山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

伊達散策(下)

【2018年5月14日(月)】伊達
伊達市に出張中。帰りの列車の時間まで市内を散策している。
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フロンティア街道と北の湘南街道(市役所前の通り)の交差点に平和の鐘なるものがあった。
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伊達紋別駅に設置されていた鐘(米国製)だが、開拓と1945年の伊達空襲の生き証人として、この地に移されたそうだ。
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どぎつい名前のラーメン屋さん。
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伊達紋別駅に向かうフロンティア街道から外れて、ちょっと相馬神社に寄り道。
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1923年(大正12年)の創建だそうである。
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立派な社殿だった。
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伊達は建物がよく更新されていて、古い家屋はわりと少ないのだが、これはその貴重な例。
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妙栄寺前を通過。
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生紋鼈川。
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地形図には「気門別川」と記されている。
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古い表記なのだろう。
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川の西岸にそびえるのは館山(標高約40m)。
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なんかの工場かしら。赤れんがの煙突が古さを物語っている。
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橋の名称は「館山橋」。
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館山に登れるようなので行ってみた。
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「山」という名前が付いているので、1座稼げる。
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ちょっと登っただけで、噴火湾が見えてきた。
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頂上は比較的平坦で、公園になっている。
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まずは頂上に向かう。
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たぶん、山名板などないだろうけど。
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ここから昭和新山が近く見えたが、また鉄塔が邪魔だった。
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タコの滑り台がある砂場で子ども達が楽しげに遊んでいた。
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何かのモニュメントかな。
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国際ロータリークラブの「4つのテスト」だった。
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伊達紋別岳(715m)がよく見える。
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稀府岳(654m)も。
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空が青いね~
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館山は桜の名所でもあるそうだ。
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住宅地の向こうに牧草地が見える。
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館山という名前からして、城跡と思われるが、確かにそれらしき堀がある。
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やはり、アイヌのチャシ跡だった。
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静内にあるシャクシャインの砦をしのぐ規模なのだそうだ。
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というわけで、頂上らしき場所に着いたが、やはり「館山」の看板がなかった。
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立ててほしいなあ。
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では、まあ下山するとしましょう。
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幼稚園の時、伊達に住んでいたが、おそらくここに来たことはないと思う。
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記憶にないだけかもしれないが。
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室蘭方面の眺め。
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噴火湾越しに駒ヶ岳(1131m)も望めた。
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下界に下りてきた。もう、いい時間なので駅に向かう。
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駅前ぶらぶら通りというらしい。
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市街地は駅からちょっと離れており、このあたりはちょっと寂しげだ。
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でも、ステーションホテルサンガはちゃんと現役で頑張っている。
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市民キャストで室蘭製鉄業の祖、井上角五郎を取り上げた舞台があるらしい。
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16:50ちょっと前に伊達紋別駅に到着。
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ホームに出て、17時ちょうど発の特急スーパー北斗15号を待つ。
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伊達の歴史に触れた出張であった。
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北斗は定刻通り到着したが
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千歳あたりで先行列車の遅れにより、5分ほど遅延して、18:50前くらいに札幌に到着。
会社でちょっとだけ仕事をして帰宅した。

(おわり)
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伊達散策(中)

【2018年5月14日(月)】伊達
午前中の仕事を終えて、伊達市開拓記念館の敷地内を散策中。
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こちらは1915年(大正4年)に建立された開拓記功碑。
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開拓の指導者、伊達邦成公(左)と家臣田村顕允(右)の銅像。
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伊達家の居所でもあった迎賓館。
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枝垂桜の向こうには伊達紋別岳(715m)。
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ここで散策は打ち切り、呼んでおいたタクシーに乗って、伊達市噴火湾文化研究所に向かった。
ここで1時間ほどお仕事。
その後、仕事相手の方のご厚意で伊達開拓ゆかりの場所をいくつか案内していただいた。
まずは、水神の森。
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開拓に不可欠だった水を引くため掘割を切った場所の一つだ。
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伊達邦成主従の功労を記念して、ここに水神の碑が建立された。
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1893年(明治26年)のことである。
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碑には、開拓の経緯などが刻まれている。
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開拓が成功し、邦成公は華族に列せられたとある。
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伊達は、北海道の他の地域と比べても、開拓が順調に進んだ地であった。
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次に訪ねたのは、開拓者たちを見守ってきた鹿島神社の跡。
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ここに邦成公の子息・基の歌碑が立っていた。
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原碑の模刻によると、「うつし植え松と杉とをためしにて君が八千代にあわんとぞおもふ」
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1915年に詠まれたものである。

