山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

姫島(4)

【2017年3月15日(水)】姫島
姫島灯台から峠越えの道で姫島港に向かっている。
きつい登りがしばらく続く。
途中に、姫島七不思議の最後「逆柳」があった。
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お姫様がお歯黒をつけるのに使った柳の枝を、池のほとりの逆さまに差したところ、芽を出し逆さ柳になったという。
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種彦の歌「手弱女(たおやめ)の 口にはむてふ 青柳を かさしつつゆかむ 見ぬ人のため」。
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ここにも古い歌碑が残っていた。
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その池は、こんなに大きな溜め池になっていた。
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標高32mまで登ってきたところに、金バス停。
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今さらながらだが、これは「かね」と読む。
鉄奬(おはぐろ)の「鉄(かね)」にちなむ地名だと、後で知った。

意外に早く峠の長尾トンネルに到着した。
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隣に旧道があった。
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出口に土砂崩れらしきものが見えたので、くぐり抜けるのは止めておいた。

トンネルを抜けて、分岐の右手に大海溜池の築堤。
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ここで、ちょっと思案。矢筈山(266m)のことである。
矢筈山は姫島の最高峰で、登山道もある。
現在、11時半を過ぎたところ。
国東半島の両子山(721m)に登るとしたら、13時の船には乗りたいところだ。
あと1時間半で矢筈山に登って下りて来られるか。
地図を見ると、この分岐から登山口に向かうと、ほぼ海抜ゼロメートルまで下って、さらに登山口までかなり登り返さないといけない。
登山はいいとしても、アプローチにかなり時間がかかりそうだ。
とりあえず港側の分岐まで行ってから決めることにしよう。

途中の石仏に出くわすたびに停まりながら、町へと向かう。
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このあたりがアサギマダラの休息地のひとつ。
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それほど珍しい蝶ではないが、何千何万というアサギマダラが乱舞する光景は圧巻だろう。

平坦地まで下ってきた。ものすごく達筆の石碑だ。「実力念願記念碑」という文言も意味が分からない。
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五十三番円明寺。
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松原集落まで下りてきたが、矢筈山へ行く道がなんとも心細い。
お昼も食べたいし、やはり登山は断念した。
姫島庄屋古庄家を見学して、島めぐりを締めくくることにしよう。

姫島港前の信号を過ぎると、「官庁街」となる。
その中に、いくつか食堂があったので、目を付けておいた。
姫島中央公園には
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姫島の伝説あれこれを書いた説明板や
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大きな黒曜石が展示されていた。
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こちらが、姫島村役場。姫島村は大分県唯一の村だ。
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姫島村のマンホール。中央は村章。周囲に村の木クロマツと村の花ノジギク。
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姫島小学校。
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若者宿城山。私は泊まれないの?
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古庄家近くの家並み。
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旧姫島郵便局。
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その隣が、庄屋だった古庄家。
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門の中に入ると、巨大な母屋が。
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古庄家は鎌倉時代の建久七年(1196年)、鎌倉から豊後に入った大友能直の家臣古庄四郎重吉を祖とする。
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文禄二年(1593年)、大友氏が秀吉の怒りに触れて所領を没収されたため、古庄徳右衛門は諸国を流浪。慶長十五年(1610年)、姫島に渡り、元和八年(1622年)、島民に推されて里正となった。
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以来、明治4年(1871年)の廃藩置県まで12代250年にわたり、杵築藩に属する姫島の庄屋として村を治めてきた。
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この建物は天保十三年(1842年)に完成したそうだ。
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こちらは、藩主のために普請された「お成りの間」。
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庭園。
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この大きな平石は、藩主の駕籠を下ろすために置かれたもの。
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というわけで見学終了。
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このあと、まだ時間がありそうなので、ジオパークのガイダンス施設「天一根」に立ち寄った。
天一根(アメノヒトツネ)とは「古事記」に記されている女島(姫島のこと、とも)の別名である。
ささっと見て出るつもりが、職員の女性に張り付かれてしまった。
一つ一つ説明してくれるので、時間を気にしながらも、ありがたく拝聴していた。
「金(かね)」集落の名の由来についても、彼女に聞いた。
そして、姫島が車エビの一大養殖地であることを、ここで初めて知った。
「じゃあ、お昼を食べるなら、やはり車エビですかね」と聞いたら、「地元の人はそんなに食べませんが、観光の方はやはり食べますね」とのこと。
港近くの「かのや」で出しているエビタコ丼が美味しいと薦められたが、「あ、今日は休みだったかも」という。

