山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

猫越岳(下)

【2017年4月2日(日)】猫越岳
猫越岳(1035m)から仁科峠に向けて下山中。
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あたりは氷の芸術だらけ。
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前方に、後藤山(994m)が見えてきた。
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ガスがかなり晴れてきたようだ。
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森の精霊。
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風の芸術。
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2時間ぶりの後藤山。
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山頂を過ぎたところで単独女性とすれ違った。
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猫越岳まで行くのだそうだ。写真撮影が目的だとかで、今日ならいい雪山の写真が撮れるだろう。

ガスの切れ間から天城牧場が見えた。
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いい感じじゃないですか。
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再び日も差してきて
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展望も開けてきた。
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正面のピークは仁科峠展望台だ。
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頂上に目印の大きな岩がある。
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広大な天城牧場。
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まだ薄曇りだが、あたりはすっかり晴れ上がった。
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牧場のわきを抜けていく。
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展望台への登り。
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おお、あのとんがりはOH砲とともに登った雲見温泉の烏帽子山(162m)ではないか。
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ということは、その左は高通山(519m)だ。
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それらを含めた西伊豆の山々。
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後藤山を振り返る。
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これが猫越岳かな。
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長九郎山(996m)かな。
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再び後藤山。
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10時半前に仁科峠展望台に到着。
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今日、この岩に登るのは危険だ。
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すぐ下が仁科峠。
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西方面。
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湾状になっているのは宇久須港。
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岩の窪みに氷水がたまっていた。
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天城牧場。
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右のピークは笠蓋山(703m)。
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眺望を少しでも楽しむことができてありがたかった。
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では仁科峠に下りましょう。
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峠はもうすぐそこだ。
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ササ原の中を下る。
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真ん中のピークは大野山(616m)。
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仁科峠の向こう側の登山道に誰かいる。ライダーかな。
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魂の山(933m)方面。
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伊豆スカイライン。
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間もなく到着なので、O君の足取りも軽い。
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展望台を振り返る。
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10時半すぎに仁科峠に到着。ちょうど3時間の山行だった。
コースタイム1時間50分なので、相当雪に難儀したことになる。
でも、お蔭で靴はきれいになった。

車で伊豆スカイラインを船原峠に向かう。
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すると、なんと富士山が姿を現した。
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なんか遅すぎるんじゃありません?
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下山後の入浴は、日帰り入浴施設よりも旅館の方が空いていていい。
日帰りを受け付けているかどうか分からないが、船原温泉の船原館に寄ってみた。
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私が写真を撮っている間に、O君が聞いてくれたが
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ちょうどお風呂の清掃中で入れないとのこと。
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それは残念だが、仕方がない。
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すぐ近くにある日帰り温泉、湯治場ほたるに移動した。
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ここは金の採掘の副産物として温泉が出たのだそうだ。
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源泉は98.5℃もある。
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しかもめちゃめちゃ広い。

3種類の温度の湯をゆっくりと楽しんだ。
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すっかり温まったところで、いい時間になった。
お昼にしよう。O君の先導で天城峠方面に進むと、狩の川屋という鮎料理の店に連れ込まれた。
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とりあえずノンアルコールビールで乾杯。
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メニューはこんな感じ。
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O君は猪鍋定食を頼んでいたが、私は敬意を表して、まずは鮎の塩焼き(半天然700円)を1人前。
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そして、初めて食べるモクズガニの雑炊。
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モクズガニは全国あちこちに生息する大型の沢ガニだそうだ。
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見た目はグロテスクだが、味はまずまずだった。
でも肉も食べたかったなあ。

というわけで、ごちそうさまでした。
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これにて解散ということになる。
しばらく、O君の後ろを付いて走ったが、東名に乗ったあたりで合図を交わしてさようなら。
所沢へと向かう。

走りながら、足柄SAにかわいいイチゴ大福があるとの情報を思い出して、寄ってみた。
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背後には箱根の山々。左端は金時山かな。あちらも雪をまとっている。
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これが柿次郎のいちご大福。
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いちごがみずみずしいし、衣ももっちり。
みかん味もいちごの味を殺さず、でもみかん味もしっかりしていて、絶品だった。

