山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

阿寒湖

【2017年6月19日(月)】阿寒湖
北海道に転勤してきて最初の出張は阿寒湖となった。
翌日、札幌で仕事があるので、もったいないが日帰りだ。
となると、移動は飛行機を使うことになる。
道内を空路で移動するのは2度目だが、丘珠空港を利用するのは初めてだ。
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釧路行きの第1便は8時ちょうど発のJAL2861便。
HAC(北海道エアシステム)の運行である。

この日は6時半前に自宅を出発。
札幌駅前から6:50発の北都バスに乗った。
丘珠空港には7:15着。ちょっと早すぎるけど、これしかないのだから仕方ない。
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時間があるので、空港ビルの2階にある「札幌いま・むかし探検ひろば」を探検。
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年表などを見て、少々お勉強した。
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搭乗する機材はこちら。
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スウェーデン製の双発機(36席)である。

なんと釧路地方、濃霧のため、丘珠に戻るか、女満別に行き先を変更するかの条件付きの就航となった。
目的地は阿寒湖なので、女満別なら何とかなるが、丘珠に戻ってきてしまっては大変困る。
そっか、空路はこういう事態もあるのだな、と改めて実感。
陸路なら、札幌7時発の特急スーパーおおぞら1号で11時着。
待ち合わせ時間を少し遅くすれば、陸路でもよかった。

それはともかく飛行機は満席で離陸。
すぐに雲の中に入ったので、私は「ゴールデンカムイ」の2巻を読んでいた。
間もなく、機体が着陸態勢に入った。
飛行時間はたったの45分なのだ。
どうやら釧路に下りれるようだ。

8:50過ぎ、10分弱の遅れで着陸。
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まだガスがかかっているが、この程度なら大丈夫だということだろう。

ここからの移動手段はレンタカーなのだが、その前に空港ビル内を探索。
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山内恵介? 紅白に2年連続で出ているそうだが、聞いたことがない。
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「釧路空港」なる曲を歌っているようだ。

空港内のレンタカーカウンターに申し出て、事務所まで送ってもらった。
ここでレンタカーを借りるのは、雌阿寒岳(1499m)に登った時以来だから2年ぶりだ。
空港から阿寒湖畔までは約56km。
1時間で着いてしまいそうだ。

9:10頃に出発して、国道240号を北上。
道東道がここまで達していることを知り、びっくりした。
6月3日にスピード違反で捕まったばかりなので、速度は控えめ。
単調な道を睡魔と闘いながら、ひたすら走る。
途中、旧阿寒町の郵便局でお金を下ろした。

