山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

釈迦ヶ岳(上)

【2014年4月12日(土)】釈迦ヶ岳
前夜の飲み会のせいで朝5時には起きられず、予定していた大山三峰は断念。
かねて検討していた釈迦ヶ岳8の字コースに出かけることにした。
6:50に起床して、7:19に車で出発。
さすがにこの時間になると中央道も交通量が多い。
天気はまずまずである。

高速は一宮御坂ICで下りて、国道137号を御坂峠方面に向かう。
上黒駒から林道の入口は分かりにくく、一度通り過ぎたが、すぐ軌道修正できた。
林道の入口には鳥獣よけのゲートがあった。
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これを抜けて進むとまもなく檜峯神社の鳥居が現れる。
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この林道は神社への参道のようなもので、ずっとコンクリート舗装されていた。

この道がまた案外長く、登山口の神社に着いたのは9時半を過ぎていた。
ここで標高はすでに1100mある。
神社には10台近く駐められる駐車場あったが、一番上の段は満車だったので、下の段に移動。
本日のお客さんは10数台というところか。案外人気がある。

体操を済ませ、せっかく神社があるのに安全祈願もせずに、9:42出発。
ちょうど着いた時に行列して登っていった道をたどる。
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これが実は間違いのもとだった。

この道は林道もどきのような道で、道標がない。
とりあえずの行き先である、トビス峠に向かいたいのだが、出てくる案内はこんなのばかり。
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とにかく直進し続けたが、そのうち林道が涸れ沢を渡る場所に至った。
このあたりの谷は広く、どうもつかみ所がないが、まっすぐ登れば、尾根に出るのは間違いないので、不明瞭な踏み跡をたどっていく。
そのうち、ますます道がわからなくなった。

手がかりになりそうな赤テープは登山道としてはありえない雪渓を登っている。
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どうもおかしいので、右手の木々の向こうに透けて見えた低い稜線を目指し、急斜面を登る。
稜線に出てやっと、電波がつながり、地図ロイドで現在地が表示できたので、見てみると目的のトビス峠よりもかなり先に来ている。
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さっきの林道をそのまま行けばよかったのかもしれない。

ここを左折して神座山に向かった方が、もちろん時間の節約になるのだが、どうせ近いのだからトビス峠まで戻ってみることにした。
標高差で約30m、4分下って峠に着いた。
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峠の名前の書いた標識があったので来た甲斐があった。
漢字にすると「鳶巣」と書くようだ。
ここを直進(北進)すると大栃山に至る。

大木の根元に小さな石仏がたたずんでいた。
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さて引き返す、というか神座山に向かう。
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この往復で10分ほどのロスとなった。

神座山への道は急坂となだらかな道の繰り返し。
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右手には木々のすき間から南アルプスが見える。
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左手には、尖った釈迦ヶ岳(1641m)。
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途中、団体さんとすれ違ってびっくり。30人くらいいた。
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随分待たされた。

神座山(1474m)には10:43着。神社からちょうど1時間。ロス時間があったのにコースタイムより20分も早かった。
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それにしても、この山名標は遠慮がち。主役はあくまで釈迦ヶ岳のようだ。

頂上には木が生い茂っているが、かがんだり、背伸びをしたりすると、いろいろ見える。
まず南面に富士山。
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東には釈迦ヶ岳。
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右のまるい山頂は御坂黒岳(1793m)。

行動食のチョコを2個食べて、撮影しながら8分ほど立ち休み。
さっきの道間違いによる急斜面登りのせいで、早くも足に疲労がきている。大丈夫だろうか。とにかく出発。

ここからアップダウンが結構あり、釈迦ヶ岳までは1時間半とのこと。
地形図を見ながら、きっちりとたどる。
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わずかな登りが結構つらい。

北斜面にはまだ、ところどころ斑状に残雪がある。
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道は解けた雪の下から、落ち葉のじゅうたんが出てきて、晩秋の雰囲気。
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釈迦ヶ岳の手前の1522mピークには、神座山から30分ちょっとで到着。
ひそかに山名板がないかと期待したが、残念だった。
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ここから正面に釈迦ヶ岳頂上付近の岩壁が望めた。
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クライミングをする人はいるのだろうか。

ここから上芦川分岐まで標高差50mほど下る。
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釈迦ヶ岳までは標高差170mを登り返す。しかも尖った三角錐。半端ない急坂が予想される。
恐怖だったが、手を使う岩場や、テラスがあり、展望も開けたので、案外楽しく登れた。
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そのテラスからの展望。
大栃山(1415m)の向こうに八ヶ岳。
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八ヶ岳をアップにしてみる。
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こちらは神座山の向こうの南アルプス。
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白峰三山のアップ。
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鳳凰三山と甲斐駒。
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左から、聖、赤石、悪沢。
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中央に節刀ヶ岳(1736m)と左に十二ヶ岳(1683m)。
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甲府盆地。
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御坂山塊の向こうに富士山。
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ひとつロープ場を越えると
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またテラスがある。眼下に、今歩いてきた稜線。
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御坂山塊。
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はるか北西に、ほんとにうっすらと北アルプス。
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奥秩父。金峰山(左)と国師ヶ岳(右)
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一宮付近は桃の花が満開でピンクのじゅうたんのよう。
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そして頂上に。
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写真を何度も撮りながら登ったわりには、分岐からの所要時間はコースタイムより5分早い30分だったので成績優秀だ。

まずはもう一度、眺望写真をひと通り撮る。
中藤(なかっとう)山(1665m)の向こうに裾野を広げる富士山。
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お地蔵さんと三ツ峠山(1785m)。
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十二ヶ岳と節刀ヶ岳。
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大菩薩嶺(2057m)と小金沢連嶺。
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大菩薩嶺のアップ。
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奥秩父。左から甲武信ヶ岳、木賊山、破風山、雁坂嶺。
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左から笠取山、唐松尾山、竜喰山。
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(つづく)
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江差線(下)

【2014年4月20日(日)】江差線駅舎
宮越駅を後にして、桂岡駅に向かう。
桂岡駅は車掌車のリサイクル。
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駅は1936年の江差線全通とともに開業。旧駅舎は取り壊され、86年に現在のものになっている。
駅舎は使われなくなった線路上に置かれ、古い線路も残っている。
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線路側から見たホーム。
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駅前の風景。
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ここは他のテツが来ないうちに撮影を終了、最後まで独占できた。

次は中須田駅。また車掌車だ。
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塗装のデザインは桂岡駅と似ているが、若干異なる。

この駅は1948年の開業。ここも86年に旧駅舎から更新された。
JRに以降する前年である。
国鉄はお金がなかったろうに、JRになる前に維持費のかかる駅舎を取り壊して、負担を軽くして引き継いだということなのだろうか。

この駅には1人、乗客が待っていた。間違いなくテツだ。
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こんな駅にいるとは全駅下車記録を狙っているのかもしれない。だとすると江差線だけで2日がかりになる。

この駅には6往復停まるようだ。
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よく時刻表を見ると、渡島鶴岡駅を通過した列車は臨時ではなく、この駅を10:39に停車する列車だったようだ。ちゃんと「通過駅 神明、吉越、渡島鶴岡」と書いてある。
こんな基本的なことも分からないようでは、テツ失格だ。ていうか、実はテツ分はそれほど高くないのだ。

次の上ノ国駅は駅舎がほとんど商工会に占拠されている。
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駅の待合室は向かって右の平屋部分だけ。
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ガラス扉に書いてある「上ノ国駅」が悲しい。

ホームに出ると、またまた列車がやってきた。
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これだけ本数が少ないのに、よく出くわす。今日3本目だ。
どれも同じキハ40形である。

お見送り。
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お客さんは結構乗っていた。ここからも地元の人らしきおばちゃんが数人乗り込んだ。

もう閉鎖されている切符売り場には「北海道最西端の駅」との表示があった。
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そうなのか。
江差線が廃止されたら、最西端はどこになるのだろう。
木古内駅か。それとも函館本線の鷹ノ巣駅だろうか。

さて、これで基本ミッションは終了。
戻って旧知内駅に向かうわけだが、その前に1つ寄りたいところがある。
国史跡・勝山館跡がある夷王山である。
以前、ここを訪ねた時、登った記憶があるのだが、記憶が判然としない。
「登った山」としてきちんと登録するため、再訪する。
と言っても、頂上直下に駐車場があり、そこから5分とかからない。
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「登った」と言うのはおこがましいが、マイルールでは認められているのだから仕方がない。
自転車で来ている先客がいた。

