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山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

かんの温泉(下)

【2019年6月30日(日)】かんの温泉
朝の散歩がてら、野天湯の「鹿の湯」まで探検に行って、7:10頃、宿に戻ってきた。
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朝食は7時半から。
メニューは白身魚がメインで、あとは納豆、冷奴、生卵、野菜サラダ、キンピラゴボウなど。
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デザートの杏仁豆腐をとろろと思ってしまい、醤油をかけてしまった人もいた。

ちなみに、かんの温泉は温泉博士松田忠徳氏の「北海道温泉番付」(2003年版)によると、西の横綱であった。
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東の横綱は登別温泉。張出横綱はニセコ温泉郷と川湯温泉郷、大関は定山渓温泉と湯の川温泉となっており、大どころが居並ぶ中、大したものである。

9時前にチェックアウトして出発。
真っすぐ札幌に帰るのも味気ないので、然別湖と糠平湖に寄ることにした。
十勝平野は濃霧で、扇ヶ原展望台からは何も見えないので通過。
9:20頃、然別湖に到着した。
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然別湖は先週も来たばかり。
一昨年、北海道に戻ってきてから、早くも4回目ということになる。
どうせなら、今度は冬に来たいものだ。

湖畔には下りず、湖は道路脇から眺めただけ。
ホテル風水の売店でお土産を買って、すぐ糠平湖に向かう。
先週、見落としてしまった幌鹿峠の看板も確認することができた。
運転していたので写真は撮れなかったが、学生時代に見た赤い標識ではなく、もっとナチュラルな感じなものに変わっていた。

10:10頃、糠平湖のダムサイトにある展望台に到着。
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先週はタウシュベツ橋梁を見るために、湖の上流の方に行ったが、今回は最下流。
やはりまだ相当水位が低い。
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満水時より10m以上低い感じがした。
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展望台から水際までは急斜面でとても下りられないが
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湖畔に通じる「道」があるようで、釣り人の姿がちらほら見られた。
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展望台への道は旧国道で、かつては堤体の上を国道が走っていた。
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今はダムの先の道で落石の恐れがあり、「当分の間通行できません」という看板が立っていた。
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ほとんど使われていない道だろうし、そうなったらおそらく、再開することはないだろう。
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道の山側に、ダム工事で殉職した方々の慰霊碑があった。
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30人くらいの名が並んでいたが、今だったら、そんなに多数の死者を出すような現場だったら、安全対策がなっていないということで大変な問題になったことだろう。
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ここから帯広への道は旧士幌線の沿線なので、駅跡など見て回りたかったが、皆さんと一緒なので、もちろんそういうわけにはいかない。
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とりあえず、トイレ休憩も兼ねて、道の駅ピア21しほろに立ち寄る。
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到着したのは11時前。
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ここには地場産品として、特産のハスカップを使った紫色の太巻きなどが売られていた。
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私は十勝の豆を使った大福をお土産に追加。
兄嫁が、「しほろ牛カレー棒」なるジャンクフードを全員分買ってくれた。
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まだ昼前で、それほどお腹が空いていなかったので、しばらく置いておいた。

高速は苦手なので、運転はここで弟に交代。
音更帯広ICから道東道に乗り、占冠PAで休憩。
ここでさっきもらった「カレー棒」を昼食代わりに食した。
カレー味の御飯に牛肉を巻いて、それを揚げたもの。
めちゃめちゃ旨いってほどでもなかったが、なかなか美味しかった。
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見た目より、食べごたえがあった。
このまま、昼食は取らずに札幌へ直行。
たぶん、14時頃には着いたような気がする。

途中、父が手のしびれを訴えて、湿布で和らげたり、スピードを控えたりしていたのだが、つらそうだったので、見るに忍びなかった。
来年はもっと近いところにしよう。

(おわり)

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かんの温泉(中)

【2019年6月30日(日)】
一族で、かんの温泉に宿泊中。
この日は朝5時半に目が覚めた。よく寝た。8時間半も寝てしまった。
さっそく、朝風呂だ。
ここは日替わりで男湯と女湯が入れ替わるので、昨日は女湯だった湯処イナンクルへ。
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こちらには、イナンクルアンノー(幸せになろうぜ)の湯、イナンクルアンナーの湯(幸せになろうね)の湯、春鹿呼の湯、秋鹿鳴の湯の4つの浴槽がある。
こちらも源泉はみな異なるが、どれもナトリウム-塩化物・炭酸水素塩温泉。