阿寒湖畔には10:15頃に到着。
駐車場を探しながら、アイヌコタンまで行ったが、適地がなかったので、観光案内所「阿寒湖まりむ館」まで戻って、車を停めた。
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中を覗いてみたら、マリモをイメージした萌えキャラの水森天音(あまね)ちゃんが迎えてくれた。
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では、改めてアイヌコタンに向けて散策開始。
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鹿肉料理のお店。貸店舗になっていた。
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湖畔屋は皇太子殿下(現在の天皇陛下)お買い上げの店だそうだ。
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このおじいさんは、食べ物の守り神でアマンカムイというらしい。
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鶴雅グループは阿寒湖畔が発祥の地。
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アイヌ文様をあしらって、アイヌ文化を積極的にアピールしている。
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このあたりの民芸品店はアイヌではなく和人の経営らしい。
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ほぼ端っこまで歩いてきた。
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曲がり角に、アイヌの伝説の神様コロポックル。
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そして、目的地アイヌコタンに到着。
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確か、大学時代に自転車部の合宿でここに来たことがあるはずなのだが、この風景にほとんど記憶がない。
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このフクロウ、木彫りだと思うが、とてもリアルだ。
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阿寒湖畔には、実はアイヌはほとんど住んでいなかったらしい。
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昭和31年に、釧路アイヌが中心になって、この地に住みつき、土産物店を始めたという。
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このホロンノという店で、後ほど仕事をさせてもらった。
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現在、30軒近くが軒を連ねている。
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アイヌコタンの店は、みなアイヌの経営だそうだ。
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ほんの20年前までは、ホテルや商店街にいる和人とは、ほとんど交流がなかったらしい。
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今では仲良く手を組んで、ホテル側が客を呼び、アイヌ側が伝統芸能を披露するというギブ・アンド・テイクの関係が成立しているのだとか。
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コタンのアイヌは子供の頃から、伝統舞踊などをしっかり叩き込まれるらしい。
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アイヌの木彫りは、尾張徳川家の当主だった徳川義親が、欧州旅行の際に立ち寄ったスイスのベルンで熊の木彫りを購入。帰国後の1923年(大正12年)に、旧尾張藩士たちが入植した北海道八雲町の農場「徳川農場」に送り、農場で働く農民たちや付近のアイヌに、冬期の収入源として熊の木彫りを生産するよう勧めたのが、起源とされる。
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だから、アイヌの木彫りはかなり新しい伝統なのだ。
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アイヌコタンの坂を登りつめて振り返ると、集落ごしに雄阿寒岳(1370m)が見えた。
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「阿寒湖アイヌシアターイコロ」ができるまで、この小屋で古式舞踊などが披露されていた。
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コタンの最も高い場所に、アイヌの超有名人、秋辺日出男さんの「デボの店」がある。
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真ん中の方が秋辺さん。
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そのさらに奥に、阿寒湖アイヌ生活館。わりと大きいけどチセだ。
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お隣に、幸福の窓?
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アイヌが儀式に使うイナウ。
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「ポン」は小さいという意味。「チセ」は家のこと。
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さっきの小屋の裏側。アイヌ民族村というらしい。
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こちらが5年前にオープンした「阿寒湖アイヌシアターイコロ」。
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「イコロ」は宝物のことだ。
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11時からの公演を見ることにして、いったん車まで戻ることにする。
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ちなみに、これは旧阿寒町のマンホール。
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阿寒湖のアイヌコタンはかなり流行っている印象だ。
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この日は平日なので、そんなに賑わってはいなかったけど。
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意外にもアイヌ語とは無縁の店もあった。
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何度も言うが、ここでコーヒーを飲みながら、仕事をさせていただいた。
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では、いったんさようなら。
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マリモって、まだ売ってるんだ。養殖かな。
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これは、ちょっと欲しかった。
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それぞれの民芸品店でオリジナル商品を作っている。
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「マリモ」ではなく「まりむ」。ゆるキャラの「まりむちゃん」が由来なのかな。
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阿寒バスも走っている。
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唐突に阿寒ホテルクリスタル。
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「まりむ館」からイコロへは車で移動。
11時から30分間の公演を鑑賞した。
撮影禁止だったので写真はありません。
オフシーズンの平日の午前中とあって、観客は10人弱。
少なかったせいで、最後の踊りでは舞台に引っ張り出され、一緒に踊る羽目になってしまった。でも、なんか楽しかった。

この後、2時間ほどお仕事。
予定より早く終わったので、帰りの便を18:35発から16:10発に1本早めることができた。
それでも、まだ時間があるので、阿寒湖畔展望台に立ち寄った。
展望台手前のスキー場が白湯山への入口。
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今度、雌阿寒岳に登る機会があったが、こちらから登ろう。
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こちらはネイチャーハウスとやら。
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さらに数百㍍、車で進むと行き止まり。
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ここから少々歩くと、阿寒湖畔展望台だ。
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看板を避けると、このように見えます。
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雄阿寒岳、かっこいい。
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ちょっと浅間山に似ている。
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湖畔のホテル街。
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湖面に浮かぶのは小島。
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左に視線を移すとヤイタイ島が確認できる。
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望遠で見てみたら、島にあばら家のようなものがあった。
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奥に見えるなだらかなピークは無名の931m峰。
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時刻はちょうど14時になった。それでは釧路空港に向かおう。
帰りも安全運転で、15:20頃、レンタカー屋さんに到着。
空港まで送ってもらった。
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空港の前にはいろんなモニュメントが設置されていた。
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気温は15℃に満たない。やはり涼しい。
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お昼はイコロの外でパンをかじっただけなので、お腹が空いた。
空港のレストランで、ものは試しということで、釧路ラーメンをいただいた。
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残念ながら、「ご当地ラーメン」というよりは、ただの中華そばだった。

