図の登山道はこのあたりで一直線に谷から尾根に移行しているように書かれているが、山と高原地図にはいったん鋭角に左折し、しばらくトラバースしてから尾根にのるように記されている。
この場合、山と高原地図の方が正しいと思われるが、地図ロイドなどで確認すると、自分たちはまさにその鋭角に曲がる地点にいる。
だが、それらしき道が見当たらず、むしろ直進方向に赤テープがあるのである。
テープを信じて、いったんは右の谷方向へ進んでみたが、とても道と言える状態ではない。
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左の谷もご覧のとおりで、道とは思えない。
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2人で「おかしい」「おかしい」と言いながら、うろうろしているとトレランのおばさんが追いついてきた。
「道ありますか~」と聞いてきたので、「いやあ迷ってます」と正直に答える。
おばさんは一緒に探すでもなく、すぐに引き返していった。
「このまま登っても尾根には出るはずだから」なんて強行突破する考えも一瞬浮かんだが、なおも迷っているうちに、下からさっきのおばさんの声がした。
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「道、見つかりました~!」
なに~っ。

とにかく、下に戻ってみる。
100mくらい下ると、こんな標識と、とうせんぼの木の枝が。
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どうしたことだろう。我々は2人して、これを見落としていたのだ。
愕然とする。

もし、あのおばさんが来なかったら、我々は強行突破していたかもしれない。
そうしていても、「これはやっぱり止めた方がいい」と途中で引き返してはいただろうが、左折路を見逃していたという認識が全くないだけに、ここまで戻れたかは疑問だ。
あのおばさんには本当に感謝である。

この道迷い(いや現在地は把握しているので「道探し」か)で20分ほどのロス。
さて気を取り直して、今度は尾根道を行く。
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う~ん、新緑たまりませんなあ。
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五合目を過ぎたあたりで小休止。
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その後は快調に標高を稼いでいく。
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左手には山頂方面が見えて来た。
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稜線に近づくと、なにやら人の声が聞こえて来た。
もうこの地点を通過しているランナーがいるらしい。

小休止してから15分ほどで稜線に着いた。ここは標高1380m。
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分岐だけにレースにスタッフの人が何人かいて、先頭集団に近い方々に声援を送っていた。

ここからは我々もレースのコースの中を歩くことになる。
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選手を励ますいろんな貼り紙がしてある。
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「道志ランナー皆同志」か。

こんな宣伝まで。
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ランナーたちが続々と近づいては追い抜いていく。
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彼らが息を荒くして近づいてくるたびに道を空けて、「頑張れ~!」と声をかける。
この時点では、本当に応援しようという気持ちだったのだ・・・

(つづく)
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医王山(下)

【2015年5月9日(土)】医王山
見返りの大杉から小さなこぶを越えた先に凍結した池が出て来た。
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龍神池だそうである。年中涸れることはないらしい。
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うう、またしても雪渓が出現。
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ずぶずぶしないだけありがたい。

北陸はこの時期、低山でもこんなに残雪があるんだなあ。
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ササの葉も雪に埋まって、その重みで折りたたまれていたらしく、まだ折り目が残っている。
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こちらにもショウジョウバカマ。
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もう一度雪渓を越える。
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最後の階段。
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12:42、医王山の最高峰、奥医王山(939m)に到着。
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ここも一等三角点だった。昨日に続いて縁起がいい。
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木の上の方にも山名板が。
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頂上直下には白山医王大権現の祠があったが、雪のせいだろうか、押しつぶされていた。
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ここにも展望台があったので、登ってみた。
富山平野南部。
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白兀山(896m)。
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笈ヶ岳(1841m)方面。
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ここでお昼にしようと思ったのだが、とうとう雨が落ちて来た。
展望台を屋根代わりにしようと思ったが、今度は虫がひどい。
やむなく避難することにした。
夕霧峠までは来た道を戻る。
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再び龍神池。
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帰りは、ゆっくり新緑を愛でる。
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見返りの大杉まで戻って来た。
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もう午後1時を回ったので、ここで遅めのお昼にする。湯涌温泉の商店で買ったパンだ。
幸い、雨も止んだようだ。
ツツジとエゾユズリハが印象的。
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さっき歩いてきた稜線とこれから歩く林道が見える。
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これはそのさらに下の方。
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例の階段をとんとん下り、夕霧峠まで下りてきた。
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ここからは林道歩き。
昨日まで雪があったかのような地面の様子。
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フキノトウが芽吹いている。

縁石の傾きも豪雪のせい?
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残雪の上に轍があるが、ここまで車が来られるのだろうか。
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いや、やはり雪が道を覆っている。
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さっきの轍は別の道から来た車だろう。ここは通れず引き返したはずだ。

と思ったら、なんと無理やり通っている。
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これも突破したみたいだ。
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おお、あちらから車がやって来た。
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「この先無理ですか?」と運転手に聞かれたので、突破した車があったようだが、やはり危ないので、「無理ですねえ」と答えておいた。
しかし、通行止めのトラ柵くらい置けばいいのに。道路管理者は何をしているのか。

奥医王山の西斜面。
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ネコヤナギにしては大きいが。
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アセビの花。
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タニウツギ。
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これは何だっけ。
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さっき登山道で通った「しがらくび」を通過。
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ここから登山道へはすぐ。
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めずらしく野鳥のつがいを捉えた。名前は分からない。
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白骨樹と新緑。
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というわけで、夕霧峠から45分ほどの林道歩きで西尾平に到着。
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ゲートのところで山菜採りをしている人がいた。
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これで今回の山行は終了。あまり天候には恵まれなかったが、骨折以来初めて雪の感触を味わい、久々の北陸の山を楽しめた。
日本300名山&新・花の百名山のようだし。

さて宿に戻ろう。
登山後、入浴だけさせてもらう約束をしていたのだ。
途中の見上峠。
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宿にはそろそろ団体さんが到着する時間だったが、何とか間に合った。
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急ぎ汗を流して、再び運転席に。
これから富山駅に向かうわけだが、指定をとってある新幹線にはまだ早い。
行ったことのない越中八尾にでも寄ろうか。
と言いつつ、散策ができるほど時間があるわけではない。
町並みを車に乗ったままのろのろと流し、JRの越中八尾駅に立ち寄る。
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ここは「おわら風の盆」の町。混んでいる時はいやだが、いずれゆっくり訪ねてみたい。
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旧八尾町のマンホール。町の木ツバキのデザイン。
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17:45、富山駅前のレンタカー屋さんに車を返却。
18:12発のかがやき512号に乗車。
プリン体ゼロのビールと駅弁「富山湾」で車中打ち上げだ。
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中身はこんな感じ。
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おつまみになるおかずが多いのを選んだ。

デザートは甘金丹。仙台の「萩の月」によく似ている。
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1泊2日の観光・山行を終え、夜10時すぎに帰宅。
ゆっくりする暇もなく、あすは早起きして御正体山に登らなければならない。
即沈没で翌日に備えた。

【行程】2015年5月9日(土)
西尾平(10:12)~前山(10:30)~しがらくぼ(10:37)~白はげ山(11:06撮影11:11)~蛇尾山(11:41休憩11:44)~夕霧峠(11:57撮影・休憩12:12)~見返りの大杉(12:22休憩12:26)~奥医王山(12:42撮影・休憩12:49)~見返りの大杉(13:05昼食13:22)~夕霧峠(13:28)~西尾平(14:15)
※所要時間:4時間3分(歩行時間:3時間12分)
※登った山:4座(前山、白兀山、蛇尾山、奥医王山)
※歩行距離:7.2km

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医王山(中)

【2015年5月9日(土)】医王山
西尾平から登り始めて、しがらくびを通過した。
この渦巻風の葉っぱがたくさんあったのだが、何だろう。
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ここから白兀山(しろはげやま、896m)までは標高差200m近い登り。結構きつい。
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でも、相変わらず、いろんな花々が励ましてくれる。
オオカメノキ。
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タムシバ。コブシによく似ている。
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道はかなりえぐれているところもあった。
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まだ雪が残っていて、びっくり。でも、実はこんなもんではなかった。
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大池平への道を左に分けて直進。
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まもなく見晴らしのいい場所に出た。
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眼下には新緑の海が広がる。
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その向こうには金沢平野と日本海。
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左前方にこれから登る奥医王山(939m)。谷筋の残雪が美しい。
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その右肩奥には笈ヶ岳(1841m)方面。
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白兀山はもう目の前。
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よく踏まれた道を進む。
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左手にたっぷり残雪が。これがこの先、行く手を阻むことになるとはまだ知る由もない。
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登り始めて1時間弱で、白兀山頂上。
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ここに老夫婦が先客として休んでいた。
「どちらから?」と聞かれたので、「西尾平からです」と答える。
「西尾平? ビジターセンターの方かい?」
「いいえ、あっちです。前山の方」
と説明しても分からなかったようで、「きっとビジターセンターだよ」と旦那さんが奥さんに呟いていた。違うんだけどなあ。

ここには古い堂宇があったようだが、それが朽ちているのを憂えた金沢市内の菅野俊雄さんという方が有志とともに、この新たな堂宇を建てたとのことである。
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その左には、もうひとつ小さな石仏があった。
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展望台があったので登ってみた。
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相変わらずの曇り空だが泣き出さないでくれているのでありがたい。
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眺めはさっきの場所とさほど変わらない。
これはこの後通過する約920mのピーク。
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タムシバとオオカメノキの白い花が鮮やかだ。
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さあ、夕霧峠に向かおう。
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この先、登山道に残雪が迫ってきてドキリとする。
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雪解け水で路面も結構ぬかるんでいる。

ややや、大丈夫かな。こちとら、トレランシューズでもちろんアイゼンなんて持って来てないんだけど。
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右手に林道が見下ろせたのだが、なんとまだ雪が高く残っていて、とても車が通れる状況ではない。
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昨日、何も知らずに、ここを越えて来ようとしたら大変なことになっていた。
それにしても、林道を走っていて、「この先、雪のため通行できません」的な標識は全くなかった。
石川県ってそういうものなんだろうか。

