山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

手術

3月の最終週、4月の最初の週とも土日は天候不順だったため、山には行けませんでした。

お休みしている間にとうとう、手術をすることになってしまいました。

昨年夏から煩っていた左腕の神経痛が、あれこれ手を打ってみたのですが、全く効果がなかったからです。

病名は頸椎椎間板ヘルニア。首の骨の突起や、椎間板のヘルニアが神経を圧迫しているのが原因だそうで、思い切って元を絶つことにしました。

手術は15日。13日から入院し、順調なら24日前後に退院できるそうです。

ただ、退院後6週間は首にコルセットをしていなければならず、3か月は山にも行けないことになりました。

5~6月は春の花の季節で、とてももったいないのですが仕方ありません。

というわけで、しばらくこのブログでは、山行報告ができません。

残念ですが、時々つぶやく程度になると思われます。あしからず

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足和田山

目覚めてみると、窓いっぱいに広がっているはずの富士山は、裾野すら見えない。
完全な真っ白で、河口湖も心なしか淋しげだ。
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これでは富士山直近に来た甲斐が全くない。
登山そのものを諦めて帰ろうか、という気になってくる。

とにかく3月24日の朝食だ。
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朝も量が多い。生野菜と味噌汁がおいしかった。

食べ終わって、部屋に戻ると、うひょ~。
なんと富士山がひょっこり顔を出しているではないか。
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空もかなり明るくなってきた。これは登らざるを得まい。
ただ、雲の高さが問題。
周囲の高い山には雲がかかっている。三ツ峠山も雲の中。
感じとしては、だんだん晴れてくるような気もする。
今は雲の中でも、登頂する頃にはすっきり晴れているかもしれない。

賭ける手もあるが、安全策をとった。
せっかく登って、雲の中だったら悲しい。山頂が朝から見えていた足和田山に登ることにする。
登山口は文化洞トンネル口を選んだ。

文化洞トンネルは河口湖と西湖の間の小さな峠。
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今のトンネルは1993年の竣工だが、登山口の上に、旧隧道が残っている。

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坑門はふさがれている。
調べてみると、こちらは大正10年(1921)に開通し、非常に便利になったことから、その文化的恩恵に感謝して、この名が付けられたのだという。

そのトンネルの河口湖側に駐車場があり、そこに車を駐める。
ここからは河口湖が望める。
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8:50、出発。
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ここは、西湖・河口湖北岸、御坂山塊の毛無山・十二ヶ岳の登山口にもなっていて、むしろ、そちらの方はメインのようだ。

落ち葉を踏みしめ、トンネルの上に出ると、毛無山への分岐。
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文化洞トンネルは標高約920m、足和田山は1355m。
標高差435mを一気に登るコースだ。標準タイムは1時間40分。
ずっと樹林帯なので、あまり展望は利かないが、時々、西湖や河口湖、御坂山塊が木々を透かして見ることができる。
これは西湖。
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毛無山山頂付近。
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雪頭ヶ岳山頂付近。右は鬼ヶ岳。
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十二ヶ岳(左)から毛無山(右)への稜線。
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幸い?三ツ峠山方面は雲の中。
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なんと、聖岳の白い尖塔も姿を見せてくれた。
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足場が悪く、ロープを渡している箇所もあった。
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ここまで来れば、あとはひと登り。
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足和田山と紅葉台を結ぶ稜線に出ると、山頂方向から甲高い話し声が聞こえてきた。
なんと、中高年の団体さん。総勢50人近くいる。
これだけいると、とにかく「うるさい」。
せっかくの山頂なのに、がっかり。

でも、富士山は山頂だけではなく、胸までさらしてくれた。しかも、でかい!
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幸い、テーブルが空いていたので、ここでひと休みし、彼らが消えてくれるのを待つ。
熱い抹茶ティーが五臓六腑にしみわたる。10:15。

ありがたいことに、団体さんは3班くらいに分かれて次々に移動していった。
そして誰もいなくなった。
静かになったところで、撮影タイム。
まずは河口湖。
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展望塔に登って、あちこちを納める。
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西の空には南アルプス。
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赤石岳(左)と悪沢岳(右)がくっきり。

三湖台(手前)の向こうには本栖湖が見える。
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足和田山は別名、五湖台とも言うが、湖は河口湖と本栖湖しか見えなかった。

人が来たので撮ってもらう。
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さて、十分堪能したので出発。去り際に富士山のどアップ。
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やはり、昨日西からみた富士山とは全然表情が違って、白の度合いが強い。

実は足和田山、初めてではない。だから「登った山」は増えない。
記録を遡ってみたら、2001年10月、まだ小学3年生くらいだった娘と来ている。
あの時は、紅葉台から足和田山を目指す、今回とは逆コースで、足和田山から西湖畔に下りて、タクシーを呼び、車まで戻った気がする。

というわけで、紅葉台に向かう。ゆるやかな下り坂で、とても歩きやすい。
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かつては足和田山まで林道が通じていて、一部の車は入れたのだろうが、今はとても車が走れる状態ではない。
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登山道と並行して走っているので、こちらも登山道として利用されている印象だ。