飛行機はほぼ定刻通りに離陸。
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窓からと、雄阿寒岳が見えるではないか。
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おお、雌阿寒岳も。
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この後は雲が多くなったので、「ゴールデンカムイ」タイム。
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丘珠に近づいてくると、石狩川が姿を現した。
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大きく蛇行しているところをショートカットした茨戸付近。
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札幌の町並みと手稲山(1023m)。
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藻岩山(531m)と恵庭岳(1320m)も見えた。
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というわけで、無事、丘珠空港に着陸。
阿寒湖への日帰り弾丸ツアーを終えたのでした。

(おわり)
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渥美半島(5)

【2016年2月21日(日)】渥美半島
伊良湖岬から「菜の花まつり」の会場に移動してきた。
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入場料は100円。白いバケツにコインを投げ込む方式。
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よくよく見ると、入場料ではなく募金だった。

園内はめちゃめちゃ広い。一面の葉の花畑でまっ黄色だ。
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左手は菜の花狩りができるエリアでさらに100円かかるようだ。
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当方は、観賞ゾーンへ。
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ここも風が強く、ヤシの木がしなっている。
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まるで菜の花の海を泳いでいるかのようだ。
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メロンパンマン号が名産のメロンで作ったメロンパンを売っていた。
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アンパンマンのパクリでは?と思ったが、あれはメロンパンナちゃんだった。

その横に「なっちの丘」。
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高さ5mほどの高台が設けられている。
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登ると、いい眺めだ。
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伊良湖ビューホテル。
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この丘はそりの滑り台になっていた。家族連れが大はしゃぎだった。
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こちらは無料の菜の花狩りコーナー。
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有料コーナーと何が違うのか、係りの人に聞いてみたら、こちらは1人5株まで。あちらは狩り放題なのだとか。いずれも食用ではなく観賞用らしい。
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試しに、葉っぱをちぎって食べてみたら、後に残るいい味がした。

口直しに植えられている河津桜はまだ一分咲きってところだった。
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なんだかすっかりメルヘン気分を味わった。

今度はしばらく車を走らせ、田原市の中心部に近い蔵王山(250m)に向かう。
頂上まで車で行けてしまう山だ。
「登った山」ではなく「訪ねた山」になってしまうな(笑)。

ちゃんと歩いて登ってくる方々もいて、山頂には立派な山名標があった。
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駐車場から北の三河湾方面。
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広大なソーラーパネルと風力発電の風車が展開する。
ここは再生可能エネルギーの一大基地になっているようだ。

では山頂の展望台に行ってみよう。
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展望台からは360℃のパノラマが楽しめる。
屋内なので風がないのがありがたい。
「山の灯台」と呼ばれているようだ。
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まずは南側、田原市街。
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田原湾。奥にはウナギの養殖場が広がる。
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西には巨大な風車。びゅんびゅん回っている。
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北にも風車が並ぶ。
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北西方面の田園地帯。
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東方面。
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このあたりも電照菊?のビニールハウスが並ぶ。
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展望台の床には蔵王山上空からの航空写真がプリントされていた。
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トイレも展望抜群。というか、ちょっと落ち着かない。
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ここからの展望は、広大な海が広がるわけでもなく、緑豊かな山々が連なるわけでもなく、高層ビルが林立する大都会が見えるわけでもない。
ある意味凡庸な眺めなのだが、これも日本の一風景ではある。
喫茶コーナーでは高齢者のハイカーが占拠して、持ち込みのお弁当を食べていた。
普段なら、眉をひそめるような行為だが、この風では外で食べろというのも酷だ。
スタッフも今日は止むを得まいと黙認しているのだろう。

さて、こちらもお腹が空いてきた。
本日最後の訪問地、豊川稲荷に向かう。
そこで稲荷寿司を食わねば。
ただし、先に参拝を済ませる。
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この総門は、明治17年(1884年)に改築されたもの。

豊川稲荷は「稲荷」を名乗っているが、お寺である。
正式には「円福山 豊川閣 妙厳寺」という。
この場合の「稲荷」とは、境内の鎮守として祀られている吒枳尼天(だきにてん)のことだそうだ。
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吒枳尼天は、インドの古代民間信仰に由来する仏教の女神で、日本では稲荷信仰と習合し、稲荷神と同一視されるようになったという。