幸せな気持ちで東名、圏央道を順調に走り、もちろん明るいうちに帰宅できた。
4月の伊豆でこんな雪にまみれるとは思っていなかったが、そういうこともある。
新鮮な体験だった。

【行程】2017年4月2日
仁科峠(7:32)~後藤山(8:06)~猫越岳展望台分岐(8:45)~猫越の池(8:51撮影8:53)~猫越岳(9:06撮影9:11)~猫越岳展望台(9:27休憩9:39)~後藤山(10:04)~仁科峠展望台(10:24撮影10:28)~仁科峠(10:33)
※所要時間:3時間1分(歩行時間:2時間38分)コースタイム1時間50分
※登った山:3座(仁科峠展望台、後藤山、猫越岳)
※歩行距離:5.4km

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猫越岳(上)

【2017年4月2日(日)】猫越岳
この週末は壮大な計画を立てていた。
伊豆の船原峠から南下して天城峠まで縦走、いったん下界に下りて、湯ヶ島温泉か湯ヶ野温泉に泊まり、翌日、河津七滝から八丁池、三筋山を経て稲取に下るプランだった。
湯ヶ野温泉に泊まりたかったのだが、宿が全く空いていない。
湯ヶ島温泉もなぜかダメで、近くのペンションに予約を入れておいた。

しかし天気予報は悪化するばかり。
とうとう土曜日は完全に雨となり、日曜日も決してよくはない。
仕方ないので、とりあえず土曜日のうちに宿まで行き、翌日、船原峠から天城峠まで歩く計画に後退させた。
裾野在住のO君に話したら、同行したいとのことで、車を2台使えることになった。
しかも、自宅に泊めてくれるという。
それならということで宿はキャンセル。
船原峠と天城峠に車を置いて、時間も節約できることになった。
しかし、それは甘かった。

土曜の雨は、山間部では雪になったのである。それは南国の伊豆も例外ではなかった。
新雪の中をコースタイム8時間の稜線を歩くのは、さすがに無理だ。
やむなくコースを短縮して、仁科峠から猫越岳(1035m)を往復して、船原峠まで縦走する5時間のコースに変更した。
しかし、その計画すら無残に打ち砕かれるような積雪だったことにまだ気づいていない。

土曜日は日中、自宅でのんびりして、午後4時にパジェロミニで出発。
圏央道、東名経由で午後7時到着を目指して裾野に向かう。
順調に裾野まで来たのだが、いきなり出口で方向を間違え、Uターン。
それでも、大きなロスもなく、O君の自宅がある茶畑地区まで来たのだが、目印になるセブン―イレブンがいくら走り回っても見つからない。
仕方ないので、O君に電話して道を聞き、なんとか7時すぎにたどり着くことができた。

O君はこの日、雨にも関わらず花見があったとかで、昼から飲みっぱなし。
すでに完全にできあがっていた。
それでも近くの飲み屋で腹ごしらえを兼ねて乾杯。
2時間半ほど歓談して、家に戻った。
もう10時を過ぎていたので、2次会はせずに、そのまま就寝。

翌朝は確か5時半に起床し、6時に出発。
富士山も見えず、天気は全く芳しくない。
それでも雨は止んでいるだけは、不幸中の幸いである。
O君の車のあとを追って、伊豆半島へと南下していく。
7時すぎに船原峠に到着。ここに私の車をデポする。
ここまでは大した雪ではなかったのだが、伊豆スカイラインに入ると、かなりの積雪。
除雪されているので、ノーマルタイヤでも通行に支障はなかったが、ちょっと不安が募る。

7時半前に仁科峠に到着。
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ガスで何も見えない上に、一面の銀世界。
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車を停めた場所が水たまりの中で、下りた途端に靴が濡れるという最悪の条件だ。
ここは伊豆なんですけど、しかも4月なんですけど。
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予想外の展開に我ながら笑うしかない。
O君がこんな日に手袋を忘れたというので、予備のゴアの手袋を貸してあげた。

