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山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

様似山道(4)

【2019年4月30日(火)】様似山道
様似山道を歩き、国道336号の旧道を経由して出発地の幌満まで戻ってきた。
最後に和助地蔵に立ち寄った。
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和助地蔵とは様似山道の開削に尽力し、住民の信望を集めていた斉藤和助を祀る地蔵尊だそうだ。
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和助は南部藩(岩手県)から18世紀に渡ってきて、昆布採りをしながら旅籠を営んでいた人物。
和助の孫にあたる義三郎は「日本馬術の父」と呼ばれた函館大経だそうだ。
和助は文久2年(1862年)、91歳の天寿を全うしたが、その徳をしのんだ人々によって花崗岩の地蔵尊が建立されたという。
しかし、お堂には鍵がかかっており、地蔵尊を拝むことはできなかった。
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というわけで、幌満コミュニティーセンターに到着。
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ことにのバス停から4km、ちょうど1時間かかった。
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車に乗った途端、雨が本降りになった。
ほとんど濡れずに済んだのはラッキーだったと言えるだろう。

今宵の宿、田中旅館はえりも町の市街地にあり、17時に到着。20分ほどかかった。
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新しい元号は、この宿で迎えることになる。
と思っていたら、もう宿帳には「令和元年」と記されていた。
なので、存在しない日付である「令和元年4月30日」と記すことになった。

お部屋は3階の角部屋。港が見える眺めのいいお部屋だったが、あいにくの天気だ。
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でも、一応押さえておこう。
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落ち着いたところで、お風呂へ。
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ここは天然温泉ではなく、人工温泉。
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トロン温泉である。
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天気がよければ、最高の展望風呂だったことだろう。
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初めて知ったが、トロン温泉とはドイツのバーデン・バーデンで2000年前に発見された温泉のことだそうだ。
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どこから入手したのか不明だが、ここではその薬石を利用しているらしい。
詳しいシステムは分からないが、温泉気分には浸ることができた。

夕食は18時半から。やはり海の幸である。
お鍋はタコしゃぶ。エビはしっかりと火を通した。
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小鉢あれこれ。
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ホッキ貝がでかい。つぶ貝も一緒にあぶって食べる。
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お造りにもつぶ貝があってうれしい。
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生ビールは軽く飲み干して、冷酒のおかわり。
旭川の男山だが、この銘柄の名前はちょっと軽すぎ。
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おすましのアサリも大振りだった。
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デザートは桜もち。
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いつもながら、満腹満足である。
ご飯はとても食べられなかった。
これで宿泊料は1万円もしないのだから、高級ホテルに泊まるのなんてばかばかしくなる。

しかし、満腹になると、てきめん眠くなってしまう。
もともと、テレビを見ながら令和のカウントダウンなんてする気はなかったが、20時すぎには沈没。
起きたら、時代が変わっていた。

【行程】2019年4月30日
幌満コミュニティーセンター(12:30)~登山口(12:39)~標高150m屈曲点(13:05)~日高耶馬渓展望地(13:50撮影・昼食14:06)~原田宿跡(14:23)~中間地点(14:44)~昆布干場(15:16)~コトニ小休所(15:26)~ことにバス停(15:36)~大正トンネル(16:03)~幌満トンネル入口(16:21)~幌満コミュニティーセンター(16:41)
※所要時間:4時間11分(歩行時間:3時間45分)
※登った山:なし
※歩行距離:10.6km
※累積標高差:約500m

(「襟裳岬」につづく)
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様似山道(3)

【2019年4月30日(火)】様似山道
様似山道のフットパス全行程7kmのうち6kmほど歩いてエスケープ。
海岸線を走る国道336号を歩いて、出発点の幌満に向かっている。
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今日の海は天気のわりに比較的穏やかだ。
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陸地の方は一面崩落防止の工事が施されている。
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空は今にも泣き出しそう。おかげで海も鈍色だ。
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前方に旧道トンネルが見える。もちろん、長大トンネルを避けてあちらを行く。
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つまり、2003年に開通した山中トンネル(838m)は見送る。
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ちなみに、このトンネルには、様似山道を開いた中村小市郎に敬意を表し、「小市郎トンネル」という愛称も付けられている。

