山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

川苔山・本仁田山2

そうそう、コースタイムを書くのを忘れていました。
以下の通りです。
古里駅(8:25)~721m峰(9:20)~赤杭山(10:10)~エビ小屋山(11:00休憩10分)~曲ヶ谷南峰(11:45)~川苔山(12:10昼食30分)~瘤高山(13:50)~本仁田山(14:10休憩15分)~平石山(14:45)~登山口(15:40)~奥多摩駅(16:30)

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エビ小屋山では標石の上に腰掛けて、10分ほど休憩。テルモスのお湯で卵スープを飲む。
木々がまばらで南側がなんとなく開けているが、霧のため眺望はゼロ。

来た道を戻り、登山道に出ると、また白髪の男性に抜かれていたのに追いついた。
今度は軽く会釈をして通り過ぎる。

北東方向に続く尾根道を進むと、次第に左にトラバース。鞍部から右に振り返った小さなピークが真名井沢ノ頭だ。
この地名は地形図はもちろん「山と高原地図」にもなく、ヤマケイの「東京周辺の山」に書いてあった。
ここから東に延びる尾根に地図上、道はないが、雪の上に足跡があった。
帰宅してネットで調べると、この尾根はよく踏まれているようだ。
改めて地図を見ると、わりとゆるやかで歩きやすそうな尾根である。

ここから曲ヶ谷南峰までは防火帯の中を歩く。雪がちらついてきた。
もともと雪はしっかり積もっており、深さは15㎝ほどあるところもある。
クラストになっているので、トレースじゃないところの方が歩きやすい。
しばらく、なだらかな道だったが、最後は急登となる。
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頂上には石にマジックで書いたような標石があった。かわいい。
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ここからは南方向が開けており、本仁田山が望めるが、雲で半分隠れていた。

5分ほどで北峰に着く。
ここは北が開けており、日向沢ノ峰から蕎麦粒山方面の稜線が見える。
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北西方向には外秩父の先に、関東平野をはさんで赤城山や榛名山もはるかに望めた。
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(奥の山並みが榛名山)

もう川苔山はすぐそこだ。いったん鞍部に下りると、そこは十字路で「東の肩」と呼ばれる場所。
地図上は小屋があるはずだが、それらしきものはない。
よく見ると、小屋の部材らしきものが脇に片づけられていた。
ウィキによると、以前は茶屋があったが、今は廃業し撤去されている、とある。
いつまで営業していたのだろうか。
わりと人気にある山だと思うが、一時期よりはハイカーが減ったのか、経営者が高齢化したのか、昔の写真でもあったら見てみたい。

ここから5分ほどで、山頂に到達。標高1363m。
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ここまでは、1人にしか会わなかったが、山頂にはベンチが3つあって、いずれも埋まっている。
その後、入れ代わり立ち代わり、続々と人が現れ、こちらが30分滞在している間にのべ30人近くは来ただろう。この数は、このシーズンとしてはかなり多いと思う。

肝心の眺望だが、晴れていれば富士山も見えるらしいが、本日はまるでだめ。
西方向には石尾根が見え、鷹ノ巣、七ツ石、雲取まで、雲に見え隠れしつつ確認することができた。
南には木々の合間に大岳山が顔をのぞかせていた。
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景色をひととおり確認したところで、昼食。ベンチはふさがっているので、折りたたみイスを出す。
メニューはインスタントラーメン。具は半熟卵とレモン風味の牛タン。
晴れてはいないが、風がないので、ダウンを着込まなくても済んだ。

ところで、川苔山の表記である。地形図には「川乗山」とある。頂上の標識の「川乗山」だ。
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しかし、よく見ると、右の新しい道標には柱に「川苔山頂」とある。「山と高原地図」も「川苔」派だ。
ウィキによれば、地名の由来は、この山を源とする谷に、川苔(淡水産で食用の緑藻)が採れるので川苔谷と呼ばれており、だから山の名前も「川苔山」が正しいとしている。
「川乗」は国土地理院の誤記だそうだ。
それにしても、この誤記は影響が大きく、山中のあちこちの道標はほとんどが「川乗山」となっている。
ただ、それが誤りであるとの認識も広がってきたのか、新しい標識はみな「川苔山」になっていた。

ちなみに、ネットのヒット件数は、「川苔山」が18万7000件、「川乗山」が1290万件で、けたが2つ違う。国土地理院の影響力恐るべし。
ただ、本当に誤記なのか、何らかの根拠があったのかは不明だ。

さて下りは、東の肩を右に折れ、本仁田山に向かう。
最初はかなりの急坂で、途中、水場の舟井戸がある。
井戸とは言うがわき水ではなく、すでに沢になっている。この季節なのに、涸れずにしっかり流れていた。
ラーメンのせいで、テルモスの湯を大量に使用したため、水が欲しかったが、ここで汲むのは諦めた。

下り切った鞍部が舟井戸のコル。標高は1210mほど。
分岐を鳩ノ巣駅方面に下っていくハイカーの後ろ姿を見送り、鋸尾根を登る。
地形図では、川苔山と本仁田山を区切る鞍部「大ダワ」までに4つの小ピークがある。場合によっては、もう1つ隠れピークがありそうだ。あるとしたら、1つ目1240mピークの次だ。

しかし、歩いてみると、これはピークと言えるものではなかった。地図の通り、ひとつひとつピークを越えて、最後に岩場もある急坂を下り、大ダワにでる。
目の前に登るべき山が見えているのに、下り続けるのは、精神的にかなり滅入る。
橋でも架けたくなってしまう。
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(鋸尾根を下る。正面は本仁田山)

大ダワには小さな祠がある。ここは十字路になっているが、西方面は通行止め。
ただ、少しだけ失敬すると、そこには雲取方面の展望が広がる。
雲取は東京都最高峰で日本百名山ということで有名だが、どこから見ても地味で、かなり歩いている人でないと、すぐに「あれが雲取」と言い当てるのはむずかしいと思う。

でも、ここからは、視界の中央にゆるやかな三角すい状に見える。雲取が名峰らしく見える数少ない場所ではないか。
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右肩に雲取山荘が小さく小さく見えるのも興をそそる。
雲取を目印に目を左に転じれば、七ツ石、鷹ノ巣と石尾根の主なピークをたどることもできる。
鷹ノ巣山麓に稲村岩がそそり立っているのも分かる。
今日はこのパノラマが見られたことで満足しよう。

大ダワからの登りで、アイゼンを装着していた男性を追い抜く。
私は結構歩くのは速い方なのかもしれない。
抜くことはあるが、抜かれることはほとんどない。
まあ、止まっている人を抜かすのは当然なんだけど・・・

瘤高山は谷をはさんだ尾根から見ると、ピークらしく見えるのだが、登ってみると、まだ登りが続いているので、ピークという感じではない。眺望もいまひとつだし、アイゼンの男性が近づいてきたので、すぐ出発。
山頂を右から巻くようにして登り、2時すぎ本仁田山に登頂。
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標高1224m。東が開けており、高水三山や関東平野方面が見えたが、あっという間に雲の中に隠れてしまった。ここには朽ちかけた東屋があり、そこにザックを置いて、紅茶を飲んでいると、アイゼンの男性が到着した。
「大ダワはまいりましたね。あまりに下るので、心が折れかけました」

そうなのだ。さっきの大ダワはまっすぐ鳩ノ巣駅に下りる道がある。
あれだけ下って、また登り返すのがおっくうになり、本仁田を登るつもりで鋸尾根を来たのに、あそこで諦めてしまう人がきっと少なくないだろう。

改めて挨拶を交わし、私はすこし戻って、地形図に道の表記がない平石尾根を下る。
実はこのルートこそ、本日のメインイベントと言っていい。
道の表示のないところを、地図と磁石だけを頼りに下れるか、という入門編である。

登山道からはずれる分岐には、道に倒木で「通せんぼ」がしてあった。
これは、あちこちの登山道に普通にある、「ここから先は登山道ではありません」という無言の標識だ。
これに気づかず、道迷いに陥ってしまう人も少なくないだろう。

今回は分かって進む。
雪は積もっているが、なんとなく夏の踏み跡が分かり、枝尾根に入り込んでしまいそうな場所もない。
ただ、平石山(1075m)の手前の鞍部までに小ピークが一つあるが、隠れピークがもう一つあるかもしれない。

もし、平石山に標識がなく、平石山を隠れピークと誤解して、通過してしまった場合、延々道なき尾根を下り、現在地を見失ってしまうおそれがなきにしもあらず。
まあ、自分の高度感覚と距離感覚があれば、今回のケースで誤ることはあるまい。

地図通りの地形を確認しつつ鞍部に到着、登り返したところが、予想通り平石山で、木にくくり付けた立派な手彫りの標識もあった。小さなケルンもあった。人はちゃんと来ているのだ。
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写真だけ撮って来た道を鞍部まで引き返す。
よく見ると、ここは切通状になっている。北側にもかつては生活道が通じていたのかもしれない(ただ北側には集落はない)。

さ~て、最大の難関はここから。
本仁田山から平石山経由のルートは「山と高原地図」には点線にすらなっていない。完全な廃道扱いである。
地形図では、平成19年更新の「武蔵日原」には表記がなく、平成18年更新の「奥多摩湖」には表記がある。ヤマケイの「東京周辺の山」には「不明瞭」との注記を添えて掲載している。

おそらく平成18年に廃道になったということではあるまい。
かなり前に廃道になり、それがたまたま平成18年までの地図に残っていただけなのだろう。

鞍部からの下りは最初、それらしき踏み跡があるが、間もなく何もなくなる。
ここは一応、地形図上、谷ということになるが、V字谷ではなく、板を斜めに置いたような斜面である。
斜度は30度くらいか。
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一帯が植林で、地面は柔らかい土の上に腐った落ち葉が積もっている状態。

道が分からない以上、捜しても仕方がない。行く方向は分かっているのだから、まっすぐ進むしかない。
等高線とは直角にぐいぐい下っていく。靴は土にもぐり、それが自然にブレーキとなる。
しかし、たまに勢い余って、体勢を崩し、何度も手をつく。尻もちは何とか免れた。

下るに従い、石が混じってくる。
踏み跡らしきものに出て、それに従うと、すぐに右手のガレ場に導かれる。
何度もまっすぐ下りと踏み跡たどりを、標高差450m分繰り返す。
下りなのに汗が出る。もう水筒に水はない。

まもなく廃屋が見えてきた。どうやら無事、人里にたどり着けそうだ。標高は600mくらいだろうか。
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脇にチョロチョロと水が流れている沢があったので、ここで水分補給。生き返った。

直に、沢が太くなり、石垣で組んだわさび畑が姿を現した。
畑のある対岸に行くべく、丸木橋を渡ろうとしたら、1本踏み抜いてしまった。
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予想はしていたので、転倒することもなく、橋に座り込んでしまったくらいで済んだ。

もう1軒の廃屋の手前に乳房観音が祀られていた。
「1230年頃、鎌倉の落人がこの地に住み、持参の銀杏の実を蒔いたところ、それが芽吹いて600年余りが経過し、胸回り10mもの巨樹に成長。長さ2mもの乳根が無数に垂れ下がった。人々はこれを祝って巨樹のもとに観音様を祀った」という。
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大正2年に樹齢が尽き、伐採したところ、切り株から2本の芽が出て、今の巨木になったのだとか。
乳がん予防に御利益があるという。

なんだかんだと、ふらふらになって車道に到着。本日のプチ冒険は終わった。
地図と磁石で方向を確認しながらルート維持する、といった場面には至らない、ほんとの入門編だったが、まあ地図を見て現在地を確認しながら歩くという所期の目的は達した。
次は、すこし難度の高いコースを設定してみよう。

奥多摩駅裏の砕石工場や日原街道の趣を愛でつつ、奥多摩駅に4時半に到着。
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4:52のホリデー快速おくたま6号で帰途につきました。
日帰り温泉に行きたかったけど、着替えを忘れたので、諦めました。







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川苔山・本仁田山1

先週は、土曜日が朝から雨で、山行は断念。1か月ぶりに週2山行が崩れました。
でも、いい休養になりました。
あす(26日)の誕生日は晴れの予報なので、しっかりパッキングして早めに寝ました。

翌朝は高曇り。これも日中には消えるのだろうと疑いもせず、6時半に出発。
小平、拝島と乗り換えて、青梅を過ぎる頃、車窓をみてびっくり。
なんと、奥多摩の山々に雲が湧いているではないか!

