山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

鍋割山

12月1日は高校の同級生5人で、丹沢の鍋割山(1273m)に登った。
うち2人は北海道からの遠征組。1人は9月に杓子山を登ったNくん。もう1人は10月に余市岳を登ったHくん。
内地組の3人は、前の週に天城山を歩いたO君、紅一点のYさん、そして私である。

一緒に登った4人は実は、高校時代ほとんど付き合いがなかった。
いま、こうして50がらみになって、一緒に山に登ることになるとは本当に不思議なものである。

待ち合わせは小田急の渋沢駅に8時半。私のぽんこつタウンエースとO君の車2台で登山口の二俣に向かう。
二俣に向かう西山林道は以前、台風で通行止めになっていた記憶があるので、事前に役所に問い合わせたら「車はご遠慮いただいている」の一点張り。
ニュアンスとしては、「行けるんだけど、役所としてはいいですとは言えない」ということだから、「行ける」のだろうが、不安なので鍋割山荘にも聞いてみたら「二俣まで入れる」という。

それならってんで行ったのだが、須賀神社から1kmくらい入ったところで、通行止め。
仕方ないので、神社まで引き返し、県民の森への道に変更する。
これで時間的には20分ほど、余計に歩かないといけないが、そんなに大きなロスではない。

それにしても、県民の森の駐車場はいっぱいで路上駐車も列をなしている。
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われわれも路上に駐めて行くことにする。

出発は9:20。私以外の男子3人はみなダブルストック。
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天気予報は曇のち晴だったはずだが、雲行きは怪しく、頂上方面はガスがかかっている。
遠征組にぜひとも富士山を見せてあげたいのだが。

ものものしいゲートを抜けて、しばらく林道を歩く。
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このあたりはまだ紅葉が残っている。
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四十八瀬川にかかる勘七橋を渡って西川林道に合流。

間もなく、尾関廣さんなる人物の銅像が。
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なんでも、全日本山岳連盟(現在の社団法人日本山岳協会)を結成された方で、丹沢を舞台にいろいろと活躍されたとのことである。

今度は、左手前方に閉鎖になった山荘みたいな建物が見えてきた。
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萌えていたら、「おまえは廃屋フェチかあ」と笑われてしまった。

9:50、二俣に到着。やはり登山者が多い。
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登山届を出して、ダブルストッカーズが四十八瀬川の支流・勘七ノ沢を渡る。
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若者たちに抜かれながら、われわれも気ままに登る。
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途中、川原の広いところに出た。曇ってはいるが気持ちのいい空間だ。
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みんなも笑顔。

本沢を渡って、林道が尽きると本格的な登山道となる。
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その手前に、ペットボトルの山が。
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鍋割山荘が下界で汲んでおいた水道水で、登山者にボランティアで運び上げてもらおうと置いてあるものだ。
そういえば、そんなシステムがあることをどこかで読んだ記憶がある。
これのことだったか。
親切なわれわれは、みな1つずつペットボトル(2kg)をザックの中に入れて運んであげることにする。
ある若者は両手を使って3本持って歩いていた。仲間うちでウケを狙ったのだろうが、本当は危ないから止めた方がいい。ちゃんとザックに入れないと。

さて、いきなり急登。
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それに加えて、雨まで降ってきた。
私はザックカバーをして、汗をかくのも覚悟でゴアを着込む。
雨は次第にあられに。なんじゃ、こりゃあ。
遠征組には、冬でも日だまりのような山歩きを楽しませてあげたかったのに。

まあ、あられは短時間で止んだのだが、鍋割稜線の後沢乗越に着くと(10:40)
栗ノ木洞からの登山者が合流して大渋滞に。
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それでも、H君は「内地の山はよく整備されているなあ」と感心することしきり。

このあたりで、私は会社から電話が入ったのだが、電波状態が悪くなかなか折り返せない。
電波が立つところを探したりしているうちに、仲間と遠くはぐれてしまった。
登るにつれ、とうとうガスの中に。
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でも、さらに進むと、なんと青空が見えてきたではないか。
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おお、これは。頂上でしばらく待てば、富士山も姿を現すかも。
期待を胸に足を運ぶ。
さあ、頂上へ最後のひと登りだ。
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で、11:45山頂に到着。
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ものすごい人でごったがえしており、とにかく鍋焼きうどんを予約しなくては。
O君がネットで調べてくれたところでは、先週は40分待ちだったとか。
ものすごい人気なのだ。われわれもそうだが、これを目当てに登ってくる人がほとんどなのだろう。

外で食べている人も多かったが、われわれは小屋の中に入って、おやつを食べながら待つことにする。
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そして待つこと1時間10分。
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やっと、あったかいうどんにありつける。なかなか具だくさんである。
0君うどんをすするの図。
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こちらはN君、カボチャを食べるの図。
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満腹になって、外に出てみると、晴れているどころか、完全なガス。
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これじゃあ、もうさっさと下山するしかしょうがない。

帰り際、鍋焼きうどんが20円値上げされているのを発見してしまった。
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あれだけ混んでいたら、いちいちお釣りを渡すのも、小銭を担ぎ上げるのも大変だろうから、まあ切りのいい額にするのは仕方ないでしょう。

帰りはピストンではなく、小丸経由の周回コースをとる。
13:20出発。
小丸までの鍋割山稜は気持ちのいい冬枯れの道。
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なんと左手(北側)は晴れていて、丹沢の最高峰・蛭ヶ岳方面が見えた。
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あちらからは富士山が見えるのだろうか。ちょっと悔しい気分。
だけど、こちらからだって何も見えないよりはマシ。見えてよかった。

小さなこぶを一つ越えて、もうひと登りすると小丸(13:50着)。
その名の通り、のっぺりしたピークだが、標高は1341mで鍋割山より高い。
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古い道標が地面に落ちていた。
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小丸から少し下ると二俣への分岐。ここを右に折れて、小丸尾根を下っていく。
なかなか歩きやすい下りだ。
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しばらく行くとガスの下に出て、江ノ島や三浦半島が見えてきた。
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途中また会社に連絡をとらなくてはいけなくなり、置いきぼりに。
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なんか10分くらい立ち止まって、電話をしていたので、かなり離されてしまった。
電話を切ると、駆け足のように下る。

紅葉がとてもきれいだが、ゆっくり見ている余裕がない。
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でも、立ち止まって写真だけは撮る。

二俣にたどりつく少し手前でみんなに追いついた。
なんだか、みんなで楽しく歩きたいのに、随分会社に邪魔されてしまった。
15:35二俣着。
せっかくみんなと合流できたのに、またまた会社から留守電。
電波状態が悪いので通話は止めて、メールに切り替え。
スマホを見ながら歩いているうちに、県民の森への分岐を見逃して直進してしまった。

道を間違っていることに気づいた時には、随分下ってきてしまっていた。
あわてて引き返そうとしたが、四十八瀬川の川原まで下りて、登り返す近道があるのを思い出し、駆け足で下って、駆け足で登る。
距離的には、そんなに無駄ではなかったはずだが、みなさんよりは20分くらい到着が遅れてしまった。
O君はこれから地元の裾野で飲み会があるというのに大変申し訳ないことをした。

遅れたのも失態だが、なんと車の鍵がない!
どこにもない。ザックをひっくり返して探しているうちに、「あっ」と思って、車のドアを開けてみたら、簡単に開いた。その上、キーはそこに刺さったままだった。
「はらほらひれ~」
力が抜けた。どこにもないわけだ。
それにしても、車を持っていかれたり、いたずらされたりしなくて本当によかった。

たぶん4時半ごろ、駐車場を出発。
みんなで秦野の日帰り温泉「湯花楽」に向かう。
しかし、私のみ車に残り、また会社に連絡。あれこれと対応が1時間近くかかり、とうとう温泉には入れずに帰宅したのでありました。

まあ、いろんな失敗や邪魔もありましたが、みんなで鍋焼きうどんを食べた山行はとても楽しかった。
季節がよくなったら、またみんなでどこかへ行きたいものです。

なんて、今年の報告はこれでおしまい。

みなさま、よいお年を!
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先週は金峰山に登ってきました

やっと今日で仕事納め。なんとか年を越せそうです。

クリスマスは23~24日の1泊2日で奥秩父の金峰山に登ってきました。

長野県側の廻目平に車を置き、金峰山~大弛峠~国師ヶ岳~廻目平という周回コースを考えたのですが、思いの外、雪が深く、2日目は視界も悪かったため、縦走は諦め、金峰山ピストンにとどめました。

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(これは頂上直下から眺めた瑞牆山)

泊まりは、金峰山小屋の自炊室(一部開放小屋)で、初めて1人の宿泊となりました。
室温は朝、マイナス11℃まで下がり、すべてが凍りついてました。
(水はシュラフに入れて保温してました)

年末の休みはあまり天気もよくないようなので、大人しくしております。

正月には札幌に帰省します。

ちなみに今年2月の石尾根山行の写真復旧しました。

それでは、みなさまよいお年を!
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位牌岳

11月25日、朝6時に三島駅前のホテルまでO君が車で迎えに来てくれる約束だったが、その直前に電話があった。
「会社でトラブルがあって対応しなければならない。今日は一緒に行けない」
とのこと。それは大変だ。昨日、そう言えば、会社から1件電話が入っていたっけ。それと関係あるのかな。

仕方ない。そうなると、こちらは自力で行かなくてはならない。
バスは始発が遅いので、駅前からタクシーに乗ることにする。
2日分の汚れものや風呂道具などはコインロッカーに預け、少し軽量化して出かけた。
車に乗ったのは6時20分くらいか。
今朝は快晴で、富士山が完璧に見えた。よし! 今日はばっちりだ。気合が入る。

車で最も愛鷹山登山口に近い柳沢橋まで行ってもらいたかったが、ゲートがあって行けないらしく、かなり手前の水神社で下ろされた。料金は想像していたより安く、助かった。
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水神社は昨日、O君と行くとしたら、ここに車を駐めておくと言っていた場所だ。

軽く体操をして7時ちょうどに出発。
運転手さんが、登山口はこの奥と言っていたので、神社の境内に向かって歩き出す。

なんだかお寺のような雰囲気の神社だと思ったら
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やはり、もともとは法華経の寺院だったのが明治末期に廃仏毀釈で神社となったようだ(明治末期というのが不思議。ふつうは明治初期なのだが)。

でも、今も法華経の道場であることには変わりなく、「愛鷹山水神社」とか「水神社愛鷹教会」とか、神道だか仏教だか分からない名称になっている。
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それはともかく、境内の奥まで入ってみたが、登山道らしき道がない。
おかしい。
昭文社の山地図(5万分の1)を見ると、微妙ではあるが、この神社から道が通じているようにも読める。
水場のマークも、おそらくこの神社のものだろう。
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しばらく、境内をうろちょろしたが、やはり道は見つからない。
ここでようやく地形図(2万5000分の1)を見て、間違いに気づいた。
登山道は境内から出ているのではなく、さっきの道をもう一度巻いたところから分岐していたのだ。
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は~、これで出だしから15分ロスしてしまった。
実は、これが今日のケチの付き始めだったのかもしれない。

とにかく朝日のまぶしい林道を歩き出す。

まだ、このあたりは紅葉が残っている。
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15分ほど歩いたところで、マウンテンバイクが抜かしていった。
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気持ちのいいことだろうなあ。自転車に乗っていた学生時代を思い出す。

地面にも紅葉。落ち葉のじゅうたんである。
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これはさすがにヤラセではできません。

桃沢橋、第二桃沢橋を過ぎたところで、途中のゲートのところで停滞していたマウンテンバイクがすごい勢いで再び、抜かして行った。
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しかし、私の姿が見えなくなった途端、下りて押していた。
そんなに格好つけなくてもいいのに。