旧道にはわざわざ「日高耶馬渓」と案内版が掲げられていた。
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では、旧道へ。
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すぐにユネスコ・ジオパークの案内板。
日高付近は北米プレートとユーラシアプレート、そして太平洋プレートと3つのプレートが衝突する地球規模の事件現場だ。
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廃屋があるが、おそらく隣の家の旧宅なのだろう。
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小さな岬の大きな岩。名称は地形図には書かれていない。
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昭和時代の旧道トンネル。
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その手前から、旧旧道らしき道が右に続いているので行ってみた。
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そちらには花崗岩類の露頭と旧トンネルがあるらしい。
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この岩は獅子岩と名付けたい。
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亀岩でもいいかな。
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早速、大正時代の旧トンネル登場。
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素掘りである。
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これが花崗岩の露頭なのだろうか。
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よく分からないまま、大正トンネルをくぐる。
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すぐに反対側に出た。
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この説明板を見て、明治のトンネルも並んであることを知る。
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その写真に従って探してみたら、あった。これだ。
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今は物置のようになっているが、人が通るのがやっとの大きさ。
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一応、3つ並べて撮ってみた。
明治のが分かりにくいが、それぞれ完成年代は古い方から1890年代、1920年代、1960年代だそうだ。
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これに平成の山中トンネルを加えると、ここには時代ごとに4本のトンネルが存在していることになる。
まさか、令和のトンネルを掘ることはないだろう。

あの階段も工事用だろうか。それとも津波時の避難用だろうか。
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昭和の道路に戻ると、山中覆道を通過する。
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その途中に「ルランベツ覆道の褶曲」への道標があった。
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山中覆道はかつてルランベツ覆道と呼ばれていたのだろうか。
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それはともかく、この岩場では緑がかった角閃岩が、褐色の片麻岩に包まれている様子(褶曲)が観察できるという。う~ん、わかるようなわからないような。
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角閃岩はもともと北米プレート上の玄武岩質の岩石で、片麻岩はユーラシアプレート側からきた砂岩や泥岩がもとになっている。
これらが大昔、プレートの衝突のため海溝の底でごちゃまぜになり、強い熱や圧力がかかって変成し、押し曲げられて地上に出現したものなのだという。

いよいよ、日高耶馬渓の核心部が見えてきた。
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高さ約100mの海食崖が7kmも続く日高耶馬渓は東蝦夷地最大の難所だったそうだ。
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確かに、よくあんなところに道路をつくったものだ。
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しばらく昭和の道(旧道)を進む。
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崩落防止のネットがはるか上まで。これはメンテナンスが大変だ。
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褶曲と山中覆道を振り返る。
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これも大正時代のトンネルの跡だろうか。
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中に入ってみたが、奥はふさがれていて状況はよく分からなかった。

前方に見える覆道は平成の道。
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なんと覆道の上から断崖にへばりつくように頂上まで階段が続いている。
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さっき展望地で見つけた3つの階段のうち1つは下まで通じていたのだ。
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どう考えても危険だが、全く通行禁止の措置がなされていなかった。
手落ちなのか、そもそも通行可能なのか、おおらかな北海道だけに、よく分からない。
分からないことだらけだ。