南斜面の道は乾いた快適な道なのに
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北側に回り込むと、とうとうこの有り様。
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これが1か所だけでなく、どんどん出現してくる。
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道もぬかるみ始めた。
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やばい。土の部分が細すぎる。
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平らな雪の上ならまだいいが、傾斜があるとスリップが怖い。
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もう、ほとんど雪渓歩きになってしまった。
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これらを何とかクリアしているうちに、地形図に「医王山」と書かれているピーク(本当は山域全体を示している)を巻き始めていることに気付く。
どこかにピークに通じる踏み跡はないかと、右を気にしながら歩いていたら、ありました。
ちょっとヤブっぽいが、それを抜けると、テントが1つ張れるくらいの広場に出た。
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ここがピークのようだ。
あたりを見回すと、山名板が木にくくりつけられていた。
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随分高いところにあるので見逃すところだったが、蛇尾山(920m)というらしい。

登山道に戻る。もう少し雪に我慢したら林道に出た。
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ここでやっと富山方面の展望が開けた。
展望台があるので登ってみる。
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眼下にイオックス・アローザスキー場。
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福光あたりの見事な散居村。
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アップにしてみよう。
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軒下に小さな石仏がひっそりとたたずんでいた。
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夕霧峠まで下りて来た。
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ここで小休止。行動食をつまむ。

峠の富山側もまだしっかり雪が残っている。
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スキー場にもバンカーのように残雪が点々とある。
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さて、本日のメインイベント奥医王山(939m)への登りにかかる。
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最初は浄土坂という288段の階段。これで標高差60mほどを稼ぐ。
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振り返れば、スキー場のリフト乗り場と展望台。
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100段目通過。
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階段は容赦なく続く。上から誰かが下りて来た。
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おお、イワカガミ。
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蛇尾山。
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息を切らして288段登り切った。「がんばったね」。
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登り切った場所は少し平坦になっており、ベンチがあったので、またまた休憩。
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さっきと似た表情の石仏が見守っている。
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ここは「見返りの大杉」という場所だ。
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ただその大杉は枯れてしまったのか、もうない。

その代わり、エゾユズリハの大木があった。
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若葉が萌え出し、花を付けている。
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こちらでもタムシバが満開。
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ヤマザクラ。
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さて、奥医王山に向かおう。

(つづく)

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医王山(上)

【2015年5月9日(土)】医王山
金沢の奥座敷・湯涌温泉の「お宿やました」で朝を迎えた。
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昨日の晴天とは打って変わって、どんよりした雲が垂れ込めており、雨もしとしと降っている。
でも朝食の8時半まで、ずいぶん時間があるので温泉街の散策に出かけた。

宿の向かいにあるのが、入浴施設の「総湯 白鷺の湯」。
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そのすぐ脇から薬師寺へ登る階段がある。竹久夢二も歩いた道だそうだ。
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その途中には足湯がある。
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まずは、湯涌稲荷大明神に参拝。
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これは源泉臼。
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養老二年(718年)、この山里に1羽の鷺が舞い降り、身を伏せて動く気配がないことを不審に思った里人が近づいてみると、そこに湯が涌いていることを初めて知った。
ただちに井戸を掘ってみると、枠にしたこの石臼にあふれかえるほど薬湯が涌き上がったという。
たぶん江戸時代くらいのものなのだろうが、古色を帯びた味わい深い遺構だ。

こちらは竹久夢二の歌碑。
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「湯涌なる山ふところの小春日に目閉じ死なむときみのいふなり」
夢二は全国あちこちに足跡を残しているが、ここには大正六年(1917年)9月、愛人の笠井彦乃と逃避行に訪れている。

地蔵堂はガラス戸に覆われている。
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雪害防止であろう。

境内を見学して、もと来た道を戻る。
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下った右手が、金沢湯涌夢二館。
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日本料理さかえや
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カレーパンが名物らしい茶房しばらく。
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この人形、最初は本物かと思った。

民宿うえのや。
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温泉街の奥の方。
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かなや。
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高尾食堂。
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うつわ・雑貨の日暮らしのディスプレー。
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木造の古い家屋。
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湯のかわ喜船商店。
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ここで昼食のパンを調達した。
昨夜、宿の仲居さんに、この辺でパンやおにぎりを買える店はないかと聞いたら、「10km先のコンビニまで行かないとない」と言われたが、なんだ、目と鼻の先にあるじゃないか。

湯涌温泉のバス停。
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アニメ「花咲くいろは」のポスターが貼ってあった。
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改めて地図を見ると。温泉街はこんな風になっている。
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右折して、湯の川を渡る。
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この先は、たぶん新しく開発した温泉街。
まずは足湯のお出迎え。
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右手に「湯の出」。
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左手に「戸田屋」。
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左手奥に「秀峰閣」。
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右手奥には「あたらしや」。
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このメインストリートの両側にこれらの大型旅館が並んでいる。
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突き当りに、金沢湯涌江戸村。古民家を移築したテーマパークだ。
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当然まだ開いていない。

さて宿に戻ろう。
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お宿やましたは、夢二が逗留した旅館なのである。
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ついのんびりしてしまった。着いたら、もう8時40分。
朝食も彩り豊かで、しかも量も多くなく、上品であった。
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さて遅くなった。出発、出発。
と言っても、医王山の登山口までは、ここから車で30分ほどだ。

医王山には登山口が四方八方にある。
私はこのうち西から登る見上道を選んだ。その方が、「登った山」を効率よく稼げるからだ。
本来なら見上峠から登るべきなのだろうが、時間短縮のため、その上の西尾平まで車で上がる。
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10時すぎに到着。トイレと軽いストレッチを済ませ、10:12出発する。
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幸い、朝方ぱらついていた雨も止んだようだ。曇り空だが見通しはきく。

早速、タニウツギのお出迎え。
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右手には、笈ヶ岳(1841m)方面の山々が望める。
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雪解け直後だけに、いろんな春の花が目を楽しませてくれた。
ユキツバキ。
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白いスミレ。
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タチツボスミレ。
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チゴユリ。
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いくつか分からないお花も。
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湿地にカエル君発見。卵も大量にあった。
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登山道は最初だけ、くいっと登るが、その後はだらだら。
20分もかからずに前山(724m)に着いた。
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地形図には「墓地」の記号が表記されているが、それらしきものはない。これのことだろうか。
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とくに展望もないので、そのまま通過。
ショウジョウバカマを発見。
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これはコゴミ?
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こちらも関東に負けず、新緑が濃くなっている。
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いったん下った鞍部が「しがらくび」という名の場所。
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ここでさっきの林道に出ることもできる。

(つづく)
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白川郷・五箇山(下)

【2015年5月8日(金)】白川郷・五箇山
白川郷から30分ほどで、菅沼集落の駐車場に到着。
ここは国道から、集落を眺められる。
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コンパクトにまとまっている印象だ。
白川郷は岐阜県だが、ここは富山県になる。

ぶらぶらと集落の中に入っていく。
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のれんがなかなか素敵だ。
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こちらはそれぞれの家が似ている気がする。
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塩硝の館。昔はこの集落で火薬を作っていた。
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神明宮に参拝。
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昔懐かしいというか、現役時代をリアルタイムでは知らないポンプ車。
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上平村は合併して、今は南砺市の一部になっている。
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めずらしい入母屋の合掌造り。五箇山民俗館になっている。
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いいなあ、こういう木槽。
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ちょっと厳しいけど逆さ合掌。ていうか、これで本当の合掌の形は完成?
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雰囲気のよさそうな食事処吾郎平。
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あ、こっちの方が逆さ合掌くっきり。
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トタン屋根に布団干してあるところが、生活感あってよろしい。

「ばっか」だと思ったら「かっぱ」だった。
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ちょっと覗いてみた。
おもしろいサイダーがある。のどが渇いたので「ブラック」の方をいただいた。
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ガラナよりくせのない味だった。

こちらは手作り民芸品のお店。
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私は荻町より、こっちの集落の方が静かですきだ。

でもまあ、そろそろ引き上げますか。
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帰りは地下エレベーターで駐車場に戻る。
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さあ、最後の相倉集落には15分ほどで到着。こちらは菅沼よりは大きな集落だ。
まずは、巨大な残雪のお出迎えにびっくり。
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ここが雪捨て場のひとつだったのだろう。

荻町や菅沼と違って傾斜地にあるのが、ここの特徴だろうか。
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石垣で築いた棚田もある。
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民宿の庄七は茅葺きの屋根をぶち抜いて明り取りを作っている。
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こちらは内部見学のできる勇助だが、もう閉まっていた。
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地主神社に参拝。
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境内に皇太子殿下の歌碑があった。
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「五箇山をおとづれし日の夕餉時森に響かふこきりこの唄」
う~ん、誠に失礼ながら、あまりに普通だ。

ここは残雪が多い。北海道の春を思い出す。
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もう午後3時半をすぎ、観光客もほとんどいない。
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おや、こんな道が通じていた。
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旧五箇山街道か。歩いてみたいが、まだ雪の中かも。

植えたものだろうけど、水芭蕉が咲いていてびっくり。
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集落のはずれからは人形山(1726m)が見えた。
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こんな伝説があるという。
仲のよい姉妹が、母の病気平癒を白山に祈願していた。お告げに従って、湯治に通い、病気が治ったので、お礼に山の権現にお詣りしたが、吹雪に閉じ込められ2人とも亡くなってしまった。
翌春、手をつないだ二人の姿が雪形となって現れ、以後毎年、人形の残雪が現れるようになったので、人形山と呼ばれるようになった、と。

相倉伝統産業館。
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集落の全景。
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奥は相念寺。
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岩も合掌造りのよう。
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与茂四郎も屋根に窓があけられている。
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地面に届く茅葺き屋根。
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高台より。
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ここに秋篠宮殿下の歌碑もあった。
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「暮らし映す合掌造りの町並みを見つつ歩めり妹と吾子らと」
こちらも普通だ。

