山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

鹿沼駅舎めぐり

【2015年12月23日(水)】鹿沼駅舎めぐり
石裂山(880m)登山を終えたが、まだ時間が早いので、鹿沼周辺の駅舎や役所をコレクションしながら帰ることにした。
まずは鹿沼市役所。
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かなり古い庁舎で、スローガンもレトロだ。
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鹿沼市は「鹿沼秋まつり」をユネスコの無形文化遺産にしようと申請中のようだ。
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今や本家の世界遺産だけでなく、無形遺産や記憶遺産などに登録してもらって、街おこしにつなげようと、どの自治体も必死だ。

そんな騒ぎを横目に、東武日光線の北鹿沼駅へ。
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昭和6年(1931年)12月10日開業。
開業当時からの木造駅舎は2009年5月頃に取り壊されたそうだ。

今のはいかにも効率的なの箱形駅舎。もっと早く来るべきだった。
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ちょうどスペーシアが通過して行った。
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その2分後には、普通列車の新藤原駅が到着。
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発車したと思ったら、今度は新栃木行きの普通列車がやってきた。
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ラッキーなことにすれ違いシーンを撮影することができた。
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ここで鹿沼市のマンホールをチェック。
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次はJRの鹿沼駅へ。
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開業は明治23年(1890年)6月1日だが、こちらも駅舎は新しい。
なんと2014年3月14日の供用開始。タッチの差だった。

ただ、新駅舎の雰囲気も悪くない。
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ここにも大きく、ユネスコ無形文化遺産の宣伝。
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「秋まつり」という何の変哲もない名称だが、彫刻屋台の「繰り込み」と「繰り出し」、「ぶっつけ」と呼ばれる囃子の競演が見どころらしい。
市役所の真ん前にある今宮神社に奉納される400年も続く祭りなんだとか。
彫刻屋台は町内ごとに全部で27台あり、うち14台は江戸時代に作られたものだそうだ。

駅前にある屋台倉庫は「上野町屋台蔵」だった。
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こちらは廃業した佐野ラーメンのお店「ロッキー」。
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映画「ロッキー」のファンだったのだろうか。

駅前ロータリーに石裂山の登山口、上久我にも通じていた鹿沼市民バス(愛称:リーバス)が停車していた。
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市街地を南北に貫流する黒川にかかる貝島橋からは、日光連山がうっすら見えた。
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朝のうちはもっとはっきり見えていたが、男体山、日光白根山ともに頂上付近には雲がかかっている。

東武線の新鹿沼駅は昭和4年(1929年)4月1日の開業。
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なんか岡本太郎っぽいモニュメントがあるなあと思って確認してみたら、やっぱりそうだった。
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鹿沼市民文化センターのオープンにあわせ、昭和59年に作られたものだそうだ。今はここに移されている。タイトルは「夢の樹」。

駅の横には木造のままの自転車預り所があった。
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何だかホッとした。

JR鹿沼駅にもあったが、ここにも芭蕉の木像がたたずんでいた。
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国道293号(例幣使街道)を南下、次は樅山駅。
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新鹿沼駅と同時の開業だが、ここも駅舎は建て替えられ、待合室すらない。
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子供泣き相撲で有名な生子(いきこ)神社の最寄り駅とのことだが、今回は立ち寄らなかった。
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またも箱型の楡木駅。
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しかし、なかなかしゃれた自転車置き場。
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屋根が高すぎて、雨が降ったら濡れてしまいそうだけど。

駅前には「東武鐵道楡木驛開設紀念碑」が立っていた。
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ここも新鹿沼駅と同時開業だが、記念碑の建立は昭和7年7月。
東武鉄道の初代社長、根津嘉一郎の揮毫である。

線路は続くよどこまでも。
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こちらも同じ日に開業した東武金崎駅。
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ここから旧西方町(栃木市)に入る。
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とくに商店もない駅前通り。
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スマホ検索で、西方町いきいきロマンの湯という温泉を発見したので来てみたら、入浴施設ではなく温泉スタンドだった。
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いろいろと効能がありそうだが、持って返るわけにもいかない。
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栃木市役所西方総合支所(旧西方町役場)に寄り道。黄色い塗装が印象的だ。
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西方村が町制をしいたのは平成6年10月。
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そして栃木市に編入合併したのは平成23年10月。町としては17年の寿命だった。

旧西方町のマンホール。
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わりと近くに、これまた栃木市に編入された都賀町の旧役場があった。
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現在は、栃木市役所都賀総合支所。