時間が迫っていたので、確認に行く余裕はなく、さっき目を付けておいた「姫之家」に入った。
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平日なのに、わりと混んでいる。
「時間かかりますか」と聞いたら、「すぐ出ますよ」というので、食べていくことにした。

塩焼き定食にするか、エビフライ定食(1570円、それなりに高い)にするか迷ったが、殻を取るのが面倒だと思い、エビフライにした。
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でも考えてみたら、塩焼きも殻を取って焼いてくれたのかもしれない。
聞けばよかった。実はあまり、フライは好きではないのだ。

でも、肉厚でほくほくして、美味しかった。
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ご飯の量も多く、満腹になってしまった。

食事が出てくるのを待つ間、時間節約のため、外に出て、隣にあった大帯(おおたら)八幡社を撮影しに行った。
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店を出たところで12:40。
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どうやら余裕で船に間に合いそうだ。
まずは、レンタサイクルを返却。
使用時間は3時間半だった。4時間扱いで500円になるところを、450円に負けてくれた。
親切だ。

少し時間があったので、港に隣接した公園を散策。
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ここには満潮になると海水が溜まるのだろうか。
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矢筈山には、ちょっと未練がある。
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でも、たぶん二度と来ることはないだろうなあ。
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フェリーターミナルの展望台にも寄った。
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出航数分前に乗船。
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チケットは回収されてしまうので、記念に写真を撮っておいた。
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帰りは大人しく船室に座っていた。

車を預けたのは8:30、戻ってきたのが13:25。
ほぼ5時間きっかりで駐車場代は730円で済んだ。
伝説の島、姫島周遊。駆け足だったが、十分楽しめた。
それでは、ナビを両子寺に合わせて、両子山登山に向かおう。

(おわり)
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姫島(3)

【2017年3月15日(水)】姫島
ひめしまブルーラインを走って、稲積集落へと入ってきた。
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東浦(稲積)漁港の向こうに国東半島が望める。
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なんと、バス停があった。
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村営の巡回バスが運行されているようだ。

ここは県道686号線の起点にもなっている。
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稲積漁港を通過すると、本格的な登りになる。
変速機付きの自転車だったので、ギアを軽くして、下りずに登った。
大学時代は自転車部じゃったけんね。

その登り坂の序盤に、姫島七不思議のひとつ「阿弥陀牡蠣」の標識があった。
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この先、灯台の崖下にある海蝕洞の中に、牡蠣が無数に群生している。その牡蠣が阿弥陀三尊の形に似ているらしい。その牡蠣を食べると腹痛を起こすそうだ。

種彦の歌は「いかで我 興津いくりを めぐりつつ 龍のみやゐに 舟やとめけん」。
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ただ、船で行かないと、この七不思議は見ることはできない。

このあたりからの国東半島の眺めも実に美しい。
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左手は平坦地となっている。春には畑になるのだろうか。
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坂の途中に七十一番弥谷寺。
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矢筈山(266m)と国東半島。
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稲積漁港の防波堤。
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灯台の駐車場に自転車を停めて、石組みの道を灯台に向かう。
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手前に灯台公園があったので、先にこちらに寄り道。
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園内には、「ハートの切り株」が縁起物のように保存されていた。
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ここ灯台公園は、姫島随一の桜の名所だったが、オオシマザクラの古木が台風のため倒れたので伐採したところ、ハート形の切り株が現れたという。
姫島には「姫」にまつわる伝説が数多くあることから、この切り株も「お姫様の神秘」が生み出したものとして大切にされているのとことだ。

