山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

伊達散策(2)

【2018年5月14日(月)】伊達
午前中の仕事を終えて、伊達市開拓記念館の敷地内を散策中。
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こちらは1915年(大正4年)に建立された開拓記功碑。
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開拓の指導者、伊達邦成公(左)と家臣田村顕允(右)の銅像。
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伊達家の居所でもあった迎賓館。
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枝垂桜の向こうには伊達紋別岳(715m)。
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ここで散策は打ち切り、呼んでおいたタクシーに乗って、伊達市噴火湾文化研究所に向かった。
ここで1時間ほどお仕事。
その後、仕事相手の方のご厚意で伊達開拓ゆかりの場所をいくつか案内していただいた。
まずは、水神の森。
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開拓に不可欠だった水を引くため掘割を切った場所の一つだ。
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伊達邦成主従の功労を記念して、ここに水神の碑が建立された。
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1893年(明治26年)のことである。
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碑には、開拓の経緯などが刻まれている。
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開拓が成功し、邦成公は華族に列せられたとある。
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伊達は、北海道の他の地域と比べても、開拓が順調に進んだ地であった。
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次に訪ねたのは、開拓者たちを見守ってきた鹿島神社の跡。
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ここに邦成公の子息・基の歌碑が立っていた。
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原碑の模刻によると、「うつし植え松と杉とをためしにて君が八千代にあわんとぞおもふ」
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1915年に詠まれたものである。

その隣には家臣の佐藤脩亮が詠んだ「桜小路」の地名にちなんだ歌「君住まばうす山桜ことしより なおひとしほの色香をぞ添ふ」の歌碑が並んでいた。
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ここから東に、開拓地と稀府岳(702m)を望むことができた。
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こちらは伊達紋別岳。
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その頂上付近はササ原になっている。
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今、市内にある農家のほとんどが当時の移住してきた伊達家臣の子孫だそうだ。すごい。
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伊達家菩提寺の大雄寺に移動。
伊達邦成公とその母保子様の木造が安置されていた。
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それぞれ表情が安らかである。
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仕事先の方には道の駅まで送ってもらい、予約している特急の時間まで、もう少し伊達市内を散策することにした。
トイレを済ませて記念館の方に歩き出すと、さっきは見逃していた歌碑があった。
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先ほども登場した佐藤脩亮の地名由来碑である。
ここ梅本町の由来を歌にしている。
「消え残る雪のうちより咲出でてちるをいそがぬ梅の本つ枝」
梅本町は私がかつて住んでいたところだ。
佐藤は伊達市内の町名20か所について歌を残しており、伊達市郷土研究会がその歌碑を順次建立してきた。

再び迎賓館。
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今度は敷地内には入らず、外から園内を覗きつつ、伊達高校に向かう。
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途中で見かけたタンポポ畑。ものすごい密集度だった。
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ここを卒業したわけではないが、自宅から近かったので親近感がある。
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昔の校門跡。
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建て替えられる前は、玄関は海に向かってあった。
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伊達市のマンホール。桜と川をあしらった市章が中心にある。
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私が卒園した伊達幼稚園(左)。
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卒園したのは1969年なので、もう半世紀前。当然ながら建て替えられている。
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隣に伊達教会。幼稚園は教会の経営である。
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もう一度、大雄寺に足を運び、境内を改めて見学させてもらった。
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門の両側には仁王像。
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参道を行く。
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徳海院寂光良然居士の石碑。
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開拓農家片平コノの一人息子亀吉が1882年(明治15年)木材伐採中に事故で死亡。
菩提供養のため、コノは本堂の土地として4反歩を寄進した。
これが大雄寺発展の基礎のなったため、この墓碑を境内に移して永代供養したのだそうだ。
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石仏や無縁供養塔。
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怪獣の口のような岩。有珠山の溶岩だろうか。
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ここにも佐藤氏の地名由来歌碑。
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網代町と南小路について詠んでいる。
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それぞれ「網代もるひ魚のよるや待ちふけぬ つきかげ寒きうすのかわなみ」「めぐる日のしばしとどまる中空は ひだりも右も南とぞしれ」
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1906年(明治39年)に完成した本堂。
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碁を楽しむ小坊主たち。どんな意味があるのだろう。
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小さなお堂。
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「おねがい地蔵」。新しいものが多い。
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「徹山閣」
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山号は胆振山。1880(明治13年)に創建された。
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わりと大きな墓標が並ぶ。みな伊達家の家臣たちだろうか。
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かわいらしい水かけ地蔵。
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用途はよく分からないが大雄殿。本堂からちょっと離れた場所にある。
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かなり風化が進んで読めなくなってしまった歌碑。
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庭園かな。
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ここに清水が湧いているようで、水汲みに来る方が、ひっきりなしだった。
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水神様も祀られていた。
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私もひと口飲んだが、まろやかで美味しかった。