それにしても、この林道はすばらしい晩秋のたたずまいだ。
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8時ちょうど柳沢橋に到着。
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ここが登山口である。

が、まずはブルドーザーじゃないと登れないような荒れた林道を行く。
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10分ほどでやっと林道から逸れて、登山道になる。
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標高900mくらいのところに来ると、落ち葉にも霜が降りていた。
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しばらくは、樹林帯の中を行く。
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そして9時。愛鷹山に続く尾根に出ると、一気に西の展望が開けた。
眼下に富士市街。
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はるか向こうに南アルプス。
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駿河湾と日本平。
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富士山は馬場平に隠れてまだ見えないが、ここは至近距離であるだけに楽しみ。
愛鷹山に登ればその雄姿を見ることができるだろう。
ボロボロの道標も味わい深い。
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愛鷹山の頂上までは、ここから15分くらいか。
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途中、東には箱根の山々が。
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左が神山、右は駒ヶ岳であろう。

だいぶ登ってきて、振り返ると、やった~富士山!と思ったら、なんと雲がかかっているではないか!
え~~~~~、そんなバカな。三島からはあんなにきれいに雲ひとつなく見えたのに。
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しかも、これは切れそうな雲ではない。
がっかりだが、仕方あるまい。どうも、私は愛鷹山塊とは相性が悪い。
昨年、北にある越前岳に登った時も全く見えなかった。

気を取り直して登る。
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これは正面にある馬場平。

で、9:15愛鷹山(1188m)に到着。頂上はわりと広いが、誰もいない。
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ここから1分ほど歩くと、愛鷹明神の奥宮がある。
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古色を帯びた美しい石室である。

さて来た道を戻る。
越前岳の向こうに見える富士山は、どんどんその姿を隠してゆく。
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鞍部まで下ってくると、そろって鉢巻きをしたおじさん軍団4人が休んでいた。
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挨拶をして、前を通過したが、こちらがあちこち写真を撮っている間に抜かしていってしまった。この方々とは、今後あちこちで出くわすことになる。

振り返って見る愛鷹山。
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そしてその左奥には伊豆半島の山々が望める。
ちょうど中央が昨日登った万二郎・万三郎岳である。万三郎の方は雲の中だ。

馬場平(1203m)まで登ってくると、その名の通り台地状になっている。
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疎林の中を行くと
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下る寸前に、看板があった。
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一旦下って、意外にも袴腰岳への稜線はヤセ尾根だ。
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馬場平から35分ほど、10時半に袴腰岳(1428m)に到着。
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狭い山頂をさっきのおじさんが占領していたので、私は少し離れたところへ移動。
道標に右は「第一展望台」とあるので、進む方向とは逆だが、そちらを目指してみる。
山頂のすぐ先にあるのかと思っていたのに、なかなかそれらしきところがないので改めて山地図を見てみたら、随分下った所だった。
瞬時に引き返して、適当な場所に荷を下ろす。

ここからは、鋸岳へ通じるナイフリッジが遠望できた。
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山地図には点線になっていたが、ロープなしで行ける道なのだろうか。
いずれにしろ、今回は行かないし、たぶん今後もあそこを歩くことにはならないだろう。
少し早いが昼食にすることにした。
メニューは忘れてしまったが、たぶん三島駅前のコンビニで買ったおにぎりであろう。
テルモスにはホテルの部屋で沸かした湯が入っているので、温かいお茶かなんかを飲んだはず。

30分ほどで出発。ここから位牌岳への道は左手にナイフリッジを見ながらの尾根歩き。
岩場や結構傾斜のきついところもある。
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位牌岳もきちんと望める。
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しかし、富士山だけでなく、こちらも曇ってきた。
15分ほどで、一ぷく峠(約1330m)。かわいい道標があった。
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ここからは、鋸の歯そのもののような稜線の向こうに越前岳方面が見えた。
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そのうち、さっきの4人に追いつき、結局追い越してしまった。

位牌岳に近づいてくるにつれ、あたりに雪が残り出した。
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天城に降った雨が、こちらでは雪だったのだろう。

下山路を右に見て、山頂を目指す。
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左手には愛鷹山系南部の西斜面が裾野を広げている。
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途中、長泉町最高地点(1399m)の標柱をやりすごして、11:50位牌岳(1456m)に到着。
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この先、鋸岳方面は平成10年の長雨のため崩落したところが多く、危険だから立ち入るなとの看板が。
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とにかく富士山も全く見えなくなり、さっきのおじさんたちも到着したので、さっさと下山することにする。

おっと、あれは伊豆半島の北西端、大瀬崎ではないか。
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さっきの分岐まで戻り、左へ下る。
下山路は、この先間もなくで、二又に分かれるはずなので、そこを左に進み、尾根ルートを行くつもりだ。そうすると途中にある池の平というピークを通過することになり、「登った山」をひとつ稼げる。右の谷ルートには「つるべ落としの滝」とやらがあり、これも見てみたいが、今回は諦めよう。

道標に従ってどんどん進んできたつもりだが
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どうも、二又を通過してしまったのか、道は尾根どころか、いくつも小さな谷を越えて、尾根から離れていく。

この道でも下れるのだから、もうこのまま谷ルートを行くことにする。
しかし、もともと薄いであろう踏み跡が落ち葉で隠れて、さらに道がよく分からない。
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見失いそうな距離ごとに赤テープがあるので、それを頼りに進むが、途中何度も立ち往生して「あれ?赤テープは?」ときょろきょろしたり、少し戻ったりする羽目に。
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分岐から40分ほど下ったところに、ぽつんと五輪塔があった。
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意外にも、こんな人気のない場所に立派な説明板があり、「かつて裏街道であったこの地で息絶えた上臈を悼み、建立した」とある。時代は全く書かれていないが、五輪塔だから鎌倉~室町時代のことであろう。
これだけは間違ってこのルートに入ってきて、得した気分になった。

さてここからは道が急になる。
左に稜線をうらめしく眺めながら下る。
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標高が低くなるに従い、紅葉が目立ち始める。
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五輪塔から20分ほど下ると、つるべ落としの滝への分岐に出た。
せっかくこの道を来たのだから、見て行くしかない。
しかし、なんと滝まではここから10分も登り返さないといけない。
どうせ戻ってくるのに、ザックも置かず、ぜいぜい登る。

そしてようやく姿を現した、つるべ落としの滝。
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水が少ない時期なのでやむを得ないが迫力のないこと、この上ない。
苦労して来ただけに、拍子抜け。

さて、さっきの分岐まで戻って、思案する。
桃沢郷バス停から三島駅へのバスの時刻は15:00ちょうど。
あと1時間50分しかない。当然、このまま谷ルートを下れば十分間に合う。
しかし、このまま下ると、登りで歩いた林道をもう一度歩かないといけない。それはイヤだ。
ここから池の平までは、わりと等高線沿いに行けそうだが、当然アップダウンはある。池の平経由だとバス停までの標準タイムは2時間30分。
しかし、決断した。よし、池の平経由で行く。

バスに間に合わなかったら、タクシーを呼べばよい。
しかし、バスに乗るべく全力を尽くす。
つまり走ったのである。65リットルのザックをしょって、トレランである。
最初はすぐ息切れがして、歩きになるだろうと想像していたのだが、わりと走れるので自分でも驚いた。
もちろん、走ったり歩いたりの繰り返しだが、今日一日愛鷹山から位牌岳まで縦走してきた後とは思えない体力である。

途中何か所かで止まって写真を撮ったりもしたが、池の平まで1時間のところ、なんと30分で着いてしまった。
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これで、あと1時間半の道を1時間20分で行けばいい計算。楽勝だ。

池の平(846m)はハイキングコースの終点のような趣で、随分整備されている。
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ここから、今日歩いた愛鷹山から袴腰岳、位牌岳への稜線が確認できた。
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それと駿河湾のむこうに伊豆の山々。
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さあて、そんなにゆっくり写真を撮っている暇はない。
さくさく下らなければならない。
最初は背の高いササを刈り込んだ、奇妙な道。
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正面に三島市街が望める。
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14時に森林公園を過ぎ、14:20富士エースゴルフ倶楽部まで下りてきた。
ここからは車道である。
引き続き、黙々と下り、14:45バス停付近に到着したが、県道にバス停がない。
え~ここまで来て、遭難か!とあせったが、道路を越えて下ったところにある長泉山荘でバス停を聞いたら、教えてくれた。
それは住宅地の中にあり、ちょうどバスが着いたところだった。
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ふう、間に合った。

今回は最初と最後に道迷いまがいのことがあり、位牌からの下りでも道を間違えた。
いずれも解決できたから、よかったものの、走る羽目になるとは。
それにやはり富士山に見放されたのが残念だ。
梯久美子さんには「富士山の神に祝福された男」との称号をいただいているのに、面目ない。
ただ、わずか30分だが、山道を走れたことは少し自信になった。
それを収穫として帰ることにする。

O君の会社のトラブルは朝のうちに解決したそうで、昨日天城高原のトイレに忘れたストックを取りに行ったのだそう。あって、よかった。

こちらは三島から新幹線。3連休の最終日夕方とあって、当然指定席はとれず。
自由席はもちろん、デッキまで超満員であることが予想されたので、指定席のデッキを狙う。なんとかすき間を見つけて、簡易イスを取り出して座る。
このイスは山よりも混雑した列車でむしろ威力を発揮する。

品川で下りて、新宿で6時からの飲み会に間に合った。
自宅に着いたのは12時頃かな。いやあ、長い長い3連休でした。
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天城山

11月24日午前5時半頃、O君から電話があった。
「そっちの天気はどう?」
「降ってはいないようだけど」
と答えたが、実際はかなり降っていたようだ。
まだ暗くて様子が分からなかったのと、雨音も狩野川の瀬音にかき消されていたらしい。
それはいいとして
「実は、一緒に行くはずの先輩が待ち合わせ場所に来ないし、連絡もとれないんだよ。もう少し待ってみるから、ちょっと遅れるかも」
という。
おつ山さんにはその旨、メールで伝え、車中泊したという道の駅「天城越え」でもうしばらく待機してもらう。

その間、当方はパッキング。しばらくして、もう一度連絡があり
「まだ連絡とれないんだけど、とにかく、そっちに行くわ」
とのこと。先輩さん、待ち合わせ場所に向かう途中に事故ってたりしないといいんだけど。
とにかく動き出したので、おつ山さんに再度連絡。
約束の時間より20分遅れとなるが、7時10分に水生地下の駐車場で待ち合わせることにする。

こちらがちょうど朝食を済ませて、玄関に出た頃、O君が民宿に到着。
12年ぶりの顔合わせである。全然変わらない。
彼とは高校の同級生。でも在学中、ほとんど付き合いはなかった。
で、ほとんどここまで付き合いがないまま、この日を迎えていた。
それが、こうしていきなり一緒に伊豆の山に登ることになろうとは、歳月というのは不思議なものである。

こういう仕儀と相成ったのは、10月の連休に高校の同級生たちと余市岳に登ったのが、やはりきっかけだろう。
同級生たちのうち、もっとも山に取り憑かれているN君が、使用期限の切れてしまうマイルを消化してしまおうと、年内に上京して来ることになった。
そこで、丹沢の鍋割山に登る計画を立て、裾野市在住のO君らとも連絡を取り合い、12月1日に決行することになった。
鍋割山にしたのは、紅一点のYさんが「鍋割山の鍋焼きうどんが食べたい」と所望したから。
で、この日がO君とは12年ぶりの再会になるはずだったのだが、11月24日に天城山縦走をする計画であることをメールで伝えたら、そっちにも行きたいとO君が言い出した。会社の先輩と一緒に行くとのことだが、こちらに断る理由はない。
そんなんで、鍋割パーティーの前に再会が実現してしまったのだ。