源泉の温度とph値はそれぞれ、アンノーが52.3℃の7.2
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アンナーが48.5℃の6.8
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春鹿呼が44.9℃の7.2
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秋鹿鳴が52.3℃の7.2となっていた。
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いずれも自然湧出である。

ここはゆっくり湯を楽しむというよりは、とにかくすべての湯に入ってみるという「作業」に専念。
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ただし、奥の秋鹿鳴の湯は故障中で湯が浅かった。
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そのおかげで、底に昔の浴槽のタイルが残してあるのを確認できた。

10分で退出したが、その後、他の人も上がって誰もいなくなったことが分かったので、もう一度、風呂に戻って撮影。落ち着いて撮ることができた。
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部屋に戻ると、弟が「ヒグマ坂の奥にも風呂があったよ」というので行ってみた。
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坂を登って、こもれび荘玄関前の月影橋を渡ると
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確かに「幾稲鳴滝の湯」と看板を掲げたコテージのような建物がある。
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家族風呂のようだ。誰もいなかったので、こちらにも入ってみた。
木材で枠をつくった正円の浴槽である。
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半露天で、シイシカリベツ川支流にかかる小さな滝が見えた。
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ここは珍しく湯が濁っていた。

上がって脱衣所で着替えていたら、外で人の声が。
「すいませ~ん、今出ますので~」
「お待たせしました~」と愛想よく声をかけて出たのだが、先方さんの表情は硬い。
あれっと思って、案内表示をよく見たら、「こちらは貸切露天風呂です。ご利用の際はフロントまでお越し下さい」と書いてあった。
やばい、私は無断で入ってしまったのだ。

部屋に戻って弟にそう話したら、「へ~そうだったの」との答え。彼も知らなかったようだ。
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フロントで、近くにある野湯について聞いてみたら、一番近くにある鹿の湯には入れるみたいだ。
宿の人も詳しくは知らないというので、管理しているのは「かんの温泉」ではないらしい。
「然別温泉郷露天風呂案内図」と書かれた張り紙には、6つの野湯が紹介されていた。
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近い方から、鹿の湯、テムジンの湯、ビラの湯、メノコの湯、ベニチカの湯、マクベカの湯である。
このほか、シリトコルの湯、キヌプの湯、シリオパの湯など名前の付いた源泉はあるが、入浴はできないらしい。
鹿の湯以外の5湯へ行く道は「通行止め」と書いてあったし、宿の人もそう言っていたので、単純に今は行けないんだと思っていたが、歩いてみると、車では行けないというだけで、徒歩なら行けるみたいだった。
ただ、最も遠いマクベカの湯までは2km以上もあり、今回はさすがに無理だ。
800mくらいで行ける鹿の湯だけトライしてみることにした。

ちなみに、鹿の湯はカルシウム泉系。適温で、キャンプ場の営業期間である6~9月は清掃されるが、冬期は湯温が下がるので、源泉洞に入るのだそうだ。
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テムジンの湯は景色はいいが、汚れがひどく、入る人は少ないとのこと。
ビラの湯は岩壁から湯が噴き出し、石で囲った湯船がある。ただ、湯温が不安定で入浴には適さないらしい。
メノコの湯は1人がやっとは入れる木枠の浴槽がある。湯温を整えるため、バケツで川水を汲み入れる必要があるという。
ベニチカの湯はホースで川水を引き入れてあり、湯温の調整は簡単。4~5人は楽に入れて比較的きれいだそうだ。
マクベカの湯には浴槽が2つあるが、近くに水がないため、ポリタンクに汲み置きのぬるくなったお湯で埋めなければならないようだ。