入学して1か月だけ在籍していた伊達市立伊達小学校。
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当時はまだ町立だった。この校章、何だか懐かしい。
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桜を背にした二宮金次郎。
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当時はまだ木造校舎だった気がする。
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敷地内に「百年の樹」を名付けられた古樹があった。これは、にれ。
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こちらは、けやき。
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ここは、もともと伊達実業専修学校の跡地だったようだ。
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1925年(大正14年)に開校して、1941年(昭和16年)に閉校となった。
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校歌「有珠山麓の大沃野こそ・・」
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伊達小学校140周年記念碑。平成24年で140周年ということは1872年の開校だ。
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それでは駅に向かいましょうか。途中、当時母が入院していた赤十字病院が見えた。
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市役所前の通りを経由していくことにする。「あいあいタウン」のマスコット?
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有珠山を山号にしたお寺、紋鼈(もんべつ)寺。
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ちょっと境内を見学。
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明治期の開創である。
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親鸞聖人像。
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この地はもともと紋鼈と呼ばれていた。
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伊達市役所の前を通過。
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門はお城のようになっている。
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この通りはきれいに再開発されていた。
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不動寺は門前を通り過ぎただけ。
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水車川を渡る。
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(つづく)
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伊達散策(1)

【2018年5月14日(月)】伊達
この日は出張で伊達に行った。
伊達は幼稚園の頃、1年だけ住んでいた町である。
それとは関係なく、いろいろと縁があって、伊達にはその後何度も足を運んでいる。
今回は、午前10時半に、仕事相手と道の駅だて歴史の杜で待ち合わせ。
なので、札幌8:39発の特急スーパー北斗6号で出発。
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車内ではずっと、次の出張までに読み切らなければならない本を読んでいた。
札幌は天気が今いちだったが、太平洋岸に出ると晴れてきた。
車窓を眺めていたかったが、我慢して読書に勤しんだ。

10:20、定刻通り伊達紋別駅に到着。
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駅舎の写真も撮らず、タクシーで道の駅へ。
2時間弱で午前中の仕事は終了。

取りあえず腹ごしらえ。
道の駅の観光物産館の中にあるスーパーのような売店で買った瓶の牛乳(賞味100円)と、
やはり中にある焼きたてパンの店ブーランジェリーアイボックスで購入した
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エッグタルトとショコラパンでランチ。
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デザートに、ハンサム食堂の
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冷やしハンサムをいただいた。
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大判焼きのようなハンサム焼きにソフトクリームとあんこを添えたもの。
デザインは全くハンサムではないのだが、味はハンサムだった。