とにもかくにも、猫越岳を目指して歩き出す。
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とても登山届を出す気分にはなれなかった。逆に出すべきなのだろうけど。
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猫越岳まで距離にして2.7km。コースタイムは75分(「山と高原地図」では55分)。
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幸い、路面には雪がない。
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と思ったら、すぐに雪道。
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まあ、この程度なら、そんなに苦にならない。
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それにしても、まあ、これが伊豆の景色とは。
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仁科峠展望台も全く何も見えないので通過。
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標識には大量のエビのしっぽが付着していた。
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雪を払いのけたら地図だった。
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展望台の先は若干の下り。
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天城牧場内の通路を横断する。
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一応、近くのガスは晴れてきた。
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しかし、木々に雪が積もって枝が垂れ下がっているので、とても歩きにくい。
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くぐらないといけないところもあるので余計に消耗する。
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雪もだんだん深さを増してきた。
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もちろん先行者などおらず、交代でラッセルを務めるハメに。
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積雪は軽く10cmを越えている。
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風も強かったのか、樹氷状態である。
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出発してから30分ちょっとで後藤山(994m)に到着。
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何もみえないので、休憩タイムは取らずに通過。
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でも、雪景色も実は悪くない。
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雪化粧した木の幹や葉っぱは実に美しい。
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どなたの落とし物でしょうか。
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後藤山から下った後の登り返しで道を間違えた。
尾根のラインにつられて南西方向に進んでしまったのだ。
そもそも雪で夏道など分からないのだが、ピンクリボンも見当たらなくなり、ちょっとおかしいので地図ロイドで現在地を確認したら、やはり登山道からかなり外れていた。
定石通り、ここは戻ることにした。

正しい道を見つけるのにやや苦労したが、ようやくそれらしき「通路」を発見した。
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標識も出てきたので安心だ。
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それにしても、こんな無垢な雪景色を見たのは久しぶりな気がする。
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でも、我々はもう猫越岳ピストンで本日の山行は終了することに決めている。
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ラッセルもさることながら、枝くぐりもしんどい。
しかも、ちょくちょく道を見失ってしまうので、船原峠まで何時間かかるか分からないからだ。

つららにも小さなエビのしっぽ。
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歩き始めてから1時間15分ほどで、猫越岳手前の展望台分岐に着いた。
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しかし天候不良なので、帰りに期待して、ここはこのまま通過。
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枝くぐり祭りはなおも続く。
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静寂の世界。
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間もなく、山頂手前にある「山頂の池」に出た。
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うっすらと氷が張って、神秘的だ。
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かつての火口湖らしい。
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でも雪のためか、水量が増えて、水際が柵を越えている。
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ちょっと怖くて岸までは行けなかった。
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枯れた幹から生えてきた幼木。
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というわけで、コースタイムをはるかに越える1時間半以上かかって、ようやく猫越岳に登頂。
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ここにも、「髪技」の札があった。これは全く意味がないので止めてほしい。
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国土地理院の標柱を頼りに、三角点を雪から掘り出した。二等三角点だった。
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ここは展望もないし、あっても何も見えないから写真だけ撮って、すぐに引き返す。
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一瞬、日が差した。ほんとに一瞬だけだった。
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樹氷。
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歩くのは難儀だが、とても美しい風景だ。
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風も強かったことがよく分かる。
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往路でパスした展望台に寄ってみた。
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何となくガスが薄くなっている気もする。
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もしかして、海?
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前方の登山道らしきものもかすかに見えた。
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これだけでも何も見えないよりはマシだ。
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とにかく、これまで一度も休んでいないので、ここで小休止。
熱いカフェオレで体を温めた。
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10分ちょっとで出発。
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登山道に戻る。
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真っ白な雪の中、真っ赤な灰皿はとくに目立つ。
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昔設置されたものだろうが、今時めずらしい。

(つづく)
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離山・ナコウ山(4)

