山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

なかなか行けません

6月8日に雁ヶ腹摺山に登ったっきり、出かけられません。

15~16日は同窓会(徹夜)だったし、22~23日はめずらしく仕事でNG。

この週末も天候不順の予報。おまけに風邪を引いてしまった。

一応治りかけなのだが、もう1週間以上、喉が痛い。

喉の一番の薬は、山のおいしい空気ではないかと思ったりもする。

日曜日なら、静岡に晴れマークが付いている。伊豆の猫越岳あたり、どうかなあとも思っている。

O君にはもっと高い所に行こうと誘われているのだが。
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雁ヶ腹摺山

6月8日(土)は500円札に描かれた富士山撮影の場所として有名な山梨県の雁ヶ腹摺山(がんがはらすりやま、1874m)に登ってきた。
雁ヶ腹摺という名の山はこの近くに、笹子雁ヶ腹摺山と牛奥雁ヶ腹摺山の二つがあるが、ここは頭に何も付かない「本家」の雁ヶ腹摺山である。

ただ、登るのは今や一番楽になってしまった。
車で行ける大峠(1560m)から、標高差300mちょっと。峠の登山口から1時間で着いてしまう。

この日は天気予報もそれほどよくはないし、前の週に浅間山に登って、少々疲れていたので、超軽めのコースとして選んだ。
しかもピストンである。

大峠は大月市の真木と深城ダムを結ぶ延長約27kmの林道の最高地点で、大学3年だったちょうど30年前の1983年4月17日、自転車で奥多摩から松姫峠を越えて、深城ダム(当時はなかった)側から挑んだことがある。
その時は途中で、道路がぱっくりと崩落しており、撤退したことがある。
大峠_オリジナルカラー
そういうわけで、雁ヶ腹摺山もさることながら、今回は大峠に行くことにも少なからぬ感慨があった。

大峠までは車で2時間ちょっとで着くだろうし、山歩きの時間も2時間ないわけで、それほど早起きはせず、8時半前に家を出た。
しかし、中央道での事故のため、圏央道が全く動かなくなる渋滞に巻き込まれ、高尾山ICからエスケープできたのが、やっと10時半近く。
再び相模湖ICから高速に乗ったが、大峠に着いたのは、もう11:40になっていた。
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頂上でちょうど正午を迎えてお昼にするつもりだったのに、すっかり遅くなってしまった。
まあ、午後には晴れる予報だったから、ちょうどいいかくらいに考えることにした。

まずは峠そのものを探索する。
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こんな立派な峠の標識がある。30年前からあったものではなさそうだが、当時こんな看板があったら歓喜したことだろう。

ここまでの道は舗装されていたが、深城ダム側はどうなのだろう。
たぶん全線、舗装されているのだろう。
でも、この先は一般車両通行止めでゲートが閉じられている。
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開いていたら、車道もピストンではなく、ぐるりと回って帰りたかったが、それは叶わぬようだった。

体操も終え、出発しようとしたら、もう下りてきた人に声をかけられた。
「どちらまでですか?」
私は、ここから雁ヶ腹摺山方面の登山道しか頭になかったから、思わず
「ピストンです」
と省略して答えてしまった。
相手がけげんな顔をするので、
「雁ヶ腹摺山です」
と言い直したら
「ああ、そっちですね」と言う。
そうだ、よく考えてみたら、ここは小金沢連嶺の黒岳(1988m)への登山口にもなったいたんだった。あちらも往復2時間半程度の楽ちんコースだ。

雁ヶ腹摺山への登山口はこうなっている。
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天気は曇。高速からは山頂が雲に隠れているのが見えていた。
晴れてくれるのを祈って、11:55に出発。

最初はなだらかな道。
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5分も歩かないうちに、水場が現れる。
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「御硯水」と呼ばれている。
まだ歩き始めたばかりで喉は渇いていないが、味見にちょっぴり飲む。
とくに感慨なし。

道はしっとりしていて、岩には大量にコケが生えている。
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通行禁止の木橋の横を通過する頃から傾斜がきつくなってくる。
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ロープ場まであった。
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そして長い長い木橋。
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海ガメの頭のような石をなぜて過ぎる。
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それにしても、緑が鮮やか。
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初春の若葉とも真夏の深緑とも違う、6月の色だ。

木々と岩と苔が絶妙な配置で自然を造形している。
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30分ほど登ってくると、一旦平らなところに出る。
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そしてまた急坂。
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ツツジがまだ枯れていない。
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この大きな岩に乗ると、すばらしい展望が開けそうだが、真っ白で何も見えなかった。
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この巨石は「神奈備石」。
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ほぼ等間隔に亀裂が入っている。

間もなく、頂上直下のカヤトに至る。
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頂上らしき場所から人の話し声が聞こえるが、姿は見えない。
これでは500円札どころではない。

ガスで霞む山頂。
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こんな景色が見えるはずだったのだが。
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この標識を撮っていたら、食事をしていたおばさんから「それ、みんな撮るねえ」と冷やかされた。「もう、これを撮るしかありませんからねえ」

12:50到着。ほぼ、山地図の時間通り。
とにかくお昼にする。お腹がすいた。
今日は珍しくガスストーブを持ってきた。
冬に買ったカップ麺の担々麺が残っていたので、これを処理するつもり。
あとはコンビニで買った助六寿司。
すこし気温が低かったので、温いものはちょうどよかった。

しかし、食べ終わった頃、晴れるどころか、とうとう降ってきた。
しかも、雨脚がかなり強い。
あわてて傘を差し、ザックからゴアを取り出して着込み、ザックカバーをする。
その間に、地面に置いておいたペットボトルは雨の跳ねでかなり汚れてしまった。
雨の跳ね返りって、すごいんだなあと感心した次第。

降る前に山頂の写真は撮っておけばよかったのだが、あわてて撮り始める。
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あれは大棒ノ頭(1777m)へ続く北の道。
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もう私はやけくそである。
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で、13:35に撤収。カメラをザックにしまってしまったので、下山中の写真はない。
とにかく、雨で地面が滑りやすいので慎重に慎重に下りた。
途中、西の方角に黒岳の手前の赤岩ノ丸(1792m)と思しきピークが見えたが、写真は撮らなかった。

14:15、登山口に戻ってきた。
あっけなく、わずか2時間半弱の山行は終了。

改めて峠を探索する。
よく見ると、黒岳登山口の方に東屋が見える。
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これは地形図に建物として表示されている。

ここから雁ヶ腹摺山を仰ぎ見ると、なんと雲が晴れ始めているではないか。
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雨さえ降らなければ、もっと頂上でのんびりしていたのに。
全くついてない。
が、また雨もまたいいものだ(負け惜しみ)。

黒岳への道を最後に納めて、車中の人に。
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さて日帰り温泉はどうしよう。
この近くにあるうちでは、真木温泉がよさそうだが、HPでは日帰り入浴は午後3時までとあったのでNG。
ネット情報ではもう営業していないと書いてあった「こころのふる里 橋倉」は、分岐に大きな案内看板が出ていたので、念のため電話してみたら、やはりもう営業していなかった。
看板はずしてしまってほしいが、それにもお金がかかるのかもしれない。

結局、国道20号沿いにある、ちょっと入るのに勇気のいる「日の出鉱泉」に向かう。
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ここは20号でこのあたりを通る度に気になっていたところだが、やっと訪れる機会を得た。
庭では名古屋コーチンを飼っていた。コッコッコッ

あまりお客さんもいないだろうから、男女どちらかの湯しか沸かしていないだろうなあと予想していたら、案の定、女湯だけだった。
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ただ、これは予想に反して、お客さんがいて、しかも女性だったものだから、彼女が上がるのを待つことに。
30分待たされてようやく入れた。
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彼女が「水を入れても入れても、熱くなるから大変だった」と先に上がっていた仲間たち(男)に言っているのを聞いて、私は最初から水を入れっぱなしに。
そして、体を洗い終えてから、浴槽に入った。
すこしぬるくなっていたが、その分、ゆったり入れた。

4時半頃、鉱泉を後にして
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高速で帰宅。何年か後、今度は晴れている日に周回コース設定でリベンジしたい。


【行程】
大峠(11:55)~雁ヶ腹摺山(12:50昼食13:35)~大峠(14:15)
※所要時間:2時間20分(歩行1時間35分)
※登った山:1座(雁ヶ腹摺山)


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浅間山(下)

前掛山をあとにし、シェルターのところに13:40に下りてきた。
若者のグループ二つを見送り、私はあとから行く。
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振り返ると浅間山の傾斜はこんなにある。
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来た道を黙々と下る。
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かなり疲れているので、集中力が途切れないようにしなくては。
スリップして、また左脚の痛みが再発するのはイヤだ。

分岐を14:05に通過。左折する。
灌木や疎林の中を進む。
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右手には、これから登る草すべりの壁が立ちはだかる。
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左の突起がトーミの頭だ。

望遠で見ると、登山道も分かる。
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ジグザグの道のようで、すこし安心。

草すべりへの分岐、湯ノ平口には14:20に到着。
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直進すると、4分で火山館なる施設があるとのことだが、往復8分余計に歩く元気もないし、行くと、見学でまた時間を喰ってしまうので、今回は断念。
いつか、浅間山荘から登った時に立ち寄ることにしよう。

とにかく壁を登る前に、一息入れたい。
湯ノ平口を右折して、100mほど先のササ原にザックを置いて、大の字になった。
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そこは、ちょうど正面が谷になっていて、左には牙山の荒々しい岩峰がそびえていた。
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10分ほど休憩。さて最後の難所に挑む。
この道はきついけれど、登るに従い、背後に浅間山や剣ヶ峰が見てくるので、結構楽しめる。
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正面の岩峰もなかなか激しい。
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足許にはハクサンイチゲ。
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そしてショウジョウバカマ。
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もう花の季節になったんだなあ。