どちらも、木々を透かして、左には富士山、右には西湖と御坂山塊が見え、とても気持ちのいいプロムナードだ。何度も足を止めて写真を撮ってしまう。

十二ヶ岳と十一ヶ岳(右)
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この2つの山の間の谷には、ものすごくゆれる橋がかかっている。

西湖畔の集落。
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笠雲がかかり始めた富士山
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西湖と王岳。
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1238mピークは巻いて、やりすごす。
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笠雲がUFOのようになってきた。
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足和田山からほぼ1時間。11:45に三湖台に到着。
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ここは広々とした山頂で、多くのハイカーが集っている。
でも、さっきの団体さんはいなかったので、うるさくはなかった。
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雪頭ヶ岳(左)と十二ヶ岳(右)
左のベンチの方々が撤収したので、そこに陣取る。
ここは、西湖を眼下に見下ろす最前線で、景色は抜群だ。

おにぎりを頬張っていると、マウンテンバイクの部隊がやってきた。
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登山道的には、あまりよくないのだが、とても礼儀正しい方々だった。去り際に「大変お騒がせしました」と挨拶して行った。感心した。

三湖台は、この松が印象的。
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とても絵になる。

富士山にかませると、こんな感じ。
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こちらはさっき登ってきた足和田山。
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あの稜線を下ってきたわけだ。

西湖はどこまでも青い。
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右奥の山は御坂黒岳。

そしてこれが青木ヶ原の樹海だ。
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王岳から見た富士山をバックにした樹海は、広いすそ野のようにしか見えないが、角度を変えて、こちらから見ると、まさに海のようだ。
自殺の名所として知られるが、山梨県は自殺の場所としてのロケは許可していないらしい。
「自殺の名所」ではイメージが悪いし、捜索が入れば税金がかかる。いいことはないのだ。
上に並ぶ白いのは雲ではなく、南アルプスです。

あちらは西湖の西端にある根場(ねんば)集落。
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王岳(左)から雪頭ヶ岳(中央)を経て十二ヶ岳(右)への稜線。
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これを去年の11月に一気に縦走したんだっけ。我ながら結構歩いたもんだ。

対岸は、ちょうど「いずみの湯」。
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このあたりで、どこかの女子校の応援部が練習をしていて、大きな歓声が響き続けていた。

気づいたのだが、三湖台は更地になっている上に、ハイカーも多いからだろう、土砂の流出が激しい。
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方向指示盤はあと数年で転倒してしまいそう。

かつて埋められていたゴミも再び地表に出てきている。懐かしい缶カラだ。
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対策が必要かもしれない。

さて、立ち去りがたいが、お腹もふくらんだので出発。12:30。
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あんなに賑やかだったのに、もう誰もいなくなってしまった。

10分ほど下ると「富士八景」のひとつ紅葉台。
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調べてみたら、富士八景には4つのテーマあって、合計32か所あるらしい。
紅葉台は「富士山と○○の眺め」というカテゴリーの八景で「富士山と紅葉の眺め」ということになっている。
ちなみに、他の七景は、長崎公園(桜)、大石公園(ラベンダー)、梨川もみじ回廊(紅葉)、根場浜(西湖)、パノラマ台(山中湖)、西湖いやしの里根場(茅葺き屋根)、三ツ峠(パノラマ)だそうだ。

で、ここには茶屋があるが、屋上の展望台に上がるには1人150円取られるので、パス。
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何も展望台に登らなくても見えるのだ。

この後は、竜宮洞穴を目指して樹海に下る。
眼下には西湖民宿村。
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下りてきて、見上げる三湖台。
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そして樹海の中に入っていく。
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竜宮洞穴は溶岩洞穴の一つである。

溶岩洞穴というのは、溶岩流が高温・高圧下でガス化した水分が初期空洞を作り、各空洞間が床面の流動溶岩で削られて次々と連結して、トンネル状の横穴となったもの、であるとの説明があったが、今ひとつよく分からない。
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私は、溶岩流の表面が大気に触れることで冷えて固まり、内部をどろどろの溶岩が流れていくうちにトンネル状のものができたのだと思っていたのだが、そう単純なものではないのかもしれない。

とにかく、この竜宮洞穴は約60mと比較的小規模なものだが、かつては修験者の霊場になっていたとのこと。
洞内の気温が低く、夏でも氷が見られるという。
下の方に祠があったが、そこへ行く道は実際、アイスバーンになっていた。
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お参りをして、辞す。

樹海をまっすぐ横断して、西湖民宿村に出る。
ここに鳥居があり、「●海(せのうみ?)神社」と書いてある。
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せの海とは、864年(貞観6年)の富士山噴火前に北麓にあった広大な湖のこと。
この時の溶岩流が流れ込んで分断縮小され、今の西湖が生まれた。
西湖の名は、「せのうみ」の転なのである。
どうして、富士五湖に「西湖」があって「東湖」や「北湖」がないのか不思議だったが、西は方角ではなく宛て字だったわけだ。今回初めて知った。

県道を横断し、再び樹海に入り、西湖蝙蝠穴を目指す。
たどり着いたのは、竜宮洞穴とはうって変わって観光地。
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300円も入場料を取られてしまう。その代わり、ヘルメットが貸与された。

