山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

烏場山

今年は何だか、ケガや故障が多い。
夏には、頸骨の癒着で左腕がしびれるようになり、上州朝日岳でスリップして小指を剥離骨折、今度は帯状疱疹で右脇腹から下腹まで神経痛になった。

帯状疱疹は子供の頃にかかった水疱瘡のときのウイルスがそのまま体内に潜伏していて、加齢に伴い免疫力が低下すると発症するというものらしい。
疲れやストレスが引き金になるとのことだが、ほとんどストレスレスな生活をしているので、おそらく加齢だろう。

そういうわけで、先週は大人しく超軽めのプランにした。
標高266m。房総半島の烏場(からすば)山である。
この山は内房線の和田浦駅が玄関口なのだが、昨年、内房線と外房線の乗りつぶしに来た時、ここ和田浦に下りて、名物の鯨料理を食べた。
その時に、観光案内所にあった「花嫁街道ハイキングコースマップ」というのを、名前が気に入って入手しておいた。このコースで登るのが烏場山である。

真冬用の山としてとっておくつもりだったが、あまり体をいじめるわけにもいかないので、まだ冬には早いが、行ってしまうことにした。

新宿発の特急わかしお1号の終点安房鴨川から3つ目の和田浦に9:39着。
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体操をして45分に出発。まずは車道を花嫁街道入口まで歩く。
天気は晴れたり、曇ったり。

沿道には、背の高さを競うような生け垣が続く。
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途中にあるうなぎ屋さんの「うな陣」はちょっと怪しい店。
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これだけでも、かなり危ないが、裏にはこんな文字も。
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踏切を渡ると、道は登り坂。
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駅から40分ほどで登山口に着いた。
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花嫁街道はその昔、山間部の上三原集落と海辺の集落を結ぶ生活路で、学校への通学路としても利用されたという。
かつては花嫁行列もここを通ったことから、登山道として整備されるにあたり「花嫁街道」と呼ばれるようになったとのこと。
かつての街道らしく、経文石やじがい水、駒返しなどの地名が残されている。

ほぼ海抜0mからの登山なので、超低山と行っても、260mの標高差がある。
しかも、駅から烏場山までは7kmもあり、思ったより歩きでがある。

花嫁街道入口から第一展望台までは、植林の中、いきなり標高をぐいぐい稼ぐ。
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右手でガサっと音がすると思ったら、ヘビさんだった。
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植林帯が終わると、照葉樹林。南国らしい、ちょっと不気味な森だ。
第一展望台は、展望台というわりには木々が邪魔をして、ほとんど展望はない。
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なので、通過。

ここからしばらく、切通っぽい道が続く。
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第一から500mほどで第二展望台(標高202m)。
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木の根が激しい。

ここからは和田浦の町並みの向こうに太平洋が望める。
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ベンチでしばし休憩。
こんもりした照葉樹林の丘陵が連なる。
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この先はマテバシイの林。
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なかなかの密林である。
これはマテバシイのどんぐり。普通のより少し尖っている。
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この林を通り抜けると、木々の間に烏場山らしき稜線が見えた。
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展望台から400mほどで経文石。
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かつての道は岩の下を通り、50年ほど前までは見上げると、かすかに梵字が読み取れたそうだが、風化が進んで今は見えない。
現在、道は岩の上を通っているが、ヤブをこぎ、クモの巣を払って、下まで行ってみたが、やはり梵字は見えなかった。
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じがい水は「自我井水」と書き、かつては山中のかくし田の水源として使われたらしいが、清水らしきものは見当たらなかった。
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このあたりまで来ると、時々、右手の展望が開ける。
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あれは、千葉県の最高峰・愛宕山(408m=全国最低)。
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遠くを船が行く。
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駅から2時間以上かけて、山間の集落への分岐・駒返しに至る。
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ここで、海辺から来た馬は山の馬とバトンタッチして、引き返したということなのだろうか。

12:20、見晴台に到着。
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ここからは正面に太平洋が望め、ベンチがたくさんある。
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ここでお昼にする。おにぎり2個。

マップによれば、ここにトイレがあるはずなのだが、トイレ跡さえ見当たらない。
仕方ないので、陰でする。

ここから間もなくの第三展望台では始めて北側の展望が開け、五十蔵の集落が見下ろせる。
なんだか桃源郷のようだ。
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そして最後の急坂を登り切ると、烏場山山頂。12:55。なんと駅から3時間以上もかかってしまった。
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山頂はそれほど広くはなく、その縁をベンチがすき間なく囲んでいる。

山頂にいは誰もいなかった。
この日会った登山者は4人だけ。紅葉にはまだ早いし、花の季節でもないこんな時期に来る人はめったにいないのだろう。

ここからは南北の眺望が楽しめる。
左の双耳峰は富山(350m)、その右奥は伊予ヶ岳(337m)だろうか。
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こちらは海側。手前は大塚山(175m)かな。
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千倉方面の海も遠望できた。
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烏場山は「新日本百名山」「房州低名山」ということになっている。

さて、下山。もう1時を過ぎたので、予定していた14:33の電車には間に合いそうにない。急がず、1時間後の電車にする。
ここから先は「花婿コース」ということになっている。
別に、この道を花婿が歩いたということではなく、あっちが花嫁なら、こっちは花婿、と名称を付けただけだろう。
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1kmほど下ると、標高236mの旧烏場展望台に出る。
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「旧」の意味するところはよく分からない。

ただ、ここからは烏場山の形がはっきりと見えた。
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さくさくと下っていくと、見晴台(171m)に出る。
道は単調だが、こうして随所に見どころを用意してくれると、めりはりがついて嬉しい。
見晴台の手前で、もう1回、烏場山を望むことができた。
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見晴台では正面に大蔵山。
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さらに下ると、金比羅山(121m)。
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マテバシイの山である。

頂上直下に小さな祠があった。
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あたりに瓦が散乱しているところを見ると、かつては社殿もあったのだろう。

すぐ下には、なんと六脚の鳥居跡があり、篤い信仰を集めていたことを伺わせる。
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その下には手水鉢。
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あまり風化していないので、大正くらいのものかと想像したが、なんと文政七年とある。。
たぶん、この祠が金比羅さんなのだろう。

このあたりで滝の音が聞こえてきた。なかなかの音量である。
しばらく急坂を下ると、黒滝に出た。
黒と言うより茶色い。水は濁っていて、必ずしもきれいではない。
前日までの雨のせいだろうか。
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滝のそばには、向西坊入定窟なるものがあった。
向西坊はもともと元助といい、赤穂浪士の1人・片岡源五右衛門の家臣だった。
元助は切腹した四十七士の菩提を弔い、向西坊と名乗って全国を行脚、黒滝が気に入って、この地に住み着いたという。晩年、天命を知ると、滝のそばの岩窟に入り、食を断って念仏を唱え、入定したとのことである。時に1732年のことであった。
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向西坊はこんな歌を詠んでいた。
「折々も濁りもやせん黒滝の水も浮世の中を流れて」
当時から、時々は濁る滝だったらしい。

長者川の縁に作られた道をたどって
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里に出たところが「はなその広場」。
この先400mで花嫁街道入口に合流。来た道を戻る。
駅には15:10に到着。歩行距離13.5km。
ハイキングにしてはそこそこハードだった。
海がもう少し青く見えたら言うことなかったが、なかなか新鮮な山行だった。
帰りは、館山経由、新宿さざなみ4号で帰宅した。

【コースタイム】
和田浦駅(9:45)~花嫁街道入口(10:25)~第二展望台(11:00休憩15分)~駒返し(12:00)~見晴台(12:20昼食20分)~烏場山(12:55休憩5分)~見晴台(13:45休憩5分)~金比羅山(14:10)~黒滝(14:25)~和田浦駅(15:10)=歩行4時間40分
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杓子山

高校の同期N君からメールをもらった。
今度、東京に行くんだけど、関東近辺で手頃な日帰りの山ないかい?
彼は北海道在住。去年から山に取り憑かれ、私と同様、毎週(のように、ではない)登っている。
とりあえず、丹沢とか奥多摩、中央線沿線の山をいくつか挙げたが、どうせなら一緒に行こうということになった。

内地デビューということなので、やはり富士山が見えるところがいいだろう。
富士五湖周辺まで行くと、その日のうちに羽田空港に戻るのは、ちょっときついかな。
なんて、いろいろ考えて、中央線沿線の扇山(1138m)に決めた。
日取りは10月14日と決定。前の週の8日には、みんなと一緒に余市岳に登ることになっているので、彼とは北海道と内地で2週連続、同行することになる。
高校の時はほとんど話したこともなかったのに、不思議なものだ。

ただ、9月29日に扇山のすぐ北にある権現山に登って気が変わった。
上から眺めてみて、頂上の展望はあるらしいが、ずっとその前後は樹林帯。
初めてのお客さんをご招待する山としては、少々サービスが足りない。
どっか別のところを探すことにして、前日のうちに近くに宿をとっておくつもりだという彼には大月を指定した。
ところが、大月はどこもいっぱいだというので、仕方ない、さらに奥の富士吉田に取ってもらった。

こうなると、もう富士五湖周辺しかない。
結局、杓子山をメインとした縦走コースにした。
忍野八海で有名な忍野村の鳥居地峠から高座山を経て、杓子山、その先は鹿留山に軽く出張ピストンして、立ノ塚峠から下山するというルート。
南側が開けているところが多いので、富士山の展望を何度も楽しめる。
帰りは忍野温泉で汗を流す。我ながら、なかなかのプランだ。

鉄路で行くか、車で行くか最後まで迷ったが、現地でのタクシー利用が1回で済むという理由で、結局、もう20年近く乗っている愛車のタウンエースで出かけた。

N君とは富士吉田市内のコンビニで待ち合わせ。7時20分ごろ合流した。
富士山はよく見えているが、曇の予報。実際すでに中腹に雲が湧いている。
鳥居地峠(約1000m)には10分ほどで到着。
ここで車を駐めている人もいるが、我々は行けるところまで行く。
途中、急勾配の砂利道で登れなくなり、一旦バックして4駆に切り替え、なんとか登山口(約1060m)までたどり着いた。
体操をして7:45出発。
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5分ほどで樹林帯を抜け、ススキの揺れる明るい道に出る。
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正面は第一関門の高座(たかざす)山である。

相棒のN君も振り返って富士山を眺める。
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あとは黙々とカヤトの道を行く。
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眼下には忍野の町並み。
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途中から道はかなり急になり、滑らないように登るのが大変。
ロープが頼りだ。
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油断していると、富士山が早くも隠れてしまった。
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まあ、この後、何度も出たり隠れたりするのだが。
快晴だと、もっと鮮やかな富士山をプレゼントできるのだが、天気は私のせいではない。
それと、季節的に富士山らしい雪渓がほとんど見えないのも、少々申し訳ない。
この5日後、19日には真っ白に冠雪したのだが。

標準タイム45分のところ、35分で高座山(1304m)に到着。
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なかなか好調だ。
ここからは再び富士が顔を出してくれた。
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しかし結構な登りだった。しばし休憩。
まもなく、単独のおじさんが登ってきた。彼は「山頂には群落になっていると思ったのに、ちょぼちょぼですね」という。何の花のことを言っているのか、はっきり分からなかったが、「そうですね~」と相づち。
この人は背もたれのあるクッションマットを取り出して休憩。なかなか楽ちんそうだ。
私は簡易イスを組み立てて座っていたが、N君は興味津々。
「それって、制限体重、何㌔?」
袋を見たが、書いていない。
イスをしまうと、「案外、小さくなるんだな」とつぶやく。
確かに、これは便利な代物だ。座布団マットのように地面にどっかり座るより、足が楽。
新幹線が混んでいる時も、デッキで座ることができる。
重量級でも大丈夫なのがあればいいけど。

10分ほど休んで出発。いったん大権首(おおざす)峠(まで下る。
だんだん日が差してきた。
まだまだ紅葉には早いかなと思っていたが、案外少しずつだが色づいてきていた。
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鉄塔をくぐると
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富士吉田の町並みや三ツ峠山が望めた。
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大権首峠(約1335m)には35分ほどで下ってきた。
ここから左に折れると、不動湯を経由して富士吉田に至る。
我々はもちろん直進し、杓子山に向かう。

峠にはモノレールがあり、何に使うのだろうと首をひねっていたら、間もなくハンググライダーの離陸場があった。なるほど、グライダーの資材を運ぶためのものだったのだ。
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ここは地元の忍野スカイスポーツ倶楽部というところが運営しており、教官と一緒に初心者でもフライトすることができるそうだ。
体験飛行の料金は大人で16380円とあった。
標高1350mのここから離陸して、着陸場までふつうなら5分ほどだが、上昇気流に乗ると1000mも上昇して、1~2時間のフライトが楽しめるという。
乗ってみたい気もするが、今はその暇があったら、山を歩く方がいい。

途中、ヘビと遭遇。
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様々な表情の富士を愛でながら
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標準タイム通り、大権首峠から40分、9:40に杓子山(1598m)に到着。
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ベンチでのんびり休憩。富士山はすっきりとは見えないが、晴れて気持ちがよい。
山中湖が石割山から続く稜線の向こうに見えた。
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ここで、N君は大福を、私はチョコをいただく。

なかなか順調なので、予定を変更。立ノ塚峠から下りるのは止め、加瀬山を経て、二十曲峠まで足を延ばすことにする。このペースだとお昼を食べないうちに下山できてしまうからだ。その代わり、二十曲峠にタクシーを呼ぶことにした。

20分ほど休んで10:00に出発。
正面に鹿留山への分岐にあたる子の神が見える。
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この先はわりとなだらかな道だ。
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N君に北海道の山と印象が違うかいと聞くと、「いや、あまり」と答えた後、「でも、この標高でこんなに木が生えていることはないな」と言い直した。
確かに、1600mというと北海道ではいっぱしの高山。
標高1000mちょっとで森林限界になるから、そういう意味では新鮮かもしれない。

振り返ると、黄色く色づいた杓子山。その向こうに連なるのは御坂山塊だろうか。
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30分弱で子の神(約1640m=本日の最高地点)を通過。
立派なピークなのだが、標識はこんな調子だ。
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ここから、ちょっぴり寄り道。鹿留山(1632m)までピストンする。
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ただし、ここは全く展望が利かないので、写真を撮っただけで退散。
でも、空はこんなに青い。
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子の神までの道で、結構な重装備の青年とすれ違う。
彼はどういう歩き方をしているのだろう。ちょっと興味が湧いた。

子の神に戻って、立ノ塚峠(1233m)への道は長い長い急な下り坂。
標高差400mを一気に下るから、ロープ場も何か所かある。
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ただ、富士山がようやくその全容を現してくれた。
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これが秋の富士山である。
ほとんどシルエットと変わらない。

どこで話したか忘れてしまったが、N君の標高差の物差しは、札幌の山である藻岩山と円山だそうだ。あと200m登らないといけない時は「円山ひとつ分だな」と考えるらしい。
500mなら「藻岩山に登ればいいんだ」とか。
面白いと思った。同じところにほとんど行かない私は、残念ながらそういう物差しを持てていない。
ひたすら数字だけだ。

鹿留山から1時間近くかかって、11:35、やっと立ノ塚峠まで下ってきた。
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忍野へ下る道は美しい木のトンネルになっている。
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もうお昼の時間だが、何も見えないくぼ地で食べるよりは、何も見えなくても山頂がいい。
もう少し頑張るか、と言ってそのまま進む。
なだらかな歩きやすい道だ。
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途中、左後方に御正体山
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左前方には石割山が見えた。
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昼前に加瀬山(1275m)に到着。
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ベンチも展望もない林の中の山頂だったが、迷わずここで昼食にする。
私はおにぎり2個と飯豊連峰の残りのにゅうめん。

ここでは、2年後に迫った高校の同窓会幹事期のことを少し話した。
「温泉にみんなで行くなら、懇親会の翌日ではなくて、その日のうちに移動してしまった方がいいんじゃないか? 一旦家に帰ってまた出てくるの面倒じゃん」
「なるほど。じゃあ、その企画をやった23期にどうしたか聞いてみるよ」
実は、懇親会のあと、箱根に行って、夜はゆっくり温泉で酒を酌み交わし、翌日はそれぞれ山歩きやゴルフ、観光と好きなことをして楽しもうという計画を練っているのだ。
第二の修学旅行ってわけ。