旧都賀町のマンホール。
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旧都賀町マンホールのデザインを残しつつ、市章部分のみ栃木市に差し替えたパターン。
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次の家中駅に至っては、駅名板のみ。
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ちょうど、区間快速浅草行きが入線してきた。
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合戦場駅。家中駅とともに新鹿沼駅と同時開業。
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これまた味気ない駅で残念。2007年5月の供用開始。
古い木造駅舎はその後取り壊されたそうだ。
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(ネットより借用)

駅前の民家にきっぷ発売所があった。
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東武日光線が伊勢崎線から分岐する春日部駅から、ここがちょうど50km。
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これで駅舎撮影は打ち止め。日帰り温泉に向かう。
今回は栃木市の「栃木温泉 湯楽の里」にした。
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料金は790円。「湯楽の里」はチェーン展開しているようで、あちこちにある。

結構大きな施設だったが、休日ということもあり、かなり混んでいた。
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ゆっくり汗を流し、東北道と圏央道で帰宅。
渋滞にもつかまらず、早めに帰れた。
久しぶりの栃木の山だったが、ちゃんと日光連山が見えたら、なおよかった。

(おわり)
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身延線・大井川鉄道

【2014年8月23日(土)】駅舎撮影
JR身延線の駅舎撮影中。
富士宮駅に引き続き、南富士宮駅。
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沼久保駅も雨だった。
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駅前の句碑は高浜虚子。
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「とある停車場富士の裾野で竹の秋」「ぬま久保で下りる子連れの花の姥」

芝川駅。
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待合室に雨具を着た山仕度の人が座っていた。
まだ午前11時すぎだが、もうどこかを登ってきたのだろうか。

稲子駅は撮影済みなので通過。
次は十島(とおしま)駅。
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駅前には南部町の町営バスが電車の到着を待っていた。
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井出駅は富士川を見下ろせるロケーション。
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寄畑駅。
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この先、内船駅から甲斐上野駅までは撮影済みなので、身延線はこれでひとまず打ち止め。
大井川鉄道へ向かう。
その前に富士川の風景をおさらい。覆道は国道52号。
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それにしても今回はあまり駅舎に感動がない。岳南に多少ユニークなものがあったけど。

お腹がすいたので、街道沿いに富士宮やきそばを探したが、見つからないまま、新東名の新清水ICに着いてしまったので、仕方なく乗る。
新静岡SAに寄って、お持ち帰りのやきそば(600円)を購入。
ベンチで食べる。
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さすがに普通のソース焼きそばとはひと味違った。
今夜宿泊予定のキャンプ場に電話。一応天気を聞いて予約を入れる。

さてもう午後1時近くなったが島田金谷ICで下りて、大井川鉄道に取りかかる。
その前に、島田市役所金谷庁舎。金谷町は合併で消滅したということだ。
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金谷駅、新金谷駅は撮影済みなので代官町駅から。
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駅名板が見えにくいのでアップ。
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絶妙の草の生え具合。
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日切駅の駅名標は字が細い。
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五和(ごか)駅には感激。
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絶対取り壊しちゃだめよ。

高台に登って大井川を眺める。
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国道473号。
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茶畑が広がる対岸の山。
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神尾駅は大井川を見下ろす位置にある。車で来るにはかなり面倒な場所だ。
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そして、なぜかたぬきの駅。
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次の福用駅は英語表記の方が目立つ。
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大和田(おわだ)駅。
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抜里駅は「サヨばあちゃんの休憩所」になっている。
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ここで、思いがけず、「きかんしゃトーマス」のSLと遭遇。
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あちこちでカメラの人を見かけたが、みなこれを標的にしていたのか。

あっという間に走りすぎていった。
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と、にわかに雷が鳴り出し、激しい雷雨に。
あまりの豪雨に、道の駅川根温泉の駐車場に避難。小降りになるまでしばらく停滞。
ワイパーが効かないほどの雨で、駅舎の撮影どころではない。
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とにかくこれではキャンプは無理と判断、お風呂には入りたいので、車中で接岨峡温泉の宿を検索するが、奥泉の民宿しかヒットしない。
素泊まりで4700円ほど。まあ、これでいい。
ネットで予約し、念のため電話も入れる。

15分くらいして小降りになったかなと思ったところで出発したが、また再び豪雨に。
塩郷駅前で車をとめ、思案。
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こんなに強い雨が続いたら、どこかで土砂崩れが起きないとも限らない。
Sさんがfacebookに送ってくれた天気図(雨雲)によれば、このあたりの雨はさらに強まる予想。
ピンピンしているのに道路が遮断されて帰れなくなるのもばかばかしいので、翌日の登山は断念。
予約したばかりの民宿もキャンプ場もキャンセルして、いったん自宅に帰ることにする。