半分くらい登ったかな。湯ノ平高原も見下ろせるようになってきた。
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正面の岩峰も迫ってきた。
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そして、後ろからは登山者が1人迫ってきた。
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やばい、抜かれてしまう。
でも、ピッチを上げる元気もなく、やはり何度も写真休憩を繰り返す。

だって、こんなに可憐な花が咲いているんだもん。
イワカガミみっけ。
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これは少し早いけど、ハクサンコザクラかしら。
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だいぶ登ってきたぞ~
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あそこがトーミの頭だ。
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下の方に、ぱっくりひびが入っている。
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おそろしや~

15:20、本日2度目のトーミの頭。
山地図のタイムでは1時間20分のところ、50分で登ってしまった。
こんなに疲れているのに。随分甘めに所要時間を設定しているようだ。

しかし、体はほんとにがたがた。今日は通算して標高差ざっと1300mは登っている。
休憩がてら、改めてストレッチをして、体をほぐす。
眼下には槍ヶ鞘の避難小屋が望めた。
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ここに、小さな女の子2人を連れた家族が休んでいた。
これから下山だと、駐車場に着くのは5時くらいになっちゃうかな。
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この先は車坂峠まで、中コースと表コースの2本の道があるが、表コースを行く。
ちょっと遠回りだが、行きが中コースだったので、迷わずそういう選択になる。
表コースはまず、槍ヶ鞘というピークに登り返さないといけない。
しかし、そういう名前が付いているのだから、登った山に数えられる。ありがたい。

そのピークに立つと、黒斑山の背中がよく見える。
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見事なカラマツ林だ。

そして、マメサクラ越しに浅間が見える。
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もう、ほとんど人の姿はない。

少し下るとさっきみえた避難小屋。
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小屋というよりは大型のシェルター。扉がない。
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ここで夜を明かすのは、ちょっと淋しい。テントが必要だ。

これが見納めの浅間。
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あとは延々と下りだ。
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もう正面には車坂峠と高峰高原ホテルが見える。
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その向こうには池の平湿原が望めた。
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こちら側にはオオカメノキも咲いていた。
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こちらはマメザクラ。
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葉っぱは開き切っておらず、開花したばかりみたいだ。
このあたりは、やっと遅い春が来たところのようだ。

カラマツに混じる白樺の木々も、なんとも幻想的。
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葉祥明の絵のようだ。

ところどころガレた場所もあるが、ふらふらと下っていく。
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そろそろ体力も限界に近い。

でも、表コースは展望に恵まれているので、写真を撮影のため適度に足を止めることができるのが、ありがたい。
篭ノ登山を眺めながらの下りである。
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だいぶ下ってきたあたりで、正面に立ちはだかる饅頭。
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まさか、これを登れと?

わあ、やはり登るんだ。
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このくらい巻いてくれないかねえ。

標高差でせいぜい30mちょっとなのだが、一気に登ることはできず、とうとう腰を下ろして1回休んでしまった。
ただ、このピーク、現地には何の標識もなかったが、山地図には「車坂山」と書いてある。
ありがたく、「登った山」に数えさせていただく。

あとは赤茶けた溶岩庭園のような道を、なだらかに下る。
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16:35、無事、車坂峠に戻ってきた。
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いやあ、疲れました。休憩も含め8時間半の山行。
随分無理したが暗くならないで済んでよかった。

さあお風呂だ。ここには、日本有数の標高を誇る高峰温泉がある。
そこへ車で移動する。車坂峠から5分もかからずに着く。
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バスはここまで来ているようだ。

「ランプの宿 高峰温泉」と言うけど、当然電気は来ている。
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実は後日、関東地方測量部で旧版の地形図を調べていて分かったことだが、以前の高峰温泉は、こんなバスが入る道路沿いではなく、ここから登山道を30分ほども下った谷あいにあった。その頃は本当にランプの宿だったのだろう。
しかし、そこでは経営が厳しかったのか、車で来られる場所まで宿を移したわけだ。
ちゃんと調べていないが、温泉はもとあった場所からポンプアップしているのではないかと思われる。

「入浴できますか~」とフロントに訪ねると、なんともう宿泊の人が入っているので、NGだという。じぇじぇ。
それは残念。素直に引き下がり、さっきの高峰高原ホテルに戻って、そこの湯に入る。
「ここは温泉なのかなあ」とよく分からないでいたが、これも後で調べてみたら、千曲川沿いにある下界の布引温泉から、タンクローリーで湯を運んできているんだとか。
それでは温泉としての真正性が疑われるが、「温泉」を名乗っていないので、文句も言えない。とにかく、汗を流して、さっぱりできた。
正面に八ヶ岳を望む展望風呂のはずだが、この時間にはもう八ヶ岳は霞んで見えなくなっていた。

売店で「浅間山」のバッジを買う。
たまたま、後で、バッジのコレクションを整理していたら、なんとほぼ同じデザインの「浅間山」バッジがあった。
おそらく大学時代に買ったもので、しかも、ここ車坂峠で買ったとしか思えない。
このホテルの前身が国民宿舎だったというから、そこの売店で買ったのだろう。
全く記憶がないが、モノは嘘をつかない。
なるほどねえと、しばし感慨に浸ったのであった。

帰りは中部横断自動車道の佐久北ICから高速に乗り、大した渋滞に遭うこともなく9時過ぎには帰宅できた。

景色にも恵まれすばらしい山行だったが、さすがに疲労困憊で、翌日は晴れにもかかわらず、出かけることができなかった。
腹をくくって、溜まったブログを書いて過ごした。


【行程】
車坂峠(8:05)~トーミの頭(9:05撮影9:10)~黒斑山(9:25)~蛇骨岳(9:50休憩10:05)~仙人岳(10:15)~鋸岳(10:40)~三ツ石(11:00)~前掛山登山口(11:10)~シェルター(12:00昼食12:25)~前掛山(12:40)~シェルター(13:40)~湯ノ平口(14:20休憩14:30)~トーミの頭(15:20休憩15:30)~車坂峠(16:35)

※所要時間8時間30分(歩行7時間25分)
※登った山:9座(トーミの頭、黒斑山、蛇骨岳、仙人岳、鋸岳、前掛山、浅間山、剣ヶ鞘、車坂山)


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浅間山(中)

15分ほど休んで、蛇骨岳をあとにする。
先に出発したグループを追い掛けていく形になる。
右手には絶壁の下に浅間山の火口原・賽の河原が見渡せる。
左手は群馬県の嬬恋高原が広がる。

正面には巨大な浅間山の山体がド迫力で迫る。
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絶景の尾根歩きである。

稜線の先には浅間隠山(1757m)を望む。
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中段右がそうだが、その奥中央にはおそらく榛名山。
そのさらに奥に高く見えるのは日光白根山だろうか。

振り返ると、黒斑山の斜面が見える。左は剣ヶ峰。
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何度も立ち止まって、写真を撮るので、なかなか前のグループに追いつかない。

左の背後には文字通り北アルプスが浮かんでいる。
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あのあたりにはいつ行くことができるだろうか。

少しズームアップしてみる。
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手前左に桟敷山(1915m)、その後ろに角間山(1981m)、そして上に白馬の峰々。
実に美しい。

足許はこのような感じで、それほど歩きにくくなはない。
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ほんとに賽の河原から湯の平方面は、カナダかどこかのタイガのようだ。
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そうこうしているうちに、10分ほどで仙人岳(2319m)に到着。
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ここは写真だけ撮って、通過する。

南に剣ヶ峰の向こうに奥秩父と富士山。
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だいぶ前のグループに追いついてきた。
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しばらく彼らの後ろに付いて歩く。
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浅間山に近づいてみると、山肌には無数の雨裂が走っていることが分かる。
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雄大な景色にばかり気をとられているが、足許にはこんな可憐な高山植物も。
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そして、ぱっくり割れて、赤と黒のコントラストが美しい溶岩。
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鋸岳(2254m)を見下ろす。
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団体さんが休んでいるのだろうか。

ちょうど外輪山の切れ目の向こうに八ヶ岳のスカイラインが延びている。
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鋸岳の手前の小ピークで前のグループが休憩したので、こちらは先に行く。
浅間山の山腹に登山道が>の字を描いて登っているのが分かる。
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あれを登るのは結構しんどそうだ。

鋸岳の断崖。
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登山道は鋸岳の手前に右に下りていく。
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この道をJバンドと呼ぶらしい。
その由来は、ある人のブログによると、昭和26年に群馬県の有志が安全に賽の河原に下りられるルートを開拓し、これを浅間山から見たとき、尾根とルートの組み合わせが「J」に見えることから、そう命名されたらしい。
なぜ「バンド」なのかはよく分からないが、単なる語呂とのことだ。

そのJバンドを下ると平和な賽の河原。手前左の石は「三ツ石」。
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とりあえず、こちらはJバンドへの分岐を通過し、鋸岳のピークに立つ。
山名の表示はなかった。
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ここは外輪山の北の突端にあたり、天明3年(1783)の大噴火、いわゆる浅間焼(あさまやけ)の際に流れ出た溶岩流「鬼押出し」の全容を眺めることができる。
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こちらは観光地として整備されている「鬼押出し園」
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ここで浅間山の歴史を少々振り返ってみよう。
浅間山はかつて2800m級の富士山型の成層火山だった(今は2568m)。その時の山体の名残が黒斑山である。
それが2万数千年前、大規模な山体崩壊を起こし、山の東半分を失った。
約2万年前から火山活動が活発になり、1万年前頃になると、崩壊した山の下から前掛山が成長してきて、新たなピークを形成した。
現在は、その前掛山の中から、さらに釜山と呼ばれる火口が発達し、浅間山の山頂はそこにある。前掛山は見かけ上、外輪山のようになり、釜山を展望する絶好の展望台になっている。
浅間山山頂への立ち入りが禁止されている現在、前掛山をもって山頂とされ、黒斑山までの登山を楽しむ人も多いが、それも実は浅間山の歴史を考えれば、利にかなった話なのである。

さて、当方もJバンドを下ることにする。
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標高差は130m程度だが、断崖を下っていくので、それなりの慎重さを求められる。
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それにしても溶岩が生々しい。

景色は西部劇の世界である。
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賽の河原には巨大な火山弾がゴロゴロしている。
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こんなのに襲われたら、ひとたまりもない。

三ツ石あたりを、さっきの団体さんが集合。
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こんな崖を下って来たのだから、小休止しなければ。
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しかし、私はそのまま進む。この先は気持ちのいい散歩道だ。
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団体さんのガイドさんは、トイレに行きたい方はこの先の茂みの中でしてくださいと指導していた。いいのかな?