境内はかなり広い。
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妙厳寺は曹洞宗の東海義易によって嘉吉元年(1441年)に創建された。
戦国時代には今川義元や徳川家康らの大名から帰依を受け、江戸時代は大岡忠相、渡辺崋山らから信仰を集めたらしい。

鐘楼堂。
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寺院なのに、やっぱり鳥居がある。
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本殿へは橋を渡っていく。
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本殿は明治41年(1908年)に着工、20年以上かけて昭和5年(1930年)に竣工した。
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狛犬?はキツネである。
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参拝を終えて、奥に回る。
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禅堂(万燈堂)。
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幟ははためく参道をさらに奥へ。
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大黒堂。
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おさすり大黒天。触られたところが激しく凹んでいる。
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この先に霊狐塚がある。
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溶岩で築いたような塚だ。登ってはいけません。
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奉納された大勢のキツネたち。
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1000体以上あるという。
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一匹一匹、顔つきが違う。
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ここでも参拝。
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奥の院。
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景雲門。安政五年(1858年)の建築で奥の院の拝殿であったが、昭和5年の大本殿の落慶にあたり、移築して、奥の院の門となった。
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三重塔。これはかなり新しい。
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瑞石橋から妙厳寺庭園を覗く。
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ほぼ一周して鳥居まで戻ってきた。
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ご祈祷受付の立願所。
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山門。天文五年(1536年)、今川義元が寄進した建物で、境内では最も古い。
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さて、腹減ったぞ~
門前の豊川いなり表参道をぶらついて、お店を物色する。
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その前にこれだけは忘れてはいけない。
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川は豊川、山は本宮山、市の木クロマツとサクラ、そして豊川稲荷のキツネと盛りだくさんだ。
キツネの「いなりん」単独バージョンも。
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で、通りにはいろんな店があるが・・・
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結局ここに決定。
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いただいたのは鰻ではなく、きしめんと稲荷。
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風に当たって寒かったので、熱いものが食べたかった。
みそ田楽もついて750円だが、稲荷を1個追加してもらったので850円。
ほかほかになった。稲荷もちょうどいい甘さでおいしかった。

ごちそうさましたところで、帰りの食料を調達。
まずは「ヤマサ」で、豊橋名産のちくわをゲット。
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ちくわというより、イメージは薩摩揚げ。
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揚げたてを出してくれた。冷えないよう、上着の中に入れる。
胸板男になった気分。しかも、カイロ代わりで暖かい。

それから、いなほ稲荷ずしで、もう1包み。
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ここは、おそばも商っていた。
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というわけで、観光は終了。
一路、浜松へ。来る時は豪雨だったが、帰りはきれいに晴れている。

帰りの新幹線は浜松18:11発のひかりを予約していたが、16時半過ぎに着いてしまったので、17:11発に変更。もちろんビールも買い込んだ。
みどりの窓口に昔の浜松駅の写真パネルが展示されていたので、接写させていただいた。
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運転お疲れ様でした。あとは新幹線が運んでくれます。
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いなりを食べたら、満腹になってしまった。
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18:40東京着。20時過ぎには帰宅できた。
いい骨休めになりました。
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渥美半島(4)

【2016年2月21日(日)】渥美半島
椰子の実記念碑から日出(ひい)の石門まで下る。
海岸への階段は陥没のため通行止め、とのこと。
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でも、また車で移動するのは面倒なので、自己責任で行けるところまで行ってみた。
するとなんてことはない。
陥没しているところなど、どこにもなく、海岸に着いてしまった。
いったい何だったんだ。

目の前に日出の石門が迫る。
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この石門はチャートと呼ばれる固い堆積岩でできている。
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約2億年前にはるか南方の海で形成され、太平洋プレートの移動に伴い、ここまで運ばれてきたそうだ。
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穴の開いている部分は、断層によってもろくなった部分が波に浸食されて海食洞になったという。