合掌造りの3集落を駆け足でめぐり、今宵の宿に向かう。
金沢の奥座敷、湯涌温泉の「お宿やました」である。
本当は白山スーパー林道(今は「白山白川郷ホワイトロード」というらしい)を走りたかったが、6月中旬まで冬季閉鎖とのことなので、お話にならない。

こちらからだと医王山直下の夕霧峠を越えていく道と刀利ダムを経由する道があるが、いずれも冬季閉鎖が解除されていない可能性がある。
最短コースの刀利ダムルートは通れるか、宿に電話して聞いてみた。
すると、女将さんが出て、「わからないので観光協会に聞いてみる」とのこと。
もう5月だし、標高は350mしかないから大丈夫だろうと思ってはいたが、折り返しの電話は「OK」でホッとした。

その刀利ダムである。
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農林省の管轄のようだ。昭和41年の竣工。
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湖面は静か。
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午後5時すぎ、無事、宿に到着。
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なかなかくつろげる部屋である。

とにかく、まずはお風呂。
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アルカリ性のつるつるの湯だった。

そして楽しみにしていたお食事。
これがメニュー。
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順に並べていきましょう。
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どれもこれもおいしくて、みんな残さず食べてしまった。

痛風のためビールは飲めないので、地酒5種バラエティセットを注文。
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すっかり、ほろ酔い。満腹になったことともあり、あっという間に寝入ってしまった。
明日は、医王山に登る。おやすみなさい。

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白川郷・五箇山(中)

【2015年5月8日(金)】白川郷・五箇山
白川郷をそぞろ歩きながら、食事の店を探している。
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ここは食堂ではない。
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この村から日露戦争に出征して戦死した方の慰霊碑のようだ。
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お、あれは重要文化財の和田家住宅。あとで見学しよう。
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やっと、よさげな店があった。白水園。合掌造りの店だ。
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店内はこんな雰囲気。
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とろろそば(700円)をいただく。
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混んでいるので、多少時間がかかると言われたが、意外に早く出て来た。
ここの名物は、熊鍋の「おやじ和膳」(2000円)と飛騨牛の「朴葉みそ和膳」(1650円)のようで、となりのお兄さんは熊鍋を食べていたが、私は夜に備えて少食で。

ぺろりと平らげて、再び散策。
白川郷と言えば合掌造りなのだが、新緑も見事だ。
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とりあえず、集落を一望する展望台に向かう。
右手に、立派な診療所がある。
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左手にはにぎわっている旅館。
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荻町のバス停。
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展望台は荻町城跡であり、ここから山道を標高差50mほど登る。
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春の花が真っ盛り。
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すこし登ると、荻町集落のはずれの方が見下ろせる。
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おお~残雪の山々がかっこいい。
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のんびり登っていたら、手をつないだ若いカップルが駆け足でぬかして行った。
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7分ほどで登頂。いやいや、すばらしい。
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さすがに世界遺産だけあって、人工的な景観としてはピカイチである。
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少しずつ角度を変えてみよう。
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そうそう、ここは荻町城跡だった。
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これはその空濠跡である。
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今度は車道を通って、再び集落へ下りて来た。
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車で来る中国人もいるのか。
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合掌造りが見直される前は、みなこんなタイプの建物に建て替えられていったのだろう。
これはこれでかなり古いし、味わいがあって好きだ。
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残雪は白山方面の山だろう。
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さて、観光客をかきわけ、和田家に向かう。
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おお、中にも人がいるいる。
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この角度が撮影スポットとして人気らしい。
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入場料300円を払って、見学させていただく。
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和田家は代々、村の名主を務めた家柄で、子孫は白川町長にもなっている。
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2階は養蚕をしたお部屋。
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窓からの眺めも悪くない。
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ゆっくり見学して辞去。水路沿いを歩く。
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和田家を振り返る。
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まだ、このあたりは田植え前。
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神田家も見学施設だが、中を見るのは1軒だけでいいだろう。
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神田家の見事なお庭。
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こちらは白川郷最大級の合掌造り、長瀬家。
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これも外観だけに留める。

もうこどもの日は終わったが、まあ季節感があっていいでしょう。
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ギザのピラミッド風な並び。
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その向かい側の風景。
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中国人は本当に写真が好きである。
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この辺に大挙しているのは、ほとんど中国人。
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西洋人は騒がず、どっしり座ってアイスを食べている。
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私もいただくとしよう。今日は暑いくらいだ。
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沢の水を引いて飲み物を冷やしている。なんとも涼しげ。
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ちょっとトイレへ。トイレも合掌造り風。
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集落の南の方は比較的人が少ない。
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白川町で最大の合掌造り、明善寺庫裏。5階建てで江戸末期の築造だそうだ。
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あれれ、全体の写真を写すのを忘れてしまったようだ。
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明善寺鐘楼門。
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石畳は丸みを帯びている。これはめずらしい。
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明善寺本堂。
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白川郷の茅葺きはどれも美しい。

泊まってみたい民宿久松。
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ナショナルトラストが買い取った旧寺口家住宅。
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白川八幡神社。
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なんと里にもまだ雪が残っていてびっくり。
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境内にある釈迦堂。
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寛永四年(1627年)に荻町城主が病気平癒のお礼に寄進したものだとか。

荻町のメインストリート。
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ここには合掌造りは少ない。

通りから離れた場所に合掌造りは残っている。
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さて、これで集落はほぼひと回りした。またであい橋を渡って、車に戻ろう。
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白川郷には濃飛バス、岐阜バス、加越能バスの3社が乗り入れているようだ。
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これが私の借りたレンタカー。
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では、次の合掌造り集落、五箇山菅沼集落に向かう。

(つづく)

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白川郷・五箇山(上)

【2015年5月8日(金)】白川郷・五箇山
世間では6日までの5連休で、GWは終わったようだが、当方はさらに8~10日まで3連休が残っている。
平日がからんでいるので、このタイミングなら宿も取りやすいかと思い、本GWで初めて泊りがけで出かけることにした。
せっかく北陸新幹線が開通したのだから、富山・金沢方面に出かけよう。

というわけで、宿は金沢の奥座敷・湯涌温泉にとり、白川郷&医王山の旅に出た。
東京7:20発のかがやき503号金沢行きに乗車。
今日はとてもいい天気だ。
北陸新幹線に乗るのは4月3日の金沢出張以来2回目。
静かで乗り心地はとてもいい。

1時間で長野を過ぎ、周辺には残雪の山が目立ってくる。
日本海側に出ると、まだまだ山はまだら模様。
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新幹線があまりに早いので、何という山なのか特定できないまま、どんどん進んでいく。

でも、これは分かった。中央が剱岳(2999m)。
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田んぼはちょうど水を張り始めたところだ。

9:34富山着。
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駅舎も新築され、広い空間となっている。
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改札を出たら、屋内に地鉄のホームがあってびっくり。
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駅前までしか達していなかった地鉄は、北陸新幹線開通に合わせ、富山駅構内に乗り入れたようだ。
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近年、路面電車が見直されつつあるが、その先鞭を切ったのが富山地方鉄道である。
応援したい。

新装オープンした富山駅。
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奥が電鉄富山駅のビル。
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立山や宇奈月行きの電車はここから出る。

駅前でレンタカーを借りて、白川郷に向かう。
おっと、その前に「登った山」をひとつ稼いでおきたい。
富山の超低山、呉羽山(145m)である。
南北に走る稜線に沿って、ドライブウエイが走っており、駐車場から10分で登頂できる。
しばらくドライブを楽しみ、しらとり広場の駐車場に車をとめる。
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ここから30秒も歩かずに展望台。
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眺望は予想以上である。眼下に富山市街。
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中心部。
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その向こうに剱岳。大窓、小窓がはっきり分かる。
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その右は大日岳(2501m)。立山(3015m)は惜しくも雲の中。
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雄大な富山平野。
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さて一旦、駐車場に戻る。呉羽山は駐車場の逆側を登る。
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おっとその前に、せっかくなのでモダンなトイレを活用。
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白鳥城址の石碑を横目に歩き出す。
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ひと登りで東出丸跡。
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わりと森の中。
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三の丸跡、空濠跡を通過。
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結構きつい階段を登って、二の丸跡。
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もうひとふんばりで頂上の本丸跡に着いた。
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なんと、ここは一等三角点であった。やっぱりかっこいい。
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しかも隣には天測点があった。
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天測点とは、天文測量をするために設置された基準点のこと。
昭和29年からの5年間に、全国で48か所の一等三角点のすぐそばに置かれたという。
けっこうな大きさだ。
現存するのは43基で、ここ天測点には「第十九」のプレートがはめ込まれている。

白鳥城についても説明しておこう。
寿永二年(1183年)に木曽義仲の武将今井四郎兼平が陣を張ったとするのが最初の記録。
その後、豊臣秀吉が富山城の佐々成政を攻める際に、陣を構えたことで知られる。

展望にはあまり恵まれなかった。さて下ろう。
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車に戻り、改めて白川郷に向かう。
このあたりの車、とくに農家の車は、ずいぶん無茶な運転をする。
家の近くの道は私道のように思っているみたいだ。

富山西インターから北陸道に乗り、小矢部砺波ジャンクションで東海北陸道に入る。
白川郷までは庄川沿いをさかのぼり、1時間とちょっとだ。
まっすぐ来たら11時には着いていただろう。
東京から、かつては秘境と呼ばれた白川郷まで、わずが3時間半。
以前は名古屋経由で延々バスに乗り、6時間以上かかった気がする。
このGWは猛烈な混雑だっただろう。
私が訪ねたこの日も平日ではあったが、それなりの人出だった。
でも、ごったがえすというほどではなく、平日狙いで来たのは正解だった。

というわけで、白川郷の大駐車場に到着。
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この大型バスの群れに恐れをなす。