浅間山の山腹にはほとんど植生がないが、このあたりは灌木が若干ある。
これはヤマネコヤナギの変種かな?
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地面を這うように生えている。

灌木帯に入ると、間もなく前掛山への分岐に至る。
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ここで左折。

すぐに吹きっさらしに出て、徐々に勾配の増す道を黙々と登る。
こちら側に来ると、外輪山の断崖がよく見える。
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これは黒斑山。

こちらは仙人岳(左)。
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これは鋸岳の東、外輪山の先端だ。
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道は緩く蛇行しながら続く。
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斜面は間近にみると、こんな状態。
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こちらからだと、Jバンドの道筋がよく分かる。
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だいぶ登ってきた。
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この座り込んでいる青年は、休んではハイペースで登り、疲れてしまってまた休むの繰り返しで、とうとうゆっくりゆっくり歩いている私には追いつかなかった。
やはり、同じペースを保つことが、いかに大切かが分かる。

という私も何度も写真休憩を取ったのだが。
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おう、外輪山の向こうに槍・穂高が見えてきた。
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それどころか、もう北アルプスが一直線である。
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さっきの青年も思わずカメラを向けているが、別のものを撮っている。

途中、まだ3歳くらいの女の子がお母さんと一緒に登っていた。
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いやあ、ここまでよく頑張って登ってきたなあ。えらいねえ。
何度も止まって、遊び始めるので、ママも促すのが大変そうだったけど。

で、なんとか前掛山と釜山の間の鞍部まで登り切る。
下の分岐から50分。山地図のタイムより20分早かった。
ここには避難用のシェルターが2基あり、休憩所代わりに利用されている。
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前掛山から下りてくる登山者たち。
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道は右へ大きく屈曲するが、正面に踏み跡があり、釜山に向かっている。
ただ、ここから先は立ち入り禁止の領域だ。
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浅間山はどんなに火山活動が落ち着いていても、常に火口から半径500m以内は一般登山者の立ち入りを規制しているようだ。

でも、けっこう人は登っていく。
私も行こうかと思ったが、地図をよく見ると、本当の山頂は火口の向こう側(東側)で、随分歩かないといけないようなので、止めた。

ここまで来ると、前掛山の裏側(内側?)の真っ赤な断崖が姿を現す。
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下にはまだ雪が残っていた。

もうお昼だし、いい加減疲れたので、景色のいい場所に腰を下ろして、お昼にする。
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車の中におにぎりを1つ落としてきたので(この気候では、もう傷んでしまっているだろう。もったいない)、とりあえず、おにぎり2個と卵焼き。
でも、これで十分だ。

30分近くのんびりして出発。
眼下にシェルターを見ながら外輪山の縁を登っていく。
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目の前に残雪の前掛山。
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さっきの母子も、ゆっくりゆっくり登っている。
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これが本当の浅間山(釜山)。
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今まで、浅間山だと言ってきたのは前掛山だったのである。

釜山へ登る人々と、しっかりした踏み跡が見える。
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そして、釜山は白く霞んでいる。
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火山ガス、硫化水素や二酸化硫黄である。

そして、あれが前掛山頂上。
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振り返ると、こんな景観が広がる。
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12:40、頂上着。
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ここまで5時間半かかるところを、休憩・昼食含め4時間35分で来たので、時間的にはわりと余裕だ。

ここからの佐久平の眺めは広大である。
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富士山もまだ消えずに残っていてくれた。
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さてここからどうするか。1時間ほど行方不明になることにする。

(つづく)

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浅間山(上)

浅間山に登る、ということをこれまであまり具体的に考えて来なかったが、先週、荒船山まで遠征して来たことで、現実味を帯びてきた。
というか、いきなり距離感が近くなったので、行ってしまった。

浅間山荘からのルートもあるようだが、そこからのピストンは全く考えなかった。
車坂峠から、どう歩くか、である。
最初は、トーミの頭から外輪山を北上し、Jバンドから火口原に下りて、再び草すべりを登り返して、トーミの頭から車坂峠に戻る、というコース設定を考えた。これで6時間50分の行程。かなりの距離になる。

今は噴火も落ち着いているので、登山規制は火口から半径500m。
最も近い外輪山の前掛山(2524m)まで行けるが、ここまで往復するとさらに2時間40分かかる。計9時間半の行程になってしまう。
まあ、元気だったら行こう、くらいに考えておいた。

それでも8時には歩き始めたいので、自宅を5時すぎには出発した。
高速を佐久で下り、チェリーパークラインで、標高1973mの車坂峠に向かう。
この道を走るのは、1981年8月に自転車部の合宿で来た時以来なので、もう32年ぶりになる。
車坂峠_オリジナルカラー
あの時は、床屋代をケチって、こんなにうっとうしい長髪だった。

それにしても、2車線の舗装道路が峠まで続いているのには驚いた。
あの時は狭いダートの林道だったんじゃなかったろうか。
まだ1年生で、自転車に乗り始めたばかりだったので、ものすごくきつかった覚えがある。

今やこんな立派な道路に改修されて、カーブごとに句碑や歌碑が立っていた。
さすがに30年は大きい。

峠の印象も随分違う。もう遠い過去のことなので、記憶自体があやふやなのだが、高峰高原ホテルなんてなかった(でも、同じ場所に国民宿舎はあったらしい)。
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ただ、峠の標柱のあるあたりは、それほど変わっていないような気がする。
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さすがに標柱は新しいものと取り換えられているが、標記の仕方はほぼ同じだ。
でも、なぜか標高が5m高くなっている。

ここからは佐久平の向こうに八ヶ岳がすべて見えた。
山腹あたりは霞んでいるが、スカイラインは比較的くっきり見えている。
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右端の蓼科山(2530m)にはまだ雪が残っている。

さて、峠の思い出にも浸ったので、そろそろ出発しようと思ったら、なんと浅間山方面にガスがかかってきた。
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ええ~っ。
高速からは、雲ひとつからんでいない浅間山が見えていたのに。
浅間は諦めて、西の篭ノ登山あたりを歩こうかと、振り返ると、そちらにもガス。

もう仕方がない。曇ってしまったら、適当に切り上げて下りてこようと腹を決めた。
山の神に安全を祈願し、8:05に出発。
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トーミの頭までは表コース(尾根道)と中コース(谷道)がある。
景色は表コースの方がよさそうだが、なるべく早く前に進んでおきたいので、20分ほど早く着ける中コースを選ぶ。
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林床に背の低いササが生えている明るい道。
でも、5分も歩かないうちに残雪が目についてきた。
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さすが信州。奥秩父の2000m級の山とは雪の量が違う。

傾斜はきつくなったり、緩くなったり。
きついところはこんな階段が整備されている。
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途中、蛇骨岳に直接通じる裏コース(もう廃道に近いらしい)への分岐があるはずだが、気づかなかった。

しばらく登ると、背後の篭ノ登山(左、2227m)と水ノ塔山(2202m)が見えてきた。
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ガスもすっかり晴れた。さっきのは一瞬の気まぐれだったらしい。
予定を変更しないでよかった。

これはアサマ2000パークスキー場と高峯山(左、2106m)
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マメザクラが咲いていた。
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去年は丹沢で4月末に見たが、標高が約1000m高いここでは、1か月遅い。

さらに進むと、道がえぐれていて、その底に雪が残っている。
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これでは歩けないから、脇に新しい道ができていた。

途中、表コースを歩いている人の声が聞こえてきたりして、トーミの頭が近いことを知る。
で、8:55、表コースと合流。ここで、外輪山の縁に立ったわけだが、なんと富士山が見えて、めちゃめちゃ感激した。DSC_2306.jpg
手前の稜線は奥秩父。左から、甲武信岳、国師ヶ岳、金峰山である。

アップにしてみよう。
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近くで見る富士山もいいが、遠くから見えると、その分、感動が大きい。

目の前に姿を現した岩峰が剣ヶ峰(2281m)と牙(ぎっぱ)山(2111m)である。
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そして、まだ照れくさそうにしている浅間山。
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早く、その全貌を拝みたい。

それには、こんな荒々しい外輪山の縁を登って行かなくてはならない。
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振り返ると、八ヶ岳の最高峰・赤岳と硫黄岳がさっきより一段とくっきり見えてきた。
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いやあ、今日はすばらしい1日になりそうだぞ。
春でも、標高の高いところは、こんなに空気が澄んでいるんだ。

なんと八ヶ岳のさらに向こうには甲斐駒と仙丈まで見えるではないか。
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これはボーナスだ。

と思っていたら、なんとなんと北アルプスまでカラマツ越しに見えてきた。
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まさしく、あの突起は憧れの槍。
あちらの残雪はほんとに素晴らしい。6月は北アルプスで最も美しい時期ではないかと思う。

これは乗鞍だろう。
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胸を高鳴らせて、少しずつ登る。
振り返ると、槍ヶ鞘とも赤ゾレの頭とも呼ばれる約2290mのピーク。
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そして、そこがトーミの頭。
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ここに立つと、真正面に浅間山である。
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望遠で見てみると、まだ9時だというのに、もう頂上(前掛山)に立っている人がいる。
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考えてみれば、ここは百名山だった。
どうりで人が多いはずだ。
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しかし驚いたのは、浅間山本体だけではなかった。
この外輪山の断崖。
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とても日本の風景とは思えない。なんか西部劇のワンシーンを思い浮かべてしまった。