タクシー会社に電話して、12:20に出発。1時に二十曲峠(約1150m)来てもらうことにした。
だらだらと下って、12:50に到着。
ここは富士山眺望の名所らしい。富士八景に指定されている。
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鹿留山は1713年に木材伐採の入会地として許可されたとのことで、以来、この峠は村の住民が朝な夕なに通う道となり、大山祇神社が祀られたという。
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鹿留山から引かれた清水も豊かに流れており、ハイカーの拠点にもなっている。
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顔を洗って、喉を潤したところで、タクシーが到着。
鳥居地峠まで戻ってもらう。
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ここから先、愛車が置いてあるところまで悪路をタクシーに行ってもらうのは心苦しい。
N君にはここで待っててもらい、10分ほどの林道を登る。
無事、愛車はあった。
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忍野温泉へは少々迷ったが、N君がスマホでナビをしてくれて、無事到着。
お客さんは誰もおらず、2人だけで独占し、のんびり浸かった。
彼は高校・大学と空手をやっていたが、社会人になってやめた途端、体重が増え始めたんだそう。
でも、山を始めて10㌔痩せたらしい。私も同じだ。

2:45、富士山駅に彼を送り届け、お別れ。
6時過ぎに帰宅した。

今日の山行は5時間ほど。ほとんど歩くペースも同じで、お互いそんなに気を遣わず、わりと勝手に歩いた。ともに、そうぺちゃくちゃしゃべる方でもない。
淡々とした、でも何だかほのぼのとした山旅だった。
彼とは28日にまた北海道の山を登る予定。山頂付近はもう雪だろう。

【コースタイム】
登山口(7:45)~高座山(8:20休憩10分)~大権首峠(9:00)~杓子山(9:40休憩20分)~鹿留山(10:35)~立ノ塚峠(11:35)~加瀬山(11:55昼食20分)~二十曲峠(12:50)、鳥居地峠(13:15)~登山口(13:25)
=歩行4時間25分
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余市岳

北海道の仲間たちが10月8日、3連休の最終日に秋の遠足を企画した。
行き先は余市岳(1488m)。ゴンドラを利用して、往復3時間半のハイキングである。
「Kくんには物足りないかも」とのお知らせだったが、みんなで登るなら「軽め」の方がよい。
北海道は10月の連休が紅葉の最盛期。とても魅力的だ。
しかし、8日には娘の成人式の前撮りの予約を入れてある。

なのに、このブログを書いているということは、そう。行っちゃったのである。
前撮りは前日に変更、最終便で千歳に飛んだ。

ホテルに迎えに来ていただき、円山公園駅に一旦集合。
キロロスキー場のゴンドラ乗り場に着いた時には、仲間が連れてきた友人も含め18人の大所帯にふくらんでいた。
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仲間はみな高校の同期で、私を含め13人(男6人、女7人)。東京からの参加が2人、名古屋からが1人。いずれも49もしくは50歳である。
うち、名古屋から参加したY子は、前日札幌マラソンでハーフを走り、2時まで飲んでの参加。とても人間業とは思えない。

9時半にゴンドラに乗り、10分ほどで頂上に。
これで標高は600m稼いだことになる。このゴンドラは一旦谷に下るところが面白い。
ただ、今年は残暑が異常に厳しかったこともあり、まだ紅葉には早い印象。
でも、上に登るに従い、黄色い葉っぱが増えてきた。

標高1180mの頂上駅に降り立つと正面に余市岳。
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今日はあそこまで登るのだ。

右に目を転じると、羊蹄山が顔をのぞかせていた。かわいい。
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羊蹄山は蝦夷富士と呼ばれるが、全国各地にある○○富士の中で最も富士山に似ていると思う。

あちらはニセコ連山。
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そしてこちらは積丹の山々。
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どれも新鮮。それにしても、快晴。最高の天気だ。

まずは余市岳をバックに全員で記念撮影。
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一応、顔があまり分からないよう、小さめのものをアップしました。

山は正面にあるのに、道は後ろから回り込む。
「おまえ、なんで道分かるんだ?」
「地図持ってるから」
いつもの通り、首から地図ケースをぶら下げていたら、「隊長」に祭り上げられ、先頭を行くことになった。9:45出発。

最初は背の高いササの道。
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これを延々と、2kmほど歩く。
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ササの背がけっこう高いので、あまり展望が利かない。

その代わり、出発してすぐの場所に展望所がある。ここからは石狩湾が一望でき、余市方面の海岸も見えた。
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時々、ササの背の低くなったところで、余市岳が姿を現す。
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時折、真っ赤な紅葉とも出くわす。
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幸せな気分になる。

一面のササの海の中に、赤い小さな島が浮いている、こんな風景は内地では見たことがない。
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美しいなあと思う。

路面は所々湿っていて、必ずしもよくはない。
やっとここが距離的には中間地点。40分で着いた。
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間もなくゴンドラを使わずに登ってくる旧登山道との分岐に出る。このあたりが見晴台。
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ここからは定山渓方面の山々が望める。
いずれも登ったことがないので、きちんと特定はできないが、これは無意根山(1460m)。右は中岳(1388m)であろう。
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これは尻別岳。
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これは、札幌岳(1293m)、空沼岳(1251m)方面だが、その向こうにトトロの耳のように見えるのが恵庭岳(1320m)だろう。
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そして、左のとんがりが天狗岳(1145m)、右手前は毒矢峰(885m)
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その昔、アイヌはトリカブトの毒で矢を作り、狩りに使ったという。
戦国時代には、松前氏の兵としても参加し、その毒矢が重宝されたらしい。
地図で名前を見て、そんなことを思い出した。

標高的には100mちょっとしか登っていないが、もう1時間近く歩いたので、ここでしばし立ったまま休憩。
私はもう少し先にちゃんと休める場所がないか、斥候として偵察に出たが、何もなくすごすごと戻る。

15分ほど休んで出発。ここから、一旦40mほど下る。
下りながら、正面にこれから登る道が見える。
みんなから「あそこを登るのかあ」というため息ともつかない歓声が上がる。
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振り返りながら登ると景色がよさそうだ。

下り切ったところが定山渓への分岐。
あちらは全くササが刈られておらず、歩くのは困難と見られた。
一応、上から眺めるとルートはたどれるのだが。
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さて、ここからが今日の本番。標高差250mを一気に登る。
振り返ると、さっき下った道がこんな風に見える。
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これが北海道の山だ。

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初夏まで雪田が残っているであろうくぼ地は真っ赤に燃え上がっている。
なんという植物なのだろう。

あれは朝里岳(1281m)。
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登山道はないから積雪期にしか行けない。
真冬でも天気さえよければ、スキーの延長で行って帰って来れそう。
そのまま南側の札幌国際スキー場に下っていけそうだ。

どんどん登ってくると、さっき歩いて来たところが、広大な高原だったことが分かる。
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地形図を見ても、10mの等高線の幅が5mm以上あるところもある。

後ろから、スト~~ップの声がかかる。
いけない、いけない、ついつい登り続けてしまった。
あまり登り慣れていない仲間もいるので、途中何回か休憩。
そのたびにこちらは撮影タイム。
朝里岳の左からアンテナを林立させた手稲山が見えてきた。
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大雪と思しき峰々(上)や石狩湾の向こうに暑寒別の稜線も遠望できる(下)。
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眼下にはかわいらしい池塘も。
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急坂を上り切ると、ハイマツの緩やかな登りとなり
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頂上はまもなく。

しかし大勢の人が休んでいる場所はニセピーク。頂上はまだ300m先。
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ここも展望がすばらしいが、とにかく本当の頂上を目指す。
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そして12:00ジャスト、山頂に到着。
「ごくろうさまでした」と標識にあった。
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ここでもちろん全員で記念撮影したが、アップは自粛します。
南には羊蹄山が望めたが、頂上は惜しくも雲の中。
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頂上は台地状でニセピークと標高はそんなに変わらない。
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ここは狭いので、ニセピークに戻って昼食にする。
さっきいた登山者の方々はおおかた引き上げたので、我々18人が座るスペースは確保できた。
南に向かって座り、みんなとそれぞれお菓子やみかんなどを分け合いながら、わきあいあいと昼食。
グループで登る時は、やはりこれが楽しい。

話題は、底の平たい靴で登ってきたM君のこと。
7月の雨竜沼にも同じ靴で来ていた。あの時、みんなに「それじゃだめだ」と言われたのに、今回も「前回より楽だと聞いたから」と言って、そのまま来ちゃったのだ。
雪のないスキー場の芝生のようなところを歩くつもりだったらしい。
みんなで大笑いした。
でも、その靴で足の裏も痛くならずに歩けたのは大したもの。素質があると思う。

このニセピークには、1963年(私の生まれた年)に22歳(もしくは23歳)で遭難死した学芸大学生の大きな慰霊碑があった。
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今では、こんな大きなものを設置するのは許されないであろう。
亡くなった山川松巳さんが、みんなの安全を見守ってくれているような気がした。

正面の景色をよくよく見ていると、噴火湾や洞爺湖もかすかに見えた。
そしてはるか先に駒ヶ岳らしき山も。実に贅沢な景色である。

おにぎり2個、ゆで卵1個、みかん1個、その他お菓子を食べて、30分ほどで出発。
現在12:45。ゴンドラの最終は14:30とのことで、2時間かけずに下らなければいけない。

おしっこがしたいから急ぐと言う女子に付き合い、集団から離れて3人で下る。
登山道沿いはササとハイマツなので、ヤブに入って用を足すのはまず無理。
ゴンドラの駅までは1時間半ほどかかる。
尿意を我慢していると、せっかくの山を楽しめない。
どうにかして場所を見つけてあげたい。
今日はピストンなので、登ってきた道を一生懸命思い出す。
そうだ! 1か所、大雨の時に沢になってしまうような岩場が登山道から逸れてあった。
あそこを少し下れば、誰からも見えない。
そこなら10分で着く。思った通り、絶好のおしっこ場で、彼女を救ってあげることができた。

その後はみんなと合流。今度はしんがりになって下る。
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単独で歩いている時は、団体さんに追いついて自分のペースと違うとイラっとするが、同じグループだと全く感じない。そういうものかもしれない。

定山渓方面への分岐に着くと、「おまえはこっちだよな。じゃな」と手を振られてしまった。
私はピストンが嫌いで、同じ場所には下りない主義だということが知れ渡っているらしい。
しかし、とてもあの道は行けないので、許してもらった。

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北海道は白樺の木がやはりポイントだ。

ササの道を黙々と歩き、14:20にゴンドラ駅に到着。
何とか間に合った。
とくに事故もなく、実に楽しい遠足だった。
ハードにガシガシ登るのだけが山歩きじゃないことは分かっていても、1人だとついつい頑張ってしまう。
こういう山歩きをすると、また別の喜びを発見できる。登山の幅も広くなる気がする。
また、ちょくちょく遠足がしたい。

帰りはふもとのピアノホテルでキロロ温泉につかり汗を流して、帰札。
夜はすすきので反省会。「山と鉄」ならぬ「山と靴」で大いに盛り上がりました。
みなさん、ありがとう。
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権現山(山梨)

9月最後の週末は日曜日の天気が不安だったので、土曜日だけの日帰りにした。
久々にちゃんと富士山が見たくなり、山梨の権現山を選んだ。
この縦走も「登った山」を稼げる。
東から西へ縦走すると、二本杉山、二ツクラ山、寺ノ入山、雨降山、権現山、麻生山、三ツ森北峰、大寺山、小寺山と9つも制覇することができる。でへへ。

登山口の用竹までは中央線の上野原駅からバスが出ている。
始発は8:08。しかし、上野原着の直近の電車が8:08着。
なんで、そんな時間にバスの時間を設定するのか、わけが分からない。
たぶん、8:08着の電車で来た人も待っていてくれるつもりなのだろうが、乗る方としては不安だ。
なので1本前の電車にした。今回もそれで成功した。
トイレに行きたくなったからだ。
それにしても、高尾で乗り換えた小淵沢行き普通電車には高校生が大量に乗り込み、座れなかった。そしてほとんどがこの上野原で下りた。
東京から山梨の高校に通っている人がこんなにいるのだろうか。

バスは10分ほど遅れて発車。山梨富士急バスである。車内は登山者で満員だ。
運転手さんは親切な方で、沿線案内などしてくれる。
昨日は雨が降ったので、足許には十分注意してお歩きください、などとアナウンスも。
用竹で下りたのは意外にも私ひとり。
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え、権現山の登山口はここじゃないの? と不安になってて、山地図を見たら、さらに奥の初戸というところで下りると、40分ほど節約できるようだ。

体操をして8:40に出発。車道を数分歩くと、権現山の登山口だが、ここは通過。このまま車道コースを行く。
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今野、墓村など古そうな集落を見たいからだ。

所沢は晴れていたのに、山梨は曇っている。
前夜は激しく降ったようだが、これから晴れてくるのだろう。

今野集落には、青いトタン屋根のお堂があった。
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彼岸花が咲いている。

東、聖武連山の方には雲がたなびいている。
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墓村にも古い家があった。
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登山口には9:15到着。ここから竹林に入る。
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ここはかなりマイナーなルートらしく、道が悪い。
しかも、ここ数日誰も歩いていないのか、クモの巣がひどい。
糸が細くてあまり目立たないので、すぐ引っかかる。
木の枝を拾って、前で振り回しながら歩いたが、それも疲れる。
この日はずっと雨降山から権現山の短い区間を除いてずっとクモの巣に悩まされた。

道はやがて植林帯に。
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花よりも、もうキノコが盛りである。
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9:35、尾根から来た登山道に合流。ここからずっと尾根筋を歩く。
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間もなく、左手、南側が開け、丹沢連山が望めた。まだ雲がからんでいる。
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この後は権現山頂上まで、ずっと樹林帯で、展望は全く開けなかった。

ただ道はなだらかで歩きやすい。
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二本杉山(909m)を10:05に通過。
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二本杉と呼べるような杉は見当たらなかった。

次の二ツクラ山(960m)はピークを巻いているようなので、道をはずれて表示を探したが見つからなかった。
たぶん、このあたりだ。
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10:35、寺ノ入山(1028m)通過。
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このあたりは、徐々に徐々に標高を稼ぐという感じで、とても楽だ。

雨降山(1177m)はどこがピークか判然としないが、電波塔が3~4基立っている。
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たぶん、この辺だろうと当たりを付けたが、そこには何の標識もなく、少し下った玄房尾根との分岐点に「雨降山」との表示があった(11:05)
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ここも展望は全くなかった。

まもなく、すみれの丘という北側が開けている場所に出る。
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5月上旬頃が見頃だそうだ。

北には先々週歩いた三頭山から笹尾根が望めるが、雲で稜線は隠れている。
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もう11時を過ぎ、いい加減休みたいのだが、座る場所がない。
これは権現山まで休憩を取らずに登るはめになりそう。後が怖い。

11:40、休むべき場所を見つけられないまま、とうとう頂上直下の神社に着いてしまった。
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この神社は、王勢籠神社といい(読み方は不明、山地図には「大ムレ権現」とある。これで「おおむれ」と読むには無理があるが・・・)、由緒書きによると、なんでもこの神社には神犬が75匹いて、この犬を頼めば、盗難や火事を防ぐことができるという。
近隣の人々は名主の家を訪ね、札を請えば、神犬は必ず来てくれる。姿は見えなくても、来る予定の日に飼料を供えておくと、食い尽くされてしまうそうである。
由緒書きの文章はあまり上手ではなく、意味がとりにくかったが、おおむねこういうことであろう。
ふもとの野田尻に犬嶋神社というのがあり、旧甲州街道の犬目峠も近い。
このあたり、歴史的に犬と関係がありそうである。
それにしても、この社殿にはやたらと、宮司鈴木正男の掲示があった。

さて、これまではずっとなだらかな道だったが、ここからは標高差60mの急登。
とはいえ、5分ほどで到着。
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ここからは南にずどんと富士山が見えるはずなのだが、なんと雲の中。

