山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

北八ヶ岳・敗退(上)

八ヶ岳は主立ったピークは踏破したのだが、気になっているピークがある。
「ニュウ」」である。
ニュウ山ではなく、ただのニュウ。

標高は2352m。中山峠から北東に延びた尾根にある小ピークである。
昨年2月、天狗岳(2646m)に登った時、道標でその名を知って以来、とても不思議に思っていた。
由来は何だろう。まさか「新しくできた山(new)」ではあるまい。

で、忘れかけていた昨夏、北八ツ彷徨中、白駒池畔の青苔荘で「ニュウ」のバッジを発見して、びっくり。
ええっ、ニュウってバッジになるくらいメジャーな山なの??

そうなんかあ、と思いつつ池畔を歩いていたら、ニュウへの分岐があり、なんとそこに「乳」と書いてあるではないか!
な~~~~るほど、ニュウとは乳のことか。
つまり、乳首のような突起くらいの意味なのだろう。
昔でも「ちち」とか「おっぱい」とか「ちくび」とか、そんなストレートな表現は遠慮したのか、音読みにするなんて、なかなか昔の人、やるじゃん!
と、勝手に納得。いずれ登らねばと誓ったのでありました。


テレビでは花粉予報が始まり、いよいよ花粉症のシーズンに突入。
こうなると、花粉の飛ばない高地に出かけるしかなくなる。
となると、雪山しかない。で、ニュウなのである。

行程は、初日ゆっくり出発。稲子湯に車を捨て、この日は歩いて2時間半ほどのしらびそ小屋に宿泊。翌日は、中山峠に登って右折、ニュウに下る(中山峠は2420mなので、こっちの方が高い)。ニュウから延々と樹林帯の中を稲子湯に戻ってくる、というコースだ。
問題はトレースがあるかどうか。

念のため、稲子湯に問い合わせてみたら、「先週はついてたよ。まあ来てみなよ」と、ちょっとだみ声のおばあちゃん。
そうだね、ってんで、即座にしらびそ小屋に予約を入れてしまった。
23~24日に決行である。

前日の金曜日、好日山荘に行って、準備のため目出し帽とシュラフカバーを購入。
ついでに立ち読みした「新版・日本雪山登山ルート集」(山と渓谷社)で、このあたりをチェックすると、いろいろなルートがトレースの付き方で色分け(線分け?)されている。
これを見ると、しらびそ小屋から中山峠・天狗岳とか、中山峠からニュウへは「特定の時期以外トレースが当てにならないルート」に区別され、ニュウから稲子湯までは「無雪期の登山道」になっていた。
つまり、トレースどころか、冬山の道としては想定されていないのである。
これは困った、と正直思った。

ただ、その地図をよく見ると、しらびそ小屋~本沢温泉は「ほぼトレースあり」、本沢温泉~夏沢峠~天狗岳は特定の時期ならトレースがありえるということになっている。
少々、ニュウ周回コースより長くなるが、これを行くと、箕冠山と根石岳の二つを極めることができる。
ニュウがだめなら、こちらにしよう。というか、すっかりニュウは捨てて、夏沢峠コースを行く気になっていた。
昭文社の地図による夏の所要時間は7時間50分。
トレースのある雪山は夏より早いという昨年2月の経験もあり、可能と踏んだのである。

ほぼ方針は固まった。
稲子湯からしらびそ小屋までは、夏で2時間半の道のり。
午後2時に歩き出しても問題ないくらいだが、冬に午後から歩き出すのは気が引けたので、11時に歩き始められるよう、所沢を朝6時に出発した。
これだと、午後1時すぎには小屋に着いてしまい、夕食まで暇でしょうがないが、そういう小屋の過ごし方もいいだろうと思ったわけ。

買ったばかりのパジェロミニが2週連続の登板である。
中央道で行くか、関越で行くか迷ったが、ルート検索では幾分早かった関越にする。
ちょっと渋滞にはまり、選択を誤ったような気分になったが、ロスタイムは15分程度だったと思う。別に今日は急がないので、気にならない。
ただ、朝食後に飲んだ薬のせいか、軽井沢への登りで急に眠くなり、横川SAで仮眠。
いつになく熟睡してしまい、1時間近く寝てしまった。

高速を下りて国道141号を南下、松原湖への入口で右折。重機を積んだトレーラーの後ろについてしまい、フロントが泥で汚れる。これで、初めてウオッシャー液が入っていないことに気づいた。
中古車屋さんは、そこまではしてくれてないわけね。
ワイパーでは、きれいにならず、車を止めて、道端の雪で拭きました。
その時に撮った八ヶ岳の天狗岳(中央左)。
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わがパジェロのタイヤは、実はノーマル。
しらびそ小屋に予約を入れた時、「車なら雪道に注意してください。ただのスタッドレスじゃあ登れないから」との注意をいただいた。
もちろん、いくら4駆でもノーマルで上がれるわけがない。
きちんとチェーンを積んであるので、途中の集落の空き地で装着した。
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すると、おじさんが出てきて、どこまで行くの? 稲子湯? じゃあ、チェーンあった方がいいね。たまに付けるんじゃあ、慣れないでしょ。と、ジャッキまで出して来てくれた。親切な人がいるものだ。
おかげさまで、さくっと終わった。

上の方はしっかりした圧雪で、チェーンが効果を発揮し、10時半に稲子湯に到着。
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駐車場は3台程度しか駐められないようなスペースで、残る1台分に駐めたが、隣の車のおじさんが「もっと寄せれば、もう1台駐められるね」という。
ここ以外にも、すぐ近くにガラガラの駐車スペースがあるのだが、まあお言葉に従って、除けた雪の上にタイヤを乗り上げて駐める。
ここは1日300円だから、稲子湯の受付で支払って、領収書を貼っておけばいいよ、と教えてくれた。まったく、親切なのかおせっかいなのか。
でもまあ、お礼を言って、お言葉に従った。

ここは標高1500m。気温は-10℃くらいまで下がっていてもおかしくないが、やけに暖かい。-5℃くらいだろうか。
トイレや体操、支払いを済ませて、6枚歯のアイゼンを付けて、11時ちょうどに出発。
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雪はのっけから50cm以上は積もっている。
でも、しっかりしたトレースがついていて、歩きやすい。

20分ほど歩くと、みどり池入口の駐車場に着く。ここに駐めれば、料金を取られなくて済んだのだが、まあ気にしない。
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雪はもうこんなに積もっている。
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駐車場の先はゲートとなっていて、この先に車は進めない。
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ここに、登山届けを入れるボックスがあった。

ゲートの脇をすり抜けて進むと橋がある。
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ここを渡りながら、そういえば、と思い出した。
ここからニュウへの道があるはず。
地図によれば、橋と駐車場の間が分岐。戻ってみたけど、それらしき標識もトレースもない。やっぱりなあ、と納得して進む
しかし、これは分岐を見落としただけだった。
もし、ここでトレースを見つけていたら、ニュウへの道を選んだだろうか。
今となっては、ちょっと分からない。

この先は何度か林道を歩かされるが、基本的には同じ雪のトレースだ。
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積雪は、1mはあるだろう。

でも、空は抜けるように青い。
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本当に穏やかな陽気だ。

樹林帯のなだらかな道を、気持ちよく歩く。
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次第に傾斜は増してくる。
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出発してから1時間ほどで、先行していたさっきのおじさんのグループ3人に追いついた。
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なかなか、私に気づいてくれず、追い抜かすのに時間がかかったが、急ぐ旅でもないので、全然かまわなかった。

さらに20分ほどで、10人ほどのパーティーに追いつく。
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しんがりの人に「先に行きますか?」と聞かれたので、「よろしいですか」と答えると、「○○さ~ん、いい所で通してあげて~」と合図してくれた。
10人が脇に寄れる「いい所」がしばらくなく、のんびり後に付いて歩いた。

やがて道を譲ってもらった。小屋も近い。雪はさらに深い。
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12:45、みどり池のほとりにあるしらびそ小屋に到着。
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夏の標準タイムより、45分も早く着いてしまった。

みどり池は雪で真っ白。
正面に天狗岳の岩峰を望む。
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夏は夏で、きっとすばらしい風景なのだろう。

ここの高さは2097mとの標示があるが、地形図上では2040mほどしかない。
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どういう計算なのか。

それはともかく、もうお昼の時間なので、小屋で昼食にする。
一応、カップ麺を持ってきたが、ケチケチせず、ここでラーメンを注文(700円)。
先に、かりんとうとお茶を出してくれた。
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ラーメンは、しょうゆ味の支那そば風。
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山でストーブにあたりながら食べるラーメンはことのほか美味しく、つゆまで全部いただいてしまった。

ラーメンをすすっていると、さっき抜かした3人が入ってきた。
おじさんは地元信州の人で、残るおばさん2人は東京から来たという。
このあたりは何度も歩いているとのことで、ここの小屋も常連のようだ。

心配なトレースについて聞いてみると、夏沢峠から天狗岳、中山峠からニュウへの道はどちらも、ほとんどトレースはついていることはないという。
う~む。まあ、行ってみて、手も足も出ないようなら引き返そう。
ラッセルできるくらいの深さならチャレンジしよう。
そういう方針にした。

とりあえずは、食後の運動。
中山峠と本沢温泉への分岐まで10分ほど、探検に行く。
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これまでと同じようなしらびその林の中の道だ。

戻ってみると、みどり池に足跡があることに気がついた。
雪の下にはきっと厚い氷が張っているのだろう。
ちょっと怖いが、こちらも歩いてみた。
風が雪を飛ばすのか、雪はそれほど深くなかった。
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13:50には小屋に着いてしまい、あとは夕食まですることがない。
新館の談話室に引っ込んで、こたつの中で新聞を読むことにする。
外は-8℃だが、室内はストーブがついており、プラス13℃ある。
窓からは日光が差し込み、ついついまどろみそうだ。

こういう暇な時間があることを想定して、家から文庫本ではなく、新聞を持ってきた。
ページごと引きちぎったまま読んでいなかった記事が10数枚あった。
下界では、山の本ばかり読んでいるのに、山では現実世界のことを読む。
何だかあべこべのような気もするが、そんなに違和感はなかった。

3時すぎ、談話室に7人の高齢者グループが入ってきて、早くも酒盛りを始めた。
そんなにバカ騒ぎをするわけでもないので、気にせず、新聞を読み続けたが、適当なところで切り上げて、寝室に退散した。
今夜の泊まりは12人。単独の私は入口の真ん前に配置されてしまった。
トイレに行く人は、みな私の布団を踏んで行かないと外に出られない位置だ。
本当はグループごとに個室にするくらいの部屋数はあるのだが、暖房費の節約だろう。
まあ、仕方あるまい。

4時過ぎに新聞も読み終えたので、夕暮れの写真を撮りに外に出る。
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陽はすっかり天狗岳の向こうに沈んでしまった。

煙突からは薪ストーブの煙が上っている。
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食堂はこんな雰囲気である。
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5時半、いよいよ夕食。
今夜のメニューのメインはあじフライ。
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そのほかに、キャベツの千切り、ポテトサラダ、冷や奴、煮しめ、漬けものに卵スープ。大皿にはジャガイモの天ぷらが盛られていた。
どれも美味しくて、ついお代わりをしてしまった。

席順は私の向かいに30代後半のご夫婦、隣に20代後半くらいの女性2人組み、その向こうにさっきの7人のグループである。
こちらは5人で山談議で盛り上がり、ご主人が昨日誕生日だったとのことで、奥さんからみなへケーキが振る舞われた。既製品だが、とても美味しかった。
食後も談話室に移動して、さらにおしゃべりを続け、8時に解散。

寝る前に外に出て、星空を見上げる。
少し雲が出ているが、月明かりでものすごく明るい。
気温は-13℃まで下がっていた。
でも、明日の好天を信じて疑わず、耳栓をしてさっさと就寝。
あすは5時半の出発を目指して、4時半起きの予定だ。

(つづく)


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檜洞丸(下)

2月17日、11:15、檜洞丸の頂上に到着した。
積雪は30cmほどある。

とにかく、まずはお昼。同行のMさんはカップ麺。
「下では食べないけど、山で食べるとなぜか美味しいんですよね」
同感。でも、私は相も変わらず、コンビニおにぎりに味噌汁。
でも、これでとくに不満はないのだ。

お腹が一杯になったところで、撮影を始める。
平坦な山頂の縁に近づき、木の間からカメラを構える。
順に見ていこう。
まずは三ツ峠山や御坂山塊の向こうに白峰三山。
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今倉山、その奥の本社ヶ丸のかなたに鳳凰三山と甲斐駒。
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で、お隣の大室山。
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その向こうには小金沢連嶺、そしてその奥に金峰山が見える。

甲武信岳(中央左)と破不山(中央右)
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こちらは奥多摩の山々。
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主要部分を見ると、これは雲取山(中央奥)
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その右に七ツ石山。中列右の弧を描くピークは三頭山。前列は権現山。

右の目立つ山が大岳山。
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その右手前が生藤山で、眼下の町並みは上野原市街。
右奥の稜線は、左から蕎麦粒山、川苔山、棒ノ折山。

山座同定を思う存分楽しんだところで、12:00ちょうどに下山開始。
しばらく同じ道を戻って、分岐で左に進路をとり、石棚山稜を歩く。

富士山を正面に見ながらの贅沢な道である。
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右手には南アルプスがすべて見える。
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空も再び明るくなってきた。
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これは、お隣の稜線にある同角ノ頭(1491m)
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こちらはこれから登るテシロノ頭(これも1491m)
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下の自然教室のおじさんが、ツツジ新道はしっかりトレースが付いているが、石棚の方はどうだろう、と言っていたが、2~3人歩いた跡があったので心配はなかった。
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それにしても、均整のとれた富士山の姿は何度見ても飽きない。
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で、今まで気づかなかったが八ヶ岳発見!
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真ん中の最も高いのが赤岳である。

一旦下りきった鞍部が、同角ノ頭を経てユーシンに至る道との分岐。
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ここから、ちょいと登ったピークがテシロノ頭だが、ピークには標識がなく、少し下った場所にあった。
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石棚山(1351m)もピークでも何でもない場所に標識があったが、地形図を見ると、斜面の途中に三角点がある。三角点の場所に山の名前を付けたということなのか。
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しばし下って、玄倉に下る道を左に見送り、急坂をほんのちょっぴり登ったところが、ヤブ沢ノ頭(約1345m)。
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なんで、こんなちゃちなピークに名前があるのか不思議だったが、振り返ると、それなりの山には見える。
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この先の稜線は東西に走っているので、尾根の左右で雪の状態が全く違う。
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南斜面はすっかり解けて土が出ているが、北斜面は真っ白だ。