ふ~んと思いながら、灯台の敷地に足を踏み入れる。
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灯台は石造りの歴史的な建造物であった。
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灯台守の方なのか、年配のご婦人が声をかけてきた。
「どこからかね」
「埼玉です」
「そりゃ遠くから。灯台はあいにく今閉まってるんよ。4月からは開けておくから、自由に中に入れるんだけどね。よかったら、入るかい?」
「え、いいんですか。中に展望台みたいなのはありますか」
「あるよ」
「じゃ、お願いします」
「そうかい、じゃ、ごゆっくり」

え? 開けてほしいとお願いしたつもりだったのに、なぜか「結構です」と言ったように勘違いされてしまった。
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また頼むのも億劫だったので、内部見学は諦めた。
もともと、そのつもりもなかったし。
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姫島灯台は、姫島の東端、柱ヶ岳鼻の標高57mの崖の上に建てられている。
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明治37年(1904年)の点灯で、光の届く距離は20海里(約37km)。
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昭和38年から無人化されている。
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高さ12mの石造りで、徳山産の花崗岩が用いられている。
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ここからの国東半島の眺めも絶景だ。
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見えているのは、これらの山々。
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北東には祝島。
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北には瀬戸内海をはさんで山口県。
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沖合を大型船が行き交う。
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眼下には阿弥陀牡蠣が生息しているはずだが、もちろん見えない。
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謎の石囲いを確認して、灯台見学終了。
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梅が満開だった。
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軽快に坂を下りながら、東浦(金)漁港方面を望む。
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バシャバシャ遠慮なく撮っているうちに、カメラのバッテリーの残量表示がとうとう1本になってしまった。
こうなると、もう切れてしまうのは時間の問題である。
ちょっと気が重い。

もう春ですなあ。オスペオスペルマムとオオキバナカタガミ。
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姫島七不思議の4つ目「浮田」。
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お姫様(比売語曽の神)が島民を救済するため、夫婦大蛇の住んでいる池を埋めて、田んぼを作ったが、その際、誤って雌の大蛇を埋めてしまったので、田んぼが浮かぶように揺れるようになったという。

このあたりのことなのか。
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種彦の歌「たまちはふ 神代もきかず 白波の 上にただよふ 浮田ありとは」。
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こちらの石碑にも同じ歌が刻まれている。ここには古い歌碑も残っているということなのだろう。
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近くのお墓にはリナリアが咲き乱れていた。
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墓地内に六十八番神恵院。
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稲積集落を後にし、両瀬地区に向かう。
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このあたり、砂州でつながったトンボロ地形になっており、風が強い。
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間もなく、拍子水温泉に到着。
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ここには、金(かね)火山の噴火によって流れた溶岩が冷えて固まった「金溶岩」の様子を見ることができる。
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拍子水も七不思議のひとつ。
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お姫様がお歯黒をつけた後、口をすすごうとしたが、水がなかった。そこで、手拍子を打って、天に祈ったところ、岩の間から冷泉が湧き出したという。
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種彦の歌「尋ねこし 松のれうかれて 歌ひまふ こころも赤き 八開手(やひらて)の水」。
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ここで、とうとうシャッターが切れなくなってしまった。
やむを得ず、スマホに切り換える。
幸い、天気がいいので、そんなに色は悪くならないだろう。
でも、スマホのバッテリーが切れたらおしまいなので、それまで作動させていた山旅ロガーをここで中止することにした。

拍子水温泉は源泉温度25℃の炭酸水素塩泉。
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色からして、鉄分も多そうだ。
炭酸泉とのことで温泉に入ってみたかったが、時間の都合で諦めた。