6時半に弟と2人で歩き出すと、ちょっと離れたところに白い犬が飼われているのに気付いた。
木の札に「かみますよ ワン」と書かれている。
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番犬でレインという名前らしい。
近づくと勢いよく近づいてきたが、弟の姿を見ると、途端におとなしくなってしまった。
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弟は犬を飼っているので、この人は犬に優しい人だと認識したのかもしれない。
かわいいくらいだった。
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山あいの温泉地の早朝の気温は12℃くらいか。
長袖じゃないと寒いくらいだが、弟は半袖。
もう夏だからと、半袖で出かけてきて、着替えも持ってきていないらしい。
そういえば、弟は去年も手ぶらだった。
歩いていれば寒くないとか。さすが北海道の人である。

鹿の湯へは林道をどんどん下っていく。
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弟は「楽だ」と言うので、「逆に帰りはきついよ」とつぶやいたら、「あ」と苦虫をかみつぶしたような顔をした。

途中、「この木の葉っぱが白いのは何だろうねえ。病気かねえ。よく見るけど」と弟に話しかけたら、「よくそんなのに気が付くね。全然目に入ってこなかった」と言っていた。
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調べてみたら、葉っぱが白くなるこの木は猫が喜ぶマタタビで、花が咲く前に、葉っぱも白い花に見せかけておびき寄せようとするのだそうだ。

10分近く歩くと、トラックの廃車を発見。
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弟は、見るなり、キャンターだと言い当てた。
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半ば蕗に覆われていたが、さすが車の修理屋さんである。

そのすぐ先に、然別峡野営場への入口があった。
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管理棟に鹿の湯は「橋を渡って一番奥です」と書かれている。
指示に従って、キャンプ場へと入っていく。
場内には数張りのテントがあった。
営業開始は7月からとあったので、この方々は「違反者」である。
早朝に現れた我々の姿を見て、「やべ、監視員か」と驚いたかもしれない。

炊事棟などの横を通り抜けて、入口から200mほど進むと、確かに橋があった。
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橋を渡って、さらに行くと、河原に下りていく道がある。
そこから野天湯と男性の裸体が見えた。
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彼は我々が来ているのに気付かず、湯船の中でお尻をさらしたまま温泉の撮影をしている。
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川のせせらぎの音で、我々の足音が聞こえないのだろう。
いきなり現れて驚かせても申し訳ないので、持ってきた熊鈴を大きく鳴らしてあげた。
すると、さすがに気づいて、あわてて着替えて帰ってしまった。
何も逃げることはあるまいに。

しかし、ここは実に野趣あふれる野天湯だ。
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手を浸してみたら、まさに適温。
もう、かんの温泉のお風呂にいくつも入ったので、ここは見学だけのつもりできたが、タオルを持ってくればよかった。
浴槽はほぼ円形で直径は5mほど。
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川原に石を組んでコンクリートで固めてある。
若干、白濁しているが、底から湯が気泡とともに湧き出しているのが分かった。
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すぐ奥に、源泉の小さな穴が2つあり、そのうちの1つで足湯をしてみた。
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岩の間から湯が湧き出しており、そこそこ熱かった。
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ちなみに、一応、仮掛けの脱衣所もあった。
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川は岩をえぐったような、なめ滝状態で流れており
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このまま楽に遡行して次の野天湯に行けそうだったが、もちろん時間もないので、戻ることにした。

(つづく)
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かんの温泉(上)

【2019年6月29日(土)】かんの温泉
この週末は老父母を伴った一家の温泉旅行である。
3年前から毎年、挙行しており、今年で4回目。
ニセコ昆布温泉、十勝岳白金温泉、八雲・銀婚湯ときて、今回は然別峡かんの温泉だ。
場所が十勝ということもあり、帯広に住んでいる兄嫁の母も合流することになり、計7人の参加ということになった。

午前10時に札幌市・澄川の実家を出発ということにしてあったので、5分前に到着すると、すでに弟は来ていた。
兄弟3人のうち、2人がそろい、まもなく出発時間ということで、両親が早くも外に出てきた。
みんなが乗っていく兄夫妻のワゴン車がまだ来ていないので、「家の中で待っていればいっしょ」と言ったのだが、一度出てきたら引っ込む気はないらしい。
父は足が悪いのに座るところもない。
年をとると、途中で方針を変更することが億劫になるらしい。
時間を過ぎても、兄はなかなか来ないので、母と裏の畑を見に行った。
北向きの急斜面で条件は良くないのだが、キュウリとトマトがよく稔っていた。
兄夫婦は20分ほど遅れて到着。
兄嫁は「ずっと早く着いていたのに、洗車するっていうから~」と頭を下げていた。
兄はガソリンスタンドで働いており、兄嫁はそこに寄って、兄を拾ってきたのだ。