旧道は覆道の途中に合流する。
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覆道を抜けて判明したのだが、この平成の覆道がルランベツ覆道というようだ。
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この先は幌満トンネルということになるのだが、やはり旧道を行く。
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一応通行止めの柵が設置されていたが、自己責任ということで。
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こちらは通行禁止なだけに、崩落が放置されている。
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路面にシカの顎の骨を発見。
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続いて、あばら骨も。上から滑落してしまったのだろうか。
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奥に見える白っぽい岩が鵜の鳥岩。
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白いのは鳥の糞かと思ったら、岩質によるもののようだ。
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崩落が激しい。ちゃんと幌満まで行けるのか、ちょっと不安になる。
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その場合、引き返してトンネルを歩かねばならないので、ちょっと面倒だ。結果としては行けたが。
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ウミウが乱舞する岩というのが名称の由来だとは思うが、岩の形そのものが鵜に似ていなくもない。
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おっと、今度は路面陥没。
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堤防は破壊されていないので、波が土砂をさらったとは思えないし、どういう現象なのか。
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なんだか、様似山道より、よほどこちらの方がおもしろい。
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振り返ってみると、堤防は成立しているが、もともと波の通り道があるではないか。
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やはり、波の仕業のようだ。

角度を変えると、いよいよ鳥に似てきた。
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道端に流木があるということは、相当な高波が押し寄せるのだろう。
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浮き球が柵にひっかかっているほどだ。

車も人も通らない海岸はカモメの楽園。
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よく見ると、鵜の鳥岩にもたくさんとまっている。
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形が筆先のようになってきた。
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こちらは「小鵜の鳥岩」。
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様似山道の方向を振り仰ぐ。
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おっと、早くも雨が落ちてきた。
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落石も怖いし、先を急ごう。
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鵜の鳥岩の親子よ、さようなら。
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海食崖からは氷河のように砂が流れている。
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ここに道路がある限り、永遠に崩落との闘いになってしまう。
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旅がつまらなくなっても、やはりトンネルを掘るしかないのだろう。

旧道の終点、幌満橋を渡る。
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この橋は幌満川河口に架かっている。
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左手に見える、あの石垣は大正時代の旧旧道のものなのだろう。
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あのトンネルにも行けそうだが、今回はもう時間切れだ。
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雨がだいぶひどくなってきた。
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(つづく)
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様似山道(1)

【2019年4月30日(火)】様似山道
GW10連休の中盤戦は、日高・十勝を2泊3日で巡ることにした。
主な目的は、いにしえの道「様似山道」と「猿留山道」を歩くことである。
30日は朝8時頃に車で自宅を出発。様似山道の登山口である様似町の幌満に向かった。
距離は約200kmもある。今は日高町の厚賀まで日高道が通じているが、その先は86kmも一般道を走らなければならない。
3時間半はかかりそうだ。
北広島ICから道央道にのった。天気は下り坂だそうだが、今のところ、まずまずだ。
順調に南下し、予定通り厚賀ICで下り、国道235号を進む。
途中、静内の二十間道路の桜並木が見たくなり、寄り道。
だが、まだちょっと早かったようで、開花した直後という感じだった。
というわけなので、写真も取らずにUターン。
30分近くロスしてしまった。

3時間以上運転をし続けて、さすがに疲れてきたので、道の駅みついしでトイレ休憩。
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車を停めて、東の方を見て、びっくり。残雪の日高山脈が見事に見えるではないか。
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右の尖峰は神威岳(1600m)だろうか。
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すると、こちらはペテガリ岳(左、1736m)か。自信は全くない。
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道の駅の敷地内にある小さな神社。
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とくにお買い物はしなかった。
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12:20、予定より1時間近く遅れて、登山者が車を停める場所として指定されている幌満コミュニティーセンターに到着。
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ここは、かつて様似町立幌満小学校だったところである。
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ここから8kmにわたって続く幌満峡はマントルにあった岩石、かんらん岩が観察できる絶好のポイントなのだそうだ。
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なので、「ジオラボ」とも呼ばれている。
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それでは、12:30出発。
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様似山道は国の史跡に指定されており、案内板がよく整備されている。
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国道に戻ると、左手に旧道が延びているのが見えた。
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旧道にもわりと立派な橋が架かっている。
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その右に素掘りのトンネルの坑口を発見。これは旧旧道なのだろうか。
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橋台の痕跡も残っていた。
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で、こちらが現在の道路、幌満トンネルである。
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1997年2月の竣工なので、旧道はその直前までは通行できたことになる。
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様似山道に行くにはトンネル手前の階段を幌満川に下りていかなければならない。
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橋の下に案内板があった。
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様似山道は寛政11年(1799年)、幕府が蝦夷地に開削した最初の官営道路の一つ。
シャマニ会所を開いた蝦夷地御用掛の大河内善兵衛政寿は交通の難所であった、様似町の冬島~幌満間(様似山道)とえりも町庶野~目黒間(猿留山道)について、中村小市郎と最上徳内にそれぞれ指揮させ、わずか1年で開通させたという。
12km弱の様似山道の道中には「コトニ小休所」が設けられ、明治6年(1873年)には旅籠「原田屋」が営業を始めた。
昭和2年(1927年)に海岸道路が開通すると、自然に廃道となったという。
この海岸道路というのは、旧旧道のことだろう。