北の正面は前々週に登った三頭山の堂々たる姿が見える。
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これはおそらく三頭山から延びる笹尾根の先にある生藤山(990m)。
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その向こうには、関東平野が霞んでいる。
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こちらはさっき通過した雨降山。
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本当は雲取山や大菩薩嶺、甲武信岳なども見えるはずなのだが、みな頂上は雲の中。
たぶん、これが雲取。
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こちらは甲武信。
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少々悔しい思いをしつつ、初めての休憩で昼食とする。
ここだけ、日が当たって暑い。
コンビニのおにぎり2個いただく。
撮影時間も含め、25分休んで出発。

60mほど下ると、浅川峠を経て扇山(1138m)に至る道への分岐に出る。
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この先はまた、ゆるやかなアップダウン。
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権現山から45分で麻生山に到着。
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相変わらず、展望はないが、素朴な木の標識に満足して通過。

権現山の西側も、東側と同じような平坦な道だと勝手に思い込んでいたのだが、大間違い。
かなり振幅の激しいアップダウンだ。
地形図で確かめたいところだが、なんとここから西の地形図「七保」を折角買ったのに、持って来るのを忘れてしまった。

下りの途中、大きなカエル君と出会った。
図体がデカイだけに動きがとろく、しっかりと写真に収めることができた。
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下りきったところが尾名手峠。
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標識はこんな有り様。

この先、三ツ森北峰までは岩場もある登り。
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北峰には13:35に到着。ここからは、大月から富士吉田に向かう街道沿いの集落が望めたが、富士山はまったく見えない。
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なぜか、鏡がかけてあった。久々に自画像。
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これは、扇山である。
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一応、丹沢方面も見えた。
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ここも撮影のみで通過。

鋸尾根を左に見送って、がくんと下り、また一気に80mほど登る。
2:00大寺山。
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ここは展望がないので、また通過。
だらだらと下っていくと、林道の終点に出た。
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おかげで歩きやすくなったのだが、この林道は山地図にはない。
地図にある林道は、すこし北にずれており、今目の前にある林道が、地図上の林道に続いているのなら、この林道を歩き続けると、もう一つ登らなければいけない小寺山からは離れてしまう。

注意深く歩き始めたが、この林道はずっと尾根筋に沿っている。
安心して歩いていたのだが、今度は小寺山がどこか分からない。
登山道はこの林道に吸収されてしまったようで、本当の尾根には道がない。

このあたりだろうと当たりを付け、あたりを見回すが、「火の用心」の標識しかない。
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しかし、地形的にはここしかありえないと判断。
小寺山も制覇したことにする。
あとはこの先にあるはずの西原峠の分岐で左に下れば、松姫鉱泉に出られる。
バスの時間は16:10なので、15:30くらいまでに着けば、風呂にも入る時間がある。現在、14:20。何とか間に合うだろう。

そう思って、さくさく林道を下っていたのだが、分岐がないまま、林道は右へぐるりとカーブし、目的地とは反対の方に行ってしまう。
あれ? とりあえず、林道を離れて、しばらく尾根を直進してみたが、明瞭な踏み跡はなく、引き返す。

山地図では、林道がカーブする手前に西原峠がある。
さては、ここまで来るまでに見逃したのか、と林道を離れ、わざわざ尾根筋を通って引き返す。
15分ほど戻ったが、分岐らしきものはない。
う~む。どうせ、この斜面を下れば、鉱泉に通じる道に出るのだから、道はないけど、行っちゃうかあ、大したヤブじゃないし、という気分ももたげたけど、やはり危険なので止めた。

さて、どうする。
林道には1台、山作業の人の車が駐まっているとことからして、この林道は相当荒れているが、廃道ではない。
道は分からなくなったが、遭難したわけではない。
この林道を下っていけば、目的地とは逆の、バスも通っていない里に出てしまうが、もうそうするしかない。

山地図ではこの林道は人里まで通じていないが、車がある以上、そんなことはない。
県道までは目見当で2時間ばかりかかりそうだが、覚悟して歩き始めた。
この行ったり来たりで25分ほどロスしてしまった。
それにしても、この林道はひどい道だ。
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さっきの車は本当に、ここを通ってきたのだろうか。
もしかして、別の道があるのではないか。
そんな疑念を抱きつつ歩いていると、林道はもう1回左にカーブし、下ってくる左の尾根と接近、とうとう合流した。そこに、なんと松姫鉱泉への標識が出てきて、左へ下る道もあった。
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もしかしたら、こんなこともあるかと期待していたのだが、おそらく山地図は縮尺が小さくて、あのカーブまで表現できなかったのだろう。
地形図を忘れたことを後悔したが、帰宅して見てみたら、地形図には林道の表示が全くなかった。平成19年修正の地図なのに。

鋸尾根から西はほとんど歩かれていないのだろうが、あの道は誰もが混乱する。
地形図があっても同じように迷っただろう。
松姫鉱泉への標識をせめて、あのカーブにもう1個設置してほしい。
やはり、低山の方が道迷いは生じやすいと実感。
林道が延伸されて、登山道をつぶしてしまったのだから、そのあたりはきちんとして欲しいものだ。

とにかく助かった。ここから標高差550mを一気に下る。
時間は15:05。標準タイムは1時間なので、バスには間に合いそうだが、それだと風呂には入れない。次のバスは18時台。それだと時間が余りすぎる。
風呂に入ると、タクシーを呼ばなくてはならない。5000円くらいの出費になる。
どうしよう、そんなことばかり考えて下った。

長い長い下りを、やっとのことで下りきると、立派な石の道しるべがあった。
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右は秩父、小菅、左は西原とある。
明治くらいまでは、この道は生活道路だったのだろう。

川を渡って、松姫鉱泉に着いたのは午後4時。
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結局バスは諦めた。こんな汗だくの体で人前には出られない。
風呂は狭いが独り占めできた。
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タクシーを5時に呼び、猿橋駅まで行く。4400円かかった。
17:38発の高尾行きに乗って帰宅。
あまり展望に恵まれず、道迷いもあって散々な山行だったが、ちゃんと下山できてよかった。
ただ、さすがに樹林帯ばかりは懲りたので、翌々週予定していた扇山はやめた。
北海道から内地デビューの友人が来るので、途中ももっと展望のよいところにしよう。

【コースタイム】
用竹(8:40)~登山口(9:15)~二本杉山(10:05)~寺ノ入山(10:35)~雨降山(11:05)~権現山(11:50昼食25分)~麻生山(13:00)~北峰(13:35)~大寺山(14:00)~(道迷い25分)~西原峠(15:05)~松姫鉱泉(16:00)=歩行6時間55分
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三頭山・笹尾根

飯豊連峰縦走による心身にわたる疲労のため、翌週は日帰り登山にとどめた。
というわけで、9月9日は、奥多摩三山のひとつ三頭山(1531m)である。

山歩きを始めた頃、三山のうちの二つ、大岳山(1267m)と御前山(1405m)はたて続けに登っているが、三頭山だけが残っていた。
ふもとに広がる都民の森へのバスが出ているうちに行ってしまうことにした。

新所沢を6:54発の電車で出発。
8:22発の都民の森行きバスに乗るには、6分前に武蔵五日市駅に着く電車があったが、それではバスに座れないと思い、1本前ので着くようにした。
それだと20数分も待たなくてはいけないが、やむを得ない。

バス停に着くと、案の定すでに20人近くの人が並んでいた。みなトレランの人だ。
バスは結局2台増便され、3台で出発。それでも座れない人がいたようだ。
奥多摩ではこの日、自転車レースがあるらしく、檜原街道は一般車通行止め。
バスは誰も走っていない道を悠々と進んだ。
沿道にはこれから始まるレースを見ようという沿線住民や警備の警察官などがあちこちに立っていた。

都民の森への道はかつて有料道路で、学生時代に私も自転車で登った。
奥多摩湖は学生時代何度も来た懐かしい場所である。

都民の森には9:20頃に到着。駐車場は自転車レースの開閉会式場になっており、すでに表彰式が行われていた。
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(あれ? レースはこれからなんじゃないの? こんな早い時間にもう終わってるの?)
と疑問に思ったが、レースはいくつか行われるらしい。

体操をしっかりして9:30に出発。最初は園内の舗装道路。
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鞘口峠までの中間地点、森林館の手前で以前来た時と別の道を歩こうと、左に折れて「大滝の路」に入ったが、よくよく地図を見るとかなりと遠回りになりそうなので、100mほど歩いたところで引き返す。

沿道にはあまり見慣れない高山植物?があった。
ツリフネソウというのは初めて見た。あまり高山では見かけない。
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ここでも、今年の夏にクマが目撃されたようだ。
私はこれだけ毎週、山に行っているのに、まだ一度も見たことがない。
絶対数はかなり少ないのだろうし、向こうも人間を恐れているから、めったに人前には出てこないのだろう。ただ、警戒はしなくてはならない。

鞘口峠(1142m)への登り、段差の大きい階段のあたりで、数人のおばさんを抜かした。かなりのスピードで歩いてしまい、これがずっと後に響くことになる。
動悸が激しくなって、なかなか治まらず、まともに歩けない。
峠まで25分。ペースとしては普通なのだが、もう休まないではいられない状態だ。
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ザックも飯豊の時と比べると重さは4分の1で何も背負ってないに等しいのに。

鞘口峠から左に折れて、三頭山に向かう急登では
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とうとう、お腹も痛くなり、何でもない道端に腰を下ろしてしまった。
端から見たら、この人、こんな序盤でもう疲れ切っているのか、というのがあからさまに分かる状態。
とうとう、初心者風の女性を連れたカップルにも抜かれてしまった。

三頭山まで登山口から標準で1時間半、標高差500mほど。
このくらいの登りなら、普通は休憩などとらないのだが、格好つけてもいられない。
とにかく栄養補給のため、ビスケットをかじる。

10分くらいで立ち上がる。わりと傾斜が緩やかになったので
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呼吸を整えながら、時間をかけて歩いているうちに、多少元気が出てきた。

地図がよく分からず、見晴らし展望台というところに行きたかったのだが、下の道を巻いてしまい、左から合流してきた道を登る。
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展望台からは、大岳山(左)と馬頭刈山(双耳峰のうち右のピーク)が見えた。
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このあたりは都内でもめずらしいブナがまとまって生えているところだそうだ。
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何とか回復してきた体で、三頭山の東峰(1528m)には11:00に到着。
ここには展望台があり、御前山も望めた。
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自分が登った山を眺めるのは悪くないものだ。

ここでは休憩せず、先に進む。数分で中央峰(1531m三頭山最高地点)。
ここは展望がなく、標柱点があるのみ。
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すこし下ると、ベンチがある。
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ここで昼食とする。となりのベンチにいた単独の男性が、私の来た道を指さし、「あちらはどこへ行くんですか?」と聞くので、地図を示しながら、「東峰を経て鞘口峠です」と教えてあげた。

コンビニのおにぎりを2個食べて、11:20に出発。
急坂をひと下りで御堂峠。下った分と同じくらいの標高差を登ると西峰(1525m)。
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標高は低いが、こちらの方がメインの頂上のようだ。
場所も広く、あちこちの展望が開けている。
頂上にアンテナが立つ三ツ峠山
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中央やや右よりが黒岳、その手前右が滝子山
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御正体山
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左から鷹ノ巣山、城山、六ツ石山。中央奥は三ツドッケ(天目山)。
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肝心の富士山が雲に隠れて見えない、残念だなあと思っていたら、頂上がほんの少しだけ雲の上に覗いていた。
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さすがに富士山は高い。

写真だけ撮って大沢山方面に下ると、次から次に人が登ってくる。
たぶん同じバス団で登ってきて、三頭大滝経由で来た方々だろう。
こっちのコースの方がスタンダードのようだ。
石段や木の階段を下りきると、ムシカリ峠。
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このすぐ先に三頭山避難小屋がある。
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都立だけあって立派だ。ただ、このあたりは交通の便もよく首都圏からは完全な日帰り圏。
ここを利用して、縦走する人はほとんどいないだろう。
ただ、突然の雨に降られた時とか、文字通り緊急避難的に利用する人は少なくないらしい。
中に入って、ノートをめくってみると、「急に降ってきたので助かった」という記述もあった。
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昭文社の山地図(2001年版)には水場の印があったが、それらしきものは見当たらなかった。

ここから、ひと登りで大沢山(1482m)。11:55到着。
表示には「大沢峠」とある。
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ベンチには高齢の男女3人が腰掛けて食事をされていたので、写真だけ撮って通過。
ここからは富士の展望がいいらしいが
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樹木が成長してしまったのと、今日は雲のため、残念な景色。

ここから標高差約300mの下り。ゆっくり下る。
途中、休憩がてら腰を下ろして、靴ひもを直していたら、さっきの老人たちの声が。
すごい速さだなあ、とびっくりして。こちらも立ち上がる。

下りきったクメケタワからは、ほとんど平らな道が続く。
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しかし、油断すると、すぐあの老人たちの声が甲高く聞こえてくる。
あんなに大声でおしゃべりし、笑いながら歩いているのに、すごいペースだ。
こっちも決して、ゆっくり歩いているわけではないのに。

それにしても、大沢山より先はすれ違うのはトレランの人たちばかり。
奥多摩は半年留守にしている間に、トレランの山に成り代わってしまったのか。
思ったら、途中、こんな標識が。
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ははん、ここで毎年、山岳耐久レースなるものが開かれていて、みんな下見や練習のために走っているのだな。
それなら、まだいいんだけど。

途中、上野原方面に分岐する道があり
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ここまで来たのなら、槙寄山はすぐそこのはずだが、道はトラバース気味に続く。
もしかして、登山道は微妙に頂上を避けているのかもと思い、道をはずれて尾根を行くが、ピークらしきものはない。
おかしいので、一旦道に戻り、しばらく進むと、もう1回、上野原への道が出てきた。
ああ、これが地形図にある道だったんだ。さっきのは地図にない道だったようだ。
安心して、このまま進む。

槙寄山(1188m)への最後の登りであえいでいると、またまたあの声が聞こえてきた。
相変わらず元気だ。こちらは何とか抜かれないよう、頑張って先に登頂。12:50。
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ベンチで休んでいるうちに抜かしてもらおうと思っていたら、彼らは本当に休憩もせず、通過して行った。すごい方々だ。

ここまでの尾根道はずっと樹林の中で展望はなかったが、ここは南側が開けている。
残念ながら、やはり富士山は見えない。
でも、正面に権現山が見えた。
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ここで休んでいた青年から「ライターありませんか」と聞かれた。
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普段なら持っているのだが、今日は超軽装で来たので持ってない。
たばこのためなら仕方ないが、コンロに火が付かなくて必要なのなら、お困りのはず。
大丈夫かと聞いたら、別の食べ物もあるので、とのことだった。

こちらは行動食を食べて、13:05に出発。
標高差30mほど下ったところが西原峠。ここは十字路になっており、右に下れば上野原の郷原、左に下れば檜原村の数馬。いずれもバスの便がある。
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この先はさらにさみしくなり、ところどころ夏草が道を覆っている。
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ただ、高山植物も多い。低山に見られるものなのだろう。
名前の分からないものも含め、フシグロセンノウ、ヤマアジサイ、ハンショウズル、ヤマユリなど。
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上野原の田和に下る分岐で再び南側が開けた。
ここからは権現山の尾根の向こうに、富士山が今日もっともよく見えた。
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山地図では、ここから先2つ目のピークに笹がタワ峰1157mとある。
道はどうやら巻いているので、適当なところで尾根によじのぼり、尾根筋を歩いて、テープか木の看板に彫られているであろう「笹がタワ峰」の文字を探す。
しかし、小さなピークを3つ越えてみたが、いずれにも表示はない。
しかし、これらのどれかだったのであろうと判断し、笹がタワ峰は登ったことにする。

途中、再び南側が開け、今度は丹沢方面が見えた。
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間もなく上平峠。
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ここでトレランの人が休んでいたので、さっきの疑問について聞いてみた。
やはり、今年も10月にレースが開かれるとのことで、みな練習しているようだ。
「私なんて全然走れません。今日もこれから三頭山まで行こうかどうか迷っているところです」と話していたが、確かに現在2時前、随分お疲れの様子なので、厳しいかもしれない。