う~む、これも昼には消えるのだろうと期待するしかない。
古里駅8:19着。
トイレと準備体操を済ませて出発する。
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古里と書いて「こり」と読む。
その由来は、角川日本地名大辞典によれば、近くの小字・垢離尽(古里附=こりつき)によるという。
奥多摩の六ツ石山(1478m)を信仰する人々が水垢離するところが「垢離尽」だそうだ。
「垢離」に「古里」をあてたのは、「ふるさと」の意を加えたかったからかもしれない。
そのおかげで、もともと大字にはなかった「古里」が昇格し、村名にもなったのだろう。
昭和30年に合併して、今は奥多摩町であり、現在、「古里」という住居表示上の地名はない。

古里駅裏の小丹波集落は、「ふるさと」のイメージ通り、静かだが、しっかりした山村だ。
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南斜面に展開する集落を突っ切り、登山道に入る。
ヒノキの植林の中を進む。
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今日はタイツを履いていないせいか、昨日の休養がよかったのか、すこぶる足が軽い。

ただ、向こうの山の杉が真っ赤になっており、今にも花粉をまき散らしそうで怖い。
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今年は花粉の飛散がかなり遅れているが、先週暖かい日があったので、もう間もなくだろう。
今日はマスクを忘れてしまったので(持ってきても、蒸して気持ち悪いのでしないだろうけど)、せめて今日1日持ちこたえてほしい。

快調だったはずなのに、尾根にたどりついた時には、かなり息が上がっていた。
20分ほどしか歩いていないのに、膝に手をついて、肩で息をする始末。
快調すぎて、オーバーペースになったのか、それともインフルエンザ?と疑ったくらいだった。

尾根に出て勾配もやや落ち着いたので、歩くペースも整える。
次第に心臓も落ち着いてきた。熱もないし、どうやら病気ではない。

本日は読図によるプチ・バリエーションをするのがテーマだ。
登山道から微妙にずれているピークを地図をたよりにハントしようというわけ。
この程度のズレなら、どうせ踏み跡があるだろうとは予想できるが、どこから道をそれるべきかを正確に見極めることに主眼を置いた。

で、まずはズマド山である。これは登山道からの標高差が大きい。120mもある。
ズマドは漢字だと「頭窓」と書くようだが、カタカナの方が迫力がある。
道は簡単だ。登山道が尾根から巻き道に入った時、尾根を直登すればよい。
このあたりは標高600m。雪は全くなく、踏み跡がしっかり残っていた。
これでは練習にもならない。
しかし、行く手には霧がたちこめてきた。
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かなりの急登だったが、9:20に到着。さっきほどのゼーゼー感はない。
しかし、木にくくりつけてある木ぎれを見て愕然!
「721m峰」とあるではないか。
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地形図をよく見ると、721mの「最高点」のすぐ南に690.2mの「三角点」がある。
「ズマド山」の文字はその左に、二つのピークにかかるように書かれているので、勝手に高い方がズマド山だと思い込んでしまっていたが、地形図の表記の約束事では、この書き方は「690m」の方を指している。
う~む、思わぬ落とし穴があるものだ。

別に道を間違ったわけではないのだが、問題は、これを「登った山」とカウントするかどうかだ。
ズマド山ではない以上、「ズマド山」とは書けない。
この前、竜ヶ鼻ではないのに「竜ヶ鼻」と書いてしまったが、今回は現地で確認している以上苦しい。
でも、これだけ登ってノーカウントも悔しい。

そうだ! 「721m峰」と標識がある以上、地元の人はここを山だと認めている証拠だ。
「721m峰」としてカウントしよう。
これをやり始めるとキリがないので、こういう標識があるピークに限るという制限をつけることにする。

あーだこーだと言い訳を考えながら、北の尾根に進路をとり、いったん下る。
まもなく川井駅から通じる登山道に合流、そしてすぐ私が歩いてきた古里駅からの道に合流する。
地図の通りだ。

合流地点あたりで、白髪の男性に追いついた。
カウベルの音からして、ずっと後方にいた方だ。
こちらが寄り道している間に抜かれていたようだ。
「天気予報では晴れるはずだったんですけどねえ」と愚痴ると、
「でも風がなくて助かります」という。
そうか、これが年の功。なんでもプラス思考でいかねば。

男性を追い越したあたりで、白戸家のお父さんのような白い犬が駆け抜けて行った。
男性の推測によると、シカを追いかけているのだろうとのこと。
後から、狩りの人がやってくるのだろう。

比較的ゆるやかな尾根を登っていくと、809mのピークを右に巻く道となる。
このピークから東に延びる枝尾根を越えたあたりから一気に雪が増える。
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路面も以前の足跡が凍ってつるつるになっており、かなり滑る。
その上に昨日降ったと思しき雪がうっすら積もっているものだから、たちが悪い。
無垢な雪の上に避難しつつ、危険地帯をクリア。
いくつかの小さなピークを巻いたり、わざわざ道をはずれて越えたりしながら、いよいよ赤杭山(赤久奈山・923m)の尾根を目前にして、チェーンをはく。

実は、赤杭山が掲載されている「原市場」の地形図のみ持っていない。
わずか1㎞程度の空白とみられるが、ここの部分のみ「山と高原地図」で代用した。
やや縮尺が小さくて分かりにくいが、これまでの距離感からして、この尾根が赤杭山であることは間違いない。
右へ巻く道を見送り、踏み跡のない雪の尾根を登る。

はたして、間もなく山頂に着いた。「赤久奈山」と標識がある。「あかぐな」と読む。
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東側の木々がまばらで、高水三山(きちんと特定はできないが)などが望める。
相変わらず、雲がうずまいている。

写真だけ撮って、すぐに山頂をあとにする。
100mほどで先程の巻き道に合流。ここに「赤久奈山」への案内標識がある。
素直に登山道を来た方が分かりやすかったわけだが、本日の目的を考えれば、尾根を来てよかった。

間もなく西側が開け、本仁田山の展望が一気に広がる。
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なかなか堂々とした山容だ。右背後に鷹ノ巣山、手前に瘤高山、右に小ピークが連なる鋸尾根も見える(これは写真の外)。
川苔山は、これから登るエビ小屋山に隠れて見えない。

それにしても雲がどんどん下から湧いてきて、いっこうに晴れる気配がない。
もう天候の回復は望めまい。風がないから、いいのだ。

すぐに樹林の中に戻り、まもなく桃ノ木平という平坦な場所に出る。
地名からして、かつては桃の木があったのかもしれないが、今はどこにも見当たらない。
植林だらけだ。

957mのピークを目の前にした鞍部に至ると、林道に出た。
これは地図にない道だ。
南側にはロープが張られており、車が1台あった。川井方面から延びてきた林道なのだろう。

どうやら、ここからは登山道を拡幅して林道にしたように地形図上は見えるが自信はない。
このまま林道を進んでいいのか迷ったが、雪の上の足跡がその方向に続いているので、信じることにした。
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道が下っているのも気になったが、地形図をよく見ると登山道も等高線を低い方にゆるやかにまたいでいる。
どうやら間違いないようだ。

林道は957mピークを過ぎた鞍部で登りに転じ、右へ巻いていくが、エビ小屋山をまっすぐ目指すなら、ここで尾根に取り付かなければいけない。
しかし、頂上まで標高差で250m近くあり、距離も長い。
下は固い雪で、ヤブもなく、植林の中をひたすら高い方に行くだけなので確実にたどり着けるはず。本日の趣旨から言っても挑戦すべきなのだが、止めた。
ここで時間をとりすぎると、後の行程に支障がでるからだ。

素直に登山道の通り、エビ小屋山の山腹をトラバースし、北側の鞍部から回り込む安全策をとることにした。
とはいえ、このトラバースがなかなか侮れなかった。
つぼ足の跡があらぬ方向に向かっており、このまま進むルートはありえない、という状況になったのだ。

まあ、そこは雪山のいいところ。
すぱっと見切りをつけて、直登を始めた。
すると、間もなく正しいトレースに合流できた。
あのつぼ足の人はどこまで行ったのだろう。

そうこうしているうちに北側の鞍部に到着。
ここにも踏み跡があり、そのルートが雪の積もり方で一目瞭然。
これでは、やはり練習にならないが、まあ仕方がない。
分岐から5分ほどで山頂に到着。ここには木の幹に黄色いテープを巻き、そこに「エビ小屋山 1147m」とあった。

(つづく)


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天狗岳2

中山峠の上の見晴らし台からは、また樹林帯の中をひたすら歩く。
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これが、北八ツの典型的な景観だ。

中山の山頂に近づいてくると、左手に天狗の雄姿が見えてきた。
東と西では対照的な山容である。
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振り返ると、樹林の向こうに奥秩父の峰々が見える。雄大な眺め。
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中山山頂も樹林の中。このあたり森林限界は2500m以上であることが分かる。
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少し歩くと、ガレ場に出て、一気に西の展望が開けた。左から南アルプス、中央アルプス、御嶽山、乗鞍、北アルプス・・・実に壮観だ。
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(霧ヶ峰、美ヶ原の向こうに北アルプス)

御嶽山もご覧の通り。
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ここからはだらだらした下りが続く。
あまりに長いので、相棒が「こんなに長かったかなあ」とつぶやく。
地図を開くと、別に道は間違っていない。あと5分で高見石小屋に着くあたり。
その通り、5分で小屋に到着した。
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ここでアイゼンをはずして大休止。小屋のテラスにテントシートを敷いて、お昼にする。
相棒はカップラーメン。「下界で食べるとまずいのに、なんで山で食べるとうまいんだろう」と言いながら、汁まで飲み干してしまった。「その辺に捨てるわけにもいかないから」と言い訳。

こちらはせっかくだから、テルモスの湯を温めなおして、クラムチャウダー(カップ)。
そして、カレーパンとどら焼きを食う。

それにしても日が当たって暖かい。気温はマイナス7℃なのにポカポカだ。
東京でマイナス7℃だと殺人的寒さなのに、どうして感覚がこんなに違うのだろう。

そのうち、スノーシューの集団がやってきた。20人くらいはいる。白駒池から登ってきたのだろう。
今日みたいにトレースのついている道じゃあ、あまり意味はない気もする。

ここの小屋はとてもいい雰囲気だ。
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相棒は「30年前と変わらないなあ」と感慨深げ。
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私はここでコレクションのバッジを買う。
タイトルは「高見石小屋」と「白駒池」。いずれも「北八ヶ岳」の文字が入っている。
計1100円。高い。ふつう、1個450~500円なのだが。

さて腹もふくらんだので、小屋の裏手にある展望所、高見石に登る。
ここからは浅間から湯ノ丸山への峰々が一望できる。
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佐久平にほとんど雪がないのも印象的だ。

そして眼下には白駒池がその名の通り、白く凍っている。
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ザックは小屋のテラスにデポして、今度は丸山をピストンする。

背中が軽いは、足は軽いは、で俄然元気になった。
大きな手袋をしているもんだから、ついついシャドーボクシングなどをしてしまう。
でも、登りの傾斜がちょっときつくなっただけで、しゅんとおとなしくなってしまった。

地図には所要20分とあったが、それでも10分で山頂に着いた。
途中、大きなカメラ機材を背負った男性が、リンゴ形のそりで下ってきた。
雪にまみれていたが、満足そうだった。相棒が刺激されたのは言うまでもない。

丸山の山頂(2329m)も樹林の中。大した眺望もないので、早々に引き上げる。
当方は先に下って、相棒が滑り降りて来るのを待つ。
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彼は、自分をブログにはアップしてくれるな、と言っていたが、これなら顔もよく分からないし、許容範囲だろう。

さ~て、1時に小屋を出発。
温かくてとうとう手袋を外した。この方がいちいち手袋を脱いだり、はめたりしなくていいから、写真が撮りやすい。

しばらく樹林帯を歩くと、賽の河原と呼ばれる開けたガレ場に出た。
正面に中央アルプスが見える。が、どれが何山かは特定できない。
もっと広い地図を持ってくればよかった。