このあたりは断崖絶壁になっており、海岸に道路を開くのは困難を極めたに違いない。
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橋の下をくぐり、幌満川の右岸を進む。
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天気はどんよりしている。
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100mほど歩くと、山道の入口に着いた。
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フットパスとして整備されている様似山道は12kmのうち7kmほどである。

早速、カタクリが迎えてくれた。
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山道はまずは沢を遡っていく。
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きちんとした踏み跡はほとんどない。
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雪解け直後ということもあるのだろう。
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バイケイソウと思しき若葉があたり一面に芽吹いていた。
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早春の里山の風景である。
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それにしても足元が悪い。
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昨日のマラソンで、今日はひどい筋肉痛の上に膝も痛く、かなり難儀した。
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とくに下りはロボットのようにぎこちない動きになってしまった。

ルート上には、こうした札で誘導してくれる。
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ただ、いつも思うのだが、全部でいくつまであるのか分かるように、「3/○」というように分母も示してくれると非常にありがたい。

足元が悪いのに加え、倒木も激しい。
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登山の経験のない人がハイキングコースだと思って軽い気持ちで入ってくると、かなり戸惑うだろう。

涸れ沢だと思っていたら、ところどころで水が流れていた。
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この沢登りで標高150mほど登ることになる。
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かんらん岩なのかどうかは分からないが、あちこちに鋭角の岩が散乱している。
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エゾオオサクラソウを発見。本当はもっと赤みを帯びていたのだが。
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かなり沢を詰め上げてきたあたりで
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Tの文字がSに変わった。Sの意味が分からない。そもそもTの意味も分からなかったが。
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25分ほどで150mを登り切り、ここで左折してしばらくはトラバース。
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道はご覧のような状態。「山と高原地図」なら破線表示になりそうだ。
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でも間もなく道は安定した。
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200年前の人が歩いた道だ。
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そこそこの幅はあるが、さっきの沢道を考えると、荷車などを通すのは完全に無理だ。
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エゾオオサクラソウの群落。今は彼らの季節なのだろう。
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もうすぐで最初の峠に着きそうだ。
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様似山道は沢ごとにアップダウンを繰り返すので結構きつい。
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昔の旅人も大変だ。
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峠付近にあった白い大木。
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イボだらけの樹木。
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道はゆるやかに下りに転じた。
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かなりえぐれており、落ち葉が積もっている。
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この木はキツツキに集中的にやられていた。
CIMG7301_20190529074425289.jpg