層状に堆積したチャートは海底の地すべりや強い圧力で衝突した際に生じた褶曲などが生じ、過去の地殻変動を今に伝えている。
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右手には岩礁と神島が激しい波に洗われている。
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見上げると、昨夜泊まった伊良湖ビューホテルの雄姿。
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これは椰子の実記念碑があった高台。
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石門の東側は延々と続く砂浜。
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天竜川が運んできた土砂が沿岸流に流されて、渥美半島の南岸に堆積したものだ。
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その長さが約50kmにも及ぶことから「片浜十三里」と呼ばれる。
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石門(右)を横から見てみる。
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背後の岩礁もよい形をしている。
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3兄弟のよう。
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岩の谷間から神島が覗く。
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引くと、こんな感じ。
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なかなか絵になる景色であった。

国道の旧道を通って駐車場に戻る。
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こちらがおそらく34年前に自転車で通った道だ。

今度は伊良湖岬の駐車場に移動。
恋路ヶ浜を中心としたこのあたりは「白砂青松」「道」「渚」「音風景」の4部門で日本の100選に選ばれているという。
これは、それを記念して1998年に建立したモニュメントだそうだ。
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こちらは「日本の道100選」単独の記念碑。
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ここから豊橋までつながっている自転車道が選定されたようだ。
私が自転車で来た時にはそんな奇特なものはまだなかった。

そして、その恋路ヶ浜。
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「キラリ100選」なるものにも選ばれているみたいだ。
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2006年には伊良湖岬とともに「恋人の聖地」にも選定されたのだとか。
そこまでいくと、なんかうさんくさくなってくる。

駐車場前に並ぶ土産物屋を背に、海岸沿いを歩いて、伊良湖岬に向かう。
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振り返ると恋路ヶ浜の向こうの丘の上に伊良湖ビューホテルが見えた。
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はしゃぐ女の子たち。
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恋人同士ではなくお友達で来たみたいだ。

岬の突端まで来ると、神島がぐんと近づく。
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しかし、相変わらず風が強い。
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現れた伊良湖岬灯台。
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すぐ後ろに高台があるのに、そこに立てず、ほぼ海岸の高さに建設しているのはなぜだろう。
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この灯台は昭和4年11月に完成。
最初はガスだったが、昭和35年に電化されたのだとか。
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こじんまりとした実に美しい灯台である。
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ここから少し登ったところに万葉歌碑がある。
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碑の歌は、天武朝の皇族麻続王(おみのおおきみ)が天武四年(676年)、罪を得て伊良湖に流された際、里人が同情して
「打ち麻(そ)を麻続王海人なれや伊良呉の島の玉藻刈ります」
(麻続王は海人でもないのに伊良呉の玉藻を刈っているなんておいたわしいことだ)
と嘆いたのに、王が応えて
「うつせみの命を惜しみ浪にぬれ伊良呉の島の玉藻刈り食(を)す」
(私は命惜しさに伊良呉の玉藻を波に濡れて刈って食べているのです)
と詠んだものだそうだ。

振り返ると正面に神島が見えた。
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さらに登ると、岬を一周する車道に出る。
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ただ一般車両は通行禁止。基本的には自転車道だ。

岬を北側に回り込むと、三河湾の出口に浮かぶ篠島がはるか遠くに望めた。
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山頂には海上保安庁の伊勢湾海上交通センター。
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伊良湖港には次々と白波が押し寄せている。
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これはフェリー乗り場の駐車場かな。
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こちらは道の駅伊良湖クリスタルポルト。
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この近くになぜか古墳が移築されていた。
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鬼堕(きおとし)古墳というそうで、旧赤羽町若見鬼堕にあったというから、10km以上も離れた場所から移築されている。
移動先にここが選ばれた理由がよく分からない。
道の駅の「見世物」にしようと思ったのだろうか。
直径10mほどの円墳で、横穴式石室の天井石と側壁の上部は失われていた。

なんだかアメリカのゴーストタウンを髣髴とさせる光景を見ながら、恋路ヶ浜へと戻る。
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はまゆうの石碑。
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駐車場前に並ぶ店をひやかしに行くと、「大あさり」なるものの香ばしいにおいが鼻をくすぐる。
1皿500円なので思わず買ってしまった。
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ハマグリほどの大きさがある。このあたりの特産らしい。
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味は確かにアサリ。うまかった。
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満足したところで再び移動。次は菜の花まつりの会場へ。