集落に行くには、あの、であい橋なる吊り橋で庄川を渡らねばならない。
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吊り橋のたもとまで来ると、周辺にある合掌造りの土産物屋さんが見下ろせる。
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あれは移築だろうか。

さて、渡りましょう。庄川は雪解け水を含んでかなりの激流になっている。怖いほどだ。
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渡り切ったところにあるのが、秋葉神社。
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秋葉神社は浜松市に総本宮がある火伏せの神。
天明の飢饉の際、疫病も流行し、村で230人もの死者が出たことから、建てたものらしい。

さて早速、合掌造りの集落に入る。
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マンホールはもちろん合掌造りデザインだが、なんだか大味。
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民宿幸エ門。
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消火栓も古風だが、ごつい。
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通りに面した合掌造りはたいていお土産物屋さんになっている。
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とにかく、もうお昼時なので、飯にしよう。
本日のメインは旅館での夕食なので、お昼はとくにこだわらない。何でもいい。
と、目に入った店に駆け寄ってみたら、なんと本日休業。
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GWの5連休で疲れ切ってしまったのか、こんなに観光客が来ているのに店を開けないとは。まあ、従業員にも休みをあげないといかんもんなあ。

こっちは修学旅行生が入るのか入らないのか、のれんの前でうだうだしているので通過。
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おお、後ろに残雪の山々が。あれは三方崩山(2059m)だろうか。

(つづく)
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熊倉山・浅間峠(下)

【2015年5月6日(水)】熊倉山・浅間峠
日原峠(900m)から日原集落方面に下る。
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少し進むと右手に、富士山の頂上部がうっすらと見えた。
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昔の生活道らしく、幅が広い緩やかな道が続く。
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急なところはジグザグになっている。
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往来がかなり多かったのだろう、結構えぐれている。
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山道と旧街道との分岐に道しるべを兼ねた馬頭観音があった。大正13年の建立。
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右手に権現山(1312m)の稜線が見える。
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これは不気味な自然の造形。化け物が上を向いて大声で叫んでいる。
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さらに下る。
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尾根筋を離れて道が右に下りていくあたりで、地図ロイドを確認すると、やはりちょうど分岐のところに到着していた。
地形図では現場と同じく、ここで左右2つの道が表記されているが、山と高原地図では左のコースしか書かれていない(実線)。
しかし、左の道には枯れ枝で通せんぼがしてある。
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左の道を行きたい。なぜなら、愛宕の古池と愛宕神社がルート上にあるからだ。
ちょっと迷ったが左の道を行く。
通せんぼをしてあるのは、途中で道が崩落しているからかもしれないが、その時はその時。戻ればいい。

こちらの道がかつての生活道だったことは明らかで、道はしっかりしている。
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しかし、しばらく歩かれていないからなのだろう、枝と枯れ葉がひどい。
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山道との分岐を通過しかけて、引き返す。
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このあたりに「愛宕の古池」があるはずなのだ。
山道を100mほど行ってみたが
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それらしきものは見当たらない。諦めて、登山道に戻る。

道のわきに炭焼き窯の跡を発見。
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さらに黙々と下る。日原峠から日原集落までの標高差は450mもある。
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「全然、危険個所などないじゃないか~」と進むうち、日原集落に出た。
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出迎えてくれたのは愛宕神社。
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無事下山のお礼をして、ストックをザックにしまう。
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ここからの日原、猪丸集落の眺めは素晴らしい。
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正面には権現山の東側の稜線。二本杉(909m)あたりか。
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斜面に展開する日原集落の中を下りていく。
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民宿長明園は山と高原地図にも載っている。
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こんもりした右の山は聖武連山(542m)。
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こういう山村の雰囲気にとても癒される。
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日原本光寺。
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花菱草のお花畑を通過。
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こういう石仏・石碑があると、古い集落であることがわかる。
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鷲神社。
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瑞光寺。
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ここの梵鐘は享保四年(1719年)、多摩地方を中心に活躍した勅許鋳物師の加藤市良右衛門吉次と加藤半六によって製作されたという。
由緒ある文化遺産ということで大戦時の金属供出をまぬがれたという貴重な存在だ。
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公衆便所があったので、小用を済ませ、水道で顔を洗う。
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旧家にはきれいな白いツツジの生垣。
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ユズリ原小学校まで下りてきた。
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校門前にはコカ・コーラの自販機の残骸。
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県道をショートカットする道をさらに下る。
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下ったところに廃屋。
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ほかにも古い家がたくさんある。
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バス通りに出た。
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鶴川の支流、三二山(さにやま)川を渡る。
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こちらは鶴川。
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バスの時間までかなりあるので、用竹まで県道を歩くことにする。30分弱くらいだろう。
そこまで歩けば、以前権現山に登った時のと、歩いた線がつながる。

県道33号線「上野原あきる野線」はかなり通行量が多い。
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神戸と書いて「ごうどう」。山と高原地図には「ごうど」とあるが。
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対岸に見える桐坪の集落。
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途中のコンビニでバニラアイスのもなかを購入。
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食べながら歩く。

用竹バス停の手前にもうひとつ神社があった。こちらも鷹神社。
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時間があるので立ち寄る。
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改めて、無事下山のお礼。
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バス停には14:50に到着した。
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バスの時間は15:10。

20分の待ち時間、残った燻玉を食べたり、靴下についた枯れ葉の細かいのをほろったりしながら過ごす。その間、もう1人ハイカー到着、並んでベンチに座った。
時間通りバスが来たので乗り込む。
座れたので、ほとんど寝てしまった。

20分ほどで上野原駅に到着。
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東京方面の電車は15:55発。ずいぶん時間があるので、行動食の「サクサクしっとりチョコ」をホームで待ちながら1袋食べてしまった。
帰りの電車もそこそこ混んでいたが、なんとか座れた。
国分寺で乗り過ごしそうになったが、順調に乗り継ぎ、午後5時半に帰宅。
6時まで帰宅の約束は守れた。
今日も足は持ちこたえてくれた。
5連休5連登となったが、順調な回復ぶりを実感した5日間だった。

【行程】2015年5月6日(水)
石楯尾神社(8:44)~佐野川峠(9:51)~三国山(10:25休憩10:42)~熊倉山(11:03休憩11:06)~浅間峠(11:50昼食12:09)~日原峠(12:48撮影等12:54)~愛宕神社(13:40休憩13:47)~新山王橋(14:24)~用竹バス停(14:50)
※所要時間:6時間6分(歩行時間:5時間16分)
※登った山:4座(うち新規3座:熊倉山、坊主山、栗坂ノ丸)
※歩行距離:14.9km

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熊倉山・浅間峠(中)

【2015年5月6日(水)】熊倉山・浅間峠
三国山手前の931m標高点は巻いて、里の軍刀利神社への分岐を通過。
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ここから三国山まで、前回(2013年1月19日)来た時と同じルートを歩くことになるが、あの時は雪で真っ白だったので、「そうだ、ここ歩いたなあ」という感じが全くしない。
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と思っているうちに、あっけなく山頂に到着。
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前回はたいへんなラッセルだったが、今回は楽だった。
所要時間は1時間40分。コースタイムは2時間10分なので、一部ショートカットしたとは言え、上々の成績だ。実際、登りは健常時と同じくらいのスピードにまで回復したような気がする。下りはまだ7割くらいだろうか。

富士山は頂上だけが覗いていた(左端)。ほかの山々も多少霞んでいるが、まあまあ見える。
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権現山(1312m)と左手前に見えるアンテナのある山は雨降山(1177m)。
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奥は小金沢連嶺。
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久々の山岳展望といった感じがする。
季節の問題もあるが、ここのところ樹林に包まれた低山しか登っていないせいだろうか。

さすがにベンチに腰を下ろして、初めての休憩。
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直後に団体さんが登ってきて、「ああ、またやかましくなるな」と思っていたら、リーダーがみんなに「生藤山まであと200m! いいですか?」と葉っぱをかけて通過してくれた。

こちらは15分ほど休んで出発。
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この先は未知のルート。地形図を見る限り、アップダウンが激しい。
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1つ目のこぶに軍刀利神社の元社があった。
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ここは展望がきくが、もう富士山は隠れていた。
これは大室山(1588m、左)と道志山塊。
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単独男性がいて「今日はかすんで見えませんね」という。
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「さっきは頂上だけ見えていたんですけどね」と返す。

お参りして通過。
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もう1つこぶを越えていく。
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よく踏まれた道だ。
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そして、次のピークが熊倉山(966m)。この日の最高地点。
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眺望は南側のみ。丹沢山塊。
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ベンチがあったが、まだお腹が空いていないので通過。
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この先は標高差120mほどをだらだらと下る。
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登り返しは20mほど。
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851m標高点には、「坊主山」の山名板がぶらさがっていた。
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超ラッキー。頂上はこんな様子。
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途中、7本もの幹がある巨木を発見。
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しばらく小さなアップダウンが続く。
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新緑も見事である。
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879m標高点には「栗坂ノ丸」の表示。
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東京近郊の山はこうして小さな山にも名前があるし、表示もしてくれる。
それだけ山が生活と密着していたということだろう。

ここから下った鞍部が栗坂峠。
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かつては、ここを越える峠道もあったのだろう。今は横断する道の痕跡は見えない。
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次の881m標高点は巻いているのだが、山名板を期待して、登山道からはずれてみる。
この花の名前が分からない。
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ピークまで来たが、「南郷共益会所有地」の標識があるのみだった。残念。
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そのまま道のない尾根筋を通って、浅間峠へ。
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峠手前で登山道に合流。
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何か小さな植物を撮影しているハイカーがいた。元社の先では初めて会った人だった。