この道の駅は年間売り上げが全国一だという。
その秘密は、市内の農家が個別に出している安くておいしい野菜。
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100近いブースがあり
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品切れになりそうになると、すぐに連絡が入り、追加されるそうだ。
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ホウレンソウもチンゲンサイも1把100円だった。
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午後の仕事の時間まで、ちょっとあたりを散策してみることにした。
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ここには、体育館やカルチャーセンターなどが併設されている。
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伊達市は明治初期に亘理藩の伊達家が開拓して始まった町だ。
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この門はそれをイメージして作ったものだろうが、ここにお城が築かれていたわけではない。
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賊軍の汚名を着せられ、裸一貫でこの地に移住してきたので、あばら家を建てるのがやっとだった。
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石垣に登ると、南東に稀府岳(702m)、そのすぐ右後ろは鷲別岳(911m)が見える。
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東には伊達紋別岳(715m)が展開する。
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北西方向には越しに有珠山(737m)。
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照明塔が邪魔だが、昭和新山(398m)と羊蹄山(1898m)が重なっていた。
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園内ではツツジが見頃を迎えていた。
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おほり川を渡って、伊達市開拓記念館の方へ向かう。
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枝垂桜が満開で花見を楽しんでいる方々の姿が見られた。
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おほり川はもともとはシャミチセ川と呼ばれた。
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だて歴史文化ミュージアムは来春オープンの予定。もう建物は出来上がっている。
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さっきも説明したが、園内にはいろいろな施設がある。
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亘理伊達家の歴史を伝える開拓記念館も洞爺湖有珠山ジオパークの構成要素の一つだったとは。
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宮尾登美子記念文学館。彼女は伊達市近郊の山荘に5年ほど滞在し、「宮尾本平家物語」を執筆したとのこと。その縁で設置されたのだろう。
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道を挟んで向かいに、鍬入れの碑が立っていた。
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1869年(明治2年)4月17日に、初めてこの地に開拓の鍬が入ったのを記念した碑で、50周年の1919(大正8年)に建立された。

開拓記念館入口には「創治記念碑」なるものもあった。
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明治3年4月から伊達邦成がここにあった支配所で行政をつかさどったことが記されている。
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そのすぐ横にあったのは、伊達女子職業学校跡地の碑。
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同校は1922年(大正11年)7月5日に開校。10月25日に、この地に新校舎が落成した。
その後、伊達高等家政女学校、伊達高等女学校、伊達女子高等学校と変遷、1949年(昭和24年)、伊達高等学校と統合している。

その校歌が刻まれていた。
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私が伊達に住んでいた1968年当時、ここにあったのは伊達市立伊達中学校だった。
古い木造校舎だった気がするが、それは伊達女子高校の建物を譲り受けて使用していたということだったのだろう。
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というわけで、開拓記念館の敷地に入る。
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ここは子供の頃、「きねんかん、きねんかん」と呼んで、親しんでいたところだ。
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しかし、入るなりカラスの攻撃を受けた。
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いきなり後ろから爪で頭をひっかかれたのだ。
カラスは弱々しく見える女子を襲ったり、食べ物を狙ったりするとは聞いていたが、何も持っていない男を狙うとは、びっくり。
なめられてはいかんと、こちらも闘う姿勢だけは示したが、武器は何もない。
にらみつけ、殴りかかるふりをして威嚇してやったが、彼ら(2羽)は逃げるどころか距離を置いて、ずっとこっちの様子をうかがっている。
いつまでも付き合っていられないので、ファイティングポーズは止めて、目の前にある碑にカメラを向けたら、すぐにまた頭の横をかすめて飛んできた。
これはただのお遊びではなさそうだ。さっき食べたパンの包み紙がいい匂いを発しているのかと思い、レジ袋に入れてカバンの奥底にしまったが、彼らに背を向けると、今度はかなり強く私の頭をひっかいてきた。
この執拗な攻撃にピンと来た。
もしかして、この近くで雛でも育てているのではないか。

とにかく、目の前の伊達邦成公の歌碑だけ、ささっと撮影して、その場を離れることにした。
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すると、カラスは追ってこなくなった。
やはり、歌碑の前がデリケートゾーンだったのだろう。
ちなみに歌は「春に見し都の花にまさりけり蝦夷がちしまの雪のあけぼの」