次の板小屋沢ノ頭(約1130m)は、登山道が巻いているので、ピークを極めるべく尾根を直進。
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しかし、ピークはただの林で、木の札も何も下がってなかった。
でも、ここを下って登山道に合流したら、標識に「板小屋沢ノ頭」と書いてあった。
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道が巻いているので仕方ないとも言えるが、この表示の仕方はやはり納得がいかない。

なんて、こんな細かいピークハントをしている私をMさんは、どう思っているのか。この標識のところでニコニコ待っていてくれはしたけど。

このあたりで雪もほぼ無くなったので、アイゼンをはずす。
泥だらけのアイゼンをはずすのは、結構億劫だ。
ここからは沢沿いの道まで標高差500mを一気に下る。
急な下り坂は霜が解けて滑りやすくなっており、私はとうとうスリップして尻もちをついてしまった。
お尻に泥がびっしょり付いた感触がある。
「随分汚れてます?」と聞くと、「乾けば大丈夫でしょう」とのこと。
やはり汚れているのだ。しくしく。

長い下りも2人で歩いていると、そんなに飽きないものだ。
知らないうちに沢に到着。
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あとは車道まで1kmちょっとだ。

冬は3時近くなると、日がかなり傾いてくる。
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林の中も夕暮れの雰囲気だ。

途中、徒渉地点で靴の泥を落とし
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大石キャンプ場の中を突っ切って
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14:45、バス通りに出た。
ここから車道を遡り、車の置いてある自然教室まで戻る。
15:05、到着。
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全行程6時間半、昭文社の地図のタイム通りだった。
昼食の時間を除けば、こっちの方がやや早かったことになる。

自然教室の展示室をささっと見学してみて、丹沢での遭難事故が多いのに驚く。
西丹沢で最も多いのが、今日歩いたツツジ新道だ。
それだけ通行量が多い、西丹沢のメインルートということなのだろう。

出発時に別れたTさんの姿が見えないのが気になったが、無事を祈りつつ出発。
中川温泉・ぶなの湯に立ち寄り。
700円はちょっと高かったが、やはり気持ちよかった。
露天風呂はかなり熱かった。
Mさんはエチオピアに電話をしなければいけないからと、入浴ができなかった。
なんか付き合わせて申し訳ないことをした。

Mさんを松田駅に送り届け、こちらは再び東名の人となる。
11kmほどの渋滞もあったが、8時半には帰宅できた。
久々の丹沢、なかなかよかった。
雪のあるうちにもう1度くらい行きたいが、もう花粉の季節。ちょっと難しいかもしれない。

【行程】
西丹沢自然教室(8:35)~ゴーラ沢出合(9:15)~展望台(10:00休憩10:05)~稜線(10:45)~檜洞丸(11:15昼食12:00)~テシロノ頭(12:35)~石棚山(13:00)~ヤブ沢ノ頭(13:10)~板小屋沢ノ頭(13:40)~箒沢公園橋(14:45)~自然教室(15:05)
※ 所要6時間30分(歩行時間:5時間40分)



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檜洞丸(上)

2月17日は久しぶりに丹沢に出かけた。
実は、1月19~20日に1泊で西丹沢を周回する山行を考えていた。
山伏峠から菰釣山を経て加入道山の避難小屋に宿泊。翌日は大室山、檜洞丸を経由してユーシンに下りるという、冬にしてはハードな計画だった。
しかし、1月14日の大雪で、これは断念。先送りになっていた。

それとは別に、去年から会社の同僚と一緒にどこかへ行きましょうという話も浮上していた。
彼はR大学山岳部の出身でヒマラヤ経験もあるMさんである(年はほぼ同じ)。
そんな彼の方から、私に声をかけてきた。
「今度どっかに行きませんか?」
誠に光栄である。こちらこそ教えを請いたい。
でも、ガイドブックも地図も持っていないので、コースは私に任せるという。
じゃあ、かなりハードなコースにしないといけませんねと答えると
「いや、陽だまりハイキングがいいです」
と拍子抜けなことを言う。
そうか、仕事でハードな山歩きをしてるもんな、すこしのんびりした山歩きをしたいんだなと納得し、提案したのが檜洞丸(1601m)である。

西丹沢自然教室からツツジ新道で檜洞丸に登り、帰りは石棚山稜を経て箒沢公園橋に下りてくるコースである。
所要時間は昭文社の地図で6時間半。
8時半現地集合でいかがでしょう。
「陽だまりハイキングにしてはハードですね」との反応だったが、異存はないようだった。
歩きながら、「今日は、○○さん(←私のこと)に絶対服従ですから」と、こちらが恐縮するようなことをおっしゃっていた。

このコースはバスの便もあり、公共の交通機関で行けるのだが(実際にMさんはバスで来た)、周回コースであるということもあり、車で出かけた。
前日、納車されたばかりのパジェロミニのデビュー戦である。
早く、これに乗りたかった。
先月、走行距離20万㎞に達した老体のタウンエースは引退と相成った。
長い間、本当にお疲れさまでした。お世話になりました。

前日、高校の同級生の集まる会合に出かけたら、この前一緒に奥武蔵を歩いたTさんが「今週はどこへ行くんですか」と聞いてくる。
檜洞丸と答えると、即座に「私も行きます」と、ものすごいアグレッシブ。
いきなり3人のパーティーになってしまった。

当日は朝4:50に出発。
所沢から府中街道を川崎まで走り、東名で大井松田へ。
今日も快晴だ。昨日も晴れたのに、納車のために山に出かけられず、うずうずしていたので、超うれしい。
東名からは、どこかは忘れたが、富士山が正面に見える場所がある。
ひゃっほーと叫びたくなる。
運転中なので写真はありません。
パジェロミニも軽だからスピードの伸びはそれほどよくないが、80~90kmくらいのスピードで快調に進む。

まだ早朝だったためか全く渋滞もなく、大井松田で下りた時点でまだ7時前。
随分早く着いてしまいそうだったので、あちこち車を駐めては、写真を撮って小刻みに進んだ。
大学時代以来、30年ぶりに訪れた丹沢湖。
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あの時は自転車で犬越路を越えた。
ちょうどトンネルの手前に大規模な土砂崩れがあって、その上に登山者が歩いてできた踏み跡があった。
ただ、そこを自転車を押して通過するのは危険だったので、自転車を分解し、フレームやタイヤを2~3回に分けて、往復して運んだ記憶がある。
1982年5月5日のことだ。

思い出話はこのくらいにしておこう。
信玄の隠し湯・中川温泉を過ぎると、箒スギが見えてくる。
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根回り18m、高さ45mという巨樹で、樹齢は約2000年という。
縄文杉ならぬ弥生杉だ。
昭和47年にこの地方に甚大な被害をもたらした集中豪雨の際も、このスギはびくともせず、むしろ土砂崩れから箒沢の集落を守ったとのこと。

西丹沢自然教室には7:50に着いてしまった。
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まだバスが着くまで40分もある。
トイレを済ませたり、登山届を出したり、体操をしたり、周辺をぶらついたり、メールを打ったり。

これは奥箒沢山の家。
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こういうところに泊まってみたいが、朝こうして来られるのだから泊まらないだろうなあ。

で、ようやくバスが到着。
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結構満員に近く、Tさんは早めに、Mさんは最後に下りてきた。
当然、二人は初対面。
挨拶を交わして、3人で出発しようとするが、Tさんは「今日は歩荷訓練でペースが遅いので先に行ってくれ」という。
彼は自然教室のトイレで何本もの2㍑のペットボトルに水を詰めている。
後で聞くと7本も担いだのだとか。

きっと頂上でお昼を食べているうちに到着するだろうと思ったが、それまでにたどりつかず、この日、彼の姿をみたのは、実はこれが最後だった。
無事午後4時には下山したのだそう。ご苦労さまでした。

というわけで、結局は二人での山行ということになってしまった。
8:30に出発。500mほど、中川に沿った車道を行き、右手の登山路に入る。
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実は、ずっとおしゃべりをしていて、どこがどんなところだったのか、あまり覚えていない。あんなに話しながら歩いたことは、いまだかつてない。
いつから山に登るようになったのか、きっかけは何だったのか、大学ではどんな活動をしていたのか、丹沢はどのくらい歩いたのか、冬山は結構行ったのか、などなど聞きたいことは山ほどあって。
大学では目標はヒマラヤ遠征だったので、国内での合宿はやはり北アルプスとかの高山に限られており、丹沢あたりは個人的に歩いていたというところに、とても感心した。
丹沢はほぼくまなく歩いたそうだが、今回は30年ぶりだそうである。

さて、最初の方こそ、わりと急な坂や桟橋が続くが
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100mほど登ってしまうと、あとはしばらくなだらかな散歩道。
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ベテランのMさんに、これは一体なんでしょう? 花ですか? つぼみですか?
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と聞いてみたが、分からなかった。残念。

自然教室から40分ほどで、ゴーラ沢出合。
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ここで東沢を渡り、ツツジ新道と呼ばれる尾根に取り付く。
白い石はみな花崗岩である。水はとてもきれいだ。

この先はわりと険しい道になる。
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標高1000mを超えて、雪も残り始めた。

標高1100m地点のあたりに展望台がある(昭文社の地図では「展望園地」)。
10時ちょうどに着いた。ここからは富士山の眺めがいい。
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いつの間にか雲ってしまったが、稜線はくっきり見える。
手前は右から、畦ヶ丸(あぜがまる、1293m)、菰釣山(こもつるしやま、1379m)、権現山(1138m)である。

ここで小休止。当方はアイゼンを付ける。
Mさんはと言えば、「持ってきてない」という。
びっくりした。そういうものなのか。
確かに彼は登りも下りもほとんどスリップもせず、平然と歩いていた。
やはり鍛え方が違うようだ。

ここから黙々と(でもなく、わりとしゃべりながら)標高差400m登ると稜線に出る。
ここまで来ると、愛鷹連峰が望める。
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右が越前岳、左が位牌岳であろう。

そして目を右に転ずると、大きな山体をさらしているのは大室山(1588m)
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まともに見たのは、おそらく一昨年暮れに蛭ヶ岳に登って以来のような気がする。

おお、さらに奥には南アルプス。
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白峰三山ではありませんか。

御正体山(1682m)の左には荒川三山と赤石岳。
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御正体山は早く登ってしまいたいのだが、山頂からの眺望なし、というのが躊躇させる理由になっている。

犬越路(1060m)越しに見えるのは飛龍山(2077m、右)と笠取山(1953m、左)のはず。
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再び南西に目を向けると富士山。
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あそこまで、累々と山が折り重なっている。みんな登るのが私の夢である。

おっと、南には箱根の山が姿を現した。
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中央は神山で、山腹の白くなっているのが大涌谷だ。

その右には伊豆の真鶴半島と初島。
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大パノラマである。

稜線をひと登りすると、平坦な木道となる。
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ここまで来れば、頂上はもうすぐそこだ。

頂上は意外に展望がよくなさそうなので、今のうちに。
山中湖を手前に広げた富士山。
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右手には塔ノ岳(1491m)。
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このピークは蛭ヶ岳(1673m)。
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山頂に小屋が見える。

そして、11:15。下から2時間40分で頂上に到着した
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(つづく)

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滝子山(下)

2月11日お昼前、大谷ヶ丸にいる。これから滝子山に向かう。

大谷ヶ丸ではとくに休憩はせずに出発。
山頂に滝子山への道標が出ていたが、そこに小さく、「少しユノサワ(方面?)へ行くと分岐あり」と書き込みがある。
昭文社の地図にも、似たようなことが書かれていた記憶はあるので、これに従い、少し北へ進むと、ちゃんと滝子山方面にトレースがあった。
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雪も足首に達するほどになったので、スパッツと軽アイゼン(4本)を装着。

東へ一気に下り、さっきの尾根より1本東の尾根に乗る、
ひたすら樹林の中。展望があまり利かないので、足が進む。
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ところどころ雪が深いが、こんな春のような場所も。
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12時すぎに、笹子への分岐に到着。
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ここで本日初めて人に会う。若者2人。

この先、白縫神社という小さな祠があった。
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その傍らには鎮西ヶ池。
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湧き水のようだ。近くにひしゃくがあったので、すくって飲んでみた。
凍っていないところを見ると、新鮮な湧き水なのだろうが、ひしゃくの金属の味がしてしまい、おいしいとは思えなかった。

ここで、若者2人に先に行ってもらい、後からゆっくり行く。
この先は結構な急坂になる。12:15、山頂と東にある三角点ピークを結ぶ鞍部に到着。
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あとひと登りだ。

そして12:20、滝子山に登頂。
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頂上にはさっきの若者2人と、親子らしい60代男性+20代女性の計4人がいた。

ここの眺望はすばらしい。西がちょっと見えにくいが、あとは360度の大パノラマ。
まずは北東方面。
左から大谷ヶ丸、ハマイバ丸、黒岳、雁ヶ腹摺山の小金沢連嶺南部の峰々。
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黒岳と雁ヶ腹摺山の間に見えているのが雲取山。
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ハマイバ丸と大谷ヶ丸の間に覗くのは笠取山(左)と唐松尾山(右)
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大谷ヶ丸の左手奥に見えるのは甲武信岳。
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金峰山方面は雲に霞んでよく確認できなかった。

続いて、北西方面。
中央が三頭山、その右にぽこんと出ているのが大岳山。
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これは西方面。
右になだらかに高いのが御正体山、中央奥が今倉山、その手前の削られている山が高川山、左奥に雲がかかっているのは丹沢である。
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遠く、富士山の裾野の向こうに見えるのは、愛鷹連峰。
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リニア実験線が突き刺さっているのは、九鬼山。
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ちょうど山頂の真下をトンネルが走っている。

で、南に遅ればせながら富士山。
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左手前の高まりは鹿留山と杓子山。右のアンテナのあるのが三ツ峠山。その手前の山体は左の突端が鶴ヶ鳥屋山で、左が本社ヶ丸。