その隣には家臣の佐藤脩亮が詠んだ「桜小路」の地名にちなんだ歌「君住まばうす山桜ことしより なおひとしほの色香をぞ添ふ」の歌碑が並んでいた。
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ここから東に、開拓地と稀府岳(702m)を望むことができた。
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こちらは伊達紋別岳。
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その頂上付近はササ原になっている。
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今、市内にある農家のほとんどが当時の移住してきた伊達家臣の子孫だそうだ。すごい。
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伊達家菩提寺の大雄寺に移動。
伊達邦成公とその母保子様の木造が安置されていた。
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それぞれ表情が安らかである。
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仕事先の方には道の駅まで送ってもらい、予約している特急の時間まで、もう少し伊達市内を散策することにした。
トイレを済ませて記念館の方に歩き出すと、さっきは見逃していた歌碑があった。
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先ほども登場した佐藤脩亮の地名由来碑である。
ここ梅本町の由来を歌にしている。
「消え残る雪のうちより咲出でてちるをいそがぬ梅の本つ枝」
梅本町は私がかつて住んでいたところだ。
佐藤は伊達市内の町名20か所について歌を残しており、伊達市郷土研究会がその歌碑を順次建立してきた。

再び迎賓館。
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今度は敷地内には入らず、外から園内を覗きつつ、伊達高校に向かう。
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途中で見かけたタンポポ畑。ものすごい密集度だった。
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ここを卒業したわけではないが、自宅から近かったので親近感がある。
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昔の校門跡。
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建て替えられる前は、玄関は海に向かってあった。
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伊達市のマンホール。桜と川をあしらった市章が中心にある。
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私が卒園した伊達幼稚園(左)。
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卒園したのは1969年なので、もう半世紀前。当然ながら建て替えられている。
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隣に伊達教会。幼稚園は教会の経営である。
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もう一度、大雄寺に足を運び、境内を改めて見学させてもらった。
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門の両側には仁王像。
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参道を行く。
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徳海院寂光良然居士の石碑。
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開拓農家片平コノの一人息子亀吉が1882年(明治15年)木材伐採中に事故で死亡。
菩提供養のため、コノは本堂の土地として4反歩を寄進した。
これが大雄寺発展の基礎のなったため、この墓碑を境内に移して永代供養したのだそうだ。
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石仏や無縁供養塔。
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怪獣の口のような岩。有珠山の溶岩だろうか。
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ここにも佐藤氏の地名由来歌碑。
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網代町と南小路について詠んでいる。
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それぞれ「網代もるひ魚のよるや待ちふけぬ つきかげ寒きうすのかわなみ」「めぐる日のしばしとどまる中空は ひだりも右も南とぞしれ」
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1906年(明治39年)に完成した本堂。
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碁を楽しむ小坊主たち。どんな意味があるのだろう。
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小さなお堂。
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「おねがい地蔵」。新しいものが多い。
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「徹山閣」
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山号は胆振山。1880(明治13年)に創建された。
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わりと大きな墓標が並ぶ。みな伊達家の家臣たちだろうか。
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かわいらしい水かけ地蔵。
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用途はよく分からないが大雄殿。本堂からちょっと離れた場所にある。
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かなり風化が進んで読めなくなってしまった歌碑。
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庭園かな。
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ここに清水が湧いているようで、水汲みに来る方が、ひっきりなしだった。
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水神様も祀られていた。
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私もひと口飲んだが、まろやかで美味しかった。

入学して1か月だけ在籍していた伊達市立伊達小学校。
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当時はまだ町立だった。この校章、何だか懐かしい。
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桜を背にした二宮金次郎。
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当時はまだ木造校舎だった気がする。
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敷地内に「百年の樹」を名付けられた古樹があった。これは、にれ。
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こちらは、けやき。
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ここは、もともと伊達実業専修学校の跡地だったようだ。
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1925年(大正14年)に開校して、1941年(昭和16年)に閉校となった。
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校歌「有珠山麓の大沃野こそ・・」
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伊達小学校140周年記念碑。平成24年で140周年ということは1872年の開校だ。
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それでは駅に向かいましょうか。途中、当時母が入院していた赤十字病院が見えた。
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市役所前の通りを経由していくことにする。「あいあいタウン」のマスコット?
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有珠山を山号にしたお寺、紋鼈(もんべつ)寺。
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ちょっと境内を見学。
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明治期の開創である。
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親鸞聖人像。
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この地はもともと紋鼈と呼ばれていた。
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伊達市役所の前を通過。
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門はお城のようになっている。
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この通りはきれいに再開発されていた。
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不動寺は門前を通り過ぎただけ。
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水車川を渡る。
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(つづく)
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伊達散策(上)