これは仙丈岳(2320m)。
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浅間山の火口原は賽の河原と呼ばれるが、これも日本離れしている。
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とりあえず目指すのは、あの黒斑山(くろふやま、2404m)。
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トーミの頭をあとにし、湯の平への道(草すべり)を右に分けて、直進する。
上から見下ろすトーミの頭。
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そして湯の平。
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黒斑山には9:25に到着。山地図のタイムより20分ほど早い。
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順調だ。この感じなら前掛山まで行けるかもしれない。

ここは浅間山の絶好の展望台で、きちんと最高地点(2568m)も見える。
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3つに折り重なっている稜線の一番向こうが本当の浅間山山頂。
手前は前掛山への稜線である。

黒斑山で少し休みたかったのだが、山頂は狭く、ベンチなどもないので先に進む。
この先の稜線は時々、樹林の中に入り、そういうところには、まだかなりの雪が残っている。
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アイゼンが必要なほどではないが、久々の雪の感触を楽しめた。

黒斑山(右)と剣ヶ峰(左)
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前方にはカラマツ越しに、今度は白馬三山が見えてきた。
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いやあ、すごいや。

眼下の浅間山山腹には前掛山への道。登山者が豆粒のように見える。
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ヤマネコヤナギ
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あのあたりが蛇骨岳(2366m)の山頂。
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溶岩で出来ているのが、よく分かる。

浅間山も眺める角度によって、少しずつ表情を変える。
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蛇骨岳山頂からは浅間山の北側、群馬県嬬恋村の高原を一望することができる。
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目の前には、田代湖と四阿山(あずまやさん、2354m)。
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その左肩には、妙高山・火打山(右)と焼山(中央右)に雨飾山(左)。
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雨飾山を遠望したのは初めてだ。「ああ、あそこに登ったっけなあ」と思うのは、とても気分がいい。

ここは広いので岩の上にマットを敷いて、15分ほど休憩。
チョコでも食べようと思って、ザックの中のコンビニ袋を明けて愕然。
ない!
おにぎりも3つ買ったはずなのに、2つしかない。
じぇじぇ。
おそらく、助手席に置いた時、袋が崩れてその2つが落ちてしまったのに、気づかなかったのだろう。
痛い!
行動食は、干し梅と黒糖飴しかない。両方をこまめに口に入れて、塩分と糖分を補給する。

この山頂で休んでいたおじさんと山ガール(ってほどでもないが)のグループが先に出発。彼らがとてもいい被写体になってくれた。
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やはり、山の写真は、人が入っていた方が私は好きだ。
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(つづき)
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荒船山(下)

御岳山の先は、例の岩峰P1、P2、P3を通過して行く。
と言っても、登れるのはP1だけ。あとの2つは北側を巻く。

P1が見えてきた。
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北側を巻いて反対側に出ると登り口がある。
かなり恐ろしいところだが、展望は360度である。

まずこれから登る兜岩山。
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見下ろすと、さっき歩き始めた内山大橋が見える。
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こちらは、北の浅間山方面。
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荒船山の平坦面は御岳山に隠れてみえないが、船首の経塚山がこんもりと覗いていた。
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あちらは経塚山の南に連なる立岩への稜線。
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で、正面にはP2(左)とP3(右)。
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P1を下りると、こんなに細いナイフリッジがある。
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P2、P3は巻いて通過。
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兜岩への分岐に至る。
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ここから頂上まで10分ほど。
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とくに苦もなく到達するが、ここも展望はない。
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二等三角点に腰を下ろして、おやつを食べながら、山地図を眺めていると、「展望台往復5分」とある。
あぶない、あぶない、そうだった、忘れていた。

早速、すぐ西側の開けた場所に移動する。
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眼下の新緑が目に鮮やかだ。

しかし、真正面に見えるはずの八ヶ岳が見えない。
こんな至近距離にあるのに見えないとは、相当な春霞だ。

南西の方角には稜線が幾重にも連なっているが、ほとんど同定ができない。
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このあたりはほとんど登っていない。登山道もないようだから仕方ないが。

なんとか見分けようと、地図と景色を何度も見直すが、やはりよく分からない。
結局15分ほど腰を下ろして、のんびりした。
さて、来た道を戻ろう。

星尾峠まで戻るには多くのこぶを越えないといけないので、少しでも減らすため、近道を使うことにする。
御岳山を下って、左に分岐する道がそれだ。

途中、P3を木々のすき間から見える場所があった。
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巨大な岩体である。

近道は比較的なだらかな道だった。
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ただ、下の方は様々な工事が入っていて、興がそがれる。
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荒船不動に着いたのは14:40。
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無事下山できたことに感謝して手を合わせる。

あとはしばらく車道歩き。
振り返ると、今さっき登ってきたばかりの御岳山と兜岩山(右)が望めた。
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間もなく車のところまでたどり着くというあたりで、後ろから来た軽自動車が止まった。
さっき星尾峠で立ち話をしたおじさんだ。
「どこまで?」
「ああ、もうすぐそこです。ありがとうございます」
「そう、いや内山峠まで歩くんならと思って」
親切な方だ。もう少し上で捕まえてくれたら、乗せてもらったかもしれない。

駐車場には15:20に到着。
1か月にわたったリハビリ登山は、これにて終了。
次回からは装具なしでの登山ができる。
しかし、意外なことに、この装具は汗をかいても、そんなに煩わしくなかった。
それは随分ありがたかった。

さて、まっすぐ帰るのももったいない。
曇ってはきたが、まだ日は高い。
神津牧場を見学していくことにする。

まず、さっき歩いた道を復習して内山峠へ。
車はほとんど無くなっていた。みな無事に下山したようだ。

こちらは熊倉峰(1234m)の東を巻いて、初谷分岐というところまで行く。
途中、艫岩と経塚山がそろって見えるスポットがあり、車を止める。
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初谷分岐は長野・群馬の県境。饅頭のような形をした熊倉峰が望める。
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ここに、「古い県境石柱あり」と山地図にあり、現地で探す。
分かりにくい場所だったが、なんとか見つけた。
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由緒ありげだが、建立はなんと昭和34年。なぜ、この時期にこれをここに立てたのかは、よく分からない。

そのまま林道というか県道を行くと、神津牧場を見下ろす場所に出る。
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ソフトクリームが有名らしい。
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ここは1887年(明治20年)創業の歴史ある牧場だ、
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一貫して、イギリス原産の乳牛ジャージー種を飼育しているという。

「我国酪農発祥の地」ということになっている。
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ここの土産物屋に「荒船山」のバッジがあったのでゲット。
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ついでに小腹がすいたので、牛肉の煮込み(250円)を賞味する。
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さっぱりした塩味だが、肉のうまみが出ていて、とてもおいしい。

と、見覚えのある人が、テレビカメラを従え出てきた。
ダンカンだ。
う~ん、なんとも微妙。
子連れで来ており、どこかの旅番組なのであろう。
「楽しかったね~」みたいな最後のシーンを撮っていた。
他の観光客も別にざわつきもせず、「あら」みたいな程度で眺めていた。

車に戻ろうとしたら、牛の移動に出くわした。
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ジャージー種というのは茶色いんだ。
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で、さっきから案内板がたくさんあって気になっていた「荒船風穴」という国史跡に向かう。
なんだろう。風穴が天然記念物なら分かるが史跡とは。
行ってみてびっくり。
なんと冷気を利用した蚕種の貯蔵所だった。
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しかも、「富岡製糸場と絹産業遺産群」の構成資産の一つとして世界遺産登録を目指しているのだった。

どんな遺構なのか。これまた実物を見てびっくり。
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城郭のような見事な石垣で築かれている。
明治時代に造られたもののようで、当時は木造の建物があったらしい。

近づくと冷風が今でも吹いてくる。
外気温は20℃だが、1号風穴のあたりは16℃。内部は1℃だというので、完璧な天然の冷蔵庫だ。
この温度は夏よりも秋の方が高く3℃くらいまで上がるらしい。
自然の神秘である。
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この風穴を運営していた「屋敷」という集落も実に美しい山里だった。
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満足して出発しようとすると、下から大きなワゴン車が登ってきた。
とてもすれ違える道幅ではない。
あちらはすこし引き返せば、脇道によけられるのに、どんどん登ってくる。
こちらはしばらく止まって、無言のアピールをしたが、通じない。

結局、こちらが折れて、バックで登る。普通、そういうことはさせないだろう。
駐車場まで戻って、待っていたが、今度はなかなか来ない。
やっと来て、お礼のクラクションを鳴らしてくれたが、頭に来ていたので無視。
やっと前進すると、あの車、途中で同乗者を風穴入り口に下ろしていた。
人を待たせておいて、なんて常識知らずなんだろう。

ムカムカしながら下っていったが、旧道の雰囲気のいい道を走っているうちに、そんなことは忘れた。
下仁田バスの終着点、市野萱バス停。
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ここが公共交通機関による荒船山の登山口になっているが、ここから登るのは結構大変だ。

最後に、「荒船の湯」で汗を流す。
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関越道が30kmの大渋滞だったので、ずっと下で所沢まで帰った。
3時間かかり、登山より疲れてしまった。


【行程】
内山大橋下(8:15)~内山峠(9:00体操など9:05)~鋏岩(9:40撮影9:45)~艫岩展望台(10:20休憩・撮影10:25)~星尾分岐(10:55)~経塚山(11:00昼食11:20)~星尾分岐(11:25)~星尾峠(11:35立ち話11:45)~御岳山(12:20)~兜岩分岐(12:55)~兜岩山(13:05展望台往復、休憩13:25)~兜岩分岐(13:40)~不動分岐(14:10)~荒船不動(14:40撮影14:45)~内山大橋下(15:20)
※所要時間:7時間5分(歩行6時間)
※登った山:3座(経塚山、御岳山、兜岩山)

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荒船山(上)

