山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

室蘭本線(苫小牧~北吉原)(下)

【2018年6月19日(火)】室蘭本線
出張の空き時間を利用して、室蘭本線(苫小牧市~白老町)の駅舎めぐりをしている。
今回は変わった外観の北吉原駅から。
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ぱっと見、象の顔のようである。
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近くにある大昭和製紙白老工場(現・日本製紙北海道工場白老事業所)の通勤者のため、同社が建設費を全額負担して設置された駅だそうだ。
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駅の北側、霧にかすんでいるのが白老工場。
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2面2線の相対式ホームである。
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駅名は大昭和製紙創業の地である静岡県吉原市(現富士市)に因んで名付けられたが、本家が「よしわら」と読むのに対し、こちらは「よしはら」である。
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1965年(昭和40年)11月1日に開業した、道内で初めての橋上駅舎である。
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国鉄時代は一部の普通列車が通過していたが、現在はすべての普通列車が停車している。(434)
1966年(昭和41年)から1988年まで、工場従業員の通勤時間にあわせて急行ちとせが停車していた。
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普通列車すら通過する駅に急行が停車するのは異例であったそうだ。
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橋上の待合室はこのような空間。
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室蘭側の出口は閉鎖されていた。
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1980年(昭和55年)5月に簡易委託化され、2003年4月に完全無人化された。
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1日平均の乗降客数が42人というから、工場への通勤客はもうほとんど利用していないのではないか。
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それでは次の駅に向かいましょう。
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萩野駅である。
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駅舎の奥に三本の腕を伸ばした跨線橋が見えた。
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1907年(明治40年)12月25日、国鉄の知床信号所として設置された駅である。
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現在の駅舎は2代目で、1958年(昭和33年)10月に改築されたものだ。
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完全無人化されたのは2011年4月。
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ホームに向かおうとしたら、「線路横断禁止」の警告が。
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こんなに厳重に柵を巡らしてあったら、跨線橋を行く方がよっぽど楽だ。
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荻野駅に改称されたのは1942年(昭和17年)4月1日のこと。
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それまでは信号所の名称をそのまま受け継ぎ、知床駅だった。
今も知床駅だったら、かなり紛らわしかっただろう。
「萩野」の地名の由来は、明治天皇巡幸の際、この地のハギを愛でたことに由来するという。
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ポスターも何も貼られていない跨線橋を渡る。
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島式ホーム1面2線と単式ホーム1面1線の計2面3線のホームである。
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ちょうど、特急すずらんがやってきた。
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789系1000代である。
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札幌方面に走り去っていった。
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1日平均の乗降客数は184人(統計の時期は不明確だが、ここ数年のデータと思われる)。
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静かな駅前通り。
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このシャッターはかつて、駅前商店だったことと思わせる。
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こちらも、もうお住まいではないかもしれない。
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最後は白老駅。
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疑似ハーフティンバー様式で、ヨーロッパの田舎の建物風である。
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1987年(昭和62年)9月1日に改築されたものだ。

駅前の旧国道は商店街になっている。
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満岡照子(1892~1966年)の歌碑。
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「白老はわが故郷よ駅を出て先づ眼にしたるタモの大木」

満岡は白老町の出身。与謝野鉄幹・晶子や若山牧水、前田夕暮らに指導を受け、歌誌「詩歌」「芸林」「青空」などにも作品を発表したという。
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晩年は東京に住んだ。歌集に「火の山」「火山灰地」などがある。

白老はアイヌの町でもある。
駅前広場は、アイヌ語で「日が昇る方向」という意味の「チュップカの広場」と名付けられた。
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白老駅は1892年(明治25年)8月1日、北海道炭礦鉄道の駅として開業した。
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有人駅のためホームには入れなかったが、2面3線の混合ホームであった。
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1日平均の乗客数は731人(2016年)とのことである。
この日は午後4時前に立ち寄ったので、高校生でごったがいしていた。

この駅から沼ノ端駅までの28.7kmは国内で最も長い鉄道の直線区間になっているそうだ。
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白老駅北広場に回ってみた。
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ここにはSLが展示されていた。
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1939年(昭和14年)12月に製造されたD51 333(SLポロト号)である。
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室蘭本線や函館本線、廃線となった松前線、万字線などで活躍した。
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廃車となったのは1975年(昭和50年)11月5日のこと。
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翌年からポロト湖畔に展示されていたが、2008年に現在地に移転されたそうだ。