(つづく)
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渥美半島(3)

【2016年2月20日(土)】渥美半島
竜ヶ岩洞(りゅうがしどう)見学を終え、カーナビに従い、伊良湖ビューホテルに向かう。
ナビでは3時間近くかかるような表示になっているが、距離は90km弱なので、2時間半もかからないような気がする。
浜名湖の西側を南下し、国道1号の浜名バイパスにぶつかったところで右折。
左には遠州灘がかすんでいる。
まもなく国道42号に入り、渥美半島の南岸をひたすら西進する。
まわりには電照菊を栽培していると思しきビニールハウスが目立ってくる。
この道は34年前に自転車で走った道だが、あまり記憶がない。

それはともかく雨が激しくなってきた。
車の窓や屋根に穴が開きそうなくらいだ。風も強い。
時間があったら、菜の花公園や日出(ひい)の石門などにも寄ろうかと思っていたけど、これではとても無理。
ホテルに直行する。
その直前にあった急な上り坂は記憶にあった。
随分きつかったので覚えている。

ホテルには午後4時前に到着。
車はホテルの方が駐車場に移動してくれるものと期待して、車寄せまで行ったが、あちらに2台分空いていますと案内されただけ。
かなり離れた第2駐車場まで行かないで済んだのは助かったが、傘を差してエントランスまで100mほど移動するだけで、ズボンの裾がかなり濡れてしまった。

フロントでは、夕食は5時半と7時15分のどちらにするか、と聞かれた。
両方とも中途半端な時間だが、さすがに5時半は早すぎるので、後者にした。
菜の花の季節の週末とあって宿泊客が多く、2回に分けないとレストランに入り切らないのだろう。
ホテル自体はかなり年季が入っているが、やはり全室オーシャンビューの絶景が人気なのに違いない。
ただ、この日はあいにくの荒天で、白波とガスしか見えなかった。

412号室に入室。ツインの洋室だ。目の前には太平洋が広がる。
さてと、夕食まで3時間以上ある。どうするか。
とりあえず風呂は後回しにして、まずは売店を物色。
あまり食べてしまっては、夕食のバイキングの魅力が半減するので、おつまみは控えめに。
ビールと缶チュウーハイを買って部屋に戻る。
ブシュッ、プハー。
強風に揺れるヤシの木を眺めながら、2時間ほどのんびり過ごした。

どれどれ、もう6時だ。外も暗くなってしまったし、そろそろお風呂に行くとしよう。
このくらいの時間なら、わりと空いているかも。
温泉ではないと思い込んでいたが、露天風呂は天然温泉を名乗っていた。
HPを改めて調べてみたら、源泉は「池田さくら温泉」「いけだゆげ温泉」(岐阜県)とある。タンクローリーで運んでいるのだろうか。
「池田さくら温泉」は下呂温泉と同質のアルカリ性単純泉で、各地のカプセルホテルなどに源泉を提供しているらしい。
せっかく湧いてくるものを、余分だからと言ってそのまま捨ててしまうのももったいないし、そうやってお湯を売るのもいいのかもしれない。
ちなみに、源泉の温度は26.5℃とだそうだ。

そんなことは知らずに露天に入ったのだが、雨や風が顔に打ちつけてきて、なかなかにワイルド。
体が温かくて、顔が寒いのは、のぼせないので悪くないと思った。
ほかのお客さんも風雨を我慢?してゆっくり浸かっていた。

というわけで、やっと夕食会場へ。
最初のコーナーは行列になっているので、別のコーナーを物色、野菜を中心に皿に盛り付ける。
野菜のしゃぶしゃぶというのが、初めてだったが、ものすごくおいしかった。
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その他、鍋ものも豊富で寿司もつぶ貝を中心に10貫近く食べた。
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ビュッフェに3往復して、最後はスイーツ三昧。
白馬の「パイプのけむり」のように自分でよそえるソフトクリームはなかったが、アイスクリームはあったので満足だった。
もちろん生ビールも1杯だけいただいた。
旅館の部屋食などに比べると安価なのだろうけど、好きなものを適量食べるので、動けないほどの満腹にはならない。むしろ、こっちの方がいいかもしれない。
十分満足した。