【2018年5月14日(月)】伊達
この日は出張で伊達に行った。
伊達は幼稚園の頃、1年だけ住んでいた町である。
それとは関係なく、いろいろと縁があって、伊達にはその後何度も足を運んでいる。
今回は、午前10時半に、仕事相手と道の駅だて歴史の杜で待ち合わせ。
なので、札幌8:39発の特急スーパー北斗6号で出発。
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車内ではずっと、次の出張までに読み切らなければならない本を読んでいた。
札幌は天気が今いちだったが、太平洋岸に出ると晴れてきた。
車窓を眺めていたかったが、我慢して読書に勤しんだ。

10:20、定刻通り伊達紋別駅に到着。
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駅舎の写真も撮らず、タクシーで道の駅へ。
2時間弱で午前中の仕事は終了。

取りあえず腹ごしらえ。
道の駅の観光物産館の中にあるスーパーのような売店で買った瓶の牛乳(賞味100円)と、
やはり中にある焼きたてパンの店ブーランジェリーアイボックスで購入した
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エッグタルトとショコラパンでランチ。
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デザートに、ハンサム食堂の
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冷やしハンサムをいただいた。
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大判焼きのようなハンサム焼きにソフトクリームとあんこを添えたもの。
デザインは全くハンサムではないのだが、味はハンサムだった。

この道の駅は年間売り上げが全国一だという。
その秘密は、市内の農家が個別に出している安くておいしい野菜。
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100近いブースがあり
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品切れになりそうになると、すぐに連絡が入り、追加されるそうだ。
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ホウレンソウもチンゲンサイも1把100円だった。
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午後の仕事の時間まで、ちょっとあたりを散策してみることにした。
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ここには、体育館やカルチャーセンターなどが併設されている。
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伊達市は明治初期に亘理藩の伊達家が開拓して始まった町だ。
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この門はそれをイメージして作ったものだろうが、ここにお城が築かれていたわけではない。
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賊軍の汚名を着せられ、裸一貫でこの地に移住してきたので、あばら家を建てるのがやっとだった。
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石垣に登ると、南東に稀府岳(702m)、そのすぐ右後ろは鷲別岳(911m)が見える。
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東には伊達紋別岳(715m)が展開する。
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北西方向には越しに有珠山(737m)。
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照明塔が邪魔だが、昭和新山(398m)と羊蹄山(1898m)が重なっていた。
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園内ではツツジが見頃を迎えていた。
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おほり川を渡って、伊達市開拓記念館の方へ向かう。
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枝垂桜が満開で花見を楽しんでいる方々の姿が見られた。
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おほり川はもともとはシャミチセ川と呼ばれた。
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だて歴史文化ミュージアムは来春オープンの予定。もう建物は出来上がっている。
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さっきも説明したが、園内にはいろいろな施設がある。
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亘理伊達家の歴史を伝える開拓記念館も洞爺湖有珠山ジオパークの構成要素の一つだったとは。
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宮尾登美子記念文学館。彼女は伊達市近郊の山荘に5年ほど滞在し、「宮尾本平家物語」を執筆したとのこと。その縁で設置されたのだろう。
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道を挟んで向かいに、鍬入れの碑が立っていた。
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1869年(明治2年)4月17日に、初めてこの地に開拓の鍬が入ったのを記念した碑で、50周年の1919(大正8年)に建立された。

開拓記念館入口には「創治記念碑」なるものもあった。
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明治3年4月から伊達邦成がここにあった支配所で行政をつかさどったことが記されている。
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そのすぐ横にあったのは、伊達女子職業学校跡地の碑。
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同校は1922年(大正11年)7月5日に開校。10月25日に、この地に新校舎が落成した。
その後、伊達高等家政女学校、伊達高等女学校、伊達女子高等学校と変遷、1949年(昭和24年)、伊達高等学校と統合している。