というわけで駅舎編は終了。
次回は白老まち歩き編をお届けします。
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室蘭本線(苫小牧~北吉原)(上)

【2018年6月19日(火)】室蘭本線
この日は出張。苫小牧、白老にレンタカーで出かけた。
札幌は晴れていたのに、太平洋岸は濃霧だった。
でも、出張の移動の合間に室蘭本線の駅舎めぐりをしたので、ご報告する。

苫小牧駅は寄るつもりはなかったのだが、たまたま北口の前を通ったので、やはり車を停めてしまった。
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1892年(明治25年)8月1日開業のかなり歴史のある駅である。
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メインの駅舎は南口になるが、今回はパス。
でも北口も開発が進んでいるのか、ヤマダ電機とドン・キホーテが入居した商業ビルが建っていた。
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室蘭方面の隣の駅は青葉駅。
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駅舎というか待合室が線路北側にある。
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待合室の中に自動券売機。
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駅名はホームの覆い屋の壁に書かれていた。
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2面2線の相対式ホームである。
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近くに苫小牧西高校や苫小牧中央高校があるので通学時間帯は混雑するらしいが、真昼間のこの時間は閑散としていた。
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1988年(昭和63年)11月3日に新設された駅で、今年が30周年となる。
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駅名は所在する「青葉町」から採った。
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よく他に同名の駅がなかったものだ。
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1日平均の乗降客数は572人(時期不明のデータだが、おそらく数年前と思われる)。
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それでは、さようなら。
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次は糸井駅。
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北口から入ったら、直接ホームに出てしまった。
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駅舎は跨線橋を渡って南側にあった。
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ホームにはシロツメクサが咲いていた。
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糸井駅は1917年(大正6年)6月1日、小糸魚(こいとい)信号所として設置された。
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現在の名称に変更されたのは駅に昇格した1956年(昭和31年)4月1日のことである。
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ちょうど、特急スーパー北斗が通過して行った。
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貼り出されていた運賃表はなぜか手書き。
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当然ながら、跨線橋を渡って駅舎へ。
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以前は木の生えているあたりにも線路があったに違いない。
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建築年は不明だが、おそらく駅に昇格した1956年と思われる。
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昔ながらの雰囲気の、いい駅舎だ。
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なぜ、小糸魚が糸井になったのかはよく分からないが、小糸魚の地名はアイヌ語の「コイトゥイェ」(波が・崩す)、あるいは「コイトゥイェイ」(波が・崩す・所)に由来するという。海岸で土地が低く、時化で浸食され、土地が削られたために付けられた地名らしい。
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地名の改称は1944年(昭和19年)のことのようだが、おそらく簡略化しただけなのかもしれない。

駅舎の待合室に入ってみて、びっくり。
なんとお客さんが2人もいた。
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駅舎めぐりをしていて、中核駅でもない無人駅で乗客と会ったのは初めてである。
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1日平均の乗降客数は494人(同上)というから、不思議はないか。

ここも2面2線の相対式ホームだった。
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跨線橋を渡って、北口のロータリーに戻った。
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ちょうどお昼になったので、車の中でお弁当を食べた。

食べ終わったところで移動。次は錦岡駅。
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この駅は1994年8月に火災で焼失してしまい、同年12月に新築されたものだそうだ。
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先代の駅舎は1952年(昭和27年)に建設されたもので、糸井駅と似たようなタイプの駅舎だったという。
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一見淋し気だが、周辺は住宅地で大学や高校も近くにある。
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この駅舎のデザインは公募したのだそうだ。
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その方が設計費を節約できたのだろうか。
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ホームには花壇が整備されていた。オオミミナグサがいっぱい。
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ホームは2面3線の相対式。
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真ん中が待避線になっていた。
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開業は1898年(明治31年)2月1日。
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1日平均の乗降客数は580人と、かなり多い。
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ネクスト。社台駅。
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北海道らしい駅前通り。
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しっかりと通りの名称も付いていた。
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1907年(明治40年)12月25日、国鉄の社台信号所として設置された。
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駅に昇格したのは1909年(明治42年)10月15日。貨物駅としてだった。
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現在の駅舎は1981年(昭和56年)1月に改築されたものだ。
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JRに移管する前の1984年4月1日、完全無人化された。
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旅客扱いが始まったのは1917年(大正6年)6月1日だそうである。
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切符受け箱はかなり錆びついていた。
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ホームに行くには上り線・下り線とも跨線橋を経由しなければならない。
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ホームは1面2線の島式ホームである。
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ただ、その島が長大で幅も広い。
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不要になったレールが残っていた。
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社台は「社台ファーム」の名で有名だが、もともとはアイヌ語の「シャ・タイ・ペッ」(浜側の森の川)に由来する。
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なかなか手入れが行き届かないのか、ホームには雑草が生い茂っていた。
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駅舎は裏側も全く同じデザインだった。
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ちょうど、室蘭方面の普通列車がやってきた。
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普通列車なので当然停車する。
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同時に札幌方面の特急スーパー北斗が通過して行った。
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普通列車に乗り込む人はいなかった。
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ローカル線らしく1両編成。
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気持ちのいいディーゼル音を立てながら走り去って行った。
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下りた客は1人だけいた。
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私のレンタカーを見て、「いい色だね」と言ってくれた。