【2016年2月21日(日)】
夜中はぐっすり眠って、6時過ぎに目が覚めた。
まだ薄暗いが、雨は上がって雲も切れている。
もう少し明るくなるのを待って、屋上の展望台に行ってみた。
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風が猛烈に強い。一応上着は着てきたが、めちゃめちゃ寒い。

まずは渥美半島の南岸。白いのはビニールハウス。
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眼下に日出の石門(手前)。
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東の空は低い場所に雲があり、御来光は拝めそうになかった。

伊良湖岬へ続く恋路海岸。
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三島由紀夫「潮騒」の舞台となった神島。
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中央に灯台が光っている。

宿泊中の伊良湖ビューホテル。
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うう寒い。部屋に戻って、少し落ち着く。

窓からは、こんな風に見えていた。
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神島の右に浮かぶ答志島。
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恋路海岸の波は荒い。
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7時になったので、レストランへ。
朝食もバイキングだ。まずは軽めに。改めてオーシャンビューを楽しみながら贅沢なひととき。
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2皿目はデザート系。
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クロワッサンが焼きたてあつあつで、とっても美味しかった。

ソーダ水の中を~♪。ユーミンの世界だ。
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タンカーや旅客船が次々に行き交っていた。

日も高くなったので、食後にもう一度、屋上へ。
宮山原始林。
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絵葉書のようだ。
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チャペルの向こうに神島。岩礁が飛び石のように並んでいた。
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片浜十三里。
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さっきも見た風景のおさらい。
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中央に初立池が見える。
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これが渥美半島の典型的な風景。
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最後は伊良湖岬の丘のアップ。
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ゆっくりトイレを済ませ、しばしのんびりしてから9時前に出発。
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まずは近くにある椰子の実記念碑に向かう。
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「椰子の実」は言わずと知れた島崎藤村の詩である。
明治34年(1901年)に刊行された詩集「落梅集」に収録されている。
この詩は同31年に柳田國男が伊良湖岬に滞在した際、浜に流れ着いた椰子の実の話を藤村に語ったのがきっかけで生まれたそうだ。
1連目は「名も知らぬ遠き島より 流れ寄る椰子の実一つ 故郷の岸を離れて 汝(なれ)はそも波に幾月」。
その後、NHKが作曲家の大中寅二に曲を付けるよう依頼、昭和11年(1936年)7月に完成した。当時、東海林太郎や二葉あき子らが歌い、広く国民に親しまれたとのことだ。

渥美半島観光ビューローでは昭和63年から毎年、1600km離れた石垣島を「遠き島」に見立て、椰子の実100個前後を投流する事業を行っている。
それらは黒潮に乗って1~3か月後に全国各地の海岸に流れ着く。
多い年には18個も発見報告が届いているようだ。
その拾われた日や場所を記録したのが、この看板だ。
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ここからの眺めもまた絶景である。
日出の石門の奥にある岩礁。
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延々と続く片浜十三里。
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この下は断崖絶壁だ。
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伊良湖岬と神島。
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海はかなり荒れているが、大型船は悠々と進んでいく。
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ちなみにこの高台は、この地はかつての伊良湖防備衛所であった。
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さて、ここから日出の石門まで下るとしよう。

(つづく)
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渥美半島(2)

【2016年2月20日(土)】渥美半島
浜名湖・舘山寺(かんざんじ)温泉から竜ヶ岩(りゅうがし)洞へ移動してきた。
ここは昨年暮れに訪ねた場所だが、鍾乳洞の中には入らなかったので、今回はトライしてみることにした。
洞窟の入口近くには、岩石の展示場があった。
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入洞料は1000円。
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さて、いよいよ入洞。
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蝙蝠の顔はめは遠慮しておく。
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檻の中で蝙蝠が飼われていた。
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普通は上から逆さにぶら下がっているが、こうして地面にうつぶせになることもあるのを初めて知った。エサを食べているようだ。

細い道をくぐり抜けていく。
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黄金柱。
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ノジュール群。
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ノジュールとは、堆積岩の中に含まれている珪酸や炭酸塩が化石や砂粒を核として凝集してできた塊。母岩より固く、球状になることが多いとか。