伊達町百年記念碑。
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迎賓館。
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1892年(明治25年)に仙台の伊達邸を手掛けた田中長吉が棟梁として建てたもので、開拓の状況視察のため来道した政府高官や開拓使などの接遇に使用された。
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昭和10~30年まで伊達家の居所として利用されていたが、昭和30年に敷地とともに伊達市に寄贈された。
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裏には物置小屋のようなものも残っている。
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こちらは1873年(明治6年)に建てられた蔵。
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伊達家の先祖伝来品、伊達政宗関連資料、書物などを納めた長持30個ほどが保管されていたという。
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蔵と母屋。
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そのほかに神社らしきものも。
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記念館の敷地内は芝生でいい雰囲気。
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開拓時代以前からのものと思われる巨樹もあった。
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早くも紅葉しているように見えるが、若葉が赤いタイプの木なのだろう。
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こちらが博物館としての伊達市開拓記念館。
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伊達家から寄贈された武具や甲冑、書画などを保存・展示するため、1958年に開館した。
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だて歴史文化ミュージアムに移管するため、今年3月いっぱいで閉館している。
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記念館の裏には、旧三戸部家住宅。
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1872年(明治5年)に建てられた開拓農家である。

1969年に市内萩原地区から移築復元された。国の重要文化財に指定されている。
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その横におほり川が流れる。
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園内は遅咲きの桜が満開。
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花見を楽しむ家族の姿があった。
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八重咲きの桜のようだ。
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地面はタンポポが一面に。
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旧三戸部家の近くは野草園ということになっている。
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小さな池があった。迎賓館の庭園の一部だったのだろうか。
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こちらにも紅葉。
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開拓の祖、伊達邦成公。
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多くの家臣に慕われていたらしい。
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こちらは伊達家家老、田村顕允(1832~1913年)。
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彼なくして開拓は成功しなかったとも言われているそうだ。
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(つづく)




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五天山(下)

【2018年5月12日(土)】五天山
五天山(303m)から下山してきたら、鹿に遭遇した。
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一応、こちらを警戒している様子だった。
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めずらしくもないが、タンポポ。
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再び、歩きにくい作業道を行く。
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みずみずしい若葉だこと。
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フキノトウがこんな形になるとはねえ。
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これは何だったっけ。
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これも桜の一種のはず。
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公園内に戻ると、さっきと同じ立入禁止の札が立っていた。
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公園の東半分はパークゴルフ場。
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結構、若い方々が楽しんでいた。
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五天山をさっきとは逆方向から望む。
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痛々しくもあるが、なかなか精悍でもある。
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砕石階段。
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緑の中にソメイヨシノの淡いピンクがよく映える。
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本当にいい季節になった。
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ふもとにある池を見学。
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公園のパンフレットを見ても、この池の名前は書かれていない。
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広大な芝生にテントが並んでいた。
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みんな同じタイプなので持ち込みではなく、レンタルだろう。
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炊事広場では早くもジンギスカンが始まっていた。
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では、五天山ともおさらば。
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だいたい1時間40分で周回できた。

お腹が空いたので、パンケーキが美味しいと評判のレストラン「ヒュッゲ」へ。
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店内はご覧の通り、おしゃれなたたずまい。
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まずは野菜サラダとオニオンスープ。
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メインは牛挽肉のボロネーゼ。
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量が少ないと聞いていたが、皿の底が深くそれなりにあった。

そしてお目当てのパンケーキは3段重ね。
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かなり量が多くで難儀したが、噂通り美味しかった。