温泉に隣接して、比売語曽社が鎮座している。
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比売語曽の神とは、白石から転じて生まれた神様である。
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案内板によれば、垂仁天皇の御代、意富加羅国(おほからのくに)(現在の韓国南部)の王子、都怒我阿羅斯等(つぬがあらしと)が自分の牛を食べてしまった群公に代償を求めると、群公は白石を与えた。
その白石は美女に変わったので、阿羅斯等が求婚すると、美女は消えてしまい、豊後姫島に渡って、「比売語曽の神」になったという。
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「日本書紀」に載っている話だそうだが、実際には姫島に渡ったとまでは書いておらず、国前郡としか書かれていない。
まあ、とにかく旅の安全を祈って参拝。
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本殿と奥宮にもお参りした。
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こちらは比売語曽社に隣接している拍子水観音。
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次に、東浦(金)漁港に立ち寄った。
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少し内陸に入ると、6つ目の七不思議「かねつけ石」。
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お姫様がお歯黒をつける際、筆と猪口をこの石の上に置いたところ、石にその傷が付いたという。別名「おはぐろ石」とも呼ばれる。
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この○と線がその傷なのだろうか。よく分からない。
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種彦の歌「昔こそ さもなとし思へ うつもれて 何のみのこる かねつけの石」。
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すぐ近くに鳥居あり。
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神社ではあるが、永徳寺「鉄奬(おはぐろ)橋大師」(四国八十八ヶ所の番外札所)の説明がある。
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弘法大師が四国巡礼の折、永徳寺付近で日が暮れ、泊まるところもなかったので、橋の下で野宿をした。一夜のことではあったが、十夜の長さにも感じられたというので、この橋のことを十夜ヶ橋と呼ぶという。
それが、なぜか姫島で「おはぐろ橋」となって金川のたもとに祀られていた。
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(つづく)
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姫島(2)

【2017年3月15日(火)】姫島
姫島港に近い、まるい商事というお店でレンタサイクルを借りた。
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料金は2時間まで300円、以後1時間ごとに100円だそうだ。
「岬まで行くなら、海岸沿いに行った方が、坂がなくて楽ですよ」と教えてくれた。

カメラは方からたすき掛けにし、ザックはカゴに入れた。
地図はザックから半分覗かせるようにしておいた。
わりと暖かいので、ダウンは脱ぎ、ウインドシェルに着替えて走った。
メインロードにはちゃんと信号もあった。

まずは黒曜石の露頭がある観音崎に向かう。
途中にあった赤れんがの建物は、旧熊本塩務局姫島出張所の倉庫。
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姫島では江戸時代初期に塩田が開発されたが、昭和34年にその歴史を閉じたという。

路地や古い木造家屋が離島らしい。
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路傍には萬霊塔や謎の石碑。
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石仏も石の祠に納められている。
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左手に城山、右手に北浦漁港を見ながら北上する。
行き止まりが観音崎への登り口。
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目の前は瀬戸内海だ。
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この沖合に姫島の七不思議の一つ「浮洲」があるとのこと。
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海上に浮いているように見えるそうで、その上に祀られている高部様と鳥居は満潮でもどんな時化の時にも海中に没することがないという。

あれのことだろうか。
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傍らにある歌碑は江戸時代後期の人、柳亭種彦の作。
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「汐にみつ ままにうきける わらはしの 神のしらする 浮洲なれこそ」

ここにおおいた姫島ジオパークの案内板があった。
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ここは観音崎火口の跡だそうだ。

もう一つの七不思議、観音崎の千人堂の説明もここにある。
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何が不思議かと言うと、大晦日の夜、2坪余りしかないお堂の中に、債鬼(借金取り)に追われた善人を1000人もかくまうことができるからだという。

種彦はこう詠んだ。「玉くしけ 二見の浦を ふたたびと なほうきたしの 昔をぞ思ふ」
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ここにも2人ペアの石仏。第五十番の番号がふってある。
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自転車はここに置いて階段を登っていく。
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振り返ると矢筈山(266m)。
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登り切ったところにも石仏の安置された祠がたくさん。
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第四十八番西林寺とあるところをみると、これは四国八十八ヶ所霊場になぞらえたものらしい。

49番浄土寺。
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34番種間寺。
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47番八坂寺。
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35番清滝寺。
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36番青龍寺。
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順番がそろっているようでもあり、バラバラでもある。

ここは斗尺岩の展望台になっている。
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右手に千人堂がちらり。
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これらの岩に囲まれた湾が、火口なのだそうだ。
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直径は70mほどだという。
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なお、姫島の西浦沖は元治元年(1864年)8月、英米仏蘭の4か国連合艦隊が下関を砲撃する前に、艦船17隻が集結した場所だそうだ。
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説明板の写真は、旗艦ユーリアラス号(英)に乗船していた写真家F・ベアトが撮影したもの。