【2017年3月3日(金)】離山・ナコウ山
国道135号立岩トンネルの旧・旧道を歩いている。
しばらくすると完全なヤブになり、踏み跡も怪しくなってきた。
枝に頭がひっかかり、帽子が脱げてしまったので、拾おうとしたら、なぜかザックに入れてあったはずの手袋が落ちている。
変だなと思って、ザックを下ろしてみると、なんとチャックがほぼ全開になっている。
さっき閉めたはずなのに、ヤブに引っかかって空いたのだろうか。
それはともかく、中に入れていたウィンドシェルがない。
もう少しで、このヤブを抜けて国道に出るところだったが、落とし物を探しがてら引き返すことにした。
すると、ザックに入れていたレジ袋のゴミをまず発見。
しかし、国道に戻っても、ウィンドシェルを見つけることはできなかった。
考えてみると、さっきも閉めたはずのチャックが10cmほど開いていたことがあった。
ザックがパンパンなので、その圧力で徐々にチャックが開いてしまったのかもしれない。
すると、落としたのは、朝日山公園に向かいながら走っていた時の可能性が高い。
残念だが、そこまで戻る気力も時間もない。
断腸の思いで、諦めることにした。

これで時間を15分もロスしてしまった。
結局、この関門は旧道の網代隧道で抜けることにする。
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歩行者も通行禁止になっていたが、ごめんなさいさせてもらった。
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抜けると、正面に熱海市街が望めた。
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立岩トンネルは魚のマーク。
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とにかく、16:01の電車に乗るべく、黙々と歩いた。
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網代港の商店街も一気に通過。
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漁港らしい木造の民家にも一瞥のみ。
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鰯の天日干し。
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あと10分残して、何とか間に合った。
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駅前には、菓子補間瀬。物色したいが時間がない。
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「名産店」という命名は珍しいかも。
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とりあえずゴール。
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本当は、網代温泉に入りたかったが、調査不足につき、先を急ぐ。
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ホームで5分ほど待つ。
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入線してきた電車はリゾート21、通称キンメ列車だった。
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混雑して座れなかったのでデッキで車窓を見ていた。
伊豆多賀の227mピーク。
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右に朝日山(163m)、中央奥は初島。
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対岸は網代港。
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今日は熱海のレトロ旅館福島屋で日帰り入浴をするつもりなので、来宮駅で下車。
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市街地を散策しながら、福島屋に向かう。
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途中、湯汲坂を登って、大湯の間欠泉に寄り道。
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ちょうど勢いよく、温泉を噴き出していた。
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かつての大湯は1日に6回噴出していたが、明治末期には止まってしまったという。
関東大震災をきっかけに噴出が始まったが、またすぐに減り始めて、昭和初期には再びストップ。
現在のものは、人工的に噴き出す間欠泉として、昭和37年に整備されたものだそうだ。

ここには、オールコックの碑と愛犬トビーの墓があった。
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石仏も3体。
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さらには、市外電話発祥の地でもあった。
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明治の頃、熱海には多くの政治家や政府高官が保養や会談のため来遊し、東京との連絡が非常に多かったため、東京~熱海に電話回線が引かれ、明治22年1月1日に開通した。
その熱海電信局がこの地にあったのだそうだ。

干物がおいしそう。
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小沢の湯では、観光客がゆで卵作りを試みていた。
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駅から15分ほどで、福島屋旅館に到着。
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入る前に、すぐ近くにあった風呂の湯を撮影。
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ここの湯は外傷に効くと言われ、その蒸気で饅頭を蒸したり、酒を温めたりして販売していたとのこと。
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すぐ近くに塩分のない温泉が湧き出していたことから「水の湯」とも呼ばれたという。

では、入浴させていただきましょう。400円という安さがありがたい。
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まさに昭和レトロな雰囲気。
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湯船が意外に大きい。
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先客が一人いたので、「こんにちは~」とあいさつして入浴。
「今日はそんなに熱くない。いつもはとても入っていられないよ」と言う。
30年くらい前からちょくちょく来ているとのことで、昔はもっと安かったんだとか。
カランは2つしかなかったが、客が少なかったので、とくに問題はなかった。
ちょっと体が冷えていたので、よく温まった。