いやそれより、びっくりしたのはヘビ君だ。
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頂上付近から、ガイダンス施設やレストハウス方面を見下ろす。
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上ノ国の市街地や背景の丘陵地帯。
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頂上には夷王山神社の鳥居があった。
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そのたもとに腰を下ろしていたサイクリストは女性だった。
挨拶をすると、「ヘビがいましたので、帰り気をつけて下さい」と言われた。
彼女も目撃していたのだ。

それにしても素晴らしい眺めだ。
日本海の向こうに見えるのは遊楽部岳(1276m)。
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海に浮かぶのは奥尻島。
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あそこも早く行きたい。6月13~14日に第1回奥尻島ムーンライトマラソンがあるらしい。定員500人ですでに満席。申し込みは4月28日で締め切ったようだ。
毎年開かれるなら、同窓生のランナーとともに行くのもいいかもしれない。

ひときわ高くそびえるのは乙部岳(1017m)だろうか。
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江差の鴎島。
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天野川の河口付近。
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土塁に囲まれた夷王山神社。
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一部復元された勝山館跡を見下ろす。
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景色も堪能したので下山。登りとは別の道を通ったのに、またヘビ君に遭遇。
今回は直前を横断して行ったので、びくっとした。

夷王山のふもとにいくつか文化財があるので、これらは撮影していくことにした。
まずは旧笹浪家住宅。
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能登屋笹浪家の五代目久右衛門が19世紀前半に建てたとされ、北海道では現存最古の建築らしい。
笹浪家は「全道中の漁家の旧家」と呼ばれ、その繁栄ぶりは「宮の沢の川の水が干上がることはあっても能登屋のかまどは干ることがあるまい。七つの倉にないものは馬の角ばかり」と讃えられたほどだったという。

その繁栄を支えたのは「にしん」である。
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お隣に上ノ国八幡宮。
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さらにその隣には上国寺。
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この本堂は1758年の建築で、18世紀に遡る寺院は北海道ではめったにお目にかかれない。

さあてお腹がすいたが、食堂に入る時間がもったいないので、セイコーマートでパンを購入。運転しながら食べる。
上ノ国市街をあとにして、木古内方面へ戻る。
途中、入浴こそしないが、湯ノ岱温泉に立ち寄る。

この「温泉旅館湯岱荘」はもう営業はしていないような雰囲気。
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この奥にある「上ノ国町国民温泉保養センター」には多くのお客さんが来ているようだった。
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この日は結局、時間が余ったので、ここで入ってもよかったのだが、この時点ではまだ時間は読めておらず、通過。

これまで撮影してきた駅舎を横目に見ながら国道228号まで戻り、木古内町から知内町に入る。
そこで、こんなモニュメントを発見。
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1855年に設置された松前藩と幕府領(箱館奉行所)との境界の跡だそうだ。

知内町は、1993年に知内高校が選抜甲子園に初出場し、一躍全国に知られるようになったが、知る人ぞ知る北島三郎の故郷でもある。
サブちゃんの本名は大野穣。大野家の本家は代々、知内の雷公神社の宮司を務める家柄で、その祖は鎌倉時代に砂金掘りのため、この地に入った甲斐国の荒木大学に随行した山伏だったという伝説があるとのこと。

それはともかく旧松前線の森越駅跡はこの近く。
道行く人や民家の人に尋ねて、やっとたどり着いたのは、この淋しい風景。
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跡形もないように見えるが、背後の並木は明らかに防雪林だ。

すこし北側には、線路敷地との境界を示す柵の杭が残っていた。
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これは駅前通り。
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ネットで見ると、ここには木造の駅舎があったようだ。
赤い屋根の切妻造りの建物で、とても美しい。

松前線が廃止になったのは、1988年。JRに移管された翌年のことだ。
松前線(木古内~松前)は江差線の木古内~江差間より輸送量が多かったが、より輸送量が多い、五稜郭~木古内間も江差線なので、松前線の方が廃止されてしまうという皮肉な結果になった。
生き残った江差線もこの時点で、近い将来廃止される運命にあったとも言える。

南側に残っていた路盤。
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1988年と言えば、山形に勤務していた頃。
とても乗る暇などなかったが、今考えるととても惜しいことをした。結局乗らず仕舞いだった。

次は渡島知内駅跡。この駅は函館バスの待合所兼知内出張所として建物そのものはその後も再利用されている。
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1979年発行の北海道新聞社編「各駅停車全国歴史散歩 北海道」(河出書房新社)によると、木造の渡島知内駅の写真が掲載されている。
ということは現存する建物は、79年以降に建てられたものなのだろう。

裏に回ってみると、線路のあった時代の様子がおぼろげながらうかがえた。
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駅前通り。
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次の重内駅に向かうが、気がつかないまま海峡線の旧知内駅に着いてしまった。
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ご覧の通り、鉄道の駅ではなく「道の駅」である。

知内駅は、青函トンネルの開通に伴い、新湯の里信号場として開設された。
1988年の松前線廃止によって、90年に旅客駅に昇格。
その後、北海道新幹線の建設工事を行う関係から、今年3月15日に廃止された。
訪ねた時は、廃止されてから1か月しか経っていなかったが、新幹線工事は急ピッチなため、ホームや跨線橋など、在来線時代のあらゆる施設がすでに撤去されていた。
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実は個人的には、北海道新幹線には反対である。
せっかく青函トンネルを掘ったのだから函館までは仕方ないと思うが、札幌まで延伸する必要はないと思う。
膨大な建設費と自然破壊を考えると到底賛成できない。
でも、もし完成したら東京から札幌に帰る時は、新幹線を使うだろう。
空路より陸路の方が好きだから。
もちろん、それまで生きていればの話だが。

さて重内駅であるが、地図(昭文社「レールウエイマップル鉄道地図帳 北海道」)を見ると、今来た道ではないことが判明。
帰りは、正しい道を行く。
するとちゃんとあった。
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もう路盤しか残っていない。駅舎のないホームだけの駅だったらしい。
1962年12月に開業、88年2月の廃止なので、わずか25年余の寿命だった。
81年度に1日の平均乗降客数は27人というから、当時このあたりにはこそくらいの高校生は住んでいたということなのだろう。

松前線はこれ以上深追いせず、残りの江差線(津軽海峡線)つぶしに向かう。
その前に立派な重内神社。
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このあとは羅列でいく。
札苅駅(1930年開業、88年改築)
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泉沢駅(1930年開業、88年改築)。札苅駅とほとんど同じデザイン。
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釜谷駅(1930年開業、86年改築)
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渡島当別駅(1930年開業、88年改築)。郵便局が併設されている。
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茂辺地駅(1930年開業、88年改築)。
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駅前通り。右の青と茶色の建物はかつての食堂。
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上磯駅(1913年開業、88年橋上駅に改築)
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上磯町と大野町が2006年に合併して成立した北斗市の市役所。人口48000人。
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清川口駅(1956年開業、79年改築)。中に売店がある。
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閑話休題。函館山。
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久根別駅(1913年開業、91年改築)
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比較的最近の改築にしては、古い様式を残している。
ホームから望む駒ヶ岳。
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特急白鳥が通過して行った。
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東久根別駅(1986年開業)
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七重浜駅(1926年開業、79年改築、86年橋上駅新設)
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88年改築が多いのは、JR移管後の効率化のためかもしれない。

これで江差線のすべての駅を写真に納めた。
別に写真展はしない。私のPCの中に死蔵されるだけである。
ただ、老後、どこにも行けない体になった時に、懐かしんで眺められたらいいなあとは思っている。

帰りの飛行機は19:30。まだ、17:20なので十分な時間がある。
湯ノ川温泉のどこかのお風呂で日帰り入浴をして帰ろうと思ったが、その手前に「港湯」という銭湯が目に飛び込んできた。
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「お、これにしちゃおう」
と思ったが、考えてみれば、銭湯には備え付けのシャンプーや石鹸はない。駐車にも困る。
と諦めかけたが、なんととなりがドラッグストアで車も駐められる。

この店で携帯用セットを買って、港湯に。
いやあ、しばらく入ってなかったので、すっきりした。
ゆったり入って、函館空港で函館ラーメンを食べる時間もあった。
そして23時に帰宅。あわただしい帰省を終えたのであった。
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江差線(上)

【2014年4月20日(日)】江差線駅舎
4月19~20日は同窓会の行事のため、北海道に帰省した。
当然の如く土曜の夜は深酒となり、すすきののホテルにたどり着いたのは午前3時。
こうなることは分かっていたので、あえて実家には泊まらないことにしていたのだ。
しかも、翌日は朝イチの列車で函館に向かい、江差線の駅舎めぐりをしなくてはならない。

6時の目覚ましで起きた時は猛烈な頭痛。
これも覚悟はしていたが、かなりきつい。
シャワーも浴びず、歯も磨かず、顔だけ洗ってチェックアウト。
もうろうとした状態で、地下鉄東豊線に乗り、ドリンクだけ買って、JR札幌駅でスーパー北斗2号に乗り込んだ。