しばらく行くと巻き道の脇に尾根に登るわりとしっかりとした踏み跡があり、急がなくてはいけないのに、気まぐれを起こして、尾根に登ってしまった。
すると、その先の小ピークに看板が下がっている。
おやおや、ひとつ「登った山」を儲けたかなとほくそえんだら、なんと「笹ヶタワノ峰1121m」と書いてあるではないか。
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山地図め。間違えやがって。でも、私が持っているのは11年前のものなので、後日、本屋で最新版を確認したら、正しい位置に「1121m」として書いてあった。
誰かが指摘して、訂正されたのだろう。
気まぐれを起こさなかったら、この事実は永遠に知らなかったであろう。よかった、よかった。

気をよくしたものの、私もかなり疲れてきた。やはり本調子ではない。
予定だとこの先、浅間峠まで行って、檜原村の川上乗に下るつもりだが、標準タイムで3時間半かかる。バス停に着くのは5時半になってしまう。
とても15:59のバスには間に合わない。
だが、登った山を稼ぐため土俵岳にも行くには浅間峠まで行かないと下る道はない。
とにかく進むしかない。

この稜線は笹尾根と呼ばれるが、やっとその名にふさわしく林床がササになってきた。
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このあたりずっと1000~1100mのなだらかな稜線を歩いてきたが、ここから100mを一気に下り、笛吹峠にいたる。
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大日様の道しるべの脇をトレランの人が行く。

この先、丸山へまた100m登り返さないといけない。これがきつかった。
その証拠にこの間の写真が1枚もない。
道はどんどん巻いていくので、どこかでまた尾根へよじのぼらないといけないと思っていたら、ピークへの分岐が出現。助かった。
丸山(1098m)には14:30に到着。三角点に腰を下ろして、パンを一つかじる。
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尾根沿いに下り、巻き道と合流、また一気に下る。
小棡(こゆづり)峠は1035m。ここから、登り下りを1回やって、残りのおにぎりを食べながら、標高970m程度の平らな道を行く。
笹尾根らしいササの道だ。
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土俵岳(1005m)は2つ目のピーク。
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現在、15:10。残りの道のりは1時間50分。到底予定のバスは無理。
休むところもないし、そのまま通過する。

一気に100mほど下ったところが日原峠。ここにはお地蔵様がいた。
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山地図には、ここから檜原側に下る道はなかったが、「←人里(ヘンボリ)、笛吹(ウスシキ)」(代表的難読地名)と書いた道標がある。
地形図の方を見直すと、こちらには道が書いてある。
「水場5分」との標識にも誘われ、ここからエスケープすることにする。
この先、浅間峠まで45分の行程はかなりのアップダウンがある上に、名のあるピークはない。こだわる必要はないのだ。

エスケープの道はやはりほとんど登山者には歩かれていないようで、路面も悪く細い。
でも標識通り、5分ほどで豊かな水場に出た。
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喉を潤す。疲れているだけに、五臓六腑にしみわたる感じだ。
ペットボトルにも補給し、顔を洗って出発。

ほどなく、人が大声で何かを読んでいる声が聞こえ、何かと思ったら、猟銃を持った人が登ってきた。
「犬を見ませんでしたか」と聞く。「いいえ」
「ああ、鈴つけてもらった方が本当はいいんですよね。まさにこのあたりにクマがいるんですよ」
「すいません。そのクマの駆除ですか?」
「いや、シカとイノシシです」

この日はいつもとザックが違うので鈴を移し忘れていたのだ。
でも、クマに遭遇しなくてよかった。
それにしても、もうくたくた。とうとう道端に腰を下ろして大の字になってしまった。
腰が痛い。
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この道は登山道というより、山仕事の作業道のようで、歩きやすい勾配に付けてあるが、どこまでも続くのではないかと思うほど長かった。

それでも16:10、街道に出ることができた。
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ここから30分ほどバス停まで歩かないといけない。

とにかく汗が激しいので、歩道の縁石に腰掛け、汗をぬぐい、残りのパンを食べる。
再び歩き出したところで、15:59の次のバスが行ってしまった。
運転手さんに「乗せてもらえますか~」と合図を送ったが、手を横に振られてしまった。
お客さんもほぼ満員で、ここは自由乗降区間ではないらしい。

16:45バス停着。次のバスは17:10。
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まあ、そんなに先ではない。トイレに行ったり、メールを打ったり、体操したりしてバスを待つ。
ちょうど17:10トレランの人がバス停に着いて、バスに飛び乗った。
すごい、ギリギリセーフだ。

バスはなんとガラガラ。さっきのバスがすべて片づけてしまったようだ。
武蔵五日市駅に17:40着。44分の電車に乗る。
汗くさいのか、誰も近くに寄ってこない。隣に座っても間もなくすると別のところへ移動する。7時過ぎ帰宅。

今日の笹尾根コースはほとんど樹林帯で面白みに欠けたとはいえ、あの疲労感はおかしい。
ほとんど空身に近いのに、飯豊でも感じなかったくらいに疲れた。
これは飯豊の後遺症だろうか。それとも、単純に序盤の失敗のせいだろうか。
しかし、それがそんなに後を引くものだろうか。
などと、うだうだ考えたが、この日はいずれにしろ20㌔以上歩いたのだ。
疲れないわけはない。

忘れていたが、最後にコースタイムを。
都民の森入口(9:30)~鞘口峠(9:55)~(休憩10分)~三頭山(11:05昼食15分)~大沢山(11:55)~槙寄山(12:50休憩15分)~笹ヶタワノ峰(13:55)~丸山(14:30休憩5分)~土俵山(15:10)~檜原街道(16:10)~(休憩10分)~上川乗バス停(16:45)【歩行6時間25分】
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飯豊連峰(7)最終回

飯豊連峰縦走も最終日を迎えている。

この日のメインイベント朳差(えぶりさし)岳の前に、鉾立(ほこたて)峰を登っている。
振り返ると、地神山のガスは大きくなってきた。朳差には時折さーっと流れる程度だが、油断はできない。ペースを速めるが、あまりの景色のよさに、ついつい立ち止まってしまう。
鉾立峰には6:50到着。頼母木小屋で同宿だった青年より13分ほど遅れている。
ここには標柱も何もない。ただ、平らなガレ場になっているだけだ。
でも、朳差と大石方面の景色は絶品だ。
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これは、朳差岳(1636m)。
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360℃のパノラマを楽しみ、急いで写真を撮って、まずはコルへ下る。
胎内市方面の平野はくっきりと見えてきた。
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下って、鉾立を振り返る。
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げげげ、背後は頼母木小屋まで雲に隠れてしまった。
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7:01、まだ朳差は青空。こちらはたぶん大丈夫だろう。
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小屋の手前で戻ってきた彼とすれ違った。
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この時点ではまだ問題なかったのだが、ここから頂上に至るわずか1分の間に、朳差はガスに包まれてしまった。7:15、まさにタッチの差だった。
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初めて見る前朳差岳(1534m)方面の尾根も東側はガスの中。
展望は新潟の海側しか利かなくなってしまった。実に無念。
ほんとに、あと1分早ければ。
さっきのお兄さんがうらやましい。

頂上には小さな鳥居と石の祠があった。
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ガスが一瞬晴れるのを期待して、近くをうろつく。
北側にすこし下りると、遭難慰霊の石碑があった。
全文を掲げる(草の陰に隠れて一部、不明部分あり)。
「南波治康□□ 山頂の遺文 昭和四十二年八月二十四日遭難 今日はなんと大当りの山か 台風が過ぎたはずなのに ものすごい強風 雨 登山の途中 わかりきっているはずなのに ついに頂上に来てしまった 今日で三回目 □の朳差 霧の朳差 今日の朳差 百面相のようだ しかし私にとっては魅力の山だ 連峰は苦労が多いなァ 十二時三十分□□ 十七時大石着予定 今日は日帰り完全武装」

この方は地元・中条の人のようで、おそらく20代であったのだろう。
8月、完全武装だったのに、遭難した。
これを書いた時点では、かなり元気な様子で、不安など微塵もない。
なのに亡くなってしまった。滑落の上の低体温症だろうか。ガスがあっても迷うようなところではない。
今まで、山の中で強風を伴うような雨に当たったことはないが、本当に山は恐ろしいところなのだ。

小屋を見学したりして、時間を稼ぐがガスは晴れるどころか厚みを増してくる一方。
7時半まで待ったが断念して、下山する。
南の景色はこれまで散々見てきたのと変わらないのだからと、諦める。

ここから大石山へは同じ道を引き返す。
ガスのほかに風も強くなってきた。ゴーゴーという音が怖いほど。
でも、尾根の西側に回りこむと、ほとんど風がなくなる。
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山では風下に避難しろという常識がよく理解できた。

このあたり、ハクサンフウロやミヤマコゴメグサが咲いていた。
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鉾立の登り返しは楽だったが、大石へは「こんなに長かったっけ」と思うほどだった。
それでも8:10にザックのある場所まで戻ってくると、巨大な男性が衣類を絞っていた。
大量の水分がジャーっと音を立てて流れ落ちている。
聞くと、「汗」だと言う。
彼は足の松尾根登山口からここまで、標準タイム4時間50分のところ、3時間で登ってきたという。
あの巨漢(130㌔はありそう)で、そんなに早く登ったら、汗も出るだろう。
以前はみんなの荷物も含め、30㌔を担いで山に登ったこともあるという。

どうも尋常じゃないので、「何かスポーツを?」と聞いてみると、社会人柔道をやっており、しかも全国クラスの腕前なのだとか。
膝を痛めたのでリハビリとで登っているのだが、飯豊にはまってしまい、朳差にもいずれ仲間と登ろうと下見に来たらしい。
登山で膝を痛める人が多いのに、膝のリハビリで山に登るとは。
登山は「じわっと力を入れる」ところがいいと言うのだが、やはり格闘技はハードさが違うわ。
とても楽しい人で会話もはずんだが、こちらもそろそろ出発することにする(8:25)。
彼も行ってしまった。
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ここからは足の松尾根と呼ばれる尾根を下る。
すこし歩いただけで、ガスの下に出て、西ノ峰という小ピーク(1525m)。
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下り基調の尾根の小さなこぶでも名前が付いていれば、「山」と認定するのが私のルール。
このルールを適用することにより、この尾根を下るだけで、西ノ峰のほか、イチジ峰、ヒドノ峰、英三ノ峰、姫子の峰と5つも稼いでしまい、4日間で登った山は33に達した。

朳差岳までを列記すると、
1日目:月夜岳、五段山、牛ヶ岩山、五枚山、御前山、地蔵山、三国岳、疣岩山、巻岩山
2日目:七森、種蒔山、草履塚、飯豊本山、飯豊山、駒形山、御西岳、大日岳
3日目:烏帽子岳、梅花皮岳、北股岳、門内岳、胎内山、扇の地紙、地神山、地神北峰、頼母木山
4日目:大石山、鉾立峰、朳差岳
細かなアップダウンの繰り返しとは言え、よく登りました。

ガスを抜けると、これから下っていく稜線の道が見える。
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大石山から登山口までの標高差は約1100mで、標準タイムは3時間40分。
これは途中から相当厳しいことになるだろうと予想された。

西ノ峰からの下りで、連続して5~6人の登山者とすれ違った。
このコースは、こんな急坂なのによく歩かれているようだ。
早朝に登山口を発つと、ちょうどこのくらいの時間にたどり着くのだろう。
イチジ峰は8:55通過。
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それにしても左手に見える峰々の緑がものすごくきれいだ。
空気の透明度が違う気がする。
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上は、左から滝沢峰(1361m)、その右の岩場がカモシカ岩、さらに右の冠状の突起が郷倉峰(1262m)。

下は、左がヤンゲン峰(1245m)と枡取倉山(1194m)
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これは、左から二ツ峰、一の峰、滝沢峰と続く稜線
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道も樹林帯に入った。明るいブナ林だ。
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イチジ峰を過ぎたあたりまでは快調に下ってきたが、水場への分岐のあたりから、さすがにきつくなってきた。まだ500mほどしか下っていない。
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木の枝が繁茂していて、非常に歩きにくい。
下から上がってきたおじさんは「20年近く、ここを歩いているが、道は当時から比べると随分荒れている」という。人が歩きすぎて、土が流れ、木の根が露出してきたということなのだろう。

この方は「下で寝てる人がいましたよ」なんて、ちょっと軽い調子で言って登って行った。
お疲れの人がいるんだなあと思いながら下って行ったが、その後かなり進んでも誰ともすれ違わない。
もしや、その人は熱中症で倒れていたのではないか。心配になってきた。
もし本当にそうだったら、私が適切な処置をして救助も求めなければいけない。
そんなことができるだろうか・・・
電波が通じればいいが。いろいろとシミュレーションをしながら歩いた。

9:20にヒドノ峰(1080m)を通過。このあたりは稜線が一部崩落しており、ロープ場が多い。
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そして9:50、英三ノ峰(940m)を通過。
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右手に水の音が聞こえてきたと思ったら、滝見場があり、眼下に大きな滝を望めた。
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源流は鉾立峰と大石山の間の谷。正面は西に延びるアゴク峰の尾根である。
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まもなく岩場に出る。
ロープが張ってあり、それにつたって渡る。
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道は緑を増してきた。
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さらに下って、姫子の峰(760m)の直前でいよいよつらくなってきた。
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お腹も空いたので、休憩がてら予備食の焼き鳥缶詰を立ったまま平らげる。
10分ほど休んで、すぐに姫子の峰に着くと、一人ちょうど下へ出発するところだった。
それを見てふと思った。
ここまで下ってきて、登ってくる人にも寝てる人にも会わないのはおかしい。
もしかしたら、寝ていたのは下りの人で、もう下って行ってしまったか、今の人だったのかもしれない。
あの時間で私より前に下り始めている人はいないと信じ込んでいたが、そういえば、朳差への道ですれ違った人がいた。
あの人はあの時点で相当疲れていたっけ。そう合点がいくと、ホッとした。

それにしても、ここからの標高差約400mが死ぬほど長く、きつい。
それでも11:10、やっと足の松尾根登山口にたどりついた。
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時間は2時間45分。標準タイムより約1時間早かった。

ここに自転車が1台あったが、これはあの巨漢の人のもの。
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彼は奥胎内ヒュッテまで車で来て、その先の林道は自転車で来たと言っていた。

巨漢さんも言っていたし、山地図にも書いてあるが、ここからヒュッテまで乗り合いタクシーが運行しているという。
ちょうど、それが目の前にあって、運転手さんがすぐ出してくれるという。
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あと10分くらいしたら、さっき抜かした人が下りて来るはずですよと言ったら、「10分で来る保証はないでしょ。また来るから」と言って出してくれた。
市の委託を受けて運行しているので、ガソリンを節約しようという気はあまりないらしい。
これはバス扱いでなんと300円。
しかし、待たなくていいのがありがたかった。

運転手さんが話していたのだが、昨日、朳差で遭難死亡事故があったのだとか。
崩落して通行止めになっている大熊尾根の登山道の調査に入ったパーティで、熟練の案内者が滑落してしまったらしい。関川村長も同行していたというから、さぞや問題になることだろう。

林道は1㌔ちょっとくらいか。舗装されている。5分で奥胎内ヒュッテに着いた。
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ここは奥胎内ダム工事の事務所兼宿舎にもなっているようで、長く工事関係者が泊まっているようだ。

それはともかく、まずは風呂だ。
タクシーを12:30に来てもらうよう手配し、4日分の汚れを落とす。
この間、頭は一度も洗わなかったが不思議とかゆくならなかった。
とにかく気持ちいい。これで下界に下っても恥ずかしくない体になった。

脱衣場でパッキングをしているうちに、宿の人が「タクシー着きました」と呼びに来た。
随分早い。急いで、荷物をもまとめ、12:15、ヒュッテを後にした。
目指すは羽越本線中条駅。途中で昼食用にコンビニに寄ってもらい、料金は9000円もかかった。
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これで現金がほとんどなくなってしまい、JR切符が買えるかどうか不安だったが、カードで買えたので助かった。