ちなみに、これは女湯の扉。
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満足して、熱海駅に向かう。
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途中、もう一つの熱海七湯、清左衛門の湯に寄り道。
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その昔、清左衛門なる農民がこの湯壺に落ちて、火傷で亡くなったので、その名がある。
人が大声で呼べば、たくさん湧き、小声で呼べば少しだけ湧いたと言われているそうだ。

趣のある古屋旅館。
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駅へは近道で。
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駅前の土産物店街を通り抜ける。
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これも、なかなか渋い旅館だ。
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小田原と熱海との間を結んでいた熱海鉄道の7号蒸気機関車が駅前に展示されていた。
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17:37発の東海道線で小田原へ。
小田原では古くからの友人と旧交を温め、22:51発のひかり538号で帰京。
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会社に泊まるつもりだったが、入館証を持ってきてなかったので、新橋の個室鑑賞に泊まるハメに。
5時間を超えると使用料が1000円高くなるので、時間稼ぎのため、銀座の行きつけのバーで時間つぶし。
でも考えてみたら、こっちの支払いがあるので、結局高くついてしまった。
明日からは京都なのに、就寝したのは午前2時を過ぎていた。
長い1日だった。

【行程】2017年3月3日
宇佐美駅(10:55)~宇佐美漁港公園(11:23昼食11:31)~神社(11:48)~離山(12:26)~旧宇佐美隧道(12:40)~羽柴越中守石切場(13:36撮影13:42)~ナコウ山(13:43)~旧道(13:59)~あじろ南熱海ヶ丘(14:27)~朝日山(14:53)~立石隧道旧道(15:19)~網代駅(15:55)
※所要時間:5時間(歩行時間:4時間45分)
※登った山:3座(離山、ナコウ山、朝日山)
※歩行距離:15.5km(熱海市内含む)
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離山・ナコウ山(3)

【2017年3月3日(金)】離山・ナコウ山
伊豆古道東浦路を経て、熱海の高台にある別荘地に出た。
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見晴らしがよく、真鶴半島もよく見える。
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こちらは熱海方面。
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初島もさらに近くなった気がする。
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しかし、時刻はすでに15時近い。
16:01網代発の電車に乗りたいのだが、かなり厳しくなってきたので、下りはちょっと走ったりした。

別荘地を20分ほど歩くと、再び人しか歩けない道になった。
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そこにこんな看板が。
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「うすづき山」とは、さっき巻いてしまったピーク(約235m)のことだろうか。
失敗した。知っていれば、もう一つ稼げたのに。

急な階段を下りると、熱海市立網代中学校の前に出る。
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網代中は2006年4月に多賀中との統合により廃校となった。
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本日、最後の1座、朝日山(163m)へは、ここから階段168段。
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たったった、と登っていく。
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頂上まで5分と書かれていたが、3分で着いた。
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こちらは若宮神社。
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まずは三角点を確認。
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ありがたいことに、手書きの山名板もぶら下がっていた。
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これが頂上の雰囲気。
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すぐ下に東屋があった。
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ここからの眺めも見事だ。
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初島から熱海行きの船が出たところ。
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あれに乗ったなあ。
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こちらは伊東港からの高速船。
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富士山が見えるとのことだが、伊豆の山々が邪魔していないのだろうか。
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結局、雲の中のようで、今回は確認することができなかった。
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それでは、朝日山公園を後にする。
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すぐ先にも展望スポットがあったが、大島が見えただけだった。
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ここには網代中の第58期生が成人式を迎えたのを記念した植樹があった。
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帰りは、網代中の前に戻って、そこから網代駅方面に行こうと思っていたのだが、この地図を見てやめた。
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網代トンネルの東側に旧道があり、そこから屏風岩や立岩が見えるように思えたからだ。
時間も何とか大丈夫そうだし、遠回りだが旧道回りで下ることにした。

網代長谷観音に至る途中に、復元された灯明台があった。
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その向かいには、東海呑吐の句碑の説明板。
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信州出身の武士で、熱海俳壇の祖とのこと。「散る時ははてしれなくて秋の月」と刻まれているようだが、句碑そのものが見当たらない。