その校歌が刻まれていた。
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私が伊達に住んでいた1968年当時、ここにあったのは伊達市立伊達中学校だった。
古い木造校舎だった気がするが、それは伊達女子高校の建物を譲り受けて使用していたということだったのだろう。
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というわけで、開拓記念館の敷地に入る。
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ここは子供の頃、「きねんかん、きねんかん」と呼んで、親しんでいたところだ。
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しかし、入るなりカラスの攻撃を受けた。
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いきなり後ろから爪で頭をひっかかれたのだ。
カラスは弱々しく見える女子を襲ったり、食べ物を狙ったりするとは聞いていたが、何も持っていない男を狙うとは、びっくり。
なめられてはいかんと、こちらも闘う姿勢だけは示したが、武器は何もない。
にらみつけ、殴りかかるふりをして威嚇してやったが、彼ら(2羽)は逃げるどころか距離を置いて、ずっとこっちの様子をうかがっている。
いつまでも付き合っていられないので、ファイティングポーズは止めて、目の前にある碑にカメラを向けたら、すぐにまた頭の横をかすめて飛んできた。
これはただのお遊びではなさそうだ。さっき食べたパンの包み紙がいい匂いを発しているのかと思い、レジ袋に入れてカバンの奥底にしまったが、彼らに背を向けると、今度はかなり強く私の頭をひっかいてきた。
この執拗な攻撃にピンと来た。
もしかして、この近くで雛でも育てているのではないか。

とにかく、目の前の伊達邦成公の歌碑だけ、ささっと撮影して、その場を離れることにした。
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すると、カラスは追ってこなくなった。
やはり、歌碑の前がデリケートゾーンだったのだろう。
ちなみに歌は「春に見し都の花にまさりけり蝦夷がちしまの雪のあけぼの」

伊達町百年記念碑。
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迎賓館。
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1892年(明治25年)に仙台の伊達邸を手掛けた田中長吉が棟梁として建てたもので、開拓の状況視察のため来道した政府高官や開拓使などの接遇に使用された。
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昭和10~30年まで伊達家の居所として利用されていたが、昭和30年に敷地とともに伊達市に寄贈された。
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裏には物置小屋のようなものも残っている。
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こちらは1873年(明治6年)に建てられた蔵。
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伊達家の先祖伝来品、伊達政宗関連資料、書物などを納めた長持30個ほどが保管されていたという。
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蔵と母屋。
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そのほかに神社らしきものも。
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記念館の敷地内は芝生でいい雰囲気。
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開拓時代以前からのものと思われる巨樹もあった。
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早くも紅葉しているように見えるが、若葉が赤いタイプの木なのだろう。
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こちらが博物館としての伊達市開拓記念館。
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伊達家から寄贈された武具や甲冑、書画などを保存・展示するため、1958年に開館した。
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だて歴史文化ミュージアムに移管するため、今年3月いっぱいで閉館している。
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記念館の裏には、旧三戸部家住宅。
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1872年(明治5年)に建てられた開拓農家である。

1969年に市内萩原地区から移築復元された。国の重要文化財に指定されている。
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その横におほり川が流れる。
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園内は遅咲きの桜が満開。
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花見を楽しむ家族の姿があった。
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八重咲きの桜のようだ。
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地面はタンポポが一面に。
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旧三戸部家の近くは野草園ということになっている。
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小さな池があった。迎賓館の庭園の一部だったのだろうか。
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こちらにも紅葉。
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開拓の祖、伊達邦成公。
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多くの家臣に慕われていたらしい。
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こちらは伊達家家老、田村顕允(1832~1913年)。
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彼なくして開拓は成功しなかったとも言われているそうだ。
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(つづく)




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2018増毛

【2018年4月15日(日)】増毛
今年2回目の増毛である。今回も仕事だ。
本当は仕事の場合、マイカー使用禁止なのだが、休暇ということにして、マイカーで出かけた。

9:30過ぎに自宅を出発。
国道231号を北上する。天気は雨。前回は雪だった。
ここのところ週末の天気はよかったのに、ちょっと残念。
沿道は雪解け直後ということもあり、フキノトウがたくさん生えていた。