待合室で久しぶりに普通のお弁当を食べた。やはり、山の飯よりはうまい。
13:34新潟行き普通列車に乗車。車窓から飯豊連峰が見えるかどうか、ずっと眺めていたが、依然として雲の中のようで確認することはできなかった。
でも、「日本で一番小さな山脈」と言われる櫛形山脈はすぐに分かった。

新潟で新幹線に乗り換え、大宮経由で所沢に帰宅。
新潟駅から海側に山が見えるのは何だろう、弥彦がここから見えるのだろうかと不思議に思っていたら、あれはなんと佐渡だった。
しかも佐渡はその後も、内陸の燕三条にいたっても見えた。
これには驚いた。そんなにもこの日は空気が澄んでいたのだ。
それだけに飯豊の雲はもったいなかった。

余力を残して帰宅できたように思えたが、予想外に心身ともにダメージを負っていたようだ。
これまでは、毎週山行から戻ると、次はどこへ、と地図を広げたものだが、どうしても来週のことを考える気分にならない。
こんなことは初めてだ。やはり、この年にはハードな旅だったのかもしれない。

ただ、全自炊で3泊4日を乗り切ったのは大きな自信になった。
1泊ならテントで行く勇気もわいてきた。
何より、飯豊はとてつもなく素晴らしい山だった。
北アルプスのように鋭角的ではないが、緑の豊かな落ち着いた山だった。
厳しい山のはずなのに、ずっとやさしい表情で迎えてくれた。
いずれまた懐かしくなったら、石転び沢を登ってみたい。
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飯豊連峰(6)

飯豊連峰縦走も終盤戦を迎えている。
今日は3日目で9月1日。門内小屋近くでお昼を済ませて、扇の地紙(1889m)を過ぎたところで、ガスの中に入った。
それでも振り返ると、これまで歩いてきた山々が見える。
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左から大日岳、北股岳、胎内山である。

ここから先、地神山(1850m)までは、ずっと目指すべき山が見えないまま、だらだらのアンプダウンが続く。
最後の急坂をあえぎつつ登り、12:40に地神山に登頂。扇の地紙から所要35分。
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展望は西側(新潟側)のみ。正面は南北になだらかに連なる二王子岳(1420m)。
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今日は随分疲れた。体調が悪いのかとも思ったが、歩いている時間のせいだと気がついた。
初日も2日目も重いザックを背負って歩いた時間は5時間程度。
でも、今日はすでに7時間半に達している。
少しずつ食料が減って軽くなっているはずだが、「わあ軽くなった~」という実感はあまりない。「重すぎる」とも思わなくなったが。

いずれにしろ、この装備では1日の歩行時間は8時間が限度かもしれない。
7月には2泊3日で1日9時間以上歩く計画を立てていたが、無謀だった。

ここで15分ほど休憩。靴を脱いで足を楽にしてあげる。
草地にしばし横になった。
どうやらガスが晴れる気配もないので、12::55に出発。
少し下って登り返したところが地神北峰(1800m)。10分ちょっとで着いた。
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明日はここから右に丸森尾根を下って天狗平・飯豊山荘に下る予定だ。
飯豊山荘までのバスは8月いっぱい(なんと昨日!)で終了したので、その下の飯豊温泉・飯豊梅皮花荘まで1時間余計に歩かなければならない。
明日のコースタイムは6時間余。このうち4時間は急な下りで、標高差1400mを一気に下る。少々憂鬱。長時間の下りは嫌いだ。

今日は左の道へ行き、頼母木(たのもぎ)小屋に泊まる。明日はここ地神北峰まで1時間ほど登り返さなければならない。
この区間はピストンになるが、今日はガスで何も見えないので、明日歩く意味もある。
だけど、下りはかなり急なので、これを明日登ると考えるとげんなり。
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このあたり早くも黄葉が始まっている。
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ただ、相変わらず前方はガスで何も見えない。

下りきって、わずかに登り、しばしなだらかな道をゆくと、頼母木山(1730m)へはまただらだらした登り。13:35着。
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のっぺりした山容で、そんなに目立つ山とも思えないが
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標柱は福島、山形より新潟の方がしっかりしている。
ちなみに、御西岳からここ頼母木山への稜線はずっと新潟と山形の県境だったが、ここから先は完全に新潟県となる。

あとは小屋に行くだけだが、なかなか着かないでどんどん下る。
それでも10分ほどで、ガスの中からやっと小屋が姿を現した。
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13:50。今日はもう歩かなくていい。

ここには管理人が2人もいて、挨拶すると、「今月(つまり今日)から営業期間外だから無料」だという。めちゃめちゃラッキー!
トイレについても料金のことは何も言われず、備え付けの紙を使ってくれと言われただけ。
早速、お世話になる。ちょうど、出したかったところなのだ。

このトイレの中には自転車があり
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用を足した後はペダルを回転させて、おがくずと混ぜる仕組みになっている。
これはなかなか面白い。

外はガスで何も見えないから、ひとまず小屋に荷を下ろして、ゆっくりする。
今日は誰もいない。
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まずは、すぐそばまで引いてある清水を補給。顔を洗って、部屋に戻り、着替えをし、マットをふくらませ、腹ばいになって本日のメモを付け始める。

しばらくすると、30代くらいの男性が1人やってきた。
福島の人で、小国のほう、つまり天狗平から登ってきたらしい。
飯豊は好きでよく来るのだとか。話好きのようだが、寝床は2階に作っていた。

3時頃ガスが晴れてきたので、外に出て、少し回りの写真を撮る。
これは今下ってきた頼母木山だ。
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これは地神山。
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こちらは北西の尾根道にあたる大石山(奥)である。
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二百名山の朳差(えぶりさし)岳にはまだ雲がまとわりついている。
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管理人さんとしばらく雑談した。
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これは南方面の展望だが、中央が二ツ峰(1642m)、その奥に大日岳から西に続く烏帽子山(1573m)、その右が蒜場(ひるば)山(1363m)。

ちょっと疑問に思っていたことを聞いた。
「御西岳」は普通「西岳」で済むはず。「御」が付いているってことは、信仰の対象だったのか? とくに特徴のない山だが・・・
答えはこういうことだった。
御西岳自体ではなく、その西にある大日岳が信仰の対象だった。でも大日岳は飯豊本山のように登拝する山ではなく、ただ眺めて拝む遥拝する山だった。
その遥拝所が御西岳だった。だから、福島県の県境が山形・新潟の県境に分け入って、御西岳まで続いているのだ、と。う~ん、勉強になる。

この小屋は胎内市の管理で、7~8月までが営業期間、それ以外は無料開放しているとのこと。
ただ管理人は水場とトイレの管理のため、営業期間でなくても6~11月までは週に1回点検のため上がってくるという。
11月には水場のホースをはずし、トイレを冬囲いして下山する。
ここは雪で管理棟は埋まってしまうが、小屋は風の通り道で、1階しか埋まらないので2階から出入りできる。

頼母木山から北にのびる西俣尾根が冬山の入門コースで、この小屋は冬でもよく利用されるらしい。GWはまだ雪だらけだが、よく人が来るとのこと。
ただ、最近その時期に若い人が遭難死したんだとか。
ガスにまかれて道に迷い、携帯で救助要請できたのに、ガスが晴れてヘリが発見した時には事切れていたのだそうだ。
GWの雪は固く、手で雪洞を掘るのは無理。冬のビバーク装備は用意していなかったらしい。GWは晴れていると夏山よりも楽だったりするが、天候が一変すると冬山同然になる。自分はまだ、GWの雪山に行ったことはないが、気をつけなくては。

少し早めだが、5時前に食事にした。
ライスが一つ足りないことに気づいたので、今夜は岳食カレーうどんとゆでソーセージ、焼き鳥の缶詰。ここには常に大量の水が出ている洗い場があるので、そこで食器も洗った。

4時過ぎから猛烈な風が吹いてきた。
食事が終わって外に出ると、また薄いガスが出ており、さっきは見えていた新潟市街も
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すっかり見えなくなった。
夕日もガスの中に沈んだようだ。

7時前の天気予報。東京は雨だが、新潟は晴れと聞いて、安心して眠る。
夜中の2時、依然として強風が吹いているが、夜の景色が見たくて、トイレに出る。
薄いガスを通して見える満月が不気味。
姿を現した朳差岳もおどろおどろしい感じがした。

翌9月2日は、4時20分に起床。手早く朝食。フルーツ缶詰は昨夜のうちから、洗い場の桶で冷やしておいた。冷たくてうまい。
寝ながら考えていたのだが、ルートを変更することにした。

ガスに隠れていた頼母木山や地神山は夕方、小屋から遠望できてしまった。
むしろ目の前にある朳差山に登りたくなった。
予定通り、山形側に下るとバスもあり、公共交通機関のみで帰京できるのだが、朳差岳に登って新潟側に下ると、タクシーを利用しなければならず、約1万円の出費となる。
しかし、こんな所へはめったに来られない。思い切ることにした。

遭難した際に備え、管理人さんに予定を変更した旨を伝えて、同宿の方より先に5:40に出発。
やはり起きてから1時間以内に出発というのは、「大」をすると難しい。
前夜、広々と部屋を使えたので、とっちらかしてしまったせいもあるが、とにかく、朳差への分岐にあたる大石山へと下り始めた。

それにしても山で暮らして、まる3日過ぎたが、食料さえ担がなくて済むなら、何日でも山にいられそうだ。なにしろ、やっと家に帰れるという気分じゃなく、ああ今日で終わりかあと、さびしんぼになってるんだから。
まあ、そんな風に思えるのも、天気に恵まれたからかもしれない。

背の低いササの道で、あっと言う間にズボンの裾がずぶ濡れになる。
15分ほどで、同宿の人に抜かれてしまった。彼はどんどん離れていく。
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彼は朳差をピストンして、車の置いてある山形側に戻るようだ。ほとんど空身である。

今朝はその朳差岳(1636m)が鮮やかに見える。
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朝日に照らされる緑が誠に美しい。

左前方には新潟市内が昨日よりもはっきり見える。
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しかもその向こうに横たわるのは、なんと佐渡ではないか。
今日はものすごく空気が澄んでいる。昨夜の強風がみな吹き飛ばしてくれたのか。
今も風はやや強めだが、天気は上々だ。

奥胎内に下る道と朳差への分岐にあたる大石山(1560m)へも、気持ちのよさそうな道だ。
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向こうの青いのは日本海である。

二王子山の上にはまだ残月。
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このあたりの山地図の表記は若干まぎらわしい。
同宿の彼は分岐が大石山だと言っていたが、地図を素直に見ると、その手前の1567mピークが大石山であるかのようにも見える。
どっちが大石山か分からないので、とりあえず手前の1567mピークで道を少しはずれて、ハイマツに分け入り、最も高い場所に立つ。こうしないと登ったことにならないからだ。

しかし、分岐に着くと、大石山・標高は1562mの標柱があった。
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彼が正しかった。小屋からは35分で到着。大きなザックを置いて、アタックザックだけで朳差に向かう。
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30mほど歩いたところで戻り、さっき脱いだゴアを持って行くことにする。
6:20出発ということになった。
標準タイムだとここから1時間50分かかる。途中、鉾立峰(1573m)を越えなくてはならない。

これは鉾立峰から西に延びるアゴク峰の稜線。
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手前が鉾立峰だ。
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振り返ると頼母木山や頼母木小屋が見える。
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正面には朳差小屋。
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いずれも、風景に溶け込んでいる。

先の人はどんどん下り、もう鉾立峰の登りに取りかかっている。すごいスピードだ。
こちらも、大石山の全容が分かるくらいに下ってきた。
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しかし、またまた不穏なことに地神山の背後にまたガスが発生してきた。
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まだ6時半、昨日よりも早い。早すぎる。

下りきる直前に、単独男性とすれ違う。
挨拶しても固く返すだけ。すでにかなり疲れている様子。
朳差小屋に泊まっていた方だろう。

さて、こちらも鉾立峰の登りに差し掛かる。
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遠望したおりには急登のように見えたが、適度なジグザグで、しかも平坦な面があるので、比較的楽。何度も止まって振り返っては写真を撮った。
大石山から頼母木山、地神山へと続く山並みがなかなか雄大だ。
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彼はもう山頂に着いている。
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こちらから手を振ったが、気づかずに行ってしまった。

つづく
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飯豊連峰(5)

飯豊連峰縦走は3日目に入っている。
日付も月が代わり、9月1日。今日も快晴だ。

早朝、御西小屋を出発し、今、天狗岳から烏帽子岳へ向かっている。
標高1800m台の高さを小さなアップダウンを繰り返しながら進む。
しばらく尾根の東側を歩く。
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ザックの大きさがよく分かる。

雪渓の近くにはモミジカラマツが群生している。7月から咲く花だが、雪解けが遅く、すこし季節が遅れているのだろう。
道は一旦尾根に登り、西側の谷底を覗く。
池塘がひとつ、ぽつんとあった。
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道を大きなかたつむりが横切る。かたつむりを見たのはいつ以来だろう。
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のろのろつながりで亀もいた。
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道は再び東側に戻る。
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しばらく木の根に悩まされた。
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途中、クマ(?)の糞がまたあった。

ちょっとしたこぶを越えると、眼下に天狗の庭と呼ばれる池塘が姿を現した。
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この先は、御手洗の池まで4つのピークを越えていく。

途中、雪渓の解ける時期の関係だろうか、道が2段に分かれている。
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下の道を行く。

この稜線は高山植物の宝庫。
ヨツバヒシオガマとシナノキンバイが咲き誇っている。
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梅花皮(かいらぎ)小屋に泊まった方だろうか、単独の方とすれ違った。
後ろ姿がなかなか絵になる。
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6:55に御手洗の池を通過。
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ここではイワショウブが優生。
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ここを下ると、赤旗が道の目印になっている。残雪期用の道しるべだろうか。
そこには小型の雪渓があり、まわりをモミジカラマツが取り囲む。
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雪渓の表面が解けて光っている。
雪渓は下から解けるものと思っていたが、考えてみれば、当然か。
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ベニバナイチゴ発見!
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と、はしゃいでいたら、なんと大日岳にガスが発生!
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まだ7時すぎである。これは大変なことになった。ガスの気まぐれであってくれればいいが。
しかし、雲はどんどん大きくなり、御西小屋も覆い隠してしまった。
そして、大日の雲は稜線を越えて、津波のようにこちらに押し寄せてくる。
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その間なんと、わずか5分。あまりの速さに、ただただ、こちらには影響がないよう祈るのみだ。

亮平の池の先で、4人のパーティーとすれ違う。
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基本的に、御西岳以北は人が少ない。

それにしても緑のじゅうたんがどこまでも美しい。
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7時半、背後の雲を気にしながら、烏帽子の登りに差し掛かる。
振り返ると、昨日歩いた道はすべて雲の津波に飲まれていた。
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しかし正面はまだ雲ひとつない青空。この差は何だ!
とにかく先を急ぐ。
道はトリカブトの群落。
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あの先がクサイグラ分岐。くさいぐらという尾根が始まるところだが、道はない。
かつてはあったのだろう。
正面がくさいぐら尾根。
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これを回り込むと、これまで見えなかった西の峰や、飯豊温泉に下る梶川尾根が見えてくる。
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遠くに、門内小屋が光っている。
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飯豊連峰の小屋はどれも遠くから見ると愛らしい。

そして、あれが烏帽子岳山頂(2018m)。
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8:10登頂。
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ここで本日初めての休憩をとる。昨日同様、羊羹とゼリー。
10分くらい前から小腹が空いていたのでちょうどいい。
なんと、ここから新潟の火力発電所が見えた。
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日本海が以外に近いことにびっくり。これじゃあ、新潟市内から見えるはずだ。
 
そして、こちらが次に登る梅花皮岳(約2000m)。
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さらに、これが北股岳(2025m)
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いずれもこれだけ見ると天気は良好のようだが、この先の梶川尾根には、ちぎれ雲がいくつも浮かんでいる。
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背後の津波よりも、こちらが自前で雲を生み始めた。
雲との競争は基本的に勝てっこないが、やるだけやらねば。
どうも、夏の終わりは1日中、天気が安定しているということがない。
まだ朝の8時でっせ。