まさか、これの裏に書いてあったのか。
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これは隠山亭阿たるの句碑。
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隠山亭とは、網代にゆかりのある秦中仲のことで、江戸時代の郷土史「豆州志稿」を秋山富南とともに完成した人物だ。辞世の句「神ととも高天原におくらるる」が刻まれている。

網代長谷観音の境内に入ると、古い石仏が並んでいた。
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寛保元年(1741年)の銘が読み取れる。
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境内の右側中段に観音像が三十三体、一列に安置されていた。
これらには寛政、嘉永の年号銘が確認できた。
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一番奥寄りの自然石には「三十三観世音菩薩」の文字。
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そして長谷観音の本堂。
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ここのご本尊は大和と鎌倉の長谷観音と同じ木から行基が作った3体のうちの一つで、一木三体観音と伝えられている。はじめは海岸の屏風岩の洞窟に安置されていたが、のちにここに移されたという。

一礼だけして、門前まで下ってきた。
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国道に出ると、間もなく立岩トンネルに至る。
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当方は、さっきの地図に従い、その海岸よりにある旧・旧道に分け入る。
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地図には、ちゃんとした道のように書かれていたが、遊歩道ですらない廃道だ。
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かろうじて残る縁石が、かすかに現役時代があったことを伝えている。
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眼下に岩礁が見えるが、名のある岩ではなさそう。
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これが、たぶん屏風岩。
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全く判読できないが、句碑らしきものがあった。
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さっきよりは少し波が出てきたかな。
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こっちが、おそらく立岩だろう。
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(つづく)
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離山・ナコウ山(2)

【2017年3月3日(金)】離山・ナコウ山
離山(154m)の石切り場から離山山頂展望台(実際は山頂ではない)に向かう。
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でも、展望台に着く前にロープで通せんぼがしてあった。
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強行する手もあったが、なぜか気力が湧かず引き返した。
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とにかく、離山の本当の頂上を極めなくては。
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さっきの標識にはこう書かれていたのだった。史跡見学は大丈夫のようだ。
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頂上付近は平坦で、最も高いと思われる場所に三角点はない。
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ちょっと探したが、少し先のやや低い場所にあった。
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ここは四等三角点。
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お約束を果たしてから石切り場まで戻り、宇佐美隧道方面に下っていく。
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途中で右手にベンチがあった。
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その前方が開けており、初島が正面に見えた。
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真鶴半島や岩礁も。
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頂上から15分ほどで国道135号の旧道にある宇佐美隧道に出た。
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大正14年(1925年)の開通で、全長114m。
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1993年に新宇佐美トンネルの供用開始に伴い廃止された。
トンネル自体は車両通行止めになっていたが、手前に自動車板金工場らしきものと車が何台かあって、宇佐美側からはここまで車で来られるようだ。
縁石におじさんが1人座っていたので、「こんにちは~」と挨拶したが、返事はなかった。

トンネルの向こうは海が見えそうなので、寄り道してみた。
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網代側は、入口から通行止めになっているようで、アスファルトの上に草が生え、廃道化が進んでいた。
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でも、ここからの眺めは最高。南に伊豆大島が望めた。
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伊豆東海岸の断崖を目の当たりにした。
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東の沖には初島が浮かぶ。
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北東には三浦半島。
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眼下の磯も波は比較的穏やか。
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さて戻りましょう。
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宇佐美側の隧道入口の脇から登り始める。
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峠に至ると、猛烈な急坂が待っていた。
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ロープが張ってあるので、何とか登れたが、なかったら足元が滑って、大いに難儀するところだった。
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標高差100mほどを一気に登ると、道はやっとなだらかになる。
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道の真ん中にぽつんと矢穴石。
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321mピークにはアンテナの残骸があった。
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ここから若干下って、登り返し。
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この道は、いわゆるハイキングコースになっているようだが、気軽に来られるようなところではない。
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再び、一瞬の初島。何度見ても美しい。
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トンネルから50分ほどで、ナコウ山頂上直下の石切り場に到着。
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ここには「羽柴越中守(細川忠興)石場」と刻まれた標識石が残っていた。
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当時の大名たちは、良質な石材を得るため、石切り場をめぐって激しい争奪戦を繰り広げたらしい。お隣、熱海市には「是(これ)ヨリにし 有馬玄蕃(げんば) 石場 慶長十六年 七月廿(にじゅう)一日」と刻まれた石があり、そこから西が丹波福知山城主・有馬豊氏の石切り場であったことが知られている。ただ、有馬家は慶長16年(1611年)の江戸城普請には動員されていない。将来の出番に備え、石切り場を予め確保しておいたのだろうと推定されている。