ともあれ札幌組は全員そろったので出発。道央道、道東道経由でまずは帯広に向かった。
途中、由仁PAでトイレタイム。
天気はどんより曇っているが、雨が降る気配はなかった。
車中、ランチをどこで食べるかが問題となった。
混んでいたら、どこか別のラーメン屋にでも行こうということにして、結局、帯広では人気の中華料理店「美珍楼」の柏林台店に行くことになった。
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受付で聞くと20分待ちということだったので、待つことにして、しばし車中で待機。
15分くらいで入店することができた。

2階の円卓の間に案内された。
たたみの部屋で、父の足が心配だったが、高さのある座椅子があったので、それを使わせてもらった。
私と両親は、お薦めのもやしラーメンを注文。
かなりの量のどんぶりが出てきたが、上品な味で美味しかった。
ここまで兄が運転してきたが、この後は私が運転すると言ったら、安心して兄はビールも飲んでいた。
ここのお代(6000円余)は私が支払って、太っ腹なところを見せた。

14時頃に食事は終了。兄嫁の実家に向かう。
実家はすぐ近くにあり、5分ほどで着いた。
ここで義母をピックアップしてすぐに向かうつもりだったが、「まあ、上がって休んでいって」というので、みんなでお邪魔する。
10年ほど前に亡くなった兄嫁の父の仏前に手を合わせて、メロンをいただいた。
たぶん、こちらにお邪魔するのは2回目。
前はいつ来たのか正確には覚えていない。
近くに温泉があることだけは記憶していた。
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30分弱滞在していよいよ、かんの温泉に向けて出発する。
途中、ナビの指示を見逃して、逆方向に走ってしまったが、おかげで屈足の市街地に入り込み、たまたまAコープがあったので、ここでビールやつまみなどが調達できた。

かんの温泉には16時すぎに到着。
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帯広から1時間半もかかった。
宿の玄関まで細い急坂を車で登って、全員を下ろし、バックで駐車場に戻ろうとしたら、随分端に寄ってしまい、見かねた弟が「おれが、やるか?」と言ってくれたので任せることにした。

ここ然別峡シイシカリベツ川の支流ユーヤンベツで温泉を発見したのは宮城県出身で屈足に入植した本郷兵吉だった。
1907年(明治40年)頃のことである。
兵吉は1911年(明治44年)に温泉使用権の許可を受け、この人跡未踏の地に二間半と四間の住宅を建て、温泉宿の経営を始めた。
位置は現在地よりやや下流だったという。
当初は、兵吉の名字を採って、「本郷温泉」と呼ばれていた。
透明な食塩泉で、皮膚病、胃腸病、婦人科疾患などに効能があり、冬も馬そりなどで多くの湯治客が訪れたのだそうだ。
やがて、兵吉の死や二代目の出征に伴い、同郷の菅野祐喜が権利を継承。
1944年(昭和19年)、祐喜は本郷温泉よりもわずかに上流のほぼ現在地に保養施設を建築。
1948年秋には150坪2階建ての宿舎を建築。「幾稲館」と名付けて温泉経営を始めた。
この温泉旅館は浴室が幾つもあり、いずれも泉源が個々に自然湧出しているのが特徴で、これは現在まで継承されている。
1964年(昭和39年)、祐喜の急死に伴って親族で会社を設立。
鉄筋コンクリート4階建ての新館が翌年に完成し、温泉ホテルとして再スタートを切った。
1971年(昭和46年)に然別峡一帯が「国民保養温泉地」に指定されたことことから、露天風呂、森林浴コースなどが整備された。
その後も秘湯ブームなどの後押しもあって大いに賑わったが、2008年12月、経営者の体調不良から廃業。施設は荒れるに任せる状態だったが、2012年6月、株式会社鹿追ホットスプリングスが買収。
改修工事を経て、14年8月19日に営業を再開した。
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しばらくは日帰り入浴だけだったが、11月には「こもれび荘」で宿泊も再開した。
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16年8月30日に北海道を襲った台風10号で、道路等が流失し休業を余儀なくされたが、翌年6月には復旧、現在に至っている。
(以上、かんの温泉のHPなどより)