これにて本日のイベントは終了。
大した運動量でもないのに、カロリーをたくさん取り過ぎてしまった。
自重しなくては。

【行程】2018年5月12日
五天山公園(9:47)~第1見晴し台(10:04)~第2見晴し台(10:11)~山頂(10:24休憩10:33)~五天山神社(10:45撮影10:49)~登山口(11:10)~駐車場(11:25)
※所要時間:1時間38分(歩行時間:1時間25分)
※登った山:1座(五天山)
※歩行距離:3.6km
※累積標高差:約180m

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五天山(上)

【2018年5月12日(土)】五天山
今日は午後から仕事があるのだが、あまりに天気がいいので、午前中で下山してしまえる近郊の五天山(303m)に出かけた。
ゆっくり朝食を食べて、9時に出発。
ふもとに展開する五天山公園には9:30頃に到着した。
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真正面にピラミダルな五天山がそびえている。
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公園の一部は雪捨て場になっていたようで、かきまわして早く解かす作業が行われていた。
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GWに終わったと思っていたソメイヨシノが、ここではまだ満開だ。
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バス停前を通って、まずはトイレへ。
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雲一つない真っ青な空に新緑。長い冬が終わって、やっと春がやってきた。
うれしい。
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登り始める前に、水車小屋に立ち寄った。
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昭和初期には、ここ西野地区には多数の水車があったらしい。
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琴似発寒川と左股川の豊富な水と扇状地状の地形で、水車が動力として適していたとのことだ。

桜と五天山のコラボ。
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五天山の南斜面はかつて砕石場だったため、階段状に激しく削られている。
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まだ花は咲いていない花園の丘。
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その中央を貫く広い階段を登っていく。
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五天山の名は、1935年(昭和10年)、開拓者の井上弥一郎が夢で大国主のお告げを受け、他の土地所有者たちと相談の上、仏典から引用して命名したという。
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振り返ると、ばんけいスキー場のゲレンデがある三菱山(482m)。
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フキノトウが成長したフキの花。
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歩き始めて15分ほどで第1見晴し台に着いた。
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眼下はもちろん公園。駐車場と雪捨て場が目立つけど。
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対岸の丘も、すっかり緑になっている。
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爽やかな季節になった。
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まだ雪が残っている山は砥石山(827m)かな。
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この淡い緑がたまらない。
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五天山の頂上を望む。北斜面はなだらかだ。
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昨シーズンは、あのゲレンデをよく滑ったものだ。
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第1見晴し台から7分で第2見晴し台。
小別沢の開拓地と奥三角山(右、354m)が見えた。
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自信がないが、やはり砥石山だろう。
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この先、立入禁止の看板があるが
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しっかり踏み跡がついているし、もちろんこのまま進む。
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え、早くも「8合目」?
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ヤブを構成するこの植物ももうこんなに育っている。
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1分で9合目。そんなはずない。「9段目」だった。
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旧砕石場の階段の段数だ。