昨夏、江差線乗り鉄のため、やはりこの列車に乗ったが、その時は自由席がかなり混んでいたので、今回は指定席を買っておいた。
でも、オフシーズンだからかガラガラだった。
とにかく寝る。北広島を過ぎた当たりでやっと眠りに落ち、室蘭のあたりでもう目が覚めてしまった。
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(これは前日、千歳付近から撮った樽前山と風不死岳)
しかたないので、すっかり雪の解けた室蘭岳や有珠山そして、まだ真っ白な羊蹄山を眺めて過ごす。

左の窓には噴火湾の向こうに残雪の駒ヶ岳も見えた。
乗ってすぐ、車内販売のおねえさんに長万部のかにめしを注文しておいた。
全く食欲がないのだが、すぐには食べられなくても、お昼のお弁当にしてもいい。
8:55長万部着。かにめしが届けられた。
しかし、まだ気持ちが悪く、ものを口に入れる気にはならない。
渡島半島の丘陵地帯をぼんやり眺めている。
日陰に雪が残っていたりするとうれしい。

八雲を過ぎたあたりで意を決し、かにめしを開ける。
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案外こういう時は、胃に何か入れた方が回復が早いと、経験上知っている。
体調がよければ、もっとおいしかったのだろうが、今回は仕方ない。
一生懸命、一粒も残さず食べた。そう親に仕付けられた。

車窓を見ていると、大沼あたりからも羊蹄山が見えてびっくりした。
この路線は何度も乗っているのだが、初めて知った。
写真は撮れなかった。

函館には定刻の10:14に到着。
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いい天気だ。徒歩5分ほどのところにあるトヨタレンタカーでパッソを借りる。
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呼気検査をしたら、アウトだったかもしれないが、お店の人から「酒臭いですが、大丈夫ですか」とは言われずに済んだ。
臭い防止のための「かにめし」でもあったのだ。

ナビを「渡島鶴岡駅」にセットして、10:30頃に出発。
今回は時間節約のためすべてナビ任せにした。
国道228号を快調に飛ばす。
函館湾の海岸線の道が気持ちいい。
どうやら酒も抜けたようだ。

久々の「鉄」である。
今回は昨年夏に撮影済みの木古内駅、江差駅を除く江差線の駅舎8つを撮影するのが目的。
時間があれば、昨年廃止になったばかりの知内駅、そのついでに近辺の旧松前線の駅舎跡、津軽海峡線の駅なども撮影する計画だ。

沿道の神社や文化財っぽいものには目もくれず、まっすぐ渡島鶴岡駅へ。
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到着すると同好の士が3人いて、すでに写真を撮っていた。
男ばかりのグループで年は30~40代くらい。
札幌ナンバーのレンタカーで来ていた。

江差線は今年5月12日に廃止となる。
それまでに駅舎を記録にとどめておこうと思う人がいてもおかしくない。
もう、あと1か月を切っていることだし。
いつも山で挨拶している私は、彼らにも律義に挨拶した。
彼らは戸惑ったようだが、ちゃんと挨拶を返してくれた。

駅舎は待合室のみで、ホームの脇にある。
1964年開業の比較的新しい駅(江差線の全通は1936年)で、当初はホームだけだったらしい。
この駅舎ができたのは1989年だそうである。
外壁はサイディング張りの新建材を使っているが、内装は木製板張り。
「農村ふれあいセンター」の庭園に沿ってホームがある。
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鶴岡の名は、明治8年に庄内藩士が入植してきて、この地にふるさとの名を付けたことにちなむという。

なかなか郷愁をかきたてるホームである。
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正面には江差線の廃止を惜しむ看板が。
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そうこうしているうちに時刻表にはない臨時列車(?)がやってきた。
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そして駅には停車せず行ってしまった。
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どの駅にも、思い出ノートみたいのが置いてあった。
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でも時間節約のため、いずれも開かなかった。

3人組が出発する前に、あわてて発進。次の吉堀駅へ。
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ここにもすでに先客がいた。
この後もずっと、同じ方々と駅ごとに会うことになる。

渡島鶴岡からの駅間距離は3.1kmで、1935年の開業。
北海道によくある廃列車を利用した駅舎で、黄色と緑のラインが鮮やかだ。
1986年に先代は木造駅舎が取り壊され、今の駅舎が設置されたらしい。
手前の木は開業を記念したイチイ(オンコ)。

使われなくなった旧上り線。
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ホームは島式。
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やはり哀愁が漂う。
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内部はこんな感じ。
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現在のダイヤは5往復。
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さて、人口が増えてきたので、早々に撤退。

峠を越えて、神明駅に向かう。駅間距離は13.2kmもある。
道道をまたぐ江差線。
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まだ、たっぷり雪が残っている。

神明駅は1957年の開業で、木造の駅舎(待合室のみ)は当時からのものと思われる。
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駅周辺は北海道の田舎らしい雰囲気。
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ここにも写真撮影のテツが待機していた。
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待合室すぐ横の民家は空き家となっていた。
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ホームは板張りだった。
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さて次の駅へ。
天野川を渡る。
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温泉のある湯ノ岱駅である。
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女子高生が待合室にも入らず、傍らでメールを打っていた。

駅舎に入ると、なんと駅員がいたので、「ホームを見学させていただいていいですか」と、きちんと断って入る。入場料などは取られなかった。
構内側にも「湯ノ岱駅」の文字が掲げられている。
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1935年の木古内~湯ノ岱間開通に伴って開業。
1989年に現在の駅舎に建て替えられた。
腰壁をレンガ調のパネルにしたサイディング張りのあか抜けたデザイン。
この駅舎は保存されるのだろうか。

駅前はすでに廃線になった駅の周辺のような雰囲気を漂わせている。
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歩いて15分ほどのところに温泉があるのだが、おそらく鉄道で来る人はほとんどいないだろう。

ホームを歩く。
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調子に乗って、線路に下りてしまったら、さっきの駅員さんに見とがめられて、「だめじゃないか!」と怒鳴られてしまった。
「すいません」と頭を下げたが、「どうして、そういうことするかなあ」ともう一度言われ、もう1回こちらも「すいません」と謝った。
やばいやばい。「やはりテツはマナーが悪い」と思われてしまう。
全国のテツの皆様にもおわびします。

ホームに戻るにはまた線路をまたがないといけないので、それはやめにして、敷地外へと引き下がる。
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ホームには列車を待つ方々。
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まもなく下り列車が到着するのだ。ほとんどが乗り鉄の方々をお見受けした。

さあやってきた。
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2両編成である。

段差の下に下りて見上げてみた。
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列車を見送ってから、大きく迂回して駅前の車に戻る。

その途中に平屋の家が固まってある団地風なところがあったが、いくつかは廃屋になって倒壊していた。
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近くの民宿ふるさとも廃業しているようである。
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上ノ沢開拓道路踏切から駅構内を望む。
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残雪の山は赤岳(719m)だろうか。
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次は宮越駅。その前に、車を止めて美しい鉄橋をパチリ。
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周辺はまだ冬木立のままだ。北海道の春は遅い。

おっと、宮越駅の手前にモニュメントの「天ノ川駅」が出現。
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この駅は平成7年7月7日の七夕の日に、北海道遊れいる倶楽部なる団体が設置した「私設駅」らしい。当然、列車は止まらない。

「ホーム」には、江差線開業77周年を記念した標識も建てられている。
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「許可無く施設への立ち入りは禁止」と書いてあった。
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さっき怒られたばかりだし、素直に従った。
最初の渡島鶴岡駅で一緒だった3人組が追いついてきたので退散。

宮越駅は初めて、誰もいない駅だった。
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でも、撮影しているうちに、どんどん車が集まってきた。
なぜか、同じ時間帯にみな同じ順番で撮影して回っているので、重なってしまうようだ。
少し時間をずらせば誰もいないのかもしれない。
駅舎の裏に広い駐車場がある。そこに車を駐められると撮影の邪魔になると思い、先にその方角の写真は撮ってしまっておいたが、これが正解だった。

この駅も神明駅と同じ木造下見板張りの待合室のみだが、一回り大きい。
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開業は1964年なので、当時からの駅舎と思われる。

裏には歌壇があった。
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中もきれいに掃除されている。
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江差線の駅舎はいずれも地元の方々によって、日常的にきちんと管理されているようだ。住民が廃線後も駅舎は残してほしいと言ってくれるのではないかと期待させる。
ただ、過疎が極度に進み、超高齢化している中で、ほとんど利用価値のない駅舎を手入れし続ける気力が続くかどうか。それを期待するのは、あまりに虫がよすぎるのかもしれない。