新装オープンした「かんの温泉」には、あちこちにいろんな名前を付けて、看板が掲げられている。
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この日は閉鎖中だった足湯は「パヨカ(さまよえる)旅人の湯」である。
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ここは工事中に湯が湧いたので、足湯にしたのだという。

温泉棟の玄関前には、「ザリガニ池」という池があり、「かんの磐座」の上に「波切不動尊」が安置され、「ドルメン石」なるものもあった。
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温泉棟から宿泊棟までは「ヒグマ坂」を登っていく。
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宿泊棟の玄関前の坂は「ムジナ坂」といい、「イナンクルの鐘」が吊るされていた。
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われら7人は2階の3つの部屋に分かれた。
どれも洋室である。私は弟とのツインルーム。
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部屋には大きな薪ストーブが設置されていた。
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さっそく、父を伴い、男4人でお風呂へ。
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お風呂は、湯処ウヌカルと湯処イナンクルに分かれており、この時間帯の男湯はウヌカル。
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ウヌカルに浴槽は5つあり、それぞれウヌカルアンナー(また会おうね)の湯、ウヌカルアンノー(また会おうぜ)の湯、コンカニペ(金の雫)の湯、シロカニペ(銀の雫)の湯、波切の湯という。
みんな源泉が異なっているというから、すごい。
どれも、ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩温泉(中性低張性高温泉、旧称:含重曹-食塩泉)であることは同じだが、源泉の温度とph値は、アンナーが45.9℃の6.8、アンノーが56.4℃の7.8、コンカニペが48.0℃の6.5、シロカニペが41.5℃の7.0、波切が49.6℃の6.7と様々。
最初は奥に向かって右側にあるアンノーの湯に入ったが
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父は「ぬるいので、もっと熱い湯はないか」と言って、奥にある波切の湯へ下りていった。
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階段で転倒しては大変なので、あわてて追いかける。
波切の湯は大きな岩の向こうに、ひょうたん形の大きな湯船があった。
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ここは上の2つよりもやや温度が高かったが、父にはまだ足りないようで、最奥にあったシロカニペの湯でやっと温度には満足していた。
しかし、ここは一人が入るのがやっとという狭さで、窮屈だったのか、わりとすぐ体を洗いに上に戻った。

死角にあったコンカニペの湯は、湯はあったものの、故障中ということで入浴禁止だった。
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洗い場では、父の背中を流し、自分の体も洗って、ウヌカルアンナーの湯でやっとのんびり。
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17:20頃上がった。

入浴後は、兄夫婦の部屋に弟と行き、缶ビールを飲みながら、食事までの時間を過ごした。
つまみを食べ過ぎて、お腹がふくらまないよう注意した。
夕食は18:30から、1階の食堂でいただいた。
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献立は、ブリの野菜サラダ、鹿肉のシチュー、ホタテとエビの煮物、小松菜のゴマ和え、鮭の蒸し焼きなど。
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飲み物は部屋でビールを飲んでしまったので、冷酒にした。
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食事はどれも美味しかったが、シチューの味が薄く、肉もぱさぱさな感じでちょっと感心しなかった。

食後は一人で宿泊棟の中にある唯一の温泉、イコロ・ボッカ(宝物が湧き上がる)の湯へ。
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幸い誰もおらず独占できた。
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ここもナトリウム-塩化物・炭酸水素塩温泉で、源泉の温度は56.4℃、ph値は7.8であった。
岩で囲まれた半露天風呂で、足元から湯が湧き出ていた。
今日のところはこれにて終了。
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お腹もいっぱいだったし、部屋に戻って、ベッドに入ったら、すぐ寝てしまった。
弟もテレビを見ていたようだが、付けっぱなしにしたまま沈没したようだ。