入り口まで結構歩かされた。
蝙蝠穴はその名の通り、コウモリが生息しているから、その名が付いたそうで、延長350mに及ぶ、青木ヶ原では最大級の溶岩洞穴とのこと。
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入り口はこのようになっており、コウモリが出入りできるようになっている。

中はかまぼこ形の洞穴。
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これは溶岩流が流れた跡。縄状溶岩というらしい。
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天井には、かわいい鍾乳石。
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噴火から約1100年前かかって、やっと身長1cm。まだ、地球時間では赤ちゃんなのである。

この奥はコウモリさんの暮らす場所。立ち入り禁止です。
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洞穴から戻ってトイレから出てきたら、ちょうどバスが行ってしまったところだった。
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バスがあるなどとは思っていなかったら、時刻表を確かめていなかった。ジャストタイミングだったのに、がっくり。

次は1時間後なので、当初の予定通り、西湖岸を文化洞トンネルまで歩くことにする。
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湖畔を歩くのは楽しいのだが、さすがに結構疲れているし、風が強くて寒い。

しかし釣り人たちはじっと寒さに耐えて、糸を垂れている。
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湖岸は砂浜になっているとこともあるが、溶岩が生々しく露出しているところも。
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キャンプ場が多いが、もう撤退している所も少なくない。
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キャンプが普通のレジャーとしてあった時代は過去になってしまった。
今や、オートキャンプの時代だから、車を置くサイトのないキャンプ場は厳しいだろう。

お、レトロバスがやってきた。
でも逆方向。
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西湖と河口湖は人口水路でつながっており、高低差を利用した発電も行われている(西湖発電所)。
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東京電力大月支社の管轄だそうだ。

やっと、文化洞トンネルに到着。
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こちら側は旧隧道と並んで見ることができる。

延々、湖岸を1時間歩いて、ようやく駐車場にたどりついた。
いずみの湯で汗を流し、高尾の「山の家」という怪しげな店で、ほうとうを食べて帰宅。
今日は山歩きそのものを断念しないといけないかと思ったのに、きれいに晴れてくれてすばらしい山行になった。
三ツ峠山はまた、ゆっくり登ることにします。


【行程】
文化洞トンネル登山口(8:50)~足和田山(10:15休憩・撮影10:45)~三湖台(11:45昼食・撮影12:30)~紅葉台(12:40)~竜宮洞穴(13:20見学・撮影13:30~蝙蝠穴(14:00見学14:45)~文化洞登山口(15:50)
※所要時間7時間(歩行約5時間30分)




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天子山地

先週、鶏冠山で再認識した「空白地帯」。
それは何度も通っている富士山周辺にもある。
天子山地である。ちょっと遠いので、なかなか足が延ばせなかったが、この際、行ってみることにした。

所沢の自宅を6時過ぎに出発。東名を経由で現地に向かう。
天気はいいが、東名からの富士山の眺めは、先日金時山に登った時のような霞み方で、少々不安になる。しかも、胴回りに雲が湧いてきている。何とか、持ちこたえてほしい。

少々の渋滞に巻き込まれながら、田貫湖畔にある登山口の「休暇村富士」に着いたのは、10時半前。
まだ、このくらいは見えている。
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がんばれ!

休暇村でトイレを借り、自販機で飲料を補給して、10:45出発。
ここには、田貫湖の向こうに富士山が見える絶景の喫茶コーナーがあったが、写真を撮るのはちょっと遠慮した。
外からの田貫湖と富士山は、こんなふう。
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もうすっかり曇ってしまった。

登山口は、休暇村の脇の林道を5分ほど進んだところにある。
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ここからが登山道。
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10分ほど登ると、道の真ん中に大きなカエルくん。
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冬眠から目覚めたばかりなのか動きが極端に鈍い。
そんな保護色で、こんなところにいると人間様に間違って踏まれてしまいますよ。
つかみ上げて草むらの方によけてあげたのだが、やはり体はまだ冷たかった。
少しは刺激になったのか、のっそりのっそり、奥の方に逃げていった。

この登山道はどうやら新しく切り開いたものらしい。
ヤブの向こうに古い道が見える。浸食や崩落が激しくなり、あちらは封鎖したのかもしれない。

田貫湖の標高は約660m。1000mあたりまで登ると、尾根に出る。11:35。
そこにはベンチがあり、富士山の展望が開けていた。
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でも、だいぶまわりの白に埋もれてきた。がんばれ!
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眼下には、地図の形とは異なり意外に細長く見える田貫湖。
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ここでひと息入れる。中高年のグループがもう下りて行った。
ここからは東海自然歩道。長者ヶ岳(1336m)まではあと1.8kmだ。

尾根の登りは左手が植林でなかなか展望がきかない。
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でも、右手は自然林。まだ冬枯れ状態なので、それを透かして毛無山方面の稜線が確認できる。
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道はそれほどきつくはないが、見えているピークを越えても、次のピークが出てくるので、ちょっとじれる。
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そうは言っても、12:30には頂上に到着。
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標準タイム2時間のところ、1時間45分だった。