当時幕府の軍艦奉行だった勝海舟も下関戦争終結後の同年8月14日、情報収集のため当地を訪ねており、「こんないい月にここえ来たのは仕合せだ」と語ったらしい。
DSC_9398_201704021828002f1.jpg

この先、たくさんの石仏に見守られながら、千人堂に向かう。
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さっきまで晴れていたのに、にわかにかき曇り、不穏な雰囲気になってきた。
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石仏はここ観音崎に、かなり集中しているようだ。
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回り込んで湾を見ると、火口のイメージがより一層湧いてくる。
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これが千人堂。
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ここは黒曜石の産地でもある。
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この断崖が黒曜石でできているのだろうか。
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乳白色の黒曜石の断層が高さ40m、幅120mにも及んでいるという。

千人堂の扉を開けて参拝。
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本当に天気が怪しくなってきたので、足早に引き返す。
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とくに罰当たりなことはしていないと思うが
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途中から雨がポツポツ落ちてきた。
え~、ちょっと雨は想定していなかった。
あわてて階段を下りて、東屋に避難。
雨具までは持ってきてないぞ、これは困った。
でも、一瞬のにわか雨のようにも思えたので、そのまま出発。
直に晴れてきたので助かった。

来た道を引き返し、姫島港前で左折。
右手に何か見えたので行ってみた。
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この隣に、今度は藤木氏の功徳碑。余程、尊敬されているのだろう。
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その先には妙見社。
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祀られている天之御中主命(あめのみなかぬしのみこと)は、流れ漂う姫島を千本の矢でこの地に止めたという。
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しばらく走ると、ビーチに出た。
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姫島海水浴場である。
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広大な白浜の向こうに国東半島の山々が望める。
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実に美しい。これは絶好のロケーションだ。
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シーズンオフなので誰もおらず、独り占めした気分。
夏は本土からの海水浴客でごった返すのだろう。
対岸には国東半島のぼこぼこした山並みが見えて、これまた素晴らしい眺めだった。

島の南岸を走る、ひめしまブルーラインを経由して、東端にある姫島灯台に向かう。
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潮風に吹かれて、気持ちがいい。

このあたりにも「おおいた姫島ジオパーク」関連の見どころがたくさんあった。
これは鷹の巣と呼ばれる海蝕崖。
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灯台のある東浦方面を遠望。
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東の沖合に浮かぶのは、山口県の祝島。
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タンカーのような船が瀬戸内海を渡っていく。
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大海漁港を通過。
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その先に現れたのは「大海のコンボリュートラミナ」。
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瓦のような模様の地層は、火山活動に伴う地震の揺れで、上下の固い地層に挟まれた軟らかい地層が液状化現象を起こし、変形したものと考えられている。
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スイセンが潮風に揺れていた。
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何か肥料らしきものを海に撒いている。昆布漁関係だろうか。
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これまた激しい褶曲構造だ。
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ここはまるで地学の標本室のようだ。
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かと思えば、こんなおちゃめなお地蔵さんも。
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番外鯖大師本坊「灘見大師」。
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番外とは、四国八十八ヶ所の番外という意味かしら。
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ハイタテノ鼻方面を振り返る。
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分かれ道にあったのは、阿津満津大師。
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弘法大師の休息所跡だそうだ。

(つづく)
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姫島(1)

【2017年3月15日(水)】姫島
湯布院温泉の素泊まり専門宿「由布の小部屋みずうち」に宿泊した。
朝は6時前くらいに目が覚めた気がする。
濡れたものを乾かすため、エアコンを付けっ放しにして寝たので、喉がガラガラだ。
でも、心配だった靴も乾いていたので、ひと安心。
窓の外を覗くと、なんと由布岳(1583m)に厚い雲がかかっている。
しかも、見えている山腹も雪で真っ白。
う~ん、どうする? 決められないまま、とりあえず出発の準備。
昨日、セブンイレブンで買ったサンドイッチとパンの朝食を部屋で済ませる。
顔を洗い、歯を磨いて、パッキング。
その間に雲が取れることを祈っていたが、変化はない。

