山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

鳳来寺山

鳳来寺という名前は学生時代から、何となく記憶にあった。
大学時代、北海道から上京してきて、なんとはなしに全国の道路地図帳をめくることが多かったが、愛知県を見ると、なぜか三河の山間地に目がいった。
そこには茶臼山高原と鳳来寺山が目立つように載っていた。

長野勤務時代、足助と明智には行ったことがある。明智は美濃だけど、イメージ的にはほぼ同じエリアだ。
このあたり、とくに高い山はないのに、山が深い感じがする。
今回、飯田線で奥三河に入ったが、新城をすぎて、大海あたりになるともう山の中だ。

長篠城という駅があって、次が鳳来寺山の玄関口である本長篠駅だが、「本」とは名ばかりのさみしい駅前だ。
帰りにパンを買う店すらなくて、困ったくらいだ。

鳳来寺山は地形図では標高695mとなっているが、現地ではそのピークは採用せず、ひとつ南のピークに山頂の標識を立て、684mとしている。
DSC_2602.jpg
こういうのは、とても悩ましい。ピークハンターとしては、684mに達して登頂とするのは、ずるい気がするのだ。
天気が悪いし、なるべく早く下山したいから、「いいこと」にしてしまいたい気もするが、わずが数百m歩くのを惜しむのも恥ずかしい。

行ってみた。標識がないので確たる自信はないが、「瑠璃山」と小さな標識がある高さ5~6mほどの岩峰が、本当の山頂のようだ。
DSC_2606.jpg

ふつうなら、「ラッキー! これで2つ山を登ったことになる♪」とほくそ笑むのだが、今回ばかりは、それははばかられる。あくまで「鳳来寺山」ひとつとカウントしました。
瑠璃山さん、ごめんなさい。

行程をはしょって、いきなり山頂に行ってしまったが、この山の魅力はなんと言っても、1425段あるという鳳来寺本堂への石段と林立するスギでしょう。
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鳳来寺は702年に利修仙人が開山したとされる。
当地で様々な仏像を作っていたが、都の文武天皇から病気平癒祈願を再三命じられて、拒みきれず、鳳凰に乗って参内したというのが、「鳳来寺」の名の由来だそうだ。

コノハズク(仏法僧)の鳴く寺として有名だったそうだが、タクシーの運転手によると、いつからか聞かれなくなってしまったとのこと。
家光が建てた仁王門が国の重要文化財になっているが、全体に荒れた印象もある。
大正3年に焼けた本堂は昭和49年に再建されたが、最盛期に20以上あった僧坊は今2つ残るのみで、廃絶した僧坊の跡地にはそれぞれ「○○院跡」という石碑が立っている。
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それにしても、人がいない。天気が悪い、季節も悪いとは言え、土曜日である。まだ、夕暮れにも間がある。
結局、1425段の石段を登った45分間ですれ違ったのは、わずか5人だった。

またまたタクシー運転手の談だが、本堂とほぼ同じ高さの東照宮の間近に達する自動車道{鳳来寺パークウエイ)ができてから、めっきり石段を歩く人が減ったという。
そういえば、参道の土産物屋や飲食店が軒並み、お休みしていたなあ。

本堂から奥の院へは、30分ほどの道のり。
雨でぬれた道がすべりやすい。
奥の院もかなり荒れていた。倒壊寸前とは言わないが、このまま放置はできない状態だ。
DSC_2590_20121220191606.jpg

ここから10分で山頂、さらに10分で瑠璃山。この時点で午後3時。
手元の資料では、ここから鷹打場展望台経由で下山するには2時間かかる。
足元を考えると、慎重に下りなければならず、時間短縮は厳しい。
暗くなってしまうかも、と不安になったが、ひらめいた。
東照宮から自動車道に出て、車を呼べばいいのだ!

鷹打場からの展望も、山頂からの展望もゼロだったが、そういう日があってもいいでしょう。
DSC_2630.jpg

しかし!
駐車場に着いて、タクシー会社に電話したが、どこも出ない。
ここから車道を延々歩くのは、かなりみじめだ。

駐車場の料金所のおじさんにタクシーを呼べないかと頼んでみたら、同じ結果だったけど、「遠いとこからでもいいです」と食い下がったら、新城市街から呼んでくれた。
30分以上待ったけど、ありがたかった。

この日、お昼は前夜泊まった、民宿のご主人が持たせてくれた大ぶりの「手作り大福」5個を行動食にして済ませた。腹が減って、本長篠駅前をうろついたが、おでん屋しかなかった。
電車はあと5分で来るから、のれんをくぐるわけにもいかない。

結局、豊橋まで我慢して、帰京した次第。
自宅まで、あと4時間。ああ長いなあ。




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青崩峠

国道152号線は「道路」ファン(←そういう人がいればだけど)にとっては、ロマンをそそられる道の筆頭だろう。
最近は「酷道」などというふれ込みで、とても国道とは思えない「ひどい」道がよく紹介されるが、152号は「未開通」区間が連続する国道として有名だ。

長野県上田市と静岡県浜松市を結ぶ延長248㎞の国道だが、そのうち、南信州の地蔵峠と青崩峠が未開通区間。いずれも他の林道で迂回は可能だが、いまなお「幻の国道」となっている。

かつて、同じ様な道路に権兵衛峠があった。これは長野県の伊那市と塩尻市を結ぶ中央アルプスを越える峠だが、私が大学に入った1981年には未開通だった。
自転車部の先輩が、当時、この峠を自転車で越えた記事が「サイクルスポーツ」に載ったのを、よく覚えている。