リハビリ登山のため、「西上州」の山地図を眺めているうちに、荒船山(1423m)に行きたくなった。
よくよく見ると、登山道の赤い線ではつながっていないが、周回コースの設定が可能であることが分かった。
そういうわけで、首に装具を巻いたまま出かける最後の山に、荒船山を選んだ。

5月26日(日)、自宅を朝6時前に出発。
高速を下仁田で下りて、国道254号を西に向かう。
内山隧道へのつづら折りの道になると、眼前に荒船山の象徴である艫岩(ともいわ)が見えてくる。
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思わず、車を止めて撮影。いやあ、近くで見ると大迫力である。
しかも、今年のGWに、撮影中の登山者が誤って転落死するという事故があったばかり。
ちょっと緊張する。

内山隧道を抜け、内山大橋にかかる前に左の脇道に入り、滑津川を渡る。
その先の荒船不動への道の合流地点あたりに車を駐める。
おあつらえ向きに広い駐車場があった。

8:15出発。今来た道を254号まで戻る。
内山大橋まで登ってくると、今日登る予定の兜岩山(右、1368m)と御岳山(左、約1350m)が展望できる。
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間にある小さな突起は岩峰で、左からP1、P2、P3(大ローソク)と呼ばれている。

再び、国道を離れ、内山峠の旧道を歩く。
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峠が登山口になっているので、登山者の車が結構登ってくる。

峠には9時ちょうどに到着。ここは長野県と群馬県の境界になっている。
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20台ほどが駐められる駐車場は、ほぼ満車になっていた。
ここまで車で来てしまうとピストンせざるを得なくなるので、私は避けた。

荒船山の由来は、その姿が荒海を行く船のようだから、とのことなのだが、艫岩とともに特徴的なのが、水平な稜線だ。地形図で図ってみると、その長さは1.3kmもある。
艫岩はその名の通り、船尾に当たるが、船首は経塚山と呼ばれる荒船山の最高地点。
私などは、その姿からタンカーや空母を想像してしまうので、艫岩の方が船首に見えてしまう。

ともかく、体操を済ませて、駐車場の奥から登山道に入る。
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新緑の爽やかな道がしばらく続く。

駐車場がいっぱいになるだけあって、ハイカーも少なくない。
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突然思い立って出かけてきたので、地形図をまだ買っていないから、山地図が頼りなのだが、これでは等高線が、あまりよく分からない。
事前に分かっていれば、それほど消耗もしなかったのだが、艫岩までの道はアップダウンが延々と続く。
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これで私は序盤からすっかり疲れてしまった。

山地図に「鋏岩修験道場跡」と記されていると思しき地点には、9:40に到着。
それでも標準タイム1時間のところ、35分で歩いてきた。
ここは道場になるだけあって、結構な断崖である。
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この岩陰状になっているところが修行の場だったのだろうか。
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四脚門の礎石らしきものが残っていた。
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鋏岩を回り込むと、右前方に経塚山が姿を現した。
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鋏岩と艫岩の中間地点あたりに「一杯水」と呼ばれる水場がある。
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ちょろちょろと湧き出していたが、水に近づくのがひと手間なので、指を咥えて見送った。

艫岩への登りに差し掛かると、岩場や鎖場が連続する。
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ここで落ちるわけにはいかない。

登り切ると、びっくりするような平坦な道。
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懐かしい「マツダランプ」の広告入り、ホーロー道標があった。

間もなく艫岩の展望スポット。
ここには「転落死亡事故発生」の真新しい看板が掲示されていた。
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おそるおそる近づき、写真を撮る。
断崖の高さは150m。落ちたら、即死である。
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正面(北)には、内山牧場(左)とアンテナを立てた物見山(1375m)が見える。

この先、5分ほどのところに、本格的な展望台がある。
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転落事故があったのは、こっちだろうか。

眼下には国道254号がうねっている。
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正面の物見山の向こうに、浅間山が雲を乗せている。
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これは妙義山方面。
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冬なら北アルプスも見えるはずだが、今日は霞んでいて、あまり遠望がきかない。
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ひと通り撮影を終えたら、ベンチでひと休み。
と言っても長居はせず、すぐに出発。

古びた東屋のような避難小屋を左に見て、経塚山方面へ向かう。
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ここからは本当に平らな道が延々続く。楽ちんだ。
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前を歩く親子3人連れ。
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この方々は花に関心があるようで、一生懸命写真を撮っていた。

途中、「皇朝最古修武之地」と刻んだ石碑が立っている。
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香取神宮と鹿島神宮が争うのを、天照大神がニニギノミコトを遣わし、この地で和議を結ばせたことにちなむという。
昭和初期に地元の人が建立したものらしい。

さらに平らな道を進む。
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星尾方面と経塚山方面の分岐あたりから登りとなる。
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この登りで団体さんとすれ違う。

写真を撮る暇もなく、分岐から5分で山頂に着いてしまった。11時ジャスト着。
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ここはあいにく展望がきかない。
でも仕方ないので、簡易イスを出して、少し早いがお昼にする。
いい休憩になった。

20分ほどで出発。今登ってきた道を分岐まで戻り、今度は左に折れて、星尾峠に向かう。
緑が一段と濃くなってきた。
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次に星尾集落への荒れた道を左に分けると
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間もなく星尾峠(約1270m)。
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ここを下ると、荒船不動を経て、車のある場所に下りられる。
ところが、ここから荒船不動までの道は工事のため通行止めと看板が出ている。
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ちょうど、向こうから上がってくる人がいたので聞いてみた。
「いや工事してる所なんてなかったし、普通に通れましたよ」とのこと。
これをきっかけに、ちょっとこのおじさんと立ち話をすることに。
私の首の装具を見て話す気になったのか、この方は最近、胸椎と頸椎の手術をしたばかりで、やはり同じようにリハビリ登山をしているのだという。
「この前は内山峠から登ったから、今日はお不動様から。経塚山に登ったら引き返します」
すでに、すごい汗だ。
「私は荒船不動に下るんですが、まだ時間があるので、兜岩山まで遠征してきます」
と言い残し、別れる。
ここからは激しいアップダウンの繰り返しだ。

稜線からは物見山の向こうに浅間が見えた。
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雲が取れたようだ。

途中の小さなピークには石の祠や神像が祀られていた。
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静かに手を合わせる。

御岳山への分岐には、星尾峠から30分ほどで到着。
分岐からかなり危ない岩場を登らないといけなかったが無事クリア。
この頂上にも神様がいた。かなり新しい。
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ここは、木曽の御嶽山まで行けない近在の人がここに登り、御嶽山に向かって手を合わせるようになったことから、誰言うともなく「御岳山」と呼ばれるようになったという。
ここも展望はないので早々に退散した。

(つづく)


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唐松尾山(下)

展望を満喫して、西御殿岩をあとにする。
分岐に戻ってからの登りも案外きつい。
疲れた表情を隠して、男女3人グループとすれ違う。
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左手には、柳沢峠方面が時折望める。
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中央右の凹みが柳沢峠。まだ、うっすらと富士山が見える。

尾根に乗っかり、最後のひと登りで唐松尾山にたどり着く。
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なんと樹林の中で展望がほとんどない。
しかも誰もいない。
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12:25。いい時間なので、チェアを出して、ここで昼食にする。
いつもながらのコンビニおにぎりで時間を節約。
標高もそこそこあるし、名前もいい。
人気の山だと思っていたら、眺望に恵まれないせいだろうか、笠取山(1953m)に全然負けている。まあ、静かに過ごせたのはよかった。

頂上の北の尾根は厳重にとうせんぼがしてある。
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警告を守ったが、帰宅してから、分県登山ガイドで復習すると、この先ちょっと行ったところに岩場があり、大きな展望が広がる、とある。むむむ、失敗。でも、西御殿岩からの眺望とあまり変わらなかったろうと慰める。

お腹も落ち着いたので出発。笠取山方面へ稜線を歩く。
結構なアップダウンが続く。
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あれをみんな上下しなくてはいけない。少々げんなり。

でも歩きやすい道だ。
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振り返ると、西御殿岩が見えるスポットがあった。
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これは唐松尾山とセット。
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道々、シャクナゲがほころび始めていた。
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つぼみは真っ赤だが、開くに従い、白っぽくなっていく。
去年、瑞牆山で終わってしまった花を見たが、やはり若いのは美しい。

稜線は基本的に樹林帯だが、明るい雰囲気で、歩いていて飽きなかった。
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稜線には、黒槐(くろえんじゅ)山という2024mの山があるようだが、登山道はこれを巻いている。
私は、道をはずれて、ピークをハントする。ものの10分程度の寄り道。
林床も背の低いササなのでヤブこぎや道迷いの心配もない。

これが頂上。
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ちょっと期待したのだが、山名のプレートは見当たらなかった。

登山道に戻ると、正面に双耳峰の笠取山が見えてきた。
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このあたりは、さわやかな高原の雰囲気がある。
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笠取山への分岐近くで、またもや見つけてしまった。
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「髪技」である。3月に金時山近くで見つけたものと筆跡も同じ。
あちらには「3B会」と書いてあったが、こちらには「B・B・B会」とある。
同一人物の仕業であろう。こういう意味のないことは止めて欲しい。
どうしても、自分の足跡を残したいなら、道しるべを作り、その下に小さく「髪技」と入れてはどうでしょう。

14:00ちょうど笠取山への分岐に到着。
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ここから水干(みずひ)までは、一昨年歩いた道だ。
水干は多摩川の源流。
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この沢からは大菩薩が見えたのだ。前回は全然気づかなかった。
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その時に、1滴の水がしたたり落ちる場所を確認してあるので、今回はそこまでは行かず、休憩用のベンチでひと休み。
前回は、このベンチでカップルが、ガスストーブでお湯を沸かして、カップ麺を食べていたのが、ちょっとうらやましかった。
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今回はカップ麺こそ食べないが、のんびり行動食のチョコを食べて、ひと息入れる。
妙に腰が落ち着いてしまい、15分も休んでしまった。