決断できないまま、7:00に出発。
DSC_4095_201704011424112db.jpg
この宿は離れにある受付のキーボックスに部屋の鍵を返却しておけば、自動的にチェックアウトになる方式
おばちゃん一人で切り盛りするには合理的なシステムだ。

それはともかく、由布岳を改めて見てみると、こんな状態。
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しかも風が強いという予報だった。
よし、由布岳は明日にしよう。
下界の天気自体は悪くないから、姫島を観光して、できたら両子山(721m)にも登ってしまおう。
標高はそれほど高くないから、雪が積もっているということはないだろう。

ナビを姫島へのフェリーが出る伊美港に設定して、車を走らせた。
ナビによると、伊美港の到着予想時刻は8:49。
ちなみに、出港時間を確認したら、なんと8:40。その次は9:50。
1時間も無駄にしたくないので、何とか8:40の便に乗りたい。
まあ、この到着予想時刻というのは、どんどん早くなっていくのが通例なので、そんなに心配しないでいた。
でも、これがなかなか減らない。
本州のレンタカーのカーナビは、一般道30km、高速80km程度に設定されているような印象があるが、このレンタカーは一般道40km、高速100kmの設定になっているのではないか。
不案内な土地で飛ばすと危ないので、のんびり走るつもりだったのに、この調子では間に合わない。
内心ちょっと焦った。
とくに都市部に入ると、通勤ラッシュ時間と重なり、むしろ予想時刻が遅くなったりもする。
伊美港の駐車場の場所も実はよく分からないし、駐車場から港への距離も分からない。
今日行くつもりではなかったので、詳しくは調べていないのだ。
余裕を見て、8:30着が目標なのだが、表示は8:35前後でうろちょろしている。
それでも、豊後高田市街を抜けると、やっと先行の車がいなくなり、飛ばすことができた。

最終的には、8:25に駐車場に到着。
DSC_4099_201704011424164dc.jpg
しかも、港は目の前。これなら余裕だ。
駐車場料金は5時間730円、それ以上10時間までだと、もう少し高い。
5時間で戻るのは難しいなと思っていたので、窓口のおじさんに「10時間で」と言ったら、「え、10時間?」と驚いた顔。
「ええ、5時間で戻れるかどうか分からないので」
「だったら、後でいいよ」
とのこと。お言葉に甘えさせてもらった。

島にザックの荷物をみんな持っていく必要はないので、カメラとダウン、飲み物、行動食のパンだけアタックザックに入れて出発。
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フェリーのりばで往復券を購入。1140円だった。
ネットで見つけて、せっかく持ってきた観光マップのコピーを車内に忘れてしまったので、乗り場のスタンドからパンフレットをゲット。

外に出て、港から姫島を望む。
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港の写真などを撮影して、悠々と船に乗り込んだ。
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第一姫島丸は2000年の就航で定員は211人。全長46.5mで総トン数は199トンだ。

ここまでスマホで写真を撮ってきたが、乗船後、一眼レフに切り換えようとして愕然。
なんとメモリーが入っていない。
そうだ、昨日パソコンに差し込んだまま、戻していなかったのだ。
どうする? スマホで代用するか?
ふと時刻を見ると、8:37。
船員さんに、「忘れ物をしたので、駐車場まで取りに戻っていいか」とお願い。
「あと3分だよ」という声を背中に受けて、全速力で走った。
幸い、メモリーは無事回収して船に戻れた。
船員さんは「あと1分あるよ。大丈夫」と笑っていた。
これで心置きなく写真が撮れると思ったら、今度はバッテリーがかなり減っている。
ついでに、コンパクトカメラも持ってくればよかったのだが、もう後の祭り。
予備のバッテリーを忘れてしまったのが、そもそもの失敗だった。
結果的に、途中で電池切れになってしまい、スマホのお世話にならざるを得なかった。
全く、ボケているわい。

とにもかくにも、20分の船旅を楽しむ。
DSC_9325_201704011423511b6.jpg
(矢筈山)