筋肉痛なので、やはり下りがしんどい。
CIMG7302_20190529074426481.jpg

名も知らぬ白い花が励ましてくれる。
CIMG7303_201905290744286ed.jpg

鹿の糞には別に励まされない。
CIMG7307_20190529074401c0f.jpg

道はつづら折りに下っていく。
CIMG7304_20190529074429cde.jpg

なんとガイシを発見。かつてはこの道に電線が通じていたのか。
CIMG7305_2019052907443150b.jpg

おそらく、そうなのだろう。電柱と思われる丸太も倒れていた。
CIMG7306_201905290744000a0.jpg

この電柱は街灯用ではなく、南の町へ電気を送るためのものだったのだろう。
CIMG7308_2019052907440375d.jpg

海岸道路が開通しても、電気はしばらく山道経由だったのかもしれない。
CIMG7309_20190529074404249.jpg

カタクリは花びらをしっかりと反り上げて、頑張っている。
CIMG7310_20190529074406ea4.jpg

道は標高50mまで下っていく。
CIMG7311_20190529074337119.jpg

あの沢を渡るのだろう。
CIMG7312_20190529074337d6c.jpg

せっかく標高180m近くまで登ったのに、すぐ130mも下るとは。
CIMG7313_20190529074338db7.jpg

それにしてもワイルドなフットパスである。
CIMG7314_20190529074340014.jpg

峡谷のようになっているので、下りがかなりの急斜面だ。
CIMG7315_20190529074342c60.jpg

ロープをつたって、やっと谷底まで下りてきた。
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渡渉は沢の真ん中に石があったので、靴を濡らさずに済んだ。
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しかし、またすぐロープで登らないといけない。
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こんなにきついとは。かつての生活道路と思ってなめていた。
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(つづく)
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18大森山道(下)

【2018年6月17日(日)】大森山道
西積丹の大森山道を歩いている。
3時間半近くかかって、キナウシ川河口近くまでたどり着いた。
DSC_8542_201807011800507f7.jpg

このあたりは奇岩地帯である。
DSC_8541_20180701180125af1.jpg

例えば、口裂け男の横顔。
DSC_8545_20180701180054678.jpg

眼下に大森トンネルの北側坑口が見えた。
DSC_8540_201807011801242b1.jpg

私は前回歩いたのだが、廃道の女王Aさんを案内がてら、旧々キナウシトンネルへ。
DSC_8543_20180701180051935.jpg

このトンネルに要石はないが、おそらく隧道名のプレートをはめ込んでいたと見られる窪みがあった。
DSC_8544_20180701180053f09.jpg

事故があっても責任を問うつもりはありませんので、ご安心を。
DSC_8546_201807011800566d3.jpg

柵の隙間から侵入。
DSC_8547_2018070118002210f.jpg

反対側には柵はない。
DSC_8549_20180701180025f2b.jpg

海側の岩壁を見ると、窪みが旧道のように見える。病気だ。
DSC_8548_20180701181101d50.jpg

これは自然の洞窟。
DSC_8550_2018070118002602b.jpg

トンネルの上は猛烈な断崖である。
DSC_8551_20180701180028968.jpg

高さは100m以上あるのではないか。
DSC_8552_20180701175950e09.jpg

あんなところにエゾカンゾウが咲いている。
DSC_8553_20180701175951bb2.jpg

まさに一種の芸術だ。
DSC_8554_201807011759532d9.jpg

人間の小ささが実感できる。
DSC_8555_20180701175954d2b.jpg

この先、もとの道路は失われているが、ちょっと先まで歩いてみた。
DSC_8556_20180701175956890.jpg

ここにトンネルを掘ろうとしたわけではありません。
DSC_8557_20180701175918171.jpg

1968年開通というから、今年でちょうど半世紀になる。
DSC_8558_20180701175920df3.jpg

足元に咲いているこの花はエゾカンゾウではない。スカシユリかな。
DSC_8559_2018070117592199c.jpg

こちらも坑口には側面にも窪みがあった。
DSC_8560_20180701175922069.jpg
ここまで確認したところで引き返し、車をデポしておいた地点に下りた。
15:38到着だったので、4時間近い遠足だった。
他の方々が下りてきたのは16時頃だったか。
全員集合したところで、キナウシトンネルの旧旧道、旧道、新道の3つをバックに記念撮影。
これは一応、非公開にしておきます。

デポしておいた3台に分乗して、道の駅オスコイ!に向かう。
その間、ほとんどが大森トンネルの中だが、このトンネルの中に旧道との分岐がある。
今回、同乗していたAさんが撮影してくれたので紹介しよう。
received_1128642437275982.jpg
口が閉じている右側は、その先が落橋した大森大橋ということになる。
もう船でしか確認に行けないところだ。