(つづく)





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大楠山(下)

【2014年4月11日】大楠山

葉山「鳥ぎん」で満腹になったところで、また元気に歩き始める。
大きな道から外れて、下山川沿いののどかな道を行く。
菜の花の小径だ。
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ハナニラもよく見かけた。
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実にいい季節だ。
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高架の横浜横須賀道路をくぐる手前で左折し、県道をさらに左折して、まもなく大楠山登山口の信号に至る。
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ここを右折。すこし登ると、右手に石仏が現れる。
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このあたりは、阿部倉温泉へ導く看板がたくさんあるので迷わない。
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しばらく行くと、廃墟になったマンションを発見。
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手前の車は完全に分解されていた。

その先には石仏・石碑群。
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とても横須賀とは思えない風景が広がる。
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あれは扇山(101m)だろうか。
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横浜横須賀道路を陸橋で渡る。正面には畠山(205m)。
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阿部倉温泉湯の沢旅館はすぐそこ。
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なかなか、よさげな宿だ。
年を取ったら、ただ泊まりにくるのもいいかもしれない。

ここから大楠山登山口までの道がよく分からなかったが、「新・分県登山ガイド」を取り出してみると、「左の階段を下りたところが登山口」とあるので、判明した。
その階段を下りたところに、ちょうどトイレがあったので用足し。
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その間に、地元のおじさんが先に山へ入って行ってしまった。
一人で歩きたかったのだが。

ここから本日初めての土の道である。
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しばらく沢に沿って歩く。
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まもなく、おじさんに追いついたので、しばらくモデルになってもらう。
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ニリンソウが咲いていた。
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坂が急になり階段になったところで、おじさんを追い越す。
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結構、この階段がきつい。
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登山口から山頂まで1kmくらいあるのだろうか。それなりに長い。
時間はすでに2時半を過ぎている。
下山したところにある大楠温泉には間に合わなそうだ。
ネットでは、営業は午後4時までとあった。

ゴルフ場のフェンスにぶつかったあたりの分岐で写真を撮っていたら、単独男性が無言のまま抜かしていった。
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なんか感じわるい。

ゴルフ場の脇の道はフェンスのトンネル。
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シャガが咲いていた。
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そして、椿の花びらが地面を赤く染めている。
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ゴルフ場を過ぎると、最後の階段で、さっきの青シャツに追いついたが、抜かしはせずに、花を持たせてあげた。
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彼は早速、ベンチで食事を始めたが、こちらは撮影に忙しい。

まずは記念撮影。
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立派な二等三角点。
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おお、展望塔がある。登ってみよう。
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これは武山(右、200m)と三浦富士(左、183m)。
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山頂にはアンテナが3基ほど立っている。うち2つ。
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横須賀の市街地。
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猿島の向こうに見えるのは、君津の火力発電所だろうか。
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横浜方面。ひときわ高いのはランドマークタワー。
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北斜面に広がる葉山国際カンツリー倶楽部。
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右端は畠山。
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大峰山(148m)の向こうに江の島。
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頂上直下にあるNTTの中継所。
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油壺、城ヶ島方面。
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雨崎の向こうに房総半島の洲崎。
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頂上を見下ろす。きれいに整地されている。
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下りると、売店「大楠山ビューハウス」があった。
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中に入ってみると、空気が澄んだ日のパノラマ写真が貼ってあった。
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富士山はもちろん、伊豆や丹沢もくっきりと見えていて、うらやましかった。
天皇陛下も来たことがあるようだ。平成4年らしい。

さて、下ることにしよう。
温泉には間に合いそうもないから、ゆっくり歩くことにする。
NTT中継所のまわりにある菜の花が見事だ。
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山頂を振り返る。
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中継所を見上げる。
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菜の花畑を撮影していたら、さっきのおじさんが私に気づいたようで、また逃げるように行ってしまった。
さっきから、どうも感じが悪い。

ドウダンツツジ。
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軽快に下っていく。
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40分ほどで人里まで下りてきた。
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前田橋まで800mとあるので、10分くらいで着ける。
温泉には4時ぎりぎりか。
もし入館が4時までということなら、入れてもらえるかも。
スマホでもう一度検索して、確認の電話をかけてみたら、「現在使われておりません」とのアナウンス。
じぇじぇ(は、もう古いか。今は「て?」ですな)。
どうやら、もう閉鎖しているのかもしれない。
よくあることだ。笹子鉱泉も地図には載っているが、もう廃業していた。
とにかく、大楠温泉はNGなので、そのままスマホで鎌倉の銭湯を検索。
材木座にある「清水湯」という所が鎌倉駅にも近く、ここからの交通の便もいいようだ。
ここに決めて、前田橋バス停に向かう。

途中、無人野菜販売所で物色している青シャツのおじさんを抜かして、前田橋バス停に15:55に到着。
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時刻表を見ると、バスはわりと頻繁に走っているようなので、大楠温泉が実際どうなっているのか確認しに、少々歩く。
それらしき場所に着いて、近所の人に「この辺に大楠温泉って昔ありませんでしたか」と聞いたら、「もうなくなった。10年も前だよ。そこの駐車場だよ」との答え。「まだ消してないんだねえ。時々、訪ねてくるよ」と話していた。
ネットの情報も消えてないけど、地形図からも温泉マークは消えていない。

さて、最寄りの秋谷バス停から逗子駅行きの京急バスに乗る。
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逗子郵便局前で鎌倉駅行きに乗り換えて、水道路というところで下りれば、清水湯はそこから2分だ。
所要時間も40分ほどで行ける。
銀座18:30の待ち合わせには遅刻しそうだが、汗もかいたし寄ることにする。
逗子郵便局前で乗り継ぎ時間5分の予定だったのに10分以上待たされた。

結局、水道路に着いたのは5時を回っていた。
清水湯はバス停からすぐのところにあったが、なんとお休み。じぇじぇ。
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店頭には「月・水・金 定休」とある。今時の銭湯はそんなに休むんだ。
結局、風呂には入れないまま、鎌倉駅まで歩く。
17:27の千葉行きに乗れたので、銀座18:30に間に合ってしまった。
会社の同期と楽しく飲み、完治の祝杯をあげたのであった。

【行程】
安針塚駅(11:49)~十三峠(12:15)~塚山公園(12:22園内周遊12:59)~鳥ぎん(13:15昼食13:39)~大楠山登山口(14:00)~阿部倉温泉(14:18)~大楠山(14:54撮影15:04)~前田橋バス停(15:55)~秋谷バス停(16:08)=逗子郵便局前=水道路(17:09)~鎌倉駅(17:22)

※所要時間:4時間19分(歩行時間:3時間45分)
※登った山:2座(塚山、大楠山)
※歩いた距離:12.1km


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大楠山(上)

【2014年4月11日】大楠山
首の手術をしてから間もなく1年。
この日の朝、ちゃんと骨がつながっているか、CTとレントゲンの撮影を行った。
先生の判定は「問題なし」。
10年以内に10%の確率で神経痛が再発することがあると言われたけど、その時はその時。
やっと無罪放免である。

というわけで、お祝い山行。
この日は休みだったので、その足で三浦半島に向かった。
山仕度で病院に来ていたのだ。
診察が終わるのは10時半頃と予想されたので、そんな時間から本格的なところには行けない。
しかも、この日は夜、銀座で飲み会が入っている。
近場も近場。三浦半島の最高峰、大楠山(242m)にした。

山と渓谷社「新・分県登山ガイド 神奈川県の山」に従い、京急の安針塚駅から半島を横断して横須賀市秋谷に至る3時間ほどのコースである。
地形図を見ると、秋谷に温泉マークがあるのが決め手となった。

京急は人身事故でダイヤが乱れていたが、11:47に安針塚駅に到着。
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体操もせず、すぐに歩き始める。

駅前にある地図を見ると、三浦按針の墓に行くには少し遠回りになるが、十三峠というのが稜線にあるようだ。こちらを経由して行こう。

おお、ここは小泉進次郎さんの選挙区だった。
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「進む 次へ」だそうだ。

ほんの少し歩いたところで、地元の方っぽいおばさんとすれ違ったので、山ではないけど、「こんにちは~」
と挨拶したら、「塚山公園?」と聞いてきた。
本当は大楠山なのだが、そこにも寄るつもりだったので、「ええ、そうです」と答えたら、ご親切に道順を教えてくれた。
「真っすぐ行っちゃうと、十三峠というところに行ってしまうの。だから橋を渡る前に左に曲がってください。そこに工事をしている家があるので、それが目印ですよ」と。
十三峠経由で行くつもりだったので、彼女の言う通りにするつもりはなかったのだが、
きちんとお礼を述べて、後ろ姿を見送る。