キャンプ場に電話を入れると、「ほんとはキャンセルは受け付けてないんですけどね~。まあこの雨ですからいいですよ」との反応。
ほんとに役所というのは困ったものだ。
この豪雨でも本来はキャンプをすべきだとでも言うのだろうか。
民宿は素泊まりでお願いしたので、とくに実害はないだろうと思ったが、「そうですか~準備して待ってたんですけど」との答え。
お風呂を沸かし始めていたということだろうか。それはすいません。

翌日一緒に登る予定だったO君にも「この雨なので登山は中止するわ」とメールしたら、うち(裾野市)に泊まりに来い、酒を飲もうとのお誘い。「こっちは天気大丈夫そうなので、明日は愛鷹山の新コースを歩こう」と言う。
愛鷹にするかどうかは別にして、とにかくお言葉に甘えることにした。裾野に向かう。

あれこれキャンセルした途端、雨がほぼ止んでしまった。
全くどうなっていることやら。
時間はまだ4時前なので少し前進してから引き返そうかと思ったが、まだ未撮影の駅はたくさん残っているので、塩郷、地名(じな)、川根温泉笹間渡駅だけ撮影して、裾野に向かうことにする。
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塩郷駅は大井川の真ん前。

川も随分増水している。
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ちょうど電車が通過していった。
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地名駅の近くに「日本一短いトンネル」があった。
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ただ、この時点で日本一短い鉄道トンネルはJR吾妻線の樽沢トンネル(7.2m)のはず。
このトンネルはそれより短いのだろうか。

一応、ホームの看板には遠慮がちに「?」が付けてある。
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もともとは線路の上をまたいでいた貨物索道から線路を守るために建設されたもので、索道がなくなったので、山でもない場所になぜ突然トンネルがあるのか、不思議な光景になっている。

さて地名駅。
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川根温泉笹間渡駅も残してほしい木造駅舎。
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駅舎の南半分はおしゃれな喫茶店になっている。
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ここは川根温泉の玄関口だ。
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「SLの見える丘公園」というどこかで聞いたことのある名称の公園からは大井川の眺めが見事。
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途中、藤枝SAでO君への手土産とソフトを購入。
深酒にそなえ、胃にコーティングさせる。

指示のあった目印のセブン―イレブンを目指し、地図を駆使してO家に6時半に到着。
泊まる荷物だけ、部屋に置いて、向かいのインド料理店で4時間飲食。
飲み放題コースで4000円。安い。時間制限は通常2時間だが、O君の顔で、4時間も長居させてもらった。しかも美味しかった。

家に戻ってもう1杯飲み直し、翌日のコースを西丹沢の菰釣山に決めて、11時半に就寝した。

(おわり)
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御殿場線・岳南鉄道・身延線

【2014年8月23日(土)】駅舎撮影
この週は、土曜日が雨模様、日曜日には回復するとの予報。
とくに静岡方面に晴れマークが目立ったので、土曜日は静岡県の大井川鉄道などの駅舎撮影、そのまま山に入り、県民の森キャンプ場でテン泊、夜、O君と合流して酒宴、翌日林道沿いに山伏(やんぶし、2014m)まで歩く、という計画を立てた。

3:45に目覚ましが鳴る直前に目を覚まし、4時出発。
6月に開通したばかりの圏央道・高尾山~海老名間を初めて走る。
さすがに新しい。
朝焼けがきれいだったが、不気味な雲が空に散らばっている。
でも、東名から富士の裾野の緑が雲の切れ間から見えたりして、今日登らないことにしたのは失敗だったかと少々、気分が暗くなる。

御殿場ICで下り、駅舎撮影は御殿場線の南御殿場駅から。
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箱根方面も晴れており、あちらを登ってしまおうかと気持ちが揺らぐが、グッとこらえて、テツを続ける。

富士岡駅ではちょうど電車がやってきた。
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浜松行きだ。御殿場線からそんな列車があったとは。

正面に富士山がずどんとあるはずだが、完全に雲の中。
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次の岩波駅は、すでに撮影済みなので通過。
裾野市役所に立ち寄る。
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さすが富士山麓の町、「自衛官募集中」だ。

裾野駅。
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駅前通りは昭和のムードを色濃く残す。
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長泉なめり駅は超近代的。平成14年の定礎だ。
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「なめり」とは「納米里」と書くことを知る。

駅ではあんなに天気がよかったのに、長泉町役場の前で突然雨が降り出した。
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やはり山には行かなくてよかった。

下土狩駅&大岡駅。
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駅舎としてはいずれも面白み欠ける。ユニークなのは炎の男くらい。
これで御殿場線はおしまい。