富士山はアップでご覧に入れます。
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こちらは南東の山。大沢山(左)と黒岳(右)。
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南アルプスや八ヶ岳は霞んでよく見えなかったのは残念。
でも、ここは誰かと複数で歩く時は、再びここを訪ねてみたい。

当然のごとく、ここでお昼。
この岩場に簡易イスを開いて座る。正面は富士山だ。
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メニューはまたまたコンビニおにぎりと卵スープ。
風がなくて助かったが、スープはすぐにぬるくなってしまった。

30分ほど休んで、12:55に出発。まずは東の三角点ピークを確認。
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ここの標高は1590mで、頂上より20mほど低い。
なぜここに三角点を置いたのだろう。

それはともかく下山開始。来た道を戻り、若者2人と出会った分岐を笹子方面に下る。
ここは防火帯になっており、視界が開けている分、さっき登った大谷ヶ丸のピラミダルな山容がよく見えた。
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防火帯を気持ちよく下っていくと、道は直進、防火帯は左へ登っている。
なんか記憶がはっきりしないが、このあたりに登山道からそれたピークがあった気がして、防火帯の方へ行ってみた。
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きれいな弧を描くピークがあったが、とくに山名標などはかかっていない。
後で確認したら、とくになんの記載もないピークだった。

これは私の足跡。
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では、登山道に戻り、下り続ける。
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しばらく行くと沢に出た。
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とてもきれいな沢で気持ちのいい道なのだが、沢まで下りてきたことで、戻るべき曲り沢峠より随分下まで来たような気になり、どこかに登る道があるはずだと探し始める。
実際はこの時点でまだ1300m。峠は約1260mなので、まだ高かったのだが、地図がないとそんなことは分からない。

すると間もなく、右へ登る道が出現。足跡もあるので、道標はなかったが、これで間違いないだろうと確信して、その道に入ってしまった。
実はこれは防火帯への巡視路だったようだ。
すぐに防火帯になり、急坂をどんどん登る。
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なんか変なような気もしたが、雪のある場所にはアイゼンの付けた人の足跡があるので、こちらも付いていくしかなかった。

この防火帯は眺望がかなりよくて、富士山が正面というか背後に見えた。
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それが救いだったのだが、いくら登っても、左に出てくるはずの踏み跡もしくは道がない。

正面に大谷ヶ丸が間近に見えてきて、いくらなんでもこれは変だと思い、もう踏み跡を無視して、西の尾根へトラバースにかかった。
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すると間もなく、人の足跡を発見。
おお、すばらしい。私の感も捨てたものではない。
などと悦に入りながら歩いていたら、どうもその足跡に見覚えがある。

その隣に、自分の足を雪にポンと付いてみる。
比べてみると、全く同じ。
なんと、この道はさっき、大谷ヶ丸に登った時に私自身が通った道ではないか。
は~~~~脱力。
随分、無駄な遠回りをした。
同じ道を歩くのを避けるためのコース設定だったのに。余計に同じ道を歩くことになってしまった。
帰宅して地図で確認したら、あのまま沢沿いをまっすぐ進んでいれば、ほぼ等高線沿いに15分もあれば曲り沢峠に着けたはず。
それが55分もかかってしまった。
やはり地図を置き忘れた代償は大きかった。

とにかく、そこからは写真を1枚も撮らず、仏頂面でひたすら歩く。
見覚えのある木や岩を見るたびに不愉快になる(笑)。
コンドウ丸に着いた時は、コンドウ丸のはるか上まで戻っていたんだなあと再確認して再びがっくり。
曲り沢峠14:25着。
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ここまで、オッ立らしきピークはなかったので、この先がオッ立であることは間違いない。
私はここに登るために、わざわざ曲り沢峠に戻ろうとして、こんな遠回りをしたのだ。
トレースも何もないが、登らないわけにはいかない。
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標高差は40mほどで、7分で着いた。

それにしても、男性らしい名前の山だ。
読み方は「オッタテ」なのだが、由来は何なんだろう。
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とにかく、これをもって本日のピークハントは完了。
大鹿山、コンドウ丸、大谷ヶ丸、滝子山、オッ立と5座をクリアした。

下りは西斜面でなだらか。もうアイゼンははずしてあったが、滑るように下った。
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14:45景徳院への分岐に到着。
あとは、この北尾根ルートを下るだけだ。

1月の大雪が凍った上に先日の雪が積もっていて、滑りやすいところがたくさんあったが、とくに問題はなかった。
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こちらも基本的にはなだらかな歩きやすい道だった。
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景徳院裏まで下りてきたのは15:30。
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バス停でスパッツをはずし、スマホで電車の時間を調べる。
なんと16:15がある。ギリギリだ。その後が随分空いているので、乗ってしまいたい。
車道を速足で歩く。

しかし景色がいいと、つい止まって写真を撮ってしまう。
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ちょうど中央線の陸橋にさしかかったところで電車が入ってきた。ぎゃ~ってんで走った。それで間に合ったのだが、特急に抜かれるため発車まであと5分もあった。
走る必要なかった。

まあ、痛い道の間違えはあったが、地図なしで何とか目的を達して無事帰って来られたのは幸運だった。今日もよしとしましょう。

翌日、JR東日本の忘れ物センターに問い合わせたら、乗った電車の終着駅である松本駅ではなく高尾駅に届いているという。
もし、甲斐大和駅で電車に乗り遅れていたら、駅員さんに問い合わせてもらって、高尾駅に寄って回収してから帰って来られたかもしれないが、贅沢は言うまい。
結局、最寄りの駅で手続きをすれば、着払いの宅配便で送ってくれると言うので、そうしてもらった。740円で手元に戻った。
乗客の方か、乗務員の方か分かりませんが、見つけてくれてありがとうございました。
おかげさまで、この地図ケースで翌週も山に行けます。

【行程】
甲斐大和駅(7:38)=景徳院(8:00)~大鹿峠(9:15)~大鹿山(9:30)~曲り沢峠(9:50)~コンドウ丸(10:15)~大谷ヶ丸(11:05)~笹子駅分岐(12:05)~滝子山(12:20昼食12:55)~コンドウ丸(14:05)~オッ立(14:35)~景徳院前バス停(15:40休憩15:45)~甲斐大和駅(16:10)

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滝子山(上)

3連休の3日目(2月11日)。天気予報は晴れ。行くしかない。
前半2日は十分のんびりした。
最終日は少しハードにしてもいいだろう。
大月の人気の山、滝子山(1610m)を登る。
ついでに、小金沢連嶺の中で登り残していた、大谷ヶ丸(1644m)、コンドウ丸(1392m)、大鹿山(1236m)をつぶしてしまおう。
つまり、初狩駅から登って、笹子駅に下ってくるオーソドックスなルートではなく、甲斐大和駅から大鹿峠に登り、稜線をつたって大谷ヶ丸へ北上、そこからとって返して滝子山に至る。帰りは、別ルートを通って、甲斐大和に戻るという変則コースだ。
笹子に下ってもよかったのだが、なぜか、そういうコース取りは思いつかなかった。

というわけで、5時過ぎに家を出発。西武線、中央線と乗り継ぎ、6:35八王子発松本行きの電車に乗り込む。ボックス席にひとり。
新聞を読んだ後、地図を取り出して、今日歩くコースを再確認。
登山口に(迷)マークがあり、「民家の間を入る」ようだ。
などなど、よく予習しておいた。

で、7:38甲斐大和駅に到着。ザックを背負って、下車。改札への階段を上り始めたところで、あ~~~~っと気づいて愕然。
地図を席に忘れてきた。
なんと言うことだ。これまで、電車に帽子を忘れたり、箸を持っていくのを忘れたりしたことは何度もあるが、よりによって地図とは。
地図ケースと地形図1枚、昭文社の地図1枚。合わせて2000円弱だから金額的には大したことない。いずれも買い直すことができる。
しかし、今日の山行には重大な支障をきたす。

どうしよう、と頭を抱えながら、改札を出たら、警察官がいてびっくり。
「山の安全を呼びかけています。お一人ですか? どちらへ? そうですか。気をつけてください。こちら、みなさんにお配りしています。他に山支度の方、下りましたか? そうですか。それでは」
とのやりとりがあり、アルミ温熱シートをいただいた。道迷いで動けなくなった時のための保温用ということだろう。そんな荷物にはならないので、ありがたくいただいたが、「すいません。地図を電車に忘れてしまい、地図なしで登ることになります。安全を呼びかけてくださったのに、こんな私をお許しください」と心の中ではわびていた。
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さっき地図をじっくり見ただけに、滝子山へ行くルートはだいたい頭の中に入っている。問題は帰りのルートをしっかり見ていなかったことだ。
これが後になって影響してくることになる。

この時期、登山口の景徳院へ行くバスはこの時間は動いていない。
40分程度なので歩いて行ってもいいのだが、地図を失って、1分でも節約したくなり、タクシーを呼んだ。15分ほどで来た。

景徳院にはすぐ着いた。
ここには数年前に車で来たことがある。
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ありがたいことに、最初から「大鹿峠」への道標が出ている。
これに従って行くことにする。ちょうど8時出発だ。
ここから大鹿峠への道は北尾根ルートと南尾根ルートがあるが、この道標は南ルートに導いているようだ。
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昭文社の地図に「民家の間を入る」とあった場所だが、とんでもない。
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民家の間ではなく、民家の敷地内を突っ切っていかなければいけない。
このお宅は、登山者の廊下になってしまっている。なんだか申し訳ない。
この道標がなければ絶対この登り口は分からなかったろう。

こそこそ、そこを通り抜けると、右手が開けて、日川をはさんで対岸の水野田山(1031m)がよく見える。
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こちらは1231m峰だが、名前は不明。
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少し登ると氷川神社。
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ここ田野地区の産土神(うぶすながみ)として信仰されている。
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ここからわずかに急坂を登って、尾根に出ると、道は緩やかになる。
下にあった雪も消えて、落ち葉のじゅうたんを進んでいく。
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道がなだらかで実に歩きやすい。景徳院が標高約730m。大鹿峠直上のピークが約1180m。標高差450mを1時間40分もかけて登るのだから、そういうことになる。
昨年1月に小金沢連嶺を米背負峠から下山して、やまと天目山温泉に立ち寄った時、そこの方が「昔は米背負峠より大鹿峠の方がよく使われていたよ」と話していた。
この歩きやすさは、昔からの街道であることも関係しているのだろう。

やがて日陰には再び、道に雪が残り始めた。
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でもアイゼンを装着するほどではない。

鉄塔をいくつかやりすごし、高度を稼いでいく。
9:10大鹿峠のすぐ北にあるピークに到着。
道が直接、大鹿峠に通じていないのは、おそらく随分昔に崩落があって、道が失われ、ピークを経由する迂回路が今の登山道になったのだろう。

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案内板には、大鹿峠から曲り沢峠に至る巻き道は書いていないが、昭文社の地図にはあった記憶がある。それを信じて、一旦峠まで下る。

正面にはお坊山が見える。
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標高差で40mほど下ったところが大鹿峠(約1130m)。
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西側はクマザサであまりよく分からないが、崩落した形跡が見受けられた。

南側にはお坊山に登る道(右)と笹子駅に通じる道(左)が分岐している。
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北には、今下りてきた尾根づたいの道と巻き道が分かれている。記憶の通りだ。
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曲り沢峠に至る前に大鹿山に登らなくてはならないが、1回巻いた後、尾根に乗っかればいい。
巻き道には雪がなく、まるで春のような雰囲気だ。
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次の分岐で尾根に乗る。幸い、大鹿山への道標も出ていた。
標高差約70m、6分ほどのアルバイトで、登頂。9:30。
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眺望は樹木のせいで、ほとんどないので通過。

再び、巻き道に合流して曲り沢峠に向かう。
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ここで問題がひとつ。登山道から少しはずれているはずの「オッ立」は峠の手前だったか、先だったか記憶がはっきりしない。
実際は手前にあり、地図を持っていれば、迷うことなく、オッ立を経由して進むのだが、今回は迷った末、手前のピークに立ち寄るのはやめにした。
どうせ帰りにも通るコース設定にしてあるから、もしこれがオッ立だとしても、帰りに寄ればいい。
もし間違っていたら、時間のロスになる。そう考えた。

地図がない以上、この判断は間違っていないと思うが、先にオッ立に登っていれば、帰りは再び曲り沢峠に戻る必要はなく、笹子に下りてしまったに違いない。
それができなかったのは地図を忘れたための大きな失態である。

それはともかく、そこがオッ立と確信がないまま、暗い雪の巻き道を行く。
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明るいところに出たら、そこが曲り沢峠(約1260m)。9:50。
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ここからも笹子に向かう道が分岐している。これは記憶にない道だ。
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当方は直進。広い尾根をだらだらと登っていく。
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25分ほどでコンドウ丸(1392m)に到着。
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とてもピークとは思えない、だだっ広い場所で、展望もないので、そのまま通過。

傾斜は相変わらす緩やかだが、風が出てきて、ゴーゴーとすごい音を立てている。
風の音はとても心を不安にさせる。
大谷ヶ丸に着くまでは、しばらくこの音に苦しめられた。

標高が1500mを超えたあたりから傾斜が急になる。
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11:00ちょうど、振り返ると木々の向こうに富士山が今日初めて見えた。
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今日も何となく霞んでいる。

間もなく、本日の最高峰・大谷ヶ丸(1644m)に到着。
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展望はそれほどよくない。西の方が若干開けていて、茅ヶ岳(左端)や黒富士(右端)などが見えただけだった。
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八ヶ岳はどうやら雲の中のようだ。

(つづく)

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要害山・岩殿山

おはようございます。いやあ、よく眠れました。
今日は2月10日です。積翠寺温泉におります。

食事はゆっくり8:45にお願いしたので、まずは朝風呂。
昨夜は大浴場で汗を流したので、今朝は露天風呂へ。
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ちょっとぬるめだったので、しばらく何も考えず、ぼーっと浸かっていました。

朝食はまた上品なメニュー。
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写真を取り忘れてしまったが、ご飯はアユの炊き込み御飯。これがまたおいしくて、何杯でも食べられそうだった。

さて、9:40出発。
まずはすぐ下にある要害山に向かう。
と、あれ、待てよ。明るくなってみて気づいたが、このあたり見覚えがあるぞ。
そうだ、娘と1997年1月に興因寺山(854m)に登った時の登り口が、この温泉で、ここの駐車場に車を駐めて出かけたんだった。
あの時は、娘もまだ5歳。雪もうっすら積もっていたのに、普通のズックでよく出かけたものだ。
この時の写真は残っていないが、地形図に歩いたルートと日付がしっかり書き込まれていた。