11:50、浅間峠に到着。三国山から1時間とちょっと。今度はほぼコースタイム通りだ。
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浅間峠はいかにも昔ながらの峠の雰囲気。標高は840mほど。
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二本杉の奥に小さな石の祠がある。
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道標は大正14年11月に建てられたもの。
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指差しの絵がかわいいが、右は「小宮戸倉ヲ経テ五日市ニ至ル」、左は「山梨縣ユズリ原村ヲ経テ上野原町ニ至ル」とある。
山梨県だけ県の名が出てくるところを見ると、東京都側の人が建てたのだろう。
地形図を見ると、戸倉は五日市市街地に近いところにあったが、小宮の名は見当たらなかった。

ここは武甲国境の稜線であり、峠は広いので昔は茶屋などもあったのではないか。
今は東屋がある。
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でも、私は外のベンチに腰掛け昼食。
サケと鶏の照り焼きのおにぎりに燻卵。
汗をかいて少し肌寒いので、ウインドシェルを着込む。

20分ほど休んで出発。
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と同時に上川乗方面から単独男性がやってきた。

この先のアップダウンはこれまでより緩やかだが、841m標高点にも877m標高点にも山名板はなく、がっかり。
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日原峠手前の917mピークは登山道通りに巻いてしまった。
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日原峠には浅間峠から40分ほどで到着。コースタイムは1時間なので、かなり早かった。
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飯豊縦走直後の三頭山(1531m)登山の際に来て以来。前回は2012年9月9日だったので、2年半ぶりだ。
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尾根道の中央に石仏がある。ということは、かつては峠を越える道だけで、尾根道がなかったのだろうか。
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難読地名の標識も前の通り。
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この「飲料水まで5分」の文句に惹かれ、ここで下山することにしたんだっけ。

(つづく)

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熊倉山・浅間峠(上)

【2015年5月6日(水)】熊倉山・浅間峠
本日は、明日の娘の誕生日を前倒しでやるというので、午後6時頃には帰宅しなければならない。
GW最終日。車で遠出すると帰りが渋滞に巻き込まれそうなので、電車で出かけることにした。
行き先は、以前から気になっていた。笹尾根の残り、三国山から日原峠までの区間。
バスの時間を調べてみると、なんとかうまく歩けそうだ。

上野原駅発8:30のバスに乗るためには、同駅着8:25の電車がある。
となると新所沢発6:54に乗ればいいが、5:30に目が覚めてしまったので、1本早い6:40発の電車に乗れた。
東村山、国分寺、高尾での乗り継ぎも順調。
高尾発の河口湖行きはそこそこ混んでいたが、ちゃんと座れた
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8:08に、上野原に着いてしまったので、1本早い8:10発の井戸行きバスに飛び乗った。
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この時期のバスは超混みと聞いていたが、お隣の鶴峠行きも満員ではなく、余裕で座れた。もう坪山(1103m)のヒカゲツツジも終わってしまったのだろう。

終点「井戸」の少し手前、「石楯尾神社前」で下車。
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ここでは10人ほどのハイカーが下りた。
上野原駅方面のバス停は平らなところにあって屋根もあるので、そこに移動して入念にストレッチ。
続いて入山前の参拝。
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ほかにもお参りしているグループがいた。
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境内には、夫婦杉や矢立石。
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この神社は、第12代景行天皇の40年、日本武尊が東征の折り、東国鎮護のため天磐楯(あめのいわたて)をこの地に鎮め、神武天皇を祀ったのが始まりという。

バス停の横に「生藤山⇒」の標識があり、みなそちらへ歩いて行ったので、私も一旦はそちらに歩き始めたのだが、登山口の位置がどうも、山と高原地図で見た私の記憶と違う。
もう一度確認してみると、やはり私の行きたいルートの登山口は神社の下からであった。
せっかく上がってきたのに、また下る。
参拝も含め10分も費やしてしまった。8:44発。

ここは上野原市かと思ったら、神奈川県相模原市(旧藤野町)だった。
まずは雰囲気のいい上岩の集落を通過していく。
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リアルなかかしにちょっとびっくり。
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振り返ると、権現山(1312m)が見えた。今日もいい天気である。
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雨が全く降らないものだから、この5連休は毎日歩かされてしまった。

集落が尽きると、道は林道っぽくなる。
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間もなく道は細くなり、山道に変わる。
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この道は生藤山(990m)に行くには遠回りなのであまり歩かれてないらしく、枯れ葉や枝が大量に落ちている。
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遠回りにもかかわらず、この道を選んだのは、稜線にある軍刃利神社に寄りたかったからだ。

しばらくは植林の中だが、地面には緑があふれている。
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557m標高点との鞍部に達すると、下岩方面への分岐があった。
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ここを左折して稜線を目指す。
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途中、小さな石仏に出くわす。
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この先、山と高原地図の実線ルートは稜線に出るまで、ずいぶん長くトラバースしているが、現地ではそれをショートカットする道が、しっかりした登山道としてある。
地図ロイドを確認しながら、短絡路を選択した。
すると、あっという間に稜線にのってしまった。かなり時間を節約できた。
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地形図ではここから尾根通しに進むように道が書かれてあるが、実際は右方向にどんどんトラバースしていく。
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あまりにこれが続くようなら道を間違っている可能性があるので戻ろうと思いつつ歩くと、道はかくんとヘアピンカーブして高度を上げ、再び尾根にのった。この道でよかったのだ。
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尾根にのると、いきなり富士山登場。4日ぶりの対面である。
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ここ、軍刃利神社の手前は桜のプロムナードということだったが、当然もう終わっている。
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南には大室山(1588m)や丹沢の山々が望めた。
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軍刃利神社は銀の鳥居。
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小さなお社の札には「軍刀神社」と書いてあるが、そういう言い方もするのか。
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神社の先の768m標高点には山名板があったらいいなあと期待していたら、祠のようなものが見える。
そして「蚕影神社⇒」の標識も。
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行ってみると、倒れかけた神社があったが、山名板はなかった。
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この先はほぼ平坦な道。
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すぐ先の佐野川峠で同じバスだった人をぬかす。
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近道を通ってきた人よりも早いとは、私の足もずいぶん回復したものだ。

石仏が峠を見守っている。
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ここからやや傾斜が出てくる。
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と思ったら、また平らな道がしばらく続く。
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すぐに甘草水への分岐。
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ちょうど西側が開けており、ベンチがあった。
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あれは御正体山(1682m)か。
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甘草水は登山道をはずれて100m。
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どんどん下ったりする100mはいやだが、ほとんど標高差がなさそうなので行ってみた。
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ここにも日本武尊の伝説がある。東征の折り、三国峠で軍勢とともに一息ついたが、山上とて水もないので、武尊が岩に鉾を突き立てたところ、たちまち清水が湧き出したという。
全国あちこちにありそうな話だ。

だからと言って、不浄な行為(立小便とか?)はしてはいけない。
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しかし「霊験改た」とは言わないなあ。たぶん「霊験あらたか」を誤って覚えているんだろうなあ。

山と高原地図には「飲用不可」と書いてあるが、現地には何も注意書きがなかったので、一口いただいた。
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おいしかった。あとあとお腹が痛くなったりもしなかった。

分岐まで戻る。
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前方を単独の男性が歩いている。
どんどん近づいていき、間近に迫った時にやっと私の存在に気付いたのか、「ああ、びっくりした」と驚かれた。
私はそんな音も立てずに近づいたわけじゃない。
山では、注意深く歩いていてほしいなあ。

(つづく)
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黒山・岩茸石山(下)

【2015年5月5日(火)】黒山・岩茸石山
黒山(842m)から1時間5分で、名坂峠に到着した。かなり早いと思う。
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岩茸石山(793m)は登ったことがあるので、このまま上成木方面に下ってもいいのだが、やはり歩いた道をつなげるため、わざわざこの急坂を登る。
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先行のハイカーをぬかすと、展望のいい斜面に出た。
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左奥が棒ノ嶺(969m)。そこから右へ連なる尾根がさっき歩いたところだ。
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峠から7分で駆け上がり、岩茸石山に登頂。
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もう午後2時半を過ぎて、いい時間だが、さすがに近郊の山だけあって、まだハイカーがのんびりしている。
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ここは北面の視界が開けている。これは高水山(759m)。
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北東方面。
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北面、奥武蔵の山並み。
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さっきも見えた棒ノ嶺(左)と右奥のなだらかな山頂は武川岳(1052m)。
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川苔山(1363m)。
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有間山方面。
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左は本仁田山(1225m)。右奥は雲取山(2017m)。
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だぶり承知で、棒ノ嶺(右)から有間山。右手前は常盤尾根。
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中央奥は六ツ石山(1479m)か。
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再度、北西方面の全景。
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頂上付近の新緑。
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遅ればせながら三角点。
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さて、20分も休んだので、出発しますか。気づいたら誰もいなくなっていた。
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さっきの急坂を今度は下る。
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名坂峠は右に下る。
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植林の中に時々、雑木林が混じる。
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あまり歩かれていないのか、道はあまりよくない。
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沢に沿って石垣が出てきた。
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もしかしてと思ったら、やはりワサビ田の跡だった。
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こんな山奥にも人の営みがあった時代はあるのだ。
いつごろまで現役だったのだろう。
意外に平成になる頃はまだ生きていたのかもしれない。

巨岩もあちこちに目につく。
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これは「切石」という名が付いている。見たまんまだ。
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橋や桟橋を渡って、さらに下る。
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この岩も名前がありそうだと思ったら、「籠石」だった。あまり籠には見えないが。
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こちらに行くと、升が滝だそうだが、どのくらい歩けば着くのか分からないので、今回は見送り。
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ちょっと怖い斜めの橋を下る。
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あれは障子ヶ滝というらしい。
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特定できず。
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だいぶ下ってきたところに取水所発見。
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この石垣は道路普請によるもの。
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極指の集落が見えてきた。
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すばらしい山村のたたずまいである。
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あとは舗装道路を上成木に向かって歩く。
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成木川上流部。
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極指から15分ほどで出発地点に戻ってきた。
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車は駐車違反の警告を貼られることもなく、無事だった。
出発が遅くなったが、午後4時前に戻って来られてよかった。
コースタイムよりかなり早く歩けるようになって、うれしい。