(つづく)
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日高本線

【2018年6月10日(日)】日高本線
アポイ岳(811m)から下山して、日高本線の駅舎を回ることにした。
日高本線の駅舎は2009年夏に大方撮影済みなのだが、撮りこぼしが3か所あった。
今回はそれをつぶして、全線制覇を目指す。
その3つとは、西様似駅、日高東別駅、大狩部駅なのだが、終着駅ということで様似駅も、もう一度確認することにした。
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様似駅前通り。かなり短い。
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廃業してしまったと思われる食堂の「藤乃家」。
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こちらはおそらく現役の駅前民宿。
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日高本線は現在、鵡川~様似間が不通となっており、代行バスが運行されているので、待合所としてはこちらの方が利用されているのだろう。
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駅舎は半分が観光案内所になっている。
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アポイ岳のビジターセンターにもあった顔ハメ。もうハメ済みなので、ここではスルー。
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不通にはなっているが、待合室には入れた。
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待合室を通り抜けて、ホームに出てみた。
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不通は2015年1月8日の高波被害によるものなので、ここにはもう3年半近く列車は来ていない。
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そうなると、こんな名所案内もむなしい。
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様似駅は1937年(昭和12年)8月10日に国鉄の駅として開業した。
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当初は、さらに延長して、広尾で国鉄広尾線と接続する計画だった。
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現在はJR北海道の「単独では維持が難しい路線」ということになっており、線路も寸断されているので近い将来廃止となるのは間違いない。
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駅舎の横には、アポイ岳のカンラン岩と思われる岩が庭石のように展示されていた。
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バス停を振り向くと、アポイ岳に登ってきたと思われる登山者がひとり。
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バスの旅も悪くないが、やはり鉄道がいい。
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日高本線の鵡川駅以南は、さよなら列車を走らすこともできずに廃止になると思うと、何ともやりきれない。
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この後、エンルム岬などに寄り道して(「様似海岸」の回参照)、西様似駅へ。
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ここは私の好きな貨車転用駅舎だった。
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虹、雲、ロケットと前向きな絵柄だが、それが逆に哀愁を誘う。