道の駅で解散ということになり、積丹半島を北上するというAさんにも別れを告げて、帰途につく。
ただし、真っすぐ帰るつもりはない。
まだ16時半前だ。
ここより南にも旧道がたくさんあるので、歩きはしないが、新道から見える範囲で状態を確認しておきたい。
まず、すぐ見つかったのが尾根内トンネル。
DSC_8562_20180701175924a77.jpg

これは橋梁になっている新道の上から撮った別のトンネル。
DSC_8563_2018070117584979c.jpg

名称は読めなかった。
DSC_8564_201807011758521c6.jpg

坑口は閉じられているが、実に美しい眺めだ。
DSC_8565_20180701175852fd5.jpg
安全と効率のためとは言え、このまま打ち捨てられるのは実に残念である。

この先もいくつも旧道はあったが、写真は撮らず、盃温泉潮香荘へ。
DSC_3389_2018070118015539c.jpg

この宿は海沿いの高台にあるので見晴らしがいい。
DSC_3388_20180701180153aa8.jpg

南にはニセコ連峰が遠望できた。
DSC_3387_201807011801520df.jpg

入浴料500円を支払って、汗を流す。
DSC_3390_20180701180156423.jpg

幸い露天風呂は独占。
DSC_3394_20180701180119bd0.jpg

思わず弛緩してしまった。
DSC_3392_20180701180158b4b.jpg

露天風呂からの眺め。
DSC_3395_20180701180121141.jpg

カルシウム・ナトリウム-硫酸塩温泉で、源泉の温度は44℃だった。
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風呂上がりも、いくつか隧道を記録しておいた。
これは現役の興志内トンネル。
DSC_8566_201807011758555c2.jpg

このトンネルの旧道は素掘りで、閉じられてはいなかった。
DSC_8567_20180701175855157.jpg

近所の人の物置として利用されていた。
DSC_8568_201807011757176d5.jpg

盃温泉から当丸峠を越えて帰るべく、神恵内の中心部までUターン。
その途中、民宿きのえ荘の前に松浦武四郎の歌碑があった。
DSC_8571_20180701175720414.jpg

「しばらくの時間も見えでふろうの海 里の名しるく五月雨なり」
DSC_8569_20180701175718faf.jpg

間もなく国道229号を離れ旧229号、現在の道道998号を東進する。
当丸峠を覆道の中で越えると、「まもなく展望台」の標識。
4月に積丹をドライブしたときは、この展望台がどこなのか発見できないまま古平に下ってしまったが、今回は発見できた。
なんと覆道の中に出入り口があった。
DSC_8572_20180701175721778.jpg

ちょっと雨が落ちてきたが、せっかくなので展望を楽しんだ。
積丹半島南部の山並み。天狗岳(872m)あたりかな。
DSC_8573_2018070117572310c.jpg

たぶん泥ノ木山(904m)。
DSC_8575_20180701175642f3d.jpg

滑り止めの砂の貯蔵庫なんて初めて見た。
DSC_8574_20180701175639d3a.jpg

というわけで出発。
DSC_8576_20180701175642374.jpg
この後は休憩をとらず、頑張って帰還。
札幌の自宅には20時半くらいに到着した。
今回の廃道歩きはかなりヤブに苦労した。
やはり4~5月が適期だろう。
そう気づかされた旅であった。




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18大森山道(中)