烏帽子を下ると、与四太郎の池。
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ここから登り返して、梅花皮岳。8:45
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北から見た烏帽子岳。
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北股岳の向こうには門内小屋とその左に門内岳(1887m)が鮮やかに見える。
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このまま稜線は天気が持ってほしいと思うのは贅沢なのか。

とにかく梅花皮岳は通過して、梅花皮小屋へ一気に下る。
眼下に小屋が見えてきた。
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う~でも、門内小屋は風前のともしび。
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こうなったら、なんとか北股岳くらいまでは踏ん張ってほしい。
9:05、小屋まで下りてきた。
ここで水を補給するつもりだが、道が小屋から随分延びている。
水場までしばらく下らないといけないのかと思い、ペットボトルを持っていたおじさんに、水場は遠いですか?と聞いたら、すぐそこだよと教えてくれた。
案内板にも30mと書いてあった。
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ザックを置いて、汲みに行く。
ここはかなり豊富に湧いている。
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夜は頼母木小屋で調達できるので、ここでは飲み水分のみで1㍑に留めた。
治二(はるじ)清水と言うらしい。このあたりを開いた方の名前だとか。
振り返ってみて、またまたびっくり。
水を飲んでいるわずかな時間に、北股岳にもガスが昇ってきた。
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どうやら、ここまでのようである。
小屋を覗いて、「記念品ありますか?」と聞いてみたら、「小屋のバッジしかない」という。
だったらいいやと思ったら、さっきのペットボトルのおじさんだった。
管理人さんだったのだ。

右手の谷を覗くと、これが石転び沢。
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まだ雪渓がかなり残っている。名前の通り、落石が多いところだ。

急いで登り始めると、彼は毛布を小屋から出してきて、土が露出している地面に広げ始めた。ここでは、ああやって干すようだ。
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ここから頂上まで標高差は170m。標準タイムは40分とあるが、もっと早く登れそうだ。
幸い、雲も昇りきっていない。さて、勝てるか。
そんな時でも写真は控えることができない。
振り返って、小屋と梅花皮岳。
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福島側と山形側から雲が攻めてきている状態。新潟側はそしらぬ顔で晴れている。
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9:40北股岳に登頂。25分で登れた。ここにも誰もいない。
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頂上には金属製の鳥居と石の祠があった。

どうやら雲には挟み打ちにあった格好だ。
南ももう烏帽子の南は雲の中。
北も門内はガスにまみれている。最後に残った北股に今、自分がいる、という状況。
運がいいと言うべきか。
新潟側は本当に何事もなかったかのよう。二王子岳のなだらかな稜線の向こうが新潟市街。高層ビルも見える。
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ここから湯の平温泉への道が分岐しているが、あまりいい道のようには見えない。
門内岳が完全にガスに包まれる前に着きたい。
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北股では10分と休まず出発。なんだかあわただしい山行になってきた。
下りきって、1880mピークを巻いたあたりにギルダの池がある。由来は不明だ。
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前方に門内岳と門内小屋。
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その右に胎内山(1890m)
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左には二ツ峰(1642m)(左手前)
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これは大日岳から西に延びる尾根の先にある烏帽子山(1573m)
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似たような名前の山が多い。

門内岳には10:55に到着。こちらも何とか間に合った。
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めずらしく登山者がおり、聞くと奥胎内の足の松尾根ルートから5時間半かけて登ってきたという。今日はここまでで日帰りだそうだ。
あとで調べてみたら、9時間40分もかかるルートである。なんという健脚。
新潟から来たとのことで、やはり飯豊は県庁所在地から見える分、山形や福島より新潟の人に身近な山なのかもしれない。

11:00には小屋に下りてきた。
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風が少しあるので、くぼ地状になった階段のところに陣取り、昼食にする。メニューは前日と同じ。アルファ米とグリーンカレーとにゅうめん。
グリーンカレーはあまり好きではないが、これはなかなか美味だった。
今日の昼食は手早かった。20分で終了。小屋の中を見学する。
無人だった。門内より北は無料だよ、と誰かが言っていたが本当だ。
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さて、11:40出発とともに、モスラ石を発見。
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北から見た門内岳と門内小屋
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間もなく、8ギガのSDカードがいっぱいになった。
2日半で約2000枚撮ったことになる。
バッテリーも予備を持ってきており、今朝替えたばかり。
2ギガのCFカードを装着して出発。
すぐに胎内山に着いた。
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そして5分で、梶川尾根と分岐する扇の地紙に到着。
この地名も意味がよく分からないが、語源はとなりの地神山と同じかもしれない。
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それはともかく、梶川尾根が境界であるかのように、ここから北はガスで真っ白の世界。
東側の展望は完全に失われた。

この先は新潟県のみとの付き合いとなる。

つづく
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飯豊連峰(4)

飯豊連峰縦走の2日目(8月31日)もお昼に近くなってきた。
今日、宿泊予定の御西小屋は間もなくである。

小休止した草月平から御西岳へは、ゆるやかな登り。
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山自体どこに山頂があるのか、よく分からないくらいの皿を伏せたような形だ。
山地図上は登山道がピークを通過しているように見えるが、地形図では微妙にずれている。
そうこうしているうちに、前方に御西小屋が見えてきた。
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大日岳の登山道も一目瞭然状態。
いつの間にか、大日の雲もとれた。

で、すぐに、こんな標識が。
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「御西」とだけあって、「御西岳」とは書いていない。種蒔山の時と同じだ。
山頂は、この標識のすぐ後ろにあるであろうことは想像されるが、踏み跡のないところに踏み入って植生を荒らしたくない。
前例に従い、とりあえずこの標識をもって、登頂に数えることにする。

御西小屋には11:50到着。連日、お昼頃に宿泊地に着くとは成績優秀だ。
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小屋はマンサード屋根だが、タイプは三国や本山と基本的には同じ。
この日は駒形山で初めて風を感じ、ここでも気持ちのいい風が吹き抜けている。
晴れて暑いくらいなので助かる。

とにかくザックを下ろして、昼食。メニューはアルファ米とフリーズドライのチキンカレーとにゅうめん。カレーはお湯を入れすぎてスープカレーになってしまったが、かまわない。
どうせライスと混ぜ合わせるのだ。
ここも管理人さんがいたので宿泊の手続きをする。2000円。
前夜も含めここもシーズン外で無料のつもりでいただけに、この4000円出費は痛い。

その管理人さんに、御西岳の山頂に行けるのかと聞くと「行ける」というので、道を聞いて行ってみた(12:30)。「御西」の標識の10mほど向こうに踏み跡があるそうだ。
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で、もちろんすぐに山頂。ここからは飯豊山やこれまでよく見えなかった烏帽子岳が遠望できた。
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帰りに、標高差45m下の水場へ。
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冷たい水をごくごく飲み、久々に顔を洗う。うひゃあ、気持ちいい。
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さて今度は大日岳へのピストン。アタックザックに雨具とツェルト、ハイドレーションと行動食を入れて、1時すぎ出発。標準タイムは登り2時間、下り1時間40分。
まあ、のんびり行っても5時には戻れるだろう。
ガスはきれいさっぱりなくなった。

とりあえずは下り。小屋は1990mほどだが、1880mくらいまで下る。
ああ、もったいない。
のんびり行くつもりが、またガスが出てくるのが不安なので、少し早めのペース。
空身だから、自然とスピードも上がる。
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これを登るわけだが、標高差はコルから2百数十mほど。
見た目はもっとありそうに思えるが。
これから歩く道がすべて見えているというのも、ありがたいと言うか、ありがたくないと言うか。

右手には新潟の加治川源流部の深い谷が見える。
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半分くらいまで来ると、右下に文平の池が見えてきた。
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登るに従い、大日岳から南にのびる尾根に並ぶ牛首山や櫛ヶ峰の迫力が増してくる。
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振り返ると、飯豊連峰の主脈である北股岳(中央左)や烏帽子岳(中央右)の稜線もはっきり見えてきた。明日はあそこを歩くことになる。
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山腹のひだが何とも言えず美しい。
向こう側はガスのようだが、あの稜線は越えられないようだ。
その鞍部に豆粒のようだが、梅花皮小屋も見える。
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大日岳は最初からずっと頂上が見えたまま登り続けることになるので、距離感がつかみやすい。ただ、頂上だと思っていたのはニセピークで、そこは南に巻くように通過し、もうひと登りで2128mの頂上に着く。14:15。
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1時間10分で着いてしまった。
たまたま、標柱の隣に、イスのような丸太があったので、これに腰掛け、標柱を背もたれにして、のんびりと休む。
靴も脱いで、くつろぎ、地図を広げる。至福の時間だ。しかも、行動食にした、かりんとうがうまい。

西には西大日岳がやさしげに横たわっている。
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山地図には道の記載がないが、地形図にはある。みた感じ踏み跡のようなラインも見える。
30分くらいで行けそうだ。
早く着いたので行ってみようと思い、歩き出したが、いきなりハイマツが邪魔をして容易には進めない。
こんなんが時々出てきたら、厄介なのでやはり止める。
(翌日、頼母木小屋の管理人に聞いたら、そのハイマツを20mほど我慢すれば、あとは楽な道だと教えてくれた。う~む、残念)

南の尾根、牛首山への道は手術の跡のようだ。
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あちらを下っていくと湯ノ島小屋に至るが、下からだとそこまで林道のゲートから3時間半も歩かなければいけない。こんなルートを歩く人がいるのだろうか。

25分ほど休憩して出発。正面にはここまで歩いてきた道と御西岳、その向こうに雲がかかって飯豊山が見える。
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帰りはガスっても構わないので、のんびり行く。
高山植物をひとつひとつ確認しながら。
紫系は、ツリガネニンジン、ミヤマリンドウ、オヤマリンドウ、タカネマツムシソウ、ミヤマトリカブト
白系は、モミジカラマツ、ハクサンボウフウ、マルバコゴメグサ、コウメバチソウ、ヤマハハコ
黄系は、シナノキンバイ、ミヤマキオン、ミヤマアキノキリンソウ
赤系は、アサマフウロにアザミ類
ほんとにたくさんの高山植物があった。私もだいぶ覚えてきた。
これはヨツバヒヨドリの蜜を吸うクジャクチョウ。
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なんと振り返ると大日岳がガスの中。いやあ、危なかった。
御西小屋に着いたのは4時ちょうど。下りの方が時間がかかってしまった。
小屋にもガスがかかっていたので、とにかく小屋の中に避難。
明るいうちにメモを付ける。

最初は3人ほどしか宿泊者はいなかったのに、どんどん人が増えてきて、最終的には11人。狭い小屋なので結局たたみ1枚分くらいのスペースしか確保できなかった。
最後に到着した3人組が2階をあてがわれ広々と使っていたのは、ちょっと納得がいかなかった。

それはともかく、ここのビールはものすごく冷えているので有名なのだそうだ。
その秘密は雪渓。小屋のすぐ下にある雪渓から雪を運んできて、それを発泡スチロールの容器の中に入れて、冷やしているのだ。
350mmが1000円だが、飛ぶように売れている。
つまらない男のようだが、私は節約する。

新潟から来たという男性は今日で百名山を制覇したとのことで、回りの人が祝福していた。
おめでたいことだが、これからはどうするのだろう。
2周目を目指すという人とか、200名山、300名山と広げていくとかいう人もいるらしい。
各都道府県の最高峰を制覇するとか、離島の山を制覇するとか、同じ制覇系でも違った切り口を考えたらいいかもしれませんね。

ちなみに飯豊連峰は新潟市内から見えるらしい。角度的に北股岳が一番高く見えるのだそうだ。冬などは真っ白に輝いているのだろう。ちょっとうらやましい。
ただ、飯豊山は百名山をやっている人にとっても最後の方になることが多いらしい。
それだけ交通の便が悪いということだ。確かにどうやって来ても日帰りはほとんど無理だ。

少し早いが4時半から夕食の準備を始めた。隣の人と向かい合わせになり、スペースを節約する。
今夜も昨夜と同じメニュー。インスタントラーメンにアルファ米、焼き鳥の缶詰にソーセージ炒め。食後もずっとメモ書きを続けていたが、2度ばかり外に出て、夕景を撮影する。
これが5時半。
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これが6時10分。
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わずか30分ちょっとで、色が全然違う。

外はすっかりガスも消え、烏帽子岳と北股岳のシルエットが美しく浮かび上がった。
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夕日は6時15分、日本海に沈んだ。
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日没後もヘッドライトをつけてメモを書いていたが、まわりはどんどん就寝。
7時すぎには小声でおしゃべりしていた2人組も静かになってしまったので、こちらも寝ることにする。
空には大きな満月が出ていた。
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胎内市方面だろうか、街の夜景も若干見えた。

耳栓をしてわりとすぐ眠りに入ったが、足の疲労のため、何度も夜中に意識が戻った。
明日は寝坊はしたくないと思い、3時にトイレに起きた時、4時にアラームをセットしたが、間抜けなことに、こちらは耳栓のため音に気づかす、隣の人につんつんと起こされてしまった。
大変申し訳ないことをした。

まだ全員寝ているので、部屋で食事の準備をするのは憚られ、扉を一つ隔てた玄関みたいなスペースで作業を始めた。
メニューはまたしても同じ。アルファ米と麻婆茄子、みそ汁にフルーツ缶詰。
食事は済んでも、まだ暗く、まだ皆さんお休みなので、出発の準備がなかなか進まず、その間に確認しようと思ったスマホの受信もなぜかアンテナが立たず、ずるずると出発が遅れ、3日目は5:30になってしまった。
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私を起こしてくれた男性は30代後半だろうか。
彼も結局起きてしまい、早めの出発のようだった。
ここを拠点に大日岳と飯豊山、両方をピストンし、山形県小国町に下山するのだそうだ。
車で来たら、そうするしかない。
彼は往路は石転び沢の雪渓を登ってきたそうである。
石転び沢は、山にあまり関心のない頃から知っていた。
山形勤務時代、よく遭難のニュースで流れていたからだ。
山を始めた以上、一度は歩きたい沢である。

そう言えば、3時にトイレに起きた時、月明かりで小屋の影ができていたのには驚いた。
空が明るすぎて、星もあまり見えず、オリオン座が分かるくらいだった。
火打山の時は満天の星だった。夜空にもいろいろとあるのだ。

さて歩き出す。とりあえず、なだらかに下る。
正面の山々はモルゲンロートに輝いているので、もう日はとっくに昇っているのだが、このあたりは御西岳の陰になって、なかなか日が当たらない。
先に歩いているのはテント泊だった人だろうか。
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別に追いつこうとしたりはせず、マイペースで行く。

体操を忘れてしまったので、途中でアキレス腱だけ伸ばす。
今日は着替えて半袖。朝のうちはすこし寒いかと思ったが、歩いていると風が吹いてもちょうどいいくらいだった。

それにしても朝の日差しに照らされた山肌の緑が本当に美しい。
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上空に雲はひとつもないが、東の谷は雲海。
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雪渓のスプーン・カットも斜光に照らされ見事だ。
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次第に天狗岳(1979m)へのゆるやかな登りに転じる。どうやら道はピークを巻いているようで、頂上へ通じる踏み跡らしき道に注意しながら進むが、何もない。
道にも昨日のような「天狗」の標識もない。
これでは、悔しいが登ったことにはできない。残念。
振り返って、御西小屋にお別れ。
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天狗岳を回り込むと、今日登る烏帽子岳と北股岳への稜線が目の前に広がった。
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飯豊連峰(3)

飯豊連峰の縦走は2日目を迎えている。
切合小屋で15分ほど休憩、7:35に飯豊山に向けて出発した。
このあたりから見る大日岳は、鳳凰三山から見る南アルプス北岳によく似ている。
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間もなく単独の女性とすれ違う。女性が飯豊に単独とは、わりとめずらしいのではないか。
このあたり、オオクマノキやモミジカラマツが咲いている。
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振り返ると、切合小屋の向こうに磐梯山が浮かんでいた。
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磐梯山はかっこのいい山だ。