話はそれだけではない。
ブログにも、天城縦走をする予定であることを書いたら、愛読者でいらっしゃるおつ山師匠(あえて!)もなんと手を挙げてくれたのだ。
おつ山さんとはブログを通じて知り合ったが、もちろん面識はない。
敬愛するおつ山さんとお会いする絶好の機会なので、当然のごとく即OK。O君も快諾してくれた。

というわけで、12年ぶり再会と初対面がセットになった極めて豪華な山行になったのである。
しかし、外はひどい雨になっている。
週末の天気予報では、この日は曇のち晴だったはずが、昨日の予報では雨の確率40%に跳ね上がっていた。
全くもってついてない。

とにかく2人で待ち合わせ場所の水生地下駐車場に向かう。
7時10分過ぎに到着。おつ山さんはすでに来ており、雨のため初対面の挨拶もそこそこに、O君の車の中で本日の対応を協議した。
当初は、O君と先輩さんの車をそれぞれ出発地と到着地に置いて、縦走する計画だったのだが、この雨である。
おつ山さんの車もあるので縦走は可能なのだが、結局、安全策をとって、天城高原ゴルフ場から万二郎、万三郎を周回するコースに決した。

私はおつ山さんの車で、天城高原のゴルフ場に向かう。
おつ山さんは自身のブログ(http://blog.goo.ne.jp/otsukareyama)で、ジョッキ片手に焼き鳥をくわえている自画像を公開しており、ワイルドな方だという印象を持っていたが、とても穏やかな方だった。
氏も私のことをブログの写真で見て、いつも腕組みをしている頑固そうな人との印象だったとのことである。

なんて、この話はすでにおつ山さんが書いてしまっているので、何となく真似している感じになってしまう。この山行については、おつ山さんのブログの方が断然面白いので、ぜひそちらを読んでもらいたい(リンクの掛け方が分からないんだけど)。

1時間ちょっとかかって天城高原に到着。
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こんな天気だというのに、結構な人出だ。

しっかり上下とも雨具を着用し、8:50に出発。
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この人たちは別のグループだが、みなさんやはり完全防備である。

道はまず植林の中を行き、ピカチュウのような砂防ダムを過ぎて
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次第にヒメシャラの林へと入っていく。
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なんとも不思議な面相である。

O君はダブルストックでガシガシ登っていくが、おつ山さんは後ろ手を組んで、その辺を散歩しているかのような歩きっぷり。
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私はと言えば、立ち止まって写真を撮っては、あわてて追いつきの繰り返し。ドタバタと落ち着きがないこと甚だしい。

15分ほどで、万二郎岳に登る道と万三郎岳に向かう道の分岐である四辻に到着。
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道は3方にしか分かれていないのに四辻とは、昔もう1本道があったのだろうか。

ここで、おつ山さんが時刻をメモしていたので、「真面目ですね~」と感心していたら、冷やかされたと思ったのか、それ以来、メモする姿を見かけなくなってしまった。
頭の中に記憶することにしたのか、それともこっそり付けていたのか。

ここからが本格的な登りとなる。
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あまり紅葉も見えず、時折こんな黄色い葉っぱが腰の高さに見えるだけ。

そしてあまりに暗い。
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でも、最後に階段の急坂を登ると、あっけないほど早く万二郎岳(1299m)に着いてしまった。9:55。登り始めてから1時間ほどだ。
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みな、雨具のせいで蒸れてしまったのか、着替えをしている。
雨も基本的には止んだようなので、私は頂上にいる間だけ、体が冷えないようゴアの下にダウンを着込んだ。

回りはガスがかかっているが、樹木の間からちょっぴり東伊豆方面が見えた。
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で、O君と記念撮影。
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撮影者はもちろん、おつ山さんです。

ここでは、おつ山さんからいただいたえび煎餅を食し、15分ほど休憩。
万三郎岳に向かう。
少し下ると、左手が開け、ガスにまみれてはいるものの、東伊豆の山々が目に飛び込んできた。
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左奥は爪木崎のようだ。
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手前に見えるマッチ箱のようなのは別荘街か。

南国・伊豆の山も11月下旬となれば、紅葉もほぼ終わり。
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そういえば、大学4年のとき、同じ季節に自転車で伊豆の仁科峠を走ったことがあった。
あの時も雨だった記憶がある。もう28年前に話である。

岩場を少し下ると、道は平らになる。
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なんとなく気持ちの悪い、ヒメシャラの林を行く。

馬の背への登りにかかり、振り返ると、万二郎岳の姿が一瞬だけ見ることができた。
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10:30に馬の背到着。
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この先はしばらく、アセビのトンネルを歩く。
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説明板によると、アセビは東北南部より南に分布する常緑低木で、早春に枝から小さな白い花を咲かせる。毒素を持ち、馬が食べると酔ったような状態で苦しむことから、漢字では馬酔木と書くとのこと。ああ「あしび」のことか。

石楠立(これで「はなだて」と読む)を過ぎると登りとなる。
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すこし空が明るくなってきたのは気のせいだろうか。
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雨もすっかり止んだ。
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でも、やっぱり山はガスの中。
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11:15万三郎岳(1405m)登頂。万二郎から1時間ちょっとかかった。
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ここも人でいっぱいだったが、ちょうど空いたベンチがあったので、3人でそこに座る。
ようやく昼食だ。

おつ山さんはおにぎり。O君は火を熾してラーメン、私はテルモスのお湯でフリーズドライのカレー。アルファ米は万二郎岳でもうお湯を入れておいたので、少々温かみには欠けるが待たずに食べることができた。

しかしここは全く展望がない。
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食後、記念撮影を済ませて、早々に下山することにする。
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向かって左がおつ山さん。私は相変わらず地図を下げて、かっこ悪い。
一応これで百名山は32座ということになった。
出発は11:55。

5分ほど下ると、正面に続く縦走路に別れを告げて、右へと下っていく。
階段が作られているが、かなりの急坂である。
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しばらく下ると、等高線沿いの道となり、独特の景観がところどころに見られる。
落ち葉の中の常緑低木とか。
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これとか。
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この先は、少し同行2人の姿を追ってみよう。
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陽気なO君はカメラを向けると必ずポーズを取ってくれる。
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おつ山さんはブログをしているだけあって、時々立ち止まって、写真を撮っている。
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途中、彼が落ち葉を拾っているのに気づき、声をかけると、地面に上手に配置して「ヤラセは重要ですよ」と不気味に笑って写真を撮っていた。
それが、これ。
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私は商売柄、ヤラセはできない質。
これは本物。
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さて、これはどっちがヤラセでしょうか?
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おっと道草を食っているうちに、随分おいてかれてしまった。
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そうこうしている間に、四辻を過ぎ、13:50登山口に到着。
行く時は気づかなかったが「天城縦走路入口」と書いてあった標識の裏には、「おつかれさまでした」と書いてあった。
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ずっとクールだった、おつ山さんがこの時ばかりははしゃぎだし、「かたこりさん写真撮りましょう」と誘われた。
そう、おつ山さんの真の名前は「おつかれやま」なのです。
興奮してしまうのも無理ないのです。
私は苦笑しながらお付き合いし、この日の山行を終えたのでした。

道はもうすっかり乾いてました。
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駐車場のトイレにある水道で靴の泥をきれいに洗い落とし、ゴルフ場のフロントでバッジを購入。近くにある日帰り温泉「万天の湯」で汗を流し、ここでおつ山さんとはお別れ。
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再会を誓い合いました。
お風呂代に100円借りたので、会わざるをえないのです。

三島のホテルまでO君に送ってもらいつつ、あす愛鷹山の位牌岳に登る予定であることを話したら、案内をしてくれることに。それはまたまたありがたい。
三島のウナギ屋で食事のつもりでしたが、彼の裾野の自宅が三島駅まで歩いて50分(4kmほど?)であることを知り、裾野まで行って飲むことにしてしまいました。
O君の自宅近くのもつ焼き屋でたらふく肉を食い、9時にタクシーで宿に向かったのでした。結局、先輩さんは寝坊しただけだったようです。
さあ、明日こそ晴れてくれよ!

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再び復旧報告

青崩峠、田口線廃線跡、鳳来寺山の写真、復旧しました。

ここのところ仕事が忙しいが、今度の3連休も山に行きたい。

土曜日は雨なので、ブログ執筆デーに宛て、23、24日に居倉から周回コースで金峰山、国師を歩いて来ようと思っているが、その場合、初めてのテン泊になっちゃう。ちょっと不安。
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天城峠

11月の3連休は伊豆で過ごすことにした。
コンターサークルの催しで23日に天城峠の旧道を歩くことになったからだ。
その日は湯ヶ島温泉あたりに泊まって、翌日は天城山を縦走。25日は愛鷹山の位牌岳を登る計画だ。

しかも、このプランには様々なからくりがあるのだが、とりあえず今日はコンターサークルの報告をすることにする。

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(三島駅から伊豆箱根鉄道に乗る。何年ぶりだろう)

参加者は、主宰の堀淳一先生以下、今尾恵介さん、石井あつ子さん、長良川でもご一緒させていただいたKさん親子とNさん、そして私の総勢7人である。

この日は11:35修善寺駅発のバスに乗るということで、11時20分台に着く電車で行ったら、車で来るKさん親子を除いて、みな1本早い電車で到着していて、改札で出迎えてくれた。

石井さんが元気に手を振ってくれていたのだが、全然気づかなくて、「ぷんぷん」と怒られてしまった。

この日は雨である。
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相当な雨になることを覚悟して雨具のズボンも履いたが、間もなく傘もいらないほどのかすかな雨になった。

まずはバスで旧道の始まる「水生地下」バス停へ。
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「すいせい・ちか」ではなく「すいしょうち・した」

12時半くらいに到着して、ここでKさん親子とも合流。
ゆっくりと歩き始める。これが本当にゆっくりで、モードを完全に切り替えておかないと、まどろっこしくてたまらなくなるほどだ。
でも、今日はこれ以外とくに予定もないし、急ぐ必要もない。
紅葉を愛で、沢のせせらぎを聞きながら、そしてみなさんと談笑しながら、のんびりとした旧道歩きを楽しむ。
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全国各地のハードな場所、もしくはマニアックな地形を歩いている堀先生がなぜ、こんなミーハーな場所を? と最初は疑問に思ったが、今尾さんによると、先生はまだここを歩いたことがなかったらしい。そっか~、後回しになるわなあ、と納得。
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私はと言えば、学生時代、確か大学2年の夏に自転車で来ている。
あとは車で来たことが一度あったが、歩くのは初めてだ。
昔は随分さびれた道だった。でも今は「踊子歩道」なんて名前が付いている。観光資源として意識され始めてからは訪れる人も増えているのだろう。
この日も雨にも関わらず、多くの観光客と行き会った。

この峠は言わずと知れた川端康成「伊豆の踊子」の舞台である。
川端本人がモデルと思しき旧制高校生が、この道で踊子と出会う、ほのかな恋の物語。
映画では踊子を山口百恵が演じて、話題になった。
湯ヶ島側の浄蓮の滝、河津七滝の初景の滝にそれぞれ、二人のブロンズ像があり、撮影ポイントになっている。

その川端康成のレリーフと、峠越えの一節を刻んだ文学碑が、道端に建てられている。
昔はこんなものはなかったはずなので、結構新しいはず。
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その一節はこう記している。
「道がつづら折りになっていよいよ天城峠に近づいたと思ふころ雨脚が杉の密林を白く染めながらすさまじい早さで麓から私を追って来た」

今日も、雨脚はそれほど強くないが、ところどころに白い霧が流れている。
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本谷川を渡る橋の手前で、落ち葉の中に水準点を見つけた。
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てゆうか、この看板があったからなんだけど。
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しかし、地形図をよく見てみると、水準点の記号はカーブの内側にあるのに、実際の水準点はカーブの外側にある。
これは地形図の間違いか、それとも橋が付け替えられたのか?