【2018年6月17日(日)】大森山道
西積丹・大森トンネルの旧旧道を歩いている。
DSC_8448_201807010528285e1.jpg

歩き始めて1時間近く経ったあたりで、初めて本格的な崩落箇所に遭遇した。
DSC_8449_2018070105282901e.jpg

上方には地中からせり上がってきたかのような柱状節理。
DSC_8450_20180701052831559.jpg

かなりヤブが濃くなってきたが、この程度はAさんにとっては序の口らしい。
DSC_8451_20180701052832b01.jpg

ご覧の通り楽しそうだ。
DSC_8452_20180701052723f12.jpg

カーブです。
DSC_8454_20180701052726565.jpg

道路開削のため切り崩した法面。
DSC_8455_20180701052728630.jpg

ところどころで舗装路面に出くわす。
DSC_8456_201807010527294bf.jpg

223mピークを巻くあたりの突端でわずかな展望が得られた。
DSC_8458_20180701052659e0c.jpg

眼下に旧道のトンネル坑口が見える。
DSC_8457_201807010526576e9.jpg

危険なのでやむを得ないのだろうが、廃道愛好家にとっては、坑口を閉じられるのはかなり悔しい。
DSC_8459_20180701052700ff7.jpg

眼下を覗く草むらから出てきたら、なんとズボンにヒアリのような蟻が何十匹も這いまわっている。
DSC_8460_20180701052701c0d.jpg
みんなが一緒に払ってくれたが、ほんの数分の時間であんなに登ってくるとは、すごい蟻の巣を踏んずけてしまったみたいだ。
とにかくすべて払い落として、前進する。