しかし、ここは本当に気持ちがいい。もう登らなくていいから、足取りも軽い。
渋ノ湯まで1時間半のコースタイムだったが、50分で下ってしまった。
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やれやれ、ようやく到着。本日の行動時間は8時間半。予定より1時間ちょっと早く戻ってきました。

渋ノ湯の前は登山客でごったがえしていたが、風呂は芋の子を洗うってほどでもなく、わりとゆったり浸かれました。単純酸性硫黄泉ということで、pHは2.7。
酸性がきつく、靴下で締め付けられていたすねやふくらはぎがひりひりしました。

下山してすぐ風呂、というのは至福の時。
ああ、いい1日でした。相棒くん、ありがとう。お世話になりました。

駐車場料金1000円、入浴料800円を払って、帰途につきました。

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天狗岳

本格的な冬山など行くつもりはないと思っていたが、ひょんなきっかけで行くことになってしまった。
まあ、こうなるのは必然だったのかもしれない。

ただ、あれだけ天気がいいと、「本格的」というのはちょっと憚られる。
森林限界を超える冬山登山に初めて行った、という言い方にとどめておきます。

それにしても天気がよかった。危険を顧みず冬山にはまる人の気持ちが雲取山の時以上によく分かりました。
ただ、もう50間近だし、「本格的な」冬山は避けて、好天の日だけにするつもりです。

で、土曜日の午後8時、相棒とともに小手指駅を出発。
圏央道、中央道を走って、茅野市街には10時すぎに到着。
「くるまやラーメン」で腹ごしらえし、渋ノ湯へ向かう。
茅野市街はほとんど雪がなかったが、やはり高度が高くなるに従い、路面に雪が・・・
練習はしたものの、15年ぶりのチェーン装着に手間取り、渋ノ湯に到着したのは12時前。

すでに、ワゴン車の後ろのシートを倒して平らにし、布団が敷いてある。
到着と同時に、布団の中の寝袋にくるまったが、それでも寒かった。
外はおそらくマイナス10度以下に下がっている。

4時に起床。すでに冷えて固くなったおにぎりを2つ食べ、ヘッドライトをつけて5:15に出発。
空は満天の星。6等星まで見えそうだ。

勝手に渋ノ湯の駐車場に駐めているので、ワイパーに「下山したら連絡します」と書き置きしておいた。
それにしても、顔が凍りそうに冷たい。
ネックウォーマーを鼻までかけてみるが、眼鏡が曇り、それが凍って前が見えなくなってしまうので、顔を隠せない。先が思いやられる。

数分歩くと、渋川を渡って、いよいよ取り付き。
暗い樹林の中を尾根に向かって、結構な傾斜を登る。
起きてすぐ登るのは、きつい。
鷹ノ巣山避難小屋を出発した時と同じような体の重さがある。

しかも、半袖の肌着の上に長袖シャツ、フリース、ダウン、ゴアテックスと5枚重ね着しているので、顔は死ぬほど冷たいのに、背中にはもう汗をかいている。
40分ほどで唐沢鉱泉への分岐がある尾根に着くと、さっそくフリースを脱いだ。

そろそろ空が白々してきたが、まだヘッドライトは必要だ。
CIMG0010_20141208074916997.jpg

ここからの尾根道は比較的、ゆるやか。雪をのせたコメツガやシラビソの林の中をひたすら歩く。
トレースはしっかりついており、雪質もさらさらで歩きやすい。
このあたりはチェーンで十分だ。

空がすいぶん明るくなったと思ったら、北の中山から伸びる尾根のてっぺんに朝日があたっていた。
CIMG0011_201412080749189e0.jpg
美しい。
振り返ると、山は特定できなかったが、中央アルプスも赤く染まっていた。

6:55、黒百合ヒュッテに到着してびっくり。
ものすごい人だ。ヒュッテやテントに泊まっていた方々が日の出を合図に、一斉に出発の準備をしている。
ぱっと見、100人近くいる。

相棒が「こりゃ早く行かないと、渋滞するぞ」とつぶやいた。
その光景の写真がないのは、カメラが低温のため電圧不足で機能しなかったからだ。
2枚とると止まってしまう。
わずがに撮れたのがこれ。
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もう1枚がこれ。
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みなさんと競うようにアイゼンを装着。
手袋のまましようとしたが、やはり無理で、素手でやったら、手がかじかんで大変。
ヒュッテの寒暖計を見たら、なんと
マイナス29℃
だった。
「まさか、これは壊れているのでは」と、その時思ったが、後で知ったところでは野辺山がマイナス24.5℃だったというから、あながち間違いではなかった。

札幌育ちの私ですが、マイナス30℃は初めて。
相棒の鼻の下には鼻水のつららができてました。
私も手袋で鼻水をぬぐったけど、すぐ凍る。ポンポンとほろえば落ちてくれるので、全く汚れなかった。

カメラにも、手袋の中にもホッカイロを貼って、7時すぎに出発。
5分ほどで中山峠(2410m)に着いた。ここからは先は左手に野辺山高原や奥秩父の山々を見ながら歩くことになる。
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ホッカイロのおかげでやっと写真が連続して撮れるようになってきた。
しかし、手袋から手を出したくないので、いつもより頻度は少ない。

高度を上げるにつれ、展望が開けてくる。
ものすごい世界だ。秋に赤岳から見た中部山岳の展開には目を見張るものがあったが、冬はそれ以上だ。
白と黒で描かれるモノクロームの世界がこんなに美しいとは。

背後には浅間と北アルプスが、右手には乗鞍と御嶽山が秀麗な山容を誇っている。
急坂だが、さすがにアイゼンが効く。
ピッケルを雪に刺す音が、「ウルトラQ」のタイトルバックの音楽と同じ音がする。
これは発見だった。

東天狗のピークに立つと、いきなり八ヶ岳の南半分、赤岳、阿弥陀岳、硫黄岳が姿を現した。
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西に見える西天狗の海坊主のような姿がいい。
そこにトレースを付けて黙々と登る男(たぶん)が一人。なかなか絵になる風景だ。
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それにしても狭い頂上に人がいっぱい。入れ替わり立ち替わり登ってくる。
こちらも写真だけ撮って、早々に西天狗に向かうことに。
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(バックは霧ヶ峰、その奥に北アルプス。槍や穂高が見える)

西天狗には9時前に到着。30分ほど休憩して、パンを2個食べる。
面倒なので、コンロは出さず、テルモスに入ったお湯で紅茶を作って飲んだ。
前夜沸かしてきたものだが、まだ十分熱かった。

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団体さんが歩いていく。こちらも出発だ。

相棒がポリ袋を取り出した。下りは滑り下りるのだという。
無垢なところは、コースアウトすると大変なので、トレースされた道を滑る。

キャッッホ~、なかなか気持ちがいい。こんなのは小学生以来だろうか。
いや、大人になってからも子供と滑ったか。

すれ違った登山者に「いま滑ってきた方ですか? いいですねえ」と言われたので、相棒はポリ袋を上げてしまった。まだ、予備があるんだという。

西天狗から中山峠まではピストン。帰りは東天狗をトラバースしたいところだが、しっかり山頂付近まで登り返さないといけない。
で、ここのクラストした斜面を、やつはまた下ろうというのだ。

ところどころ灌木が顔を出している。
なるべく少ないコース取りをして滑ったが、ものすごいスピード。あわてて、アイゼンの刃を立てて止めたが、その拍子にポリ袋が風に飛ばされ、ザックの外の網に差し込んでいたテルモスがはずれてしまった。
あやうく遥か下まで落としてしまうところだったが、幸いキャッチできた。
ここは危ない。袋を飛ばされたこともあり、歩いて下ったが、相棒はあくまでもソリで下っていった。

中山峠に着く頃には、日はすっかり高くなり、あたたかく感じるようになってきた。
上の見晴らし台からは、今登ってきた両天狗が望める。
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やはり、天狗は冬山の入門編と言われるだけあって、あっけないくらいだ。
後半はまた明日。

(つづく)


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外秩父・大霧山

2週連続で地元の奥武蔵・外秩父に訪れた。
夜から車で八ヶ岳に出かけるので、夕方までに帰宅できるところにしたのだ。

前夜は東京でも小雪がちらついた。たぶん、釜伏峠(533m)への道はうっすら雪が積もっているだろう。
峠まではタクシーで行くつもりだが、先週みたいなことにならなければいいが。

東上線では、武蔵嵐山の手前あたりから、先週登った堂平山や笠山が車窓に見えてきた。
小川町を過ぎると、日陰には未明までに降ったと思しき雪が残っている。
寄居では畑なんかはもう真っ白。不安が胸をよぎる。

駅前から乗ったタクシーは「最近、山の方へは行ってない」という。
「雪は山の方は降ってないよ」と、景色を見て単純に言う。
この運転手は地元のくせに何も分かっていない、まずいぞと思い、「タイヤはこの辺だと冬になると、やっぱスタッドレスですか」と聞いたら、なんとノーマルだと言う。

げげ~、こりゃ先週よりやばい。
登るに従い、路面は真っ白になってきたが、この車、ノーマルで何とか登って行き、目的地だった釜伏関所跡までたどりついてしまった。
ただ、あの人、帰りが心配だ。無事里に下りれたろうか。
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釜伏峠にはかつて関所があった。5坪ほどの建物が明治期までは残っていたというが、今は小さな歌碑がひっそりと残るだけだ。

今日歩くことになる釜伏峠、二本木峠(593m)、粥新田峠(538m)、定峰峠(620m)はみな秩父や皆野と小川・江戸方面を結ぶ街道の峠だ。
小川の米が秩父に、和紙の原料であるコウゾが秩父から小川へ運ばれた。

釜伏の読みだが、ウィキペディアには「かまぶし、かまぶせ、かまふせ」といろんな読み方があるように書かれている。角川日本地名大辞典は「かまぶせ」を採用しているが、タクシーの運転手は「かませ」と言っていた。
本当にいろんな呼ばれ方をしているのかもしれない。
その名は、日本武尊が東征の途中、この山で粥を煮た釜を伏せて、神武天皇に戦勝を祈願したことに由来するという。

関所跡から峠までは10分。そうだ、準備体操をするのを忘れていた、とカメラを首からはずして、地面に置いたら、なんと、またフードがなくなっている!
どこかに落としたのだ。林道で落としたのなら、音がするはず。気づかなかったということは、車を降りて間もなくなのだろう。

今日は急ぎたい日だというのに、なんということだ。
てくてく、来た道を引き返したら、タクシーのUターンを誘導した場所の路肩に落ちていた。
見つかったこと、20分程度のロスで済んだこと、いずれも不幸中の幸いだ。

さて、またまた引き返し、釜伏峠から登谷山(とやさん、668m)に向かう。
しばらくは舗装された林道を歩く。右手には武甲山から両神山など秩父の山々が見える。今日は浅間山は見えない。
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(左端の武甲山から奥秩父の山並み)

登谷山牧場の入り口から登山道に入る。頂上はすぐそこだ。
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山頂からは、左手には関東平野が広がり、右手には秩父の山々。
たかだか700mに満たない山だが、関東平野のへりにある山だけに、眺めは雄大だ。
それにしても風が強い。
これじゃあ、八ヶ岳は猛烈な風だろう。延期してよかった、と改めて思った。

少し下って、同じ分登り返すと、次は皇鈴山(みすずやま、679m)に着く。
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雅な名前だが、その由来はよく分からない。

山頂には、東屋と小さな祠と歌碑があった。東の展望は木々に隠れているが、西は正面に桜の名所として知られる蓑山(581m)が横たわっていた。
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いまはこんな枯れた色だが、4月になるとピンクに染まるのだろう。

アップダウンを繰り返して愛宕山。ここには小さな天文台がある。
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ベンチがあったので、座ってパンを1個食べた。

下ると二本木峠。日本武尊が食事で使った杉の箸を捨てたところ、それに根が生えて2本の大木になったので、二本木峠と呼ばれれるようになったという伝説があるが、それらしき2本の杉は見当たらなかった。