(つづく)
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糠平温泉

【2019年6月22日(土)】糠平温泉
タウシュベツ橋梁を見学するツアーに参加して、糠平温泉に戻ってきた。
当初は中村屋で日帰り入浴をして帰るつもりだったが、宿の前に自転車がたくさん並んでいるのを見て、「こりゃ混んでいるな」と方針を変更。
ツアーの車中で、湯元館が糠平温泉発祥の地だと聞いたので、そちらに行くことにした。
これは、温泉街で最も大きい糠平館観光ホテル。
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狭い温泉街なので、湯元館にはすぐに到着した。
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外観は「開いているの?」ってくらいに地味だったが、中はリニューアルされたばかりなのか、とてもきれいだった。
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入浴料は800円。ちょっと高めだったが、入ってみてその価値はあると認識した。
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これは内湯。今日は独占だ。中村屋をやめて、こちらにして大正解だった。
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まずは露天風呂へ。
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お~~!
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いいじゃないですか。しかも源泉かけ流し。
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雨が降っていたので、備え付けの菅笠をかぶって湯に浸かった。
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湯加減も最高。
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ここの泉質はナトリウム-塩化物・炭酸水素塩温泉(中性低張性高温泉)、旧泉名だと含重曹-食塩泉。
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源泉の温度は59℃で、ph値はほぼ中性の7.1。
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自然湧出で湧出量は毎分125㍑とのこと。
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露天風呂の隣には、屋根のある半露天の浴槽もあった。
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もちろん、こちらもいただきます。
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いい気分だ。
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存分に味わった後、内湯でもうひと汗。
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こちらの方が若干、湯温が高かった。
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十分温まって、湯上りにシカさんに挨拶。
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北海道の秘湯にはシカの剥製が実に多い。
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糠平温泉は大正14年(1925年)、初代館主の島隆美がこの地に小さな温泉宿を開業したのが始まりとされる。
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以来、創業家が継いできたが、一昨年に廃業。
現在は、別の経営者が引き継ぎ、新装開館したのだそうだ。
とても感じのいい方々だった。

それでは札幌に戻るとしよう。
帯広のインディアンカレーはまたの機会にして、帯広は経由せず、新得経由で帰ることにした。
幌鹿峠が通れることが分かったからだが、その幌鹿峠の標識を見落としてしまった。
学生時代と同じものかどうか確認したかったのだが、残念だ。

峠を下って然別湖の手前にある山田温泉はまだ休業中だった。
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鹿追町が管理しているはずだが、おそらく再開のための予算が付かないのだろう。
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夕食は新得そばのつもりだが、新得駅前の名店せきぐちは開いているだろうか。
DSC_9054_201907090523203b7.jpg(新得駅)

到着したのは18:30を過ぎており、早くも店じまいしていた。残念。
もう探すのも面倒なので、向かいにあった食事処暖笑に入店。
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ごぼう天そばを注文。
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冷たいそばをイメージしていたのだが、汁そばであった。
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まあ、可もなく不可もなくといったところか。

この店はせきぐちが閉店して、お客さんの行き場所がなくなったからか、次から次とお客さんが入ってきて結構繁盛していた。
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ジュークボックスがあるくらいだから、それなりに歴史も古そうだ。
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19:15には店を出て、これからまた200km近い夜中のドライブということになる。
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十勝清水ICから道央道に乗り、いくつかのPAでトイレ休憩をしながら
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あせらずに車を運転した。
22時過ぎには帰宅できたような気がする。

今度は、糠平湖周辺の廃線跡、廃道跡をしっかりと歩いてみたいと思っている。
ついでに、新得周辺の根室本線旧線跡も。

(おわり)



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濁川温泉

【2019年6月8日(土)】濁川温泉
16時、函館本線の駅舎めぐりを終えて、濁川温泉に向かった。
この温泉は広いエリアに温泉宿が6軒点在していて、どこに入るか迷っていたのだが、最もディープそうな「新栄館」に行くことにした。
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温泉は国道5号から内陸側に入ること、6~7kmの地点にある。
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最初に登場するのは、元湯神泉館にこりの湯(「にごり」ではない)。
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ここは施設こそ新しいが、濁川温泉で最も早く湯治場が開かれた「開湯の地」である。
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濁川温泉が発見されたのは江戸時代。
寛政十年(1798年)年には薬師如来像が安置されていたというから、その歴史は古い。
その後、文化四年(1807年)に村役人の加賀屋半左衛門が湯治場の開設を幕府に願い出たところ、幕府下役の小川喜太郎と間宮林蔵が巡検し、開設が許されたという。
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にこりの湯のすぐ先に、「美完成」という温泉旅館がある。
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濁川温泉では、この地区の伝統料理「鳥鍋」を出す宿が多いらしい。
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水田が広がる濁川盆地のまわりには屏風のような山が取り囲んでいる。
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ここは太古の時代、火山噴火で形成されたカルデラなのである。
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つまり、まわりの山々は外輪山なのだ。
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温泉宿の3軒目は「中央荘」。
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濁川地区の中央にあるから、そう命名したのだろうか。
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旧家っぽい木造民家を見つけたが、温泉とは関係なさそう。
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森町立濁川小学校。
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翌日(9日)が運動会のようで、テントなどが準備されていた。