笠取山の南側の巻き道を西に進むと、山頂から下りてくる道と合流。
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ここから見る笠取山が、急峻なピラミッドで一番格好がいい。
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鞍部にはかつて木材輸送に使用したと見られる巻き上げ機の残骸が残っていた。
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こういう遺跡には、きゅーんと萌えてしまう。
山に機械というミスマッチも琴線を刺激するようだ。

そして、ここにはもう1つ名所がある。
これも前回立ち寄ったのだが、富士川・荒川・多摩川の3つの川の分水嶺である。
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それが、こんな饅頭みたいな、小さな高まりだというのがとても不思議だ。

頂上には分水嶺の碑があった。
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地図ファンとしては、これもまた萌えの対象である。

奥秩父主脈の縦走路を右手に見て
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こちらは笠取小屋(約1770mに向かう。もう、この山行も終盤だ。

えぐれた道を通過して5分ほどで小屋に着く。
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以前来た時は山小屋コレクションという発想はなかったが、写真は撮ってある。
今回は中を見せてもらう。
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休憩所っぽいところを覗き、売店らしきものがないので、うろうろしていたら、前のベンチで登山客と話していた、青い服のおじさんが「どうしました?」と聞く。
な~んだ、あなたが小屋の方だったんですか。てっきりお客さんだと思ってました。
「バッジがないかと思って」
「ああ、ここは置いてませんよ」
じゃあ、仕方がない。

回りを見学して辞することにする。
そうしたら、こんなものを見つけた。
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空き缶押潰し機。真ん中の穴に長い棒を通してテコの原理でつぶすのだろう。
今も使っているのだろうか。今の缶は簡単につぶれるから必要ないか。

2分ほど下ったところに水場あり。
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手を洗い、少し喉を潤して、そのまま下山する。

ここから作場平の登山口までの標高差は約460m。
ちょっときついが、基本的に傾斜が緩やかで歩きやすかった。
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一休坂の交差点で、前回歩いた道と交差する。
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何度も沢を渡り、道はどんどんなだらかになっていく。
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そんなにうんざりすることもなく、1時間ほどで作場平に到着。
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これでひと安心。あとはしばらく車道歩き。
車で帰る人が、三ノ瀬まで乗せてってくれないかなあ、などとあり得ないことを望みつつ、とぼとぼ歩く。

車道をそのまま行くと、大幅な遠回り。地形図に、途中から三ノ瀬にまっすぐ突き抜ける山道の表示がある。
これが生きていれば、近道なのだが、望みは薄い。
しかし、入り口のあたりにこんな朽ちかけた道標を見つけた。
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ガードレールを乗り越えて、斜面を下りると踏み跡はほとんど分からないが、赤テープをたどることができた。

これで行ける!と思ったのだが、とうとう途中で赤テープを見失ってしまった。
いつもなら引き返すのだが、地形図を見ながら、勘を働かせて進むことにする。
小さな尾根を一つ越えると沢に出る。
この沢さえ渡れれば、あとは迷うことはない。

思った通りに沢に出たが、ヤブで渡れそうな場所がない。
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少し遡ったところに飛び石状になっているところがあり、そこを渡ると民家の裏に出た。
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今回は完全に道を失ったが、人里の中だったので強行し、結果的にうまくいった。でも、これは本当の山中では応用できまい。

一ノ瀬高原キャンプ場を突っ切ると、そこは民宿石楠花の駐車場。
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16:30着。
民宿のおばちゃんにお礼を言うついでに、風呂に入れるかを訪ねたらNG。
仕方なく、途中の日帰り温泉を利用することにする。

ちょうどいいのは丹波山村の道の駅にある「のめこいの湯」だが、3月に行ったばかりなので、違うところを探す。
お目当ては、源泉が奥多摩湖に沈んだ鶴の湯温泉郷のひとつ馬頭館だ。

ここは国道から離れているので、ほとんど立ち寄り湯に利用する人はいないはずだし、その店構えが何ともレトロで、以前から目を付けていたのだ。
つぶれているかもしれないと思ったが、行ってみたら、営業していた。
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おばちゃんに案内された小さな内湯からは奥多摩湖が望めた。
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(これは旅館の正面から)

独り占めでゆったり浸かる。
料金は、茶菓・タオル込みで1000円とのことだが、入浴だけだったので800円にしてくれた。

近くには、こちらこそもう営業していないと思しき宿があった。
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千歳館。奥多摩はダムが完成した頃と違って、泊まりがけで来る場所ではなくなっちゃったからなあ。
奥多摩の哀愁漂う雰囲気がわりと好きである。

鶴の湯温泉の源泉は、陸上に汲み上げられ、一般の人が給湯できるようにされていたが、7月1日から利用できなくなったとの貼り紙が。去年の7月だろうか。
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利用したことはないが、残念なことである。

手術後初の2000m越えを果たし、ほぼ以前の体に戻ったとの感触を得た。
これから、梅雨をしのぎ、夏の大遠征に備えたい。



【行程】
民宿石楠花(8:45)~登山口(8:50)~背中あぶり(9:25)~将監小屋(10:15)~将監峠(10:25探索・休憩10:45)~牛王院平(10:50)~山ノ神土(11:00)~分岐(11:25)~西御殿岩(11:45撮影11:55)~唐松尾山(12:25昼食12:45)~黒槐山(13:40)~分岐(14:00)~水干(14:05休憩14:20)~雁峠分岐(14:40)~笠取小屋(14:45)~一休坂分岐(15:25)~作場平(15:45)~民宿石楠花(16:30)
※所要時間:7時間45分(歩行6時間50分)
※登った山:4座(牛王院平、西御殿岩、唐松尾山、黒槐山)

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唐松尾山(上)

まだ、わずか10日ほど前のことなのに、なぜ唐松尾山に登ろうと思ったのか、よく覚えていない。
一昨年の夏にお隣の笠取山に登っているから、山梨側の三ノ瀬から登れば、同じ道を通る羽目になりかねないことも分かっていたのに。
ちゃんとは思い出せないが、多分、奥秩父で日帰りできるところ、というイメージはあったのかもしれない。

5月25日(土)。天気予報は晴れだったが、所沢は厚い雲がたれ込めている。
晴れるような雰囲気ではないが、もうその気になってしまっているので、出かけることにする。6時すぎに出発。
青梅街道を西上していくと、奥多摩に入る頃から、いきなり晴れてきた。
これは時間的に晴れてきたというより、空間的に晴れてきた印象だ。
気持ちのよいドライブになった。

パジェロミニを買ってから、車で出かけることが圧倒的に多くなった。
でもピストンは相変わらず避けている。
何とか周回コースを設定すべく、毎回地図とにらめっこ。
今回は、前回の笠取山の時のルートと極力重ならないよう知恵を絞った。

三ノ瀬の民宿石楠花の前に8:30に到着。
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民宿のおばさんに駐車料金500円を支払う。
「和名倉山かい?」と聞かれたので、「唐松尾です」と答えた。
駄菓子を1袋くれた。

8:45出発。非常にいい天気だ。
登山口までは車道を5分ほど。
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少し歩いた所にある別荘のような所で、靴下に刺さったままの草のトゲを取る。
ついでに体操。
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体操は少し体が温まってからするのがいいのだそうだ。

しばらく林道を行く。
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というか、将監小屋までずっと林道だった。
小屋コレクションもしたかったので、尾根コース(七ツ石尾根)ではなく、巻き道を選んだのだが、この道はよく見ると、ほぼ等高線に沿っている。
将監小屋は関係者が車で行ける小屋だったのだ。
山地図にも「将監小屋まで幅2mの簡素な林道」と書いてあった。

民宿の標高は1250m、将監小屋は1740m。
標高差500mをほぼ苦もなく歩くことになる。
すぐにゲート。
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尾根道への分岐はどこだ、どこだ~と歩いてきたが、結局分からないまま過ぎてしまった。
ここは「背中あぶり」です、という看板のあるあたりで、この辺のはずなんだけどなあと思ったが、どうやらその時点では、すでに通過していたようだ。
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それにしても奇妙な地名だ。

ムジナノ巣と呼ばれる水場も山地図に書いてあったが、どの水場がそれなのか特定できないまま通過。
右手が開けた明るい道をサクサクと歩いていく。
カラマツの新緑が目にまぶしい。
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振り返ると、鶏冠山からのとほぼ同じ角度で大菩薩が見える。
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と思ったら、その右に富士山まで見えて感激。
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てっきりこの時期は無理だと思っていただけに、拾い物をした気分。

10:15、将監小屋に到着。
青色のトタン板にくるまれた昔ながらの建物である。
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玄関から中を覗くと、すぐに大部屋。70人収容のこじんまりした小屋だ。
少し休ませてもらおうと思ったのだが、どこに腰を下ろすか。
管理人室、みたいな入り口があったので、「こんにちは~」と声をかけると、ジャガイモの皮を剥いていた老人が「何?」とめんどくさそうに顔を上げた。
それで一変に休む気がなくなり、「バッジはありますか」と分かりきったことを聞いて、お茶を濁し、その場を辞す。

すぐ先に水場があったので、1杯だけいただく。冷たくておいしい。
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それにしても、ここは景色もよく、風も避けられそうだし、抜群の立地だ。
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もし、和名倉山に登る機会があったら、ここに泊まるのも手だろう。
三ノ瀬からだと往復10時間以上のコースだし、秩父側へ縦走するにしても、あちら側の道はかなり荒れているらしく、三ノ瀬までの交通の便が極めて悪い。塩山からタクシーで1万円以上もかってしまう。

そんなことを考えつつ、将監峠に向かう。
ここから峠までは防火帯になっており、眺望がなかなかよい。
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正面に見えるのは、おそらく滝子山だろう。
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小屋は屋根も真っ青だ。
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10分ほどで峠に到着。標高は1800m弱。
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右に行くと、飛龍を経て、雲取山方面。左が唐松尾山への道だ。
飛龍への道は、竜喰山(2012m)や大常木山(1962m)を巻いて行くことになっているが、尾根づたいの道があるのかどうか、ちょっと確認に行く。
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入り口にはササヤブの中に踏み跡がありそうだったが、このままずっと行けるのかどうかは分からない。