ここからはしばらく林道を歩く。途中、秩父高原牧場の脇からは、先週歩いた堂平山・笠山がよく見える。
この牧場には、子供が小さい頃、車で来た記憶があるが、よくは覚えていない。
牛は放牧されておらず、野外にいたのはヤギと羊だけ。
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でも、モーモーハウスは営業していた。
お客さんは、みた感じ、一人もいなかった。

林道はいったん尾根を越えて
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少し歩くと粥新田峠。
ここも由来は日本武尊がらみ。ここで粥を煮たのだそうだ。
読みは、昭文社の地図には「かいにだ」とあり、角川の辞典には「かゆにた」とある。
どちらでもいいのだろう。

この峠も秩父と江戸方面を結ぶ重要な交通路であった。
秩父札所めぐりの参詣者や、秩父銘仙を織る機織り娘たちが数多く越えた道だ。

その峠に、昭和60年に建立された粥新田地蔵尊があるが、その経緯がユニークだ。
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東京・目黒在住の渡辺生氏が、秩父事件を描いた映画「山襞の叫び」を制作、昭和57年に公開されたが、その際に使えなかった膨大なフィルムを捨てるに忍びず、この地に地蔵尊を建立し、その下にフィルムを収めたのだそうだ。

今年は奥秩父をテーマにしようと思っているだけに、秩父事件についても勉強しなくてはなるまいと決意した。

さて、ここからが本日のメイン大霧山への登り。
路面は凍っているところが多く、チェーンをしていないので滑らないところを選んで歩く。
またまた風が強くなってきた。日も陰って暗くなり、木々がゴーゴー音を立てると、とっても心細くなる。

30分ほどで登頂。頂上には5人ほどの中高年のグループがいて、ストックを三角点にかけている。
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これは止めてほしい。
私のような三角点マニア(ではないが)がいて、写真を撮りたい人がいるのだ。
たまに、山頂の標識にザックを立てかけている人、標識を背にしてお弁当を食べている人がいるが、これもマナー違反。写真を撮る人のために、標識からはなるべく離れて休んでほしい。

ここも西側に秩父の大展望が開ける。
両神山はいつみてもほれぼれする山容だ。
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ここでおにぎりを1個食べるが風が強いので、早々に下山する。
15分ほどで旧定峰峠に着く。ここは少し南に車道の定峰峠が昭和30年に開通するまで、徒歩で往来していた道だ。旧街道の例に漏れず、幅広のゆるやかな坂が秩父方面に続いている。
峠はわずかに切り通しになっており、祠もあった。
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あとは、701mピークを越えると定峰峠に出る。
このピークの登りで、登谷山で写真を撮っている間に抜かれた単独の男性を再び抜かす。

定峰峠には1時過ぎに到着。
ここの峠の茶屋で休むのも今日の目的の一つだ。
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吾野から顔振峠や刈場坂峠を経由して定峰峠に至る奥武蔵グリーンラインは、大学時代に何度も自転車で走ったが、記録を調べてみると、定峰峠まで来たことは1回しかないことが分かった。
たいてい、大野峠か白石峠で引き返している。

当時は金欠だったので、茶屋に入るなどということは思いもよらなかったので、この茶屋に入るのは初めてだ。
ネットで調べたら、「小豆すくい」というのが名物だというので頼んでみた。
ほかにもカレーとかうどんとか定食など、大抵のものは食べられるようだ。

小豆すくいは、おしるこの中に、ほうとうのちぎったのが入っているという感じ。
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300円なので、ほんとに小さな器に入って出てきたが、誠にあたたまる。
一つ残ったおにぎりと一緒に、これで昼食とした。

女将さんがプレッツェルを出してくれた。
こんな山の中でしゃれたものが出てくる。
聞くと、この茶屋は昭和47年から営業しているという。今年でちょうど40周年だ。

峠にはもう1軒、茶屋があったが、今は廃屋になっている。
ご主人が亡くなり、お嬢さんたちは3人とも嫁ぎ、自分は車の運転ができないので、平成19年の大晦日をもって閉店したのだという。
「賞味期限がまだあるものは、みんな買い取ってあげたよ。本人は続けたかったろうに」
と女将さんは残念がっていた。

さて、バスの時間があるので下ることにした。
小川町駅に向かうイーグルバスの最奥部、白石車庫発のバスは14:35。
着いたのはまだ2時過ぎだったので、行けるとことまで歩くことにする。

こういう山里を歩くのも好きだ。
古い家や蔵が残っている。
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途中、こんな謎な橋もあった。
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白石橋か白萩橋か、どっちが正しいのか?

答えはすぐに出た、橋には「白石橋」とプレートがはめ込んであった。
ならば、なぜバス停は「白萩橋」なのか。
あたりに人の気配はなく、誰にも聞くことはできなかった。

白石車庫から1㎞ほど下った経塚バス停でバスを待つことにする。
ここは大霧山からのエスケープルートがあるので、ハイカーが2人先に待っていた。

乗ると、エスケープルートの下山口のバス停ごとにハイカーがどんどん乗ってきて、最終的には満員になってしまった。結構、人が入っていたんだ。

東秩父中学校前から先は、先週歩いた道。
バスでさ~っと通り抜け、小川町駅に着いたのは3時過ぎ。
山行の後、こんな明るい時間に電車に乗るのは久しぶりだ。
5時前に帰宅。すぐ、八ヶ岳に行く準備を始めたのは言うまでもない。

ちなみに本日(21日)は、わが青春のアイドル石野真子が出演するミュージカル「NEWヒロイン」を見てきます。う~ん楽しみ。マッコちゃ~~~~~ん!
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週末の山行&顔出し

予定通り、土曜日に外秩父・大霧山、日曜日に北八ツの天狗岳に行ってきました。

日曜日は快晴・無風で、ほんとに天狗を1日延期したのは正解でした。それにしても、雪山のまぶしさと言ったら! やはり冬の八ヶ岳は雲取とかの比ではないですねえ。
人は相当多かったけど。
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(西天狗)

しかし、午前7時に黒百合ヒュッテに到着した時点で気温はマイナス29℃。
鼻水のつららができてしまいました。

それにしても眺望もすごかった。見えないのは富士山だけ、みたいな。
とくに樹林がえんえんと蓼科山まで続く光景は美しいことこの上なし。
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北アルプス、乗鞍、御嶽、中央アルプス、甲斐駒に仙丈、奥秩父、両神山、妙義に赤城、榛名、上越国境の山々、浅間、そして飯縄や戸隠。もちろん八ヶ岳の赤岳に阿弥陀。
360度の大パノラマに息を飲みました。

西天狗からの下りは、ポリ袋を尻に敷いて滑り下ったりして遊びました。
本格的な冬山というには天気がよすぎて、厳しさを体験することはできませんでしたが、あの寒さで、これ以上の厳しさなど体験したくないと、心底思いました。

ここで、調子に乗って顔デビューしてしまいます。
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(中山峠上の見晴らし台より。背後は東天狗と西天狗)

とりあえず、両日の山行記録を書いておきます

18日:寄居駅(8:40)=釜伏関所跡(9:10)~釜伏峠(9:20)※落とし物をしてうろうろ~登谷山(10:05)~皇鈴山(10:30)~愛宕山(10:50休憩10分)~秩父高原牧場(11:20)~粥新田峠(11:45)~大霧山(12:15休憩15分)~旧定峰峠(12:45)~定峰峠(13:10昼食45分)~白石車庫(14:20)

19日:渋ノ湯(5:15)~黒百合ヒュッテ(6:55休憩・装備15分)~東天狗(8:15)~西天狗(8:45軽食30分)~中山峠(10:10)~中山(10:50)~高見石小屋(11:30昼食1時間)~丸山(12:40)~渋ノ湯(13:50)

そうそう、東天狗で私の「登った山」は通算300座に達しました。
もちろん、100m程度の超低山も含めての話ですが。
それと、今年はすでに新規で58座登っています。

ちらほら花粉の便りも聞こえてきました。
5月くらいまではかなりペースが落ちそうです。
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週末の予定

今夜から八ヶ岳に行くつもりだったが、少々天気が不安。
日曜日の方が安定しているようなので1日延期することにした。

で、明日1日ぼけっとしているのももったいないので←貧乏性
さくっと行ける大霧山に出かけることにした。

この山は例の「外秩父七峰縦走ハイキングコース」の山だが、あえてまた時計とは反対回りに、釜伏峠から縦走し、定峰峠から白石車庫へ下るつもり。

釜伏山には去年登ったので、そこまではまた時間節約のためタクシーにする。
たぶん、今度は除雪されているだろう。

最近、カシミール3Dの勉強をしている。
パノラマ撮影とコースの断面図を作れるようになった。
これはプランニングに非常に便利だ。
ネット環境になくても作業できるのがうれしい。

天狗岳のパノラマを表示してみたら、富士山は南八ツに隠れて見えないことも分かった。
大霧山からも富士山は見えない。

しばらく富士山とはご無沙汰だ。
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堂平山~笠山2

12日の山行の続きです。
笹山を下りてきたところから。

さて、これまた笠山への道が分かりにくい。
きちんとした標識がなく、ガードレールに書いてある。
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しかも、これから登ろうという場所で、この入り口は下りになっている。
下りると、すぐ白石車庫へという下界への標識もある。本当に分かりづらい。
ここは何とかした方がいいですよ、行政の方。

これからの道は地図上は明らかに南斜面の急坂なので、雪は解けているはず。チェーンアイゼンははずす。
今回は着脱が何度もあってわずらわしいので、アイゼンのケースをベルトに下げて歩くことにした。

それにしても今日のコースには、いたるところに「外秩父七峰縦走ハイキングコース」という標識が立っている。
七峰というのはどれを指すのか。歩いてきた限りでは堂平山と笠山が含まれていることは確かだが・・

数日後に買ったヤマケイにたまたまハイキング大会参加者を募る広告が載っていたので、分かったのだが、
七峰とは、宮倉山、笠山、堂平山、剣ヶ峰、大霧山、皇鈴山、登谷山のことのようだ。
このコースを小川町駅発、寄居駅着で歩くと42㎞もあるという。
これを1日で歩こうというのだから、かなりハードな大会である。
エスケープルートはいくつもあるから、疲れたらどこからでも下れるが、参加者の安否をどう捕捉するのか。
参加費は無料だから、自己責任でということなのかもしれない。

それはともかく、この「ハイキングコース」の標識、時計回りで歩くことのみを想定しており、逆に歩いている立場にとっては非常に気分が悪い。
このあたりも一考を要すと思いますよ、行政の方。

で、30分もかからずに笠山の頂上に着いた。
標識には837mとあるが、ここは笠山の西峰で815mほどしかない。
837mは笠山の東峰、神社があるところの標高である。
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ここからは、堂平山からは見えなかった男体山が北に見えた。
朝から午後にかけて、だんだん空気が澄んでくるというめずらしい日だ。
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本当の山頂までは5分。笠山神社だ。
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ここからふもとの萩平まではかなり距離がある。
途中、林道を2度ほど横断しながらの下りだ。
陽もかなり傾いてきた。

実はもうひとのぼりする予定だ。
おそらくほとんど歩かれていないのではないかと想像される竜ヶ鼻と物見山。
堂平山から笠山へと続く尾根が、槻川で尽きる手前にある500mに満たない山だ。
たいしたおもしろくもなさそうだが、「登った山」の数を稼ぐことだけが目的である。
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(右のピークがおそらく竜ヶ鼻)

しかし、そういうところこそ警戒が必要だということを、またしても痛感した。
まず、竜ヶ鼻に行くには、車道の分岐を右に行かないといけないのだが、その分岐が見当たらない。
地形図がないため、昭文社の地図だけでは距離感がつかみ切れず、変な脇道に入ってみたが、車道が尽きてしまった。これは明らかに違う。素直に戻った。これで20分ほどロスしてしまった。

いいや、もう分からなければパスしよう。そう思ってサクサク歩いていたら、分岐があった。
そっか、こんな先だったか。
時間はもう4時近かったが、30分ほどで通過できる道だから、踏み入ることにする。