撮影済みの沼津駅は飛ばして、東海道本線の片浜駅へ。
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しばらく、国道1号のバイパスではなく、旧東海道を走る。
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しかし、風情はもうほとんどない。

原駅。
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次の東田子の浦駅は撮影済みなので、ここで東海道線とは離れ、岳南鉄道へ。
まずは終点の岳南江尾駅。
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ちょうど電車がやってきた。
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神谷駅。
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ちなみに、岳南鉄道の路線はこうなっている。
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富士山ビューポイントからの眺めは
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こんな状態。
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これで「すど」駅と読む。
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なかなか味わいのあるホーム。
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手書きの表示が、それに輪をかける。
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お花畑がきれい。
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岳南富士岡駅には派手なペイントが施されている。
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どうも自販機と公衆電話が邪魔なのだが。

ごてごての貼り紙。
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これはホーム側から見た駅舎。
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どっちが正面だが分からない。

貨物列車にはネコが生息していた。
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「○起不全がにくい?」
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比奈駅。しぶい。
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懐かしいタイル。
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列車交換。
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いってらっしゃい。
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駅前の商店もしぶい。かつては近くの工場労働者で賑わったのだろう。
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岳南原田駅は比奈駅と似ているが、蕎麦屋と合体している。
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ここまで字が下手くそだと、魅力的だ。
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おそらくペンキの刷毛に慣れていないだけだろうけど。

本吉原駅。
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駅舎はないが本社ビルがあった。
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岳南鉄道の駅名標は字が太く、画面いっぱいなのが特徴。
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このあたりでまた雨がぽつぽつと落ちてきた。

吉原本町駅は傘を差しながらの撮影。
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しかし、本吉原と吉原本町が隣同士なのは紛らわしい。

次のジヤトコ前駅では本降りに。女の子も突然の雨に走って下りる。
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「キヤノン」もそうだが、なぜ「ヤ」を小さくしないのだろう。

岳南鉄道始点の吉原駅は撮影済みなので、これで岳南鉄道は制覇。
身延線に転戦。
柚木、竪堀駅は撮影済みなので、次の入山瀬駅へ直行。
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富士根駅。
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いったん雨は止んでいたが、再び雨脚が強くなってきた。
源道寺駅でも難儀した。
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富士宮駅はペデストリアンデッキ。
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あちらには富士山がそびえている予定なのだが。
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1階の観光案内所でパンフをゲットして退散した。

(つづく)
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江差線(下)

【2014年4月20日(日)】江差線駅舎
宮越駅を後にして、桂岡駅に向かう。
桂岡駅は車掌車のリサイクル。
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駅は1936年の江差線全通とともに開業。旧駅舎は取り壊され、86年に現在のものになっている。
駅舎は使われなくなった線路上に置かれ、古い線路も残っている。
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線路側から見たホーム。
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駅前の風景。
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ここは他のテツが来ないうちに撮影を終了、最後まで独占できた。

次は中須田駅。また車掌車だ。
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塗装のデザインは桂岡駅と似ているが、若干異なる。

この駅は1948年の開業。ここも86年に旧駅舎から更新された。
JRに以降する前年である。
国鉄はお金がなかったろうに、JRになる前に維持費のかかる駅舎を取り壊して、負担を軽くして引き継いだということなのだろうか。

この駅には1人、乗客が待っていた。間違いなくテツだ。
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こんな駅にいるとは全駅下車記録を狙っているのかもしれない。だとすると江差線だけで2日がかりになる。

この駅には6往復停まるようだ。
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よく時刻表を見ると、渡島鶴岡駅を通過した列車は臨時ではなく、この駅を10:39に停車する列車だったようだ。ちゃんと「通過駅 神明、吉越、渡島鶴岡」と書いてある。
こんな基本的なことも分からないようでは、テツ失格だ。ていうか、実はテツ分はそれほど高くないのだ。

次の上ノ国駅は駅舎がほとんど商工会に占拠されている。
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駅の待合室は向かって右の平屋部分だけ。
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ガラス扉に書いてある「上ノ国駅」が悲しい。

ホームに出ると、またまた列車がやってきた。
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これだけ本数が少ないのに、よく出くわす。今日3本目だ。
どれも同じキハ40形である。

お見送り。
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お客さんは結構乗っていた。ここからも地元の人らしきおばちゃんが数人乗り込んだ。

もう閉鎖されている切符売り場には「北海道最西端の駅」との表示があった。
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そうなのか。
江差線が廃止されたら、最西端はどこになるのだろう。
木古内駅か。それとも函館本線の鷹ノ巣駅だろうか。