細川家も石切り場の確保に奔走していたことだろう。
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ここはわざわざ伐採してくれているのか、眺めは抜群。
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眼下に宇佐美の町並み。
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かつてはあそこを多くの石船が行き交ったわけだ。
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ここから海を見下ろしていると、感慨深いものがある。
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江戸時代の人々は、この草深い山に登って、大きな岩を掘り出し、コツコツと矢穴を開けて、岩を整形し、それを山から下ろして、船に積み込み、江戸まで運んで、今度はそこで石垣を積み上げた。
何の動力もない時代に、当時の日本人はこの壮大な事業を成し遂げたのだ。それを命じた将軍の権力、それを実現できた技術。いずれにも驚きを禁じえない。
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標識石にはちょうど木の影が映るので、太陽が雲に隠れる瞬間を待って、撮影した。

ちなみに、これは伊豆半島の脊梁山脈。中央左が巣雲山(581m)。
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ちょっと雲に隠れているが天城山(1406m)。
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大室山(580m)と伊東市街。
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伊東市街をアップで。
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ナコウ山頂上は、ここから急坂を1分。
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その名の由来は、当時ここで働いていた石工があまりのつらさに泣いたからだとか。
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ちょっとこじつけのような気がするが。
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頂上からは熱海方面をかろうじて望むことができた。
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その向こうには、箱根の神山(1438m)。
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標識石まで戻って、伊豆古道東浦路方向に下る。
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尾根をそのまま行くと遠回りなので、途中で斜面を下りたいのだが、踏み跡が見当たらない。
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面倒なので下りやすそうなところから、強行突破。
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間もなく、踏み跡が見つかり、古道に出た。
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舗装道路かと思っていたが、さにあらず古道らしい道だった。
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こちらにも矢穴石が転がっていた。
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「琵琶ころがし」の坂。道幅が狭く、谷側が急な崖になっているので、盲目の琵琶法師では転げ落ちてしまいそうだというのが、その由来。
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それほど狭くはない気もするけど。
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吉田松陰先生腰掛けの平石。
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嘉永七年(1854年)、日米和親条約締結のため下田に停泊中の黒船に乗り込もうと、吉田松陰は江戸から、この東浦路を駆けて下田へと急いだ。
その際、腰を下ろして休んだのではないかと言われている石だそうだ。
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「休んだ」ではなくて「かもしれない」としているところが奥ゆかしい。

道はぐんぐん登っていく。
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その途中に、峠の馬頭観音。
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寛政九年(1797年)の建立で、台座には「宇佐美右也 村内安全 願立遠藤平太」と刻まれている。
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でも、実はここはまだ峠ではなく、さらに登り坂は続く。
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ただ、傾斜はゆるくなった。
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右手に文化十三年(1816年)建立の法界萬霊塔。
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法界萬霊塔とは、村内に悪霊や災難が入らないよう峠や村界に立てられたもの。
左に矢穴の跡があるので、築城石の残りを転用したものと思われる。
「右世話人八左衛門」とある。

シダの道を過ぎると
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大島茶屋跡。伊東市と熱海市の境にあたり標高は288m。大島が見える場所なので、こう呼ばれていたのだろうか。
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今は跡形もない。
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ここで遊歩道は終了。別荘地に出た。
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開けているので、熱海方面と箱根の山を望むことができた。
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「あじろ南熱海ヶ丘」だそうだ。
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一応、伊豆古道のハイキングコースはまだ続く。
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ちょっと地中海のような眺めだった。
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(つづく)
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