足元に小さな白い花が咲いていた。
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旧採石場の中を登っていく。
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すぐに10段目。
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砥石山には、おそらく今年中に登ることになるだろう。
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そして11段目。いったい何段あるのだろう。
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真ん丸なフキの花。
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タチツボスミレ。
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ここから旧採石場を外れて、山の中に入っていく。
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手作りの桟橋を通過。
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「この先 危険注意」とあるので行かなかったが、採石場の最高地点だろう。
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もうすぐで頂上だ。
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あ、祠らしきものが見えた。
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麓から40分かからずに登頂。
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標高差は160mほどだった。
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三角点。
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決行大きな祠だ。井上弥一郎らが建立したものなのだろう。
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ただ、誰かが持ち去ったのか、中はがらんどう。
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賽銭だけが置かれていた、
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牙のある狛犬。
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もう一匹。
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とりあえずは、しばし休憩する。
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祠に世話人の名が刻まれていた。野村村栄と安井廣。
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側面にも19人。井上の名はないが、別の面に書いてあったのか。
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10分ほど休んで出発。
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ピストンはいやなので、反対側に下る。
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こちら側はあまり歩かれていないようで、若干荒れている。
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樹林帯なので、ほとんど展望はきかない。
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イチリンソウがひっそり。
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旧作業道に出ると
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エゾノエンゴサクや
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オオカメノキなどが咲いていた。
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これはコゴミのお化け。
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荒れた作業道をしばらく歩く。
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木々の隙間から一瞬、市街地が見えた。
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こんな看板があるところを見ると、一応、登山道として認知されているようだ。
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ふもとまで下りてきたら、青い屋根の建物群が現れた。
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その一つは地像堂だった。地蔵堂ではない。
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これが、お地像様。
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お隣の小屋にもどなたかが祀られている。
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境内にもイチリンソウの群落。
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ここは五天山神社だった。
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ちょっと離れた側面の建物には、坂井兼太郎の馬頭碑が安置されている。
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馬頭観世音の皆さん。
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こちらの方々もご同輩。
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親玉かな。「菩薩」まで丁寧に書かれている。
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地元の方々が大切に守っているのだろう。
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やはり開祖は井上弥一郎翁だ。
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トタン張りの社務所。
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ほんとに、いい天気だこと。
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この先はちゃんと車が通れる道になった。
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五天山入口にまで下ってきた。
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右折して五天山公園の方へ戻る。
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おっと、鹿を発見。
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珍しく逃げない。
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ずっと、こちらの様子をうかがっていた。
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(つづく)
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恵山(4)

【2018年5月5日(土)】恵山
恵山(618m)から下りてきた。
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ほぼ往復3時間で駐車場に到着。
これから海向山(569m)に登ると帰りが遅くなるし、昼飯の用意もしていなかったので断念。
今日はこれで切り上げて、ふもとの温泉に行くことにした。

途中、展望台があったので寄ってみた。
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海峡展望台というところだ。
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対岸は津軽海峡をはさんで下北半島。
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つづら折れの道と恵山の斜面。まだ冬枯れの状態だ。
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海向山さん、今度また登りに来ます。
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恵山温泉に入ることにしたら、つつじ公園が通り道だった。
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昨夜食事をした「ちさ」のご主人によると、5月下旬には満開になるという。
他の観光客が「まだ全然咲いてないじゃん」と、ぼやいていた。

それはともかく、こちらはお風呂。
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入浴料はなんと300円。安い。
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独り占めだった。
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恵山温泉の開湯は、1932年(昭和7年)。
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恵山の地獄谷の源泉にパイプを通し、4km離れたここまで引いているそうだ。
泉質は、酸性濃度がかなり高く、湯船で顔をぬぐったら、目がチカチカするほどだった。
道内でもめずらしい「酸性明礬(みょうばん)・緑礬泉」である。
源泉からかなり離れているので、湯温は40℃前後と少し低め。
おかげで、ゆっくり浸かることができた。

でも強酸性(ph2.1)なので、 アルカリ性の石鹸がまったく泡立たない。
無色透明、無臭。火山性なのに硫黄の臭いがしないのが不思議だった。
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つつじ公園はツツジこそ咲いていなかったが、桜は満開だった。
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さて、どこかでお昼を食べて帰るわけだが、その前に、行き止まりチェック。
亀田半島の海岸線の道路はこの恵山による断崖で寸断されている。
昨日、北側のどんづまり水無海浜温泉まで行ったので、今日は南側の恵山御崎まで行くことにする。
その途中にあった七ツ岩のバス停。
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そして、ここが行き止まり。国道との分岐から約7kmの地点だ。
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この先に、人の歩ける道があるのかどうか確認に出かける。
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これが、最果て恵山御崎の集落。
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50mほどは道が続いている。
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しかし、その先は何もない。
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本当に断崖だ。
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崖が完全に切れ落ちている。
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納得して引き返す。
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行き止まり近くに函館バスが停まっていた。
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折り返し時間を待っているのだろう。
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バス停の名称は恵山御崎だが、修正の跡がある。前は何と言ったのだろう。
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時刻表を見ると、函館行きが1日8往復もある。
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ここは陸の孤島というわけではないようだ。