しばらく進むと、道は二又になり、手書きの道標があった。
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その先に小さな橋があり、工事中の家もあったので、おばさんの言う通りだった。
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私は直進する。

駅の近くにコンビニがあると思って何も買って来なかったのだが、すぐ谷戸の奥の方に入ってしまい、店などない。
失敗したなあと思ったが、たぶん塚山公園の向こうには何かあるだろうと軽く考え、たまたまあった自販機でアクエリアスだけ買う。

このあたりは按針小條と呼ばれる「ホタルの里」のようだが、季節が全然違う。
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谷の突き当たりに階段がある。
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ここから登りだ。

振り返ると、谷のどん詰まりに平屋の団地があることが分かる。
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この辺は結構、古くに開発されたようで、空き家もあったが、かなりの高齢者がお住まいだった。

この先はしばらく車の入れない道。
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南斜面はぽかぽか陽気で、タンポポがもう綿帽子になっていた。
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ピンクの桜も満開。
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あたりはすっかり春の装いである。
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十三峠は鎌倉アルプスのような雰囲気をイメージしていたのに、尾根の上の車道だった。
でも、そこからは横須賀港の自衛艦が見えた。
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道沿いには、スイセンやチューリップが咲いている。
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まもなく、塚山公園の敷地内に入り、道標に従い、「鹿島台」なる展望所に登ってみる。
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横須賀の谷戸の様子がよく分かる。
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もうソメイヨシノは終わっていたが、ヤマザクラはまだ盛りを終えていなかった。
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これは何の花?
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次は富士見台。たぶん、冬には富士山がくっきり見えるのだろうが、この日は霞んでいて、まるでだめ。
でも、丘陵を覆う桜が美しい。
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なだらかな稜線は、畠山(左端、205m)かな。
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駅名の由来にもなっている三浦安針夫妻の墓は、この地にある。
三浦按針については説明を要しないと思うが、自分のためにすこしだけまとめておく。
本名はウィリアム・アダムズ。1564年に英国ケント州ジリンガムで生まれた。
のちにオランダ東インド会社のデ・リーフデ号の航海長として、1598年に東洋に向かったが、1600年に台風のため、今の大分県に漂着。
徳川家康は砲術や天文学に秀でていた彼を重用、政治・外交顧問として迎え、江戸日本橋に屋敷を、ここ逸見(へみ)村に領地を与えた。
三浦の姓は、この地に領地を得たことにちなみ、按針の名は水先案内人を意味する。
1620年没。「我死せば東都を一望すべき高廠の地に葬るべし」との生前の言葉に従い、この高台に墓が営まれた。
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立派な宝筺院塔である。

ここを塚山と呼ぶのは、むろん按針の墓があるからであろう。
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塚山公園では桜の季節に合わせて、按針祭が行われる。
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ちょっと時期が遅かったようだ。

園内の海側に飛び出した尾根に出ると、そこは港の見える丘。
展望デッキではカップルがお昼の真っ最中。
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ここからは猿島が見えた。
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高層マンションがかなり景観を台無しにしている。
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中央広場に戻る。花壇には春の花が咲き乱れている。
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小学校の花壇を思い出す。

塚山の最高峰(たぶん)の見晴台には、大勢の外国人がいた。
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さっきから賑やかな英語の歓声が園内に響き渡っていたが、彼らだった。

桜の向こうは房総半島。
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あちらは、これから登る大楠山。
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飯も食べていないのにもよおしてきたが、ちょうど園内にきれいなトイレがあったので助かった。
園内をうろついている間に、もう1時近くなってしまった。
幸いまだお腹はすかないが、早めに出発しよう。
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道標に従い、舗装された遊歩道を下る。
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下り切ると、本町山中有料道路の塚山トンネル脇に出る。
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桜がきれい。
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葉山町に入ったところで、お店発見。
「鳥ぎん」。なかなかおいしそうな店ではないか。
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ここは釜飯がお奨めのようだが、時間がかかりそうなので、値段も安い親子丼にする。
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これが、ボリュームもあって、うまい!
コンビニのおにぎりにしないで本当によかった。

(つづく)
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苗場山(下)

【2013年7月20~21日】苗場山
小松原分岐を7:26通過。
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この先はおそらく、ほとんど人と会うことはないだろう。

前方にはすでに次のピーク、霧ノ塔(1997m)が見えている。
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あまり歩かれていないだけに、道はそれなりに荒れている。
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でも少しだけ青空も覗いてきた。
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角度を変えて苗場山を見ると、頂上台地があんなに広いことが分かる。
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ところどころに小湿地が現れる。
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これは霧ノ塔の前山なのだが、標高差で100mを一気に登らないといけない。
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このあたりでは、別名幽霊草とも呼ばれるギンリョウソウをよく見かけた。
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左前方に鳥甲山(2038m)も姿を現した。
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あのなだらかなのは、たぶん奥志賀。
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ぜいぜい言いながら、急坂を登りつめたら、ただの前山だと思っていたピークに名前があった。
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うひょ~これでまた1つ「登った山」が増える。ありがたい。

目指す霧ノ塔はあれだ。
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東の緩斜面はササ原になっている。

老木を取り巻くゴゼンタチバナ。
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右手、テーブル状の台地に手つかずの湿原。
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もう霧ノ塔のピークは過ぎてしまったのかな? というくらい下り始めたあたりで、道端に木の板が置いてあったので、小休止。
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正面に湯沢盆地が見下ろせる場所だ。
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時間は8時半すぎ。小屋を出発してから、ほとんど休んでいないので、結構疲れた。
というか、新品の靴がまだ足になじまず、痛いので、脱いで足を解放させた。
何か行動食を食べた気がする。

20分ほどで出発。
すると、ものの30秒で「霧ノ塔」の標識が現れた。
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もう地面に倒れてしまっている。当然、通過。

この先は標高差で200mほど下る。
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これから歩く、尾根づたいの道が手術の跡のようによく見える。

1800m級の稜線だが、樹木が少なく眺望がきく気持ちよさそうな道だ。
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ササが繁茂しているが、数日前に刈ってくれたような痕跡がある。
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もし前の週に来ていたら、大変なヤブこぎになっていたかもしれない。
ありがたかった。

正面に三ノ山(日陰山)が見える。
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秋山郷の谷と鳥甲山
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妙高と火打。
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霧ノ塔を振り返る。
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右のピークが三ノ山(1860m)。
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字はもう読めないが、ここが三ノ山の頂上。
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三角点がササに埋もれていた。
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今、歩いてきた道を振り返る。
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苗場山(2145m)の向こうに佐武琉山(2192m)が顔を出した。
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この先は、標高差260mほど一気に下る。

20分ほどで沢に出た。
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そこから10分で小松原湿原。
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やっと平らなところに下りてきて平和な気分だが、なにせ足が痛い。

幸い、避難小屋があったので、ここで大休止。もちろん誰もいない。
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少し早いがお昼にしてしまった。
昨日に続いて、靴を脱ぎ、頂上の山小屋で用意してもらった、おにぎりをほおばる。
横になったり、足をマッサージしたりして、40分ほどで出発。

小屋から出ると、単独の男性とばったり。
何を話したか、よく覚えていないが、バスの時間を気にしていたような気がする。
自分は麓から津南駅までタクシーで下るつもりなので、バスの時間はよく分からなかった。

彼もここで休むようなので、挨拶をして分かれる。
小松原湿原はかなり広い。
華やかさはないが、古びた木道が延々と続く。
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池塘もなんとなく個性的だ。
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高山植物たち。
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黒倉山(1778m)を背景に。
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緑のじゅうたんのようだ。
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その中をさらに進む。
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少し乾いた感じの湿原だが、誰もいない。楽園である。
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ワタスゲの乱舞。
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川のような池塘。
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中ノ代(中屋敷1512m)の分岐。直進すると下ノ代方面。
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こちらは左折して金城山(1354m)方面へ。

湿原はまもなく尽きて
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いきなり暗い道に入る。
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ここから180mほど下ると沢を渡る。
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しばらく軽いアップダウンを繰り返す。
12:35、山名板は見当たらないが、金城山のピークらしき場所を通過。
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もう疲労困憊で休みたかったのだが、そんな場所ではない。

3分ほど進むと大きな倒木があったが、越える元気がなく、この木の上に横たわって、しばしうとうとする。
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15分ほどで出発。さっきのおじさんはまだ追いついてこない。