8:40、定刻通り出港すると、第二姫島丸が姫島から戻ってくるのとすれ違った。
DSC_9327_2017040114235464d.jpg

船上からの姫島。
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徐々に伊美港から離れていく。
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その向こうには国東半島の山々が見えてきた。
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ポコポコと面白い景観だ。
DSC_9332_20170401142330eb7.jpg

国東半島の海岸線は実はかなりギザギザしている。
見えているのは、おそらく亀崎。
DSC_9333_20170401142332476.jpg

姫島の西部に位置する達磨山(105m)。
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平らな部分は松浦集落あたり。
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国東半島を振り返って、千燈岳(606m)。
DSC_9336_201704011423011eb.jpg

中央が小門山(535m)。左が大嶽山(561m)。
DSC_9337_201704011423036c9.jpg

右手に金比羅鼻。
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伊美港。
DSC_9340_2017040114222633d.jpg
しばらくデッキで、以上のような島や本土の写真を撮っていたが、船が島に正対すると、客室が邪魔になって写真が撮れなくない。やむなく、しばらく客室に引っ込んでいた。

島が近づいてきてから、またデッキに出て、再び撮影開始。
達磨山。
DSC_9341_2017040114222732a.jpg

島の西端は変わった地名だが、ス鼻。
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城山(62m)。
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矢筈山。
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国東半島の山々。
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なだらかな山が両子山だ。
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国東半島の西半分。
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間もなく姫島港に入港する。
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風はあるが、波は比較的穏やかだった。
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いよいよ接岸だ。
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離島はどこに行っても、わくわくする。
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達磨山は左手に移った。
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9時ちょうどに姫島に到着。
アサギマダラが歓迎してくれた。シーズンは5月だそうだ。
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「俚謡碑」があった。俚謡とは民謡のこと。
DSC_9354_201704011421430fa.jpg
「瀬戸の姫島みどりの小島 通い船なら灘一里 灘一里」とある。
新民謡で、「観光姫島小唄」というタイトルの唄だ。

姫島を訪ねることなど、今回大分に行くことを決めるまで、想像もしていなかったので、予備知識はほとんどない。
以前、考古学にからんだ仕事をしていた関係で、黒曜石が採れる島だということだけは知っていたが。

島は意外に広く、東西7km、南北4kmもある。
面積は約7㎢で、人口は1930人。
島内はレンタサイクルで回るつもりだ。
事前の検索では、港に3軒レンタサイクルの店があるとのことで、港に面して並ぶ土産物店に早速行ってみた。
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すると、なんとどの店も鍵がかかっており、本日休業である。
じぇじぇじぇ~。
平日で観光客はほとんど見込めないから休んでいるのか、それとも定休日なのか。
途方に暮れてしまい、苦笑い。
なかなか、行き当たりばったりの旅は通用しなくなってきたなあ。

タクシーを借り切るのも物入りだし、歩いて回れる範囲で歩くかあと諦めムードの中、隣にあった南浜公園に足を踏み入れる。
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この島で産出される大きな黒曜石が、どんと置かれていた。
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そして藤木熊雄氏の銅像。
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藤木氏は明治44年、姫島に生まれ、村議会議長を9年、村長を20年務めた方だそうだ。

その隣に矢筈山を詠った宝月の詩碑。
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「大海中分玉女峰」に始まる漢詩で、孤山の「赤間関」、道載の「鹿児島城」とともに九州の三絶と呼ばれている。
宝月は江戸時代中期の人で、久留米出身の高僧。

公園を出たら、なんと向かいにシャッターが開いている店があるではないか。
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しかも自転車が置いてある。
救われた思いで店の方に聞いてみると、レンタルOKとのこと。いやあ、助かった。

(つづく)
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小豆島(12)