猿ヶ石。
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乳石。ちゃんと乳首がとがっている。
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亀の子滝。真ん中に亀の形の石が見える。
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三体羅漢。
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川底天井。円形に窪んでいる。
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竜の爪。
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かわいい石筍。
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なぜか鐘が設置されていた。
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俊吾池。由来は不明。
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考える人。
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秀和洞の入口(案内板の右)。
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喜びの窓。鍾乳石が林立する大広間に到達した喜びを表した。
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かつては、地元の人や研究者がこの地点まで探検に入り、この先は小さな穴が開いているだけで行き止まりだと思われていた。
しかし昭和56年、2人の洞窟愛好家が手掘りでこの難所を抜け出ることに成功、さらに奥にある「黄金の大滝」などの発見のきっかけとなったという。

ヘチマフローストーン。
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ワニの岩。
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雄々しい石筍。
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大広間の天井。
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竜の抜け穴。
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陰陽石。背後が女性。
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マリア観音。
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雲上界。
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天恵の泉。分かりにくいが水が浸みだしている。
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慈母観音。
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長寿の泉。
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天女の鏡。
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青く輝く黄金の滝。
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水が天井から降ってくる。背後に壁がないので、普通の滝とはちょっとイメージと違う。

龍宮。
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流れ石。
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三段の空滝。
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練磨の教え。
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宝石の間。
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名前忘れてしまったが、いろいろ。
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鳳凰の間。
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またまたあれこれ。
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くらげの滝のぼり。
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なかよし。
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時の壺。手ぶれ容赦。
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シャンデリアの間。
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黄金の富士。
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知の七福神。
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鍾乳管。
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これでおしまい。よくまあ、いろんな名前を考えたものだと感心。
竜ヶ岩洞は東海地方最大規模の鍾乳洞で、総延長は約1000mあるという。
このうち公開されているのは400m。
その中にこれだけの濃密な奇観が広がっている。
全く飽きるということがなかった。

この鍾乳洞が約2億5000万年前の秩父古生層と呼ばれる石灰岩の中に展開しているが、公開されたのは昭和58年10月ということなので、まだ30年ちょっとしか経っていない。
かなり「新しい」鍾乳洞と言えよう。
ここに鍾乳洞があることは大正時代から地元の方々には知られていたという。
夕暮れになると蝙蝠が飛び出してきたりして、子供たちの格好の遊び場であったとか。
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昭和56年6月から、洞穴内の粘土を一輪車で運び出して洞内の整備を進めていた地主の戸田貞雄氏の理解を得て、同年10月さらに奥の探検を行った2人の洞窟愛好家が腹ばいのまま手掘りで3日作業を進めた結果、細い穴を抜けだすことができ(「喜びの窓」)、11月には「大広間」を発見。12月には「黄金の大滝」にたどりついた。
その後、調査とともに開削も続けられ、58年10月に公開に至ったとのこと。
(以上、「竜ヶ岩洞」パンフレットより)
だから、かなり鍾乳石を傷めたところもあるのだろう。

洞窟から出ると、土産物売り場。商売っ気十分だ。
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つられて、焼きみそまんとドラ焼きの「いい!直虎”」(来年の大河ドラマの主役井伊直虎にあやかった商品)を購入。車中のおやつにする。
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ついでに見かけは石ころそのもののチョコも買ってしまった。200円。
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店内には遠州鉄道奥山線をしのぶ展示もあった。
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この路線は大正3年(1914年)11月に浜松軽便鉄道として開業。
浜松から国鉄二俣線の金指駅を経由して方広寺のある奥山を結ぶ25.7kmの路線だった。
昭和39年(1964年)に廃止されている。
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暮れにこの付近を歩いた時、廃線跡も少し見学しようと思っていたが、行けなかった。
今回も天気が悪いのでパス。

とりあえず、この展示で我慢することにした。
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外に出ると、日本一の顔ハメなる看板が目に飛び込んできた。
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なるほど、その辺の観光地にある安っぽいものと違い、絵がリアル。
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これはやってみざるを得まい。
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どうですか? よく似合うでしょう。

(つづく)
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