俄然興味が湧いた私は、仲良く歩いている今尾さん石井さんには構わず、調査に乗り出した。
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(お互い大人らしい適度な距離)

沢の向こうに道らしきものを発見! もしや旧道?
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行ってみると、なんと古そうな橋がある。
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道も通行止めになっており、いかにも旧道の風情である。

地図の大先生二人(堀さん、今尾さん)の前で大発見(?)を自慢したい私は、最後の詰めにかかる。
と言っても案内板を読むだけだ。
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なになに、この道は「下り御幸歩道」と言って、八丁池から水生地を結ぶ遊歩道である。
ええっ、この橋の向こうの道は崩落か何かで道自体が埋まり、新しい橋を手前にかけたという想定なのだが、道自体延々とアサッテの方向にちゃんと通じている。

おかしい。では、地形図の誤りか?
とにかく、この遊歩道自体が地図にあるのかどうか確認してみた。
すると、遊歩道どころか一車線道路として、きちんと書かれている。
あれあれ。眼鏡をはずして、よくよく見ると、水準点の外側にあると思っていた道路はこの遊歩道で、見えにくいがちゃんと水準点の内側に道があるではないか(橋の部分は水準点記号に隠れて表記されていないが)。

老眼と早とちりのなせるワザでした。地形図は間違っていないし、橋の架け替えもされていませんでした。失礼しました。

それはともかく、こんな時間(午後1時半)から雨具を来て、八丁池方面に歩いていく中高年の団体がいた。
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まさか八丁池まで行くのではあるまい。これからだと往復で3時間以上は軽くかかる。
戻って来る前に真っ暗になってしまう。
なまこ岩までなら20分で行けるから、きっとそれだろう。

さて、こちらも1kmを1時間かけて歩くという牛歩ペース。
どんなにゆっくり歩いても、後続部隊と離れてしまう。

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(やっと集結した一団)

ゆるいS字カーブを繰り返し、濡れた落ち葉の道を行く。
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峠近くに、どなたかのブロンズ像が。
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江藤延男さんという方だが、どういう業績があるのか。後ろに回れば、ちゃんと碑文があるのかもしれないが、「自然公園環境」という腕章で、ああそっち関係で伊豆を舞台に頑張った方なのだなとだけ認識して満足してしまった。
(後で一応、確認してみると、「天城を守る会」の初代会長さんだったそうだ)

で、旧道入口から1.8kmの道のりを1時間半もかけて、旧天城トンネル、正式名「天城山隧道」にたどり着いた。
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ここも団体さんでいっぱい。
トイレの隣に雨をしのげる東屋があったので、取られないうちに我が軍が占領。ランチタイムと相成った。

天城山隧道について概略の説明をしておく。
このトンネルは1901年(明治34年)に貫通、1904年に完成した、と説明板にある。貫通させてから石を積み上げるのに3年もかかったことになるが、ちょっと不思議だ。
このトンネルが開通する前、人々は山道(天城峠)を越えていたわけだ。
全長445.5m、幅員4.1m。坑門、トンネル内部ともにすべて切石積みで造られている。
わが国に現存する石造隧道としては最長を誇り、その技術の高さから道路隧道としては初めて国の重要文化財に指定された(平成13年)という。

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武骨ながら、きりっと引き締まったところのある品のいい隧道である。

正面のプレートには「天城山隧道」と書かれている。
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お昼は堀先生がゆっくりなことが分かっていたので、当方はさくっと食べてしまい、トンネルの上にある天城峠に行ってくることにする。
地図には往復25分とあるので、30分もあれば十分だろう。
「みなさん、まだ30分くらいはいますよね」
そうお断りして、トンネル脇の道を駆け上がると、「私も行きます」と石井さんが付いてきた。おお、うら若き女性が私を追いかけて来てくれるとは! これぞ男のロマン。

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坑門の側面に「きゃー」などと萌える声を聞きながら(幻聴?)、連れだって、霧の峠道をゆく。
実は彼女もエネルギーが有り余っているのだ。

しかし、どうもおかしい。
この道がトンネル開通前の街道(峠道)とは思えない。
ジグザグもきついし道幅が狭いのである。この下田街道は当然、江戸以前からの道だから、それなりの風情が残っていておかしくない。それがほとんど感じられないのはなぜか。

峠は霧に包まれており、ちょっと不気味。
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平らなところがそこしかないとは言え、道の真ん中にベンチを置くのってどうよ! と石井さんは怒っていた。
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道標は木の板に金属板を張り付けてあり、かなり金をかけていることが分かる。柱には「伊豆山稜線歩道 環境省」とあり、国には金があるんだなあと感心する。
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ここでも石井さんは疑義を呈していた。
「お金をかけるところが違う。さっきの橋だって、つるつるで危なかったですよ。あっちが先じゃない?」
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背中を向ける石井さん。
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別に、私に怒っているわけではなさそうです。
ていうか、石井さんは怒ってばかりいるわけではありません。念のため。

昭文社の山地図を見てみると、水生地下よりもう少し下ったところにある「遊々の森」から南西に延びる山越えの道があり、そこが旧天城峠(二本杉峠)となっている。
行ってみないと分からないが、明治37年まで使われていたのは、おそらくこっちだろう。
ここの天城峠は登山のためだけに付けられた道と思われる。河津側は廃道状態で、山地図にも表記はなかった。

さて、みなさんを待たせている。急いで下ると、みなさんがちょうど出発するところだった。3日分の着替えなどが入ったバカでかい縦走用ザックを背負って、隧道の中に入る。
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これは南口の坑門。
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プレートは苔むして、字が読めない。
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しばらく、周辺で遊んだ後、河津側へ下山。
15:40過ぎ、寒天橋に着いたところで
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思いがけずバス停があり
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さらに思いがけず、あと5分でバスが来ることが判明。このバスに乗って、みな修善寺方面に戻ることにする。ラッキーだ。
皆さんは修善寺まで乗っていくが、私は月ヶ瀬温泉に近い市山で下車。バイバイする。

明日、また水生地下で待ち合わせて、山に行かねばならぬからだ。
バス停から宿までは15分ほどで到着。16:35。もうだいぶ薄暗くなってきた。
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民宿わらじは、月ヶ瀬温泉街から狩野川の対岸にある。
もしかしたら温泉ではないかもと思ったが、やっぱりそうだった。残念。
食事もほとんど特徴なし。刺し身のわさびが練りわさびでがっかり。
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このくらい地のもの使えよ~

朝食は7時からということだが、あすは友人が6時45分に迎えに来るので、6時20分にできないかと頼んだら、してくれた。この件については、ありがたや。
天気予報はどうも芳しくないが、とにかく明日に備えて早寝することにする。

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王岳・鬼ヶ岳(下)

11月18日、御坂山塊西部を縦走中です。
鬼ヶ岳での写真撮影も終え、先に進みます。

まずは、これ。金山(1686m)。
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また快適な道である。
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頂上はちょうど正午に通過。眺望はないが、こんな標識があった。
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この「○巨」というのは何だろう。謎である。

ここから節刀ヶ岳(1736m)へは結構きつい登りがあるが、眺望はまたすこぶるよい。
これから登る十二ヶ岳(手前)と富士山。
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河口湖の奥に見える山は、中央右から左へ杓子山、御正体山、丹沢・蛭ヶ岳。
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黒岳(左)と三ツ峠山(右)
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鋸の歯のような毛無山への稜線。
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で、そこが節刀ヶ岳山頂。12:20着。
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山頂からは、富士河口湖町と富士吉田市の市街地。
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山頂ではグループの方々がお弁当を広げていた。
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背後の北側は、釈迦ヶ岳(1641m)の向こうに大菩薩の峰々が横たわっている。
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いやあ、どれもきれいに見えますわ。

ここも山頂は狭いので、とくに休まず写真だけ撮って、引き返す。
金山を通過して、十二ヶ岳(1683m)に向かう道は、前半こんなにやさしげなのだが
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最後は厳しいロープ場となる。なんかの訓練場のようだ。
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途中、西湖北岸の桑留美集落が見下ろせた。
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湖面がとてもきれいだ。

右手には鬼ヶ岳(右)と雪頭ヶ岳(左)の急斜面が見えた。
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十二ヶ岳には50分ほどで到着。
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立派な石の祠があったが、ここも狭い山頂に結構ひとがいてゆっくりできない。
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仕方ないので、ここも写真だけで通過。

一応、ここからの富士山はこのような感じ。
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本当はここからまっすぐ桑留美に下りて、湖岸道路を駐車場まで歩くつもりだったが、まだ時間が早いので欲が出てきた。

あの鋸のような稜線を毛無山(1500m)まで行ってみたくなった。
十二ヶ岳からの下りは恐ろしく急だ。
何か所にもロープ場やクサリ場がある。
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極めつけは下り切ったところにある、めちゃくちゃ揺れる吊り橋。
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このルートが点線になっていることに納得だ。

橋を渡るとまたロープ。
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さすがにギザギザに見えた稜線だけはある。

登り切ったピークに十一ヶ岳という看板があった。
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よく地図を見ると、その表記は確かにある。

ここは静かなので、簡易イスを取り出して、しばし休憩。朝の残りのパンをかじる。
食べ終わって歩き出そうとしたら、単独の青年とすれ違い、少し雑談になった。
彼は福島の出身で、震災の影響で、昨年こちらに越してきたのだという。
こっちでやっと山の仕事(ガイドその他)が見つかり、ホッとしているところだという。
そういう理由で故郷を離れてしまうのは、つらいことだろうが、山が好きなら、ここ富士山のふもとで生活できるのは、不幸中の幸いかもしれない。
「それでは気をつけて」
と声をかけ、「頑張れ!」と心の中でつぶやいた。

ところで、十一ヶ岳だが、もしかして、あのギザギザのひとつひとつに一ヶ岳、二ヶ岳・・・と名前が付いているのだろうか。
まあ、だとしても、どうせそんなのはもう廃れているだろうし、標識もないだろう。
そうたかをくくっていたら、なんと十ヶ岳の標識が。
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しかし、この岩山を登るのはとても無理。人の横顔のような岩を横目にスルーすることにする。
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そして間もなく、九ヶ岳。
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九ヶ岳もピークに向かう踏み跡の手前にロープが張ってあったが、自己責任で突破した。
少々、ヤブをこぎ、岩の上に立つ。また、ひとつ「登った山」を増やした。
この調子でいくと、この稜線だけで10個も稼いじゃったりして(それでいいのか!)