竜ヶ鼻へは登山道からすこし脇に入らなければいけない。
その脇道がまた見つからない。
右手のピークが過ぎてしまったところに、やっとあった。
これを方向的には戻るように、登っていく。
すると、どんどん道は左へずれていき、ピークから離れていく。
じれてしまって、道を外れ、ぴょんぴょんとピークに立った。
こんな山だから、山頂の標識がないのは仕方がない。
杭だけ確認して戻った。

でも、帰宅後、ウオっちずでもう一度確認したら、私が立ったピークは竜ヶ鼻ではなかった。
あのどんどんずれていった道の先にあったのだ。
かなりショックである。やはり2万5000分の1地形図は必要だ。
でも、ほぼ同じ高さのピークに立ったということで、「竜ヶ鼻」は「登った山」としてカウントさせていただきました。

次の物見山も問題だ。
昭文社の地図では、登山道が山頂を通過しているように見えるが、ピークの手前まで来ると、正面に山頂に向かう踏み跡と、右手にトラバースするしっかりした道がある。

う~む。もしかしたら、このピークは物見山ではないのかもしれないが、幸か不幸か、まだこの時点では竜ヶ鼻の失敗を認識していない。
直登した。そしたら、標識はなかったが、ここは物見山だとしか思えない。
自分が歩いた道は間違っていなかった。

しかし、地図を信用して、このまま北に下っていいのか。
何となく踏み跡があるので、少し下ってみたが、すぐに道を失ってしまった。
このまま下っても、どこかで林道に出るだろう、と思ったが、止めた。

セオリーに従って、さっきの分岐に戻った。で、トラバースの道を行くと、やはりこれが地図に載っている道だった。左に自分が下りようとした尾根が見えるので、それを下にたどって見たら、確かに林道には出られたようだ。
でも、かなりのヤブで苦労しただろう。戻って正解だった。

間もなく、こちらも林道に出て延々と里まで下る。
東秩父中学校のバス停に着いたのは午後5時。もう薄暗くなり始めていた。
でも、次のバスは6時2分。

今まではこういう時に食堂があったのだが、ここは何もない。
寒い中、1時間もじっとして待っていることはできない。
歩けるところまで歩いて、バスに追いついてもらうことにした。

幸い、ここから小川町に向かうバス通りは、昔の街道のような雰囲気がある。
蔵のある家が多い。
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途中、すっかり日も暮れ、笠山のシルエットが見えた。
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あ、バス代はいくらかかるだろう。
ここを走っているバスは「イーグルバス」。とてもSuicaが使えるとは思えない。
小銭入れには170円しかない。あとは万札1枚のみ。
うう、乗りにくい。

どっか店があったら、両替がてら買い物をしなくては。
歩くこと1時間、切通しというバス停のところにデイリーストアがあった。
助かった。ここで、ティーパックを買い、小銭を調達。

間もなく到着したバスに乗り込み、帰宅したのでした。
金星がまたたいていました。
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堂平山~笠山

12日の山行です。

今日は地元、奥武蔵。寝坊できるのが、ありがたい。
所沢での乗り換え時間で、秩父のタクシー会社に予約の電話。芦ヶ久保駅に来てもらうことにした。

本日は、大野峠から白石峠を経て、堂平山、笠山を登り、東秩父の和紙の里あたりに下るというコース。
先月、芦ヶ久保から丸山、大野峠までは歩いたので、今回は大野峠まで車でショートカットしてしまおうという寸法だ。

本当は正丸駅まで来てもらって、刈場坂峠経由で行く方が、こちらの負担は少ないのだが、何しろ秩父から来てもらうことになるので、そこは我慢するしかない。
9時過ぎに芦ヶ久保を出発した。

少し登っただけで、武甲山が見事な姿を見せた。砕石のため何段ものテラス状になっているところに雪が積もって壮観な眺めだ。
削られる前の武甲山の姿を知っている人には、現状は無残に見えるだろう。
でも、私には近代化遺産として見える。武甲山には、ごめんなさいとありがとう、という気持ちだ。
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丸山林道を大野峠に向かう。途中から、除雪がされておらず、日陰には路面に雪が残っている。
凍ってつるつるのところもある。
タイヤはスタッドレスだと言うが、何度もスリップする。
そして、とうとう途中で登れなくなってしまった。
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上の写真は、高篠峠付近だが、路面はこんな状況。
「降りて、押しましょうか」と言ったが、結局、ここでタクシーには帰っていただいた。
おかげでタクシー代は安く済んだが、時間はかかる。

それにしても、前日、ほとんど雪の残っていない箱根を歩いたばかりだったので、ここの雪には驚いた。
やはり関東でも南部と西部は気候がかなり違うのだ。

このまま林道を行けば、20分ほどで大野峠に着くのだろうが、天気がいいので、先月行った丸山の展望台にまた行きたくなった。さらに時間をロスすることになるが、まあいい。
前回は夕方近かったので、南から西にかけての山々は逆光っぽかったが、今日は朝なのでクリアに見えて気持ちよかった。
雲取山で覚えた奥秩父の主峰が自力で見分けがついたのもうれしかった。

このあたりは先月歩いたコースの逆コースだ。
地図では、896mピークに分岐があり、右に行くと大野峠、左に行くと高篠峠(748m)と読める。
このピークはてっきり、パラグライダーの滑空台のあるところだと思っていたので、ここで左に進路をとったが、ぐるりと回り込んで、大野峠のすぐ近くに出てしまった。
これは昭文社の地図が間違っている! と思ったが、帰宅後、ウオっちずで確認したら、896mピークは滑空台のあるところではなかった。
うぬ。やはり5万分の1の「山と高原地図」だけでは、あぶない。

ここからしばらくは舗装された林道歩きだが、チェーンアイゼンをしていても、わだちはつるつるで歩けない。
路肩を歩いたが、クラスト(表面が固まった雪面)になっているので、こちらの方が歩きやすかった。

高篠峠の少し先から、私道に入る。関係者以外立ち入り禁止となっているが、ここを通らないと、川木沢ノ頭(874m)に行けない。
この私道は頂上の電波塔に至る舗装道路だが、雪が降ってから、車は入っていない様子。
シカの足跡だらけだった。

途中、道路が巻いているところを、ヤブに入ってショートカットする。
ヤブと言っても、下はクラストで、木の葉も落ちているので、楽なものだ。
これで5分くらいは節約できた気になる。
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このあたりは、こんな電波塔があちこちのピークにある。
川木沢ノ頭からは、東京都心が展望でき、スカイツリーもおぼろげながら確認できた。
これは望遠レンズのおかげだ。

標高約760mの白石峠へは、とんでもない急坂を下りる。ほぼまっすぐ階段(雪に埋まっているが)を駆け降りていく。で、今度は川木沢ノ頭とほぼ同じ高さの剣ヶ峰(876m)に登り返す。
狭い頂上は堂平山雨量観測所が占めており、ハイカーはフェンスの脇をおそるおそる歩かねばならない。
大正6年に建立された剣峰大神の石碑がひっそりと立っていた。

樹林の中を下ると、日当たりのいい駐車場に出る。その上の斜面にベンチがたくさんあるので、ここでお昼にする。今日は、サラダののり巻きとお吸い物。
この休憩所からは、奥武蔵の峰々の向こうに丹沢の大山や奥多摩の大岳山が顔をのぞかせているのがかわいい。

時間はちょうど正午。ラジオを取り出して、NHKのニュースを聞く。
すると、ホイットニー・ヒューストンが死んだ、というではないか。
だから、山でもラジオは手放せないのだ。
すぐに音楽担当に連絡、対応を打ち合わせした。今日が休刊日で助かった。

とにかく山行は続行。除雪されて、乾いた舗装路面が露出している車道を堂平山(876m)に向かう。
ゆっくり歩いて20分。
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ここは、かつての国立天文台で、いまは、ときがわ町の「星と緑の創造センター」として開放されている。
車でも来られる山頂だ。

だけど、景色はものすごい。360度の大パノラマで、奥武蔵の最高峰・丸山からも見えなかった浅間山や八ヶ岳が見えた。
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赤岳の頂上部分とかがちょこんと見えているくらいだが、感激した。
あちらは風がものすごく強そうだ。
広大な関東平野も一望できる。

しばらく、ゆっくりしたい場所だが、さっき昼食で時間をとってしまったので、天文台レストランの豚汁150円も見送って、笠山に向かう。
堂平山の北はとても広々した緩斜面で見晴らしはいいのだが、どこに笠山に向かう道があるのか、雪のせいもあって、さっぱり分からない。

とりあえず写真をとっていたら、笠山方面から歩いてきた人がいたので、「ああ、あっちか」とやっと分かった。
高齢のお父様をロープで引きながら登ってきた男性で、「あの山は何ですか」と聞く。
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「あれは浅間です」
と得意になって答えた。
どうせなら、もっと難度の高い質問をしてほしかったなあ。

でも、意外に浅間は分からないようだ。何人かに聞かれたことがある。
というか、質問されるのは、どこでも浅間ばかり。
とくに冬は雪をかぶって、円すい型なので富士山のように見えるが、方向的にはありえないと思うのだろう。
でも、一度覚えてしまえば、あんな分かりやすい山はない。

下った七重峠(695m)は春のようなところだった。
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しかし、笠山に行く前に行きたい笹山(740m)への道が分からない。
でも、こんないいかげんな表示をなんとか見つけた。
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笹山へ行く途中の小さなピークを過ぎようとしたら、地面から10㎝の高さに、きちんと彫刻した「臼杵山」という看板があった。
こんな小さなピークにも名前がついていたんだ! と驚くとともに、思いがけず、「登った山」をひとつ稼ぐことができて、ひとり、にやりとした。
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笹山にもパラグライダーの滑空台があった。でも、これは使えるのだろうか。
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それはともかく、笹山からは笠山の展望がよい。
ここから見た笠山は市女笠にそっくりで、その名の由来が納得できる。
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来た道を戻り、七重峠から今度は笠山に向かった。

(つづく)


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明星ヶ岳~明神ヶ岳

11日の山行です。

快晴。東京8:21発の快速アクティー小田原行きで小田原へ。
途中、車窓から、丹沢の向こうに富士山が見えたが、何となく霞んでいる。いやな予感。
箱根登山鉄道で塔ノ沢まで行くつもりだったが、手前駅、箱根湯本での乗り換え時間が8分もあるのを嫌い、下りてしまう。

天気は薄曇り。それにしても、観光客が多い。若者や外国人の姿も目立つ。
箱根は日本の観光地としては、かなりうまくいっているのではないか。
塔ノ沢駅方面に向かって車道を歩き出す。ガードをくぐるとすぐに急坂。
気温も高いので、早くもダウンを脱ぐ。

10分ほど歩くと、塔ノ峰(566m)へと続く阿弥陀寺への参道入口につく。
参道には、新旧様々な石碑や石仏が並んでいる。
こんなのもあった。
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これを地蔵というのかどうかは分からないが。
なんだか相田みつをっぽい。

この寺には皇女和宮の位牌が祀られているという。浄土宗のお寺だ。
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さて、ここから登山道になる。トイレに寄って、10時50分出発。
しばらくは竹林の中を行く。

箱根町が、50mおきに歩道管理ナンバーなる小さな標識を置いている。
こちらにとっても便利というか、励みになるが、例えば、明星ヶ岳が何番なのかを示してくれると、なおありがたかった。

150mほど登って、左の脇道に入ると、この寺を開山した弾誓上人が6年もこもって修行したという岩屋(奥の院)がある。
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さっきから、小さな粒のあられが、はらはらと落ちてきて、え~マジかよ、気まぐれだろ~と思ってたけど、岩屋から引き返そうと振り返ったら、なんと対面の山が真っ白。ちゅうか、雪で霞んで見えない。
ゲ~、これじゃあ、景色は絶望だと、がっくり。

冬型で東京は晴れていても、丹沢から箱根にかけては雲が出やすいことは、何となく経験で分かっていたが、やはり予感が当たってしまった。
もう、今日は「体力づくり」の1日にしよう、と腹をくくる。

さらに500mほど歩くと(標識があるので、距離は分かりやすい)尾根に出る。
ここからは、なだらかだ。
阿弥陀寺から40分ほどで、今日一つ目のピーク塔ノ峰に着いた。
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雪はそれほどでもないが、立木のため展望はない。
ここの標識は25。阿弥陀寺から1.25kmということだ。