このあたりからの山の連なりもすごい。
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数えてみたら、一番多いところで12列あった。

地面には花崗岩の上に水たまりができている。
昨夜の雨によるものだろう。水筒に水がなくなっていたら、腹ばいになって飲みたくなるくらいきれいだ。

草履塚の登りで、空身の人とすれ違う。これが切合小屋に置いてあった赤いザックの人だろうか。
8:10、草履塚(1908m)の山頂に立つと、水の音が聞こえてきた。
対岸の雪渓から流れ落ちる沢の音だ。
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今年は雪が多かったので、かなり遅くまで雪渓が残っているらしい。

いよいよ飯豊山が近づいてきた。
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そして、見よ、この景色を。
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ほれぼれするではないか。ほんとに日本ってすばらしい。

御西岳と大日岳の競演も見事である。
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そして、これがこれから一旦下って、最後に登る御前坂。
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なかなか厳しそうだ。私の荷物のことを少しは考えてほしい。

眺望を堪能して、もう一つ小さなピークを越えると眼下に、姥権現が見えた。
色鮮やかで、最初は誰かがザックをデポしているのかと思った。
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下ってみると、こんなお姿である。
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ちょっと恐ろしげな表情。どんな謂われがあるのだろう。
このあたり、トリカブトが群落をなしているのも、不気味だった。
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ここを過ぎると、御秘所と呼ばれる岩場。名称がいちいち信仰の山であることを伺わせる。
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途中かなり危ないところもあったが、慎重に通過した。
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さて、あとは御前坂を登るのみ。目指すはあそこ。
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考えてみれば、三国岳からの稜線は基本的に森林限界を越えており、ずっと見晴らしがよい。標高2000mに満たない稜線で、こんなに視界が開けているのは、北海道や東北の山の特徴だ。

登り始めると、さっきの鞍部のあたりをガスがさーっと駆け抜けていき、一瞬、下が真っ白になった。
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これにはあせった。見れば、大日岳の方向にも千切れ雲が浮かんでいるし、飯豊本山付近にもガスが流れている。
間に合えばいいのだが。

御前坂はガレ場で、あちこちの石に○や×の印がついている。
道が荒れてしまって、無数のルートがあるのだ。
どこを通っても登れるのだが、歩く範囲を限定して、植生の回復を狙っているのだろう。
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ガスは相変わらず流れているが、青空も見えている。なんとか大丈夫か。
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たどりついた山頂部の石垣は一ノ王子と呼ばれる。
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これが本山だと勘違いしていた。本山部分は、わりと広いくぼ地状になっており、ピークはこの一ノ王子と小屋のある場所、そしてその手前の人工的に積み上げた岩場の3つがある。
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一ノ王子はハイマツが邪魔して行けなかった。
というより、早く登頂しないと山頂がガスに巻かれてしまいそうで、あせっていた。
でも、写真は撮るので、なかなか小屋までたどりつけない。
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ようやく9:30、本山小屋に到着。
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(左は飯豊山頂)
ガスは東側に発生しているようで、今のところ山を越えて西に押し出すような勢いはない。
ということで、東側の展望はきかないが、基本的には晴れている。

小屋は三国小屋と同じような2階建ての建物で、積雪時のためなのだろう、2階にも出入り口がある。
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その右奥に飯豊山神社の鳥居と社殿があるが、今は閉まっている。
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あのコンクリートの建物の中に神様が祀られているのか。

周辺の撮影を終えたところで、小屋を覗く。
扉を開けて、「こんにちは~」と声をかけると、「何の用?」との答え。
必ず、こういうタイプの山小屋の人がいる。雇われ小屋番で、儲けなくてもいいからだろう。もう慣れた。
「バッジを下さい」
表示を改めて見ると、800円。自分にとっては史上最高。もしかして全国最高?
(え~高いなあ)
と文句を言いたかったが、言っても負けてもらえるわけはなく、さらにこのおじさんの態度が悪くなるだけなので、言わない。

「下から来たのかい」と聞くので、そうだと答えたら、「何時間かかった?」とまた質問。
「6時前に出たので3時間半くらい」と言うと、「それは驚異的だ」と驚く。
そうかなあ、標準タイムは三国岳から4時間10分だから、早めではあると思うけど。
話しているうちに、どうやらこの人は、私が今朝、登山口の川入から来たのだと思っていることが分かった。
「違いますよ。今朝は三国からですよ。川入から標準タイムで9時間半。3時間半で来られるわけないじゃないですか~」と言うと、
「だから驚異的だと言ったんだ。それなら普通だ。まあ早い方だが」
「さっき、三国小屋には2人いたって言ったじゃないですか~」
「それなら、『あと2人』とか『私の他に』って言わないと、あなたが泊まっていたかどうかは分からない。言葉は正確に使わなくちゃならん」
こりゃ、だめだ。こういうことを笑い話にできない人らしい。
議論してもバカバカしいので、「それは失礼しました」で終わりにした。

気を取り直して、神社に改めて参拝。二礼二拍手一礼で登頂のお礼と今後の安全登山を祈願し、9:45出発。
山頂はもう目と鼻の先。
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大日岳の雲が発達してきたが、とにかくここからは起伏の少ない気持ちのよい稜線歩きだ。
これまでの荒々しさとは全く違う、北海道の山のようなたおやかな表情になる。
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左手下にかわいい池塘群を眺めながら、緩やかな斜面をゆっくり登る。
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10時ちょうど、飯豊山頂(2105m)に立つ。
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頂上には細長い標柱と小さな石の祠、古い三角点がある。
そして、トンボの乱舞。

ここは飯豊本山よりわずかに3m高い。しかし、山体としては本山の方がメインでこちらはただの出っ張りに見える。
本山を飯豊山頂として、このピークは別の名にしても良かったのではないか。
実は飯豊連峰で一番高いのは大日岳の2128m。
そもそも飯豊山が最高峰なわけではないのだから、ここは西飯豊山でもよかったような気がする。

それはとにかく、百名山の頂上に、登山者が1人もいなかったのは初めてだ。
全体に歩いている人も少ないし、もう飯豊のシーズンは終わったのかなという気もする。

振り返ると飯豊本山と一ノ王子(右)が見える。
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一ノ王子はトトロの耳のようだ。

西方眼下には70mほど標高が低い駒形山(2038m)が見える。
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わずか70m低いだけで、こんなに下に見えるのに驚く。
ここ飯豊山頂の小型版のような形だ。

北西方向には、明日歩く予定の天狗岳(1979m)がくっきり見えるが
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烏帽子岳だけが、なかなか雲の中から顔を出さない。
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大日岳のすっかり雲に隠れてしまったが、御西への道は楽しそうだ。
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逆に東のガスが薄まり、飯豊山から北に延びる大嵓(だいくら)尾根が姿を現し、宝珠山(右奥)がうっすらと見えてきた。
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こちらは上級者コース。いつか来ることがあるだろうか。

山頂で、当然休憩。
ひろさんにもらった羊羹とイチゴとトマトのゼリーをいただきながら、地図を広げ、あちこちの山を確認する。豊かな時間だった。

立ち去るのが少しもったいないが20分ほどで出発。
駒形山への登りで、単独の男性をすれ違う。
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随分焼けていたので、「縦走中ですか?」と聞くと、「4泊5日。バテました」と謙遜していた。
30代くらいだろうか。やはり若い人は感じがいい。
と今まで若い人を礼賛してきたが、もしかしたら高齢者は疲れていて、口も開きたくないという状態なのかもしれないと、ふと思ったりもした。

飯豊山は西から見ると、それなりに美しいプロポーションをしている。
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どっしりした本山とスレンダーな山頂がセットで、ひとつの山ということでいいのかもしれない。
いろいろと考えが変わってすいません。

駒形山には10:40着。
ここからは西からの飯豊山が一望できる。当然ながら手前にある山頂の方が高い。
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本山は、南から見ると、あれほど立派なのに、こちらからだとただの斜面の突起にしか見えない。不思議なものだ。
そう考えると、どこから見ても、変わらぬ威厳を見せる富士山とか槍ヶ岳などは、本当に名峰中の名峰なのかもしれない。

下ると、笹の道。
振り返ると、駒形山と飯豊山の競演。
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アサマフウロのほか、霧ヶ峰では8月上旬にはとっくに終わっていたニッコウキスゲも見ることができた。
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今、三国岳から見えていた雪渓の稜線近くを歩いている。
雪が解けて、川になって、流れていく音が聞こえる。いい音だ。地球の音である。
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あちらから見えていたということは、こちらからも見える。
はるか遠くに、三国小屋も切合小屋のザレ場も、磐梯山も。
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手前には、竜安寺の石庭のような雪渓。
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今日は意外に足がよく上がる。ザックの重さにも慣れたようだ。
人間は大したものだ。ただ、今日も休み休みとは言え、5時間以上歩いてきて、少々疲れた。草月平というところで、ザックを下ろし、しばし休憩。お菓子を食べる。

なんか、ちょっとモンゴルを思わせる風景だ。
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ケルンがモンゴル草原のオボーに見える。

腰を下ろして地面に近づくと、また別の世界も見えてくる。
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タカネマツムシソウは花びらが散ると、緑の団子のようになってしまうことも発見。

さて、視線をまた1m60cmに上げて歩き出すとしよう。

つづく
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飯豊連峰(2)

三国岳(1644m)は、新潟、福島、山形の3県の県境にある。
それだけ重要な山なのに、標高もそれほど高くなく(支脈の疣岩山より低い)、山容も凡庸で(遠くから見ると識別しにくい)、山の標識も実に目立たない。
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ガスは北から西を覆っており、飯豊山方面や大日岳は雲の中。
疣岩山(1654m)方面も谷からガスが上がってきているが、稜線自体はよく見える。
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これから、そちらへ空身でピストンする。13:05出発

稜線の道は高山植物が豊かで、色の濃いヨツバヒヨドリ、ミヤマアキノキリンソウ、ミヤマコゴメグサ、コウメバチソウなどが咲いていた。トンボも乱れ飛んでいる。
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緩やかなアップダウンを繰り返して、疣岩(いぼいわ)山には13:40到着。
会津盆地方面の見晴らしはいいが、標柱はなく、三角点があるのみ。
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まだ時間にゆとりがあるので、巻岩山(1578m)まで、一足のばすことにする。
少し下ったところでT字路。ここが松平峠を経て弥平四郎へ下る道への分岐だと勘違いし、右の道を行く。
100mほど歩いたところで、池が現れ、行き止まり。
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あれれと思い、分岐に戻ると「←獅子沼 飯豊山→」の標識が。
これは枝道だったようだ。どうりで、草の刈り方が雑だと思った。
それにしても、100mくらいでよかった。
獅子沼がもっと先だったら、かなり時間をロスしてしまったはずだ。

正しい道をしばらく行くと、正しい分岐に出た。
松平峠への道は、ものすごい急で尾根もやせていて、ナイフのようだ。
あそこを登ってくるルートを選ばなくてよかった。

巻岩山への道には何か所かクマの糞が落ちていた。比較的新しい。
時々、登山道でクマの糞を見るが、やはり、広々としている所の方が、森の中よりやりやすいのだろうか。
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巻岩山には14:10に到着。ここには標柱も三角点もなく、誰かが忘れた帽子が木の枝に掛けられているだけだった。
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このあたりからは、はるかに会津盆地が望めた。そしてその一段上には猪苗代湖が見えるではないか。
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これには少なからず感激。

気をよくして、引き返す。
途中、だんだんガスも消えてきて、三国岳が見えた。
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この角度から見るのが一番端正かもしれない。

ピストンはあまり好きではないが、こういう出張ピストンは基本的に空身だし、楽しい。
歩いてきた道を眺めるのも悪くない。
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そうこうしているうちに、今度は磐梯山が雲の中から姿を現した。
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2つのピークがあるのは明治時代(1888年)に大爆発を起こしたからだ。
新聞に写真が載るようになったのは、磐梯大噴火からだと言われている。

三国岳に至る剣ヶ峰の岩稜もその全容を現した。
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この道をよじ登ってきたわけだ。

振り返ると、疣岩山。やっとはっきり見えた。
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イボ程度の突起ということか。

午後3時過ぎ、三国小屋に戻ってきた。
すると、ちょうど60歳くらいの男性が剣ヶ峰から登ってきたところで、「泊まりますか?」と聞く。
この方と同宿になるのかなあと思いながら、「はい」と答えると、その方は「ありがとうございます」と言って、管理人室のカギを開けて入っていった。
なんと、管理人さんだった。
ちょうど交代で、昼間の時間帯はたまたまいなかっただけなのだ。
というわけで、宿泊費2000円を支払うはめになってしまった。

まだ夕食には早いので、小屋の外でメモを付けていたら、かなり見え始めていた大日岳や巨大な雪渓を抱えた御西岳に、再びガスが湧いてきたので、あわてて写真を撮る。
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しばらく、小屋の玄関先で、もう1人の同宿のおじさん、管理人さんと雑談。
川入には以前9軒の民宿があったが、今は4軒。みな経営者は高齢者ばかりなので、亡くなったら店じまいせざるをえないだろうと話していた。
その前に今年、飯豊トンネルが開通したら、マイカーで川入を通過して、もっと上まで行けるので、大きな打撃のはずである。

午前中に訪ねた地蔵小屋跡にはつい最近までトタン屋根の建物が残っていたのだそうだ。
戦前の信仰登山が盛んだった頃には小屋番もいて、下の草地では野菜を作っていたのだという。
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またガスが晴れて、飯豊本山(山頂ではない)が見えてきた。四角いのは避難小屋だ。
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4~5年前までは、夏のシーズンになると里にある飯豊山神社の神主さんが本山の社務所に常駐していたそうだが、今は高齢のため来られないのだとか。

で、見下ろすと、剣ヶ峰を登ってくる人の影が。
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到着は5時過ぎるだろうが、暗くならないうちに着いてよかった。
小屋に張ってある新聞のスクラップで知ったのだが、4年前にはこの剣ヶ峰で4件の滑落事故が発生、うち3人が亡くなったらしい。恐ろしいところなのだ。

5時半前、この最後の到着者を迎えたところで、小屋に入る。
夕食はインスタントラーメンを汁代わりに、アルファ米とゆで卵、焼き鳥の缶詰、ソーセージ炒めというメニュー。
ライスが多くないので、おかずを多めにした。満腹になった。

ただ、容器に入れてきたサラダ油が漏れて、袋がギトギトになっていた。
もう少し厳重にパッキングすべきだった。
とにかく、レジ袋を三重にして山行最後まで持たせることにする。

今夜の宿泊者は私を含め3人。同宿者はいずれも、60歳を過ぎた単独男性だ。
1人はやはり百名山をやっているのだという。東北の山に行ってくると家族には伝えて出かけて来ており、9月に戻ればいいから、こことあともう一つくらい登ったら、帰宅するとの話。
剣ヶ峰がかなり堪えたらしく、体力温存のため、飯豊山への往復は2日かけることにしたという。
それにしても、本当に百名山制覇を目指している人が多いのには驚く。

私も飯豊で百名山は30になった。その経験で言っても、百名山はとても魅力的な山であることは間違いない。
ただ、私の場合、どこかに登って、そこから見えた山に登りたくなるという質なので、百名山には全くこだわらない。
出張などを利用して遠隔地に行く時は、さすがにメジャーな山を選んだりするが、それでも山頂をピストンすることはほとんどない。
むしろ、こんなすばらしい山を見つけた、ということに喜びを感じる方だ。

百名山をやっている高齢者の方はみなお金も時間もあるのだから、決められた山ばかりではなく、自分で山を探してほしいなあと思う。
そうすれば、百名山ばかりに人が集まって俗化と荒廃が進んでいくことが防げるのに。

なんて生意気なことを申しました。
さて、お二人は6時半にはシュラフに入ってしまった。
もう外も真っ暗なので、こちらも寝ることにする。
ラジオを聞くと、明日の天気は晴。なんとか大丈夫のようだが、時折闇の中で何かが光っている。雷だ。イヤホンをはずすと、雨音。
ゲゲ。でもまあ夜のうちに止むだろうと信じ、眠った。