で、この後は本当に八から一まですべてピークの上に立ってしまった。
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てっきり毛無山を一ヶ岳を数えていると思ったら、別だった。

十一ヶ岳から50分で毛無山に到着。
ここはだだっ広い山頂だが、今日にしてはめずらしく誰もいない。
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正面にこんなに雄大な富士山があるのだから、しばしゆっくり対座することにする。
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河口湖も町並みも、やや日が傾き、落ち着いたたたずまいを見える。
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20分ほど休んでいる間に、カップルが来たので写真を撮ってあげた(下心なく)。
彼らは、二人でハートポーズを作って喜んでいた。はあ、若いねえ。

さて3時になってしまった。名残惜しいが下山しなくては。
しばらく、ススキの向こうの富士山とデートができたが、樹林帯に入るとお別れ。
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落ち葉をけ散らしながら、さくさくと下りる。
下りたところは西湖に東の端。車を駐めたのは西の端なので、地図で見るとだいたい湖岸を1時間は歩かないといけない。
湖畔に着いたのが4時前なので、車にたどり着くまでに完全に暗くなる。
まあ、車道だから遭難することもない。夕暮れの湖畔の散歩を楽しもう。

山の上はもう紅葉は終わっていたが、湖畔は今が真っ盛り。
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廃屋ともみじ。卒倒しそうなくらい美しい。
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武田信虎と晴信の文書を所蔵している薬明神社も境内の地面はイチョウの落ち葉で黄色のじゅうたんを敷き詰めたよう。
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散々山を歩き回った後でも、こんなおまけがあるなら、いくらでも歩ける。

で、湖畔に出る。
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湖畔道路にはいくつかの、おいしそうなレストランがあるが、ここで入ってしまうと、出る頃には真っ暗になってしまうので、我慢。私は食い気より色気なのだ。
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そろそろ日が沈む。時間は16:18。
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日没後の西湖。
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下界はすっかり暗くなってしまったが、富士山頂はまだ赤く夕日があたっている。
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そして、17:10駐車場到着。
富士山もすっかり闇にまぎれてしまいました。
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湖岸を歩いているときに「いずみの湯」というおあつらえ向きの日帰り温泉を見つけたが、この日はなぜか帰りが遅くなることが気になり、パスしてしまった。
夕食もこちらのおしゃれな店や名物は食べずに高速に乗り、所沢市内のラーメン屋。
味気ないことになったが、この日はほんとうに日の出前から日没後まで11時間近く富士山とのランデブーを楽しめた。
久々の山行で長時間歩いたにも関わらず、疲れを知らなかったのは、やはり富士山パワーでしょうか。

実はこの日、節刀ヶ岳において、生涯通算500座を達成しました。
このうち、ベスト5を挙げなさいと言われたら、順不同で以下を挙げます。

・富士山
・鳥海山
・蝶ヶ岳
・暑寒別岳
・飯豊連峰

ということになるでしょうか。

次回は、コンターサークルの天城越えです。

おやすみなさい。
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王岳・鬼ヶ岳(上)

11月18日、北海道・芽室岳以来3週間ぶりの山行である。
もうすっかり日が短くなってしまった。
また、久々に富士山をしっかりと見たくなり、今回は、山梨県は御坂山塊の西半分を縦走することにした。

コースとタイムは以下の通りである。
西湖駐車場(6:30)~王岳(8:25休憩10分)~鍵掛(9:15)~鍵掛峠(9:30)~鬼ヶ岳(10:50昼食35分)~雪頭ヶ岳(11:35)~金山(12:00)~節刀ヶ岳(12:20)~十二ヶ岳(13:10)~十一ヶ岳(13:40休憩10分)~毛無山(14:40休憩20分)~西湖東口(15:50)~西湖駐車場(17:10)

この日はめずらしくマイカーでの山行。
バスの便を頼りにしていると、スタートが遅くなり、暗くなってしまう恐れがあるからだ。
といいつつ、結局暗くなってしまったのだが。

朝は所沢をたぶん5時前に出発。ずっと高速を使い、河口湖インターを下りた時点でも、まだ真っ暗。
西湖北岸を走っているあたりで、やっと空が白んできた。
西湖西端の駐車場に着いたのが6:20頃。
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まだ富士山頂にも朝日が差していない。
しかし、今日は雲ひとつなく富士山三昧の1日になりそうで、胸が高鳴る。

トイレと体操を済ませ、ハイドレーションに水を補給して6:30に出発。
正面の山々は、いきなり朝日が差して真っ赤になった。
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根場(ねんば)のスポーツ広場を抜けていくと、いかにも廃校という風情の建物が。
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今は「青木ヶ原樹海ゴミゼロ作戦対策本部」とか「もりの学校」として再利用されているようだが、もとは旧足和田村の村立西浜小学校根場分校だった。
分校にしては結構大きい。

しばらく西入川に沿った林道歩きが続く。
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古い石垣があるが、ところどころ崩れている。
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7:20登山口に到着。ここからは本格的な登山道となる。
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途中、ササの葉の上にもみじが上手に乗っかっていた。
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これはヤラセではありません。

時々、木々の間から西湖や富士山が望める気持ちのいい登りだ。
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やはり天気がいいと、楽しさが全然違う。

ただ、山も上の方はすっかり紅葉も終わり、葉を落としている。
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私の好きな冬枯れの季節だ。
紅葉の時期は、まだ赤くなりきれてないとか、今年はなんかくすんでいるとか、あの植林が邪魔だとか、どうも邪念がわき起こる。
葉をすべて落としてもらった方がすっきりする。木々の向こうが透けてみえるようになるのもよい。

頂上近くに達すると、富士山が全容を見せ、富士を取り囲む山のうちで最高峰の毛無山(1946m)も見えてきた。
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去年の11月に苦労して登ったっけなあ。

8:25王岳登頂。標準タイム2時間25分のところ、1時間55分だから、まずまずのペースだ。
まずは正面の富士山をじっくり鑑賞する。
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これだけ見事にすそ野を広げている姿を見るのは、めったにないこと。

眼下には西湖が二つに分かれてみえる。
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左奥に見えるのは山中湖。

そして根場集落。駐車場には私のタウンエースが駐まっている。
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山頂は、山梨百名山の標柱は朽ちてしまい、味気ない標識がくくりつけられている。
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青木ヶ原樹海と周囲の山の境目は実に明瞭で、作りもののように見える。
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地形としてなかなか面白い。

10分ほど、座りもせず、ただただ写真撮影をして出発。
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日だまりの中の気持ちのいい稜線歩き。

これはおそらく雲なのだろうが、強風で雪が舞い上がっているようにも見える。
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振り返って見る王岳。
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あちらはこれから登る鬼ヶ岳。
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一瞬、北側が開け、大菩薩嶺と小金沢連嶺が見えた。
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あそこは今年の1月に縦走したなあ。なんか自分の歩いた山が見えるのはうれしい。

こちらは鳳凰三山。
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夏に登りました。考えてみると、今年もよく登ったわい。

王岳から40分ほどで鍵掛。
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山の名前とは思えないが、一応ピークでもあり、地図にも載っているので、「登った山」として数える。標高は1589m。

ここから鍵掛峠までは若干の下り。
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振り返って、ちょっと尖った鍵掛。
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ここから鬼ヶ岳への登りは急坂や岩場となり、西と北の眺望が一気に開ける。
屏風のような南アルプスである。
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あれは赤石岳(左)と荒川岳(右)だろうか。
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南アルプスもあのあたりは、そう簡単には行けないなあ。

こちらは、農鳥岳(左)と間ノ岳(右)かな。
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鍵掛と王岳を中央に置いて。
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あそこからの眺望もよさそうだ。
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うわあ、やっぱりあれは風なのかなあ。
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雲のかぶった八ヶ岳と甲府盆地。
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甲府市街はこうして見ると案外広い。

今年は奥秩父をテーマにすると言いながら、結局、甲武信岳にしか行けなかった。
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年末に行こうかな。

青木ヶ原樹海はほんとにすごい。
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最後にロープ場をよじのぼると
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鬼ヶ岳山頂(1738m)である。ちょうど、別ルートから団体さんが着いたばかりで、標識の写真は撮れない。
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ここから毛無岳を望むと、竜ヶ岳(1485m)のすぐ下に本栖湖が姿を現す。
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富士山の風もいくぶん収まったか。
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西湖のすぐ上に見えるのは足和田山(1355m)。
娘がまだ小3の頃、もう10年以上前になるが、二人きりでハイキングした山だ。

東に目を転じると、あの丸いのは黒岳(1793m)。
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御坂山塊の最高峰。昨年5月、本格的に山を登り始めた頃に歩いた山だ。
帰りは膝が痛くて泣きそうになったっけ。まだズックで山歩きをしていた。
左奥にちょこんと見えているのが、おそらく奥多摩の大岳山。
この山の形は特徴的で、いつも山座同定の目印になる。
あと目印になるのは丹沢三峰と三ツ峠山かな。

手前の節刀ヶ岳(1736m)と奥は大菩薩嶺。
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いやあ、なかなか立ち去りませんなあ。
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この頂上はあまり広くないが、岩場に腰掛けて、まだ11時前だけど、もうお昼にしてしまうことにした。
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メニューはもう忘れてしまったが、たぶんコンビニおにぎりだった気がする。

30分後、やっと静かになって撮影することができた標識。
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わりと味わい深い字だ。

そして、やっと北岳の雲も切れ、白峰三山そろい踏みである。
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こちらはほぼ中央が王岳で、右下への稜線を歩いてきたことになる。
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一旦、鬼ヶ岳を後にして、すぐ南にある雪頭ヶ岳をピストンする。
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ここはハシゴがあり、岩場も多く、結構な難所である。
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景色も抜群にいいので、それがまた脇見運転を呼び込んでしまいそうで危険だ。
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河口湖も全景が見えてしまった。

雪頭ヶ岳はとくに標識はなかった。
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それにしても、ここは「せっとうがたけ」と読むのだろうか。
だったら、節刀ヶ岳と同じだ。

鬼ヶ岳に戻ったところで、カップルに撮りましょうか、と言われたので、お言葉に甘えてFacebook用に撮ってもらった。
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すると、すかさず彼らは「私たちも写してもらえますか」と言うので、もちろん撮ってあげた。

だけど、なんとなくすっきりしない。
だって、「純粋に親切な人だなあ」と思っていたのに、そういう下心があったのかということになったからだ。
なんか、「あなたはもう断れない」という状況を作ることに、ほのかな「汚なさ」を感じてしまうのだ。しかも、このいい加減な写真。標識が完全に隠れているではないか!
さりとて、ただ撮ってもらうだけなのは心苦しいという感情があるのだろうから、「お互いさま」にしたいのであって、その心根が「ずるい」一方なわけではない。
では、どうすればいいか。簡単である。順序を逆にすればいいのだ。
まず、「撮ってください」とお願いする。その後、「撮りましょうか」と言えばいいのだ。
そうすれば、自分が撮ってもらったお礼で撮ることになる。
この方が余程美しい。

以前、自分も「撮ってあげましょうか」をしたことがある。
でも、それはこちらから「撮ってください」を言わずに、相手に「撮りましょうか」と言わせる作戦だったのだが、相手はただ礼を述べて立ち去り、作戦は失敗。
やはり、素直に「撮ってください」とお願いするのが、素直で正しいのである。

それに関連して言えば、最近の若い人は、全く知らない人に撮ってもらう時も、平気でふざけたポーズを取ったり、変顔をしたりする。あれは自分には絶対できない。
だから、私が変顔をしたり、ポーズをとったりしている写真があったら、それは仲間に撮ってもらった写真です。

(つづく)
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碓氷峠アプトの道

ようやく11月のことが書けます。

よく晴れ上がった10日、ノンフィクション作家の梯久美子さんと廃線跡を歩いてきた。
場所は群馬県と長野県の県境・碓氷峠に通じる旧信越本線。横川駅から熊ノ平駅跡まで約6kmの道のりである。現在は「遊歩道アプトの道」として整備されている。

高崎11:21発の信越本線横川行きの電車の中で待ち合わせ。
所沢に住んでいる私は高崎まで八高線で行こうかとも思ったが、たまにはゆっくり寝ていることにして、結局新幹線にした。高崎ごときで新幹線に乗ったのは初めてのような気がする。

梯さんは2010年1月から読売新聞に月1回、「梯久美子の廃線紀行」という連載をしている。今回もその取材で、記事は11月24日の夕刊に掲載された。
私は梯さんとは同好の士であり、いい機会なのでお付き合いさせていただいた。