さあ、風呂だ。来るときにあたりを付けておいた宿に向かう。
岩蔵温泉の司翠館である。
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ここに書いてある「入浴のみ700円」の表示を見逃さなかった。

ごめんください。
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700円払ってお風呂へ。
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約20℃の源泉は青梅市の史跡に指定されているらしい。
気泡のある鉱泉を独占状態で満喫した。

まわりにはもうつぶれた旅館もあった。
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入間市の茶畑を経由して帰途につく。
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揮毫は現首相のお父君・安倍晋太郎。

この碑のあるところには、はらや子育地蔵尊が祀られていた。
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地蔵の背に宝暦五年(1708年)「廿六夜待供養」と書かれており、旧中神村の念仏講の信者により設置されたものとされる。子育てにご利益があるとのことで、今も近在の信仰を集めている。
説明板は「はら野(の)」とあるが、扁額には「はらや」とあり、「はらや」が正しいようだ。

もう一つ石碑がある。中神の百万遍供養塔道標である。
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こちらは旧中神村の住民が寛政五年(1793年)に建立したもの。
ここは旧青梅街道と川越に行く道が交差する「原谷の辻」と呼ばれる場所。
道標には「西 阿ふ免(青梅)みたけ(御岳) やがぬき(谷ヶ貫)、子ノごんげん(子ノ権現)」「東 あふきまちや(扇町屋)川越」「南 二本木大山」とある。
「二本木」とは横浜の二本木、大山は丹沢の大山を指すのであろうか。

というわけで、5連休4日目の山行は終了。
いきなり飯買い忘れというミスを犯してしまったが、事なきを得てよかった。

【行程】2015年5月5日(火)
上成木(10:28)~小沢峠(10:53)~長久保山(11:45)~常盤峠(12:13)~馬乗馬場(12:21)~黒山(12:34昼食12:50)~権次入峠(13:05撮影13:08)~黒山(13:20)~雨沢山(13:37)~名坂峠(14:25)~岩茸石山(14:32休憩・撮影14:52)~林道常盤線入口(15:31)~上成木(15:47)
※所要時間:5時間19分(歩行時間:4時間40分)コースタイム:5時間40分。
※登った山:6座(うち新規5座:長久保山、黒山、雨沢山、常盤ノ前山、コシゴエ山)
※歩行距離:12.5km
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黒山・岩茸石山(中)

【2015年5月5日(火)】黒山・岩茸石山
長久保山(689m)の先でこの日初めてのハイカーとすれ違った。
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しばらく平らな道が続く。
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この看板が結構目についた。
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むむ、また常盤山の表示だが、次の776m標高点のことだろうか。
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その手前に760mほどのピークがあり、ベンチがあったので小休止。
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ここから北東に顕著な尾根がのびており、「大松閣」への道標があった。
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地形図にも山と高原地図にも道は記載されていないが、行けるようだ。
名栗温泉の大松閣は日帰り入浴ができる旨、山と高原地図に書かれてあったが、HPで見ると、日帰り入浴は食事付きのプランしかないようだったので、そちらに下りるコースは考えなかった。

3分ほどで出発。なお平らだが、大きな岩が目立ち始めた。
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林道が左から尾根まで登って来たところに、常盤峠の表示があった。
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常盤御前の伝説に基づくらしい。

ということは、やはり常盤山はこのすぐ上にある776m標高点のことか。
行ってみたが、またも山名板なし。
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しかし、山と高原地図では、ここのことを「馬乗馬場」と書いてある。
別名なのだろうか。

ここを下って広い平らな場所に出ると、今度はそこに「馬乗馬場」の標識がしつこいくらい出ていた。
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確かに「馬場」という地名からして、ピークの名称ではなく、平坦地の名称だろう。
ただ、標高が近くのピーク776m標高点より高いのが解せない。
この説明を書いた人のGPSの誤差だろうか。

さて、黒山への最後の登り。
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黒山まで600mとあるが、これは完全な間違いだ。
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もう100mほどしかない。

岩場も通過して、あとひと踏ん張り。
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12時半すぎ、上成木からは2時間ちょっとで黒山に登頂。
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しかし、この標識の裏に回って愕然。
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なんと常盤山と書いてあるではないか。常盤山とは黒山の別名だったのだ。
1つ「登った山」を儲けたと思っていたのは、とんだぬか喜びだった。

ここまでは超マイナーコースだったが、黒山は棒ノ嶺(969m)から岩水三山に縦走するコースになっているので、それなりに登山者がいた。
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頂上からは、木々の間に大岳山(1267m)。
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高水山(759m)。
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三角点も見落としてはならない。
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取りあえず、私もベンチに座って昼食。相も変わらず、おにぎり2個だ。

ぺろりと平らげ、15分ほどで出発。
歩いた道をつなげるため、棒ノ嶺方面の権次入(ごんじり)峠までピストンする。
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まずは急な階段を下る。
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100mほどで平坦なヤセ尾根となる。
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この先はゆるやかな登り。わりと調子がいいので、軽快な足取りだ。
峠の直前は急坂。
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峠直下にレリーフがあった。
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トレランの高橋香さんの慰霊碑だった。
トレランをやらない私には知らない方だったが、調べてみると、2007年5月の東京トレイル・ラン100kmに出場中、心不全で亡くなったそうだ。
ここがその現場なのだろう。静かに手を合わせて通過する。

権次入峠には黒山から15分で到着。コースタイムは30分だから半分だ。
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ここにも結構、人がいて休んでいた。棒ノ嶺はやはり人気の山だ。
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奥武蔵の峰々の展望も得られた。
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さて、風景もカメラに納めたので、棒ノ嶺には行かずに引き返す。
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復路も早足だ。
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黒山には12分で戻ってきた。コースタイムは20分。この数字はちょっと甘すぎかもしれない。
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ここで右折して、岩茸石山(793m)に向かう。
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この先は関東ふれあいの道で常盤尾根とも呼ばれる。
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正面は841mピークか。
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ミツバツツジが見ごろ。
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この手書きの表示に胸ときめかす。
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また、地図に載っていない山があるようだ。ありがたい。

でもたどり着いたピークには、逆川ノ丸(850m)とあった。
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地形図では841mとなっている地点だ。何ともまぎらわしい。
それに、逆川ノ丸と前山は同一の山なのだろうか。
いずれにしても1つ儲けたことには変わりないのだが。

と思っていたら、すぐ先に別の表示が。
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こちらには841mとあるので、やはり地形図の表記が正しいのだろう。

それよりもこれ。この標識の柱をよく見ると「雨沢山」と書かれている。
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どうやら、逆川ノ丸の別名は雨沢山のようだ。そうすると、前山というのはまた別にあるのか。
首をかしげながら歩いていると、なんと3分もたたないうちに、この標識が現れた。
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ここはほとんどピークと呼べるような場所でないのだが、ここから道は90度曲がって、がくんと坂を下りる。
そういう場所にピーク名があることはよくあるので、ありがたく受け入れることにする。
何もないと思っていた常盤尾根で2座稼いでしまった。

ここから下ったところに「奥・常盤屋敷」という、またまた手書きの標識があった。
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こんな斜面に屋敷があったとも思えないのだが、このあたりは常盤御前の伝説がいろいろとあるようだ。
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右手にわずかに展望の開ける場所があった。
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正面に大岳山(1267m、左)と御前山(1405m、右)が見える。
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それぞれアップにしてみる。
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眼下には大丹波の集落。
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延々と植林の中を進む。
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ときおり、岩を乗り越え、ツツジや新緑を愛で。
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おお、先行者に追いついた。今日はやはり足の調子がいい。
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(つづく)

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黒山・岩茸石山(上)

【2015年5月5日(火)】黒山・岩茸石山
5連休だが、泊りがけで縦走できるほど足首が回復しているとも思えないし、どこの山小屋も混んでいるだろうから、日帰り山行を繰り返している。
この日は、棒ノ嶺(969m)から岩茸石山(793m)への稜線。
この区間がつながっていないことが、なぜかずっと気にかかっており、この際行ってしまうことにした。
バスを利用すれば、いろんなコース取りができるのだが、この日も息子に自転車を明け渡さなければならず、マイカー登山なのでそうもいかない。
結局、上成木発で小沢峠、黒山、岩茸石山を回って戻ってくる周回コースにした。

家を8時半くらいに出発し、帰りに寄る予定の岩蔵温泉を下見がてら経由し、都道53号線(成木街道)を成木川に沿って遡る。
結構楽しいドライブだった。
ちょっと不安だったのが、車を止める場所。
最悪、ちょっと戻って八幡神社の脇にでも止めればいいやと思っていたら、まさに上成木付近で釣りの大会が開かれている。
車がかなり入っており、パトカーまでいる。
これはまずいと思ったが、常福寺の奥に路駐している車が数台あったので、その先に止めることにした。
駐車禁止ではないので大丈夫だろう。

さあて出発!と思って、愕然。
あ、昼飯買ってくるの忘れた!
この前忘れた時は、ザックの中にういろうが入っていたが、今回は空っぽ。
さすがにこのまま水だけで歩くわけにはいかない。

さて困った。釣りの大会ということで、露店みたいのが出てないかと、ちょっと歩いて戻ってみた。
上成木のバス停。
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そば屋が空いていたので、おにぎりでも出してもらえないかと、「なんか持ち帰りできるものあります?」と聞いたら、「そばは持っていけないねえ」との返事。
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休憩所みたいな建物があったので入ってみたら、管理人らしき人が「ここはただの休憩所で何も売っていないんですよ~」と申し訳なさそうに言う。

う~む、やはり現地調達は無理だ。
ここは、もう時間の無駄になるが、直近のコンビニまで戻るしかない。
成木街道にはなかったので、榎峠を越えて、青梅街道に出る必要がある。
全く何やってんだか。
峠を越えると軍畑駅。すこし青梅方面に戻ったところにあるセブンイレブンでおにぎりを購入。
再び上成木に戻ったら、10時半前。
30分弱のロスで済んだのは幸いだったか。