西様似駅は様似駅と同様、1937年8月10日の開業。
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ヨ3500形車掌車を改造している。もとは木造駅舎があったらしい。
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代行バスはこの駅の前までは来ず、最寄りの国道バス停に停まるとのこと。
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周辺には子供もほとんどいないだろうから、遊び場にすらならないのかも。
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ホーム側は海とカモメと風船。夢にあふれている。
様似中学校美術部の生徒が2003年にペイントしたのだそうだ。
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駅前は材木置き場になっていた。
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3年半も列車が来ないと、レールは完全に赤さびている。
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JR北海道はそもそも経営が苦しいので、こんな駅のメンテナンスは何もしていないだろう。
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親子岩まで1km。かなり近い。
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1992年の1日平均乗降客数は30人もいたが、不通前の4年間は1人以下にまで落ち込んでいた。
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1931年から45年まで、浦河町上杵臼地区から当駅付近まで、森林鉄道の三井軌道が運行されていたそうだ。
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列車が来ないことは明らかなので、下に下りてみた。
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駅舎の絵を描いた中学生はもう30歳になっている。地元に残っているのは何人いるのだろう。
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なんだか日高本線の生前葬に立ち会っている気分になってきた。
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鵡川駅以南のどこかの駅に車両はあるはずなので、走れる区間だけでも最後に走らせてあげたい。
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戻ってみると、かつての駅舎の基礎が残っているのに気付いた。
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駅前通りには、それなりに民家が並んでいた。
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日高東別駅の手前にみついし温泉があったので、ここで入浴を済ませてしまう。
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施設の名前はなぜか「蔵三」。マスコットキャラクターは象の「蔵王様(くらおうさま)」だ。
ますます謎である。
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当然ハメます。
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中はかなり混んでいて、浴室での撮影は不可能だった。
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ここは道南バスが立ち寄るようだ。
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小腹が空いたので何か食べようかな。
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道の駅の端っこに、つぶ串焼の店があったので、覗いてみた。
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う~ん、いい匂いだ。
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誘惑に負けて買ってしまった。食べながら、日高東別駅に向かう。
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だいぶ日が傾いてきた頃、日高東別駅に到着。
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もはや廃線の雰囲気だ。
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切符の受け箱が木の柵にくくり付けてあった。
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駅舎というより待合室である。
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レールの脇には野花が咲いていた。
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周辺は牧草地である。
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開業は1958年(昭和33年)7月15日。
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ホーム上にトイレはあった。
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駅名の東別は、アイヌ語の「トイ・ペッ」(土・川)に由来するとされる。
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不通前の1日平均乗客数は10人以下にまで減っていた。
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待合室の背中に駅名板が欲しいところだ。
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中はわりときれいだった。近くの住民が時々清掃するのだろうか。
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線路脇にはイタドリが激しく繁茂している。
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駅前商店は健在だった。
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近所の住宅。
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日高本線には30年以上前に一度乗ったことがあるが、もう一度乗りたかった。
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それでは大狩部駅に移動。
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このあたりは線路が海岸べりにあり、レールが激しくゆがんでいる。
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こうした箇所があちこちにあり、復旧するには何十億という費用がかかるのだろう。
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大狩部駅の駅舎というか待合室というか。
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この建物にも駅名板がない。
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コンクリートブロックで築かれている。
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1面1線の単式ホームである。
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駅名標がやけに新しい。不通になる前に取り換えたばかりだったのかもしれない。
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線路の寸断現場。
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苫小牧方面はこの有り様。猛烈なひしゃげ方だ。
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海の近い絶景路線だったのが仇になった。
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開業は1958年7月15日。まもなく60周年だ。
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しかし、かなしい還暦を迎えることになる。
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国道をくぐったところに代行バスのバス停が設置されていた。
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というわけで、駅舎の旅は終了。
これで日高本線の全駅の供養を終えた。
というのはまだ早いか。
廃止後どうなるのか。いくつかの駅舎は残してほしい。
あとは眠気を我慢しつつ日高道、道央道経由で札幌へ。
20時半くらいまでに帰宅できた気がする。

(おわり)
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2018室蘭本線

【2018年4月5日(木)】栗山
本日は、栗山町でお仕事。
レンタカーで札幌市内を9時過ぎに出発した。
お約束の時間は10時半なので、安全策をとって道央道を利用した。
江別西ICで下りて、国道337号を南下。
途中、南幌町の中心部で古い木造の家屋が目に留まったので、車から下りて撮影。
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旧幌向駅逓所だった。
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1912年(明治45年)に松田与三によって、この場所に開設されたものだ。
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1930年(昭和5年)の夕張鉄道開通によって、翌年11月に廃止されたという。
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向かいには菩提禅寺という寺があった。
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ついでなので、こちらも記録に留めておいた。
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栗山町に入ると、大きなレンガ造りの建物が並んでいた。
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「北の錦」を製造している小林酒造であった。
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仕事は栗山駅舎内にある栗山町史編さん室で。
1時間ほどで終了。
会社に戻る途中に少しだけ寄り道することにした。
まずは、室蘭本線栗山駅の車両倉庫。
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栗山町役場。
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町民憲章のモニュメント。
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駐車場の奥にあった営繕作業所。
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小林米三郎氏の銅像。米三郎は小林酒造の創業者である。創業は1878年(明治11年)。
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こちらは泉麟太郎(1842~1929年)の銅像。
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栗山開拓の父である。
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国道234号を北上。
右手に栗山トンネルが見えてきたので、車を停めて撮影。
CIMG6578_20180408174356aa1.jpg

ちょうど、雪が解けて、草も生えていなかったので、革靴でも侵入しやすかった。
DSC_2694_20180408173756184.jpg

栗山トンネルのある栗山~栗丘間は複線だったが、下り線が1990年4月23日に崩落。以来、復旧されることなく、単線になってしまった。
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もう30年近く経っているが、見た目はあまり劣化していないように見えた。
CIMG6582_20180408174402868.jpg