浜益区濃昼のあたりで、ちょっと旧道に入ってみた。
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旧道自体はすぐに通行止めになった。
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徒歩なら抜け道はあるけれど。
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近くにあった小屋はバス停の跡か。でも、入口の向きがおかしい。
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ちょうどこの地点が濃昼山道の入口であった。
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濃昼山道は、1857年(安政4年)に幕府の命を受けた厚田場所請負人・濱屋与三右衛門が自費で完成させた、厚田区安瀬から濃昼までを結ぶ長さ11kmにおよぶ山道である。
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完成後は庄内藩による北方警備の要路として、また地域住民の生活道路として100年以上にわたり利用されていた。
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しかし、1971年に国道231号が開通してからは通行者が途絶え「忘れられた道」となっていた。
今は整備されて、気軽に歩くことができるようなので、いつか来ようと思っている。

山道のすぐ脇に沢があり、雪解け水が流れていた。
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振り返ると、濃昼の集落。
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フキノトウが一面に生えている。
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斜面にもたくさんあったので、若いのを中心に少し摘んでみた。
帰って、天ぷらにしたら、めちゃめちゃ旨かった。
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では、増毛に向かって出発。
浜益トンネルを抜けたところにある白銀の滝で小休止。
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5分ほど眠った。
国道231号は旧道も多いので、いずれ自転車で走りたいと思っている。
実は、大金をはたいてクロスバイクを買ってしまったのだ。

12時半に増毛町に到着。まずは腹ごしらえ。
前回入ろうとして止めた、駅前の寿し忠にした。
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カウンターは埋まっていたので、奥の座敷へ。

ここのタコザンギは「タコのやわらか揚げ」(500円)というタイトルだった。
もちろん、これは名物なのでいただきます。
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あとは握り寿司の中(1300円)をオーダーした。
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まあまあ普通だった。

食後はリニューアルした増毛駅を見学。
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中には、ぐるめ食品が売店を出していた。
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ここでもタコザンギを販売している。400円。こっちにすればよかったか。
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拡張されたスペースには、廃止された留萌本線(留萌~増毛間)の写真パネルが展示されていた。
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増毛駅は2016年12月5日をもって廃止された。
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でも、町としては、ふるさと歴史通りの起点として、駅舎を保存。
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8800万円をかけて、無人化(1984年)によって縮小された駅舎を、それ以前の規模に復元した。
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高倉健主演の「駅 STATION」のロケが行われた1981年の姿がよみがえったわけだ。
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もちろん、当時はこんなにきれいではなかったが。
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ホームには、滝川市生まれの彫刻家、五十嵐威暢作のモニュメントが設置されていた。
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「テルミヌスへの願い」という題のようだ。テルミヌスとはターミナルの意味。
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線路は雪の中に消えている。
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でも、増毛にもやっと春が来た。
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増毛駅は1921年(大正10年)11月の開業。
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2014年の1日平均乗客数は11人だったそうだ。
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レールは留萌まで残っているのか。それとも増毛駅周辺だけか。
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とにかく廃止前に乗っておいてよかった。
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新たによみがえった増毛駅は賑わってほしいものだ。
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やはり廃止は淋しい。
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背後に増毛灯台。
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こちらは駅の向かいにある観光案内所。
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映画では「風待食堂」としてロケに使われた。
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中に、倍賞千恵子演じた桐子の赤ちょうちんが再現されている。
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館内では、映画で流れていた「舟唄」がかかっていた。
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さよなら列車のヘッドマーク。
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映画で増毛ホテルとして使用された日本通運増毛営業所の写真。
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この味わい深い建物は日通が撤退して、ぐるめ食品が買い取ったが、その後、取り壊して駐車場にしてしまったという。
恨みます。

雄冬岬を山で越える増毛山道の地図。これもいずれ行かなくては。
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なんと、健さんは増毛駅で車のCMにも出ていた。三菱ギャランΣだ。懐かしい。
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ふるさと歴史通り。
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かなり古い旅館のようだが、絶賛営業中。
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国重要文化財の旧商家丸一本間家の前を通過して、日本最北の蔵元「国稀」へ。
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仕事前にちょっと寄り道する。
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大きな杉玉。
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中に入ると、髪の毛の薄い人にご利益のありそうな駅名標が。
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私は、つるつる行き一直線だが。
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とにかく、のれんをくぐる。
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これは一升瓶ならぬ一斗瓶。右端が一升瓶なので、その大きさが分かろうというもの。
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その他、展示あれこれ。
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戦後から等級制が廃止される平成4年まで製造されていた「万歳国稀」。やや辛めの二級酒だった。
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やや甘めの一級酒だった「乾杯国稀」。
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映画のロケは国稀でも行われたらしい。
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車なので、残念ながら利き酒はできなかった。
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本日の目的は実はこれ。
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1時間半にわたり半生を語ってくださいました。
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午後4時半に終了。役場の駐車場に置いておいた車に戻る。
その途中にあった願王寺。
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増毛は古い町なので寺院が多かった。
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それでは、増毛よ、さようなら。
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2時間ちょっとかけて帰宅。
利き酒はできなかったが、純米吟醸の「極」を買ってきた。
おいしうございました。
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(おわり)
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帯広~函館出張(5)