すこし歩くと、右手の木々が伐採されており、小田原や南足柄方面、丹沢が望見できる。
でも霞んでいる。
いったん林道に出て、10分ほど歩き、再び登山道に入る。

ここで下りてくる人がいたので尋ねてみた。
「いやあ、雪です。何も見えませんでした」
やっぱり・・・
今回のコース、仙石原から登った方が標高差で550mも得するのに、あえて湯本から登ったのは、富士山を正面に見て歩きたかったからだったのに(涙)。やはり「体力づくり」に専念するしかない。

再び入った登山道は、いきなりの直登である。
だが、尾根に出るとまた、なだらかな歩きやすい道となる。
しかし、あられが強くなってきた。
道が白くなる。
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徐々に高度を上げていくと、あまり見慣れない石像が道ばたに立っている。
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「山と高原地図」に出ているが、「箱根御嶽山八海大頭羅神主」とか「箱根三笠山刀利天宮」とかいうものらしい。仏像ではなく、神像なのだ。

これを過ぎると間もなく明星ヶ岳(924m)に着く。
頂上は何とも頂上っぽくない。廊下のようなところ。
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神像があった山らしく、御嶽大神と大書した石碑と古びた鳥居や祠、石像がある。
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この傍らで昼食とした。今回はラーメンも飽きたので、コンロは持ってきていない。
ポットの熱湯で、乾燥卵スープを戻し、おにぎり2つでさっと済ませた。所要25分。

ここは南西側に若干の展望がある。幸い雪は止み、二子岳がわりとくっきり見えた。
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歩いている間、ずっと箱根登山鉄道の音が聞こえていた。急カーブでレールと車輪がきしむ音だ。
車やバイク、飛行機の音は山では聞きたくないが、なぜ鉄道の音は許せるのか。むしろ気持ちがよい。
やはり、ヒューマンスケール、ヒューマンスピードであるからなのかもしれない。

明星の後は明神だが、これは何か意味があるのか。
それはともかく、すこし歩くと、明神方面の見晴らしがいい。
ササ原の中に、道がまっすぐ切られている。
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20人くらいの老若男女の団体が通り過ぎていった。
みな楽しそうだった。

雪はすっかり上がった。左には箱根火山の中央火口丘の神山が見えてきた。
正面の地獄谷から盛んに煙を吐いている。
なかなか荒々しい眺めだ。
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そして、その背後から駒ヶ岳も姿を現し、明神ヶ岳(1169m)に近づくにつれ、神山の北斜面にある大涌谷も見えてくる。
正面には明神ヶ岳の向こうに、海坊主のような金時山も顔を見せた。
振り返ると、なだらかな山頂の明星ヶ岳。とても火山の外輪山とは思えない山容なのは、古い火山だからなのか。
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摂政宮登山記念碑を過ぎると、山頂はすぐそこ。
間もなく到着というところで、「あっ」と声を上げてしまった。
三国山の向こうにオレンジ色に染まった駿河湾が見えたからだ。
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なんと美しい。

明神ヶ岳には3時前に到着。
一つだけぽつんとあるベンチに腰掛けて、温かいココアを飲む。
本来なら、金時山の向こうに富士山がどかんと見えるはずなのだが、雲の中。
残念だけど、他の山はおおむね見えたのでよしとしよう。
小田原方面もクリアに見えた。あちらは晴れているのだ。
緑の中に、白亜の小田原城が目立っていた。
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小休止のつもりが20分も休んでしまった。
1時間程度で仙石原に下れると思っていたら、なんと所要2時間とある。
やや、これでは下山するのに5時を過ぎてしまう。
あわてて出発した。

すこし歩くと、マウンテンバイクの青年が休んでいた。
行き先は逆だと思っていたら、同じ方向で、間もなくすると抜かしていった。
でも、泥がマッドガードに詰まるのか、息が切れるのか、下りでも何度も止まるので、こちらがまた抜かしたりする。

ちょうどいいチャンスだと思い、下で待ちかまえて、カーブを曲がって下りてくる場面を写すことにした。
勝手に写真を撮って怒られるかもしれないが、そうしたら謝ろう。
3枚ほどシャッターを切って、通り過ぎざまに「かっこいいですね」と声をかけたら、「ありがとうございます」と言って、下っていった。
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気をよくして、それからは止まっては進む彼の後ろ姿を何枚か写真に撮りながら、こちらも気持ちよく下っていった。
「私も学生時代は自転車やってたんですよ。たまには、こんなところにも来ました」
そんなふうに話しかけたくなって、声が届くくらいに接近したら、声をかけようと思っていたのだけど、彼にはなかなか追いつかない。

そのうち、こちらは火打石岳(988m)という登山道のない山に寄り道することになり、彼との会話は諦めた。
この山は5分ほど踏み跡をたどると着く。
登山道には、この山は石器の材料を産したところである旨の説明板があるが、山頂には何の標識もない。
来た道を戻るのはいやなので、ヤブこぎをして登山道の先に戻る。

すると、思いがけず、青年に追いついてしまった。
念願叶い声をかける。
「さっきの写真ブログに載せてもいいですか」
「いいですよ。なんてタイトルですか?」
「山と鉄です」
「さっき、写真に撮られてうれしかったです」
う~ん、いい青年だ。

「私も学生時代、自転車やってたんですよ(やった! 言えた!)。昔はマウンテンバイクみたいなしゃれたものは出回ってなかったので、ランドナーでしたけど。たまには、こんな道も走りました」
「そうですか。ランドナーだと全国を走り回る感じですか」
「ええ」
ほんとは、乗鞍にも自転車で登ったんですよ、と言いたかったが、自慢ぽいので止めた。
これで、一瞬だけだけど、このブログの読者が一人増えた。
アップが遅くなってごめんなさい。
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この後は、とりあえず私が先行。抜きつ抜かれつの歩きになると思ったら、今度はなかなか追いついてこない。

確かにこちらも調子がいい。
明神ヶ岳を下った後も何度もアップダウンがあるが、もういい加減長時間歩いているのに、息が切れない。
先週の奥多摩とは随分違う。
おそらく、これはタイツのせいではない(この日は履いていなかった)。

行動食をこまめに摂りながら歩き、休憩も昼食を含め、ゆっくり休んだのが功を奏しているのだろう。
どうも、私は疲れないと休まない、お腹が空かないと食べない、のどが渇かないと水分を摂らない、という貧乏性なところがある。時間を節約したいのだ。
しかし、どうやらこれは間違いで、寒くなってしまわない程度にこまめに休み、何かを口にしていた方がパフォーマンスは上がる。これが、この日実感したことだった。

矢倉沢峠が近づいてくると、左手下に仙石原の集落が見えてきた。
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箱根の町並みは、強羅もそうだが、わりあい自然と調和しているようにみえる。
極端に高いホテルやマンションがないのがいいのだろう。
これもヒューマンスケールである。

矢倉沢峠は思い出深い場所だ。
大学1年のときの「追い出しラン」(4年生を見送るための1泊ツーリング)で来た。
あれからもう30年以上経つ。
当時は自転車で越えた金時隧道がすぐ近くにあるので、見に行った。
あの頃、矢倉沢林道はひどいダートだったが、きれいに舗装されていた。
トンネルは確かに見覚えがあった。
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当時は、坑門の上まで登って写真を撮ったっけ。

あの青年はこのトンネルで下ることになるだろう。
まだ追いついて来ないが無事だろうか。少し心配だ。

峠には「うぐいす茶屋」があったが、もう5時。時間が時間だけに閉まっている。
人気の金時山への玄関口だが、あたりにはひとっこ一人いない。
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金時山は20年ほど前、会社の同僚と登ったことがある。
あの時は秋で、ものすごい人だったような気がする。

さて、下山。とうとう青年は現れなかった。
登山口のバス停に着いたのは17:16。バスの時間は17:21。なんてタイミングがいいんだ!
そこで、整理体操をしていると、青年がヘッドライトを付けて小田原方面に下っていった。
「気をつけて~」と手を振る。これでなんの心配もない。

強羅駅前の日帰り湯「薬師の湯 吉浜」で温まり、律義に登山鉄道で帰りました。
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週末の山行

予定通り、土曜日に箱根、日曜日に奥武蔵に行ってきた。
いずれも随分遅くなるまで歩いた。
おかげで体重がさらに減りました。

詳細は明日以降ということで、本日はコースタイムのみ書いておきます。

11日
箱根湯本駅(10:15)~阿弥陀寺(10:50)~塔ノ峰(11:30)~明星ケ岳(13:05昼食25分)~明神ケ岳(14:55休憩20分)~火打石山(15:55)~矢倉沢峠(16:50周辺散策10分)~金時登山口バス停(17:15)
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(明神ケ岳から明星ケ岳に向かうハイカーたち)

12日
丸山林道途中(9:20)~丸山(10:00)~高篠峠(10:50)~川木沢ノ頭(11:25)~白石峠(11:35)~剣ケ峰(11:50)~駐車場(12:00昼食25分)~堂平山(12:45)~笹山(13:40)~笠山(14:25)~萩平分岐(15:10)~竜ケ鼻(16:00)~物見山(16:10)~東秩父中学校(17:00)~切通し(18:00)

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(堂平山山頂近くから見た浅間山=中央)

土曜日は思いがけぬ雪で富士山が1度も見えず終いだったけど、午後には若干天気が回復して、周辺の山はよく見えました。

日曜日は快晴。すこし風があったけど、堂平山からは遠く八ヶ岳や浅間山が見え、笠山からは男体山も見えました。途中、道を間違えたりしたけど、いずれも引き返し、事なきを得ました。
やはり、「山と高原地図」だけではなく、2万5000分の1の地形図が必要だと痛感しました。
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週末の予定

明日11日は箱根・明神ケ岳、12日は奥武蔵・堂平山あたりを歩いてこようと思っています。

そして、18日はいよいよ北八ツ天狗岳に挑みます。

それはそうと、お昼休みに「カシミール3D」の入門編を買って来ました。
早速インストールしたので、これから勉強したいと思います。
ブログにも貢献できるといいのですが。
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奥多摩石尾根3

寒い寒い夜を過ごし、やっと暖まれます。
外はマイナス9℃だけど、動けば暖かい。

ごついアイゼンを履いて歩き出す。歯が高いので、足を高く上げないといけないし、なんと言っても重い。
こいつは大変だわ。

今日の目的地は雲取と決めたが、途中の小さなピークは場合によってはパスするつもりだった。
七ツ石山も秋には登っているし、これも巻き道で通過するつもりだ。
でも、できたら登りたい気持ちもある。

この葛藤は、アイゼンによって、頭の中では「巻き道」という解決をみた。
が、しかし、一つめのピーク日陰名栗峰(1725m)を目の前にして、その決断はいとも簡単にひっくりかえる。

トレースが尾根道の方についており、巻き道はささやかなつぼ足の跡のみ。
むむむ、あの道をアイゼンでは歩きたくない。
「そうだ、おれはアイゼンの練習に来たのだ。登りを歩かないでどうする!」

というわけで、直進。ただし、かなりの急登だ。
歩き始めたばかりというのに、早くも大リーグボール養成ギブス状態。
あえぎあえぎ登っていると、心なしか雪が赤らんできた。

あっ!と思って振り返ると、もう日が昇っていた。
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最近、山から見たご来光は大抵、雲から出てきたが、この日は稜線からしっかり、まん丸なまま顔を出した。
今日もよろしくお願いします。

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富士山にも朝日があたっている様子。
写真を撮りながら、何度も何度も止まって、登った。

山頂近くにテン泊している人がいた。
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私の姿を見たら、テントの中に引っ込んでしまった。
大きな三脚があったので、早暁の富士山でも撮っていたのだろうか。

おれの作品は、これだ! どうだ!
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たいしたことないすか。

日陰名栗峰という変わった山の頂上には7:05着。
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暑くなったので、フリースを脱ぐ。思い切って、ダウンも脱いで、長袖シャツとゴアテックだけになる。
アイゼンは、下りの練習もしなくてはと一瞬思ったが、こんな道では練習にはならんと、結局はずしてしまう。