この間、路駐していた車はさらに増えていたが、まだ置けるスペースはあったので、何とか割り込む。
で、そそくさと出発。
左手は高水山(常福院)への登山口。
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右手には、立派な蔵のある民家が続く。
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かなり細くなった成木川。
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斜面の小さな畑では、GWにかかわらず農作業にいそしむ方の姿が見られた。
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寛政十二年(1800年)に建立された順禮(巡礼)供養塔。
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出羽三山に加え、西国、坂東、秩父(の各三十三か所)も含まれており、かなり欲張りだ。

裏は道しるべとなっており、「西 日原 甲州 道」とある。
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日原へは名坂峠への道、甲州は小沢峠を越えていく道を指していたのだろうか。

この横で石仏に見守られながら、軽くストレッチ。
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このあたりは峠の入口だけあって、石仏が多い。
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成木川を渡り、小沢トンネル手前のカード下をくぐる。
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小沢トンネルまで登ってくると、眼下に上成木の集落が見下ろせる。
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トンネルの手前には巨大な「小沢峠」の石碑があった。
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トンネルの開通を記念して昭和49年6月に建立されたもののようだ。

旧道を登っていくと、まもなく車道は途絶えてしまう。
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登山道と林業用の作業道が入り組んでいて、峠への道がよく分からないので、鞍部に向け、植林の中を直登することにする。
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すると、そこがやはり小沢峠だったが、作業道を素直にたどっても来られたようだ。
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ここは5月10日に行われるトレラン大会のコースになっているらしい。
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この表示があちこちに貼ってあった。

ベンチと小さな石の祠がある。
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古い街道の峠なのだから、もう少し風情があるかと思ったら、植林の中の単なる鞍部という印象で、やや拍子抜けした。

道標にある細田・安楽寺方面への道は「山と高原地図」には載っていないが、しっかりとした踏み跡はある。
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細田とは、以前大仁田山(506m)に登った時に立ち寄った飯能市の山間集落、安楽寺はこの成木尾根の東端にある寺院だから、この尾根道はずっと歩けるみたいだ。

私は左折して、逆の棒ノ嶺方面に向かう。いきなりの急登だ。
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ふと、その階段に「長久保山 45分」とマジックで書かれているのを発見。
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これは地形図にも、山と高原地図にも載っていない山だ。やった! ひとつ得したぞ。

しかも次の段には「常盤山 2H」とある。こりゃ、もうかり過ぎだ。
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ここから2時間となると、黒山(842m)より、少し先ということになる。
て、ことは権次入峠の手前の小さなピークに、常盤山という名が付いているということだろうか。
しかし、一番肝心の「黒山」への記載がないことに一抹の不審を覚えたが、あまり深くは考えなかった。

土が流され、大変なことになっている。
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こういう情報も提供していただいた。
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456m標高点を越えると、しばし平坦な道。
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しかし、その後もぐいぐい標高差100mを登っていく。
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550mのこぶを越えた先の鞍部に石の祠が祀ってあった。
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そのかたわらに熊野大権現の石碑。建立は寛政十一年(1799年)である。
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ここに峠道があった必然性はあまりないので、この尾根道自体が生活道だった可能性がある。

さらに標高差100mの登りが続く。
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途中に、大山祇命の石碑。こちらは大正八年だ。
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641m標高点はなだらかなピーク。
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この先で若干、展望が開けた。左のピークは岩茸石山(793m)だ。
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こちらは多分、これから登る689mピーク。
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道は尾根の左側をトラバースしていく。
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そしてラストの一直線の登り。
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689m標高点に到着。
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とくに何の山名板もなかったが、所要時間からして、ここが長久保山なのだろう。

(つづく)
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ユガテ・物見山(下)

【2015年5月3日(日)】ユガテ・物見山
奥武蔵。物見山から下山中。
中野集落に入った。
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これは山と高原地図にも載っている民宿啓明荘。
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こういう近場の何でもない民宿に用もなく泊まるのが夢だが、貧乏性の私は一生そういうことができそうにない。

ここの猫かな。
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実は、小字の中野、土山がある大字権現堂は、奥武蔵の主稜線の南側にあるのに飯能市ではなく毛呂山町。
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このエリアだけなぜか、毛呂山町が稜線を越えて出っ張っている。
理由は調べ切れていない。

林道を下ったところに遊歩道の道標があったので、それに従う。
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ここから五常の滝が近いが、遠回りになるので今回は見送る。
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少し歩くと、すぐさっきの林道に出る。
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さて、この先が分かりにくい。
ここ土山集落から深沢山(コワタ)を経て白子集落に下るつもりだが、山と高原地図でもこの先わずかの区間だけ、破線になっている。

道はここで行き止まりだが、このまま先に通じているヤブの細道に侵入していいものか。
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地図ロイドとも相談しながら、とりあえず直進。

間もなく、踏み跡もしっかりしてきたので間違いないようだ。
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引き続き、心もとない道を進むと、やっと道標が出てきて、ひと安心。
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やや、深沢山と愛宕山は山と高原地図にも載っているが、水晶山は初耳。
これまた、1つ登った山を稼ぐことができそうだ。

武蔵横手駅への道を左に分ける。
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しばらくは標高320m前後のなだらかな道。
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間もなく、標高約350mの深沢山。
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杉木立の中で全く展望はきかない。

この先は標高差50mほどの急な下り。ロープがかかっていたほど。
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その後はまた平坦。
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なぜ、こんなに大量の糞がここに集められているのか。
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ここに山の名がどうしてついているのか分からないような平坦なところにある水晶山。標高は310mくらい。
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作業道と合流。
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さて、最後7座目の愛宕山へも急な登り。
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頭上を電線が激しく交差する。
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もう、ひと登り。
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愛宕山は標高250mほど。
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その名の通り、登場には愛宕神社が祀られている。
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ここでしばし休憩。余ったパンをかじる。
今日は標高こそ高くないが、アップダウンの道をかなり歩いて、足も疲労している。
もうひとふんばりだ。

西へ急坂を下って、鉄塔の下に出ると、いきなり開ける。
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栗林を抜けていくと、長念寺の大きな分譲墓地。
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それを横切り、境内に入る。
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鐘楼の下のベンチでまた、ひと休み。杖をしまう。
そして、水道で顔を洗う。
長念寺は鎌倉末期ごろの創建と考えられるという。

韋駄天の像と「願昇」の文字が浮き彫りにされた素焼きの円盤がたくさん奉納されていた。
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観音堂に韋駄天像が安置されていることにちなみ、「願い事が韋駄天とともに天に昇って叶えられますよう」との祈りを込めて、住職が考案したものだという。

その観音堂。
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こちらは本堂。
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長念寺は武蔵野三十三観音霊場の第二十九番札所。
国道沿いにある。
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さて、ここからしばらく国道歩きになるが、せっかくなので旧道を行く。
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なんとも言えない味わいがある。
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入間川も近い。
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木材の加工場もあった。
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新道に出た。鳥居が立つ岩に萩の花が咲いている。
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愛宕山を振り返る。
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入間川の上をレッドアロー号が駆け抜けて行く。
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新道沿いにも傾きかけた空き家が残る。
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この国道歩きが結構きつく、久々に片足を引きずるような形になった。
午後4時すぎ、やっと吾那神社に到着。
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軽く渋滞に巻き込まれながらも、5時すぎに帰宅。
早速、風呂に。
この時、足首を冷やそうと冷水にしばらくつけておいたのが良くなかった。
足首が完全に硬直してしまい、ほとんど曲がらなくなってしまった。
この時は久々に長く歩きすぎた、無理してしまったのだと思い、夜中も翌朝も必死でマッサージしたら、なんとか歩けそうだったので、翌日は娘との約束通り、鎌北湖へ行けた。

翌日はそれほどハードではなかったのに、やはり足首が固くなってしまった。
もしや冷水のせいかと思い、その翌日つまり5日は冷水をやめたら、わりと歩いたのに異変は起きなかった。
原因は冷水だったと判明。以後はしていない。

というわけで、骨折後最多の7座に登頂した1日だった。

【行程】2015年5月3日(日)
吾那神社(10:01参拝・体操10:11)~雨乞塚(10:45)~橋本山(10:55休憩11:00)~ユガテ(11:20)~エビガ坂(11:40)~スカリ山(11:56昼食12:10)~北向地蔵(12:28撮影等12:33)~物見山(13:04)~小瀬名(13:20)~土山下(13:50)~深沢山(14:21休憩14:33)~水晶山(14:43)~愛宕山(14:58休憩15:00)~長念寺(15:29撮影15:36)~吾那神社(16:02)
※所要時間:6時間1分(歩行時間:5時間12分)
※登った山:7座(雨乞塚、橋本山、スカリ山、物見山、深沢山、水晶山、愛宕山)
※歩行距離:12.3km

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ユガテ・物見山(中)

【2015年5月3日(日)】ユガテ・物見山
ユガテに来ている。
その名の由来については以下のような説があるらしい。
①昔々、この地と草津の地で、毎年ジャンケンをして勝った方に湯が出た。ところが、ある年から負け続けて、湯の確保ができなくなった。ジャンケンに勝って湯が出るようにと祈って、「湯勝手」⇒「湯ヶ手」⇒「ユガテ」になった。
②ここでは昔、湯がたくさん湧いていたが、ある年、湯が天に昇ってしまい、出なくなった。それで「湯が天」が「ユガテ」となった。
③かつては天に届くほど湯が湧いていたので。
など。どれも湯に関係あるが、いずれもこじつけのように思う。

現在は2軒の農家が暮らしている。
ハイカー相手の商売をあからさまにやったりしないところが雰囲気を保っている理由だろうか。
再び登山道に入る。
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これは何でしたっけ。
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いったん林道を横断。
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エビガ坂に向かって登る。
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エビガ坂は飯能市と毛呂山町を隔てる峠。
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これを越えると鎌北湖に下る。