昨日見つけた、近くの寿司屋でお昼にしようと思っていたら、なんと休業日なのか開いていない。
やむなく国道278号を走りながら探すが、やはり何もない。
結局、函館市内まで来てしまい、湯の川温泉の「幸寿司」という店に入った。
ほかの人気店は行列ができていたので不安だったが、ここはすぐに座れて助かった。
前菜代わりに、函館名物イカそーめん。
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実は食べるのは初めて。なるほど、めんつゆに入っているわけか。
イカが不漁続きのせいか、「めん」が短かった。

その後ににぎり。ウニやアワビも入っていて大満足。
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美味しかったし、品のある店だった。
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帰りにお土産を買おうと思って立ち寄った道の駅なないろ・ななえは大混雑。
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レジも長蛇の列なので、これは何時間かかるか分からないので、ここでの買い物は諦めて早々に退散。
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次の道の駅YOU・遊・もりに向かう。
ここは桜の名所オニウシ公園に併設されている。
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公園内には、明治天皇が1881年(明治14年)の北海道巡幸の際に、森港から上陸したのを記念して植えられた「行幸柳」がある。
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もともとは市街地の中心部にあったそうだが、道路の拡幅工事に伴い、1999年、この地に移植されたとのこと。
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近くに包丁供養碑。
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公園の端っこからは墓地越しに駒ヶ岳の雄姿が見えた。
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では、買い物に行きましょう。
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森町と言えば、いかめしだ。実はそれほど好きではないんだけど。
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「オニウシ」とはアイヌ語で「樹木の多くあるところ」という意味で、これが町名「森」の由来となった。
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ちょっと買い物を後回し。
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先にオニウシ公園をちょっぴり見学する。
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桜の向こうに駒ヶ岳が覗く。
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でも桜が多すぎて、駒ヶ岳がしっかり見えるところがない。
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この公園は森町開基110周年を記念して、1968年に整備されたという。
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この時期は、桜が満開で、多くの行楽客でにぎわっていた。
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う~ん、ここが限界だろうか。
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植えられている桜の品種もいろいろ。
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いい光景。
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毛ガニなど海産物の屋台出ていた。
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それでは店内を物色。
こちらは森町・七福堂の「昆布もなか」。
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明治天皇に献上されたのだろうか。
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結局、おやつにべこ餅を買って、屋上へ。
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駒ヶ岳はここから見ればよかったのだ。絶景だ。
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東には室蘭の陸地も見えた。
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駒ヶ岳も久々に登りたいものだ。
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それでは出発。もう午後4時を過ぎてしまった。
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べこ餅は北海道に普通にあるものらしいが、私は全然知らなかった。
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でも、甘味抑え目、もっちりしていて、とても美味しい。
ファンになった。

結局、高速は使わず、ずっと下の道を行く。
道の駅洞爺でトイレ休憩。
もう5月なのに中山峠では雪になった。さすが北海道。
ちょうどノーマルタイヤに換えたところだったので、慎重に走った。

夕食は藤野のそば処鹿林で。
山菜とろろそばをいただいた。
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帰宅したのは、夜9時くらいだったか。
本日は300kmくらい運転した。
天気予報のわりには、天気に恵まれた道南の旅だった。

【行程】2018年5月5日
駐車場(8:14)~権現コース登山口(8:34)~あと400m地点(9:21)~恵山大権現(9:31)~山頂(9:37撮影9:40)~あと1640m地点(10:13)~展望台分岐(10:27)~恵山展望台(10:46休憩10:54)~駐車場(11:12)
※所要時間:2時間58分(歩行時間:2時間40分)
※登った山:1座(恵山)
※歩行距離:6.8km
※累積標高差:約340m
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