激しい剥落箇所を通過。
DSC_8461_20180701052703bea.jpg

法面をしたたり落ちる小さな滝。
DSC_8462_20180701052604d97.jpg

を通過すると、やっと最初のトンネルが姿を現した。
DSC_8464_20180701052607a44.jpg

ウエンチクナイ1号トンネルである。
DSC_8468_20180701052610e75.jpg

ご覧の通りの素掘り。
DSC_8466_201807010526085a6.jpg

これを見るのが最大の目的だったので、皆さんうれしそうだ。
DSC_8470_20180701052530e27.jpg

まさに隧道の中の隧道。
DSC_3380_20180701054244712.jpg

では、突入しましょう。
DSC_8471_2018070105253266e.jpg

とくに大きな落盤などの痕跡はない。
DSC_8473_20180701052534ed8.jpg

実に美しい。これぞ廃道の醍醐味である。
DSC_8474_20180701052535f69.jpg

反対側はゴツゴツした岩盤が露出している。
DSC_8475_201807010525375b6.jpg

この道路は1968年(昭和43年)頃までに車道として開通したらしい。
DSC_8477_20180701052459c77.jpg

この道には4つのトンネルがあるが、いずれもその頃に掘られたものと思われる。
DSC_8478_20180701052501feb.jpg

では、次のトンネルに向かおう。
DSC_8479_201807010525030a5.jpg

と思ったら、すぐだった。
DSC_8480_20180701052504ab2.jpg

今度はコンクリートを巻いている。
DSC_8481_20180701052505d21.jpg

あたりはものすごいイタドリだけど。
DSC_8482_2018070105242479c.jpg

フキもひどい。
DSC_8485_20180701052430a0c.jpg

単なる意匠だが、要石がちゃんとある。
DSC_8483_20180701052427a6e.jpg

脇のコンクリートは開通後しばらく経ってからのもののように思える。
DSC_8486_20180701052430efb.jpg

これはウエンチクナイ第2トンネルである。
DSC_8489_201807010523186e1.jpg

第1と比べてかなり長い。
DSC_8487_201807010523157a0.jpg

やっぱりコンクリートは少し味気ない。
DSC_8488_20180701052317e35.jpg

ヤブがこんな高さにまで繁茂している。
DSC_8490_2018070105232085b.jpg

第2トンネル通過。
DSC_8491_20180701052321d7b.jpg

そして連続して3つ目。
DSC_8492_20180701052237931.jpg

振り返ると、ものすごい断崖。
DSC_8493_2018070105223911c.jpg

昔の人はよくこんなところに道を作ったものだと思う。
DSC_8494_20180701052240ee8.jpg

2m以上はあるイタドリをかき分けて進む。
DSC_8495_201807010522423b4.jpg

ウエンチクナイ第3トンネルに一気に突入。
DSC_8496_20180701052243e9e.jpg

ここもコンクリートだ。
DSC_8497_20180701052126e8f.jpg

長さは100mほどだろうか。
DSC_8498_20180701052128162.jpg

後続部隊も続々と入城。
DSC_8499_20180701052129b16.jpg

背後に第2トンネルの坑口が確認できた。
DSC_8500_201807010521317e0.jpg

しっかり見てみよう。
DSC_8502_20180701052032694.jpg

これまた美しい景観だ。
DSC_8504_20180701052034657.jpg

なんと半分は素掘りのままだった。
DSC_8501_20180701052132ece.jpg

廃道の女王、独演会。
DSC_3383_20180701052826b91.jpg

トンネルの標識は、今度は出口の方にあった。
DSC_8503_2018070105203375c.jpg

第3の出口側坑口。
DSC_8505_20180701052036c79.jpg

装飾のように岩峰がそそり立っている。
DSC_8506_20180701052037371.jpg

とりあえず隧道集中地区は通過。
DSC_8507_20180701051946546.jpg

今度は切り立った切通しだ。
DSC_8508_20180701051948bcb.jpg

このあたりかなり山を削っている。
DSC_8509_2018070105194929e.jpg

さぞかし難工事であっただろう。
DSC_8510_201807010519517ac.jpg

うわ、また熊の糞だ。我々はニアミスしているとしか思えない。
DSC_8511_20180701051952a65.jpg

ローソク岩のような切通しの岩。
DSC_8512_20180701051912441.jpg

振り返ると、楽しくてたまらなそうな笑顔のAさん。
DSC_8513_201807010519140f8.jpg

そして第4トンネル。
DSC_8514_2018070105191575f.jpg

前回は反対側からここまでは来たのだった。
DSC_8516_20180701051917756.jpg

当然ながら、記憶の通りコンクリートである。
DSC_8517_201807010519185e3.jpg

進行方向。
DSC_8519_20180701051820f82.jpg

トンネルを抜けると、ガーン。
めっちゃ新しい熊さんの足跡。
DSC_8520_20180701051821bd7.jpg

実にリアル。これは間違いなく数時間前のものだ。
DSC_8521_20180701051823500.jpg

我々の進行方向とは逆方向に歩いているようなので、我々の侵入に気付いて、どこかで山の中に入っていったのかもしれない。
だとしても、こんなところに長居は無用。
さっさと踏査を終えなくては。
前回来た時にはうつ伏せに倒れていた標識。
我々があお向けにしたので、今回はあお向けに倒れていた。
DSC_8522_201807010518241f9.jpg

前回も撮ったが、せっかく来たのだから今回も。
DSC_8523_201807010518261f7.jpg

全景。
DSC_8525_201807010517372d8.jpg

急いで退散。
DSC_8526_20180701051738e9e.jpg

皆さんには熊の足跡があることをお知らせしておいた。
DSC_8527_201807010517407cc.jpg

半年前に歩いたところだが、草が繁茂して景観が全く違っている。
DSC_8528_20180701051741243.jpg

カーブミラーに写っているのは亡霊ではありません。
DSC_8529_20180701051743630.jpg

なんだっけ。
DSC_8530_20180701051658f9a.jpg

見覚えのあるガードレール。
DSC_8531_20180701051659a4e.jpg

まずまずの平和通り。
DSC_8532_2018070105170136e.jpg

砂防ダム。
DSC_8533_20180701051702f6f.jpg

難所をいくつか通過して、キナウシ川を渡るコンクリート橋までたどり着いた。
DSC_8534_20180701051704e44.jpg

ここは標高88m。
DSC_8535_2018070105162476f.jpg

ここを車が行き交っていた時代があったとは、にわかには信じられない。
DSC_8536_20180701051626628.jpg

しかし、この橋は落ちていなくてよかった。
DSC_8537_2018070105162765a.jpg

地名標が落ちていた。これは前回確認済み。
DSC_8538_20180701051629f96.jpg

もう後は渡渉地点も含め、さくさく進んだ。
DSC_8539_20180701051630192.jpg

(つづく)
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