当方はとりあえず右折して北向地蔵に向かう。
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巻き道は行かず、急な尾根に取り付く。
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スカリ山(435m)への登りだ。
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標高差は40mほど。
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登り切ると、平坦な尾根。
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ツツジがきれいに咲いている。
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巨岩も姿を現した。
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スカリ山にはベンチがあり、先客のおじさんがお昼を食べていた。
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こちらは、まずは撮影。
越上山(567m)方面。
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その左と右。
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毛呂山町の市街地。
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私も隣のベンチに腰を下ろして昼食。時間もちょうどお昼だ。
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朝は御飯だったので、今日はスイーツ系のパンにした。
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15分ほどで出発。
次の小さなピークを経由して、急坂を下ると、林道に出る。
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ここから北向地蔵までは林道歩き。
沿道にはシャガが咲き乱れている。
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ほどなく到着。
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手抜きで申し訳ないが、由来はこの通り。
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さっそく手を合わせる。
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さて、これからどうするか。すぐ上の休憩スペースまで登り、ベンチに腰掛けて思案。
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当初の予定では、元気なら鎌北湖まで下り、別ルートで物見山(375m)まで登り返して、白子に下るつもりだったが、足に疲労が出ている。
無理せず、まっすぐ物見山に向かうことにしよう。
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途中の道しるべには、こう書いてある。
「右 中野横手、正 大谷木毛呂、左 小瀬名駒高」
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下に「方面」などという表現を使っているところを見ると、かなり新しいものだ。
昭和に入ってからの建立だろう。

再び林道を横断し、激しい切通しの道に分け入っていく。
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この先は歩きやすい道が続く。406mピークを南に巻く道だ。
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ここを車が走ってきて、びっくり。
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地元の方だろうか。行政関係には見えなかった。

小瀬名集落からの道の合流点には山菜の無料販売所が展開していた。
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さすがに手頃なハイキングコースだけに、家族連れもよく見かける。
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間もなく、物見山頂への道と巻き道との分岐。
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すぐ頂上に着いた。大勢の人が休んでいた。
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さすが、高麗駅からも武蔵横手駅からも手軽に来られるピークだけある。

こんな状態では気が休まらないので、すぐに通過。
一応、短距離でもピストンにならないよう、日和田山(305m)方面に下りて、巻き道に合流したら、小瀬名方面に引き返す。
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ここからしばらくは、さっき通った道だ。
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と思ったが、尾根道があった。
確か、その道にベンチがあったはずなので、そこで休憩しようと思ったが、先客あり。
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諦めて巻き道に戻る。

小瀬名集落への分岐で、地図を見ながら思案している家族連れがいたので、「どちらへいらっしゃいます?」と声をかけた。
「この小瀬名ってとこを通って、五常の滝に行きたいんですが」
「ああ、じゃあ、こちらで大丈夫ですよ。私も行きますので」
と言って分岐を左に。
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さっき歩いた道を右上に見て、徐々に下っていく。

尾根を回り込んだところに、馬頭観音があった。
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「仁和寺宮直院家」と刻んである。
調べてみると、「仁和寺宮」とは伏見宮邦家親王の第8皇子で、安政5年、仁孝天皇の猶子となり、仁和寺第30世の門跡に就任した。
しかし、慶応3年、還俗を命じられ、仁和寺宮嘉彰親王と名乗る。
戊辰戦争では官軍の指揮を執り、西南戦争にも出征した。
日清戦争では征清大総督に任じられた皇族軍人である(明治15年、小松宮嘉仁親王に改称)。
直院家の意味がよく分からないが、この付近に小松宮が何か関係しているのだろうか。
左には「江浅大護八十七翁」とある。彫り師の氏名と年齢だろうか。

まもなく小瀬名に出た。ここには民家が2軒しかない。
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古びた井戸ポンプ。
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「日の出」とメーカー名?が書いてあるが、わりとあちこちで見る。
現存している会社なのかどうかは確認できなかった。

ここには立派な石垣があり、きれいな花も咲いていた。
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その石垣の前をすり抜けていく。
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遠く丹沢方面まで見渡せ、眺望は抜群。
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斜面に切り開かれた小さな畑が山村の情緒を醸し出している。
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ここから一気に標高100mほど下る。
下りきった場所に、今年4月15日に北向地蔵付近でクマの足跡が発見されたとの警告があった。
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(つづく)
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ユガテ・物見山(上)

【2015年5月3日(日)】ユガテ・物見山
この春就職した娘が「五月病になりそ~」と元気がない。
研修先が自宅からあまりに遠く、毎日の通勤に疲れている様子。
それでも、GWは4連休だそうなので、「気分転換にハイキングにでも行くかい?」と誘ってみた。「平らなとこなら」とのことなので、近場で適当なコースを探してみた。
奥武蔵の地図を眺めていると、ユガテの名が目に飛び込んできた。
桃源郷のように言われる有名なところだが、まだ行ったことがない。
ここいいかもと思ったが、少し標高差がある。
ちょっと娘との散歩にはきついかな、と諦めたが、自分自身が行きたくなり、行ってしまうことにした。
娘との約束は5月4日なので、また別のコースを後で考えよう。

というわけで、東吾野駅からユガテに登り、そこからエビガ坂、スカリ山、北向地蔵を経て鎌北湖に下り、物見山経由で引き返してくるロングコースを設定。
もしきつかったら、鎌北湖は省略すればいい。
そんな感じで行程は固まった。

東吾野駅から登山口はすぐなので、電車で行けばいいのだが、GWで里帰りしている息子が昨夜、私の自転車を使って飲みに行ったまま帰ってこない。
どうせ朝まで飲んで、友達の家に転がり込んでいるのだろう。
自宅から新所沢駅まで20分も歩くのは面倒なので、車で行くことにした。
幸い、山と高原地図には東吾野駅前に駐車場マークが記載されている。
GWではあるが、ほとんどのハイカーは電車で行くだろうから、多分大丈夫だろう。

家を出た途端に、いつもより車が多いことを実感。
国道299号バイパスでは早くも渋滞が始まったので、裏道に入り、わざと飯能市街を抜けて、吾野方面に向かう。
滝不動近辺で少し滞り、その先もゆっくり気味。
秩父・羊山公園の芝桜目当ての方々がかなり多そうだ。

東吾野に着くのに、結局1時間半かかってしまった。
しかも、駅前の駐車場というのは、みな月極め。なんだ、あの情報は!
ただ、そんなこともありうると予想していたので、そんなにあわてない。
登山口である吾那(あがな)神社の横、国道沿いに駐車スペースを見つけておいたので、そこに移動。
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手早く準備をして歩き始めたら、すこし上に神社用と思われる駐車場があったので、車をそこに移す。これで憂いはない。
まずは、神社に安全祈願の参拝だ。
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この神社はもともと熊野神社と号し、西側の谷にある平戸村、虎秀村の鎮守であったが、室町時代の15世紀半ばに現在地に社殿を造営して、遷座したものという。
明治44年、近在の八社を、さらに大正4年に白鬚神社を合祀した際に、吾那神社に名を改めたのだそうだ。
吾野は古くは我野、我那、吾那保などとも呼ばれたらしく、古い言い方を採用したようだ。

ここでストレッチも済ませ、10時過ぎに出発する。
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登山道は神社の脇をすり抜けていく。
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もうタンポポが綿帽子に。
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少し登ると、東吾野駅周辺の集落を見下ろすことできる。
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ちょうど西武線の電車がやってきた。
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このあたりは昔から林業が盛んなところだ。
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最初はつづら折り。
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西に見えるのは多分、大高山(493m)。
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道は植林帯へと入っていく。
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かなり急な登りも出現。
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ロープまで出てきた。
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最初のピークは272.5m。国道は約 140mなので130mほど登ってきた。
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すぐ先の鉄塔のところで展望が開けた。これは北向地蔵方面。
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中央のピークは多分、武甲山(1304m)。
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大高山。
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今日、最後に登る予定の愛宕山(約250m)。
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しばらく進むと、福徳寺の方に下る道との分岐。
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ここに役に立つイラスト地図が貼ってあった。
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この先に、地図に記載されていない「雨乞塚」「橋本山」というピークがあるようだ。
これで2座も得してしまう。ありがたいことだ。

まずは雨乞塚(289m)を目指して、引き続き植林の中を行く。
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雨乞塚は尾根道から外れたところにあるが、分岐がしっかりしていたので迷うことはなかった。
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展望はゼロ。
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すぐに引き返す。
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マイナーコースではあるが、ユガテへの道だけあって、しっかり路面は踏まれている。
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橋本山(321m)へは時間節約のため男坂を登る。
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あっという間に山頂に着いてしまった。
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いい眺めなので、丸太のベンチに腰を下ろして、しばし休憩。
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飯能アルプス。右のピークは天覚山(446m)
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秩父方面の山並み。
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核心部をアップに。
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右が武甲山。その左下に武川山(1052m)。その手前は伊豆ヶ岳(851m)。

5分ほどで出発。
しばらくなだらかな尾根道を歩く。
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ユガテの直前で廃道化した林道に合流。
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この先は「ひきゃく道」というらしい。
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「西川木楽会」という木工?の作業所の前で、立派なシイタケが売られていた。
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このまま進むと、いろんなところへ行けそうだ。
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開けた場所がユガテ。
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確かにのどかないいところだが、「桃源郷」という評判はやや大げさのような気がする。
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木陰にベンチがあり、立派な標識も立っていた。
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かわいいトイレもある。
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休憩したいところだが、ベンチが埋まっているので通過。
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菜の花畑を横目に歩を進める。
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のらぼう菜が100円。
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角を左折。
CIMG6998.jpg

お花畑を通り抜けていく。
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柑橘系も大きく実っていた。
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坂を登ってユガテとも早くもおさらばである。
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(つづく)
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