眼前には雄大なすそ野を広げる富士山がそびえているはずだが
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もう風前のともしび。でも、何とか頂上だけでも見えてありがたかった。
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テーブルが二つあったが、すでに両方とも埋まっていたので、地べたの丸太に腰を下ろす。
本日は稲荷寿司だ。
背後に座っている60がらみの男女の様子がちょっとおかしい。
夫婦なら普通お弁当だろうが、カップめん。
しかも、べったりくっついて食べている。バーのママとお客さん、みたいな印象だ。
山にも訳ありの人は来るのだ。

そうこうしているうちに、富士山が少しずつベールを脱いできた。
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改めてみると、富士五湖側もしくは丹沢側から見るよりも、黒い筋が多い。
やはり富士は360度、あちこちから見ないと全体像は分からない。

後ろに回ると、南アルプスも木々の合間にうっすら見えた。
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これは悪沢岳。

さて、13:05、十分休んだので出発することにする。
天子ヶ岳(1330m)へ縦走だ。
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ブナ林の稜線を少しずつ下っていく。
正面の山が天子ヶ岳。

下りきった鞍部は山梨県・上佐野への分岐。
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ここからは結構な急登となる。

登り切ったあと、しばらく平らな道を進み、下り始める頃に、こんな山頂の標識がある。
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ここからの展望はない。13:45。

さらにほんの少し下ると落ち葉の広場に出る。
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ここには小さな祠と、瓔珞つつじがあった。
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説明は面倒なので、この看板を読んでほしい。
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実はここも展望はなく、少し先の富士見台へ行かなくてはならない。
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その富士見台からの富士山。
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白と黒のまだら模様が霜降りの牛肉のようだ。
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中央の深い切れ込みは大沢崩れである。
バックが青空なら、もっと映えるだろうになあ。

広場に戻って、正規の道を下る。
途中、落ち葉の間から緑の葉っぱが芽を出していた。
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1300mを超える高原にも春が来ていることを実感する。

ここからは延々と下る。
つづら折れの道や平坦な道。
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植林の道。
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あまりに長くて、途中少々休憩。それを挟んで1時間半かけて、やっと林道に下りてきた。15:30。
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そして、ここからの車道歩きも長い。
途中、休憩所があるぞ、と思ったら、パラグライダーの離陸場だった。
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「スカイ朝霧」の“空港”である。

道端にはもう、こんな花が。図鑑がないので、名前が分からない。
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山の神を過ぎて、さらに車道を進む。
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なんと山を下りてきたら、晴れてきた。
そして林の向こうに、青空の下の富士山。
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本日最高のお姿。それにしても、この角度から見る富士山頂の稜線は平たくないので富士山らしくない。

北の方には寄生火山の大室山も望めた。
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休暇村富士へ戻るには、さらに天子の森のキャンプ場を抜けて行く。
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やっと16時半、休暇村富士の駐車場に到着。
天気は完全に回復したので、ザックを車に放り込んで、田貫湖畔に向かう。
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どうです。この見事な逆さ富士。

すこしワイドにしてみましょう。
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これは巨大なイルカ。
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と思えば、カエルの鳴き声。
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さっきのカエルくん、もうここまで来ていたんですね。

彼の無事を確認したところで、こちらも宿へ向かう。
河口湖畔の北浜荘。ネットで調べたら、ここが1泊1万円以下で、食事も悪くなく、部屋からの富士山の眺めが抜群。風呂もいい、ことが分かり、決めた宿。
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着いてみると、かなり場末感のある宿だが、別に問題はない。
しかも、今夜の宿泊客は私だけ。
名前を書きつつ、宿帳を見ると、私の前の宿泊者は1週間前で、それも1組だけ。
うぬぬ、これで経営が成り立つのかと他人ごとながら不安になる。

しかし、風呂は昔なつかしいタイル貼りで清潔。
シャワーはいくつかあるカランのうち1つしか出なかったが。

食事はふつうの旅館のオーソドックスなメニュー。
上品ぶらずに、一皿一皿の量が多いので、完食はできなかった。
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おそば、エビの鬼殻焼き、天ぷら、カニの酢の物

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すき焼き、もずく酢、茶わん蒸し、わかさぎの唐揚げ、お造りにお新香、デザートにいちご。これにお吸い物が付いたが、さすがに白い御飯は食べられなかった。

明日は三ツ峠山を登る予定だが、予報は曇。晴れを期待して、眠りにつく。
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【行程】
休暇村富士(10:45)~休暇村分岐(11:30休憩11:40)~長者ヶ岳(12:30昼食13:05)~天子ヶ岳(13:45富士見台往復、撮影13:55)~林道登山口(15:30)~休暇村富士(16:30)
※所要時間5時間45分(歩行5時間)
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市川大門駅~増穂

1週間の真ん中、水曜日がお休み。
3月20日の春分の日は、本栖湖の西にある蛾ヶ岳(ひるがたけ)に登る計画を立てた。
この山は、昭文社の「山と高原地図」の「富士山」のエリアからはずれているため、ずっと知らずにいたが、山村正光著『富士を眺める山歩き』(毎日新聞社)を読んで、その存在を知った。