さて、これで基本ミッションは終了。
戻って旧知内駅に向かうわけだが、その前に1つ寄りたいところがある。
国史跡・勝山館跡がある夷王山である。
以前、ここを訪ねた時、登った記憶があるのだが、記憶が判然としない。
「登った山」としてきちんと登録するため、再訪する。
と言っても、頂上直下に駐車場があり、そこから5分とかからない。
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「登った」と言うのはおこがましいが、マイルールでは認められているのだから仕方がない。
自転車で来ている先客がいた。

いやそれより、びっくりしたのはヘビ君だ。
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頂上付近から、ガイダンス施設やレストハウス方面を見下ろす。
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上ノ国の市街地や背景の丘陵地帯。
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頂上には夷王山神社の鳥居があった。
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そのたもとに腰を下ろしていたサイクリストは女性だった。
挨拶をすると、「ヘビがいましたので、帰り気をつけて下さい」と言われた。
彼女も目撃していたのだ。

それにしても素晴らしい眺めだ。
日本海の向こうに見えるのは遊楽部岳(1276m)。
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海に浮かぶのは奥尻島。
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あそこも早く行きたい。6月13~14日に第1回奥尻島ムーンライトマラソンがあるらしい。定員500人ですでに満席。申し込みは4月28日で締め切ったようだ。
毎年開かれるなら、同窓生のランナーとともに行くのもいいかもしれない。

ひときわ高くそびえるのは乙部岳(1017m)だろうか。
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江差の鴎島。
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天野川の河口付近。
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土塁に囲まれた夷王山神社。
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一部復元された勝山館跡を見下ろす。
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景色も堪能したので下山。登りとは別の道を通ったのに、またヘビ君に遭遇。
今回は直前を横断して行ったので、びくっとした。

夷王山のふもとにいくつか文化財があるので、これらは撮影していくことにした。
まずは旧笹浪家住宅。
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能登屋笹浪家の五代目久右衛門が19世紀前半に建てたとされ、北海道では現存最古の建築らしい。
笹浪家は「全道中の漁家の旧家」と呼ばれ、その繁栄ぶりは「宮の沢の川の水が干上がることはあっても能登屋のかまどは干ることがあるまい。七つの倉にないものは馬の角ばかり」と讃えられたほどだったという。

その繁栄を支えたのは「にしん」である。
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お隣に上ノ国八幡宮。
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さらにその隣には上国寺。
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この本堂は1758年の建築で、18世紀に遡る寺院は北海道ではめったにお目にかかれない。

さあてお腹がすいたが、食堂に入る時間がもったいないので、セイコーマートでパンを購入。運転しながら食べる。
上ノ国市街をあとにして、木古内方面へ戻る。
途中、入浴こそしないが、湯ノ岱温泉に立ち寄る。

この「温泉旅館湯岱荘」はもう営業はしていないような雰囲気。
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この奥にある「上ノ国町国民温泉保養センター」には多くのお客さんが来ているようだった。
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この日は結局、時間が余ったので、ここで入ってもよかったのだが、この時点ではまだ時間は読めておらず、通過。

これまで撮影してきた駅舎を横目に見ながら国道228号まで戻り、木古内町から知内町に入る。
そこで、こんなモニュメントを発見。
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1855年に設置された松前藩と幕府領(箱館奉行所)との境界の跡だそうだ。

知内町は、1993年に知内高校が選抜甲子園に初出場し、一躍全国に知られるようになったが、知る人ぞ知る北島三郎の故郷でもある。
サブちゃんの本名は大野穣。大野家の本家は代々、知内の雷公神社の宮司を務める家柄で、その祖は鎌倉時代に砂金掘りのため、この地に入った甲斐国の荒木大学に随行した山伏だったという伝説があるとのこと。

それはともかく旧松前線の森越駅跡はこの近く。
道行く人や民家の人に尋ねて、やっとたどり着いたのは、この淋しい風景。
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跡形もないように見えるが、背後の並木は明らかに防雪林だ。

すこし北側には、線路敷地との境界を示す柵の杭が残っていた。
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これは駅前通り。
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ネットで見ると、ここには木造の駅舎があったようだ。
赤い屋根の切妻造りの建物で、とても美しい。

松前線が廃止になったのは、1988年。JRに移管された翌年のことだ。
松前線(木古内~松前)は江差線の木古内~江差間より輸送量が多かったが、より輸送量が多い、五稜郭~木古内間も江差線なので、松前線の方が廃止されてしまうという皮肉な結果になった。
生き残った江差線もこの時点で、近い将来廃止される運命にあったとも言える。