権兵衛峠は間もなく車の通行が可能になり、2006年には長大なトンネルも開通した。

それはともかく青崩峠である。
私にとっては学生時代から権兵衛峠と並んで、気になる峠だった。
で、やっと30年来の夢が叶い、青崩峠を訪ねる機会が到来した。

19日、19:26東京発のひかり683号で出発。この日は豊橋に泊まる。
もう熱海あたりから雨になっており、天気予報通りとは言え、明日への不安が募る。

翌20日は6:00豊橋発の飯田線天竜峡行きに乗車。
8:10、定刻よりやや遅れて水窪(みさくぼ)に到着。
DSC_1535.jpg

ここはまだ雨だが、回りの山はうっすら雪化粧している。
青崩峠は雪であることは間違いない。
少々の不安と少々の期待が胸をよぎる。

地形図を見ると、峠のふもとの集落池島の手前、梅島から秋葉街道らしき点線がある。
タクシーを梅島で下車。ここから歩き始めた。時間は8:50。
水窪市街は標高350m、梅島は500m。このあたりでは家の屋根がもう白くなっている。
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秋葉街道は火伏せの神として江戸時代に信仰を集めた秋葉神社(浜松市天竜区)に通じる道のことで、信州から秋葉神社に通じるこの道は信州街道とも呼ばれたそうだ。

道はすぐに、車の通れない道となる。
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私の愛する旧街道である。ところどころ、崩落があるが、廃屋などが風情を醸し出す。
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池島の集落に入ると、いったん車道となり、国道152号に合流。番号的には格下なのに格段に立派な国道474号が分岐している。この先にある草木トンネルは三遠南信道の一部として開通し、青崩峠の東となりにある兵越峠の下を貫通する予定だったが、地盤が弱いことが後に判明。三遠南信道は青崩峠の下を通ることになった。
このため、草木トンネルは高規格道路から一般道路に格下げされてしまうという数奇な運命をたどっている。

ここから青崩峠までは4㎞。積雪は2㎝となり、チェーンアイゼンを装着する。
途中まで車のわだちがあったが、雪におじけづいたのか、引き返した跡があった。

雪はどんどん深くなる。未明までに積もったようで、今ははらはらと舞っている程度だ。
ほぼ中間地点に足神神社があった。
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由来は以下の通り。
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名前の通り、足の神様で「健脚祈願」と書いた絵馬がたくさんぶら下がっていたが、足の木偶も奉納されていた。
足をけがした人の快癒祈願だろうか。
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私も本日の無事を祈願する。

この先、瑟平(しっぺい)太郎の墓、木地屋の墓などを見ながら高度を稼いでいくが、途中の辰之戸(たつんど)集落跡のあたりで積雪が10㎝に達し、スパッツを装着する。もともと雨具ははいていたので、これで下半身は万全。道はラッセルと言っていい状態になった。

間もなく正面に「塩の道」という大きな石碑が見えてきた。
ここから林道(国道)を離れ、いわゆる旧秋葉街道に入っていく。
「崩落のため通行止め」と書いてあるが、「ごめんなさい」して進んでいく。
DSC_1650.jpg

峠の頂上までは20分の道のり。雪は積もっていても、ルートを見失うほどではない。
さくさく歩いて、林道の行き止まり地点に合流する。
この先が国道の未開通区間だ。

このあたりで、いきなり雪が深くなる。20㎝はあるだろうか。
でも峠にはものの5分もかからないで着いた。標高1082m。
静岡県とは言え、やはり山には雪が降るのだ。

誰の踏み跡もない、処女地。快感だ。10:50。
DSC_1668.jpg
ようやくあこがれの場所に立てたわけだが、あまり感慨に浸っている雰囲気ではない。

峠だけに、風が強い。
さて、仕事はこれから。
頂上の写真を撮らないといけない。石碑や石仏が雪に埋もれておらず、むしろ雰囲気のある写真が撮れたのだが、別の不安がよぎる。
「こんな所をお薦めしていいものか?」
やはり、夏に来るべきだったか。「通行止め」だったことも問題だ。
まあ、最悪の場合、紹介スポットは足神神社にしてしまおう。

そう決意して、信州側に下山を始める。
こちらは遊歩道部分が遠州側より、かなり長い。車道に達してからも長い。
大きな不安がよぎる。

しかも積雪は50㎝。さすが信州。
最初は遊歩道の柵が顔を出しているので、道は分かったが、柵のないところは、もう勘である。
DSC_1688_20121217115756.jpg
(こんな感じ)

幸い、風もなく、見通しも悪くなかったので、迷うことなく、車道に下りることができた。
ホッとしました。
しかし、車道に出ても延々ラッセル。
驚いたことに、あれだけ雪の中を歩いても、靴の中は全く濡れなかった。
登山靴って大したものだと感心しました。

八重河内の集落にたどり着いたのは1時半。
ここで秋葉街道の梁ノ木島番所に立ち寄り、まだ宿に入るのは早いので、和田の集落(旧和田宿)まで歩き、さびれた宿場町の風情を味わってから、4時半、民宿島畑に投宿しました。
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夕食は「山コース」。いい熊肉が入ったということで、鍋はクマ。あとは鹿肉のサラダやコロッケ。汁も鹿肉でした。クマは脂っこくて固いというイメージでしたが、ここのは非常においしかった。
DSC_2040.jpg

ここのご主人には大変よくしていただきました。
明治25年の宿帳も見せてくれ、めくってみると実に興味深かった。

菓子や青物、魚、材木などなどあらゆる商人がこの街道を通っていることが分かり、1月2月の冬季も客足は絶えない。むしろ、農閑期ということで多くのお百姓さんが盛んに秋葉山に詣でている。
往来はひっきりなしだから、冬でも踏み跡はあったろうが、あの雪の中を越えたのである。
そう思うと、なかなか感慨深い旅であった。




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