ここから車道までは600mの下り。
この靴では非常につらい。
牧之ではないが、「一歩に一声を発しつつ」の下りとなった。

途中、木々のすき間から下界の集落が見えたが、そこからがまた長い。
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この道はキノコがすごかった。
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何とか1時間弱で林道の近くにある風穴まで下りてきた。
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ここは近づいただけで空気がひんやりとする。
しばし、地中から吹き出してくる涼風にあたって、ほっと一息。
でも、離れると下界の暑さがなおさら堪えた。

すぐ近くにある、この道標に従い、山道を歩いたが
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地形図にあるように林道に出る気配がない。

どうやら、これは林道に出る道ではなさそうなので、戻って、直接、林道の駐車場におどりでた。6分のロス。
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ここは林道と言っても立派な舗装道路で、こんなに大きなトンネルもある。
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道端にベンチがあったが、誘惑されずに進む。
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道路をカモシカが横断した。
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見倉集落。
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古い山村の雰囲気をよく残している。

こんな歌碑を見つけた。
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「五戸此里に女もあるか子もあるか日あたる軒に赤きもの干す」
新潟県出身の民俗学者・小林存(ながろう、1877~1961年)がいつの頃か判然としないが、この地を訪れた時に詠んだ歌らしい。
「赤きもの」とは下着のことだろうか。

こちらは幕末の万延元年に建立された青面金剛(おかねさま)。
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さてここからがまたつらい。
中津川の対岸にある結東温泉に至るため、標高差170mほど下らなければならない。
また一歩一声である。「ああっ」とか「うっ」とか情けない声が出る。

こずえの間から対岸の集落が見える。
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何とか下り、吊り橋(見倉橋)を渡る。
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渓流がめちゃめちゃきれいだ。
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登りは60mほど。

結東集落は石垣が発達している。
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じゃまくら石というのがあった。
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蛇の枕だそうである。昔むかし、まだこの地に人が住んでいなかったころ、ここは沼地で大きな蛇がこの岩を枕に寝ていたそうな。
だんだん人が住むようになって、沼が汚れてしまうと、蛇は信濃国へ逃げてしまったとのこと。そんな伝説が残っている。

結東集落の風景。
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そして、やっとたどりついた結東温泉。
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時間は3時前。3:50にタクシーを呼んでもらい、2日間の汗を流す。

お風呂は独り占めだった。
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ここは弱アルカリ性低張性温泉だそうで、源泉の温度は39.5℃。じゃっかんぬるめだ。

すっかり垢も落としたので、タクシーでさらに下界へ。
16:17、津南駅に到着。
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ここは駅なのか公民館なのか分からないような面構えだ。

でもホームはとてもいい雰囲気。
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列車が来るまで、イスに腰掛けてカップのアイスなど食べてまったり。

来るときは、上越新幹線、ほくほく線経由で来たが、帰りは長野経由。
飯山線の車窓がまた楽しい。
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信濃川。
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窓に映っているのは私の影。
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いつかは登りたい高社山(1352m)。
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建設中の新幹線飯山駅。
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のどかな信州の田園風景。
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長野で新幹線に乗り換え。
幕の内弁当をいただく。
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あとは爆睡。大宮経由で所沢の自宅に戻った。
秋山郷散策も含めて2泊3日の旅。
実は自身の○○生活最後の出張だったので、なかなか感慨深いものがあった。

【行程】2013年7月20~21日
20日:苗場荘(7:14)~1合目(7:42大瀬の滝見学7:48)~2合目(8:19)~3合目駐車場(8:50休憩9:02)~4合目(9:35休憩9:45)~5合目(10:08休憩10:19)~6合目(10:48)~7合目(11:09)~8合目(11:31)~坪庭(11:38撮影11:51)~9合目(12:11)~苗場神社分岐(12:30)~龍ヶ峰(12:45昼食13:30)~分岐(13:50)~苗場山山頂(14:29)~昌次新道坂上(15:08撮影15:12)~山頂ヒュッテ(15:35休憩16:06)~周辺散策(16:06~35)~ヒュッテ(16:35休憩・夕食17:53)~雲尾坂上(18:04)~ヒュッテ(18:19休憩18:50)~夕日見学(18:50~19:04)
※頂上までの所要時間:7時間15分(歩行時間:5時間38分)
※歩行距離:12.9km

21日:周辺散策(4:20~4:51)~ヒュッテ(4:51朝食・準備6:03)~お花畑(6:44)~神楽ヶ峰(7:12)~小松原分岐(7:26)~大日陰山(8:23)~霧ノ塔(8:34休憩8:55)~三ノ山(9:43休憩9:50)~小松原小屋(10:28昼食11:05)~中屋敷(11:41)~金城山(12:36)~(12:39休憩12:53)~風穴(13:48)~見倉集落(14:13)~見倉橋(14:34)~結東温泉(14:58)=津南駅
※所要時間:8時間55分(歩行時間7時間26分)
※歩行距離:15.4km
※登った山:7座(苗場山、龍ヶ峰、神楽ヶ峰、大日陰山、霧ノ塔、三ノ山、金城山)

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苗場山(中)

【2013年7月20~21日】苗場山
苗場山山頂(2145m)には誰もいなかった。
景色がほとんど見えないので、みな滞留時間が少ないのだろう。
こちらも標柱の写真を撮っただけで退散。
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すこし歩くと、展望が広がる。

これは明日登る神楽ヶ峰(2030m)。
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中央は日光白根山(2578m)。
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東の空は、このような連なりになっている。
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巨大な展望ベンチ。
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ここにも誰もいなかった。

頂上台地付近の散歩道。
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まだ大きな雪田が残っている。
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小屋の近くにある休憩スペース。
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空身で、赤湯方面の池塘散策に出かける。
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雪田を渡る。

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1kmほど歩いて台地の縁から赤湯方面、熊ノ沢の谷を覗く。
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南東には赤城山(1828m)。
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振り返って、山小屋の方を眺めると、本当に山頂が平らな台地であることがよく分かる。
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雪田から今解けだした水。
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一口いただいたら、ちょっと土くさいというか太陽くさかった。
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いい天気になった。
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ドウダンツツジもキラキラしている。
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15:30になった。山小屋に入って、宿泊の手続きを済ませる。

30分ほど、のんびりして再び、外に出てみる。
これは佐武流山(2192m)かな。
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左に茶色く見えるのが、おそらく谷川岳(1977m)。
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だとすると、右の突起は万太郎山(1954m)。

夕方近くなって続々と登山者たちが山小屋に向かって集結してくる。
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気温は15℃。日なたは20℃くらいありそう。
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妙高山(左、2454m)と火打山(右、2462m)。
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すぐ南にある大岩山(1947m)。
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山小屋の外では、こんなに登山者が休んでいる。
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再び、小屋の中に戻り休憩および夕食。
屋内はこんな雰囲気。
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夕食はカレーとポテトサラダ、福神漬にラッキョウ。
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食堂には周辺の山々の手書きの絵が貼ってあったので山座同定に役立った。
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夕食を済ませて、6時前、再び散策に出る。
今度は、明日も歩くのだが、神楽ヶ峰方面の台地の縁まで行ってみる。
登山地図には、山頂付近に「伊米神社」という記述があるのに、どうも見当たらないので、小屋の人に聞いてみたら、それは撤去された「遊仙閣」の中にあったそうで、今はもうないとのことだった。

頂上台地も何となく暮色を帯びてきた。
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縁に立つと、なんと影苗場がくっきりと見えた。
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台地の平面がきれいな直線を描いている。

明日歩く、小松原コースの稜線。左は霧ノ塔(1994m)。
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越後の山々。
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今となっては同定が難しい。

カッサ湖(田代湖)。ダム湖である。
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来た道を引き返す。夕日に向かって歩く。
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ワタスゲが風に揺れている。
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コバイケイソウも透き通って見える。
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一旦、小屋に戻り、7時前にもう一度、日の入りを拝みに出る。
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その瞬間、空が燃えた。

池塘には月が映っている。
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見上げると、満月だ。
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台地に点在する池塘群は雪田のように見えてきた。
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遠くに浅間山のシルエット。
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これらがみな、「北越雪譜」の鈴木牧之(1770~1842年)も見た光景かと思うと感慨深い。
牧之は文化8年(1811)7月に友人たちと苗場山に登っている。
「北越雪譜」の「苗場山」の項は、「苗場山は越後第一の高山なり」で始まっているので、当時は苗場山が越後国で最も高い山と認識されていたようだ。
実際は北アルプスの小蓮華山(2766m)だが、これは白馬の一角にあり、当時としては分からなくて当然。妙高山が第一と認識されていたなら分かるのだが。

牧之らは新潟県側の三俣から現在の祓川コースを登ったようだ。
案内を付けて、随分ヤブこぎをして登った。
「岩にとりつき竹の根を力草とし、一歩に一声を発しつつ気を張り汗をながし、千辛万苦し」とある。自分にも経験があり、目に浮かぶようだ。