横川には11:54に到着。
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ホームには「峠の釜めし おぎのや」の売店があった。
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ここで釜めしを買って、お弁当代わりにしたかったが、食べ終わった後の釜の処理に悩みそうなので、最初から助六寿司を買っておいた。
梯さんは「重い」のを理由に断念したそうだ。

横川駅はなかなか風情のある駅だ。
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開業は1893年(明治26年)4月。現在の駅舎は大正8年に建てられたもので、正面をやや改装してある。

駅を出て、左に歩くと、すぐ「碓氷峠鉄道文化むら」。
ちょっと勉強していきたい気もするが、スタートがもうお昼なので、今回はパス。
車両にはそれほど関心がないし。
ただ、受付で「碓氷線絵地図」というガイドマップを購入。100円だったか200円か。

さて正午ちょうど、アプトの道を歩き始める。
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園内ではSL「あぷとくん」が家族連れなどを乗せて走っている。
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これとは別に、廃線跡(複線のうちの下り線)を利用したトロッコ列車「シェルパくん」が、ぶんかむら駅から、まるやま駅を経由して、とうげのゆ駅まで走っている。
複線のうちの上り線を遊歩道としているので、トレイルはしばらくトロッコ列車の線路と並行して続いている。
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歩き始めてすぐ、道をそれて、碓氷関所跡に立ち寄った。
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碓氷峠は旧中山道最大の難所で、その江戸側からの登り口にあたる坂本宿のはずれに関所が設けられた。
残っているのは関所の東門で、門扉や門柱などは江戸時代に使用されていたものとのこと。
全体は昭和34年に復元されたという。

トレイルに戻り、レールを残して舗装してあるゆるやかな登りを歩いてゆく。
左手には、園内に展示されている古い車両の数々。
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スタートが遅かったのか、もう戻ってくる人がたくさんいる。
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シェルパくんも戻ってきた。

上信越道の高~い橋梁をくぐって、間もなく右手にレンガ造りの立派な建物が見えてくる。
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旧丸山変電所である。
これを含め、旧信越本線の橋梁や隧道群は「碓氷峠鉄道施設」として国の重要文化財に指定されている。

丸山変電所には2棟の建物があり、手前が蓄電池室、奥が機械室。
信越本線の横川~軽井沢間は明治26年に開業したが、わずか11.2kmの間に標高差553mを登る66.7パーミルの急勾配なので、アプト式が採用された。
しかし、その後の輸送需要の増大と隧道内での排煙問題を解決するため、明治45年に日本の幹線としては初めての電化が行われた。
これにより、両駅間の所要時間は80分から50分に短縮された。
丸山変電所はこれに伴い、発電所からの電気を機関車に供給するために建設されたわけだ。

左手にある「まるやま駅」でお昼とする。
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まだ2kmほどしか歩いていないがお腹がすいた。

30分ほど休んでまた歩き始める。
しばらく行くと、線路が分岐している場所に出た。
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当然いずれも廃線跡を利用しているのだが(話がややこしい)、右奥に向かっているのが新線(粘着運転)、左が旧線(アプト式)のルートである。

信越本線はさらなる輸送力増強とスピードアップのため、列車と線路の歯車をかみ合わせて登るアプト式ではなく、新線を建設し、線路と車輪の摩擦力のみで登る通常の「粘着運転」に切り替えた。昭和38年、私が生まれた年のことだ。
これでアプト式は廃止となり、旧線もレールをはずされることになった。
機関車も新しく登場したEF63形によって、所要時間はさらに短縮され、約20分で峠を越えられることになった。昭和41年には複線化も完成する。

かつてこの機関車を増結するために、横川駅ではしばらくの停車時間があった。
これを利用して、乗客たちは争うように「峠の釜めし」を買ったのである。
長野新幹線が平成9年に開業して、信越本線の横川~軽井沢間が廃止されると、そんな昭和の風景は完全に姿を消してしまった。仕方のないことだが、とても残念だ。

で、当然、アプトの道は旧線の方を遊歩道化したものだ。
われわれは旧線をたどる。
「とうげのゆ駅」を過ぎると、石造りのトンネルが見えてくる。
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第1号トンネルである。トンネルは碓氷峠越えの中間点、熊ノ平駅まで10個ある。
いずれも実に美しい。明治の人はいい仕事をしているなあと本当に思う。
ちゃんと調べていないが、この時代に作ったトンネルで天井が大規模に剥がれ落ちた事故などなかったのではないか。
笹子トンネルの事故は、国交省や高速道路会社だけでなく、私たち日本人の何かが退化していることを象徴しているように思えてならない。

北原白秋の歌碑「碓氷の春」を過ぎて、トンネルをくぐる。
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幅は単線の分だけ。壁はレンガで組まれており、当時の蒸気機関車の煤であちこちが黒くなっている。

トンネルを抜けると見事な紅葉が待っていた。
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軽井沢側の出口はレンガで固めており、石は2本のラインとして残している。
どうですか、このゆとりというか遊びというか。
今ならこんなささやかなトンネルでも、当時は国家的な事業であり、それにふさわしいものを作らなくてはいけないという自負が明治人にはあった気がする。
それは、安全性はもちろん、見た目(デザイン)にも色濃く表れている。
それにしても、古色を帯びたトンネルの、なんと紅葉に映えることよ。

左手には妙義山の荒々しい岩稜が見えてきた。
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これを当時の乗客たちは煙にまぎれながら見たのだろう。

私が山にみとれていると、梯さんは手前の鉄塔を見て、「あのケーブルって、どうやってかけるのかしら」と首をひねっている。
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う~ん、確かに。地面を這わせるわけにもいかないし、ロケット弾でケーブルを飛ばすわけにもいかない。ちょっと思いつかない。
土木の人って、ほんとに頭がいい。今度誰か教えてください。

レンガの第2橋梁を渡り、第2号トンネルを抜けると、左手に碓氷湖が見える。
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人気の観光スポットのようだ。
碓氷湖はダム湖だが、ダムが竣工したのは昭和32年なので、車窓から湖が見下ろせた期間は旧線が廃止される昭和38年までのわずか6年間だった、と今尾恵介さんが「新・鉄道廃線跡を歩く2 南東北・関東編」で言及している。

紅葉の木漏れ日が気持ちいい。
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第3、4、5号トンネルは連続しており、トンネルの向こうにトンネルが見える。
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めずらしい光景で、何枚もシャッターを切った。

トンネル内には電灯が灯っているが午後6時には消灯するのだとか。
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第5号トンネルを抜けると、めがね橋の愛称で親しまれている碓氷第3橋梁に出る。
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長さ91m、高さ31mのレンガ造り4連アーチ橋で、その全容は上からは見えにくいが、古代ローマの水道橋の上を歩いているような気分を味わえる。
私は歩いたことはないけれど。

左眼下には国道18号線の旧道が走る。
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めがね橋がお目当ての観光客が結構多い。

右手には新線の橋梁が見えた。
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あれも廃線になってしまったのかと思うと、やけに淋しい気持ちになる。
新幹線はあのさらに3km先の山の中を走っているという。
長野新幹線は安中榛名駅を過ぎて、長大なトンネルに入ると、軽井沢まで地上に出るのはわずか2回だけ。それもほんの一瞬だ。
煤に包まれるのもいやだが、これはこれで実に味気ない。
まあ、JR関係者は「まったく勝手なことばかり言うわい」と思うかもしれないが。

ちょうど紅葉真っ盛りにぶつかったこともあり、観光客やハイカーでここは大にぎわいだ。
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この先は碓氷峠最長の第6号トンネル(長さ551m)に入る。
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このトンネルの坑門は石とレンガをうまく配置したデザイン。何だかうれしくなってくる。

アプトの道は従来、このめがね橋までだったが、今年、熊ノ平駅まで1.2km延長された。
どうせなら、軽井沢まで通行可能にしてもらいたいものだ。
大金をかけて整備する必要はない。この先はマニア向けとの位置づけで、最小限の安全対策でいい。鉄道マンは先人たちのチャレンジの歴史をきちんと残し、国民に伝えていって欲しい。

第6号トンネルはさすがに長いだけに、排煙用の穴が天井に空いている。
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第6号トンネルを出て、振り返る。
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この紅葉に、作詞家の高野辰之が感激したというのもうなずける。
信州中野出身の高野は、碓氷峠越えの景色を歌にした。
「秋の夕日に照る山もみじ~」
で始まる唱歌「紅葉(もみじ)」である。

シンプルなデザインの第7号トンネル
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第8号トンネルからは9号、10号が前方に見える。
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そして最後の第10号トンネル
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これを抜けると熊ノ平駅跡。
ここで新線(複線)も合流し、スイッチバック用の旧線トンネルもあるので、4つのトンネルが口を開けているめずらしい光景を見ることができる。
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ここでまたまた感激したのは、コンクリート造りの旧変電所である。
丸山変電所と違い、モダニズムの箱形建物なのだが、これが廃墟となると実にいい味を出している。
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梯さんは、「まだそこまで私は行っていない」と呆れていたが、きっと近い将来、目覚めることでしょう。

熊ノ平駅は横川~軽井沢間が開業した13年後の明治39年に開業。
上下線のすれ違いと、蒸気機関車への給水・給炭の目的で設置された。
しかし、アプト線(旧線)の廃止と、新線の複線化により、昭和41年、信号場に降格となり、平成9年に廃止となった。

ここには新線のレールも架線もホームも当時のまま残されており、実はレンガ造りのトンネルや橋梁など明治の遺産よりも哀愁を覚える。
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梯さんも同じような感慨があったようだ。
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「廃線紀行」の記事をこんな文章で結んでいる。
「レールが紅葉と同じ色に錆びている。もの寂しい風情だが、そこが何ともいえずいい。きれいに整備された道も、絵になる橋もよかったが、廃線の醍醐味は、時の流れに取り残されたようなこの静けさにあると改めて思った」

軽井沢方面には簡単な柵があるだけで、たぶん歩こうと思えば歩けるのだろう。
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でも、今回はタイムアップ。
梯さんもお疲れのご様子なので、ここからはタクシーを呼んで引き返すことにする。

途中、めがね橋を下から眺められるところで止めてもらい写真撮影。
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こうして見ると、やはりかなりの勾配だ。
明治25年の作品。レンガを200万個以上使った全国最大のアーチ橋だそうだ。

横川駅まで戻ってきたが、電車の時間まであと30分ほどある。
駅前のおぎのやに入って休憩。
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釜めしを食べるほどお腹も空いていないし、時間もない。
ちょっと変わったスイーツをいただくことにした。
私は「峠の釜めしアイス」
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釜めしをイメージしたフルーツアイスだが、製造は熊谷のお菓子屋さん。
カチカチに氷っていて、スプーンを入れるのに少々時間がかかった。
直径6cmほどの大きさで500円はちょっと高めか。
味はまあ普通でした。

4:31発の高崎行きで横川を後にし、大宮で食事をして帰宅した。
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今年1月、愛知・田口線以来の廃線歩きだったが、何と行っても紅葉がすばらしかった。
自然とよく溶け合う明治の遺産に感服した1日だった。
梯さん、ありがとうございました。
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復旧報告

今年1月の大菩薩嶺山行4回分の写真復旧完了しました。

当時の方が、しっかり調べて書いていた気がする。

やはり追われるといけませんな。

それにしても、武尊山と越後駒ヶ岳で遭難とのニュース。
ちゃんとビバークして自力で下山していたなら、遭難とは言わないような気がする。

本人たちも、こういう天気なのでビバークすることになるかもしれないから、1日遅れても心配ないから、と家族に言い残していれば、騒ぎにはならなかったはず。

なまじっか、携帯などで連絡がとれるようになったものだから、こういうことになるような気もする。

詳しく報道を見ていないので、事実関係を誤解していたら、すいません。


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立山縦走8

9月16日午前11時前。たどり着いたのは、奥大日岳と大日岳の間にある見事なロックガーデン。
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借景が剱岳や立山というのもかなり贅沢。
楽園のような所だと思っていたら「七福園」という名称が付けられていた。
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昭文社の地図にも書いてあった。

さっきのおばちゃんたちも追いついてきたので、先を急ぐことにする。
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七福園を過ぎると、真新しい木道が延々と続く。
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歩きやすくていいのだが、なんか正面が白い。まさかガス?