ふもとに四尾連(しびれ)湖という小さな湖があるのもいい。
最寄りの身延線市川大門駅からタクシーで四尾連湖まで行き、そこから頂上を目指す。
下りは来た道を戻り、そのまま登山道を大門まで下ってしまうというプランだ。

その気になって当日の特急券まで買ってしまったのだが、前日になって雨の予報。
当日もどんより曇っているので、山装備は捨て、駅旅に変更。
軽装で電車に乗った。7:21立川発スーパーあずさ1号。
だが、山梨に入ると、なんと晴れてきて、愕然。
早まったか、と思ったが、この日は関東にも初めて黄砂が飛んできた日らしく、霞んでまともに富士山は見えない。
もっと条件のいい日にまた来ればよい、と思い直した。

甲府で身延線経由の静岡行きワイドビューふじかわ4号に乗り換え、9:02市川大門着のはずが10分近く遅れた。
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身延線はJR東海の管轄なので、オレンジのラインが目印である。

市川大門駅が中国風なのは理由がある。
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市川大門町(現在は合併して市川三郷町)は古くから、和紙と花火の町として栄えた。
とくに書道用紙も生産されており、そんな縁から、1994年、町内に中国陝西省の西安碑林や山東省の曲阜碑林などの名碑のレプリカを集めた大門碑林公園がオープンした。
95年に新築された駅舎はそれを意識したものらしい。

駅周辺の散策は後回しにして、まずは富士川を渡り、旧増穂町(現在は合併して富士川町)の旧舂米(つきよね)学校を目指す。
山梨県初代県令の藤村紫朗は県内各所に、擬洋風の学校や役所を多数建てた。
「藤村式」と呼ばれているこうした建築のうち、現存する数少ない遺構である。
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今も、後身である増穂小学校の敷地内に建っている。

この学校の歴史はユニークである。

まず、明治6年、学制に基づく山梨県最初の小学校として、近くの真浄寺を仮校舎として天神中条学校が開設された。
ここに、1kmほど離れた舂米地区の子供たちも通っていたが、地元の大人たちからはそんなに遠くに通わせるのはしのびないとの声が上がり、明治8年には舂米地区にある宝林寺に舂米学校が開かれた。
当時の1kmなど至近距離の部類である。
それを「遠い」と考えた大人たちは、相当に豊かであったのだろうし、教育熱心でもあったのだろう。
そして明治21年、周辺4つの小学校が統合され、この舂米学校が建設されたのである。

そんなことを知って、舂米とはどんなところか行ってみたくなった。
校舎の六角塔(太鼓堂)から覗くと、北西方向のあの山麓あたりらしい。
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徒歩20分くらいだという。

旧増穂町のマンホールのモチーフはやはり舂米学校である。
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正面は櫛形山(2020m)である。あそこもいずれ登らねばなるまい。
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舂米地区に入って、最初に姿を見たおばちゃんに「宝林寺はどこですか?」と聞くと、知らなかった。そんなことがあるのだろうか。驚いた。キリスト教徒だったのか。
で、他の人に聞くと、あっさり教えてもらえた。
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しだれ桜がきれいに咲いていた。

この近くに移築前の舂米学校跡地がある。
これも近所の人に聞いたら親切に案内してくれた。
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「石橋湛山がよくいたずらをしていたんだってさ」と、この方が教えてくれた。
帰宅して調べてみたら、確かに石橋湛山は一時期、舂米学校に在籍していたようだ。
現在、跡地には舂米公民館が建っている。

それにしても、見る限り、ここがとくに裕福な土地だっととも思えない。
やはり教育熱心だったということなのだろうか。
あの校舎ではないが、将棋の米長邦雄も増穂小出身とのことだ。

とぼとぼ歩いていると、南明寺なる寺院に至る。
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この四脚門は町の文化財に指定されている。

境内には立派な石垣がある。
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天神中条に向かうと、きれいな菜の花畑。
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その横に、立派な天神中条天満宮。
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御神木の大ケヤキはすでに枯れているが、風化するにゆだねるに忍びず、上屋を作ったものらしい。
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もう一つの大ケヤキも樹勢の衰えが激しく、
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必死の介護が続けられているとのこと。

こちらの五本杉はすこぶる元気の様子で何より。
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さすが菅原道真を祀る天満宮だけに合格祈願の絵馬がつるされているが、これはまたほほ笑ましい。
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クラス全員の合格を先生ともども似顔絵で祈願している。
いい学校なのだろうなあ。

この神社の正面にあるのが、天神中条学校のあった真浄寺。
ちゃんと碑が立っている。
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こちらの境内にもしだれ桜が。
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この付近には立派な道祖神がある。
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ふつうの道祖神は路傍にひっそり立っているが、こちらは堅固な石垣の上に鎮座している。
まさに神の扱いだ。