要害山のふもとには、積翠寺温泉のもう1つの宿「ホテル要害」がある。
ここのフロントの方に駐車場の場所を聞いて、9:55出発。
要害山はその名の通り、戦国時代の山城である。
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信玄の父・武田信虎が1520年に築いた山城で、信虎・信玄・勝頼と3代にわたり、緊急時に立てこもる詰めの城として使用された。
と説明板にある。

遺構の残りがいいので国の史跡に指定されている。
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しばらく登ると、西の空に南アルプスの白峰三山が見えてきた。
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農鳥岳と間ノ岳だけ。北岳は隠れて見えない。

確かに遺構があちこちに残っており、門跡や曲輪跡、土塁跡などの表示がある。
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不動曲輪では、お不動様が今もこの地を守っていた。
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頂上は城の主郭部にあたり、東西73m、南北22mの長方形で周囲に土塁が築かれている。10:35着。
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信玄公誕生之地という標柱があった。まさか、この山の上で生まれたわけではあるまい。
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要害山山頂は標高780mだが、山梨百名山に指定されており、ちゃんと木々の間から富士山を望むこともできた。
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今日はまだ午前中なのに、少し霞んでいる気がする。

ここから岩堂峠を経て大蔵経寺山に通じる縦走路も整備されているようだが、今回は車で来ていることもあり、来た道を引き返す。今回はピストンに慣れる練習だ。

ひと通り主郭部を見学して下山。途中、登りでは気づかなかった鳳凰三山を発見。
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同じ道でも、歩く向きが違えば、見えるものも違ってくる。
ピストンならではの発見だ。

近くの山は見事な冬枯れで、地肌をさらしている。
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それが青空に映えてなんとも美しい。

11:10車に戻り、大月に向かう。
すぐ先に温泉名の由来になった積翠寺があったので、立ち寄る。
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ここにも信玄公誕生之寺とある。こっちの方が本当っぽい。

本堂裏の庭には、信玄公産湯の井戸があった。
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庭園そのものも結構よかった。
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ここには飼い猫なのか、人なつこい猫が境内をうろうろしていた。
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素直になでなでさせてくれた。

さて、もうあっと言う間に昼近くなってきた。出発、出発。
高速は使わず、一般道で大月に向かう。
途中、道の駅・甲斐大和で食料を調達。
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昨夜の御飯の残りを握り飯にしてもらったのがあるので、それを主食に、パンとカップ麺も購入した。

このあたりの里山の風景もとても美しい。
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13時にやっと大月は岩殿山のふもとに到着。
駐車場はいっぱいだったので、近くの路上脇に駐める。
この前、九鬼山に登った時に見下ろして、登ってみたいと思っていたのだ。
これだけのために登りに来る山でもないので、こういう組み合わせにしてみた。

ここも中世の山城で、ここが登り口。
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決してここではありません。
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大月は「富士の眺めが日本一美しい町」をキャッチフレーズに売り込みを図っている。
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ここ岩殿山は桜の季節がすばらしいらしい。

大月は市内の山12座を「秀麗富嶽十二景」に指定している。
改めて調べてみると、それらは①雁ヶ腹摺山・姥子山②牛奥ノ雁ヶ腹摺山・小金沢山③大蔵高丸・ハマイバ丸④滝子山・笹子雁ヶ腹摺山⑤奈良倉山⑥扇山⑦百蔵山⑧岩殿山・お伊勢山⑨高畑山・倉岳山⑩九鬼山⑪高川山⑫本社ヶ丸・清八山、だった。
12と言いつつ、19もあった。
数えてみると、このうち登ったのは今回の岩殿山を含め、13座。
いずれ、みな登ることになるだろう。

岩殿山の登山路は舗装してあるところが多く、山歩きというよりは公園歩きのようだが、景色はすこぶるよい。
大月市街の向こうに富士山を望みながら登る。
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ぽかぽか暖かくて汗ばむほどだ。

こちらは高川山と右に三ツ峠山。
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しばらく行くと、お城らしい門が。
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ここにある説明板によると、岩殿山はもともと円通寺として9世紀末に開創されたとのこと。その後、修験の道場として栄えたが、16世紀には武田・小山田両氏の支配を受け、山城として整備された。が、江戸時代初期には廃城になったという。

この上もよく整備された道だ。
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富士山は大月の町とのセットも悪くない。甲府といい勝負だ。
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中腹に丸山公園なる園地があり、中世風のつもりの門や建物が整備されている。
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中でも、この小さな円墳のような高まりが丸山という山で標高は444.4mだという。
これは儲かった。岩殿山ひとつのつもりだったのに、もう1つ稼げてしまった。
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ちなみに岩殿山の標高は634mで、スカイツリーと同じ高さらしい。
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だから、どうした!って感じだが、日本人はほんとに「あやかり」が好きだねえ。

丸山からは岩殿山の象徴、巨大な鏡岩が眼前に迫る。
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再び歩き始めると、眼下に特急あずさが滑るように走っていった。
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これは大月市街をはさんで向いに対座する菊花山(644m)。
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こちらは長いしっぽを伸ばしたように見える高川山(976m)。
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岩殿城の揚城戸跡を抜けると
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間もなく、石碑があるニセピークに到着。ふもとから50分かかった。

本当の山頂はもう少し西に進んだところにあるのだが、景色のいいここが頂上の扱いになっており、山頂の表示まである。
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私もここでお昼にする。もう2時近い。すっかりお腹が空いてしまった。
メニューはさっき買ったものだが、飲料として買った「十割豆乳」に驚いてしまった。
濃厚な味を期待していて、それはその通り濃厚だったのだが、豆乳というより、豆汁そのもので、飲料ではなく料理に使うものではないのかと思ったほど。
とにかく毒ではないし、苦いわけでもないので、飲み干したが、何とも変な気分だった。

山頂からの富士山。
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もう山頂に雲がかかってしまった。
手前右は鹿留山と杓子山。

さて、出発。馬場跡や倉屋敷跡を通過して
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すぐに本当の山頂。ここにはアンテナが立っており、城の機能としては烽火台ということになっている。
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東には新興住宅地が眼下に見える。
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手前はゆりヶ丘団地。奥は先週若干触れたパストラルびゅう桂台。
あちらにはまだ分譲されていない茶色い空き地が見える。
戸建てが安く手に入るとは言え、さすがに猿橋から都心への通勤はきついだろう。

これは右が御前山、左は高畑山。中央に道志の山々が見える。
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この先、踏み跡をたどってまっすぐ東へ下る。
少し戻ったところから行くと整備された道を歩けることは分かっていたが、強行突破。
だんだんヤブがひどくなったが、何とか正規の道に合流できた。

そこからは、百蔵山(左)と扇山(右)がきれいに見えた。
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こちらは中央道と高柄山(右)
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セットにすると、こんな感じ。
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途中、落石による崩落箇所あり。
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間もなく分岐があり、左に行くと、七社権現洞窟。
当然のごとく探索。
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幅20mほどの岩陰に権現様が祀られていた。由来はよく分からない。

ほんで、15:10下界に下りてきた。
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あとは車に乗って帰宅。渋滞が予想されたので、高尾までは国道20号を走り、高尾山から圏央道に乗って帰宅しました。

【行程】
ホテル要害(9:55)~要害山(10:35散策10:45)~ホテル要害(11:10)
駐車場(13:00)~山頂(13:50昼食14:20)~駐車場(15:20)
※ 歩行時間:2時間55分



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羅漢寺山

2月の3連休(9~11日)。いずれも天気は悪くない予報。
せっかく日にちがあるのだから、八ヶ岳にでも行ってしまえばいいのだが、先週の九鬼岳周回で疲れてしまい、楽ちん贅沢コースにしてしまった。

初日はのんびり出発、昇仙峡の西に横たわる羅漢寺山に登り、信玄の隠し湯・積翠寺温泉で豪遊。翌日は目の前にある要害山と、すこし移動して大月の岩殿山、この二つの城山をハイキングして帰宅という寸法。3日目は気分次第だ。

昇仙峡は大学2年の春に自転車で来たことがある。もう30年以上前。
奥多摩から柳沢峠を越えて、石和温泉YHに宿泊(この宿は、皿の洗い方の指導がいちいちうるさかった)。翌日、昇仙峡を抜けて夫婦木神社から羅漢寺山の西側に回り込み、甲府駅で輪行というコースだった。確か、昇仙峡の岩の上でお昼を食べた記憶がある。

それはともかく今回は車で昇仙峡を目指す。
崩落事故のため通行止めになっていた中央道の笹子トンネルも前日、ほぼ2か月ぶりに開通。快適に西に向かっていたが、正面に見える八ヶ岳や甲斐駒に見取れているうちに、下りるべき甲府昭和ICを通り過ぎてしまった。

次の韮崎に行くより、中部横断道の白根ICの方が近い気がして(実際は大して変わらない。というより韮崎で下りた方が、羅漢寺山の北から回り込むことができた)、双葉JCTで左折。白根で下りて、すぐ乗り直し、甲府昭和ICに戻って、高速を下りた。
時間的には20分ほど、金銭的には1000円近いロスとなった。
年をとると、昔では考えられなかったようなボーンヘッドをしでかす。
まあ、受け入れていくしかない。

あとは甲府市街を北上し、和田峠を越え、左手に千代田湖を見て、昇仙峡そのものはバイパスで通過。夫婦木神社の手前の分岐に車を駐めて、11:25、歩き始める。
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最初は舗装された林道。脇には、おそらく先月14日に降ったとみられる雪がまだ残っている。

名前がついている山なのか分からないが、形のいい山を眺めながらの林道歩きだ。
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しばらく登ると、北の空に金峰山(2595m)が見えてきた。
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頂上の五丈石が、ここからだと間近に見える。

それにしても、この道はずっと林道のままで、山道にならない。
変だなあと思ったら、昭文社の地図に「狭い車道」と書いてあった。

その狭い車道を歩くこと45分ほどで、昇仙峡ロープウエイの頂上、パノラマ台駅の裏手にある富士山遥拝所に到着。
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ご丁寧に、カメラスタンドまで設置してある。

確かに、正面に立派な富士山を遥拝することができた。
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手前に従えているのは御坂山塊。
右裾の出っ張りは王岳(1623m)、左裾の尖っているのは節刀ヶ岳(1736m)であろう。

それにしても、ロープウエイの駅の近くということで、いきなり人が増えた。
登山の格好をしている人は全くいない。
ここは観光客の来るところなので、そちら向けのアトラクションがたくさんある。
これは、龍の松。
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金峰山から発する龍脈が、この松の「龍の腹」に当たり、「龍穴」となるのだそうだが、ちょっと意味が分からない。

駅とは反対方向に少し登ったところが「約束の丘」だそうで、「福を呼ぶ鐘」が設置してある。
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お付き合いで撞いてしまった。

こういうのはあまり好きではないのだが、眺望は実にすばらしい。
いやあ、甲斐駒かっこいいっす。
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こちらは鳳凰三山。左から、薬師岳、観音岳、地蔵岳。
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今度は南に少し下りると、うぐいす谷と呼ばれる岩場の展望台。
こちらからは南アルプス塩見岳。
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農鳥岳。
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ちょっとだけ顔をのぞかせた仙丈ヶ岳。仙丈はいつも恥ずかしがり屋だ。
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十分、展望を楽しんだら、駅方面に向かう。
途中に鎮座するのが八雲神社。
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石の祠の中には石棒が奉納されているそうで、古来より、夫婦和合・武運長久の神様として広く信仰を集めてきたようだ。
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で、12:25、パノラマ台駅に到着。
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ソフトクリームにそそられたが、少し寒いので、今回は我慢。
見晴らしのいい場所にテーブルがあるので、そこに腰掛けてお昼にする。
メニューは相も変わらず、コンビニおにぎりと卵スープ。

あたりを見渡すと、琉球ユタ・はるというスピリチュアル・アーティスト(怪しげな肩書だ)が、ここがものすごいパワースポットであることを説明したパネルがでかでかと掲げられていた。
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何でも富士山からの龍脈が金峰山、ここパノラマ台を経て、高尾山、皇居、日光東照宮と流れ、最後には北極星に向かうのだそうだ。
そもそもパワースポットとか、パワーストーンとかには、全く興味がない。それだけに、あまりに荒唐無稽で呆れてしまう。
昇仙峡ロープウエイ会社もパワースポット・ブームにあやかって、お客さんが来てくれれば、いいのだろうけど。

この隣には和合権現なる神社?もあった。
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中には、こんな立派な自然の造形が安置してある。
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1本の木に陰陽両方、見事に表現されている。
これだけですごいのに、なんかここもパワースポットの仲間入りをさせられていて、悪のりがひどいなあと思った次第。

お昼を食べたテラスは「浮富士広場」という名称になっている。富士山が御坂の海の上に浮かんでいるように見えるということだろうか。
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ちょっと右に目を移すと、直下に白い頂を覗かせた白砂山と、遠く天子山脈が望める。
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さて、1時になったので、羅漢寺山の主峰・弥三郎岳(1058m)に向かう。
駅舎の横にこんなアトラクションがあったが、無視。
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ちなみに、ここ羅漢寺山には「福仙人と黄金の葡萄」という伝説が伝わっている。
内容は省略するが、ふくろうの格好をした福仙人のゆるキャラみたいなのが、あちこちに散乱していて、とても見苦しい。
やめればいいのになあ。
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5分ほど登ると、「てんぼう台」に着く。
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「美しい自然を守ろう」と書いた巨大な看板を設置しているが、あなたが一番壊してます。
景色はものすごくいいのに、ぶちこわしなのが分からないのかなあ。

ここからの鳳凰三山と甲斐駒。
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この展望台より先には、ほとんど観光客が来ない。
本格的な山道だからだ。こんな注意書きも出ている。
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それにしても「スリルに満ちた」はないだろう。
なんか、ここはいちいちズレているなあと思ったが、山頂への道は花崗岩の露出した急坂で、確かにスリルに満ちた道だった。

途中から眺めた北西の峰々。
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左から、日本百名山の深田久弥が亡くなった茅ヶ岳(1704m)、金ヶ岳(1764m)、中央手前に太刀岡山(1295m)、山頂部が曲がっているように見える曲岳(1624m)、頂上が黒いのが鬼頬山(1516m)、そして左端が黒富士(1633m)だ。