振り返ると、見事な奥大日と剱の競演。
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あちらは大丈夫のようだが、白馬の方には大きな雲が押し寄せている。
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不安になってきた。

小さなピークに着いたと思ったら、中大日岳と書かれた板が岩の上に置いてあった。
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昭文社の地図にも表記があったが全然気づかなかった(←ルートと時間ばかり見て、文字を読んでいない)分、「登った山」が1つ増えて得した気分だった。

ストックの持ち主のおじさんから写真を撮ってくれと言われたので、撮って上げた。
ここからは立山道路のつづら折れがよく見えるが
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なんか正面には雲が迫って来ている。急がなくては。

すこし歩くと、今夜の宿泊を予約している大日小屋と大日岳が目の前に見えてきた。
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山にはガスがかかっていないが、周辺はもう真っ白。
おいおいまだ11時だぜ。昨日より30分も早いじゃないか。
小屋に向けて一気に下る。

左手には大日平と大日平山荘が見えた。背後は鍬崎山(2090m)だ。
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10分とかからずに小屋に着く。
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とりあえず水分の補給。小屋で予約はキャンセル、バッジ2つとアクエリアス、ミネラルウォーターを買う。しめて1700円。
山で水を買うことはめったにないのだが、剱御前小舎には水場がなく、炊事用の天水しか補給できなかったので仕方ない。

アクエリアスだけを腰にぶら下げ、ザックを放り投げ、めしは後回しにして、とにかく頂上へ向かう。振り返ると中大日岳に南からガスが流れてきている。
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ギョエー

でも、こちらはまだ青空が見える。間に合うぞ、頑張れっ
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しかし、かかし、11:30、頂上に着いたら真っ白け。
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見たかった富山平野方面は、こんな有り様。
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にゃにもみえにゃい。

剱岳はしっかり見えるのだが、奥大日や立山は完全に見えなくなってしまった。
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はらほれひれ~
は~あ、またタッチの差だった。剱岳や立山は散々見てきたので諦めもつくが、ここでしか見えないの、雄大な富山平野の広がりが見たかったのに。くやぴ~

一応、三角点のある場所が頂上ということになっているが、ここは2498m。
少し戻ったハイマツの中に、3m高い最高地点(2501m)がある。
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ここには踏み跡があって、楽に行けた。

頂上にある石室の中には石仏が安置されていたが、これが大日如来なのだろうか。
その横で、単独の若い女性が、ぷか~っとたばこを吸っている姿が印象的だった。

ここでしばらくガスが晴れるのを待ってもいいのだが、ザックを置いてきてしまったので、メシが食えない。
宿をキャンセルした以上、先を急ぐ必要もある。
とにかく小屋まで戻り、脇のベンチに座って昼食にする。
メニューは、白米が売り切れだったので、しそわかめごはんとカレー、それに豚汁。
いずれもフリーズドライだ。

小屋でトイレを借りた際に、貼り出されていたバスの時刻表を見ると、称名の滝を出るバスは最終が16:40。今は12:25なので、あと4時間15分。
地図にある標準タイムは、滝を往復すると4時間50分。
なかなか厳しい闘いになる。

ここから一気に1500mの標高差を下ることになるので、相当へばることは間違いない。
たどり着けなければ、バス停周辺で野宿をすることになるが、それもいいだろう。
さっき、小屋番の方に聞いたら、「下の小屋の方が空いてると思いますよ。今日はうちは布団1枚に2人寝ていただくことになりますので」と言われた。
それは覚悟の上だったが、もちろんより空いているに越したことはない。
でも、この時点で下の大日平山荘に泊まる選択肢はなくなっていた。
とにかくバスを目指す。

剱岳ともここでおさらば。目に焼き付ける。
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すっかり、小屋周辺はガスに囲まれてしまった。

さて出発と思ったら、ホシガラスを発見。
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ますは大日平まで標高差800mを下る。まずはこれでヘロヘロになるはず。
しかも、カメラ休憩をほとんど許さないガスの中だ。
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それでも100mほど下るとガスの下に出て、これからとりあえずの目標とすべき大日平山荘が見えた。
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すぐそこのように見えるが、先が長いのは分かっている。

下りには、ローソク岩とか鏡岩があるように地図に書いてあるが、どれなのか特定することはできなかった。
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眼下には大日平が広がる。沢が作る溝が「地形の誕生」を思わせる。
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50分かかるという水場には30分で着いたが、水は涸れている。
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補給は下の山荘まで行かないとできないと考えた方がよさそうだ。
ペンキで「サイゴ」と書いているのは、登って来た人にとって最後の水場という意味だろう。

下り始めは元気だが、やはりだんだんきつくなる。
途中、大きなマットを背負ったフリークライミングのお兄さんに抜かれる。
岩場もある急な坂を黙々と下る。

フラフラになったところで、木道になる。大日平に入ったようだ。
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ここまで、どうにかスリップや転倒をしないで下って来られたのは、集中力を維持できたからだろう。大日如来にお願いした甲斐があった。

途中の沢にある巨大な岩を調べていた、さっきのクライマーさんに追いつき、「そのマットは何ですか」と聞いたら、落ちたときのために下に敷くのだという。なるほど。
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(左上に小さく見える四角い後ろ姿がクライマーさん)

振り返ると大日岳は完全に雲の中だ。
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いくつかの池塘をすぎて
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大日平山荘に13:45着。標準1時間50分のところ、1時間20分で来た。
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30分稼いだことになるが、まだ足りない。
だけど、もうへとへと。泊まってしまいたい衝動にかられるが、正直泊まる気はない。

ただ喉がカラカラだ。
ここでも高いアクエリアスを2本買い、1本をアッという間に飲み干す。
アクエリアスは350円。上より50円安かった。それでも下界の2倍以上する。

山荘の裏から見える不動の滝を見学。
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ろくすっぽ休まずに出発。

しばらくは大日平のなだらかな下りで歩きやすくはあるが、牛首から始まる下りがまた恐怖だ。
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めずらしくオヤマリンドウが開いていた。
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ダイノジソウを見たのは初めて。
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標高がだんだん低くなると、樹林帯となり、丸い葉っぱに赤い実をつけている木が目立つようになる。
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夏には白い花を咲かせるオオカメノキだ。

木道が終わり、少し下ったところが牛首。
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ここからさらに1時間10分の下りとは。とほほ

正面には通称・悪城の壁と言われる絶壁が見える。
称名川が削った深い深い谷だ。
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高さは300~400mあるだろうか。要するにあの高さを下らなければいけないのだ。

この先はクサリ場やハシゴで先行の人が停滞するので、ありがたい小休憩になる。
途中、登山道補修工事の人が使うモノレールがあった。
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実際、登山道は崩落しかけているところもある。
うう、これに乗って下りたい。
駅らしき小屋もあって、休ませてもらいたかったが、立ち入り禁止とあるのでやめた。

下りは汗がたらたら、登り以上に出る。
手にも汗がにじむので、資材置き場になっている岩陰に引っ込んでザックを下ろし、軍手をする。
アズマギクに励まされはするが
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下りは休むタイミングも場所もなかなかないので、つらくなる一方。
下りの中間地点の猿ヶ馬場にベンチがあったので、とうとうひっくり返ってしまった。
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時間に少し余裕が出てきた気がするので、少しこのまま寝てしまおうと思ったが、日が差してきて暑いので、数分しか休めなかった。
その間に何人かが追い越して行った。

14:55起きあがって出発。悪城の壁の上の方にガスが下りてきた。
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と思うやいなや雨が落ちてきた。
いや、今日も降るとは思わなかった。
とりあえずザックカバーはしたが、雨具はまだ着ない。

道は少しなだらかになる。我慢して歩き続け、15:35登山口に降り立った。
DSC_8066.jpg
牛首から標準タイム1時間20分のところ1時間で下ってきたわけだが、めちゃめちゃきつかった。
我ながら、よく頑張りました。

さて、バスの時間まであと1時間近くある。まだ雨は降っているが、ザックを標識の後ろに置いて、称名の滝を見に行くことにした。

駐車場から滝までは20分ほどかかり、急な雨の用意をして出なかった観光客があちこちでずぶ濡れになっている。
こちらは傘を差して、滝に向かう。
でも間もなく雨は止んだ。

すぐそこが滝かと思ったら、10分ほど歩かされた。
足は疲れているはずだが、なだらかな舗装道路の登りなら、わりと動く。

滝は4段に分かれ、落差は計350mもあるという。
水量は雪解け水が流れる春先よりは少ないのだろうが、さすがにド迫力である。
DSC_8078.jpg
予想通り、滝の水しぶきが遠くまで霧のように飛んできて、カメラを向けるのが躊躇される。

川の水はエメラルドブルー。上流は乳灰色だったが、ここまで来ると随分澄んでいる。
DSC_8090.jpg

少し上の展望台まで行き
DSC_8088.jpg
観光客の親子の写真を撮ってあげた。

引き返してバス停に向かう途中、橋を渡って、八郎坂の石碑と説明板を見に行く。
DSC_8093.jpg
石碑の上、なんとなく右上に道のラインが見える。
立山を登る古道である。

16:15バス停に到着。
DSC_8107.jpg
休憩所があったので、そこで荷物を整理、日帰り温泉に入る道具を上に持ってきたりして詰め直す。

16:40バスは定刻に出発。15分ほどで立山駅に着いた。
ここはすっかり晴れている。

駅のすぐ隣の千寿荘に「入浴できるか?」と聞くと、「入れる」という。
待てよ、ここで入浴はしたとして、今夜はどこに泊まるんだ? 
どこにも予約していないし、1日空いてしまった明日の予定も考えていない。
もう歩き回るのもおっくうなので、ここに泊まることにした。8400円。
幸い、部屋は空きがあった。みな室堂で泊まるのだろう。
DSC_8108.jpg
風呂は温泉かどうか分からないが、独り占めでゆっくり入れた。
さっぱりして、6時から食事。山小屋とは見違えるほどのごちそうだ。
相席したおじさんが「山の人ですか?」と話しかけてきたので、おしゃべりをしながら食事をすることになる。缶ビールは1缶のつもりが2缶になってしまった。

酒田の方というので「鳥海山がとてもよかった」という話をしたら、もう30回くらい登ったという。さすが地元の方。地元の山があるっていうのはいいことだ。
もう仕事はリタイヤしているとのことだが、50を過ぎてから登山を始め、北海道や九州へも車で行ったという。
昨年、白馬に行って北アルプスの景観に魅せられ、それ以降、通い詰めているらしい。
私は反対に、東北の山に魅せられた方だけど。
今回は立山を登る予定で、「剱まで行けるかなあ」と話していた。

こちらは疲れと満腹と酔いで沈没寸前。
ごちそうさまをして、宿のご主人と軽く立ち話。
剱は御前小舎からなら1日で楽々往復できる。ハシゴの渋滞も大したことないという。
今日は剱はずっと天気がよかったし、行けばよかったかなあとも思ったが、行ったら、明日は今日の行程を歩いた後、列車を何度も乗り継いで、所沢まで帰らなければいけない。