4時に起きて、5時に出発のつもりが、目が覚めたら4:45。
あわてて跳び起きて、朝焼けの写真を撮影。快晴ですばらしい天気だ。
これは吾妻連峰
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そして磐梯山
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窓の外を気にしながら、朝食の支度。
メニューはアルファ米、フリーズドライの中華丼、みそ汁、デザートにフルーツ缶詰。
日が出てきたので、再び外に出て御来光を拝む。太陽は米沢のあたりから昇った。
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大日岳や飯豊本山も朝日に染まった。
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雲海に浮かぶ峰々がそれぞれ何か、管理人さんに教えてもらった。
東側には、北から蔵王連峰、吾妻連峰、安達太良山、そして磐梯山。
南に見える山も雄大だが、これは名のある山ではないという。
で、食事を済ませ、2日目、8月31日は5時50分に出発。
まずは下り。昨夜の雨で滑るので、慎重に。
タカネマツムシソウ、ツリガネニンジン、ミヤマアキノキリンソウなどが沿道に咲いている。

このあたり地形図を見ると、福島県の領土が飯豊本山を経て御西岳までみみずのようにのびていて、県境線が2本あるのでとても見にくい。
これは明治期に、飯豊山神社の参拝道を福島県側が主張したからだそうだ。
幅は10mとも1mとも言うが、結果的に福島県は後世、登山道の整備という義務を負わされてしまったのではないか。あまり道標など整備されているとは言えない。

これが今日歩く道のり。左から大日岳、中央の雪渓のあるのが御西岳、右奥の富士山に似ているのが飯豊本山。
登り返しはハシゴ場。
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これをクリアして、しばらく行くと、見晴らしのいいところで、本山から下ってきた単独の男性がおり、しばし雑談。管理人さんの受け売りで、あれが蔵王などと教えてあげた。

ここが山地図に出ている七森だろうか。標高は1670mくらい。
ここからは会津を取り巻く山々が遠望できる。
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この先1719mピークあたりまで来ると、飯豊山が本山だけでなく山頂が見えてきた。
ここからだと山頂の方が奥なので、低く見える。
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中央奥の平らに見えるところが山頂だ。

種蒔山(1791m)は山頂の北を巻く。
何とか山頂に行きたいが踏み跡が見つからない。
そうこうしているうちに、こんな標柱が。
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ルートも見当たらないので、この標柱ももって「登った」と認定することにする。
午前7時ジャスト。

眼下には切合(きりあわせ)小屋が見える。
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正面は飯豊山を登る前に越えないといけない草履塚(1908m)。
緑が目にまぶしい。

それにしても、この重畳たる峰々の列には驚くばかりだ。
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日本は本当に山国なのだなあと実感する。
足許には、高山植物の数々。ミヤマリンドウ、イワショウブ、ノアザミ、ミヤマキンバイ、ヨツバシオガマなどなど。

えぐれた登山道を抜けると、切合小屋のある平場に出る。
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ここにはたくさんのケルンがあった。

ここから右に道が分かれており、右に行くと地蔵岳(1539m)に至る。
昨日歩いた地蔵山とはまた違う山だ。
こちらはあまり手入れがなされていないようで、夏草が生い茂っていた。
ただ、遠くから見ると、道はきちんと通じているのが分かる。
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このあたりから眺める御西岳の雪渓は見事だ。
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真ん中の緑が鼻だとしたら、犬が白いサングラスをかけているようにも見える。

切合小屋には7:20着。
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まずは水を補給。3食とも自炊なので、水はある時に確保しておかないと大変なことになる。重いけれど、こればかりは仕方がない。
ホースからはしずくのようにしか出てこないので、水槽にコップを突っ込み、ペットボトルに移し替える。
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小屋の中を覗いてみたら、大きなザックが1つ置いてあった。
ここから飯豊山へピストンしているのだろう。
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こちらも15分ほど休憩して出発する。

つづく
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飯豊連峰(1)

台風のおかげで、やっと1か月前の飯豊連峰縦走が書けます。

行程は以下の通り
◆29日:東京駅八重洲口(22:30発・夜行バス)=
◆30日:=会津若松駅(5:10着、5:31発磐越西線)=喜多方(5:49着、6:00発タクシー)=五枚沢登山口(7:10)~五段山(8:50休憩15分)~地蔵山(10:35昼食25分)~三国岳(12:35休憩30分)~巻岩山(14:10)~三国岳(15:05)
◆31日:三国岳(5:50)~切合小屋(7:20休憩15分)~本山小屋(9:30休憩15分)~飯豊山(10:00休憩20分)~草月平(11:25休憩5分)~御西小屋(11:50昼食40分、御西岳往復15分)~大日岳(14:15休憩25分)~御西小屋(16:00)
◆1日:御西小屋(5:25)~烏帽子岳(8:10休憩10分)~北股岳(9:40休憩5分)~門内岳(11:00昼食40分)~地神山(12:40休憩15分)~頼母木小屋(13:45)
◆2日:頼母木小屋(5:40)~朳差岳(7:15休憩15分)~大石山(8:10休憩15分)~英三ノ峰(9:50)~足の松尾根登山口(11:10)=奥胎内ヒュッテ(11:20入浴など1時間)=中条駅(13:05着、13:34発羽越本線)=所沢

初めての3泊4日の縦走。
飯豊には当初、7月の3連休に行くつもりだったが、天候不順のため中止。
今回、多少ルートを長めにして1泊加えた、比較的ゆとりのある日程である。
ただ、飯豊には食事を出す小屋がほとんどないので、4日分の食料やいつもより多めの着替え、その他の装備でザックは20㌔近くに達した。
1泊2日の山行と比べ倍近い。
今回は体力勝負になるので、毎日焼き鳥の缶詰とフルーツの缶詰を用意したのだが、それがかさとなった。
かなり不安だ。
でも、どこの小屋も予約しているわけではない。
きつかったら、いつでも荷物をぶん投げて帰ってこよう、くらいの気持ちで出かけた。

夜行バスは「夢街道会津21号」。関東バスの運行である。
平日とあって車内はガラガラ。耳栓をしてすぐ眠りに落ちた。
会津若松駅には定刻より10分早い朝5:10に到着。
トイレを済ませて、5:31発新潟行き普通列車に乗り込んだ。
この列車この春、只見線・磐越西線の乗りつぶしに来た時に乗ったのと同じやつ。
ほとんど人が乗っていないが、編成は4両。新潟県に入る頃、通学の高校生がわんさと乗ってくるからだ。

天気はどんよりした曇。予報では晴れだったのだが。
残念だが、天気ばかりはいかんともしがたい。
喜多方に5:49着。ホームや駅舎の写真を撮って
DSC_2901.jpg

あらかじめ予約しておいた、塩川タクシーに乗り込む。
市街地にいるうちにコンビニに寄ってもらい、本日の朝食と昼食、水2㍑を購入。
車は五枚沢林道に入り、どんどん山へ分け入っていく。

福島側から飯豊連峰に入るのは、川入もしくは弥平四郎(やえしろ)から登るのが一般的だ。
でも、川入に行くバスは昨年で営業を終了。
弥平四郎へもオンデマンドバスが運行しているが、山都駅始発が10時と遅い。
しかも、いずれも標高が500mに満たず、相当標高差を稼がなくてはならない。

どうせタクシーを使わざるをえないなら、多少高くついても、一番標高の高い五枚沢登山口(1040m)まで行ってもらうことにした。
事前に喜多方市熱塩加納支所に確認したところ、通行可とのことであった。
谷地峠を越えて、登山口に入る分岐にはトラロープが張ってあるが、はずして通行してもよいとのこと。これを知らなかったら1時間近く余計に歩かねばならないところだった。

運転手さんは親切な方で、飯豊山のパンフレットをくれた上に、道々いろんな案内をしてくれた。昭文社の地図(以下、山地図と表記)には、この登山口までタクシーで約12000円と書いてあったが、実際は9000円ちょっとで済んだので、悪路を長時間走っていただいたお礼も込めて1万円をお支払いした。
その代わり、ここでテルモスとハイドレーションに移し替えた空のペットボトルを持って帰ってもらった。

登山口には登山届を入れる黄色いボックスがあった。
DSC_2905.jpg
おそらく遭難事故でもなければ来年まで開けられないであろう雰囲気の箱だが、しっかりと届けは出した。

体操をして7:10出発。ザックを背負うと、猛烈な重量だ。家を出てきた時より、水と今日の食料などで3㌔以上増えている。
しかも、いきなりの急登。まさに歩荷である。
すぐに尾根に出たが、これがまた急坂。
500mほどで1118mピーク。ここからは緩やかなアップダウンで、調子をつかむにはちょうどいい。
あまり歩かれていないと思われるコースだが、きれいに笹ヤブが切り払われており、路面も土と枯れ葉なのでショックが柔らかく、“身重”の私にはありがたい。
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しばらく歩いて、ガクンと下ると川入切合(きりあわせ)。
ここは喜多方と山形県飯豊町を結ぶ大規模林道の飯豊トンネルが供用開始になると(年内の予定)、最も飯豊山に近い登山口になるので、このルートも間もなくメジャーになるだろう。
林道に下りる道は「飯豊町ブドウ沢口」として、しっかりした道がある。
地形図には川入に下る登山道が書いてあるが、廃道の跡すら見当たらない。
山地図に記載がないはずである。

このルートには、赤と黄色に彩色されたひし形の道標があちこちにあるが
DSC_2923.jpg
これによると、さっきの1118mピークは月夜岳という名前だったことが判明。
地形図にも山地図にも表記がなかったが、これで「登った山」を一つ稼いだことになる。得した気分。

川入切合から五段山(1312m)までは標高差約300m。最初に100m急登した後は、平均勾配がほぼ半分になり、数十m登ってはほぼ平らな下りを繰り返す道になる。
頑張っては一息つけるので、とても助かる。

背中の重さには全く慣れず、道をふさぐ倒木があるたび、腰をかけて小休止する。
このあたりは樹林帯なので、そもそも展望にはあまり恵まれないのだが、標高1200mより上はガスの中なので基本的に何も見えない。
DSC_2925.jpg

五段山には8:50に到着。こんなにザックが重いのに、標準タイム1時間50分のところ、1時間40分で来られた。
DSC_2934.jpg
少なからず驚いたが、さすがにすでに疲労困憊。
腰を下ろして、行動食を摂る。草木に囲まれ、展望はそもそもない。

ここは大日杉登山口からの合流地点となっており、三差路。
大日杉側は山地図では点線になっているが、きれいにヤブが払われていた。
15分ほど休んで出発。
牛ヶ岩山(1402m)への道は湿っただらだら坂。
でも、急なところは足がなかなか上がらない。
登山はきついと思ったことは何度もあるが、つらいと思ったことはなかった。
でも、今日初めて思った。「苦しい・・・」

それでも牛ヶ岩山には思いがけず早く着いた。
まだ9:35。標準タイム1時間のところ30分で来たことになる。
例のひし形の標識が地面に置かれているが、山の頂上という雰囲気ではない。
誰かがいたずらして移動してきたんじゃないかと思いつつ、進む。

でも、山地図には牛ヶ岩山の先に「一帯に湿原が点在する」との記載があり、確かに地味だが池塘が2つばかりあり、ニラのような湿性植物が繁茂している。
DSC_2946.jpg

少し下った後に急坂があり、「ああ、やっぱりこっちが牛ヶ岩山だ」と思ったら、またひし形が地面に落ちており、今度は「五枚山」と書いてある(9:40通過)。
DSC_2951.jpg
地形図をもう1回見直すと、五枚山とは書いていないが、確かに牛ヶ岩山の先に小さなピークがある。
どうやら間違いではない。
またまた、「登った山」を一つ得した。

この先、山地図に御前山という記載があり、そのあたりにやはりひし形標識が落ちていた(10:05通過)。
正確な標高は分からない。
この辺は左側が切れ落ちて、南側が開けているので、何らかの展望があるはずだが、真っ白。
でも、相変わらずヤブを払ってくれているのは本当にありがたい。

地蔵山(1485m)は直前に少し急登するだけで到着。10:20。
ここには、例のひし形もないが、小さな池があり、これが地蔵山頂上にある血ノ池と判断した。
DSC_2969.jpg

少し下ると分岐の標識と広場があり、やはりさっきの場所が地蔵山頂上と確定した。
DSC_2975.jpg

標識には地蔵小屋跡へ100mとあるので、ザックを置いて行ってみる。
50mほどで小さな空き地があったが、これじゃないかもしれないと、さらに夏草の生い茂る湿った道を下って行くが、何も見当たらない。
適当なところで見切って引き返し、さっきの空き地をよく見ると、石垣や材木が確認できた。やっぱり、ここだったんだ。
DSC_2977.jpg
空身とはいえ、時間と体力をロスしてしまった。

まだ早いが、簡易イスを出して、昼食とする。パンをかじりながら、山行メモをしたためる。この広場にはオオイタドリやオヤマリンドウが咲いていた。
DSC_2973.jpg
小屋跡探検も含め、25分ほど休憩して11時に出発。

少し下ると、横峰小屋跡方面の分岐。そちらには峰秀水という水場があるようで、補給のためザックを背負ったまま下る。
100mほどで、石垣を組んだ涸れた沢が出てきて、「これかなあ」と思ったが確証は持てず、さらに下るも、それらしきものがなく、また引き返す。
やはり石垣のところだったのだろう。また無駄な体力を使ってしまった。

この先で、老夫婦とすれ違う。今日初めて人と会った。なんかホッとする。
さっきの分岐から先は、川入からの登山路なので、メジャーなコースに入ったわけだ。
地蔵山から下り切ったあたりで、前方のガスの切れ間からいきなり稜線が見えてきてびっくり。
DSC_3001.jpg

すると、みるみるガスが晴れてきて、これから登る三国岳、明日登る種蒔山などが見えた。
重い荷物を背負って、ここまで苦しい思いをしてきただけに、思わず涙が浮かんできた。
神様、これはご褒美なのでしょうか?

気持ちが軽くなると、不思議なことに荷も軽くなったような気がした。
振り返ると、地蔵山の姿もくっきり見えた。
DSC_3048.jpg

さて、三国岳(1644m)への登りは標高差2百数十m。ほとんどが岩場だ。
でも、単純な急登より、手を使ってよじのぼるような所の方が、かえって楽。
DSC_3075.jpg

この剣ケ峰の岩稜では何組もの方々とすれ違った。平日なのに、かなりの人出だ。
岩場はかなり危ないところもあった。
DSC_3105.jpg
荷物のせいでふらつかないよう注意したが、そのへんはストックなし腕組み歩きで鍛えたバランス感覚が役に立った。

岩が露出した荒々しい周囲の山腹や稜線を撮影しながら登っているうちに
DSC_3064.jpg
またガスが上ってきて、地蔵山を覆い隠し、三国岳の山頂も見えなくなってしまった。

頂上直下に水場がある。
と言っても岩場の尾根に水が湧いているわけはなく、断崖を標高差にして50mほど下らなければならない。
トラロープが張ってあったが、これがないと怖くてとても下れない。
DSC_3116.jpg

まだザックに水はあったが、今夜の夕食と明日の朝食にも使うので補給しておかなくてはならない。もしかして涸れているのではないかと思ったが、ホースが設置してあり、そこからチョロチョロと流れていた。
DSC_3122.jpg

コップで汲んで、まずはのどを潤し、500ccのペットボトル2本を満タンにして持ち上げた。
岩稜には、オヤマリンドウやイワショウブ、ヨツバヒヨドリが咲いていた。
DSC_3113.jpg

そして、12:35三国岳山頂に到着。今日はここに泊まる。この石のようなザックをもう担がなくていいのだ。解放感!
早速、三国岳避難小屋にザックを置く。
DSC_3130.jpg

中には誰もない。管理人もいない。
もう下山してしまったようだ。
中は辛気くさいので、外に腰掛け、昼食の余りを食べつつ、またメモを付ける。
また、あたりはガスの中に包まれてしまったが、目の前には白いナデシコとでも言うべき、センジュガンピが咲き乱れていた。
DSC_3134.jpg

つづく
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