当時も山頂に小屋はあったらしいが、「木の枝、山ささ、枯草などを取りあつめ、ふぢかつらにて匍匐(はひ)入るばかりに作りたるは、野非人のをるべきさまなり」という粗末なものだった。

「さて眺望(みわたせ)ば越後はさら也、浅間の烟をはじめ、信濃の連山みな眼下に波濤す」とあり、まさに今、自分の目の前にある景色である。
「ここに眼を拭ひて扶桑第一の富士を視いだせり」というのは、うらやましい。
その姿を「雪の一握りを置くが如し」とたとえている。

一行はその小屋に入り、夜は酒を酌み交わしながら、「詩を賦し歌をよみ、俳句の吟興」も楽しんだという。随分、風流な山旅だ。
私は、食事も撮影も済んだので、満員の小屋で窮屈な思いをしながら早々にシュラフにくるまった。

あくる朝、目覚めると早速、外に出て雲海に浮かぶ山々を鑑賞する。
山に泊まらなければ見られない景色だ。奥左の突起は皇海山(2144m)。
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曇り空で残念ながら、御来光は拝めなかった。

朝食後、6時すぎに出発。気温は12℃。
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一応、敬意を表して、山頂経由で神楽ヶ峰に向かう。
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お花畑沢の雪渓。
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神楽ヶ峰への道は、牧之が歩いた道だが、お花畑まで下る雲尾坂はかなり急な下りである。
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稜線の向こうに榛名山(1449m)がひょっこり顔を出した。
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頂上は平らな苗場山も、その回りは急峻な断崖である。
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お花畑が近づいてくると、その名の通り、様々な高山植物が咲き乱れるようになってきた。
名前は省略して写真だけ紹介する。
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お花畑を通過すると登りに転じる。このあたりは標高1880m。
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振り返ると、苗場山の荒々しい山容。
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この姿からは、山頂のあののどかな風景が想像できない。

登り始めると間もなく、雷清水。
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ここで小休止し、清水を1杯いただく。

この登りは富士見坂というらしい。
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さすがに今日は富士山は見えない。

途中、遭難慰霊碑があった。
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慶応大学ワンゲル部に所属していた平山公彦さんを悼んでのものだ。
昭和39年7月11日というのは、亡くなった日なのか、碑を建てた日なのか、よく分からない。
仲間と兄弟が記したプレートがはめ込まれていた。
合掌して通過する。

頂上付近に達すると、越後湯沢の盆地が一望できた。
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間もなく頂上。7:12着。
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とくに特徴もなく、そのまま通過。

すぐに田代湖への分岐。
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随分、立派だ。

しばらく、なだらかな木道の下りが続く。
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股スリ岩は、本当に股をすった。
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不届き者の落書き。
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石碑群。
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小松原分岐には7:26着。
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ここから右へ折れると、牧之が通った道だが、こちらは直進する。
マイナーな長い長いコースだ。
でも、この稜線をたどると「登った山」が4つも稼げる。

(つづく)
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苗場山(上)

【2013年7月20~21日】苗場山
もう8か月半も前のことになってしまい、ほとんど忘却のかなたである。
写真を見て思い出しながらの報告になる。
秋山郷に仕事で来たついでに、苗場山に登った。
いや、正直に言うと、苗場山に登るために、秋山郷に仕事を作った。

とにかく19日は仕事を終えて、秋山郷の民宿苗場荘に宿泊。
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朝7:14に出発する。
確か、「3合目まで車で送るよ」と言われた気がするが、丁重にお断りした。

3合目まで集落の中を歩くのも楽しそうだったからだ。
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しかも、今夜は山頂の小屋に泊まる予定だから、3合目までショートカットすると時間が余りすぎてしまう。

天気は薄曇り。でも晴れてきそうな予感。
小赤沢川に沿った林道を登っていく。
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1合目の諏訪神社を7:42に通過。標高は940m。
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民宿は780mくらいだったから、160mほど登ってきたことになる。
この神社は、大正3年8月14日の鉄砲水で死者・行方不明者12人を出す惨事になったため、勧請されたものだという。

このすぐ奥に大瀬ノ滝がある。
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地形図には「大ゼンノ滝」とあるが、看板によると読み方は「おぜ」だった。

このあたりはオオバコの大群落。
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間もなく林道を離れて、登山道に入る。
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夏らしいみずみずしい道だ。
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これを書いているのは3月なので、この季節がとても懐かしい。

しばらく沢の脇を歩く。
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その沢を渡るあたりが2合目。
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巨大な岩にロープを渡して橋を支えていた。
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引き続き、気持ちのよい緑の中を進む。
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うう、ほんとに緑が恋しくなる。
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この子たちは10月には真っ赤に染まり、今頃は深い雪の下に埋もれているだろう。

8:50、登山口たる駐車場に到着。標高は1310m。
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登山地図には50台と書いてあるが、100台くらい駐められそうだ。

少々休憩して出発。
登山届のポストがあったので、当然記入して入れておく。
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ほんの少し歩くと3合目。
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しばらくは木の根を乗り越え、乗り越えの道。
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振り返ると、鳥甲山(2038m)の雄姿。
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4合目には9:35に到着。標高1470m。
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ここは水場なので、水筒に補給。
10分ほど一息ついて出発。

この先はしばらく、なだらかな登り。
湿地っぽいところには木道が打ち込んである。
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高山植物も目についてきた。
ゴゼンタチバナ。
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5合目は10:08に到着。標高1580m。
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丸太に座って、10分ほど休憩。

高山らしくなってきた。
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振り返ると、平らなのは鳥甲牧場、その右に高倉山(1326m)。
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その背後には、1000m級の信越トレイルがほぼ直線を描いている。

牧場をアップにしてみた。
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6合目への難所。
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北に見えるのは猿面峰(1832m)。
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緑の山だ~
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10:48、6合目(1750m)通過。
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猿面峰の稜線の向こうに、明日登る霧ノ塔(1994m)が姿を現してきた。
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おお~西の空に妙高山(2454m)と火打山(2462m)も見えてきた。
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火打の雪渓が美しい。

手前には布岩山(1495m)と山腹を横断する秋川林道。
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ガレ場を登って、7合目を11:09に通過。
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クサリ場出現。
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霧ノ塔の全貌。
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ロープにつかまって、11:31、8合目(1940m)をクリア。
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ここまで1合目あたり20~30分の刻みになっている。

11:38、ようやく頂上台地の坪場に達した。
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この先は木道になる。
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ただし、しばらくは撮影タイム。

西に2036mピークがある。
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踏み跡もあるようだし、行ってみたいが、山の名前はないだろうと判断して、やめる。

南西に草津白根山(2160m)の赤茶けた火口が見える。
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これは横手山(2305m)かな。
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なんと、槍穂高まで見えるではないか。
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そして鹿島槍(中央)。その左肩に覗いているのが立山。
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五竜から唐松、白馬。
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白馬三山。
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志賀高原のはるか向こうの北アルプスまで見えるとは思わなかった。感激。

少し登ると、鳥甲山の向こうに北アルプスという絶景。
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アルプスの風景は、まだ残雪を多く残している6~7月が最も美しいと思う。

足元に目を移すと、ワタスゲ。
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チングルマ。
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緑のじゅうたんの中に池塘も出てきた。
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そして、この年はコバイケイソウの当たり年であった。
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とにかく、天上の楽園を歩いているような気分である。
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12:11、9合目(2000m)を通過。
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この後は一旦、樹林帯に入る。
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岩がごろごろしていて歩きにくい。

しかし、これを抜けると再び、大平原。
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まさに苗代をつくる苗場のような光景が広がる。

苗場神社への分岐で、お昼にしたかったが
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先約があったようで断念。
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苗場神社に向かうのは、参拝もあるが、龍ノ峰というどこかピークなのか分からない山を1つ稼ぐためだ。
ピークでも何でもないが、2037mの三角点を一応、頂上と見なすことにする。

そちらへの道はいきなり人がいなくなる。
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12:30ちょうどに神社に到着。
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岩の上に箱がのっているような感じだ。
いずれにしろ略式の安全祈願。

この裏に雪渓が隠れていた。
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しっかりと踏みしめて進む。
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ひんやりして気持ちがいい。

ワタスゲとコバイケイソウの競演。
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地形図でいうと「龍」の字の右上にある池の畔の休憩スポットで昼食とする。
もう時間は13時近い。
誰もいないので、靴を脱いで、大の字になった。
この頃、新しい靴を買ったのだが、まだ慣れていなくて、足の裏が痛くて痛くて仕方なかったのだ。

昼食は民宿で作ってもらったお弁当。
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特大のおにぎりが2つ。全部は食べ切れなかった気がする。
足をよく休めて、45分ほどで出発。