峠は風の通り道のようで、ちょっと寒いくらい。
手術後初の1800m。天気がいいとは言え、やはり肌寒い。
倒木に腰を下ろして、しばし休憩。たまたま会社から電話がかかってきたので応対。

この先はよい景色を求めて、左手の防火帯を登っていく
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振り返ると竜喰山の稜線が見渡せる。
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防火帯のピークに立って、何気なく地面を見ると、こんなプレートが落ちていた。
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牛王院平(1860m)の名は地形図にも載っているので承知していたが、なんとピークのことを指しているとは思わなんだ。これまた拾い物である。

そのピークはこんな形をしている。
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気をよくして裏に下り、登山道に合流するとまもなく山ノ神土(かんど)(1872m)。
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和名倉山(白石山)へは、ここを右折する。

このあたり、高原状になっており、とても穏やかな雰囲気だ。
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ここからは西御殿岩の南壁をトラバースしていく形になる。
これまでの軟弱な道から比べると、ややきつい。
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ガレた沢を横断する箇所もある。
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この上はひどいことになっている。
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山ノ神土と唐松尾山の中間地点あたりで、西御殿岩への分岐となる。
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ちゃんと道標があって助かった。ザックはここにデポする。

西御殿岩(2075m)は「眺めが良い」(山地図)らしく、登った山を1つ稼げるので寄り道しなくてはならない。
結構険しい道である。
こんな岩もクリアして
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20分ほどで登頂。
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手術後初の2000m越えである。

眺めは確かにすこぶるよい。360度の大パノラマである。
まずは敬意を表して、だいぶ霞んでしまった富士山。
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その左が大菩薩嶺(2057m)で、富士山の下に鶏冠山(1716m)、そのさらに手前が藤尾山(1606m)。

眼下に牛王院平。
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西に唐松尾山(2109m)とその左奥に国師ヶ岳(2592m)
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奥に霞んでいるのが浅間山(2568m)
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鋸の歯を天に向けた両神山(1723m)。その右奥はおそらく赤久縄山(1522m)
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あの奥の残雪の稜線は、草津白根山(2160m)だろうか。
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浅間山と両神山の間に見える遠くの山と言えば、それしかないのだが。

北面をひとつなぎにすると、こういう眺めになる。
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それでは東を眺めてみる。
すぐ手前が竜喰山、その右に連なるのが大常木山。背後にどっしり構えるのが飛龍山(2069m)。
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そのわずか左に雲取山(2017m)。
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そのさらに左に、芋ノ来ドッケ(1946m)と白岩山(1921m)
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その左手前には和名倉山へ続く稜線がうねっている。
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右端の突起がカバアノ頭、その左が東仙波(2003m)、西仙波(1983m)はそのすぐ左の緑色の突起。

そこからさらに左の稜線。
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手前の稜線の右の突起が吹上ノ頭(1990m)。その奥のなだらかなピークが和名倉山(2036m)。

私はこの稜線を見て、ものすごくそそられた。
実に美しい。超長大なピストンになるかもしれないが、近いうちに歩きたい。
秩父側に下りるのは、今の読図能力ではまだ自信がない。

たまたま、軽装で上がって来た人に写真を撮ってもらったが、彼は笠取山に登り、ここの景色がいいと聞いて、足を伸ばして来たのだという。
私はてっきり、彼もさっきの分岐にザックをデポしてあると思ったのだが、それらしきものはない。とうとう彼は、軽装のまま唐松尾山を経由して笠取方向に下って行ってしまった。彼は、笠取から4時間ほどのピストンをアタックザックでやってしまったのだ。
作場平に車を置いて登ってきたのだろう。馬止から登っていれば、牛王院平経由の周回コースにできたろうに。
まあ、人のことはよい。

(つづく)

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加波山(下)

加波山を下り、丸山を経由して一本杉峠(約425m)に下りてきた。
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ここは交通の要衝である。
登山道も含めると、7本の道が集まっている。

次の目的地である足尾山(628m)へは途中まで舗装道路でも行けるが、随分遠回りになるので登山道を選ぶ。
数分歩いて、道が下っていることに不審を抱き、地形図をよく見ると、違う登山道に入っていた。
すぐ気づいてよかった。戻って舗装道路をほんの少し歩くと、正しい登山道が左に分岐していた。
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バイク・自転車進入禁止の標識の中を入っていく。

再び舗装道路に出て、もう一度、山に入ると、「男坂・女坂」の分岐が。
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時間を短縮したい私は、「男坂」を選ぶ。
これが、まさに男坂で、直登直登の連続である。

13:10足尾山に到着。ここは展望がいい。
今は合併して桜川市になってしまったが、旧真壁町の市街地がよく見える。
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頂上には大きな石垣の基壇の上に、小さな祠がひとつ。
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かつてあった大きな社が焼失してしまったのだろうか。

ここの賽銭箱が一風変わっている。
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石で出来ており、スロープを通じて、細長い穴から中にお賽銭が入るようになっている。
しかし、これでは取り出すことは出来まい。

この神社は古くから足の病を治す神様として信仰を集めてきたそうだが、「万葉集」などでは「葦穂山」と記されているそうだ。
祠には、その文字が採用されていた。
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私の勘では、「葦穂」を「足尾」と表記するようになってから、足の神様になったような気がする。それが、いつのことかは分からないが。
祠は東日本大震災の影響か、石垣とともにかなり痛んでいた。

次の目的地は、きのこ山(528m)。
まずは急な階段を下るのだが、その前にもう一度、真壁市街を眺めることができた。
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手前の緑色の部分は、国史跡に指定されている真壁城跡である。

階段を下り切ると、足尾神社の旧跡があった。
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信仰は今も篤いらしく、不要になった靴やサンダルがうず高く積み上げられていた。
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これでは単なるゴミ捨て場のような気もするが。

舗装道路に出た途端、稜線の鞍部となり、ハンググライダーの離陸場があった。
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ここは、ちょうど西へも東へも風向きによって、どちらからでも飛び立てるようになっている。
それだけに眺めがいい。

これは東の石岡方面。
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かつての川の蛇行跡も分かる。
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こちらは西の真壁方面。
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この日はとても、いい風が吹いていた。
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きのこ山まではほぼ稜線に沿った舗装道路を歩く。
登山道と違って、展望がきくので、それはそれでありがたい。
途中、加波山を確認することもできた。
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舗装道路を歩くこと30分ほどで、きのこ山の入り口に到着。

脇道に入って60mほどで、汚れた東屋があり、そこに、きのこ山の説明板があった。
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誰言うともなく、そう呼ばれるようになったとか。

きのこ山の最高地点には、なんとなく踏み跡が続いており、ヤブの中に三角点を見つけることができた。
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これで本日のピークハントは終了。下山する。

地形図には、ここから細い林道がうねうねと続いているが、途中からショートカットする登山道が記されている。
問題は、この道がちゃんとあるかどうかだ。
これが廃道になっていたりすると、さらに1時間近く林道歩きを続けないといけなくなる。

林道の入り口は舗装なのだが、車両通行止めになっているのが気になる。
途中からダートになるが、わりと路面はしっかりしている。
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緑したたる林道を延々下ると、登山道への分岐に標識があった。
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ラッキー! しかし、この「つぼろ台」とは何だ?

登山道はすぐ二又になり、右へ80mで「つぼろ台」だという。
そのくらいならと行ってみたら、実に素晴らしい展望台だった。
小さな尾根の先に、石舞台のような大きな岩がある。
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そこに登ると、燕山、加波山、丸山、足尾山がすべて見える。
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(左が燕山、右が加波山)

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(丸山)

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(足尾山とハンググライダーの離陸場)

つなげると、こうなる。
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今日歩いた山の眺めを堪能し、ひたすら暗い樹林の中を下る。
途中、「レストハウスみかげ」への分岐があったので、自販機を求めて、そちらへ向かう。
ペットボトル2本はとっくに飲み干してある。

だいぶ高度は低くなったが、夕方に近づいて空気も澄んできた。
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下は、岩瀬と真壁の間にある羽田山(170m)である。
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というわけで、やっとレストハウスに到着。
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「水、水~」っと、自販機を探すも、なんと、この施設、いつからなのか休業中。じぇじぇ。
しかたなく、もう少し我慢する。
もう人里まで来たのだから、心配することはない。

下まで来たら来たで、なかなか美しい風景に出くわす。
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日本の田舎も捨てたものではないと思う。
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加波山をバックにすると、こんな感じ。ちょうど田植えも終わったばかりだ。

路上の自販機で炭酸をがぶ飲みし、伝正寺に向かう。
これは地形図に名前も載っていて、近くに温泉マークがあるのに惹かれたからだ。
まだ、仕事が済んでいないので、湯に浸かるわけにはいかないが、見学見学。
すると、こんな看板が。
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期待が高まるが、なんと温泉は改築工事中。

そして、伝正寺も東日本大震災による被害のため改修工事中だった。
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さあて、仕事先である真壁市街にやっと向かう。
その前に、もう一度振り返ると、今日歩いてきた山々が実に美しいスカイラインを描いている。
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さっきの写真の中に入り切らなかったが、これはきのこ山。
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南に目を向けると筑波山。
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街に入る手前に、さっき足尾山から見えた真壁城跡が左手に広がる。
真壁氏が15世紀中ごろに築いた平城だ。
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これをしっかり見ておこう。
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真壁城自体は現在の市街地にも及んでいるが、東半分がよく残っており、一部の土塁などが復元整備されている。
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なかなか雰囲気のいい場所で、住民の憩いの場になっているようだ。