【2017年2月18日(土)】小豆島
小豆島オリーブ園での昼食を終えて、土庄のレンタカー屋へ向かう。
無事故無違反で車を返却し、土庄港まで送ってもらった。

小豆島フェリー高速艇のターミナルには13時20分過ぎに到着。
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まずは、チケットを購入。料金は1170円。フェリーの倍近い。
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まだ時間があるので、近くを散策した。
「二十四の瞳」にちなんだ「平和の群像」があった。
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当時の文部大臣が碑文を寄せている。
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除幕は昭和31年11月のことだった。
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隣には、小豆島バス(経営悪化のため、2010年、小豆島オリーブバスに路線バス事業は移譲)の会長だった堀本文次翁の銅像。
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オリーブの歌の歌碑も。
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服部良一の作曲のようだが、全然知らなかった。YouTubeで確認してみたが、やはり聞いたことがなかった。
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企画は堀本氏だそうで、歌は昭和26年に世に出され、二葉あき子が歌っている。

こちらはオリーブの女神。
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波止場の近くには、俳人尾崎放哉上陸地の碑もあった。
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種田山頭火と並んで自由律俳句で有名な人で、「眼の前魚がとんで見せる 島の夕陽に来て居る」の句が刻まれていた。
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ターミナル前のロータリーの真ん中には、やはり「二十四の瞳」関連。
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コトやんやそんきなど、登場する12人の子供たちのあだ名を刻んだ石が「おなご先生」をとりこ囲んでいた。
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そろそろ時間なので、乗船するとしよう。
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船は高速艇スーパーマリン。
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高松までフェリーの倍の速さ、30分で結んでいる。
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帰りは、天気もそれほどよくないし、船内で大人しくしていた。
シートのカバーは「かどやの純正ごま油」だった。
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あっという間に、高松港に入港。
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2日ぶりだが、スマイルの高松駅が懐かしい。
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帰りも快速マリンライナー。
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発車まで20分も時間があるので、席だけ確保して、構内を探索した。
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こちらは松山行きの特急いしづち15号。
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岡山発のいしづちには去年乗った。
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観音寺行きの普通列車。
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「アンパンマン」の作者やなせたかしは、高知の出身。
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「うどん駅」の記念スタンプもできていた。
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四国でも新幹線を誘致しているとは。
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瀬戸大橋の完成で廃止になった宇高連絡線をしのぶ讃岐うどんの店。
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マリンライナー40号は14:40発車。
ビールは新幹線までお預けにして、ここでは大人しくしていた。
往路とは逆に陣取り、瀬戸大橋では右手の方角(東側)を眺めていた。
15:32岡山着。
予定より1本早い快速に乗ったので、指定席をとってある新幹線までまだ時間がある。
新幹線も1本早いのにすべく、窓口に行ったら、幸い空いていたので変更してもらった。

というわけで、15:49発ののぞみ36号東京行きに乗車。
さっそく、ビールでプチ打ち上げ。
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つまみは、ベイリゾートホテル小豆島でもらったタケサンフーズのあげせん「島の味」。
歌舞伎揚げによく似ているが、より素朴な味わいだった。

ビールはロング缶だったのに、あっという間に飲み干してしまい、ホテルで買った吟醸酒「森」を開けてしまう。
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愛用の木製カップで、ちびちびと飲んた。

あげせんをたくさん食べてしまったのに、18時頃になったら、もうお腹がすいてきた。
やはり、この旅で胃が大きくなってしまったようだ。
岡山駅で買った駅弁「下津井旅情」を開く。
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おかずの種類も多く、さすがにお腹いっぱいになった。
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19:13定刻通り東京駅に到着。
東西線、西武新宿線経由で、21時前に帰宅した。
そういえば、手延べそうめんもお土産に買ったのだった。
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35年ぶりの再訪だったが、岬の分教場以外記憶になく、ほぼ初めての小豆島と言ってよかった。
瀬戸内海の島をほかにもあちこち回りたくなったが、なかなかそんな機会もないだろう。

追記
2年ほど前から旅を詳細に記述するようになって以来、その執筆に膨大な時間を要し、プライベート生活に甚大な支障を来すようになった。
これでは本末転倒なので、今までのような方式は今回限りとし、次回以降はダイジェストの形で報告させていただく。
とくにご迷惑をおかけすることはないと思いますが、引き続き、お付き合いのほど、よろしくお願い致します。

(おわり)
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