こちらは中津森(1475m)と能泉湖。
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能泉湖は「のうせんこ」と読み、1986年に完成した荒川ダムによる人造湖だ。
私が大学時代に訪れた時には、まだなかったので、このあたりの地図を見て初めて、その存在を知った。

弥三郎岳の名の由来は、はっきりした話がある。
その昔、羅漢寺に弥三郎という酒造りの名人が住んでいた。この男は武田家の戦勝の祝い酒を造るなど重宝がらされていたが、大酒飲みのため失敗も多く、その非を住職にいさめられ、1斗の酒を最後に禁酒を誓い、その夜、この山の頂上で天狗になって消えてしまったという。それで、いつの頃からか、弥三郎岳と呼ばれるようになり、西の岩陰には弥三郎権現が酒の神として祀られている。
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さて、もうすぐで山頂なのだが、最後に花崗岩の巨岩に階段をうがった難所を登る。
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この岩からは富士山が望める。
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頂上は、まあるい岩で、そのまま崖下に落ち込んでいる。
どこまで寄っていいのか分からず、四角い断崖より、ある意味怖い。
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一応、三角点タッチは忘れず(13:20)
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ここも抜群の眺望だが、長居はせずに下山。浮富士広場から白砂山に向かう。

落ち葉の急坂を下る。
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途中、「←鞍かけ岩」という標示があったので、見てみると、遠くにこんな岩が確かにあった。
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白砂山へは縦走路から少しはずれて、10分ほど登る。
道はほとんど雪道だ。
ここも頂上には花崗岩が露出している(14:00)。
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正面にさっき登ってきた弥三郎岳の岩肌が見えた。
まあるくなってるのが頂上。
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ここも写真を撮っただけで退散。

縦走路に戻って、次は白山展望台に向かう。
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路面は雪だが、アイゼンは要らない程度。

白山展望台はその名の通り、白砂の山だった(14:30)。
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花崗岩が風化して砂状になっている。
なんか山なのに、沖縄のビーチのようで、しばし腰を下ろして、風景に見入った。

お馴染み南アルプス。
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太刀岡山は正面に大きく見えた。
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ここからさらに進んで長潭橋に下り、そこから昇仙峡を遡って車に戻る手もあるのだが、それだと4時間近くかかり、真っ暗になってしまう。
乗り鉄としてはロープウエイにも乗ってみたいので、ピストン嫌いではあるが、パノラマ台まで戻ることにした。

15:20発のロープウエイに乗る。
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片道550円。登りではなく、下りに使うんだから文句は言わせない。
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能泉湖や金峰山を眺めながら、ゆっくりと下りていく。およそ6分の空の旅。

黒富士(右)は裏(北)から見ると、本当に富士山の形をしているらしい。
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上りとすれ違う。
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一応、駅舎も撮っておかなくては。
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ここからはさっき車で通った舗装道路を上っていく。
古い民家があると、単調な道でも慰めになる。
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そして、16:00ちょうど、車に到着。本日の山行は終了した。

帰りに昇仙峡の仙蛾滝を観光する。
このあたりは水晶の産地らしく、巨大な水晶の玉を祀ったお堂(昇玉堂)もあった。
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仙蛾滝はそれほど期待していなかったが、なかなか迫力のある滝であった。
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見上げると覚円峰
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昇仙峡もゆっくり歩きたいが、もう暗くなるので、今回はここまで。
車に戻って、宿へ向かう。

途中、和田峠を下っていると、正面に甲府市街と富士山が眼前に展開。
思わず車を駐めて、写真を撮ってしまった。
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これは素晴らしい。町と富士山というテーマなら、ここがベストではないだろうか。

夕方5時過ぎ、積翠寺温泉古湯坊・坐忘庵に到着。
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部屋からは夜景が見えた。
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晩飯は桜鍋。馬肉じゃ。
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地ビールの富士桜高原麦酒を飲んで、疲れを癒やし、明日に備えて就寝したのでした。
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【行程】
登山口(11:25)~パノラマ台(12:10散策・昼食13:00)~弥三郎岳(13:25)~白砂山(14:00)~白山展望台(14:30休憩14:45)~パノラマ台(15:15)=仙蛾滝駅(15:30)~登山口(16:00)
※歩行時間:3時間15分
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御前山・九鬼山(下)

2月3日、九鬼山頂にいる。

頂上は日陰で寒いので、ちょっと南に進んだ富士見平という場所でお昼にする。
座る場所として丸太が2本分あったが、先客が空いている丸太1本を荷物置き場にしているので座れない。
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「こんにちは~」と言って、人が来たことをアピールしたのだが、効果はなかったので、斜め後ろの切り株を食卓に設定。簡易イスを取り出して座る。

今日は節分ということで恵方巻。
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恵方巻きという言葉も、それを節分に食べるという習慣も、最近になって初めて知った。
これは太巻とどこか違うのかい?
貧乏な学生時代、270円のシャケ弁も買えない時は、よく200円の太巻で飢えをしのいだものだ。
恵方巻なぞは、セブン・イレブンの戦略という説も聞いたことがあるが、それに乗っかってしまった。太巻は好きなのだから仕方ない。

今日は夜半から随分風が強く吹いていたのに、風もほとんどなく、ぽかぽか陽気。
日に焼けている気がする。

今回は味噌汁用の器を忘れてしまい、テルモスのキャップで2回に分けて飲んだ。
恵方巻もあのまま食べるのも何なので、ナイフで輪切りにした。
恵方巻は切って売った方が売れる気がする。

30分ほどで出発。時間もまだ早いし、余力もあるので、縦走を続ける。
歩き出して、すぐ分岐。
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この先、鈴懸峠(鈴ヶ音峠)に向かうと、おそらく人とは会わないだろう。

あまり歩かれていない証拠に、枝の張り出しや倒木がやたら多くなる。
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ほとんど障害物競走と言っていい。

しかし、予想に反して、単独男性が向こうからやってきた。
いないと思っているものが現れるとびっくりするもので、ドキっとしてしまった。
ただ、この人だけだった。

道は大小のこぶをいくつも乗り越えていく。
左手に時々見えていた富士山には雲がかかり始め、11:52をもってこの日二度と見ることはなくなった。朝はあんなにくっきり見えていたのに。
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標高約900mのピークで、南東に進んできた道はほぼ直角に曲がり、北東に進路を変える。
このあたりで、樹木が伐採され、幼木が植えられた平坦地が2か所ばかり出てくる。
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ここからは、九鬼山を望むことができた。
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しかし、すでに杉が真っ赤に染まっている。
少し暖かい日があったら一気に白い粉をまき散らしそうだ。

基本的には樹林の中の尾根歩きだが、時々展望が開ける。
でも、もうすっかり朝の透き通った空気ではなくなってしまった。
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ただ、雲取山の左に三ツ山を発見できたのは収穫だった。
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それと、笹子雁ヶ腹摺山の左に鳳凰三山が見えたのも、うれしかった。
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アップダウンの激しい尾根歩きを続けること1時間20分。
やっと、名前のあるピーク、高指(たかざす?、860m)に着いた。
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ここで小休止。倒木に腰を下ろして、ボーッとする。
ハイドレーションをつないだ500ccのペットボトルが空になったので、紅茶のペットボトルと付け替え、もとのボトルにはテルモスの熱湯を移し替える。
今日は暑いくらいなので、かなり汗をかいた。
この分では、紅茶もすぐなくなりそうなので、お湯を冷ましておこうとの作戦だ。

この時点で相当疲れていたようだ。気がついたら15分も経っていた。
まずい、そろそろ出発しなくては。

今まで越えてきた大きなピークには全然名前がなかったのに、高指の次の小さなピークには桐木差山(854m)という立派な名前が付いている。
理由はあるのだろうけど、なんか釈然としない。
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ここから150mほど下ると、鈴ヶ音峠の車道に出る(13:30)。
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あれえ、ここは見覚えがあるぞ~と思ったら、倉岳山・高畑山を登った時の帰りに通った道だった。
あの時は、このまま車道を下って行ったんだっけ。

今回はあの時よりさらに歩いているはずなのに、文字通り、あとひと山登らなければいけない。鈴ヶ尾山である。
道は、車道を横断して、正面の崖を登らなければならない。
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こんな馬頭観音はあるし、道も掘れているので古くからの道のようではあるが、今はほとんど歩かれていない。
あちこちが、こんな倒木で通せんぼされており
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急斜面を直登しなければならない。
これはまた堪えた。尾根にのるとほぼ平らになって、ほっとしたが、もうへとへとである。

13:50、台地状の鈴ヶ尾山(834m)に到着。
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樹木のために、展望はほとんど利かない。

紅茶もなくなったので、すこしまだ生温かいがまたハイドレーションのペットボトルを付け替え。喉が渇く。
ここからは延々下りのはずだが、何回か登りもあって、もう体はがたがた。
終盤に来て、一気に疲労度が高まってきた。

踏み跡はあるが、ここも倒木その他でフィールドアスレチック状態。
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雪がないのが救いだ。

道標がほとんどないので、ときどき尾根の分岐で迷うこともあるが、どうにか間違えないで歩けている。
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これなどは唯一の道標だが、黒マジックの手書きがなければ、反対方向に行ってしまいそうだ。

やっと里が見えてきた。
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不思議と、標高の低いところに雪が残っている。
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古いお堂を通過すると、登山口に到着(15:00)。
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峠からの所要時間は1時間半。標準タイムより20分早かった。
必死になって下りて来たからなあ。
ここからは猿橋まで車道を歩く。以前歩いた道だ。
靴が汚れてしまったので、脇に残っている雪を蹴りながら歩き、泥を落とす。

この日の立ち寄り湯は知る人ぞ知る湯立人(ゆたんど)鉱泉。
これは猿橋あたりでなんかないかな~と、家で道路地図帳を眺めていたら見つけた日帰り湯。
なんでも、昔、足腰の立たなかった人が、この湯に浸かって立てるようになったというのが名前の由来らしい。

普通の農家のような店構えで、看板もないから知らない人は誰も、そこが温泉だとは気づかないだろうとのネット情報。
入浴料1000円はちと高めだが、おもしろそうだ。
要予約とのことで、鈴ヶ音峠から電話を入れておいた。

その前に奇橋・猿橋に寄る。と言っても、新猿橋から眺めただけ。
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ずいぶん前、百蔵山に会社の仲間や家族と登った時、この橋のたもとの蕎麦屋でそばを食べた記憶がある。

鉱泉は吉久保バス停のある道路から葛野川べりに下りていく。
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で、これが、その建物。
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確かに普通の民家だ。

でも、「営業中」の札は下がっている。
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知らない人は「何の営業をしてるんだろう」と、いぶかるに違いない。

「ごめんください」と引き戸を開けると、おばあちゃんに導かれ、奥の座敷へ。
そこには4人連れの登山客がビールでくつろいでいた。
私は荷物を置いて、さっそく浴室へ。
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改装して間もないのか、ずいぶん清潔な印象。
驚いたのは、女湯との境の壁が鼻の高さまでしかなく、近寄ったら、あちらがよく見えてしまうこと。
これじゃあ、女性客は落ち着かないに違いない。

湯は無色透明無味無臭と言いたいところだが、飲むとちょっと鉄分の味がした。
パイプが錆びているのか。
鉱泉だから湧かしているのだが、お湯はやわらかく、のんびりと手足を伸ばせた。

湯から上がると、座敷にお茶が用意してあった。
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まだ、4時20分で、電車の時間まであと1時間近くある。
朝の残りのあんパンを食べ、しばし脱力。
それにしても今日は疲れた。このまま泊まってしまいたいが、そうもいかない。

40分にはそこを辞し、猿橋駅に向かう。
すっかり日も沈み、滝子山もシルエットになってしまった。
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特急あずさを見送って、普通列車で帰宅。
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7時には家にたどり着きました。ふう。
次回は、もうすこしゆとりのある山行にしよう。

【行程】
猿橋駅(7:10)~神楽山(8:10)~御前山(8:25撮影8:35)~八五郎クドレ(8:45)~沢井沢ノ頭(9:10)~馬立山(9:25)~札金峠(9:50)~紺屋の休場(10:20)~九鬼山(10:55)~富士見平(11:05昼食11:35)~高指(12:55休憩13:10)~桐木差山(13:15)~鈴ヶ音峠(13:30)~鈴ヶ尾山(13:50)~田中集落(15:00)~湯立人鉱泉(15:45入浴14:40)~猿橋駅(17:00)
※歩行時間:10時間



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御前山・九鬼山(上)

山というのは限りなくあって、毎週のように出かけていても、そうそう行くところが無くなるものではない。
むしろ、行けば行くほど、あそこに見える山にも登りたい、あっちにも行ってみたい、ということになり、調べていくうちに、こんな山がここにあったのかあと新たな発見を導き、どんどん登るべき山が増えていく。
まるできりがない。この遊びの面白いところの1つは、ここにある。
雨の日は日がな、自宅で地図とにらめっこし、効率的に歩くコースをああでもない、こうでもないと考えている。

今回のコースはそうして、ひねり出したものだ。
メインは九鬼山(山梨県)。標高は970mと大したことはないが、歩く距離は長い。
中央線の猿橋駅の南口からすぐ登り始め、神楽山、御前山、馬立山と縦走して、九鬼山に至る。ここまで標準タイムで4時間15分。雪が深かったり、調子が悪かったりして疲れたら、ここで富士急の禾生(かせい)駅に下山。
元気があったら、さらに高指、鈴ヶ尾山を縦走し、猿橋駅に戻る長大な周回コースだ。
これで、小ピークも含め9つの山を稼ぐことができる。うひひ。
ただ、これはちょっと欲張りすぎたと、後で反省することになる。

自宅を朝5時過ぎに出て、猿橋駅に7:02着。
道路地図帳に駅南口からケーブルカーのような記号があるのは何だろうと思っていたら、新しく高台に造成された住宅団地「パストラルびゅう桂台」への地下エレベーターだった。
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しかし、エレベーターなのになぜ、山肌が削られているのだろうと不思議に思い、帰宅してから調べてみたら、当初はBTMと呼ばれるケーブルカーのような新交通システムが運行されていたらしい。
これがトラブル続きで結局廃止となり、エレベーターが新設されたということのようだ。
山の禿げた部分は廃線跡だったのだ。