これでよかったんだと思い直し、足が伸ばせるベッドに横たわる。
剱は改めてやはり早月尾根から、きちんと登ろう。
3日にわたる立山の旅は、これにて終了。
あすは富山地鉄の乗り鉄をすることにしたので、朝5:39の始発で出発する。
おやすみなさい。

(完)
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11~12月上旬の近況です

立山縦走の連載中ですが、またしても「つぶやき」です。
あ、連載は8回で終了、今日中に多分アップできると思います。
その後の続編、富山地鉄乗り鉄はすこし後回しにします。

連載のせいで最近の山行その他の紹介が滞っていますが、一応項目だけ列記しておきます。

11月10日:碓氷峠アプトの道散策(群馬県)
   11日:青梅散歩(東京都)=アップ済み
   18日:鬼ヶ岳、十二ヶ岳、節刀ヶ岳など(山梨県)
   23日:コンターサークル歩く会で旧天城峠(静岡県)
   24日:万二郎岳、万三郎岳(静岡県)=初めて、おつ山さんとオフ会
   25日:愛鷹山、位牌岳(静岡県)
12月1日:鍋割山(神奈川県)
   8~9日:奥多摩長沢背稜縦走(東京都、埼玉県)

これで今年の山行は46回を数え、「登った山」も289座に達しました。

今週土曜日は雨の予報なので、何回か分まとめて書ければいいなあと思っています。
頑張ります。
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カテゴリ分類してみました

立山縦走の連載の途中ですが、なかなかまとまった時間がとれず、続きが書けません。
1回あたり3時間もかかってしまうので。

すき間時間を利用して、おつ山師匠に勧められた「カテゴリ分類」なるものをしてみました。
やり方が分からないので、試行錯誤でしたが、なんとか方法を発見できました。

今後は北アルプスを増やしたいというのと、「日光周辺の山」を開拓したいなあ。
それと花粉の時期は、残雪の新潟の山々を歩いてみたいとひそかに考えてます。

それから、写真が消えていた初期のブログの復旧を始めました。
「浅間嶺」「三方分山」「パノラマ台」は復旧完了。
この頃は、写真が少ないので、わりと楽ですが、その後多くなってくるので、少々骨が折れそうです。
でも頑張ります。

今夜は、今尾恵介さんや昭文社の方々を中心とした「地図の会」の忘年会があるので、行ってきます。

このブログのカテゴリは「つぶやき」に分類されます。

では!
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立山縦走7

9月16日朝、立山入山3日目に入っている。
本日の目的地は、大日岳(2501m)の頂上直下にある大日小屋。
距離的には楽勝。天気もすこぶるよく、実に気持ちのいい山歩きである。

今朝は剱御前小舎から下りてきて、1時間弱で新室堂乗越を通過。
左手には、昨日登った浄土山から室堂平、さらに下って雷鳥平が一望できる。
DSC_7433.jpg
雄大な眺めだ。

振り返ると、今、歩いてきた道が見える。
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中央のやや右が別山乗越にある剱御前小舎。

眼下の地獄谷からは激しく噴気を噴き上げている。
DSC_7441_20121204142843.jpg
これでは通行止めになるのもやむを得ない。

こちらは雷鳥平から登ってくる道。
DSC_7451.jpg
斜面の尽きたところは獣の爪のようだ。

弥陀ヶ原の向こうに見えるのは日本三百名山の鍬崎山(2090m)
DSC_7457.jpg
そのさらに向こうは白山だが、もう雲がかかってしまった。

さて、いよいよ奥大日岳(2611m)に取りかかる。
DSC_7458_20121204143042.jpg
まずは一つ目のピークを南から巻く。

目指す奥大日も、陽が高くなってクリアに見えてきた。
DSC_7459.jpg

雷鳥平から流れてくる称名川は乳灰色。
DSC_7462.jpg
ヨーロッパアルプスの氷河から流れ出した川の色を思わせる。

左背後には剱岳も顔を見せ始めた。
DSC_7475.jpg
左に長く裾を伸ばす、あの早月尾根を登ると誓ったのだが、早くも気持ちが揺らぐ。

ところどころガレたところもあるが、ハイキング気分の楽しい道である。
DSC_7483.jpg

わわ、これはすごい! 
DSC_7479.jpg
まだこちら(西)側は日陰なので黒いままだが、頂上付近のみ一部白く光っている。

こちらは室堂平より少し低いところに広がる天狗平。
DSC_7489.jpg
背後に屏風のように立ちはだかるのは、天狗山(2521m)。
何だか、どこがピークなのかよく分からない。

左から、浄土山(2831m)、国見岳(2621m)、そして天狗山
DSC_7503.jpg
室堂平や天狗平は、北側がぱっくりえぐり取られているのが分かる。
恐ろしいほどの地形だ。

もう8時を過ぎたが、立山の西斜面はまだ陽が当たっていない。
DSC_7505_20121204143756.jpg

さて次のピークに差し掛かる。
DSC_7508.jpg
今度は2511mのピーク・カガミ谷乗越のすぐ脇を通る感じだ。
黄色く色づいたお椀を伏せたような山で、あまりきつそうには見えない。

奥大日へ向けどんどん西に進むと、蛇行する立山道路が見えてくる。
DSC_7542.jpg

そこにバスがひっきりなしに登ってくる。
DSC_7544.jpg
まだ、8時すぎだというのに、どんだけの観光客を室堂にまき散らそうというのだろう。

8:40、カガミ谷乗越を過ぎると、奥大日本体のどてっ腹をトラバースしていく道が分かる。
DSC_7568.jpg
奥大日岳は手前(右)の高いところが2611mの最高地点だが、その先、中央あたりの突起(2606m)が山頂ということになっている。
昭文社の地図を見ると、最高地点あたりは「踏み跡あり 稜線ルート廃道」とある。
確かに、稜線から直接登る道は廃道になったのか、にわかには見つけられない。
素直に登山道を行く。

左前方には中大日(左・2500m)と大日岳のふたこぶが見えてきた。
DSC_7559.jpg

それにしても、弥陀ヶ原はテーブルのよう。
DSC_7563.jpg
称名川が垂直に削った谷の深さも、よく分かる。

これはまだ逆光のままだが、やっと全容が見えた山崎カール。
DSC_7569.jpg
日本で初めて確認された氷河圏谷だ。

カガミ谷乗越には、ハクサンフウロが咲いていた。
DSC_7580.jpg

乗越を過ぎると、国見岳の向こうに薬師岳や笠ヶ岳も見えてきた。
DSC_7602.jpg

少し下った後、再び本格的な登り。
時折、貴重な日陰があり、休みがてら写真を撮っていると、足の速いおばさんが「槍が見えましたね~」と言われながら、追い越された。
確かに見逃していた。どれどれ
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お~確かに。

こうやって周辺の山を眺めていると、弥陀ヶ原のような平らな広大な空間がここにあることが不思議に思えてくる。
DSC_7615.jpg

驚いたことに、笠ヶ岳の向こうに乗鞍がちょこんと頭を覗かせていた。
DSC_7621.jpg
北アルプスの北の端にいて、南の端の山が見えるとは!
でも、乗鞍は間もなく雲に隠れてしまった。一瞬の僥倖だった。

一旦、奥大日の稜線に出ると、前方に今夜の宿、大日小屋が見えた。
DSC_7623.jpg
赤い屋根がかわいい。しかし、このままじゃあ、午前中に着いちゃうなあ。

この稜線に出たところからまっすぐ前に進むと、いわゆる山頂なのだが、こちらは最高地点をまず目指す。危険ならやめようと思っていたが、何のことはない。
一応、通行止めの表示はあるが、登山道と同レベルのしっかりした踏み跡が続いている。
躊躇なく進む。
正面には剱。
DSC_7625.jpg
なんか文句あっか!っほど、ほれぼれする山容である。

最高地点には分岐から5分もかからず、9:15に到着。
DSC_7662.jpg
ちゃんとした標識まであった。

なんと頂上にはおばさんが二人いて、「下りはこちらでいいの?」とカガミ谷乗越の方に指を差す。
「いや、こちらは廃道のようなので、一旦分岐まで戻った方がいいでしょう」と答えると、納得したように戻って行った。

確かにこの稜線を東に下るのは危険だと思うが、西にある道を通行止めにする理由が分からない。
あまり通行止めを乱発すると、本当に危険なところで無茶をする登山者が出てきかねないので、そのあたりの案配をよく考えてほしい。

それにしても、ここの眺望は抜群である。
東には剱岳はもちろん、剱御前から別山、立山と続く峰々。
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北は猫又山(2378m)と毛勝山(2414m)。そして富山平野と富山湾。
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DSC_7668.jpg

南は天狗平に天狗山、国見岳。その向こうに北アルプスの峰々。
DSC_7647.jpg

西には、奥大日の山頂と、大日岳。
DSC_7661.jpg

雄山の一ノ越に向かう登山道も太陽の光を反射して輝いていた。
DSC_7659.jpg

「散歩倶楽部」なる会が設置した看板の向きを微妙に変えながら、あちこちの写真を撮った。
そして、ここに荷を下ろし、本日初めての本格的な休憩。
エネルギーゼリーを飲み干す。
青年が一人来て、「ここから下れるか」とまた聞かれたので、「戻った方が無難だと思います」と答えた。

10分ほど休んで、自分も来た道を戻り、公認の山頂を目指す。
DSC_7665.jpg
あちらは、ここより5m低い。狭い山頂に人だかりができている。

路傍には、青紫のリンドウが勢いよく咲いていた。
DSC_7630.jpg

コルに池塘があってびっくり。
DSC_7679.jpg

あちらは大日小屋から大日岳への道。10分くらいで登れそうだ。
DSC_7667.jpg

9:35山頂着。最高地点とそう離れていないので、景色はそんなに変わらないが、剱の左肩から白馬が顔を出した。
DSC_7682.jpg
最初は雨飾と焼山かと思ったが全く違った。自分が登った山に見えてしまうのは人情というものだ。

昨日ガスの中で何も見えなかった別山が見えてうれしい。
この山はなめらかな曲線が女性的。しかも草もほとんど生えていないので、全裸女性の趣だ。
DSC_7698.jpg

剱御前と剱の間からも後立山連峰の峰々が見えた。
DSC_7696.jpg
左の高いのは五竜だろうか。

そうそう、これが頂上の標識。
DSC_7701.jpg

そして頂上の風景。
DSC_7715.jpg

振り返って、馬の背のような尾根の左の端が最高地点。
DSC_7712.jpg

ゆっくりする場所もないので、写真だけ撮って出発。
ここから2380mまで、標高差で200m以上一気に下る。
DSC_7729.jpg
DSC_7737.jpg

途中、割れ目みたいなところに池塘があり、その脇を通過。
DSC_7746.jpg

はしご場も通過。
DSC_7765.jpg

下り切ると、今度は急な登り。
DSC_7798.jpg

クサリ場もあった。
DSC_7805.jpg

振り返って見た奥大日。
DSC_7800.jpg
これまで見てきたのと全然形が違う。

一つ目のピークを越えたところで、二人のおばさんを抜いたが、この方々、なぜか足が速い。ぺちゃくちゃしゃべりながら歩いているのに、わりといいペースで歩いている私からほとんど距離が開かない。なんかプレッシャーを感じてしまった。

振り返ると、立山に雲がかかり始めている。
まさか、こっちに影響をすることはあるまいと思いつつ、少々の不安が募る。
DSC_7840.jpg

少々急ぎ足で、二つ目のピークが一段落したところでロックガーデンに至る。
DSC_7859.jpg
しばし、自然が形づくった見事な庭園に見取れていたかったが、さっきのおばさんがすぐに出現したので、あわてて逃げることにした。

なんか今回は景色の紹介ばかりになってしまいましたが、それだけ何事もなく、平和な山歩きをしていたということの証しであります。

つづく
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