でも、外側のコンクリートは一部、剥がれ落ちていた。
CIMG6579_20180408174358c2e.jpg

一旦、外に出て外観を撮影。
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崩落箇所の南側にも行ってみた。
DSC_2697_20180408173759394.jpg

これが、まさに崩落箇所。
DSC_2698_20180408173730071.jpg

立入禁止となっているが、ちょっとごめんなさい。
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崩落箇所の南側から南の方角を望む。
DSC_2700_20180408173733a55.jpg
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北側(つまり崩落箇所)を望む。
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しばらく歩いて、トンネルを出ると、まさに廃線跡であった。
DSC_2701_201804081737349a6.jpg

背中を向けているのは、立入禁止の看板のような気がする。
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恐ろしいことに熊の糞が。
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長居は無用なので戻りましょう。
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それにしても美しい廃墟である。
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外壁のコンクリートの劣化状況をもう一度確認して、トンネル見学は終了。
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次は跨線橋。手前は廃止になった旧下り線。
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奥が現役の線路。
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この先に廃業した丸豊ドライブインがあった。
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ここの息子さんが人身事故で相手を死なせてしまったことが廃業の理由とも伝えられる。
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栗の森公園というところに寄ってみた。
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東屋があった。
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広域農道の周辺整備事業の一環としてつくられたらしい。
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陸橋から室蘭本線と国道234号を俯瞰。
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ここは絶好の展望スポットだ。
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室蘭本線の方に注目しよう。
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右が廃線となった旧下り線。レールの色が違う。
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反対側(北の方角)。左が旧下り線となる。
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というわけで上下両線を確認できたところで、出発。
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夕日ヶ丘レストラン善生。今日はお弁当を持ってきているので通過。
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国道234号に戻る。
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栗沢駅にも立ち寄り。
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駅前には赤レンガの倉庫が並んでいた。
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日の出交通の栗沢営業所もあった。
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その裏側。
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駅前通り。
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栗沢駅は1894年(明治27年)10月、北海道炭礦鉄道の清真布駅として開業。
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栗沢駅に改称されたのは、1949年(昭和24年)のこと。
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1989年11月に新築された駅舎だ。
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無人化されたのは1984年4月。
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ホームはかつて2面3線だったが、栗山トンネルの崩落のため1面1線となった。
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島式ホームが廃止されたので、跨線橋の階段は封鎖され、その下には何もなくなった。
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跨線橋自体は1955年(昭和30年)12月に設置されたものだ。
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跨線橋は今、駅前と駅裏をつなぐ陸橋として活用されている。
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現役ホームも柵もこの通り。お金がないので手入れが行き届かないのだろう。
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この駅名標も廃線寸前の色合いだ。
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岩見沢方面。
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ここは栗山、栗丘、栗沢と続く「くりくりゾーン」である。
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ホーム側から見た駅舎。
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苫小牧方面。
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なんだかさみしいねえ。
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引き込み線のホーム跡。
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栗沢市街の古い建物をいくつか。
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次の志文駅に向かう途中で見つけた廃バス。
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乗合バスのようだがバス会社は分からなかった。
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志文駅に到着。
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志文駅は1902年(明治35年)8月1日、北海道炭礦鉄道の貨物駅として開業した。
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この駅から、かつて万字線が分岐していたが、1985年に廃止されている。
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万字線廃止にあたり、外側の2線が廃止されて、現在は2面2線の相対式ホームになっている。
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1日の乗客数は2012~16年の5年平均で14.6人だそうだ。
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駅名の「志文」は、アイヌ語の「スプンペッ」(ウグイ・川)に由来する。
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跨線橋はかなり古いがしっかりしている。
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苫小牧方面。
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濁点を増やすと「じぶん」になる。
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岩見沢方面。
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それにしても、いい天気。
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駅舎は1988年に新築されたものだ。
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駅舎内の待合室は実に簡素。
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駅前通り。
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以上で、寄り道は終了。国道12号経由で帰社した。

(おわり)
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室蘭本線(由仁~栗丘)

【2018年2月13日(火)】由仁~栗山
連休明けのこの日は、由仁町で仕事があった。
朝9時にレンタカーを借りて、国道274号を進む。
途中、長沼町の道の駅マオイの丘公園でトイレ休憩。
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冬期閉鎖かと思ったら、野菜屋さんが営業していた。
DSC_2247_20180215070250db9.jpg