南側に残っていた路盤。
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1988年と言えば、山形に勤務していた頃。
とても乗る暇などなかったが、今考えるととても惜しいことをした。結局乗らず仕舞いだった。

次は渡島知内駅跡。この駅は函館バスの待合所兼知内出張所として建物そのものはその後も再利用されている。
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1979年発行の北海道新聞社編「各駅停車全国歴史散歩 北海道」(河出書房新社)によると、木造の渡島知内駅の写真が掲載されている。
ということは現存する建物は、79年以降に建てられたものなのだろう。

裏に回ってみると、線路のあった時代の様子がおぼろげながらうかがえた。
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駅前通り。
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次の重内駅に向かうが、気がつかないまま海峡線の旧知内駅に着いてしまった。
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ご覧の通り、鉄道の駅ではなく「道の駅」である。

知内駅は、青函トンネルの開通に伴い、新湯の里信号場として開設された。
1988年の松前線廃止によって、90年に旅客駅に昇格。
その後、北海道新幹線の建設工事を行う関係から、今年3月15日に廃止された。
訪ねた時は、廃止されてから1か月しか経っていなかったが、新幹線工事は急ピッチなため、ホームや跨線橋など、在来線時代のあらゆる施設がすでに撤去されていた。
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実は個人的には、北海道新幹線には反対である。
せっかく青函トンネルを掘ったのだから函館までは仕方ないと思うが、札幌まで延伸する必要はないと思う。
膨大な建設費と自然破壊を考えると到底賛成できない。
でも、もし完成したら東京から札幌に帰る時は、新幹線を使うだろう。
空路より陸路の方が好きだから。
もちろん、それまで生きていればの話だが。

さて重内駅であるが、地図(昭文社「レールウエイマップル鉄道地図帳 北海道」)を見ると、今来た道ではないことが判明。
帰りは、正しい道を行く。
するとちゃんとあった。
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もう路盤しか残っていない。駅舎のないホームだけの駅だったらしい。
1962年12月に開業、88年2月の廃止なので、わずか25年余の寿命だった。
81年度に1日の平均乗降客数は27人というから、当時このあたりにはこそくらいの高校生は住んでいたということなのだろう。

松前線はこれ以上深追いせず、残りの江差線(津軽海峡線)つぶしに向かう。
その前に立派な重内神社。
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このあとは羅列でいく。
札苅駅(1930年開業、88年改築)
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泉沢駅(1930年開業、88年改築)。札苅駅とほとんど同じデザイン。
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釜谷駅(1930年開業、86年改築)
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渡島当別駅(1930年開業、88年改築)。郵便局が併設されている。
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茂辺地駅(1930年開業、88年改築)。
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駅前通り。右の青と茶色の建物はかつての食堂。
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上磯駅(1913年開業、88年橋上駅に改築)
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上磯町と大野町が2006年に合併して成立した北斗市の市役所。人口48000人。
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清川口駅(1956年開業、79年改築)。中に売店がある。
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閑話休題。函館山。
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久根別駅(1913年開業、91年改築)
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比較的最近の改築にしては、古い様式を残している。
ホームから望む駒ヶ岳。
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特急白鳥が通過して行った。
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東久根別駅(1986年開業)
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七重浜駅(1926年開業、79年改築、86年橋上駅新設)
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88年改築が多いのは、JR移管後の効率化のためかもしれない。

これで江差線のすべての駅を写真に納めた。
別に写真展はしない。私のPCの中に死蔵されるだけである。
ただ、老後、どこにも行けない体になった時に、懐かしんで眺められたらいいなあとは思っている。

帰りの飛行機は19:30。まだ、17:20なので十分な時間がある。
湯ノ川温泉のどこかのお風呂で日帰り入浴をして帰ろうと思ったが、その手前に「港湯」という銭湯が目に飛び込んできた。
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「お、これにしちゃおう」
と思ったが、考えてみれば、銭湯には備え付けのシャンプーや石鹸はない。駐車にも困る。
と諦めかけたが、なんととなりがドラッグストアで車も駐められる。

この店で携帯用セットを買って、港湯に。
いやあ、しばらく入ってなかったので、すっきりした。
ゆったり入って、函館空港で函館ラーメンを食べる時間もあった。
そして23時に帰宅。あわただしい帰省を終えたのであった。
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江差線(上)

【2014年4月20日(日)】江差線駅舎
4月19~20日は同窓会の行事のため、北海道に帰省した。
当然の如く土曜の夜は深酒となり、すすきののホテルにたどり着いたのは午前3時。
こうなることは分かっていたので、あえて実家には泊まらないことにしていたのだ。
しかも、翌日は朝イチの列車で函館に向かい、江差線の駅舎めぐりをしなくてはならない。