それはともかく、この日もすこぶる天気がよく、駅からは扇山(1138m)や百蔵山(1003m)がよく見える。いずれ、こいつらもまとめて登ってやろうと思っている。
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(これは百蔵山)

体操を済ませ、7:10に出発。里にはまだ雪が残っているので、山にはもっとたくさん残っているのだろうなあと想像する。
案の定、登山口からして、こんな状態で、早速6本歯のアイゼンを装着する。
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しかし、かかし、雪が残っていたのは登山口だけで、北斜面なのに、登山口から上は全く消えてしまっている。
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なぜ? 太陽に近いから? まさか・・・
それでも、間もなくまた雪が出てくるだろうと、我慢してアイゼンを履いていたが、落ち葉を幾重にも突き刺して、靴がだんだん重くなってくる。
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何度か、むしり取りながら歩いていたが、もう面倒がるのは止めて、はずしてしまった。
そうしたら、足が軽いこと軽いこと。さっさとはずせばよかった。

最初のピークである神楽山は標高674m。猿橋駅がだいたい330mくらいなので、標高差340mほど登る。これが結構急な登りで、いきなり歯ごたえがある。
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低山は本当にあなどれない。

九鬼山への主稜線にのったところで、木々の間から富士山が望めた。
本日最初のお目見え。今日も機嫌がよさそうで、うれしい。
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ここから左へ折れて、すぐそこが神楽山。8:10着。
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標準1時間20分のところ1時間で登ってきた。
調子がよさそうにも見えるが、ちょっと最初から飛ばし過ぎた感もある。
頂上からの眺望には恵まれない。冬枯れの林越しに大菩薩方面の黒岳や雁ヶ腹摺山、道志方面の赤鞍ヶ岳や朝日山が望める程度だ。

すぐに主稜線に引き返し、御前山(730m)へ向かう。
15分で到着。
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ここは南側が断崖の岩場で、見晴らしがすばらしくよい。
この日登った9つの山の中で一番よかった。完璧だった。

まずは富士山を遠望する。
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このちんまり感がたまらない。
手前の黒い山々がこれから歩く主稜線で、その左端が九鬼山だ。
富士山のすぐ左に従っているのが鹿留山。昨年9月に北海道のN君と登った山だ。

順に目を左(東)に転じてゆく。
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唐沢尾根と呼ばれる稜線で中央が今倉山の東峰(1470m)と西峰。

こちらは中央右が朝日山(1299m)、その左が赤鞍ヶ岳(1257m)。
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これらは全く手つかずのままである。

高畑山(982m)と、その左奥に倉岳山(990m)。
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こちらさんは一昨年の10月に登っている。

さっき登った神楽山。
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北側が樹林に隠れて見えないが、そっちの方はこの後のいやというほど見ることができる。

地図を広げて、山座同定を楽しみながら、しばしの撮影休憩。
断崖から転落しないよう細心の注意を払ったのは言うまでもない。

御前山は厄王山とも言うようで、地元の「岩殿クラブ」という山岳会が発泡スチロールで案内標識を作っていた。
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次のピークも岩場で八五郎クドレ(約705m)と呼ばれる場所だ。
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一応、木の枝で通行止めのサインが出ているが、自己責任で進む。
ここもまたすばらしい。

とりあえず岩の向こうの富士山。
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滝子山(1590m)と、その左にお坊山(1421m)。
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今倉山から朝日山への山並み。
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さっき通過した御前山の絶壁。
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この後は八五郎クドレの岩場をトラバースして、次のピーク沢井沢ノ頭へ。
途中、右手の展望が開け、小金沢連嶺のなだらかなスカイラインを愛でる。
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左が白谷丸の白いザレ場をさらした黒岳(1988m)。右は500円札に描かれた富士山の撮影地として知られる雁ヶ腹摺山(1874m)。

湯ノ沢峠(左)と、左へ大蔵高丸とハマイバ丸(1752m)。
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こんなあまり突起の目立たない稜線でも、どの角が何山なのか分かると、山の楽しみは倍になる。

この岩山は大月駅裏にある岩殿山。中世には山城として活用された。
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大月のシンボルでもある。

こちらは笹子方面の稜線。
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このあたりも鹿の食害がひどいのか、ヒノキの幼木に緑の防護網がかけられていた。
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沢井沢ノ頭(約740m)はとくに眺望もないので通過する(9:10)。
馬立山(797m)も同様に通過(9:25)。

300mほど先の分岐ナベノテラスで、尾根をはずれ、左へ急降下。
ロープ場が続くような急坂だが、こんな「はさみ富士」も見ることができる。
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もう1度、小さなピークを越えて下ったところが札金峠(約625m)。
何とも生々しい地名だが、この峠でかつて取引などがあったのだろうか。
いずれにしろ、古い生活道路であったことは間違いない。

何と言っても、こんなに見事な切通しになっているのだから。
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こんな絵に描いたような峠とは、そうめったにお目にかかれるものではない。

この道標は生活道路の時代が終わって、登山道になってからのものだろうが、この手作り感がたまらない。
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ここからは本日のメイン、九鬼岳への登りとなる。最初はわりと緩やかな登りが続く。
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さらには、小ピークを巻いてくれるので、それもまたありがたい。

峠の先で、富士急田野倉駅からの道を合わせると、道は一気によくなる。
これまでは踏み跡はそこそこしっかりしていても、道に小枝が張り出していることが多かった。案外、歩かれていないのである。
その証拠に、札金峠までは誰にも会わなかったが、道が合流した途端、何組かとすれ違った。縦走はしなくてもいいが、ぜひ御前山には行った方がよい。

それはともかく、ここは稜線の西側を巻いているので、西の展望が時折開ける。
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片流れの富士山。

三ツ峠山。
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合体させると、こう。
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突如として、こんな鉄塔が出現。
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かつて材木か何かを運んだケーブルの支柱だろうか。

このすぐ先、広場状になっている場所が紺屋の休場。
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昭文社の地図には「紺場休場」とあるが、これは間違いのようだ。

ここからの眺めもまたまたすばらしい。
真正面に高川山(976m)。
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こうして見ると、とくに特徴のない山だが、四方八方から登山道が通じ、頂上も360度の展望がある人気の山らしい。九鬼山直下の富士見平でおじさんたちが、そんな話をしていた。「今日なんか大混雑だろうなあ」と。

お坊山と、左に笹子雁ヶ腹摺山(1358m)
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紺屋の休場を過ぎると、道は尾根を大きくはずれて、山腹をトラバースしていく。
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ここに凍った雪が残っていて、非常に危ない。
本来ならアイゼンを付けるべき場所だが、さっきはずしているのでちょっと億劫。
道も細く、細かい岩の屑が堆積したザレ場で、雪のないところも怖いのだが、何とか押し切った。

で、最後の急登を辛抱して、10:55登頂。
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猿橋からの所要時間は3時間45分。標準より30分早かった。

ここは南側が樹林でほとんど展望なし。ただ、ちょうど枝の合間から富士山が覗けるすき間が。
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これを「覗き富士」と命名した。
ご婦人2人がガニ股で、並んで何を撮っているのかと思ったら、これだった。
中腰にならないと見えないのだ。

北側は妨げるものがない。
中央右の奥に見えるのは、おそらく雲取山(2017m)。
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そうすると、左奥に顔を出しているのは飛龍山(2069m)ということになる。

こちらは、左奥のポチっとした突起が権現山(1312m)、右の大きな山体が扇山。
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私の雄姿は、ガニ股のおばさまに撮っていただいた。
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逆光でせっかくのイケメンが台無し。

お二人が「この先に雪があるか?」と聞くので、危ないところがあると答えた。
「でも、アイゼンはいてないじゃない?」と食い下がってきたので、「登りでしたから。下りだったら、私なら付けます」と断言したら、どうやらアイゼンを持っていなかったらしく、来た道を引き返して行った。

(つづく)



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越上山・顔振峠(下)

1月27日、奥武蔵山行後編。
顔振峠から再開。

さてさて、とにかくお昼だ。
私とN君は茶屋でそばを頼むつもりだが、残る2人はコンロでインスタントラーメンを作るという。それぞれ、同窓会の別の部活、蕎麦部と拉麺部に写真を投稿するつもりなのだ。
T君が出発時に「これから部活してきます」と投稿したら、何人もの部員たちからFacebookに励ましの言葉をいただいた。
これまでの単独行とは全く次元が違う。くすぐったい気分だ。

2人はコンロを使えるところがないか、平九郎茶屋のおばあちゃんに聞いたら、何も注文すると言ってないのに、ここを使いなさいと、テラスのテーブルを貸してくれた。
なんていい人なんだ。
この茶屋の名前の「平九郎」はもちろん、飯能戦争で自刃した渋沢平九郎のこと。
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なぜ、平九郎を名乗っているのかというと、ちゃんと理由があった。
飯能から敗走してきた平九郎は、峠の茶屋でわらじを求め、その代価として、店主の加藤たきに刀を預けたという(これはちょっと疑わしいが)。
たきは平九郎に秩父路は安全だと伝えたが、平九郎は故郷大里への思い止みがたく、すすめるお茶も飲みのこして、その方向である黒山(鉱泉)に下りたところ、官軍に取り囲まれてしまったというのは前回説明した通り。
辞世「惜しまるる時散りてこそ世の中は人も人なれ花も花なれ」

現在の店主、あのおばあちゃん加藤ツチ子さんは、その子孫ということで、平九郎を名乗っているのだろう。

峠にはほかに顔振茶屋、富士見茶屋などがあった。どれも通年営業のようだ。
ここはハイカーのほかに、自転車の人やライダー、ドライブの人と通行人口が多いので、商売も成り立つのだろう。

さて、能書きはこれくらいしにして、昼ごはん昼ごはん。テラスの眺めは抜群にいいが、少々寒い。
先に書いた通り、2人はコンロでインスタントラーメン。
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私とN君はそれぞれ、天ぷらそばと山菜そばを注文した。
そばができるまでの間、前菜代わりに、私はコンビニのお稲荷さんと味噌汁でペコペコのお腹を落ち着かせる。
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で、運ばれてきたそばを見て、びっくり。
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なんと、春菊がどんぶりからはみ出しているではないか!

「うわあ、これはすごい」と思わず歓声を挙げると、ツチ子おばあちゃんは「注文受けてから揚げるからね。うちは。おいしいよ」と自慢気に言い残して、戻っていった。
春菊のほかは、サツマイモ、カボチャ、マイタケ、シイタケ、ニンジンの千切りを海苔で巻いたものが入っていた。海老なんて入れずに、山の幸だけにしているところが、潔い。

ラーメンの2人は具を忘れたとのことで、柿ピーを試してみようとしているので、カボチャと春菊を分けてあげた。
柿ピー+天ぷらラーメンというワイルドなものになったが、「案外ふつう」とつぶやきながら、麺をすすっていた。

天ぷらそばは汁は薄味だったが、まずまずおいしかった。
でも、先にお稲荷さんを食べていたこともあり、また、W君から缶ビールを半分いただいていたこともあり、超満腹になってしまった。

のんびり休んで、12:15出発。
まずは、裏にあるピーク顔振峠展望台に向かう。5分ほどで到着。
頂上では団体さんがお昼を食べていた。
なぜか、ここの方が風がなく暖かい。

ここは南ではなく、西から北への展望が開けている。
まずはすぐ西にある関八州見晴台(約760m)
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そのすぐ右に、天文台のある堂平山と尖った笠山。
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そのさらに右には、すこし霞んだ赤城山。
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正面には男体山と、その左に前山的に皇海(すかい)山が見える。
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ただ、皇海山が低すぎるようにも見える。ちょっと自信がない。
栃木在住のW君も同定に苦しんでいた。

関東平野をはさんで遠くに筑波山。
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すぐそこには、関東平野の縁を形づくる低山たちが横たわる。
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それらの谷間にぽつぽつと集落があるもの愛らしい。
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この展望台は別名「雨乞い塚」と呼ぶようだ。
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574mは本日の最高地点。ピークに名前がある場合は山と認める、という定義に従い、ここを「登った山」の1つと認定する。

N君が「なぜ、こんなに日当たりがいいのに、ここだけ雪が残っているのか」と不思議そう。立木がないので、その分、ここには他の場所よりたくさん雪が地面に積もったから、というのが私の解釈だが、当たっているだろうか。

ここを下って尾根伝いに傘杉峠方面に向かおうとしたが、2度も途中で道がなくなり、引き返す。納得がいかない気持ちもあったが、結局同じところに出るし、それほど遠回りでもないので、車道を行く。
こっちの方が見晴らしはいい。

左手に富士見茶屋を見送って、すこしずつ登っていく。
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最近は、こんなおしゃれっぽいパスタ屋さんもできたようだ。
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ちゃんと分岐は見つかり、傘杉峠の手前で、役の行者像方面に向かう。
下り気味の歩きやすい道だ。
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これが「太平山の役の行者像」。
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これがアップ。
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説明板によると、この尊像は1865年の建立で、黒山の人々が総出でここ太平山(約530m)まで担ぎ上げたとか。
このあたりは、山本坊栄円法印なる人物が1398年に黒山に熊野権現を勧請して以来の修験霊場で、村人の信仰が篤かったという。それで修験の祖・役の行者の像をこしらえたのだろう。
しかし、平成18年に何者かによって、尊像が倒され、尊顔が失われるという事件があり、翌年修復されたとのことだ。なぜ、そんな罰当たりなことができるのか、怖くないのか、とても不思議である。
若者の仕業か。親に「そんなことしたら罰が当たるよ」という躾を受けてこなかったのだろうか。

標柱に「大平山の・・」とあったが、大平山のピークはどこだろう。
ひとりで勝手に登っていったら、それらしき場所にすぐ出たが、看板も何もなかった。

さあ、ここからは下る一方。それもかなり急な坂が続く。
こんなに登ってきたっけ、と思うほどだ。
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途中なんとロープ場まであった。
13:40、傘杉峠から下ってくる道に合流、しばらく行くと黒山三滝に至る。
登山道の右手にあるのが天狗滝。
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水量が少ない時期なので、今ひとつ迫力に欠ける。