中に入ってみると、熊本や和歌山産の柑橘系が売っていた。
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もちろん地元の野菜も。どれも、めちゃめちゃ安かった。
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ここオリジナルの「ジンギスカン饅」も販売しているようだが、何も買わなかった。
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由仁町に入ってしばらく行くと、有名な「牛小屋のアイス」があった。
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でも、こここそ冬期閉店中で再開は4月からとのこと。

経営は30年ほど前に恵庭から移転してきた細田牧場である。
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仕事を終えて、遅いお昼は、仕事先に教えてもらった由仁駅近くの「東京ホルモン」で。
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ホルモンが苦手な人でも、「ここはうまいわ」とうなってしまうとかで、ホルモンとサガリと野菜(もやしとタマネギ)を注文した。
ホルモンは店員さんが、眼の前の鉄板に敷いてくれた。
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あとは味噌だれをスプーンに4~5杯かけて、サガリや野菜と一緒に焼けばいいという。
DSC_2256_201802150701567ce.jpg

言われた通りにやってみた。
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肉に色が付いてきたところで野菜も投入。
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確かにこれは美味しかった。
ちょっと量が多いかなとも思ったが、ペロッと食べてしまった。
メニューの写真を撮ってくるのを忘れてしまった。
また、あちら方面に行くことがあったら、立ち寄りたい。
ビールを飲むなら、室蘭本線利用だな。バスもあるんだろうけど。

お腹がふくれたところで、会社に帰るわけだが、急ぎの仕事もないので、ちょっと寄り道をすることにした。
駅舎撮影である。
室蘭本線の由仁~追分間は昨年夏に撮影済みなので、由仁の北を回る。
由仁の北隣は栗山駅。
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なんか変わった建物だ。
CIMG5170_2018021507042834f.jpg

しかし駅舎部分はほぼここだけ。
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栗山町もいずれ、じっくり回ってみたい。
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駅舎の中に入ってみた。窓口に職員がいたが、委託管理駅(無人駅)である。
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委託とは言え、人がいる前で堂々と改札を通過するのもはばかられたので、連絡通路で反対側に行ってみることにした。
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立派な跨線橋を渡る。
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そこから見た苫小牧方面。
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岩見沢方面。
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反対側のホームに出てみた。
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改札口。
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1日7往復の運行。
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駅そのものは明治26年(1893年)7月1日の開業。
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現在の駅舎は2000年12月に完成した。
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2012~16年までの1日平均乗客数は189人だったそうだ。

併設されているカルチャープラザ「Eki」のホールでは、栗山監督が迎えてくれた。
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こちらは、栗山町4Hクラブのマスコット「くりどん」。
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4Hクラブとは、町内の青年農業者グループのことで、「くりどん」は栗山の農産物をいっぱいのせた「栗山うどん」をイメージしたらしい。
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北隣は4.2km離れて栗丘駅。安平駅、三川駅、古山駅と同型の駅舎である。
CIMG5183_201802150703105b3.jpg

その待合室。
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跨線橋は閉鎖されていた。
CIMG5185_2018021507031387b.jpg

従来、由仁~栗丘間は複線だったが、1990年に栗山~栗丘間の下り線にある栗山トンネルが崩落したため、それ以来、上り線のみの単線運行となっている。
220px-Muroran-main-line_collapsed-Kuriyama-tunnel.jpg

そのため跨線橋は不要となったのである。
CIMG5186_20180215070315b8e.jpg

反対側ホームの跨線橋入口。
CIMG5189_20180215070245a56.jpg

ホームを見学していたら、ちょうど列車がやってきた。
CIMG5190_20180215070247ee4.jpg

当駅の1日平均乗客数は10人。
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ここで女子高生が1人下りた。いい風景だ。
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私はしばしホームに残って、列車を見送る。
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さよ~なら~
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栗丘駅を真ん中に南北とも「栗」のつく駅だ。
CIMG5188_2018021507031611f.jpg

昭和18年(1943年)9月25日、信号場としてのスタートであった。
次の栗沢駅にも寄りたかったが、社に戻るのが遅くなってしまうので、今日はここで打ち止め。
江別経由で札幌に戻った。
この日は札幌でも最高気温がマイナス6℃。
体感としては今シーズン最も寒い1日だった。

(おわり)
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