6時の目覚ましで起きた時は猛烈な頭痛。
これも覚悟はしていたが、かなりきつい。
シャワーも浴びず、歯も磨かず、顔だけ洗ってチェックアウト。
もうろうとした状態で、地下鉄東豊線に乗り、ドリンクだけ買って、JR札幌駅でスーパー北斗2号に乗り込んだ。

昨夏、江差線乗り鉄のため、やはりこの列車に乗ったが、その時は自由席がかなり混んでいたので、今回は指定席を買っておいた。
でも、オフシーズンだからかガラガラだった。
とにかく寝る。北広島を過ぎた当たりでやっと眠りに落ち、室蘭のあたりでもう目が覚めてしまった。
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(これは前日、千歳付近から撮った樽前山と風不死岳)
しかたないので、すっかり雪の解けた室蘭岳や有珠山そして、まだ真っ白な羊蹄山を眺めて過ごす。

左の窓には噴火湾の向こうに残雪の駒ヶ岳も見えた。
乗ってすぐ、車内販売のおねえさんに長万部のかにめしを注文しておいた。
全く食欲がないのだが、すぐには食べられなくても、お昼のお弁当にしてもいい。
8:55長万部着。かにめしが届けられた。
しかし、まだ気持ちが悪く、ものを口に入れる気にはならない。
渡島半島の丘陵地帯をぼんやり眺めている。
日陰に雪が残っていたりするとうれしい。

八雲を過ぎたあたりで意を決し、かにめしを開ける。
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案外こういう時は、胃に何か入れた方が回復が早いと、経験上知っている。
体調がよければ、もっとおいしかったのだろうが、今回は仕方ない。
一生懸命、一粒も残さず食べた。そう親に仕付けられた。

車窓を見ていると、大沼あたりからも羊蹄山が見えてびっくりした。
この路線は何度も乗っているのだが、初めて知った。
写真は撮れなかった。

函館には定刻の10:14に到着。
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いい天気だ。徒歩5分ほどのところにあるトヨタレンタカーでパッソを借りる。
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呼気検査をしたら、アウトだったかもしれないが、お店の人から「酒臭いですが、大丈夫ですか」とは言われずに済んだ。
臭い防止のための「かにめし」でもあったのだ。

ナビを「渡島鶴岡駅」にセットして、10:30頃に出発。
今回は時間節約のためすべてナビ任せにした。
国道228号を快調に飛ばす。
函館湾の海岸線の道が気持ちいい。
どうやら酒も抜けたようだ。

久々の「鉄」である。
今回は昨年夏に撮影済みの木古内駅、江差駅を除く江差線の駅舎8つを撮影するのが目的。
時間があれば、昨年廃止になったばかりの知内駅、そのついでに近辺の旧松前線の駅舎跡、津軽海峡線の駅なども撮影する計画だ。

沿道の神社や文化財っぽいものには目もくれず、まっすぐ渡島鶴岡駅へ。
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到着すると同好の士が3人いて、すでに写真を撮っていた。
男ばかりのグループで年は30~40代くらい。
札幌ナンバーのレンタカーで来ていた。

江差線は今年5月12日に廃止となる。
それまでに駅舎を記録にとどめておこうと思う人がいてもおかしくない。
もう、あと1か月を切っていることだし。
いつも山で挨拶している私は、彼らにも律義に挨拶した。
彼らは戸惑ったようだが、ちゃんと挨拶を返してくれた。

駅舎は待合室のみで、ホームの脇にある。
1964年開業の比較的新しい駅(江差線の全通は1936年)で、当初はホームだけだったらしい。
この駅舎ができたのは1989年だそうである。
外壁はサイディング張りの新建材を使っているが、内装は木製板張り。
「農村ふれあいセンター」の庭園に沿ってホームがある。
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鶴岡の名は、明治8年に庄内藩士が入植してきて、この地にふるさとの名を付けたことにちなむという。

なかなか郷愁をかきたてるホームである。
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正面には江差線の廃止を惜しむ看板が。
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そうこうしているうちに時刻表にはない臨時列車(?)がやってきた。
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そして駅には停車せず行ってしまった。
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どの駅にも、思い出ノートみたいのが置いてあった。
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でも時間節約のため、いずれも開かなかった。

3人組が出発する前に、あわてて発進。次の吉堀駅へ。
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ここにもすでに先客がいた。
この後もずっと、同じ方々と駅ごとに会うことになる。