残る男滝・女滝に向かう。
こちらには滝の手前に土産物屋さんがある。
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何ともレトロな雰囲気。ブリキのおもちゃや木刀が売っている。
中には30年前からの在庫じゃないかと思ってしまう品も。
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この布団たたきはもう黒ずんでいる。
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こんなところでお土産に布団たたきを買う人がいるとは思えないが、ずっと店先に出し続ける根気には感服する。
私は滝より、こっちの方が気に入ってしまった。
というか、この店の方が観光資源になる気がする。

黒山三滝は今でこそ、ひなびた風情を漂わせているが、江戸時代からの行楽地だったという。
そもそも、この周辺は修験の道場であったことから、江戸時代になると、信仰と遊山を兼ねたレクリエーションの場として賑わった。
明治に入って、鉱泉が見つかると、それに拍車がかかり、昭和25年には日本観光地百選のひとつに選ばれ、瀑布の部では9位になったというから驚く。
それほど、当時は人に知られた観光地だったのだろう。

その滝は確かに、絶妙な綾をなしているが、ベスト10に入るかとなると、平成の世では難しいだろう。
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上が男滝、下が女滝である。

信心深いT君は滝の近くに安置されていた仏様に手を合わせていた。
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さて、車に戻ろう。
と思ったら、もう1軒、レトロな土産物屋が。
店先には風車が回っていた。
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「大正七年 田山花袋紀行の地」だそうだ。
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読んではいないが、小説に黒山三滝が登場する作品があるのだろうか。

碑を横目に14:20、駐車場に到着。一同で「お疲れさまでした」。
早速、ザックを車に置いて、「東上閣」に日帰り入浴へ。
1050円はやや高いが、なんたって温泉なんだからと意気込んでいたら、浴室の扉に「鉱泉枯渇のため加水してあります」との貼り紙が。
こういうのは、本来なら玄関に貼り出すべきだろう。
がっかりはしたが、やはり風呂は気持ちいい。
露天風呂にもゆっくり浸かり、中年男3人のくたびれた裸体を拝んでで本日の山行を締めくくる。

今度はベテランW君の指導で雪洞山行をしようと誓って、3時すぎに解散したのでありました。

【行程】
黒山鉱泉(9:15)~分岐(9:50)~カイ立場(10:00)~一本杉峠(10:15)~越上山(10:50撮影10:55)~(金刀比羅宮寄り道5分)~諏訪神社(11:15)~顔振峠(11:30昼食12:15)~(展望台往復20分)~役の行者像(13:15休憩13:25)~分岐(13:40)~天狗滝(13:50)~男女滝(13:55撮影14:05)~駐車場(14:20)
※歩行時間4時間5分
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越上山・顔振峠(上)

昨年、高校の同窓会の間でfacebook上の山岳部ができて、私も遅ればせながら加入した。
そこで、1月27日の山行に仲間を募ったところ、2人が名乗りを挙げてくれた。
3期下のW君と、9期下のT君である。
もともと北海道から来ているN君と行く予定だったので、都合4人のパーティーとなった。

実は前日、同窓会の新年会があり、T君とは挨拶を交わしていた。
W君とは当日が初対面である。
W君はもう山歴25年のベテランで、昨年はマッターホルンの登頂も果たしている。
前夜は自宅のある栃木の山岳会の新年会でしこたま飲んでからの参加だ。
T君は山を歩き始めてから、まだ半年とのことだが、とても初心者には見えない。

さて、中年男4人組でどこへ行ったかと言うと、奥武蔵の入口も入口。
越上山(おがみやま)と顔振(かあぶり)峠である。
黒山鉱泉から登って、ひと回りして戻ってくる周回コース。
標準タイム4時間半ほどで、帰りには温泉が待っている、気楽なハイキングである。

W君とN君とは8時に小手指駅で待ち合わせ、T君とは黒山鉱泉の駐車場で落ち合うことになった。
車の中で、W君と初対面の挨拶を交わし、黒山鉱泉に向かう。
今日もすばらしい快晴で、いつもより空気が澄んでいる気がする。
連日、雪が降っている北海道から来たN君は「こんなに晴れる日はめったにない」とうらやましそうだった。

9時頃、黒山鉱泉に到着。すでにT君は到着していた。
T君・N君とW君も初対面なので、ここでもご挨拶。
しかし、同窓生だし、すでにfacebookでは親しくやりとりしているので、あっという間にうち解ける。というか、知らない人という気がしない。
今回もまた新たなオフ会なのである。おもしろい時代になったものだ。

挨拶と体操を済ませて、9:15に歩き始めた。
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我々はまず、黒山鉱泉の三差路を顔振峠に向かう。

実はここ黒山は、飯能戦争の戦跡でもある。
飯能戦争とは、1868年、彰義隊から別れた振武軍が飯能を舞台に官軍と戦った幕末の戦乱のこと。
飯能の本営を落とされた振武軍は奥武蔵山中に敗走。副将だった渋沢平九郎(渋沢栄一の養子)は顔振峠を越えて、ここまで逃れてきたが、待ちかまえていた官軍に包囲され、若干22歳の若さで自刃して果てた。
そう説明板に書いてあった。

その自刃之地碑がこれ。
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私は東というか北で生まれた人間なので、どちらかというと幕府に同情的だ。
榎本武揚が北海道共和国を作っていたら、どうなっていただろう、なんて夢想もする。

しばらくは舗装された林道を歩く。
右に2本、顔振峠に直接通じる登山道を見送り、なおも林道を行く。
里の方は、14日の雪も解けていたが、しばらくすると、雪が残りだした。
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このあたりは、越辺川の源流にあたり、こんな標柱が立っていた。
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この川の名前、これで「おっぺがわ」と読む。
町の名前は越生(おごせ)、これから登る山は越上山(おがみやま)。
「越」という字の入った地名が目立つが、どれも「こす」とは読ませず、「お」である。
なぜだろう。「越生」なんてひっくりかえして「生越」とした方が「おごせ」と読めそうだ。
「越上山」はもともと「拝み山」もしくは「お神山」の転で、雨乞い信仰の山だったという。それにしては、難しい宛て字をしたものだ。

35分ほど歩いたところで、登山道への分岐に着いた。
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しかし、標識が何もない。
地図上はここで間違いないはず。踏み跡もしっかりあるので、迷わず進む。

植林の中の道を10分ほど登ると尾根に出た。
ここは交差点というか峠になっており、カイ立場という名称がついている。
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「カイ」を立てた場所という意味だろうか。「カイ」って何だろう?
とにかく小休止して、水分をとる。N君は汗をかいたので上着を1枚脱いだ。

ここからは緩やかな登り。
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左手には木の間から関東平野が望める場所もある。
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カイ立場から10分ほどで、一本杉峠(496m)。
その名の通り、大きな一本杉があった。
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越上山への分岐までは、ほとんど平らな道。
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一旦、林道に出て、そこを横断。
急坂を少しばかり登ると、あとは等高線沿いの巻き道で、おしゃべりしながらの楽しい山歩きだ。
でも、話に熱中してしまって、そこの風景や雰囲気はあまりよく覚えていない。
やはり、回りを見ているのは目ではなくて脳なのだ。

途中、木の間から富士山が頂上だけ顔を出しているのが見えた。
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しばらく歩いたところで、先頭のN君が「もう(越上山への)分岐は過ぎちゃったんじゃないのか」と振り返る。
「いや、まだ分岐は見てないよ」
さては、おしゃべりに夢中になって4人そろって見逃したか。
と思ったら、まさに立ち止まったその場所が分岐だった。
標柱があって、「→越上山」と書いてある。でも、我々の進行方向からは、その文字は見えず、とても不親切な案内だ。
「俺たちが来る方向から来るのは想定されていないのか!」
と、みんな憤慨していた。
とにかく、右折し、山頂へ向かう。
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頂上は展望がきかないが、直下に見晴らしのいい場所があった。
左にうっすら見えるのは筑波山。
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こちらはスカイツリー。
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丹沢の大山。
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これはおそらく奥多摩の川苔山。
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存分に景色を味わったあと、岩場を越えて頂上へ。10:50着。標高は566m。
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4人で三角点にタッチして記念撮影。
カメラはN君のだったので、ここにはありません。

ちょっとお昼には早いので、とくに休憩もせず前進。
下りは「女坂」を行くと、ちょっとした祠があった。
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地図上にはこの先に諏訪神社があるように書いてあるが、その手前に素朴な鳥居があった。
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その先は階段だが、面倒がる人もなく、みなで行ってみることにした。
小さなコブの上に祠があった。
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この白い建物は覆い屋で、中に小さな社殿がある。
これを守るために、こんな覆い屋が建てられたのだ。
地域の人々の信仰の篤さがうかがえる。
誰かが「避難小屋に使えるなあ」とつぶやいた。

覆い屋の鬼瓦には「金」の文字があるので、これは金刀比羅宮だ。
手前にある石灯籠には「天保十年」「世話人 阿寺拾五人、風影八人、間野三人」とある。
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いずれも近くの大字の名称に今もある。
この石灯籠を建てた人々の子孫たちが今も大切に守っているのだろう。

そうそう、荒彫りの手水鉢にあった水は厚く凍っていた。
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もとの道に戻ると、まもなく、こんな看板が。
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はい、はっきりと見えました。

これはスカイツリーより南の方向だが、都心の高層ビル群がノコギリの歯のようだ。
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それで、諏訪神社に到着。境内にはまだ雪が残っている。
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この神社は1668年にこの場所に遷座され、社殿は1890年に再建されたものだそうだ。
おさい銭を入れて、皆さんの本日の無事を祈る。

顔振峠には、この境内を通り抜けていくことになっている。
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すこし歩くと車道に出る。奥武蔵グリーンラインである。
この道は学生時代、自転車部の練習コースとして何度も走った。とても懐かしい。
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11:30、顔振峠(約500m)に到着。
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あまりの見晴らしのよさにびっくりする。
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奥多摩の山々が延々と連なっている。
左から、川苔山、蕎麦粒山、三ツドッケ、七跳山、酉谷山、そして右端のピラミッドは武甲山だ。
どれも登った山ばかりで、何だかうれしくなる。

こちらは大山から丹沢の全景。
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顔振峠には大学時代に通算8回来ている。
いずれもレースの練習だから、通過したことも何回かはあたったはず。
でも、ここで休んだこともあった。こんな景色があったなんて、全く記憶がない。
ましてや富士山が見えるなんて、思いもよらなかった。
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で、この峠の読み方。
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わざわざ「かあぶり」とルビがふってあり、地形図にも「顔」の上に「かあ」と書いてある。

私が学生の頃は、先輩方もみな「こうぶりとうげ」と呼んでいた。
これは、どうやら広く普及していた誤読であったらしく、最近ようやく正しい読み方が一般的になってきたらしい。
その由来は、説明板によると、義経が奥州に落ちのびる際、この峠のあまりの絶景に顔をふり返りながら登ったという説と、お供の弁慶があまりの急な登りに顔を振りながら登ったという説があるのだという。
でも、義経の北紀行のルートは北陸。どこにでもありそうな伝説で、ほんとうは冠(かむり)のように尖った山があるため、なまって「かあぶり」になったという現実的な説も紹介されていた。

(つづく)

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大平山・石割山(下)

1月20日、山中湖の北岸、大平山ハイキングコースから石割山に向けて縦走中。

13:25、大窪山らしき場所に到着。
ここには何の標識もないが、驚いたことにトレースがここまで平尾山方向から延びてきているではないか。
うう、涙が出るほどうれしい。
おそらく今日のことであろう、誰かが平尾山からここまでラッセルしてきて、これ以上進むのを断念して引き返したのだ。
だから都合2人分の足跡になっている。
昨日まで、いや今日の9:40まで、歩きにくいと思っていたつぼ足がこんなに楽だったとは。奴隷から解放されたような気分である。
これなら、石割山までさくさく行ける。

平尾山頂上にはかすかに人影も見えた。
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あの方々とは間もなくすれ違った。
「どちらまで?」と聞くと、「ホテルマウント富士まで」という。
「しっかりトレースを付けておきましたから」と自慢してしまった。
ついでに、「下りはトレースにこだわらず、足跡のない所を歩いた方が楽ですよ」と余計なおせっかいを言うと、彼らはその通りにして「きゃ~、面白い」と叫びながら、下っていった。
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雪は本来、楽しいものなのら。

13:50、平尾山(1318m)に到着。
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ここでお昼を食べていたグループの方に写真を撮ってもらった。

ここからももちろん眺めは抜群。
これは忍野村の町並み。
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芙蓉台別荘地と富士山。
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南アルプスの稜線。
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高座山(手前右、1304m)と黒岳(中央奥、1793m)
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今、登ってきた大平山。
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神奈川との県境にある鉄砲木ノ頭。
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ここでは撮影だけにして、休憩はせずに前進する。
トレースが付いているので楽だ。
よくよく地図を見ると、石割山下の駐車場から平尾山と石割山を歩く周回コースが設定できる。夏タイムで2時間40分。みな、このコースで歩いているようだ。
全く、軟弱なんだから!