というわけで再び、富士川を渡って、市川大門に戻って来た。
ここは古い町並みが残っていそうなので、散策してみることにする。
こちらのマンホールは花火がメインになっている。
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きれいにまとめられた落合道祖神。
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こんな蔵造りの建物も。
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武家屋敷風の門構え。
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七丁目の道祖神。
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こういう屋敷門風なのは昔、結構あった。
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十字架を屋根には立てない市川教会。
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かつては賑やかな十字路だったことを示す、面取りの商店。
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お茶と文具。妙な取り合わせの「つくだ」さん。
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昔のパチンコ屋はこんなんだったのか。
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それにしてもダンプカーが邪魔だ。

このタイルの壁は往年のスナック。「やまびこ」という店だったようだ。
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廃屋になって長いのか、もう少しで崩れ落ちそう。
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これは倒れる寸前。
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とまあ、こんな具合で、明治や大正期の建築が残っているわけでもなく、そこそこ順調に昭和まで進んだので、建物は新しく建て替えられていったのだが、おそらく高度成長期以降、急速に衰退したのだろう。
「昭和の残骸」という印象の町だった。もちろん嫌いではない。
しかし、地方ではまともに食えない、という世の中は、かなり間違っていると思う。

そんな感慨を胸に、隣の駅、市川本町駅へ。
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ここはかなり新しい駅のようだ。

間もなく入線した普通列車に乗って甲府へ。
藤村式の旧睦沢学校が、武田神社から甲府駅北口に移築されているのを、舂米学校で知ったので、甲府で途中下車。
下りたら、こげなものが。
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「緑の龍神」なるアートだそうだ。現在、山梨県で開かれている国民文化祭のシンボルとして、造形作家の國安孝昌さんが制作している。申し訳ないけど、知らない人だ。

これが睦沢学校。
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確かに舂米学校に似ている。
藤村紫朗を顕彰する藤村記念館として無料公開されているので、こちらにもお邪魔した。

陸橋をはさんで東側には、甲府城の山手御門が復元されていた。
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石垣もけっこう真面目に野面積みを試みている。
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それは、いいのだが、気になるのが「甲府夢小路」のレトロ建物群。
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ありもしなかった建物を、さもそこにあったかのような印象を与えてしまいかねないか。
まあ、変に近代的なのも確かに違和感はあるが。
一つの試行と考えてみることにする。

あちらは本物、甲府城の天守台。
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しかし、どう撮っても、現代が写り込んでしまうのは残念。
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ただ、甲府駅の北口は単に開発に任せるのではなく、歴史広場として空間を広くとって、経済至上主義とは違う発想で町づくりをしていることには好感が持てる。
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藤村紫朗は擬洋風建築で甲府の町を美しく飾り立てたが、これからの甲府はどうなっていくのだろう。ちょっと楽しみな気もする。

帰りも、贅沢に甲府始発の特急「かいじ」に乗車。
車窓を眺めているうちに、うとうと。
平和な時間に帰宅しました。


【行程】
市川大門駅(9:15)=旧舂米学校(9:30見学10:55)~宝林寺(11:25)~舂米学校跡地(11:35)~南明寺(11:50)~天神中条天満宮(12:05)~真浄寺(12:10)~富士川町役場(12:25)=市川大門駅(12:40)~(市川大門駅周辺散策+13:10昼食13:40)~市川本町駅(14:00)=甲府駅(14:40)~(甲府駅北口周辺散策)~甲府駅(15:15)
※所要時間6時間(歩行2時間55分)

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鶏冠山

柳沢峠は松姫峠と並んで、学生時代から思い入れの強い峠である。
いずれも、奥多摩から入って甲州に抜ける峠なので、東京都と山梨県との県境というイメージがあるが、ぜんぜん。どちらも山梨県の中にある。
柳沢峠など市町村の境界ですらない。峠の北も南も甲州市である。

そんな峠なのに、「境界」という雰囲気は強烈にある。
柳沢峠は、大菩薩峠を越えていた青梅街道を明治11年(1878)に付け替えた道で、古くからの街道である。
それはともかく、東京からはもちろん奥多摩湖からも遠い。
延々40kmも車を走らせなければならない。

しかし、そこに立つと、多摩川の谷に入ってからずっと見えなかった、富士山がいきなり姿を現す。ここから見る富士山は実に美しい。
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大学2年の春だから、1982年の4月10日。
初めて、ここを自転車で越えた時も富士山がくっきりと見えた。
あの時の胸の高鳴りを今もよく覚えている。

ただ、自転車でここを訪れたのは、それっきりだった。
その後、車で何度か通ったことがある。中央道の渋滞を避けて来たこともあった。
自転車ではたった1回しか来たことがないのに、来るたびにその時のことばかり思う。
いつも通過する場所でしかないのに、私にとっては「目的地」のような位置にこの峠はある。

でも、今回、この峠から歩く鶏冠山を選んだのは、そんな感傷的な理由からではなく、このあたりが、まだ私が歩いていない「空白地帯」のような気がしていたからだ。

所沢の自宅を7時に出発。青梅街道・国道411号線をひたすら走る。
9:40に柳沢峠に到着。標高は1472m。国道の峠としてはかなり高い方だ。
峠には茶屋がある。経営が成り立っていることがうれしい。
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たぶん、お客さんは登山者よりドライバーの方が多いだろう。