【2018年3月31日(土)】帯広・函館
函館の中島廉売で昼食を済ませて、荷物を預けてあるホテルに戻る途中。
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目の前で電車が行ってしまったので、次の電停まで歩くことにした。
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古い建物は記録に留めておく。
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こういう普通の民家も例外ではない。
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新川町電停に着いたら、ちょうど電車が来ていたので飛び乗った。今度は間に合った。
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札幌行き特急の時間までまだ余裕があるので、もう少し寄り道することにして、大町電停で下りた。
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目的地は、高倉健主演「居酒屋兆治」で函館警察署としてロケが行われた函館市臨海研究所。
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奥さん役の加藤登紀子が迎えにきたシーンを思い出す。
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ここは箱館郵便役所跡でもあった。
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さらには沖之口番所跡でもあった。
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近くにあった美しい廃屋。
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探見倶楽部「海‘s」の事務所。
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振り返ると、いつも函館山。
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函館駅に向かって歩き出すと、ものすごい廃墟が姿を現した。
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かつて製氷所だったところらしい。
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かなり傷んでいる。
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改修して再利用されるより、こういうのも残っていた方が個人的にはうれしい。
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廃墟の裏にたたずむ男とネコを発見。
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男は行ってしまったが、ネコは逃げない。
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逃げないどころか、なんだかこびてくる。
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これは怒っているのではなく、甘えているのである。
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まるで駄々っ子だ。
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倉庫の裏側。
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どこまで行ってもネコは付いてきて、しかもすりすりしてくる。
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観光客がエサをあげるので、人懐っこくなってしまったのかもしれない。
でも、製氷所の敷地以外には出ていかなかった。

きれいにお住まいの木造住宅。
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電車通りに戻ると、高田屋本店跡の標柱があったが、高田屋嘉兵衛の店だろうか。
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函館区公会堂が見える基坂。
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北島三郎記念館が入居する函館ウイニングホール。
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古くから開けたこのあたりは斜面が城郭のような石垣で固められている。
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ここは日和坂。
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末広町から電車に乗る。
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函館駅前に到着。今年こそ、縄文遺跡群は世界遺産推薦を勝ち取れるか。
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空にはいつのまにか雲が広がっていた。
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函館駅はむかしの三角屋根の方がよかったと、個人的には思う。
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形はおそらく青函連絡船をイメージしているのだろう。
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左手に函館山。
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一応、いろんな角度から撮っておこう。
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このモニュメントは人間の親子なのは分かるが、四つん這いになっているのはカニのつもりだろうか(笑)。
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ホテルに預けてあった荷物を受け取り、駅の売店でお土産とビールを購入して、改札を通過。
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14:46発の特急スーパー北斗15号に乗車する。
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こいつは、もうすっかりお馴染みになってしまった。
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函館駅構内。
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次の停車駅は五稜郭。
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帰りも一応指定席をとっておいた。
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3時間以上乗るので、お酒は2缶。
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でも、残念なことに海側の席ではなかった。
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新函館北斗駅手前で北海道新幹線を発見。
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で、新函館北斗駅を通過。
DSC_2668_20180407155006f20.jpg

大沼を通過する際に駒ヶ岳がきれいに見えた。これには感激。
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森駅に着くまでに、ビールは空けてしまった。
DSC_2673_20180407155009050.jpg

16:24、長万部駅を通過。
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左手に見えたのは写万部山(499m)かな。
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この先で間もなく沈没。目が覚めたのは新札幌だった。
札幌には定刻通り18:41に到着。
18:43の小樽駅に飛び乗って、手稲駅に向かう。
帯広からの特急に置き忘れた水筒が手稲駅で預かっているとの連絡が入っていたからだ。
無事に受け取り、帰宅したのは20時前。
とにかく特急に乗りまくった出張だった。

(おわり)
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