しかし、平尾山から石割山へ向かう稜線は吹きだまりになっており、小さな雪庇ができている。
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非常にコース取りが難しく、トレースを付けてくれた方には敬意を表したい。

頂上直下は非常に傾斜が急。疲れているだけに堪える。
でも振り返ると富士山。
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静かに励ましてくれる。

平野山から50分で石割山に到着(14:45)。
夏タイムとほぼ同じ所要時間で登れた。やはりトレースがあると違う。

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しかし、誰もいないと思って、またこういうことを無神経にする人がいる。
「ちょっと、よけてもらっていいですか~」と頼んで、写真も撮ってもらう。
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「はい、笑って~」なんて言われてしまった。

石割山に来るのは2度目である。
1996年12月15日に、小学生だった息子と登りに来ている。
中腹にあった石割神社は覚えているが頂上の記憶がない。
写真も残っていない。だから初めてのようなものである。

ここからの富士山はすっかり午後のたたずまい。
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そして北西にどしんと居座るのが杓子山(左)と鹿留山(右)
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電線が邪魔だ。

これは黒岳(左、1988m)と雁ヶ腹摺山(右、1874m)。
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これは自信はないが、甲武信岳(2475m)だろうか。
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当然、南アルプスも愛鷹山系も見えたが、すっかり霞んできた。
その中にあって、甲斐駒のピラミッドがよく目立った(右端)。
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この先、稜線をまっすぐ進むと日向峰(1446m)に達するが、往復1時間20分かかるし、どこまでトレースが付いているか分からないので、断念する。
石割の湯に直行だ。14:55下山を開始する。

下りは石割神社まで、ササの中の道。
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10分ほどで神社に着いた。
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確かに巨大な石がぱっかり割れている。

神社の主祭神は天手刀男命(あめのたぢからおのみこと)。
ご神体の巨岩が「石」の字の形に割れているので、その名が付いたとも言われるそうだ。
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そう見えなくもない。

この岩には高さ15m、幅60cm、長さ15cmほどの割れ目があり、ここを時計回りに3回まわると幸運が開けるというので、1回だけ通り抜けてみた。
ザックをかついだままだと通れないので、下ろして、すり抜けた。
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1回では幸運は開けないだろうが、そんなのは自助努力だ。
儀式も終えたので、再び歩き始める。

このあたりからは、もうしっかりとした道になっている。
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こうなると夏より歩きやすい。

ひょいひょい行くと、15分ほどで富士見平の避難小屋が見えてきた。
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避難小屋と言っても吹きさらしで、雨宿りができる程度の東屋だ。

道はここで二手に分かれ、右の階段は20分ほどで駐車場に通じる。
小屋を突っ切って行く左の道は林道を経由して、30分ほどで石割の湯に達する。
当方は車で来ているわけでもないので左を行く。
その前に、ずっと休んでいないので、ここで休憩を取ることにした。
朝の残りのパンをかじる。何だか、ホッとする。

ふと注意書きに目をやると、つまらないダジャレで説教をたれていた。
DSC_5323.jpg

この後は、みな駐車場へのコースをとっているのか、いきなりトレースが雑になる。
私はあとの人のために、右足を左足の通路の間にできる壁や、つぼ足の穴を蹴って壊しながら進む。道らしくするためだ。
途中、つづら折れのところは、植林の中の斜面に直接下って、ショートカット。
雪が積もっているからこそできる近道だ。
これが、なかなか楽しい。

15分ほどで、石割の湯に温泉を供給している山中湖平野温泉の源泉に至る。
DSC_5327.jpg

そして、16:10石割の湯に到着した。
DSC_5330.jpg
ここはもう何度か利用している。

バスの時間を見ると、周遊バスは15:46にもう最終が行ってしまっている。
中に入って、時刻表を見てみると、なんと17:25平野発の新宿行き高速バスがあるではないか。
新宿だと行き過ぎてしまうが、新宿から西武新宿線で戻れば、こちらの方が早いかもしれない。
よし、これにしよう。平野までは20分ほどだから、17時にここを発てば大丈夫。
湯にもゆっくり浸かった。

で、予定通り、17時に出発。
もう、陽も沈んでおり、あたりは薄暗くなっている。
DSC_5331.jpg

平野のバス停でしばらく待っていると、高速バスが到着。
DSC_5338.jpg
いやあ、ありがたい。これで新宿まで乗り換えなしで寝ていられる。

運転手さんに新宿までの料金を聞くと、2050円だという。安い!
早速、ザックをトランクに押し込み、乗り込もうとすると
「お客さん、予約してますか」と運転手さん。
「いえ」
「ああ、じゃあ乗れません。今日は満席なんです」
「あら、じゃあ、富士山駅まででいいですよ」
「う~ん、ちょっと待ってください。確認しますから・・・ああ、やはりダメです。キャンセルが1席入ってるみたいなんですが、そこ女性専用席なんです」
「だから、富士山駅まででいいんです。そこに着く前に満席になっちゃうんですか」
「いや、あの、高速バスなんで、上野原までは乗車区間で、下車できないんです。料金も設定されていないし」
ここで、やっと事情が飲み込めた。
「乗せてあげたいのはやまやまですが、乗客の方から本社に苦情が行くと困っちゃうんです」
「よく分かりました。親切にいろいろと調べてくれたりして、ありがとうございます」
そう言って、バスを見送ったものの、次の路線バスまでは1時間近くある。
そんなには待てないから、泣く泣くタクシーを呼ぶことにする。
こんなことなら、石割の湯まで呼べば、1時間は節約できた。
まさか、こんなところで遭難するとは・・・

タクシーは15分ほどで来たが、すっかり体が冷えてしまった。
山中湖がここ10年結氷しないという話を聞いたのは、この運転手さんだ。
しかし6000円もかかってしまった。散財した・・・

富士山駅からは300円の特急券を買ってフジサン特急に乗り、大月、高尾、国分寺、東村山と乗り継いで、9時すぎに帰宅したのでありました。

ラッセルな1日でした。

【行程】
ホテルマウント富士入口バス停(9:10)~大出山入口(9:25)~長池山登山口(9:55)~花の都公園分岐(10:10ラッセル開始)~長池山(10:20)~飯盛山(10:40)~大平山(12:10昼食12:40)~大窪山(13:25ラッセル終了)~平尾山(13:50撮影13:55)~石割山(14:45撮影14:55)~石割神社(15:05参拝など15:15)~富士見平(15:30休憩15:40)~石割の湯(16:10入浴17:00)~平野(17:15)

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大平山・石割山(上)

1月14日の大雪は関東南部の方が深かった。
河口湖で積雪41cmとの報道が流れたのを覚えている。でも、富士山周辺のハイキングコースなら、トレースが付いているだろうと高をくくっていたが、そうは問屋が卸さなかった。
3時間近いラッセルを強いられてしまった。
今回はその奮闘記。

1月20日(日)、新所沢6:11発の電車で出発。
大月では、乗り継ぎの富士急に3分の待ち合わせ時間しかなく、精算のための登山客が改札に殺到していた。富士急はスイカやパスモが使えないのだ。
そんなにあわてなくても、日本の鉄道はみなさんを置いて発車してしまうわけがないですよ~。
こちらは素直に一旦JRの改札を出て、切符を買い、悠然と富士急の改札を通過する。
電車はロングシートでちょっと面白くなかった。
でも、車窓には真っ白に冠雪した富士山の雄姿が右に左に見えて、血湧き踊る感がある。

8:35富士山駅到着。御殿場行きのバスは8:48。少し時間があるので、トイレに入ってみたが、ひとつも出てくれなかった。
それにしても、この駅名が気に入らない。
昨年4月に、富士吉田駅から富士山駅に変更されたのは、富士山を世界遺産にするための運動の一環らしいが、それでいいのか。

確かに富士山頂に一番近い鉄道駅であることは間違いないが、こういう命名は基本的に慎みを欠いていると思う。
富士山はみんなのもの。富士急だけのものでも、山梨県だけのものでもない。
吉田という歴史ある地名を捨ててしまったことに、富士吉田市民から目立った反対が出なかったことも残念でならない。

バスは河口湖駅発なので、数分遅れて到着。
乗客は私のみ。と思ったら、後ろにもう1人いて、途中で下りて行った。
私は山中湖畔のホテルマウント富士入口のバス停で下車(9:10)。
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本当は、登山口直下の大出山入口まで行きたかったが、道志行きのバスしか山中湖北岸は経由しない。
でも、今日も快晴で、湖畔をしばらく歩くのも悪くない。

幸い歩道が除雪してあり、湖岸を歩くことができた。
湖は岸辺だけ薄く氷が張っているが、沖は水のまま。
DSC_5115.jpg
DSC_5123.jpg
帰りにタクシーの運転手に聞いたら、ここ10年ほどは結氷していないという。
やはり温暖化なのだろうか。
私が大学1年の時の2月に自転車で来た時は、厚く氷が張り、雪原のようだったのに。

正面の大出山山頂にある白亜のホテルが、はバス停の名前にもなっているホテルマウント富士。
DSC_5116.jpg
一度は泊まってみたいとは思うが、たぶん一生泊まらないだろう。

湖畔では白鳥が羽を休めていた。
DSC_5122.jpg

おっと、肝心の富士山を忘れていました。
DSC_5124.jpg
いつ見てもほれぼれするお姿だが、山中湖からの富士山はわりとすそ野の凸凹が多い。

DSC_5126.jpg
今日は富士山に登っている人がいるのだろうか。
湖畔はこんなに穏やかだが、雪煙が上がっているから、あちらは風が強いのだろう。

途中で歩道の除雪も終わり、しばらく車道を歩かされたが、15分ほどで分岐に到着。
ここからは上りとなる。
DSC_5129_20130201104816.jpg

30分ほどで登山口に着いた。
DSC_5133.jpg

つぼ足程度だが、トレースは付いている。予想通りだ。
DSC_5134.jpg
歩きにくいのは、昨日と同じだが、まあ仕方あるまい。積雪は50cm程度か。
雪質はまだサラサラなので、そこは助かる。

ところが15分ほど歩いて、花の都公園への分岐で足跡はそちらの方に行ってしまい、私が進むべき大平山方向は、美しい処女地になっている。
ゲゲゲの鬼太郎である。
DSC_5135.jpg
しかし、かと言って引き返すわけにもいかない。
ここはトレースがなくても道が分からなくなる心配はない。
どれだけ時間がかかるのか分からないが進むしかない。
幸い、雪はサラサラなので、道を切り開いていく快感を味わうことはできる。

えっちらおっちらとラッセルして20分。
最初のピーク、長池山(1178m)に着いた(10:15)。
DSC_5138.jpg
足跡は野ウサギのものである。
金峰山でも同じものを見つけて、あのときは何の足跡か分からなかったが、たまたま前夜NHKで雪山の番組をやっていて、それで教えてもらった。
やつらは夜活動するのだろうか。山で野ウサギを目撃したことがない。

ここからの富士山の眺めもすばらしい。
DSC_5141.jpg
今日はこれを満腹になるまで味わうことになる。まずは1杯目、ごちそうさま。

下りは滑るように駆け降り、なかなか気持ちがいい。
だが、すぐ次のピーク、飯盛山(約1195m)への登りとなる。
DSC_5147.jpg

目指す大平山は、あのアンテナのある山。無雪期なら何てことないが、この雪では足に鉄玉をつけられているようなもので、思いの外遠く見える。
DSC_5149.jpg

ひたすら、一歩一歩、雪に自分の足跡を刻みつけていく。
DSC_5150.jpg
ただ、この足跡を誰かがたどって歩いてくるのかと思うと、ちょっとした優越感はある。

10:40、飯盛山に到着。
DSC_5159.jpg

富士山のすそ野の向こうに愛鷹山系が見えてきた。
DSC_5160.jpg

ラッセルを初めて1時間。そろそろ休みたいが、一面の雪で腰を下ろすところがない。
とりあえず、このまま進む。
次のピークが、前半のメイン大平山である。

ちょっと路面の様子が変わってきた。
表面が固くなったモナカ状態の部分が増えてきたのである。
こうなると、足をこれまで以上に高く上げないといけないし、踏み抜いた深さが場所によって異なり、リズムがつかめない。
これが意外に堪えた。傾斜もきつくなり、10歩あるいては休むという体たらく。
ペースは一気に落ちた。
大平山への道は登山道と車道があるので、一旦車道に行きかけたが、もちろん車道も雪に埋もれており、そっちの雪の状態はむしろ悪いくらい。
あっさり、登山道に引き返す。

トレースを刻む快感などどこへやら、「もういい加減にしてくれ!」と叫びたくなる。
とうとう足が上がらなくなったところで、わかんに履き替える。
表面がもう少し固ければ、わかんも役に立つのだろうが、アイゼンと同じように踏み抜いてしまうので、どっちが楽なのか分からないくらい。
でも、とにかく、山頂まではわかんに頼ることにした。

途中、休みながら振り返ると、南アルプスが見えてきた。
DSC_5165.jpg
おなじみの、右から荒川三山、赤石岳、聖岳である。

いま歩いてきた長池山、飯盛山を右に見下ろす位置で富士山を仰ぐ。
DSC_5170.jpg

12:10、ようやく大平山(1296m)にたどり着く。
DSC_5189.jpg
花の都公園への分岐からここまで、標準タイム45分のところ、休みなしで2時間半かかった。3倍以上かかったことになる。疲労困憊である。

ここにはベンチがあったので、ここに座ってお昼にする。
DSC_5186.jpg
しかも、この先はトレースがあるではないか。
は~やっと、この苦行から解放される、と明るい気分でおにぎりにぱくついた。

眺めもさすがにすばらしい。
3杯目の富士山と山中湖。
DSC_5183.jpg

ここからは王岳や鬼ヶ岳の向こうに南アルプスの白峰三山も見えた。
DSC_5179.jpg
相変わらず、空は真っ青だ。

あちらは一昨年の暮れに登った高指山(1174m)と富士岬平。
DSC_5187.jpg

風もなくぽかぽか陽気なので、雪が湿ってくるのが、ちょっと心配。
でも、この先はトレースがあるんだから大丈夫だ。

ところがどっこい、ひばりの子。
な、なんと、トレースは湖畔から直接登ってきた人のもので、これから行く平尾山に続く縦走路にはついていない。
うう、めまいが。夏なら、石割山を越えて、日向峰を経由し山伏峠まで行けるのだが、この調子では石割山まで行けるかどうか。
ここからの標準タイムは90分。かける3で270分=4時間半。
今は12:30過ぎなので、とっくに暗くなってしまう。
とは言え、エスケープルートはいくつもあるので、行けるところまで行くことにする。

正面には丹沢の山々。
DSC_5193.jpg
あちらも雪が深そうだ。

愛鷹山系の位牌岳(左)と越前岳(右)。
DSC_5201.jpg
こんなにきれいに二つのピラミッドが見える角度は、そうないのではないか。

御正体山(1682m)もろくな展望はないらしいが、いずれ登らなければならない。
DSC_5205.jpg

とにかく下りだけは勢いよく進む。
次のピークは大窪山(約1285m)。
あれがこれから足を踏み入れる処女地だ。
DSC_5206.jpg
あの大雪以来、誰も歩いていないところを私が先陣を切って進むんだ。
そんな風に気持ちを鼓舞しないと、とてもふんばりが利かない。
一見、緩やかに見えるが、そうではないのだ。

処女地と言いつつ、様々な動物がこの雪原を歩いている。
さっきは野ウサギだったが、これはキツネだろうか。シカほど大きくない。
DSC_5211.jpg

これは何だろう。
DSC_5224.jpg
イノシシかシカが背中を雪にこすりつけてヌタを打ちながら、ジグザグに進んでいったのか。
それにしても派手な動き方だ。

そして、私の前に道はない。
DSC_5219_20130201104638.jpg

私の後に道はできる。
DSC_5218.jpg


(つづく)




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