城内には鹿島神社が祀られていた。
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この日は国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている真壁の町並みも歩きたかったのだがタイムアップ。
旧筑波鉄道の真壁駅跡だけ見に行く。
ここは今、サイクリングロードの休憩所になっている。
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ホームは残っているが、随分加工されているように見える。
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ホームに残る桜の巨樹は大正5年に当時の駅長が植えたものだそうだ。

いま歩いてきた伝正寺と真壁城跡は「茨城百景」に指定されているとのこと。
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駅の表側に出ようとすると、奇妙な建物がぽつんと建っていた。
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戦前に作られた天皇の御真影を飾る奉安殿である。

当初は真壁小学校正門脇に建てられていたが、戦後、住民が壊すに忍びず、この位置にソリで移したものだとか。
ギリシャ様式を取り入れた昭和初期のモダニズム建築で、非常にめずらしい。

もういい時間になってしまった。
通りにタクシー会社を見つけ、ちょっと聞いてみる。
真壁駅舎は廃線直後に取り壊され、跡地はずっと空き地だったのだが、今年になってアパートが建てられたという。
「ほら、その新しいのだよ」
運転手さんが言う。もう、真壁には岩瀬からも、下館からも、つくばからもバスが走っていないんだとか。
「ひどいもんだよ。今じゃ、真壁が盛り上がるのは雛祭りの時だけだね」
真壁の雛祭りは、町の旧家がそれぞれ自慢の古い雛人形を、通りに向けて飾るお祭りだそうだ。
町並みの見学は、その時を避けて来よう。

タクシーで下館まで送ってもらい、発車間際の関東鉄道常総線に飛び乗る。
ここからは乗り鉄だ。
守谷まで、筑波山の西を南下する。
筑波山の表情は移動するにつれ変化していく。
それをずっと飽きもせず眺めていた。

そうこうしているうちに水海道あたりで、日が沈んだ。
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真っ赤な真っ赤な夕焼けだった。

そういえば、私はいつ仕事をしたのだろう。


【行程】
樺穂駅跡(8:45撮影8:50)~加波山本宮(9:10撮影9:20)~寝不動尊(9:35)~五合目(10:10)~七合目(10:25)~親宮(10:45)~燕山(11:05)~親宮(11:20撮影11:30)~加波山山頂(11:45昼食12:00)~丸山(12:30)~一本杉峠(12:40)~足尾山(13:10撮影13:15)~きのこ山(14:00)~レストハウスみかげ(15:00)~伝正寺(15:25)~真壁城跡(15:45見学・撮影16:45)~真壁駅跡(16:55撮影17:10)
※所要時間:8時間20分(歩行、撮影含め8時間)
※登った山:5座(燕山、加波山、丸山、足尾山、きのこ山)

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加波山(上)

5月23日(木)に茨城県に出張を作った。
ついでに加波山に登る計画。というか、仕事の前に登ってしまうつもりだ。

水戸線の岩瀬駅に8:11着。出張なので電車である。
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まずは駅舎コレクション。
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駅の裏側に、かつての筑波鉄道岩瀬駅の跡地があるので、それも確認しておく。
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現在は、緑地と駐車場になっている。

筑波鉄道はこの岩瀬駅と常磐線土浦駅を結んで、筑波山の西麓を走る全長40.1kmの路線だったが、国鉄分割民営化のその日1987年4月1日に廃止された。
現在は全線「つくばりんりんロード」という名のサイクリングコースになっている。
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いずれ走ってみたいとも思うが、今年の3月いっぱいで岩瀬駅で貸していたレンタサイクルも廃止になり、なかなかむずかしそうだ。

さて、もう一度駅前に戻って、タクシーに乗る。
安産・子育てに霊験あらたかという雨引観音の入り口を通りすぎ、旧筑波鉄道の樺穂駅跡まで連れて行ってもらう。
まだ、鉄道があった頃は、この駅から加波山に向かった人も多かったことだろう。
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ホームはしっかりと残っていたが、駅名板は撤去されていた。
残しておいてほしかったなあ。

タクシーの運転手によると、サイクリングより地元の人の犬の散歩コースになっているとのことで、実際、そんな姿も見られた。
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駅前通りには加波山神社の鳥居があった。正面が加波山である。
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門前町らしきものはそもそもなかったようだが、駅前もかなり寂れている。
つぶれてしまった不気味なパーマ屋さん。
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これが加波山の全景。
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標高も709mで、大した山ではなさそうだが、標高40mの下界から一気に登るのはかなりの仕事量になることは想像できる。

ふもとにある加波山神社里宮への道は、昔ながらの参道の名残を残している。
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様々な石碑が散在し、由緒ありげな旧家が並ぶ。
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三枝祇(さえなずみ)神社加波山本宮に立ち寄り、登山の安全を祈願する。
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境内には、参拝の先達を顕彰した石碑が林立していた。
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まだ、人里だが道の傾斜はだんだんきつくなってくる。
加波山普明神社が1合目。
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そのすぐ上には、けばけばしい里宮が鎮座している。
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山に登れない人が参拝するためのお宮だ。

ここを過ぎると、住宅地は尽き、右手に筑波山が現れる。
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いつも、南側から眺めているので、北からのこの角度は新鮮。
中央の丸いのが男体山、左の角張っているのが女体山。

加波根不動明王(寝不動尊)まで来ると、ここが2合目。
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本堂は1990年に焼失し、再建されたものだそうだ。
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登山ルートはいろいろあるのだが、私はこの裏から山道に入るルートを採る。
道はほとんど林の中。
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眺望もきかず、舗装道路の方がよかったかなあと思ったが、ところどころで木の間から筑波山が覗く。
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途中、死んだモグラを咥えたヘビを見つけて、飛び上がる。
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ずっとガガガガという音が山内に響いていたのだが、これだった。
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加波山は良質の御影石(花崗岩)の産地で、あちこちに採石場があった。
考えて見れば、ふもとにはたくさんの石材店があった。
加波山が秩父の武甲山のようにならないことを祈るばかりだ。

採石場のあたりで一旦、舗装道路に出る。
すごい勾配の道だ。
これをあと10分ほど登ると、五合目。
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ここからは本格的な山道になる。
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六合目を10:20に通過。
七合目の山椒魚谷は10:25。
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休まず進む。
実は水を買うのを忘れて、お茶と紅茶のペットボトル計2本しか持っていなかったのだが、この谷の水は飲む気になれなかった。

この先、林道を横断すると、加波山神社まで「あと5分」の標識。
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参道には、分岐でもないのに、古い道標が。
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「右 あまひき(雨引)江 左 ま加へミち(真壁道)江」とある。
近くから移設されたものか。

で、10:45、加波山神社親宮の鳥居前に至る。
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こちらの参拝は後回しにして、まずは稜線の北にある燕山をピストンする。
「登った山」を稼ぐためである。
地形図には登山道もあるようだが、入り口がよく分からなかったので林道を行く。
もしかしたら廃道になっているのかもしれない。
林道は、電波塔の管理用道路のようだ。

沿道にはツツジが見事に咲き乱れていた。
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途中、つづら折りの道をショートカットしようとして、ヤブに入っていったが、どうも地形がおかしいので引き返した。5分ほど無駄にした。

電波塔直下の東屋からは、整備された遊歩道をほんの少し。
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燕山は標高701m。
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展望はきかないが、雰囲気のいい広葉樹の森だった。
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親宮に戻ってくると、そこには立派な石の道しるべが。
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鳥居をくぐった先は、だいぶくたびれた石段。
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登り切ったシダレザクラのたもとには「頂上」の石碑がある。
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ここは加波山の頂上ではないが、親宮を参拝に来た人にとっては頂上なのだろう。
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拝殿の前は石畳になっている。

ここから距離で400mほど登ると、山としての頂上である。
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参道には、いくつもの小さな分社が並ぶ。

どさくさにまぎれて陽物まであった。
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めずらしかったのは、たばこ神社。
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茨城県がたばこの葉の産地であることにちなむようだ。

そのさらに上には、加波山神社の中天宮がある。
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ここからは、さっき登った燕山(電波塔のある山のすぐ左のピーク)がよく見えた。
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直下には「自由之魁」と刻んだ石碑がたたずむ。
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1884年に起きた加波山事件(過激な自由民権運動のひとつ。栃木県令三島通庸の暗殺を企て、加波山のふもとで警察との衝突があった)を記念したものだ。
加波山の名は、日本史で習ったこの事件のおかげで知っていた。

このすぐ先が山頂。
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本宮が祀られているが、樹林の中で眺望はほとんどない。
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扁額は立派だ。
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ここで初めて人に会う。
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年の差カップルだが、話を聞くとはなしに聞いていると、とくに怪しい関係ではないようだ。

ここでお昼にする。眺望がないのは残念だが、日陰で涼しい。
彼らも昼食になったので、彼らが出発するまで、のんびりする。
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このあたりにある巨石も信仰の対象になっていたようだ。

しばらく縦走する。南東へ標高差160mを一気に下る。
途中、航空自衛隊員の殉職碑があった。
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ブナやカエデの新緑がみずみずしい。

鞍部に下りてくると、林道が横断しており、そこに「自由の楷」なるモニュメントが唐突に建てられていた。
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かたわらの石碑には「加波山は古代から伝誦の多い信仰の霊山であり、自由民権運動発祥の地としても誇り高い歴史を刻んでいる。ここに改めて真の自由とは何かを心に問うよすがとなれば幸いである」とある。昭和57年の建立だそうだ。

さて、こちらは「真の自由」を求め、目の前の丸山に挑む。
地形図の登山道はピークを巻いている。
無視して直進すると、途中までは風力発電の風車への管理道路があったが、それも尽きた。
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振り返ると、もう1つの風車と、加波山が望めた。
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意を決して、ヤブに突入する。
すると、まもなく意外に開けた場所に出た。
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小さいながら「丸山」と書いたプレートもあるではないか。
しかも、この先はしっかりした踏み跡が一本杉峠まで続いている。超ラッキーであった。


(つづく)

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