う~なんて楽なんだ。なんて軽いんだ。
るんるん、すこし寒っ、状態で下り始めると、また左手に大パノラマが開けてきた。
昨日は、西方面、つまり大菩薩や南アルプスが逆光だったが、今は太陽が東にあるので順光。
とくに大菩薩のモノクロが鮮やかだ。
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しばらく行くと前方にシカの親子が。
まだ200mは離れているというのに、あっという間に林の中に逃げ込んでしまい、カメラを構える暇すらなかった。
30分ほどで次のピーク高丸山(1733m)に到着。
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私の「山と高原地図」奥多摩は2001年版で、ここの尾根道は点線で表記されている。コースタイムが書いてないため、このペースが遅いのか早いのか分からないが、この分なら、昼前には余裕で雲取に着けそうだ。

次のピークにあたる千本ツツジ(1704m)までの道はこんな感じ。
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千本ツツジからはさっき越えてきた、日陰名栗峰(右)と高丸山(左)がよく見える。
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七ツ石山(1757m)は巻く手もあったが、ええいついでだい!って感じで、登ってしまった。
いやあ、こんな景色だったんですねえ。
11月に登ったときは曇っていて何も見えなかったけど。
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富士山はもちろんですが、南アの白峰三山もこんなふうにくっきりと見えました。

これから歩く雲取への道は、こんな感じ。
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これまでもそうだったけど、これからもずっと見晴らしのいい防火帯の中を歩きます。

ここらへんからは3か月前に歩いた道を逆向きにたどることになる。
雪に覆われているけど、そんなに印象は変わらない。
私の脳は色ではなく、形で記憶するタイプなのかもしれない。

知った道を歩くのは実に安心だ。
自分は行ったことのない所に行く主義なので、3か月前に来た道を歩くなんて、めずらしいことだ。
案外つまらなくないものだ、と思った。

前回ココアを飲んだ奥多摩小屋でトイレに入る。
ここはもともと町営だったが、今は雲取山荘が経営しているらしい。
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小屋番の若い人は愛想がないことで有名だ。
私も、前回、扉を開けた途端、「もうみんな出ましたよ」と言外に門前払いを喰ったことがある。
でも、悪い人ではないとの評判だ。

ここから、雲取へは何度か急坂を登らなければならない。
ヨモギの頭(1813m)と小雲取山(1937m)だ。
しかし、太陽も高くなり、ものすごく明るい。本当に今日は最高だ、
雲取の西に連なる飛龍山(2077m)の姿が雄々しい。
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小雲取はササやぶでピークへの道がなく、前回はそのまま通過してしまった。
今回は雪が積もっているので、好都合。踏み入ってみた。
ピークの標示はなかったが、登ったことには当然なる。
ここには人間の踏み跡はなく、シカの踏み跡がたくさんあった。
登山道に戻る時、滑って尻餅をついたが、雪なので汚れもせず、擦り傷すら負わなかった。冬はありがたい。

そして、雲取には10:30着。実にいいペースだ。
やはり人が多い。避難小屋にはすごい機材を持ってきている人がいて、「白馬が見えましたよ。あれを見に来たんだ。来てよかった」と問わず語りに話してくれた。

どれどれ、白馬ねえ。ああ、あれかあ、言われないと気づかなかったなあ。
確かに真っ白だ。
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(奥にうっすら見える白い山並み)

それよりも、奥秩父の主峰が一望できることに感激した。
今年は、あそこを縦横に歩きたいと思っている。
雁坂峠や十文字峠など、生活者の往来があった道を訪ねてみたい。
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(奥左が国師ヶ岳、奥右が甲武信岳)

一応、ここからの富士山もご披露しよう。
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ここはマイナス1℃。本当に風もなく、暖かい。
今日のお昼は、昨日買った固くなってしまったおにぎりだが、まだ食べるのは早いかな。
せっかくの快晴雲取なのに、じっとしていられない私は、滞在20分で下山を始めてしまった。
この性格は少し直した方がいいなあ。

ここからは標高差1500mに達する長い長い下り。
雲取までほとんど休憩をとらず、山頂でも座ったりはしなかったので、4時間歩き続けて、実質ほとんど休んでいない。
だから、この下りは猛烈に疲れた。
大きな石に寄りかかったり、木の切り株に座ったりと三条の湯までに3回、2分ほどの小休止をとった。

三条の湯に12:45着。
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とりあえず、またまた空っぽになった水をここで補給。
若い小屋番の人がたまたま出てきたので、飛龍山のバッジを買った。
「飛龍に登ってきたんですか」
と聞かれて、どぎまぎしたが、正直に「いいえ(でへへ)」と答えた。
当然、話はそれで終わってしまった。

内心は「私、山のバッジをコレクションしてるんですが、雲取山のは持っているんです。飛龍は登ったことはありませんが、それとは関係なく集めているもので。別に、これを証拠に飛龍に行ってきたと威張るつもりはないんです」と説明したい気持ちがうずまいたが、そんな言い訳をすると、なお変な人だと思われるのが世の常だ。

ここで入浴という手もあるが、まだ3時間近く歩かないといけないので断念。
いつか飛龍を登る前夜にでも泊まることにしよう。

20分ほど整備された道を歩くと林道に出る。
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ここから延々2時間以上、ところどころアイスバーンになっている道を慎重に歩く。
途中、歩きながら、おにぎりを食べた。
よくよく、休憩する時間がもったいない男だ(実は、止まると寒いだけ)。

で、やっと人里に着きました。
その名も「お祭」。
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なんでも、このあたりの村が奥多摩湖に沈む前、たいそう賑やかなお祭りが開かれていたそうで、それが地名の由来だと、「山荘おまつり」のご主人が教えてくれました。
ちょっと、おおざっぱな気もするが・・・

バス停には15:40着。バスの時間は16:43。あと1時間もある。
おあつらえ向きにある、この山荘で間違えてラーメンを頼んでしまった。
ああ、この2日で3杯目だ。

ここのご主人は七ツ石山荘も3年前から経営しているという方で、かなりの話好きで退屈しなかった。
今年はこの寒さで水道(わき水を引いてきている)が凍って困るとぼやいていた。

やっと人心地ついた。ここからバスと電車を乗り継ぎ、自宅についたのは19時半。
お疲れさまでした。

(おしまい)



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奥多摩石尾根2

鷹ノ巣山避難小屋は、鷹ノ巣山を西に、標高差にして160mほど下った鞍部にある。
ログハウス風のわりと新しい建物で、清潔な印象だ。
10人くらい収容できそうだ。
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とりあえず、ザックを中に置き、「水場」へ向かう。200m先だという。
冬だし、まず凍結しているだろうとは思ったが、一応確認のため。
う~ん、やはり出ていない。
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実は、今回、水は熱湯をポットに800ccと午後の紅茶の500ccペットボトルを持ってきただけで、この「暑さ」ですでにみな飲み干してしまった。
夕食用も朝食用も、飲用もない。
小屋の中には、ポリタンクに水が確保されていたが、当然のごとく氷っている。
DSC_3382.jpg
室温はマイナス2度。外は、この時点でマイナス6度である。

まあ、こうなることも想定していた。
雪をコンロで解かせばいいのだ。

早速、外に出て、1リットルのコッヘルにきれいな雪を詰めて、火をあてた。
水気が出てきたら、スプーンでかき混ぜて、雪を解けやすくし、案外早く水になった。
量は約500cc。ほぼ半分だ。
これなら、あと2回同じことを繰り返せば、ポットとペットボトルは満タンになる。
あす1日過ごすには十分だ。

なんて作業をしていたら、鷹ノ巣山の下りですれ違ったカップルが戻ってきた。
「ご一緒します。よろしくお願いします」
と声をかけると、お兄さんの方が、「水ならありますよ」と言ってくれた。
「余計なほど、持ってきてしまったので」

見ると、3リットルくらい入りそうなお酒のボトルに大量の水が入っている。
ありがたく500ccだけいただき、雪解かしは2回で済んだ。

さて、明るいうちに、あすの計画を立てなくては。
もともとは七ツ石山から赤指尾根を下るつもりだったが、それでは午前中に下れてしまう。
明日もいい天気なのにもったいない。

この路面状況なら、雲取まで行けそうだ。
コースタイムを検討する。秋に雲取に行った時は、登り尾根を下って鴨沢に出たが、同じ道は通りたくない。
下りは、三条の湯から後川林道への道を行きたい。
タイムは約8時間。

朝6時に出れば、遅くとも午後4時には下山できるだろう。
よし、決めた。あすは雲取だ。

あと明るいうちにしておきたいのは、アイゼンの装着練習。
初めて買ったアイゼン。明日、出発時から履いていくつもりだ。
長さを調節し、バンドを締めてみるところまで。
わりと簡単にできた。しかし、ごつい。これで自分の足を蹴ってしまいそうで怖い。

くだんのカップルは峰集落から(赤指尾根を)登ってきたとのことだが、こちらと会話をしようという雰囲気が感じられなかったので、ほっといてあげることにした。

こちらは、海老ピラフのアルファ米に水を入れ、1時間の待ち時間を利用して、本日の山行記録を書くことにする。
カップルはずっと小声で話し続けており、楽しそうだ。

6時前、もうすっかり暗くなった頃、もう一人、中年男性が小屋に入ってきた。
今夜は4人ということになりそうだ。
この方は基本的に何もしゃべらない。一人黙々と、食事をつくり、食べ、寝てしまった。

6時になって、ラジオの天気予報とニュースを聞く。
下界にとくに大きなことは起きていない。天気も問題なさそうだ。

さて1時間たったので、海老ピラフを食べる。
うう、気温が低すぎたのか、水を吸いきっておらず、米にもまだ芯がある。
ケチらずに、お湯で作れば、よかったなあ。
それでも、我慢して食べるしかない。

さあ、何もすることがなくなった。
圏外なのでメールすらできない。
まだ6時半だけど、寝るしかない。

ごそごそとシュラフを広げ、ゴアテックスの上着とネルシャツをたたんで、ネックウオーマーを巻いて枕とする。
敷物は厚さ1mmのテントシートを二つ折りにしたものだけ。
マットはない。

でも、学生時代、自転車で野宿旅行をしてた時のことを考えれば、下が固いのは別に気にならない。それほど冷たくも感じない。
しかし、シュラフの中が寒い。
上半身はダウンも着込んでいるので、寒くはなかったが、下半身が全く暖まらない。

このシュラフ、3シーズン用のつもりだったが、後日、好日山荘に行って確認したら、夏用(8℃~)とあった。
これは寒いはずだ。
凍死したりはしまいが、眠れるだろうか。

カップルのおしゃべりは相変わらず続き、隣のおじさんはすでに猛烈ないびきをかいて寝ている。
条件はかなり悪い。

それでも、うとうとしたようで、時計を見たら10時だった。
しかし、それからがまた眠れない。
とりあえず外のトイレに行く。

気温はマイナス9℃だが、風もなく、それほど寒くない。
それより、月明かりが気持ち悪いほど明るい。
雪山の夜って、こんな感じなのだ。オリオン座やカシオペア座が、木々の合間から見えた。

シュラフに戻っても、下半身の冷えきったまま。
そういえば、貼るホカロンがまだあった。
すでに足先には貼ってあったが、もう2枚ももに貼ることにする。
加えて、ツェルトを取り出し、シュラフにかける。

まあ、よりまし程度だったが、これでまたうとうとできた。
12時、3時と目が覚めたが、次に目が覚めたのが5時半。

おっと寝過ぎた。あわてて、朝食の支度。またまたインスタントラーメン。
なんだかんだと時間がかかり、出発は6時半になってしまった。
まだ日は昇っていないが、もうかなり明るい。

重いアイゼンで歩き始めた。

(つづく)







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奥多摩石尾根1

行程はこんな感じでした。

4日:奥多摩駅(8:35)~城集落への分岐(9:40)~三ノ木戸山(10:45休憩10分)~狩倉山(11:55)~六ツ石山(12:05昼食50分)~城山(13:50)~水根山(14:40)~鷹ノ巣山(15:00)~道間違い~鷹ノ巣避難小屋(16:15)