駐車場にはすでに10台近い車が並んでいる。
彼らの行き先は、東の鶏冠山だろうか、西の三窪高原だろうか。
こちらも、東京都水道局が建てた「東京水道水源林」「柳沢峠」の標柱を確認して、9:55に出発する。
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奥多摩上流域は、山梨県とは言え、多くが東京の水道水源林で、そうしたことも東京・山梨の県境イメージを強めている。

透き通るような青空の下、ミヤコザサの道を歩いていく。
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間もなく、北斜面に入ると、まだしっかりと雪が残っている。
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でも、鳥のさえずりが聞こえる。
今年初めて聞いたような気がする。残雪の高原にも春が訪れているのだ。
そうそう、今日は3月17日である。

南斜面はすっかり雪が解けて、しかも乾いている。
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この木々があとひと月もすると芽吹き、緑の葉が空を覆い隠していくのだろう。
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夏にはそれがまたありがたいはず。自然はよくできている。

35分ほどで梅ノ木尾根という分岐に到着。
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鶏冠山へはここを直進するのだが、ちょっと左へ寄り道。
すぐ先に、展望台があるらしいのだ。

その展望台のベンチで、早くも食事をしている男性がいたが、そんなのはどうでもいいほどの眺望が広がっていた。
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奥秩父の主脈が横から一望できるのである。
こんな角度でやつらを見たのは初めてで、やはり私にとってここは空白地帯だったと実感したのである。

初めて見る稜線だけに、山座同定がむずかしかったが、案内板があったので、一つ一つよく分かった。
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これ以上の展望が、鶏冠山から得られるはずなので、ここでの紹介は最小限にとどめておく。
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上は、左端が笠取山(1953m)、その右の平らな稜線の左端が黒エンジュ頭(2024m)、そのさらに右の突起が唐松尾山(2109m)。

こちらは左の飛龍山(2069m)と右奥の小さな突起が小雲取山(1937m)。
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雲取山はちょうど隠れてしまっている。

そして甲武信岳の前に聳える木賊山(2469m)の雄姿。
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いやあ、実にすばらしい。奥秩父の最高の展望スポットだ。

ひとしきりこの絶景を堪能し、登山道に戻る。
10:55、六本木峠に到着。
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ここを右に行くと、丸川峠を経て大菩薩嶺に至る。
その道にはアップダウンはあってもピークに名前が付いていないので、歩くきっかけがつかめないが、いずれは縦走してみたいコースだ。

ん、となると、あのピラミダルな山は大菩薩嶺ではないのか?
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まだ、よく分からない。

11:15、一旦林道を横断する。
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ここまで、大した登りもなく、ハイキング気分だ。
それもそのはず、鶏冠山の標高は1716m。
柳沢峠からの標高差はわずか240mほどしかなく、それを2時間もかけて登るのだから楽勝である。

平らな道を10分ほどで横手山峠。
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実は、ここから5分ほど斜面を登ると横手山(1568m)があって、「登った山」を一つ稼げたのだが、昭文社の地図にも地形図にも山名の記載がなく、通り過ぎてしまった。
『新・分県登山ガイド 山梨県の山』(山と渓谷社)に載っているのを帰宅後に知ったが、後の祭りだった。残念!

だが、この時はそんなことも知らず、ぽかぽかの南斜面を気持ちよくトラバースしていく。
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途中、富士山が顔だけ出しているのを発見。
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柳沢峠では、あんなに全身をさらしてくれていたのに。

そして11:55、鶏冠山(黒川山)の標柱がある場所(分岐)に出る。
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でも、ここはピークでも何でもない。
なぜ、こんな場所に山頂のような標識を立てるのか?

三角点があるのは、このすぐ背後のこぶである。
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でも、ここも本当の山頂ではない。
先の分県ガイドには、ここに「黒川山」という標識がかかっている写真が掲載されている。
いつ撤去されてしまったのだろう。

最高地点は、すこし西に戻った岩場(1716m)である。昭文社の地図には「見晴台」とある。
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ここは東以外、遮るものがほとんどない大パノラマが広がる。
さっきの展望台など、目じゃない世界が広がる。
とくとご覧に入れよう。
まずは北西。右は木賊山、中央が国師ヶ岳。手前は三窪高原。
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少しずつ目を右に移す。左から木賊山、破風山(2318m)、雁坂嶺(2289m)、中央のガクンと切れ落ちたところが雁峠、その右に笠取、唐松尾が続く。
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手前は右が石保戸山(1673m)、右が藤尾山(1606m)。

南西には南アルプス。これまた見事。
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右から尖った甲斐駒、白く仙丈、白峰三山、塩見、悪沢、赤石、そろい踏みである。

甲斐駒だけアップにしてみた。
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標高差2200mの黒戸尾根を今年登ってみたいと思っている。

その左に名峰富士。
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言うことなし。

で、真南に立ちはだかるのは、どう考えても大菩薩嶺しかない。
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今まで、この山を西もしくは東からしか見たことがなかった。
いずれも、平らな稜線の端っことしか見えない。それほど目立つ存在ではないのだ。
ちなみに南からはまるで見えない。