お目当ての新栄館はここを右折なのだが、先に別の宿も見に行く。
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左折した先にある「天湯」である。
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ここが4軒目ということになる。
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こちらは旧館。
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奥にきれいな新館があった。
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かなり離れた場所に、水蒸気をもうもうと排出している施設を発見。
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北海道で唯一の地熱発電所、北電の森発電所である。

というわけで、16:15過ぎに新栄館に到着。
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外観からして想像以上にディープである。
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なぜ、こういう所を選んだかというと、昔ながらの浴槽に入りたかったからである。
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新栄館は外輪山を背負った場所にあり、カルデラを見渡すことができる立地となっている。
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わりと気のいいご主人(もう80歳くらい?)に入浴料の400円を支払い、お風呂のある階下へ。
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期待が高まる。
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幸い、今は誰もいないようだ。
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撮影のためには、これが最も重要な条件なのだ。
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脱衣所には昭和10年(1935年)の温泉分析書が掲示されていたが、よく読めない。
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浴室はさすがに見事であった。
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これ以上ないという最高の雰囲気。
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浴槽は3つあるが、お湯自体はどれも同じような気がした。
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これが一番奥。温度はここが最も高かったかな。微妙な差だけど。
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こちらは、その隣。
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床には石灰華がうろこを形成している。
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これがメインの浴槽。
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いや~、余は満足じゃ。
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ここは屋根というか天井が相当に古い。
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台風が来たら、あっという間に吹き飛んでしまいそうだ。
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改めて、奥からの眺め。
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洗い場とも言えなそうな洗い場。
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蛇口から出るお湯は熱いので、汲み置きの水をひしゃくで足してぬるくしなければならなかった。

なんと桶には穴が開いていた。この緩さがたまらない。
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脱衣所の鏡もかなり年季が入っていた。
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「菊泉林」とは大阪・堺の清酒「菊泉」を独占販売していた函館の酒問屋だったようだ。
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現在、その酒問屋の別邸を再利用した茶房菊泉が人気らしい。
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はあ、さっぱりした。
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廊下を歩いて玄関へ。
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もちろん、ここは宿なので、いろんなお部屋がある。
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しかし、普通の温泉宿と思って泊まりに来た人はびっくりするだろう。
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ちなみに、ここは含硼酸含土類・食塩泉だそうである。
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旧館は2階が立入禁止になっている。老朽化して床が抜けてしまうのかもしれない。
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旧館の玄関にあったソファ。昭和感全開である。
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改めて旧館の外観。
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この建物が、さっき入った浴室だ。
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源泉?
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今はこちらの新館にお客さんを泊めているのだと思う。
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では、残る1軒の「ふれあいの里」へ。
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ここは「森町カルデラ温泉」とも名乗っている。
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新栄館とは違い、アルカリ性低張性高温泉である。
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こちらは入浴施設だが
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奥には宿泊棟もあった。
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ふれあい神宮は撮影のみ。
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これで温泉めぐりは終了。
あとは集落内をこまめにチェックしながら引き返す。
まずは渡島濁川郵便局。
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俱信山香徳寺。
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真宗大谷派である。
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これは普通の民家だが、昭和40~50年代の北海道の典型的なタイプである。
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この白い真ん丸なお花は何だろう。
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レトロな梅津商店。
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函館バスの濁川バス停。
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バス停のすぐ横にあった旧家。
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というわけで、カルデラから脱出。
17時半前に国道5号に戻ってきた。
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森町を経由して、道の駅きこないに向かった。

(「大千軒岳(1)」につづく)



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