分岐まで来た道を戻る。
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お、空が青くなってきたぞ。
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あれがもう、今夜の宿である苗場山自然体験交流センター(苗場山頂ヒュッテ)。
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長野県栄村の経営である。

頂上近くなると、山岳信仰に関連した石碑などが目立ってくる。
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最後の登り。
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池塘群を見下ろす。
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雪渓を通過。
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ゴルフ場みたい、と言ったら、たとえが悪すぎるが、緑がとても鮮やかだ。
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ほんとに青空が広がってきた。
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着きました。けっこう大きい。14:25。
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手続きは後回しにして、ザックを置いて、頂上へ。ほんの数分だ。2145m。
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しかし、頂上そのものは樹木に囲まれ、それほど面白みはない。
ただ、以前あった山小屋の遊仙閣は、基礎も含め完全に撤去され
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土の養生がなされていた。

日本百名山はこの時点でいくつ目だったろうか。
数えてみたら、35座目だった。

(つづく)
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甲州高尾山・棚横手山(下)

【2014年3月29日】甲州高尾山・棚横手山
大滝不動尊の仁王門まで下りてきた。
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時間はもう12時を過ぎているが、ここでこれから登る人と会う。
「この上には滝があるだけですか?」
聞かれた意味が分からず、「と言いますと?」と返すと、
「登山道はないんですよね」
と聞いてきたので、「いや、あります。この上から行けますよ」と返答。

彼はこの林道から行くことを想定していたようだ。
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仁王門まで車が入って来られるようだ。
駅からここまでタクシーで来る手もあったかもしれない。

ここまで呼ぶ気もないので、舗装の林道をてくてく歩き始める。
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一瞬開けた展望。
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眼下には「ぶどうの丘」
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さて、本格的なお昼はどうする?
どうせこの先には気持ちのよさそうな場所はないだろうから、歩きながら残りのお昼を食べることにする。
マーガリンとメープルを包んだ食パンと豆のサラダ。

沢にはまだ大量の雪。
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でも、春はそこまで来ている。
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三滝橋まで下りてきた。昭和40年の竣工。
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ここを右折して、大滝川沿いにまっすぐ下る。
舗装道路のきつい下りは長いと、腰が痛くなる。
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虚空蔵菩薩堂を通過。
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このあたりは大滝山青少年旅行村。
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しかし、休業中らしい。
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午後1時、前不動まで下ってきた。
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あまりに腰が痛いので、ここで小休止。
コンビニの100円大福(8個入り)をいくつか口に放り込む。
ここで、1.5㍑あった飲料はすべて空に。
でも、この先は市街地なので問題ない。

三光寺の大スギを通過。
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1342年頃、宮宕山からここに移されたとのこと。

菱山地区から望む甲州高尾山。
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甲州独特の道祖神。
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なぜ、丸石を積むのかは諸説があるらしい。
まん丸な石に神聖さを感じたとしてもおかしくはない。

中央線の線路を「菱山道路隧道」でくぐる。
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長さ29m、幅3mのレンガ積みアーチ構造。上部は明治36年の中央本線開通時に完成、下部は大正2年の勝沼駅開設に伴いスイッチバックの引き込み線対応で造られたとのこと。

ここからはしばらく鉄道遺産めぐり。
久々に「山と鉄」の本領発揮だ。

駅前に出て、すこし塩山方面に戻ると、甚六桜公園。
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ここには旧勝沼駅のホーム跡が保存されている。
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中央本線の車窓から、このホーム跡を見るたびに、ちゃんと写真を撮っておきたいと思っていたが、やっと願いがかなった。
勝沼駅は昭和43年の複線化に伴い、ホームは東側の現在地に移ったが、これは単線時代のものだ。
もう少しすると、ホームに植えられた桜があでやかに咲き誇るのだろう。

111㌔ポストのモニュメントが立つ勝沼ぶどう郷駅。
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私はこういう命名はきらいだ。
高知龍馬空港とかもきらいだ。
しかし、そうまでして人を呼ばなければ地方は生きていけなくなった、というさみしい現実もある。

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この駅舎は1980年の完成。
勝沼駅が現在の名称に変わったのは、1993年。もう20年以上たつのか。

トイレを済ませ、アイスでも食べようかと思ったら、食べたいものが自販機で150円。なんと手持ちの小銭は140円。千円札でも買えるのだが、我慢する。

駅前に展示されている電気機関車EF6418。
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1966年に作られ、主に中央本線で貨物車を牽引、南武線、篠ノ井線を転戦し、2005年に引退した、と説明板にある。

これは旧勝沼駅のスイッチバックの終点と大久保沢河川隧道。
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さて、目的の大日影トンネル遊歩道。
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現役のトンネルと並行して走っている。
当初の計画では、駅から勝沼氏館跡まで地上を歩くつもりだったが、このルートもそんなに遠回りではなく、「鉄」も楽しめると知って、こちらを選んだわけ。

大日影トンネルは1903年に開通、68年の複線化により下り線専用となり、時間短縮のための新トンネル建設に伴い、97年にその役割を終えた。
延長1368m、幅3.7m、高さ4.9m。
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以前、読売新聞の「梯久美子の廃線紀行」で紹介されていたが、やっと私も訪ねる機会を得た。

中は結構気温が低い。
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内部はほぼ現役時代のままのようだ。
この鉄道の開通は、勝沼のぶどう産業の振興に大きな影響を与えたという。

中にはたぶん同じ作家が作ったオブジェがいくつも展示されていた。
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30分近くかけて、ゆっくり歩き、出口へ。
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深沢川河川隧道。
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正面の深沢トンネルは、勝沼トンネルワインカーヴになっている。
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この上を通って、国道20号に向かう。

振り返ると甲州高尾山。
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国道に出る直前に、史跡公園めいた場所があった。
江戸期、明治期、大正期の柏尾橋の跡である。
大正期の橋の橋台はこれ。
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それぞれに丁寧な説明板が設置されていた。

このあたりは戊辰戦争の中で、柏尾戦争と呼ばれる戦いが行われた場所らしい。
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説明板のよると、明治元年3月6日、近藤勇率いる旧新撰組と会津藩兵からなる幕軍と、因幡、土佐、高遠藩兵からなる官軍がこの地で激突。
甲府城奪還を目指す幕軍は、勝沼宿に2つの柵門、柏尾に砲台を設けて、官軍に備えたが、むなしく敗走した。
この戦いは甲州では唯一の戊辰戦争であり、甲州人に幕府の崩壊を知らしめるものとなったという。

鉄塔の立つのが柏尾山だ。
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江戸期の街道の雰囲気を伝える馬頭観音。
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1836年に勝沼宿の脇本陣家が中心になって建立したものという。

この先は国道歩き。
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大善寺はさすがにパスすることにする。

ここは東京から118kmかあ。
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午後3時前、くたくたになって駐車場に到着。
車内は熱帯になっていた。もう、そんな季節になったか。

本日の立ち寄り湯は景徳院の奥にある「田野の湯」と決めてある。
営業しているかどうか確認しようと、スマホで調べたら、午後4時までとある。
じぇじぇ、あと1時間しかない。
あわてて、車を発進。すっ飛ばす。

3時15分に着いたので、余裕で入れた。市外の人は600円。
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浴室に入ってみてびっくり。誰もいない。
これは写真撮り放題。
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調子に乗って自分も撮ってしまった。
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この湯は明治時代から知られていたようで、湧出温度は22℃(つまり沸かしている)。
pH10.3の極めて高いアルカリ性の硫化水素臭のする単純硫黄泉で、体がぬるぬるすべすべになった。
すっかり、とろんとしてしまったが、頑張って運転。
大月ICから乗り、小仏トンネルと所沢市内で渋滞に引っかかったが、6時過ぎ、明るいうちに帰宅できた。
富士山もさることながら、久しぶりに南アルプスの眺めを堪能した山旅だった。

【行程】2014年3月29日
勝沼氏館跡(7:17)~大善寺(7:38)~柏尾山(8:13)~甲州高尾山(9:13撮影・休憩9:37)~富士見台(10:12)~棚横手山(10:36休憩10:49)~大滝山(11:05)~富士見台分岐(11:35)~展望台(11:53)~大滝不動尊(12:08)~三滝橋(12:46)~前宮(13:02休憩13:07)~勝沼駅(13:36)~勝沼トンネルワインカーヴ(14:17)~勝沼氏館跡(14:56)

※所要時間:7時間41分(歩行時間:6時間59分)
※登った山:6座(柏尾山、剣ヶ峰、甲州高尾山、富士見台、棚横手山、大滝山)
※歩いた距離:18.3km

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