それが北から見ると、こんなに端正なお姿だったとは。
理屈では、大菩薩嶺が百名山に入れられるべき山であることは理解していたが、まったくこれで得心がいった。
これも「空白地帯」だったことを実感させる事実だった。

すぐ北は藤尾山を見下ろし、唐松尾山と相対する位置になる。
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そうだ、国師の左にかすかに見える白い稜線は金峰山だ。
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五丈石もちゃんと確認できる。隠れたって無駄なのだ。

こんな風景を独り占めして食べるおにぎりのおいしいこと。
景色も存分にいたただき、満腹になった。
12時ちょうどに着いて、気がついたら12:45になっていた。
自炊抜きの昼食としては破格の長さだ。
この山は、今年のベスト10に入れる有力候補だ。

ここから一旦下りて、鶏冠神社がある北東のピークに向かう。
岩場がある上、路面がカチンコチンに凍っており、危ないことこの上ない。
一応、チェーンは巻いているのだが、ほとんど意味をなさないくらい。
それでも、なんとか祠の建つ頂上へ。13:05。
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山梨百名山・鶏冠山の標柱がここにあったが、ちょっと釈然としない。
実は、このあたりの山名に混乱がある。
最近、黒川山と鶏冠山は同一の山で別名のような扱いになっているように思える。(さっきの標柱も括弧書きで併記されていたし、地形図も同様の記載)。
しかし、黒川山とは、この一帯の山の総称のようで、通常は三角点のある場所を黒川山山頂とみなしているようである。で、鶏冠神社のあるこの岩峰をとくに鶏冠山と呼んでいる、というのが正確なのではないか。
だから、標柱には黒川山最高地点の高さである「1716m」ではなく、ここの高さ(おそらく1700mちょっと)を記すべきであろう。

私は、昭文社の山地図等に従い、ここを鶏冠山、1716mピークを黒川山と見なして、二つ登ったことにする。
ここは、山頂を形づくるこの岩壁がまさに「とさか」と言うにふさわしい。
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ここから見る大菩薩嶺はほれぼれするような容姿だ。
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東には奥多摩の山々が見えるが、同定できなかった。
あれは三頭山かなあとは思うんだけど。
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そうだ、さっき飛龍に隠れて見えなかった雲取が姿を現した。
DSC_8578.jpg
実は雲取もなかなかかっこよくは見えない山で、また空白地帯にいかないと大菩薩嶺のようには見えないのかもしれない。

じっくり奥多摩の山を目に焼き付けて下山する。
DSC_8595.jpg

帰りは、来た道を戻らず、13:30、分岐から北斜面を行く。
DSC_8603.jpg
鶏冠山は基本的に柳沢峠からピストンの山なのだが、道が何本かあって、一部を除き、同じ道を避けることができるようになっている。
ピストン嫌いの私が、ここを選んだのは、これができることも一つの理由だった。

しかし、この道が意外な難路だった。
もう少し前であれば、きちんとした雪道だっただろう。夏なら、もちろん何のことはない。でも、この時期、あちこちにアイスバーンがあるのだ。
こんな道なら、まだマシだけど
DSC_8606.jpg

こういうところが怖い。
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道は下りだし、ストックはないし、全くおそるおそるで、横手山峠まで標準45分のところ1時間もかかってしまった。

ここから、林道をはさんで、梅ノ木尾根までは、来た道と同じ道をたどる。
途中、大きな木の丸太があったので、腰をかけて休憩。
熱いココアを飲む。
ふと目を下にやると、落ち葉のところだけ氷が解けている。
DSC_8619.jpg
おそらく、落ち葉が吸収した太陽の熱が氷を解かしているのだろう。
雪国では、早く雪を解かすために、雪の上に砂や土を撒いたりすることがあるが、きっと同じ原理だ。
自然の不思議というほどではないが、いいものを見た気がした。

梅ノ木尾根まで戻ってきた時にはもう3時20分を過ぎていた。
単純にピストンしていれば何てことなかったのに、随分時間を食った。
しかし、やはり同じ道は通りたくないので、600mほど余分に歩かないといけないようだが、最初来たナラの道を避け、すこし北側にあるブナの道を行く。
このあたり、とくに眺望もなく黙々と歩き、15:55柳沢峠近くの国道に出た。

登りは2時間だったのに、下りは2時間半もかかってしまった。
やれやれ。
帰りは大丹波村の「のめこい湯」に立ち寄り湯。
なんと駐車場から吊り橋を渡って対岸に下りていかなければいけなかった。
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のんびり湯に浸かって、疲れを癒やし、8時半頃に帰宅。
今日は予想していなかった景色と出会えたとても新鮮な山行だった。


【行程】
柳沢峠(9:55)~梅の木尾根(10:30展望台などで撮影10:35)~六本木峠(10:55)~林道交差点(11:15)~横手山峠(11:25)~鶏冠山分岐(11:55)~黒川山(12:00昼食・撮影12:45)~鶏冠山(13:05撮影13:15)~落合分岐(13:25)~横手山峠(14:25)~梅の木尾根(15:20)~柳沢峠(16:00)
※所要時間:6時間10分(歩行5時間10分)

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