5日:避難小屋(6:30)~日陰名栗峰(7:05)~高丸山(7:35)~千本ツツジ(8:05)~七ツ石山(8:40)~奥多摩小屋(9:20)~雲取山(10:30休憩20分)~三条ダルミ(11:05)~三条の湯(12:45)~お祭バス停(15:30)


奥多摩駅には8:28着。先月、大菩薩に行った時は、ここからバスに乗って、寒さに震えていたが、今回はズボンの下にタイツを履き、上には雨具を履いて、三重の防寒なのでポカポカ。
この日はそもそも暖かかったし、電車の中では蒸れそうになったほどだ。
DSC_3076.jpg

快晴である。町には、全く雪がない。意外だった。ここは標高350mほど。
5分ほど歩いて、小河内ダム建設の際に使用された軌道である旧小河内線のガードをくぐる。
50年以上前に廃線になったとは思えないほど、しっかりと残っている。

で、ちょっと坂を登っただけで、もう暑くなり、さっさとダウンを脱ぐ。
羽黒三田神社、稲荷神社を過ぎて、標高700mに達すると道はほぼ雪道となる。
途中、本仁田山(1224m)がすがすがしい姿を見せていた。
DSC_3104.jpg

城集落へ道との分岐で、チェーンアイゼンを装着する。
軽アイゼンは付けたことがないので分からないのだが、路面がコチコチに凍っていない限り、チェーンは万能である。歩きやすいし、そうそう滑らないし、下りなど滑りたい時は滑ってくれる。
ただ、金属とゴムをつないでいるので、強度はそれほどでもないだろう。
いつ破損してしまうか、という不安はいつもある。

分岐から数百㍍で石尾根の末端に乗る。
しばらく、尾根の北側を行く。勾配もゆるやかで、気持ちのよい道だ。

雪が少しずつ深くなっていくが、トレースもしっかりしており、なんの苦もない。
左手に三ノ木戸山(1177m)のピークが見えてくると、そこに直登していく踏み跡があった。
「山と高原地図」には載っていない道だが、これができるのが雪山でもある。

つぼ足の跡を正直にたどって、5分ほどで頂上。
DSC_3133.jpg
なんと、近くの山の向こうに、富士山がてっぺんだけ顔を出していた。

頂上の印は、木にまいたテープにマジックで書いた表示のみ。
これだけでも、ピークと分かるだけ、ありがたい。
DSC_3131.jpg

登山道に戻るべく、歩を進めると小さなあずま屋が。
ここで小休止をとる。ポットの熱湯で、卵スープを飲む。
それにしても、暖かい。大抵、休むときはダウンをもう一度着込むのだが、風がないので、着なくても済む。

ただ、食料を出してみて、また箸を忘れたことに気づいた。
前2回は、木の枝を拾って代用したが、今回はスプーンがあったので、それで代用することにしよう。

5分ほどで登山道に合流。ここから徐々に勾配がきつくなる。
まだ11時だと言うのに、もう下りてくるグループがいる。
「雲取山荘に泊まった人だろうか?」と思って、「今日はどこからですか?」と聞いてみたら、
「えっと、あれ、どこだっけ。空気が薄くて、すぐ出てこない」との答え。
DSC_3170.jpg
仕方ないので、少し遅れてきた人にもう一度聞いたら「水根から」とのことだった。
水根からまっすぐ六ツ石山に登って下りてきたのだろう。

このあたりでは左手後方に、御前山や大岳山が見える。

正面にもピークが見えてきた。狩倉山(1452m)だろう。しかし、踏み跡がない。
左に巻いている道から遠回りして行くしかない。
鞍部に出ると、そこからは踏み跡があった。ここからピークハントに向かう。
かなり雪が深く、歩きにくい。

頂上にまでは5分足らず。防火帯のピークらしい所に立ったが頂上の標識がない。
さらに奥は、東大演習林の中だが、この中だろうか。
踏み跡はないが、踏み入ってみる。

すると、あった、あった。
DSC_3183.jpg
今度は紙に書いて貼ってある!いつまで持つことやら。
ここは南に眺望が開けているので、正面の山は月夜見山だろうか。

さて、来た道を引き返し、六ツ石山へはひとのぼり。正午過ぎには登頂した。
広い山頂だ。雪がまぶしい。
こちらの登頂と同時に、水根方面から高齢者の集団も(20人くらい)上がってきた。
一気ににぎやかになる。
DSC_3197.jpg
彼らはここで昼食。でも、比較的おとなしく食べてくれたので、雰囲気は壊れないで済んだ。

富士山はちょうど木々の陰に隠れて見えにくいが、丹沢や大菩薩嶺のほか南アルプスの北岳、甲斐駒も見える。
すばらしい。(下の写真、奥の山並みは大菩薩嶺から小金沢連嶺)
DSC_3196.jpg
奥多摩の山もいくつか登ったが、こんな眺望に出会えたのは初めてだ。
当方も、正面に甲斐駒が見える場所に陣取って、お昼にする。

相変わらず、インスタントラーメン。具はゆで卵とソーセージ。
団体さんに「箸余ってませんか?」と聞きたかったが、言えなかった。
それにしても、日射が強い。耳がじりじり灼けるよう。
こりゃ、雪焼けするかもと思い、帽子をかぶった。

さて、お腹もふくらんだので出発。しばらくは北斜面を歩く。相変わらず人通りが多い。
将門馬場のピークもハントしたかったが、踏み跡がないので断念。
間もなく、巻き道と尾根道の分岐。当然、尾根道を行く。

次の城山(1523m)は山頂の表示がなく、結局、どこがピークなのか特定できないまま、通り過ぎる。
しかし、ずっと尾根を歩き続けたのだから、必ずピークは通過しているはずで、「城山」も「登った山」の一つに数える。

続いて、水根山(1620m)。ここは急登だ。
しばらくなだらかな道が続いてきただけに、ここまで1300m近い標高差を登ってきた疲れが一気に出た。
初めて履いたタイツが大リーグボール養成ギブスのように、足を締め付ける。

何度も何度も、途中で止まりながら、やっとたどりついた。
DSC_3271.jpg

それでも、登った甲斐は十分。
ピークを過ぎると、いきなり左手の視界が開け、近くは大岳山、御前山、三頭山の奥多摩三山、遠くに丹沢、大室山、御正体山、杓子山、富士山、三ツ峠山、雁ケ腹摺山、小金沢連嶺、大菩薩嶺、白根三山、仙丈、甲斐駒と大パノラマが広がった。
DSC_3301.jpg
こんどは、あそこに登ってみたい、と胸がふくらむ。
は~、山はいいなあ、ほんとにたまらんなあ。私は幸せだ。

鷹ノ巣山(1736m)も最後の詰めは急登。ここでも、何度も足を止める。
3時に登頂。今まで見てきた景色が一気に見える。鼻の穴がふくらんでしまう。
DSC_3350.jpg
(中央が御前山、その左の頂上の尖っているのが大岳山、右奥が東丹沢。円すい形なのが大山)

これまで冬山で、のどが渇いたことはほとんどなかったのに、今日はやけに渇く。
水筒には熱湯が入っているので、ずっと、雪を食べて、水分補給してきたが、どうも足りない。
ふと思いついて、コップに入れた熱湯に雪を混ぜて、冷やして飲んだ。

うまい! 雪を食べるのは放射能が心配だが、影響がでる頃には、寿命だろうから関係ない。

頂上の陰で、ストックで穴を掘っている若者がいた。
「ここでテント泊かな」なんて、そっちばかり気をとられていたら、本来下っていくべき道が目に入らず、日原へ下る北斜面の道を下り始めてしまった。

下り初めてすぐ左手、雲取山の右にのぺっとした和名倉山が見える。
最近、かの山に強い関心を抱いている山田哲哉さんの新刊「奥秩父」を読んだばかりだったので、感慨深い。

調子よく下っているうちに、いきなりお腹も下ってきた。
これは強烈だ。小屋まではおそらく待てない。

意を決して、ヤブに飛び込んだ。
そのまま、しゃがむとお尻が雪についちゃうので、まずは穴掘り。
何とか間に合った。ふ~~~~

どうにか気を取り直して、さらに下っていったが、どうもおかしい。
正面に見えてくるはずの山が左後方に隠れて見えなくなってしまった。
地図を確認する。

ぎゃ~~~!

なんと、鷹ノ巣山の頂上は三差路になっているではないか!
道を間違えたのに気づくまで、○ンコの時間を差し引いても15分。
標高差200mは軽く下っている。
大リーグボール養成ギブスがまた、音を立てた。

泣く泣く引き返す。まだ日が高かったのが不幸中の幸い。
それに、人通りの少ないこの道だったから、誰にも目撃されずに用が足せたのだ。
正しい道を行っていたら、逃げ込む場所がなく、もらしていたかも。
そう慰め、30分かけて、登り返した。

小屋までの正しい下りは、ミニスキーで滑るように、下っていった。
途中、ザックのないカップルが登ってくるのとすれ違う。
「ああ、彼らは今夜、小屋泊だな。自分一人で泊まるという目的は達成できずだな」
「しかも、カップルじゃあ、話もしづらいし、居心地の悪い夜になりそうだ」

そんなことを考えながら、さらに下る。
4:15避難小屋着。
はたして、お二人のシュラフがもう敷いてあった。
まだ明るいが月が出ていた。
DSC_3364.jpg

(つづく)



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雲取山行ってきました

土日で、奥多摩駅から石尾根を雲取まで歩き、三条の湯経由でお祭に下りてきた。
2日間とも、すこぶるいい天気で、初めての雪山を満喫した。

雪山を知ったら、夏なんて行く気にならない、なんて言った人がいたかどうか分からないけど、ちょっと分かる気もした。

道はさすがに奥多摩の大通りだけあって、きっちりトレースが付いていた。
まれに、つぼ足の跡程度のところもあったけど、基本的には夏山のコースタイムの1割増しくらいで歩けた。
積雪はだいたい10~30㎝程度だった。

初日は、鷹ノ巣山避難小屋まで頑張り、翌日は七ツ石山から赤指尾根を下ってくるつもりだったが、この様子では雲取まで歩けそうなので、秋のリベンジをねらうことにした。
で、めでたく快晴の雲取山頂に立てたわけです。
DSC_3637.jpg

先月歩いた小金沢連嶺も、あそこが大菩薩峠、あれが石丸峠と稜線をひとつひとつ確認できるのもうれしかった。
国師ヶ岳や甲武信岳など奥秩父の主峰も見えた。
今年は、あのあたりを小屋泊で歩き回りたいと思っている。

初めて使ったアイゼンは、重いし、歩きにくいし、これを付けて歩いていたら、バテてしまうと思い。
避難小屋から40分、日陰名栗峰にたどり着いた時点で、はずした。
ここ以外は、チェーンだったけど、トレースが凍っているところはほとんどなく、全く問題なかった。

そうそう、日陰名栗峰を直登していると、背後に日が昇りました。
まん丸な朝日でした。
DSC_3385.jpg

それにしても、このコース人が多かった。
三条の湯への下りでは全く人に会わなかったけど。

詳細は明日以降に。
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アイゼン購入

昨夜、同僚の指導のもと、アイゼンとピッケルを買った。

本当は冬山などする気はなかったのだけど、冬山をやらないと、この時期、行ける場所が限られてしまう。

しかも、私は極度の花粉症なので、3~5月は低山は歩けない。山に行かないか、高い所に逃げるしかない。

というわけで、決断したわけ。

デビュー戦は北八ツを予定しているが、明日から足慣らしのため、奥多摩の鷹ノ巣山に登るつもり。


冬山問題と別に、遭難した時のため、ビバーク訓練も季節がよくなったら、しようと思っているのだが、まずは山で夜にひとりぽっちになるという状況を経験するため、今回は鷹ノ巣山避難小屋に泊まる予定。

どなたかがいれば、練習にはならないけど、それはそれで楽しいでしょう。たぶん

ヤマレコなどを見ると、大雪の後もやはりあのあたりは歩かれているようで、みなさん夏並のコースタイムで歩いている様子。

泊まらなくても、下山して来れそうだけど、あえて泊まります。
かなり寒いみたいだけど、天気はよさそうです。
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