渡島鶴岡からの駅間距離は3.1kmで、1935年の開業。
北海道によくある廃列車を利用した駅舎で、黄色と緑のラインが鮮やかだ。
1986年に先代は木造駅舎が取り壊され、今の駅舎が設置されたらしい。
手前の木は開業を記念したイチイ(オンコ)。

使われなくなった旧上り線。
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ホームは島式。
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やはり哀愁が漂う。
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内部はこんな感じ。
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現在のダイヤは5往復。
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さて、人口が増えてきたので、早々に撤退。

峠を越えて、神明駅に向かう。駅間距離は13.2kmもある。
道道をまたぐ江差線。
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まだ、たっぷり雪が残っている。

神明駅は1957年の開業で、木造の駅舎(待合室のみ)は当時からのものと思われる。
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駅周辺は北海道の田舎らしい雰囲気。
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ここにも写真撮影のテツが待機していた。
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待合室すぐ横の民家は空き家となっていた。
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ホームは板張りだった。
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さて次の駅へ。
天野川を渡る。
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温泉のある湯ノ岱駅である。
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女子高生が待合室にも入らず、傍らでメールを打っていた。

駅舎に入ると、なんと駅員がいたので、「ホームを見学させていただいていいですか」と、きちんと断って入る。入場料などは取られなかった。
構内側にも「湯ノ岱駅」の文字が掲げられている。
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1935年の木古内~湯ノ岱間開通に伴って開業。
1989年に現在の駅舎に建て替えられた。
腰壁をレンガ調のパネルにしたサイディング張りのあか抜けたデザイン。
この駅舎は保存されるのだろうか。

駅前はすでに廃線になった駅の周辺のような雰囲気を漂わせている。
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歩いて15分ほどのところに温泉があるのだが、おそらく鉄道で来る人はほとんどいないだろう。

ホームを歩く。
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調子に乗って、線路に下りてしまったら、さっきの駅員さんに見とがめられて、「だめじゃないか!」と怒鳴られてしまった。
「すいません」と頭を下げたが、「どうして、そういうことするかなあ」ともう一度言われ、もう1回こちらも「すいません」と謝った。
やばいやばい。「やはりテツはマナーが悪い」と思われてしまう。
全国のテツの皆様にもおわびします。

ホームに戻るにはまた線路をまたがないといけないので、それはやめにして、敷地外へと引き下がる。
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ホームには列車を待つ方々。
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まもなく下り列車が到着するのだ。ほとんどが乗り鉄の方々をお見受けした。

さあやってきた。
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2両編成である。

段差の下に下りて見上げてみた。
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列車を見送ってから、大きく迂回して駅前の車に戻る。

その途中に平屋の家が固まってある団地風なところがあったが、いくつかは廃屋になって倒壊していた。
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近くの民宿ふるさとも廃業しているようである。
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上ノ沢開拓道路踏切から駅構内を望む。
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残雪の山は赤岳(719m)だろうか。
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次は宮越駅。その前に、車を止めて美しい鉄橋をパチリ。
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周辺はまだ冬木立のままだ。北海道の春は遅い。

おっと、宮越駅の手前にモニュメントの「天ノ川駅」が出現。
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この駅は平成7年7月7日の七夕の日に、北海道遊れいる倶楽部なる団体が設置した「私設駅」らしい。当然、列車は止まらない。

「ホーム」には、江差線開業77周年を記念した標識も建てられている。
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「許可無く施設への立ち入りは禁止」と書いてあった。
DSC_2685.jpg
さっき怒られたばかりだし、素直に従った。
最初の渡島鶴岡駅で一緒だった3人組が追いついてきたので退散。

宮越駅は初めて、誰もいない駅だった。
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でも、撮影しているうちに、どんどん車が集まってきた。
なぜか、同じ時間帯にみな同じ順番で撮影して回っているので、重なってしまうようだ。
少し時間をずらせば誰もいないのかもしれない。
駅舎の裏に広い駐車場がある。そこに車を駐められると撮影の邪魔になると思い、先にその方角の写真は撮ってしまっておいたが、これが正解だった。

この駅も神明駅と同じ木造下見板張りの待合室のみだが、一回り大きい。
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開業は1964年なので、当時からの駅舎と思われる。

裏には歌壇があった。
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中もきれいに掃除されている。
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江差線の駅舎はいずれも地元の方々によって、日常的にきちんと管理されているようだ。住民が廃線後も駅舎は残してほしいと言ってくれるのではないかと期待させる。
ただ、過疎が極度に進み、超高齢化している中で、ほとんど利用価値のない駅舎を手入れし続ける気力が続くかどうか。それを期待するのは、あまりに虫がよすぎるのかもしれない。

(つづく)





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